弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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       主   文
一 債務者は、債権者に対し、金四九〇万円及び昭和六〇年二月一〇日以降本案の
第一審判決言渡しに至るまで毎月一〇日限り金一四万円を仮に支払え。
2 債権者のその余の申請を却下する。
3 申請費用は債務者の負担とする。
       事   実
第一 当事者の求める裁判
一 債権者
1 債権者が債務者に対して雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定め
る。
2 債務者は債権者に対して、昭和五七年三月一〇日以降本案判決確定に至るま
で、毎月一〇日限り金一四万円を仮に支払え。
との判決を求める。
二 債務者
債権者の申請を棄却するとの判決を求める。
第二 当事者の主張
一 申請の理由
1 債務者会社は、肩書地に本社工場、第一、第二工場等を有し、航空機関連装備
品等の修理を業とする株式会社であり、従業員は約一三〇名である。
2 債権者は、昭和五六年一〇月二六日から債務者会社で工員として雇用され、債
務者会社本社工場で航空機のタイヤの修理の仕事に従事してきた。
3 債務者会社の就業規則三-一-(2)には、「あらたに採用された者には、三
か月の試用期間を置く。試用期間中に社員として不適当と認めた場合には解雇する
ことがある。」との規定がある。よつて、債権者は昭和五七年一月二五日の経過を
もつて試用期間を満了して本採用となつた。
4 債務者会社は、昭和五七年一月二九日債権者を解雇する旨の意思表示をした。
5 しかし、右解雇は無効であるから、債権者は債務者会社に対して雇用契約上の
権利を有している。
6 債権者の賃金は、解雇当時、一か月基本給金八万六〇〇〇円、精皆勤手当金五
〇〇〇円、資格手当A金二万四〇〇〇円、調整給(Ⅰ)金二万円、調整給(Ⅱ)金
五〇〇〇円、通勤手当金二四一〇円合計金一四万二四一〇円であつた。そして賃金
は毎月一日から末日までの分を翌月の一〇日に支払うこととされていた。
7 ところが、債務者会社は、解雇の意思表示以降債権者を従業員として認めず、
昭和五七年三月一〇日支払期分以降の賃金を支払わない。
8 債権者は賃金を唯一の生活の資とする労働者であり、賃金の支払を受けられな
いとその生活は危殆に瀕するので、申請の趣旨のとおりの判決を求める。
二 申請の理由に対する債務者の答弁
第一項は認める。
 第二項中債権者が債務者会社に雇用され、その主張する業務に従事したことは認
めるが、昭和五六年一〇月二六日から試用の従業員として採用されたことは否認す
る。債権者は同年一一月一日から債務者会社に試用の従業員として雇用されたので
あつて、同年一〇月二六日から同月末日までは実作業修得までのアルバイトとして
働いたにすぎない。債務者会社においては、中途採用者については良質の労働力を
確保するため、試用期間に先立ち、五日から一〇日間位のアルバイトとして勤務
し、その期間に不適格と判断したときは採用しないこととし、採用面接の際にその
旨を告知している。債権者についても同年一〇月二一日の採用面接の際にその旨を
債権者に告げ、同意を得ている。
 第三項中、債権者主張の内容の就業規則の規定があることは認めるが、債権者が
一月二五日の経過をもつて試用期間が終了して本採用となつたことは否認する。試
用期間は昭和五七年一月末日に終了する予定であつた。
第四項の事実は認める。
第五項は争う。
第六、第七項の事実は認める。
第八項は争う。
三 債務者の主張
1 債務者会社は、航空機装備品、航空機用地上支援器材及び整備用特殊工具等の
製造を主たる業務目的とし、全日本空輸株式会社、日本航空株式会社や防衛庁等を
主要取引先としている。
2 債務者会社のa総務室管理長代行及びb航機事業室管理長は、昭和五六年一〇
月二一日、債権者に対して採用面接をした際、債権者に債務者会社の業務目的及び
会社の実情等を説明したうえ、「①債務者会社は自衛隊に航空機の部品を納入し、
修理を行つているが、これに対する思想、信条上の反感はないか。②履歴書の記載
に誤りはないか。③日本特殊鋼株式会社を退社した昭和五二年三月から岩城製薬株
式会社へ入社した昭和五三年七月までの一年三月の間は何をして生活していたか。
就職するについて支障はなかつたか。」について質問した。
 これに対して、債権者は、「①債務者会社が防衛産業に従事していることに反発
は感じていないし、思想、信条上も何ら反するところはない。②履歴書の記載は正
確である。③前記の一年三月の期間は、アルバイトをして生活していた。就職する
について支障はなかつた。」と答えた。
3 しかし、債務者会社がその後調査したところ、債権者は昭和五二年五月にいわ
ゆる成田事件(成田空港開港阻止闘争)に関し逮捕、勾留され、凶器準備集合、公
務執行妨害、傷害等で千葉地方裁判所に起訴され、同年一一月二五日に保釈された
ことが判明した。
 債権者は、右の事実を債務者会社に秘匿して採用されたのであるが、採用面接に
際し債権者が右の事実を債務者会社に告知していたとすれば、債務者会社が債権者
を採用することはあり得なかつたことは明らかである。債権者は欺罔行為により債
務者会社を誤信させて採用させたのであるから、雇用契約の取消しの理由となる
し、解雇の理由にもなる。これを詳述すれば、次のとおりである。
 債権者の採用面接における回答の中で、「債務者会社が防衛産業に従事している
ことに反発は感じていないし、思想、信条上も何ら反するところはない。」とした
のは、債権者の思想、信条からすれば、一般に軍備そのものに反対であり、防衛産
業の存在にも反感を持つているから、虚偽の事実を申告したことは明らかである。
また、履歴書の中で「賞罰なし」と記載し、この記載は正確であると回答したこと
は、雇用契約が高度の信頼関係の上に成り立つことを考えると、使用者に刑事裁判
中であることを告知し、事件の概要、有罪判決を受ける見込み、収監される見込み
の有無等労働者の人格、能力、識見、勤務への支障等を判断する機会を与えるべき
であるのに、これを秘匿したことは、虚偽の申告をしたものと見るべきである。更
に「昭和五二年三月から昭和五三年七月までの一年三月の期間はアルバイトをして
生活をし、就職するについて支障はなかつた」との回答は、刑事事件で勾留中のた
め就職することができなかつたことを秘匿し虚偽の事実を告知したものである。
 以上のように、債権者は刑事事件に関係して逮捕され、起訴され、刑事裁判係属
中であつたのであるが、右刑事事件の内容及び債務者会社の業務内容に照らして、
債権者の思想、信条が債務者会社の存立と相容れないものであるから、債務者会社
が真実を知り得たときは債権者を採用することはあり得なかつたことは明白であつ
た。それ故、債権者が右の事実を秘匿したことは、雇用契約取消しの理由になると
同時に解雇の理由ともなるものである。
4 よつて、債務者会社は、昭和五七年一月二九日、試用期間中の債権者に対し
て、就業規則三-一(2)、三-三(4)①エ、オ及び四-三(24)類推適用し
て解雇し、同時に民法九六条により雇用契約を取り消す旨をも通知した。
四 債務者会社の主張に対する債権者の認否
第一項の事実は認める。
第二項のうち、a及びbが債権者と面接したことは認めるが、その余の事実は否認
する。
 第三項は争う。債権者がいわゆる成田事件により起訴され、公判中であることは
事実であるが、債権者は公判で無罪を主張しており、また、有罪判決があるまで無
罪の推定を受けるのであるから、債権者が公判中であるとの事実を積極的に述べな
かつたことは欺罔行為に当たらない。
第四項の事実は認める。
五 債権者の再反論
1 不当労働行為
債務者会社の従業員約五〇名は、昭和五六年一一月一〇日、全国金属労働組合大田
地域支部大森精工機分会(以下「組合」という。)を結成し、債権者は同月一六日
同組合に加入した。債務者会社は、組合所属の従業員の経歴を調査し、債権者が公
判中であることを発見し、これを奇貨として債権者を解雇した。
 よつて、債務者会社は債権者を組合員であるとの理由で解雇したものであるか
ら、この解雇は、労働組合法七条一号の不当労働行為に該当し、無効である。
2 解雇権、取消権の濫用
 債権者は、昭和五六年一〇月二六日以来誠実に勤務し、その間何ら職務上の問題
は発生せず、試用期間を経過した。公判の出廷日には休日出勤の振替で対処し、そ
のために欠勤することもなかつた。このように、債権者が公判中であることは何ら
業務に影響を及ぼしていないから、本件の解雇及び取消は権利の濫用として無効で
ある。
六 再反論に対する債務者会社の認否
争う。
第三 証拠(省略)
       理   由
一 債権者の採用から解雇に至る事実経過
 債権者が昭和五六年一〇月二一日債務者会社のa総務室管理長代行及びb航機事
業室管理長の採用面接を受けたこと、債権者は同月二六日から債務者会社の本社工
場で勤務を始め、航空機のタイヤの修理の仕事に従事していたこと、債務者会社は
昭和五七年一月二九日債権者に対して解雇の意思表示をしたことは、当事者間に争
いがない。
 右の当事者間に争いのない事実に、いずれも成立に争いのない疎甲第一号証、第
三号証、第四号証の一から四まで、疎乙第一号証、第三号証、第五号証から第七号
証まで及び第一一号証、債権者本人尋問の結果により成立の認められる疎甲第五、
第六号証、第一一号証、証人aの証言により成立の認められる疎甲第八号証の三、
疎乙第四号証、第九号証、第一三号証、証人cの証言により成立の認められる疎乙
第一〇号証、第一二号証、第一四号証、第一七号証の一、二、第一八号証の一、
二、第一九号証の一、二、証人a、同cの各証言並びに債権者本人尋問の結果(た
だし、いずれも後記の信用をすることができない部分を除く。)を総合すれば、次
の事実を一応認定することができる。
1 債務者会社は、航空機に関連する備品、器材の修理、分解整備を主たる業務と
し、民間航空会社や防衛庁等の注文により業務を行つており、通産省から航空機用
の車輪や着陸緩衝装置の修理事業につき認可を受け、運輸省航空局から航空機の修
理改造認定書を受け、防衛庁の競争入札参加資格合格登録、海上保安本部の見積参
加資格審査合格登録をされていた。
2 債務者会社は、昭和五六年一〇月九日大森公共職業安定所に対して求人票を提
出して求人の申込みをした。右求人票には「作業内容」として「航空機用タイヤホ
イル及びブレーキの分解修理組立作業」と、「生産品目、事業内容」として「航空
機装備品、地上支援器材等製造修理」と、「事業所の特色」として「航空機の装備
品の専門工場で、通産、運輸省の認可工場であり、業績上昇、成長企業でありま
す。航空機の高度な技術を生かし種々の分野に進出しています。」等の記載があつ
た。債権者は右の求人票を見て債務者会社に応募した。
3 債権者は、同月二一日、債務者会社において、採用事務を担当するa総務室管
理長代行及び債権者の就労予定部門の責任者であるb航機事業室管理長による採用
面接を受けた。債権者が面接の際提出した履歴書には、職歴として、「昭和四九年
四月日本特殊鋼株式会社入社、同五二年三月工場移転のため退社、同五三年七月岩
城製薬株式会社入社、同五六年九月自己都合に依り退社」と記載され、「賞罰 な
し」、「志望の動機 貴社の業務が自己の性格に最適」との記載があつた。面接
は、途中の工場見学をはさんで約一時間行われた。面接の際、債務者会社から、会
社の業務の概要について説明され、防衛庁関係の仕事もしているとの説明を受けた
が、債権者はこれについて特段の感想は述べなかつた。また、債権者は、日本特殊
鋼株式会社を退職してから岩城製薬株式会社へ就職するまでの約一年三か月間は何
をしていたかとの質問に対しては、定職はなく、失業保険やアルバイトによる収入
により生活をしていたと答えた。なお、前科の有無や刑事裁判に関係したことがあ
るかとの質問はされておらず、単に履歴書の記載に誤りがないかを聞かれ、債権者
は誤りはないと答えたにとどまつた。
4 右採用面接の結果債権者は債務者会社に採用されることとなり、同月二六日か
ら債務者会社の航機事業室において航空機のタイヤ修理の作業員として勤務するこ
ととなつた。債権者の賃金については、債権者の直前の職場である岩城製薬株式会
社での賃金を参酌して月額一四万円と決定された。債務者会社の賃金の計算は毎月
始めから月末までの一か月分を翌月の一〇日に支払うこととされているところか
ら、同月二六日から同月末日までの分については、月額一四万円を時間単位に換算
して、一時間当たり七六一円として計算した額と通勤手当とが支払われたが、同年
一一月分からは月額制とされた。債権者の健康保険の加入手続は、同年一〇月中に
債務者会社に採用された他の三名の従業員(いずれも債権者と同じ日から勤務を始
めた者ではない。)とともに一一月一日付けで採用したとして手続が行われ、債権
者の雇用保険の加入手続も同日付けで採用したとして手続が行われた。債権者の勤
務の形態は、債権者が勤務を始めた同年一〇月二六日以降同年一一月一日の前後に
より何ら変ることなく、同日にも辞令の交付等身分関係の変更に関する格別の行為
は行われなかつた。
5 債務者会社は、債権者の職歴については、昭和五六年一〇月中に債権者の以前
の勤務先である日本特殊鋼株式会社に対し電話照会をしたものの、直前の勤務先で
ある岩城製薬株式会社に対しては、昭和五七年一月に至るまで何ら調査を行わず、
昭和五七年一月になつてから同社に対して電話照会をした結果、債権者は昭和五二
年五月成田空港の開港に反対する闘争に関して発生したいわゆる成田事件に関連し
て逮捕、勾留され、凶器準備集合、公務執行妨害、傷害等により起訴され、同年一
一月に保釈され、千葉地方裁判所において公判中であることを同社担当者から聞
き、債務者会社自身による調査でも右の事実を確認した。
6 債務者会社は、その事業が航空機用部品の製造、修理であり、民間航空会社や
防衛庁から注文を受けていることから、債権者のようないわゆる成田事件により起
訴された者を従業員としておくことは、不適当であるとして、債権者を解雇するこ
とを決定し、昭和五七年一月二九日債権者に対し、「会社はあなたと昭和五六年一
一月一日に試用社員として契約したが、身元調査の結果あなたが提出した履歴書記
載事項中「賞罰なし」との項は全く不実で、現在成田事件で公判中であることが判
明した。したがつて前記試用期間の契約は詐欺によるものですので民法第九六条に
よつて取消します。且つ、就業規則四-三-(24)刑法上の処分を受けまたはこ
れに類する不法行為があつたときに基づき、就業規則三-一-(2)により解雇し
ます。」との趣旨を記載した書面を交付して、解雇の意思表示及び雇用契約取消し
の意思表示をした。
以上の事実を一応認めることができ、この認定に反する疎甲第六号証、第一一号証
及び債権者本人尋問の結果の一部は信用することができず、他にこの認定を覆すに
足りる疎明はない。
二 試用期間の始期ついて
債権者は、債権者の試用期間は債権者が債務者会社で勤務を始めた昭和五六年一〇
月二六日から始まると主張し、一方、債務者会社は、同日から同月末日までの間は
試用期間前のアルバイトであり、試用期間は同年一一月一日から始まると主張する
ので、この点について検討する。
 まず、債務者会社の就業規則における試用期間についての定めをみると、就業規
則三-一-(2)に「あらたに採用された者には、三か月の試用期間を置く。試用
期間中に社員として不適当と認めた場合には解雇することがある。」との定めがあ
ることは、当事者間に争いがなく、成立に争いのない疎甲第二号証及び疎乙第二号
証によると、就業規則中の採用及び試用期間に関するその他の規定として、三-一
-(1)に「会社は満一五才以上の就職希望中より学科、実技および身体検査に合
格した者から社員を採用する。」との定めがあり、三-一-(3)に「試用期間を
経過し、考課によつて採用を決定した者は試用期間開始日をもつて、採用日とす
る。」との定めがあること、試用期間の前に債務者会社主張のようなアルバイトの
期間を置くことを定めた規定は存在しないことが一応認められ、この認定に反する
疎明はない。
 右の事実によると、就業規則の定めでは、債務者会社に採用された者は、直ちに
三か月の試用期間に入り、その間に不適格として解雇されなかつた者は、本採用と
なるものとされており、債務者会社の主張する試用期間前のアルバイト制度という
ものは就業規則に根拠を有しないものであるといわなければならないところ、この
ような制度は、債務者会社の主張によると、その間の労働者の勤務の状態その他の
事情から従業員として不適格と判断したときは採用しないというものであつて、試
用期間の制度とその趣旨、目的を共通にし、かつ、労働者の地位を不安定にするも
のであるから、そのような制度の有効性を認めるには、試用期間のほかにアルバイ
ト期間を置く特段の必要性がなければならないと解すべきところ、そのような特段
の必要性を認めるに足りる証拠はない。
 この点について、証人a、同cは、債務者会社には以前から中途採用者について
は、まず採否の決定前に五日から一〇日間位アルバイトとして勤務をさせ、その間
の勤務状態をみたうえ、採用を決定し、試用期間に入らせるという試用期間前のア
ルバイトという制度があり、債権者についても採用面接の際その旨を告げて一〇月
末日まではアルバイト期間とすることについて債権者の承諾を得たと供述し、右各
証人の作成した陳述書である疎乙第九、第一〇号証、第一二号証から第一四号証ま
でにもこれと同旨の記載があるけれども、これらの供述又は記載は、債権者本人尋
問の結果及び前記認定のように同年一一月一日以前とそれ以後とで債権者の勤務の
態様が変つていないこと、同日には身分関係の変更に関する格別の行為が行われて
いないことに照らし、にわかに信用することができない。もつとも、前記一の4で
認定したように債権者の健康保険及び雇用保険の加入手続は昭和五六年一一月一日
付け採用として行われているけれども、特に前者については同年一〇月中に採用し
た他の三名の従業員(いずれも債権者と同じ日から勤務を始めた者ではない。)と
同時に手続が行われていることをも考慮すれば、これらの手続は債務者会社の事務
処理の便宜のために行われたにすぎないものと解することができるし、債権者の同
年一〇月中の賃金が時間単位で計算されていることも、債務者会社の給与規定三一
条において給与計算期間(毎月一日から末日までの一か月間)の中途における入社
の者の計算方法は、月額給与の額に出勤率を乗じて算出することとされていること
(疎乙第一一号証により一応認められる。)からすれば、あえて異とするに足りな
い。
 以上のように、試用期間前のアルバイト期間という制度の存在を認めるに足りる
疎明はなく、また、その有効性を認める余地もなく、債権者は債務者会社に現実に
勤務を開始した同年一〇月二六日から試用期間に入つたものということができる。
三 試用期間の満了
 そうすると、債権者の試用期間は昭和五七年一月二五日に満了し、前記の就業規
則の規定によれば、試用期間が満了すれば、解雇がされない限り本採用となるもの
と解されるので、債権者は同月二六日に本採用となつたものと認められる。
四 本件解雇の効力
 債務者会社は、債権者が昭和五二年五月にいわゆる成田事件に関し逮捕、勾留さ
れ、凶器準備集合、公務執行妨害、傷害等で千葉地方裁判所に起訴され、同年一一
月二五日に保釈された事実を債務者会社に秘匿したことを解雇の理由として主張す
るので、検討する(債務者会社は、本件解雇は試用期間中の従業員に対する解雇で
あるとし、その解雇理由を主張しているが、同時に仮りに債権者が本採用となつて
いるとしても、解雇理由が存在していると主張しているものと解される。)。
1 証人a、同cの各証言及び債権者本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれ
ば、債権者は債務者会社主張のように成田事件に関連して逮捕、勾留、起訴され、
保釈されたこと、債権者は右の事実を採用面接の際債務者会社側に告知しなかつた
ことが一応認められ、この認定に反する疎明はない。
2 債務者会社は、まず、債権者が採用面接の際に「債務者会社が防衛産業に従事
していることに反発は感じていないし、思想、信条上も何ら反するところはな
い。」と回答したのは虚偽の事実を申告したものである、という。しかし、債権者
は採用面接においては、前記一の3において認定したように、防衛庁関係の仕事も
しているとの説明を受けたが、特段の感想は述べなかつたにとどまり、債務者会社
主張のような回答をしたことを認めるに足りる疎明はない(この点についての証人
aの証言及び同証人の陳述書である疎乙第九号証、第一三号証の記載は信用できな
いし、疎乙第四号証によつても債務者会社主張のような回答をしたものと認めるに
足りない。)。したがつて、債務者会社の主張はその前提を欠き、失当である。
 次に、債務者会社は、債権者が履歴書の中で「賞罰なし」と記載し、この記載は
正確であると回答したことは、前記の成田事件に関係したことを秘匿し、虚為の申
告をしたことになると主張するけれども、履歴書の賞罰欄にいう「罰」とは、一般
には確定した有罪判決をいい、刑事事件により起訴されたことは含まないと解され
ているものと考えられるから、そのことを特に質問されたのなら格別、履歴書の賞
罰欄の記載において成田事件に関係して起訴されたことを記載せず、単に履歴書の
記載は正確であると述べたことをもつて虚偽の申告をしたものとすることはできな
い。
 更に、債務者会社は、採用面接の際債権者が「昭和五二年三月から昭和五三年七
月までの一年三か月の間はアルバイトをして生活し、就職するについて支障はなか
つた。」と回答したことは、刑事事件で勾留中のため就職することができなかつた
ことを秘匿し虚偽の事実を告知したと主張するけれども、債権者の回答の内容は、
前記一の3で認定したように、右の一年三か月の間は失業保険やアルバイトによる
収入により生活をしていたと答えたのみであるところ、債権者本人尋問の結果によ
ると右の事実は虚偽ではないことが一応認められるから、あえて刑事事件で勾留中
であるため就職することができなかつたことを告知しなかつたことをもつて、虚偽
の事実を告知したものと評価することはできない。
 以上のように採用面接の際に債権者が虚偽の事実を申告したものとすることはで
きない。
3 また、債務者会社の主張は、仮に債権者が採用面接の際に積極的に虚偽の事実
を申告しなかつたとしても、債務者会社の事業内容の特殊性に照らし、成田事件に
関連して逮捕、勾留、起訴された事実を秘匿したこと自体が信義則に反し解雇理由
となり得るとの趣旨をも包含していると解せられるので、この点について考えてみ
る。
 右の主張は、債権者が雇用契約の締結に際し、右の事実を債務者会社に積極的に
告知すべき義務があることを前提とするものである。たしかに、雇用契約は、使用
者と労働者との相互の信頼関係を基盤とする継続的契約関係であるから、労働者は
契約の締結に際し、自己の経歴等労働力の評価に関する重要な事項を使用者に告知
すべき義務を信義則上負うことがあるものと解される。そして、使用者としては雇
用しようとする労働者の経歴についてできる限り多くの事項を知りたいと考えるの
も無理からぬところである。しかし、そうであるからといつて、雇用契約の趣旨に
照らし信義則上必要かつ合理的と認められる範囲を超えてまで労働者にその経歴の
告知を求めることは、労働者の個人的領域への侵害として許されないこともいうま
でもない。労働者の経歴について、右の必要かつ合理的と認められる範囲は、使用
者の事業の内容、当該労働者の予定された職務の内容等を総合勘案して、使用者の
事業に対する社会的信用、労働者の労働力の評価に影響を及ぼすべき事項に限定さ
れると解すべきであろう。
 前記一の1及び2で認定したように、債務者会社の事業内容は航空機に関連する
備品、器材の修理、分解整備を主たる業務とし、民間航空会社や防衛庁等の注文に
より業務を行つており、債権者は航空機のタイヤの修理の仕事に従事することが予
定されていたものである。ところで、債権者がこれに関係して逮捕、勾留、起訴さ
れたいわゆる成田事件は、前記のように成田空港の開港に反対する闘争に関して発
生したものであるから、これにより逮捕、勾留、起訴されたことが債務者会社の事
業の内容に関係がないとはいえないことは明らかである。しかし、右の闘争に参加
した者が直ちに航空機産業の存在や業務自体に反対する思想を有し、そのための行
動に出るものであるということにはならないし、その旨の疎明もない。更に、債権
者は公共職業安定所の求人票により債務者会社に応募し、債務者会社工場の一作業
員となることが予定されていたにすぎないのであるから、債権者が成田事件により
逮捕、勾留、起訴されたことが債権者の労働力の評価とは直接関連を有するもので
ないことは明らかであり、また、債務者会社の事業の特殊性を十分考慮しても、債
権者がその従業員の一員であることが直ちに会社の信用を傷つけ顧客の信頼を損う
ことにつながるものとはいえない。
 そうであるとすれば、債権者は雇用契約の締結に際し、成田事件に関連して逮
捕、勾留、起訴されたことを債務者会社に告知すべき義務を負つていたということ
はできないから、これを秘匿したこと自体をもつて解雇の理由とすることはできな
い。
4 また、刑事事件に関係して逮捕、勾留、起訴されたのは、債権者が債務者会社
へ採用される以前の出来事であるから、就業規則四-三-(24)所定の「刑法上
の処分を受け、又はこれに類する不法行為があつたとき」に該当するとはいえな
い。
5 よつて、本件解雇は、その余の点につき判断するまでもなく、理由の存在が認
められないから、無効である。
五 雇用契約の取消しの主張について
 債務者会社は、債権者が成田事件に関係して逮捕され、起訴され、刑事裁判係属
中であることを秘匿したことは詐欺により債務者会社を欺罔して雇用契約を締結し
たものであるから、雇用契約を取り消すと主張するけれども、債権者が採用面接に
際し、虚偽の事実を申告したものと認めることができないことは、前記四の2に記
載のとおりであるし、債権者が信義則上刑事裁判係属中であることを告知すべき義
務を負うとはいえないことも、前記四の3に記載のとおりであるから、債権者が詐
欺により雇用契約を締結したものということはできず、債務者会社の主張は採用す
ることができない。
六 被保全権利
 よつて、債権者は、債務者会社に対し労働契約上の権利を有する地位にあるもの
と一応認められる。そして、債権者の解雇当時の賃金が一か月基本給金八万六〇〇
〇円、精皆勤手当金五〇〇〇円、資格手当A金二万四〇〇〇円、調整金(Ⅰ)金二
万円、調整給(Ⅱ)金五〇〇〇円、通勤手当金二四一〇円合計一四万二四一〇円で
あり、賃金は毎月一日から末日までの分を翌月一〇日に支払うこととされていたこ
と、債務者会社は解雇の意思表示以降債権者を従業員として認めず、昭和五七年三
月一〇日支払期以降の賃金を支払つていないことは当事者間に争いがない。そうす
ると、債権者は、債務者会社に対し、昭和五七年三月一〇日以降毎月一〇日限り前
記の賃金のうち債権者の主張する金一四万円(通勤手当を除いたもの)の支払を受
ける権利を有することが一応認められる。
七 保全の必要性
 債権者本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、債権者は債務者会社からの賃
金収入により生計を維持していた者であること、債務者会社から賃金の支払を受け
ることができないことにより、その生活は危機に瀕することが一応認められるか
ら、賃金仮払の必要があることは疎明されるが、それ以上に労働契約上の権利を有
する地位にあることを仮に定める必要性があることについては疎明がない。そし
て、賃金仮払の必要性は現段階では、本案の第一審判決の言渡しまでとするのが相
当である。
 よつて、本件申請は、昭和五七年三月一〇日から昭和六〇年一月一〇日までの三
五か月分金四九〇万円及び昭和六〇年二月一〇日から本案の第一審判決言渡しに至
るまで毎月一〇日限り金一四万円の仮払いを求める限度で理由があるから認容し、
その余は失当として却下し、申請費用の負担につき民訴法八九条、九二条ただし書
を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 今井功)

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