弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
     当審における未決勾留日数中九〇日を原判決の刑に算入する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人伊井和彦の提出した控訴趣意書に記載されているとお
りであるから、これを引用する。
 所論は量刑不当の主張である。
 <要旨>先ず所論に先立ち職権をもつて原判示第二の事実につき調査するに、原審
記録によれば、原判決は原判示第二の所為(以下「本件損壊行為」とい
う。)当時既にAは死亡していたとして死体損壊罪を認定しているのであるが、原
判決か挙示するB大学法医学教室医師C他一名作成の鑑定書によれば、Aの死体を
解剖した結果、同死体には(一)咽頭喉頭粘膜に発赤、浮腫等の変化を認めず、気
管内に煤も存在せず、粘膜は淡黄色を呈し平滑であるが、他方(二)左右心房内血
液につき分光光度法により一酸化炭素ヘモグロビンの飽和度を測定したところ左房
血は一一・八パーセント、右房血は一〇・七パーセントであつたことが認められ、
このことに当審で事実取り調べをした証人Cの証言を参酌すると、右(一)の点は
気管支に対する加熱作用の不存在、従つてまた呼吸運動の不存在を推測させるが、
他方(二)の点についてみるとその数値自体は可熱作用を受けなくともいわゆるヘ
ビースモーカーから得られる範囲内のものではあるものの、左右心房の測定値に約
一・一パーセントの差異があり、かつ左の数値が高いことは生前における加熱作用
から生ずる一酸化炭素の吸引、従つてまた呼吸運動の存在を示唆しうるものであ
り、以上の諸点に本件損壊行為が戸外で行なわれていること、本屍には原判示第一
の犯行によつて生じ、かつ死因となつた非常に高度な頭蓋内損傷が存することを考
慮すると、本件損壊行為当時Aが既に死亡していた可能性は高いものの、未だ死戦
期にあつてなお生命維持機能が働き短時間ながら微弱な呼吸をしていた疑いも医学
的見地からは否定し去ることができないことが認められるのである。してみると、
Aが本件損壊行為当時死亡していたとするにはなお右のような生存の可能性につい
ての合理的疑いを払拭できず、結局本件損壊行為当時におけるAの生死は不明、換
言すれば生存の可能性も否定できないのであつて、本件における死体損壊罪の成否
についてはなお慎重な検討を要するものがあるといわざるをえない。ところで、原
審記録及び当審事実取り調べの結果によれば、被告人は原判示第一の犯行後被害者
が前頭部から血を流し微動だにしなかつたことから死亡したものと確信し、その顔
面を焼いて身元判別を困難にしようと企て本件損壊行為に及んだものであり、しか
も前示鑑定書並びにCの証言に照らしても、ひとり被告人のみならず、なんぴと
も、外見上はAが既に死亡しているものと確信し、これに疑いを容れる余地のない
状態にあつたこと、更にこれを医学的見地からみてもその生死の判定に困難を来た
し、一見死亡しているとみても不自然ではない程であり、仮に生存していたとして
も、非常に高度な頭蓋内損傷の故にその後短時間のうちに死亡することが確実視さ
れ、かつ現に死亡し、しかもその死亡が本件損壊行為による燃焼中に招来したこと
も容易に推認されるのであり、被告人の本件損壊行為がAの死に何ら原因を与える
ものでなかつたことも明らかである。このような状況下において、被告人は本件損
壊行為に及び、かつ少くもこれによる燃焼中、これとは別の前示頭蓋内損傷により
死亡した被害者に対し、その死の前後にわたる燃焼により結局意図したとおり死体
損壊の結果を生ぜしめたものであるから、このような場合には、たまたま事後の解
剖結果によりその行為時において被害者の生存の可能性を完全には否定し去ること
ができない所見が見られたとしても、なお死体損壊の責を負うべきものと解するの
が相当である。してみると、原判決には、前示のとおり本件損壊行為当時被害者生
存の可能性が存していたにもかかわらず、被害者か既に死亡したと認定している点
において事実の誤認があるというほかないが、右誤認は死体損壊罪の成否に消長を
来たすものではないから、判決に影響を及ぼすことが明らかであるとはいえないと
いうべきである。
 そこで論旨につき検討するに、本件は、数日前同じ人夫出し業者に雇われた被告
人と被害者が右雇主から酒食の馳走を受けての帰途、被告人がタクシー内で日頃心
良く思つていなかつた被害者から悪態をつかれたことに立腹し、宿舎近くで降車
し、被害者を引きずり降したうえ、絡もうとして逆に被告人から手挙で顔面を強打
され路上に転倒しうつ伏せになつたまま格別の抵抗も出来ないでいる被害者の背中
にまたがり、セーターの後ろ襟首付近をつかみ前額部等をアスフアルト路面に三回
強打してそのころ殺害したうえ、宿舎から身回り品を持ち出し逃走するに際し身元
の判別を困難にして犯跡を隠蔽すべく被害者の顔面等にダンボール等を積み重ねて
点火し、少くもその後間もなく先の殺害行為により死亡した被害者の顔面等を焼燬
したというものであり、本件の発端が被害者にあるとはいえ、被害者は当時中等度
の酩酊状態にあつて防禦能力に乏しく、しかも被告人に顔面を強打され殆ど無抵抗
に近い状態であつたに拘らず、圧倒的に体力の優勢を誇る被告人が激情の赴くまま
前示殺害行為に及び、更に死体損壊をなしたものであつて、被害者の頭部の損傷の
凄惨さは殺意の強固さと加えられた暴力の強大さを示して余りなく、態様は凶器を
使用していないとはいえ残虐なものといわざるをえず、これにより一命を奪つた結
果の重大さはもとより、更になした損壊行為も非人間的なものであり、妻子に先立
たれ身一つで気ままな飯場生活を送るうち些細な原因で惨殺され、剰え顔面等を焼
燬されるに至つた被害者の末路は憐れというほかなく、加えてその惨状の故に周辺
住民はもとより一般社会に与えたであろう衝撃も無視できないのであつて、これら
の諸点に鑑みると、被告人の刑責は重大というほかなく、従つて、被告人が反省悔
悟していること、本件犯行は偶発的なものであり、被告人も当時酩酊していたこ
と、平素粗暴な言動に出ることもなく前科歴はあるものの粗暴犯の前科はないこ
と、その他所論が指摘する有利な諸事情を被告人のため十分斟酌しても、被告人を
懲役一〇年に処した原判決の量刑が重きに失し不当であるとは認められない。論旨
は理由かない。
 よつて、刑訴法三九六条により本件控訴を棄却し、刑法二一条により当審におけ
る未決勾留日数中九〇日を原判決の刑に算入し、当審における訴訟費用は刑訴法一
八一条一項但書により被告人に負担させないこととして、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 高木典雄 裁判官 太田浩 裁判官 田中亮一)

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