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平成15年7月25日判決言渡し・同日原本領収 裁判所書記官 高瀬美喜男
平成14年(ワ)第9号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成15年3月7日
判決
主文
1 被告Aは,原告Bに対し,10万円及びこれに対する平成14年3月8日から支
払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告Aは,原告Cに対し,10万円及びこれに対する平成14年3月8日から支
払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らの被告Aに対するその余の請求及び被告国に対する請求をいずれも
棄却する。
4 訴訟費用は,原告らに生じた費用の20分の1及び被告Aに生じた費用の10
分の1を被告Aの負担とし,原告らに生じたその余の費用,被告Aに生じたそ
の余の費用及び被告国に生じた費用を原告らの負担とする。
5 この判決は,第1,2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告らは,原告Bに対し,連帯して100万円及び内金50万円に対する平成14年
1月24日から,内金50万円に対する平成14年3月8日からいずれも支払済みま
で年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは,原告Cに対し,連帯して100万円及び内金50万円に対する平成14年
1月24日から,内金50万円に対する平成14年3月8日からいずれも支払済みま
で年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,①原告Bが群馬県外1名を相手に提起した損害賠償請求訴訟(以下
「別件訴訟」という。当庁高崎支部平成8年(ワ)第82号,第207号事件。原告Cが
原告Bの訴訟代理人の一人になっていた。)において,同訴訟の裁判長である被
告Aのなした期日指定,期日変更申立ての却下,弁論の終結及び判決の言渡しに
より精神的苦痛を被ったとして,また,②原告らが上記精神的苦痛に対する慰謝を
求めて被告らを相手に提起した本件訴訟において,その第1回口頭弁論期日で陳
述擬制された被告Aの答弁書における主張内容が原告らの名誉を毀損したとし
て,原告らが,被告Aに対しては民法709条に基づき,被告国に対しては国家賠償
法1条1項に基づき,損害賠償を求める事案である。
1 争いのない事実等
(1) 当事者
ア 原告Bは,高等学校の教師であるが,平成8年3月,原告Cらを訴訟代理人
に選任した上,群馬県外1名を相手に当庁高崎支部(以下「高崎支部」とい
う。)に別件訴訟を提起した。
イ 被告Aは,高崎支部の裁判官であるが,平成11年4月2日,別件訴訟を審
理する裁判所の裁判長となり,同訴訟の判決言渡しに至るまでその地位にあ
った。
(2) 別件訴訟の経過
ア 原告Bは,平成13年4月3日,別件訴訟につき被告Aを忌避するとの忌避申
立てをしたが,同忌避申立事件は,同年9月4日,最高裁判所において特別
抗告棄却決定がなされたことにより完結した。
イ 別件訴訟の担当書記官であるDは,同訴訟における原告Bの訴訟代理人で
弁護団長を務めるE弁護士に対し,平成13年9月18日夕方に同訴訟の口頭
弁論期日の照会書を送付した。同照会書には同年10月11日から同年12月
27日までの期日が記載され,同年9月28日までに高崎支部へファックスで返
送するよう求める旨記載されていた。
しかし,別件訴訟における原告Bの訴訟代理人らは,高崎支部に対し,同
年9月28日の期限までに,口頭弁論期日の希望日を示した回答書をファック
スで送信しなかった。
ウ D書記官は,平成13年10月1日,E弁護士に対し別件訴訟の口頭弁論期
日が同月11日午後1時30分に指定されたので出頭するよう求める旨記載さ
れた期日呼出状を送付し,同呼出状は,同月3日,E弁護士の事務所に到達
した。別件訴訟における原告Bの訴訟代理人である原告Cらは,上記の指定
された期日に出頭することができないことから(甲3の1,2),同月4日,「差し
支え」との記載のある期日変更申立書を証人申請書や書証の申出書とともに
高崎支部あての内容証明郵便で郵送し,同内容証明郵便は,同月5日,高崎
支部に到達した。
エ 被告Aは,他の2名の陪席裁判官とともに,平成13年10月11日午後1時3
0分から別件訴訟の第19回口頭弁論期日を実施し,上記ウの原告Bによる
期日変更申立てを口頭で却下した上,弁論を終結し,15分間休廷した後,直
ちに別件訴訟の判決を言い渡した。
なお,被告Aは,上記期日変更申立却下の理由について,①期日変更申
立書に「差し支え」としか記載されていないこと,②期日変更申立ては裁判所
の定めた回答期限を経過した後に行われたから,時期に後れた申立てと評価
すべきであること,③原告Bは意図的に裁判所の定めた回答期限を逸した後
に期日変更申立てをしたのであるから,期日変更申立権の濫用と評価すべき
であることとし,別件訴訟の第19回口頭弁論調書にその旨記載された。
(3) 本件訴訟における被告Aの答弁書での主張内容
ア 原告らは,平成14年1月9日,別件訴訟における被告Aの一連の行為によ
り多大な精神的苦痛を被ったとして,かかる精神的苦痛に対する慰謝を求め
て被告らを相手に当庁に本件訴訟を提起した(当裁判所に顕著な事実)。
イ 被告Aは,当裁判所に対し,「本件訴訟は,裁判所の適法な訴訟活動に対
し,因縁をつけて金をせびる趣旨であり,荒れる法廷と称する現象が頻発した
時代にもあまり例がないような,新手の法廷戦術である。」との記載のある平
成14年2月15日付け答弁書を提出し,同答弁書は,平成14年3月8日に実
施された本件訴訟の第1回口頭弁論期日において,被告Aが欠席したため,
陳述擬制された(当裁判所に顕著な事実)。
2 争点
(1) 裁判官の職務行為に関し裁判官個人に対して損害賠償請求訴訟を提起する
ことが,定型的に訴権の濫用となるか。
(原告らの主張)
裁判官の職務行為に関し裁判官個人に対して損害賠償請求訴訟を提起する
ことが,定型的に訴権の濫用となることはない。
被告Aの主張はいずれも,実定法上の根拠を持たない,あるいは法の趣旨を
著しく誤解した誤った解釈に基づくものであるから,当然排斥されるべきである。
(被告Aの主張)
本件訴訟のうち被告Aに対する50万円及びこれに対する平成14年1月24
日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払請求の部分(以下「甲部
分」という。裁判官の職権の行使に対応する。)は,裁判官が職権を行使して裁
判事務を遂行する過程でなした行為の違法性を主張して,民法709条の不法
行為に基づき,裁判官個人を被告として損害賠償を請求する民事訴訟(以下,こ
の種の訴訟を「裁判官個人責任訴訟」という。)である。裁判官個人責任訴訟
は,以下に述べるとおり,一般に,「裁判官の全体の奉仕者性」に反する行為を
誘発する,裁判官の独立を侵害する,裁判官の免責特権を侵害するという,文
字どおりの国家統治の基本原理をあからさまに侮蔑し,蹂躙する反憲法的所業
であり,加えて,裁判官個人責任訴訟の提起は,一般に,訴えの必要性がなく,
「裁判官個人に対する報復感情の満足」のような不当目的を内包し,勝訴の見
込みが皆無であるといった致命的な不当事由がある。
したがって,裁判官個人責任訴訟の提起は定型的に訴権の濫用に該当する
というべきであり,本件訴訟のうち甲部分に係る訴えは却下されるべきである。
ア 裁判官個人責任訴訟は贈賄と同質である。
公務員は,全体の奉仕者であるから,公務の執行に際しては,公益(公共
の利益)を追求すべきである(日本国憲法15条2項,国家公務員法96条1
項,地方公務員法30条)。逆に,公務員が公務を執行するに際し私益を追求
する(私腹を肥やす)ことは,「公務員の全体の奉仕者性」に反する反憲法的
所業である。「公務員の全体の奉仕者性」は,単に公務員制度の基礎という
にとどまらず,日本国憲法自らが明文をもって宣言する国家統治の基本原理
である。
ここでいう公務員による私益の追求の代表例は,賄賂の収受であろう。単
純収賄罪(刑法197条1項前段)の法定刑が5年以下の懲役,受託収賄罪
(同項後段)の法定刑が7年以下の懲役,加重収賄罪(同条の3第1項)の法
定刑が1年以上の有期懲役とされている。各反社会性は,くどくど論ずるまで
もあるまい。公務の内容を自己の望むようにすべく,賄賂を供与する行為は,
贈賄罪(刑法198条)として,3年以下の懲役又は250万円以下の罰金に処
せられる。
公務員が公務を遂行する過程でなした行為の違法性を主張して,民法70
9条の不法行為に基づき,公務員個人を被告として損害賠償を請求する民事
訴訟(以下「公務員個人責任訴訟」という。)の提起は,公務員を萎縮させる。
公務員個人責任訴訟が提起される可能性があるだけでも,萎縮の効果があ
る。その萎縮の心理を問えば,自己(公務員個人)の損害を回避したいという
人として共通の感覚である。自己の損害を回避すれば,自己の私益を追求す
ることとなる。すなわち,公務員が公務を執行するに際し公務員個人責任訴
訟の提起による自己(公務員個人)の損害を回避しようと図ることは,「公務員
の全体の奉仕者性」に反する反憲法的所業となる。公務員個人責任訴訟の
原告は,このような反憲法的所業の誘発者であり,贈賄罪の犯人に対するも
のと同様の強い社会的非難が浴びせられるべきである。要するに,贈賄も公
務員個人責任訴訟の提起も,公務員が公務を執行するに際し私益を追求す
る(私腹を肥やす)という「公務員の全体の奉仕者性」に反する反憲法的所業
を誘発する点において,同質なのである。
裁判官は,公務員の一種であり,上記の結論は,裁判官個人責任訴訟に
おいてもそのまま妥当する。すなわち,裁判官個人責任訴訟は贈賄と同質で
ある。
イ 裁判官個人責任訴訟の提起は裁判官の独立を侵害する。
(ア) 裁判官の独立の位置付け
日本国憲法76条3項は,「すべて裁判官は,その良心に従ひ独立してそ
の職権を行ひ,この憲法及び法律にのみ拘束される」と規定する。裁判官
は,職権の行使について拘束されるのはただ「この憲法及び法律」だけで
あり,その他のすべての事物から独立すべきであるとされた。その普遍性
は,世界各国の憲法に同趣旨の規定が設けられていることからも,納得す
ることができよう。その趣旨は,裁判は認定した事実に法令を適用して導出
するものであるところ,その間の思考作業は他からの干渉のない環境の下
で最もよくなし得る性質を有し,実際上も,裁判干渉のため裁判がゆがめら
れた幾多の歴史上の事実を踏まえその反省の上に立って,改めて裁判干
渉のない環境を裁判官に保障し,もって公正な裁判を確保しようというにあ
る。このように,この裁判官の独立の要請は,司法の本質に由来し,司法
制度の根幹を形成する。一般職国家公務員をはじめ,民間企業を含め,社
会の組織のほとんどは上命下服の関係にあり,それを組織の維持の基本
原理としているから,裁判官の独立の要請は,社会全体の中で極めて特殊
な地位を占める。このような社会の普通の在り方をあえて排斥し,裁判官に
極めて特殊な地位を保障し,しかもその保障を国の最高法規である憲法規
範にまで高めたということは,その重要性を国家的レベルで承認したことを
意味する。かくして,裁判官の独立の要請は,国家統治の基本原理の一つ
として理解するのが相当である(裁判官の独立の趣旨やそれが国家統治
の基本原理であって極めて重要な事柄であることは,義務教育の中でも教
えられていて,現在の社会では,もはや国民一般の基礎知識となっている
ということができる)から,民法90条が「公ノ秩序又ハ善良ノ風俗ニ反スル
事項ヲ目的トスル法律行為ハ無効トス」というときの「公ノ秩序」を構成す
る。同条は,直接には法律行為の効力について規定したものにすぎない
が,権利の濫用の規定(民法1条3項)とともに,私法の分野はもちろん,広
く法律論一般を指導する基本原理として理解するのが一般である。民法90
条のこれまでの解釈と運用によれば,「公ノ秩序ニ反スル」として同条が適
用されるのは,極めて反社会性が高い場合とされている。
(イ) 裁判官個人責任訴訟の場合
さて,このような見地から,裁判官個人責任訴訟の提起を評価の対象と
してみよう。ここで,その請求の手段に改めて着目すべきである。その手段
とは,民事訴訟制度及び強制執行制度を利用して,裁判官個人からその
意思に反してまで強制的に金銭を奪取することである。被害者を自称する
者が裁判外で裁判官個人に対し任意の履行を催促する場合ですら,裁判
官の独立を侵害する契機を有する。裁判官個人責任訴訟の提起は,これと
は本質的に異なり,裁判所という国家権力機関を介在させてこれを裁判官
個人と対峙させ,裁判所という国家権力機関の権威と実力により,裁判官
個人を圧倒しようということに外ならない。このような事態は,裁判官個人に
とって相当の苦痛である。まず,裁判官が個人として被告の席に座らされる
こと自体精神的苦痛を被るし,さらに,応訴の煩がある。それにも増して,
金銭を現実に奪取される(可能性でもよい)ことを思えば,その負担は格別
である。裁判官は,日本国憲法80条2項により,その報酬を減額されない
という保障を受けている。これは,裁判官の独立を擁護するために,裁判官
の身分保障として規定されたものである。一般職国家公務員には,懲戒の
一種として減給が規定されている(国家公務員法82条1項)のとは,著しい
対照を示す。裁判官の懲戒としては,戒告又は1万円以下の過料とされて
いる(裁判官分限法2条)。裁判官個人責任訴訟による請求金額が,その
元本だけで数十万円に上るとすると,上記過料の上限を数十回受けたのと
同様の経済的負担を意味する。以上のような負担を裁判官個人にかけるこ
とは,上記裁判官の身分保障を実質的に無効ならしめ,裁判官に萎縮効
果をもたらすおそれがあることは,何人も否定することはできない。その萎
縮効果とは,裁判官が職権を行使して裁判事務の遂行に当たる際,後日
自己を被告とする裁判官個人責任訴訟を提起されることをおそれ,それを
回避すべく職権の行使に手加減を加えることである。これは,裁判官が自
己の個人的な利益を優先させて公務である裁判の内容を左右することであ
り,背任的事態である。それは,すなわち,裁判官が職権を行使するに際し
て法令以外のものに左右されたということであり,端的に言って,裁判官の
独立が侵害され,裁判の公正が失われた事態である。結果として,このよう
な背任的事態に立ち至らなかったとしても,そのおそれが惹起されただけで
裁判官の独立が侵害されたと評価すべきである。
(ウ) 以上のとおり,裁判官個人責任訴訟の提起は,裁判官の独立という国
家統治の基本原理を侵害する明らかな憲法違反行為であるとともに,「公ノ
秩序」ないし公益を侵害する極めて反社会性の強い行為である。
ウ 裁判官個人の免責特権を侵害する。
裁判官個人は,前記裁判官の独立や身分保障の規定から,その職権の行
使については対外的に(国の組織の外部に対して)賠償責任を負わないとい
う特殊な法的地位を有すると観念すべきである。後記のとおり(カの(ア)及び
(イ)),公権力を行使する公務員一般が個人責任を負わないというべきである
が,これとは別に,更に強固な理由によって,裁判官個人は個人責任を免れ
るべき特殊な法的地位を有するわけである。その特殊な地位は,講学上「裁
判官の免責特権」ということができよう。この裁判官の免責特権は,前記裁判
官の独立や身分保障の規定から必然的に導出されることから,これもまた憲
法的保障と理解すべきである。
裁判官個人責任訴訟の提起は,裁判官個人の免責特権を侵害し,同特権
に擁護された裁判官の個人責任の心配から解放されて安んじて職権の行使
に邁進することができるという法的地位を奪ったものと評価すべきである。
エ 訴えの必要性がない。
裁判官個人責任訴訟の原告は,同訴訟において裁判官個人に対し金員請
求をしなくても,国に対し同額の国家賠償請求訴訟を提起し,これが認容され
れば,それで損害の回復はなされるわけであるから,更に裁判官個人に対し
てまで金員請求の訴訟を提起する必要性はない。
オ 不当目的
では,損害の填補という経済的充足の必要がないのに,あえて裁判官個人
責任訴訟を提起する目的は何であろうか。その目的は,「経済的充足だけで
は満たされない国民の権利感情」と総称することができよう。
さて,ここで,「経済的充足だけでは満たされない国民の権利感情」とは,何
であろうか。例えば,裁判官個人に対する報復感情がこれに含まれるであろ
う。それゆえ,「経済的充足だけでは満たされない国民の権利感情」は,「裁判
官個人に対する報復感情等」と言い換えてもよかろう。
一般に,損害賠償の方法は,金銭による賠償と原状回復の二つがあるが,
裁判官個人責任訴訟における裁判官個人に対する請求の法律上の根拠であ
る民法709条による損害賠償の方法としては,金銭による賠償の方法による
べきものと規定された(民法722条1項による同法417条の準用)。この金銭
による賠償とは,無論経済的充足である。つまり,民法709条は,「裁判官個
人に対する報復感情等」のような「経済的充足だけでは満たされない国民の
権利感情」は法律効果の対象から駆逐した上,金銭による賠償という経済的
充足のみを法律効果として採用したということである。そうすると,「裁判官個
人に対する報復感情等」のような「経済的充足だけでは満たされない国民の
権利感情」を充足する目的で,裁判官個人に対し,民法709条による損害賠
償請求訴訟を提起することは,およそ同条の予定するところではなく,実際に
このような訴訟が提起されれば,それは,不当目的といわざるを得ない。
カ 裁判官個人責任訴訟は勝訴の見込みがない。
(ア) 法理論的検討
公務員による公権力の行使に違法があり他人が損害を被った場合に公
務員が個人責任を負うかの点(以下「個人責任の論点」という。)につき,個
人責任を否定するのが正当であることを,法理論的に(数学で常用される
背理法を念頭に置くとよい。)論証しよう。
国家公務員による公権力の行使に違法があり他人が損害を被った場合
に公務員は民法709条により個人責任を負う(個人責任の肯定)と仮定す
ると,同法715条1項により,国は使用者責任を負うから,国家賠償法が
不存在であったとしても,国の賠償責任を認めることができる。しかし,民法
709条の施行は明治31年であるのに日本国憲法17条(国及び公共団体
の賠償責任)を具体化した国家賠償法の施行された昭和22年10月27日
以前は国家無答責の原則が支配し国の公権力の行使について国の賠償
責任は全面的に否定されていたこと,すなわち,この種の国の賠償責任は
国家賠償法が施行されて初めて肯定されるに至ったこと(これは歴史上の
真実であり,今更証明するまでもあるまい。)と矛盾する。この矛盾の原因
は,個人責任を仮定したことにある。よって,個人責任の仮定は誤りであ
り,個人責任は否定するほかはない。
また,個人責任を肯定すると,前記のとおり,国は使用者の責任を負う
から,国家賠償法6条の相互保証主義の規定が無意義と化する矛盾(同主
義により国家賠償法上の賠償を受けられない外国人もまた,使用者の責
任を追及すれば同様の賠償を受けられることとなる。)からも,同様の結論
を導くことができる。
元来,民法709条は私法であり,国の公権力の行使という典型的な公
法の場面では,適用がないというわけである。つまり,裁判官個人責任訴
訟の訴訟物たる損害賠償請求権は,一般に,元来,不存在なのである。
以上のとおり,個人責任の論点については,これを否定するのが実定法
の体系的解釈として採用し得る唯一の方途である。
(イ) 確定した最高裁判所の判例
個人責任の論点について,最高裁判所第二小法廷昭和53年10月20
日判決・民集32巻7号1367頁は,「公権力の行使に当たる国の公務員
が,その職務を行うについて,故意又は過失によって違法に他人に損害を
与えた場合には,国がその被害者に対して賠償の責に任ずるのであって,
公務員個人はその責を負わないものと解すべきことは,当裁判所の判例と
するところである(最高裁判所昭和28年(オ)第625号同30年4月19日第
三小法廷判決・民集9巻5号534頁,最高裁判所昭和46年(オ)第665号
同47年3月21日第三小法廷判決・裁判集民事105号309頁等)。」と判
示している。この判断が,以後,確定した最高裁判所の判例となっている。
この確定した判例に反して公務員の個人責任を認めたその後の下級審の
裁判例として東京地裁平成6年9月6日判決(判例時報1504号40頁。い
わゆる日本共産党幹部宅盗聴損害賠償訴訟)があるが,これは稀有の例
であり,この判決は,その控訴審である東京高裁平成9年6月26日判決
(判例時報1617号35頁)によって上記判断を覆され,公務員の個人責任
は否定された。裁判実務上は,公務員の個人責任を否定する上記確定し
た最高裁判所の判例が裁判の基準として不動の地位を占めている。
(ウ) 判例を変更すべき特段の事情はない。
最高裁判所の判例といえども,法理論的な矛盾を抱えていたり時流に遅
れたためその事件での適用を契機としてこれを改めるべき場合とか,当該
事件限りの特殊事情を考慮すると一般論とは別の結論こそが具体的正義
に合致すると目すべきであるのでその一般論の当該事件への具体的適用
を控えるべき場合がないでもない。しかし,裁判官個人責任訴訟一般で
は,このような場合であることをうかがわせる事情は一切ない。考えても見
れば,前記のとおり,この種の訴訟は,元来必要性のないものであり,あえ
て確定した判例を変更してまでその原告(自称被害者)を救済すべき特段
の事情がないというのは当たり前である。
(エ) 勝訴の見込みを考える基準
日本国憲法上,思想,表現や学問の各自由が認められているので,ある
法律上の論点について,多様な考え方が提案され,学者が学説を唱えるの
は,もとより自由であるし,サイバースペースを舞台とする仮想の世界での
適用を論じるのも勝手である。しかし,裁判の行方を占うのであれば,そう
そう自由な発想に任しておけばよいというものではない。ここでいう裁判と
は,地球内の日本国内の裁判所を舞台とし,現在の法令に従い,現在の社
会の中で行われるという制限の下にある。裁判とは,このような時空の制
約内に成立する。このような制約の中で勝訴の見込みを思案するとなれ
ば,おのずから裁判外の自由な発想とは別の現実的判断が必要となる。
(オ) 裁判官個人責任訴訟の場合
そういう目で個人責任の論点について裁判所の判断の行方を占えば,
同責任を全面的に否定するのが実定法の体系的解釈として採り得る唯一
の方途であり,それと同じ結論をいう確定した最高裁判所の判例があり,裁
判官個人責任訴訟に限り前記確定した判例を変更してまでその原告(自称
被害者)を救済すべき特段の事情はどこにもないから,同訴訟においても
前記最高裁判所の判例の見解が採られ,裁判官個人に対する請求は,公
務員の個人責任はないとの理由で棄却されること必定である。これが,実
定法に基づく客観的かつ現実的な判断である。よって,裁判官個人責任訴
訟において原告(自称被害者)が勝訴する見込みは,一般的に,皆無であ
る。
(2) 別件訴訟における被告Aの一連の行為について,被告Aに故意又は重過失が
認められる場合,被告Aが民法709条に基づく不法行為責任を負うか。
(原告らの主張)
国家賠償法1条1項に基づき国が責任を負う場合でも公務員個人の不法行
為責任を否定すべき理由はなく,特に,公務員に故意又は重過失が存する場合
には,以下に述べる理由から,公務員個人も責任を負うべきである。
ア 公務員の個人責任を否定する説は公務員個人の直接責任を認めると公務
員の職務執行を萎縮させてしまうことを根拠とするが,民法では機関個人又
は被用者自身が被害者に対する直接責任を負うとされていることと対比する
と,公務員の場合にそれと別異に解釈して取り扱うべき合理的理由を見いだ
し難い。
イ 加害公務員に対する責任追及は,公務員に対する国民の監督的作用にとっ
て極めて有効な手段であり,本来国民全体の奉仕者であるべき公務員が故
意又は重大な過失によって国民の権利を侵害する場合にすら公務員個人に
対する直接責任の追及を認めないのであれば,経済的充足だけでは満たさ
れない国民の権利感情を著しく阻害する結果を招来するおそれがある。
ウ 国家賠償法1条2項が,民法715条3項と異なり,加害公務員の軽過失の
場合の求償権の行使を制限している。
(被告Aの主張)
ア 被告Aの個人責任を肯定すべき根拠として原告らが主張するところは,「①
個人の直接責任を認めると公務員の職務執行を萎縮させてしまうというが,
民法では機関個人又は被用者自身の被害者に対する直接責任を負うとされ
ていることと対比すると,公務員の場合にそれと別異に解釈して取り扱うべき
だとする合理的理由が見いだし難いこと,②加害公務員に対する責任追及
は,公務員に対する国民の監督的作用にとって極めて有効な手段であり,本
来国民全体の奉仕者であるべき公務員が故意あるいは重大な過失によって
国民の権利を侵害する場合にすら公務員個人に対する直接責任の追及を認
めないのであれば,経済的充足だけでは満たされない国民の権利感情を著し
く阻害する結果を招来するおそれがあること,③国家賠償法1条2項の規定
が民法715条3項と違って加害公務員の軽過失の場合の求償権の行使を制
限していること」の3点である。
イ 原告らの上記主張のうち,①と②は,実定法に根拠を置かない単なる意見
(実質論というか立法論というか)にすぎず,実定法の解釈に依拠すべき裁判
の場では,およそ無益である。また,③の求償権についての規定は,国又は
公共団体と公務員との間の内部関係の処理に関する規定であり,個人責任
の論点とは連動しないから,これまた,ここでの議論とは関係ない。よって,原
告らの前記主張は,誤りである。
(3) 別件訴訟における被告Aの一連の行為について,被告Aないし被告国に賠償
責任を負わせるほどの違法性があるといえるか。
(原告らの主張)
ア 別件訴訟における期日指定,期日変更申請却下,弁論終結及び判決言渡し
の違法性
(ア) 期日指定の違法性
期日指定を行う際には,これに先立って期日照会を行い,その回答を待
って,あるいは,回答が遅れている場合には電話等で回答を促し,その上
で両当事者が出廷できる日時を指定するというのが,民事訴訟法93条1
項の通常の運用である。そして,このような運用は,全国の裁判所におい
て永く定着しており,一種の慣習を形成していると評価することができる。
被告Aの行った期日指定は,この慣習に違反して,期日照会に対する回
答を催告することもなく,しかも,原告B及びその訴訟代理人らが出廷でき
ないことが明らかな期日を指定したものである。
なお,被告Aは,平成13年9月28日に原告Bの訴訟代理人らのうち5名
が前橋地方裁判所で顔を合わせる機会があったから,期日の調整は可能
であったはずであり,また,調整未了であったならばその旨の回答はできた
はずであると主張する。しかし,原告Bの訴訟代理人らの中には大阪の弁
護士3名も含まれており,その3名が出廷を希望していたとの事情があった
ため,調整に時間が掛かっていたのである。また,調整未了である旨の回
答を平成13年9月28日までに提出することができなかったのは確かに原
告Bの訴訟代理人らのミスではあるが,正にそのような場合に回答を催告
するというルールが慣習として確立しているのであるから,この点は期日指
定の違法性を否定する理由とはなり得ない。
(イ) 期日変更申請却下の違法性
a 被告らは,別件訴訟における期日変更申請には,期日変更の理由及び
その説明がなされていないので,却下は当然である旨主張する。しかし
ながら,平成13年10月4日に期日呼出状を受領し,同年10月11日の
期日に出頭できる弁護士がほとんどいないことは,裁判所に顕著な事実
であり,「差し支え」の中身は,当然,他の裁判所に期日が入っている
か,既に法律相談等の予定が入っているかしていて,裁判所に出頭でき
ないということである。したがって,上記却下決定は違法というほかない。
さらに,被告Aは,次のような行為をとるべきであった。
すなわち,第1に,期日変更のより具体的理由及び説明につき,原告
らに釈明権を行使すべきであり,第2に,期日変更申請を却下するので
あれば平成13年10月11日の期日よりも前に行うべきであった。
第1の釈明があれば,訟廷日誌の提出等により,期日変更申請の理
由とその疎明は簡単にできたのである。実務上,ここまで要求される例
はまれであり(原告Cはこれまで一度もない。),だからこそ,別件訴訟の
ような理由で却下するのであれば,釈明権の行使が強く要求されるので
ある。
第2の期日前の却下があれば,原告らは他の予定をキャンセルする
などして期日に出頭した。したがって,原告らの期日出頭の利益が確保
されたことは明らかである。平成13年10月11日の期日に期日変更申
請を却下する合理的理由は全く存しない。
b 通常,期日変更申請がなされる場合の理由として挙げられるのは,他の
予定等のため出廷できないことであるが,これに対して裁判所は,より詳
細な理由の説明を求めるなどの措置を執ることなく,直ちにこれをいれて
期日を変更するのが通常であり,これも広く裁判実務における慣習とし
て確立している。本件期日変更申請の理由も,期日呼出状を受領した日
と指定された期日が極めて接近していること,「差し支え」との理由が記
載されていることなどから,他の予定があって出廷できないことが期日変
更申請の理由であることは一義的に明らかであるから,被告Aによる期
日変更申請の却下は上記慣習に反するものである。
また,被告Aは,「差し支え」がある旨主張したのはE弁護士だけであ
ると主張するが,弁護団長として裁判所との種々の連絡の窓口になって
いたE弁護士の名前で申請がなされれば,他の代理人らを代表して申請
を行ったものと解釈すべきことは当然である。
さらに,もし裁判所が,例外的に,期日変更のより具体的,詳細な理
由の説明が必要だと考えたのであれば,釈明権を行使すべきであった
し,その不行使は釈明義務違反と評価されるべきである。
本件の場合も,上記慣習と異なる扱いをしようとするのであるから,そ
のままでは原告らに期日変更の具体的,詳細な理由を付しこれを疎明す
るという訴訟活動を期待することは無理である。そして,そのような訴訟
活動がなされていないことを理由に期日変更申請を却下し,しかも直ち
に弁論を終結して判決を言い渡したことにより,原告らの訴訟追行権を
完全に奪ってしまい,裁判を受ける権利の侵害という重大な不利益をも
たらしたものであるから,釈明義務違反は明らかである。
(ウ) 弁論終結及び判決言渡しの違法性
民事訴訟法243条1項の裁量といえども絶対無制限なものではなく,法
の趣旨及び実務慣行等から裁量の範囲にはおのずと限界があるはずであ
る。
別件訴訟における平成13年10月11日の期日は忌避の裁判のため長
く中断した後の初めての期日であるという事情や,通常の裁判実務では当
事者に主張を出し尽くさせ,争点整理を行い,最終準備書面を提出させた
上で弁論を終結し,判決言渡期日は別途設けるという慣行又は慣習が確
立していることなどから,別件訴訟における被告Aによる弁論終結及び判
決言渡しは,裁量の限界を超えたものであり権限逸脱ないし権限濫用の違
法があるといわざるを得ない。もしも全国の裁判所で同様のことが行われ
たなら,司法の機能は事実上麻痺し,多くの国民から厳しい批判を受ける
ことになるであろう。
加えて,被告Aは,平成13年10月11日の期日にいきなり判決を言い渡
した。判決の言渡しは判決書の原本に基づいてなされるものであり,合議
及び判決書の作成は,上記期日の時点で既に完了していたことになる。し
たがって,被告Aは,上記期日に判決を言い渡す意図の下にその準備を進
めていたことになり,原告らに最終準備書面の提出をさせる意思は存在し
なかったことになる。この点においても被告Aの行為の違法性は甚だしいも
のである。
イ 裁判を受ける権利の侵害
被告国は,裁判を受ける権利の侵害とは裁判の拒絶の禁止を意味するの
であり,別件訴訟では裁判が拒絶されたものではないから裁判を受ける権利
の侵害に当たらない旨主張する。
しかし,裁判を受ける権利の内実は単なる裁判の拒絶の禁止にとどまるも
のではなく,また,被告Aの行為は裁判の拒絶にも等しい。
また,被告Aは,原告らが自ら裁判を受ける権利を放棄したなどと主張する
が,これは,原告らが「意図的になしのつぶての対応をし」た,「形式的な要件
を欠くことが一見して明らかな期日変更申立てをし」,「指定された口頭弁論期
日を無視するかのような欠席戦術に出た」など,誤った事実認識を基礎にした
ものであり,考慮に値するものではない。特に,平成13年10月11日の期日
が開かれることは,原告らは全く予想していなかったことであり,「期日を無
視」して「欠席戦術に出た」などというのは,事実無根のきめつけである。
ウ 被告Aの行為ではないとの主張について
被告Aは,別件訴訟における期日変更申請却下,弁論終結及び判決言渡
しは裁判所の権限事項であって被告Aの行為として行われたものではないこ
と,また,期日指定は裁判長の権限として被告Aがなした行為であるが合議
体の評議に基づいてなされた旨主張する。
しかし,不法行為において問題となるのは,現実の行為者がだれであるか
ということであり,その行為が法的にどの機関の権限に属するかということで
はない。合議体の中で裁判長が事実上強い影響力を持ち,裁判長の意向に
従って裁判所の各権能が行使されるという事態がままあることは,裁判所に
顕著な事実である。
エ 国家賠償法上の違法性
被告らは,最高裁昭和57年3月12日判決等を引用し,裁判官の職務行為
が国家賠償法上違法となるのは,「当該裁判官が違法,不当な目的を持って
裁判したなど,裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを
行使したものと認め得るような特段の事情がある場合」に限られるところ,別
件訴訟においては,被告Aの行為に違法性はなく,特段の事情も存在しない
と主張する。
しかし,被告Aの行為の違法性は,前述したように明らかである。また,上
記最高裁の立場である違法性限定説は十分な根拠を持たないばかりか,憲
法17条の趣旨及び国家賠償法1条1項の要件についての解釈を誤ったもの
といわざるを得ない。
すなわち,そもそも憲法17条が,公務員の不法行為について国又は公共
団体に対する損害賠償請求権を定めているのは,明治憲法の下で国の賠償
責任を認める法律もなく,権力に対する忍従を強いられてきた国民に対し,国
又は公共団体の違法な権力行使による被害の救済を権利として保障しようと
の趣旨である。この趣旨を受けて制定されたのが国家賠償法であるから,そ
の解釈・適用についても,被害者の救済という趣旨が貫徹されなければなら
ない。そして,国家賠償法1条1項の構成要件の吟味に当たっては,公務員
の故意・過失という要件と,損害を与えた違法な公権力の行使についての要
件は,混同されることなく峻別されるべきである。
この点,上記最高裁の見解は,これら二つの要件を混同させ,その結果,
過失により損害を与えた場合を除外し,また,「故意」を「悪意」に限定すること
となり,公務員の違法行為の多くを免責し,違法な権力行使による被害者の
救済という法の趣旨から遠く離れてしまっているのである。
仮に,上記最高裁の立場を採るとしても,被告Aがその付与された権限の
趣旨に明らかに背いてこれを行使したことが明らかであることは,前述したと
おりである。
(被告Aの主張)
ア 期日指定について
原告らは,「10日間という短期間に期限を定めて期日希望日の指定を強要
した」点を論難する。
まず,第1に,期日指定の要件として,あらかじめ当事者の希望を聴取する
ことは,法律上要求されていない。裁判所がした原告らへの照会は,原告ら
への手続保障を厚くするため,法律の要求する以上の配慮をしたあかしであ
る。
原告らは,「そもそも期限を定めずに期日照会を行う方が実務上多いと見ら
れる」というが,別件訴訟の進行の特殊性を知るべきである。すなわち,裁判
所書記官の2度にわたる電話による期日の照会に対し,原告Bの訴訟代理人
らは,だれ一人として期日の希望日を回答せず,なしのつぶての状態であっ
た。実務上,裁判所の問い合わせに対しなしのつぶてというのは,礼を失する
所業であり,稀有の例である。しかし,2度までもなしのつぶての対応を経た
ため,これ以上同様の事態の繰り返しにより手続の進行を無為に遅らせるこ
とのないことを願って,裁判所は,上記期日照会には回答期限を付した次第
である。
10日間では原告Bの訴訟代理人らの希望日の集約に必要な期間として不
足である旨の主張は,失当である。確かに,原告Bの訴訟代理人らは合計1
0名であり,うち3名が大阪に,うち1名が東京に,残りが群馬に事務所を有す
る。しかし,携帯電話,ファクシミリ,電子メール等の情報機器が発達した今
日,事務所の遠いことは希望日の集約に支障となることは少なく,代理人らが
10名に上ることを考慮しても,10日間で希望日の集約をするのに時間不足
ということは考え難い。また,原告Bの訴訟代理人らのうち5名は,照会回答
期限である平成13年9月28日に前橋地方裁判所で顔を合わせる機会があ
ったのであり,その際,直ちに期日の調整を完了することはできたはずであ
る。仮に,特段の事情により照会回答期限までに調整がつかなかったとして
も,その旨の回答をすることはできたはずである。
原告らは,「裁判所が,いわば一方的に設定した日を1日経過したら,直ち
に原告らにとって最も出頭が困難と思われる期日を勝手に指定した点」を論
難するが,失当である。原告らは,上記期日の照会により法律の要求する以
上の手厚い手続保障を裁判所から与えられたにもかかわらず,期日の希望
日を述べる機会を自ら喪失せしめた。このように手続保障が与えられたのに
それに応じた行動をとらなかった当事者には,自己責任が課せられるという
のが民事訴訟の基本原則である。同原則により,原告らは,裁判所が期日を
指定するのに先立ちその希望日を述べる機会を自ら放棄したものと認め,別
件訴訟の被告ら代理人の希望する平成13年10月11日に期日を指定したわ
けである。その結果,原告らに不利益が及ぼうとも,それは自己責任として自
ら甘受すべきである。
原告らは,「FAXのみの照会であるから,10月に入ってから電話による問
い合わせ等があってしかるべきである」と主張するが,失当である。上記の平
成13年9月18日のD書記官による期日照会は,期日の候補日が12もあり,
電話での口頭の告知をしても聞き違い等による過誤が生じかねないことを慮
り,より慎重な手段であるファクシミリを用いたのである。原告らはファクシミリ
のみの照会では不足があるから重ねて電話による照会をすべきであったと主
張するが,上記のファクシミリによる期日照会に対してなしのつぶての原告ら
に対し,何故裁判所が重ねて電話による期日の照会をしなければならないの
であろうか。
イ 期日変更申立て却下決定について
別件訴訟における期日変更申立ての理由は,ただ一言「差し支え」というに
尽きる。
期日変更の申立ては,期日の変更を必要とする事由を明らかにしてしなけ
ればならず(民事訴訟規則36条),口頭弁論期日の変更には「顕著な事由」
があることを要する(民事訴訟法93条3項本文)から,期日の変更を必要とす
る事由とは,裁判所が「顕著な事由」の要件を充足するか否かを審査するに
足りる程度に具体的であることが要求される。「差し支え」というだけでは具体
的事情は不明であり,上記要件に足りないこと一見して明白である。
期日の変更は,「当事者の一方につき訴訟代理人が数人ある場合におい
て,その一部の代理人について変更の事由が生じたこと」に基づいては許し
てはならない(民事訴訟規則37条本文1号)。別件訴訟では,「差し支え」が
ある旨主張したのは10名いる原告Bの訴訟代理人のうちE弁護士ただ一人
である。よって,裁判所は,別件訴訟における期日変更申立ては,許可したく
とも法律上できないわけである。なお,民事訴訟規則37条ただし書は,やむ
を得ない事由があるときはこの限りでないと規定するが,別件訴訟における
期日変更申立てを幾ら精読しても,やむを得ない事由を発見することはできな
い。
別件訴訟における期日変更申立て却下決定の理由の(1)は,「申立ての理
由は『差し支え』としか記していない」というものであるが,上記二つの根拠に
より,既に別件訴訟における期日変更申立てが不適法であることは明らかで
あり,却下の理由としては十分すぎるくらい十分である。
原告らは,前記却下決定の理由(2)「時期に後れた申立て」の中で,「やむを
得ず,本日の期日を指定するに至った」という点を論難するが,失当である。
原告らから回答期限までに回答が寄せられなかったため原告らの期日の希
望を聞くことなく期日指定に至った点が「やむを得ない」というのである。その
理由は前述した。
原告らは,「時期に後れた申立て」という理由を論難するが,回答期限を守
らずなしのつぶてであった原告らが,期日指定の告知を受けてから後になっ
て期日の希望(10月11日は差し支え)を述べてきたから,もう遅すぎるといっ
たまでのことである。それが,社会通念というものであろう。
さらに,原告らは,別件訴訟における期日変更申立て却下決定の理由(3)
「期日変更申立権の濫用」について,「原告は,次回口頭弁論期日の指定に
ついて意見を述べる機会がありながらこれを意図的に逸した後になって期日
変更の申立てをしたことになり」とあるうちの「意図的」とあるのを偏見であると
論難し,「一たびこれを許せば,以上の繰り返しにより,原告は意のままに期
日を引き延ばすことができることになる」とあるうちの「一たびこれを許せば」な
ぜ「原告は意のままに期日を引き延ばすことができることになる」のか理解し
難いという。ここで,前記のとおり,裁判所から原告Bの訴訟代理人への期日
の照会に対しなしのつぶてが3回連続し,しかも,前記のファクシミリによる照
会に原告Bの訴訟代理人らが回答(「調整未了」との内容をも含めて)を寄せ
ることは可能であったから,「原告は次回口頭弁論期日の指定について意見
を述べる機会がありながらこれを意図的に逸した」と推認するのが自然である
ことは,既に触れたとおりである。さらに,この推認をする理由が別にもある。
すなわち,原告Bは,別件訴訟において,被告Aの関与に対し2度にわたる裁
判官忌避申立てをした(2度とも排斥された。)。すなわち,原告らは,本人とし
ても代理人としても,被告Aが別件訴訟に関与する状態で審理が進行するこ
とに反対していたわけである。この主観的立場からすれば,期日の照会に対
しなしのつぶてを続けて日時を空費すれば,被告Aが裁判官の定期異動によ
り他に転出し,結果として,裁判官忌避申立てが認容されたと同一の結果が
得られることを期待したとしても,それはもっともなことである。かくして,原告ら
には,期日の照会に意図的に回答しない動機があったわけである。以上の点
を総合考慮すれば,別件訴訟の裁判所が期日の照会を意図的に回答しなか
った旨認定したのも合点がゆく。
さらに,期日変更申立てをいれて平成13年10月11日の期日を取り消せ
ば,次回期日の照会を原告らにしてなしのつぶての果てに裁判所から被告ら
代理人の希望に合わせて期日指定をした後になって,再び期日変更申立てを
すれば,事態は一巡し,原告らの前記主観的立場に基づく期日の引き延ばし
の目的を達成するわけである。このような事態を期日変更申立権の濫用とい
わずしていかなる評価があるというのか。
以上のとおり,別件訴訟における期日変更申立ては,民事訴訟規則36
条,37条本文1号により,形式的に見て一見して明白に不適法であり,実質
的に見ても期日変更申立権の濫用であって,その不当性は明白であり,「顕
著な事由」はどこにも見当たらない。総じて,別件訴訟における期日変更申立
ては,却下されて当然なのである。
ウ 弁論終結決定について
裁判所は,訴訟が裁判をするのに熟したときは,終局判決をする(民事訴
訟法243条1項)。「訴訟が裁判をするのに熟した」との判断は,裁判所の裁
量による。したがって,その点について当事者の納得が得られなくとも,最終
的には,裁判所の責任で決定すべきものである。原告らは,盛んに,原告らの
納得しない弁論の終結であった旨論難するが,元来,当事者の主観的満足
は,法律上,弁論終結の要件ではないことを忘れた主張である。
別件訴訟は,平成8年の提起以来,5年に及ぶ審理を続け,平成13年10
月11日の期日は第19回口頭弁論期日に達し,それまでに人証のうち判決に
必要であると認められる分は既に証拠調べを終了した上,採否未了の人証は
なく,裁判所の心証が十分に達したゆえ,弁論終結決定をしたものであって,
その判断に何らの違法はない。原告らは,最終準備書面を陳述する機会を奪
われた旨論難するが,裁判所は,別段,原告らの最終準備書面の陳述をさせ
ないつもりはなかった。ただ,原告らが,適法に開かれた口頭弁論期日に自ら
の判断で欠席したため,事実上その陳述の機会を喪失したまでのことであっ
て,その不利益は,手続保障を受けたことに対する自己責任として,原告らが
自ら甘受すべきである。
エ 弁論終結後判決言渡しまでの時間が15分であることについて
判決言渡しの時期についての法律上の規制を見ると,「判決の言渡しは,
判決書の原本に基づいてする」(民事訴訟法252条)とあるので,判決原本が
作成されてから後である必要があるほか,「判決の言渡しは,口頭弁論の終
結の日から2月以内にしなければならない」(同法251条1項本文)とあるの
みである。弁論終結後判決言渡しまでの時間が15分であるからといって,そ
の判決の言渡しが違法となることはない。
オ 裁判を受ける権利について
原告らは,別件訴訟における合議体のした一連の訴訟行為によって,原告
Bの裁判を受ける権利を侵害し,かつ,原告Bの訴訟代理人であった原告C
の弁護士業務の遂行を妨げられたと主張する。
しかし,裁判を受ける権利(憲法32条)とは,基本的人権一般と同様に,無
制限の性質は有さず,飽くまで,手続保障を受けたことに対する自己責任の
関係により制約される。当事者は,主観的に納得するまで訴訟行為をすること
ができるわけではない。この点について別件訴訟の経過を鳥瞰すると,原告
らは,度重なる裁判所からの期日の照会に対し毎回意図的になしのつぶての
対応をし,裁判所がやむなく次回口頭弁論期日を指定すると,形式的な要件
を欠くことが一見して明らかな期日変更申立てをし,さらに,指定された口頭
弁論期日を無視するかのような欠席戦術に出たものである。このように,原告
らは,裁判所から口頭弁論の希望日を述べる機会や口頭弁論期日に出頭し
て訴訟行為をする機会を丁寧に与えられながらこれを自らの判断で放棄し,
結果として,自己に不利益な訴訟状態を自ら招いたわけである。よって,手続
保障を受けたことに対する自己責任(俗にいう自業自得)として,このような不
利益な訴訟状態は,自ら甘受すべきであって,別件訴訟の合議体あるいは裁
判長個人の責任に転嫁することはできない道理である。
(被告国の主張)
ア 裁判官による訴訟指揮権の行使等の職務行為について,それらの措置が国
家賠償法1条1項の規定する違法な公権力の行使となるのは,その制度の目
的,範囲を著しく逸脱し,又はその方法が甚だしく不当であるなどの特段の事
情がある場合に限られ,また,裁判官がした争訟の裁判について,国家賠償
法1条1項の規定する違法な公権力の行使となるのは,裁判官がした職務行
為について上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正されるべき瑕疵が存
在するだけでは足りず,当該裁判官が違法又は不当な目的をもって裁判をし
たなど,裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使し
たものと認め得るような特段の事情がある場合に限られるというべきである。
イ しかるに,別件訴訟においては,平成13年8月15日以降,高崎支部の書記
官から,第19回口頭弁論期日の希望日につき,3度にわたって連絡をしたに
もかかわらず,原告Bの訴訟代理人らが適切にこれに応じなかったため,期
日変更申立てを却下したものであり,判決言渡しについても適正に行われ
た。
また,原告らは,裁判を受ける権利を侵害されたとも主張するが,裁判を受
ける権利とは裁判の拒絶の禁止を意味するものであるところ,別件訴訟にお
いては裁判が拒絶されたものではないから,被告Aの措置をもって,原告らの
裁判を受ける権利を侵害する違法なものとはいえない。
さらに,原告らは,期日指定,期日変更,争点整理,準備書面の作成,提
出,陳述等に関し,十分な訴訟追行を行うことにより,委任者の権利救済に加
えて法の支配を実効あらしめ憲法価値の実現に資するという弁護士の使命を
全うすることができるという法的利益を侵害しないよう配慮する義務に違反し
たと主張する。しかし,別件訴訟の審理の経過から見ると,原告らの上記主張
は原告らの主観的評価の範囲にとどまるものであって,前記アの特段の事情
について主張するものとはいえない。
また,原告らの主張によると,原告Bの訴訟代理人らは,別件訴訟の期日
変更申立書に「差し支え」と記載していたとのことである。そもそも,口頭弁論
期日の変更は,顕著な事由がある場合に限り許されるべきものであり(民事
訴訟法93条3項),「当日東京に出張の為」との記載があるだけでは顕著な
事由に該当しないとする最高裁判例も存在するのであって(最高裁昭和55年
2月14日第一小法廷判決・判例時報958号60頁参照),原告らの主張はそ
れ自体被告Aの行為の不当性を指摘するにとどまっており,これをもって国家
賠償法上の違法と評価することは到底できない。また,原告らの主張する「慣
習」は,上記民事訴訟法の条文解釈に明らかに反するものであり,独自の見
解であって,そのような慣習は存在しない。したがって,かかる慣習の存在を
根拠として裁判官に釈明義務を認めることは到底できないから,釈明義務が
認められる余地もない。よって,かかる釈明義務の存在を前提に国家賠償法
上の違法を主張する原告らの主張は,前提を欠くものであり,明らかに理由
がない。
(4) 本件訴訟における被告Aによる答弁書の陳述は,国家賠償法1条1項にいう
「公権力の行使」としての職務に当たるか。
(原告らの主張)
本件訴訟は,被告Aの公務員としての職務行為の違法性を問うものであり,
当該公務員としてこれに応訴する行為も公務員としての職務の執行,すなわち
「公権力の行使」に当たるというべきである。
(被告国の主張)
国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使」は,純然たる私経済作用と国家賠
償法2条所定の営造物の設置管理作用を除く,国又は公共団体のすべての作
用と解されているところ,被告Aの本件訴訟における答弁書での主張行為は,被
告Aの個人責任を追及した訴訟において,被告Aが個人として応訴行為を行い,
その中で被告A個人の意見を表明した行為にすぎず,およそ「公権力の行使」に
該当する余地はないから,被告Aの上記行為が「公権力の行使」としての職務に
該当することを前提とした原告らの主張は,被告国に対する請求の関係では主
張自体失当である。
(5) 本件訴訟における被告Aの答弁書での表現により,原告らの名誉が毀損され
たか。
(原告らの主張)
ア 被告Aの「本件訴訟は,裁判所の適法な訴訟活動に対し,因縁をつけて金を
せびる趣旨であり,荒れる法廷と称する現象が頻発した時代にもあまり例が
ないような,新手の法廷戦術である。」とする答弁書における主張は,訴訟上
主張する必要のない事実を主張して原告らの名誉を損なう行為に及ぶもので
あり,違法性は阻却されない。
すなわち,被告Aは,原告らが問題とした訴訟活動が適法である旨及び原
告らの請求が棄却されるべき旨主張すればよいのであって,殊更「因縁をつ
けて金をせびる」旨主張する必要は全くないのである。
原告らが本件訴訟を提起した趣旨は「因縁をつけて金をせびる趣旨」では
なく,50万円を請求するのに本件訴訟を提起しても訴訟への労力等を考える
と金銭的に割が合わないことも明らかである。
原告Bの職業は教師であり,原告Cの職業は弁護士であるから,原告らが
「因縁をつけて金をせびる」者だということが広まれば,その職業が成り立たな
いことは明らかであろう。
イ(ア) 被告Aは,「因縁をつけて金をせびる」との表現について,日本国語大辞
典及び広辞苑を引いて,「無理な理屈をつけて相手を困らせ,金を無理に
求める」ほどの意味であると主張するが,奇弁というほかない。
「無理な理屈をつけて相手を困らせ,金を無理に求める」という表現自
体,人に対する社会的評価を低下させるものであり,名誉を害するもので
あることは明白である。
さらにそれにとどまらず,被告Aの上記主張は次の意味で誤っている。
日本語の辞書がある言葉を説明するのに,他の言葉に置き換える方法
がとられるのは当然であるが,言葉にはそれぞれの持つニュアンスや印象
というものがあり,言葉の置き換えによってニュアンス,印象は異なってくる
ものである。辞書の説明とは,元来そのような限界を内包するものなのであ
る。そして,「因縁をつけて金をせびる」という言葉の持つニュアンス,印象
は,「著しく反社会的な行為や人,例えていえば『やくざ』『ごろつき』といった
たぐいのもの」であろう。
(イ) 被告Aは,原告らが「因縁をつけて金をせびる」との箇所を独立してあげ
つらい,文章の前後関係を評価しない旨主張するが,前後関係を幾ら検討
しても,当該表現の名誉毀損性が払拭されるはずのないことは明らかであ
る。
(被告Aの主張)
以下に述べる理由により,本件訴訟における被告Aによる答弁書の陳述は,
原告らの名誉を毀損するというに当たらない。
ア 字義
(ア) 「因縁をつける」について
日本国語大辞典(平成13年小学館から刊行の第2版,全13巻で日本
最大の国語辞典)の「因縁をつける」の欄を見ると,「無理な理屈をつけて
相手を困らせる」とある。広辞苑(平成10年岩波書店から刊行の第5版。
全1冊の手軽なものであるが,その信頼の厚さは国民的とさえいえる。)の
「因縁をつける」の欄を見ると,「言いがかりをつける」とあり,さらに,「いい
がかりをつける」の欄を見ると,「口実を設けて人を困らせること」とある。ま
た,大辞林(昭和63年三省堂から刊行。全1冊の手軽なものであるが,広
辞苑同様の信頼が置ける。)の「因縁をつける」の欄を見ると,「ささいなこと
を理由にして無理を言い,相手を困らせる」とある。
(イ) 「金をせびる」について
日本国語大辞典の「せびる」の欄を見ると,「無理に求める。しいて頼む」
とある。そうすると,「金をせびる」とは,「金を無理に求める」ほどの趣旨と
なる。広辞苑の「せびる」の欄を見ると,「しいて頼む。無理にねだる」とあ
る。また,大辞林の「せびる」の欄を見ると,「金や品物をくれるよう,無理に
頼む」とある。
(ウ) 「因縁をつけて金をせびる」について
以上の字義によれば,「因縁をつけて金をせびる」とは,「無理な理屈を
つけて相手を困らせ,金を無理に求める」ほどの趣旨をいうと理解すべきで
ある。
イ 本件訴訟のうち被告Aに対する50万円及びこれに対する平成14年3月8日
から支払済みまで年5分の割合による金員の支払請求の部分(以下「乙部
分」という。名誉毀損に対応する。)への具体的適用
(ア) 本件訴訟の甲部分は無理攻めである。
原告らは,甲部分について,本件訴訟の訴状中で,被告Aが別件訴訟の
裁判長としてした期日指定の命令,合議体の一員として関与した期日変更
却下決定,弁論終結決定及び判決の言渡しに違法があると主張するもの
の,原告らの上記違法性の主張はことごとく誤りであり,甲部分の両請求
は,被告国及び同Aに対する関係で認容の余地がなく,しかも,その結論
は,実定法に根拠を置く客観的評価により,明白である。本件訴訟の甲部
分は,無理攻めの典型である。また,このような無理攻めの相手が困惑す
ることは,当然のことである。よって,本件訴訟の甲部分の提訴をもって「無
理な理屈をつけて相手を困らせる」というのは,もっともというべきである。
(イ) 本件訴訟の甲部分は金をせびるものである。
「金をせびる」とは,「金を無理に求める」ほどの趣旨である。原告らは,
被告Aに対して有すると主張する金銭債権の強制的実現のために国家権
力による強制を伴う民事訴訟制度を利用しようというのであるから,上記の
表現は,その実態に良く適合している。
(ウ) 総括
総じて,本件訴訟の甲部分の提起を「因縁をつけて金をせびる」ものであ
るとした被告Aの表現(以下「当該表現」という。)は,実定法に根拠を置く客
観的評価を日常の用語例に準拠して表記した結果にすぎず,正当な言論
である。無論,原告らの名誉を毀損するというに当たらない。
ウ 文章の前後関係
当該表現は,何の検討もなく突然出現したのではなく,被告Aの答弁書中,
「第3 当被告の主張」の「4 違法性を欠く」の欄に詳述したとおりの慎重な法
的検討の果てに自信を持って達した結論である。その間の事情は,その論旨
の展開に十分なスペースを割いた前記欄を一読するだけで明らかであろう。
当該表現は,前記の「4 違法性を欠く」欄の直後に位置する「5 本件訴訟の
公共性」欄の冒頭にある。当然のことながら,「5 本件訴訟の公共性」欄の冒
頭にある当該表現は,その直前に位置する「4 違法性を欠く」の欄に詳述し
た内容を理論的前提としてなされている。したがって,当該表現の評価は,そ
の直前の記載である「4 違法性を欠く」の欄に詳述した内容を理解して初め
てよくなし得る。
ところが,当該表現を名誉毀損であると原告らが評価するとき,その「因縁
をつけて金をせびる」という箇所を独立してあげつらうばかりで,肝心の上記
「4 違法性を欠く」の欄に詳述した内容との関係に言及していない。言葉じり
をとらえるとはこのことである。これは,当事者本人が弁護士を付けてする,あ
るいは,弁護士が本人や訴訟代理人としてする主張としては,余りに不自然
である。原告らは,当該表現が名誉毀損に該当しないことを(少なくとも未必
的に)知っているというべきである。そうでなかったとしても,上記のとおり,言
葉じりをとらえるだけで上記答弁書中の前後の記載を含めた総合的評価をし
ないまま漫然と名誉毀損と評価して公開法廷で主張したことは,社会通念上
軽率のそしりを免れないから,ここに原告らの過失を認めることができる。
エ 主張の必要性
原告らは,被告Aが当該表現をする必要がないと主張するが,失当であ
る。民事訴訟の審理が能率的に進行するように,当事者は,裁判所にそのた
めに必要な情報を提供するなどの協力をすべきである。答弁書の陳述という
審理の初期の段階で事案の要点を的確に指摘して,裁判所が事案の概要の
把握にまごつくことのないように配慮するのは,その一環である。本件訴訟の
甲部分は,前記のとおり,典型的な無理攻めである。換言すれば,本件訴訟
の甲部分は,「因縁をつけて金をせびる」ものである(すなわち,当該表現)と
いうことができる。この簡潔にして的を射た至言を答弁書にて陳述すること
は,裁判所が本件訴訟の甲部分の大局観を正確かつ迅速に把握するのに有
用であるからこそ,わざわざコメントしたのである。その必要性を欠くとの原告
らの主張は,訴訟の現実を忘れている。
(被告国の主張)
前記(4)(被告国の主張)で述べたとおり,被告Aの本件訴訟における答弁書
での主張行為はおよそ国家賠償法1条1項にいう「公権力の行使」に該当する余
地はないから,被告Aの上記行為が「公権力の行使」としての職務に該当するこ
とを前提とした原告らの主張は,それによって原告らの名誉が毀損されたかどう
かを判断するまでもなく,被告国に対する請求の関係では主張自体失当であ
る。
第3 争点に対する判断
1 争点(1)(裁判官の職務行為に関し裁判官個人に対して損害賠償請求訴訟を提起
することが,定型的に訴権の濫用となるか。)について
(1) 訴えが訴権を濫用する不適法なものといえるためには,当該訴えが,実体的
権利の実現ないし紛争解決を真摯に目的とするのではなく,専ら相手方当事者
を被告の立場に置き,審理に対応することを余儀なくさせることにより,訴訟上
又は訴訟外において相手方当事者を困惑させることを目的とし,あるいは訴訟
が係属,審理されていること自体を社会的に誇示することにより,相手方当事者
に対し,有形・無形の不利益や負担若しくは打撃を与えることを目的として提起
されたものであり,その訴訟を維持することが民事訴訟制度の趣旨・目的に照ら
して著しく相当性を欠き,信義に反すると認められることが必要であると解する
のが相当である。
被告Aは,裁判官個人責任訴訟の提起は定型的に訴権の濫用に該当すると
主張する。しかし,訴権は国民の重要な基本的人権の一つであるから,訴権の
濫用に当たるとして訴権の行使を排除するという重大な不利益を課すことを正
当化する事情の有無を個々の事案ごとに審理,判断すべきであり,裁判官個人
責任訴訟のような特定の類型を考えた上,その類型の訴訟が定型的に訴権の
濫用に該当するかどうかというような思考方法を採るべきものではない。
(2) 本件訴訟は,前記争いのない事実等に記載されたとおりの経過をたどって判
決の言渡しがなされた別件訴訟の原告本人及び原告訴訟代理人であった原告
らが,被告Aの別件訴訟における一連の行為の違法性を主張して提起したもの
であるところ,被告Aの上記行為は,長らく進行が中断していた別件訴訟の再開
された最初の期日に原告ら不出頭のまま結審し,その15分後に直ちに判決を
言い渡した点等において,極めて異例であり,適法な訴訟指揮権の行使であっ
たとしても強引なものであったことは否めないところである。そうすると,原告ら
が,被告Aの上記行為を違法なものであると考えた上,本件訴訟を提起すること
によってそのことを明確にしたいと考えることも理解できないことではなく,本件
訴訟の提起が実体的権利の実現ないし紛争解決を真摯に目的とするものでな
いとまでは断定することができない。加えて,加害公務員個人の賠償責任を肯
定した下級審裁判例が散見されることも併せ考えると,本件訴訟のうち被告Aに
対し別件訴訟の一連の行為が違法であるとして損害賠償を求める部分を維持
することが,民事訴訟制度の趣旨・目的に照らして著しく相当性を欠き,信義に
反するとまでもいえず,上記部分に係る訴えの提起が訴権の濫用に当たり不適
法であるともいえない。
2 争点(2)(別件訴訟における被告Aの一連の行為について,被告Aに故意又は重過
失が認められる場合,被告Aが民法709条に基づく不法行為責任を負うか。)につ
いて
(1) 原告らは,国家賠償法1条1項に基づき国が責任を負う場合でも公務員個人
の不法行為責任を否定すべき理由はなく,特に,公務員に故意又は重過失が存
する場合には,公務員個人も責任を負うべきである旨主張する。
しかしながら,公権力の行使に当たる国の公務員が,その職務を行うについ
て,故意又は過失によって違法に他人に損害を与えた場合には,国がその被害
者に対して賠償の責に任ずるのであって,公務員個人はその責を負わないもの
と解するのが相当である(最高裁判所昭和28年(オ)第625号同30年4月19日
第三小法廷判決・民集9巻5号534頁,最高裁判所昭和49年(オ)第419号同5
3年10月20日第二小法廷判決・民集32巻7号1367頁等参照)。現時点で上
記各最高裁判例の解釈を変更すべき合理的理由を見いだすことはできず,原告
らの上記主張は採用することができない。
(2) 以上を前提に検討すると,本件訴訟のうち被告Aに対し別件訴訟の一連の行
為が違法であるとして損害賠償を求める部分は,原告らが,別件訴訟の裁判長
である被告Aのなした期日指定,期日変更申立ての却下,弁論の終結及び判決
の言渡しにより精神的苦痛を被ったとして,被告Aに対し,民法709条に基づき
損害賠償を求めるというものであり,公権力の行使に当たる国の公務員である
被告Aが,その職務を行うについて,故意又は過失によって違法に原告らに損
害を与えたとして,当該公務員個人である被告Aに対して損害賠償を求めるもの
であるから,このような場合,被告Aは原告らに対し賠償責任を負うものではな
い。
したがって,本件訴訟のうち被告Aに対し別件訴訟の一連の行為が違法であ
るとして損害賠償を求める部分に係る請求は,いずれも理由がない。
3 争点(3)(別件訴訟における被告Aの一連の行為について,被告国に賠償責任を
負わせるほどの違法性があるといえるか。)について
(1) 裁判官の行為と国の国家賠償法に基づく責任について
裁判官がした争訟の裁判に上訴等の訴訟法上の救済方法によって是正され
るべき瑕疵が存在したとしても,これによって当然に国家賠償法1条1項の規定
にいう違法な行為があったものとして国の損害賠償責任の問題が生ずるわけの
ものではなく,同責任が肯定されるためには,当該裁判官が違法又は不当な目
的をもって裁判をしたなど,裁判官がその付与された権限の趣旨に明らかに背
いてこれを行使したものと認め得るような特別の事情があることを必要とすると
解するのが相当である(最高裁判所昭和53年(オ)第69号同57年3月12日第
二小法廷判決・民集36巻3号329頁参照)。
原告らは,本件において,別件訴訟についての裁判の瑕疵ではなく,その審
理の過程における裁判官の行為を理由として国の責任を追及するが,この場合
においても,国の責任を肯定するには,裁判官に上記特別の事情があることを
要すると解するのが相当である。
(2) 別件訴訟における期日指定について
前記争いのない事実等(2)の別件訴訟の経過によれば,別件訴訟の担当書
記官であるD書記官が,同訴訟における原告Bの訴訟代理人で弁護団長を務め
るE弁護士に対し,平成13年9月18日,同訴訟の口頭弁論期日の照会書を送
付したものの,別件訴訟における原告Bの訴訟代理人らは,高崎支部に対し,
同月28日の回答期限までに口頭弁論期日の希望日を示した回答書をファック
スで送信しなかったため,被告Aは,同年10月1日,別件訴訟の口頭弁論期日
を同月11日午後1時30分に指定したというのである。
そもそも,期日は,申立てにより又は職権で,裁判長が指定するものであり
(民事訴訟法93条1項),裁判長が期日を指定するに当たり当事者の希望を聴
取することは法律上要求されていないところ,上記のとおり,被告Aは,原告らに
対し期日の希望の聴取を試みた上で期日指定を行ったのであるから,その期日
指定には何ら違法な点はなく,前記(1)の特別の事情は認められない。
この点,原告らは,期日指定を行う際には,これに先立って期日照会を行い,
その回答を待って,あるいは,回答が遅れている場合には電話等で回答を促
し,その上で両当事者が出廷できる日時を指定するというのが,民事訴訟法93
条1項の通常の運用であり,このような運用は,全国の裁判所において永く定着
しており,一種の慣習を形成していると評価することができるところ,被告Aは,こ
の慣習に違反して,期日照会に対する回答を催告しなかったなどと主張する。し
かしながら,原告らの上記主張は,自ら回答期限を遵守しなかったことによる責
任を被告Aに転嫁するものにすぎず,上記のとおり,そもそも,裁判長が,期日を
指定するに当たり,当事者の希望を聴取することは法律上要求されていないこと
にもかんがみると,到底採用することができない。
(3) 別件訴訟における期日変更申立ての却下について
前記争いのない事実等(2)の別件訴訟の経過によれば,別件訴訟における原
告Bの訴訟代理人である原告Cらは,指定された平成13年10月11日の期日
に出頭することができないことから,同月4日,「差し支え」との記載のある期日
変更申立書を高崎支部あての内容証明郵便で郵送し,同内容証明郵便は,同
月5日,高崎支部に到達したが,被告Aは,他の2名の陪席裁判官とともに,同
月11日午後1時30分から別件訴訟の第19回口頭弁論期日を実施し,その
際,上記期日変更申立てを口頭で却下したというのである。
ところで,口頭弁論の期日の変更は,顕著な事由がある場合に限り許すべき
ものであるところ(民事訴訟法93条3項),上記期日変更申立書に記載された
「差し支え」との記載が顕著な事由を記載したものとはいえず期日変更申立てに
理由がないことは明らかであるから,被告Aが上記期日変更申立てを却下したこ
と自体は適法であり,さらに,期日変更申立ての却下を口頭弁論期日に行うこと
について法律上何らの制限もないから,結局,被告Aによる期日変更申立ての
却下には違法な点はなく,前記(1)の特別の事情は認められない。
原告らは,被告Aは,①期日変更のより具体的理由及び説明につき,原告ら
に釈明権を行使すべきであったし,②期日変更の申立てを却下するのであれば
平成13年10月11日の口頭弁論期日よりも前に行うべきであったなどと主張す
る。しかしながら,別件訴訟において,原告Bは弁護士を訴訟代理人に選任して
おり,原告Cは,弁護士として訴訟を追行していたのであるから,口頭弁論の期
日の変更には顕著な事由の存在が必要であることを当然知るべき立場にあった
といえ,これを前提とすると,被告Aが期日変更のより具体的理由及び説明につ
き原告らに釈明権を行使しなかったことが違法であるとはいえず,原告らの上記
①の主張は採用することができない。また,上記のとおり,期日変更申立ての却
下を口頭弁論期日に行うことについて法律上何らの制限もないことに加え,そも
そも期日変更の申立てをいれて指定済みの期日の取消し・変更がなされるまで
は,既に指定済みの期日が依然として有効なのであって,それを前提として当事
者は行動すべきものであり,原告らについても別件訴訟における平成13年10
月11日の期日が開かれることを前提として行動すべきものであったといえるか
ら,それを怠った原告らが不利益を被ることもやむを得ない。そうすると,被告A
が平成13年10月11日の口頭弁論期日よりも前に期日変更の申立てを却下し
なかったことに何ら違法はないといえるから,原告らの上記②の主張も理由がな
い。
(4) 別件訴訟における弁論終結及び判決言渡しについて
前記争いのない事実等(2)の別件訴訟の経過によれば,被告Aは,他の2名
の陪席裁判官とともに,平成13年10月11日午後1時30分から別件訴訟の第
19回口頭弁論期日を実施し,原告Bによる期日変更申立てを口頭で却下した
上,弁論を終結し,15分間休廷した後,直ちに別件訴訟の判決を言い渡したと
いうのである。
そもそも,裁判所は,訴訟が裁判をするのに熟したと判断したときは,終局判
決をすることができるのであり(民事訴訟法243条1項),いつ弁論を終結して判
決を言い渡すかは,裁判所の裁量に属するものである。そして,甲4,5,弁論の
全趣旨によれば,別件訴訟の第19回口頭弁論期日が開かれた時点では,採否
未了の人証のないまま半年以上も期日が開かれない状態が継続していたことが
認められ,これによれば,別件訴訟の裁判所が,第19回口頭弁論期日が開か
れるまでの間に,裁判をするのに熟したと判断した上,判決原本を作成したこと
に裁量の逸脱,濫用はないものといえる。確かに,長らく進行が中断していた別
件訴訟の再開された最初の期日に原告ら不出頭のまま結審し,その15分後に
直ちに判決を言い渡したことは,極めて異例であって強引な訴訟指揮であったも
のといわざるを得ないが,そうであるからといって,別件訴訟における弁論終結
及び判決の言渡しについて裁量の逸脱,濫用はなかったとする上記結論を左右
するものではなく,被告Aについて,前記(1)の特別の事情は認められない。
原告らは,被告Aは,別件訴訟の第19回口頭弁論期日に判決を言い渡す意
図の下にその準備を進めていたことになり,原告らに最終準備書面の提出をさ
せる意思は存在しなかったことになるから,被告Aの行為の違法性は甚だしいな
どと主張する。しかし,前記のとおり,原告らは,第19回口頭弁論期日が開かれ
ることを前提に行動すべきであったにもかかわらずこれを怠ったのであるから,
自ら最終準備書面を陳述する機会を逸したものと評価せざるを得ず,結局のと
ころ,被告Aに最終準備書面の提出をさせる意思が存在しなかったものとは認
められないから,原告らの上記主張は採用することができない。
(5) 裁判を受ける権利について
原告らは,別件訴訟における被告Aの一連の行為により,裁判を受ける権利
が侵害されたと主張する。しかしながら,裁判を受ける権利の保障とは,国民に
よる司法制度の利用の保障を意味するものに外ならず,審理の手続に存する違
法のゆえに請求が認容されなかった場合,我が国の司法制度の下においては,
上訴によりその是正を図る機会が制度的に保障されているのである。そして,別
件訴訟において,上記のような意味での原告らの裁判を受ける権利が侵害され
たと認めるべき事情は見当たらない。したがって,原告らの上記主張は採用する
ことができない。
(6) したがって,別件訴訟における被告Aの一連の行為について,裁判官がその
付与された権限の趣旨に明らかに背いてこれを行使したものと認め得るような
特別の事情があるとは認められないから,本件訴訟のうち被告国に対し別件訴
訟における被告Aの一連の行為が違法であるとして損害賠償を求める部分に係
る請求は,いずれも理由がない。
4 争点(4)(本件訴訟における被告Aによる答弁書の陳述は,国家賠償法1条1項に
いう「公権力の行使」としての職務に当たるか。)について
(1) 国の公権力の行使に当たる公務員が,その職務を行うについて,故意又は過
失によって違法に他人に損害を加えたことを理由に,国に対して損害賠償を求
めることができるためには,当該公務員の違法行為が「公権力の行使」(国家賠
償法1条1項)に当たることが必要であるところ,「公権力の行使」とは,国又は公
共団体がその権限に基づく統治作用としての優越的意思の発動として行う権力
作用のみならず,国又は公共団体の非権力的作用も含まれるが,国又は公共
団体の純然たる私経済作用及び同法2条に規定する公の営造物の設置管理作
用は含まれないと解するのが相当である。
(2) 原告らは,本件訴訟は,被告Aの公務員としての職務行為の違法性を問うも
のであり,当該公務員としてこれに応訴する行為も公務員としての職務の執行,
すなわち「公権力の行使」に当たるというべきであると主張する。しかしながら,
被告Aの本件訴訟における答弁書での主張行為は,被告Aの個人責任を追及し
た訴訟において,被告Aが個人として応訴行為を行い,その中で被告A個人の
意見を表明した行為にすぎず,同行為はいかなる意味においても国の作用とは
無関係であるから「公権力の行使」に該当しないことは明らかである。したがっ
て,被告Aの上記行為が「公権力の行使」としての職務に該当することを前提と
した原告らの主張は,被告国に対する請求の関係では主張自体失当であるとい
わざるを得ない。
(3) したがって,原告らの請求のうち,被告国に対し本件訴訟における被告Aの答
弁書での表現により名誉を毀損されたとして損害賠償を求める部分は,いずれ
も理由がない。
5 争点(5)(本件訴訟における被告Aの答弁書での表現により,原告らの名誉が毀損
されたか。)について
(1) 本件訴訟における被告Aの答弁書の記載内容は,別紙「答弁書」(略)のとおり
である。
(2) ところで,民事訴訟は,私的紛争を対象とするものであることから,必然的に,
当事者間の利害関係が鋭く対立し,個人的感情の対立も激しくなるのが通常で
あり,したがって,一方当事者の主張・立証活動において,相手方当事者やその
訴訟代理人その他の関係者の名誉や信用を損なうような主張等に及ばざるを
得ないことが少なくない。しかしながら,そのような主張に対しては,裁判所の適
切な訴訟指揮により是正することが可能である上,相手方には,直ちにそれに
反論し,反対証拠を提出するなど,それに対応する訴訟活動をする機会が制度
上確保されているのであり,また,その主張の当否や主張事実の存否は,事案
の争点に関するものである限り,終局的には当該事件についての裁判所の裁判
によって判断され,これによって,損なわれた名誉や信用を回復することができ
る仕組みになっているのである。
このような民事訴訟手続における訴訟活動の特質に照らすと,その手続にお
いて当事者がする主張・立証活動については,その中に相手方やその訴訟代理
人等の名誉を損なうようなものがあったとしても,それが当然に名誉毀損として
不法行為を構成するものではなく,相当の範囲において正当な訴訟活動として
是認されるものというべく,その限りにおいて,違法性を阻却されるものと解する
のが相当である。
(3) 本件で原告らが問題としている被告Aの答弁書における表現は,「本件訴訟
は,裁判所の適法な訴訟活動に対し,因縁をつけて金をせびる趣旨であり,荒
れる法廷と称する現象が頻発した時代にもあまり例がないような,新手の法廷
戦術である。」というものである(以下「本件表現」という。)。
本件表現のうち,取り分け「因縁をつけて金をせびる」という部分は,社会通
念上,その表現部分から暴力団組員等の反社会的人物が金銭をゆすり取るか
のごとき印象を与えるものといえるから,これによって原告らの名誉は毀損され
たものと認めることができ,被告Aには,本件表現により原告らの名誉を毀損し
たことについて,少なくとも過失があるものというべきである。
被告Aは,「因縁をつけて金をせびる」の字義は「無理な理屈をつけて相手を
困らせ,金を無理に求める」という程度の意味にすぎないから,本件訴訟の実態
の下においては,名誉毀損に当たらないと主張する。しかしながら,名誉毀損と
いう社会的評価の低下が問題とされている本件においては,本件表現の字義に
とどまらず,それが社会に与える印象等の内容を問題とすべきであるから,被告
Aの上記主張は採用することができない。
(4) そこで,以下,本件表現が正当な訴訟活動として是認され名誉毀損について
の違法性が阻却されるかどうかについて検討する。
本件表現から受ける印象は上記(3)に記載したとおりであり,その表現は著し
く穏当を欠くものといわざるを得ない。
また,本件表現が被告Aの答弁書中になされた経緯を見ると,被告Aの答弁
書の「第3 当被告の主張」中の「1 判決に必要な事実」,「2 公務員の個人責
任はない」,「3 行為を欠く」,「4 違法性を欠く」に続く「5 本件訴訟の公共性」
の項の冒頭に本件表現が記載されており,本件表現は,別件訴訟における被告
Aの行為が違法であることを理由とする原告らの損害賠償請求が理由のないこ
とを個々の根拠を挙げて主張した後のまとめの部分の冒頭でなされたものであ
る。このような場合,被告Aは,原告らが問題とした別件訴訟における訴訟指揮
が適法である旨及び原告らの請求を棄却すべきである旨主張すればよいので
あって,あえて本件表現のような著しく穏当を欠く表現を用いて主張をする必要
はないものというべきである。被告Aは,裁判所が本件訴訟のうち被告Aの別件
訴訟における訴訟指揮が問題となっている部分の大局観を正確かつ迅速に把
握するのに有用であると考えて,本件表現をわざわざ記載したなどと主張する
が,本件表現の目的が被告Aの主張するとおりであったとしても,上記のとおり
の表現内容や必要性の乏しさに照らすと,正当な訴訟活動として是認される範
囲を逸脱しているものといわざるを得ない。
そうすると,本件表現行為は,正当な訴訟活動として是認されるものとはいえ
ず,名誉毀損についての違法性が阻却されることはないものというべきである。
(5) よって,本件表現行為は,原告らの名誉を毀損する不法行為に該当するとこ
ろ,本件表現の内容,原告らの職業その他諸般の事情を総合考慮すると,原告
らが本件表現によって被った精神的苦痛を金銭をもって慰謝するには,原告ら
各自につきそれぞれ10万円が相当である。
第4 結論
以上によれば,原告らの請求は,被告Aに対し各10万円及びこれに対する不法
行為日(本件表現が陳述擬制された日)である平成14年3月8日から支払済みま
で民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由がある
からこれらを認容し,その余はいずれも理由がないから棄却することとして,主文
のとおり判決する。
前橋地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官 東 條   宏
裁判官 原   克 也
裁判官 高 橋 正 幸

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学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
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71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
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経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
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