弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
     上告費用は上告人らの負担とする。
         理    由
 上告代理人脇田忠、同藤川成郎の上告理由第一点について
 原審の適法に確定した事実関係の下において、本件土地の遺贈に対する遺留分減
殺請求について、受遺者が価額による弁償を行ったことにより、結局、本件土地が
遺贈により被相続人から受遺者に譲渡されたという事実には何ら変動がないことと
なり、したがって、右遺留分減殺請求が遺贈による本件土地に係る被相続人の譲渡
所得に何ら影響を及ぼさないこととなるとした原審の判断は、正当として是認する
ことができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
 同第二点について
 所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当とし
て是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、独自の見解に立っ
て原判決を論難するものにすぎず、採用することができない。
 同第三点について
 被相続人のした本件遺言が相続分を指定したものとは解されないとした原審の認
定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、結論において正当として是認すること
ができ、原判決に所論の違法はない。論旨は採用することができない。
 よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、
裁判官大堀誠一の補足意見、裁判官味村治の反対意見があるほか、裁判官全員一致
の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官大堀誠一の補足意見は、次のとおりである。
 私は、多数意見に同調するものであるが、裁判官味村治の反対意見にかんがみ、
そこで指摘されているいくつかの問題点について、多数意見の考え方を補足して説
明しておきたい。
 一 遺贈に対する遺留分減殺請求について受遺者が価額による弁償を行う場合、
その価額弁償における目的物の価額算定の基準時は、味村裁判官の意見で指摘され
ているとおり、現実に弁償がされる時と解すべきである。このことからすると、こ
の場合には、法は価額弁償時において遺贈の目的と弁償金とが等価で交換されると
いうことを予定しているのであって、遺贈の目的は、相続開始時に被相続人から受
遺者に移転するのではなく、価額弁償の時点で遺留分権利者から受遺者に移転する
とする考え方にも理由がない訳ではない。しかし、右のような考え方よりも、遺留
分の減殺請求がされたことによりいったん失効した遺贈の効果が、価額弁償によっ
て再度相続開始時にまで遡って復活し、遺贈の目的が被相続人から受遺者に直接移
転することになるとする考え方の方が、価額弁償の効果について定めた民法一〇四
一条一項の規定の文言にも、遺贈の遺言をした被相続人の意思にもよく合致し、ま
た、法律関係を簡明に処理し得るという点でも優れているものといえよう。価額弁
償の価額算定の基準時の点については、公平の理念に基づく実質的な配慮から、特
に現実の価額弁償時の価額をもって弁償を行わせるべきこととしたものと考えるこ
とで足りるものというべきであろう。
 二 このように、価額弁償によって遺贈の効果が再度復活するものと解する以上、
この場合の遺贈が所得税法五九条一項一号にいう遺贈に該当することは明らかであ
る。また、価額弁償金の授受は遺留分権利者と受遺者との間で行われるにすぎず、
譲渡所得税の納税義務者となる被相続人と受遺者との間における遺贈による資産の
移転自体は何ら対価の支払を伴うものではないのである。
 なお、味村裁判官の意見で指摘されているとおり、当裁判所の判例は、同法六〇
条一項一号にいう贈与には贈与者に経済的な利益を生じさせる負担付贈与を含まな
いとしている(最高裁昭和六二年(行ツ)第一四二号同六三年七月一九日第三小法
廷判決・裁判集民事一五四号四四三頁参照)が、右規定は、個人が贈与により取得
した資産を譲渡した場合にはその者が引き続きこれを所有していたものとみなすこ
ととして、譲渡所得税の課税の繰延べを認めるものであり、右判示は、贈与者に経
済的な利益を生じさせる負担付贈与が行われた場合には、贈与者について譲渡所得
税の課税が行われることとなり、右の課税の繰延べを認める必要がないという実質
的考慮をその理由とするものである。これに対し、同法五九条一項一号に規定する
法人に対する遺贈については、個人に対する遺贈と異なり、そもそも譲渡所得に対
する課税の繰延べをすることができない場合であり、同号の規定がこの場合に遺贈
のあった時における価額に相当する金額によりその資産の譲渡があったものとみな
すこととしているのは、専ら、その時点までの資産の値上がり益を対象として課税
するという譲渡所得課税の趣旨に照らして、その適正な課税価格を算出するためで
あるから、同号にいう遺贈を同法六〇条一項一号にいう遺贈と同趣旨に解すべきい
われはないものというべきである。
 三 多数意見の考え方は、相続税との関係では、価額弁償が行われた場合であっ
ても、本件の場合のように法人が受遺者である場合には、相続税法一条一号の規定
により受遺者が相続税の納税義務を負うことはなく、この遺贈による収益に対して
は法人税が課されることとなる(この場合、法人の支出した右価額弁償金の額は、
法人税の所得計算上その支払の時の損金に算入されることとなる。)とするもので
あり、他方、前記のように遺留分減殺請求の効果が価額弁償によって遡及的に失わ
れることとなる以上、遺留分権利者たる相続人も、その減殺請求の対象となった相
続財産について相続税の納税義務を負うものではなく、受遺者から取得した価額弁
償金についてのみ、これを相続によって取得したものとして、相続税の納税義務を
負うとするものである。したがって、味村裁判官の意見がいうように、同一の財産
が別人によって二重に取得されるという事態を生ずるものでないことは明らかであ
る。この場合、遺贈者である被相続人には、遺贈の目的となった資産について生じ
た譲渡所得に対する課税が行われることとなるが、これは、その時点までに当該資
産について生じていた資産の値上がり益を対象として課税が行われたというにすぎ
ないものであり、遺贈によって資産を取得した法人に対してその資産取得による収
益を対象として法人税の課税が行われることとの関係で、課税が重複して行われる
ものでないことはいうまでもない。
 もっとも、遺留分権利者が受遺者から受領した価額弁償金が本来被相続人の財産
には含まれていなかったことは確かであり、その額には相続時から価額弁償時まで
の資産の値上がり益も含まれていることにはなるが、相続財産についていわゆる代
償分割の方法による遺産分割が行われた場合には、交付を受けた代償財産に対して
相続税が課されることとなるものとして扱われているのであり、これと同様に、こ
の価額弁償金について相続税を課することを認めて差し支えないものと考える。
 裁判官味村治の反対意見は、次のとおりである。
 私は、多数意見と異なり、原判決を破棄し、上告人らの本件請求を一部認容すべ
きものと考えるので、以下その理由を述べる。
 一 原審が適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
 Dは、本件土地を有限会社Eに遺贈した。同人の死亡時の本件土地の価額は一億
〇六三一万六九七六円である。上告人A1、F(上告人A2はFの承継人である。)、
G及びHは、昭和五八年中に、各人の有する各一四分の一の遺留分に基づき、それ
ぞれ遺留分減殺請求をし、上告人A1及びFは同年一二月二一日価額弁償として各
五〇〇万円をEから受領し、Gは昭和五九年五月一七日付けの契約に基づき価額弁
償として一二〇〇万円をEから受領し、Hは昭和五九年六月二二日に成立した調停
において価額弁償として一八〇〇万円をEから受領することとなった。被上告人は
昭和六〇年九月三〇日、本件土地のEに対する遺贈は所得税法五九条一項一号の遺
贈に該当し、D死亡時の本件土地の価額に相当する金額により本件土地の譲渡があ
ったものとみなされるとして、所得税及び過少申告加算税を賦課する更正を行った。
 二 遺留分権利者が受遺者に対して減殺請求をすれば、遺贈は遺留分を侵害する
限度において失効し、受遺者が取得した権利は右の限度で当然に減殺請求をした遺
留分権利者に帰属する(最高裁昭和五〇年(オ)第九二〇号同五一年八月三〇日第
二小法廷判決・民集三〇巻七号七六八頁)。他方、受遺者は、減殺を受けるべき限
度において、遺贈の目的の価額を遺留分権利者に弁償して返還義務を免れることが
できるが、その効果を生ずるためには、受遺者は遺留分権利者に対し価額の弁償を
現実に履行し又は価額の弁償のための弁済の提供をしなければならず(最高裁昭和
五三年(オ)第九〇七号同五四年七月一〇日第三小法廷判決・民集三三巻五号五六
二頁)、その価額算定の基準時は、現実に弁償がされる時である(前掲当裁判所昭
和五一年八月三〇日第二小法廷判決)。このように、受遺者が価額弁償をして遺贈
の目的の返還義務を免れるには、減殺請求により遺留分権利者に帰属した権利の弁
償時における価額を、その者に対し、現実に弁償するか、又は弁償の提供をするこ
とを要するから、右の価額弁償をする場合には、遺贈の目的とされた当該権利は、
相続時ではなく、価額弁償が現実に行われ、又はその提供が行われた時点で、遺留
分権利者から受遺者に移転するというべきであり、遺贈により被相続人から受遺者
に移転するということはできない。
 したがって、本件において、上告人A1、F、G及びHの遺留分減殺請求に係る
本件土地の一四分の四の持分をEが取得したことは、所得税法五九条一項一号の遺
贈による移転に該当しないというべきである。
 三 多数意見は、右の価額弁償により本件土地が遺贈により被相続人から受遺者
に譲渡された事実に何ら変動がないこととなり、遺留分減殺請求が遺贈による本件
土地に係る被相続人の譲渡所得に何ら影響を及ぼさないこととなるとした原審の判
断を是認しているが、二に述べたほか、次に述べる理由により賛成できない。
 1 所得税法五九条一項一号に遺贈が掲げられているのは、遺贈が対価を伴わな
い資産の移転の事由の一つであるからであり、受遺者が遺贈の目的を取得するには
対価の支払いを要する場合には、その取得は、同号の遺贈に当たらないというべき
である。このことは、同項二号が著しく低い対価による資産の移転を掲げているこ
とにかんがみても、肯定されるところである(最高裁昭和六二年(行ツ)第一四二
号同六三年七月一九日第三小法廷判決・裁判集民事一五四号四四三頁参照)。とこ
ろが、右の価額弁償を行った受遺者は、遺贈の目的を取得するため、対価を支払っ
ているのであるから、右の取得は、同号の遺贈に該当しないというべきである。
 2 多数意見のように解すると、相続税との関係で問題を生ずる。すなわち、多
数意見のように、本件において、受遺者は遺贈によりその目的を取得するとするな
らば、減殺請求により遺留分権利者に帰属した権利は、相続時に遡って消滅し、相
続時には存在しないといわなければならないが、その結果、相続人として遺留分を
有しその権利を行使した者に相続税が課されないという不合理な結果を生ずる。こ
の不合理な結果を避けて、右の権利は遺留分権利者が相続により取得した財産とし
て相続税が課されると解すると、右の権利は、譲渡所得税の関係では相続時に存在
しないとされ、相続税の関係では相続時に存在するとされることとなり、論理の一
貫性を欠き、税法上、同一の財産が別人によって二重に取得されるという不合理を
生ずる。また、遺留分権利者が受遺者から価額弁償として受領した金銭は、減殺請
求により遺留分権利者に帰属した権利の対価であるから、多数意見の立場に立ちな
がら、これを相続税の課税対象とすることについては、右に述べたところと同じ批
判が妥当するばかりでなく、そもそも、右の金銭は、相続の時点では被相続人の財
産に含まれていないし、その額には相続時から弁償時までの値上がり益も含まれて
いるから、これを相続税の課税財産とすることができないことは明らかである。
 四 したがって、原判決は、所得税法五九条一項一号の解釈を誤っているので、
これを破棄し、上告人A1、F、G及びHの遺留分減殺請求に係る部分に関する上
告人らの本件請求を認容すべきである。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    大   堀   誠   一
            裁判官    橋   元   四 郎 平
            裁判官    味   村       治
            裁判官    小   野   幹   雄
            裁判官    三   好       達

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