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令和3年1月6日宣告
令和元年(わ)第1408号,同第1304号,同第1542号,令和2年(わ)
第60号,同第188号(区分事件の枝番号1,2)
主文
本件区分事件の各公訴事実のうち,令和2年11月20日付け予備的訴因
等の追加請求書記載の公訴事実第1,第2につき,被告人両名はいずれも
有罪。
本件区分事件の各公訴事実のうち,令和元年12月26日付け起訴状記載
の公訴事実,令和2年1月30日付け起訴状記載の公訴事実第1,第2に
つき,被告人甲はいずれも有罪。
理由
(罪となるべき事実)
第1(令和2年11月20日付け予備的訴因等の追加請求書記載の公訴事実第1)
被告人両名は,共謀の上,平成28年4月10日,福岡市a区b町c丁目d
番e号fマンションg号室において,Aに対し,その身体を繰り返し殴る蹴る
の暴行を加え,さらに,前記暴行により同人が畏怖しているのに乗じて同人か
ら現金を脅し取ろうと考え,同日,同所において,「取りあえず家に行って,
家族にお金を借りてこい。」などと申し向けて現金の交付を要求し,もしその
要求に応じなければ同人の生命身体等にいかなる危害をも加えかねない気勢
を示して同人を怖がらせ,よって,同日,福岡県春日市hi丁目j番地k付近
において,同人から現金5000円の交付を受け,これを脅し取った。
第2(令和2年11月20日付け予備的訴因等の追加請求書記載の公訴事実第2)
被告人両名は,共謀の上,平成28年9月下旬頃,福岡県太宰府市lm丁目
n番o号の被告人両名方において,Aに対し,その身体を繰り返し殴る蹴るの
暴行を加え,さらに,前記暴行により同人が畏怖しているのに乗じて同人から
現金を脅し取ろうと考え,同日,同所において,同人が紛失した工具の弁償と
して金銭を支払うよう申し向けて現金の交付を要求し,もしその要求に応じな
ければ同人の生命身体等にいかなる危害をも加えかねない気勢を示して同人
を怖がらせ,よって,同月26日,同県春日市p町q丁目r番地付近において,
同人らから現金35万円の交付を受け,これを脅し取った。
第3(令和2年1月30日付け起訴状記載の公訴事実第1)
被告人甲は,被告人甲を暴力団員と親交を有する者であると誤信して怖がっ
ているBから,同人が被告人甲から財布を譲り受けたにもかかわらず美容室
「丙」の退職を決めたことなどに因縁を付けてBから現金を脅し取ろうと考え,
被告人乙と共謀の上,平成30年10月11日,福岡県筑紫野市st番地u所
在の同美容室において,Bに対し,被告人甲が「辞めると分かっているのに,
なぜその前に財布をもらったんだ。」,「謝り方も分からんのか。」,「けじ
めを付けろ。」,「落とし前をどう付けるんだ。」,「土下座をしろとは言わ
んし,して終わりとも言わんけど,誠意の見せ方とかもあるやろう。」などと
言い,被告人乙が,「女やから殴らんと思うなよ。」,「家まで行ってもいい
とぞ。」などと言い,さらに,同年11月29日,同市内にいたBに対し,電
話で被告人甲が「もう怒ってないから仲直りしよう。」,「でも,けじめの形
としては付けよう。」,「苦しくなければ,じゃあ20万円で。」などと言っ
て現金20万円の交付を要求し,もしその要求に応じなければBの生命身体等
にいかなる危害をも加えかねない気勢を示して同人を怖がらせ,よって,同日,
同市vw丁目x番y号のv店において,同人から現金19万円の交付を受け,
これを脅し取った。
第4(令和2年1月30日付け起訴状記載の公訴事実第2)
被告人甲は,丁を暴力団員であると誤信して怖がっているBから,前記第3
同様に因縁を付けて同人から更に現金を脅し取ろうと考え,丁と共謀の上,平
成31年4月8日,福岡県太宰府市lm丁目n番o号の被告人甲方において,
Bに対し,被告人甲が,「Bが辞めることに関してもめた時のオーナーと兄貴
との間の会話について,兄貴がまだむかついている。」などと言い,同所にい
たBに対し,電話で丁が「事の原因はお前やから,お前がけじめを付けろ。」,
「けじめを付けないと店がどうなっても知らんぞ。」,「ちゃんとすれば何も
せんぞ。」などと言い,さらに,被告人甲が「この世界では200万が相場だ
から。」などと言って現金200万円の交付を要求し,もしその要求に応じな
ければBの生命身体等にいかなる危害をも加えかねない気勢を示して同人を
怖がらせ,よって,同日,同市z○a丁目○b番地○cの駐車場において,同人から
現金100万円の交付を受け,さらに,同月9日,同県筑紫野市○d○e丁目○f番
○g号付近において,同人から現金30万円の交付を受け,これらを脅し取った。
第5(令和元年12月26日付け起訴状記載の公訴事実)
被告人甲は,丁を暴力団員であると誤信して怖がっている戊から,同人の妻
である己が丁の現金を使い込んだとしてその返済金の名目及び己が丁の関係
するホストクラブの利用料金を未払であるとしてその未払利用料金の名目で
現金を脅し取ろうと考え,丁と共謀の上,令和元年8月31日午後1時48分
から同日午後2時47分までの間,大阪府内にいた戊に対し,電話で被告人甲
が「己が兄貴のお金200万円をホストクラブに使い込んでる。」などと言い,
同日午後6時28分から同日午後6時32分までの間,被告人甲が2台の携帯
電話のうち一方の携帯電話で戊の携帯電話に,他方の携帯電話で丁の携帯電話
に電話をかけ,被告人甲の2台の携帯電話のスピーカーフォンの機能をいずれ
も作動させて被告人甲,丁及び戊の三者で通話ができる状態にした上,大阪府
内にいた戊に対し,丁が「200万円よろしく頼むぞ。」などと言い,同年9
月1日午後3時23分から同日午後4時55分までの間,山口県内にいた戊に
対し,電話で被告人甲が「己が庚と辛というお店から合計105万円の付けが
ある。」,「9月中に付けを回収しなければいけない。」,「兄貴の企業舎弟
であるこの2店舗が10月に新装開店をするから,それまでに付けをちゃらに
しないといけないから,兄貴に支払わなければならない。」などと言い,次い
で,同月9日午後7時48分から同日午後7時50分までの間,前記同様に三
者で通話ができる状態にした上,福岡県内又は山口県内にいた戊に対し,丁が
己に「お前が払わんやったら,お前と戊をさらうぞ,こら。」などと怒鳴る声
を聞かせ,被告人甲が「己が怒鳴られよるよ。」,「早くお金払った方がいい
よ。」などと言い,さらに,同月23日午後4時59分から同日午後8時5分
までの間,佐賀県内にいた戊に対し,電話で被告人甲が「できませんじゃあ,
話通らんけんさあ。」,「すいません,ごめんなさいって言ったらなんでも許
されるって,警察いらんやん。」などと言い,その間の同日午後5時から同日
午後7時27分までの間,前記同様に三者で通話ができる状態にした上,佐賀
県内にいた戊に対し,丁が「お前,弁護士入れたところで終わると思ってんの
かこらー。」などと怒鳴るなどして現金合計305万円の交付を要求し,もし
その要求に応じなければ戊及び同人の妻である己の生命身体等にいかなる危
害をも加えかねない気勢を示して戊を怖がらせ,同人から現金を脅し取ろうと
したが,同人が弁護士に相談するなどして要求に応じなかったため,その目的
を遂げなかった。
(事実認定の補足説明)
第1Aに対する恐喝(第1,第2の事実)について
1争点等
(1)令和2年2月27日付け起訴状記載の公訴事実第1,第2(以下「主位的
訴因」という。)の要旨は次のとおりであり,予備的訴因は,判示第1,第2
の事実のとおりである。
第1被告人両名は,被告人甲を暴力団員と親交を有する者であると誤信して
怖がっているAから現金を脅し取ろうと考え,共謀の上,平成28年4月
10日,福岡市a区b町c丁目d番e号fマンションg号室において,同
人に対し,その身体を繰り返し殴る蹴るの暴行を加えて現金の交付を要求
し,もしその要求に応じなければ同人の生命身体等にいかなる危害をも加
えかねない気勢を示して同人を怖がらせ,よって,同日,福岡県春日市h
i丁目j番地k付近において,同人から現金5000円の交付を受け,こ
れを脅し取った。
第2被告人両名は,Aから更に現金を脅し取ろうと考え,共謀の上,平成
28年9月下旬頃,福岡県太宰府市lm丁目n番o号の被告人両名方にお
いて,Aに対し,その身体を繰り返し殴る蹴るの暴行を加えて現金の交付
を要求し,もしその要求に応じなければ同人の生命身体等にいかなる危害
をも加えかねない気勢を示して同人を怖がらせ,よって,同月26日,同
県春日市p町q丁目r番地付近において,同人らから現金35万円の交付
を受け,これを脅し取った。
(2)被告人乙の弁護人は,第1の事実について,被告人乙は,Aに対し暴行を
行ったが,現金の奪取に向けられたものではなく,被告人乙はAから現金5
000円を受領しておらず,被告人甲と共謀もしていない旨を主張するとと
もに,第2の事実について,被告人乙は,公訴事実記載の時期にAに暴行は
加えておらず,現金35万円は受領したが脅し取ったものではなく,被告人
甲と共謀もしていない旨を主張している。
また,被告人甲の弁護人は,第1の事実については,被告人甲は,Aに対
し暴行,脅迫をしておらず,被告人乙との共謀もしてない,現金5000円
を受領したが,脅し取ったものではない旨を主張するとともに,第2の事実
については,被告人甲は,Aから現金35万円を受領しておらず,暴行,脅
迫もしていない,被告人乙との共謀もない旨を主張している。
(3)当裁判所は,第1,第2の事実のいずれに関しても,被告人両名が,Aに
対し暴行をしている段階で財物奪取の意思があったと認定するには合理的な
疑いを差し挟む余地があるから,判示のとおり予備的訴因が認定できるにと
どまると判断した。以下その理由を説明する。
2第1の事実について
(1)A及び証人②の証言について
アAは,法廷で,被告人両名との従前の関係等につき,「平成23年12月
頃に,自分が当時好意を抱いていた知人女性から被告人甲を紹介された。
その後時期は覚えていないが,被告人甲から同知人女性の借金のことを知
らされて,同知人女性の代わりに支払うことになった。そのことをきっか
けに,被告人甲から様々な名目で金銭を請求されるようになり,給料が振
り込まれる口座の通帳を被告人甲に預けるなどして支払っていた。給料が
少なかったり(仕事で)失敗したりした際には,被告人甲から更に金銭を
要求され,何度か暴力を受けることがあり,被告人乙から一緒に暴力を加
えられたこともあった。」などと証言した上で(A証言・2ないし21頁),
第1の被害状況について,「体調が悪いとうそをついて仕事をずる休みした
ところ,被告人甲から判示マンションに呼び出されて怒られた。その際,
被告人甲か被告人乙のいずれかから,(自分が)正座をした状態で,顔から
下を殴られたり蹴られたりした。その後,被告人両名やその場にいた壬や
証人②らと一緒に車で自宅に行き,母親である証人①に金を貸してくれる
ように頼み込んで,家にあった芝刈り機を質店で売却し,売却代金500
0円を被告人甲に渡した。」などと証言している(同・21ないし25頁)。
イまた,証人②は,法廷で,第1の暴行の目撃状況について,「被告人両名
は,Aを正座させた状態で,Aが会社を休んだことについて怒鳴るような
感じで叱っていた。被告人甲は,「会社を休んで迷惑掛けて。」,「私の顔を
潰す気か。」などと言っていた。被告人甲と被告人乙は,いずれも拳骨でA
の胸や腹を殴っていた。」(証人②証言・12ないし15頁),「暴行が始ま
って5分か10分ぐらいして,(自分は)具合が悪くなって台所に移動して
横になった。(Aがいる部屋との間の)ガラス戸が閉まっていたので,中の
様子は見えなかったが,Aが殴られる音やAのうめき声が少なくとも15
分くらいは聞こえていた。この間,被告人甲や被告人乙は,ずっと暴行を
していたわけではなく,Aと受け答えをしてAの答えが気に入らないと殴
るという感じだった。」(同・16,17頁)などと証言するとともに,暴
行後の状況につき,「暴行を加えたすぐ後に,被告人甲が,Aに対し,「取
りあえず家に行って,家族にお金を借りてこい。」などと言っていた。Aや
被告人両名らと共にAの家の付近まで車で行ったが,Aが家から戻ってき
て金を借りられなかったと言うと,被告人甲は,「お金が借りられないなら,
売れるものを持ってこい。」などと言っていた。Aは,家から芝刈り機を持
ってきて質店で売却した。売却代金5000円は,被告人甲の手に渡った。」
(同・17ないし20頁)などと証言している。
ウそこで,Aや証人②の証言の信用性を検討すると,Aや証人②は,被告人
両名が,判示マンションで,Aに対し仕事をずる休みしたことを責め立て
て暴力を振るった上で,Aに金銭を要求し,Aの自宅まで車で行き,Aが
自宅にあった芝刈り機を売却した代金を脅し取ったという一連の経緯を述
べたものである。その証言内容は相互によく符合しており,内容的にも不
自然というべき点は見当たらない上,暴行後の状況については,証人①の
証言や質店での芝刈り機の売却状況に関する客観的な証拠(甲107)に
も裏付けられている。特に,証人②の証言は,若干曖昧な部分もあるとは
いえ,Aが暴行を振るわれているのを見て体調が悪くなって台所に移動し,
ガラス戸越しにAが殴られてうめき声を上げていた様子を聞いていたこと
など,当時の心境を交えてそれなりに具体的に証言したものといってよく,
殊更に事実を誇張して述べている様子も見られない。
以上によれば,A及び証人②の証言の基本的な信用性は高いといえる。
エこれに対し,まずAの証言について,被告人甲の弁護人は,Aは,誰から
暴行や金銭の支払の要求を受けたかといった点を含め,事件当日のことをほ
とんど覚えていないと証言していることなどを指摘し,公訴事実記載の日時
場所で暴行を受けた旨のAの証言には信用性がないと主張している。確かに,
A証言は,曖昧で具体性に欠ける部分が少なくないものの,Aは,第1の被
害に遭う以前から,被告人両名から仕事を休んだり失敗したりした際に金銭
の支払を請求され,暴力も振るわれていたというのであるから,事件から4
年以上もの時間が経過していたことも考えれば,他の機会に受けた暴行との
区別が曖昧になっているとしてもやむを得ないといえる。Aは,そのような
中で,覚えていることとそうでないことを区別した上で率直に証言しており,
ありもしない被害をでっち上げたり,全くの記憶違いから事実と異なる内容
の証言をしたりしているなどとは考え難い。Aの証言は,公訴事実記載の日
時場所で暴行を受けたことを含め十分信用できる。
次に,証人②の証言については,被告人乙の弁護人は,証人②が,Aが2
0分から25分もの間暴行を受けていたと証言する点は,そのような暴行
を受ければ,Aは少なくとも動きに違和感が出るはずであるのに,母であ
る証人①がAの怪我に気付いていなかったことと矛盾することなどを指摘
し,証人②が第1の事実より前に癸やAへの暴行を目撃したことで恐怖を
感じ,思い込みなどから証言している旨主張している。しかし,証人②は,
前記のとおり,被告人両名は,Aと受け答えをして答えが気に入らないと
殴っていた感じであり,ずっと殴っていたわけではないなどと証言すると
ともに,Aは顔をそれほど殴られていなかったから,外から見て目立つ怪
我はなかった旨も証言している(証人②の証言17,18頁)。このような
証言内容に照らすと,証人①がAの怪我に気付かなかったとしても特に不
自然とはいえないのであり,被告人乙の弁護人の主張は前提を欠く。
また,同じく証人②の証言については,被告人甲の弁護人は,①証人②が,
Aの顔に対する暴行はなかったと証言する点は,壬が,Aが鼻血を出してい
た,誰が見ても怪我していることは分かる状況だったと証言していることと
整合しない,②証人②の証言によれば,被告人甲は,Aへの暴行後に自身の
金銭負担でAと一緒に飲食したりしたことになるが,恐喝をした者の行動と
して不自然であるなどと主張している。しかし,①の点は,証人②は,Aが
顔に暴力を受けた可能性を否定してはいない(同・15頁)上,鼻血程度で
あれば止血さえすれば特に目立たないはずであることも考えると,証人②の
証言と壬の証言とが特に矛盾しているとまではいえない。②の点も,被告人
甲は,従前からAの給与の振込用の口座の通帳を管理していたというのであ
り,Aから脅し取った金の一部を使ってAの飲食代金を支払ったからといっ
て,それ自体特に不自然とはいえない。被告人甲の弁護人のこの点の主張は
採用できない。
このほか,各被告人の弁護人が,Aや証人②の証言の信用性につき主張す
る点を子細に見ても採用できるものはない。
オ以上によれば,A及び証人②の証言の基本的な信用性は高く,各被告人
の弁護人の主張を踏まえて慎重に検討しても揺るがないといえる。
(2)被告人乙の弁解について
アこれに対し,被告人乙は,法廷で,判示マンションでの状況について,
「なぜ仕事を休んだのか理由を尋ねると,Aは,最初は体調不良だと言っ
ていたのに,話を聞いていくうちに,ただ仕事を休みたかっただけと言う
ようになったため,腹が立ってAの腹部を数回殴った。金銭の要求はして
いない。」(被告人乙に対する被告人質問(第2回)・4ないし6頁),「被告
人甲は,Aの頭をリモコンで殴り,左頬を平手打ちしたほか,腹部を一,
二回足蹴りしており,その最中に,Aに対し,「休んだ分の日当を用意しな
かったら兄貴たちに迎えにきてもらうぞ。」などと言っていた。Aは,それ
までは怖がっているような感じはなかったが,その言葉を聞いた後は怖が
っていた様子であった。」(同(第2回)・6,25頁,同(第7回)・1,
2頁)などと弁解するとともに,その後の経緯について,「被告人甲がAの
家に行くと言い出し,他に車を運転する人もいなかったので,自分が運転
していくことになった。断ると後々面倒くさそうだったので運転はしたが,
金を作りに行くのに協力したつもりはない。」(同(第7回)・2頁)などと
弁解している。
イこの点,確かに,被告人乙の弁解内容は,Aや証人②の証言内容と明ら
かに矛盾するとはいえない上,Aが曖昧な証言をしている部分や,証人②
が台所に移動した後直接目撃していない場面もあることからすると,被告
人乙が虚偽の事実を述べているとは直ちには断定しにくい部分もあるよ
うには思われる。しかし,被告人乙は,その弁解内容を前提にしても,A
に対し自ら暴行をしただけでなく,被告人甲と共にAの実家まで押しかけ,
質店で芝刈り機を売却してその売却代金を受け取るまで,Aや被告人甲と
終始行動を共にしていたことを自認している。それにもかかわらず,被告
人乙がAに対する恐喝行為と自分は無関係と考えていたなどというのは,
常識的に考えて不自然といわざるを得ない。
これに加えて,被告人乙は,捜査段階では,被告人乙自身も被告人甲も,
Aに暴行を加えていないと供述していた(同(第2回)・24,45,4
6頁)にもかかわらず,法廷では,自らがAに暴力を振るったことを認め
る一方で,被告人甲が,自分よりも激しい暴力を振るった上で金銭の要求
もしたなどと述べて,弁解内容を大きく変遷させている。被告人乙は,そ
のような変遷の理由につき,自らが共犯と思われるのが嫌だったなどと説
明をしているが(同(第2回)・40,45,46頁),結局のところ,そ
の場の状況に合わせて都合よく話を変えていると考えざるを得ない。この
ような供述状況は,被告人乙の弁解の信用性を大きく減殺させる事情とい
える。
ウしたがって,被告人乙の弁解は信用できないといえる。
(3)被告人甲の弁解について
ア被告人甲は,法廷で,「第1の犯行の日は,癸に対し,被告人乙がいらい
らして暴力を振るっていた。自分も癸に少し暴力を振るったが,Aに対し
ては,自分も被告人乙も暴行しておらず,金銭の要求もしていない。癸へ
の暴力が終わった後,Aがメイド喫茶に行きたがり,「僕がお金もらってき
ますんで,僕の行く分のお金は自分で払いますから。」,「1回家に帰ってお
母さんに頼みます。」などと言ったので,一旦Aの家に行った。Aが一人で
家に入り,戻ってくると5000円を預けてきたので受け取った。草刈機
を売却して5000円を作った記憶はない。」旨を弁解している(被告人甲
に対する被告人質問(第2回)・2ないし5頁)。
イこの点,被告人甲は,5000円を受領した当日にAに対し暴行を加え
たこと自体を否定しているのであって,そのような弁解内容は,Aや証人
②,被告人乙も含め被告人甲以外の事件関係者が,被告人両名からAが仕
事を休んだことを怒られ,暴行を加えられた旨を一致して述べていること
と全くそぐわないものである。特に,被告人甲が第1の事実の際に受領し
た5000円が,Aが自宅にあった芝刈り機を質店で売却して得たもので
あることは,質店の売渡証という客観的証拠によって裏付けられており,
そのような被告人甲以外の事件関係者らの証言が,揃って記憶違いによる
ものであるなどとは考えられない。この点は,被告人甲の弁解の信用性を
大きく減殺する事情といわざるを得ない。
ウしたがって,被告人甲の弁解も信用できないといえる。
(4)検討
ア以上のとおり,A及び証人②の証言は信用できるのに対し,被告人両名
の弁解はいずれも信用できないといえる。そして,信用できるA及び証人
②の証言によれば,被告人甲と被告人乙は,判示マンションにおいて,A
に対し,仕事を休んだことを問い詰めて,Aの胸部や腹部を殴る蹴るとい
った暴行を加えた上で,暴行が終了するとほどなく,被告人甲が,それま
での暴行により畏怖した状態にあったAに対し金銭を要求し,被告人乙も,
そのことを十分認識しながら特に異議を唱えることもないまま,同日のう
ちに,被告人両名がAの家や質店の付近まで同行し,Aの自宅にあった草
刈機を質店で売却させるなどして,Aから金銭の交付を受けたことが認め
られる。
このような一連の行動状況に照らすと,被告人両名は,互いに意を通じ
てAに暴行を加えた上,遅くとも,暴行後に被告人甲がAに対し金銭を要
求した段階では,Aがそれまでの暴行により畏怖しているのに乗じて,A
から金銭を脅し取ろうとしたものと認められる。このような暴行後の金銭
の要求行為は,Aに対し要求に応じなければ被告人両名から更なる危害を
加えられるかもしれないと思わせるものであって,新たな脅迫行為がなさ
れたと評価し得るのであり,その段階で,被告人両名の間で恐喝について
の共謀が成立していたことも十分認定できる。
イこの点,Aや証人②の証言を前提としても,被告人甲がAに対し金銭の
要求をしたと確実に認定できるのは,Aに対する暴行を終えた後の段階で
あり,暴行が終了する前に金銭の要求行為があったかどうかは定かではな
いといえる。確かに,Aは,第1の事実の前から,被告人甲から様々な名
目で金銭の支払を要求されていたというのであるから,金銭の要求行為の
時期にかかわらず,被告人両名にAへの暴行を開始した当初からAに対し
金銭の支払を要求する意図があったとしてもおかしくないとはいえるが,
他方で,被告人両名がAに暴行を加える際に必ず金銭の要求をしていたな
どと断定することもできないから,暴行終了後になって恐喝の犯意が生じ
た可能性も一概には否定できない。
ウしたがって,第1の事実については,主位的訴因については合理的な疑
いを入れる余地があるものの,予備的訴因の限度では十分に認定できる。
3第2の事実について
(1)A及び壬の証言について
アAは,法廷で,第2の被害状況について,「平成28年9月下旬頃,被
告人乙から借りていた職場で使う工具をなくしたため,被告人両名方に呼
び出されて,被告人両名のどちらかから,「何で道具をなくしたんだ。」,「何
で今まで隠してたんだ。」などという話をされ,被告人乙からは,顔を除く
体全体を殴られたり蹴られたりした。被告人甲から暴行を受けたかは覚え
ていないし,被告人甲が丁に電話していたと思うが,それも記憶が鮮明で
はない。その日はお金をどうにかするなどと約束をして自宅に帰り,母で
ある証人①に相談したが,全く請け合ってくれなかった。」(A証言・25
ないし28,39,55頁)などと証言するとともに,その後の状況につ
いて,「被告人甲に金が用意できなかった旨を相談すると,被告人乙と一緒
に行って説明してもらいなさいなどと言われ,後日,被告人乙と共に,証
人①に工具の弁償として35万円の支払を求めた。その日は金を払っても
らえなかったが,嫌気がさして証人①の車で逃げ出そうとして証人①に止
められたことがあって,結局証人①が金を用意することになった。証人①
と被告人乙と一緒に郵便局に行き,証人①が35万円を借り入れて被告人
乙に渡していた。」などと証言している(同・28ないし31頁)。
イまた,壬は,法廷で,第2の目撃状況について,「Aの会社から,被告人
甲に対し,Aが職場で物損事故を起こしたことや被告人乙の道具等をなく
したことで金が必要になった旨の電話があった。被告人甲がAを自宅に呼
び出し,物損事故についてAに聞いていた。被告人乙は,Aが道具をなく
したことについて聞いており,最初は「道具の管理がなっていない。」など
と優しく言っていたが,そのうちしびれを切らせて怒り出し,Aを殴って
いた。被告人甲がAに暴力を振るったかどうかは記憶が曖昧であるが,被
告人甲は,丁に電話を掛けて,Aに電話を替わったが,丁がAに対し「原
発飛ばすぞ。」とか,「マグロ漁船にも乗せる。」などと言っていた。また,
被告人甲自身も,Aに家族から金をもらうように言っていた。その際,被
告人乙も,道具をなくされた本人なので,Aに金を要求していた。」(壬証
言・5ないし10,25,26頁)などと証言している。さらに,壬は,
その後の状況について,「後日,Aの実家に被告人両名らと一緒に行き,被
告人乙が証人①に対し道具代として30万円前後を弁償するよう言った。
これに対し,証人①は,うちには金がないと言っていた。」(同・10,1
1頁)などと証言するとともに,更にその後にAと銀行に行った際の状況
として,「自分や被告人甲らは車の中に待機しており,Aと被告人乙が銀行
に行った。戻ってきた被告人乙が,被告人甲に金銭の入った封筒を渡し,
被告人甲はそれをバッグに入れていた。」などと証言している(同・11,
12頁)。
ウそこで,Aや壬の証言の信用性を検討すると,Aや壬は,被告人両名が,
Aが被告人乙から借りた工具を紛失したことで,Aを被告人両名方に呼び
出し,Aを責め立てて暴力を振るった上で金銭の支払を要求し,その後複
数回にわたってAの家まで行くなどして,ついには,A及びAから金銭の
支払をするよう頼まれた証人①から,証人①が郵便局で借入れをした金銭
の交付を受けて脅し取ることになったという一連の経緯を述べたものであ
る。その証言内容は,相互によく符合しており,内容的に不自然というべ
き点は見当たらない上,暴行後の状況については,証人①の証言や郵便局
での借入に関する客観的な証拠(甲356)によって裏付けられている。
したがって,Aや壬の証言の基本的な信用性は高いといえる。
エこれに対し,被告人甲の弁護人は,壬の証言のうち,被告人甲が,丁に
電話をしてAを叱ってくれという話をして,Aに電話を替わったとする部
分や,被告人甲が,Aに道具代を家族からもらうように言っていたとする
部分について,記憶が曖昧であることを指摘した上で,壬が,物損事故を
起こしたときの被告人甲とAのやり取りとを混同している可能性があるな
どと主張している。この点,確かに,壬は,上記のとおり,Aは,工具を
紛失したことのほかに,被告人甲からは,Aが職場で物損事故を起こした
ことについても追及されていた旨を証言しているところ,そのような物損
事故の請求がされた日と工具代の請求がされた日が同じ日かどうかは記憶
が定かでないことも認めている(壬証言・18,19,26,27頁)。壬
が殊更に虚偽の証言をしているとは考え難いとはいえ,記憶違いにより,
異なる日の出来事を混同して証言している可能性がないかは慎重に検討す
る必要がある。そして,そのような観点から同人の証言内容を見ると,被
告人乙が工具を紛失したことについてAを問い詰めるうちに,しびれを切
らしてAを殴るなどしたことなど,被告人乙の言動については相当に具体
性がある内容になっており,Aもこれに沿う証言をしていることが認めら
れる(後記のとおり,被告人乙もAに暴行や金銭の要求行為を行ったこと
自体は認めている。)。他方で,壬の証言のうち,被告人甲が丁に対し電話
を掛けて丁にAを脅させたり,Aに対して家族から金をもらうように言っ
たりしたことなど,被告人甲の弁護人が指摘する部分にはやや曖昧な内容
もあり,Aもはっきりとは記憶していないというのである。したがって,
壬の証言のうち,後記のとおり被告人甲自身も認めている丁へ電話を掛け
たことはともかく,被告人甲がAに対して家族から金をもらうように言っ
たという部分については,被告人甲がそのような発言をしたと断定までは
できないといえる。
なお,被告人甲の弁護人は,被告人乙が被告人甲に対し金銭が入った封
筒を手渡したと証言している点についても,被告人甲の弁解を前提に,被
告人乙が,被告人甲の股の間の座席の上に封筒を置いたことから,被告人
甲がその封筒を手に取って被告人乙に返しており,その一連の動作の一部
を見て被告人甲がバッグに入れたと勘違いした可能性があると主張して
いる。しかし,被告人甲は,この点につき,捜査段階では,被告人乙から
一旦封筒を受け取ったことを認める供述をしていたというのであり(被告
人甲に対する被告人質問(第2回)・25,26,53頁),法廷では,そ
の弁解内容を合理的な理由なく変遷させているから,そのような供述状況
は被告人甲の弁解の信用性を大きく減殺させるものといわざるを得ない。
また,そもそも被告人乙が,わざわざ金銭が入った封筒を被告人甲の股の
間に置き,被告人甲も,それをすぐに返すなどという紛らわしい動作を行
ったということ自体,不自然との感が否めない。そうすると,被告人甲の
この点の弁解は信用できないから,壬が勘違いにより証言している可能性
は認められない。そして,そのほかには,壬が他の日の出来事と混同して
証言をしていることを疑わせるような事情も見当たらない。むしろ,被告
人乙は,当時無職できちんとした収入がなく,被告人甲と生計を同一にし
ていたというのであり(被告人乙に対する被告人質問(第2回)・38,
39頁),工具の弁償代として脅し取った金銭を被告人甲に渡したとして
も何ら不自然ではないし,被告人甲も,そのように期待したからこそ,A
の家の付近まで複数回に渡って同行したと見ることができる。この点の壬
の証言は十分信用できる。
また,被告人乙の弁護人は,壬が,被告人乙は,Aに対する暴行後にA
の家に行って工具代を請求した際に,証人①から貴金属や切手を受け取っ
ていたと証言する点について,証人①が,貴金属を取られたのは平成26
年より前のことと証言しているのと矛盾するなどと主張している。しかし,
壬と証人①の証言内容(壬証言・15,16頁,証人①証言・16頁)を
子細に見れば,壬は指輪,証人①はネックレスのことを指して貴金属と証
言しており,全く別の機会のことを述べていると考えられるから,証言内
容が矛盾しているとはいえないし,そもそもこのような些細な点に若干の
記憶違い等があったとしても,直ちに証言全体の信用性に疑いが生じると
はいえない。
このほかに各被告人の弁護人がAや壬の証言の信用性につき主張する
点を子細に見ても,採用できるものはない。
オ以上によれば,A及び壬の証言の基本的な信用性は高く,各被告人の弁
護人の主張を踏まえて検討しても,壬の証言の一部を除いてその信用性は
十分肯認できるというべきである。
(2)被告人乙の弁解について
ア被告人乙は,法廷で,第2の事実について,「平成28年8月下旬か9月
上旬頃,被告人甲から,Aが自分の貸していた道具(工具)をなくしたと
聞いた。その日の夜に,被告人甲がAを自宅に呼び出した。(自分が)Aに
対し道具をなくした理由,経緯を聞いたが,(Aの話を聞いて)管理が甘い
ことなどに腹が立ち,Aの頭を1回拳骨で殴った上で,「弁償しろ。」など
と言った。被告人甲も,Aの顔を拳で殴り,腹部を足蹴りしていた。被告
人甲は,「(会社から)首って言われたぞ。今後の借金の返済はどうするん
や。」などと言って怒っており,Aは,母親に聞いてみると言っていた。こ
れに対し,被告人甲は,Aに対し,(母親に)35万円を用意してもらえな
どと言っており,Aは承諾していた。被告人甲からは,35万円となった
理由は,道具の弁償代とそれまでのAの給料の減額分と聞いた。」(被告人
乙に対する被告人質問(第2回)・9ないし12頁),「35万円の請求につ
いては,道具代としての弁償を超えた分は自分には関係ないと思っていた。」
(同(第8回)・2頁)などと弁解している。
また,被告人乙は,その後数日経った段階と更に1週間ほど経った段階
で2回にわたりAの家に行き,証人①に道具代の弁償として金銭を支払う
ように求めたが,断られた旨を弁解した(同(第2回)・12ないし14頁)
上で,その2週間ほど後の出来事について,「Aから自分に電話があり,仕
事がきついので転職したいと言っていた。被告人甲に話をしたところ,被
告人甲は,証人①に35万円を用意してもらわなければ転職は許さない旨
言っていた。その日のうちにそのことをAに伝えたところ,その二,三日
後,Aから,母親が金を払ってくれることになったと連絡があり,更にそ
の二,三日後に,Aと証人①と共に郵便局に行き,金を受け取って車で待
っていた被告人甲に渡した。自宅に帰った後も,被告人甲から道具の弁償
代はもらっていない。」(同(第2回)・15ないし19頁)などと弁解して
いる。
イしかし,被告人乙の弁解内容は,Aを1回殴っただけであるかのように
弁解する点は,Aが,被告人乙から体全体を殴る蹴るされたなどと証言し
ていることにそぐわない上,被告人甲の暴行内容について証言する点も,
仮に被告人乙が弁解するように,被告人甲が激しい暴行を振るっていたの
であれば,Aや壬もそのことを覚えているはずと思われる。このように被
告人乙の弁解がAのみならず壬の証言ともそぐわないものとなっているの
は,被告人乙が,自らの関与をできるだけ小さく述べる一方で,被告人甲
が中心的に暴行,脅迫を行ったと述べることで,被告人甲に責任を押しつ
けようとしていることによるものと考えざるを得ない。
その点を措くとしても,そもそも被告人乙は,その弁解を前提としても,
暴行の程度はともかく,自らAに対し暴行を加えて工具の弁償代として金
銭を要求したことを認めているだけでなく,被告人甲の言葉にAが畏怖し
ていることを認識しつつ,その後も単独あるいは被告人甲と共にAの自宅
まで複数回行くなどしてAや証人①に金銭を要求し,実際に自らAや証人
①から金銭の交付を受けたことも自認している。しかも,被告人乙は,被
告人甲から35万円の金銭に工具の弁償代が含まれていると聞いていたこ
とや,Aから35万円を受け取った後に被告人甲に対し工具代を払うよう
に要求したことも認めている(被告人乙に対する被告人質問(第2回)・2
3,35頁)。このように,被告人乙は,自らあるいは被告人甲と意を通じ
て恐喝行為を行ったことを自認していると見て差し支えないのであり,そ
れにもかかわらず,被告人乙が,自らは恐喝行為に無関係と考えていたと
いうのは,常識的に考えて不自然といわざるを得ない。
なお,被告人乙がAに対する暴行を行った時期を平成28年8月下旬か
ら同年9月上旬頃であったと弁解する点については,Aや証人①,被告人
甲は,いずれも,必ずしも明確に述べたものではないものの,一連の出来
事が平成28年9月下旬頃であった旨を証言ないし供述していること(A
証言・39,55頁,証人①証言・7,8頁,被告人甲に対する被告人質
問(第2回)・57頁)とそぐわないものといえる。しかも,被告人乙は,
捜査段階では,暴行の時期について,同年2月頃であったなどと,法廷で
述べるのと全く異なる供述をしていたというのであるが(同(第2回)・3
3,46頁),そのように弁解内容を変遷させた理由について十分合理的な
説明をしているとは認め難い(同(第2回)・47頁)。したがって,暴行
の時期に関する被告人乙の弁解も信用できないといえる。
ウしたがって,被告人乙の弁解は,信用できない。
(3)被告人甲の弁解について
ア被告人甲は,法廷で,第2の事実について,Aが判示被告人両名方に来
ることになった経緯について,「Aの会社の社長から電話で,Aが工具をな
くしたことを伝えられた。その後社長が,Aを被告人甲の自宅に連れてき
て,被告人乙に,「お前がちゃんとけじめを付けろよ。」などと言っていた。」
(被告人甲に対する被告人質問(第2回)・6,7頁)などと弁解した上で,
その後の状況について,「Aは,正座をして謝っていた。被告人乙は,Aに
対し,初めは柔らかい物腰で話をしていたが,Aが「すみません。」としか
言わないので,怒ってヒートアップし,Aの顔面を二,三発殴り,横腹を
五,六回踏み付けるなどの暴行を加えており,その頃,Aは,「お母さんに
言って道具代は払います。」などと言っていた。その際,自分もAにビンタ
をしたかもしれないが,激しい暴行はしていない。」(同(第2回)・7ない
し9頁),「被告人乙に言われて,丁に電話をして被告人乙に代わったとこ
ろ,被告人乙が,「道具をなくされたんですよ。たまりませんからね。」な
どと言ったのに対し,丁が,「きちっと払ってもらって返してもらえや。」
などと言っていた。丁は声が大きいので,スピーカーにしなくても声が漏
れる場合があり,Aは,おびえた感じで「集めます。」などと言っていた。
その後,被告人乙が携帯電話機で道具代を計算して,「35万でいいけど,
どげんや。」などと言っていた」(同(第2回)・9ないし11頁)旨を弁解
している。
また,被告人甲は,その後被告人乙と一緒にAの家に行き,被告人乙が
証人①に金銭を支払うように言って断られた経緯を述べた上で(同(第2
回)・11,12頁),その後にAから金銭を受け取った際の状況について,
「Aから,電話で,今なら母親の機嫌がいいからいけるかもしれないと被
告人乙に伝えてほしいと連絡があった。被告人乙らと一緒にAの家の近く
まで車で行き,Aと被告人乙がAの家に行った。被告人乙は,1時間半く
らい経って戻ってくると,運転席に乗り込み,車をバックさせながら金銭
の入った封筒を自分の股の間の座席の上に置いた。バックしているからだ
ろうなと思ったが,自分がもらったものではないのですぐに返した。自宅
に帰った後,35万円の中から10万円を被告人乙から家賃代として受領
した。」などと弁解している(同(第2回)・13ないし18頁)。
イこの点,確かに,Aが紛失した工具は,被告人乙が貸したものであるか
ら,被告人乙がAを問い詰めて暴力を振るうなどした一方で,被告人甲自
身はさしたる暴力を振るっておらず,金銭の要求も明確にはしていなかっ
たとしてもそれ自体が不自然とはいえない。しかし,それを超えて,被告
人甲が自らは金銭の要求に関与していなかったと弁解する点については,
Aが,被告人甲からの具体的な暴行や金銭の要求行為をはっきりとは記憶
していないと証言しつつも,被告人甲に対し証人①に言っても金銭が準備
できなかったと報告すると,被告人甲からは,被告人乙と一緒にAの家に
行き,被告人乙に説明してもらうように言われたなどと証言していること
や,前記のとおり,壬が,被告人乙が受け取った金銭の入った封筒を被告
人甲に渡し,被告人甲がその封筒を自分のバッグに入れていた旨を証言し
ていること(この点につき,被告人甲の弁解が信用できないことは,前記
のとおりである。)とそぐわないといえる。
また,その点を措くとしても,被告人甲は,被告人乙がAに激しい暴行
を加えて,工具代の名目で高額の金銭を請求したことを十分認識していな
がら,これに特段の異議を唱えることもないまま,被告人乙と共にAの家
の付近まで車で行っただけでなく,実際にAや証人①から金銭の交付を受
ける際にも,Aから連絡を受けて被告人乙に同行したことを自認している。
被告人甲が,自らが恐喝行為に無関係であると思っていたのであれば,こ
のような行動に及んだことは,常識的に考えて不自然といわざるを得ない。
ウしたがって,被告人甲の弁解は信用できない。
(4)検討
ア以上によれば,A及び壬の証言は,前記のとおり壬の証言部分の一部を
除いて信用できるのに対し,被告人両名の弁解は信用できないといえる。
そして,信用できるAの証言や壬の証言部分によれば,被告人乙は,A
に対し,被告人乙が貸していた工具をAが紛失したことを問い詰め,殴る
蹴るなどの暴行を加えた上で,暴行により畏怖した状態にあったAに対し
金銭を要求し,その後もAの家まで行って,Aや証人①に対し金銭を繰り
返し要求して,ついには,A及びAから金銭の支払をするよう頼まれた証
人①から,証人①が郵便局で借入れをした金銭の交付を受けたことが認定
できる。また,被告人甲は,Aに対し直接的な暴行や金銭の要求行為をし
たとは認定できないものの,Aを被告人両名方に呼び出した上で,被告人
乙がAに暴行を加えた際には終始その場にいて直ちにこれを止めなかった
だけでなく,その後も,被告人乙が畏怖しているAに対し金銭を要求した
ことを十分認識しながら,Aから金銭の準備の状況の報告等を受け,被告
人乙が金銭の要求をするためにAの自宅に行く際には複数回にわたって車
で付近まで同行して待機するなど,犯行に深く関与し,その実現のために
重要な役割を果たすとともに,実際に,被告人乙がA及び証人①から金銭
の交付を受けた後には,被告人乙から脅し取った金銭をそのまま受領した
ことが認められる。
このような一連の行動状況に照らすと,被告人両名は,互いに意を通じ
て,被告人乙においてAに対し暴行を加えた上で,遅くとも,暴行後被告
人乙がAに金銭を要求した段階では,Aが暴行により畏怖しているのに乗
じてAから現金を脅し取ろうとしたものと認められる。このような暴行後
の金銭の要求行為は,Aにその要求に応じなければ被告人両名から更なる
危害を加えられるかもしれないと思わせるものであって,新たな脅迫行為
がなされたと評価し得るのであり,その段階で,被告人両名の間で恐喝に
ついての共謀が成立していたことも十分認定できる。
イこの点,Aや壬の証言を前提としても,暴行と金銭の要求行為の前後関
係は定かではなく,被告人乙が金銭の要求をしたと確実に認定できるのは,
被告人乙がAに対する暴行を終えた後の段階にすぎない。
なるほど,被告人両名は,Aが被告人乙の工具を紛失したことをきっか
けに暴行を加えていたのであるから,当初からその弁償代金を支払わせる
ことが念頭にあったとしても不自然ではないとはいえ,当初はAの不注意
さに腹を立てて暴力を振るっていただけで,Aを畏怖させて金銭を要求す
ることまでは考えていなかったとしてもおかしくはないようにも思われ,
当初から恐喝の故意があったと断定するのは躊躇されるというべきである。
ウしたがって,第2の主位的訴因については合理的な疑いを入れる余地が
あるものの,予備的訴因については十分に認定できる。
なお,暴行の時期について,前記のとおり,Aや証人①,被告人甲は,
いずれも一連の出来事が平成28年9月下旬頃であった旨を証言している
のに対し,これに反する被告人乙の弁解は信用できないといえる。この点,
確かに,証人①は,上記のとおり,平成28年9月下旬頃と証言する一方
で,35万円を交付した日は,被告人乙から最初に金銭の請求を受けてか
ら,「10日ぐらい経っていると思う。」(証人①証言・11頁),「同月半ば
過ぎだと思う。」(同・24頁)などとも証言しているから,被告人乙の弁
護人が指摘するとおり,暴行の時期は同月20日より前のことであった可
能性も否定できないといえる。しかし,証人①は,別の証言部分では金銭
を要求された回数も覚えていないと証言しており(同・20,21頁),1
0日ぐらい経っていたという証言も感覚的なもので厳密な特定をしたもの
ではないといえる。そして,検察官は,公訴事実においては,上記のよう
な事件関係者の供述内容によっても暴行の時期が証拠上厳密には特定でき
ないことを踏まえて,「頃」という幅のある特定の仕方をしたものと理解で
きる。以上を踏まえて,暴行の時期については,公訴事実のとおり平成2
8年9月下旬頃と認定するのが相当と判断した。
4結論
以上によれば,第1,第2の事実については,判示のとおり予備的訴因を認
定できる。
第2Bに対する恐喝(第3,第4の事実)について
1争点
被告人甲の弁護人は,第3の事実について,被告人甲は,Bから現金19万
円を受領したが,これは被告人甲がBに対して渡した財布等の買取代金として
受領したもので,脅し取ったものではなく,被告人乙と共謀もしていない旨を
主張するとともに,第4の事実について,被告人甲は,Bから平成31年4月
8日に現金50万円,同月9日に現金20万円を受領したが,受領した現金は
Bから借りたものであり,いずれも脅し取っておらず,丁との共謀もない旨を
主張している。
2Bの証言について
(1)Bは,判示美容室(以下「本件美容室」という。)に勤務し,被告人甲を
担当していたものであるが,法廷で,次のように証言している。
アまず,Bは,被告人甲の人柄等について,「怒るとすごく怖い印象があ
り,店へのクレームのときなど大声で怒鳴るなどしていた。被告人甲の父
親が暴力団関係者であると聞いていたし,他にも,被告人甲と付き合いが
ある兄貴という人物も暴力団関係者と聞いていた。」(B証言・2,3頁)
などと証言した上で,第3の被害状況について,「平成30年9月末か1
0月頃に,本件美容室のオーナーである証人④から被告人甲に対し,Bが
本件美容室をやめることを伝えたところ,被告人甲がなぜ本人が言わない
んだ,(同年9月頃にBが被告人甲から財布を受け取っていたことについ
て)辞めるのになぜ財布をもらったんだなどと怒り出した。そのため,被
告人甲に対するおわびの場を設けることになり,同年10月11日に,本
件美容室の待合室で,被告人甲と被告人乙から判示のとおり脅迫された。
被告人甲の声はかなり大きく威圧的な感じであり,顔を近づけて至近距離
でにらまれるなどして怖かった。証人④が土下座をしたので,自分もすぐ
に後に続いて土下座をして謝ったが,話が終わらず財布の話も何度も出て
きていた。はっきりとは言わないが金銭の支払を要求していると思った。」
(同・4ないし8頁)などと証言している。また,Bは,同年11月29
日に被告人甲から電話で金銭を要求された状況については,「被告人甲か
ら電話で,判示のとおり「けじめの形としては付けよう。」などと言われ,
金を支払えということだと思った。断ると家に来られて自分や家族が殴ら
れるかもしれないなどと思って支払うことにした。コンビニエンスストア
のATM機で20万円を引き出して封筒に入れ,被告人甲に呼び出された
レストランに行って被告人甲に渡した。直前に証人③に電話をして報告し
たところ,1万円でいいなどと言われて,どうしようかと迷って1万円を
抜き差ししていたときに,慌てて渡したため,結局1万円を入れ忘れて1
9万円を渡した。」(同・8ないし12頁)などと証言している。
イまた,Bは,第4の被害状況については,「平成31年3月末に美容室
を退職したが,同年4月8日,被告人甲からその自宅に呼び出され,判示
のとおり,被告人甲から兄貴がまだむかついているなどと言われて,電話
を替わった兄貴(丁)からも脅された。丁の口調は,ドスの利いた低い声
で,威圧的で怖く,恐怖でいっぱいになった。その後,被告人甲から,判
示のとおり200万円が相場であるなどと言われ,200万円の支払を要
求されていると思った。そんな大金はないので,いったん持ち帰ってよい
かなどと言って帰ろうとしたが,帰ることができなかった。偽の仕事を準
備し,(偽の)給与明細も作って消費者金融に電話して借りることなどを
ずっと説明された。そういった方法で金を借りることは嫌だったが,今ま
でのこともあるし,家も知られているので怖くて金を支払うことにした。」
(同・14ないし18頁)などと証言した上で,その後,被告人甲の指示
に従い,消費者金融2社から合計100万円を無人契約機で借りて被告人
甲に渡し,翌9日も,クレジットカードのキャッシング機能を利用して限
度額である30万円を引き出して被告人甲に渡した旨証言している(同・
18ないし21頁)。
(2)そこで,Bの証言の信用性を検討すると,Bは,暴力団関係者と付き合い
があると考えていた被告人甲やその交際相手である被告人乙から本件美容室
で執ように因縁を付けて脅され,恐怖心からやむなく金銭を支払うことにな
ったことや,本件美容室を退職後も,被告人甲から自宅に呼び出された上,
暴力団関係者と考えていた丁から脅されて追い詰められ,消費者金融等で多
額の借金をするなどして,被告人甲に金銭を渡さざるを得なくなったことな
ど,一連の経緯につき,当時の心情を交えて具体的に証言しており,内容的
にも不自然な点は見当たらない。また,本件美容室の経営者である証人④や
Bの上司(チーフ)である証人③は,平成30年10月11日に本件美容室
でBが被告人甲らから脅迫された状況の一部始終を目撃しているところ,同
人らが証言する被害目撃状況は,Bの証言とよく整合しており,その信用性
を強く裏付けている。
これらによれば,Bの証言の基本的な信用性は高いといえる。
(3)これに対し,被告人甲の弁護人は,第3の事実につき,被告人甲は謝罪を
求めていたにすぎず,Bや証人④の証言を前提としても,被告人甲はBに金
銭の要求はしていないから,財物奪取に向けられた脅迫は行っていない旨を
主張している。しかし,前記のようなBの証言内容に照らすと,被告人甲は,
平成30年10月11日に,Bに対し,金を支払えとはっきりとは言わない
ものの,Bが財布を受け取ったことを持ち出しながら,証人④やBが土下座
までして謝っても話をやめずに,「けじめを付けろ。」,「落とし前をどう付け
るんだ。」などと繰り返し発言していたというのであって,このような状況は,
Bに対し,暗に金銭の支払を要求したものにほかならないといえる。また,
被告人甲が,同年11月29日に,Bに対し「けじめの形としては付けよう。」
などと電話で発言したことも,同様に暗に金銭の支払を要求したものである
ことは明らかである。被告人甲らがBに対し財物奪取に向けた脅迫を行った
ことは十分認定できる。この点の被告人甲の弁護人の主張は採用できない。
このほか,被告人甲の弁護人は,①証人③は,捜査段階では,被告人甲ら
が金銭を請求していると思ったとは話しておらず,信用性がない,②Bは,
美容室を退職し被告人甲と接点がなくなっていたのに,自ら被告人甲の自宅
に行っており,Bが恐怖心を抱いていたとすれば不自然であると主張する。
しかし,①の点については,証人③は,検察官の再主尋問に対し,弁護人が
指摘する供述調書を作成した際には当時の心境を詳しく聞かれていない,金
銭の請求をしていると思わなかったと話したというはっきりした記憶もな
い旨を証言しており(証人③証言・20,21頁),その証言内容が特に不
自然とはいえない。また,②の点は,Bは,被告人甲に対し強い恐怖心を抱
いていたから,被告人甲からの呼び出しを断わりきれずに被告人甲の自宅に
行ったとしても特に不自然とはいえない。この点の被告人甲の弁護人の主張
も採用できない。
(4)以上によれば,Bの証言の基本的な信用性は高く,被告人甲の弁護人の指
摘を踏まえて慎重に検討しても揺るがないといえる。
3被告人甲の弁解について
(1)これに対し,被告人甲は,第3の事実については,まず平成30年10月
11日の状況については,「Bにもう少し長く店にいてほしいという思いが
あり,財布のことは正直どうでもよかった。けじめという言葉を使ったのは,
Bの代わりになる人を育ててから辞めるなどしてほしいという意味であり,
そのようにBに伝えた。「落とし前」という言葉は,被告人乙が言ったもの
であり,被告人乙がそのようなことを言うとは事前には知らなかった。」(被
告人甲に対する被告人質問(第5回)・4ないし8頁)などと弁解するとと
もに,同年11月29日の状況については,店側に要望していたのにBと話
す機会を持ってくれなかったために,本件美容室からBに電話を掛けたと説
明した上で,「Bは,財布等今までもらった物を全部買い取るなどと言って
いた。持ってこなくていいなどと断ったが,Bは,とりあえず20万円しか
ないですけどなどと言っていた。その後レストランでBと会うと,Bが「こ
れは私としてのけじめなので,これさせてください。」などと言って金の入
った封筒を差し出してきたので,何度か断ったが,結局受け取ることになっ
た。」(同・14ないし20頁)旨を弁解している。
また,被告人甲は,第4の事実については,「Bに話を聞いてもらいたい
ことがあるなどと言って家に来てもらった。Bに金を借りてもらって,その
金を貸してほしいと伝え,消費者金融で金を借りる方法を教えた。Bは,少
し悩んでいたが,応じてくれた。このとき,丁に連絡した記憶はない。Bが
消費者金融の無人契約機で50万円を借り入れて,車の中で受け取ったが,
Bは,自分もお金に困っているから,こんなに簡単に借りられるなら,もう
1件行ってくるなどと言って,別の消費者金融から30万円を借りていた。
また,翌日も,Bから金を借りることとなり,被告人乙の提案で,Bがクレ
ジットカードのキャッシング機能を使って30万円を借り,うち20万円を
受け取った。」(同・20ないし28頁),「借りた金は,ホストクラブで使う
つもりだった。」(同・47ないし50頁)旨を弁解している。
(2)しかし,被告人甲の弁解は,平成30年10月11日の言動については,
Bの証言だけでなく,その一部始終を目撃していた証人③や証人④が,被
告人甲が暗に金銭を要求していた旨を一致して述べていることとそぐわな
いといえる。被告人甲の弁解が,被告人甲を除く関係者らの証言と全くそ
ぐわないことはその弁解の信用性を大きく減殺する事情といわざるを得な
い。
また,被告人甲の弁解内容を見ても,被告人甲の弁解を前提にすると,
Bは,被告人甲らから脅されているわけでもないのに,自ら財布等の買取
りのために20万円もの金銭の支払を申し出た上,被告人甲が何度か受け
取りを断っても,なお受け取ってほしいなどと述べたことになる。このよ
うなBの行動は,Bの当時の預金残高が23万円余りしかなかったこと(甲
51)も考えれば,相当に不自然との感は否めない。さらに,第4の事実
に関しても,被告人甲の弁解を前提にすれば,Bは,それまでに1度も消
費者金融等を利用したことがなかったのに,他人がホストクラブで使うた
めの金銭を準備するために,職業を偽ってまで消費者金融を利用するなど
して多額の借金をしたことになるから,それも相当に不自然といわざるを
得ない。
(3)以上によれば,被告人甲の弁解は信用できない。
4判断
以上のとおり,Bの証言は信用できるのに対し,被告人甲の弁解は信用でき
ないといえる。
そして,信用できるBの証言によれば,第3の事実については,被告人甲と
被告人乙とが,第4の事実については,被告人甲と丁とが,それぞれ互いに意
を通じて,判示のとおりBに因縁を付けて現金を脅し取ったものといえる。そ
うすると,第4の事実につき,丁が被告人甲から「けじめの金」を取ってほし
いなどと言われて,判示のとおりBに金銭の支払を要求した旨を証言する点
(丁証言・28,29頁)の信用性を子細に検討するまでもなく,第3,第4
のいずれの事実についても,恐喝の共同正犯が成立することは優に認められる。
5結論
以上によれば,第3,第4の事実は十分認定できる。
第3戊に対する恐喝未遂(第5の事実)について
1争点
被告人甲の弁護人は,戊を脅迫しておらず,丁との共謀もなかった旨を主張
している。
2戊の証言について
(1)戊は,第5の被害状況について,次のとおり証言している。
アまず,戊は,令和元年8月31日の状況について,「同日午後1時48分
頃から,被告人甲から,電話で,妻である己が丁の金200万円をホスト
クラブに使い込んでいるから,自分に離婚する代わりに手切れ金として2
00万円を支払うよう言ってきた。被告人甲から,丁が暴力団関係者と聞
いていたので,断ると拉致されて暴力を受けるなどと考え,怖くて承諾を
した。同日午後6時28分頃から,被告人甲,丁,戊の三者で通話ができ
る状態で,丁から,判示のとおり200万円よろしく頼むなどと言われた。
関西弁でドスが利いた暴力団組員風の話し方であり,断るのが怖かったの
で,「分かりました。」と答えた。」(戊証言・11ないし15頁)などと証
言している。
イ次に,戊は,同年9月1日の状況について,「被告人甲から,電話で,
判示のとおり,己が,丁の企業舎弟である2つのホストクラブに合計10
5万円の付けがあり,9月中に回収して丁に支払わなければならないなど
と支払を求められた。最初は払える自信がないなどと言っていたが,断る
と暴力団関係なのでどうなるか分からないと思って,承諾した。」(同・1
5ないし17頁)などと証言するとともに,同月9日の状況について,「(三
者で通話ができる状態で,)丁が,己に対し,判示のとおり,払わなければ
己と戊をさらうなどと怒鳴る声が聞こえ,己が「すいません。」などと答え
ていた。被告人甲からも,判示のとおり早くお金払った方がいいなどと言
われ,自分にも同じことが起きるのかと思って怖くなった。」(同・20,
21頁)などと証言している。
ウさらに,戊は,その後同月21日までの間に,被告人甲から金銭の支払
方法等につきいろいろな提案を受けた旨を証言する(同・21ないし27
頁)とともに,同月23日の状況について,「被告人甲に電話を掛けて,会
話を録音し,(事前に相談した先輩のアドバイスに従い)弁護士を入れると
伝えた。録音の中で,丁から,今月いっぱいの期限だからなどと言われた
のは,200万円のことと思う。丁からは,己の実家から金をとるように
も言われた。録音の中で,被告人甲から期限が1週間しかないなどと言わ
れたのは,ホストクラブの付けの105万円の請求のことと思う。」(同・
27ないし29頁)などと証言している。
(2)そこで戊の証言の信用性を検討する。
ア戊は,被告人甲や暴力団組員と聞いていた丁から,己が丁の金を使い込
んだとか,ホストクラブに高額の付けがあるなどと様々な名目で因縁を付
けられ,恐怖心から金銭の支払を承諾せざるを得なかったことなど,1か
月ほどの期間に及ぶ一連の経緯を具体的に証言しており,内容的にも特に
不自然な点は見られない。
イまた,戊は,令和元年9月23日の被告人甲や丁との間の約3時間にわ
たる通話内容を録音しているところ(甲342,360),その通話内容は,
丁が,戊に対し,期限が迫った支払(200万円のことと思われる。)に関
して直接会って話すようしつこく求めた上で(甲360・1ないし4頁),
その後丁と電話を替わった被告人甲が,戊に対し,丁や被告人甲と会いも
しないで支払はどうするのかなどと問い詰めるとともに,ホストクラブの
付けなど自らが立て替えたという金のことも持ち出して繰り返し支払を求
めており(同・4ないし26頁),これに対して戊が「弁護士入れました。」
などと言うと(同・27頁),自らその理由等を問い詰めるとともに,丁に
対しても戊が弁護士を依頼したと告げ(同・27ないし35頁),これを受
けた丁が判示のとおり戊を激しく怒鳴り付けると,その合間に,被告人甲
が,「借りた金も返さんで弁護士を入れるらしい。」,「いや,詐欺やろう,
詐欺。」などと戊を責め立てるなどしている(同・36ないし54頁)。こ
のような一連のやり取りからは,被告人甲は,丁と意を通じて,丁のこと
を暴力団組員と考えて畏怖している戊に対し,己が使い込んだとして請求
していた丁の200万円や,己のホストクラブの付けとして請求していた
105万円を含め,様々な名目で因縁を付け,金銭を脅し取ろうとしてい
たものにほかならないといえる。確かに,被告人甲は,上記通話では20
0万円の支払に直接的には言及しておらず,部分的に見れば丁をなだめて
いるともとれる発言をしていること(同・37,38頁)も認められるが,
上記のとおり通話内容を全体として見れば,被告人甲が丁と別個に金銭の
支払を求めていたとは考え難いのであり,被告人甲は,丁と一体となって,
戊に対し,200万円も含めた様々な名目で金銭を支払わせようとしてい
ることは十分に認められる。以上のような通話内容は,戊の証言内容を強
く裏付けるものといってよい。
ウ以上によれば,戊の証言の基本的な信用性は高いといえる。
(3)これに対し,被告人甲の弁護人は,①戊は,被告人甲が怖かったと証言し
ているが,令和元年9月頭頃に被告人甲から金を借りているが,怖がってい
る相手から金銭を借りることは不自然である,②戊は,被告人甲からも20
0万円を請求された旨供述しているが,3時間に及ぶ録音内容において,被
告人甲から200万円の話は一切出ておらず,被告人甲が有罪となる方向へ
の記憶の変異や勘違いが起きている可能性があるなどと主張している。しか
し,①の点は,戊は,(銀行の口座から)生活費を下そうとしたところ残高
がゼロだったので,己に電話で聞いたところ,近くにいた被告人甲が生活費
がないのだろうということで1万円を振り込んできたと証言しており(戊証
言・29,30頁),そのような経緯で,被告人甲の申出に従って1万円程
度の金額の振込みを受けたからといって,戊が被告人甲を怖がっていなかっ
たという疑いは生じない。また,②の点は,前記のとおり,令和元年9月2
3日の通話内容は,被告人甲は,丁と意を通じて,200万円も含め様々な
名目で因縁を付けて金銭の支払を求めていると認められる。このような通話
に先立ち,被告人甲自身が戊に200万円の支払を求めていたとしても何ら
不自然ではなく,戊の記憶が変容しているなどという疑いは生じない。
その他に被告人甲の弁護人が指摘する点を見ても採用できるものはない。
(4)以上によれば,戊の証言の基本的な信用性は高く,被告人甲の弁護人の指
摘を踏まえて慎重に検討しても,これを左右するものはないといえる。
3被告人甲の弁解について
(1)これに対し,被告人甲は,200万円の請求は丁と己が話し合って決めた
ことで,自分はホストクラブの付けについて請求はしたものの,自らは戊を
脅していない旨を弁解している。すなわち,
ア被告人甲は,丁の200万円に関しては,「戊に対し丁が暴力団員であ
ると話したことはない。」(被告人甲に対する被告人質問(第5回)・28,
29頁)などと弁解した上で,令和元年8月31日の状況について,「(己
が丁の200万円を使い込んだことにして戊に請求したのは,)丁と己が
話して決めたことである。戊に請求をしていたのは丁であり,己もどう
にかしてよなどと言っていたが,自分は何も言っていない。」(同・29,
30頁)などと弁解するとともに,令和元年9月9日の状況については,
「丁と己が演技で会話をして戊に金を払わせようとしており,丁に指示
をされて,自分が電話をつないで戊に聞かせたが,丁がどのような言葉
を言うかは事前には知らなかった。」(同・33ないし35頁)などと弁
解している。
イまた,被告人甲は,ホストクラブの付けに関し,令和元年9月1日の状
況について,「戊に対し,辛は掛け(付け)ができないので,自分が五,
六十万円を立て替えており,庚の掛け(付け)は55万円残っていると伝
えた。戊に対し,「105万返して。」などと言うと,戊から,毎月3万円
ずつ返済すると言われたので,了承した。丁が可愛がっているホストたち
がいるところだとは言ったが,脅すつもりではなかった。」(同・31,3
2頁)旨を弁解している。
ウさらに,被告人甲は,令和元年9月23日の通話内容については,「録
音に出てくる10万円は,戊に頼まれて貸した金のことであり,55万円
は庚の掛け(付け)のことである。55万円については,己が電話を替わ
って戊に払うように言っており,自分もできる限り払ってほしいとは思っ
ていた。電話の中で怒る場面があったのは,戊が余りに無言で何も話さず,
問いただしても無言であったのでヒートアップしたにすぎない。」(同・3
9ないし41頁)などと弁解している。
(2)しかし,被告人甲の弁解の信用性については,次の事情が指摘できる。
アそもそも丁と戊は,互いに連絡先を知らず,常に被告人甲を介してやり
取りをしていたというのであって(戊証言・15頁,丁証言・14頁),
本件に関する一連のやり取りも,被告人甲を介して三者で通話するなどし
て行われている(甲315)。それにもかかわらず,被告人甲自身は電話
を取り次いだだけで,200万円の恐喝行為には全く関与していなかった
などというのは,常識的に考えて,不自然といわざるを得ない。実際に,
令和元年9月23日の通話の録音内容は,前記のとおり,被告人甲が,丁
と意を通じ,戊に対し200万円を含めて様々な名目で金銭を脅し取ろう
としていたものにほかならないといえ,被告人甲の弁解内容は客観的証拠
ともそぐわない。
イまた,被告人甲は,捜査段階では,自らが戊に対し己がホストクラブで
200万円を使い込んだことを話したことを認めていた(被告人甲に対す
る被告人質問(第5回)・69頁)。このように,被告人甲が法廷で弁解す
る内容は,捜査段階から供述の根幹部分に大きな変遷が見られるにもかか
わらず,被告人甲は,そのような変遷の理由について合理的な理由を説明
していない。このような供述状況は,被告人甲が真実を語っているとすれ
ば不自然といわざるを得ない。
(3)したがって,被告人甲の弁解は信用できない。
4判断
以上によれば,戊の証言は信用できるのに対し,被告人甲の弁解は信用でき
ないといえる。そして,信用できる戊の証言に加え,前記録音内容も併せ考慮
すると,丁が,被告人甲から相談を受け,己が丁の金を使い込んだことにして,
戊を脅すことにしたなどと一連の経緯を証言する点(丁証言・8ないし20頁)
の信用性を子細に検討するまでもなく,被告人甲と丁とが,互いに意を通じて,
戊に対し合計305万円の支払を要求したものであることは十分に認定でき
る。第5の事実について,被告人甲と丁に恐喝の共同正犯が成立することは十
分認定できる。
5結論
以上によれば,第5の事実は十分認定できる。
(罪となるべき事実に関連する情状に関する事実)
1第1,第2の犯行について(被告人両名関係)
被告人両名は,Aが仕事を休んだことや職場で使う工具をなくしたことをきっ
かけに,Aに殴る蹴るの暴行を加えた上,金銭の支払を要求して合計35万50
00円を脅し取った(第1,第2)。
被告人甲は,第1の犯行では,自らAに暴行,脅迫を加えた上で金銭を要求す
るなどして犯行を主導した。また,被告人甲は,第2の犯行でも,Aに対して直
接暴行,脅迫をしていないとはいえ,事実認定の補足説明に記載したとおり,犯
行に深く関与し,その実現のために重要な役割を果たしただけでなく,犯行後に,
脅し取った金銭を被告人乙からそのまま受け取った。また,被告人乙は,いずれ
の犯行でもAに暴行を加える実行行為を行っており,特に,第2の犯行では,自
ら暴行や金銭の要求を行い,Aの家まで行ってAやその母に直接金銭を要求する
など,中心的な役割を果たした。
Aは,被告人両名に対し厳しい処罰感情を表明している。
2第3ないし第5の犯行について(被告人甲関係)
被告人甲は,美容室の担当美容師であったBに対し,被告人甲から財布を譲り
受けたにもかかわらず,退職を決めたことに因縁を付けるなどして合計149万
円を脅し取った(第3,第4)ほか,戊の妻である己が丁の金を使い込んだ,己
が丁のホストクラブに付けがあるなどとして因縁を付け,合計305万円を要求
したが,未遂に終わった(第5)。
被告人甲は,いずれの犯行においても,被害者を直接脅迫した実行犯であり,
共犯者らがいずれも犯行の一部のみに加担しているのに対し,被告人甲は,各被
害者と直接連絡を取り,繰り返し金銭を要求するなど不可欠の役割を果たした。
B及び戊は,いずれも,被告人甲に対し厳しい処罰感情を表明している。
令和3年1月12日
福岡地方裁判所第2刑事部
裁判長裁判官岡﨑忠之
裁判官𠮷野内庸子
裁判官平岩彩夏

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