弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
       本件上告を棄却する。
       上告費用は上告人の負担とする。
         理    由
 上告代理人山崎潮ほかの上告受理申立て理由について
 1 原審の適法に確定した事実関係等の概要は,次のとおりである。
 (1) 被上告人は,昭和20年8月14日,朝鮮慶尚南道に本籍を有する朝鮮人
男性甲を父とし,当時埼玉県に本籍を有した内地人女性Bを母とする非嫡出子とし
て出生し,日本人母の子として日本国籍を取得した。
 (2) 甲は,昭和25年9月8日,被上告人を認知した(以下,この認知を「本
件認知」という。)。
 (3)ア 昭和27年4月28日に日本国との平和条約(以下「平和条約」という。)
が発効する前の我が国においては,内地,朝鮮,台湾等の異法地域に属する者の間
で身分行為があった場合,その準拠法は,共通法(大正7年法律第39号)2条2
項によって準用される法例(平成元年法律第27号による改正前のもの)の規定に
よって決定されることとなり,朝鮮人父が内地人母の子を認知した場合の認知の効
力については,認知者である父の属する地域である朝鮮の法令が適用されることと
されていたが,朝鮮民事令(明治45年制令第7号)1条及び11条によれば,旧
民法(昭和22年法律第222号による改正前のもの)827条2項によることと
され,子は,朝鮮人父の認知により,その庶子となるものとされていた。
 また,朝鮮民事令11条により,朝鮮人の親族相続に関しては,前記認知に関す
る規定のように別段の規定があるものを除き,朝鮮慣習が適用されることとされて
おり,朝鮮慣習によれば,朝鮮人父の認知によりその庶子となった子は,戸主の同
意を要することなく,当然に朝鮮人父の家に入ることとされていた。
 したがって,朝鮮人父が内地人母の子を認知した場合には,子は,上記のとおり
庶子となって朝鮮人父の家に入り,父の朝鮮戸籍に入籍することとされていた。
 イ 共通法3条1項は,「一ノ地域ノ法令ニ依リ其ノ地域ノ家ニ入ル者ハ他ノ地
域ノ家ヲ去ル」とし,同条2項は,「一ノ地域ノ法令ニ依リ家ヲ去ルコトヲ得サル
者ハ他ノ地域ノ家ニ入ルコトヲ得ス」としており,異法地域に属する者の間で身分
行為があった場合,一の地域の法令上入家という家族法上の効果が発生するときに
は,他の地域においても原則としてその効果を承認して去家の原因とすることを定
めていた。その結果,戸籍に関しても,一の地域の戸籍から他の地域の戸籍への移
動という効果を生ずることとされていた。
したがって,後記の国籍法改正による影響を考慮しない限り,内地人母の子が,朝
鮮人父の認知によりその庶子となり,朝鮮人父の家(朝鮮戸籍)に入る場合は,内
地戸籍から除籍されることとなる。
 ウ 平和条約の発効により,我が国が,朝鮮の独立を承認して,朝鮮に対するす
べての権利,権原及び請求権を放棄したことに伴い,それまで日本の国内法上で朝
鮮人としての法的地位を有していた人,すなわち,朝鮮戸籍令(大正11年朝鮮総
督府令第154号)の適用を受け朝鮮戸籍に登載されるべき地位にあった人は,元
来日本人で朝鮮人との身分行為によって朝鮮戸籍に入籍すべき事由の生じた人を含
め,朝鮮国籍を取得し,日本国籍を喪失したものと解されている(最高裁昭和30
年(オ)第890号同36年4月5日大法廷判決・民集15巻4号657頁,最高
裁昭和33年(あ)第2109号同37年12月5日大法廷判決・刑集16巻12
号1661頁,最高裁昭和38年(オ)第1343号同40年6月4日第二小法廷
判決・民集19巻4号898頁,最高裁平成6年(行ツ)第109号同10年3月
12日第一小法廷判決・民集52巻2号342頁参照)。
 エ 旧国籍法(明治32年法律第66号)23条本文は,「日本人タル子カ認知
ニ因リテ外国ノ国籍ヲ取得シタルトキハ日本ノ国籍ヲ失フ」と規定していたが,昭
和25年7月1日から国籍法(昭和25年法律第147号)が施行され,その附則
により旧国籍法が廃止された。
 国籍法は,日本国籍の喪失については,自己の志望により外国籍を取得した場合
(昭和59年法律第45号による改正前の8条),外国で生まれたことによってそ
の国の国籍を取得した日本国民が戸籍法の定めるところにより日本の国籍を留保す
る意思を表示しなかった場合(昭和59年法律第45号による改正前の9条),外
国の国籍を有する日本国民が届出により日本の国籍を離脱する場合(昭和27年法
律第268号による改正前の10条)を挙げるのみで,認知等の身分行為により日
本国籍を失う旨の規定は設けられなかった。
 2 原審は,内地戸籍から除籍されて朝鮮戸籍に入籍することは,後の平和条約
の発効に伴い日本国籍を失うという結果をもたらすものであるところ,昭和25年
7月1日に国籍法が施行されて,日本人たる子が外国人父の認知という一方的意思
表示によっては日本国籍を失わないこととされた後においては,朝鮮人父に認知さ
れた内地人母の子は,共通法3条2項にいう「一ノ地域ノ法令ニ依リ家ヲ去ルコト
ヲ得サル者」に該当し,朝鮮戸籍に入籍するべき者には該当せず,平和条約の発効
によっても日本国籍を喪失しないとして,被上告人の日本国籍を有することの確認
を求める請求を認容すべきものとした。
 3 当裁判所の判断は,次のとおりである。
 共通法3条は,内地,朝鮮,台湾等の地域ごとに,適用法令が異なるという当時
の制度を前提として,旧国籍法5条,6条,18条,19条,23条等の内容に準
じていわゆる地域籍の得喪を定める規定であり,地域籍は,当時の法制の下におい
て,上記の地域ごとに国籍に準ずる役割を果たしていた。
 前記のとおり,旧国籍法23条本文は「日本人タル子カ認知ニ因リテ外国ノ国籍
ヲ取得シタルトキハ日本ノ国籍ヲ失フ」と規定していたところ,昭和25年7月1
日施行の国籍法は,自己の意思に基づかない身分行為によって日本国籍を失うとい
う法制は採用せず,旧国籍法23条の規定も廃止した。地域籍の得喪が,旧国籍法
の前記規定に準じて定められていたことに照らすと,上記のような法制の変動の結
果,上記の国籍法施行日以降においてされた親の一方的な意思表示による認知は,
もはや地域籍の得喪の原因とはならなくなったものというほかはなく,朝鮮人父に
よって認知された子を内地戸籍から除籍する理由はなくなったものというべきであ
る。
 昭和25年12月6日付け法務府民事局長通達「朝鮮又は台湾と内地間における
父子の認知について」は,「標記の件に関する従前の内地における戸籍の取扱につ
いては,旧国籍法第5条第3号,同法第23条,戸籍法第22条及び同法第23条
の各規定の精神に則り,内地人男が朝鮮,台湾に本籍を有する女の出生した子を認
知した場合は,子は内地に新戸籍を編製し,また,朝鮮,台湾に本籍を有する男が
内地人女の出生した子を認知した場合は,子は内地の戸籍から除くこととされてい
た。右戸籍の取扱は,今後はこれを改め,前記各場合の認知によっては子の戸籍に
変動を生じないこととした。」と定めているが,これは,前記の説示と同じ趣旨の
下に,地域籍についても,朝鮮又は台湾と内地間における父子の認知に関する従前
の取扱いを新しく施行された国籍法の趣旨に準じた取扱いに改めたものである。そ
うすると,上記民事局長通達の取扱いを,同通達発出日の昭和25年12月6日以
降の認知に限定する理由はなく,前記説示のように,国籍法施行の同年7月1日以
降の認知についても,同様の取扱いを行うべきである。そうすることによって,法
の下の平等の精神にも沿うことになるのである。
 以上のとおり,【要旨】国籍法施行後に朝鮮人父から認知された子は,内地の戸
籍から除籍される理由がないから,平和条約の発効によっても日本国籍を失うこと
はないと解するのが相当である。そうすると,被上告人は,平和条約の発効後も日
本国籍を有するのであり,これと結論を同じくする原審の判断は,是認することが
できる。所論引用の判例(最高裁昭和36年(オ)第1390号同38年4月5日
第二小法廷判決・裁判集民事65号437頁)は,昭和27年2月12日に台湾人
男と自己の意思に基づき婚姻した内地人女の平和条約発効後における日本国籍喪失
に関するもので,本件とは事案を異にする。論旨は採用することができない。
 4 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり判決する。 
(裁判長裁判官 甲斐中辰夫 裁判官 横尾和子 裁判官 泉 徳治 裁判官 島
田仁郎 裁判官 才口千晴)

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