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裁判例


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       主   文
原告の被告らに対する請求は、いずれもこれを棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
       事   実
第一 当事者の申立
一 原告
 1 被告柏書房株式会社は、被告【A】著「ニユーアルフアベツト」及び「装飾
アルフアベツト」と題する各出版物のうちそれぞれ別紙第二目録記載の部分を発行
してはならない。
 2 被告柏書房株式会社は、その所有にかかる被告【A】著「ニユーアルフアベ
ツト」及び「装飾アルフアベツト」と題する各出版物及びその紙型のうち別紙第二
目録記載の部分を廃棄せよ。
 3 被告らは、連帯して原告に対し、金一〇六万円及びこれに対する昭和四九年
四月一四日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
 4 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言
二 被告ら
 主文同旨の判決
第二 当事者の主張
一 請求の原因
 1 原告は、昭和四四年及び昭和四五年に、別紙第一目録記載の「ヤギ・ボール
ド」、「ヤギ・ダブル」、「ヤギ・リンク・ライト」及び「ヤギ・リンク・ダブ
ル」と称する各一連の装飾文字(厳密にいえば、文字のほか数字、記号等を含
む。)をデザインして、これを著作し、その各個の文字等の書体(以下「本件各文
字」という。)について著作権を取得した。仮に、本件各文字についての著作権の
取得が認められないとしても、原告は、前記「ヤギ・ボールド」、「ヤギ・ダブ
ル」、「ヤギ・リンク・ライト」及び「ヤギ・リンク・ダブル」と称する各一連の
装飾文字の書体のセツト(以下、「本件文字セツト」という。)すなわち別紙第一
目録AないしD記載のとおり配列されたアルフアベツト文字、アラビヤ数字及び付
属物(句読点その他の印刷記号)の書体の一組(一揃い)について著作権を取得し
た。
 2 被告【A】は、「ニユーアルフアベツト」及び「装飾アルフアベツト」と題
する各著作物を著作し、被告会社は、被告【A】との出版契約に基づき、昭和四七
年九月一日右各著作物を発行し(以下、「その出版物を「被告ら出版物」とい
う。)現にこれを継続している。
 被告ら出版物には、別紙第二目録記載の部分に本件各文字が複製され、また、同
目録A・4、A・6及びB・2の部分に、本件文字セツトの全部又は一部が一連の
セツトとして複製されているが、そこには著作者である原告の氏名が表示されてお
らず、また、そもそも原告はその複製について被告らに許諾を与えてもいない。な
お、本件文字セツトの全部又は一部が一連のセツトとして複製されている点につい
て補説すれば、被告ら出版物中右目録記載部分のうち、(イ)A・4の部分は、別
紙第一目録A記載の「一連のセツト」のうちのアルフアベツト文字の一部を省略
し、数字及び句読点その他の印刷記号の配列を変えたにすぎず、(ロ)A・6の部
分は、別紙第一目録B記載の「一連のセツト」のうちのアルフアベツト文字の極め
て一部を省略し、数字、句読点その他の印刷記号の配列を多少変えたにすぎず、ま
た、(ハ)B・2の部分は別紙第一目録C記載の「一連のセツト」のうちのアルフ
アベツト文字は全く同一で、僅かに数字、句読点その他の印刷記号の配列に軽微な
変更を施したにすぎず、いずれも複製というに妨げない。
3 被告らは、被告ら出版物の発行が本件各文字ないし本件文字セツトについて有
する原告の著作権及び著作者人格権を侵害することを知り又は過失により知らない
で、前記のとおり被告ら出版物を発行したものであつて、被告ら共同して原告の右
著作権、著作者人格権を侵害したから、それにより原告が本訴提起の日である昭和
四九年三月一五日までにこうむつた損害について連帯して原告に対し賠償する義務
がある。
 原告は、右著作権の侵害により、通常受けるべき使用料相当額の損害をこうむつ
たというべく、本件各文字及び本件文字セツトの著作物使用料は掲載一ページ当た
り金一万円を下らないから、原告のこうむつた損害は六ページ分合計金六万円とな
る。また、右著作者人格権侵害により原告のこうむつた精神的苦痛を慰藉する額
は、金一〇〇万円が相当である。
4 よつて、原告は、第一次的に本件各文字の、第二次的に本件文字セツトの、各
著作権及び著作者人格権に基づき、被告会社に対し、被告ら出版物のうち別紙第二
目録記載部分(ただし、本件文字セツトの著作権、著作者人格権を原因とする請求
については、別紙第二目録記載A・4、A・6及びB・2の部分)の発行の差止、
被告ら出版物及びの紙型のうち別紙第二目録記載部分の廃棄を求め、被告らに対
し、損害賠償として右合計金一〇六万円及びこれに対する、本件不法行為の後であ
つて、本件訴状送達の日の翌日である昭和四九年四月一四日から支払ずみまで民事
法定利率年五分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める。
二 被告らの答弁及び主張
(一) 請求の原因1の事実のうち、原告が本件各文字をデザインしたことは認め
るが、これらを別紙第一目録記載のとおりに配列したこと並びに本件各文字及び本
件文字セツトについて著作権を取得したとの主張は否認する。同2の事実のうち、
別紙第二目録A・4、A・6及びB・2の各部分に、本件文字セツトの全部又は一
部が一連のセツトとして複製されている、との点は否認し、その余の点は認める。
同3の事実は否認する。
(二) 原告がデザインしたと主張する本件各文字及び本件文字セツトは、いずれ
も著作権法所定の著作物たる要件を欠き、いわゆる著作物性を有しないものという
べきであるから、原告がこれらにつき著作権、著作者人格権を取得すべきいわれは
ない。
 1 著作権法上、著作物とは、思想又は感情を創作的に表現したものであつて、
文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものをいうとされている(第二条第一項
第一号)。すなわち、ある作品が著作物といえるためには、(1)それが作者の思
想又は感情を表現したものであること、(2)その表現に創作性が認められるこ
と、及び(3)それが文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するものであること、
という三つの要件を具備することが必要である。しかるところ、本件各文字及び本
件文字セツトは、右三要件をいずれも欠くものといわなければならない。
 2 思想又は感情の表現について
 本件各文字及び本件文字セツトは、いずれもデザインされた文字の書体(デザイ
ンされた文字の書体を、以下「デザイン書体」という。)であるところ、元来文字
は、各民族が、その構成員相互間において思想や感情を表現、伝達するための手段
ないし道具の一つとして、歴史的に形成発展せしめてきた「記号」ないし「符号」
であつて、それ自体が、絵画、彫刻等典型的著作物のような、思想又は感情の表現
形式ではない。
 ことにアルフアベツト、仮名文字等の表音文字は、なんら特別の意味内容を持た
ないから、各個の文字がそれぞれ単独で、思想又は感情を表現するものたりえない
ことはいうまでもなく、それがAからZまで一連のセツトとして配列されても同様
であることは、多言を用いるまでもなく明らかである。
 「書」が美術の著作物となるのは、文字それ自体によつてではなく、象形文字で
ある漢字と表音文字である仮名文字との組合わせにより、それらが表現する意味内
容が渾然一体となり、一定の思想、感情を表現する言語の著作物としての美術にな
るからである。たとえば、禅僧が「無」と書いた場合には、それは象形文字として
一定の意味を持ち、かつ、禅宗の根本思想とも結びつき、また、書家が仮名文字で
和歌を書いた場合には、その仮名文字が和歌の思想、感情を表現するからこそ、
「書」となるのである。
3 創作性について
 著作物の要件たる創作性は、本件各文字にはもちろん、本件文字セツトにも認め
られない。
 そもそも文字は、既述のとおり、長い時代を経て歴史的に形成発展してきた記号
であつて、万人の共有に属するものである。米国の一判例(Goudy対Hans
en事件)も、「印刷のかたちは、アルフアベツト文字とアラビア数字とからでき
ている。これらの文字と数字は、幾世代も前から世界中に知れわたつているもので
ある。」と説示している。そして、デザイン書体又はタイプ・フエイス(活字書
体、すなわち、印刷用活字・写真植字用文字盤等に用いられることを目的としてデ
ザインされた文字の書体)は、このような文字そのものの基本的構成を前提に、そ
れに対して多少の修正変更を施すものにすぎないから、かりにそれが優れたデザイ
ンであるとしても、著作権法にいう創作性を有するとはいえないのである。「花文
字」が著作物性を取得するのは、それが単なるデザイン書体の域を超えて、絵画と
して保護されるに足るような装飾が施された場合に限られるのも、一つにはかかる
理由に基づく。
4 美術の範囲について
 本件各文字及び本件文字セツトは、もとより文芸、学術又は音楽の範囲には属し
ないから、それらが著作物であるためには、美術の範囲に属するものでなければな
らない。しかし、この要件も欠くこと、次のとおりである。
 著作権法にいう美術とは、原則として純粋美術を意味し、応用美術でありながら
著作権法による保護の対象となりうるのは、美術工芸品等極く限られた範囲のもの
に止まる。現行著作権法の制定にあたり、一つの資料とされた「著作権制度審議会
答申」にも、「図案その他量産品のひな型または実用品の模様として用いられるこ
とを目的とするものについては、著作権法においては特段の措置は講ぜず、原則と
して意匠法等工業所有権制度による保護に委ねるものとする。ただし、それが純粋
美術としての性質をも有するものであるときは、美術の著作物として取り扱われる
ものとする。」とあり、著作権法によつて保護されるべき応用美術の範囲を厳格に
絞つている。
 ところで、およそデザイン書体は、印刷用活字・写真植字用文字盤等大量生産を
予定する実用品に、直接応用することを目的として、デザインされたタイプ・フエ
イスはもとより、かかる実用品との関連が直接的でないものであつても、一般に応
用美術の範囲に属するものというべきである。そして、本件各文字及び本件文字セ
ツトは、いずれも美術工芸品には該当しない。
5 タイプフエイスに著作権法の保護が及んでいないことは、わが国のみならず諸
外国にも共通した事情であり、たとえば、アメリカ合衆国においては著作権局規則
によつて、「タイポグラフイツク・オーナメント、レターリングあるいはカラーリ
ングの単なるバリエーシヨン」は著作権の対象にならないとされ、タイプフエイス
デザインは、伝統的にデザインパテント法によつて保護されてきたし、イギリスに
おいても、タイプフエイスに著作権法(一九五六年)の保護はなく、デザイン法
(一八四二年、一八四三年)による登録が認められているにすぎないのである。
 そして、このような状況を踏まえて、一九五七年に国際タイポグラフイ協会
(A・TYP・I)が創設され、タイプフエイスの法的保護については、文字の物
質に鑑み、著作権法以外の新たな立法に求めることとし、そのための努力を長年積
み重ねた結果、世界知的所有権機関(WIPO)が中心になつて、一九七三年五月
二四日から六月一二日にかけ、ウイーンで、「タイプフエイスの保護及び国際寄託
に関する協定を締結するための外交会議」が開催され、六月一二日成立した協定書
に一一か国が著名した。わが国も右外交会議にオブザーバーとして参加した。この
ような事態の推移は、わが国においても、タイプフエイスないしデザイン書体につ
いて、将来は何らかの法的保護を与えるべきだとの趨勢を示すとともに、その反面
で、現行著作権法の保護はそれに及んでいないことを示す何よりの証左である。
(三) 被告らも、タイプフエイスないしデザイン書体に対して法的保護を与える
べきであると考えているが、それは現行著作権法とは別の立法によるべきである。
(四) 被告らが、被告ら出版物に、本件各文字ないし本件文字セツトを転載した
経緯は、次のとおりである。すなわち、
 被告らは、昭和四六年一一月頃から「ニユーアルフアベツト」、「装飾アルフア
ベツト」を含む「グラフイツクエレメント集」全一〇巻の発刊を企画したが、その
意図するところは、従前とかく不足しがちであつた書体デザイン等を紹介し、流布
することによつて、書体デザイン等の分野で一研究資料を提供しようとするにあ
り、そのため資料としての意義、機能、その位置づけに客観性を付与すべく、本文
中には書体名を、索引には書体名、製作者名、その所属等を、調査しうる限り詳細
に明記した。被告らは、右の意図に基づき、書体デザイン等を種々の見本帳から抜
すいし、転載した。「ニユーアルフアベツト」、「装飾アルフアベツト」に転載し
たもののうち、本件各文字ないし本件文字セツトは、アメリカ合衆国モンセン社発
行の「モンセンフオトタイプ」という写植販売の見本帳から転載したものである
が、右「モンセンフオトタイプ」には、本件各文字ないし本件文字セツトについて
「YAGI BOLD」、「YAGI BOLD DOUBLE」などと記載され
ているのみであつたため、これを原告が製作したものであることは、知りえない事
情にあつた。そして、現在の書体デザイン界では、デザイン書体には著作権法によ
る保護は及ばないというのが定説であり、また市販されているデザイン書体をその
まま転載して紹介する場合には、書体名、製作者名や所属等の出所を表示したう
え、そのつど製作者の許諾を得ないで掲載しているのが慣行である。被告らは、本
件に関しても右慣行に従つたものであり、ただ製作者が判明しているものについて
は製作者に対するエチケツトと万一の無用のトラブルを防ぐ意味で、製作者の諒解
を得たものもあつた。なお、被告ら出版物の扉に、「書体を使用したい場合は許可
をとることが望ましい」と記載してあるのも、右に述べたと同じ趣旨であつて、こ
とに製作者が判明していても出所表示もせずに転載することが予想されるので、無
用のトラブルを避けるためである。
三 被告らの主張に対する原告の反論
(一) 本件各文字及び本件文字セツトは、いずれも著作物であるために必要な三
要件を具備し、美術の著作物に該当するから、これらをデザインした原告は、著作
権、著作者人格権を取得したものということができる。
(二) 思想又は表現について
 ここに「思想又は感情の表現」とは、単に事実自体又は機械的製品を排除する趣
旨にすぎず、結局は「精神的労作の所産」というに等しい。本件各文字及び本件文
字セツトは、アルフアベツト等を素材とするものではあるが、これに独創的な形象
化を施した一個の美術表現であつて、原告の精神的労作の所産である。
 たしかに、記号としての文字は、思想又は感情の表現ないし伝達手段であつて、
本来、思想又は感情の表現形式ではないこと、被告ら主張のとおりであり、この意
味において、「文字は読むための手段」であるということはできよう。しかしなが
ら、このような記号としての文字を素材として、一個の美的表現を創作することは
もとより可能であり、この場合には、文字は単なる思想又は感情の表現手段たるこ
とを超えて、思想又は感情の表現形式自体に転化する。いわば形象としての文字に
なるのである。
 いわゆる「書」や「花文字」は、まさにこれに該当するものであり、それ故にこ
そ、著作物性を取得する。いわゆるデザイン書体についても、同様に解すべきであ
る。「企業は、社名、品名をすべて他社から判別できるようイメージを統一した書
体で広告等に利用することを望む」といわれているが(乙第一号証参照)、それ自
体で社名、品名をすべて他社から判別できるようイメージを統一した書体であれ
ば、それはもはや単なる記号としての文字、思想・感情の伝達手段たる文字である
にとどまらず、一個の独創的な美的表現、すなわちそれ自体が思想・感情の表現形
式たる性質をも具有するに至つているものということができる。そして、この場合
に、被告ら主張のように、文字の特殊性を強調することは妥当でない。敢えて文字
の特殊性というとしても、それは、記号としての文字と形象としての文字とが基本
的構成において同一であるという点にとどまるべく、製作者の精神的労作の所産た
りうるデザイン書体一般について、それが記号としての文字と基本的に同一の構成
をもつという理由、換言すれば、それを読むこともできるという理由だけで、思
想・感情の表現形式たる性質まで否定すべきものではない。要するに、デザイン書
体について著作物性を肯定することは、現行著作権法の基本原則からいつて、むし
ろ当然のことであり、一方で「書」には著作権の成立を認めながら、他方でデザイ
ン書体にはこれを否定するという考え方は、論理的一貫性を欠き、失当というべき
である。
(三) 独創性について
 著作物の要件たる創作性は、各種工業所有権法における新規性と異り、他の著作
物の模倣ではないという消極的価値判断をもつて足りるものというべきところ、本
件各文字は、原告がデザイナーとしての知識、経験及び技術を駆使して創作した書
体であつて、その表現に創作性が認められるべきはいうまでもない。なるほど、デ
ザイン書体は一般に、被告ら主張のように、その基本的構成において、記号として
の文字と同一であることは否めない。しかし、このこと自体は、著作物性を肯定さ
れる「書」や「花文字」にも妥当することであつて、この一事により、すべてのデ
ザイン書体につき創作性を否定することは許されない。
 かりに、本件各文字の全部又は一部につき創作性が認められないとしても、一連
のセツトとしての本件文字セツトに創作性があることは明らかである。
(四) 美術の範囲について
 本件各文字及び本件文字セツトは、いずれもデザイン書体であつて、応用美術の
分野に属するものではあるが、同時に純粋美術にも該当するから、著作権法上美術
の著作物ということができる。
 すなわち、著作権法は、応用美術に属するものであつても、それが純粋美術とし
ての性質をも兼有すれば、美術の著作物にあたるという建前を採つている。なるほ
ど、著作権制度審議会答申説明書によれば、「実用品自体であるものについては、
保護の対象をいわゆる一品製作の美術工芸品に限定し、量産される実用品は、それ
が美的な形状、模様あるいは色彩を有するものであつても、著作権法による保護の
対象とはしない。」とあり、また、「たとえば家具、食器類に係るいわゆるプロダ
クト・デザイン等は、現段階としては、著作権法による保護の対象としないことと
する。」とあつて、これが現行著作権法の基調をなすものであるとはいえるであろ
う。しかし、右の説明からいつても、著作権法による保護対象から除外されている
のは、「実用品自体」又は「プロダクト・デザイン」であり、しかも、これらに著
作権法による保護が否定されるのは、それが、大量製作を予定される量産品だから
ではなく、まさに物品の形状の考案(すなわち、アイデア)を保護対象とする意匠
法の規制領域に属するものだからである。そして、このことは、現に右答申説明書
においても、応用美術について、「絵画、彫刻等と同様に美的な創作であるもの
が、実用に供され、あるいは産業上の利用を目的とするからといつて、著作物とし
ての保護を全く与えられないとすることは、適当でない。」、また、「図案その他
量産品のひな型または模様として用いられることを目的とするものについては、そ
れが物品に応用されることを目的とする点を除外すれば、美術の範囲に属する著作
物として考えうるものを保護すること」と各説明していることからも明らかであ
る。つまり、「量産品のひな型または実用品の模様として用いられることを目的と
して製作されたものであつても、それが同時に純粋美術としての絵画、彫刻等に該
当するものであれば、美術の著作物としての保護を受けうる」とするのが、現行著
作権法の建前であるといつてよい。
 ところで、原告の本件各文字及び本件文字セツトは、いまさら言うまでもなく、
実用品である印刷用活字でもなければ、またプロダクト・デザインのように物品の
形状の考案でもない。まさに、アルフアベツト文字を素材とする「一個の美的表現
にほかならず、この点においては、被告らも著作権の成立を認める「書」と何らの
逕庭なく、美術の著作物ということができる。
(五) 被告らは、国際的にもタイプ・フエイスについては著作権の保護が及んで
いない旨主張し、「タイプ・フエイスの保護及び国際寄託に関するウイーン協定」
制定の事実を援用する。たしかに、同協定は、タイプ・フエイスの保護に対する社
会的要請と著作権による保護領域とのギヤツプを埋めるためのものであといえよ
う。しかしながら、右協定は、締約国に対し(a)特別の国内寄託制度の設定、
(b)国内の意匠法の規定する寄託制度の準用、(c)国内の著作権規定、の全部
又は一部により、タイプ・フエイスの保護を確保すべき義務を課するものであつ
て、これによつて保護されるタイプ・フエイスの範囲は、現行著作権法に基づくも
のより拡大される可能性はあるとしても、現行法上、いかなるタイプ・フエイスに
対しても、それがタイプ・フエイスなるが故に著作権による保護が及ばないことを
前提とするものではない。したがつて、右協定制定の事実は、現行法上タイプ・フ
エイス一般につき著作権による保護が与えられていないことの証左となるものでは
ない。
(六) のみならず、被告【A】は、かねてからデザイン書体ないしタイプ・フエ
イスの法的保護について、極めて熱心であつた。すなわち、同被告は、日本タイポ
グラフイ協会の書体著作権委員である。また、同被告もその構成員の一人である書
体デザイナーグループは、「タイポス」と称するタイプ・フエイスを創作し、ある
業者を通じてその文字盤を販売しているが、右グループは当該業者から文字盤の売
価の三割三分に相当する印税を受け取つている。さらに、被告ら出版物の各扉に
は、「同書に掲戴したアルフアベツト書体には制作者、著作権者がいること、した
がつて書体を使用したい場合は許可をとること」と明記されており、「ニユーアル
フアベツト」一四頁には、「アルフアベツト書体の著作権」と題する論説さえ掲載
されている。これらの事実からすれば、被告らは、デザイン書体ないしタイプ・フ
エイスにつき著作権による保護があることを、自認しているものということができ
よう。
第三 証拠関係(省略)
       理   由
一 原告の被告らに対する本訴請求は、いずれも、本件各文字ないし本件文字セツ
トが著作物を有すること、換言すれば、著作権法第二条第一項第一号所定の著作物
たる要件をすべて具備することを、その請求を理由あらしめるためには必要な原因
の一部とするものである。
 そこで、まず、原告がデザインしたと主張する本件各文字及び本件文字セツトの
著作物性について、検討することとする。
二 本件各文字及び本件文字セツトは、原告の主張それ自体から明らかなとおり、
いずれもデザインされた文字の書体、すなわちデザイン書体であるところ、デザイ
ン書体は、一般に、著作物性を有しないものというべきである。その理由は、以下
に説示するとおりであり、これが説示に反する趣旨の、成立に争いのない甲第八号
証の二にみられる見解は、当裁判所の採らないところである。
1 現行著作権法は、その第二条第一項第一号において、著作物を「思想又は感情
を創作的に表現したものであつて、文芸、学術、美術又は音楽の範囲に属するも
の」と定義し、ある作品が著作物であるためには、少なくともそれが文芸、学術、
美術又は音楽の範囲に属するものであることを要求する。そして、デザイン書体が
一般に文芸、学術又は音楽の範囲に属するものでないことは、ここに縷説するまで
もなく明白であり、また本件当事者間においても争いがない。したがつて、デザイ
ン書体が著作物性を有するといえるためには、それが著作権法上美術の範囲に属す
るものでなければならない。
2 著作権法上「美術」とは、原則として、鑑賞の対象たるべき純粋美術のみをい
い、応用美術でありながら著作権法により保護されうるのは、同法第二条第二項の
規定によつてとくに美術の著作物に含まれるものとされる美術工芸品に限られる、
と解するのが相当である。
 およそ美術は、種々の観点から分類されうるが、美術価値に関する純粋性、ない
しは美的価値と効用価値の関係という観点からは、純粋美術・鑑賞美術と応用美
術・効用美術とに分けられ、両者は相互に排斥し合う関係に立つものとされる。す
なわち、純粋美術は、絵画、彫刻等専ら美の表現のみを目的とするものであるのに
対し、応用美術は、単に美の表現のみではなく、装飾又は装飾及び実用の兼用をも
目的とするもの、換言すれば、実用に供され、あるいは産業上利用されることを目
的とする美的な創作物をいい、(一)美術工芸品、装身具等実用品自体であるも
の、(二)家具に施された彫刻等実用品と結合されたもの、(三)文鎮のひな型等
量産される実用品のひな型として用いられることを目的とするもの、(四)染織図
案等実用品の模様として利用されることを目的とするもの等が、これに属するもの
と理解されている。
 ところで、著作権法第二条第一項第一号にいわゆる「美術」を純粋美術の趣旨に
解し、同条第二項をもつて、本来美術の著作物に含まれない美術工芸品をとくにこ
れに含ませるべく定めた特別規定とみるべきか、はたまた、右にいう「美術」を純
粋美術のみならず応用美術をも指すものと解し、同条第二項を単なる注意的規定と
みるべきかは、解釈上一個の問題たりうべく、右各規定の文言のみからは、必ずし
も十分な決め手は得られないかもしれない。しかしながら、現行著作権法制定の経
過をも併せ考えれば、解釈論としては前説を採るのが妥当であろう。すなわち、同
法成立に至るまでの過程においては、著作権制度審議会審議記録(一)(いずれも
成立に争いのない乙第五号証の一ないし三、第六、第七号証の各一、二、第八号証
の一ないし三、第九号証の一、二)にもその一端が窺われるように、応用美術をど
の範囲まで著作権法によつて保護すべきかが大いに論議されたが、結局、意匠法等
工業所有権制度との調整措置の法制化が困難であること、使用者側関係団体に強い
反対があつたこと等の事情から、応用美術については、純粋美術に最も近い実体を
もつ美術工芸品だけをとくに保護することとしたのである。
 以上に説示したところとは異つて、純粋美術と応用美術とは相互に排斥し合う関
係に立つ概念ではなく、応用美術作品でありながら同時に純粋美術の性質をも兼有
するものがありうるとの前提に立つて、かかるものも美術の著作物に含まれるとす
る見解が見受けられる。前掲著作権制度審議会審議記録(一)に、「図案その他量
産品のひな型または実用品の模様として用いられることを目的とするものについて
は、著作権法において特段の措置は講ぜず、原則として意匠法等工業所有権制度に
よる保護に委ねるものとする。ただし、それが純粋美術としての性質をも有するも
のであるときは、美術の著作物として取り扱われるものとする。」(二二頁)、
「図案等については、原則として意匠法等による保護に委ね、著作権法においては
特段の措置を講じないこととするが、量産品のひな型または実用品の模様として用
いられることを目的として製作されたものであつても、それが同時に純粋美術とし
ての絵画、彫刻等に該当するものであれば、美術の著作物としての保護を受けるも
のとする。」(五七頁)、「産業上の利用を目的として創作されたものであつて
も、それが純粋美術と同様な意味において美術的著作物にあたるものであれば、美
術的著作物として取り扱うこととする。」(三〇四頁)とあるのは、その一例であ
る。しかしながら、この見解において、応用美術品でありながら同時に純粋美術と
しての絵画、彫刻等に該当するものと、該当しないものとの境界は、極めてあいま
いであり、したがつて、応用美術品でありながら著作物性を有するものとして、具
体的にいかなる態様の作品を想定するのか詳かでないうえ、それが産業上の利用を
目的として製作される以上、意匠法等工業所有権制度による保護に値するものであ
るかぎり、製作者には当該制度を利用する機会は与えられている(この点で、当初
は純粋美術として製作された絵画が、後に至つてたまたま産業上利用されるように
なつた場合とは、大いに異る。)のであるから、工業所有権制度との調整措置が講
じられていない現段階において、にわかにこの見解を解釈論として採用することに
は、いささか躊躇を感ぜざるをえない。かりに一歩を譲り、この見解を採るにして
も、著作権法によつて保護されるべき応用美術作品は、それが産業上利用されるこ
とを目的とするという製作意図を一応捨象して、客観的外形的に観察するかぎり、
絵画、彫刻等専ら美の表現のみを目的とする純粋美術作品と区別しえず、通常美術
鑑賞の対象とされうるものに限定されるべきは、むしろ当然であろう。
3 デザイン書体は、一般に、専ら美の表現のみを目的とする純粋美術の作品とは
いえず、また、通常美術鑑賞の対象とされるものでもない。すなわち、文字は、元
来、情報伝達のための実用的記号(の一種)であるところ、デザイン書体は、かか
る事実を前提に情報伝達という実用的機能をにない、かつ、当該機能を果すために
使用される記号としての文字に、美的形象を付与すべくデザインしたものであつ
て、そのこと自体から、実用に供されることを目的とするものということができ
る。デザイン書体のうち、印刷用活字・写真植字用文字盤等大量生産を予定する実
用品に直接応用されることを目的とてデザインされるタイプ・フエイスにおいて
は、実用品との関連性は極めて直接的であるが、一応これら実用品との直接的関連
をはなれて、抽象的に記号としての文字にデザインを施す場合にも、その本質にお
いてはなんらの差異も認められない(なお、デザイン書体が応用美術の分野に属す
るものであること自体は、原告も自認するところである。)。
 著作物性を肯定されることのある「書」及び「花文字」も、文字を素材とする美
的作品であるという点においては、デザイン書体と異るところがない。しかし、
「書」についていえば、文字が毛筆で書かれているからといつて、ただそれだけで
著作物性を取得するわけではない。専ら美の表現を目的として書かれ、美術的書と
なつて、はじめて美術の著作物として保護されるのである。そして、美術的書にお
いては、たしかに文字が書かれてはいるが、それは情報伝達という実用的機能を果
すことを目的とせず、専ら美を表現するための素材たるに止まり、そのことによつ
て、通常美術鑑賞の対象とされるのである。ことは「花文字」についても同様であ
る。文字に装飾が施され、社会的には「花文字」といわれるものであつても、それ
が書籍のテキスト等に使用され、情報伝達のための実用的記号として機能するもの
であるかぎり、いまだ著作物とはいえず、絵画ともいえる程度にまで達し、通常美
術鑑賞の対象とされるに及んで、はじめて美術の著作物として保護されるものとい
うべきである。そして、ここに至れば、その文字は実用的記号としての性格を喪失
するのである。したがつて、「書」及び「花文字」に著作物性を肯定される場合が
あるからといつて、これをもつて、デザイン書体が著作物たりうることを理由づけ
る根拠とすることは、できないものというべきである。
 そして、デザイン書体が美術工芸品に該当しないことは、説明するまでもない。
三 のみならず、成立に争いのない甲第三号証、原告主張のような物であることに
争いのない検甲第一ないし第三号証及び原告本人尋問の結果(第一、二回)によれ
ば、本件各文字及び本件文字セットは、単にデザイン書体であるというに止まら
ず、一九六九年から翌七〇年にかけて、原告が、写植機及び写植用フイルムの販売
を業とするフアクシミル・フオト・タイプ社の注文に応じ、いずれもタイプ・フエ
イスとして製作したものであることが認められるのであり、これに反する証拠はな
い。
四 そうすると、以上、説示してきたところにより、本件各文字及び本件文字セツ
トは、いずれも著作物性を有しないものというべきであり、それらが著作物である
ことを請求の原因の一部とする原告の本訴各請求は、進んでその余の点につき判断
するでもなく、すでにこの点においてすべて理由がないから、これを棄却すること
とし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条の規定を適用して、主文のとおり
判決する。
(裁判官 秋吉稔弘 佐久間重吉 安倉孝弘)
第一目録
<12117-001>
<12117-002>
<12117-003>
<12117-004>
第二目録
A「ニユーアルフアベツト」
 1 箱のうち「ヤギ・ボールド・ダブル」の部分
 2 表紙のうち「ヤギ・ボールド・ダブル」の部分
 3 扉のうち「ヤギ・ボールド・ダブル」の部分
 4 七九頁
 5 一二九頁
 6 一三三頁
B「装飾アルフアベツト」
 1 一三頁のうち「ヤギ・リンク・ダブル」の部分
 2 一四九頁

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