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平成18年7月11日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成17年(行ケ)第10179号特許取消決定取消請求事件
平成18年6月22日口頭弁論終結
判決
原告株式会社アートネイチヤー
訴訟代理人弁理士大菅義之
同徳永民雄
同生川芳徳
被告特許庁長官中嶋誠
指定代理人立川功
同中島昭浩
同大場義則
同前田幸雄
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1当事者の求めた裁判
1原告
(1)特許庁が異議2002-72215号事件について平成15年8月27
日にした決定中,「特許第3264886号の請求項1,2,4に係る特許
を取り消す。」との部分を取り消す。
(2)訴訟費用は被告の負担とする。
2被告
主文同旨
第2当事者間に争いのない事実
1手続の経緯
原告は,発明の名称を「おしゃれ増毛装具」とする特許第3264886号
(平成10年7月17日出願,平成13年12月28日設定登録。以下「本件
特許」という。請求項の数は5である。)の特許権者である。
本件特許の請求項1,2,4,5について,特許異議の申立てがされ,異議
2002-72215号事件として,特許庁に係属した。その審理の過程にお
いて,原告は,平成15年1月31日,本件特許の明細書(甲8。以下「本件
明細書」という。)を訂正する請求をし,同年5月13日,この訂正請求を補
正する手続補正をした。特許庁は,平成15年8月27日,上記補正は認めら
れず,また,上記訂正は認められないとした上,「特許第3264886号の
請求項1,2,4に係る特許を取り消す。同請求項5に係る特許を維持す
る。」との決定(以下,単に「決定」という。)をし,同年9月16日,その
謄本を原告に送達した。
原告は,本訴の係属後,平成15年12月5日,本件明細書を訂正する審判
請求をした。特許庁は,これを訂正2003-39259号事件として審理し,
平成16年5月18日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,
この審決は確定した。
その後,原告は,平成16年10月4日,改めて,本件明細書を訂正する審
判請求をした。特許庁は,これを訂正2004-39222号事件(以下「本
件審判」という。)として審理した上で,平成17年1月25日,「本件審判
の請求は,成り立たない。」との審決をした。原告は,この審決の取消を求め
る訴訟を東京高等裁判所に提起し(平成17年(行ケ)第85号),現在当庁
に係属中である(平成17年(行ケ)第10264号)。
2特許請求の範囲
本件特許の請求項1ないし4の記載は次のとおりである(以下,これらの発
明をそれぞれ「本件発明1」等といい,まとめて「本件発明」という。)
「【請求項1】おしゃれ用として自毛に変わり色の人工毛を混在させて用い
るため又は増毛用として薄くなった自毛に自毛と同色の人工毛を混在させて用
いるためのおしゃれ増毛装具であって,複数の止め具と,該止め具を備えた保
持部材と,該保持部材に一端を保持され該保持部材に所定の間隔で並設された
複数の弾性線状部材と,少なくとも前記弾性線状部材に植設された人工毛と,
を有することを特徴とするおしゃれ増毛装具。
【請求項2】おしゃれ用として自毛に変わり色の人工毛を混在させて用いる
ため又は増毛用として薄くなった自毛に自毛と同色の人工毛を混在させて用い
るためのおしゃれ増毛装具であって,複数の止め具と,該止め具を備えた複数
の保持部材と,該複数の保持部材に両端部を保持され該複数の保持部材に所定
の間隔で並設された複数の弾性線状部材と,少なくとも前記弾性線状部材に植
設された人工毛と,を有することを特徴とするおしゃれ増毛装具。
【請求項3】前記複数の弾性線状部材は,一端を1つの保持部材に支持され
他端を複数の保持部材により分割されて保持されることを特徴とする請求項2
記載のおしゃれ増毛装具。
【請求項4】前記複数の弾性線状部材は,前記保持部材に保持される端部の
先端が前記保持部材よりも外側に突出して配置されることを特徴とする請求項
1,2又は3記載のおしゃれ増毛装具。」
3決定の理由
別紙決定書の写しのとおりである。要するに,本件発明1及び2は,実願昭
59-244号(実開昭60-113321号)のマイクロフィルム(甲3。
以下,決定と同じく,「刊行物1」という。)に記載された発明(以下「刊行
物1発明」という。),特開平10-77514号公報(甲4。以下,決定と
同じく,「刊行物2」という。)に記載された技術事項及びドイツ連邦共和国
特許出願公開明細書第1935209号(甲5。以下,決定と同じく,「刊行
物3」という。)に記載された技術事項に基づいて当業者が容易に発明をする
ことができたものであり,本件発明4は,刊行物1発明,刊行物2に記載され
た技術事項,刊行物3に記載された技術事項及び特開昭62-206006号
公報(甲6,乙1)。以下,決定と同じく,「刊行物4」という。)に記載さ
れた技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものである,
としたものである。
決定は,上記結論を導くに当たり,刊行物1発明の内容,本件発明1及び2
と刊行物1発明との各一致点及び相違点を,次のとおり認定した。
(1)刊行物1発明の内容
「増毛用として薄くなった自髪に自髪と同色の合成毛(2)を混在させて
用いるためのかつらであって,自髪を直接挟み込んで自髪の毛流れ方向に固
定するためのピン(3)又はバネと,土台と,土台に一端を保持され,並設
された複数のくしの歯(1)と,少なくともくしの歯(1)に植設された合
成毛(2)と,を有するかつら」
(2)本件発明1と刊行物1発明との一致点及び相違点
ア一致点
「増毛用として薄くなった自毛に自毛と同色の人工毛を混在させて用い
るためのおしゃれ増毛装具であって,止め具と,保持部材と,保持部材に
一端を保持され該保持部材に所定の間隔で並設された複数の線状部材と,
少なくとも前記線状部材に植設された人工毛と,を有するおしゃれ増毛装
具」である点。
イ相違点
(ア)本件発明1では,「止め具」が,「保持部材」に備えられ,複数設
けられているのに対し,刊行物1発明では,そのようになっていない点
(以下「相違点1-1」という。)。
(イ)本件発明1では,「線状部材」が,弾性を有するのに対し,刊行物
1発明では,くしの歯が,弾性を有するかどうか不明である点(以下
「相違点1-2」という。)。
(3)本件発明2と刊行物1発明との一致点及び相違点
ア一致点
「増毛用として薄くなった自毛に自毛と同色の人工毛を混在させて用い
るためのおしゃれ増毛装具であって,止め具と,保持部材と,保持部材に
一端を保持され該保持部材に所定の間隔で並設された複数の線状部材と,
少なくとも前記線状部材に植設された人工毛と,を有するおしゃれ増毛装
具」である点。
イ相違点
(ア)本件発明2では,複数の「止め具」が備えられた「保持部材」が複
数であって,「線状部材」が複数の保持部材に両端部を保持されている
のに対し,刊行物1発明では,そのようになっていない点(以下「相違
点2-1」という。)。
(イ)本件発明2では,「線状部材」が,弾性を有するのに対し,刊行物
1発明では,くしの歯が,弾性を有するかどうか不明である点(以下
「相違点2-2」という。)。
第3原告主張の取消事由の要点
1取消事由1(本件発明1についての取消事由)
決定は,以下のとおり,本件発明1と刊行物1発明の対比を誤り,相違点1
-2及び作用効果についての判断を誤ったことにより,本件発明1の進歩性を
誤って否定したものである。なお,決定における相違点1-1,1-2の各認
定及び相違点1-1の判断は,争わない。
(1)取消事由1-1(本件発明1と刊行物1発明の対比の誤り)
決定は,刊行物1発明の「土台」,「くしの歯」が,その技術的意義から
みて,本件発明1の「保持部材」,「線状部材」にそれぞれ相当するとした
上,「保持部材と,保持部材に一端を保持され該保持部材に所定の間隔で並
設された複数の線状部材と」を有する点を,本件発明1と刊行物1発明との
一致点と認定したが,誤りである。
刊行物1発明の「土台」,「くしの歯」は,共に「くし(1)」を構成す
るものであるところ,刊行物1(甲3)の「普通のくしと同じ要領でバック
に挿し込み,その挿し込んだ土台を押さえて固定し」(明細書の2頁13行
~15行)との記載に照らせば,刊行物1発明の「くし(1)」も,一般的
な櫛と同様に,「くしの歯」を自髪に挿し込み,その間に自髪を挟み込んで
「かつら」を固定するという技術的意義を有している。
これに対し,本件発明1の「保持部材」,「線状部材」は,本件発明1に
係る「おしゃれ増毛装具」の頭部への固定に何ら寄与するものではないから,
その技術的意義からみて,刊行物1発明の「くし(1)」や一般的な櫛とは
全く異なるものである。
(2)取消事由1-2(相違点1-2についての判断の誤り)
決定は,相違点1-2に関し,「くしの材質として,頭部の曲面に沿った
形となるよう,刊行物3記載のようなある程度変形可能な弾性部材を有する
ものを用いることは,当業者であれば容易に想到しうるものと認められる」
と判断したが,次のとおり,誤りである。
ア刊行物1発明の「くし(1)」は,「くしの歯」を自髪に挿し込んで固
定するものであるから,頭部の曲面に沿った形となるよう,「くしの歯」
に「ある程度変形可能な弾性」を持たせることは考えられない。もしその
ような弾性を「くしの歯」に持たせたならば,「くしの歯」が柔軟に変形
してしまい,「くしの歯」を自髪に挿し込んで頭部に「かつら」を固定す
ることができなくなってしまうからである。
イ刊行物3記載のものにおける「ベント1乃至4」は,頭部に向かう付勢
力を生じさせ,「かつら」を固定するものであるのに対し,本件発明1に
おける「弾性線状部材」は,整髪時や使用中の型崩れを防止して,「おし
ゃれ増毛装具」を快適に着用するためのものであって,固定に寄与するも
のではない。このように,刊行物3記載のものにおける「ベンド1乃至
4」は,本件発明1の「弾性線状部材」とは作用効果が異なり,また,刊
行物1記載の「くし(1)」に弾性を与えることを想起させるものとはい
えないから,本件発明1の「弾性線状部材」は,刊行物3記載のものにお
ける「ベンド」から容易に想到できるものではない。
(3)取消事由1-3(作用効果についての判断の誤り)
決定は,本件発明1の効果が,刊行物1発明及び刊行物2ないし3に記載
された技術事項から,当業者であれば予測できる程度のものであって格別な
ものとはいえない旨判断したが,誤りである。
本件発明1は,特に,複数の「弾性線状部材」の一端を「保持部材」によ
って保持した構成により,長方形の止め具とこれに直交する方向に並設した
複数の弾性部材とに人工毛を植設しておしゃれ用又は増毛用の装具を形成す
るので,従来のように取り付け位置を制約する環状体の止め部がなくなり,
したがって,頭部の略如何なる箇所にも無理なく取り付けることができ,こ
れにより,汎用品として在庫して顧客の要望に直ちに対応することが可能と
なるものであり,また,止め具以外には毛流れに沿った方向に毛流れを遮る
部材が無いので,毛流れに沿って櫛又はブラシを操作するだけで容易に自毛
を引き出せると共に容易に人工毛と混在させて整髪することができ,したが
って,取扱いに手数がかからず便利であるとの効果を奏するものである(本
件明細書の段落【0034】,【0035】)。
これに対し,刊行物1発明では,「土台」に一端を保持された「くしの
歯」が,本件発明1の「弾性線状部材」の如き弾性を有しないので,頭部の
曲面に沿った形となるよう変形することができない。また刊行物1発明では,
「くしの歯」を自髪に挿し込むと同時に,「くしの歯」の相互に自髪が挟み
込まれるので,本件発明1の如く,「くし(1)」を頭部に載置した後に,
複数の「くしの歯」の間から自髪を別の櫛又はブラシで引き出すことは考え
られない。刊行物1発明によっては,本件発明1の上記の作用効果は得られ
ない。
このように,本件発明1は,刊行物1~3からは予測できない顕著な作用
効果を奏するものである。
2取消事由2(本件発明2についての取消事由)
決定は,以下のとおり,本件発明2と刊行物1発明の対比を誤り,相違点2
-1及び2-2並びに作用効果についての判断を誤ったことにより,本件発明
2の進歩性を誤って否定したものである。なお,決定における相違点2-1,
2-2の各認定は,争わない。
(1)取消事由2-1(本件発明2と刊行物1発明の対比の誤り)
決定は,刊行物1発明の「土台」,「くしの歯」は,その技術的意義から
みて,本件発明2の「保持部材」,「線状部材」にそれぞれ相当するとした
上,「保持部材と,保持部材に一端を保持され該保持部材に所定の間隔で並
設された複数の線状部材と」を有する点を,本件発明2と刊行物1発明の一
致点と認定したが,前記1(1)と同様の理由により,誤りである。
(2)取消事由2-2(相違点2-1についての判断の誤り)
決定は,相違点2-1に関し,刊行物3には,毛髪が固定される細長く弾
性のあるベンド1乃至4の端部5乃至12をそれぞれ保持部13乃至16で
保持することが記載されており,固定する部材としてピン又はバネが設けら
れている刊行物1発明において,自由端となっているくしの歯の他端にも保
持部を設けることは刊行物3の記載から,当業者であれば,容易になしえた
ものと認められる旨判断したが,誤りである。
刊行物1発明のかつらは,上からかぶせるタイプのかつらにおける不自然
さを取り除くことを目的として考案され,そのために,普通のくしと同じ要
領で自分の髪に挿し込むものである。したがって,刊行物1発明においては,
複数の「くしの歯」の一方の端部は自毛に挿し込めるように分離されていな
ければならないから,「土台」が複数設けられ,「くしの歯」が複数の「土
台」に両端部を保持されるようにするには,阻害事由が存在する。
(3)取消事由2-3(相違点2-2についての判断の誤り)
決定は,相違点2-2に関し,刊行物1発明において,くしの材質として,
頭部の曲面に沿った形となるようある程度変形可能な弾性を有するものと用
いることは,刊行物3の記載から,当業者であれば,容易に想到しうるもの
と認められる旨判断したが,前記1(2)と同様の理由により,誤りである。
(4)取消事由1-3(作用効果についての判断の誤り)
決定は,本件発明2の効果が,刊行物1発明及び刊行物2ないし3に記載
された技術事項から,当業者であれば予測できる程度のものであって格別な
ものとはいえない旨判断したが,前記1(3)と同様の理由により,誤りである。
(5)被告の予備的主張について
被告は,予備的主張として,刊行物3を主たる引用例とし,刊行物1及び
2を従たる引用例とすることによっても,本件発明2に進歩性がないことが
論理付けられる旨を述べて,仮に本件発明2についての原告主張の取消事由
に理由があるとしても,決定の結論に影響を及ぼすものではない旨主張する
が,次のとおり失当である。
ア刊行物3の「二つのW形の平坦で且つ外側が毛髪により覆われた保持部
13乃至16の,放射状に耳部から」との記載及び図面によれば,後記の
刊行物3発明(第4,2(5)参照)の「保持部」は装着者の耳の上部の位置
にあてがうものであり,ベンドの復元力でかつらを頭部に装着させるもの
であることが認められる一方,刊行物3には,自毛と人工毛を混在させる
おしゃれ増毛装具としての部分かつらであること,あるいはかつらを装着
していることが外見上わからないように自然に見えることをよしとするか
つらであることを示唆する記載はないから,刊行物3発明は,欧米で裁判
官,音楽家等に用いられてきた全体かつらの一種と考えるのが相当である。
一方,刊行物1発明は,くしを用いた部分かつらである。
このように,刊行物3発明の構成要素は全体かつらのものであり,刊行
物1発明の構成要素は部分かつらのものであって,その機能や目的が異な
る。そして,刊行物3には,刊行物1に記載された事項を組み合わせるこ
とを示唆する記載は一切存在しない。
したがって,刊行物3発明の構成要素について,刊行物1に記載された
事項を組み合わせたり,置換したりすることは,想定されないというべき
であり,後記相違点2-①,2-③についての被告の主張は失当である。
イ刊行物2記載のかつらは,部分かつらである。
上記のとおり,刊行物3発明の構成要素は全体かつらのものであるとこ
ろ,刊行物2記載のかつらの構成要素は部分かつらのものであって,その
機能や目的が異なる。そして,刊行物3には,刊行物2に記載された事項
を組み合わせることを示唆する記載は一切存在しない。
刊行物3発明においても,保持部材は装着者の耳の上部の位置にあてが
うものであり,ベンドの復元力で全体かつらを頭部に装着させるものであ
るから,そもそも刊行物3発明の保持部材には自毛と当接する裏面は存在
しないと考えられるし,仮に存在したとしても,ベンドの復元力でかつら
を頭部に保持していると考えられることから,そこに止め具を設けること
は不要であるばかりか,止め具がベンドの復元力で頭部に押し付けられ,
かつらの装着者に不快感を与えるおそれがある。
したがって,刊行物3発明の構成要素について,刊行物2に記載された
事項を組み合わせたり,置換したりすることは,想定されないというべき
であり,後記相違点2-②についての被告の主張は失当である。
ウ使い回しがきいて汎用的に用いることができ,取り付け位置の制約がな
く,さらに,安定して頭部に装着可能となるという本件発明2の作用効果
は,刊行物1~3のいずれにも記載も示唆もされておらず,刊行物3発明,
刊行物1に記載された事項,刊行物2に記載された事項及び技術常識から
当業者が予測可能な範囲のものではない。
3取消事由3(本件発明4についての取消事由)
本件発明4は,本件発明1,2を引用し,さらにその構成を限定するもので
あるから,本件発明1,2についての上記各取消事由と同様の理由により,本
件発明4に係る特許を取り消した本件決定の判断は誤りである。
第4被告の反論の要点
1取消事由1(本件発明1についての取消事由)について
決定の認定,判断は正当であって,原告主張の取消事由1-1ないし1-3
には理由がない。
(1)取消事由1-1(本件発明1と刊行物1発明の対比の誤り)について
ア刊行物1発明の「くしの歯」は,その形状が線状であって,ある部材に
一端を保持され,その部材に所定の間隔で複数並設されているという点で,
本件発明1の「線状部材」と共通する。また,刊行物1発明では,「くし
の歯」の間から自髪が出され,「くしの歯」に植設された人工毛と混在す
るようにされるのであるから,刊行物1発明の「くしの歯」は,その技術
的意義において,本件発明1の「線状部材」と共通する。
したがって,刊行物1発明の「くしの歯」が本件発明1の「線状部材」
に相当し,さらに,その「線状部材」の一端を保持する部材である刊行物
1発明の「土台」が本件発明1の「保持部材」に相当するとした上,「保
持部材と,保持部材に一端を保持され該保持部材に所定の間隔で並設され
た複数の線状部材と」を有する点を,本件発明1と刊行物1発明との一致
点と認定した決定に,誤りはない。
イ刊行物1発明は,「くしの歯」とは別に,固定部材である「止め具」と
して「ピン(3)又はバネ」を有するから,刊行物1発明の「くしの歯」
に,一般的な櫛のように髪に挿し込んで固定する機能を与えなくともよい
ことは,当業者であれば当然理解できる事項である。
したがって,本件発明1の「保持部材」,「線状部材」は,本件発明1
に係る「おしゃれ増毛装具」の頭部への固定に何ら寄与するものではない
から,その技術的意義からみて,刊行物1発明の「くし(1)」や一般的
な櫛とは全く異なるという原告の主張は,失当である。
(2)取消事由1-2(相違点1-2についての判断の誤り)について
ア刊行物1発明の「くしの歯」が,固定する機能を有する必要がないこと
は,上記(1)イで述べたとおりであり,刊行物1発明の「かつら」の取付使
用の際,「かつら」が「ピン又はバネ」で固定されている限り,「くしの
歯」は頭部の曲面に沿った形で維持されていればよいものというべきであ
る。
したがって,刊行物1発明の「くしの歯」に「ある程度変形可能な弾
性」を持たせることは考えられないとする原告の主張は,失当である。
イ刊行物1発明は,「かつらとして頭部に装着して使用するものである」
から,そのかつらを「頭部の曲面に沿った形となるよう」にするとの課題
が当然内在されている。そして,「かつら」において,「毛髪が固定され
る細長い」部材に弾性のあるものを用いることは,刊行物3に記載されて
いるから,刊行物1発明における「毛髪が固定される細長い」部材である
「線状部材」に,刊行物3記載のもののように弾性のあるものを採用し,
本件発明1における相違点1-2に係る構成,すなわち「弾性線状部材」
となすことは,当業者が容易に想到しうるものである。
なお,刊行物3記載の「ベント1乃至4」がいずれも頭部に向かう付勢
力を発揮して「かつら」を固定するものであるとしても,刊行物3記載の
「ベント1乃至4」は頭部に装着して使用するものであって,しかもその
「ベント1乃至4」は,弾性によって「頭部の曲面に沿った形となる」点
において変わるところはないから,刊行物3に記載された,弾性を備え,
かつ頭部の曲線に沿った形となる「ベント1乃至4」を,刊行物1発明の
「線状部材」に適用することに特段の阻害要因はないというべきである。
したがって,本件発明1の「弾性線状部材」と刊行物3記載のものにお
ける「ベンド1乃至4」との作用効果の相違を問題にする原告の主張は失
当である。
(3)取消事由1-3(作用効果についての判断の誤り)
刊行物1発明の複数の「くしの歯」,「土台」がそれぞれ本件発明1の複
数の「線状部材」,「保持部材」に相当するものとし,「線状部材」が「弾
性」を有するものとすることが容易であるとした決定の認定・判断に誤りは
なく,原告が主張する効果は,当該かつらが,複数の「弾性線状部材」の一
端を「保持部材」によって保持する構成を有することにより奏される当然の
効果であって,当業者にとって予測可能なものであるというべきであるから,
原告の主張は失当である。
2取消事由2(本件発明2についての取消事由)について
決定の認定,判断は正当であって,原告主張の取消事由1-1ないし1-3
には理由がない。また,仮にそうでないとしても,刊行物3を主たる引用例と
し,刊行物1及び2を従たる引用例とすることによって,本件発明2に進歩性
がないことが論理付けられるから,決定の結論に影響を及ぼすものではない。
(1)取消事由2-1(本件発明2と刊行物1発明の対比の誤り)について
前記1(1)と同様の理由により,原告の主張は理由がない。
(2)取消事由2-2(相違点2-1についての判断の誤り)について
刊行物1発明における「くしの歯」に,一般的な櫛のように髪に挿し込ん
で固定する機能を与えなくともよいことは,当業者であれば当然理解できる
事項であることは,前記1(1)イで指摘したとおりである。
そうすると,刊行物1発明において,「くしの歯」の自由端側に「保持部
材」を設けることは,刊行物3(甲5)記載の毛髪が固定される複数の弾性
部材の両端に保持部を設けたものから,当業者であれば容易になしえたもの
とした,決定の判断に誤りはない。
(3)取消事由2-3(相違点2-2についての判断の誤り)について
前記1(2)と同様の理由により,原告の主張は理由がない。
(4)取消事由2-4(作用効果についての判断の誤り)について
前記1(3)と同様の理由により,原告の主張は理由がない。
(5)予備的主張
以下に述べるとおり,刊行物3を主たる引用例とし,刊行物1及び2を従
たる引用例とすることによって,本件発明2に進歩性がないことが論理付け
られるから,仮に原告主張の取消事由に理由があるとしても,決定の結論に
影響を及ぼすものではない。
ア(ア)刊行物3の記載及び図面を総合すれば,刊行物3には,次の発明
(以下「刊行物3発明」という。)が記載されているということができ
る。
「複数の保持部と,該複数の保持部に両端部を保持され該複数の保持
部に間隔をあけて並設された複数の細長く弾性のあるベンドと,前記ベ
ンドに固定されるとともに保持部を覆う毛髪と,を有するかつら」
(イ)本件発明2と刊行物3発明とを対比すると,「複数の保持部材と,
該複数の保持部材に両端部を保持され該複数の保持部材に間隔をあけて
並設された複数の弾性線状部材と,少なくとも前記弾性線状部材に植設
された毛とを有するかつら」であるとの点で一致し,次の点で相違する。
本件発明2は,かつらが,おしゃれ用として自毛に変わり色の人工毛
を混在させて用いるため又は増毛用として薄くなった自毛に自毛と同色
の人工毛を混在させて用いるためのおしゃれ増毛装具であるのに対して,
刊行物3発明はそのようなものか否かが明らかではない点(以下「相違
点2-①」という。)。
本件発明2は,複数の保持部材が,自毛と当接する裏面に複数の止め
具を備えるのに対して,刊行物3発明は,複数の保持部材が,自毛と当
接する裏面に複数の止め具を備えていない点(以下「相違点2-②」と
いう。)。
本件発明2は,複数の弾性線状部材の並設される間隔が所定の間隔で
あって,自毛に人工毛を混在させるのに対して,刊行物3発明は,複数
の弾性線状部材の並設される間隔が,どのような間隔であるのか明らか
ではない点(以下「相違点2-③」という。)。
イ(ア)薄くなった自毛とうまくとかして髪を増やす,自毛と毛の色を合わ
せた合成毛を用いるかつらは,刊行物1に記載されている(甲3,明細
書の1頁16行~2頁5行)。
また,増毛用のかつらにおいて自毛を引き出すために毛流れと逆方向
に梳かすことは,刊行物4(甲6,乙1)記載の事項からみて,本件特
許の出願時の技術常識である。
さらに,刊行物1記載の「複数のくし(1)」は,「人工毛が植設さ
れ,間隔をあけて並設された複数の線状部材」であって(甲3,第1図,
第2図),しかも,刊行物1のかつらは,「前に残してあった自髪と一
諸にブラシでうまく解かして全部自分の髪のように見せる」ものである
(甲3,明細書の2頁11行~17行)。
そして,刊行物1記載の事項及び上記技術常識は,刊行物3発明と
「かつら」という技術分野を共通にするものである。
そうすると,刊行物3発明に,上記刊行物1記載の事項及び技術常識
を組み合わせて,かつらを,増毛用として薄くなった自毛と同色の人工
毛を用いるおしゃれ増毛装具とすること,また,複数の弾性線状部材の
並設される間隔を,自毛に人工毛を混在させるような所定の間隔とする
ことは,当業者が容易になし得ることである。
(イ)刊行物2記載の「毛髪12」,「縁部分111」,「留め具13」
及び「かつら」が,本件発明2の「自毛」,「保持部材」,「止め具」
及び「おしゃれ増毛装具」に,それぞれ相当することは明らかであり,
また,刊行物2記載の事項の「線状体110」と本件発明2の「弾性線
状部材」とは「線状部材」の限りで一致する。
そうすると,刊行物2には,止め具を保持部材の自毛と当接する裏面
に複数設けるとの事項,すなわち,相違点2-②に係る本件発明2の構
成が記載されているということができる。
そして,当該刊行物2記載の事項と刊行物3発明とは,「かつら」と
いう同一の技術分野に属するものであって,しかも,それらを組み合わ
せることを妨げる特段の事情も存在しない。
したがって,刊行物3発明において,刊行物2記載の事項を適用し,
相違点2-②に係る本件発明2のように構成することは,当業者が容易
になし得ることである。
(ウ)そして,本件発明2の作用効果は,刊行物3発明,刊行物1記載の
事項,刊行物2記載の事項,及び技術常識から当業者が予測可能な範囲
のものであって,格別のものではない。
ウ以上のとおり,本件発明2は,刊行物3発明,刊行物1記載の事項,刊
行物2記載の事項及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすること
ができたものというべきである。
3取消事由3(本件発明4についての取消事由)について
本件発明1及び2についての取消事由に理由がないことは,上記1,2で述
べたとおりであるから,本件発明4についての決定の判断にも誤りはない。
第5当裁判所の判断
1取消事由1(本件発明1についての取消事由)について
(1)取消事由1-1(本件発明1と刊行物1発明の対比の誤り)について
原告は,決定が,刊行物1発明の「土台」,「くしの歯」が,その技術的
意義からみて,本件発明1の「保持部材」,「線状部材」にそれぞれ相当す
るとした上,「保持部材と,保持部材に一端を保持され該保持部材に所定の
間隔で並設された複数の線状部材と」を有する点を,本件発明1と刊行物1
発明との一致点と認定したのは誤りである旨主張する。
ア(ア)本件明細書(甲8)には,次の記載がある。
「【請求項1】おしゃれ用として自毛に変わり色の人工毛を混在させ
て用いるため又は増毛用として薄くなった自毛に自毛と同色の人工毛
を混在させて用いるためのおしゃれ増毛装具であって,複数の止め具
と,該止め具を備えた保持部材と,該保持部材に一端を保持され該保
持部材に所定の間隔で並設された複数の弾性線状部材と,少なくとも
前記弾性線状部材に植設された人工毛と,を有することを特徴とする
おしゃれ増毛装具。」
「【0006】
【発明が解決しようとする課題】ところが,実際に着用して自毛を外
に引き出そうとすると,網目を相当に大きく形成してあるにも拘らず
櫛の歯やブラシの毛先が網目に引っ掛かり,思うように自毛を引き出
すことができない。また,折角うまく櫛の歯又はブラシの毛先に自毛
を引っ掛けて引き出しかけても,今度は自毛が網目に引っ掛かってル
ープ状に盛り上がるだけで外になかなか出て来ないという問題が発生
した。」
「【0024】このように構成される図1に示すおしゃれ増毛装具1
0を頭部に装着するときは,止め具12により毛流れの上流側で自毛
に止め,毛流れの下流側に弾性線状部材13の延在方向を一致させる。
そして,上から櫛又はブラシで毛流れに沿って,つまり弾性線状部材
13の延在方向に沿って,一旦逆方向に梳き上げると自毛が容易に引
き出される。それから,毛流れに沿って順方向に解かすと,引き出さ
れた自毛と人工毛14が自然に混在する。
【0025】このおしゃれ増毛装具10の弾性線状部材13は,内部
の弾性体17が適宜の弾性と剛性を持っているので,整髪時も使用中
も型崩れがなく,快適に着用できる。また,保持部材11と弾性線状
部材13とからなるベース部は,取り付け位置を制約するような環状
の取り付け部を有していないので,頭部のいずれの部分においても良
く適合する。したがって,使い回しのよいおしゃれ増毛装具が得られ
る。」
本件明細書の上記記載及び図1,2によれば,本件発明1は「自毛に
自毛と同色の人工毛を混在させて用いるためのおしゃれ増毛装具」に係
るものであり,「線状部材」が複数設けられ,「保持部材」にその一端
を保持され,所定の間隔で並設され,人工毛が植設されているものであ
って,「線状部材」の間からは,自毛が引き出され,「線状部材」に設
けられた人工毛と混在させることができるものであり,また,「保持部
材」は「線状部材」の一端を固定するものである。
(イ)刊行物1(甲3)には,次の記載がある。
「くしに人毛(合成毛等)を取り付けて自髪に挿して使用するかつ
ら。」(明細書の1頁5行~6行)
「この考案は従来のかつらにおける不自然さを取り除き,より自然に
見せる目的をもって考案されたものである。従来のかつら使用におい
ては帽子みたいに髪の上からかぶせたり,自肌に直接テープ等で接着
させ,夏などは頭が蒸れたり,外観的には自髪とかつらが不自然であ
った。この考案は簡単な手段により上記の欠点を除去することができ
る。」(明細書の1頁8行~15行)
「この考案を図面に基づいて説明すると(1)のくしに(2)の人毛
(その他合成毛)を取り付けたものを直接自分の髪に挿し,自髪とこ
のかつらをうまくとかして髪を増やそうとするものである。かつらの
毛の色及び毛の質は自分の髪の毛に合わせ,又,自発の薄い箇所の大
きさにより,このかつらのくしの縦横の長さ及び取り付けた毛の量及
び毛の長さを調整することにより,より自然に見せることが出来る。
特に髪のうすい部分の為にくしの歯の途中を二重に分けてその部分に
多くの毛を増やすことも出来る。」(明細書の1頁16行~2頁7
行)
「このかつらの取付使用法は
(a)バックの場合
自分の髪を1cm前後前に残し,普通のくしと同じ要領でバックに
挿し込み,その挿し込んだ土台を押さえて固定し,前に残してあった
自髪と一諸にブラシでうまく解かして全部自分の髪のように見せる。
(b)横分けの場合
バックと同じ要領にて使用する。横の分髪線より1cm前後その分
髪線に沿って髪を残し,その下にくしを差し込み土台を固定させ,残
しておいた髪を上からかぶせ一諸にブラシで解かす。」(明細書の2
頁11行~3頁4行)
「この考案のかつらを着ける事により従来のかつらの不自然さが解消
され(る)」(明細書の3頁5行~6行)
刊行物1の上記記載及び第1図ないし第3図によれば,刊行物1発明
は,自毛及びこれと同色の人毛(合成毛等)を一緒にうまく解かして全
部自分の髪のように見せるためのかつらであって,その「くしの歯」は,
その形状が線状であり,複数設けられ,「土台」にその一端を保持され,
所定の間隔で並設され,人毛(合成毛等)が植設されているものであっ
て,「くしの歯」の間からは自髪が引き出され,「くしの歯」に植設さ
れた人工毛と混在させることができるものであり,また,「土台」は
「くしの歯」の一端を固定するものである。
(ウ)決定は,刊行物1発明の「土台」,「くしの歯」が,その技術的意
義からみて,本件発明1の「保持部材」,「線状部材」にそれぞれ相当
するとしたが,これらの構成要素が果たす機能について説示するもので
はないが,上記(ア)ないし(イ)で認定したところによれば,本件発明1
と刊行物1発明とは,いずれも薄くなった自毛に自毛と同色の人工毛を
混在させて用いるものであって,本件発明1の「線状部材」と刊行物1
発明の「くしの歯」とは,複数設けられ,他の部材にその一端を保持さ
れ,所定の間隔で併設され,人工毛が植設されている部材であって,そ
の間から自毛が引き出され,人工毛と混在させることができるものであ
る点で共通し,本件発明1の「保持部材」と刊行物1発明の「土台」と
は,人工毛が植設された部材の一端を保持する部材である点で共通する
ことが,明らかである。
したがって,決定が,刊行物1発明の「土台」,「くしの歯」が,本
件発明1の「保持部材」,「線状部材」にそれぞれ相当するとし,「保
持部材と,保持部材に一端を保持され該保持部材に所定の間隔で並設さ
れた複数の線状部材と」を有する点を,本件発明1と刊行物1発明との
一致点と認定したことに,誤りがあるとはいえない。
イ原告は,刊行物1発明の「土台」,「くし(1)」と本件発明1の「保
持部材」,「線状部材」とは,「かつら」ないし「おしゃれ増毛装具」の
頭部への固定に寄与するか否かという点において,その機能を異にする旨
主張する。
しかし,仮に原告が主張するような機能上の差異があるとしても,本件
発明1と刊行物1発明とは,「保持部材と,保持部材に一端を保持され該
保持部材に所定の間隔で並設された複数の線状部材と」を有するという限
りでその構成が一致することは,上記アで認定したところから明らかであ
る。
したがって,本件発明1と刊行物1発明の構成上の相違ではなく,「線
状部材」ないし「くしの歯」及び「保持部材」ないし「土台」が,「おし
ゃれ増毛装具」ないし「かつら」の頭部への固定に寄与するか否かという
機能上の相違を問題にする原告の主張は,主張自体失当というべきであり,
採用することができない。
なお,本件発明1の「線状部材」と刊行物1発明の「くしの歯」とは,
その間から自毛が引き出され,人工毛と混在させることができるという機
能においても共通することは,上記アで認定したとおりである。
(2)取消事由1-2(相違点1-2についての判断の誤り)について
ア原告は,刊行物1発明の「くし(1)」は,「くしの歯」を自髪に挿し
込んで固定するものであるから,頭部の曲面に沿った形となるよう,「く
しの歯」に「ある程度変形可能な弾性」を持たせることは考えられない旨
主張する。
しかしながら,刊行物1(甲3)の第1図には,「くしの歯」が曲線で
描かれており,頭部の曲面に沿った形となるよう構成されることがうかが
われるところであって,より自然に見せるという目的を達成するため,刊
行物1発明の「くしの歯」に,「櫛」としての機能を失わない範囲の弾性
を持たせることは,十分に想定可能と認めるのが相当である。
ちなみに,本件発明1における「弾性線状部材」の形状(請求項1には,
特段の限定がないから,「弾性線状部材」の形状は,頭部の曲面に対応す
る曲形(本件明細書(甲8)の請求項5,図5)には限られないことにな
る。)により,最終的に頭部の曲面に沿う形状となるために必要な変形量
や弾性(柔らかさ)が異なることは明らかであるから,本件発明1の「弾
性線状部材」が備える弾性は,適宜に設定されるものにすぎないといわざ
るを得ず,その程度の弾性を刊行物1発明の「くしの歯」に持たせること
が考えられないということはできない。
したがって,原告の上記主張は,採用することができない。
イ原告は,刊行物3記載の「ベンド1乃至4」は,頭部に向かう付勢力を
生じさせるものであって,本件発明1の「弾性線状部材」における「弾性
力」とその機能において異なり,また,刊行物1記載の「くし(1)」に
弾性を与えることを想起させるものとはいえないから,本件発明1の「弾
性線状部材」は,刊行物3記載のものにおける「ベンド」から容易に想到
できるものではない旨主張する。
しかし,刊行物1発明の「くしの歯」に,「櫛」としての機能を失わな
い範囲の弾性を持たせることは,上記アで説示したとおり,十分に想定可
能であるところ,刊行物3(甲5)には,「ある程度変形可能な弾性のあ
る部材」をかつらに用いることが記載されているから,刊行物3における
ベンド1乃至4に期待される機能が本件発明1の「弾性線状部材」の機能
とは異なるとしても,刊行物1発明において,くしの材質として,頭部の
曲面に沿った形となるよう,刊行物3記載のようなある程度変形可能な弾
性のある部材を有するものを用いることは,当業者であれば容易に想到し
うるものというべきである。
したがって,原告上記主張は,採用することができない。
(3)取消事由1-3(作用効果についての判断の誤り)について
本件発明1において,「保持部材」が「弾性線状部材」を保持する「所定の
間隔」の大きさや「弾性線状部材」が有する弾性の程度について,具体的な特
定がなされていないことは,請求項1の記載から明らかである。
一方,刊行物1発明は,前記(1)においてすでに検討したとおり,自毛及び
これと同色の人毛(合成毛等)を一緒にうまく解かして全部自分の髪のように
見せるためのかつらであって,その「くしの歯」は,その形状が線状であり,
複数設けられ,「土台」にその一端を保持され,所定の間隔で並設され,人毛
(合成毛等)が植設されているものであって,「くしの歯」の間からは自髪が
引き出され,「くしの歯」に植設された人工毛と混在させることができるもの
であって,本件発明1の「線状部材」と刊行物1発明の「くしの歯」とは,そ
の間から自毛が引き出され,人工毛と混在させることができるという点におい
ても共通する。
してみると,刊行物1発明において,「くしの歯」に弾性を持たせた場合の
作用効果が,当業者に予測できない程のものということはできず,本件発明1
の効果は,刊行物1発明及び刊行物2ないし3に記載された事項から,当業者
であれば予測できるものであって格別のもとのはいえないとした決定の判断に
誤りはない。
したがって,本件発明1が刊行物1~3からは予測できない顕著な作用効果
を奏するとする原告の主張は,採用することができない。
(4)取消事由1(本件発明1についての取消事由)のまとめ
以上によれば,本件発明1は,刊行物1発明及び刊行物2ないし3に記載さ
れた技術事項に基づいて当業者が容易に発明をすることができたとする決定の
認定・判断に誤りはなく,原告主張の取消事由1-1ないし取消事由1-3は
いずれも理由がない。
2取消事由2(本件発明2についての取消事由)について
(1)取消事由2-2(相違点2-1についての判断の誤り)について
原告は,刊行物1発明の「かつら」は普通のくしと同じ要領で自分の髪に
挿し込むものであり,複数の「くしの歯」の一方の端部は自毛に挿し込める
ように分離されていなければならないから,「土台」が複数設けられ,「く
しの歯」が複数の「土台」に両端部を保持されるようにすることには,阻害
事由が存在すると主張する。
ア前記1(1)ア(イ)において引用した刊行物1(甲3)の記載に照らせば,
刊行物1発明は,髪の上からかぶせたり,自肌に直接テープ等で接着させ
たりする従来のかつらにおける不自然さを取り除くことを目的として,く
しに人毛(合成毛等)を取り付けて自髪に挿す構成を採用したものである
ということができる。
刊行物1発明において,刊行物3記載の,保持部材が複数設けられ,弾
性線状部材が複数の保持部材に両端を保持されているとの事項を適用して,
相違点2-1に係る本件発明2のように構成すること,すなわち,刊行物
1発明において,「土台」を複数設け,「くしの歯」の両端部を保持する
ことは,くしとして機能するために必須である「くしの歯」の自由端がな
くなることとなり,もはや自髪に挿すことができなくなるものであり,刊
行物1発明をその目的に反する方向に変更することになる。また,刊行物
3記載の上記構成が「かつら」の分野において周知の構成であったことを
認めるに足りる証拠も,本件訴訟においては存在しない。そうすると,刊
行物3記載の上記構成を刊行物1発明に適用して本件発明2のように構成
することは,刊行物3が「かつら」という同一の技術分野に属するもので
あることを考慮しても,当業者が容易に想到することができたということ
はできない。
イなお,この点につき,被告は,刊行物1発明は,「くしの歯」とは別に,
固定部材である「ピン又はバネ」を設けているから,「くしの歯」に自毛
に固定する機能を与える必要はない旨主張する。しかし,刊行物1発明に
設けられている「ピン又はバネ」のみによって,刊行物1発明の上記機能
を果たすことができないことは明らかであり,被告の主張は採用すること
ができない。
ウしたがって,刊行物1発明において,刊行物3記載の事項を適用して相
違点2-1に係る本件発明2のように構成することを,当業者が容易にな
し得ることとした決定の判断は誤りといわざるを得ない。
(2)被告の予備的主張について
本件発明2についての特許を取り消すべきものとした決定の判断に誤りが
あることは上記のとおりであり,特段の事情がない限り,この誤りは決定の
結論に影響を及ぼすものいうべきである。しかるところ,被告は,刊行物3
を主たる引用例とし,刊行物1及び2を従たる引用例とすることによって,
本件発明2に進歩性がないことが論理付けられるから,決定の結論に影響を
及ぼすものではない旨主張するので,検討する。
ア本訴において被告が予備的主張をすることの許否について
(ア)特許無効審判の審決に対する取消訴訟においては,審判で審理判断
されなかった公知事実を主張することは許されず,拒絶査定不服審判の
審決に対する取消訴訟においても,同様に解すべきものであるところ
(最高裁昭和42年(行ツ)第28号同51年3月10日大法廷判決・
民集30巻2号79頁),この理は,特許異議の申立てに基づく取消決
定(以下「取消決定」という。)に対する取消訴訟についても,同様に
当てはまるものというべきである。すなわち,無効審判,拒絶査定不服
審判及び特許異議申立事件において特許法29条1項各号(同条2項に
おいて引用される場合を含む。以下,同じ。)に掲げる発明に該当する
ものとして審理されなかった事実については,取消訴訟において,これ
を同条1項各号に掲げる発明として主張することは許されない。
しかしながら,審判や特許異議の申立てについての審理において審理
された公知事実に関する限り,審理の対象とされた発明との一致点・相
違点について審決や取消決定と異なる主張をすること,あるいは,複数
の公知事実が審理判断されている場合にはあっては,その組合わせにつ
き審決や取消決定と異なる主張をすることは,それだけで直ちに審判や
特許異議の申立てについての審理で審理判断された公知事実との対比の
枠を超えるということはできないから,取消訴訟においてこれらを主張
することが常に許されないとすることはできない。
(イ)本件は,取消決定の取消を求める訴訟であるところ,決定は,特許
請求の範囲に記載された事項により特定される発明(本件発明2)につ
き,刊行物1ないし3に記載された各発明との間で,刊行物1に記載さ
れた発明を主たる引用発明とし,刊行物2及び3に記載された各発明を
従たる引用発明として対比した上で,これらの発明から当業者が容易に
発明することができたと判断したものである。
被告は,本訴において,仮に決定の上記対比を前提とした判断に誤り
があるとしても,本件発明2につき,刊行物3に記載された発明を主た
る引用発明とし,刊行物2及び1に記載された各発明を従たる引用発明
として対比して判断すれば,当業者が容易に発明することができたとい
うべきであるから,決定を取り消すべき理由はない旨主張するところ,
甲9ないし11及び弁論の全趣旨によれば,刊行物1ないし3に記載さ
れた各発明は,いずれも本件の特許異議の申立てについての審理におい
て特許法29条1項3号に掲げる発明に該当するものとして審理された
公知事実であり,したがって,刊行物3に記載された発明についても,
特許異議の申立てについての審理において本件発明2との関係で特許法
29条1項3号に掲げる公知事実として実質的に審理されていたという
ことができるから,本訴において被告が予備的主張をすることは許され
るというべきである。したがって,被告の予備的主張に理由があるとき
には,決定を取り消すべき理由がないことに帰することとなる。
イ刊行物3(甲5)には,次の記載がある。
「本発明は,大きな可変性と良好な通気性により傑出する,かつらに関
するものである。」(1頁4行~6行,訳文1頁4行~5行)
「本発明によれば,毛髪は,被覆され,細長く弾性のあるベンド1乃至
4に固定されており,そのむき出しの端部5乃至12が,二つのW形の平
坦で且つ外側が毛髪により覆われた保持部13乃至16の,放射状に耳部
から出ている袋部内に差し込まれている。」(2頁11行~15行,訳文
2頁1行~4行)
また,刊行物3の図面によれば,「ベンド1乃至4は互いに間隔をあけ
て並設されていること」を看取し得る。
上記を総合すれば,刊行物3発明として,「複数の保持部と,該複数の
保持部に両端部を保持され該複数の保持部に間隔をあけて並設された複数
の細長く弾性のあるベンドと,前記ベンドに固定されるとともに保持部を
覆う毛髪と,を有するかつら」を認めることができ,これと本件発明2を
対比すると,「複数の保持部材と,該複数の保持部材に両端部を保持され
該複数の保持部材に間隔をあけて並設された複数の弾性線状部材と,少な
くとも前記弾性線状部材に植設された毛とを有するかつら」である点で一
致し,相違点2-①~2-③において相違するものと認めることができる。
ウ相違点2-①及び2-③について
刊行物1(甲3)には,薄くなった自毛とうまくとかして髪を増やす,
自毛と毛の色を合わせた合成毛を用いるかつらが記載されており,刊行物
1発明においては,自髪とかつらに取り付けた毛を梳いてなじませること
が予定されているものと認められる。
また,刊行物4(甲6,乙1)には,「このように本発明のかつらによ
ると毛髪を適宜間隔に結着した線状体の複数本を環状ベースに互に平行に
結着したので,かつらを頭に装着した後櫛を前記線状体と同一方向にすく
ことにより該櫛の歯が何ら当ることなく容易に頭の中央部の自然の毛髪を
線状体間を通って外方にすき出すことができ(る。)」(2頁左下欄16
行~右下欄2行)との記載があり,かつらを装着した後,櫛,ブラシ等で
自毛を引き出してかつらとなじませることが行われているものと認められ
る。
上記によれば,増毛用のかつらにおいて自毛を引き出すために毛流れと
逆方向に梳かすことは,かつらという技術分野において,通常行われてい
ることであり,くし,ブラシ等で自毛を引き出してかつらとなじませるよ
うにすることも,当業者が適宜なし得る事項であると認めるのが相当であ
る。そうすると,そのようにするために,「弾性線状部材」の間隔をくし
又はブラシで自毛を引き出せる程度のものとすることは,当業者が当然考
慮する程度の設計事項というべきである。
したがって,刊行物3発明に,刊行物1記載の事項及び技術常識を適用
し,本件発明2の相違点2-①及び2-③の構成のように,増毛用として
薄くなった自毛と同色の人工毛を用いるおしゃれ増毛装具とすること,ま
た,複数の弾性線状部材の並設される間隔を,自毛に人工毛を混在させる
ような所定の間隔とすることは,当業者が容易に想到することができたも
のと認めるのが相当である。
なお,原告は,刊行物3発明は全体かつらであるのに対し,刊行物1発
明は部分かつらであって,その機能や目的が異なるから,刊行物3発明に
刊行物1記載の事項を適用することは想定されない旨主張するが,両発明
は,全体か部分かという相違があるとしても,いずれもかつらという技術
分野に属するものであり,両者を組み合わせることが格別困難ということ
はできないから,原告の主張は採用の限りでない。
エ相違点2-②について
刊行物2(甲4)には,次の記載がある。
「図1は,本発明を適用したかつら(部分かつら)を裏返した状態で示
す説明図である。‥‥‥ネット状の台11には,それを頭部に止めるため
の櫛状の留め具13が取り付けられている。」(2頁右欄49行~3頁左
欄6行)
「本発明のかつら10において,ネット状の台11は,‥‥‥多数の線
状体110がそれぞれ縁部分111に支持された構造になっている。‥‥
‥毛髪12は,1本ずつ,あるいは2,3本ずつ各線状体110に結ばれ
てネット状の台11に均等に植毛されている。」(3頁左欄7行~16
行)
また,刊行物2の図1からは,「縁部分111に,4つの留め具13を
取り付けたかつら10」を看取することができる。
ここで,刊行物2記載の「毛髪12」,「縁部分111」,「留め具1
3」及び「かつら」が,本件発明2の「自毛」,「保持部材」,「止め
具」及び「おしゃれ増毛装具」に,それぞれ相当することは明らかであり,
また,刊行物2記載の事項の「線状体110」と本件発明2の「弾性線状
部材」とは「線状部材」の限りで一致する。
上記によれば,刊行物2には,止め具を保持部材の自毛と当接する裏面
に複数設けるとの事項,すなわち,相違点2-②に係る本件発明2の構成
が記載されているということができる。
そうすると,刊行物3発明において,上記刊行物2記載の事項を適用し,
本件発明2の相違点2-②に係る構成とすることは,当業者が容易に想到
できるものと認めるのが相当である。
なお,原告は,刊行物3発明は全体かつらであるのに対し,刊行物2記
載の発明は部分かつらであって,その機能や目的が異なり,刊行物3発明
に刊行物2記載の事項を適用することは想定されない上,両者を組み合わ
せることには阻害要因がある旨主張する。しかし,両発明は,全体か部分
かという相違があるとしても,いずれもかつらという技術分野に属するも
のである。また,刊行物2に記載された止め具に関する技術を刊行物3発
明に適用するに際して,おしゃれ増毛装具として装着するに適した特性を
持たせることは,当業者が当然考慮する設計事項というべきであり,刊行
物3発明において,刊行物2記載の事項を適用することに格別の妨げがあ
るということもできない。原告の主張は採用の限りでない。
オ作用効果
原告は,訂正発明の作用効果は,刊行物1~3のいずれにも記載ないし
示唆されたものではなく,刊行物1ないし刊行物3から当業者が予測可能
な範囲のものではないと主張する。
(ア)本件明細書(甲8)には,次の各記載がある。
「以上詳細に説明したように,本発明によれば,長方形の止め具とこ
れに直交する方向に並設した複数の弾性部材とに人工毛を植設しておし
ゃれ用又は増毛用の装具を形成するので,従来のように取り付け位置を
制約する環状体の止め部がなくなり,したがって,頭部の略如何なる箇
所にも無理なく取り付けることができ,これにより,汎用品として在庫
して顧客の要望に直ちに対応することが可能となる。」(段落【003
4】)
「また,止め具以外には毛流れに沿った方向に毛流れを遮る部材が無
いので,毛流れに沿って櫛又はブラシを操作するだけで容易に自毛を引
き出せると共に容易に人工毛と混在させて整髪することができ,したが
って,取り扱いに手数がかからず便利である。」(段落【0035】)
本件明細書の上記各記載によれば,本件発明2は,従来技術において
取り付け位置を制約していた環状体の止め部をなくし,弾性部材に人工
毛を植設したことにより,取付位置の制約をなくして使い回しを行える
ようにし,また,止め具以外には毛流れに沿った方向に毛流れを遮る部
材が無いので,毛流れに沿って櫛又はブラシを操作するだけで容易に自
毛を引き出せるとの作用効果を奏するようにしたものと認められる。
(イ)しかしながら,環状体の止め部を有しない点,止め具以外には毛流
れに沿った方向に毛流れを遮る部材がない点は,刊行物1発明も同様で
ある。そして,刊行物3発明は,「弾性線状部材が複数の保持部材に両
端を保持されている」ものであるところ,これに刊行物1記載の事項を
適用すれば(この適用自体が容易であることは,前記ウで説示したとお
りである。),本件発明2と同様の作用効果を奏することは明らかであ
るから,本件発明2の上記作用効果は,当業者が予測することができた
範囲のものというべきである。
カまとめ
したがって,本件発明2は,刊行物3発明,刊行物1記載の事項,刊行
物2記載の事項及び技術常識に基づいて当業者が容易に発明をすることが
できたものというべきであり,その作用効果も,刊行物3発明,刊行物1
記載の事項,刊行物2記載の事項及び技術常識から当業者が予測可能な範
囲のものであって,格別のものではない。
(3)取消事由2(本件発明2についての取消事由)のまとめ
以上によれば,刊行物1発明において刊行物3記載の事項を適用して相違
点2-1に係る本件発明2のように構成することが当業者に容易になし得る
ところであることした決定の判断は誤りであるが,本件発明2は,刊行物3
発明及び刊行物1に記載された事項及び刊行物2に記載された事項に基づい
て当業者が容易に発明をすることができたというべきであるから,本件発明
2は,刊行物1ないし3に記載された各発明との対比において,進歩性を認
めることができないとした決定の結論に誤りがあるということはできない。
3取消事由3(本件発明4についての取消事由)について
原告主張の取消事由3は,取消事由1及び2と同様の理由により,本件発明
4に係る特許を取り消した決定の認定・判断の誤りをいうものであるところ,
取消事由1,2が理由のないことは,すでに検討したとおりであるから,取消
事由3もまた理由がない。
4結論
以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,その
他,決定にはこれを取り消すべき誤りは認められない。
したがって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,
主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
三村量一裁判長裁判官
古閑裕二裁判官
嶋末和秀裁判官

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