弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を広島高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 弁護人山田慶昭の上告趣意は、憲法三一条違反をいう部分もあるが、実質は単な
る法令違反、事実誤認の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。
 しかし、所論にかんがみ職権をもつて調査すると、原判決は、後記の理由で、刑
訴法四一一条一号、三号により破棄を免れないものと認められる。
 原判決は、第一審判決を破棄自判するにあたり、第一審判決が認定した事実に法
律を適用しており、その認定事実第二の要旨は、
 被告人は、昭和四〇年三月六日午後九時五〇分ごろ普通乗用自動車を運転し、広
島市a町方面からb駅方面に向け進行中、同市c町d番地広島東警察署前交差点に
さしかかつた際折から南北の信号が赤の停止信号であつたので、該交差点南端の停
止線で一旦停車したが、まもなく南北信号が青の進め信号になつたので発車したが、
このような場合自動車運転者としては、信号が変わつた直後であるからなお東から
西に向けて交差点内を進行してくる自動車等があるかもしれないので、前方および
左右を注視して衝突等による事故発生を未然に防止すべき業務上の注意義務がある
にもかかわらずこれを怠り、右方から進行してくる自動車等は全くないものと軽信
し、右方の注視を欠いたまま漫然発車進行したため、発車直後右方から進行してき
たAの運転する第二種原動機付自転車を至近距離で発見し急停車の措置をとつたが
およばず、自車の運転台右側付近を同人に衝突させ、よつて同人に対し全治約二ケ
月を要す陰部、腰部、左鼠蹊部の各打撲の傷害を与えた、
というのである。そして、原判決は、右の所為につき刑法二一一条前段を適用し、
第一の罪(別の日時場所における業務上過失致死傷)と刑法四五条前段の併合罪に
なるとして、右第一の罪の刑に法定の加重をした刑期の範囲内で被告人を禁錮一年
に処したことが明らかである。
 しかし、前記第二の罪の証拠として第一審判決が挙示している各証拠資料によれ
ば、本件の事実関係は次のようなものであると考えられる。まず、被告人が本件交
差点南端の停止線(二つの緑地帯を結ぶ横断歩道の南側)に位置していつたん停車
し、南北信号が青の信号に変わつた後発進したことは、当時被告人の車両の右に並
んで停車していたタクシーの運転者Bの司法巡査に対する供述調書の記載(記録五
三丁裏)によつて明らかであるので、衝突地点が司法巡査作成の昭和四〇年三月六
日付実況見分調書添付図面(記録四九丁)(以下単に図面という。)の×印である
とすれば、右のように信号が変わつてから被告人の車が×印に到達するまでに若干
時間が経過しているはずである(被告人の検察官に対する昭和四〇年五月二八日付
供述調書《記録六一丁裏》によれば、衝突時の同人の時速は約二〇キロメートルで
あつたという。)。したがつて、Aの第二種原動機付自転車(以下原付自転車と略
記する。)が×印に到達する相当以前に東西信号が赤信号に変わつていたものとみ
なければならない。そこで、被告人の車がかりに時速二〇キロメートル(実際は停
止状態から加速するのであるから、平均時速はもつとおそいはずであるが。)で停
止線から×印までの距離約二〇メートル(図面による推定)を進行したとすれば、
その間に右Aの原付自転車が時速三〇キロメートル (Aの証言《三五丁》による。)
で進行する距離は、計算上約三〇メートルということになる。そして、図面上×印
からAの進路を逆に推定三〇メートルたどると、ほぼ図面東側の横断道路付近の位
置となる。しかも、前記のように、実際の時間はもつとかかつているはずであるか
ら、右Aは、赤信号を無視して交差点に突入したか、または少なくとも交差点に入
つた直後信号が赤に変わつたのに、これを無視し、もしくは気づかずに、かなりの
速度で×印に達した公算が大きいといわなければならない。
 してみると、本件の事実関係においては、交差点において、青信号により発進し
た被告人の車が、赤信号を無視して突入してきた相手方の車と衝突した事案である
疑いが濃厚であるところ、原判決は、このような場合においても、被告人としては
信号を無視して交差点に進入してくる車両がありうることを予想して左右を注視す
べき注意義務があるものとして、被告人の過失を認定したことになるが、自動車運
転者としては、特別な事情のないかぎり、そのような交通法規無視の車両のありう
ることまでも予想すべき業務上の注意義務がないものと解すべきことは、いわゆる
信頼の原則に関する当小法廷の昭和四〇年(あ)第一七五二号同四一年一二月二〇
日判決(刑集二〇巻一〇号一二一二頁)が判示しているとおりである。そして、原
判決は、他に何ら特別な事情にあたる事実を認定していないにかかわらず、被告人
に右の注意義務があることを前提として被告人の過失を認めているのであるから、
原判決には、法令の解釈の誤り、審理不尽または重大な事実誤認の疑いがあり、こ
の違法は判決に影響を及ぼすことが明らかであつて、原判決を破棄しなければ著し
く正義に反するものと認める。
 よつて、刑訴法四一一条一号、三号により原判決を破棄し、さらに審理を尽くさ
せるため同法四一三条本文により本件を原裁判所に差し戻すこととし、裁判官全員
一致の意見で、主文のとおり判決する。
 検察官 勝田成治公判出席
  昭和四三年一二月二四日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    松   本   正   雄
            裁判官    田   中   二   郎
            裁判官    下   村   三   郎
            裁判官    飯   村   義   美

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