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平成28年10月19日宣告広島高等裁判所岡山支部判決
平成28年(う)第30号薬事法違反
原審岡山地方裁判所津山支部(平成26年(わ)第72号)
主文
原判決を破棄する。
本件を岡山地方裁判所に差し戻す。
理由
本件控訴の趣意は,検察官福田尚司作成の控訴趣意書に記載のとおりで
あり,これに対する答弁は,弁護人肥田弘昭,同原田隆各作成の答弁書に
記載のとおりであるから,これらを引用する。
論旨は,本件指定薬物所持の公訴事実につき,故意を認めることができ
ないとして被告人らを無罪とした原判決には,判決に影響を及ぼすことが
明らかな事実の誤認がある,また,原判決が説示する故意の解釈適用には
誤りがあり,法令適用の誤りがあるというものである。
第1論旨に対する判断
そこで検討するに,事実認定について,原判決は,被告人Aが,自己の
販売する商品に指定薬物が含まれていることを知らなかった旨供述すると
ころ,被告人らの店に立ち入った警察官や薬物取締担当の県職員らから,
指定薬物の存在を指摘されなかったこと等の事実を取り上げ,同供述は信
用することができると判断する。しかし,原判決の判断は,危険ドラッグ
販売の実情を十分考慮せず,その薬物に対する規制の経過及びこれに対す
る危険ドラッグ販売者の認識を適正に評価しなかった点で,論理則,経験
則等に照らして不合理なものということができる。
以下,説明する。
1本件公訴事実
本件公訴事実は,被告人らは,共謀の上,業として,平成26年6月2
6日,B県C市Da番地b所在の「E」1階ハーブ店「F」において,販
売の目的で,医療等の用途以外の用途に供するため,指定薬物である1-
フェニル-2-(ピロリジン-1-イル)ヘプタン-1-オン(通称α-
PHPP。以下「α-PHPP」という。)を含有する粉末約2.476
グラムを所持したものである,というものである。
2原判決の判断の概要
原判決は,次のように判示し,被告人両名には指定薬物所持の故意が認
められないと判断した。
(1)被告人Aの故意について
被告人Aは,本件においてα-PHPPが含まれているとされた粉末の
商品名である「イエローヴォヤージュ」に指定薬物が含まれているとは知
らなかったと供述しているところ,①平成25年12月6日,B県保健福
祉部医薬安全課員,同県G保健所職員,同県警察の警察官らによるFの立
入調査の際,課員らから,在庫商品の中に指定薬物があるとの指摘を受け
なかったこと,②平成26年5月20日,警察官がFに臨場しているが,
在庫商品の中に「イエローヴォヤージュ」があったのに,在庫商品の中に
指定薬物があるとの指摘を受けなかったこと,③Fが窃盗被害を受けた際
にも,警察官がFに入店しているが,在庫商品の中に「イエローヴォヤー
ジュ」があったのに,在庫商品の中に指定薬物があるとの指摘を受けなか
ったこと,④Fの営業開始後複数回にわたり指定薬物の規制強化が行われ
ていたこと,⑤被告人Aは,指定薬物として規制されることが予定されて
いる商品については,値引き販売したり,廃棄したりしていたこと,⑥被
告人Aは,仕入先であるHが摘発された後,摘発の契機となった商品につ
いて,Fの在庫商品にないことを確認した上で,Fの営業を再開したこと
などの事情,被告人Aが上記供述と矛盾する行動をしていないことや,F
において指定薬物を販売しないよう努力していることから,この供述は信
用できる。検察官の主張する①危険ドラッグの社会問題化を知っていたこ
と,②規制強化がなされることから値引き販売をしていたこと,③発送商
品に「アクセサリー」という商品名を記していたこと,④「イエローヴォ
ヤージュ」に指定薬物が含まれていないと考えた根拠は,何の資格もない
Iからの情報に過ぎないこと,⑤Hが摘発される原因となった商品である
「スピーディーブレイズ」しか廃棄しなかったこと,⑥Iが逮捕された以
上,Iの情報は信用できないものであったと認識したはずであり,Iが「ス
ピーディーブレイズ」以外にも指定薬物を取り扱っていた可能性を認識し
ていたこと等の事情によっても,被告人両名の認識の内容は,指定薬物又
は指定薬物として規制される可能性のある物が含まれているかもしれない
ということまでで,未必的認識を認定するに足りる証拠はないとした。
(2)被告人Jの故意
被告人Jは,本件当時Fの直接的な営業を行っていなかったことから,
同人が被告人Aの認識とは別に,「イエローヴォヤージュ」に指定薬物が
含まれているとの認識を有していたとは認めることはできないし,被告人
Aの故意が認められない以上は,両名の共謀が認められたとしても,被告
人Aを通じた故意を認めることもできないとした。
(3)以上によれば,被告人両名には故意がなく,いずれも無罪と判決
した。
3検察官の主張の概要
(1)事実誤認
危険ドラッグに対する規制経過及び販売の実情からするなら,その販売
業者が商品として危険ドラッグを所持しているとの認識により指定薬物所
持の故意が推認され,特段の事情がない限り違法薬物所持の認識を認める
べきである。
そして,本件では,以下の事情を考慮すれば,危険ドラッグ販売業者と
して客観的な事実により被告人両名の違法薬物所持の故意が強く推認され
るのに,このような考慮をせず,あるいは故意がないことを推認するよう
な事情ではないことをこのように考慮している点で,原判決の判断には,
論理則,経験則違反が認められる。
ア積極事情
(ア)被告人両名は,Fで危険ドラッグを販売していたのであるから,
その事実から指定薬物所持の故意が推認される。
(イ)以下のとおり,このような推認を補強する事実が存在する。
a被告人両名は,商品を郵送する際に,伝票の品名欄に「アクセサリー」
と記載していた。
b被告人両名が,指定薬物の規制強化の最近の状況を的確に把握しよう
とはしておらず,Fの在庫商品中に指定薬物が含まれているか否かを専門
機関に確認することもなかった上,指定薬物に関する断片的な情報を仕入
先のIから入手するのみであり,それは法遵守のためではなかった。
cFから押収された危険ドラッグ卸売業者作成の文書の記載内容にも
照らせば,被告人両名が前記危険ドラッグ販売の実態を十分に認識してい
たことがより一層明らかになる。
イ消極事情の評価について
(ア)原判決は,平成25年12月6日の立入調査で指定薬物があると
の指摘を受けていないこと,平成26年5月20日,「イエローヴォヤー
ジュ」がF店内にあったのに臨場した警察官から同様の指摘を受けていな
いこと,窃盗被害を受けた際に「イエローヴォヤージュ」がF店内にあっ
たのに臨場した警察官から同様の指摘を受けていないことを,故意を否定
する方向に働く間接事実として掲げているが,危険ドラッグについては,
商品名や外観から指定薬物が含まれているかを判断することができず,鑑
定をしなければ警察官等からも明らかにできるものではなく,立入調査や
臨場したというだけで,指定薬物があるとの指摘ができるものではない。
販売業者も警察官らにおいてこのようなことができないことを十分わかっ
た上で販売をしているものであり,上記のような事情は,故意を否定する
方向には働かないことは明らかであり,原判決の判断は,論理則,経験則
に違反する。かえって,立入調査の際には販売自粛要請がされており,販
売商品の中に指定薬物が含まれている可能性があることを未必的に認識し
ていたことを裏付ける事情になる。また,窃盗被害での警察官の臨場は,
警備会社経由等によるものであり,被告人両名による通報によるものでは
ないから,被告人両名が指定薬物の故意を有していたならそのような行動
はとらないという推認は働かない。
(イ)Fの営業開始後複数回にわたり指定薬物の規制強化が行われてい
たこと,これを踏まえ,被告人Aは,指定薬物として規制されることが予
定されている商品については,値引き販売したり,廃棄したりしていたこ
とを,故意を否定する方向に働く間接事実と評価した原判決の判断は,論
理則,経験則に違反する。すなわち,規制強化が次々と行われていること
をみれば,指定薬物の拡大等の規制強化が恒常的に続いており,ある時点
において指定薬物でなくとも,次の時点では指定薬物に指定されていると
いうことは十分ありうる。このようなことは危険ドラッグを販売する業者
の間では広く認識されていたということができる。このような状況のもと
では,危険ドラッグの販売業者である被告人両名は,商品の中に指定薬物
が含まれている可能性が十分にあることを認識していたと推認すべきであ
る。規制が予定される商品を値引き販売したり,廃棄したりしたのも,故
意を肯定する事情とはなっても,否定する方向に働かない。
(ウ)被告人Aが,Hが摘発された後,摘発の契機となった「スピーデ
ィーブレイズ」がFの在庫商品にないことを確認した上でFの営業を再開
したことを,故意を否定する方向に働く間接事実と評価した原判決の判断
は,論理則,経験則に違反する。すなわち,Fの唯一の仕入先であったI
が,指定薬物が含まれる商品を所持していたことで逮捕されたことは,被
告人両名がIから仕入れた商品の中に指定薬物が含まれている可能性が高
いと認識する事情にはなっても,故意を否定する事情にはならない。被告
人らは,Iからの情報が当てにならないことを知ったことになるから,「ス
ピーディーブレイズ」が在庫中にないことを確認しただけでは,他の商品
に指定薬物が含まれていないという故意を否定する方向の事情にはならな
い。
(エ)その他,原判決が消極方向に働くとする事情も根拠の乏しい認定
であるか,その評価を誤ったものであり,いずれにせよ,故意を否定する
方向に働く間接事実ではなく,原判決の判断は,論理則,経験則に違反す
る。
(2)法令適用の誤り
原判決は,本件故意につき,被告人両名の認識の内容は,指定薬物又は
指定薬物として規制される可能性のある物が含まれているかもしれないと
いうことまでで,未必的認識を認定するに足りる証拠はない旨判示してい
るが,これは,薬物の認識について当該薬物を含む違法薬物かもしれない
旨の認識(未必的認識)で足りないとするものであり,法令の解釈適用を
誤っている。法令適用の誤りは,判決に影響を及ぼすことが明らかである。
4事実認定に関する当審の判断
(1)関係証拠により認められる事実等
ア薬事法による薬物規制状況(公知の事実)
薬事法(平成26年11月27日に「医薬品、医療機器等の品質、有効
性及び安全性の確保等に関する法律」と改称された後も含めて「薬事法」
という。)は,平成19年4月1日以降,大麻や覚せい剤等以外のもので,
人の中枢神経系の興奮若しくは抑制又は幻覚の作用等の精神毒性を有する
蓋然性が高く,人の身体に使用された場合に保健衛生上の危害が発生する
おそれがある物(以下,「危険ドラッグ」という。)として,厚生労働大
臣が指定した物を「指定薬物」(同法2条15項)とし,これについて,
医療等の用途外使用のほか,医療等の用途以外の用途に供するための販売,
所持等を禁止して処罰し(同法76条の4,84条26項),業として,
販売や所持をした者については加重処罰することとしている(同法83条
の9)。
ただ,危険ドラッグであっても指定がされていないものは存在しうる(化
学式をわずかに変更すれば仮に効果は同等であっても別物質となる。)上,
そのような危険ドラッグが次々と新たに社会内に現れては,その成分や効
果が規制機関において確認された後,薬物(化学物質)として指定がなさ
れるということが,複数回繰り返されており,その構造上,規制は必然的
に後追いにならざるを得ない状況にある。
イ被告人らの関与状況
(ア)平成25年8月,被告人Jは,Fを開店し,同所で「合法,脱法
ハーブ」を販売する旨のチラシを作成し,さらに開店後には,「合法ハー
ブ」を販売する旨のチラシを作成して,危険ドラッグの販売を始めた。同
店での販売は,当初,Kが店長として担当し,平成26年1月17日ころ
から同年6月21日までは,おおむね月曜日から土曜日まではLが,日曜
日は被告人Aがそれぞれ担当していたが,Lは商品や売上金を着服したた
め辞めさせられ,同月22日以降は,被告人AとMが行っていた。上記チ
ラシは,同年6月26日にF内で発見されている。また,同店には,各商
品は,お香,植物活力剤,バスソルトであって,人体に使用しないよう注
意する旨記載した注意書が掲示されていた。
(イ)被告人Jは,自らあるいは,被告人Aを通じて,この種のドラッ
グを,B市内にあるハーブ店「H」の経営者であるIから仕入れており,
他の者から仕入れることはなかった。
(ウ)Fにおいては,危険ドラッグは,店頭に置かれておらず,客に商
品カタログを見せて,注文を受けた商品をカウンター内や事務所内の保管
場所から取り出し,代金と引き換えに販売していた。また,電話やインタ
ーネットからの注文も受け,商品を発送する方式で販売することもしてお
り,その際,送り状の伝票の品名欄には,「アクセサリー」と実際の中身
とは異なる記載をしていた。
(エ)Fの営業を始めてから後,複数回にわたり,危険ドラッグに対す
る薬物指定が行われた。本件の商品である「イエローヴォヤージュ」は,
α-PHPPを含有する粉末であるところ,Iから仕入れ始めた当時は,
α-PHPPは指定薬物ではなかったが,平成25年10月21日に指定
され,同年11月20日にこの指定が発効した。
(オ)平成25年12月6日,B県保健福祉部医薬安全課員,同県G保
健所職員,同県警察の警察官らは,Fに立入調査をした。その際,同県保
健福祉部医薬安全課員は,当時のFの店長であったKに,商品販売自粛を
要請する書面を交付した。
(カ)被告人Jは,仕入先であるIからの情報に基づいて,Fで取り扱
っていた商品で新たに規制されるものについては,Iに返還していた。被
告人Aも,Iから規制が間近という情報を得た危険ドラッグにあたる商品
を,Lに指示して値引き販売し,さらに規制されるという日付が迫ると廃
棄していた。
(キ)平成26年5月20日,Fの敷地内において,Fで商品を買った
客が地面にごろごろ転がって大きな声で奇声を発していた。これを見たL
は,客が発狂していると思い,客が危険であると感じて近寄って声をかけ
たが,客は応じない様子であった。そのころ,隣家の者から110番通報
がなされ,警察官が臨場した。倒れていた客は,脱法ハーブを使用する者
として警察が把握していた人物であった。Lは,警察官から同店に設置し
ている監視カメラの録画映像(以下,「ビデオ」という。)を見せてほし
いと頼まれたため,これを見せたところ,F内で上記の人物が商品を買う
ところが写っていた。Lは,被告人Aに電話し,客の状況や警察官がビデ
オを見せてほしいと言って見せていることを伝えたところ,被告人Aは,
Lに対し,客のことには触れないまま,警察官にビデオを見せるなと言い,
さらに,Lから警察官に電話を代わらせて,上記の客がFの販売商品を買
ったことを確認する必要があると述べている警察官に対し,「犯罪となる
なら警察は何をしてもいいのか」などと言いながら,勝手に店のビデオを
見ないよう激しく抗議した。その直後,被告人Aと被告人Jは,複数回互
いに電話を掛けて通話した。
(ク)平成26年6月5日,Hが薬事法違反の容疑で捜索差押を受け,
同日,Iは,同容疑で逮捕された。それを聞きつけた被告人Aは,LにF
の営業をいったん中止するように言い,LにIから仕入れたFの商品やメ
モ,在庫ノートを全て持ち寄らせた。その場所には被告人Jもいた。そし
て,被告人Aらは,Iが検挙された原因となった商品が「スピーディーブ
レイズ」であるという情報を入手し,それがFの在庫商品の中にないこと
を確認し,同月7日にFの営業を再開した。
(ケ)Lは,Fの商品を勝手に使用するなどしており,顔色を変えたり,
記憶をなくしたりするなど,薬物による一定の精神作用を受けており,こ
のようなことを,被告人両名は知っていた。
(2)以上を基に,まず,原審の事実認定について検討する。
ア前記薬事法の規制状況によれば,危険ドラッグは,大麻や覚せい剤
等以外のもので,人の中枢神経系の興奮若しくは抑制又は幻覚の作用等の
精神毒性を有する蓋然性が高く,人の身体に使用された場合に保健衛生上
の危害が発生するおそれがある物という広い範囲にわたる物である。そこ
で,薬物を化学式と薬品名で特定して指定することにより,規制や処罰の
範囲を明確にしている。危険ドラッグと指定薬物との間には,巷に現れて
から指定に至るまでの時間があるから,実際には,法の趣旨に反するもの
の違法ではない薬物はいわゆる「脱法ドラッグ」と称されるものとして存
在しうる。危険ドラッグを販売する業者は,そのような脱法ドラッグを求
める顧客の需要に乗じて,利益を得るため危険性のある薬物を販売してい
る。しかし,上記のとおり指定薬物は化学式や薬品名で特定されるのであ
り,商品名で特定されているものではないから,薬物販売の資格も,薬物
に関する専門的知識も持ち合わせていない危険ドラッグ販売業者において
は,販売品に規制薬物が含まれているか否かを判断することは不可能また
は困難である。このことは,その販売業者にとっても明らかな事実である
から,それでもその種の商品の販売をする以上,既に指定薬物とされてい
る薬物を含む物を販売してしまうおそれがあることは十分に認識している
はずであるといえる。
そうすると,一般的に,危険ドラッグの販売業者は,特段の事情がない
限り,自己が扱う商品の中に指定薬物が含まれている可能性を認識してい
るものと推認することができる。
イそこで上記推認を妨げる特段の事情が窺われるか(原判決が故意を
否定する事情とする判断の当否)を検討する。
(ア)県職員や警察官がFに立ち入った際の事実の評価に関して,規制
に基づいて取り締まる側においても,実際に販売店で扱っている複数の商
品の中に指定薬物が含まれた商品が存在していても,商品の成分を鑑定し
なければ,指定薬物を含むものであるかどうかはわからない。その上,指
定薬物が含まれるものとして知られている商品名以外の物であっても規制
薬物が含まれる可能性もある。このことから取締担当官らは,それらの販
売を自粛するなどの要請をしている。このようなことは,危険ドラッグの
販売業者も当然認識している事実である。
このような事情を考えると,原判決が故意を否定する方向に働くとして
いる,立入調査,警察官の臨場の際に指定薬物が含まれる商品について指
定薬物であるとの指摘を受けなかった事情は,検察官が指摘するとおり,
捜査機関の側から見ても販売業者の側から見ても,指定薬物が含まれる商
品がないという認識を窺わせる事情とはならないから,被告人両名の故意
を否定する方向の事情とはならない。
(イ)原判決は,Fの営業開始後複数回にわたり指定薬物の規制強化が
行われていたこと,これを踏まえ,被告人Aは,指定薬物として規制され
ることが予定されている商品については,値引き販売したり,廃棄してい
たりしていたことを,故意を否定する方向に働く間接事実と評価している。
しかし,上記のような法の趣旨や後追いとはいえ規制を次々と拡大させて
いる状況からすると,危険ドラッグである販売商品の中には,すでに指定
された薬物が含まれている可能性は十分にある。また,危険ドラッグ販売
業者が,規制されることが予定されている商品について,値引き販売や廃
棄等をすることは,規制強化の実情を十分に把握していたことを示すもの
であって,危険ドラッグの販売業者において,指定薬物が含まれているか
もしれないとの未必的故意を推認する事情とみることができる。値引き販
売や廃棄等を,摘発を免れる目的で指定薬物を所持しないようにするため
の行為と評価すること自体は誤りではない。しかし,廃棄等がなされたの
は,指定の情報が得られたものについてのみであり,上記のとおり,他の
商品の中にすでに指定された薬物が含まれている可能性があることを前提
とする限り,その認識があることの上記推認を妨げるものでなく,故意を
否定する事情とはならない。
(ウ)原判決は,被告人Aが,Hが摘発された後,摘発の契機となった
「スピーディーブレイズ」がFの在庫商品にないことを確認した上でFの
営業を再開したことを,故意を否定する事情とする。しかし,H摘発の事
実は,同店で取り扱う商品にも指定薬物が含まれていたことを意味し,同
店から仕入れた商品に指定薬物を含むものがある可能性があることにな
る。このことは,被告人らも当然認識している事情であり,被告人らの未
必的故意を推認させる事情である。
また,摘発の理由となった商品がFに存在しないことを確認した上,す
ぐに営業を再開したことについても,上記のような摘発の実情を考えれば,
直ちに故意を否定する方向の事情にはならないというべきである。すなわ
ち,上記のような商品名のものを販売していないことを確認しても,他の
商品名のものに指定薬物が入っているかどうかわからないのは,摘発前と
変わりがない。したがって,他の商品については,販売を再開しても摘発
の危険は従前とほとんど変わらないものであり,被告人らにおいても,こ
のように判断して,すぐに営業再開に踏み切ることは十分にありうること
といえる。
その他の原判決が指摘する消極事情も,直ちに,故意を否定する方向の
事情とはならない。なお,原判決は,被告人Aが故意を否定する供述と矛
盾する行動をしていない旨及び,被告人Aが指定薬物を販売しないよう努
力していた旨説示するが,その矛盾のない行動や努力というのが,具体的
にいかなる事実を指しているのか不明である上,そのように解される事情
も窺われない。
ウそうすると,原判決が上記各事情について故意を否定する方向の事
情となるとする判断は論理則,経験則等に照らし,合理的とは言えない。
(3)前記のとおり,一般的に危険ドラッグ販売業者には自己の扱う商
品に指定薬物が含まれているかもしれないとの未必的認識が推認できるこ
とに加え,上記(1)のとおり,Fの立ち上げやその際のチラシの内容,
危険ドラッグの仕入先,保管や販売状況,立入調査を受けたり,商品の購
入者がそれを身体に摂取することを想定している(原審証人Lの供述等に
より明らか)のに,あえて「身体に使用しないように」などと表示して販
売していること,Fの敷地内でその客が薬物症状とみられる状況で倒れた
りするなどしていたこと,その際,駆け付けた警察官が店内の状況のビデ
オを見ることに対し,被告人Aが「犯罪となるなら警察は何をしてもいい
のか」と言うなどして強く抗議した経緯,仕入先のIが「スピーディーブ
レイズ」という商品に関して逮捕されたこと,被告人両名はFに「スピー
ディーブレイズ」があるかないかすぐに調査したことを総合すれば,被告
人両名は,Fで販売する商品について,指定薬物の有無について明確な認
識がなかったとしも,危険ドラッグが含まれていることを認識していたこ
とは明らかである。そうして,被告人らは,上記のとおり,危険ドラッグ
の規制強化の実情を十分に把握していたと認められることからすると,F
で販売していた危険ドラッグの中に指定薬物が含まれている可能性がある
ことを十分認識していたと推認でき,少なくとも未必的故意の存在は推認
できる。
そして,このような認識を否定する事情としては,上記のような摘発を
受けた違法業者であるIから得られる情報に限られていたことからする
と,被告人両名がFでの販売商品に指定薬物が含まれているとは認識して
いなかったとする供述はいずれも不自然であり,上記推認を覆すものとは
いえない。
結局のところ,被告人Aの故意を否定した原判決の認定には判決に影響
を及ぼす事実の誤認がある。その被告人Aを通じた被告人Jの故意につい
て,被告人Aの故意が認められない以上は,共謀があっても,故意が認め
られないとした原判決の認定にも判決に影響を及ぼす事実の誤認がある。
この点で論旨は理由がある。
5破棄差戻し
よって,検察官のその余の論旨について判断するまでもなく,刑訴法3
97条1項,382条により原判決を破棄し,本件では,原審は,争点の
一つである被告人Aと同Jの共謀の有無について判断をしていないことも
考慮すると,同法400条本文により,本件を原裁判所である岡山地方裁
判所に差し戻すこととし,主文のとおり判決する。
平成28年10月19日
広島高等裁判所岡山支部第1部
裁判長裁判官大泉一夫
裁判官難波宏
裁判官村川主和

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