弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     当審における未決勾留日数中一〇〇日を原判決の刑に算入する。
     当審における訴訟費用は被告人の負担とする。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人後藤一善及び被告人各作成の控訴趣意書記載のとおり
(ただし、弁護人作成の控訴趣意書第一は、原審の訴訟手続に関し、刑事訴訟法三
七八条二号前段の事由があることを主張する趣旨である旨、及び被告人が被告人作
成の控訴趣意書において主張するところは、弁護人作成の控訴趣意書中の各控訴理
由についてその論拠を示したものであつて、弁護人主張の控訴理由と別個の控訴理
由を主張する趣旨ではない旨、いずれも弁護人において釈明した。)であるから、
これらを引用する。
 弁護人の控訴趣意第一及び被告人の控訴趣意中不法に公訴を受理した違法をいう
点について
 論旨は、要するに、本件被害者であるAが殺害されたのは、昭和三八年二月一九
日であるところ、その単独犯人として起訴されたBに対する殺人被告事件の公判審
理の過程で、同人が自己の単独犯行である旨の供述を変更し、被告人らとの共犯事
件である旨供述するに至り、同三九年五月二八日の公判期日にはBの単独犯の訴因
を被告人らとの共同正犯の訴因に変更する手続がとられたのに、捜査官は、そのこ
ろBの取調をしたのみで、以後、被告人その他関係者に対する取調等その共犯関係
に関する捜査を容易になしえたにもかかわらず、これをしないまま長期間放置し、
公訴時効期間満了日の同五四年七月一七日の一週間ぐらい前になつて、ようやく被
告人を含む関係者の取調を開始し、右満了当日検察官によつて本件公訴提起がなさ
れたものであるばかりでなく、本件殺人の犯行現場に居合わせ共犯の嫌疑がある者
のうち被告人のみが起訴され、他はうやむやのうちに処理されているのであつて、
このような本件公訴提起は、訴追裁量権を逸脱し、公訴権を濫用したものというべ
く、憲法三一条、刑事訴訟法二四七条、二四八条に違反し、同法三三八条に該当す
るのであるから、原裁判所は、本件公訴を棄却すべきであつたのに、それをしなか
つたのは、不法に公訴を受理したものとして、同法三七八条二号前段に該当するの
で、原判決は、破棄されるべきである、というのである。
 そこでまず、本件公訴時効期間満了日がいつであるかについて検討する。刑事訴
訟法二五四条二項は、同条一項が当該事件についてした公訴の提起によつて時効が
その進行を停止する旨規定しているのを承け、共犯の一人に対してした公訴の提起
による時効の停止は、他の共犯に対してもその効力を有し、その場合停止した時効
は、当該事件についてした裁判が確定した時からその進行を始める旨規定してい
る。したがつて、犯罪行為の終わつた時から進行を開始した本件公訴時効は、共犯
Bに対する公訴の提起によつてその進行を停止した後、同人に対する被告事件につ
いてした裁判が確定した時から再び進行を始めることになる。
 ところで、公訴時効がその進行を停止した後再進行した場合の時効期間の計算方
法については、いくつかの見解があり、本件について検察官は、原審以来、このよ
うな場合の公訴時効期間満了日は、当初の時効期間満了日の翌日を起算点とし、暦
に従つて時効停止期間をこれに加算することによつて算定すべきであるという見解
に従い、本件公訴時効の満了日を昭和五四年七月一七日であると主張し、所論も又
これを前提としている。
 たしかに、このように当初の時効期間に時効停止期間を加算するという見解に
は、算定方法が比較的簡明であるという利点もあるけれども、同法二五四条の定め
ている公訴時効の進行、停止及び再進行の過程に沿つてい<要旨>ないという難点が
あつて、これに左袒することができない。当裁判所は、同条の定める公訴時効の進
行、停止及び再進行の過程に従い、まずすでに進行した時効期間(犯罪行為
の終わつた日から共犯に対する公訴提起の日まで)を暦に従つて計算し、これを法
定の時効期間から控除して残期間を算出したうえ、共犯に対する裁判確定の日から
その残期間を暦に従つて計算し公訴時効満了日を定めるべきであるが、すでに進行
した時効期間に一か月に満たない端数を生じた場合は(年単位の法定時効期間から
日単位の期間は控除し得ないから)、その端数の日数を切り捨てた時効進行期間を
浅定の時効期間から控除し、その残期間を暦に従つて計算したうえ、その最終部分
から右端数の日数を控除して調整すべきであると解する。これを本件についてみる
に、記録によれば、本件犯行の終わつた日が昭和三八年二月一九日、共犯Bに対す
る公訴提起の日が同年三月一二日、同人に対する有罪判決の確定日が同三九年八月
一一日であり、右共犯に対する公訴の提起による時効の停止までに進行した時効期
間は二二日であつて、一か月に満たない端数であることが認められ、本件殺人罪の
公訴時効期間一五年から控除すべき進行ずみ期間はないことになるので、残時効期
間を一五年とし、右有罪判決の確定日から暦に従つて計算したその期間(最終日が
同五四年八月一〇日)の最終部分から、右端数の二二日を控除して調整すると、本
件公訴時効は同五四年七月一九日の経過とともに完成することとなり、本件公訴提
起はその期間内になされたことが明らかである。
 次に、時効期間内に行われた本件公訴の提起につき、所論の主張するような違法
があるか否かにつき検討するのに、原審及び当審で取調べられた証拠によれば、被
害者A殺害の単独犯として起訴されたBに対する殺人被告事件の公判審理の過程
で、同人が単独犯であることを認めていた供述を変更して共犯者のあることを主張
するに至り、昭和三八年七月九日には被告人らが共犯者である旨の同人の司法警察
員調書が作成され、検察官も、A殺害がBと被告人らとの共犯事件であると認め、
同三九年五月二八日には単独犯の訴因を被告人らとの共犯の訴因に変更する手続
(起訴状訂正という形式でなされているが実質上訴因変更手続と認める。)がとら
れたことが認められる。そうだとすれば、Bに対する更に詳細な取調、被告人その
他関係者の所在調査、その所在の判明した者に対する取調等、被告人を含む本件共
犯関係の捜査をなしえたはずであるし、また当然なすべきであつたと考えられ、現
に被告人は、昭和四二年に自転車競技法違反で逮捕されて起訴公判請求されて以来
同五三年監禁致傷・覚せい剤取締法違反等の事件により逮捕勾留されるまでの間
に、(1)道路交通法違反(無免許運転)、(2)覚せい剤取締法違反・暴力行為
等処罰に関する法律違反等、(3)覚せい剤取締法違反・傷害等、(4)銃砲刀剣
類所持等取締法違反等、(5)覚せい剤取締法違反等の事件により、四回((3)
と(4)とは同時言渡)懲役刑に処せられいずれも服役したことが認められるので
あるから、その間捜査当局により有効適切な捜査がなされていれば、被告人の所在
が早期に判明し、早期に刑事訴訟手続が進行したであろうことは明らかである。し
かるに、この間昭和三八年一一月ころ被告人に対する本件殺人の逮捕状の発付を受
け、短期間全国指名手配をしていたほかは、時たま関係者について被告人の所在調
査をしていたことがうかがわれるだけで、他に何ら有効適切な捜査をした形跡のな
いまま長期の年月を徒過し、同五四年七月一〇日ごろに至つてようやく被告人を含
む関係者の取調を行い、前記のとおり公訴時効完成の二日前である同月一七日被告
人を起訴するに至つたのは、捜査及び訴追当局の怠慢によつて惹起された不当な措
置であるといわざるをえない。そして又、B及び被告人のほかには、所在の判明し
ていたCことCを含め本件殺人事件の現場に居合わせた共犯嫌疑者らが一名も起訴
されなかつたことも所論のいうとおりである。しかしながら、検察官の公訴提起が
法令に従つて適式になされている場合、検察官が訴追裁量権を逸脱し、公訴権を濫
用したとして、公訴の提起を無効ならしめるのは、たとえば公訴の提起自体が職務
犯罪を構成するような極限的な場合に限られるものと解すべきところ、本件におい
ては、捜査訴追官が被告人の防禦権を制限するなど不当な意図を実現するために故
意に捜査及び訴追を引き延ばしたとは認められず、また本件公訴提起に際し、被告
人に関する証拠として、殺人罪という重罪の共犯者であり、かつ実行行為こそ担当
していないが、共犯老中最も主導的立場にあつたと認められる資料が揃つていたの
であるから、前記のように公訴時効完成間際になされたものであつても、被告人に
対する本件公訴提起が右のような極限的な場合にあたり無効になるものとは考えら
れない。その他所論の説くところをつぶさに検討しても本件公訴を無効ならしめる
ような事由は認められず、本件公訴を棄却しなかつた原判決は相当である。論旨は
理由がない。
 弁護人の控訴趣意第二及び被告人の控訴趣意中事実誤認の主張について
 論旨は、要するに、本件は、Bの単独犯であるのに、原判決が、被告人に殺意を
認めるとともに、現場共謀を認定し、被告人を有罪としたのは、証拠の価値判断や
取捨選択を誤つた結果、事実を誤認したものであるから、破棄されるべきである、
というのである。
 しかしながら、原審及び当審で取り調べられた各証拠によれば、原判決認定の事
実は、被告人の殺意及び共謀関係を含めて、十分肯認することができる。すなわ
ち、
 原判決挙示の各証拠、並びにDの昭和三八年二月一九日付、Eの同月二一日付、
Bの同年七月九日付、同月二五日付各司法警察員調書、Bの同年三月六日付、被告
人の同月一日付各検察官調書及びF、G、Hの各原審証言によれば、以下1ないし
3の諸事実が認められる。
 1 被告人らが松山市に来た事情及び被告人のグループ内における地位
 被告人は、昭和三七年春ころ所属していた大阪の暴力団I組が解散声明を出し、
組織が壊滅状態となつたところから、松山市出身の同組員Jに誘われ、同年一二月
下旬ころ、D(当時二〇歳)、CことC(当時二二歳位)、G(当時一六歳)らと
共に松山市に渡つて来たこと、そのころ同市a町に開店したKダンスホールの経営
者Hと知り合つた被告人は、同人の世話で借りて住んでいた同市a町b番地のc
「L」の二、△階に、右D、C、GのほかM(当時二〇歳)、F(当時一六歳)、
E(当時一九歳)、N及び若干遅れてB(当時二〇歳)らを寝泊りさせ、一部の者
にはHの負担で食事が給されていたこと、被告人はグループ員から「兄貴」と呼ば
れ、グループの責任者と目されていたこと、グループ員らは右ダンスホールに自由
に出入りし用心棒的役割を担う一方、右Hからグループ員に対する指示や米・しよ
う油などの給付は、被告人を介してなされており、被告人はHからグループの代表
者と遇されていたこと、更に本件犯行(昭和三八年二月一九日午前二時ごろ)直後
からBが自首(同日午前四時四〇分ごろ)するまでの間に、「O」でのHらを混え
た席で、犯行時犯行現場にはB以外のグループ員はおらず、本件はBの単独犯で、
しかも過剰防衛であるなどと警察に申告する旨の罪証隠滅工作をなした際、被告人
が積極的な発言をしていること、したがつて、被告人がグループのリーダー的存在
であつたこと、
 2 本件犯行に至るまでの経緯
 (一) 本件犯行の数日前、グループの一員であつたMが前記ダンスホールに出
入りしていて知り合つたA(当時二二歳)から負傷させられたので、被告人及びそ
のグループ員らはAと決着をつける必要があるとの共通の認識と感情を有していた
うえ、たまたま犯行当日、MがAと治療費や慰藉料につき話し合いたい旨の意向を
表明していたため、E、FにおいてAを呼びに行くことになり、もともと松山の住
人であつたBが道案内することとなつたが、その際Eらは脇差様の兇器を携帯して
おり、EがBに対し「パツパツとはつつといて、ブスツとやつたらしまいや」と言
つたこと、そのためBは右二人が途中でAを殺害するのではないかと思つたが、結
局は何事もなく、前記「L」前までAを連れて来たこと、
 (二) 「L」△階でMはAに対し、謝罪や治療費の支払いを求めたが、話が進
展せず、そこへ帰つて来た被告人を除くグループ員らはAと口論となり、立腹した
Eが刺身包丁でAを傷つけ、多量の出血をみるに至つたこと、
 (三) EがAを傷つけたのを見たBは、外出中の被告人を捜しに出かけ、捜し
出した被告人に対し、EがAを傷つけたことを告げたうえ、先きにAを同人宅へ呼
びに行つた際のEの言動からEがA殺害の意図を有しているものと憶測していたた
め、その憶測をもまじえ、既にEがAを殺害しているかもしれないし、殺していな
くてもAを生かして帰せば重大な禍根を残すことになるなどと報告や意見を述べな
がら、「L」まで戻つて来たこと
 3 被告人の「L」での言動及びA殺害の状況
 (一) 被告人は、Bと共にAらの居る「L」△階へ向つて階段を上つていたと
ころ、顔面から血を流しているAを病院へ連れて行こうと一緒に階段を降りて来る
E、Mらに出会い、同人らに対し、病院へは話がついてから行けばよいなどと言つ
て、同人らを再び△階の部屋に戻らせたこと、
 (二) △階の部屋で、被告人、B、M、E、F、GらはAを部屋の奥に座らせ
て取り囲み、被告人はAの正面に置いた椅子に座り、謝罪に来なかつた理由を詰問
したが、Aは詫びないばかりか反発し、暴力団を頼んで話をつけるとまで言い出し
たため、被告人らはAの右態度に腹を立て同人を口口に責め、被告人は憤激の余
り、Aに対し、指を五本詰めるか、さもなくば往生せいなどと申し向け、その場は
騒然と殺気立つた雰囲気になつたところ、急にMが刺身包丁を持つて「わしがや
る、わしにやらせてくれ」と言つたのに対し、被告人がこれを制止し、他の者が包
丁を取り上げて同人を部屋の外に出したが、その場は誰れかがAを殺害しなければ
収まりがつかないような雰囲気になり、更に二、三人が次々に殺してやるという趣
旨の発言をして刺身包丁を手にしたが結局右包丁はGからBに手渡されたこと、
 (三) そしてBがその場の雰囲気に押されるままGから受け取つた右包丁を右
手に持ち、「わしがやる」と言いながら、前記のとおりAの正面に対侍している被
告人の左横から前へ出ようとすると、被告人が「おうやれ」という趣旨の発言をし
たのに応じ、Bは座つていたAの前に立て膝の姿勢で真向いになつて同人と二言三
言言葉を交わした後、同人が立ち上ろうとするところを、左手でその首の辺りを押
えて、胸部を一気に突き刺し、前のめりに倒れた同人の背部を二回突き刺したが、
この間その場にいた者で、Bの右行為を制止する言動に出た者はいなかつたこと、
 (四) その後被告人が放心状態のBを連れて○階の部屋に降りた直後に、Cが
やつて来て「まだ動いている、止めを刺さないかん」と言つて、Bがまだ握つてい
た包丁を取り、部屋から出て行つた際にも、被告人はこれを見ながら、Cを何ら止
めることなく、同人のなすがままにまかせていたこと、
 これらの諸事実を総合すれば、右グループ内におけるリーダー的存在であつた被
告人は、犯行現場で自らAに対して発した激しい言葉とその場にいたグループ員ら
の言動とが相まつて、誰かがAを殺害しなければ収まりがつかない雰囲気が醸成さ
れてくるうちに、Aを殺害するもやむなしと決意し、遂にBらと互いに意思を通
じ、同人をしてAを殺害させたと認定するのが相当であり、被告人の殺意及び現場
共謀事実は十分肯認することができる。
 上記認定事実に対する最も重要な証拠は、Bの供述、とくに同人が同人に対する
殺人被告事件について前記のように単独犯から被告人らとの共犯へと供述を変更し
た以後、司法警察員及び検察官に対してなした供述である。これらの供述について
所論は、Bが右のように従前の供述を翻えし、被告人らとの共犯である旨の供述に
変えたのは、仲間が面会に来なくなり、自己の愛人を被告人が犯したとの噂を聞
き、また拘禁中の同房の者から他の者を事件に引きずりこめば刑が軽くなると聞か
されたために、被告人を共犯者に仕立てたのであつて、共犯である旨の供述は信用
できない、と主張する。しかしながら、本件直後に行われた前記証拠隠滅工作の結
果、被告人に伴われて自首し、捜査段階でも自己の公判でも、単独犯である旨の供
述を維持してきたBが、右のように供述を変更するに至つたのは、自己に対する求
刑が懲役一〇年とされ予想外に重かつたうえ、そのころから仲間もあまり面会に来
なくなり、自己の愛人を被告人が犯したとの噂を耳にするに及び、これ以上被告人
らに義理立てして嘘を言いとおすのが馬鹿らしくなつて真相を暴露するという気持
から発したものと考えられる。もつとも、同人の原審及び当審公判における供述
は、前記グループのリーダー的存在でもあり現に暴力団幹部である被告人の面前で
被告人に不利な具体的供述をするのを避け、ことさらに回避的であいまいな供述を
したり、被告人に対する庇護的な供述をしたりしている点が多いと認められ信用性
に乏しいものと考えられ、同人の司法警察員及び検察官に対する供述にも前後若干
くいちがう部分があつて細部に至るまで全面的に信用することはできず、とくに被
告人の犯行前後における具体的言動に関する供述については、同人が被告人に愛人
を犯されたという認識に基づく悪感情から、被告人に不当に責任を転嫁する危険の
あることにも配慮して信用性が検討されなければならない。しかしながら、同人の
右変更後の司法警察員及び検察官に対する供述は、大綱においては前後一貫してお
り、全体的にみて、従来の罪証隠滅工作に基づく虚偽の供述を改めて真実を述べた
ものとして高い信用性を有するものと考えられ、その被告人の具体的言動に関する
部分も、本件現場にいた関係者で具体的な供述をしているG、Eの供述、とくにG
の検察官に対する供述、EのBに対する殺人被告事件における証言と符合する限度
においては十分信用するに価するものということができる。
 所論は、Eの右証言及びGの検察官調書についても、その信用性を攻撃し、とく
に後者については、同人が被告人の妻と情を通じ、被告人に対し少なからず悪感情
を抱いていたことから被告人に不利な供述をしていると主張する。しかしながら、
右E証言はもとより公判廷における証言であつて格別信用性を否定すべき事情もな
く、Gには被告人の妻と情を通じた事実はあるものの、これが直ちに被告人に悪感
情を抱きことさら被告人に不利な供述をする原因となりうる事情とは考えられない
ばかりか、同人の原審及び当審における証言に徴しても、同人が被告人に悪感情を
もつているとはうかがわれず、同人は、これらの証言中において若干回避的な供述
をしてはいるが、検察官の取調の際、意図的に嘘を言つたことはない旨明言してい
るのであつて、右調書にもその信用性を否定すべき事情はないものと考えられる。
そして、Eは右証言中で、「被告人が、めくばせと短い言葉でBに対しやれ、とい
う趣旨の合図をした」旨供述し、Gは、右調書中で「被告人から何かいわれてBが
Aのいる方に来て、『わしが行きます』というと、被告人が『おお行け』と言つ
た」旨供述しているのであつて、これらの供述をBの検察官調書中の「被告人か
ら、『一寸来い、お前やれ』といわれた」旨の供述と併せ考えると被告人の殺意及
び現場共謀の事実を認めるに十分である。
 その他所論にかんがみ、記録及び証拠物を調査し、当審における事実取調の結果
を加えて検討しても、原判決に、所論指摘の事実の誤認はない。本論旨も理由がな
い。
 よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、当審における
未決勾留日数の算入につき刑法二一条、当審における訴訟費用を負担させることに
つき刑事訴訟法一八一条一項本文を各適用して、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 石松竹雄 裁判官 鈴木清子 裁判官 田中明生)

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