弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求5
被告は,原告に対し,110万円及びこれに対する平成29年7月13日か
ら支払済みまで年5分の金員を支払え。
第2事案の概要等
本件は,衆議院議員である原告が,平成29年6月22日,憲法53条後段
に基づき,内閣に対して臨時会の召集を要求したところ,内閣が,同要求後910
8日が経過した同年9月28日まで臨時会を召集しなかったことにつき,内閣
は合理的な期間内に臨時会を召集するべき義務があるのにこれを怠ったもの
であって,憲法53条後段に違反し,その結果,国会議員としての権能を行使
することができなかったとして,被告に対し,国家賠償法(以下「国賠法」と
いう。)1条1項に基づき,慰謝料等110万円及びこれに対する上記召集要15
求から20日経過後の平成29年7月13日から支払済みまで民法(平成29
年法律第44号による改正前のもの)所定年5分の割合による遅延損害金の支
払を求める事案である。
1前提事実(当事者間に争いがない事実又は後掲各証拠及び弁論の全趣旨によ
り容易に認められる事実)20
⑴原告は,平成26年12月実施の第47回衆議院議員総選挙において当選
し,平成29年6月22日時点で,衆議院議員の地位を有していた者である
(争いがない)。
⑵原告は,平成29年6月22日,他の衆議院議員119名とともに連名で,
憲法53条後段及び国会法3条に基づき,内閣(以下,別紙記載の安倍晋三25
前内閣総理大臣及び他の国務大臣で構成される平成28年8月3日成立の
内閣及び平成29年8月3日成立の内閣を「安倍内閣」という。)に対し,
衆議院議長経由で要求書を提出して,臨時会を召集するよう要求し(以下,
この要求を「本件召集要求」という。),安倍内閣は,同日,同要求書を受
領した(以下,この受領日を「本件受領日」という。)。
本件召集要求を行った衆議院議員の総数は,衆議院議員475名中1205
名であり,憲法53条後段所定の衆議院の総議員の4分の1以上による召集
要求がなされたものである。
(争いがない,甲A7,B75)
⑶原告が本件召集要求を行った理由は,平成29年開催の第193回通常国
会(常会)において,いわゆる森友学園・加計学園問題について十分な審議10
が尽くされておらず,国民に広がる政治不信を解消するためには,国会が国
民の負託に応え,疑惑の真相解明に取り組むことが不可欠であると考えたた
めとのことであった(甲A7)。
⑷安倍内閣は,本件受領日から92日目である平成29年9月22日,臨時
会を同月28日に召集することを持ち回り閣議で決定し,同日,衆議院の臨15
時会を召集した(以下,この召集を「本件召集」という。)。
安倍内閣は,本件召集に基づいて開催された臨時会の冒頭において衆議院
を解散したため,臨時会において原告が求めるような前記⑶の事項について
の実質的な審議は行われなかった。
(甲A26,B76)20
2争点及び当事者の主張
本件の争点は,①内閣による臨時会の召集の決定が憲法53条後段に違反す
るかの法的判断について,裁判所の司法審査権が及ばないといえるか(争点
1),②憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求があった場合において,内
閣は,個々の国会議員に対し,国賠法1条1項適用上の職務上の法的義務とし25
て,臨時会の召集を行うことを決定する義務を負うか(争点2),③本件召集
が,実質的には本件召集要求に基づく臨時会の召集とはいえず,又は合理的期
間内に行われたものとはいえないとして,憲法53条後段に違反するものとい
えるか(争点3),④原告の損害の発生及びその額(争点4)である。
⑴内閣による臨時会の召集の決定が憲法53条後段に違反するかの法的判
断について,裁判所の司法審査権が及ばないといえるか(争点1)について5
(被告の主張)
ア三権分立の原理に由来して,当該国家行為の高度の政治性,裁判所の司
法機関としての性格,裁判に必然的に随伴する手続上の制約等にかんがみ,
司法権の憲法上の本質に内在する制約として,直接国家統治の基本に関す
る高度に政治性のある国家行為は,たとえそれが法律上の争訟となり,こ10
れに対する有効無効の判断が法律上可能である場合であっても,裁判所の
審査権の外にあり,その判断は主権者たる国民に対して政治的責任を負う
ところの政府,国会等の政治部門の判断に委され,最終的には国民の政治
判断に委ねられているものと解される(最高裁判所昭和30年(オ)第9
6号同35年6月8日大法廷判決・民集14巻7号1206頁(以下「昭15
和35年最判」という。))。
イ憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求は,一定数以上の国会議員に
おいて国会が召集されるべき必要があるとの政治的判断をした場合にされ
るものであるから,高度に政治性を有する行為であるところ,かかる召集
要求を契機として行われる内閣による臨時会の召集の決定も,召集時期に20
係る判断も含め,おのずから高度に政治性を有する行為というべきである。
したがって,憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求があった場合の臨
時会の召集の決定は,召集時期に係る判断も含め,おのずから高度に政治
性を有する行為といえる。
ウまた,憲法は,三権分立の原理を採用した上で(憲法41条,65条,25
76条),内閣は,解散権(憲法7条3号)や議案提出権(憲法72条)
を有する一方,国会は,国政調査権を有し(憲法62条),不信任の決議
ができる(憲法69条)など,国会と内閣との間の均衡・抑制関係を定め
るとともに,内閣が国会に対して連帯して責任を負うこと(憲法66条3
項),内閣は衆議院で不信任の決議案が可決され又は信任の決議案が否決
されたときは,10日以内に衆議院が解散されない限り総辞職すべきこと5
(憲法69条)など,内閣が国会の信任を基礎として存立することを定め,
さらに国務大臣の過半数は国会議員でなければならない(憲法68条1項)
と定めている。このように,憲法は明文をもって,国会と内閣の関係につ
いて議院内閣制を採用しており,均衡・抑制関係にあるのみならず協働関
係にあることを規定している。10
三権分立の原理,議院内閣制の下において,このような政治部門である
内閣と国会との均衡・抑制関係及び協働関係に係る内閣又は国会の意思決
定等について,裁判所がその適否や当不当の司法審査をすることは,憲法
が定めた内閣と国会との均衡・抑制関係及び協働関係を損なうことになり
かねず,その適否や当不当の評価については,国民に対して政治的責任を15
負う内閣及び国会に任されており,最終的には国民の選挙を通じた政治判
断に委ねられるべきものであるため,そのような事項については司法審査
権の外にあると解すべきである。昭和35年最判が実質的な根拠とすると
ころもこのような点にあるものと解される。
本件についてみると,臨時会を含む国会の召集は,内閣の助言と承認に20
基づいて天皇が行う国事行為であるから(憲法7条2号),国会の召集の
決定については,内閣がその実質的決定権を有するところ,憲法は,国会
の活動について会期制を採用しており(憲法52条から54条まで参照),
国会の召集は,国権の最高機関かつ国の唯一の立法機関である国会がその
活動を行う前提となるものであるから,内閣による国会の召集の決定が有25
する国法上及び政治上の意義は重大なものである。そして,国会の活動は,
議院内閣制の下における内閣と国会との均衡・抑制関係及び協働関係の基
礎となるものであるところ,このような国会召集に係る内閣の意思決定の
適否や当不当に裁判所の司法審査権が及ぶとなれば,裁判所が国会の活動
の前提となる内閣の意思決定を制約することになりかねず,国会の活動に
影響が生じ,ひいては,国政調査権(憲法62条)や内閣不信任決議権(憲5
法69条)等の諸権能の行使を通じて実現されるべき,憲法が定めた内閣
と国会との均衡・抑制関係及び協働関係が損なわれることになりかねない。
内閣による臨時会の召集の決定は,政治部門である内閣と国会との関係
に係る意思決定であって,その適否や当不当の評価については,国民に対
して政治的責任を負う内閣及び国会に任されており,その後の国会等の政10
治の場で議論されるべきものであって,最終的には国民の選挙を通じた政
治判断に委ねられるべきものである。
エ以上によれば,憲法53条後段に基づく内閣による臨時会の召集の決定
についても,昭和35年最判の実質的根拠が妥当し,憲法が採用する三権
分立の原理に由来する司法権の憲法上の本質に内在する制約として,裁判15
所の司法審査権は及ばないと解すべきである。
(原告の主張)
アそもそも,統治行為論を理由に司法判断を避けることは憲法81条に反
するため,統治行為論を採用すべきではない。また,統治行為論に関する
判例,裁判例も,「一見極めて明白に違憲無効であると認められない限り20
は,司法審査の対象外のもの」(最高裁判所昭和34年12月16日大法
廷判決・民集13巻13号3225頁)などの留保条件を付した判断をす
るか,裁量論で対処するのが一般であり,昭和35年最判以降,純粋な統
治行為論が展開されたことはない。
イ仮に,統治行為論ないしこれに類似する理論が存在するとしても,憲法25
53条後段に基づく臨時会の召集要求そのものは政治性を有する行為であ
るが,これに対する内閣による臨時会の召集の決定については,憲法53
条後段の要件を満たした臨時会の召集要求があった場合は,同条後段によ
り「内閣は,その召集を決定しなければならない。」と法的義務が定めら
れているのであって,召集するか否かにつき内閣の政治判断が入り込む余
地はなく,その召集時期についても,おのずから合理的期間内と定まるも5
のであって,物理的・事務的な判断要素のほかに,政治的・党派的な判断
要素が入り込む余地は全くないため,高度に政治性を有する行為とはいえ
ない。
ウ昭和35年最判は,あくまでも「直接国家統治の基本に関する高度の政
治性のある国家行為」について論じているものであり,内閣と国会との抑10
制・均衡及び協働の行為一般について述べているものではない。内閣と国
会との抑制・均衡及び協働の行為といえるもののうち,衆議院の解散と内
閣総理大臣の指名以外のものについては,到底「直接国家統治の基本に関
する高度の政治性のある国家行為」とはいえない。そもそも,衆議院の解
散というその後に衆議院選挙が当然に予定されるような国法上・政治上の15
意義が重大かつ影響の大きい行為と,少数派国会議員による国会召集要求
に応じる国会召集行為という事務的な行為を同列に置いて論じることはで
きない。
加えて,憲法53条後段に基づく内閣による臨時会の召集の決定は,議
院内閣制における国会と内閣との抑制・均衡関係に係る内閣の意思決定・20
権能ではなく,実質的には,国会が自ら国会を召集するという国会の自律
的権能に係るものであり,これに対する内閣の召集行為は単純な事務手続
に過ぎない。同条後段の臨時会の召集要求があったにもかかわらず,内閣
が召集決定を行わないという状況は,議院内閣制の下における内閣と国会
との均衡・抑制関係及び協働関係の基礎となる国会の活動の前提となる決25
定を内閣が行わないというものであり,内閣が,国会の自律的権能を侵害
し,憲法の定める内閣と国会との上記関係を損なっているものである。
さらに,憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求があったにもかかわ
らず,内閣が臨時会の召集決定を行わないという状況は,国会という,内
閣による臨時会の召集の決定の適否や当不当の評価について議論されるべ
き場がそもそも設定されず,国民が政治判断を行うための判断材料が設定5
されないこととなるのであるから,内閣による臨時会の召集の決定の適否
やその当不当の評価については,国会等の政治の場で議論されるべきであ
って,最終的に国民の選挙を通じた政治判断に委ねられるべきであるとい
う被告の主張は当を得ない。
エ以上によれば,憲法53条後段に基づく臨時会の召集については,昭和10
35年最判の射程範囲外であり,裁判所の司法審査権は及ぶものといえる。
⑵憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求があった場合において,内閣
は,個々の国会議員に対し,国賠法1条1項適用上の職務上の法的義務とし
て,臨時会の召集を行うことを決定する義務を負うか(争点2)について
(原告の主張)15
ア国賠法1条1項の違法というために,公務員が,個別の国民に対して負
担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を加えたといえること
が必要であるとしても,以下のとおり,内閣は,憲法53条後段に基づく
臨時会の召集要求があった場合において,個々の国会議員に対し,その職
務上の法的義務として,臨時会の召集を行うことを決定する義務を負うと20
いえる。
イ憲法53条後段の臨時会召集要求は,国会ではなく,個々の国会議員
の内閣に対する要求として規定されている上,臨時会召集要求権は,国
会議員の公務という側面のみならず,国会議員としての活動の場である
国会を召集させる権利であって,議院における発言権の保障という個別25
の国会議員の主観的権利,利益の側面をも有していることからすれば,
反射的利益ではなく,国会議員個人に保障された国賠法上保護された権
利,利益といえる。
少数意見の尊重という憲法53条後段の趣旨からすれば,同条後段の
所定の召集要求権は個々の国会議員にあり,それが所定の数に達すると
内閣に国会の召集決定義務が生じるが,そのことによって,国会の召集5
要求権を有する者が国会議員から国会に変わるものではない。したがっ
て,内閣の職務上の法的義務である国会の召集決定義務は,未だ召集さ
れていない国会ではなく,召集されるはずであった国会において諸権利
を行使することができた国会議員に対して生じるものである。
憲法53条後段が個々の国会議員を主語としてその権利を規定する文10
言となっていないとしても,思想良心の自由を定める憲法19条も個々
の国民を主語として規定していないにもかかわらず,思想良心の自由は
個人の権利と解されており,また,プライバシー権は明文の規定がない
にもかかわらず,憲法13条の幸福追求権の1つとして認められている
のであるから,明文の規定がないことは臨時会召集要求権の具体的権利15
性を否定する理由とはならない。
また,個々の国会議員は,国民全体のために諸権利を行使するという
公的職務を通して,個人の自己実現,人格的価値の実現を図るものであ
り,国民のために使命感に基づき憲法53条後段に基づく臨時会の召集
要求を行うところ,臨時会の召集が実現しなければ,国民の期待に応え20
られず,信頼を失い,自己の職責を全うする機会を得られなかった挫折
感を抱き,国会議員個人の職務を通じた自己実現,人格的価値が侵害さ
れるものであるから,国会議員個人の権利又は法律上保護される利益が
侵害されたものといえる。
臨時会召集要求権が公務的性格を有するとしても,選挙権,接見交通25
権のような公務的性格を有する権利も主観的権利として認められている
ことから,臨時会召集要求権も同様に,国会議員の主観的権利として認
められるべきである。
さらに,内閣が,憲法53条後段に基づく召集要求を行った個々の国
会議員に対して,臨時会の召集決定をすべき義務を負うものと解して,
国賠法1条1項に基づく損害賠償を認めるとすれば,国賠法上の救済に5
おいて,当該召集要求を行った国会議員とこれを行わなかった国会議員
を区別する結果となるとしても,国会の会期中は全国会議員が同一の地
位や役割を担うものの,国会閉会中に憲法53条後段に基づき臨時会の
召集を要求する場面では個々の国会議員が当該要求を行う権利を行使す
るものであるから,これを行使した議員と行使しなかった議員が区別さ10
れることは不合理ではない。
また,行政機関職員等による監禁,脅迫等の不当な妨害工作により,
憲法53条後段の要件充足を阻止された場合,臨時会召集要求権が侵害
されたとして国家賠償請求等が可能であると考えられることから,臨時
会召集要求権は個々の国会議員に保障されているものと解される。15
以上によれば,内閣は,憲法53条後段に基づく召集要求があった場
合,国会との関係のみならず,当該召集要求を行った個々の国会議員と
の関係においても,臨時会の召集を決定すべき義務を負うものと解され
る。
ウまた,憲法66条3項所定の内閣が国会に対して負う「責任」は,法的20
責任ではなく政治的な責任であるが,同項は,あくまで内閣が国会に対し
て負う義務について定めたものであり,内閣が個々の国会議員に対して負
う義務について定めたものではない。
これに対し,憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求があった場合,
内閣は,その召集の決定をすべき法的義務を負うものであり,このような25
法的義務に違反した場合には,召集要求を行った特定の国会議員の個々の
権利を具体的に侵害するものとして,法的責任を負うものと解すべきであ
る。
エ以上によれば,憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求があった場合
において,内閣は,個々の国会議員に対し,その職務上の法的義務として,
臨時会の召集を行うことを決定する義務を負うものといえ,同義務に反し5
た場合には,国賠法1条1項の適用上「違法」と評価される。
(被告の主張)
ア国賠法1条1項の違法があるといえるためには,公権力の行使にあたる
公務員が,個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該
国民に損害を加えたといえることが必要である。10
イ憲法53条後段は,「いづれかの議院の総議員の4分の1以上の要求が
あれば,内閣は,その召集を決定しなければならない。」と定めるところ,
内閣が召集のために必要な合理的期間を超えない期間内に臨時会の召集を
行うことを決定する憲法上の義務を負うと解されるとしても,その文言上,
内閣が当該召集要求をした個々の国会議員との関係において,合理的期間15
を超えない期間内に臨時会の召集を行うことを決定する義務を負うとまで
は規定されていない。また,内閣が憲法53条後段に基づいて臨時会の召
集を決定した場合,当該臨時会において,当該召集要求をした国会議員と
これをしなかった国会議員とを区別して取り扱うべき旨を定める規定も憲
法上存在しない。20
国会は衆議院及び参議院で構成され(憲法42条),両議院は「全国民
を代表する」選挙された国会議員で組織されるところ(憲法43条1項),
国会は,国民の間に存する多元的な意見及び諸々の利益を立法過程に公正
に反映させ,国会議員の自由な討論を通じてこれらを調整し,多数決原理
により統一的な国家意思を形成するべき役割を担うものであり,国会がこ25
れらの権能を有効適切に行使するために,国会議員には,全国民の代表と
して,多様な国民の意向を汲みつつ,国民全体の福祉の実現を目指して行
動することが要請され,このような国会議員の役割は,臨時会の召集要求
をした国会議員とこれをしなかった国会議員で異ならない。
したがって,憲法53条後段は,「いづれかの議院の総議員の4分の1
以上の要求」があった場合においても,内閣に対し,当該召集要求をした5
個々の国会議員との関係において,その職務上の法的義務として,臨時会
の召集を行うことを決定する義務を負わせるものではないと解するのが相
当である。
ウまた,公務員が公権力の行使について政治的責任を負うにとどまる場合,
国賠法上の法的責任を負う余地はないから,当該公権力の行使が個別の国10
民に対して負担する職務上の法的義務に違背したものとして,国賠法1条
1項の適用上,違法と評価されることはない。
憲法66条3項は,内閣は,行政権の行使について,国会に対し連帯し
て責任を負うことを規定しているが,この規定の趣旨は,憲法が採用して
いる議院内閣制の基本的な原理,すなわち内閣に帰属する行政権の行使に15
ついて,これを国会による民主的な統制の下に置くという基本的な原理を
明らかにすることにあると考えられる上,必ずしもその責任原因が違法な
行為に限られていないことからすれば,当該責任は法的責任ではなく,政
治的責任を意味すると解される。そして,このことは,内閣が一定の行為
をすべき憲法上の法的義務を負うと解される場合であっても同様であると20
考えられる。
そうすると,内閣は,国会に対する関係では政治的責任を負うにとどま
るものであり,これは,憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求があり,
内閣がその召集の決定について憲法上の法的義務を負うと解される場合で
あっても同様である。25
そして,国会議員は,国会を構成する両議院を組織するものであり,国
会の担うべき役割を果たすものであるから,憲法53条後段に基づく臨時
会の召集要求があった場合,内閣は,国会との関係においてその召集決定
について政治的責任を負うにとどまる以上,当該召集要求をした国会議員
との関係においても,政治的責任を負うにとどまるものといえる。
したがって,内閣が憲法53条後段に基づいて行う臨時会の召集決定に5
ついては,国賠法1条1項の適用上,「違法」と評価される余地はない。
エ以上によれば,憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求があった場合
において,内閣は,個々の国会議員に対し,その職務上の法的義務として,
臨時会の召集を行うことを決定する義務を負うものとはいえず,国賠法1
条1項の適用上,「違法」と評価される余地はない。10
⑶本件召集が,実質的には本件召集要求に基づく臨時会の召集とはいえず,
又は合理的期間内に行われたものとはいえないとして,憲法53条後段に違
反するものといえるか(争点3)について
(原告の主張)
ア憲法53条後段の解釈について15
憲法53条後段は,いずれかの議院の総議員の4分の1以上の要求を
要件として,内閣に臨時会の召集義務を定めているところ,これは,三
権分立制を採用する憲法の下,立法権(憲法41条)及び内閣不信任決
議権(憲法69条)を有する国会を構成する個々の国会議員が国会の召
集を要求するという,三権分立の制度上当然の権能を定めた規定である。20
憲法上,国会の召集権限は内閣にあると解されるが(憲法7条2号,
3条),三権分立制を採用し,立法権を国会に独占させた憲法の趣旨か
らは(憲法前文,41条),国会が,常会(憲法52条)や特別会(憲
法54条1項)以外に,自らの意思で国会を召集し得ないというのでは,
国権の最高機関(憲法41条)となり得ず,事実上,内閣の支配下に置25
かれることとなる。そこで,憲法53条後段は,国会に対し,国会の自
律権の表れとして,国会議員の意思により国会を召集する権能を与えた
ものである。
加えて,与党ではない少数派議員は内閣を通して国会を召集すること
ができないところ,いずれかの議院の総議員の4分の1という少数派議
員にも国会召集要求権を与えることにより,少数意見を国会に反映させ5
る規定でもある。
このように,憲法53条後段は,国会が自ら国会を召集するという自
律権の表れ,少数意見の尊重という趣旨から,国会に対し,いずれかの
議院の総議員の4分の1という少数派の個々の国会議員に対して国会召
集要求権を保障し,内閣に召集を行うべき法的義務を負わせたものであ10
る。
憲法53条後段の明文上,内閣が召集要求を受けてから臨時会の召集
を行うまでの期間について,具体的に定められていない。
この点,憲法96条2項,6条,34条,79条6項前段,80条2
項前段等,憲法上,権限行使等を行うべき期間が具体的に明文で定めら15
れていない規定は他にも存在するところ,これらはいずれも,期間につ
いて決定権者の裁量に委ねる趣旨ではなく,期間を固定的に定めること
が困難であるが,合理的期間内に行うべきことが常識的に明らかである
ために,具体的期間を定めなかったに過ぎないものと解される。
仮に,憲法53条後段に基づく臨時会の召集時期が内閣の裁量に委ね20
られたものとすると,臨時会の召集要求があったとしても,内閣がその
裁量をもって国会の召集を先送りし続けることにより,憲法上その時期
等につき定めのある常会と特別会を召集しさえすれば,臨時会召集要求
に応じる義務を果たさなくてもよいこととなり,事実上立法機関の立法
機能や行政監視機能を奪うこととなる。25
したがって,内閣は,憲法53条後段の臨時会召集を行うまでの期間
に関し,裁量を有しておらず,いずれかの議院の総議員の4分の1以上
の要求があった場合には,合理的期間内に臨時会を召集すべき法的義務
を負うものといえる。
合理的期間の具体的日数については,衆議院解散による衆議院議員総
選挙後の特別会の召集は,選挙の日から30日以内に行わなければなら5
ず(憲法54条1項),衆議院の任期満了による総選挙及び参議院の通
常選挙後の国会召集は,任期開始日から30日以内に行わなければなら
ない(国会法2条の3)とされているところ,これらは,いずれも選挙
により新たに国会議員が選ばれた直後の国会召集であるため,その召集
のために国会議員名簿の整備等の事務を必要とするものである。そうす10
ると,このような事務を要しない臨時会の召集については,常会と同様,
30日よりも短い期間で召集手続を完了できることは明らかであるか
ら,前記の憲法53条後段における合理的期間は長くとも20日と解
される。
以上によれば,内閣は,憲法53条後段に基づく臨時国会の召集要求15
を受けてから,遅くとも20日以内に国会の召集を行うべき法的義務が
ある。
イ本件召集について
安倍内閣は,本件召集を行ったものの,これにより召集された臨時会
の冒頭で衆議院を解散したため,臨時会における実質的な審議は行われ20
なかったのである。このように実質的な審議の機会のない臨時会が形式
的に召集されたとしても,これを本件召集要求に応じた臨時会の召集と
評価することはできず,召集は行われなかったものと評価せざるを得ず,
安倍内閣は,故意又は過失により,憲法53条後段に違反したものとい
える。25
仮に本件召集が本件召集要求に対する召集と評価できるとしても,安
倍内閣は,本件受領日から20日以内に臨時会を召集すべき義務があっ
たにもかかわらず,98日間,その召集を行わなかったものであるから,
故意又は過失により,憲法53条後段に違反したものといえる。
(被告の主張)
憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求があった場合において,内閣5
が召集のために必要な合理的期間内に臨時会の召集を行うことを決定する
憲法上の義務を負うものと考えられるが,前記⑵(被告の主張)のとおり,
内閣は,個々の国会議員に対し,その職務上の法的義務として,臨時会の
召集を行うことを決定する義務を負うものとはいえないから,本件召集が
合理的期間内になされたといえるか否かにかかわらず,国賠法1条1項の10
適用上,「違法」と評価される余地はない。
⑷原告の損害の発生及びその額(争点4)について
(原告の主張)
原告は,安倍内閣が本件召集要求に対して臨時会を召集せず,または召集
されたとしても98日間と長期にわたり臨時会を召集しなかった結果,国会15
議員としての国会召集要求権(憲法53条,国会法3条)を直接侵害される
とともに,議案発議権(国会法56条),動議提出権(同法57条),質問
権(同法74条以下),質疑権(衆議院規則118条),討論権(衆議院規
則118条)及び表決権(国会法57条等)の権利を行使する機会を失った。
原告は,主権者たる国民から「全国民の代表」(憲法43条1項)として20
厳粛な信託(憲法前文)を受けながら,臨時会において,これに応えて,安
倍内閣に対して森友学園・加計学園問題について追及する自由な言論の機会
を失い,国民からの政治的,社会的信頼を失うこととなり,精神的苦痛を受
けたものであり,その損害額は100万円を下らない。
(被告の主張)25
否認ないし争う。
第3当裁判所の判断
1内閣による臨時会の召集の決定が憲法53条後段に違反するかの法的判断に
ついて,裁判所の司法審査権が及ばないといえるか(争点1)について
⑴司法権とは,具体的な争訟について法を適用し宣言することによってこれ
を解決する国家作用であり,全て司法権は,最高裁判所及び下級裁判所に属5
する(憲法76条1項)。裁判所は,憲法に特別の定めがある場合を除き,
一切の「法律上の争訟」を裁判する権限を有し(裁判所法3条1項),一切
の法律等に関する違憲審査権を有する(憲法81条)。したがって,具体的
な権利義務ないし法律関係に関する争訟については,裁判所による司法審査
が及ぶのが原則である(憲法76条1項,裁判所法3条1項)。10
もっとも,直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為につ
いては,法律上の争訟として,これに対する有効無効の判断が法律上可能で
ある場合であっても,三権分立の原理に由来して,当該国家行為の高度の政
治性,裁判所の司法機関としての本来の役割,裁判に必然的に随伴する手続
上の制約等にかんがみ,司法権の憲法上の本質に内在する制約として,一見15
極めて明白に違憲無効であると認められない限りは,司裁判所の審査権の外
にあり,その判断は主権者たる国民に対して政治的責任を負うところの政
府,国会等の政治部門の判断に委され,最終的には国民の政治判断に委ねら
れているものと解される(最高裁判所昭和34年12月16日大法廷判決・
民集13巻13号3225頁,昭和35年最判)。20
以下,憲法53条後段の規定に基づく内閣による臨時会の召集決定が,こ
のような直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為として,
司法審査の対象外といえるかにつき,検討する。
⑵内閣は,国会の臨時会の召集を決定することができ(憲法53条前段),
議院の総議員の4分の1以上の要求があれば,臨時会の召集を決定しなけれ25
ばならないとされる(同条後段)。
このうち,憲法53条前段に基づく内閣による臨時会の召集は,内閣が時
々刻々動く政治情勢や審議すべき事項等を勘案した上で,自らの政治的判断
に基づき,召集の必要性や召集時期を検討,決定して行うものであり,一定
の高度の政治性を有するものと考えられる。
他方で,憲法53条後段に基づく臨時会の召集は,同条前段とは異なり,5
三権分立制の下,国会による自律的な集会を保障するとともに,いずれかの
議院の総議員の4分の1という少数派の国会議員に国会の召集要求の途を開
け,少数派の意見を国会に反映させるという趣旨に基づき,憲法上の要請と
して,議院の総議員の4分の1以上の要求がある場合に臨時会の召集を決定
しなければならない旨を定めているものであって,これは単なる政治的義務10
ではなく,憲法上明文をもって規定された法的義務であると解される。また,
憲法53条後段は,その召集時期について明文上の定めを置いていないもの
の,上記のような趣旨からすれば,内閣は,同条後段に基づく臨時会の召集
要求がされた後,召集手続等を行うために通例必要な合理的期間内に臨時会
を召集する法的義務があるものと考えられる。(甲A2,5,27から3615
まで等)
そうすると,内閣による憲法53条後段に基づく臨時会の召集決定の判断
には,召集時期に係る判断も含め,高度な政治的判断が介在するものではな
いから,三権分立の原理に由来し,司法権に内在する制約として,その判断
を政治部門の判断に委され,最終的には国民の政治判断に委ねるべき事項と20
は解されない。したがって,憲法53条後段に基づく内閣の臨時会の召集決
定は,直接国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為として,司
法審査の対象外であるということはできない。
⑶これに対し,被告は,憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求は,一定
数以上の国会議員において国会が召集されるべき必要があるとの政治的判25
断をした場合にされるものであるから,高度に政治性を有する行為であると
ころ,かかる召集要求を契機として行われる内閣による臨時会の召集の決定
も,召集時期に係る判断も含め,おのずから高度に政治性を有する行為とい
うべきである旨主張する。
国会議員による憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求自体は,国会議
員らがその政治的目標を実現するため,政治的判断に基づいて行うものであ5
るから,政治性のある行為と考えられるものの,そのことから直ちに,当該
要求に対する内閣の臨時会の召集決定も政治的判断に基づいて行われるも
のであるということはできず,前記⑵で説示したとおり,内閣は,同条後段
に基づく臨時会の召集要求がされた場合,召集手続等を行うために通例必要
な合理的期間内に,臨時会を召集する法的義務があるものと考えられ,召集10
決定の判断には,召集時期に係る判断も含め,高度な政治的判断が介在する
ものとはいえない。したがって,被告の主張は採用できない。
⑷また,被告は,内閣による臨時会の召集の決定は,政治部門である内閣と
国会との関係に係る意思決定であって,内閣と国会との均衡・抑制関係及び
協働関係の基礎となる国会の召集に係る内閣の意思決定の適否や当不当に15
裁判所の司法審査権が及ぶとなれば,裁判所が国会の活動の前提となる内閣
の意思決定を制約することになりかねず,憲法が定める内閣と国会との均衡
・抑制関係及び協働関係が損なわれることになりかねないものであるから,
その適否や当不当の評価については,国民に対して政治的責任を負う内閣及
び国会に任されており,最終的には国民の選挙を通じた政治判断に委ねられ20
るべきものであって,三権分立の原理に由来する司法権の憲法上の本質に内
在する制約として,裁判所の司法審査権は及ばないと解すべきである旨主張
する。
しかし,前記⑵で説示したとおり,内閣は,国会議員らから憲法53条後
段に基づく内閣の臨時会の召集があった場合,召集手続等を行うために通例25
必要な合理的期間内に,臨時会の召集を決定する法的義務を負うものと考え
られ,同条後段に基づく臨時会の召集決定は,同条後段により義務付けられ
た事務的行為に過ぎない。そうすると,内閣は,このような召集決定自体の
有無や時期等を,国会との均衡・抑制関係及び協働関係のために調整できる
ものではないから,当該召集決定の適否や当不当に裁判所の司法審査権を及
ぼしたとしても,憲法が定める内閣と国会との均衡・抑制関係及び協働関係5
に影響するものとは考えがたい。したがって,三権分立の原理に由来して司
法権に内在する制約として裁判所の司法審査権が及ばないものということ
はできず,被告の主張は採用できない。
⑸以上によれば,憲法53条後段に基づく内閣の臨時会の召集決定は,直接
国家統治の基本に関する高度に政治性のある国家行為として,司法審査の対10
象外であるということはできない。
2憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求があった場合において,内閣は,
個々の国会議員に対し,国賠法1条1項適用上の職務上の法的義務として,臨
時会の召集を行うことを決定する義務を負うか(争点2)について
⑴はじめに15
ア国賠法1条1項は,国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個
別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害
を加えたときに,国又は公共団体がこれを賠償する責任を負うことを規定
するものである(最高裁昭和60年11月21日判決・民集39巻7号1
512頁参照)。20
したがって,内閣の憲法53条後段に基づく臨時会の召集行為が国賠法
1条1項の適用上「違法」となるというためには,議院の総議員の4分の
1以上の召集要求があったにもかかわらず,内閣が臨時会を一定期間召集
しなかった行為が,個別の国民すなわち個々の国会議員に対して負う職務
上の法的義務に違反したものといえることを要する。25
そして,国賠法1条1項は,公務員が個別の国民の権利又は法律上保護
される利益を侵害して,国民が具体的な損害を被った場合に,その損害を
賠償させることにより当該侵害を救済するものであるから,内閣の上記行
為により,個別の国民すなわち個々の国会議員の権利又は法律上保護され
る利益が侵害されたといえなければ,内閣が,個々の国会議員に対して負
担する当該国会議員の権利又は法律上保護される利益を保護すべき職務5
上の法的義務に違反したものとして「違法」と評価される余地はないもの
と解される(最高裁平成2年2月20日第三小法廷判決・裁判集民事15
9号161頁参照)。
イ前記1⑵で説示したとおり,憲法53条後段は,三権分立制の下,国会
による自律的な集会を保障するとともに,少数派の国会議員の主導による10
議会の開催を可能として少数派の意見を国会に反映させるという趣旨に基
づき,議院の総議員の4分の1以上の要求がある場合に,内閣が,召集手
続等を行うために通例必要な合理的期間内に,臨時会を召集すべき憲法上
の義務を定めたものと解される。
もっとも,内閣が,憲法53条後段に基づいて臨時会召集の要求を行っ15
た個々の国会議員に対して,臨時会召集の義務を負担するものか否かは,
同条後段の文言のみからは必ずしも明らかでないため,以下検討する。
⑵検討
アまず,憲法53条後段の規定の体裁や位置付け等についてみると,国会
議員には,憲法上,歳費請求権(憲法49条),不逮捕特権(憲法50条),20
発言表決の無答責(憲法51条)といった権利が認められるところ,これ
らの権利に係る条文は,いずれも「両議院の議員」を主語としており,文
言上も,議員としての具体的権利を定めていることが明らかであるのに対
し,憲法53条後段は,その文言上,「両議院の議員」を主語とせず,内
閣をその名宛人として,臨時会の召集を行う義務を負うことを規定するに25
とどまり,内閣が当該召集要求をした個々の国会議員に対して同義務を負
う旨や,当該個々の国会議員が臨時会召集要求権の具体的権利を有する旨
を定める規定とはなっていない。
また,憲法53条後段の規定は,「国民の権利及び義務」について定め
る第3章ではなく,「国会」という国の統治について定める第4章に位置
付けられている上,個々の国会議員の具体的権利を規定した歳費請求権(憲5
法49条),不逮捕特権(憲法50条)及び発言表決の無答責(憲法51
条)の条文の並びではなく,国会の召集に関して規定した常会の召集(憲
法52条)及び特別会の召集(憲法54条)と並べて規定されており,そ
の内容も内閣と国会との関係を規定するものである。
これらの憲法53条後段の規定の体裁や位置付け等からすれば,憲法510
3条後段は,個々の国会議員が国会召集要求権を有し,内閣が,臨時会の
召集要求をした個々の国会議員に対して召集決定をすべき義務を負うこ
とを規定したものとは解しがたい。
イまた,国会は,国の唯一の立法機関であって(憲法41条),国民の間
に存する多元的な意見及び諸々の利益を立法過程に公正に反映させ,国会15
議員の自由な討論を通じてこれらを調整し,究極的には多数決原理により
統一的な国家意思を形成するべき役割を担うものであり,国会を構成する
国会議員は,このような国会の役割を適切に果たすため,「全国民の代表」
(憲法43条1項)として,多様な国民の意向を汲みつつ国民全体の福祉
の実現を目指して行動することが要請されているものである(前掲最高裁20
昭和60年11月21日判決参照)。
憲法53条後段の臨時会の召集要求も,国会議員が,このような要請に
基づき,召集された臨時会における自由な討論を通じて,国民の多元的な
意見や諸々の利益を調整し,究極的には統一的な国家意思を形成すること
へ向けて,「全国民の代表」たる立場で行うものであるから,同条後段所25
定の召集要求がされたにもかかわらず,内閣が当該召集要求に従わずに臨
時会を召集しなかったというような場合において,当該召集要求をした国
会議員が被る不利益ないし損失は,臨時会における自由な討論等を通じて
「全国民の代表」としての国会議員の役割を果たすことができなくなると
いうものであり,こうした同条後段に基づき臨時会が開催されることによ
る国会議員としての利益は,国会議員の個人の主観的権利又は法律上保護5
される利益ではなく,国民全体のための公益にすぎないものと考えられる。
加えて,憲法53条後段は,あくまで,「いづれかの議院の総議員の4
分の1以上の要求」があって初めて,内閣に臨時会の召集決定をすべき義
務を生じさせるものであり,個々の国会議員は,単独では臨時会の召集を
要求することができないことにもかんがみれば,個々の国会議員が,個人10
の権利又は法律上保護される利益として,臨時会召集要求権を有するもの
とは解されない。
したがって,憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求に対し,内閣が,
臨時会を召集せず,あるいは不当に臨時会の召集を遅延したとしても,国
会議員個人の権利又は法律上保護される利益が侵害されたものということ15
はできず,内閣が,個々の国会議員に対して負担する職務上の法的義務に
違反したものと評価することはできない。
ウさらに,憲法53条後段に基づき召集される臨時会には,召集要求をし
た国会議員のみならず召集要求をしなかった国会議員も出席することが予
定されるところ,内閣が,召集要求をしなかった国会議員に対してまで,20
召集決定をすべき義務を負うものと解することは困難である。そうすると,
仮に,内閣が,同条後段に基づく臨時会の召集要求をした国会議員に対し
て召集決定をすべき義務を負い,臨時会を召集せず,あるいは不当に臨時
会の召集を遅延した場合に国賠法1条1項所定の損害賠償義務を負うもの
と解すれば,召集要求を行った国会議員と行っていない国会議員とをその25
救済において区別する結果となる。
しかし,いずれの国会議員も,前記イのとおり,臨時会において,「全
国民の代表」として,多様な国民の意向を汲みつつ国民全体の福祉の実現
を目指して行動するという,同一の地位ないし役割を有しており,臨時会
の召集が適法に行われないという事態は,国会議員がこのような役割を適
切に果たすことができないという全国会議員にとって共通の出来事であ5
る。そうすると,内閣が,臨時会を召集せず,あるいは不当に臨時会の召
集を遅延した場合において,召集要求をした国会議員のみならず,召集要
求をしなかった国会議員もその出席の機会を奪われることになるにもかか
わらず,内閣が,召集要求をした個々の国会議員に対してのみ,臨時会を
召集すべき義務を負うものと解して,国賠法1条1項に基づく損害賠償を10
認めるのは相当ではなく,召集要求をした個々の国会議員の権利侵害とし
て,国賠法1条1項に基づく損害賠償による救済の対象となることは想定
されていないものと考えられる。
エ以上によれば,憲法53条後段は,あくまで「いづれかの議院の総議員
の4分の1以上の要求」があった場合に,内閣において,召集のために必15
要な合理的な期間を超えない期間内に臨時会の召集を行うことを決定する
憲法上の義務を負わせるにとどまり,国賠法1条1項の適用上,損害賠償
による救済の対象となり得るような,個々の国会議員の法的権利又は法律
上保護される利益として,臨時会召集要求権を規定したものとはいえず,
内閣が,個々の国会議員に対して,臨時会の召集を決定すべき義務を負う20
ものとは解されない。
⑶原告の主張について
アこれに対し,原告は,思想良心の自由を定める憲法19条は個々の国民
を主語として規定していないにもかかわらず,思想良心の自由は個人の権
利と解されており,また,プライバシー権は明文の規定がないにもかかわ25
らず,憲法13条の幸福追求権の1つとして認められているのであるから,
明文の規定がないことは臨時会召集要求権の具体的権利性を否定する理由
とはならない旨主張する。
この点,明文の規定の有無のみをもって具体的権利性の有無が決される
ものではないが,憲法上の規定の位置付けや体裁等はその解釈の重要な一
要素となるところ,原告が指摘する憲法19条及び13条は,「国民の権5
利及び義務」について定める第3章に位置付けられていることから,具体
的権利性が明らかであり,これらの規定をもって,憲法上の位置付けが異
なる憲法53条後段についてまで,明文の規定がなくとも個々の国会議員
の具体的権利として国会召集要求権を規定したものと解することはでき
ず,原告の主張は採用できない。10
イまた,原告は,個々の国会議員は,国民全体のために諸権利を行使する
という公的職務を通して,個人の自己実現,人格的価値の実現を図るもの
であり,国民のために使命感に基づき憲法53条後段に基づく臨時会の召
集要求を行うところ,臨時会の召集が実現しなければ,国民の期待に応え
られず,信頼を失い,自己の職責を全うする機会を得られなかった挫折感15
を抱き,国会議員個人の職務を通じた自己実現,人格的価値が侵害される
ものであるから,国会議員個人の権利又は法律上保護される利益が侵害さ
れたものといえる旨主張する。
しかし,前記⑵イのとおり,憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求
は,国会議員が,多様な国民の意向を汲みつつ国民全体の福祉の実現を目20
指して行動するため,「全国民の代表」たる立場に基づいて,国民全体の
公益のために行うものであり,前記前提事実のとおり,本件召集要求も,
このような臨時会の召集要求の趣旨に適い,召集された臨時会においてい
わゆる森友学園・加計学園問題について審議し,疑惑の真相解明に取り組
むことで,国民に広がる政治不信を解消するという公益を目的として行わ25
れたものといえる。
そして,前記1⑵で説示したように,憲法53条後段に基づく臨時会の
召集要求が,少数派の国会議員の主導による議会の開催を可能として少数
派の意見を国会に反映させる趣旨を有するものであるとしても,それは,
少数意見の反映を行うことが,多元的な意見や諸々の利益を有する国民全
体の公益に適うためであると考えられ,前記⑵イのとおり,国会議員は,5
あくまで「いづれかの議院の総議員の4分の1以上の要求」があって初め
て,憲法53条後段に基づく臨時会の召集を要求することができ,単独で
は臨時会の召集を要求することができないことにもかんがみれば,個々の
国会議員が,同条後段に基づく臨時会の召集要求を行い,これに応じて内
閣により臨時会が開催されるという職務の遂行を通じて,有権者の信頼を10
維持し,自己実現や人格的価値の実現を図る利益は,国会議員個人の権利
又は法律上保護される利益として認められるものとは考えがたい。
したがって,憲法53条後段に基づく臨時会の召集決定によって実現さ
れるのは,あくまで国民全体のための公益であって,当該召集要求を行っ
た個々の国会議員の自己実現や人格的価値の実現そのものが法律上保護さ15
れる利益として認められるものとは解されず,原告の主張は採用できない。
ウ原告は,臨時会召集要求権が公務的性格を有するとしても,選挙権,接
見交通権のような公務的性格を有する権利も主観的権利として認められて
いることから,臨時会召集要求権も同様に,国会議員の主観的権利として
認められるべきである旨主張する。20
しかし,選挙権は国民主権を採用する憲法上国民に明示的に認められた
国民固有の権利であり(憲法15条1項),また,接見交通権も,憲法3
4条前段の弁護人依頼権に由来し,接見を通じた弁護人による援助の刑事
事件手続上の重要性にかんがみて,身柄拘束中の被疑者・被告人の権利を
守るために弁護人の固有権として判例法理上認められた権利である(最高25
裁昭和53年7月10日第一小法廷判決・民集32巻5号820頁,最高
裁平成25年12月10日第三小法廷判決・民集67巻9号1761頁参
照)。他方で,前記⑵アのような憲法の規定の体裁や位置付け等からすれ
ば,憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求は,憲法上の国民の権利義
務に由来するものとして規定されているとは解しがたく,上記のように憲
法上の国民の権利義務に由来することが明らかな選挙権や接見交通権とは5
その性質を異にするものであるから,公務的性格を有する選挙権や接見交
通権が主観的権利として認められていることをもって,臨時会召集要求に
ついても,公益的側面を有するにとどまらず,個々の国会議員の主観的権
利として認められるものということはできず,原告の主張は採用できない。
エ原告は,国会の会期中は全国会議員が同一の地位や役割を担うものの,10
国会閉会中に憲法53条後段に基づき臨時会の召集を要求する場面では,
個々の国会議員が当該要求を行う権利を行使するものであるから,これを
行使した議員と行使しなかった議員が区別されるとしても不合理ではない
旨主張する。
しかし,憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求は,召集要求自体に15
独立した意義や目的を有しているものではなく,これにより開催される臨
時会において活動を行うためになされるものであるから,同じく臨時会に
おいて「全国民の代表」として多様な国民の意向を汲みつつ国民全体の福
祉の実現を目指す活動を行う機会を奪われた全国会議員について,召集要
求を行った議員とこれを行わなかった議員を区別して,国賠法1条1項に20
基づく損害賠償による救済を行う結果となるのは不合理であり,原告の主
張は採用できない。
オ原告は,行政機関職員等による監禁,脅迫等の不当な妨害工作により,
憲法53条後段の要件充足を阻止された場合,臨時会召集要求権が侵害さ
れたとして国家賠償請求等が可能であると考えられることから,臨時会召25
集要求権は個々の国会議員に保障されている旨主張する。
しかし,行政機関の職員等が,個々の国会議員に対し,監禁等の不当な
妨害工作を行ってはならない義務を負うことは明らかであり,原告の指摘
する場面は本件とは事案が異なるものであって,原告の主張は採用できな
い。
⑷小括5
以上によれば,憲法53条後段に基づく臨時会の召集要求に対して,内閣
は,召集手続等を行うために通例必要な合理的期間内に臨時会を召集すべき
憲法上の法的義務を負うものと解されることから,同条後段に基づく内閣の
臨時会の召集決定が同条に違反するものとして違憲と評価される余地はあ
るといえるものの,他方,内閣が,憲法53条後段に基づく臨時会の召集要10
求をした国会議員に対して,国賠法1条1項所定の職務上の法的義務として
臨時会の召集義務を負うものとは解されないから,内閣が召集要求をした個
々の国会議員に対し,国賠法1条1項所定の損害賠償義務を負う余地はな
く,政治的責任を負うにとどまるものといわざるを得ない。
したがって,本件召集要求に対して安倍内閣が行った本件召集が,実質的15
には本件召集要求に基づく臨時会の召集とはいえず,又は合理的期間内に行
われたものとはいえないとして,憲法53条後段に違反する否か(争点3)
について判断するまでもなく,原告の国賠法1条1項に基づく損害賠償請求
には理由がない。
第4結論20
以上によれば,その余の点について判断するまでもなく,原告の請求は理由
がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
岡山地方裁判所第1民事部
裁判長裁判官野上あや
裁判官安部朋美
裁判官大島眞美
別紙「内閣構成大臣一覧」は掲載省略

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