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裁判例


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 主文
一、 控訴人等の本件控訴を棄却する。
二、 原判決主文第二項竝びに第五項及び第六項中の附帯被控訴人関係部分を左
の通り変更する。
 (イ) 附帯被控訴人は附帯控訴人に対し別紙第三目録(一)記載の建物部分の
明渡、同目録(二)記載の建物部分の引渡及び別紙第二目録記載の土地の引渡をせ
よ。
(ロ) 附帯控訴人の附帯被控訴人に対するその余の請求を棄却する。
(ハ) 訴訟費用中附帯控訴人と附帯被控訴人間に生じた部分は第一、二審共附
帯被控訴人の負担とする。
三、 当審における訴訟費用中被控訴人と控訴人天明喜一間に生じた部分は同控
訴人の負担とする。
四、 本判決第二項中附帯控訴人勝訴の部分に限り附帯控訴人において金八万円
の担保を供するときは仮に執行することができる。
         事    実
 控訴人大田建物興業株式会社(附帯被控訴人、以下控訴会社と略称する。)及び
控訴人A代理人は控訴につき「原判決中控訴会社敗訴部分及び控訴人A関係部分を
取消す。被控訴人の請求を棄却する。訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とす
る。」との判決を求め、附帯控訴につき「附帯控訴棄却」の判決を求め、被控訴人
(附帯控訴人、以下単に被控訴人と略称する。)代理人は控訴につき「控訴棄却」
の判決を求め、附帯控訴につき本判決主文第二項(イ)と同旨の判決及び仮執行の
宣言を求めた。
 当事者双方の事実上の主張及び証拠の関係は左記の外原判決事実摘示と同一であ
るからこれを引用する。
 被控訴代理人は、
 (一) 本件土地の表示(原判決第二目録の記載には誤記がある。)を別紙第二
目録記載の通り訂正する。
 (二) 控訴会社が訴外Bより別紙第一目録記載の本件建物を買受けその敷地で
ある別紙第二目録記載の本件土地の借地権の譲渡を受けたのは昭和三十一年二月上
旬であることは争わない。
 (三) 控訴人等主張の控訴会社と控訴人A間の建物賃貸借の事実は否認する。
仮に控訴人両名間に右賃貸借の事実があつたとするも、元来控訴会社は本件土地に
つき被控訴人に対抗できる借地権を有しないのであるから控訴人Aは同土地上にあ
る建物の賃借権を以て被控訴人に対抗することはできない。
 (四) 民法第五百七十七条によれば、不動産の売買において買受けた不動産に
抵当権の登記があるときは買主は滌除の手続を終るまでその代金の支払を拒むこと
ができるのであつてこのことは買主が滌除権を行使する前であると後であるとを問
わないのである。買主の滌除権の行使はその権利であつて義務ではないから買主が
代金の支払を拒んだまま何時迄も滌除権の行使をしない場合における売主保護の為
に同条但書において、売主は買主に対して遅滞なく滌除をなすべきことを請求でき
る旨を規定しているのであつて、この但書の規定自体滌除権の行使前においても買
主に代金支払の拒絶権のあることを予定していることは明らかである。本件におい
て、仮に控訴会社が被控訴人に対し本件建物の買取請求権を有するものとすればそ
の買取請求の結果本件建物の買主となつた被控訴人は右民法の規定によりCの根抵
当権につき滌除の手続を終るまでその買受代金の支払を拒みうることは明らかであ
る。と述べ、
 控訴代理人は、
 (一) 控訴会社が訴外Bより本件建物を買受け同時にその敷地である本件土地
の借地権を譲受けたのは昭和三十一年二月上旬である。
 (二) 控訴人Aは本件建物の内別紙第三目録(一)記載の建物部分につき被控
訴人に対抗しうる賃借権を有する。
 すなわち同控訴人は昭和三十一年三月一日控訴会社から右建物部分を賃料一ケ月
金三千円毎月末日払の約で期間の定めなく賃貸し且これが引渡を受け爾来同建物部
分を占有してパチンコ遊技場を経営しているのであるから、同控訴人は、借家法第
一条により、右賃借及び引渡後控訴会社の買取請求により本件建物の所有権を取得
した被控訴人に対しその賃借権を以て対抗できる筋合であり、同控訴人の右建物部
分の占有は正当の権原に基くものである。と述べ、
 立証として、新たに、
 被控訴代理人は甲第五号証の一ないし四、同第六号証の一、二を提出し、当審証
人Dの証言を援用し、乙第十ないし第十四号証、同第十五号証の一、二、同第十号
証の一はいずれも不知、乙第十六号証中税務署の受領印のみの成立を認めるがその
余の部分の成立は不知、同第十七号証の二、同第十八号証の一、二の成立を認め、
控訴人等代理人は乙第十ないし第十四号証、同第十五号証の一、二、同第十六号
証、同第十七、第十八号証の各一、二を提出し、当審におけるE、Fの各証言及び
控訴会社代表者兼控訴本人Aの尋問の結果を援用し、甲第五号証の一ないし四、同
第六号証の一、二はいずれも成立を認めると述べた。
         理    由
 一、 別紙第二目録記載の本件土地はもと訴外Gの所有であつたところ、同人は
昭和十一年九月一日これを訴外Bに建物所有の目的で期間同日から昭和三十一年九
月一日迄の約で賃貸し、Bは同土地上に別紙第一目録記載の本件建物を所有してい
たこと、Gは昭和二十一年三月死亡し、被控訴人が家督相続により本件土地の所有
権を取得し且Bとの間の右賃貸借関係を承継したこと、控訴会社が昭和三十一年二
月上旬Bより本件建物を買受け同時にその敷地である本件土地の借地権を譲受け次
いで同年三月七日本件建物につき売買による所有権移転登記を了し、爾来同建物を
所有することにより本件土地を占有していたこと、控訴人Aが本件建物の内別紙第
三目録(一)記載の部分を現に占有し、また同建物の内その余の部分は訴外H及び
I(いずれも原審相被告)において現に占有していることは当事者間に争いがな
い。
 二、 控訴人等は、本件においては原判決事実摘示二の(一)に記載の如き各事
実が存するからBと控訴会社間の前記借地権譲渡につき被控訴人が承諾を拒絶する
のは権利の濫用であり被控訴人はこれを承諾する義務を負うと主張する。しかしな
がら、土地の賃貸借は当事者間の信頼関係を基調とする継続的契約関係であるから
特別の事情のない限り賃貸人は賃借権の譲渡を承諾すると否との自由を有するもの
と解すべきところ、本件において原判決事実摘示二の(一)に記載せられている控
訴人等主張の各事実(この事実の内調停の申立及び取下のあつたこと、被控訴人が
自己の営業に供する以外の所有不動産を他に賃貸しもつぱら賃料による収入を得て
いること、被控訴人が従前本件土地以外の賃貸土地につき地上建物の譲渡による借
地権譲渡につき承諾を与えなかつた例のないことはいずれも被控訴人において争わ
ない。)を綜合してみても被控訴人が賃貸人として有する右承諾の自由を制限すべ
き特別の事情があるものとは認め難い。しかのみならず、成立に争いのない甲第三
号証と原審における証人B、Dの各証言及び控訴本人Aの尋問の結果(但し後記措
信しない部分を除く)を綜合すれば、被控訴人はかねてから本件土地を含む大田区
a町b番地の所有土地二百十八坪上にマーケット式店舗を新築する計画を有し、B
に対しても新築店舗の一部を使用させる条件で賃貸期間満了のときには本件土地を
返還して欲しい意向であることを告げ交渉を進めていた関係からBは本件建物を他
に譲渡してもその敷地の借地権譲渡につき被控訴人の承諾を得ることは困難な事情
にあることを察知していたこと、控訴会社代表者AはBから本件建物を買受けるに
際し同人からその敷地である本件土地の借地権については被控訴人より譲渡の承諾
を得ることは困難であることを告げられていたこと、それにも拘らず控訴会社から
もBからも本件建物の売買については被控訴人に何の話もせずその敷地である本件
土地の借地権譲渡につき被控訴人の承諾を取付ける為の交渉を全然怠つていたこ
と、昭和三十一年二月中被控訴人が訴外Jを通じ控訴会社代表者Aに対し本件建物
を買取りたい旨を申入れたことがあつたがこれに対しAは借地権譲渡の承諾を得る
以外の提案には一切応じない態度であつた為右の話も立消えとなつたこと、以上の
事実を認めうるのであつて、この認定に反する前記控訴本人Aの尋問の結果は措信
し難く他にこれを覆すに足る証拠はない。そして右認定の事実と前記控訴人等主張
の各事実(原判決事実摘示二の(一)を併せ考えるときは、Bと控訴会社間の前記
借地権譲渡につき被控訴人が承諾を拒絶したとしてもこれを咎むべき事由は何等な
く、右承諾の拒絶を以て権利の濫用であるとし、従つてまた被控訴人に承諾の義務
があるとする控訴人等の主張は到底採用することができないのである。故に前記調
停事件における第一回期日たる昭和三十一年七月七日において被控訴人と控訴会社
との間に訴外Bとの間におけると同一の条件で賃貸借契約が成立したという控訴人
等の主張もこれを肯認するに由なきものと云わねばならぬ。
 三、 成立に争いのない甲第一号証、同第二号証の一、二及び原審証人Bの証言
によれば、被控訴人とB間の本件土地賃貸借契約には、被控訴人主張の如き契約解
除に関する特約の存すること及び被控訴人は昭和三十一年三月四日Bに到達した書
面を以てこの特約に基き右賃貸借契約を解除する旨の意思表示をしたことを認める
ことができる。そして本件土地賃貸借契約公正証書(甲第一号証はその正本であ
る。)中の右契約解除に関する特約条項は例文であつて、当事者を拘束する効力な
く従つてかかる特約に基く解除の意思表示は無効であるとの控訴人等の主張につい
ては当裁判所もまた原審と同様これを理由ないものと認めるのであつて、その理由
は原判決理由の記載(原判決十一枚目表四目から同裏六行目まで)と同一であるか
らこれを引用する。控訴人等が当審で新たに提出援用した証拠によるも右の認定及
び解釈を左右するに足りない。更に、控訴人等は右特約の妥当性及び拘束力には疑
問がありしかも原判決事実摘示二の(一)に記載の如き諸事実の存する本件におい
ては被控訴人の解除権の行使は明らかに権利の濫用であつて許されないというけれ
ども、右特約の有効であることは右に説明の通りであり、また前段二において説明
の通り被控訴人が本件借地権譲渡につき承諾を与えなかつたことが何等咎むべきも
のでない以上被控訴人が自己の承諾なき本件建物の売買を理由に右特約に基き本件
土地賃貸借契約を解除することは固より正当な解除権の行使であるというべく、こ
れを以て解除権の濫用であるとする控訴人等の主張は理由がない。従つて、被控訴
人とB間の本件土地賃貸借は右解除の意思表示により同月四日限り終了したものと
認むべきである。
 四、 以上の通り控訴会社はBから本件建物を買受けその所有権を取得したけれ
ども、被控訴人よりその敷地の借地権譲渡の承諾を得ることができなかつたのであ
るから、借地法第十条により被控訴人に対し本件建物の買取請求権を有するものと
いうべく、昭和三十三年二月二十八日の原審口頭弁論期日において控訴会社代理人
より被控訴人に対し右買取請求の意思表示のあつたことは記録上明らかであるから
同日右当事者間に時価を以て本件建物の売買が成立したものと認むべきである。そ
して右の時価について当裁判所は原審と同様金二十一万七千二十円と認めるのが相
当であると考えるのであつて、その理由は原判決理由の記載(原判決十四枚目裏二
行目から十五枚目表八行目まで)と同一であるからこれを引用する。控訴人等が当
審で新たに提出援用した証拠によるも右認定を動かすに足る資料はない。
 五、 次に、控訴人等の留置権行使の抗弁について判断する。成立に争いのない
甲第四号証によれば本件建物について昭和三十一年三月八日受附で訴外Cを権利者
とする被控訴人主張の如き根抵当権設定登記の存する<要旨>ことを認めることがで
きる。民法第五百七十七条第五百七十八条によれば、不動産の売買において買受け
た不動産に抵当権の登記があるときは買主はその抵当権の滌除の手続を終る
まで売買代金の支払を拒み得べく、これに対し、売主は買主に対し遅滞なく滌除を
なすべきことを請求し、また売買代金の供託を請求することができるのであるが、
本件建物の売主である控訴会社より買主である被控訴人に対し右滌除または供託の
請求をしたことの主張立証のない本件においては被控訴人は右民法の規定により前
記根抵当権につぎ滌除の手続を終るまで(被控訴人において未だこの手続の終つて
いないことは控訴人等において明らかにこれを争わない。)本件建物売買代金の支
払を拒むことができるのであつて、被控訴人がかかる主張をすることは代金支払拒
絶の意思表示をしていることに外ならないから控訴会社は本件建物について留置権
を行使するに由なく、控訴人等の右抗弁もまた理由がない。
 六、 更に控訴人Aは本件建物の内別紙第三目録(一)記載の部分を昭和三十一
年三月一日控訴会社からその主張の約定で賃借し且右建物部分の引渡を受けたか
ら、その後本件建物の所有権を取得した被控訴人に対し右賃借権を以て対抗できる
と主張する。当審における控訴会社代表者兼控訴本人Aの尋問の結果により成立を
認めうる乙第十ないし第十二号証(控訴会社発行の控訴人A宛家賃領収証)、当審
証人Eの証言により成立を認めうる乙第十三号証及び第十四号証(控訴会社の決算
報告書)、税務署の受領印の成立につき争いなくその他の部分は右本人尋問の結果
により成立を認めうる乙第十六号証及び同本人尋問の結果により成立を認めうる乙
第十七号証の一(控訴会社作成税務署宛所得税額等確定申告書)中には昭和三十一
年三月以降控訴会社が控訴人Aより毎月金三千円宛の家賃を受領した旨の記載があ
り、また右証人E及び当審証人Fの各証言竝びに右本人尋問の結果中には前記控訴
人Aの主張に副う供述があるけれども、これらの記載及び供述は後記甲第五号証の
一ないし四の記載及び当審証人Dの証言に徴し遽かに信を措き難く、却て成立に争
いのない甲第六号証の一、二、乙第十八号証の一、二及び右本人尋問の結果を綜合
すれば控訴会社は昭和三十一年四月二十日附で東京都公安委員会から本件建物にお
いてパチンコ営業の許可を受けていること、これより先控訴人Aは鵜の木ゲームセ
ンクーの名義を以て個人で同種営業の許可を同委員会に申請したことがあつたけれ
ども許可にならなかつたことが認められ、この事実と成立に争いのない甲第五号証
の一ないし四及び当審証人Dの証言を綜合すれば控訴会社は前記営業許可を受けた
上本件建物の内別紙第三目録(一)記載の部分を使用してパチンコ業を経営してい
るのであつて、この営業は控訴人A個人の営業ではなく、同控訴人は単に控訴会社
の代表者として経営の衝に当つているに過ぎず、従つて同控訴人が右営業の為に控
訴会社より右建物部分を賃借した事実はないと認めるのが相当である。他にこの認
定を覆すに足る証拠はない。そうすれば控訴人Aの右抗弁は採用の限りでない。
 七、 上記の認定及び説明によれば、控訴会社は前記買取請求権行使の結果被控
訴人との間に成立した売買の履行として、被控訴人に対し(イ)本件建物につき所
有権移転登記手続をなし、(ロ)本件建物の内別紙第三目録(一)記載の部分を明
渡しその余の部分である同目録(二)記載の部分を引渡し且本件土地を引渡すべき
義務があるわけである。そして控訴会社は、被控訴人とB間の本件土地賃貸借契約
が解除せられた以後買取請求権行使による本件建物の売買成立までの間は同建物を
所有することにより本件土地を占有し、しかもその占有について正当の権原があつ
たことの主張立証は他にないのであるから不法占有により被控訴人に対し本件土地
の賃料相当の損害を与えたものと認むべく、また買取請求権行使後は前記の通り本
件建物の一部を自己の営業に使用し、またその他の部分な訴外H及びI等に賃貸し
使用させているのであるから(この点は当事者間に争いがない。)これにより建物
の敷地である本件土地の賃料相当の利益を法律上の原因なく不当に利得したものと
認むべく、本件土地の相当賃料が昭和三十年七月以降一ケ月金七百円であることは
当事者間に争いないから、控訴会社は右損害の賠償及び不当利得の返還として前記
契約解除後である昭和三十一年六月二日以降本件土地引渡済に至る迄一ケ月金七百
円の割合による金員を支払うべき義務のあることも明らかである。また控訴人Aは
別紙第三目録(一)記載の建物部分を占有しうべき権原につき他に何等の主張立証
がないから被控訴人に対しこれが明渡義務のあることは明らかである。
 八、 以上の理由により被控訴人の控訴会社に対する本訴請求は右七において認
定した範囲において理由ありとして認容すべきであるが、その余の請求は理由がな
いから棄却すべく、被控訴人の控訴人Aに対する請求は理由ありとして認容すべき
である。原審が控訴会社に対し前記七の(ロ)のかかげた建物の明渡、引渡及び土
地の引渡を命ずる部分につき被控訴人からの代金の支払と引換としたことは相当で
ないから被控訴人の附帯控訴に基き原判決主文第二項及び第五項中の控訴会社関係
部分を主文の通り変更し、その他の点につき右と同旨の原判決は相当であるから控
訴人等の本件控訴をいずれも棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九十六条
第九十五条第八十九条第九十二条、仮執行の宣言につき同法第百九十六条を適用
し、主文の通り判決する。
 (裁判長判事 奥田嘉治 判事 岸上康夫 判事 下関忠義)

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