弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件上告を棄却する。
         理    由
 弁護人島田武夫の上告趣意は末尾に添えた書面記載のとおりである。
 論旨第一点及び第二点について。
 違法の認識が犯意成立の要件でないことについては、從來大審院の判例としたと
ころであつたが、新憲法施行後においても当裁判所は、有毒飲食物等取締令違反被
告事件につき、犯罪の構成に必要な事実の認識に欠くるところがなければその事実
が法律上禁ぜられていることを知らなかつたとしても、犯意の成立を妨げるもので
ない旨説示して従前の判例を維持したのである(昭和二三年(れ)第二〇二号同年
七月一四日大法廷判決)。そしてその後当裁判所は、右判例の趣旨に從つて判決を
しているのであつて(昭和二四年(れ)第三一六五号同二五年四月一八日第三小法
廷判決、昭和二四年新(れ)第一五〇号同二五年六月六日第三小法廷判決、昭和二
四年(れ)第二二七六号同二五年一一月二八日第三小法廷判決、昭和二五年(れ)
第一三三九号同年二月二六日第三小法廷判決)、今にわかに右判例を変更しなけれ
ばならない理由を見出すことはできない。以上のように、新憲法下における解釈と
しても、違法の認識は犯意成立の要件ではないのであるから、刑罰法令が公布と同
時に施行されてその法令に規定された行爲の違法を認識する暇がなかつたとしても
犯罪の成立を妨げるものではない。されば被告人が昭和二一年六月一九日麻藥取締
規則が公布され同日以降施行されていたことについて、これを知らなかつたとして
も、かかる法令の不知は未だ犯意の成立を妨げるものではないから、同日以降の被
告人の判示所爲に対して右規則を適用して処断した原判決は正当である。論旨は本
件犯意の成立には違法の認識を要すると主張し、それを前提として罪とならない行
為を罰した原判決は憲法第三一條に違反すると共に、擬律錯誤又は理由不備の違法
があるというのであるが、その前提の理由がないこと前記説明のとおりであるから
所論は採用することができない。
 同第三点について。
 裁判所が被告人の精神状態を判断するに際しては、必ずしも常に特別の知識経験
ある者の鑑定を必要とせず、他の証拠によつてこれを認定しても差支えないもので
ある。されば原審においてその取調べた証拠により判断して被告人を心神喪失又は
心神耗弱者でないものと認定したからといつて所論のような不法があるものではな
く、論旨は畢竟原審の自由裁量に委ねられている証拠調の限度を非難するに帰し、
その理由がない。なお、慢性麻藥中毒患者であつても常に必ずしも心神の喪失又は
耗弱を來たすものではないし、又原審はかかる事実を認めなかつたものであるから、
原審が本件について刑法第三九條を適用しなかつたのは正当であつて論旨は理由が
ない。
 同第四点について。
 没收については、その物が刑法第一九條の法定要件に該当すること、およびその
所有関係を証拠によつて認めた理由を判決において説明する必要はない(昭和二三
年(れ)第五二〇号同年一〇月五日第三小法廷判決参照)。而して本件没收にかか
る注射筒および注射針は、被告人が本件犯行の用に供し、しかも被告人以外の者の
所有に属しない物であることは、一件記録(例えば司法警察官に対する被告人作成
の証拠品任意提出書、領置書等)および原判示事実によつて推知せられ得るところ
であつて、これに反し被告人が右物件を犯行に供用せず、また右物件が被告人以外
の者に属するのではないかとの疑いを起させるような事情も証拠も見当らない。さ
れば原審が、これらの物を本件犯行の供用物件であつて被告人以外の者に属しない
ものと認めて没收したのは正当であつて、原判決には所論のような違法はなく、論
旨は採用できない。
 よつて本件上告を理由ないものと認め、旧刑訴法第四四六條に従い主文のとおり
判決する。
 以上は当小法廷裁判官全員の一致した意見である。
 検察官竹原精太郎関與
  昭和二六年一月三〇日
     最高裁判所第三小法廷
         裁判長裁判官    長 谷 川   太 一 郎
            裁判官    井   上       登
            裁判官    島           保
            裁判官    河   村   又   介
 裁判官穗積重遠は、差支えの為署名捺印することができない。
         裁判長裁判官    長 谷 川   太 一 郎

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