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平成14年(行ケ)第148号 審決取消請求事件(平成16年5月10日口頭弁
論終結)
          判           決
       原      告   株式会社オグラ
       訴訟代理人弁護士   吉武賢次
       同          宮嶋学
       同    弁理士   黒瀬雅志
       同          森秀行
       被      告   石原機械工業株式会社
       訴訟代理人弁理士   藁科孝雄
          主           文
      原告の請求を棄却する。
      訴訟費用は原告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   特許庁が平成11年審判第35215号事件について平成14年2月19日
にした審決を取り消す。
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は,名称を「曲げ修正機」とする特許第2129980号発明(昭和5
7年7月28日に出願された特願昭57-131871号の特許出願〔以下「本件
原出願」という。〕の一部を昭和63年1月12日に新たに特許出願,平成9年6
月6日設定登録。以下,この特許を「本件特許」という。)の特許権者である。
   被告は,平成9年9月29日,本件特許を無効にすることについて審判の請
求をし,平成9年審判第16458号事件(以下「別件審判」という。)として特
許庁に係属したところ,原告は,平成10年1月19日付け訂正請求書により,願
書に添付した明細書の特許請求の範囲の記載等を訂正する旨の訂正請求(以下「本
件訂正請求」という。)をした。特許庁は,別件審判について審理した上,同年4
月17日に「訂正を認める。本件審判の請求は,成り立たない。」との審決(以下
「別件審決」という。)をし,別件審決は確定して,確定審決の登録がされた。
 被告は,別件審決の確定後の平成11年5月11日,再度,本件特許を無効
にすることについて審判の請求(以下「本件審判請求」という。)をし,特許庁
は,平成11年審判第35215号事件(以下「本件審判」という。)として審理
した上,平成12年1月11日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決
(以下「前審決」という。)をした。
 その後,被告が前審決の取消しを求めて訴えを提起した当庁平成12年(行
ケ)第87号審決取消請求事件(以下「前訴」という。)の判決(平成13年6月
13日判決言渡し,以下「前判決」という。)により前審決が取り消され,前判決
が確定したので,特許庁は,本件審判請求につき更に審理した上,平成14年2月
19日,「特許第2129980号発明の特許を無効とする。」との審決(以下
「本件審決」という。)をし,その謄本は,同年3月1日,原告に送達された。
 2 願書に添付した明細書(本件訂正請求に係るもの。以下「訂正明細書」とい
う。)の特許請求の範囲記載の発明(以下「本件発明」という。)の要旨
 ケーシング本体の前方部に取付けられた受けアームに対し修正用フックを往
復移動させることにより棒状部材の曲げ修正を行う曲げ修正機において,前記ケー
シング本体の前方部外周には円周溝が形成され,この円周溝に対しリング部材が回
動可能に嵌合され,前記受けアームは,間隔をおいて一対取付けられその後端部が
前記リング部材に固着されているとともに,前記修正用フックは,前記一対の受け
アームの間に配設されケーシング本体内に回動かつ往復移動可能に配設されたピス
トンロッドの先端に取付けられていることを特徴とする曲げ修正機。
 3 本件審決の理由
   本件審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本件発明は,本件原出願前に
日本国内において頒布された刊行物である実公昭47-29063号公報(審判甲
1・本訴甲3-1,以下「引用例1」という。)及び実願昭55-20235号
(実開昭56-121515号)のマイクロフィルム(審判甲2・本訴甲5-3,
以下「引用例2」という。)記載の発明(以下,それぞれ「引用例1発明」,「引
用例2発明」という。)に基づいて当業者が容易に発明をすることができたもので
あるから,本件特許は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであり,無
効にすべきものであるとした。
第3 原告主張の本件審決取消事由
 1 本件審決は,確定審決の登録がされた別件審決と異なる判断をしたものであ
り,同一の事実及び同一の証拠に基づいて確定審決と異なる判断をしたものとし
て,特許法167条の規定に違反する(取消事由)から,違法として取り消される
べきである。
 2 取消事由(特許法167条の規定の違反)
(1)別件審判において,請求人(被告)は,本件発明は,請求人作成
の「DIAMOND鉄筋加工機シリーズ」カタログ(別件審判甲1・本訴甲5-1,以下
「別件引用例」という。),実願昭55-105300号(実開昭57-2882
3号)のマイクロフィルム(別件審判甲2・本訴甲5-2,以下「甲5-2公報」
という。)及び引用例2(別件審判甲3・本件審判甲2・本訴甲5-3)記載の発
明に基づいて当業者が容易に発明をすることができたものであるから,本件特許
は,特許法29条2項の規定に違反してされたものであるとの主張をした。これに
対し,別件審決(甲4)は,本件発明と別件引用例記載の発明(以下「別件引用例
発明」という。)を対比し,一致点として「ケーシング本体の前方部に取付けられ
た受けアームに対し修正用フックを往復移動させることにより棒状部材の曲げ修正
を行う曲げ修正機において,ケーシング本体の前方部外周にリング部材が取り付け
られ,前記受けアームは,間隔をおいて一対取付けられその後端部が前記リング部
材に固着されているとともに,前記修正用フックは,前記一対の受けアームの間に
配設され,ケーシング本体内に往復移動可能に配設されたピストンロッドの先端に
取付けられている曲げ修正機」(14頁「一致点」の項)である点を,相違点1と
して,「ケーシング本体に対するリング部材の取付機構に関して,訂正発明(注,
本件発明)では,ケーシング本体の前方部外周には円周溝が形成され,この円周溝
に対しリング部材が回動可能に嵌合されるという構成をとるのに対し,甲第1号証
(注,別件引用例)では,ケーシング本体とリング部材との関連構成が明示されて
いない点」(14頁~15頁「相違点1」の項),相違点2として,「訂正発明で
は,ピストンロッドが,ケーシング本体内に回動可能に配設されるという構成をと
るのに対し,甲第1号証では,このような構成が明示されていない点」(15頁
「相違点2」の項)を認定した上,甲5-2公報及び引用例2を参照し,「相違点
1について検討すると,甲第2,3号証(注,甲5-2公報,引用例2)には,上
記のとおり,本体ケーシングに対して作業ヘッド部を回動可能に取付ける構成が開
示されているが,これら各号証に記載されているものは,携帯用切断機に関するも
ので,使用対象物に共通するところはあっても,一対の受けアームを備えていない
もので,その使用態様は,甲第1号証記載の曲げ修正機とは全く相違している。し
たがって,・・・曲げ修正機と切断機の製造や販売が,同一の業者によって取り扱
われるものであることが示されても,甲第2,3号証記載の携帯用切断機における
取付構成を,甲第1号証記載の曲げ修正機に採用すべき動機付けがあるとはいえな
い。しかも,甲第2,3号証に記載の,本体ケーシングに対して,作業ヘッドを回
動可能に取り付けるための具体的な構成は,ピアノ線などの回動助材を用いるもの
で,訂正発明における,一方の部材に形成した円周溝に対して,他方の部材が嵌合
されるというものとは相違している。また,相違点2について検討しても,甲第
2,3号証にプランジャーを回動自在に設ける構成が開示されているが,上記の理
由から,その構成を甲第1号証記載のピストンロッドに採用すべき動機付けはな
い。そうすると,これら相違点1,2における訂正発明の構成については,いずれ
の甲号証にも記載されていないし,また,示唆するものもないといえる。そして,
訂正発明は,これらの相違点1,2における構成を具備することにより,修正作業
時のスラスト荷重を支えつつ,最も作業しやすい位置で曲げ修正機を使用すること
ができ,作業を能率良く容易に行うことができるという,独自の作用効果を奏する
ものである。したがって,訂正発明は,甲第1~3号証記載の発明に基づいて,当
業者が容易に発明をすることができたものとはいえ」(15頁最終段落~17頁第
2段落)ないと判断した。そして,別件審決は,上記のとおり,「甲第2,3号
証」と一連に記載しているように,甲5-2公報と引用例2は,区別する必要のな
い実質同一の証拠として認定している。
(2)本件審判において,請求人(被告)は,本件発明は,引用例1発明,引用
例2発明又は引用例1発明及び引用例2発明を組み合せたものに基づいて当業者が
容易に発明をすることができたものであるから,本件特許は,特許法29条の規定
に違反してされたものであるとの主張をした。これに対し,本件審決は,引用例1
発明として,「シリンダ1の前方部に取付けられたアーム16に対し曲げ又は矯正
用コマ12を往復移動させることにより鉄筋Aの曲げ又は矯正を行う鉄筋等折曲矯
正両用機において,前記シリンダ1の前方部外周にはロックナット13により固定
されるブラケット9が螺着され,前記アーム16は,間隔をおいて一対取付けられ
その後端部が前記ブラケット9に固着されているとともに,前記曲げ又は矯正用コ
マ12は,前記一対のアーム16の間に配設されシリンダ1内に往復移動可能に配
設されたピストンロッド7の先端に取付けられている鉄筋等折曲矯正両用機」(4
頁イの第2段落)を認定した上,本件発明と引用例1発明を対比し,一致点とし
て,「ケーシング本体の前方部に取付けられた受けアームに対し修正用フックを往
復移動させることにより棒状部材の曲げ修正を行う修正機において,前記受けアー
ムは,間隔をおいて一対取付けられその後端部がケーシング本体の前方部外周に設
けられた部材に固着されているとともに,前記修正用フックは,前記一対の受けア
ームの間に配設されケーシング本体内に往復移動可能に配設されたピストンロッド
の先端に取付けられている曲げ修正機」(6頁下から第2段落)である点を,相違
点として,「本件特許発明(注,本件発明)では,ケーシング本体の前方部外周に
は円周溝が形成され,この円周溝に対しリング部材が回動可能に嵌合され,このリ
ング部材に受けアームの後端部が固着されており,また,ピストンロッドがケーシ
ング本体内に往復移動だけでなく回動可能に配設されているのに対して,甲第1号
証記載の発明(注,引用例1発明)では,ケーシング本体の前方部外周にはロック
ナットにより固定されるブラケットが螺着され,このブラケットに受けアームの後
端部が固着されており,また,ピストンロッドがケーシング本体内に往復移動可能
に配設されているものの回動可能に配設されているかどうかは明らかでない点」
(6頁最終段落~7頁第1段落)を認定した上,引用例2を参照し,上記相違点に
ついて,容易想到性を肯定した。
(3)別件審決(甲4)が認定した別件引用例(甲5-1)の記載事項と本件審
決が認定した引用例1(甲3-1)の記載事項は,「一致点」において,別件審決
の「リング部材」が,本件審決では「前方部外周に設けられた部材」と記載されて
いる点が異なるだけで,その他の認定事項は完全に一致している。そして,「リン
グ部材」と「前方部外周に設けられた部材」は,いずれも「受けアームの後端部が
固着される部材」という意味で用いられており,実質的には同じ構成要素であるか
ら,両審決は,本件発明との一致点の認定において,別件引用例の記載事項と引用
例1の記載事項について,同じ認定をしている。また,相違点の認定においても,
別件審決の「ケーシング本体に対するリング部材の取付機構に関して・・・甲第1
号証(注,別件引用例)では,ケーシング本体とリング部材との関連構成が明示さ
れていない点」(14頁~15頁「相違点1」の項)は,本件審決の「甲1号証記
載の発明(注,引用例1発明)では,ケーシング本体の前方部外周にはロックナッ
トにより固定されるブラケットが螺着され,このブラケットに受けアームの後端部
が固着されており」(6頁最終段落)は,実質的に同一の内容である。すなわち,
別件審決及び本件審決は,それぞれの引用例には「ケーシング本体の前方外周部に
は円周溝が形成され,この円周溝に対しリング部材が回動可能に嵌合されるという
構成が記載されていない」という同一の相違点を認定し,この相違点について,同
じ証拠である引用例2(別件審判甲3・本件審判甲2・本訴甲5-3)が参照され
ている。なお,本件審決記載の上記「ロックナットにより固定されるブラケット」
は,引用例1の記載を引用しただけであり,相違点の認定において,実質的に異な
る構成要素としては認定されていない。このことは,相違点の判断において,引用
例2を参照するに際して,「ケーシング本体の前方外周部には円周溝が形成され,
この円周溝に対しリング部材が回動可能に嵌合されるという構成」に相当する構成
が記載されているか否かのみが検討の対象となり,「ロックナットにより固定され
るブラケット」を備えることは検討の対象となっていないことからも明らかであ
る。
(4)特許法167条の解釈において,特許発明の構成要件のうち,判断に決定
的な影響を及ぼす特徴部分と関連する構成が記載された主たる証拠(本件審判の引
用例2〔甲5-3〕)が確定審決の証拠と同一であれば,この主たる証拠が組み合
わされるべき,非特徴的部分(公知の構成要件)のみが記載された公知資料(本件
審判の引用例1〔甲3-1〕)は,一つの例示的証拠であり,再度の無効審判請求
の請求に係る発明との対比において,両証拠について実質的に同一の認定がされて
いるのであれば,確定審決に用いられた証拠とは形式的に異なる証拠であっても,
両証拠は,実質的に同一というべきである。そうでなければ,無効審判請求人は,
公知の構成要件のみが記載された証拠を,順次選択して,無効審判請求を繰り返す
ことが可能となるが,このようなことは,確定審決の効力を無視するものであっ
て,法的安定性を損なうとともに,審判制度の公益に反することであり,許される
べきではない。
  以上のとおり,別件審決で引用例とされた別件引用例(甲5-1)の記載
事項と本件審決で引用例とされた引用例1(甲3-1)の記載事項は,一致点の認
定及び相違点の認定において実質的に同一であるから,両者は,形式的には相違し
ていても,実質的に同一の証拠である。したがって,本件審決が,別件審決と異な
った認定をしたことは,同一の事実及び同一の証拠に基づいて,確定審決の登録が
された別件審決と異なる判断をしたものであり,特許法167条の規定に違反する
ものである。なお,本件審判において,原告は,平成11年8月11日付け審判事
件答弁書(甲3-2)をもって,本件審判請求は特許法167条の規定に違反する
ものであるとの主張をし,前審決は,同主張に対する判断をしなかったが,「本件
審判の請求は,成り立たない。」との結論であったため,原告は,これに対する不
服申立てをしなかったものである。
(5)被告は,最高裁平成4年4月28日第三小法廷判決・民集46巻4号24
5頁(以下「平成4年最判」という。)を引用し,本件審決は,前判決の拘束力に
従ってされたものであるから,その認定判断の違法を争うことは許されないと主張
するが,前判決は,特許法167条の規定の違反については,何ら判断していない
から,原告の取消事由の主張は,前判決の拘束力に抵触するものではない。
(6)また,被告は,別件引用例(甲5-1)は,本件審判において証拠として
提出されておらず,本件審決は審理判断していないから,別件引用例と引用例1が
実質的に同一であることを理由に本件審決の誤りを主張することはできないと主張
するが,本件審決が特許法167条の規定の違反について判断していないこと自体
を違法というべきであるから,被告の主張は理由がない。
第4 被告の反論
1 本件審決の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由は理由がない。
 2 取消事由(特許法167条の規定の違反)について
(1)確定した審決取消判決の拘束力は,平成4年最判の判示するとおり,取消
判決の判決主文が導き出されるのに必要な事実認定及び法律判断にわたるものであ
るから,審判官は取消判決の上記認定判断に抵触する認定判断をすることは許され
ないところ,本件審決は,前判決の拘束力に従ってされたものであるから,その認
定判断の違法を争うことは許されない。
(2)別件引用例(甲5-1)は,本件審判において証拠として提出されておら
ず,本件審決は審理判断していないから,別件引用例と引用例1が実質的に同一で
あることを理由に本件審決の誤りを主張することは,それ自体失当というべきであ
る。また,原告の平成11年8月11日付け審判事件答弁書(甲3-2)には,
「なお,本件審判請求人(注,被告)は,本件特許に対し平成9年9月29日付け
で特許無効審判を請求しており(平成9年審判第16458号〔注,別件審判〕,
平成10年4月17日審決〔注,別件審決〕),本件無効審判請求書では,一部に
おいて前記平成9年無効審判請求と同一の事実及び同一の証拠に基づく請求が繰返
されており,特許法167条の規定に違反するものである」とあるが,同一の事実
及び同一の証拠に基づくものであることについての具体的な根拠は何ら主張してい
ないから,本件審判において,特許法167条の規定の違反について適法な主張が
あったとはいえず,この点においても,原告の取消事由の主張は失当である。
(3)仮に,原告の取消事由の主張が許されるとしても,別件引用例(甲5-
1)記載の構成と引用例1(甲3-1)記載の構成が異なることは明らかである。
例えば,引用例1においては,「前記シリンダ1の前方部外周にはロックナット1
3により固定されるブラケット9が螺着され」(審決謄本4頁イの第2段落),ロ
ックナット13を緩めればブラケット9が回動可能であるのに対して,別件引用例
においては,そのような構成となっていない。なお,ブラケット9の回動は最大で
も反転(180°)で足り,ねじのピッチとしては半ピッチにすぎず,半ピッチに
相当する180°の回動を許す程度にロックナット13を緩めても,安全率を考慮
すれば何らの支障も生じない。引用例1発明では,シリンダ1の前方部外周にブラ
ケット9がねじ止め(螺着)され,ロックナット13でブラケット9を固定してい
るが,多数の円周溝を連続させたものがねじであり,形状的にねじは本件特許発明
の「円周溝の一種」ということができるとともに,円周溝もねじも回動を確保しな
がら嵌合されるものであるから,機能的にも差異はなく,ブラケット9(リング部
材)は,円周溝に対し,回動可能に嵌合されているということができる。これに対
して,別件引用例では,円周溝は存在せず,リング部材は回動可能となっていな
い。このように,本件発明と同様にリング部材(ブラケット9)が円周溝に対し回
動可能に嵌合されている引用例1と,円周溝は存在せずリング部材が回動可能とな
っていない別件引用例とは,開示する技術内容が明らかに異なる。そして,別件引
用例記載のものが本件特許発明と実質的に同じものとはいえないのに対して,引用
例1に記載のものは本件特許発明と実質的に同じものということができるから,別
件引用例と引用例1とが実質的に同一であるとはいえない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由(特許法167条の規定の違反)について
(1)原告は,確定審決の登録がされた別件審決(甲4)で引用例とされた別件引
用例(甲5-1)の記載事項と本件審決で引用例とされた引用例1(甲3-1)の
記載事項は,一致点の認定及び相違点の認定において実質的に同一であるから,両
者は,形式的には相違していても,実質的に同一の証拠であると主張するので,検
討する。
(2)別件審決(甲4)は,別件引用例(甲5-1)について,「甲第1号証
(注,別件引用例)には,その裏表紙の目次からわかるように,『鉄筋ストライナ
ー』が17~18頁に紹介されており,18頁には『鉄筋ストライナー/DBR-
29W』についての記載があり,中段の写真に加えて,『「押し」と「引き」で”
台直し”。』,『組み立てた鉄筋の構造や修正方法に合わせて,押すことも引っ張
ることもレバーの切り換えだけでワンタッチです。』,『鉄筋ストライナー仕
様』,『修正可能角度・・押修正/引修正』等の記載がある。そして,上記の18
頁中段の写真からは,当該鉄筋ストライナーが,訂正発明(注,本件発明)におけ
る,『ケーシング本体』,『一対の受けアーム』,『修正用フック』,『リング』
に相当するものを備えていることが認められる」(11頁最終段落~12頁第2段
落)と認定した上,本件発明と別件引用例発明を対比し,一致点として,「ケーシ
ング本体の前方部に取付けられた受けアームに対し修正用フックを往復移動させる
ことにより棒状部材の曲げ修正を行う曲げ修正機において,ケーシング本体の前方
部外周にリング部材が取り付けられ,前記受けアームは,間隔をおいて一対取付け
られその後端部が前記リング部材に固着されているとともに,前記修正用フック
は,前記一対の受けアームの間に配設され,ケーシング本体内に往復移動可能に配
設されたピストンロッドの先端に取付けられている曲げ修正機」(14頁「一致
点」の項)である点を,相違点1として,「ケーシング本体に対するリング部材の
取付機構に関して,訂正発明では,ケーシング本体の前方部外周には円周溝が形成
され,この円周溝に対しリング部材が回動可能に嵌合されるという構成をとるのに
対し,甲第1号証では,ケーシング本体とリング部材との関連構成が明示されてい
ない点」(14頁~15頁「相違点1」の項),相違点2として,「訂正発明で
は,ピストンロッドが,ケーシング本体内に回動可能に配設されるという構成をと
るのに対し,甲第1号証では,このような構成が明示されていない点」(15頁
「相違点2」の項)を認定した。
(3)他方,本件審決は,引用例1(甲3-1)について,「シリンダ1の前方
部に取付けられたアーム16に対し曲げ又は矯正用コマ12を往復移動させること
により鉄筋Aの曲げ又は矯正を行う鉄筋等折曲矯正両用機において,前記シリンダ
1の前方部外周にはロックナット13により固定されるブラケット9が螺着され,
前記アーム16は,間隔をおいて一対取付けられその後端部が前記ブラケット9に
固着されているとともに,前記曲げ又は矯正用コマ12は,前記一対のアーム16
の間に配設されシリンダ1内に往復移動可能に配設されたピストンロッド7の先端
に取付けられている鉄筋等折曲矯正両用機」(審決謄本4頁イの第2段落)の発明
が記載されていると認定した上,本件発明と引用例1発明を対比し,一致点とし
て,「ケーシング本体の前方部に取付けられた受けアームに対し修正用フックを往
復移動させることにより棒状部材の曲げ修正を行う修正機において,前記受けアー
ムは,間隔をおいて一対取付けられその後端部がケーシング本体の前方部外周に設
けられた部材に固着されているとともに,前記修正用フックは,前記一対の受けア
ームの間に配設されケーシング本体内に往復移動可能に配設されたピストンロッド
の先端に取付けられている曲げ修正機」(同6頁下から第2段落)である点を,相
違点として,「本件特許発明(注,本件発明)では,ケーシング本体の前方部外周
には円周溝が形成され,この円周溝に対しリング部材が回動可能に嵌合され,この
リング部材に受けアームの後端部が固着されており,また,ピストンロッドがケー
シング本体内に往復移動だけでなく回動可能に配設されているのに対して,甲第1
号証記載の発明(注,引用例1発明)では,ケーシング本体の前方部外周にはロッ
クナットにより固定されるブラケットが螺着され,このブラケットに受けアームの
後端部が固着されており,また,ピストンロッドがケーシング本体内に往復移動可
能に配設されているものの回動可能に配設されているかどうかは明らかでない点」
(同6頁最終段落~7頁第1段落)を認定した。
(4)そうすると,別件審決の上記(2)の認定と本件審決の上記(3)の認定は,確
かに,一致点の認定に関しては,前者の「リング部材」が後者の「前方部外周に設
けられた部材」となっている点で若干相違するものの,他はほぼ同様である。しか
しながら,相違点の認定に関しては,別件審決は,別件引用例(甲5-1)には,
「ケーシング本体とリング部材との関連構成が明示されていない点」(相違点
1),及び本件発明が,「ピストンロッドが,ケーシング本体内に回動可能に配設
されるという構成をとる」のに対し,別件引用例には,「このような構成が明示さ
れていない点」(相違点2)に相違があるとするのに対して,本件審決は,引用例
1(甲3-1)には,「ケーシング本体の前方部外周にはロックナットにより固定
されるブラケットが螺着され,このブラケットに受けアームの後端部が固着されて
おり,また,ピストンロッドがケーシング本体内に往復移動可能に配設されている
ものの回動可能に配設されているかどうかは明らかでない点」(相違点)に相違が
あるとし,両審決の認定は異なっている。そして,別件審決の上記(2)の認定及び本
件審決の上記(3)の認定自体に,誤りがあるとは認められない。
  この点について,原告は,両審決の相違点に関する上記記載は,それぞれ
の引用例には,「ケーシング本体の前方外周部には円周溝が形成され,この円周溝
に対しリング部材が回動可能に嵌合されるという構成が記載されていない」とい
う,同一の相違点を認定したものであり,実質的に同一の内容であると主張する。
しかしながら,原告が同一の内容であるとして挙げる上記相違点について,別件審
決には,これと同旨と認められる上記「甲第1号証では,ケーシング本体とリング
部材との関連構成が明示されていない」との記載が存在するが,本件審決は,上
記(3)のとおり,引用例1は,「ケーシング本体の前方部外周にはロックナットによ
り固定されるブラケットが螺着され,このブラケットに受けアームの後端部が固着
されており,また,ピストンロッドがケーシング本体内に往復移動可能に配設され
ているものの回動可能に配設されているかどうかは明らかでない」と認定している
のであって,原告の挙げる上記相違点と同旨とは認められない。すなわち,別件審
決は,本件発明の備える「回動可能に配設された構成」の記載は,別件引用例には
認められないとして,対比すべき構成がないとしているのに対して,本件審決は,
引用例1の「ケーシング本体の前方部外周にはロックナットにより固定されるブラ
ケットが螺着され,このブラケットに受けアームの後端部が固着されており,ま
た,ピストンロッドがケーシング本体内に往復移動可能に配設されている」構成を
指摘し,この構成が「回動可能に配設されているかどうかは明らかでない」点のみ
を相違点としているものである。そして,本件審決は,上記指摘に係る相違点につ
いて,「甲第2号証記載の発明(注,引用例2発明)においては,ポンプ本体とカ
ッターヘッドを回動可能に結合させるため,ポンプ本体及びカッターヘッドの双方
に設けた環状凹溝に回動助材を挿入,配設することによって,円周方向の回動運動
を妨げない凹凸の組合せを形成するものであって,その意味で,当該回動助材を挿
入,配設することは,本件特許発明(注,本件発明)において,リング部材をケー
シング本体の円周溝に嵌合するのと同様の機能を果たすものといい得る」(審決謄
本7頁3判断の第2段落)として,引用例2発明が,本件発明の備える上記相違点
に係る構成と同じ機能を果たすものであると指摘した上で,「甲第1号証記載の発
明(注,引用例1発明)に甲第2号証記載の発明を適用して,ケーシング本体の前
方部外周に円周溝を形成し,この円周溝に対しリング部材を回動可能に嵌合し,こ
のリング部材に受けアームの後端部を固着して,受けアームを回動可能に構成する
点に格別の困難性は見当たらない」(同8頁第1段落)として,その容易想到性を
肯定したものであるから,本件審決の上記指摘に係る相違点は,別件審決の認定に
はないが,容易想到性の判断の前提となる部分であると認められる。そうすると,
引用例1の記載事項と別件引用例の記載事項は,容易想到性の判断の前提となる部
分において異なるものというべきであるから,両者を,実質的に同一の証拠である
ということはできない。
(5)したがって,原告の取消事由の主張は,その余の点について判断するまで
もなく,理由がない。
2 以上のとおり,原告主張の取消事由は理由がなく,他に本件審決を取り消す
べき瑕疵は見当たらない。
   よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとお
り判決する。
     東京高等裁判所知的財産第2部
         裁判長裁判官 篠  原  勝  美
    裁判官 岡  本     岳
    裁判官 早  田  尚  貴

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