弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
 原判決を取り消す。
 被控訴人の請求を棄却する。
 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
       事   実
 控訴代理人は、主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は、控訴棄却の判決を求め
た。
 当事者双方の主張および証拠の関係は、次に記載するほかは、原判決事実摘示の
とおりであるので、これを引用する(ただし、原判決二枚目表七行目に「一一八
条」とあるのを削除し、同四枚目裏一〇行目に「○○俊一」とあるのを「A」と訂
正し、同別紙第一表ないし第四表の各表題の下に、いずれも「(単位千円)」と付
加し、同別紙第二表の「四二・三」の合計欄に「四八九・三八〇」とあるのを「四
八七・三八〇」と訂正する。)。
 控訴代理人は、当審において以下の主張を付加した。
一、公認会計士の登録の効果をみると、登録の結果公認会計士業務を適法に行ない
うることになることにとどまらず、日本公認会計士協会(以下「協会」という。)
の会員となることによる権利義務関係および大蔵大臣の監督に服するという身分関
係等が同時に生じるのであり、このような身分関係が生じた以上は、自己の意思の
みによつて業務を廃止した場合に、これらの身分関係からもつねに自動的に離脱す
ることは公認会計士の規律保持ひいては公認会計士制度のあり方としても著しく当
を失することになる。
 たしかに、本人が死亡した場合は、身分関係の主体が消滅したのであるから、死
亡という事実によつて身分は喪失するし、また、公認会計士法(昭和二三年法律一
〇三号。以下、単に「法」という場合は同法をいう。)四条各号の一に該当するに
至つたときも、その不適格であることが客観的な、しかも自己の意思によらない事
実によつて一義的に確定されることとなるので、その不適格なことを示す事実があ
つた時をもつて身分を喪失すると解するとしても不当ではないであろう。
 しかしながら、自己の意思のみにより任意になしうる自発的な業務の廃止という
事実行為によつて、かつ、その行為の時から公認会計士の身分を失い、協会の会員
としての権利義務関係を離れ、また、所管行政庁の監督権も及ばなくなるという解
釈をとるとすれば、法が公認会計士業務の適正を確保するために規制している規定
の実効は殆ど失われることとなる。したがつて、自己の意思による業務の廃止の場
合は、業務廃止という事実行為のみによつて当然に、かつ、その時から身分関係を
離れると解すべきではなく、法および公認会計士等登録規則(昭和四二年大蔵省令
八号。以下「登録規則」という。)等に定める手続に従つて登録が抹消された時に
おいて身分の喪失が確定すると解すべきである。
二、業務の廃止自体は職業選択の自由に含まれるものであり、公認会計士が自由に
なしうることを否定するものではないが、これには公共の福祉に反しないという制
約があり、既に公認会計士としての身分をもつていた間に生じた事実についての責
任まで廃業によつて免れると解することは公認会計士制度に対する社会的信頼性を
失わしめ、ひいては公共の福祉にも反することになると考えられる。たとえば、被
控訴人らが監査証明をしていたB工業株式会社は、昭和四二年二月において二七億
円の粉飾金額があつたにも拘らず、株式の時価は一株一一五円であり、八億五〇〇
〇万円の資本金は二六億円以上の資産価値をもつものとして評価され、実情を知ら
ない一般の投資家等に取引されていたのである。これが粉飾の発表された翌四三年
一月には一株三五円まで株価が下落し、会社の資産の評価は七億円余に暴落し、一
般投資家等に多大の損害を与えたのである。このようなことのないことを期するた
めに公認会計士は会社の真実の財務内容についての監査意見を表明するという公共
的職責を有するものであるが、それにも拘らず故意にその職責に反する行為を行な
い、しかも単なる業務の廃止によつてその責任を免れることは公共の福祉に反する
ものと考えられるからである。
三、最高裁判所昭和四二年九月二七日大法廷判決(民集二一巻七号一九五五頁)
は、およそ弁護士名簿の登録の取消しは、すべて既に身分が喪失されているという
事実を公に証明するものと解しているものではなく、「弁護士法(昭和二四年法律
二〇五号)一七条一号、三号等の場合における弁護士名簿の登録の取消は」と限定
して論じているのであつて、「弁護士法一七条各号の場合における弁護士名簿の登
録の取消は」と論じているならば格別、この判例をもつて、すべての場合における
登録の取消しが身分喪失確定という事実の公証であると解するのは、判例の解釈を
著しく誤つたものと言わなければならない。この点に関する解釈の参考として弁理
士法(大正一〇年法律一〇〇号)第七条ノ二、二項(昭和三五年法律七三号本条追
加)をみると、弁理士が弁理士会に登録抹消の申請をしたときであつても、弁理士
会が通商産業大臣に懲戒処分の申立てをしたとき、または同大臣が弁理士審査会を
招集したときは、登録の抹消はできない旨の規定がある。もし、廃業または登録抹
消の申請によつて、その時から身分が失われているものとすれば、この規定のよう
に登録抹消を禁止することは不合理である。したがつて、この規定は、登録によつ
て生じた身分の喪失は単なる廃業または登録抹消の申請という事実によるものでは
ないということを前提としているものと解される。
四、仮に、一般的には、廃業の事実があつた時に公認会計士の身分が失われるとし
た場合においても、本件の如くそれまでに行なつた公認会計士業務に関連して協会
としても懲戒処分の手続(日本公認会計士協会会則(昭和四一年一二月一日制定。
以下「会則」という。)三一条二項四号に基づく大蔵大臣への懲戒処分の請求)に
付し、その手続に基づいて大蔵大臣の懲戒処分が近日中に行なわれることが確実に
予測しうる段階において大蔵大臣の懲戒処分およびその基因となつている協会自体
の処分の実効を免れることを目的として登録抹消届を提出することは、いわば権利
の濫用とも言うべきである。
五、なお、本件では協会が月二回程度の平常の回数で開催されている登録審査委員
会(会則七二条に基づき設置)において登録抹消届の審査を行なおうとしていたと
ころ、その間に協会は、被控訴人から登録抹消届が協会に提出されていることの認
識がなかつた大蔵大臣から登録抹消の懲戒処分の通知を受け、登録規則一〇条二項
の規定に従い登録を抹消したものである。同項の場合は、同条一項の場合と異な
り、審査を要せずに登録の抹消を速やかに行なわなければならないとされており、
この協会の処置に不当な点はない。
六、弁護士法六三条は、弁護士の場合の如く登録抹消の事務と懲戒事務とが同一の
弁護士会により行なわれる場合には、懲戒を行なう者自身が登録抹消届を受理して
懲戒を不能にすることになると言う矛盾を避けるために特別の規定を設けているも
のと解され、公認会計士の如く登録の抹消に関する事務は協会が行ない懲戒処分は
これと異なる大蔵大臣が行なう場合においては、懲戒の開始について当然には知り
得ない協会としては本人から提出された廃業届は受理せざるを得ないと言う意味
で、弁護士法六三条の如き規定を設けることができない。懲戒手続が既に開始され
た後に自発的な廃業届のみによつて懲戒を免れることができないということは、明
文の有無に拘らず、当然の条理であると解される。また、前記弁理士法七条ノ二、
二項の規定は、この条理を確認的に明らかに規定したものと解されるが、同条の如
き規定のない法においては、登録抹消届の提出があれば仮に協会として懲戒処分の
申立てを大蔵大臣にしていても登録抹消届が提出された以上は登録抹消の手続は進
めざるを得ないとも言えよう。しかし、本件の場合は協会として登録の抹消をしな
いことにしていたのではなく、登録規則等に定める手続に従つて登録抹消を行なお
うとしていたが、登録審査委員会の審査手続が完了しない前に大蔵大臣の懲戒処分
が行なわれたので登録規則に従つて登録を抹消したものであり、本件処分の効力に
消長を来たすものではない。
       理   由
一、被控訴人が昭和二六年一〇月二五日以来引き続いて公認会計士名簿に登録を受
けていたものであること、控訴人が昭和四三年六月四日被控訴人に対する懲戒の手
続として聴問をなしたうえ、同年七月一七日被控訴人に対し、B工業が証券取引法
の規定により控訴人に提出した同社の第一五事業年度(昭和三八年三月期)から第
二三事業年度(昭和四二年三月期)までの期間にわたる上場有価証券報告書の財務
書類には売掛金、仕掛品等の資産勘定についての過大計上、買掛金、前受金等の負
債勘定についての過少計上、各勘定科目間の相殺又は両建表示等重大な虚偽の記載
が行なわれていたところ、被控訴人が虚偽記載の相当部分を知りながら故意にこれ
らの財務書類に重大な虚偽の記載がないものとして監査証明を行なつたとの理由に
より、法三〇条一項の規定に基づき登録抹消の懲戒処分をなし、翌一八日被控訴人
にその旨を通知したこと、被控訴人が同月一三日協会に対し、同年六月三〇日業務
廃止を事由とする公認会計士の登録の抹消に関する届出書を提出したこと、協会が
同年七月二二日右懲戒処分を事由に被控訴人の登録を抹消したのち、同月二六日付
で被控訴人に対し、協会の登録審査委員会において審査した結果被控訴人について
同月一七日付で懲戒処分による登録の抹消がなされているので廃業による登録の抹
消はできない旨決定したと通知するとともに、被控訴人の右届出書を返戻したこと
は、いずれも当事者間に争いがない。
二、被控訴人は、遅くとも昭和四三年七月一三日被控訴人が協会に業務廃止による
登録の抹消に関する届出書を提出したときに被控訴人の公認会計士としての身分は
失われていたから、控訴人がその後である同月一七日付でした本件懲戒処分は対象
を欠き無効である旨主張するのに対し、控訴人は、これを争い、公認会計士が業務
を廃止した場合その身分を失うのは業務の廃止の届出による登録抹消がなされた時
点であると主張するので、この点について判断する。
 なるほど、公認会計士又は会計士補(以下「公認会計士等」という。)の死亡又
は欠格条項の発生の場合に関する法二一条二号、三号の場合における公認会計士等
の登録の抹消は、これによつて死亡又は欠格条項の発生による資格の当然喪失に伴
ない公認会計士等としての身分を失つている事実を公に証明する行為に過ぎないと
解せられる(最高裁判所昭和四二年九月二七日大法廷判決、民集二一巻七号一九五
五頁参照)。
 しかしながら、公認会計士等が業務を廃止したときに関する同条一号の場合は、
死亡ないし欠格条項発生のように、それらの事実の生じたときに当然に身分を失う
場合と異なり、身分喪失の効果が業務を廃止したときに●るかどうかの点は暫く措
くとして、登録の抹消がなされたときに、その身分を失うと解するのが相当であ
る。
 けだし、元来、公認会計士等の名簿登録制度は、公認会計士等について、いわゆ
る許可制をとらず、その有資格者が申請することによつて、名簿に登録をうけ、そ
の業務をすることを認める制度であるとともに、公認会計士等の身分上の全般的な
監督を掌握する所管行政庁が登録された者に対する監督を行ない、協会が名簿の管
理に伴なう監督に関する事務を行なうための制度であるから、公認会計士等がその
業務を廃止するには何らの制限がなく本人の意思のみによつて臨時業務を廃止する
ことができるけれども、右のような名簿登録制度の目的とする監督関係から離脱す
ることを明らかにする点からも、たとえ本人が業務を廃止したとしても当然には公
認会計士等の身分を喪失せず、廃業を事由とする登録の抹消がなされたときに、は
じめて、その身分を失うものと解するのが相当であるし、また、法三四条の一七、
一号が監査法人の社員たる公認会計士が登録の抹消により脱退する旨規定し、法四
六条の二、二項が会員の監督に関する事務等を行なう協会に当然入会するとする公
認会計士について、その登録を抹消されたときは当然協会を退会する旨規定し、い
ずれも公認会計士がその業務を廃止したときをもつて監査法人社員脱退または協会
退会の時期としてはいない点からみても(昭和二六年法律二三七号税理士法四九条
の七参照)、法は、公認会計士等が業務を廃止しただけでは、その身分を失わず、
登録の抹消をうけたときに身分を失うとしているものと解されるからである(な
お、法四四条一項に基づき協会が制定した会則(成立に争いのない乙二一号証の
二、昭和四一年一二月一日制定)一二条一、二項各一号参照)。
三、ところで、開業登録等の申請および登録抹消に関する届出書の提出があつた場
合について、登録規則八条一項、九条、一〇条一項は、協会がその審査をしたうえ
登録ないしその抹消を行なうべきことを規定し、右審査に関する事務等については
登録規則において規定を設けず、協会の自主的規制に委ねているところ(法四四条
一項七号)、前示会則七二条一、二項は、これらの審査を行なうため協会にその機
関として登録審査委員会を設置し、同条一一項は同委員会の運営細則は理事会が定
めるものとし、同七七条の規定に基づき協会は公認会計士等登録事務細則(成立に
争いのない乙二一号証の三、昭和四二年三月二〇日制定)を定め、同細則三条一項
により登録抹消に関する審査は登録審査委員会がこれを行なうものとしている。
 そして、成立に争いのない甲一四号証および乙二四号証の二によれば、被控訴人
が協会に登録の抹消に関する届出書を提出した昭和四三年七月中には前記運営細則
に則り登録審査委員会が同月一二日、二六日の両日開会されたことが認められる。
 他方、登録規則一〇条二項は、公認会計士等が登録抹消の懲戒処分をうけた場合
の登録の抹消に関し、協会は審査をすることなく遅滞なく登録の抹消をなすべき旨
規定しているところ、控訴人が本件懲戒処分の直後法三四条三項所定の公告をな
し、かつ、同処分のあつたことを協会に通知したことは、弁論の全趣旨から、これ
を認めることができる。
 したがつて、本件の場合、本件懲戒処分は、被控訴人が昭和四三年七月一三日協
会に対し登録抹消に関する届出書を提出し、協会において登録規則の要求する、協
会内部の通常の事務処理に従つた審査の手続が終了せず、右届出による登録の抹消
が未だなされず、被控訴人が公認会計士たる身分を失つていない間の同月一七日に
なされたものであり、何らその対象を欠くものではないから、被控訴人の主張は理
由がない。
 なお、昭和四四年九月三〇日の原審第五回口頭弁論期日において、控訴人は、協
会が被控訴人から登録の抹消に関する届出書を、その要件において欠けるところが
ないものとして受理したことを認める旨陳述しているけれども、本件弁論の全経過
に徴すると、同陳述は右届出書の提出された昭和四三年七月一三日即日協会の機関
たる登録審査委員会が登録規則一〇条一項所定の審査の手続を結了したことまでを
認めた陳述とは到底認めることができず、また、協会が法令上の根拠なくして右届
出書を被控訴人に返戻したとしても、このことが本件懲戒処分を違法とする事由と
ならないことは、いうまでもない。
四、そこで、本件懲戒処分は、被控訴人の粉飾認識額が原判決別紙第二表の限度に
とどまるのにB工業の資本金の三倍に近い粉飾経理の存在を認識しながら適正証明
をしたとの事実誤認に基づくから取消しを免れない旨の被控訴人の主張を判断す
る。
 本件懲戒処分は、前記のとおり、B工業が証券取引法の規定に基づき控訴人に提
出した同社の第一五事業年度(昭和三八年三月期)から第二三事業年度(昭和四二
年三月期)までの九期にわたる上場有価証券報告書の財務書類には売掛金、仕掛品
等の資産勘定についての過大計上、買掛金、前受金等の負債勘定についての過少計
上、各勘定科目間の相殺または両建表示等重大な虚偽の記載があるのに、被控訴人
は故意に、虚偽の記載がないものとして監査証明を行なつたとの理由により、法三
〇条一項の規定に基づいてなされたものであるところ、同項の規定による懲戒の要
件は、同項の規定から明らかなとおり、「公認会計士が故意に、虚偽、錯誤又は脱
漏のある財務書類を虚偽、錯誤及び脱漏のないものとして証明した」ことであり、
公認会計士が当該財務書類に、すくなくとも、虚偽、錯誤または脱漏の存在するこ
とを認識していることをもつて足りるのであつて(なお、同条二項の規定と対照し
ても明らかなように、右「虚偽、錯誤又は脱漏」が重大なものであるかどうかは要
件とされていない。)、公認会計士が認識していた財務書類の虚偽等にかかる額が
如何程であるかは懲戒事由の成否にかかわりがないと解するのが相当である。そし
て、本件の場合、本件懲戒処分が被控訴人主張の事実認定を前提としたものでない
ことは、本件懲戒処分通知書(成立に争いのない甲一号証)の記載により、これを
認めることができる。なお、本件懲戒処分に対する異議申立て棄却決定書(成立に
争いのない甲一〇号証)の理由の記載中、前記財務書類における虚偽の記載のうち
「相当部分(資本金と同程度)を知りながら」との記載が、本件懲戒事由存否に関
する控訴人の事実認定を変更したものでないことは、同理由の記載自体から明らか
なところである。
 しかして、B工業の前記財務書類(ただし、昭和三八年三月期分を除く。)につ
いて、被控訴人が原判決別紙第二表記載の項目について経理の記載内容が虚偽であ
ることを認識していたことは、被控訴人の自認するところであり、成立に争いのな
い甲二号証、甲三号証の一、二、乙一号証、乙二号証(ただし、後記信用しない部
分を除く。)、乙三、四号証、乙五号証の一、二、弁論の全趣旨を総合すると、B
工業が昭和三六年東京、大阪各証券取引所の各第二部にその株式を上場した当初か
ら、被控訴人が公認会計士Aと共同して同社が証券取引法の規定に基づき控訴人に
提出してきた上場有価証券報告書の財務書類に同法一九三条の二の規定に基づく監
査証明をしてきたこと、ところで、A公認会計士は、第一五事業年度(昭和三八年
三月期)の監査に際し、はじめて、同社の経理について相当額の粉飾金額および疑
問額の存在することを知り、遅くとも昭和三八年六月中、同期監査意見最終打合せ
の際、被控訴人にこれを打ち明けるとともに、監査証明は従来どおりお願いしたい
旨、同期の財務書類に粉飾金額の記載のないものとして証明することを依頼したこ
と、そこで、被控訴人も同期の財務書類に粉飾金額の存することを知つたが、右依
頼に応じ、A公認会計士とともに、同期についても従来の期と同様に「適正」の監
査意見を付して監査証明を行なつたこと、次の第一六事業年度(同年九月期)分か
ら第二三事業年度(昭和四二年三月期)分に至る間の監査証明についても、被控訴
人は、粉飾金額の存することを知りながら、A公認会計士とともに「概ね適正」
(ただし、第二三事業年度は「一部限定事項を除いては適正」)の監査意見を付し
たこと、以上の事業年度の間のB工業の資本金の額は原判決別紙第四表記載のとお
りであるが、その後B工業が公表した粉飾金額は同第一表記載のとおりであるこ
と、その粉飾の方法は前記本件懲戒処分の理由において指摘されたとおりであるこ
とが認められ、乙二号証中、被控訴人がA公認会計士から粉飾金額の存在を打ち明
けられた時期が第一五事業年度(昭和三八年三月期)の監査意見最終打合せの後で
あるとする点は信用できず、ほかに右認定をくつがえすに足る証拠はない。したが
つて、以上の事実によれば、本件懲戒処分について、その前提たる法三〇条一項該
当の懲戒事由に関する控訴人の事実認定に何ら欠くるところはない。
 もつとも、控訴人が原審において陳述した昭和四三年一二月一三日付答弁書の被
告の主張三、(3)項には、「会社資本金の三倍にも近い粉飾額が疑われるのに、
あえて適正意見を表明したことが本件処分の理由をなすのである。」との記載があ
るが(同答弁書二一ページ)、これは同項の記載自体から明らかなように、そもそ
も、本件懲戒処分は裁量権の範囲を逸脱するとの被控訴人主張に対する反論とし
て、「原告(被控訴人)が確知していた粉飾額が幾何であつたかということは問題
ではない。」旨の主張の記載に続いて、本件懲戒処分の一事情をいうに過ぎず、被
控訴人のいうように控訴人が被控訴人の粉飾認識額が資本金の三倍に近い額である
と認定して、同事実認定を前提として本件懲戒処分をなしたことを主張するもので
ないことは明白であるから、右答弁書の記載を根拠として本件懲戒処分に事実誤認
があつたというのであれば、それが牽強附会であることは、いうをまたない。
 以上の次第であるので、被控訴人の前記主張は失当である。
五、次に、本件懲戒処分について裁量権の範囲をこえ、またはその濫用があつた旨
の被控訴人主張を判断する。
 まず、前記のとおり本件懲戒処分は被控訴人の粉飾認識額がB工業の資本金の三
倍に近いとの事実認定を前提としたものではないところ、控訴人が本件懲戒におい
て被控訴人主張の事実誤認を犯したことは、証拠上もこれを認めることができな
い。
 被控訴人は、被控訴人がB工業の上場有価証券報告書の財務書類を虚偽のないも
のとして証明するに至つた特殊事情として、右監査証明は概してA公認会計士の副
としてこれをなしたが、B工業の営業が成長産業であり、同社幹部が倒産防止のた
め献身的努力をし、その最大取引先で大株主である伊藤忠商事株式会社が全責任を
もつてB工業の建直しに当ると言明していたので、事態の推移を静観するのが同社
の再建を容易にし会社債権者、従業員を救う途と考え、同社に対し粉飾経理の是正
を強く勧告するにとどめ不適正意見の表明を差し控えてきた事情にあると主張し、
また、その後現実に伊藤忠商事株式会社が再建に乗り出してから不適正意見に踏み
切つたことや、B工業が整理、更生手続にも入らず、増資をみ、再建の途をたどつ
ているような事情にあること等をも主張するが、およそ公認会計士の最も重要な職
務である財務書類の監査証明(法二条一項)は、高度の職業専門家である公認会計
士のみをして、全く利害関係のない(証券取引法一九三条の二、一、二項参照)独
立した第三者の立場から公正に財務書類の監査証明を行なわせ、よつて、監査を受
ける会社、団体の経営者や執行責任者の責任を明らかにし、株主、出資者、債権者
等利害関係者をして各自の権益についての判断ができるようにする社会的公共的な
制度に由来するものであつて、前記のように被控訴人がB工業の粉飾経理の事実を
知りながら、その財務書類に虚偽のないものとして証明をしたことは、公認会計士
として法律上特に付与せられた右のような社会的公共的な責務の重大さを全く忘
却、放擲し、ひいては公認会計士制度の有する機能を破壊するものにほかならず、
被控訴人の自認するその認識した粉飾金額が原判決別紙第二表記載の額にも及ぶ本
件の場合、被控訴人の主張するような事情があるにしても、そのために控訴人が被
控訴人に対し登録抹消の懲戒処分をなしたことをもつて、社会観念上著しく妥当を
欠き懲戒権者たる控訴人にまかされた裁量権の範囲をこえ、またはその濫用があつ
たと解することは到底できない。
 また、被控訴人は過去の懲戒事例に比し重きに失する旨主張し、成立に争いのな
い甲四号証、甲一一号証、甲一五、一六号証等、本件懲戒処分前後の懲戒事例の概
要を記載した協会会報、新聞等を提出するが、そもそも法三〇条一項所定の懲戒
は、懲戒事由該当事実の継続期間、不正証明額等に数量的に比例して行なわねばな
らないものではなく、懲戒権者たる控訴人は、事案に即して、諸般の事情を総合し
て懲戒するかどうか、懲戒するとして当該処分のうちいずれの処分をするかを決定
するものであつて、右甲号各証から窺われる懲戒事例の概要のみから、本件懲戒処
分が何らいわれなく不当に重いと断定するに足らず、被控訴人の全立証をもつてし
ても、同主張を首肯することはできない。
 更に、被控訴人は本件懲戒処分により弁護士の登録をも取り消され生業のすべて
を失う旨をいうが、前記懲戒事由の存する本件の場合は、このような事情を考慮し
ても、裁量権の範囲をこえ、またはその濫用があつたとするに足りない。
六、したがつて、被控訴人の本訴請求は理由がないので、これを認容した原判決は
不当として取消しを免れないから、これを取り消し、被控訴人の本訴請求を棄却す
べく、民訴法三八六条、九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 柳川真佐夫 後藤静思 平田孝)

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