弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,平成27年6月26日午後4時00分19秒頃にI
Pアドレス「●.●.●.●」を使用して,被告の管理する特定電気通信設備
に接続した電気通信回線の上記日時における契約者に関する氏名又は名称,
住所及び電子メールアドレスを開示せよ。
第2事案の概要
1本件は,第三者が原告になりすましてインターネット上の掲示板に投稿し
たことによりアイデンティティ権,プライバシー権ないし肖像権を侵害さ
れ,又は,名誉を毀損されたとする原告が,上記投稿をした者(以下「本件
発信者」という。)に対する損害賠償請求権の行使のために,本件発信者に
インターネットサービスを提供した被告に対し,特定電気通信役務提供者の
損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(以下「法」とい
う。)4条1項に基づき,本件発信者の氏名又は名称,住所及び電子メール
アドレスの開示を求める事案である。
2争いのない事実等(証拠により認定した事実は末尾に証拠を示す。)
(1)ア原告は,●県●市に在住し,A株式会社(以下「A」という。)が
運営するSNS「A′」(以下「本件サイト」という。)にアカウント
を有し,これを使用している者である。
イ被告は,特定電気通信設備を用いて本件サイトへの投稿と閲覧を媒介
し,又は特定電気通信設備をこれら他人の通信の用に供する者であり,
法4条1項の開示関係役務提供者である。
(2)平成27年●月●日,本件サイト上に開設された掲示板(以下「本件
掲示板」という。)に,被告が経由プロバイダとして割り当てたIPアド
レスを用いて,A′ID●のアカウント(以下「本件アカウント」とい
う。)を有する者(本件発信者)が,アカウント表示名「B′」(以下
「本件ハンドルネーム」という。),プロフィール画像として原告の顔写
真を用い,「みなさん,わたしの顔どうですか?w」,「●●は2ちゃん
坊を巻き込んでやるなよwwヒャッハー*〵(^0^)/*あ~現場着くわ!
またな,おばあちゃん」等の別紙投稿記事目録記載の投稿をした(以下
「本件投稿」という。)(甲6ないし8)。
なお,本件発信者は,遅くとも同年6月23日までには,本件アカウン
トの表示名を「B′」から「B″」に,プロフィール画像を原告の顔写真
から漫画のキャラクターに変更した(甲6)。
(3)被告は,本件投稿に使用されたIPアドレスを割り当てた電気通信設
備の契約者(本件発信者)の情報(①氏名又は名称,②住所及び③電子メ
ールアドレス)を保有している。
3争点及び争点に関する当事者の主張
(1)本件投稿により原告の権利が侵害されたことが明らかであるか。
(原告の主張)
本件発信者は,平成27年●月●日前後,本件アカウントを利用し,プ
ロフィール画像として原告の顔写真を使用し,アカウント表示名を原告の
名前をもじった「B′」として,本件掲示板に,原告になりすまして,別
紙投稿記事目録記載のような内容の本件投稿をした。
本件投稿により,原告に次のアないしウの各権利侵害が生じたことが明
らかである。
ア憲法13条後段の幸福追求権は,同条前段の個人の尊重の原理を受け
て「個人の人格的生存に不可欠な利益を内容とする権利の総体」と解さ
れるところ,自己同一性を保持し,自我・自分を獲得することは人格的
生存の大前提となる行為であり,自分自身による自己認識という意味に
おいての自己同一性のみならず,他者から見た自分,他者に認識される
自分について同一性を保持することも人格的生存に不可欠な要素であ
る。この他者との関係において人格的同一性を保持する利益を「アイデ
ンティティ権」と呼ぶが,アイデンティティ権は人格の同一性を保持
し,社会生活における人格的生存に不可欠な権利であって,憲法13条
後段の幸福追求権ないしは人格権から導き出される権利である。
アイデンティティ権の侵害の成否を検討するに当たっては,名誉毀損
事案に準じ,対象のなりすましアカウント等が一般の閲覧者の普通の注
意と読み方を基準として,権利侵害を主張する者のものであると認識さ
れるかという基準で判断すべきである。
本件アカウントは,原告の顔写真をプロフィール画像として設定し,
アカウント表示も原告の名をもじったものを使用していたから,一般の
閲覧者の普通の注意と読み方を基準として原告のアカウントと認識され
てしまうものであるから,原告のアイデンティティ権を侵害するもので
ある。
原告は,自己の顔写真の使用も含め,このような行為を一切許諾して
いないから,なりすまし行為を正当化する理由はない。
イ本件アカウントのプロフィール画像として使用された原告の顔写真
は,原告が5,6年前に本件サイトに登録した際にプロフィール画像と
して設定したものであるが,原告は自己の顔写真の使用を許諾していな
いから,これが公開されることで原告のプライバシー権ないし肖像権が
侵害された。
ウ本件投稿中には,「●●は2ちゃん坊を巻き込んでやるなよwwヒャ
ッハー*〵(^0^)/*あ~現場着くわ!またな,おばあちゃん」という
他のユーザーに対し,罵声を浴びせるものがあり,一般の閲覧者の普通
の注意と読み方からすれば原告自身がこのような行為を行っていると認
識されてしまうものであるから,原告がSNS上で他のユーザーに罵声
を浴びせるなどトラブルを起こしている人物と認識され社会的評価が低
下する。よって,本件投稿は原告の名誉を毀損するものである。
(被告の主張)
否認ないし争う。本件アカウントが第三者によるなりすまし行為による
ものであるかは判然としないし,なりすまし行為であるとしても,原告の
権利侵害が明白であるとまでいうことはできない。
ア原告の主張するアイデンティティ権は,独自の見解に過ぎず,法的根
拠や権利の内容が判然としない。
イ原告の顔写真は,原告自身によって撮影され,既に一般に公開されて
いるから,個人に関する情報をみだりに第三者に開示又は公表されない
自由であるプライバシー権,みだりに自己の容ぼう,姿態を撮影されな
いということについての法律上保護されるべき人格的利益である肖像権
を侵害することが明らかであるとはいえない。
ウ民事上の名誉毀損とは事実摘示,論評等の方法による表現内容がその
表現内容の対象となる他者の社会的評価を低下させる場合を一般的にい
うと考えられるところ,本件投稿は,表現内容自体は原告を対象とする
ものではなく,少なくとも原告との関係で,一般的に法的保護の対象と
なると認められている名誉権を侵害したものとはいえない。
(2)原告に本件発信者に係る発信者情報の開示を受けるべき正当な理由が
あるか。
(原告の主張)
原告は,本件投稿を行った本件発信者に対し,人格権侵害等を理由とし
て不法行為に基づく損害賠償請求や将来の差止めを求める予定であり,本
件発信者に係る発信者情報の開示を受けるべき正当な理由があるといえる。
(被告の主張)
不知
第3当裁判所の判断
1争点(1)(本件投稿により原告の権利が侵害されたことが明らかである
か)について
(1)甲9(原告の陳述書)によれば,本件投稿は,いずれも原告が行った
ものではなく,第三者(本件発信者)が行ったものと認めることができ
る。
そして,前記争いのない事実等(2)のとおり,本件投稿を行った者は,
平成27年●月●日頃,本件アカウントを利用し,プロフィール画像とし
て原告の顔写真を使用し,アカウント表示名として「B′」という原告の
氏名である「B」をもじった名前(本件ハンドルネーム)を使用したもの
であるから,本件投稿は,いわゆる第三者が原告になりすまして投稿した
ものと認めることができる。
なお,被告は,本件投稿が原告以外の第三者によるものかを示す書証が
甲9以外に存在しないから,なりすましかどうかは判然としないと主張す
るが,原告が本件発信者と同一であるのにその損害賠償のために本訴を提
起するとまで考えることは相当ではなく,また,前記争いのない事実等
(2)のとおり,本件発信者は,遅くとも同年6月23日までに本件アカウ
ントの表示名やプロフィール画像を変更しており,このような事実からす
ると,本件投稿は,原告以外の第三者が行った蓋然性が高いものといえ,
前記被告の主張は採用できない。
そこで,本件発信者が原告になりすまして本件投稿を行ったことにより
原告の権利が侵害されていることが明白であるといえるか検討する。
(2)原告は,本件投稿のうち,「●●は2ちゃん坊を巻き込んでやるなよ
wwヒャッハー*〵(^0^)/*あ~現場着くわ!またな,おばあちゃん」
という投稿は,他のユーザーに対し,罵声を浴びせるものであり,一般の
閲覧者の普通の注意と読み方からすれば原告自身がこのような行為を行っ
ていると認識されてしまうものであるから,原告の社会的評価が低下し,
名誉毀損に該当すると主張する。
そこで,一般人の普通の注意と読み方を基準として,本件投稿により,
原告の社会的評価が低下したといえるかどうかを検討する。
ア前記投稿は,その趣旨は明らかではないが,問題となりそうであるの
は「●●は2ちゃん坊を巻き込んでやるなよ」という記載のみであり,
これは事実を摘示したものではないし,事実をもとに論評を加えたとい
うものでもなく,他のユーザーに罵声を浴びせたものかどうかも明らか
ではない。
イ甲6によれば,本件掲示板は,「●」【ひとりごと】独り言掲示板
[22]として,「ひとりごとを気軽につぶやくトピックだ!!イベン
トを達成したとき,艦隊戦で勝利した時など,自由につぶやこう」と記
載されていること,ユーザーがそれぞれ,匿名で投稿していること,他
のユーザーの投稿を受けて,それに答えた別の投稿をしたりしているこ
とを認めることができる。
ウそうすると,記載の内容及び本件掲示板の目的,内容等からして,前
記投稿の内容のみから,原告の名誉を毀損したとまで認めることは困難
である。このことは,本件投稿がなりすましによるものであることによ
って,このような記載を原告がしたと感じられることにより,原告の名
誉が毀損されたとまで認めることはできないというべきである。
よって,一般人の普通の注意と読み方を基準として,本件投稿により,
原告の社会的評価が低下したと認めることはできない。
(3)原告は,本件発信者が,本件アカウントのプロフィール画像として,
原告の許諾を得ないで原告の顔写真を使用して公開しているから,原告の
プライバシー権又は肖像権が侵害されたと主張する。
しかし,プライバシー権とは,個人に関する情報をみだりに第三者に開
示又は公表されない自由であるところ,本件アカウントのプロフィール画
像として用いられた原告の顔写真は,原告が5年ほど前に本件サイトに登
録した際に原告のプロフィール画像としてアップロードしたものであって
(甲9),原告自らが不特定多数の者が閲覧することを予定されたSNS
サイト上に公開したものであるから,これが用いられたことにより,原告
のプライバシー権が侵害されたと認めることはできない。
また,肖像権とは,みだりに自己の容ぼう,姿態を撮影されないという
人格的権利であるが,前記のとおり,原告の顔写真は,原告が自ら公開し
たものであるから,本件投稿により,原告の肖像権が侵害されたと認める
こともできない。
よって,プライバシー権及び肖像権を侵害されたという原告の主張も理
由がない。
(4)原告は,なりすまし行為自体が原告のアイデンティティ権を侵害する
と主張する。原告のいうアイデンティティ権とは,他者との関係において
人格的同一性を保持する利益をいい,社会生活における人格的生存に不可
欠な権利であって,憲法13条後段の幸福追求権ないしは人格権から導き
出されるものであるとする。
確かに,他者との関係において人格的同一性を保持することは人格的生
存に不可欠である。名誉毀損,プライバシー権侵害及び肖像権侵害に当た
らない類型のなりすまし行為が行われた場合であっても,例えば,なりす
まし行為によって本人以外の別人格が構築され,そのような別人格の言動
が本人の言動であると他者に受け止められるほどに通用性を持つことによ
り,なりすまされた者が平穏な日常生活や社会生活を送ることが困難とな
るほどに精神的苦痛を受けたような場合には,名誉やプライバシー権とは
別に,「他者との関係において人格的同一性を保持する利益」という意味
でのアイデンティティ権の侵害が問題となりうると解される。
しかし,「他者との関係において人格的同一性を保持する利益」が認め
られるとしても,どのような場合であれば許容限度を超えた人格的同一性
侵害となるかについて,現時点で明確な共通認識が形成されているとは言
い難いことに加え,なりすまし行為の効果及び影響は,なりすまし行為の
相手方となりすまされた者との関係,氏名,ハンドルネーム及びID等な
りすまし行為で使用された個人を特定する名称,記号等の性質,顔写真の
使用の有無及びなりすまし行為が行われた媒体等の性質等なりすまし行為
の手段及び方法,なりすまし行為の具体的な内容などの諸要素によって異
なることからすれば,どのような場合に損害賠償の対象となるような人格
的同一性を害するなりすまし行為が行われたかを判断することは容易なこ
とではなく,その判断は慎重であるべきである。
本件についてみると,①本件掲示板は「独り言掲示板[22]」であ
り,冒頭に「ひとりごとを気軽につぶやくトピックだ!!」などの説明が
あるものであること(甲6),②原告の主張するなりすまし行為は,本件
投稿の内容を除くと,原告の写真と本件ハンドルネームを一緒に使用する
ことであるが,これらは,本件発信者のID(本件アカウント)について
設定された画像及びハンドルネームであって,原告のアカウントそのもの
の偽装・乗っ取りではないこと(甲1,5,弁論の全趣旨),③A′のア
カウントの画像及びハンドルネームは,アカウント保有者が随時変更する
ことができ,しかも,変更すると少なくとも本件サイト上では過去の投稿
に遡って画像及びハンドルネームの変更が反映されること(甲5ないし
9),④原告が指摘する本件投稿は,平成27年●月●日の午前9時15
分から始まっているが,同日午前10時39分の「みなさん、わたしの顔
どうですか?w」の投稿の直後(その次の書き込み)の同日午前10時4
4分には「また名前変えてるよ」などと,本件発信者が,本件アカウント
の画像及びハンドルネームを変えて書き込みをしていることが本件掲示板
上で指摘されていること(甲6,7)(他にも,同日の,午前11時51
分,午後零時8分,午後零時11分等(甲6)の書き込みを参照。),⑤
争いのない事実等(2)及び上記③,④からすると,本件アカウントの画像
及びハンドルネームが原告に関するものとなっていた期間は,長くとも平
成27年●月●日から同年6月23日までの1か月余りの間であることと
いった事情がある。
以上の事情に照らすと,本件掲示板では,本件投稿が原告本人ではない
者によるものである可能性がなりすまし行為の直後に指摘され,遅くとも
1か月余りうちに原告本人を想起させる写真及びハンドルネームが本件掲
示板から抹消されていると認めることができる。そうすると,仮に,前記
のとおり人格権としてのアイデンティティ権の侵害として不法行為が成立
する場合があり得るとしても,本件投稿について検討する限り,損害賠償
の対象となり得るような個人の人格的同一性を侵害するなりすまし行為が
行われたと認めることはできない。
そうすると,本件では,本件発信者が原告になりすまして本件書き込み
をしたことが,原告のアイデンティティ権の侵害として,法4条1項1号
にいう「権利が侵害されたことが明らかであるとき」に該当すると認める
ことができない。
よって,アイデンティティ権侵害を理由とする権利侵害の主張は理由が
ない。
(5)以上によれば,本件投稿により原告の権利が侵害されたことが明らか
であると認めることはできない。
2そうすると,争点(2)を検討するまでもなく,原告の請求は理由がないこ
とになる。
第4結論
以上によれば,原告の請求は理由がないから棄却することとし,訴訟費用
について民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第18民事部
裁判長裁判官佐藤哲治
裁判官池田聡介
裁判官中井裕美

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