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裁判例


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主文
本件各控訴をいずれも棄却する。
控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1控訴人ら
(1)原判決中,控訴人らの敗訴部分を取り消す。
(2)被控訴人の控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。
2被控訴人
本件控訴を棄却する。
第2事案の概要等
本判決においては,以下の略語等を使用する。
・中華人民共和国を「中国」という。
・東京入国管理局を「東京入管」という。
・原審被告東京入国管理局入国審査官を単に「入国審査官」という。
・控訴人東京入国管理局長を「控訴人東京入管局長」という。
・控訴人東京入国管理局主任審査官を「控訴人主任審査官」という。
・平成17年法律第66号による改正前の出入国管理及び難民認定法を
「出入国法」といい,平成16年法律第73号による改正前の出入国管
理及び難民認定法を「改正前の出入国法」という。
・入国審査官が被控訴人に対して平成16年11月1日付けでした,平
成8年12月29日付け上陸許可及び平成13年8月10日付け上陸許
可の各取消処分を「本件各上陸許可取消処分」という。
・控訴人東京入管局長が被控訴人に対して平成16年12月20日付け
でした出入国法49条1項に基づく異議の申出には理由がない旨の裁決
を「本件裁決」という。
・控訴人主任審査官が被控訴人に対して平成17年1月28日付けでし
た退去強制令書の発付処分を「本件退去強制処分」といい,当該退去強
制令書を「本件退去強制令書」という。
・平成16年法律第84号による改正前の行政事件訴訟法を「改正前の
行訴法」という。
・経済的,社会的及び文化的権利に関する国際規約を「A規約」という。
1事案の要旨等
(1)被控訴人は中国国籍を有し本邦(日本の領土。以下単に「日本」あ
るいは「我が国」ともいう。)に在留するする男性であるが,入国審査
官から本件各上陸許可取消処分を受け,その後,入国審査官から出入国
法24条2号(不法上陸)に該当する旨の認定を受け,次いで,東京入
管特別審理官から同認定に誤りがない旨の判定を受け,さらに,法務大
臣から権限の委任を受けた控訴人東京入管局長から本件裁決を受け,控
訴人主任審査官から本件退去強制処分を受けた(本件退去強制処分当時
17歳)。
本件は,被控訴人が,被控訴人は不法上陸当時9歳であったから不法
上陸について帰責性がなく,かつ,被控訴人は9歳から日本において教
育を受けており,日本での教育を継続する必要があること等を理由に,
本件各上陸許可取消処分はその必要性を欠く違法があり,また,在留特
別許可を付与すべきであったにもかかわらずこれを認めなかった本件裁
決は違法であり,それを前提とする本件退去強制処分も違法であるなど
と主張して,(ア)入国審査官に対しては本件各上陸許可取消処分の各
取消しを,(イ)控訴人東京入管局長に対しては本件裁決の取消しを,
(ウ)控訴人主任審査官に対しては本件退去強制処分の取消しを,それ
ぞれ求めた事案である。
(2)原判決は,次のとおりの判決をした。
ア入国審査官がした本件各上陸許可取消処分の取消しを求める訴えを
いずれも却下する。
イ控訴人東京入管局長がした本件裁決を取り消す。
ウ控訴人主任審査官がした本件退去強制処分を取り消す。
(3)控訴人らは,上記(2)イ,ウを不服としてそれぞれ控訴をしたもので
ある。
なお,被控訴人の入国審査官に対する訴えは上記(2)アのとおりいず
れも却下されたが,これに対する控訴はなく,この部分の判決は確定し
ている。
2関係法令の定め等
本件に関連する出入国法及び改正前の出入国法の規定は,次のとおりで
ある。
(1)出入国法24条は,「次の各号のいずれかに該当する外国人につい
ては,次章に規定する手続により,本邦からの退去を強制することがで
きる。」とし,その2号において「入国審査官から上陸の許可等を受け
ないで本邦に上陸した者」と定めている。
(2)改正前の出入国法47条2項は,「入国審査官は,審査の結果,容
疑者が第24条各号の1に該当すると認定したときは,すみやかに理由
を附した書面をもつて,主任審査官及びその者にその旨を知らせなけれ
ばならない。」と規定している。
(3)改正前の出入国法48条1項は,「前条第2項の通知を受けた容疑
者は,同項の認定に異議があるときは,その通知を受けた日から3日以
内に,口頭をもつて,特別審理官に対し口頭審理の請求をすることがで
きる。」とし,出入国法48条8項は,「特別審理官は,口頭審理の結
果,前条第3項の認定(注:改正前の出入国法47条2項の認定に相当
する。)が誤りがないと判定したときは,速やかに主任審査官及び当該
容疑者にその旨を知らせるとともに,当該容疑者に対し,第49条の規
定により異議を申し出ることができる旨を知らせなければならない。」
と規定している。
(4)出入国法49条1項は,「前条第8項の通知を受けた容疑者は,同
項の判定に異議があるときは,その通知を受けた日から3日以内に,法
務省令で定める手続により,不服の事由を記載した書面を主任審査官に
提出して,法務大臣に対し異議を申し出ることができる。」と規定し,
同条3項は,「法務大臣は,第1項の規定による異議の申出を受理した
ときは,異議の申出が理由があるかどうかを裁決して,その結果を主任
審査官に通知しなければならない。」と規定している。
(5)出入国法49条6項は,「主任審査官は,法務大臣から異議の申出
が理由がないと裁決した旨の通知を受けたときは,速やかに当該容疑者
に対し,その旨を知らせるとともに,第51条の規定による退去強制令
書を発付しなければならない。」と規定している。
(6)出入国法50条1項は,「法務大臣は,前条第3項の裁決に当つて,
異議の申出が理由がないと認める場合でも,当該容疑者が左の各号の1
に該当するときは,その者の在留を特別に許可することができる。」と
し,その3号において,「その他法務大臣が特別に在留を許可すべき事
情があると認めるとき。」と定めている。
3前提事実
本件の前提となる事実は,次のとおりである。証拠及び弁論の全趣旨等
により容易に認めることのできる事実は,その旨付記しており,その余の
事実は,当事者間に争いのない事実である(なお,前後関係から明らかな
ときは年の記載を省くことがある。)。
(1)被控訴人の身分事項及び入国状況等
ア(ア)被控訴人は,昭和▲年(▲年)▲月▲日,中国の黒竜江省にお
いて,いずれも中国国籍を有する外国人である父P1及び母P2の
間に出生した中国国籍を有する男性の外国人である。
被控訴人には,実妹として,平成▲年(▲年)▲月▲日に中国の
黒竜江省において被控訴人と同じ父母の間に出生したP3がいる。
(乙2,5,6,弁論の全趣旨)
(イ)P4は,日本国籍を有する女性であり,第二次大戦後に中国に
残されて,中国で養育されたいわゆる中国残留邦人であるが,その
後中国人と婚姻した。P4の夫の実兄の子がP1である(P1は,
P4の夫の甥に当たる。)。
P4は,被控訴人が出生した昭和▲年▲月▲日より以前に,既に
本邦に帰国していた。(甲9,乙7,弁論の全趣旨)
イ被控訴人,P1,P2及びP3(以下「被控訴人一家」という。)
は,平成8年(1996年)12月29日,中国の上海から新東京国
際空港(現在の成田空港。以下,改称の前後を問わず「成田空港」と
いう。)に到着した。
P1は,東京入管成田空港支局入国審査官に対し,真実は日本国籍
を有する者の子ではないのに,日本国籍を有するP4の子であるとし
て,外国人入国記録の渡航目的の欄に「日本人の配偶者等」(日本人
の子の趣旨)と記載して上陸申請を行った。また,被控訴人,P2及
びP3は,東京入管成田空港支局入国審査官に対し,外国人入国記録
の渡航目的の欄に「定居(定住)」と記載して上陸申請を行った。な
お,上陸申請の際,被控訴人の外国人入国記録の日本滞在予定期間の
欄には,「1年」と記載されていた。
P1は,東京入管成田空港支局入国審査官から,在留資格を「日本
人の配偶者等」(日本人の子として出生した者を含む。出入国法別表
第2)とする上陸許可の証印を受け,被控訴人,P2及びP3は,在
留資格「定住者」及び在留期間「1年」(平成9年12月29日ま
で)とする上陸許可の証印を受けた。
被控訴人一家は,同日,本邦に上陸した。被控訴人は,当時,9歳
であった。(乙1から3まで,11,弁論の全趣旨)
(2)被控訴人の在留状況等
ア被控訴人は,千葉県我孫子市長に対し,外国人登録法に基づく新規
登録を申請し,平成9年1月8日,外国人登録証明書の交付を受けた
(乙1,4の1)。
イ被控訴人は,平成9年12月10日,法務大臣に対し,在留期間更
新許可申請を行い,法務大臣は,同月22日,在留期間を1年(平成
10年12月29日まで)として,これを許可した(乙1,2)。
ウ被控訴人は,平成10年11月27日,法務大臣に対し,在留期間
更新許可申請を行い,法務大臣は,同年12月9日,在留期間を1年
(平成11年12月29日まで)として,これを許可した(乙1,
2)。
エ被控訴人は,平成11年12月3日,法務大臣に対し,在留期間更
新許可申請を行い,法務大臣は,平成12年1月25日,在留期間を
3年(平成14年12月29日まで)として,これを許可した(乙1,
2)。
オ被控訴人は,平成13年6月11日,法務大臣に対し,再入国許可
申請をし,法務大臣は,同日,これを1回限り有効なものとして許可
した(乙1,2)。
被控訴人は,平成13年6月29日,新潟空港から中国のハルピン
に向け,再入国許可による出国をした(乙1,2)。
被控訴人は,平成13年8月10日,中国のハルピンから新潟空港
に到着し,再入国許可による上陸許可を受けて本邦に上陸した(乙1,
2)。
カ(ア)被控訴人は,平成14年11月19日,法務大臣に対し,在留
期間更新許可申請を行った(乙1,2)。
(イ)入国審査官は,平成16年11月1日,P1がP4の子ではな
いことが判明したとして,P1,P2及びP3に対する平成8年1
2月29日付けの各上陸許可等を取り消した。また,P1は,平成
16年11月1日ころ,東京入管に収容された。
入国審査官は,被控訴人(当時17歳)に対して,平成16年1
1月1日,本件各上陸許可取消処分をするとともに,平成9年12
月22日,平成10年12月9日及び平成12年1月25日付けで
した各在留期間更新許可並びに平成13年6月11日付けでした再
入国許可を取り消し,さらに,上記(ア)の在留更新許可申請を終止
した。入国審査官は,被控訴人に対し,平成16年11月1日,本
件各上陸許可取消処分を告知した。(甲1の1及び2,乙1,2,
11,24,弁論の全趣旨)
(3)被控訴人の退去強制手続等
ア東京入管入国警備官は,平成16年11月1日,被控訴人について
違反調査を行い,その結果,被控訴人が出入国法24条2号(不法上
陸)に該当すると疑うに足りる相当の理由があるとして,同年11月
16日,控訴人主任審査官から収容令書の発付を受け,11月19日,
同令書を執行するとともに,同日,被控訴人を出入国法24条2号該
当容疑者として,入国審査官に引き渡した。
控訴人主任審査官は,同日,被控訴人に対し,仮放免を許可した。
(乙6,8から10まで)
イ入国審査官は,平成16年11月19日,被控訴人,P2及びP3
について違反審査を行い,その結果,同日,被控訴人が出入国法24
条2号に該当する旨の認定を行い,これを被控訴人に通知した。
被控訴人は,同日,特別審理官による口頭審理を請求した。(乙1
1,12)
ウ東京入管特別審理官は,平成16年12月3日,被控訴人について
口頭審理を行い,その結果,同日,入国審査官による上記認定に誤り
がない旨判定し,被控訴人にこれを通知した。
被控訴人は,同日,法務大臣に対し,異議の申出をした。(乙13
から15まで)
エ法務大臣から権限の委任を受けた控訴人東京入管局長は,平成16
年12月20日,被控訴人の上記異議の申出に理由がない旨の本件裁
決をした。
本件裁決の通知を受けた控訴人主任審査官は,平成17年1月28
日,被控訴人に本件裁決を通知するとともに,本件退去強制令書を発
付した。
東京入管入国警備官は,同日,本件退去強制令書を執行し,控訴人
主任審査官は,同日,被控訴人に対し,仮放免を許可した。(甲2,
乙17から20まで)
オなお,P1,P2及びP3も,平成16年11月又は12月ころ,
入国審査官から,出入国法24条2号(不法上陸)に該当する旨の認
定を受け,次いで,東京入管特別審理官から同認定に誤りがない旨の
判定を受け,さらに,法務大臣から権限の委任を受けた控訴人東京入
管局長から出入国法49条1項に基づく異議の申出には理由がない旨
の裁決を受けた。控訴人主任審査官は,P1に対しては,平成16年
12月20日に,P2及びP3に対しては,平成17年1月28日に,
それぞれ退去強制令書を発付した。P3は,同日,仮放免されたが,
P1及びP2は,退去強制令書の執行により,東京入管に収容された。
P1及びP2は,その後に,仮放免されたものの,平成17年5月
15日,成田空港から出国した。(甲20,弁論の全趣旨)
カ被控訴人は,平成17年3月7日,本件訴えを提起した。また,P
3も,同日,東京地方裁判所に,入国審査官がP3に対して平成16
年11月1日付けでした,平成8年12月29日付け上陸許可及び平
成13年8月10日付け上陸許可の各取消処分の取消し等を求める訴
えを提起した。(甲4の1ないし4,弁論の全趣旨,当裁判所に顕著
な事実)
そして,被控訴人に対しては,平成18年3月28日,前記のとお
りの原判決が言い渡されたが,P3に対しても,同年7月19日上記
裁決及び退去強制令書の発付処分を取り消す旨の判決が言い渡され,
控訴人らが控訴をした。
4争点
本件の原審における主な争点は,次の(1)ないし(6)のとおりであったが,
被控訴人の入国審査官に対する訴えを却下した判決部分に関しては双方か
ら控訴がされなかったので,当審における争点は,そのうち(3)ないし(6)
である。
(本件各上陸許可取消処分の取消しを求める訴えないし請求について)
(1)本件各上陸許可取消処分の取消しを求める訴えの適否
具体的には,本件各上陸許可取消処分の取消しを求める訴えは出訴期
間を徒過した不適法な訴えか。
(2)本件各上陸許可取消処分の適法性
具体的には,本件各上陸許可取消処分は,法令の根拠に基づかないで
された違法なものであるということができるか。また,本件各上陸許可
取消処分は,手続上又は実体上,違法なものであるということができる
か。
(本件裁決の取消請求について)
(3)本件裁決の実体上の適法性
具体的には,被控訴人には不法上陸について帰責性がないこと,日本
で継続して教育を受けるべきこと等を理由として出入国法50条1項3
号に基づく在留特別許可を付与すべきであったのに,これを付与せずに
された本件裁決は,控訴人東京入管局長の有する裁量権を逸脱するなど
してされた違法なものであるということができるか。
(4)本件裁決についての違法性の承継の有無
本件各上陸許可取消処分が違法であるとして,本件裁決は,その違法
性を承継するか。
(5)本件裁決の手続上の適法性
本件裁決は,手続上違法なものであるということができるか。
(本件退去強制処分の取消請求について)
(6)本件退去強制処分の適法性
本件裁決が違法であるから,これを前提とする本件退去強制処分も違
法であるか。
5争点に関する当事者の主張の要旨
上記争点に関する当事者の主張の要旨は,以下に当審における控訴人ら
の主張を付加するほかは,原判決別紙「当事者の主張の要旨」のとおりで
あるので,これを引用する。
(当審における控訴人らの主張)
(1)控訴理由の骨子
被控訴人を含む一家は,残留孤児の子孫であると偽装して本邦に上陸
して残留していたものである。その不法入国・在留状況は,中国残留日
本人孤児を救済しようとする国民感情や中国残留日本人孤児の救済政策
を悪用するもので,我が国の社会秩序あるいは法秩序を著しく乱し,悪
質性の極めて大きいものである。
この点で未成年者であった被控訴人自身に責任がなかったとしても,
そうであるからといって在留特別許可がされることになれば,結局,ど
のような違法な手段や方法を使っても,我が国に入国しさえすれば,少
なくとも,その点について責任のない親族は在留特別許可が認められる
との期待を増長させることにもなりかねず,出入国管理行政上,看過で
きない事態を招くものといわざるを得ない。まして,被控訴人は,本件
裁決当時17歳の未成年者であったから,本国に両親と共に帰国させる
べきであるとして在留特別許可を付与しなかったからといって,このよ
うな判断が裁量権の逸脱又は濫用に当たり,違法であるなどと非難され
るいわれはない。
(2)本件裁決の適法性(原審における主張と基本的に同趣旨である。)
ア在留特別許可の許否についての法務大臣等の裁量権
(ア)そもそも,国家は,外国人を受け入れる義務を国際慣習法上負
うものではなく,特別の条約ないし取決めがない限り,外国人を自
国内に受け入れるかどうか,また,これを受け入れる場合にいかな
る条件を付するかを自由に決することができるのであり,憲法上も,
外国人は,我が国に入国する自由を保障されているものでないこと
はもちろん,在留の権利ないし引き続き本邦に在留することを要求
する権利を保障されているものでもない。
(イ)出入国法24条各号の退去強制事由に該当するということは,
類型的に見て,我が国社会に滞在させることが好ましくない外国人
であり,在留特別許可の許否の判断に当たっては,そのことを前提
にした上で,恩恵として,当該外国人の在留を特別に許可すること
が我が国の国益の保持に合致するか否かを検討する必要がある。具
体的には,当該外国人の滞在中の一切の行状等の個別的事情のみな
らず,国内の治安や善良な風俗の維持,保健・衛生の確保,労働市
場の安定等の政治,経済,社会等の諸事情,当該外国人の本国との
外交関係,我が国の外交政策,国際情勢といった諸般の事情をその
時々に応じ,各事情に関する将来の変化の可能性なども含めて総合
的に考慮し,我が国の国益を害さず,むしろ積極的に利すると認め
られるか否かを判断して行わなければならない。そして,そのよう
な判断は,国内はもとより国際的にも広範な情報を収集し,その分
析の上に立って,先例にとらわれず,時宜に応じて的確かつ慎重に
行う必要があり,時には高度に政治的な判断を要求される場合もあ
り得ることなどにかんがみれば,出入国管理行政全般について国民
や社会に対して責任を負う法務大臣の極めて広範な裁量にゆだねる
のが適当である。
そして,以上の理は,法務大臣から権限の委任を受けた控訴人東
京入管局長にも妥当する(以下,法務大臣及び法務大臣から権限の
委任を受けた者を合わせて「法務大臣等」という。)。
(ウ)この点は,在留期間更新の許否の判断と比較しても明らかであ
る。すなわち,我が国に適法に在留し,期間更新について申請権も
付与されている在留期間更新の許否についてさえ,更新事由の有無
の判断は,法務大臣等の裁量に任され,その裁量の幅は極めて広い
とされているところ,在留特別許可は,出入国法上,退去強制事由
が認められ退去させられるべき外国人に恩恵的に与え得るものにす
ぎず,当該外国人には申請権も認められていないものである。
(エ)在留特別許可を付与しなかった法務大臣等の判断の適否に対す
る司法審査の在り方は,法務大臣等と同一の立場に立って在留特別
許可をすべきであったかどうかについて判断するのではなく,法務
大臣等の第1次的な裁量判断が既に存在することを前提として,同
判断が裁量権を付与した目的を逸脱し,又はこれを濫用したと認め
られるかどうかを判断すべきである(行訴法30条)。
そして,出入国法24条各号の退去強制事由に該当する我が国に
とって好ましくない外国人を対象とする在留特別許可に係る法務大
臣等の裁量は極めて広いものであり,適法に在留する外国人を対象
とする在留期間更新許可に係る法務大臣等のそれと比べても質的に
格段にその範囲が広いというべきであるから,在留特別許可を付与
しないという法務大臣等の判断が裁量権の逸脱濫用に当たるとして
違法とされるような事態は容易には想定し難いというべきであろう。
実際に,この点で違法と判断されて確定した裁判例はほとんどない
といっても過言ではない。
極めて例外的にその判断が違法となり得る場合があるとしても,
それは,法律上当然に退去強制されるべき外国人について,なお我
が国に在留することを認めなければならない積極的な理由があった
にもかかわらずこれが看過されたなど,在留特別許可の制度を設け
た出入国法の趣旨に明らかに反するような極めて特別な事情が認め
られる場合に限られるというべきである。
イ被控訴人一家は,中国残留日本人孤児の子孫であると偽装して本邦
に入国していたこと
(ア)本件のように中国残留日本人孤児の子孫を装って本邦に入国す
る事案は,中国残留日本人孤児やその子孫を救済しようとする国民
意識や政策を悪用するものであり,悪質性の極めて大きいものであ
って,こうした手段をもってする不法入国・滞在は,日本の社会秩
序を著しく乱すとともに,適正な入国管理行政を阻害する程度の甚
だしいものである。中国残留日本人孤児やその子孫を装って不法に
入国して滞在する中国人の動機・目的は,一般に,日本で不法に滞
在しつつ,就労等をし,あるいは,就学の資格・経験を得て,金銭
を稼ごうという点にあるところ,その模倣性は大きく,このような
違法な行為を看過することはできない。
(イ)また,本件のような偽装残留孤児等の背後には,P5を始めと
する組織的犯罪組織が存在し,中国人のみならず日本人まで巻き込
んだ偽装工作が行われており,かかる偽装工作に関して多額の不正
な資金が流通するとともに,相当数の偽装残留孤児等が本邦に残留
しているとされている。中には真の残留孤児の子孫が安易に金銭を
得ようと,これら犯罪組織が企てる偽装工作に加担して,自らの親
族を名乗らせるような事態も発生している。
このような組織的な偽装入国の防止のためには,この種事案に対
しては,入管行政において厳正な態度で臨む必要が大きいのである。
これを本件についていえば,被控訴人一家が身分関係を偽って本
邦に不法に上陸するに際しては,中国残留日本人孤児であるP4の
子であるP6が関与し,被控訴人の父・P1は,金銭の授受に関し
て,偽装証明書をあっせんしてくれたP7なる人物に2000元
(注・邦貨換算で約3万円)を払ったとしているなど,偽装工作に
関する不正な金員の授受が行われている。
(ウ)要するに,どのような違法な手段や方法を使っても,我が国に
入国しさえすれば,少なくともその点に責任のない親族は在留特別
許可が認められるとの期待を増長させることになりかねず,出入国
管理行政上,看過できない事態を招くものといわざるを得ない。
ウ被控訴人にはその違法な入国後の生活状況等を考慮しても,在留特
別許可を認めなければならないような特別な事情があったとはいえな
いこと
(ア)被控訴人の生活状況等
原判決は,被控訴人が不法上陸してから約8年間にわたり本邦で
の生活を継続し,これになじんでいることについて,在留特別許可
の許否の判断に当たり,これが非常に重視されるべき事情であると
する前提に立っているものと解される。
しかし,このような事情は,要するに被控訴人の不法滞在期間が
長期に及んでいるということにほかならない。我が国で採用されて
いる在留資格制度は,一方において,出入国法が,在留資格を有せ
ず,入国管理局の管理下にないような外国人の存在を予定していな
いことを意味するところ,こうした出入国法に定める在留制度に反
する状態が長期間継続されたからといって,出入国法の趣旨に照ら
し,そのような滞在が保護に値するものになることはないから,在
留特別許可の許否の判断に当たり,格別積極的に考慮されなければ
ならない事情といえないことは明らかである。
(イ)本国へ帰国した場合の被控訴人の不利益は極めて限定的なもの
であること
原判決は,被控訴人が本邦での生活になじんでいる一方で,本国
へ帰国した場合には非常な困難が生じるであろうと推測されるとし
て,この点も在留特別許可の判断において重視されるべき事情と位
置づけている。
しかしながら,そもそも本国に帰国した場合に本国政府に迫害さ
れる難民であるような特段の事情がない限り,在留特別許可を付与
するか否かの判断に当たって,本国に戻った際の生活を積極的に考
慮しなければならない理由はない。
被控訴人は,もともと中国で生まれ,9歳まで中国で暮らしたも
のであり,被控訴人が帰国した場合の困難としているところをみて
も,いずれも,未だ抽象的な不安感を誇張して述べているものとい
うほかない。仮に帰国当初,生活様式,言語や友人関係等の面で多
少の困難を感じることがあるとしても,このような事態は,親の海
外転勤や国内異動等に伴う国内外への住居移転や転校においても,
多かれ少なかれ生じ得るものであって,在留特別許可制度を設けた
趣旨に明らかに反するような特別の事情と評価すべきものではない。
(ウ)被控訴人の在留継続の希望があるからといって在留特別許可を
認めることはできないこと
原判決は,本邦における在留継続を希望するか否かについての被
控訴人の判断が非常に重視されるべき事情であるとの前提に立って
いるものと解される。
しかし,原判決の判断は,退去強制事由の認められる外国人に,
その選択によって我が国への在留を認めるというもので,入国管理
制度を根本的に誤解しているものというよりほかない。およそ退去
強制手続は,対象となる外国人の意思によらずに,当該外国人を国
外に追放する制度であって,出入国法上,在留特別許可の許否の判
断に当たり,被控訴人やその父母の希望を考慮しなければならない
ものではない。
(エ)被控訴人を支援する動きがあるからといってそれだけで在留特
別許可を付与しないことが違法になるとはいえないこと
原判決の判断が,退去強制事由の認められる外国人に対し,その
選択による在留を認めるというもので,入国管理制度を根本的に誤
解するものであることは,前記のとおりである。また,両親が本国
に送還されるべき者であることを前提とした場合に,被控訴人のよ
うに,処分時に17歳である未成年の子について,両親の監護を受
けられないことによる不利益と比べて,帰国した場合の不利益や学
習に対する本人の希望(選択,意思)を優先して,未成年の子のみ
本邦にとどまることが最善であるか否かについては,子の福祉の観
点からも種々の意見があり得るところであって,一概に原判決が判
示するように断ずることができないことは明らかである。これらの
事情について,考慮するか否か,また考慮するとしてどの程度重視
すべきかは,正に法務大臣等の裁量にゆだねられた事項であるにも
かかわらず,原判決は裁量処分における司法審査の方法を誤り,在
留特別許可の許否の判断を行う法務大臣等と同一の立場に立って在
留特別許可をすべきであったか否かの判断をしたものというほかな
く,失当である。
(3)本件退去強制処分の適法性
控訴人主任審査官は,法務大臣から「異議の申出は理由がない」との
裁決をした旨の通知を受けたときは,速やかに退去強制令書を発付しな
ければならないのであり(出入国法49条6項),退去強制令書を発付
するにつき全く裁量の余地はない。したがって,本件裁決が適法である
以上,控訴人主任審査官がした本件退去強制処分も適法であるというべ
きである。
第3当裁判所の判断
争点1(本件各上陸許可取消処分の取消しを求める訴えの適否)及び争
点2(本件各上陸許可取消処分の適法性)については,控訴審における審
理の対象外である。
1争点3(本件裁決の実体上の適法性)について
(1)控訴人東京入管局長の裁量権について
法務大臣から権限の委任を受けた控訴人東京入管局長の裁量権につい
て検討する。
ア憲法22条1項は,日本国内における居住・移転の自由を保障する
にとどまっており,憲法は,外国人の日本へ入国する権利や在留する
権利等について何ら規定しておらず,外国人の日本への入国又は在留
を許容すべきことを義務付けている条項は存在しない。このことは,
国際慣習法上,国家は外国人を受け入れる義務を負うものではなく,
特別な条約がない限り,外国人を受け入れるかどうか,受け入れる場
合にいかなる条件を付するかについては,当該国家が自由に決定する
ことができるとされていることと考えを同じくするものと解される。
したがって,憲法上,外国人は,日本に入国する自由が保障されてい
ないことはもとより,在留する権利ないし引き続き在留することを要
求する権利を保障されているということはできない。
このように外国人の入国及び在留の許否は,国家が自由に決定する
ことができるのであるから,我が国に在留する外国人は,法に基づく
外国人在留制度の枠内においてのみ憲法の規定する基本的人権の保障
が与えられているものと解するのが相当である(以上につき,最高裁
昭和50年(行ツ)第120号同53年10月4日大法廷判決・民集3
2巻7号1223頁,最高裁昭和29年(あ)第3594号同32年6
月19日大法廷判決・刑集11巻6号1663頁参照)。
イ出入国法2条の2,7条等は,憲法の前記の趣旨を前提として,外
国人に対し原則として一定の期間を限り特定の資格により我が国への
上陸,在留を許すものとしている。したがって,上陸を許された外国
人は,その在留期間が経過した場合は当然我が国から退去しなければ
ならないことになる。そして,出入国法21条は,当該外国人が在留
期間の更新を申請することができることとしているが,この申請に対
しては法務大臣が「在留期間の更新を適当と認めるに足りる相当の理
由があるときに限り,これを許可することができる。」ものと定めら
れている。
これらによると,出入国法においても,在留期間の更新が当該外国
人の権利として保障されていないことは明らかであり,法務大臣は,
更新事由の有無の判断につき広範な裁量権を有するというべきである
(前掲最高裁昭和53年10月4日大法廷判決参照)。
ウまた,出入国法50条1項3号は,法務大臣は,出入国法49条1
項所定の異議の申出を受理し,同条3項の裁決をする場合において,
異議の申出が理由がないと認める場合でも,法務大臣が特別に在留を
許可すべき事情があると認めるときは,その者の在留を特別に許可す
ることができるとし,出入国法50条3項は,この許可をもって異議
の申出が理由がある旨の裁決とみなす旨定めている。
しかし,①前記のように外国人には我が国における在留を要求す
る権利が当然にあるわけではないこと,②出入国法50条1項柱書
及び同項3号は,「特別に在留を許可すべき事情があると認めると
き」に在留を特別に許可することができると規定するだけであって,
この在留特別許可の判断の要件,基準等については何も定めていない
こと,③出入国法には,そのほか,前記在留特別許可の許否の判断
に当たって考慮しなければならない事項の定めなど上記の判断をき束
するような規定は何も存在しないこと,④在留特別許可の判断の対
象となる者は,在留期間更新の場合のように適法に在留している外国
人とは異なり,既に出入国法24条各号の規定する退去強制事由に該
当し,本来的には退去強制の対象となる外国人であること,⑤外国
人の出入国管理は,国内の治安と善良な風俗の維持,保健・衛生の確
保,外交関係の安定,労働市場の安定等,種々の国益の保持を目的と
して行われるものであって,このような国益の保持の判断については,
広く情報を収集し,時宜に応じた専門的・政策的考慮を行うことが必
要であり,時には高度な政治的判断を要することもあり,特に,既に
退去強制されるべき地位にある者に対してされる在留特別許可の許否
の判断に当たっては,このような考慮が必要であることを総合勘案す
ると,前記在留特別許可を付与するか否かの判断は,法務大臣の極め
て広範な裁量にゆだねられていると解すべきである。そして,その裁
量権の範囲は,在留期間更新許可の場合よりも更に広範であると解す
るのが相当である。
したがって,これらの点からすれば,在留特別許可を付与するか否
かについての法務大臣の判断が違法とされるのは,その判断が全く事
実の基礎を欠き又は社会通念上著しく妥当性を欠くことが明らかであ
るなど,法務大臣が裁量権の範囲を逸脱し又は濫用した場合に限られ
るというべきである。
エそして,出入国法69条の2,出入国管理及び難民認定法施行規則
61条の2第10号は,出入国法49条3項所定の裁決の処分権限を
地方入国管理局長に委任することができる旨を規定しており,本件裁
決も,上記規定に基づいて法務大臣から権限の委任を受けた控訴人東
京入管局長が行ったものであるところ,法務大臣が出入国法49条3
項所定の裁決を行う場合について,上記アからウまでに説示したこと
は,当然,法務大臣から権限の委任を受けた控訴人東京入管局長が同
項所定の裁決を行う場合についても妥当する。
オなお,被控訴人は,出入国法50条1項3号は,法務大臣に「特別
に在留を許可すべき事情」をあらかじめ定める権限を与え,当該外国
人に「特別に在留を許可すべき事情」があると認められた場合には,
日本への在留を許可するよう定めた規定であり,また,「特別に在留
を許可すべき事情」の一般的要件の定立に当たっては,条約,憲法,
出入国管理基本計画に従う必要がある旨を主張する。
しかし,出入国法50条1項3号の文言からすると,同号が法務大
臣に「特別に在留を許可すべき事情」を定めることを要求していると
見ることはできないのであり,同号は,前示のとおり,法務大臣等に
極めて広範な裁量を認めたものというべきである。
また,出入国法61条の10は,法務大臣は,出入国管理基本計画
に基づいて,外国人の出入国を公正に管理するよう努めなければなら
ないと規定しているのであるから,法務大臣は,出入国管理基本計画
を最大限に尊重した行政運営に努めなければならないことはもちろん
であるが,同条は,努力義務を課すにすぎない表現をしているのであ
るから,同条を根拠にして,出入国管理基本計画に法的拘束力を認め
ることはできないというべきである。
したがって,被控訴人の上記主張は,採用することができない。
カ被控訴人は,本件裁決は,被控訴人を強制送還し,被控訴人の日本
における教育を受ける機会を奪う点で,A規約13条1項,2項(d),
児童の権利に関する条約28条1項,3条に違反する旨を主張する。
しかし,A規約2条1項の規定が,締結国が「立法措置その他のす
べての適当な方法によりこの規約において認められる権利の完全な実
現を漸進的に達成するため(中略)行動をとることを約束する。」と
規定するように,A規約は,方針規定としての性格が強く,A規約1
3条1項,2項(d)は,個人に対して即時に具体的な権利を付与すべ
きことを定めたものではないと解すべきである。
また,児童の権利に関する条約についても,個々の具体的権利につ
いて規定したものと見ることはできず,裁判規範として個人に直接適
用可能なものではない。また,仮に,その点をさておくとしても,同
条約が外国人が我が国に在留する権利までも保障したものではないこ
とは,同条約9条4項が,父母の一方若しくは双方又は児童の退去強
制の措置に基づき,父母と児童が分離されることのあることを予定し
ていることからも明らかである。
したがって,本件裁決が,A規約13条1項,2項(d)及び児童の
権利に関する条約9条1項,3条に違反するものであるとする被控訴
人の前記主張は,いずれも採用することができない。
キ以上の判断の枠組みに従って,法務大臣から権限の委任を受けて,
被控訴人に在留特別許可を付与しないとした控訴人東京入管局長の判
断に裁量権の逸脱又は濫用があったか否かについて,更に検討するこ
ととする。
(2)認定事実
前記前提事実に加え,証拠(甲9から15,16の1ないし3,17,
20,22から27まで,30から32,35から42,43の1ない
し6,44,46,47の1ないし4,48の1及び2,49の1及び
2,乙1,4の1,6,11,13,16,47,68から70,72
から74,被控訴人本人)及び弁論の全趣旨を総合すると,以下の事実
を認めることができる。
ア被控訴人の入国までの経緯及び入国状況等
(ア)被控訴人は,昭和▲年(▲年)▲月▲日,中国の黒竜江省にお
いて出生した中国国籍を有する男性である。
被控訴人一家は,平成8年に来日するまで,中国の黒竜江省に居
住していた。
被控訴人は,P1の父母(被控訴人の祖父母)について面識がな
かった。P4は,被控訴人の生まれる前に日本に帰国していたが,
時に中国を訪れたりし,被控訴人はその際にP4と会ったりした。
被控訴人はP1から聞かされて,P4が祖母であると考えていた。
(イ)被控訴人は,5,6歳のころ,幼稚園に入園した。また,被控
訴人は,7歳になった後の平成6年(1994年)9月,地元のP
8小学校に入学した。被控訴人は,小学校3年生に進級後に来日す
るまで,P8小学校で,国語(中国語)と算数の授業を受けた。
(ウ)P1及びP2は,被控訴人及びP3を伴い,平成8年12月2
9日に,来日した。
被控訴人一家の上陸申請手続やその準備については,当時9歳に
すぎなかった被控訴人に関するものは,被控訴人に代わって,P1
又はP2が行い,被控訴人はこれに関与せず,内容も知らなかった。
なお,P1又はP2は,その後の被控訴人に係る在留期間更新許可
申請や再入国申請についても,すべて被控訴人に代わって行った。
イ中国に一時帰国するまでの被控訴人の在留状況等
(ア)被控訴人一家は,平成8年12月29日の来日後,千葉県我孫
子市内で,P4の居宅の近くにアパートの一室を借りて居住した。
P1及びP2は,このころ,稼働を始めた。
被控訴人は,平成9年1月下旬ころ,我孫子市立P9小学校の2
年生に編入入学し,通学を始めた。しかし,被控訴人は,日本語が
ほとんど分からなかったため,算数以外の授業の内容を全く理解す
ることができなかった。被控訴人は,P9小学校において,中国語
のできる通訳から,毎日約1時間,日本語を教わった。
(イ)被控訴人一家は,平成9年4月ころ,P1が別の仕事に就いた
ため,千葉市αに転居した。
被控訴人は,同月ころ,千葉市立P10小学校に転校し,3年生
になった。しかし,被控訴人は,日本語が分からなかったため,授
業の内容をほとんど理解することができなかった。また,P10小
学校には,日本語をほとんど知らない被控訴人に対して,日本語を
教える教師等がいなかったため,被控訴人は,ほとんど日本語の勉
強をしなかった。
(ウ)被控訴人一家は,平成10年7月ころ,千葉市βの公営住宅に
転居し,これに伴って,被控訴人は,そのころ,千葉市立P11小
学校に転校した(4年生)。
P11小学校では,日本語教室が週に2,3回開かれていた。被
控訴人は,ここで初めて日本語を本格的に教わるようになった。
被控訴人は,P11小学校で,教員であるP12と出会い,P1
2から,日本語を教わるようになった。被控訴人は,当時,日本語
については,最低限の日常会話はできたものの,単語をつなげて話
をしている状態であった。また,被控訴人は,平仮名を書くことが
できたものの,漢字を書くことはほとんどできず,日本語の助詞の
「て,に,を,は」や,よう音の「っ」を習得していなかったこと
から,作文を書くことができなかった。P12は,工夫を凝らして
被控訴人に日本語を教えた。
被控訴人は,負けず嫌いでかつ努力家であり,日本語で年賀状を
書いたものの,他の外国人の児童よりも記載した量が少ないことを
気にして,休み時間を利用して全部を書き直したこともあった。
(エ)被控訴人は,P12がP11小学校から転勤した後の小学校5
年生以降も,日本語の勉強を続けた。
被控訴人は,小学校6年生のころから,土曜日や平日の夜に,学
校外の2,3か所の日本語教室に通い,日本語を勉強するようにな
った。被控訴人は,学校外の日本語教室で,同じ境遇を持つ中国国
籍の友人を多く作ることができ,仲間同士で,日本語の勉強に励む
ようになった。
被控訴人は,学校外の日本語教室に通い始めて間もなく,小学校
低学年のレベルの試験である日本語能力試験4級に合格した。
被控訴人は,日本語を学ぶにつれ,小学校の授業の内容も次第に
理解できるようになり,小学校6年生のころには,小学校の授業で
教師が話した内容の約半分を聞き取ることができるようになった。
(オ)被控訴人は,平成13年3月に,P11小学校を卒業し,同年
4月に,千葉市立P13中学校に入学した。被控訴人は,中学校に
入学したころには,授業で使われている日本語をほとんど聞き取る
ことができるようになり,会話も自然にすることができるようにな
った。
そして,中学校1年生のころには,小学校高学年のレベルの試験
である日本語能力試験3級に合格した。
被控訴人は,その後も学校外の日本語教室に通い続け,本件退去
強制処分後の平成17年5月13日に千葉市の里親宅に居住するよ
うになるまで続けた。
ウ中国への一時帰国
(ア)被控訴人一家は,被控訴人が中学校1年生であった平成13年
6月29日に,再入国許可を得て,新潟空港から出国をし,中国の
黒竜江省のハルピンに行った。被控訴人は,ハルピンに到着した後
の約1か月間は,中国にいる親戚に会ったり,遊んだりしていた。
(イ)被控訴人及びP3は,P1の意向もあって,中国滞在中の平成
13年7月下旬に約1週間,学校の教師をしていた被控訴人の親戚
から,中国語の授業を受けた。授業は,小学校1年生の国語(中国
語)の教科書を使って,ピンイン(日本でいう仮名の50音表に相
当するもの)や漢字の勉強を中心に行われた。被控訴人は,約1週
間の授業を受けた後,中国の小学校1年生が習得すべき漢字につい
ては読むことができるようになったが,それらの漢字を書くことは
できなかった。
被控訴人及びP3に中国語の授業を行っていた親戚の教師は,上
記授業の後,被控訴人に対して,中国で小学校4,5年生の勉強を
することすら無理であると説明した。
エ再入国後の被控訴人の在留状況等
(ア)被控訴人一家は,約1か月余り中国に滞在した後,平成13年
8月10日,中国のハルピンから新潟空港に到着し,再入国許可に
よる上陸許可を受けて本邦に上陸した。
被控訴人は,日本に再入国後,再び,P13中学校(1年生)に
通うようになった。その後,被控訴人は学習に励み,教科の成績は,
中学校1年生の2学期から中学校3年生にかけて,次第に上がって
いった。また,被控訴人は,生活態度がまじめで,意欲的に授業に
取り組み,友達とも仲良くしていた。
被控訴人は,中学校では,課外活動として,技術部に入部し,次
第に,機械,電気やコンピュータに興味を持つようになり,工業高
校への進学を希望した。
そこで,被控訴人は,中学校3年生の1学期ころから受験勉強を
始め,平成16年1月に千葉県立P14高等学校の推薦入学試験を
受験し,作文と面接からなる推薦の試験に合格した。
(イ)被控訴人は,平成16年3月にP13中学校を卒業し,同年4
月,千葉県立P14高等学校電子工業科へ入学した。被控訴人は,
高校入学後も,意欲的に学習を続け,1年生の1学期から2学期に
かけても,教科の成績を上げ,成績の平均は中位以上であって,更
に成績は向上する傾向にあった。
被控訴人は,高校において,運動委員を担当するとともに,特に
問題なく友達の輪に溶け込み,規則正しい,落ち着いた生活を送っ
てきた。また,被控訴人は,高校において,与えられた課題をきち
んとこなしており,授業にも前向きに取り組んでいる。高校の教員
は,被控訴人について,地道な努力をするという長所を持つと評価
しており,被控訴人が中国人であることを意識することはない。
なお,被控訴人は,中学卒業後は,ファミリーレストランでアル
バイトをするようになった。
(ウ)被控訴人は,高校に進学した後の平成16年11月1日に本件
各上陸許可取消処分を受けたが,そのときに,東京入管の職員から
説明を受けて,初めて,P4がP1の母親ではなく,自分が日本人
と血縁関係がないことを知った。
(エ)被控訴人につき平成16年12月20日に本件裁決がされ,被
控訴人は,平成17年1月28日本件裁決の通知を受けるとともに
本件退去強制処分を受けた。
その後,被控訴人及びP3は,P1に続いてP2も収容されたた
め,2人で生活することとなった。被控訴人は,それまで行ってい
たファミリーレストランでのアルバイトに加え,新聞配達のアルバ
イトも始めた。
被控訴人は,自分の将来についても考え,両親が日本にいられな
くなっても,自分は日本で勉強を継続したいと考え,平成17年3
月7日に,本件訴えを提起した。
P1及びP2は,それぞれ一時仮放免されたものの,平成17年
5月15日に中国に帰国した。
被控訴人一家は,後記「P15」とも相談し,P1及びP2の帰
国に先立ち,千葉市児童相談所に相談に行き,被控訴人及びP3は,
里親委託制度の適用を受け,平成17年5月13日から,千葉市内
の里親宅に居住することとなった。なお,里親委託制度においては,
被控訴人及びP3のために,1か月に1人当たり,一般生活費とし
て4万8210円,就学費として2万2100円等の支給がされる
こととなっており,高校を卒業するまで,この制度を利用すること
ができることとなった(もっとも,後記のとおり,里親側の事情で
里親制度の適用を続けていくことが困難な状況になったことから,
現在は,被控訴人とP3の2人で生活している。)。
被控訴人は,P1及びP2と離れて生活しなければならない寂し
さに耐えながら,引き続き,勉学に励んだ。被控訴人は,高校2年
生の1学期及び2学期(平成17年)には,全教科の成績の平均が,
いずれも学年で9位になるなど,優れた成績を修めており,特に,
数学及び電子回路の科目の成績は優れている。
(オ)被控訴人は,本件裁決の以前から,日本に残留して大学へ進学
し,電気やコンピュータの関係の会社に就職し,(日本の)社会に
役立つことをしていきたいと強く希望していた。
そして,被控訴人は,原判決後の平成18年10月,P16大学
工学部電気電子情報工学科に合格した(甲41)。被控訴人は,必
要な学費等について,奨学金を利用することなどを考えている。
オ本件裁決当時及び現在の被控訴人の状況等
(ア)被控訴人は,平成8年に来日して以降,中国に一時帰国した時
を除いて,家庭内でP1及びP2と会話をするとき以外には,中国
語を使うことがなかった。また,被控訴人は,来日して以降約8年
間にわたり,日本人の児童や生徒と同様に,日本語による授業を受
けてきた。前記のとおり,平成13年に1か月余り中国に帰国した
際に,約1週間中国語の授業を受けたが,ごく短期間であったため,
中国語を習得するには至らなかった。
そのため,本件裁決当時,被控訴人は,中国語で簡単な日常会話
をすることができるが,中国語による読み書きをほとんど行うこと
ができない状況であった。他方,日本語による会話や読み書きにつ
いては,問題なく行うことができるようになっていた。
(イ)被控訴人は,中学校,高校を通じて,本件裁決当時まで,非行
歴はなく,犯罪行為,問題行動等も認められなかった。被控訴人は,
本件裁決後,妹と2人だけで暮らすようになったり,また,里親の
下で生活するようになってからも,非違行為はなく,むしろ模範的
な高校生生活を継続してきた。
(ウ)P12やその協力者たちは,被控訴人及びP3を支援するため,
被控訴人及びP3の在留を求める嘆願書を191通集め,平成16
年12月3日,東京入管に提出した。P12等は,被控訴人及びP
3の在留が認められるため継続的かつ組織的に活動することができ
るように,同年12月11日,「P15」を設立した。P15は,
更に嘆願書を集めたほか,被控訴人及びP3に対する学習支援等を
行い,訴訟費用の準備のために,支援者から資金を集めた。
また,P15の会員を中心として,本件訴え提起後の平成17年
9月1日には,被控訴人及びP3の日本での生活一般の支援や進学
の相談,学習の支援,支援金の収集,拠出等を行う目的で「P1
7」が設立された。
被控訴人は,進学や生活上の問題等については,P12又はP1
7のメンバーに相談しており,同人たちから物心両面の支援を受け
ている。
(エ)被控訴人は,前記の里親の下で生活しているときは,P17の
支援もあるため,生活費や学費,小遣い等の心配をする必要はなく
なり,被控訴人は,里親の家に入居して以降,アルバイトはしてお
らず,勉学にいそしんでいた。
その後,平成18年5月末日限りで里親側の事情で里親制度の利
用が困難な状況になったことから,現在は,被控訴人とP3の2人
で生活することになった。兄妹2人での生活は,同P17が中心と
なってアパートを見つけて契約金を支払い,必要な家財道具を協力
者から集め,様々な援助を行っている。
(3)控訴人東京入管局長の判断における裁量権の範囲の逸脱又は濫用の
有無について
ア(ア)前記のとおり,本件各上陸許可取消処分の取消しを求める訴え
は,いずれも却下され,その部分の判決は確定している。そして,
行政処分には公定力があることから,本件各上陸許可取消処分は,
有効なものということができるのであって(なお,本件各上陸許可
取消処分に無効事由があるとは認められない。),被控訴人は,遡
及的に,平成8年12月29日及び平成13年8月10日に,いず
れも上陸許可を受けずに本邦に上陸したことになる。
そうすると,被控訴人は,出入国法24条2号に該当するという
べきである。
(イ)他方,前記前提事実及び前記認定事実によると,①被控訴人
は,9歳の時に,P1が,日本国籍を有するP4の子であると偽っ
て来日した際に,その事情を知らずに,P1及びP2に連れられて
我が国に入国したのであり,上陸申請やその後の在留期間更新等の
手続に被控訴人は関与せず,すべてP1又はP2が行ったものであ
ること,②被控訴人は,中国で出生したものの,中国では,小学
校3年生の初めまで小学校の授業を受けたにすぎなかったこと,③
被控訴人は,来日後,千葉県内の小学校の2年生に編入し,その
後も,千葉県内の小学校,中学校及び高校に通学してきたこと,④
被控訴人は,9歳の時に来日した当初は日本語が全く分からなか
ったものの,小学校内の日本語教室で学んだり,学校外の日本語教
室に通うなどの努力を続けて,本件裁決当時は,会話や読み書きは
もちろん,高等学校における学習に支障がないレベルにまで,日本
語を習得していたこと,⑤被控訴人は,日本語が分かるようにな
ったことから,次第に学校の授業も理解できるようになり,高校入
試の受験勉強も行い,高校の入学試験にも合格したこと,⑥被控
訴人は,高校入学後も,意欲的に学習を続け,本件裁決当時である
1年生の1学期から2学期にかけても,教科の成績の平均は中位以
上であり,更に成績は向上する傾向にあったこと(その結果,P1
6大学工学部電気電子情報工学科に合格した。),⑦被控訴人は,
日本において,生活態度がまじめであるとともに,努力家で,学習
にも意欲的に取り組んできたこと,⑧被控訴人は,本件各上陸許
可取消処分を受けるまで,P4がP1の実母ではないことを知らず,
また,自らが不法上陸したことを知らなかったこと,⑨被控訴人
は,9歳の時から本件裁決の時点まで約8年間,日本人と同様に小
学校,中学校及び高校に通っており,日本に引き続き在留し,学習
を継続して大学に入学し,電気関係の仕事に就いて,(日本の)社
会に役立ちたいと強く希望していたこと,⑩被控訴人は,中国語
で簡単な日常会話をすることはできるが,中国語による読み書きは
ほとんどすることができないこと,⑪被控訴人は,本件裁決当時,
高校1年生であったが,既に17歳であって,1人で生活していく
ことも可能であり,また,自分の将来の生き方等についても考察す
る時期に達しており,将来についての判断能力もあったこと,⑫
本件裁決当時既に,被控訴人及びP3の在留を支援する者らが多数
いて,P15が設立されており,これらの者の支援も期待すること
ができたこと,⑬本件裁決後,被控訴人の両親は日本を出国した
ものの,被控訴人は日本での生活を続けることを希望して,妹と2
人で日本に残り,高校に通学し続けていること(前記のとおり,P
16大学工学部電気電子情報工学科に合格し,入学予定であるこ
と),⑭本件裁決当時も,また,その後,現在に至るまでの間も,
被控訴人には,犯罪行為,非違行為,問題行動等は見られず,健全
な高校生として,日本社会に溶け込んでまじめな生活を続けている
こと,以上の事実が認められる。
(ウ)そうすると,被控訴人は,9歳の時に,父であるP1が,日本
国籍を有するP4の子であると偽って来日した際に,その事情を知
らずに両親に連れられて本邦に入国し,その後,上記の偽りが発覚
したため,被控訴人の上陸許可も取り消されたのであって,被控訴
人にとっては,いかんともし難い事情により,本邦において不法入
国者となったものであり,不法上陸及び不法滞在について,被控訴
人には,何らの帰責性もないということができる。
この点にかんがみると,通常は,出入国法24条各号所定の退去
事由に該当するということは,それだけで,類型的に見て我が国に
滞在させることが好ましくない外国人であるということを意味する
が,被控訴人の場合はこのような類型的な評価をすることはできず,
より慎重な吟味が必要であるというべきである。また,上記のよう
に,外国人が不法上陸及び不法滞在していることについて,当該外
国人自身には責めるべき点がない場合には,通常の不法上陸,不法
滞在の事案とは異なり,我が国における生活,学習等の実績,将来
の設計や,それらが国外退去させられることによって失われる不利
益についても,これを違法状態の上に築かれたものとして軽視する
ことは不相当であり,その不利益も大きなものと見るべきときがあ
るが,本件はそのようなときに当たるというべきである。
さらに,被控訴人は,小学校2年生から高校1年生という学習や
人間形成にとって極めて重要な約8年間を,日本の学校や日本社会
において生活し,来日当初はほとんど理解することができなかった
日本語を多大の努力を重ねて身に付け,現在では,日本人と全く変
わりのない生活を継続しており,日本語や日本の生活習慣になじん
でいるのである。他方,被控訴人にとって,言語も生活習慣も全く
異なる中国で生活することで大きな困難が生じるであろうことは,
推測するに難くない。
また,被控訴人は,本件裁決の当時,高校1年生であったが,既
に17歳であり,自らの将来について自分で判断することができる
年齢になっていたということができる。そして,前記認定事実に照
らすと,被控訴人は,本件裁決当時,日本での学習を継続し,大学
に進学して,就職し,社会に役に立てることをしていきたいと強く
希望するなど,自らの将来について自分で考えていたことが認めら
れるのである(その後,希望どおり,P16大学工学部電気電子情
報工学科に合格している。)。
イところが,証拠(乙6,11,13)及び弁論の全趣旨を総合する
と,東京入管入国警備官や東京入管特別審理官は,被控訴人から,多
少,その生活状況等について事情を聴取しているものの,被控訴人の
来日以降の学習状況や生活状況,被控訴人の日本語の能力,被控訴人
の中国語の能力,将来についての考察態度や判断能力等について,詳
細に事情を聴取しているとはいえず,また,入国審査官は,被控訴人
自身からは事情を聴取しておらず,P2からも,上記の点については,
十分に聴取していなかったことが認められる。
そうすると,控訴人東京入管局長は,本件裁決をする際に,被控訴
人の具体的な学習状況や生活状況,被控訴人の日本語の能力,被控訴
人の中国語の能力,将来についての考察態度や判断能力等について,
十分考慮することがなかったと推認することができる。
しかし,既に判示したところを総合すると,被控訴人は,平成8年
の来日当初は,日本語や日本での学校生活に苦労したものの,日本の
学校で約8年間学習し,日本人の子供と全く変わりのない生活をする
までに至っており,その学習状況や生活状況に照らすと,今後とも学
習を継続し,日本社会に溶け込んで,日本社会に貢献することが十分
に考えられるところであり,自分の人生や将来についても真しに考察
してこれを判断する能力があったと認めることができる。
そうすると,控訴人東京入管局長が,被控訴人の学習状況や生活状
況,判断能力等について,前記判示のように適正に認定していれば,
不法上陸及び不法滞在については被控訴人に何らの責任もない以上,
控訴人東京入管局長は,被控訴人に在留特別許可を付与した可能性が
相当に高かったであろうと推認することができる。
以上によると,被控訴人に在留特別許可を付与しなかった本件裁決
は,その判断が全く事実の基礎を欠くことが明らかである。
ウまた,仮に,控訴人東京入管局長が前記ア及びイのような事実関係
を把握していたのに本件裁決をしたというのであれば,控訴人東京入
管局長は,(ア)被控訴人が中国で出生し,小学校3年生の初めまで
中国で教育を受けてきたことや,被控訴人が未成年者であることを過
度に重視したか,あるいは,(イ)不法上陸及び不法滞在につき被控
訴人自身を責めることができないため,被控訴人について好ましくな
い者として類型的な評価をすることができず,かつ,国外退去させら
れることの不利益も十分に勘案すべきであることや,被控訴人のこれ
までの努力,中国語能力の乏しさ,被控訴人が今後とも日本社会に溶
け込んで,日本社会に貢献し得ること,自分の人生についての判断能
力があること等を軽視して,在留特別許可を付与しないという判断に
達したものと推認するのが相当である。
そうであるとすれば,そのような判断は,社会通念上著しく妥当性
を欠くことが明らかであるというべきである。
エ(ア)もっとも,既に判示したように,本件裁決当時,被控訴人の父
であるP1は,東京入管に収容中であって,本件裁決の日付と同日
付けで控訴人主任審査官により退去強制令書が発付されている。被
控訴人の母であるP2については,退去強制令書はまだ発付されて
いなかったものの,前述した処分経緯に照らすと,早晩退去強制令
書が発付される可能性が高かったということができる。そして,本
件裁決後ではあるが,実際にも,P1及びP2は中国に帰国してい
るのである。
そうすると,本件裁決当時,被控訴人が日本に在留する場合には,
両親と別れて暮らす結果となり,被控訴人が経済的に生活を維持す
ることが困難になることが予想されていたとも考えられる。
しかし,本件裁決時においても,被控訴人は17歳であり,アル
バイトによる収入を見込むこともできた上,前述した千葉市の里親
委託制度も存在し,また,前記認定事実によると,本件裁決時にお
いても,被控訴人及びP3の在留を支援する者が多数いるのであり,
このような者たちの支援も期待することができたというべきである
(その後,里親側の事情で里親制度の利用が困難な状況になったこ
とから,現在は,被控訴人とP3の2人で生活することになったが,
兄妹2人での生活は,同P17が中心となってアパートを見つけて
契約金を支払い,必要な家財道具を協力者から集める等,物心両面
から支援を続けている。)。また,前記認定事実によると,被控訴
人は,大学進学のために学費等が必要になることについても認識し
ているのであり,そのようなことをも考慮した上で,なお,本件訴
えを提起し,本邦に在留することを選択しているのであるから,将
来,多少,経済的な困難を伴う可能性があるからといって,それな
らば,被控訴人やその両親の判断によって帰国すればよいのであり,
出入国管理行政上,一方的に被控訴人等の選択を排除して,国外退
去を強制すべき理由はないというべきである。
(イ)また,以上の事実関係に照らすと,日本において両親の監護を
受けられないことによる被控訴人に対する心理的,物理的影響も軽
視し難いということができる。
しかし,高校生が親元を離れて暮らすことは,日本人であっても
必ずしも珍しいことではないのである。しかも,現在では通信手段
が発達している上,前記認定事実のとおり,被控訴人には友人も豊
富であって,教師であるP12や支援者等による支えも期待するこ
とができたというべきである。そうすると,両親による直接の監護
を受けられない点を本人の判断を無視するほどに重視することは相
当ではなく,この点も,被控訴人自身や両親の判断にゆだねるべき
ことと考えるのが相当である。
(4)控訴人東京入管局長の主張について
ア(ア)これに対して,控訴人東京入管局長は,被控訴人ら一家は,中
国残留日本人孤児の子孫であると偽装して本邦に入国していたこと
を強調し,P5を始めとする犯罪組織の存在にも触れて,不法入国
・在留状況は,中国残留日本人孤児を救済しようとする国民感情や
中国残留日本人孤児の救済政策を悪用するもので,我が国の社会秩
序あるいは法秩序を著しく乱し,悪質性の極めて大きいものである
から,この種事案に対しては,入管行政において厳正な態度で臨む
必要が大きい旨,また,偽装による入国に関して未成年者であった
被控訴人自身に責任がなかったとしても,そうであるからといって,
在留特別許可がされることになれば,結局,どのような違法な手段
や方法を使っても,我が国に入国しさえすれば,少なくとも,その
点について責任のない親族は在留特別許可が認められるとの期待を
増長させることにもなりかねず,出入国管理行政上,看過できない
事態を招くものといわざるを得ない旨を主張する。
(イ)しかし,前記認定のとおり,そのような偽装を行ったのは被控
訴人の父であるP1であり,被控訴人は全く関与していないし,被
控訴人は,日本において,生活態度がまじめであるとともに,努力
家で,学習にも意欲的に取り組んできたことからみて,控訴人東京
入管局長が非難する偽装の悪質性や模倣性は,被控訴人に対しては
当てはまらない。
また,控訴人東京入管局長は,本件のような偽装残留孤児家族の
背景には,P5を始めとする犯罪組織が存在し,偽装工作が行われ,
多額の不正な資金が流通しているなどと主張するが,そもそも,そ
のような控訴人東京入管局長の主張と本件との関連性が必ずしも明
らかでないし,被控訴人について犯罪組織とのつながりや金銭の授
受の経緯を知っていたことを認めるに足りる証拠もない。
さらに,控訴人東京入管局長は,違法な手段を使っても日本に入
国しさえすれば,偽装について責任のない親族は在留特別許可が認
められるとの期待を増長させることになりかねないというが,その
可能性は否定できないものの,それがどの程度の蓋然性があるかに
ついてはこれを認めるに足りる的確な証拠もない。また,偽装につ
いて責任のない親族が常に在留特別許可を与えられるものでないこ
とはもとよりであって,被控訴人のような特別な事由がある場合に
限定されるものである。
イ次に,控訴人東京入管局長は,被控訴人には入国後の生活状況等を
考慮しても,在留特別許可を認めなければならないような特別な事情
があったとはいえないとして,以下のとおり主張するので,これらの
点につき判断する。
(ア)控訴人東京入管局長は,被控訴人が,日本語を十分に理解する
ことができないP1及びP2と話をする時には,中国語を使ってい
ること,被控訴人が中国語で思考することがあること,被控訴人が
現在中国語を勉強していないことからすると,被控訴人も中国に帰
国すれば中国語を理解することができるようになる旨を主張する。
しかし,前記認定事実のとおり,被控訴人は,生後9年間中国で
生活したとしても,中国では約2年間小学校で教育を受けただけで
あり,それ以降,本件裁決時までの約8年間,中国語で学校の授業
を受けたことがなく,中国語の読み書きの能力を有していないので
ある。また,平成13年に中国に一時帰国した際に1週間小学校1
年生程度の勉強をしてみたことをもって,中国で学校教育を受けた
と評価することができないのは当然である。
そうすると,たとえ,被控訴人が,P1及びP2と話をする時に,
中国語を用いていたとしても,そのことから,被控訴人が学習した
り,思考したりするときに中国語を用いているということはできな
いのである。また,被控訴人は,P1及びP2と話をする時以外に
は中国語を用いていないのであるからこそ,中国語については簡単
な日常会話程度しかすることができないのである。
さらに,外国語を十分に用いることができない日本人であっても,
思考するなどの時に,外国語の概念を用いることもあることからす
ると,被控訴人が日本語のみならず中国語も思考に用いることがあ
るとしても,そのことから,直ちに,被控訴人が,中国語を十分に
理解することができるということにはならないというべきである。
控訴人東京入管局長は,被控訴人について,中国語を今後勉強し
ていけば,身に付く旨主張する。しかし,前示のとおり,被控訴人
について,日本語の習得のために,これまで相当期間のたゆまない
努力が必要であったことや,年齢もいわゆる人格形成期を過ぎつつ
あることを考えれば,今後,仮に,被控訴人が現在の日本語の読み
書き能力のレベルにまで中国語を身に付けるためには,相当の困難
を伴うことは明らかであり,中国において高校に編入入学したり,
大学へ進学することが当面不可能であることは,十分推認すること
ができるというべきである。
したがって,控訴人東京入管局長の前記主張は,採用することが
できない。
(イ)控訴人東京入管局長は,被控訴人が,千葉市の里親委託制度を
利用するようになったことや,P17による支援を受けていること
は,本件裁決後の事情にすぎない旨を主張する。
確かに,上記の各事実は,本件裁決後の事情であり,本件裁決の
適法性の判断に当たって,そのまましんしゃくすることのできる事
情というわけではない。
しかし,被控訴人及びP3について,本件裁決後間もない時期に
千葉市の里親委託制度の利用がされるに至ったこと,また,本件裁
決当時存在したP15の会員を中心として,本件裁決後それほど間
をおかない時期にP17が設立されたことからすると,本件裁決当
時の被控訴人をめぐる状況や被控訴人の考えに照らせば,被控訴人
が千葉市の里親委託制度を利用したり,P17による支援を受ける
などして何とか日本に在留して高校生生活を送ることができる可能
性があったことは,本件裁決当時にも,予測することができるとこ
ろであったというべきである。
さらに,本件裁決当時における可能性としては,被控訴人に在留
特別許可を付与しても,両親の意向や,あるいは親元を離れて生活
することによる物心両面の困難さから,被控訴人がその考えを変更
して,結局,両親と共に生活するために出国するという事態もあり
得たところと考えられる。しかし,それは,被控訴人やその両親が
自らの意思で決すべき問題であり,日本での学業継続の意向が強く,
支援者もいるなど,既に判示した事実関係に照らせば,そのような
可能性もあるからといって,出入国管理行政上,強制的に出国させ
るのが相当であるということにはならないものというべきである。
(ウ)なお,控訴人東京入管局長は,P17の実体性ないし実効性に
ついて疑問がある旨主張する。
しかし,証拠(甲16の1ないし3,20,24から27まで,
30,31)及び弁論の全趣旨によると,①P15は,被控訴人
及びP3の在留を求める嘆願書を集める活動をしていた者を中心に,
平成16年12月11日に設立された団体であること,②P15
は,被控訴人及びP3の在留を求める嘆願書を集めたり,訴訟費用
の準備のため支援者から資金を集めたりしたこと,③P15は,
P1及びP2が収容された後は,会員が交替で被控訴人等の居宅を
訪ね,心理面での支援をして2人を励まし,その後,P1及びP2
の帰国の前には,千葉市児童相談所を紹介し,また,P3の高校の
入学試験の受験勉強の支援を行い,さらに,本件訴えの提起後の平
成17年4月からは,「○○ニュース」を発行して訴訟の進行状況
を支援者に報告したこと,④現在,P15は,P1及びP2の仮
放免のために準備した保証金の返還額である100万円と,300
人以上の支援者からの寄付金合計約97万円の合計約197万円の
資金を保有していること,⑤P12らP15の会員の認識として
は,同会で集めた資金は,訴訟費用だけでなく,被控訴人及びP3
の2人が里親宅から離れて生活する場合の生活費や被控訴人の大学
の進学費用等に用いることができるものであること,⑥P15は,
その名称上,被控訴人及びP3の在留資格が認められた場合には目
的を達成して解散することとなっていたことから,同会の会員を中
心として,平成17年9月1日に,P17が設立されたのであり,
上記P17の構成員は,P15の会員とほぼ同じであること,⑦
上記P17には,設立趣旨書や,運営規定,構成員の名簿が設けら
れていること,⑧前記のとおり,その後,平成18年5月末日限
りで里親側の事情で里親制度の利用が困難な状況になったことから,
その後は,被控訴人とP3の2人で生活することになったが,兄妹
2人での生活は,同P17が中心となってアパートを見つけて契約
金を支払い,必要な家財道具を協力者から集め,様々な援助を行っ
ていることが認められる。
以上によると,P17は,P15の会員を中心として,その活動
を引き継ぎ,さらに,被控訴人及びP3の在留が認められた後の生
活支援も含めて被控訴人等を支援するために設けられた団体である
ということができる。また,P15は,被控訴人等の在留を求める
だけでなく,生活を支援するために積極的な活動を行っており,か
つ,相当の資金もあるのであるから,その実体を十分に認めること
ができるとともに,被控訴人等に対する実効的な支援を行っていた
ものと認めることができる。
そうすると,P17についても,その実体性ないし実効性を認め
ることができるというべきである。
なお,控訴人東京入管局長は,P15の資金が,被控訴人やP3
に対してほとんど支払われていなかったことも主張する。
しかし,前記認定事実によれば,被控訴人及びP3は,千葉市の
里親委託制度の適用を受けていた時期においては,千葉市から生活
費や就学費等の支給を受けるなどしており,生活費や学費に困るこ
とがなかったからこそ,P15からはほとんど生活費や学費の金銭
的援助を受けていなかったにすぎないものと推認することができる。
そうすると,被控訴人及びP3が,現在まで,生活費や学費につい
て,P15からほとんど金銭的援助を受けていないからといって,
将来にわたって,P15が,被控訴人及びP3に対して,生活費や
学費の援助をしないということにはならないというべきである。
したがって,控訴人東京入管局長の前記主張は,採用することが
できない。
(エ)控訴人東京入管局長は,被控訴人が本国に帰国することにより,
当初は困惑するような事態が多少生じることがあるとしても,直ち
に経済的に困窮するような状況が生じるとは考えられない旨を主張
する。
確かに,被控訴人が中国に帰国しても経済的に困窮するような状
況が生じると認めるに足りる証拠はない。しかし,前示のとおり,
被控訴人が中国に帰国することによる困難は,主として,言語,生
活習慣や,学習面,将来の進路等に関するものである。
したがって,控訴人東京入管局長の前記主張は,的を射ないもの
であって,採用することができない。
(オ)控訴人東京入管局長は,P1の不法就労によって得られた資金
があることをもって,本邦において被控訴人が勉学を安定的かつ経
済的に行うための経費支弁能力を肯定することは,出入国法が罰則
まで設けて禁止している不法就労を容認することになりかねず,認
められない旨を主張する。
しかし,在留資格の認定は,将来に向けての判断であるところ,
本件裁決の当時,P1は既に収容されて,退去強制令書が発付され
ていたのであるから,被控訴人の今後の学費が,今後のP1の不法
就労によって賄われるという危ぐはなかったというべきである。
さらに,仮に,今後,被控訴人が,P1の過去の不法就労によっ
て既に得た資金を学費として用いることがあったとしても,不法上
陸や不法滞在について被控訴人には帰責性がないという特別な事情
のある本件の場合においては,そのことがP1の不法就労を容認す
ることになるとは必ずしもいえないし,既に中国に出国したP1の
不法就労を助長することはあり得ない上,我が国に滞在する不法就
労者一般に対して,不法就労を助長することになるとも考え難いと
いうべきである。
したがって,控訴人東京入管局長の前記主張は,採用することが
できない。
(カ)控訴人東京入管局長は,被控訴人が日本で教育を受けていた事
実があったとしても,それは不法上陸に基づく違法状態の上に築か
れたものであるから,法的保護を受けない旨主張する。
しかし,前記のとおり,被控訴人は,9歳の時に,P1が日本国
籍を有するP4の子であると偽って来日した際に,その事情を知ら
ずにP1及びP2に連れられて本邦に入国し,その後,P1の偽っ
た行為が発覚することにより,被控訴人の上陸許可も取り消された
のである。したがって,被控訴人にとっては,いかんともし難い事
情により,さかのぼって不法上陸者ということになったのであり,
既に判示したとおり,不法上陸や不法滞在について,被控訴人に何
らの帰責性もないということができる。
そうすると,自らが意図して不法上陸や不法滞在を行った場合と
は異なり,被控訴人に責任を問うことができない本件の場合につい
ては,当該事実が違法状態の上に築かれたものであるからといって,
法的保護に値しないということはできないというべきである。むし
ろ,その者に責任を問うことができない本件のような例外的な場合
については,前示のとおり,在留特別許可の判断に当たっては,違
法状態の間に生じた事実であっても,慎重に吟味しなければならな
いというべきである。
したがって,控訴人東京入管局長の前記主張は,採用することが
できない。
(キ)控訴人東京入管局長は,被控訴人が中国に帰国した場合に言語
や生活様式等の違いについて多少の困難が生じることがあったとし
ても,そのような困難は外国で長期間生活をした子女が本国に戻っ
た際に多々直面することであり,ましてや,被控訴人はいまだ可塑
性に富む年齢であり,その父母は既に本国で生活し,言語はもちろ
んのこと生活様式等にも習熟している上,親族も生活しているので
あり,このような状況を見れば被控訴人が中国で生活してもその困
難を乗り越えることは十分に可能であると認められるから,このよ
うな事情をもって,在留を特別に許可すべき事情ということはでき
ない旨を主張する。
しかし,本件で問題となっているのは,本人の選択によらずに,
出入国管理行政上強制的に退去させるのが著しく妥当性を欠くか否
かであり,外国で長期間生活をした子女が自分や両親の意思で本国
に戻る場合とは,その局面が全く異なるというべきである。
また,前示のとおり,被控訴人について,日本語の習得のために,
これまで相当期間のたゆまない努力が必要であったことを考えれば,
今後,被控訴人が中国語を身に付けるためには,再び相当期間にわ
たる困難を伴うことは容易に想定することができるというべきであ
る。さらに,被控訴人の現在の年齢からすると,被控訴人が,中国
において小学校や中学校に通学して勉強し直すのは,大変な困難で
あるというべきであるし,被控訴人が日本において小学生や中学生
当時に日本語を学んだよりも,本人にとってはるかに辛いものにな
ることがと推認されるところである。
確かに,被控訴人は,相当の努力家であるから,仮に,中国に送
還されたとしても,中国語や中国の生活様式を苦労して身に付ける
ことができるかもしれない。しかし,そのためには,被控訴人につ
いて,相当の困難と時間を要することは明らかというべきであり,
そのような困難を一方的に強制することは,著しく妥当性を欠くも
のというべきである。
(ク)なお,控訴人東京入管局長は,大阪府立P18高等学校(現在
のP19高校)の関係者が,平成12年8月5日から同月12日ま
での間,中国・黒龍江省方正県を訪問し,本邦から帰国した児童や
生徒の教育状況を始めとして現地における教育事情を視察した際の
感想などを引用して,被控訴人が中国に帰国したとしても,似た境
遇の者とも交流しながら,現地で中国語の再習得を含む充実した教
育を受けることが十分可能であると主張する。
しかし,甲32によれば,上記引用された感想を述べたとされる
P19高校の教師は,控訴人東京入管局長の主張は,同教師の意図
しているものと全く異なるため非常に困惑していると述べているこ
と,また,仮に,控訴人東京入管局長主張のような例が存在すると
しても,そのことをもって直ちに一般化すべき根拠は認められない。
したがって,控訴人東京入管局長の前記主張は,採用することが
できない。
(5)まとめ
以上によれば,前記のとおり,在留特別許可を付与するか否かについ
て法務大臣から権限の委任を受けた控訴人東京入管局長に与えられた裁
量権が極めて広範なものであることを前提としても,被控訴人に在留特
別許可を付与しないとする控訴人東京入管局長の判断は,全く事実の基
礎を欠くことが明らかであるか又は社会通念上著しく妥当性を欠くこと
が明らかであり,裁量権の範囲の逸脱又は濫用に当たるというべきであ
る。
なお,控訴人東京入管局長は,原判決は裁量処分における司法審査の
方法を誤り,在留特別許可の許否の判断を行う法務大臣等と同一の立場
に立って在留特別許可をすべきであったか否かの判断をしたものという
ほかなく,失当であるとも主張するが,上記のとおり認定・説示したと
ころに照らして,この判断を不合理とすべき理由はない。
したがって,その余の点について判断するまでもなく,本件裁決は違
法であるというべきである。
2争点6(本件退去強制処分の適法性)について
法務大臣等は,出入国法49条1項による異議の申出を受理したときに
は,異議の申出が理由があるかどうかを裁決して,その結果を主任審査官
に通知しなければならず(同条3項),主任審査官は,法務大臣等から異
議の申出が理由がないと裁決した旨の通知を受けたときには,速やかに当
該容疑者に対し,その旨を知らせるとともに,出入国法51条の規定する
退去強制令書を発付しなければならない(出入国法49条6項)。
そうすると,本件裁決が違法である以上,これに従ってされた本件退去
強制処分も違法であり,取消しを免れないといわざるを得ない。
第4結論
よって,被控訴人の請求のうち,本件裁決及び本件退去強制処分の各取
消しを求める請求は,いずれも理由があり,これらを認容した原判決は相
当であるから,控訴人らの本件各控訴をいずれも棄却することとし,主文
のとおり判決する。
東京高等裁判所第19民事部
裁判長裁判官岩井俊
裁判官及川憲夫及び同芝田俊文は,いずれも転補のため署名押印するこ
とができない。
裁判長裁判官岩井俊

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