弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1本件控訴に基づき,原判決主文第1項を次のとおり変更する。
()被控訴人は,控訴人に対し,1億1793万1619円及び1
これに対する平成9年6月14日から支払済みまで年5分の割
合による金員を支払え。
()控訴人のその余の請求を棄却する。2
2本件附帯控訴を棄却する。
3訴訟費用は第1,第2審を通じてこれを10分し,その1を控
訴人の負担とし,その9を被控訴人の負担とする。
4この判決は,第1項()に限り,仮に執行することができる。1
事実及び理由
第1当事者が求める裁判
1控訴の趣旨
()原判決を次のとおり変更する。1
()被控訴人は,控訴人に対し,1億2395万2413円及びこれに対す2
る平成9年6月14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
()訴訟費用は第1,第2審とも被控訴人の負担とする。3
()仮執行宣言4
2附帯控訴の趣旨
()原判決を次のとおり変更する。1
()被控訴人は,控訴人に対し,106万円及びこれに対する平成9年6月2
14日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
()控訴人のその余の請求を棄却する。3
()訴訟費用は第1,第2審とも控訴人の負担とする。4
第2事案の概要
,,,1本件は被控訴人の運転する乗用車が控訴人の同乗する車の後部に追突し
その衝撃で後遺症として高次脳機能障害になったと主張する控訴人が,被控訴
人に対し,運行供用者責任(自動車損害賠償保障法3条)又は不法行為(民法
709条)に基づく損害賠償として1億2395万2413円及びこれに対す
る不法行為日である平成9年6月14日から支払済みまで民法所定の年5分の
割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
原審は,控訴人の請求を237万7600円及びこれに対する平成9年6月
14日から支払済みまで年5分の割合による遅延損害金の支払を命ずる限度で
認容したところ,控訴人が控訴の趣旨記載の裁判を求めて控訴し,被控訴人が
附帯控訴の趣旨記載の裁判を求めて附帯控訴した。
2前提事実(争いがない事実及び後掲証拠により容易に認定できる事実)
()平成9年6月14日午前10時25分ころ,札幌市d区ef条gh丁目1
i番の交差点(以下「本件交差点」という)において,控訴人の母である。
Aが運転し,控訴人が後部座席に同乗していた軽貨物自動車(車両番号
,以下「本件バン」という)が,右折すべく本件交差点にさしか*********。
かった際,対面する信号機の表示が赤色に変わったため,本件交差点の手前
で停止したところ,同車の後方から本件交差点に向けて進行してきた被控訴
人の運転する普通貨物自動車(車両番号,以下「本件トラック」*********
という)の右フロントバンパー付近が,本件バンのリアバンパー付近に衝。
突した(以下「本件事故」という(争いがない)。)。
()被控訴人は,本件トラックの運行供用者(自動車損害賠償保障法3条)2
である(争いがない)。
()控訴人は,本件事故により,頚椎捻挫の傷害を負った(甲2,69)3。
()控訴人は,頚椎捻挫の診療のため,平成9年6月14日から平成10年4
8月31日までの間に合計187日,B病院整形外科に通院し,また,平成
,。9年7月25日から同年9月8日までの間に合計17日C病院に通院した
(甲2,69)
()被控訴人は,控訴人に対し,本件事故による自動車損害賠償保障法3条5
の責任を認め,控訴人の治療費92万6692円及び通院交通費5600円
の合計93万2292円を支払った(争いがない)。
3争点
()控訴人は,本件事故により,高次脳機能障害を負ったか。1
()損害2
4当事者の主張
()争点()-控訴人は,本件事故により,高次脳機能障害を負ったか。11
(控訴人の主張)
,,()()控訴人は本件事故により脳器質脳実質の損傷びまん性軸索損傷
を被り,これにより後遺症として自動車損害賠償保障法施行令別表第2所定
の後遺障害等級3級3号(神経系統の機能又は精神に著しい障害を残し,終
身労務に服することができないもの)に相当する高次脳機能障害を被った。
その根拠は,次のとおりである。
,,,ア控訴人は本件事故後に高次脳機能障害によると思われる症状を呈し
各種の神経心理学的検査においても高次脳機能障害を示す検査結果が示さ
れ,学業成績も大きく下降した。
イ控訴人の脳機能障害の原因は,本件事故以外に見当たらない。
ウ各種の画像検査や客観的なデータに基づく検査においても,控訴人に高
次脳機能障害が認められる結果が出ている。
エ鑑定結果では,控訴人の現在の病態として,一部矛盾もあるものの,高
次脳機能障害がないとは言い切れず,その責任病巣は,陽電子核磁気共鳴
スペクトロスコピー(H-MRS,以下「MRS」という)検査の標。
準化が十分で,かつ信頼性があるという前提のもとに,前頭葉白質にある
と考えられると判断されている。MRS検査は十分標準化されており,信
頼性に足りるといえるから,控訴人の責任病巣は前頭葉白質にあり,控訴
人の現在の状態は高次脳機能障害であるといえる。
(被控訴人の主張)
脳器質の損傷による高次脳機能障害の発生,本件事故との因果関係はいず
れも否認する。その理由は次のとおりである。
ア高次脳機能障害を認定するためには,次の3要素が必要であるが,控訴
人はそのいずれも満たしていない。
(ア)交通事故によって,脳に対する強い外力が加わり,その結果,画像
で脳の萎縮や脳室の拡大が認められること
(イ)意識障害が一定期間継続していたこと
(ウ)事故後の人格の変化,知能低下が顕著であること
イ本件事故による衝撃は,脳外傷の生じない程度の極めて軽微なものであ
り,加えて,控訴人は,本件事故によって頭部に対する直接の損傷を被っ
ていない。
控訴人には,本件事故後,意識障害が一定期間継続していたことを示す
証拠は,控訴審における控訴人本人の供述以外はない。控訴人の供述は,
多くの検査結果とも矛盾するし,医師免許のない者が施行した一事例を除
き,各検査結果において,控訴人の意識障害が継続していたことが記載さ
れていないのは,不可解と言わざるを得ない。
また,控訴人の大学入試センター試験の受験結果も,控訴人の記銘力喪
失とは矛盾する。記銘力がなければ,このような点数を取得することは不
可能である。控訴人は,自己が望んだような好成績を得られなかった不満
を,本件事故の後遺障害に転化しようとしている。控訴人の控訴審におけ
る記銘力喪失に関する供述は,これまでの検査結果と矛盾することである
し,このような控訴人の性向が,特に消極的な分からないとか答えないと
いった方法で左右される検査結果に反映している。
ウ控訴人の本件事故後の初期の診療においても,脳機能障害が疑われるよ
うな状況はなかった。
エ控訴人が本件事故後に示す症状等は,医学的には心因反応による症状で
あって,外傷性の高次脳機能障害によるものではない。
オ鑑定結果でも,控訴人の現在の記銘力,記憶障害症状が高次脳機能障害
であるとの確認に至らず,全くないとは言い切れないと判断している。鑑
定の判断材料とされた各検査の結果を見てもなお,控訴人が高次脳機能障
害であることが証明されなかったのである。
()争点()-損害22
(控訴人の主張)
控訴人の損害は,次のとおり,1億2395万2413円である。
ア治療費92万6692円
イ通院交通費7万7600円
ウ通院慰謝料198万円
エ後遺障害慰謝料1990万円
オ後遺障害による逸失利益8986万1130円
(計算式)
()499万8700円賃金センサス平成10年産業計全労働者年収額
×100パーセント(労働能力喪失率)
×(18.9292(労働能力喪失期間60年のライプニッツ係数)
-0.9523(同期間1年のライプニッツ係数))
カ弁護士費用1213万3683円
キ既払額▲92万6692円
(被控訴人の主張)
控訴人の損害は,既払額を除くと,次のとおり,106万円である。
ア治療費92万6692円
イ通院交通費5600円
ウ通院慰謝料106万円
エ後遺障害慰謝料0円
オ既払額▲93万2292円
第3裁判所の判断
1前提事実に加えて,後掲証拠及び弁論の全趣旨によれば,次の事実が認めら
れる。
()高次脳機能障害について1
ア定義
認知(高次脳機能)とは,知覚,記憶,学習,思考,判断などの認知過
程と行為の感情(情動)を含めた精神(心理)機能を総称し,病気(脳血
,,)(),管障害脳症脳炎等や事故脳外傷によって脳が損傷されたために
認知機能に障害が起きた状態を高次脳機能障害という(乙4)。
交通事故による頭部外傷後に生ずる記憶障害や人格変化を主徴とする高
次脳機能障害は,脳卒中等による局在性脳損傷から生ずる失行,失認,失
語といった大脳巣症状や従来の高次脳機能障害とはやや趣が異なっている
ところから,新たに脳外傷による高次脳機能障害と呼ぶ見解もある(乙。
5)
財団法人日弁連交通事故相談センター札幌支部及び札幌弁護士会法律相
談センター運営委員会が発行している「高次脳機能障害相談マニュアル」
によれば,高次脳機能障害とは「交通事故によって脳に対する強い外力が
加わり,その結果,通常は画像で脳の萎縮や脳室の拡大が認められるのが
特徴で,一定期間以上の意識障害が持続した結果発生する認知障害と性格
や人格変化が残る障害で,びまん性軸索損傷・びまん性脳損傷による後遺
障害」であるとされている(甲42)。
イ脳損傷のメカニズム(甲14の文献3,文献5)
(ア)脳外傷は,何かで頭を殴られたり,交通事故で自動車のフロントガ
ラスに前頭部をぶつけたり,直接的にしろ間接的にしろ頭部に強い衝撃
が加わって発生する。外傷による脳損傷の特徴は,例えば脳卒中のよう
に病変がどこか1か所ではなくて,種々の病変が多発性に見られること
である。しかし,その発生機序は,大きく分けて接触損傷と加速損傷の
2つに分類される。
(イ)接触損傷
物が頭部に当たった場合,頭蓋骨がたわんで脳にぶつかり,その部分
の脳が破壊されて脳挫傷となる(局所性脳損傷。)
(ウ)加速損傷
頭部に衝撃を受けた瞬間,ふつう頭部は移動する。そのとき頭蓋骨は
脳よりも速く移動するため頭蓋骨と脳は互いに衝突する(直撃損傷。)
また,直撃部の反対側の脳は頭蓋骨の動きに対し,元の位置を保とうと
するので,頭蓋骨と脳の間が陰圧となって(空洞現象)脳が損傷される
(対側損傷。)
加速によって脳損傷が起きるもう1つの機序は,脳が均一な構造物で
はないために,脳に衝撃が加わって移動する時,脳内部に相対的なずれ
(せん断ゆがみ)が起きることである。例えば,自動車に乗っていて正
面衝突した場合,頭部には前後に激しい衝撃が加わるが,そのとき頭部
は頚部を支点にして前屈,後屈と強い回転加速度を受ける。脳幹部,す
なわち,回転の支点に近い脳と前頭部から頭頂部にかけての支点から遠
い脳では,遠い脳の方がはるかに速く移動しなければならない。したが
って,回転加速度がある程度以上大きくなると,脳はその形を保ったま
ま移動できなくなり変形する。このとき脳内部にずれが起きて神経線維
が切れてしまう。臨床的には,びまん性軸索損傷の発生機序として重要
である。
びまん性軸索損傷は,自動車事故で頻繁に起きるとされている。
ウびまん性軸索損傷の特徴(甲14の文献3)
,,びまん性軸索損傷は臨床的には何ら頭蓋内占拠性病変が伴わないのに
受傷直後から高度の意識障害が続くような状態と定義される。言い換える
と,コンピュータ断層撮影法(以下「CT」という)などで調べても明。
らかな脳挫傷や頭蓋内血腫がないにもかかわらず,昏睡が続いている状態
のことをさす。最近の研究によれば,受傷直後に断裂する神経軸索はむし
ろ少なく,少し遅れて軸索の断裂が起きると考えられている。また,CT
や磁気共鳴映像法(以下「MRI」という)で両側性の脳腫張や脳梁,。
脳室周囲,上部脳幹部に散在性の出血や挫傷像を見ることも多いが,何ら
異常認めないこともある。また,軸索損傷という病態は,そんなに重症な
場合のみに見られるとは限らない。脳震とうは,びまん性軸索損傷のごく
軽症型とも考えられる。
びまん性軸索損傷の診断は,臨床的に難しい場合が多々あるということ
が重要である。その理由は2つある。第1は,びまん性軸索損傷は,局所
の脳損傷(脳内血腫や脳挫傷等)と違ってCTやMRIを用いても異常が
はっきりしない場合が多く,症状も非常に多彩であるから,症状と一致し
た客観的証拠が得られにくいという点がある。第2は,びまん性軸索損傷
,,の重症度にもいろいろな程度があり受傷直後から高度の意識障害があり
それが遷延するような重症な場合は,CTやMRI上で異常所見がなくて
もびまん性軸索損傷の存在の予測がつくが,中等度又は軽度のびまん性軸
索損傷では意識障害も比較的早く回復し,CTやMRI上で異常がなけれ
ば脳外傷はないと急性期には見過ごされる可能性がある。
エ高次脳機能障害の外見的所見
高次脳機能障害がびまん性軸索損傷によるものである場合,損傷を受け
た軸索がワーラー変性(神経線維の損傷により末梢の線維に栄養が行かな
いため変性し最終的に軸索が萎縮し破壊される)により萎縮破壊され,。
また,外傷の急性期での呼吸障害等による脳全体の低酸素障害等も相まっ
て,脳萎縮(脳の白質及び灰白質の萎縮)や脳室拡大(脳の白質の萎縮が
進むため脳室が大きくなるので,厳密には脳室拡大は脳萎縮の特殊型とい
える)が生じ,これが慢性期に至ってMRIによる画像やCTによる画。
像等により外見上の所見として明らかになることがある(甲14の文献。
3)
しかし,損傷を受けた軸索の数が少ないため,慢性期に至っても外見上
の所見では確認できないが,脳機能障害をもたらすびまん性軸索損傷が発
生することもあり得る。このような場合は,神経心理学的な検査による評
価に,陽電子放射断層撮影(以下「PET」という)による脳循環代謝。
等の測定結果を併せて,びまん性軸索損傷の有無を判定していくことにな
る。
外傷性による高次脳機能障害は,近時においてようやく社会的認識が定
着しつつあるものであり,今後もその解明が期待される分野であるため,
現在の臨床現場等では脳機能障害と認識されにくい場合があり,また,昏
睡や外見上の所見を伴わない場合は,その診断が極めて困難となる場合が
あり得る。
オ高次脳機能障害の症状(甲14,42,74,乙4)
障害の臨床像としては,注意力や集中力の低下,古い記憶は保たれてい
るのに新しいことが覚えられない,感情や行動の抑制が利かなくなる,よ
く知っている場所や道で迷う,言葉が出ない,ものによくぶつかる等の症
状が現れ,周囲の状況に見合った適切な行動がとれなくなり,生活に支障
を来すようになる。
そして,外傷性の高次脳機能障害による症状は,主として,認知障害と
人格変化であり,認知障害としては,記憶障害,注意障害,遂行機能障害
(前頭葉機能障害)があり,人格変化としては,行動・情緒障害がある。
その他の症状としては,失語症,空間,病態,相貌の失認症,失行症もあ
る。
カ認定又は診断の目安
上記の「高次脳機能障害相談マニュアル」によれば,高次脳機能障害に
該当するかどうかのメルクマールとして,①交通事故による脳の損傷があ
ること(画像所見で,微細なものでも脳萎縮又は脳室の拡大が少なくとも
3ないし4か月後以内に確認されること,②一定期間の意識障害が継続)
したこと(頭部外傷の意識障害として半昏睡から昏睡で開眼,応答しない
状態,刺激をしても覚醒しないが,痛みや刺激に対し払いのけるような動
作をするレベルが6時間以上継続すること,③一定の異常な傾向が生じ)
ることの事項に該当する場合,高次脳機能障害の可能性があるとされ,同
様の基準を示した裁判例(甲13)もある(甲13,42)。
ただし,②のメルクマールに関して,意識障害を伴わない軽微な外傷で
も高次脳機能障害が起きるかどうかについては見解が分かれており「5,
分間程度の短期間の意識消失が起こる軽度頭部損傷でも,より軽い軸索損
傷は起こることが明らかになっている」とする文献や似たような記述の文
献もあるとの指摘がある(甲14)。
キ本件で用いられた画像診断等の内容(甲14,28ないし31,79,
弁論の全趣旨)
なお,脳の形態と機能を部位的に調べるために現在使われている技術の
どれであっても,脳障害の範囲の正確な像を得ることは,通常可能ではな
い。
(ア)MRI
磁場を用いて生体の断層像を撮影する。
(イ)PET
代謝経路の明らかな標識化合物(半減期が短い)を生体に投与し,そ
の核種が崩壊する過程で放出する陽電子が消滅する際に出る電磁波によ
り,投与した標識化合物の位置と量を検出し,これを画像で表示して代
謝や脳の血流量等を測定する。
(ウ)単一ガンマ線放射断層撮影(以下「SPECT」という)による。
3次元脳表層血流画像解析(以下「3D-SSP」という)。
生体と近縁でない標準化合物(半減期が長い)を生体に関与し,その
核種が放出するガンマ線を検出し,これを画像で表示して脳血流量を測
定する。
(エ)MRS
核磁気共鳴の信号を,分子内の位置によって核種の共鳴周波数に差が
生じる特性を利用して分析することにより,生体内の核種だけでなく分
子の分布を調べるものであり,脳において,同検査によりコリン複合体
(Cho)のクレアチン等の複合体(Cr)との比率が上昇しているこ
とが判明すれば,細胞障害の膜変化に起因するコリン複合体が形成され
ている可能性がある。
()本件事故前の控訴人2
ア控訴人は,昭和56年▲月▲日に生まれ,平成9年3月にa中学校を卒
業し,b高等学校に進学し,父親の転勤のため,本件事故直前の同年6月
11日にc高等学校に転入した(甲8,11,35の1)。
イ本件事故前の成績
(ア)控訴人のa中学校での成績は,5段階評価で,国語及び社会が4又
は5,数学及び理科が4,技術家庭が3又は4であり,意欲的な学習態
度や学習習慣の定着,学習意欲旺盛,几帳面,努力家という評価であっ
た(甲8)。
(イ)控訴人は,a中学校に在籍中,学内の漢字コンクールで約650人
中10番程度の優秀な成績を続けて修め,また,作文についても,感想
文コンクールで優秀賞を取るなど,優秀な成績を修めていた(甲44。
ないし50)
(ウ)控訴人のb高等学校の入学試験の成績は,受験者平均点を若干下回
る総得点であり(国語と数学が平均点を上回り,社会,理科及び英語は
平均点を下回った,240人中124番であったが,これを北海道。)
の公立高等学校全日制全体と比較すると,どの科目も平均点を上回り,
。,特に数学の得点は他の科目と比べて平均点を大きく上回っていたまた
平成7年5月27日に実施された第3回全校英単語テストでは学年上位
3分の1の成績を修めていた(甲9,10,51の1,2)。
ウ控訴人の性格
控訴人は,明るく優しく,弟や妹を可愛がる優しい家族思いで,生き生
きとして,人生の目標である大学の医学部進学を目指して勉強していた。
(甲104)
()本件事故の状況3
ア平成9年6月14日午前10時25分ころ,札幌市d区ef条gh丁目
i番の本件交差点において,Aが運転し,控訴人が後部座席に同乗してい
た本件バンが,右折すべく本件交差点にさしかかった際,対面する信号機
の表示が赤色に変わったため,本件交差点の手前で停止したところ,同車
の後方から本件交差点に向けて進行してきた被控訴人の運転する本件トラ
ックの右フロントバンパー付近が,本件バンのリアバンパー付近に衝突し
た(前提事実)。
イ控訴人は,本件事故直前に,本件バンの後部座席のやや左側に座り,右
窓のほうを見ながら,右足は床中央部の高くなっている部分に置き,左足
,,,は床の低い部分に置いて上半身は右横を向いて右肘を背もたれにかけ
体重も背もたれに寄りかかった状態で乗車していた。控訴人は,追突され
,,(,た際前へ強い力で押し出され投げ出されるような衝撃を受けただし
頭部がどこかにぶつかったかどうかは不明である,目の前が真っ暗に。)
なった。そして,控訴人は,強い吐き気を感じる一方で,母親であるAが
救急車で搬送され,血圧が200にもなっているのを見て,母親が死んで
しまうのではないかと心配した(甲37,当審における控訴人)。
ウ本件バンの本件事故による損傷は,衝突による衝撃を受けたリアバン
パーの中央やや右よりの箇所が数センチメートル内側にへこみ,後部荷台
の鉄板が変形したというものであり,その修理としては,リアバンパーの
交換(部品価格1万5200円及び工賃2600円,バックパネルの板)
金修理(工賃4800円)及び塗装(工賃2万4500円)等であり,そ
の費用は合計5万円(消費税相当額を加算し100円未満値引き)であっ
た(甲37,38,104,乙1の1ないし11)。
エ本件トラックの本件事故による損傷については,外見上目立った損傷箇
所がなく,別の事故により廃車されるまでの間修理されることなく使用さ
れていた(乙2)。
オAは,本件事故の際,シートベルトを装着し,その運転席にはヘッドレ
ストがあったが,本件事故により,平成9年6月20日から同年7月31
日まで入院し,頚椎捻挫による神経症状を残す障害を負った。自動車保険
料率算定会は,平成10年10月19日,当該障害が自動車損害賠償保障
法施行令別表第2所定の後遺障害等級第12級12号(局部に頑固な神経
症状を残すもの)に該当するとの事前認定をした。また,財団法人交通事
故紛争処理センターは,平成11年12月14日,Aの賠償金として88
3万8479円とする裁定をした(甲35の1,36,37,乙12)。
()本件事故直後の控訴人の状況4
ア控訴人は,本件事故後,救急車でB病院整形外科に搬送され,平成10
年9月1日に,同年8月31日付けで症状固定と診断されるまでの間,約
2日に1回の割合で,同病院で治療を受けた(甲2,37)。
,,,イ控訴人は平成9年6月28日ころ舌がもつれて上手くしゃべれない
発音するときの口の形がおかしい,国語や英語の教科書の言葉や文の意味
が分からなくなって,読むのがたどたどしくなったと感じた。そして,控
,,,,訴人はB病院整形外科に入院していたAに対し電話で上記のとおり
,,,感じたことを話した上さらに黒板の文字の1字ずつがばらばらに見え
単語として頭の中に入ってこないため,授業中にノートを写せない,頭の
中がすごく熱い,歩くとフラフラする,毎日登山をしたみたいにひどく疲
れる,毎日いつも大変眠いなどと電話で話した。Aは,控訴人の妹(当時
中学1年生)からも,控訴人がすぐ怒鳴ったり,怒ったりするようになっ
たと電話で聞いていた(甲35の1,37,当審における控訴人)。
ウ控訴人は,平成9年6月28日,D歯科クリニックにおいて,舌の動き
や発音が変である旨をE歯科医師に訴えた(甲43,68,当審におけ。
る控訴人)
()その後の控訴人の状況5
アc高等学校での成績
(ア)控訴人が本件事故直後の平成9年6月18日に友人にあてた手紙で
は,文面の内容に特段異常な点はなく「一番「手紙「今日「学年」,」」」
「高校「教科書「宿泊学習「明日「食堂「網走「想う「控訴」」」」」」」(
人の名「札幌」といった漢字の記載も見受けられ,あて名や住所等)」
も自分の名(控訴人の名)を除き漢字で記載されているものの「て(),
がみ「げんき「せいと」といった漢字の表記をしてもいい記載がひ」」
らがなでされている(甲33の1,2)。
(イ)控訴人のc高等学校での成績は,5段階評価で平均3.6であり,
これを科目別にみると,国語3.8,地理歴史4.5,公民4.3,数
学2.8,理科3.5,保健体育3.2,芸術3.5,外国語3.8,
家庭4.5であって,ホームルームの委員も務め,信念を持った努力家
であり礼儀正しく真面目で誠実であるとの評価であった(甲11)。
これを試験の中身等で具体的に見ると,業者主催の模擬試験では,数
学の計算問題以外の部分や英文法等において誤答が目立つようになっ
た。例えば数学では,初歩の因数分解や関数,更に三角比等の図形関連
の問題は正解が目立つが,2次関数の頂点を求めるといった解析関連の
問題では誤答が目立ち,英語では話法の転換や仮定法といった文法が絡
む問題での誤答が目立った(甲52,53の1ないし3,54,55。
の1ないし3,56,57,58,59の1,2,60の1,2,61
の1,2,62の1ないし3,63)
(ウ)平成11年5月ころの控訴人の数学の学習状況は,不等式と関数,
,,二重平方根の計算や因数分解について解答できているが控訴人本人は
頭痛その他の体調の悪さを自覚する状態であった(甲34)。
(エ)控訴人の平成14年度の大学入試センター試験の成績は,英語が2
00点満点で110点,数学が合計200点満点で48点,国語が20
0点満点で143点,物理が100点満点で36点,現代社会が100
点満点で65点であった(甲12)。
(オ)控訴人の平成15年度の大学入試センター試験の成績は,英語が2
00点満点で87点,数学が合計200点満点で61点,国語が200
点満点で53点,総合理科が100点満点で52点,現代社会が100
点満点で76点であった(甲71)。
イ就労
控訴人は,平成13年8月から平成14年10月末まで,蕎麦屋で週3
日間,午後4時から午後8時30分までアルバイトをしていたものの,事
実上,解雇となり,以後,職につくことなく,現在は放送大学で通信教育
を受けている(甲37,当審における控訴人)。
ウ保険給付等
社会保険庁長官は,平成15年2月27日,控訴人に対し,同人の障害
の等級を国民年金法施行令別表所定の第2級16号に当たるとして,国民
年金法による保険給付を行うことを決定し,また,同年5月12日,札幌
市は,控訴人に対し,障害等級を2級として,精神保健及び精神障害者福
祉に関する法律45条所定の保健福祉手帳を交付した(甲70,78)。
エ日常生活
控訴人は,食事には1時間程度かかり,また,食べたことも忘れたり,
残した食事を自ら冷蔵庫に保管しながら,そのまま忘れてしまうこともあ
る。洗った洗濯物を干したり,たたんだりすることはできるが,たたんだ
洗濯物を種類別に分類してそれぞれの場所に戻すことができない。買い物
は,頼まれたものを忘れたり,頼まれたこと自体も忘れたりする。掃除機
をかけても雑になり,家具にぶつけたり,ゴミ入れをひっくり返したりす
る。控訴人の部屋は,洋服や本が乱雑に散らかり整理整頓することができ
。,。なくなった自分でしたことを忘れたり物を探すことができなくなった
本件事故後は感情のコントロールができなくなり,最近では,突然,弟や
妹を叩いたり,時には,母親の顔面を平手で叩いたりする。控訴人は,本
件事故後,全般的に意欲が低下し文句を言うようになり,家族が言わない
とぼーとしているか,横になっていることが多くなった(甲104,当。
審における控訴人)
()控訴人の診療経過6
ア控訴人は,本件事故直後から通院していたB病院整形外科のF医師に対
し,当初は軽い頸部痛のみを訴えたが,事故後3週目ころからは,それに
,,,。(,加えて頭痛両手足のしびれ吐き気を訴えるようになった甲77
乙9)
F医師は,控訴人の愁訴に係る症状について,頚椎捻挫に伴うバレ・リ
ュー症候群(後部頚神経系が動脈を介して頭蓋内に入る刺激状態であり,
頚椎捻挫等に刺激され,頭痛やめまいなど多彩な症状を呈する)として。
説明することができるが,外傷性の高次脳機能障害による症状と診ること
も十分合理性があるとしている(甲77)。
イ控訴人は,本件事故から約3週間後,通院していたC病院において,頭
痛,両手足のしびれ,吐き気を訴えていた(甲69)。
ウF医師は,平成9年10月31日,控訴人について,頚椎捻挫で通院加
療中のため体育の実技に関しては軽い運動以外は禁ずるとの診断書を作成
した(甲15)。
エF医師は,平成10年9月1日,自動車損害賠償責任保険後遺障害診断
書において,控訴人の後遺障害等について次のとおり診断した(甲2)。
(ア)症状固定日
平成10年8月31日
(イ)傷病名
頚椎捻挫
(ウ)自覚症状
頚部痛(自発痛,運動痛,運動制限,頭痛,吐き気,めまい,両手)
両上肢脱力
(エ)精神・神経の障害,他覚症状及び検査結果
反射正常
握力右13キログラム,左13キログラム
頚椎疼痛性可動域制限
両腕に軽度知覚鈍麻
X線写真,MRI異常なし
(オ)脊柱の障害
頚椎部運動障害前屈70度,後屈45度
右屈40度,左屈40度
右回旋70度,左回旋70度
常時コルセット装用の必要性なし
(カ)障害内容の憎悪・緩解の見通し
症状は固定的だが,長期には改善の見込みあり。
オ控訴人は,平成10年,F医師に対し,記憶力の低下や言葉が出ない等
の症状を訴え,F医師は,これを受けて,同年11月17日,G病院脳外
科のH医師に対し,控訴人の診療を依頼した(甲41)。
カ控訴人は,平成11年5月25日,頭痛,頚部の筋緊張,視野狭窄等の
症状の診療のため,I病院リハビリテーション科に通院し,同年7月16
,,,日から同年8月6日までの間同病院に入院したところ同月7月26日
同病院において,控訴人の頭部のMRIが撮られたが,同画像(甲5)に
は,脳室拡大や脳萎縮といった外傷を疑わせる外見上の形跡が見当たらな
かった。なお,同画像によれば,控訴人の脳は,左側が右側に比べて側頭
葉が上方に持ち上がった形をしている(甲5,16,乙3)。
上記の診療と検査の結果,I病院リハビリテーション科は,検査で控訴
人に器質性の脳損傷は認められなかったとし,控訴人の愁訴を医学的に診
断し治療することは困難であると判断して,本件事故後の心理的な反応に
ついて対症的に治療することを控訴人に勧めた(甲17)。
キJ病院に勤務していたK医師は,平成12年7月ころ,控訴人と会う前
の段階で,同人の診断書等を見て,控訴人が知能レベルは十分保たれてい
るが記憶障害と認知障害による自己の同一性障害が生じていると考えられ
ること,自分が診てきた50名以上の高次脳機能障害の患者にも控訴人と
似た症状が出ていること,外傷との因果関係について断定はできないが十
分立証できると思うことを記載した文書(甲3)をA及び控訴人に交付し
た(甲3,14)。
ク控訴人を診療していたL病院精神神経科のM医師は,平成12年8月2
1日,K医師に対し,控訴人の症状について総合的な評価が難しい,心理
テストではウェクスラー成人知能検査で数唱の落ち込みが受傷後間もない
ころから一貫しており何らかの意味がありそうであるとの連絡をした甲。(
18)
ケK医師は,平成14年6月28日,自動車損害賠償責任保険後遺障害診
,。()断書において控訴人の後遺障害等について次のとおり診断した甲4
(ア)症状固定日
平成10年8月31日
(イ)傷病名
頭部外傷後遺症高次脳機能障害(器質性精神障害)
(ウ)自覚症状
簡単な文字(漢字)を思い出せない。数唱が困難(電話番号など。)
計算間違いも多い。人の話や物事に関する理解度が落ちている。疲れや
すく,長く集中できない。新しいことが覚えられない。
(エ)精神・神経の障害,他覚症状及び検査結果
ウェクスラー成人知能検査(平成14年6月25日施行)にて,言語
性=103,動作性=131,全IQ=116と平均値を上回る値であ
。,,,。るしかし各検査ごとに休憩が必要など疲れやすく長続きしない
また,言語性において数唱や算数の問題が極端に低く,即時記憶の低下
。(),に関係していると考えられる浜松式高次脳スケール同日施行でも
同様の結果がみられた。簡単な文章の理解も困難であり,知能の高さに
比し日常的なことで支障をきたすものと考えられる。
(オ)障害内容の憎悪・緩解の見通し
,。現在の状態が終生続くものと考えられ現時点で改善の見込みはない
コ控訴人は,平成14年8月28日,I病院において,PETによる脳血
流の画像測定を受けた。同病院のN医師及びO医師は,翌29日,これに
基づき,控訴人の左側頭葉底部に局所的な血流低下,酸素代謝低下を示す
との診断をした(甲7)。
K医師は,平成14年10月10日付けの意見書において,上記の血流
低下等が控訴人の高次脳機能障害を裏づける根拠となるとしている(甲。
14)
サK医師は,平成14年10月10日付けの意見書において,大要次のよ
うな理由で,控訴人の症状が高次脳機能障害であって,自動車損害賠償保
障法施行令別表第2所定の後遺障害等級5級2号に該当しその労働能力喪
失率が79パーセントであるとした(甲14)。
(ア)控訴人の症状について
控訴人には,自動車損害賠償責任保険の算定実務や日本弁護士連合会
の意見(甲42)において高次脳機能障害と診断するための要件とされ
(),ている一定期間以上の意識障害意識不明が継続が見られなかったが
高次脳機能障害は研究が始まったところであり厚生労働省も平成13年
春にモデル事業を始めたばかりであって,いまだ定義,原因,症状の現
れ方等に関する考え方が確立していない。このような状況では,高次脳
機能障害の判断が若干拡大解釈となることは必然であり,同障害でない
と絶対に言い切れない以上は同障害の可能性が高いと考えて差し支えな
い「疑わしきは被害者側の利益に」という法の理念がこの場合も貫か。
れるべきである。
平成14年6月20日のAの手記にある控訴人の症状(漢字が思い出
せない等の学力低下,人からの説明の理解や人への説明が困難である等
のコミュニケーション障害,新しい事が覚えられない等の記憶障害,集
中力や持続力が欠如する等の注意障害,自ら判断し計画することができ
ない遂行機能障害,物事に対する意欲の低下,ささいなことで怒り感情
が爆発する行動情緒障害,子供っぽくなる退行性,気になることを繰り
返す固執性,頭の中に何か入っているような右側頭部から後頭部にかけ
ての頭痛や易疲労感)は,すべて高次脳機能障害の典型的な症状と一致
している。ウェクスラー成人知能検査等については,上記のとおりであ
る。このような障害のため数学の成績が事故前に比べて著明に低下し,
希望していた大学医学部への進学も断念せざるを得ない状況である。こ
のような控訴人の症状は,生まれつきの性格や思春期の特有な心理状態
として片づけられず,医学的に高次脳機能障害(器質性精神障害)と診
断するのが最も的確である。
(イ)本件事故との因果関係について
控訴人は,本件事故により頭部に一定の衝撃を受けた結果,回転加速
度により脳の移動が生じ,これによりびまん性軸索損傷が発生し,脳震
。,とうの状態になった控訴人の現在の症状のきっかけは本件事故であり
医療体制の不満や同障害に対する社会的な整備の未熟さがその症状を悪
化させたといえる。
シP大学医学研究科高次脳機能学分野のQ教授は,平成14年10月15
日付け意見書において,次のとおり,控訴人が明確かつ典型的な高次脳機
能障害を負ったと述べる(甲94,98)。
(ア)人間の脳の中で最も高次な脳領域は前頭連合野であり,ワーキング
メモリ(行動や決断に必要な情報(記憶情報を含む)を一時的に保持・
操作して適切な行動や決断を導く機能,予行記憶(これからすべき目)
的のための手順・過程に関する記憶,反応抑制(自分の行動や感情を)
状況に応じて適切に抑制する機能で「理性」の基礎,心の理論(他,)
人の気持ちを推測したり,他人の立場に立ったりする機能,総合的知)
能といった高次脳機能を担っているが,これらの一部又はすべての障害
が高次脳機能障害の最も適切な定義の1つである。
(イ)前頭連合野の高次脳機能は,従来の心理テストや精神鑑定などでは
十分測定できず,各機能ごとに適切かつ標準的な検査方法がある。ワー
キングメモリについては,数-バックテスト,遅延反応テストが,予行
記憶については,現在定量的かつ標準的なものはまだないが,定性的に
は,ある目的地と時間を設定し,そこに来る過程での行動を定性的に調
べる方法が,反応抑制については,テストが,心の理論につGO/NOGO
いては「サリーとアン」テストが,総合的知能については,の,Raven
知能テストが,それぞれ適切かつ標準的な検査方法である。
,,(ウ)控訴人の前頭連合野の機能テストをした結果は次のとおりであり
検査結果から,控訴人が高次脳機能障害をもつことは明らかである。
a数-バックテストでは,1バックテストでも遂行不能で正答率0
パーセントであるところ,幼稚園の年長(5歳から6歳)でも1バッ
クテストの正答率は100パーセントに近いので,控訴人の成績は6
歳児以下である。
b遅延反応テストでは,遅延期が2秒では遂行可能だが,4秒以上で
は遂行不能であるところ,幼稚園の年長では,8秒で100パーセン
トに近い正答率を示すので,控訴人の成績は,6歳児以下である。
c予行記憶テストとして,控訴人は,自宅からある目的地にある時間
に来てもらう約束をしたところ,控訴人は,約束の時間から20分ほ
ど前に目的地を忘れ,携帯電話に連絡してきた。その際に,目的地と
約束の時間をメモ書きした。この行動は予行記憶が障害された際の典
型的なものである。
dテストでは,遂行不能で,6歳児でも正答率は50パーGO/NOGO
セント程度なので,控訴人の成績は6歳児以下である。
e「サリーとアン」テストでは,誤答で,このテストは6歳児で正答
できるようになるので,控訴人の成績は6歳児以下である。
RavenIQgIQfの知能テストでは,は65(偏差値26)で,通常の
の場合「精神遅滞」とみなされる値である。
(エ)控訴人のワーキングメモリ,反応抑制,心の理論の能力は6歳児以
下である。予行記憶も障害されている可能性が高い。また,が75IQg
,,,以下の場合人生におけるリスクが大きく控訴人の場合は65なので
社会生活・人生に大変なリスクを負っていると見るのが相当である。
ス平成14年10月21日,R病院において,控訴人の頭部について,S
PECTによる3D-SSPがされたところ,右頭頂葉と後頭葉境界部の
内外側皮質及び両側の帯状回後部皮質に局所性の血流低下部位があること
を示す画像となった(甲29)。
,,S療育センターのT医師は平成15年3月9日付けの意見書において
上記の画像をもって当該血流低下があったとし,当該血流低下が本件事故
により前頭葉白質のびまん性軸索損傷に加えて前脳基底部の神経系にも損
傷が生じたことによるものであるとしている(甲28)。
これに対し,UクリニックのV医師は,平成15年7月22日付けの追
加意見書において,SPECTによる3D-SSPは,ここ数年間脳専門
学会においてある程度研究が進み議論されている検査であって,いずれも
標準化されたとはいえない研究段階のものであり,健常者と思われる被検
者の脳血流量を立体画像として構成しこれを脳の各部分の正常値として用
いるため,その正常値自体が信頼性をどの程度持つかということについて
一定の結論が出ていないところであり,脳腫瘍や脳梗塞など明らかな器質
的脳病変に対してはある程度評価が定まりつつあるが,わずかな検出値の
異常を器質的脳損傷の根拠とすることは精度や理論的根拠に無理があると
して,上記の画像から脳外傷の器質的病変の存在を推認することはできな
いとしている(乙11)。
セV医師は,平成14年12月18日付けの意見書において,上記の画像
における血流及び酸素代謝の矢状断,冠状断,軸断の分布状況を見ると,
左側頭葉下面でいずれも赤みが少ない,すなわち分布低下のように見える
が,控訴人の頭部のMRIの画像(甲5)によれば,控訴人の脳は左側が
右側に比べて側頭葉が上方に持ち上がった形をしているため,上記の赤み
が少ない部分は実際には脳がない部分であり,この画像が局所的な血流低
下を示すものにはならないとしている(乙3)。
さらに,V医師は,平成16年10月25日付け意見書において,上記
のQ教授の高次脳機能障害の定義,検査法等について,標準的ではない等
と批判的な意見を述べている(乙18)。
また,T医師も,平成15年3月9日付けの意見書において,上記の画
像について,SPECTによる3D-SSPでは同じ部位に血流低下が見
られないこと,控訴人の左側頭葉先端部が解剖学的に小さいことから,上
記の診断において血流低下等とされた点は構造の左右差のために生じた見
かけ上の異常であるとし,V医師と同旨の意見を述べている(甲28)。
ソ平成15年1月6日から10日にかけて,R病院において,控訴人に対
するウェクスラー記憶尺度テスト及びリバーミード行動記憶検査がされ,
いずれも中等度の記憶障害(外出には付添いが必要な程度)との判定がさ
れた(甲32)。
平成15年2月27日及び同年3月6日,同病院において,控訴人の頭
部について,MRSによる検査をしたところ,前頭葉白質において,控訴
人のCho/Cr比の数値は,正常値が0.65であるのに対し,同年2
月27日の検査では左上中部0.88,左上後部0.89であり,同年3
月6日の検査では右側の検査箇所8箇所のうち0.8を超えた箇所が6箇
所で平均が0.87となった(甲30,31)。
T医師は,平成15年3月9日付けの意見書において,上記の検査結果
について,Cho/Cr比の異常な上昇が見られ,その原因として細胞障
害後の膜変化によるコリン複合体(Cho)の増加の可能性を指摘し,こ
れが控訴人の脳の器質性障害を示す根拠になるとした(甲28)。
これに対し,V医師は,MRSは,SPECTによる3D-SSPと同
じく,ここ数年間脳専門学会においてある程度研究が進み議論されている
,,検査であっていずれも標準化されたとはいえない研究段階のものであり
個体のばらつきや検出領域設定を少し変えると全く違った結果を生じるな
ど,標準化された脳機能検査にはほど遠く,脳腫瘍や脳梗塞など明らかな
器質的脳病変に対してはある程度評価が定まりつつあるが,わずかな検出
値の異常を器質的脳損傷の根拠とすることは精度や理論的根拠に無理があ
るとして,上記の検査結果により脳外傷の器質的病変の存在を推認するこ
とはできないとしている(乙11)。
なお,その後,比較対象すべき被検者を6名に増やしてMRSによる検
査をし,その結果と控訴人の検査結果とを比べたところ,前頭葉白質右前
角外側においてCho/Cr比が控訴人のみ0.8を超える(0.87)
という結果が出た(甲79)。
タT医師は平成15年3月9日付けの意見書において大要以下の(ア),,,
(イ)の理由で,控訴人につき,受傷時に加わった脳への突発的な回転性外
力が,脳の皮質(神経細胞のあるところ)ではなく脳の前頭葉の白質(神
経軸索のあるところ)にびまん性の軸索のミクロな損傷をもたらし,帯状
回後部などに2次的な脳血流の低下を生じさせた,本件事故による短時間
の意識障害に伴う頭部外傷を契機に,注意集中力障害,記憶障害,学習障
,,,害前庭小脳機能障害自律神経機能障害などの高次脳機能障害が起こり
現在はほぼ症状が固定しているとの意見を述べている(甲28)。
(ア)控訴人には,即時記憶や近時記憶等の記憶障害,前頭基底部健忘を
示す時系列的記憶の障害,注意力集中力の障害,漢字などの読み書き系
や数唱などの聴覚系の継次的情報処理面での学習障害,脳幹部等の平衡
機能の失調による歩行時のふらつきや体温調節等の自律神経失調症状が
見られる。
(イ)SPECTによる3D-SSPによれば,控訴人の頭部には,右頭
頂葉と後頭葉境界部の内外側皮質及び両側の帯状回後部皮質に局所性の
血流低下部位があり,これは,健忘症状が特徴であるアルツハイマー病
の初期に生じる変化に似ているところ,これは,脳の急激な回旋による
大脳皮質下の白質のびまん性軸索損傷による大脳基底部や側頭葉皮質に
生じた変化による2次的な機能低下によるものである。
MRSによる検査によれば,控訴人の頭部には,前頭葉の白質に組織
レベルというよりは細胞レベルの異常の存在が示唆された。
T医師は,同年4月20日付けの補充意見書(甲64,控訴人の学校で
の成績を分析したもの,同年6月9日の第2補充意見書(甲66,昏睡)
が生じない場合でも外傷性の脳器質損傷があり得ること,同年6月9日)
付けの第3補充意見書(甲67)及び同年10月12日付けの意見書(甲
79)でも概ね同旨の意見を述べている。
チV医師は,平成14年12月18日付けの意見書において,控訴人が示
す症状は,高次脳機能障害によるものではなく,身体表現性障害(物事が
自分の思いどおりにならないときに葛藤を解決するための代理症として身
体精神症状を呈する障害)及び反応性抑うつ状態(慢性的に身体にストレ
スをかけた結果もともと少ないストレス耐性が枯渇して何もできなくなる
状態)による症状ととらえられ,本件事故がこのような症状の発現に関与
した割合はわずかであって,症状を呈するきっかけを与えた程度にすぎな
いとし,平成15年7月22日付けの追加意見書においても同旨の意見を
述べている(乙3,11)。
()鑑定の結果7
当審の鑑定人であるW大学脳神経外科学講座の医師は,本件におけるX
ほとんどの証拠を検討した結果,控訴人の現在の症状について,自覚症状や
高次脳機能検査の結果からは,集中力障害,記銘,記憶障害の存在が疑われ
ること,MRS検査の標準化が十分であれば器質的損傷は前頭葉白質病変で
ある可能性が考えられること,控訴人の現在の病態について,高次脳機能障
害がないとは言い切れないと結論づけている。
また,同じく,当審の鑑定人であるW大学病院第一内科のY医師は,本件
におけるほとんどの証拠を検討した結果,控訴人の現在の症状について,自
覚症状から,控訴人には,注意集中力の障害,記憶障害,学習障害,情緒障
害,頭痛などが疑われること,自覚症状及び高次脳機能検査結果からは,少
なくとも集中力の低下,記銘力,記憶障害があることから,控訴人の現在の
病態について高次脳機能障害がないとは言い切れず,その責任病巣はMRS
の信頼性があるという前提のもとに,前頭葉白質と考えるのが相当であると
結論づけている。
これに関連して,T医師は,MRS検査によって通常のMRI検査では検
(),出できない大脳皮質の器質的病理的変化を検出することができるとして
その信頼性について述べる(甲103)。
2控訴人が本件事故により高次脳機能障害を負ったか(争点())について検1
討する。
()控訴人には,上記認定事実によれば,本件事故前と本件事故直後で,次1
のとおり,明らかな障害及び性格の変化が生じている。
ア本件事故前の状況
,,,控訴人のa中学校での成績は5段階評価で国語及び社会が4又は5
数学及び理科が4,技術家庭が3又は4であり,意欲的な学習態度や学習
習慣の定着,学習意欲旺盛,几帳面,努力家という評価であり,学内の漢
,,字コンクールで約650人中10番程度の優秀な成績を続けて修めまた
作文についても,感想文コンクールで優秀賞を取るなど,優秀な成績を修
めていた。b高等学校の入学試験の成績は,受験者平均点を若干下回る総
得点であり(国語と数学が平均点を上回り,社会,理科及び英語は平均点
を下回った,240人中124番であり,平成7年5月27日に実施。)
された第3回全校英単語テストでは学年上位3分の1の成績を修めてい
た。
控訴人は,明るく優しく,弟や妹を可愛がる優しい家族思いで,生き生
きとして,人生の目標である大学の医学部進学を目指していた。
イ本件事故直後の状況
控訴人は,本件事故後から,舌がもつれて上手くしゃべれない,発音す
るときの口の形がおかしい,国語や英語の教科書の言葉や文の意味が分か
らなくなって,読むのがたどたどしくなった,黒板の文字の1字ずつがば
らばらに見え,単語として頭の中に入ってこないため,授業中にノートを
写せない,頭の中がすごく熱い,歩くとフラフラする,毎日登山をしたみ
たいにひどく疲れる,毎日いつも大変眠いと感じ,その旨をAやF医師に
報告していた。
控訴人は,平成9年6月28日,歯科クリニックにおいて,舌の動きや
発音が変である旨を歯科医師に訴えていた。
控訴人の母親であるAは,控訴人の妹(当時中学1年生)から,控訴人
がすぐ怒鳴ったり,怒ったりするようになったと聞いていた。
()本件に表れた全証拠からは,控訴人の上記のような障害及び性格の変化2
の原因は本件事故以外には考えられない。そして,控訴人のこのような変化
について,控訴人が高次脳機能障害であるとして説明する専門家の意見と高
次脳機能障害ではなく,転換性ヒステリー症状であるとして説明する専門家
の意見がある。
そこで,まず,高次脳機能障害の特色等について検討する。
ア高次脳機能障害とは,知覚,記憶,学習,思考,判断などの認知過程と
行為の感情(情動)を含めた精神(心理)機能を高次脳機能と総称される
が,自動車事故等により脳が損傷されたために,認知機能に障害が起きた
状態を高次脳機能障害という。特に,交通事故による場合を従来の高次脳
機能障害と区別して脳外傷による高次脳機能障害と呼ぶこともある。
外傷性の高次脳機能障害による症状は,主として,認知障害と人格変化
であり,認知障害としては,記憶障害,注意障害,遂行機能障害(前頭葉
機能障害)があり,人格変化としては,行動・情緒障害がある。
イ外傷による脳損傷のメカニズムは,直接的にしろ間接的にしろ頭部に強
。,,い衝撃が加わって発生するその特徴は病変がどこか1か所ではなくて
種々の病変が多発性に見られることである。その発生機序は,大きく分け
て接触損傷と加速損傷の2つに分類され,本件で問題となるのは,加速損
傷である。
頭部に衝撃を受けた瞬間,ふつう頭部は移動し,そのとき頭蓋骨は脳よ
りも速く移動するため頭蓋骨と脳は互いに衝突する(直撃損傷。また,)
,,直撃部の反対側の脳は頭蓋骨の動きに対し元の位置を保とうとするので
()()。頭蓋骨と脳の間が陰圧となって空洞現象脳が損傷される対側損傷
加速によって脳損傷が起きるもう1つの機序は,脳が均一な構造物ではな
いために,脳に衝撃が加わって移動する時,脳内部に相対的なずれ(せん
断ゆがみ)が起きることである。自動車に乗っていて衝突した場合,頭部
,,には前後に激しい衝撃が加わるがそのとき頭部は頚部を支点にして前屈
後屈と強い回転加速度を受ける。脳幹部,すなわち,回転の支点に近い脳
と前頭部から頭頂部にかけての支点から遠い脳では,遠い脳の方がはるか
に速く移動しなければならない。したがって,回転加速度がある程度以上
大きくなると,脳はその形を保ったまま移動できなくなり変形する。この
とき脳内部にずれが起きて神経線維が切れてしまう。これがびまん性軸索
損傷の発生機序である。びまん性軸索損傷は,自動車事故で頻繁に起きる
とされている。
,,ウびまん性軸索損傷は臨床的には何ら頭蓋内占拠性病変が伴わないのに
受傷直後から高度の意識障害が続くような状態で,CTなどで調べても明
らかな脳挫傷や頭蓋内血腫がないにもかかわらず,昏睡が続いている状態
のことをさしている。最近の研究によれば,受傷直後に断裂する神経軸索
,。,はむしろ少なく少し遅れて軸索の断裂が起きると考えられているまた
CTやMRIで両側性の脳腫張や脳梁,脳室周囲,上部脳幹部に散在性の
出血や挫傷像を見ることも多いが,何ら異常認めないこともある。また,
,。軸索損傷という病態はそんなに重症な場合のみに見られるとは限らない
脳しんとうは,びまん性軸索損傷のごく軽症型と考えられている。
エびまん性軸索損傷の診断は,臨床的に難しい場合が多いが,その理由は
2つある。第1は,びまん性軸索損傷は,局所の脳損傷(脳内血腫や脳挫
),傷等と違ってCTやMRIを用いても異常がはっきりしないことが多く
,。症状も非常に多彩であるから症状と一致した客観的証拠が得られにくい
第2は,びまん性軸索損傷の重症度にもいろいろな程度があり,受傷直後
から高度の意識障害があり,それが遷延するような重症な場合は,CTや
MRI上で異常所見がなくてもびまん性軸索損傷の存在の予測がつくが,
中等度又は軽度のびまん性軸索損傷では意識障害も比較的早く回復し,C
TやMRI上で異常がなければ脳外傷はないと急性期には見過ごされる可
能性がある。
オ高次脳機能障害がびまん性軸索損傷によるものである場合,損傷を受け
た軸索がワーラー変性(神経線維の損傷により末梢の線維に栄養が行かな
いため変性し最終的に軸索が萎縮し破壊される)により萎縮破壊され,。
また,外傷の急性期での呼吸障害等による脳全体の低酸素障害等も相まっ
て,脳萎縮(脳の白質及び灰白質の萎縮)や脳室拡大(脳の白質の萎縮が
進むため脳室が大きくなるので,厳密には脳室拡大は脳萎縮の特殊型とい
える)が生じ,これが慢性期に至ってMRIによる画像やCTによる画。
像等により外見上の所見として明らかになることがある。
しかし,損傷を受けた軸索の数が少ないため,慢性期に至っても外見上
の所見では確認できないが,脳機能障害をもたらすびまん性軸索損傷が発
。,,生することもあるこのような場合は神経心理学的な検査による評価に
PETによる脳循環代謝等の測定結果を併せて,びまん性軸索損傷の有無
を判定していくことになる。
外傷性による高次脳機能障害は,近時においてようやく社会的認識が定
着しつつあるものであり,今後もその解明が期待される分野であるため,
現在の臨床現場等では脳機能障害と認識されにくい場合があり,また,昏
睡や外見上の所見を伴わない場合は,その診断が極めて困難となる場合が
あり得る。
()次に,高次脳機能障害と判断するための要素について検討する。3
財団法人日弁連交通事故相談センター札幌支部及び札幌弁護士会法律相談
センター運営委員会が発行している「高次脳機能障害相談マニュアル」によ
れば,①交通事故による脳の損傷があること,②一定期間の意識障害が継続
したこと,③一定の異常な傾向が生じることの事項に該当する場合,高次脳
機能障害の可能性があるとされ,同様の基準を判示した裁判例も存在する。
しかし,②の要素に関しては,意識障害を伴わない軽微な外傷でも高次脳
機能障害が起きるかどうかについては見解が分かれており,これを短期間の
意識消失でもより軽い軸索損傷は起こるとする文献があり,本件記録に表れ
た専門家の意見が記載された文献では,むしろ後者の見解のほうが多く,②
の要素を重要な目安としているのは,法律家が作成した上記の高次脳機能障
害相談マニュアルと裁判例だけである。そして,外傷性による高次脳機能障
害は,近時においてようやく社会的認識が定着しつつあるものであり,今後
もその解明が期待される分野であることからすれば,②の一定期間の意識障
害が継続したことの要素は,厳格に解する必要がないものといえる。
()控訴人は,高次脳機能障害の要素を充足しているかについて検討する。4
ア控訴人は,本件事故により脳に損傷を負ったと言えるであろうか。
控訴人は,上記認定のとおり,本件事故直前に,本件バンの後部座席の
やや左側に座り,右窓のほうを見ながら,右足は床中央部の高くなってい
る部分に置き,左足は床の低い部分に置いて,上半身は右横を向いて,右
肘を背もたれにかけ,体重も背もたれに寄りかかった状態で乗車していた
ところ,本件事故により,前へ強い力で押し出され,投げ出されるような
,。,,衝撃を受け目の前が真っ暗になったものであるそうすると控訴人は
加速損傷により,びまん性軸索損傷をした可能性があることになる。しか
し,控訴人には,上記認定事実のとおり,X線写真,CT画像,MRI画
像では,脳室拡大や脳萎縮といった外傷を疑わせる外見上の形跡が見当た
らなかった。
高次脳機能障害の場合,上記のとおり,損傷を受けた軸索の数が少ない
ようなときには,慢性期に至っても外見上の所見では確認できないが,脳
機能障害をもたらすびまん性軸索損傷が発生することもあるとされ,この
ような場合は,神経心理学的な検査による評価に,PETによる脳循環代
謝等の測定結果を併せて,びまん性軸索損傷の有無を判定していく必要が
ある。
控訴人には,上記認定事実のとおり,控訴人の頭部のPETによる画像
には,局所的な血流の低下を示す所見があること,頭部のSPECTによ
る3D-SSPによる画像には,局所的に血流が低下している部位がある
ことが認められる。
そうすると,さらに,控訴人を神経心理学的な検査による評価をも併せ
。,,て判定する必要がある従来の一般的な検査では上記認定事実のとおり
ウェクスラー成人知能検査(平成14年6月25日施行)にて,言語性=
103,動作性=131,全IQ=116と平均値を上回る値である。し
かし,各検査ごとに,休憩が必要など疲れやすく,長続きしない。また,
言語性において数唱や算数の問題が極端に低く,即時記憶の低下に関係し
ていると考えられる。浜松式高次脳スケール(同日施行)でも,同様の結
果がみられた。簡単な文章の理解も困難であり,知能の高さに比し日常的
なことで支障をきたすものと考えられるとされる。
加えて,前頭連合野の機能テストを,上記認定事実のとおり,Q教授が
。,,実施しているQ教授が控訴人の前頭連合野の機能テストをした結果は
次のとおりであり,Q教授は,このテスト結果から,控訴人に高次脳機能
障害が認められることは明らかであるという。
a数-バックテストでは,1バックテストでも遂行不能で正答率0パー
セントであり,控訴人の成績は6歳児以下である。
b遅延反応テストでは,遅延期が2秒では遂行可能だが,4秒以上では
遂行不能であり,控訴人の成績は,6歳児以下である。
c予行記憶テストとして,自宅からある目的地にある時間に来てもらう
約束をしたところ,控訴人は,約束の時間から20分ほど前に目的地を
忘れ,携帯電話に連絡してきた。その際に,目的地と約束の時間をメモ
書きした。
dテストでは,遂行不能で,控訴人の成績は6歳児以下であGO/NOGO
る。
e「サリーとアン」テストでは,誤答で,控訴人の成績は6歳児以下で
ある。
RavenIQgIQfの知能テストでは,は65(偏差値26)で,通常の
の場合「精神遅滞」とみなされる値である。
しかし,上記のテスト自体が標準的といえるかについては,V医師から
批判的な意見があり(乙3,また,当審における鑑定人である医師及)X
びY医師も,検査結果には一部矛盾が認められるとして,これらの検査結
果から脳機能障害があると断定はしていない。
以上のとおり,控訴人は,医学的見地からすれば,本件事故により脳に
損傷を負ったとは,明確には断定はできないといえる。
イ控訴人は,上記認定事実のとおり,本件事故により,強い力を感じて目
の前が真っ暗になった程度であり,一定期間,意識障害が継続したことは
ないので,この要素について充足していないとも考えられる。しかし,こ
の要素については,前判示のとおり,意識障害を伴わない軽微な外傷でも
高次脳機能障害が起きるかどうかについて見解が分かれており,これを短
期間の意識消失でもより軽い軸索損傷は起こるとする文献があること等か
ら,必ずしも厳格に解する必要はなく,控訴人のように目の前が真っ暗に
なった程度であっても,充足していると解する余地がある。
ウ控訴人は,上記認定事実のとおり,本件事故直後から,舌がもつれて上
手くしゃべれない,発音するときの口の形がおかしい,国語や英語の教科
書の言葉や文の意味が分からなくなって,読むのがたどたどしくなった,
黒板の文字の1字ずつがばらばらに見え,単語として頭の中に入ってこな
いため,授業中にノートを写せない,頭の中がすごく熱い,歩くとフラフ
ラする,毎日登山をしたみたいにひどく疲れる,毎日いつも大変眠いと感
じており,また,明るく優しい性格が,すぐ怒鳴ったり,怒ったりするよ
Xうになっている。このような多彩な自覚症状から,当審における鑑定人
医師及びY医師は,慢性の頭痛,注意集中力障害,記銘障害,習字障害,
学習障害,情緒障害が疑われるとしている。
そうすると,控訴人には,本件事故により,一定の異常な傾向が生じた
ということができるが,控訴人の大学入試センター試験の成績は,平成1
4年度は,英語が200点満点で110点,数学が合計200点満点で4
8点,国語が200点満点で143点,物理が100点満点で36点,現
代社会が100点満点で65点,平成15年度は,英語が200点満点で
,,,87点数学が合計200点満点で61点国語が200点満点で53点
総合理科が100点満点で52点,現代社会が100点満点で76点であ
ったところ,Q教授が実施した前頭連合野の機能テスト,とりわけ知能テ
ストで,は65(偏差値26)で,通常のの場合「精神遅滞」とIQgIQ
みなされる値であることとは必ずしも整合しない。
()以上のとおり,控訴人の事例が,高次脳機能障害の要素を充足している5
かについては,医学的見地から十分な判断ができない状況にある。そして,
専門家の間でも,控訴人が高次脳機能障害であるとする見解(肯定説=K医
師,T医師,Q教授,条件付きで高次脳機能障害がないとは言い切れない)
とする見解(条件付肯定説=医師,Y医師,高次脳機能障害ではないとX)
する見解(否定説=V医師)に分かれている。
高次脳機能障害ではないとするのは,V医師だけであり,V医師は,控訴
(,,)。,人が転換性ヒステリー症状であると主張する乙31115しかし
V医師自身「旧自算会の高次脳機能障害認定基準ついての私見」と題する,
研究論文(甲96)において,控訴人の事例を現在の認定システムでは判断
困難な症例に採り上げて,控訴人の愁訴は,転換性ヒステリー症状と捉えら
れたと指摘した上,鑑別には詳細な脳神経外科的及び神経心理学的検討が必
要となる場合もあるとしている。そして,V医師がこの論文で望ましい鑑別
,,方法とする鑑定をしたところ脳神経外科学を専門とする医師の所見もX
神経心理学を専門とするY医師も,控訴人には高次脳機能障害がないとはい
えないと結論づけていることからすれば,V医師の意見書を根拠に控訴人が
転換性ヒステリー症状であるとは言い難い。なお,V医師は,司法的に結論
が出ていなかった本事例を採り上げたのは,司法的にまずかったかもしれな
いが,当該論文は飽くまで医学的論文であり,各々の事例は,筆者の主張に
具体性を持たせ,明瞭に浮き立たせるために記載したと弁明している(乙1
9。しかし,上記研究論文は,具体的事例を挙げて,これまでの高次脳機)
能障害の認定システムの限界と今後のあるべき認定システムを医学的観点か
ら提唱した極めて説得力のあるものといえ,その論文における控訴人の事例
の位置づけからみて,V医師の弁明は到底採用できない。
このように見てくると,控訴人が高次脳機能障害であるかについて,本件
で採用するに足りる専門家の意見は,肯定説と条件付肯定説となった。そし
て,当裁判所の判断は,司法上の判断であり,医学上の厳密な意味での科学
的判断ではなく,本件事故直後の控訴人の症状と日常生活における行動をも
検討し(被控訴人の主張によっても,本件事故直後から,控訴人が,本件事
故に殊更有利となるような行動をし,供述をしていたということはなく,本
件事故直後の控訴人の言動に作為は認められない,なおかつ,外傷性に。)
よる高次脳機能障害は,近時においてようやく社会的認識が定着しつつある
ものであり,今後もその解明が期待される分野であるため,現在の臨床現場
等では脳機能障害と認識されにくい場合があり,また,昏睡や外見上の所見
を伴わない場合は,その診断が極めて困難となる場合があり得るため,真に
高次脳機能障害に該当する者に対する保護に欠ける場合があることをも考慮
し,当裁判所は,控訴人が本件事故により高次脳機能障害を負ったと判断す
る。
3損害(争点())について判断する。2
,,。()治療費は92万6692円であることにつき当事者間に争いがない1
()通院交通費は,7万7600円と認める。2
控訴人は,前提事実のとおり,本件頚椎捻挫の診療等のため,平成9年6
月14日から平成10年8月31日までの間合計187日,B病院整形外科
に,平成9年7月25日から同年9月9日までの間合計17日,C病院に通
院したから,通院実日数は少なくとも187日であり,控訴人が請求する7
万7600円は,通院実日数に換算する1日当たり約415円となり,この
金額は1日当たりの通院交通費として合理的なものといえるから,控訴人の
請求額をもって通院交通費とする。
なお,症状固定日の症状とは,頚椎捻挫のみならず,高次脳機能障害を含
めるべきであり,高次脳機能障害による通院交通費は,本訴により請求され
ていないため,別訴により,判断されるべきである。
()通院慰謝料は,190万円とするのが相当である。3
控訴人は,前提事実のとおり,症状固定までの通院実日数が少なくとも1
87日に及ぶ上,前認定のとおり,高次脳機能障害と判断されるまで,複数
の医師の診断を受けたことを考慮すると,190万円をもって通院慰謝料と
する。
()後遺障害慰謝料は,1990万円とし,後遺障害による逸失利益は,次4
のとおり,8605万9619円と認める。
,,,,控訴人は本件事故により高次脳機能障害を負い集中力の低下記銘力
記憶障害が認められ,日常生活を送るのは必ずしも介護の必要はないが,就
労することはできないといえるから「神経系統の機能又は精神に著しい障,
害を残し,終身労務に服することがでないもの」に相当するものとして,控
訴人の後遺障害は,後遺障害等級3級3号に該当すると解するのが相当であ
る。
そうすると,後遺障害等級3級3号に相当する後遺障害慰謝料は1990
万円とするのが相当である。
また,後遺障害により逸失利益は,本件事故による症状固定(平成10年
8月31日)当時17歳の女子で,18歳から67歳までの就労可能期間は
49年間,労働能力喪失率100パーセント,基礎収入は賃金センサス平成
10年全年齢平均賃金である499万8700円として,次の算式のとおり
である。なお,中間利息の控除方法は,年5分によるライプニッツ方式を採
用することとし,49年に対応する係数18.1687から1年(=18歳
-17歳)に対応する係数0.9523を引いた17.2164を乗ずるこ
ととする。
(計算式,小数点以下四捨五入)
万円×%×≒万円499870010017.216486059619
()被控訴人は,控訴人に対し,本件事故の治療費92万6692円,通院5
交通費として5600円の合計93万2292円を支払っていることは,当
事者間に争いがない。
そうすると,()から()までの合計1億0886万3911円から既払金14
93万2292円を引くと1億0793万1619円となる。
(計算式)
万円+万円+万円+万円+万円92669277600190199086059619
=億万円108863911
億万円-万円108863911932292
=億万円107931619
()弁護士費用は,1000万円と認める。6
弁論の全趣旨によれば,控訴人は,被控訴人が損害賠償金の支払に応じな
いため,控訴人代理人らに本件訴訟の提起及び追行を委任し,相当額の支払
を約束したことが認められるが,このうち,上記損害額の約1割に相当する
1000万円を本件事故と相当因果関係のある損害とするのが相当である。
()控訴人の損害の合計7
以上によれば,被控訴人が控訴人に対して賠償すべき損害は,1億179
3万1619円及びこれに対する不法行為日である平成9年6月14日から
年5分の割合による遅延損害金となる。
4まとめ
控訴人の本件請求は,1億1793万1619円及びこれに対する不法行為
日である平成9年6月14日から年5分の割合による遅延損害金の限度で理由
があり,これと結論を異にする原判決は変更する必要がある。本件控訴は一部
理由がある。また,本件附帯控訴は理由がない。
5よって,本件控訴に基づき,原判決主文第1項を変更することとし,本件附
帯控訴は理由がないからこれを棄却することとして,主文のとおり判決する。
札幌高等裁判所第2民事部
裁判長裁判官末永進
裁判官千葉和則
裁判官杉浦徳宏

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