弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
1本件控訴をいずれも棄却する。
2控訴費用は控訴人らの負担とする。
事実及び理由
第1控訴の趣旨
1原判決を取り消す。
2甲事件
(1)内閣総理大臣は,自衛隊法76条1項2号に基づき,自衛隊の全部又は
一部を出動させてはならない。
(2)防衛大臣は,重要影響事態に際して我が国の平和及び安全を確保するた
めの措置に関する法律(以下「事態措置法」という。)の実施に関し,
ア6条1項に基づき,自ら又は他に委任して,3条2項の後方支援活動
(以下,事態措置法3条2項の後方支援活動を「3条2項の後方支援活動」
ともいう。)として,自衛隊に属する物品の提供を実施してはならない。
イ6条2項に基づき,防衛省の機関又は自衛隊の部隊等(自衛隊法8条に
規定する部隊等をいう。以下同じ。)に命じて,3条2項の後方支援活動
として,自衛隊による役務の提供を実施させてはならない。
(3)防衛大臣は,国際平和共同対処事態に際して我が国が実施する諸外国の
軍隊等に対する協力支援活動等に関する法律(以下「支援法」という。)の
実施に関し,
ア7条1項に基づき,自ら又は他に委任して,3条2項の協力支援活動
(以下,支援法3条2項の協力支援活動を「3条2項の協力支援活動」と
もいう。)として,自衛隊に属する物品の提供を実施してはならない。
イ7条2項に基づき,自衛隊の部隊等に命じて,3条2項の協力支援活動
として,自衛隊による役務の提供を実施させてはならない。
(4)被控訴人は,甲事件控訴人らに対し,それぞれ1万円及びこれに対する
平成26年7月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3乙事件・丁事件
被控訴人は,乙事件控訴人ら及び丁事件控訴人らに対し,それぞれ1万円及
びこれに対する平成26年7月1日から支払済みまで年5分の割合による金員
を支払え。
4丙事件
防衛大臣は,国際連合平和維持活動等に対する協力に関する法律(以下「協
力法」という。)の実施に当たり,9条4項に基づき,自衛隊の部隊等が行う
国際平和協力業務の種類及び内容として3条5号ラに掲げる業務(以下「駆け
付け警護」という。)を含む国際平和協力業務実施計画(以下「実施計画」と
いう。)及び国際平和協力業務実施要領(以下「実施要領」といい,実施計画
と併せて「実施計画等」という。)に基づき,自衛隊の部隊等に国際平和協力
業務を行わせてはならない。
5訴訟費用は,第1,2審とも,被控訴人の負担とする。
第2事案の概要
以下で使用する略称は,特に断らない限り,原判決の例による。
1前提事実(争いのない事実,甲2,3)
(1)内閣は,平成26年7月1日,「国の存立を全うし,国民を守るための
切れ目のない安全保障法制の整備について」と題する新たな安全保障法制の
整備のための基本方針を閣議決定した(平成26年7月閣議決定)。
平成26年7月閣議決定は,「我が国を取り巻く安全保障環境は根本的に
変容するとともに,更に変化し続け,我が国は複雑かつ重大な国家安全保障
上の課題に直面している。」,「脅威が世界のどの地域において発生しても,
我が国の安全保障に直接的な影響を及ぼし得る状況になっている。」などと
の情勢認識に基づき,「特に,我が国の安全及びアジア太平洋地域の平和と
安定のために,日米安全保障体制の実効性を一層高め,日米同盟の抑止力を
向上させることにより,武力紛争を未然に回避し,我が国に脅威が及ぶこと
を防止することが必要不可欠である。その上で,いかなる事態においても国
民の命と暮らしを断固として守り抜くとともに,国際協調主義に基づく『積
極的平和主義』の下,国際社会の平和と安定にこれまで以上に積極的に貢献
するためには,切れ目のない対応を可能とする国内法制を整備しなければな
らない。」とした上で,以下のような方針を示すものであった。
ア武力攻撃に至らない侵害への対処
警察機関と自衛隊を含む関係機関が基本的な役割分担を前提として,よ
り緊密に協力する体制を構築すること,海上警備行動の下令や手続の迅
速化の措置を講じること,自衛隊による米軍部隊の武器等防護の法整備
等を行う。
イ国際社会の平和と安定への一層の貢献
後方支援について,「武力行使との一体化」の問題が生じないように,
活動の地域を「後方支援」や,いわゆる「非戦闘地域」に限定するなど
の法律上の枠組みを設定してきたが,「積極的平和主義」の立場から,
他国が「現に戦闘を行っている現場」ではない場所では支援活動を実施
できるようにする。国際的な平和支援活動について,自己保存型の武器
等防護に限定していたが,「駆け付け警護」に伴う武器使用及び「任務
遂行のための武器使用」のほか,領域国の同意に基づく邦人救出などの
「武力の行使」を伴わない警察的な活動ができるよう,法整備を進める。
ウ憲法9条の下で許容される自衛の措置
我が国に対する武力攻撃が発生した場合のみならず,我が国と密接な関
係にある他国に対する武力攻撃が発生し,これにより我が国の存立が脅
かされ,国民の生命,自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白
な危険がある場合において,これを排除し,我が国の存立を全うし,国
民を守るために他の適当な手段がないときに,必要最小限度の実力を行
使することは,憲法上許容される。
(2)内閣は,平成27年4月27日,米国との間で,「日米防衛協力のため
の指針」(新ガイドライン)を合意した上,同年5月14日,関連2法(整
備法及び支援法)に係る各法律案を閣議決定した(平成27年5月閣議決
定)。
内閣総理大臣は,平成27年5月15日,関連2法に係る各法律案を衆議
院に提出した。
(3)関連2法に係る各法律案は,衆議院本会議及び参議院本会議でそれぞれ
可決され,関連2法は,平成27年9月19日に成立し,同月30日に公布
され,平成28年3月29日に施行された。
(4)整備法(平成27年法律第76号)は,自衛隊法や協力法を含む10の
法律を改正することを主な内容とする法律である。整備法の成立により,2
号出動命令の根拠法たる自衛隊法76条1項2号及び駆け付け警護の根拠法
たる協力法3条5号ラの定めがそれぞれ新設され,「周辺事態に際して我が
国の平和及び安全を確保するための措置に関する法律」(平成11年法律第
60号)に関し,その題名が「重要影響事態に際して我が国の平和及び安全
を確保するための措置に関する法律」(事態措置法)に改められるとともに,
3条,6条等が改正され,後方支援活動についての定めが新設された。
支援法(平成27年法律第77号)は,新規に制定された法律である。
2関連法令の定め
次のとおり補正するほか,原判決別紙「関係法令の定め」に記載のとおりで
あるから,これを引用する。
(1)原判決54頁16行目の「定着する物件」の次に「(家屋を除く。)」
を加える。
(2)原判決58頁25行目の「実施すること」の次に「及び」を加える。
3一審原告らの請求と訴訟の経過
(1)一審原告らの請求
一審原告らは,①本件各閣議決定及び関連2法が憲法9条に反し違憲で
あるなどと主張して,行訴法3条7項の処分の差止めの訴えとして,関連2
法によって新設又は改正された規定に基づく後記アの各行為の差止めを求め
(甲事件),②上記①と同様,後記イの行為の差止めを求め(丙事件),
③内閣による本件各閣議決定及び国会議員による関連2法の制定行為(本
件各行為)によって一審原告らの平和的生存権,人格権及び憲法改正決定権
が侵害され精神的苦痛を受けたなどと主張して,被控訴人に対し,国家賠償
法(国賠法)1条1項に基づき,慰謝料各1万円及びこれに対する平成26
年7月1日(平成26年閣議決定の日)から各支払済みまで民法(平成29
年法律第44号による改正前のもの。)所定の年5分の割合による遅延損害
金の支払を求めた(甲・乙・丁事件)。
ア甲事件の差止対象
(ア)自衛隊法76条1項2号に基づく2号出動命令
(イ)事態措置法3条2項に基づく後方支援活動としての物品の提供等
(ウ)支援法3条2項に基づく協力支援活動としての物品の提供等
イ丙事件の差止対象
協力法9条4項に基づく駆け付け警護等業務命令
(2)訴訟の経過
原審は,甲事件に係る訴えのうち差止めを求める部分及び丙事件に係る訴
えをいずれも却下し,一審甲事件原告らのその余の請求並びに一審乙事件原
告ら及び一審丁事件原告らの請求をいずれも棄却した。
控訴人ら(一審原告らのうち462名)は,これを不服として,本件控訴
を提起した(以下,控訴の趣旨2(4)及び同3に係る各請求を,併せて「本
件各国賠請求」といい,同請求に係る控訴人らを「本件各国賠請求控訴人ら」
という。)。
4争点
(1)本案前の争点
ア甲事件の差止請求に係る訴えの適法性(争点1)
イ丙事件に係る訴えの適法性(争点2)
(2)本案の争点
ア甲事件の差止請求に係る各規定の違憲性等(争点3)
イ丙事件に係る規定の違憲性等(争点4)
ウ本件各国賠請求に係る請求権の存否(争点5)
5争点に関する当事者の主張の要旨
次のとおり補正するほか,原判決「事実及び理由」第3に記載のとおりであ
るから,これを引用する。
(原判決の補正)
(1)原判決8頁6行目の「命ずる等と」を「命ずる等の」に改める。
(2)原判決10頁7,8行目及び15行目の各「受任」をいずれも「受忍」
に改める。
(3)原判決11頁18行目の「命ずるものでありであり」を「命ずるもので
あり」に改める。
6当審における控訴人らの主張
(1)各事件における憲法違反の主張に対する判断について(争点3~5)
本件は,甲事件及び丙事件の差止請求で,本件各閣議決定及び差止請求に
係る各規定の違憲性が(争点3,4),甲事件,乙事件及び丁事件の国家賠
償請求で,本件各閣議決定及び前記各規定の創設等に係る関連2法の違憲性
が(争点5)争われており,裁判所が憲法適合性の判断を積極的に行うべき
事案である。原判決は,憲法上の争点について全く判断をしなかった点にお
いて審理不尽の違法がある。
ア司法部門と政治部門の役割分担の観点から
仮に違憲審査権の行使が抑制的になされるべきであるという考え方が
とられるとすれば,その根拠は,権力分立に基づき司法府がとる政治部
門への尊重に求められる。
しかし,本件は,そのような考え方が妥当しない。立憲主義そのもの
が危機に瀕している中での,いわば戦後の憲政史上類例のない特殊な事
案である。本件各閣議決定は,憲法9条に明白に違反するものである上,
解釈により改憲を行ったものであり,許されない行為である。そして,
関連2法の制定行為は,上記の閣議決定による解釈改憲をそのまま法律
に反映したものであり,一見極めて明白に違憲の立法行為といわざるを
得ない。
また,関連2法の審議過程における不十分さと異常さに照らせば,国
民の声がそこに届いていたとはいい難く,憲法が予定する議会制民主主
義を破壊して作られたものに他ならない。つまり,本件は,内閣及び与
党国会議員の憲法尊重擁護義務が,公然と放棄されている事案である。
安全保障政策における判断の誤りは,国民の生命,財産に甚大な損害
を与え,取り返しのつかない結果を招来する。また,自衛隊が米国の戦
争に巻き込まれる事態は,明日にでも起こり得るものであり,緊急性も
認められる。
イ憲法判断回避の原則の見地からしても例外に当たること
仮に,憲法判断回避の原則を肯定するとしても,事件の重大性や違憲
状態の程度,その及ぼす影響の範囲,事件で問題とされている権利の性
質等を総合的に考慮し,十分理由があると判断した場合は,例外として
裁判所は憲法判断に踏み込むべきである。
本件では,解釈改憲という歴史上類例のない事態が起こり,それに基
づく法律の制定が行われるという重大な事案であること,従来安定して
いた憲法9条の政府解釈が政府自身によって正面から変更され,それに
基づいて憲法9条に明白に違反する関連2法が制定されたこと,憲法改
正手続が履践されないままに集団的自衛権が行使できる法制度が構築さ
れており,憲法改正と同じ効果が実現されていること,被侵害利益とし
て問題になっている権利・利益の中に,平和的生存権の中核である生
命・身体という最も基本的な法益が含まれるほか,人格権や憲法改正決
定権も問題となっていることを踏まえると,憲法判断回避の原則の例外
に当たるというべきである。
ウ統治行為論について
事件性の要件を満たしても,当該問題が直接国家統治の基本に関する
高度に政治性のある国家行為ならば,統治行為として司法権が及ばない
といわれることがあるが(統治行為論),統治行為論は憲法81条に違
反するものであり,採用できない。
また仮に,統治行為論を概念として肯定したとしても,本件は,司法
判断がなされるべき事案である。
そもそも統治行為論は憲法上の明文上の根拠もなく,内容も不明確で
あるから,その概念と範囲を厳しく限定して用いなくてはならない。
統治行為論は,政治問題については,裁判所よりも国民の意思が直接
反映されている国会で判断する方が民主主義に適合することに支えられ
ている。しかし,関連2法は不十分な審議経過と異常な議決によって成
立したものであり,国会の判断に敬意と謙譲を払うべき場面ではない。
もし裁判所が本件において憲法判断を回避するならば,政治部門の暴走
を追認する効果をもたらすことになる。
(2)本件各国賠請求に係る請求権の存否(争点5)について
ア平和的生存権に対する侵害について
関連2法における最大の問題は,集団的自衛権の行使を容認したこと
にある。集団的自衛権の場合,専守防衛の枠組みを逸脱する戦争準備行
為は我が国の意思と無関係に戦争に直結し,個人の生命,自由が侵害さ
れ又は侵害の危機にさらされ,あるいは,戦争の遂行等への加担・協力
を強制されることとなる。したがって,本件各行為は,本件各国賠請求
控訴人らの平和的生存権を侵害するものである。
(ア)防衛装備の飛躍的な高度化
関連2法の成立後,以下のとおり,防衛装備が飛躍的に高度化し,専
守防衛の枠組みを大きく超えるようになった。
a海上自衛隊最大の護衛艦「かが」が就役した。同艦はヘリコプ
ター搭載護衛艦(DDH)で,ヘリコプター最大14機を搭載する。
耐熱性の高い甲板に張り替えれば戦闘機運用も可能であり,実質的な
空母として利用することができる。日本はこれで4隻もの同型艦を保
有する。
b空対地ミサイル及び巡航ミサイルの導入が検討され,防衛大臣が
直ちに予算化を指示している。
c護衛艦「いずも」は空母に改修され,これには米軍機の発着も想
定されている。
d「敵基地攻撃前提の2つの新ミサイルの研究に100億円」と伝
えられ,高速滑空弾,新対艦誘導弾という,敵基地攻撃武器の調達が
予定されている。
(イ)米軍との一体化
関連2法の新設により,米軍と一体となった軍事行動がいつでもでき
るように着々と準備されており,国民の平和的生存権に著しい危険を及
ぼす行為が行われつつある。
政府は,平成30年12月,新防衛大綱と中期防衛力整備計画を決定
したが,その内容は,米軍との一体化を補強するものであり,以下のと
おり,新たな防衛力整備計画を設定している。この一体化は即ち,米軍
の軍事的必要性と要求によって我が国の自衛隊の行動が決定されるとい
う関係を意味する。
a海上自衛隊の護衛艦「いずも」型の改修を実施(事実上の空母化)
b短距離離陸・垂直着陸が可能な最新鋭ステルス戦闘機F35Bを
18機新規に導入し,F35Aは27機を調達
c地上配備型迎撃システム「イージス・アショア」2基を整備
d中国に関し「我が国を含む地域と国際社会の安全保障上の強い懸
念」と指摘
e宇宙,サイバー,電磁波といった新たな領域への対処が死活的に
重要として,最優先強化
f新領域で相手の通信等を妨害する能力を保有
g多次元統合防衛力を構築し,新領域に陸海空を含めて垣根を越え
る領域横断作戦という新対処策を提示
hシナイ半島多国籍軍への自衛隊の派遣等
(ウ)最近の中東情勢及び市民が武力攻撃やテロリズムの攻撃の対象とさ
れる危険性の増大
最近の中東情勢は非常に緊張しているところ,本件各行為により,中
東地域の人々が日本人を敵視する状況になっており,欧米諸国で起きて
いるようなテロ行為が日本国内においても起きる可能性が非常に高く
なっている。
a内閣は,令和元年12月27日,「中東地域における日本関係船
舶の安全確保に関する政府の取組について」という閣議決定を行った。
その中心は,自衛隊が,中東地域での航行安全対策の一環として日
本関係船舶の安全確保に必要な情報を収集するという「情報収集活動」
である。具体的には,海上自衛隊の艦艇及び航空機が,オマーン湾,
アラビア海北部及びバブ・エル・マンデブ海峡東側のアデン湾の3海
域において活動するというものであり,不測の事態に当たっては,自
衛隊法82条に基づく海上警備行動を発令することも想定されている。
bしかし,現在,米国とイランが対立していること(イラン革命防衛
隊は,米国の同盟国に対し,イランに対する敵対行為の拠点はどこも
攻撃対象になる旨警告している。),イラクが一国二制度のような状
況にあり(クルドとイラク中央政府が対立している。),双方の支配
が及ばない治安の空白地帯というべき場所にイスラム国(IS)が逃
げ込んでいることなどにより,中東情勢は非常に緊張している。また,
オマーンとイランに挟まれた国際海峡であるホルムズ海峡は,大型タ
ンカーが列をなして航行しており,日本が運航するパナマ船籍のタン
カーは何らかの武装勢力による攻撃を受けている。上記のとおり,イ
ラン革命防衛隊は,米国の同盟国を狙うと明言しているのであるから,
たとえ「調査研究」名目であっても,米国に情報を提供すれば敵対行
為とみなされ,日本船舶はかえって危険になる。
cこのように,関連2法により,自衛隊の海外での活動が際限なく拡
大する中,政府は殊更に,軍事的緊張が高まる中東地域への自衛隊の
プレゼンスを高めようとしている。後述の中村哲医師(以下「中村医
師」という。)の事件を想起すれば明らかなように,日本は関連2法
により,かつて保持していた9条ブランドによる国際社会における特
別な信頼をもはや失っているのであり,関連2法制定の前後で日本の
市民が武力攻撃やテロリズムの攻撃対象とされる危険性は格段に増え
ている。
d中村医師は,民間人として多大な国際貢献をしていたが,令和元年
12月4日に武装グループにより殺害された。
従前,アフガニスタンにおいては,日本は諸外国と違って軍事援助
を一切せず民政に徹しているとして市民から好意的に捉えられていた
が,平成3年の湾岸戦争で日本が130億ドルを拠出したこと,平成
15年以降にイラクに自衛隊を派遣したことをきっかけに,アフガニ
スタンの市民の対日感情が悪化し,日本人が襲撃されるようになった。
そして,日本は,平成27年,関連2法を制定し,集団的自衛権の
行使を容認し,米軍に追随する姿勢を鮮明にしたため,米軍を敵とみ
なすIS系の組織によって中村医師は殺害されるに至った。
以上によると,中村医師は,関連2法の制定をきっかけとして殺害
されたというべきである。
eこのように,中東地域の人々が日本人を敵視する状況になってお
り,欧米諸国で起きているようなテロ行為が日本国内においても起き
る可能性が非常に高くなっている。
イ人格権・憲法改正決定権の侵害による損害について
本件各行為により,本件各国賠請求控訴人らに,人格権侵害が生じてい
る。これによる損害も,国賠法1条1項の「損害」に当たる。
(ア)本件における損害の認定について,受忍限度論を適用することの当

受忍限度論は,もともと,非難されない行為が,ある一定の程度を超
えると違法になるという理論である。
しかし,本件において問題となっている加害行為は,憲法違反の法律
の制定と施行であって,被害者たる国民は憲法で守られていた秩序を一
方的に壊されたという関係にあり,もともと違法な行為が侵害の原因に
なっている。したがって,受忍限度を超えていないからという理由で,
不法行為の成立を否定する原判決の判断は誤りである。
(イ)本件各国賠請求控訴人ら主張に係る「生命,身体等に対する危険が
生ずることへの不安,憂慮及び精神的苦痛」が,社会通念上その限度を
超えるものであり,法的保護の対象となること
a本件は,単なる国家権力対国民の関係ではない。国家権力がその
行政権の主導の下,立法権において,憲法9条に積極的に違反する関
連2法を立法し施行するという憲法改変行為をした。本件では,国民
の憲法改正決定権を侵害して集団的自衛権の行使を認める法律を立法
した国家と,憲法改正決定権を侵害され違憲の法律を作られた国民が,
加害者対被害者の関係に立つ。
b関連2法は,従来の長年にわたる政府答弁にも違反し,専守防衛
を否定する集団的自衛権行使を認める法制度を作り上げた。これは,
憲法9条を改廃したのと同じである。
c多くの国民は,いつなんどき戦争に巻き込まれ,平穏な生活が根
底から破壊されるかもしれないという恐怖に襲われ,日々,世界情勢
の中における戦争の動きに対して精神的苦痛を味わっている。かつて
経験したことのない戦争への恐怖,しかも憲法では放棄しているはず
の戦争に理不尽に巻き込まれる不条理に対して,本件各国賠請求控訴
人らは,耐え難い苦痛を感じている。
(ウ)本件各国賠請求控訴人ら主張に係る損害は,たとえ僅少ではあって
も認定されるべきであること
本件各行為による本件各国賠請求控訴人らの被害の程度は,憲法違反
の行為の結果とその影響は極めて重大であるが,全国民に及ぶために
個々の国民が受ける被害は僅少な場合があり得る。本件でも,現実の
「戦争」にまで発展した場合に受ける損害は甚大であっても,「戦争の
危険」の段階で受ける損害は僅少であり得る。
しかし,違憲行為の結果は国の重大な価値を毀損するから,損害とし
ては僅少な段階でも,明確な損害と認識することは可能であり,損害と
して認定されなければならない。
第3当裁判所の判断
1はじめに
当裁判所も本件各訴えのうち差止請求に係る訴え(甲事件の差止請求,丙事
件)は,差止請求の対象となる行為がいずれも抗告訴訟の対象となる行政処分
には当たらず,不適法であると判断する。また,本件各国賠請求(甲事件の損
害賠償請求,乙事件,丁事件)は,いずれも損害の発生を認めることができず,
理由がないと判断する。その理由は,以下に述べるとおりである。
2争点1(甲事件の差止請求に係る訴えの適法性)について
(1)差止めの訴えの対象となるべき行政処分について
行訴法3条7項に規定する処分の差止めの訴えは,行政庁が一定の処分を
すべきでないにもかかわらずこれがされようとしている場合において,行政
庁がその処分をしてはならない旨を命ずることを求める訴訟であり,行政庁
の公権力の行使に関する不服の訴訟(抗告訴訟)の一類型である。
したがって,差止めの対象は,行政処分に当たる行為,すなわち,公権力
の主体たる国又は公共団体が行う行為のうち,その行為によって直接国民の
権利義務を形成し,又はその範囲を確定することが法律上認められているも
のをいうと解される(最高裁判所昭和39年10月29日第一小法廷判決・
民集18巻8号1809頁参照)。
(2)2号出動命令の処分性について
ア2号出動命令は,内閣総理大臣が,我が国と密接な関係にある他国に
対する武力攻撃が発生し,これにより我が国の存立が脅かされ,国民の
生命,自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある事
態に際し,わが国を防衛するため必要があると認める場合には,自衛隊
の全部又は一部の出動を命ずるというものである(自衛隊法76条1項
2号)。そして,同法において,「自衛隊」とは,防衛大臣,防衛省の
事務次官,防衛省本省の内部部局その他の機関等を含むものとされてお
り(同法2条1項),これはいずれも行政機関であるから,2号出動命
令は,上級行政機関である内閣総理大臣から下級行政機関である自衛隊
に対する命令という行政機関相互の内部的行為である。また,2号出動
命令も,その結果行われる事実行為としての2号防衛出動も,国民に何
らかの不利益な効果の受忍を直接義務付けるものではない。したがって,
その行為によって直接国民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定す
ることが法律上認められているものであるということはできない。
以上によれば,2号出動命令は,抗告訴訟の対象となる行政処分には
当たらないというべきである。
イこれに対し,甲事件控訴人らは,空港等の防衛施設において騒音等が
生ずる旨,防衛施設周辺の国民や当該施設の業務に従事する国民は武力
攻撃国からの攻撃による危険を受忍することが強制される旨,自衛隊及
び米国の軍隊の行為等によって生じた損失を補償する旨の規定を定めた
法律がある旨,2号出動命令及び2号防衛出動がされたときは武力攻撃
事態等がもたらされる蓋然性が極めて高く,その際は国民の権利が制限
される旨,2号出動命令がされると国民の平和的生存権,人格権及び憲
法改正決定権が侵害される旨を主張し,2号出動命令が行政処分に当た
ると主張するが,これらの主張はいずれも採用することができない。そ
の理由は,原判決「事実及び理由」第4の1(2)イに記載のとおりである
から,これを引用する。
(3)後方支援活動としての物品の提供等(事態措置法6条)及び協力支援活
動としての物品の提供等(支援法7条)の処分性について
アこれらの行為のうち,事態措置法3条2項の後方支援活動としての自
衛隊に属する物品の提供の実施(同法6条1項)及び支援法3条2項の
協力支援活動としての自衛隊に属する物品の提供の実施(同法7条1項)
は,防衛大臣又はその委任を受けた者が,基本計画に従い,合衆国軍隊
等及び諸外国の軍隊等に対し,自衛隊に属する物品の提供を実施する行
為であり,その行為によって直接国民の権利義務を形成し,又はその範
囲を確定するということが法律上認められているものであるということ
はできない。
イ他方,事態措置法3条2項の後方支援活動としての自衛隊による役務
の提供の実施命令(同法6条2項)及び支援法3条2項の協力支援活動
としての自衛隊による役務の提供の実施命令(同法7条2項)は,いず
れも,上級行政機関である防衛大臣による下級行政機関である防衛省の
機関又は自衛隊の部隊等(陸上自衛隊,海上自衛隊又は航空自衛隊の部
隊及び機関)にその実施を命ずるものであるから,行政機関相互の行為
というべきであって,国民に何らかの不利益な効果の受忍を直接義務付
けるものではない。また,上記各実施命令に基づく役務の提供も,自衛
隊が合衆国軍隊等及び諸外国の軍隊等に対して役務を提供する行為で
あって,国民に何らかの不利益な効果の受忍を直接義務付けるものでは
ない。
ウしたがって,前記各実施及び各実施命令は,その行為によって直接国
民の権利義務を形成し,又はその範囲を確定するということが法律上認
められているものであるということはできない。
エこれに対し,甲事件控訴人らは,自衛隊が合衆国軍隊等や諸外国の軍
隊等の活動に協力した場合,我が国が措置対象国から敵とみなされ,内
閣府等から協力を求められ又は協力を依頼された国以外の者が,措置対
象国による攻撃の対象となり,その受忍を強制される旨,損失補償に関
する規定があるから政府が事実上強制的に国民に協力を求める場合が想
定されている旨,後方支援活動又は協力支援活動としての物品の提供等
が行われる場合,国民は事実上協力を要請される可能性が非常に高い旨,
後方支援活動又は協力支援活動としての物品の提供等が行われることに
よって国民の平和的生存権,人格権及び憲法改正決定権が侵害される旨
を主張し,後方支援活動又は協力支援活動としての物品の提供等が行政
処分に当たる旨主張するが,これらの主張はいずれも採用することがで
きない。その理由は,原判決「事実及び理由」第4の1(3)イに記載のと
おりであるから,これを引用する。
(4)小括
前記(2)及び(3)のとおり,甲事件に係る訴えのうち差止めを求める部分は,
いずれも行政処分に当たらないものを対象とするものであるから,その余の
点について判断するまでもなく,不適法である。
3争点2(丙事件に係る訴えの適法性)について
(1)丙事件も,行訴法3条7項に規定する処分の差止めの訴えであるから,
訴えが適法であるというためには,駆け付け警護等業務命令に処分性が認め
られなければならない。
(2)駆け付け警護等業務命令は,防衛大臣が,駆け付け警護を含む実施計画
等に従い,協力法9条4項に基づき自衛隊の部隊等に国際平和協力義務を行
わせることを命ずるものであるが,上級行政機関の下級行政機関に対する命
令であって,行政機関相互の内部的行為であり,国民に何らかの不利益な効
果の受忍を直接義務付けるものということはできない。
また,このような性質を有する駆け付け警護等業務命令に基づく国際平和
協力業務も,国際連合平和維持活動等に従事する者又はこれらの活動を支援
する者の生命又は身体に対する不測の侵害又は危難が生じ,又は生ずるおそ
れがある場合に,緊急の要請に対応して行う当該従事者又は当該支援者の生
命及び身体の保護という業務等であって,国民に何らかの不利益な効果の受
忍を直接義務付けるものではなく,その行為によって直接国民の権利義務を
形成し,又はその範囲を確定することが法律上認められているものであると
いうことはできない。
(3)これに対し,丙事件控訴人らは,駆け付け警護等業務命令が発せられ,
自衛隊の部隊等が国外において国際平和協力業務を行った場合,敵対国家等
から,自衛隊のみならず,日本国民や日本国に関連する企業及び施設等も敵
とみなされて攻撃の対象とされ,これを受忍することが強制される旨,協力
法31条2項は,同条1項により協力を求められた国以外の者に対する損失
補償に関する規定を設けていることからしても,このように協力を求める行
為について処分性があることを想定している旨主張するが,これらの主張は
いずれも採用することができない。その理由は,原判決「事実及び理由」第
4の2(2)に記載のとおりであるから,これを引用する。
4争点5(本件各国賠請求に係る請求権の存否)について
(1)はじめに
本件各国賠請求控訴人らは,本件各行為(内閣による本件各閣議決定及び
国会議員による関連2法の制定行為)により,①平和的生存権(戦争に加
担させられない権利を含む。以下同じ。),②人格権,③憲法改正決定権
が侵害され,平和が保障されないことから生ずる不安や恐怖,かつての又は
現在の戦争に対する恐怖からくる精神的苦痛を受けている旨主張する。
(2)平和的生存権に対する侵害について
ア本件各国賠請求控訴人らは,平和的生存権は,憲法前文,憲法9条及
び13条をはじめとする第3章の諸条項が複合して保障している基本的
人権であり,裁判所に対して保護・救済を求めることができる(裁判規
範性が認められる)と主張する。
そして,本件各国賠請求控訴人らは,上記のとおり平和的生存権に裁
判規範性が認められることを前提として,①関連2法により,存立危機
事態における2号出動命令及びその際の武力行使が可能となり,海外で
の戦争ができる制度となったこと,②2号出動命令及び2号防衛出動に
より,自衛隊法103条1項ないし4項及び104条所定の権利制限が
生じることに加え,重要影響事態又は国際平和共同対処事態の際に,協
力を依頼された国以外の者は戦争に協力すべきとの命令を拒否できない
ことから,本件各国賠請求控訴人らの平和的生存権が侵害されていると
主張する。
イ確かに,憲法前文は,「日本国民は,恒久の平和を念願し,人間相互
の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて,平和を愛する
諸国民の公正と信義に信頼して,われらの安全と生存を保持しようと決
意した。われらは,平和を維持し,専制と隷従,圧迫と偏狭を地上から
永遠に除去しようと努めてゐる国際社会において,名誉ある地位を占め
たいと思ふ。われらは,全世界の国民が,ひとしく恐怖と欠乏から免か
れ,平和のうちに生存する権利を有することを確認する。」と規定し,
憲法9条は,戦争の放棄,戦力の不保持,交戦権の否認について規定し,
憲法第3章は,各種の基本的人権の保障について規定している。憲法は,
戦争についての深い反省に基づいて平和主義を基本原理として採用して
いるところ,平和は,基本的人権が実効的に保障されるための基礎的な
条件であるから,平和主義と基本的人権の保障には密接な関連性がある
ということができる。
しかし,憲法前文は,憲法の基本的精神及び理念を明らかにしたもの
であって,憲法本文の各条項の解釈の指針となるべきであるとしても,
憲法前文それ自体が個々の国民に対して具体的権利を保障しているとは
解し難い。
また,「平和」は,全ての国民が追い求めるべき理想ではあるけれど
も,抽象的な理念であって,その内容は多義的といわざるを得ず,各人
の思想,信条,世界観等により異なるものである。また,平和を確保し,
実現する方法も多様であり,特定した内実を有しているとはいい難い。
のみならず,平和的生存権は,我が国の意思だけで現実的に保障され
得るものではなく,平和で公正な国際秩序の維持が前提とされ,そのた
めには各国のそれぞれの努力が必要とされるのであって,一般の基本的
人権とは性質を異にするといわざるを得ない。
ウ他方,憲法9条は,前記のとおり,戦争の放棄,戦力の不保持,交戦
権の否認について規定するものであるが,統治機構に関する規定といわ
ざるを得ず,これも,個々の国民に対して具体的権利を保障していると
は解し難い。
また,憲法13条をはじめとする憲法第3章の諸条項は各種の基本的
人権について規定しているところ,これらの人権が保障された状態を
もって平和的に生存することができるといえたとしても,また,平和的
に生存すること自体がこれらの人権が保障される前提といえたとしても,
平和的生存権の内容が抽象的かつ多義的であることは前記イにおいて説
示のとおりであり,憲法がこれらの人権とは別に平和的生存権という具
体的な権利ないし利益を保障しているとはいえない。
エ以上のとおりで,憲法前文に「平和のうちに生存する権利」という文
言はあるものの,憲法が具体的権利(裁判規範性が認められる権利)と
して当該権利を保障していると解するのは困難である。
したがって,本件各国賠請求控訴人らの主張する平和的生存権は,法
律上保護される権利又は利益に当たるということはできない。本件各国
賠請求控訴人らの前記アの主張は,その前提を欠き,採用することがで
きない。
(3)人格権に対する侵害について
ア生命,身体及び健康の権利又は利益が侵害される危険について
(ア)本件各国賠請求控訴人らは,内閣及び国会議員による本件各行為に
より,2号出動命令,3条2項の後方支援活動,3条2項の協力支援活
動,駆け付け警護等業務命令が可能となったこと等から,我が国が外国
の戦争に加担する結果,①武力攻撃国によって,防衛施設や2号防衛
出動に係る任務遂行上必要があるとされる施設が攻撃対象とされたり,
措置対象国によって,3条2項の後方支援活動又は3条2項の協力支援
活動に際して内閣府等から協力を求められ又は協力を依頼された国以外
の者が攻撃対象とされたりするなど,日本国民が武力攻撃やテロリズム
の対象となる具体的な危険が高まり,②米軍又は自衛隊の基地や駐屯
地の周辺に居住する住民については,敵対勢力との間の衝突が起きた場
合に,航空機による騒音被害や事故の危険が拡大し,これらの結果,本
件各国賠請求控訴人らの生命,身体,健康等の権利又は利益が侵害され
る具体的な危険が発生し,その人格権が侵害されていると主張する。
(イ)しかし,本件各行為の内容は閣議決定及び立法行為であって,これ
自体が直ちに本件各国賠請求控訴人らの生命・身体に危険をもたらし,
あるいは健康を害するとは考え難い。
また,本件全証拠によっても,本件各閣議決定を経て関連2法が成立
してから当審口頭弁論終結時までの間に,存立危機事態の際の2号出動
命令,3条2項の後方支援活動あるいは3条2項の協力支援活動がされ
た事実は認められないし,これらに係る対処基本方針(事態対処法9条
1項,2項)が定められた事実,あるいは3条2項の後方支援活動に係
る事態措置法基本計画(事態措置法4条1項)や3条2項の協力支援活
動に係る支援法基本計画(支援法4条1項)につき閣議の決定が求めら
れた事実も認められない。
(ウ)そして,我が国が他国間の戦争に巻き込まれたり,武力攻撃やテロ
リズムの対象になったりした事実は認められない。また,基地等におけ
る騒音被害や事故が具体的に増加した事実を認めるに足りる証拠もない。
なお,本件各国賠請求控訴人らは,日本の民間人でテロリズムの対象
となった事例として,中村医師がアフガニスタンで襲撃,殺害された事
件を挙げ,生命,身体等の権利又は利益が侵害される具体的な人格権侵
害の発生事例として主張する。しかし,当該テロ行為の発生経緯や原因
を特定することは困難であり,上記事件の発生と本件各閣議決定及び関
連2法の制定との因果関係を認めることはできない。
(エ)以上のとおりで,本件各行為によって,本件各国賠請求控訴人らの
主張する生命,身体,健康等が現に侵害されたということはできないこ
とはもとより,侵害の具体的な蓋然性が発生したということもできない。
イ生命,身体及び健康の権利又は利益が侵害される危険が生じることに
ついての不安や精神的苦痛について
(ア)本件各国賠請求控訴人らは,本件各行為により,我が国が外国の戦
争に加担する結果,前記ア(ア)のとおり,生命,身体及び健康の権利又
は利益が侵害される危険が生じるだけでなく,自らや親しい者に上記危
険が生ずることについての不安や憂慮,平和が保障されないことから生
ずる精神的苦痛を受けているが,本件各国賠請求控訴人らが,平和及び
戦争放棄を守るため熱心に取り組んできたこともあって,その程度は,
社会通念上甘受すべき限度を超える切実なものであり,とりわけ,戦争
経験者,医師及び宗教者等の特別な立場にある者の苦痛はより一層明ら
かである旨主張する。
(イ)本件各国賠請求控訴人らの陳述書(甲24の1~24の32,甲2
5の1~25の25,甲26の1~26の5),乙事件控訴人Aをはじ
めとする,控訴人らの本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば,本
件各国賠請求控訴人らは,本件各行為を契機として,我が国が戦争に巻
き込まれるおそれを感じ,恐怖と不安を覚えていることが認められる。
特に,戦争を体験したり,肉親を戦争で失ったりした者(乙事件控訴
人A,丁事件控訴人B,乙・丙事件控訴人C,甲・丙事件控訴人D,
乙・丙事件控訴人E)は,本件各行為によって,過去の経験を想起し,
戦争等により,生命,身体等に対する危険が生ずることへの不安,危機
感,さらには怒りを覚えるなどの精神的苦痛を受けていると述べ(上記
控訴人各本人,甲24の9・29,甲25の4・12・18),また,
宗教家である者(乙・丙事件控訴人F)は,戦争に加担,協力すること
によって,加害者としての苦痛を感じている旨述べている(上記控訴人
本人,甲24の10)。
これらの本件各国賠請求控訴人らが,本件各行為によって,それぞれ
の体験を背景に,精神的苦痛を受けたこと自体を否定する理由はない。
また,医師である者(甲・丙事件控訴人G)は,医師が過去の戦争に
おいて,人体実験や細菌爆弾や化学兵器の開発に関与した責任を自覚す
ることによって苦痛を感じている旨主張するが,これを否定する事情も
ない。
(ウ)しかし,国民は多種多様な価値観を有するものであるところ,憲法
は代表民主制を採用し(43条1項等),多数決原理による意思決定が
されることにより国政が運営されるのであるから,特定の立法等がされ
たことにより不安や憂慮といった精神的苦痛を受けることがあったとし
ても,特段の事情がない限り,これを被侵害利益として直ちに損害賠償
を求めることはできず,法律上保護された権利又は利益の侵害に当たら
ないというべきである。
本件では,前記アにおいて説示のとおり,本件各行為により,本件各
国賠請求控訴人らの生命,身体,健康等が現に侵害されたということは
できず,侵害の具体的な蓋然性が発生したということもできないことに
照らすと,本件各国賠請求控訴人らが,その主張に係る前記の不安,憂
慮及び精神的苦痛を有していたとしても,閣議決定及び立法行為に伴っ
て一般に広く生じ得る抽象的な不安感にとどまるといわざるを得ない。
そうすると,本件各国賠請求控訴人らが前記の不安,憂慮及び精神的
苦痛を感じたとしても,法律上保護された権利又は利益の侵害に当たら
ないと解するのが相当であり,これを認めるべき特段の事情もない。
(エ)なお,本件各国賠請求控訴人らは,戦争の恐怖体験により内的な障
害が残っている者については,本件各行為によってその体験のフラッ
シュバックが惹起させられた場合,精神的負担を感じるだけでなく,生
命や健康に関する人格権が侵害される旨も主張するが,本件各国賠請求
控訴人らについて,このような経緯で,社会通念上甘受すべき限度を超
える精神的苦痛が生じていることを裏付ける客観的かつ的確な証拠はな
い。
ウまとめ
以上のとおりで,本件各国賠請求控訴人ら主張に係る人格権侵害につ
いては,認められない。
(4)憲法改正決定権に対する侵害について
当裁判所も,本件各国賠請求控訴人らの主張する憲法改正決定権は,法律
上保護される権利又は利益に当たらないと判断する。その理由は,原判決
「事実及び理由」第4の3(3)のとおりであるから,これを引用する。
5当審における控訴人の主張に対する判断
(1)各事件における憲法違反の主張に対する判断について(争点3~5)
控訴人らは,本件は,裁判所が憲法適合性の判断を積極的に行うべきであ
ると主張する。
しかし,裁判所が現行制度上与えられているのは司法権を行う権限である
ところ,司法権は,具体的な権利義務に関する争い又は一定の法律関係の存
否に関する争いを前提とし,それに法令を適用して紛争を解決する作用であ
る(裁判所法3条1項参照)。したがって,司法権が発動するためには具体
的な争訟事件が提起されることを必要とし,憲法81条により裁判所に与え
られている違憲審査権も,このような司法権を発動することができる場合に
行使することができるものと解すべきであり,裁判所は,具体的事件を離れ
て,憲法及びその他の法令等の解釈に対し存在する疑義論争に関し抽象的な
判断をするような権限を有しない(最高裁判所昭和27年10月8日大法廷
判決・民集6巻9号783頁,最高裁判所昭和28年4月15日大法廷判
決・民集7巻4号305頁参照)。
以上のとおり,裁判所は,具体的な争訟事件について裁判を行う際に,そ
の前提として,事件の解決に必要な限度で適用法条の憲法適合性の審査を行
うのが相当である。前記2及び3において説示のとおり,2号出動命令,後
方支援活動としての物品の提供等,協力支援活動としての物品の提供等及び
駆け付け警護等業務命令は,いずれも,抗告訴訟の対象となる行政処分に当
たらず,甲事件に係る訴えのうち差止めを求める部分及び丙事件に係る訴え
はいずれも不適法であり,前記4において説示のとおり,本件各行為によっ
て,本件各国賠請求控訴人らに損害賠償の対象となり得るような法律上保護
される権利又は利益の侵害があったということはできず,本件各国賠請求は
いずれも理由がないこととなり,本件各閣議決定及び関連2法の憲法適合性
の判断の必要はないというべきである。
よって,控訴人らの上記主張は,採用することができない。
(2)争点5(本件各国賠請求に係る請求権の存否)について
ア平和的生存権に対する侵害について
本件各国賠請求控訴人らは,日本の防衛装備が飛躍的に高度化されて
いることや,米軍と一体化しつつあることを挙げ,日本が戦争に巻き込
まれる危険が増加していることや,最近の中東情勢が非常に緊張してい
る中で,本件各行為により,中東地域において日本人が敵視される状況
となっていると主張する。これに加えて,本件各国賠請求控訴人らは,
上記の状況下において,中村医師が令和元年12月4日に武装グループ
により殺害されたことからすると,上記の危険が発生していることは明
らかであると主張する。
しかし,本件各国賠請求控訴人らが主張する,日本の防衛装備の高度
化や米軍との関係強化の状況がもたらす影響を推測することは困難を伴
うものである上,前記4(2)において説示のとおり,本件各国賠請求控訴
人ら主張に係る平和的生存権は,法律上保護される権利又は利益に当た
るということはできず,平和的生存権の侵害を理由として,損害賠償請
求を認めることはできない。
また,テロ攻撃の動機,原因は多様であると考えられるところ,中村
医師に対する攻撃がどのような意図に基づくものであったかは明らかで
なく,本件各行為により関連2法が制定されたこととの関連性があるの
か否かについては不明といわざるを得ない。
したがって,本件各国賠請求控訴人らの上記主張は採用することがで
きない。
イ人格権に対する侵害について
(ア)いわゆる受忍限度論について
本件各国賠請求控訴人らは,本件において人格権侵害の有無を判断
するうえで受忍限度論によるのは相当でないと主張する。
一般に,受忍限度論とは,生活妨害の違法性について,個々の生活
妨害をめぐる社会生活上の受忍の程度によって決定されるべきものと
する考え方である。
しかし,本件で問題とされているのは閣議決定及び立法行為である
ところ,前記4(3)イで述べたとおり,特定の閣議決定や立法がされた
ことにより,不安や憂慮といった精神的苦痛を受けることがあったと
しても,これを被侵害利益として,直ちに損害賠償を求めることはで
きないと判断する。なお,原判決は,これと同旨の判断をしたもので
あるが,その上で,このような精神的苦痛がその侵害の態様,程度等
に照らして社会通念上受忍すべき限度を超えるなど特段の事情のある
場合に限って,損害賠償請求を求めることができる余地があるとしな
がら,これを否定したものであって,いわゆる受忍限度論を適用して
いるわけではない。
(イ)本件各国賠請求控訴人ら主張に係る「生命,身体等に対する危険が
生ずることへの不安,憂慮及び精神的苦痛」の程度について
なお,本件各国賠請求控訴人らは,本件は,国家が憲法9条に積極的
に違反する関連2法を立法した事案であり,これは憲法9条を改廃した
のと同じであって,本件各国賠請求控訴人らは,戦争に巻き込まれるか
もしれないという恐怖のため,耐え難い苦痛を感じており,その苦痛は
社会通念上その限度を超えていると主張する。
しかし,前記4(3)イで述べたとおり,特定の立法等がされたことに
より大きな精神的苦痛を受けることがあったとしても,本来,これを被
侵害利益として損害賠償を請求することはできないことに加え,前記4
(4)で述べたとおり,憲法改正決定権は,法律上保護される権利又は利
益に当たるということはできず,また,前記4(3)アで述べたとおり,
本件各行為により,本件各国賠請求控訴人らの生命,身体,健康等が現
に侵害されたということができないことに照らすと,上記特段の事情を
認めることもできない。
したがって,本件各国賠請求控訴人らの上記主張は採用することがで
きない。
(ウ)本件各国賠請求控訴人ら主張に係る損害は,たとえ僅少ではあって
も認定されるべきであるとの主張について
本件各国賠請求控訴人らは,違憲行為の結果は国の重大な価値を毀損
するから,損害としては僅少な段階でも,明確な損害と認識することは
可能であり,損害として認定されなければならないと主張する。
しかし,前記4(3)イにおいて説示のとおり,本件各国賠請求控訴人
ら主張に係る不安,憂慮及び精神的苦痛は,抽象的な不安感にとどまる
ものであるから,法律上保護された権利又は利益に当たらないと判断す
るものであり,精神的苦痛の程度が僅少であるからということを理由に,
損害として認定しないわけではない。本件各国賠請求控訴人らの上記主
張は,採用することができない。
6小括
以上のとおりで,甲事件に係る訴えのうち差止めを求める部分及び丙事件に
係る訴えはいずれも不適法であるから却下すべきであり,本件各国賠請求はい
ずれも理由がないから棄却すべきである。
第4結論
よって,以上の判断と同旨の原判決は相当であるから,本件控訴をいずれも
棄却することとし,主文のとおり判決する。
大阪高等裁判所第8民事部
裁判長裁判官山田陽三
裁判官池町知佐子
裁判官三井教匡は,差し支えのため,署名押印することができない。
裁判長裁判官山田陽三

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