弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役4年に処する。
未決勾留日数中700日をその刑に算入する。
理由
(犯罪事実)
 被告人は,国際的な投資家グループA(以下「A」という。)の代表であると自称してい
たものであるが,水と油を1対1の比率で混合する含水燃料及び水を微粒化して油に結
合させる加水燃料に関する商品を販売しあるいはその保守・点検等を行うための株式
会社を新規に設立するかのように装って,新会社設立のための株式出資金名下に金員
を詐取しようと企て,真実は,Aには実体がなく,Aから新会社の設立時の資本金の50
パーセントに相当する株式出資金が拠出される当てもなく,含水燃料自体の製造にも成
功しておらず,A又は被告人が含水燃料に関係する特許に関する権利を取得した事実
も,含水燃料を製造する軽油精製給油機と称する商品の開発に成功した事実もなく,ま
た,A又は被告人が加水燃料に関係する特許に関する権利を取得した事実も,加水燃
料を使用する焼却炉&発電機等の商品の開発に成功した事実もなく,含水燃料又は加
水燃料に関する商品の販売あるいは保守・点検等の事業を開始できる見通しがないだ
けでなく,株式出資金名下に受領した金員は新会社設立まで保管することなく費消する
つもりであるのに,その意図を秘し,
第1 群馬県西部において軽油精製給油機,加水燃料及び焼却炉&発電機などの独占
販売事業を目的とするB1株式会社をAと役員及び社員との共同出資で設立すると
の名目で,群馬県高崎市a町b丁目c番d号に事務所を置くC企業組合代表理事C
1,同組合員C2らに対し,B1株式会社に対する共同出資者の募集を依頼するな
どした上,別紙犯罪事実一覧表1の「欺罔年月日・場所」欄記載のとおり,平成9年
6月12日ころから同年7月21日ころまでの間,4回にわたり,C企業組合事務所ほ
か2か所において,同表「被害者」欄記載のD1(当時62歳)ら9名に対し,同表「欺
罔態様・文言等」欄記載のとおり,直接あるいは情を知らない上記C1,同C2らを
使い,嘘を言い又は虚偽の事実を記載した資料を交付するなどして,B1株式会社
の設立のための株式出資を勧誘し,D1ら9名をして,Aが実在し,A又は被告人が
含水燃料及び加水燃料に関する特許権を取得し,含水燃料の製造に成功して,こ
れを製造する軽油精製給油機も商品化されており,加水燃料についても製造・販
売などを行う権利があり,これを使用する焼却炉&発電機なども商品化されている
だけでなく,Aから同社設立時資本金の50パーセントに相当する株式出資金が確
実に拠出され,これが役員,社員らが拠出する株式出資金と併せて設立時資本金
に充てられて同社が間もなく設立され,軽油精製給油機,加水燃料及び焼却炉&
発電機などの販売事業が開始されるなどと誤信させ,よって,同表「振込年月日」
欄及び同表「被害金額」欄記載のとおり,同年6月18日から同年7月30日までの
間,9回にわたり,D1ら9名から,東京都港区ef丁目g番h号所在の当時の株式会
社甲銀行e支店に開設した被告人管理に係る株式会社A2名義の普通預金口座に
現金合計1750万円の振込みを受け,
第2 群馬県中央部において軽油精製給油機,加水燃料及び焼却炉&発電機などの独
占販売事業を目的とするB2株式会社をAと役員及び社員との共同出資で設立す
るとの名目で,別紙犯罪事実一覧表2の「欺罔年月日・場所」欄記載のとおり,同
年11月16日ころから平成10年4月19日ころまでの間,4回にわたり,同県高崎
市i町j番k号乙ビル所在のB2株式会社設立準備室事務所ほか1か所において,
同表「被害者」欄記載のD10(当時58歳),D12(当時34歳)ら7名に対し,同表
「欺罔態様・文言等」欄記載のとおり,直接あるいは情を知らないB1株式会社設立
準備室員及びB2株式会社設立準備室員らを使い,嘘を言い又は虚偽の事実を記
載した資料を交付するなどして,B2株式会社の設立のための株式出資を勧誘し,
D10ら7名をして,判示第1と同様に誤信させ,よって,同表「振込年月日」欄及び
同表「被害金額」欄記載のとおり,平成9年11月26日から平成10年4月21日ま
での間,7回にわたり,B1株式会社設立準備室事務所において,D12からC3を
介して現金100万円を受領し,D10ら6名から,同県高崎市l町m番n号株式会社
丙銀行高崎o支店に開設した被告人管理に係るB2株式会社設立事務室代表被
告人名義の普通預金口座に現金合計950万円の振込みを受け,
第3 群馬県東毛地域及び栃木県の一部地域において軽油精製給油機,加水燃料及
び焼却炉&発電機などの独占販売事業を目的とするB3株式会社をAと役員及び
社員との共同出資で設立するとの名目で,別紙犯罪事実一覧表3の「欺罔年月
日・場所」欄記載のとおり,同年4月12日ころから同年12月5日ころまでの間,6回
にわたり,前橋市p町q丁目r番地sビル所在のB3株式会社設立準備室事務所ほ
か2か所において,同表「被害者」欄記載のD17(当時49歳)ら13名に対し,同表
「欺罔態様・文言等」欄記載のとおり,直接あるいは情を知らないB2株式会社設立
準備室員又はB3株式会社設立準備室員らを使い,嘘を言い又は虚偽の事実を記
載した資料を交付するなどして,B3株式会社の設立のための株式出資を勧誘し,
D17ら13名をして,判示第1と同様に誤信させ,よって,同表「振込年月日」欄及
び同表「被害金額」欄記載のとおり,同年4月23日から同年12月10日までの間,
16回にわたり,D17ら13名から,同県太田市t町u番v号所在の株式会社丁銀行
太田支店に開設した被告人管理に係るB3株式会社設立事務所代表被告人名義
の普通預金口座に現金合計2250万円の振込みを受け,
第4 群馬県及び栃木県において軽油精製給油機,加水燃料及び焼却炉&発電機など
の保守・点検に関するサービス業務を目的とするB4株式会社をAと役員及び社員
との共同出資で設立するとの名目で,別紙犯罪事実一覧表4の「欺罔年月日・場
所」欄記載のとおり,平成11年2月18日ころから同年4月19日ころまでの間,6回
にわたり,栃木県足利市w町x番地y所在の財団法人戊ほか4か所において,同表
「被害者」欄記載のD30(当時30歳)ら18名に対し,同表「欺罔態様・文言等」欄
記載のとおり,直接あるいは情を知らないB3株式会社設立準備室員らを使い,嘘
を言い又虚偽の事実を記載した資料を交付するなどして,B4株式会社の設立の
ための株式出資を勧誘し,D30ら18名をして,判示第1と同様に誤信させ,よっ
て,同表「振込年月日」欄及び同表「被害金額」欄記載のとおり,同年2月19日か
ら同年4月23日までの間,19回にわたり,D30ら18名から,前記B3株式会社設
立事務所代表被告人名義の普通預金口座に現金合計3850万円の振込みを受
け,
もって人を欺いて財物の交付を受けた。
(事実認定の補足説明)
(争点)
第1 別紙犯罪事実一覧表1ないし4の「被害者」欄記載のD1ほか46名の者(以下「本
件出資者ら」ともいう。)が,含水燃料や加水燃料に関する商品の販売またはその
保守・点検等を行うための株式会社を新規に設立するための出資金として同表の
「振込年月日」欄及び「被害金額」欄記載のとおり,被告人が管理する株式会社A2
名義等の普通預金口座に振込送金し,被告人がこれを受領したこと及び各会社が
結局設立されなかったことは関係証拠上明らかであり,被告人もこれらの事実を争
っていない。
第2検察官の主張
 1 本件出資者らが出資をしたのは,被告人が,各出資者に対し,①新規に設立され
る会社には,Aから設立時の資本金の50パーセントに相当する株式出資金が拠
出される,②Aまたは被告人が含水燃料及び加水燃料に関する特許権を取得し,
含水燃料の製造に成功して,これを製造する軽油精製給油機や加水燃料に関す
る焼却炉&発電機も商品化されている,③従って,Aと出資者らの出資を併せてま
もなく会社が設立され,商品の販売事業等を開始できる見込みである,などと申し
向け,出資者らがその旨信じたためである。
 2 しかるに,①Aには実体がなく,したがって,Aから新会社の設立時資本金の50パ
ーセントに相当する出資金が拠出される見込みはなかった。②Aまたは被告人が
含水燃料及び加水燃料に関する特許権を取得したこともないし,これらに関する機
器が商品化された事実もなかった。③従って,まもなく会社が設立される見込みは
まったくなかった。④被告人は,これらの事実を知っていたのに,会社設立前に本
件出資金の大半を費消した。
 3 よって,被告人は,虚偽の事実を申し向け,それを信用した出資者らが金員を振り
込み,被告人がこれを受領したのだから,被告人に詐欺罪が成立する。
第3 弁護人の主張
   これに対し弁護人は,次のように述べて被告人が無罪であると主張し,被告人もこ
れにそう供述をしている。
 1 被告人は,①A又は被告人が含水燃料又は加水燃料に関する特許を取得したと
か,含水燃料を製造する軽油精製給油機又は加水燃料を使用する焼却炉&発電
機等の商品の開発に成功したなどと言ったことはなく,②C企業組合のC1らが独
自に説明会を行っていたものであるから,被告人が本件出資者らに対して欺く行為
を行っていたとはいえない。
 2 ①Aは投資家ネットワークであり,被告人にはAから新会社設立時資本金の50パ
ーセントに相当する株式出資金が拠出される当てがあったほか,②被告人は含水
燃料の製造が成功していたと確信していたし,含水燃料等に関する商品を販売で
きる見通しを有しており,③被告人が保管していた株式出資金は地域会社の設立
のための諸経費に用いることができる性質のものであったので,被告人には本件
出資者らを欺く意思がない。
 3 被告人は,出資金を個人的な使途に費消したことはなく,むしろB1株式会社等の
地域会社(以下「地域会社」ともいう。)のために経費を立て替えているので,利得
はないし,不法領得の意思がない。
 4 被告人は,本件出資者らに対し地域会社の経費の立替金請求権を有しており,こ
れと本件出資者らの被告人に対する株式出資金の返還請求権とは相殺適状にあ
るから,本件出資者らに財産的損害は生じていない。
 5 本件出資者らが出資したのは,被告人による地域会社の設立に関する説明とは関
係のない,それぞれ異なる思惑や動機によるものであって,被告人の行為と本件
出資者らの出資との間には因果関係がない。
(各争点の検討)
第1 本件出資者らが出資をするに至った経過について
  C1,C2,C3,C4及び各出資者らの各証言並びに,募集広告及びインフォメーショ
ンの記載,平成11年3月19日開催のB4株式会社会社説明会を撮影したミニデジタ
ルビデオカセットテープ及びその内容についての捜査報告書,燃焼実験のビデオテ
ープ,会社説明会で示した瓶入りの燃料等の関係各証拠によれば,次の事実が認め
られる。
 1 本件出資者らは,いずれも,求人情報誌,新聞折り込み等の社員募集広告により,
B1株式会社等各地域会社などの設立準備を知るに至った。
こうした募集広告には,細部には多少の表現の変遷はみられるものの,概ね,
「①Aは,世界的規模の画期的超有望商品の完成を機に全国の主要都市を中心と
して共同出資,共同経営の新会社を設立することになった。②Aが50パーセント,
新会社の役職員が50パーセントを出資して,会社を立ち上げる。③性別,学歴,
年齢等一切不問であり,参加すれば,高収入,高配当が見込まれる上,残業もな
く,長期の休暇が保障される。」などと記載されており,併せて説明会の日時,連絡
先等が掲載されていた。
興味をもった本件出資者らは,各地域会社などの設立準備室等(以下「設立準
備室」ともいう。)に問い合わせると,各説明会(プレゼンテーション)への案内状を
送付され,これに出席したものである。
 2 当該説明会では,本件出資者ら参加者に対し,インフォメーションと称する各地域
会社等の設立案内書(以下「インフォメーション」という。)等の資料が配布され,こ
れに基づいて,被告人及び設立準備室員等各担当者らによって,概ね次の順序で
説明がなされた。
①司会者挨拶,②被告人によるAビジョンの概要説明(その内容は,Aが国際投
資家グループであること,Aの理念,各地域会社等が扱う商品の概要説明であり,
被告人は,いずれも瓶に入った含水燃料と称する液体,軽油,軽油と水を混合した
液体,加水燃料G-Gは途中から示されなくなった-を示して,含水燃料等につい
て説明した。),③Gの燃焼実験を撮影したビデオの映写及びその技術的説明,④
設立準備室員等による具体的なG及び含水燃料の説明及びインフォメーション等
に基づく設立する会社及びその事業の概要等の説明,⑤すでに参加した出資者に
よる体験発表,⑥参加者による質疑及び設立準備室員等による応答
以上の説明及び手続きが終了した後,参加者個別に設立準備室員等による面
接が行われ,そこで,新会社への参加すなわち出資の勧誘がなされた。
 3 それぞれ説明会において,各出資者が受けた説明の内容は,別紙犯罪事実一覧
表1ないし4の「欺罔態様・文言等」欄記載のとおりである(弁護人指摘のように,本
件出資者らの証言は,多少曖昧であったり,相互に食い違うところも見受けられる
けれども,いずれの証言も概ね同様の趣旨内容であるとみられるし,他の客観証
拠とも一致していることに加え,それぞれの経験した時点から2年ないし4年経過後
の証言であることを考慮すれば,記憶の薄れにより具体的な文言等までは正確に
再現できないとしても不自然ではないから,こうした証言の内容は信用できるという
べきである)。要するに,被告人又は設立準備室員等は,本件出資者らに対し,含
水燃料及び加水燃料の原理の説明,被告人又はAが含水燃料及び加水燃料に関
する権利を持っていること,含水燃料を製造する軽油精製給油機や加水燃料とそ
れを燃やす焼却炉&発電機をAが開発し,これらが完成しているあるいは少なくと
も完成が間近であることを前提として,設立する会社はこうした機械を販売ないしメ
インテナンスするものであること,これらの機械の性能,価格等の具体的な仕様及
びこれら商品を各地域会社が販売した場合の事業収支試算,利益についての具
体的な数字をあげての説明,会社設立の予定日の説明,をOHP等を用いて詳細
に行ったものと認められる。
 4 なお,本件出資者らのうちD1,D7,D9及びD8については,C企業組合の事務所
に呼び出され,D1以外はC1の説明及び勧誘を,D1は,C2,被告人及びC1の説
明及び勧誘を受けた。その説明は前記インフォメーション等に基づいてなされたも
のであり,説明及び勧誘の方法は概ね同じようなものであった。
 5 これに対し弁護人及び被告人は,A又は被告人が含水燃料や加水燃料に関する
特定の特許を取得した事実も商品が完成された事実もないことを認めた上で,被
告人が言ったのは,世界中にあるいろいろな有望商品の特許を買収等していくとい
う事業方針を示した趣旨であり,含水燃料及び加水燃料に関する特許を被告人又
はAが買収したとか持っているとか言ったことはないし,商品が完成していると言っ
ておらず,商品開発中であると言っただけである,機械ができたと言ったことはある
が,Zの作った機械(サンプルの含水燃料を製造した機械)のことであり,含水燃料
の商品ができたとは言っておらず,含水燃料を製造する軽油精製給油機及び加水
燃料を使用する焼却炉&発電機等の商品の開発に成功したと話したことはない旨
の主張・供述をする。
しかしながら,説明会における担当者は,参加者に対し,「Gは当社が扱う世界
的特許商品である加水燃料の商品名である。」などと説明している(各説明会にお
ける内容がほぼ同趣旨であったことは複数の者が証言している)ほか,C1や各出
資者らの証言や,被告人のC1に対するファックスの記載(その内容は後記のとお
り),本件に関する説明会ではないがB4,B5株式会社等の説明会において,被告
人が,含水燃料及び加水燃料について世界の究極の特許商品として完成した旨
紹介していることなどの関係証拠に照らせば,被告人の供述は信用することはでき
ない。
 6そして,以上のような説明を受けた後,説明会参加者は,個別に設立準備室員等
による面接を受け,そこで新会社への参加すなわち出資の勧誘がなされ,具体的
な出資金額と概ね出資金額と連動する入社後の地位及び給与・報酬等の説明が
なされた。
 7 本件出資者らは,こうした勧誘に応じてそれぞれ出資した。
第2 本件各説明会と被告人との関係について
弁護人は,B1株式会社については,C1が代表理事を務めるC企業組合が企業母
体となり,同人が代表取締役の候補者として責任をもって設立していくことになってお
り,C1が広告からインフォメーションの作成及びプレゼンテーションの開催まですべて
実行することになっていたし,一部のプレゼンテーションについては被告人に知らされ
ない場合もあり,C1が独自の指導と采配でその参加者を得ていたのであって,被告
人が情を知らないC1をして株式出資を勧誘させたという事実は全くないし,他の各説
明会においても設立準備室員等が参加者らに説明した内容は被告人の意思とは関
係ないなどと主張するので検討する。
 1 C1等の証言,被告人のC1に対するファックス等によれば,被告人が,C1に対し,
平成9年3月ころ,「Aは全世界の有力な「工業所有権」を買収して21世紀産業を
確立すべく商品化を推進中。漸く新エネルギー開発分野で画期的な商品開発が相
次いで成功することになった。「含水燃料開発」「加水燃料開発」において商品化さ
れ,燃料,発電,燃焼炉,焼却炉等の生産にも基本成功した。Aは約30年以上の
新エネルギー研究開発の結果,世界的商品開発に成功した」旨の内容のファクシ
ミリ送信をするなどにより,Aが実在し,そこからの資金援助を得られること,含水
燃料及び加水燃料並びにこれらに関連する機械の商品化が実現しているか又は
実現目前であり,それらに関する権利がAにあるかのような説明をするとともに,C
企業組合がそれらの独占販売権を得ればC企業組合にも莫大な収入が入ることが
確実である旨の勧誘をして,B1株式会社の設立を持ちかけ,その旨C1を誤信さ
せたこと,C1は,その誤信に基づき,Aと共にB1株式会社を設立することを決意
し,上記誤信に基づいて,B1株式会社設立のため出資者を勧誘したこと,また,設
立準備室員等の説明会等における被告人以外の説明者らも,自らが受けた説明
会や説明会の後に行われるセミナーと呼ばれる被告人の講義等における説明等
により,C1と同様に誤信し,出資者らに説明,勧誘をしていたことが認められる。
 2 たしかに一部の説明会において,被告人が関知していなかったとか,説明会の内
容が必ずしも被告人の指示どおり行われず,被告人以外の者によって多少独自の
説明がなされたことがあったことは弁護人らが主張するとおりであるが,本件各募
集広告及び各インフォメーションの記載内容並びに説明会の内容及び進行方法が
いずれもAファイル原本に基づくものであることや,設立準備室員等に対するセミナ
ーと呼ばれる被告人の講義(セミナーにおいては,新資本主義と称する被告人独
自の理論等Aの理念,Aの歴史やその事業,含水燃料,加水燃料,設立する予定
の会社の経営方針,組織及び事業戦略等に関する説明がなされた。)が多数回行
われていたこと,B1株式会社の設立準備室において,設立準備室員から加水燃
料のビデオ映写に関して批判的な意見が出た際,被告人は,Aのビジネスシステ
ムを否定したなどとして,同社が当該ビデオを使用することを禁止し,今後のアドバ
イス等をしない旨の書面を出したこと等の関係証拠によれば,説明会によって出資
者を集める仕組みが被告人によって考え出されたものであり,いずれの説明会も,
概ね被告人の指示や説明に基づき被告人の強い影響下で行われていたものと認
められ,被告人がC1らをして説明会を行わせたとの前記の認定を妨げることには
ならないというべきである。
 3 以上によれば,被告人が,自ら又は情を知らないC1らを利用して,判示のとおりの
各会社説明会を行わせ,前記のような説明をさせ,出資を勧誘させるなどして,本
件の各本件出資者に株式出資をさせたものと認めるのが相当である。
第3 Aについて
1 Aの実体について
   被告人は,説明会において,Aが存在し,本件地域会社設立時にはAが出資する
旨述べているので,検討する。
  ① 関係各証拠によれば,各地域会社の各募集広告及び各インフォメーションの記
載,説明会等において,被告人自身あるいは被告人の指示等を受けた者が,本
件出資者らに対し,Aが数十年前から世界規模でパートナーシップに基づき投資
事業を行っているグループであること,被告人がAの代表であること,Aが数十年
前からエネルギー開発事業等の研究開発に巨額の投資を継続してきたこと,A
が資本金の50パーセントを出資し,残りの50パーセントを地域の経営陣と社員
が株式出資する方式で地域会社を設立することを説明した事実を認めることが
でき,本件の本件出資者らに対し,多額の資金を有する国際的な投資家グルー
プであるAが実在しており,各地域会社の設立に際しては,Aが各社の資本金の
50パーセントを出資する旨の説明をしたものと認めるのが相当である。
  ② 被告人は,公判廷において,Aは,国際的な投資家の集まりといってもその構成
員が固定されたものでなく,また,その基本となる規約も本部事務所も有してい
ないし,Aメンバー相互間にその一員であるとの認識はなく,被告人が独断でメ
ンバーといっているだけのことであると認めている。また,被告人は,E,F,G,H
等の投資家や財界人がAのメンバーであると供述するが,その根拠について
は,かつて一緒に投資をしたことがあるとか,投資の話に関わったことがあると
いう程度にすぎないものである。したがって,被告人とAのメンバーとされる投資
家とは,およそグループであるとは認めることができない関係でしかなく,Aにグ
ループとしての実体はなかったと認めるのが相当である。
  ③ 弁護人は,Aとは被告人が構想したプロジェクトに必要な資金の要請先投資家群
を被告人がAと呼称しているものであって,被告人からみた投資の要請先ネット
ワークともいうべきものであるとする。
しかしながら,被告人らがしていた説明は,前記のように極めて具体的なもの
であって,弁護人主張のような,Aが投資先のネットワークであるというものでは
なく,一般人にはAにグループとしての実体があるとしか受け取れない内容であ
って,被告人はAの実体について虚偽の説明をしたものというべきである。
 2 被告人又はAの株式出資の可能性について
  ① 被告人は,自らがAのメンバーと呼んでいる者に対し各地域会社の出資につい
て具体的に話したことが一切ないこと,被告人らがAにおいて出資するとしてい
る資金を被告人個人で捻出できるだけの資力はなかった旨供述しているところ,
関係証拠を総合しても,各地域会社が設立される時期において,他から調達す
るなどして,被告人にこうした資金を捻出する見込みがあったことを窺わせる事
情は全く認められない。
  ② 弁護人らは,被告人が,予定投資家から協力を仰げない場合も想定して,各地
域会社からAが取得する地域独占販売権の権利金(被告人がデポジットとも称
するもので,本件商品の独占販売権を取得するために各地域会社等がAに支払
うべき金員のことであって,以下「本件権利金」という。)を充当することも考えて
おり,Aが各地域会社から受領した本件権利金で資本金の50パーセントに相当
する出資金を拠出することが可能となるはずであったと主張し,被告人もこれら
主張に沿う弁解供述をする。
しかしながら,関係各証拠によれば,被告人は,そもそも,各地域会社の説明
会において,本件出資者らに対し,世界にいるAのメンバーから地域会社の資本
金の50パーセントが出資されると説明していたのみであって,本件権利金が必
要だとか本件権利金がAからの地域会社に対する出資に充てられるという説明
をしたことは一切なかったこと,各地域会社からAに対して本件権利金を支払うこ
とが必要であるとすれば,本件出資者らから出資金の他に更に本件権利金に充
てる金員を集める必要性があるが,そうすると結局のところ,Aが50パーセント
出資するという大前提が崩れてしまうことになるなどの事情を認めることができ,
これらの事情によれば,上記被告人の弁解は到底信用することができず,弁護
人らの主張には理由がない。
 3 以上によれば,Aなるものは観念的なものにすぎず,その実体は存在しなかったと
いうほかはないのであるから,各地域会社の設立時資本金の50パーセントに相当
する株式出資金を拠出する能力などなかったものであり,また,被告人において,
それら出資金を拠出する能力もなかったことは優に認められるところであり,被告
人は,このような事情を認識しながらAの存在及び出資を説明していたものと認定
して誤りないというべきである。
第4 権利関係及び製品開発状況について
被告人又は設立準備室員等は,本件出資者らに対し,含水燃料及び加水燃料
の原理を説明し,被告人又はAが含水燃料及び加水燃料に関する権利を持ってい
ること,含水燃料を製造する軽油精製給油機や加水燃料とそれを燃やす焼却炉&
発電機をAが開発し,これらが完成しているあるいは少なくとも完成が間近であるこ
とを前提として,設立する会社はこうした機械を販売ないしメインテナンスするもの
である旨説明しているので,これらの権利関係及び製品開発状況について検討す
る。
 1 含水燃料及びその権利関係について
  ① 含水燃料については確定した定義があるわけではないが,被告人は,1対1の
量の水と油に低電圧低電流をかけて攪拌し安定的な混合状態にしてもとの油と
同量の熱量を出すようにしたものを含水燃料と称していたところ,その開発研究
者であるX1は,本件当時,このような含水燃料は製品として完成しておらず,含
水率が3パーセントから4パーセント程度である未だ開発途上の状況であり,近
い将来に完成する見通しはなかったし,被告人に対し含水燃料の開発状況がこ
のようなものであると話した旨証言している上,関係証拠によれば,被告人らが
設立したXに参加したX2は,Yセンターに対して被告人が含水燃料であると称す
る物について成分分析を依頼した結果,水が50パーセントも入っているのならこ
のような結果は出ない旨の回答を得て被告人に報告するなどしたこと,被告人
は,平成7年以降,X1ら含水燃料の開発に関わる者に対し,含水燃料の開発の
状況について確かめたような事情もないことが認められる。
そうすると,被告人は,本件当時,含水燃料が完成しておらず,近い将来に完
成する見込みもなかったことを認識しながら,前記のような虚偽の説明をしてい
たものと認めるのが相当である。
これに対し,被告人は,Zのミニプラントで含水燃料を作る実験に自ら立ち会
い,自分の目で軽油と水が1対1の割合による含水燃料の製造(供給方法)に成
功したことを確認したので,含水燃料自体の製造は成功したと信じていた旨供述
するが,前記認定の客観的事実に照らし,到底信用することができない。
  ② また,関係各証拠によれば,X1が株式会社P研究所(以下「P研究所」という。)
との連名で,平成5年に含水燃料の供給方法について特許の出願をし,後に特
許権を取得したこと,被告人は,平成6年ころ,X1が代表取締役を務めるZに対
し含水燃料に関する特許権等の譲渡を求めたがZの承諾を得られなかったこと,
被告人は,平成7年ころ,P研究所のP1に対し,P研究所の有する特許権の持
分の譲渡を申し込み,基本的な合意に至ったが,被告人の手付金の不払いによ
り同年6月ころ契約関係が解消されたこと,その後本件犯行時に至るまで,被告
人とP1との間で交渉はもちろん連絡さえなかったことの各事実が認められる。
そうすると,被告人は,本件犯行当時,含水燃料に関し何らの権利も有してお
らず,かつ,近い将来取得できる見込みもないことを認識していたにもかかわら
ず,こうした事情を秘して虚偽の説明をしていたものと認めるのが相当である。
 2 加水燃料及びその権利関係について
  ① 加水燃料とは,有限会社Oが開発・研究をしていたもので,一般的に油に少量の
水と界面活性剤を混ぜてゼリー状にしたものをいい,これに水を加えて攪拌し,
噴射して燃焼させて使用するものであるが,関係証拠によれば,加水燃料は,
油と水を任意の比率で混ぜることができること,ゼリー状の段階では数日といっ
た単位では分離しないが,水を加えただけの状態ではその安定性は1日か2日
であること,加水燃料は,それ自体の製造には成功していたものの,目的に合わ
せて必要なカロリーを出し,かつそれをコントロールすることができないため,製
品化の目途はついておらず,実用化までには膨大な資金と歳月がかかることが
予想されていたことが認められる。そして,被告人は,本件以前に,有限会社O
のO1からこうした事実を聞いて知っていたことが認められるから,被告人は,本
件当時,加水燃料がその実用化には成功しておらず,近い将来に実用化する見
込みもなかったことを認識しながら虚偽の説明をしていたものと認めるのが相当
である。
  ② 加水燃料の権利関係について
関係各証拠によれば,被告人は,平成8年5月ころ,Oとの間で加水燃料につ
いて加水燃料契約証書を取り交わし,加水燃料をGと名付けるとともに,O1らO
関係者らと加水燃料の共同開発等を行うことを目的とするG会を結成してGに関
する実験を行っていたこと,しかし,被告人は,同年10月までに,Oが商号変更
した後の有限会社O2との間で,被告人に上記契約に基づく契約金の不払いが
あったことを確認してその契約を解除し,同年10月以降,被告人とO1らとの関
係がなくなったことの各事実が認められ,被告人は,本件当時,加水燃料に関し
何らの権利も有していないことを当然に認識していたものと推認することができ
る。
 3 軽油精製給油機及び焼却炉&発電機について
  ① 被告人は,本件地域会社において,販売ないしメインテナンスする商品として含
水燃料を製造する軽油精製給油機及び加水燃料を使用する焼却炉&発電機を
挙げていたところ,関係証拠によれば,これらのものはいずれも商品として完成
しておらず,したがってこうした商品の販売事業を開始できる見通しもなかったこ
とが認められる。
  ② 弁護人らは,日本における加水燃料,乳化燃料等の研究状況を踏まえると,被
告人が,含水燃料,加水燃料の製造原理を肯定し,その製造過程を自分の目で
確かめた上で含水燃料を製造する機械と加水燃料を燃焼させる機械の販売商
社とそれらのメンテナンス会社を設立しようと計画し,資本金と独占販売権利金
等が調達でき,設立登記されるまでにはそれらの機械を手配できると考えたとし
てもあながち非難できず,被告人が,商品の販売事業等を開始できる見通しをも
って本件地域会社等を立ち上げようとしたものであるとの主張をし,被告人もこ
れに沿う供述をする。
  ③ しかしながら,これまでみてきたように,加水燃料及び含水燃料の実用化の見通
しが立っていなかったこと及び被告人がこれらの燃料に関し何らの権利をも取得
していなかったことなどの事実に照らせば,被告人が,地域会社等が設立される
まで(設立予定とされていた日まで)に,含水燃料を製造する機械又は加水燃料
を燃焼させる機械の製造に成功できると考える状況になかったことは明らかであ
って,被告人もこうした事情を十分認識していたものと推認することができるか
ら,弁護人らの主張は理由がない。
 4 まとめ
以上のとおり,本件犯行当時,含水燃料が完成しておらず,近い将来に完成す
る見込みもなかったこと,加水燃料の実用化に成功しておらず,近い将来に実用化
する見込みもなかったこと,含水燃料を製造する軽油精製給油機及び加水燃料を
使用する焼却炉&発電機はいずれも商品として完成しておらず,かつそれらの商
品の販売事業を開始できる見通しもなかったこと,A又は被告人が,含水燃料及び
加水燃料Gに関し,何らの権利も有していなかったこと,本件犯行当時,被告人
は,以上の各事実について認識していながら内容虚偽の事実を説明していたこと
がそれぞれ認められ,これらの認定に合理的な疑いを容れる余地はない。  
第5 被告人の不法領得の意思及び利得について
1 弁護人は,被告人は,出資金を個人的な使途に費消したことはなく,むしろ各地域
会社のために経費を立て替えているので,被告人に利得はないし,不法領得の意
思がないと主張し,被告人もこれに沿う供述をするので検討する。
関係各証拠によれば,平成9年6月ころから,被告人が管理する預金口座に本
件出資者らから株式出資金が続々と入金されるや,被告人は,日を置かずしてこ
れらを払い戻していることが認められ,被告人もこのこと自体は争っていない。
2 弁護人らは,被告人が払い戻した株式出資金は,各地域会社設立準備室の賃
料,説明会の費用,設立準備室員らの人件費等の地域会社の設立のための諸経
費として用いたものであり,このような株式出資金は商法177条のいわゆる株式払
込金とは異なり,当然に資本金に組み入れられる金員ではなく,地域会社の設立
までに必要不可欠な経費に使用することは許されると主張する。
確かに,被告人が払い戻した金員の相当部分が人件費を始めとする地域会社
設立のための経費に流用されたことは明らかであるが,本件出資者らの証言等の
関係各証拠によれば,被告人は,本件出資者らに対し,それぞれの出資の際に,
地域会社の設立までの諸経費はA又は被告人が立替払いする旨を伝えており,被
告人が株式出資金を地域会社の設立までの諸経費に用いることについて述べたこ
とも,本件出資者らがこれを了承したこともないことが認められるのであるから,結
局は,被告人が株式出資金を地域会社の設立まで保管すると述べていたものとい
うべきであって,本件出資者もこれを信じていたものと認めるのが相当である。
3 そして関係証拠によれば,被告人が連続的に株式出資金を払い戻していたのと同
時期に,それと併行して,被告人は,それまでの事業等に関して負っていた債務や
個人的な消費者金融等への債務を返済したりしていることや,平成11年6月ころ
に,被告人の妻がマンションを約4700万円で購入したことが認められ,被告人
は,本件各出資者らから集めた株式出資金を各地域会社設立の諸経費のほか,
マンションの購入,債務の返済等の個人的な用途にも使用していたものと推認する
のが相当である。
4 これに対し,弁護人は,被告人は,本件当時,なお相当程度の資金を有しており,
生活費等はその中から支払いに充てていたものであるところ,株式出資金を地域
会社の諸経費の支払いに充てたのは,平成9年10月ころからであり,それ以前に
出費したB1株式会社の設立のための3000万円もこうした個人資産から支払った
ものであり,また,上記のマンションの購入資金は,被告人の妻が有していた資金
により購入した旨主張し,被告人もこれに沿う供述をしている。
しかしながら,Nの検察官調書,被告人の妻の日誌その他関係証拠によれば,
被告人は,昭和58年に大阪で設立したY物産株式会社が倒産した後,借金の取り
立てを免れるため当時の埼玉県大宮市に転居し,東京都内を転々とし,投資仲介
の事業などをしながら,出資者を見つけては会社を設立し,ビルを借りるなどしてい
たものであるが,一部に利益をあげた事業はあるものの,ほとんどうまくいかず,ビ
ルの賃借料さえ支払うことができず,B1株式会社の設立を企図していた平成9年
ころには,共同出資者から出資金の返済を迫られるなどしていたことが認められ,
被告人も捜査段階及び公判廷において,平成6年ころから平成9年前半までは財
産的に窮状していたことを認めており,被告人がB1株式会社の設立のために300
0万円もの出費をする資金を有していたとは到底考えられない。
また,被告人は,平成10年12月に妻から同女がそれまで蓄えていた金を借り
受け,これを翌年6月に返済したので,妻がマンションを購入したと供述している
が,前掲証拠によれば,妻は,入金及び出金についてかなり詳細に記載していると
ころ,同人が上記のマンション購入当時,その費用に充てるための4700万円もの
多額の資金を有していたことや被告人が供述するような金員の授受があったことの
徴証は全く窺われず,被告人の上記供述は信用することができない。
5以上に認定したとおり,本件当時,被告人は,経済的に困窮していたのに,本件地
域会社設立事業の他に何らかの経済活動をしていたことを窺わせる事実を見いだ
せないから,被告人には株式出資金のほか他に見るべき収入源がなかったと認め
られるところ,被告人は,株式出資金として受領した金員を受領後日を置かずして
地域会社の設立の諸経費のみならず,個人的用途にも用いているのであって,た
とえ,弁護人が主張するように,株式出資金が地域会社の設立までに必要不可欠
な経費に使用することは許される性質のものであったとしても,その返済はほとん
ど不可能である(Aが実体がないことはすでに述べたとおりである。)し,株式出資
金が,各地域会社の経費の支払いに充てられた際に,これら経費がA又は被告人
からの立替金という名目で支払われていることを併せ考えると,被告人は,最初か
ら株式出資金として受領した金員を個人的用途又は地域会社の設立の諸経費等
に用いる意図すなわち不法領得の意思があり,また現実にも利得していることが優
に認められる。
第6 本件出資者らの財産的損害の発生について
 1 弁護人らは,本件出資者らが給与等の名目で金員を受け取っており,その額が出
資した額より多額に上る者もいるところ,本件出資者らにはそのような給与等の名
目で金員を受け取る権利はないのであるからこれらの金員は不当利得であり,そ
の金員を立て替えて支払った被告人は,その本件出資者らに対し,地域会社の経
費の立替金請求権を有しており,これと本件出資者らの株式出資金の返還請求権
とが相殺適状にあるから,本件出資者らに財産的損害は生じておらず,ひいては
被告人に詐取する意思もあったとはいえない旨主張するので検討する。
 2 しかしながら,そもそも本件の詐欺罪は,被告人が本件出資者らから地域会社の
設立のための出資名下に金員を詐取したことにより成立するのであって,本件出
資者らがその後に給与等の名目で金員を受領したことは犯行後の実質的な被害
の回復として情状として考慮する余地があるかどうかはともかく,本件の詐欺罪の
成否には何ら影響を来すものではないと解するのが相当である。
また,関係各証拠によれば,地域会社に出資した本件出資者らが,その地域会
社への採用の際に,具体的な出社日,月額給与,賞与等を説明され,その旨記載
された採用通知書を受け取った上,その給与等が支払われることを前提として地
域会社の設立準備室等へ出社していたこと,そのことに関し,異議を唱えた者は被
告人を含め一人もいなかったこと,被告人は,本件出資者らに対して,地域会社の
設立までは,被告人が設立に要する諸経費を立替払いする旨説明していたことを
認めることができるところ,これらの事実を併せ考慮すれば,出資者と設立中の地
域会社との間には,その記載された給与等の条件で勤務する旨の合意がなされた
ものと認めるのが相当であるから,本件出資者らに給与等の名目で金員を受け取
る権利がなかったとはいえない。従って,弁護人の主張には理由がない。
第7 被告人の欺く行為と本件出資者らの出資との因果関係について
第1ないし第6に認定した事実に加え,関係各証拠によれば,被告人又は被告
人の指示等に従った人間の説明等により,本件出資者らが判示のとおり,Aが実
在しており,Aから地域会社に対して出資が得られること,含水燃料,加水燃料,含
水燃料を製造する軽油精製給油機,加水燃料を使用する焼却炉&発電機等の商
品が開発されており,これらに関する特許があり,早晩会社が設立されることなど
を誤信して,判示の被害金額を出資した事実が認められることは明らかである。
これに対し,弁護人らは,本件出資者らの証言内容を指摘して,本件出資者ら
は,上記の誤信とは別のそれぞれ独自の動機により出資しており,上記の誤信が
本件出資者らが出資した動機と結びついていないので,被告人の欺く行為と本件
出資者らの出資との因果関係がない旨主張する。
しかしながら,たしかに本件出資者らの中には,加水燃料等の特許製品の存否
とは直接関係のない販売地域会社の高い賃金,労働時間の短さ等の理由に惹か
れて,地域会社に対し出資したと認められる者もいるが,そうした者も結局のとこ
ろ,地域会社が確実に設立されるものと誤信し,その前提として出資したものと認
めるのが相当であるところ,その誤信した内容は本件出資者らが出資することを決
定した動機において欠くことのできない重要部分であることは明らかであるから,被
告人の行為と本件出資者の出資との間に因果関係がないとの弁護人らの主張に
は理由がない。
第8 まとめ
  以上によれば,被告人に判示のとおりの詐欺罪が成立することが認められ,これに
合理的な疑いを容れる余地はない。
(法令の適用)
 被告人の判示各行為はいずれも被害者ごとに刑法246条1項にそれぞれ該当すると
ころ,別紙犯罪事実一覧表1番号3及び4,同表2番号2,同表3番号2ないし5並びに
同表4番号1ないし4及び6は,いずれも1個の行為が数個の罪名に触れる場合である
から,同法54条1項前段,10条によりそれぞれ1罪として,犯情の重い(同表1番号3
及び4,同表2番号2,同表3番号2並びに同表4番号1,2及び4については犯情の最
も重い)D4(同表1番号3),D8(同表1番号4),D14(同表2番号2),D18(同表3番
号2),D24(同表3番号3),D26(同表3番号4),D28(同表3番号5),D33(同表4
番号1),D36(同表4番号2),D38(同表4番号3),D44(同表4番号4)及びD47(同
表4番号6)に対する各罪の刑で処断し,以上はいずれも同法45条前段の併合罪であ
るから,同法47条本文,10条により,犯情の最も重い同表4番号4の罪の刑に法定の
加重をした刑期の範囲内で,被告人を懲役4年に処し,同法21条を適用して未決勾留
日数中700日をその刑に算入し,訴訟費用は,刑訴法181条1項ただし書を適用して
被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
1 本件は,被告人が,被害者らに対し,自らを国際投資家グループAの代表であると名
乗るとともに,Aの資金援助を受けて,Aが有する世界的特許商品の販売等を行う株
式会社を新規に多数設立すれば多額の利益が得られるなどと説明して,被害者らに
地域会社に対する出資を勧誘して,出資金名下に,多額の金員を騙し取ったという大
型詐欺事犯である。
2 被告人は,C企業組合代表理事のC1らに対し,Aという国際投資家グループが実在
すること,Aは,含水燃料を供給する機械,加水燃料及びそれを使用する機械に関す
る権利を有しており,それらが商品として完成間近であること,それらを商品として販
売等する地域会社を設立すればAがその資本金の50パーセントを出資することなど
の嘘を言って,それらの商品の販売事業等を目的とする多数の地域会社を共同で設
立し経営することを働きかけ,C1らをして,新聞の折込み等による募集広告の配布,
プレゼンテーションと称する説明会の開催,これに引き続く面接を行わせて,これによ
り,出資者らから被告人管理の預金口座へ株式出資金の振込みを得たほか,さらに
これらの出資者に対して,セミナーと称する被告人の講演を実施して働きかけること
により,これらの者を利用して同様の方法でさらに出資者を募集して株式出資金の振
込みを受けたもので,被告人の本件犯行は,上記のような勧誘等により,合計1400
名以上という多数人から合計27億円以上に上る多額の出資金を集めた一環として
行われたものであって,その犯行は大規模かつ営利的であって計画的である。
また,被告人は,ホテルや地域会社の設立準備室事務所等において,被害者らに
対する説明会を行い,その巧みな話術で,Aが国際的な投資家のグループであるこ
と,直接投資による共同出資と共同経営により無借金経営を目指すこと等を内容とす
る新資本主義と称する独自の理論,含水燃料と称する瓶入りの油状の液体を示すな
どしながら含水燃料等に関する説明を行うとともに,地域会社の設立準備室員らをし
て,加水燃料Gの燃焼実験ビデオの上映を行わせたり,商品である機械の具体的な
仕様,価格,需要,事業計画等をOHP等を用いて具体的かつ詳細に説明させたほ
か,さらに個別の面接を行わせて,被害者らから株式出資金の名目で多額の金員を
取得した上,地域会社の設立の予定日が過ぎても会社を設立しない理由について
は,資本金の予定額が集まっていないとか,1社だけの設立では既存の石油会社等
から圧力がかかってつぶされてしまうので各地域会社を一斉に設立する必要がある
などともっともらしく述べて,地域会社の設立を延期する一方で,次々と新しい地域会
社の設立を計画し,出資者を募集するとともに,出資金を地域会社の経費に流用し
て,その破綻を先延ばししたものであり,その犯行の態様は極めて巧妙であって悪質
である。
被告人は,本件犯行の結果,被害者47名から合計8900万円を騙し取っており,
その被害額は大きく,本件各犯行の結果は重大である。
それにも関わらず,被告人は,地域会社の設立目的は失業と貧困と不平等の打破
とその救済であり,Aには実体があって,含水燃料に関係する権利を取得したとか商
品が完成したとは言っておらず,Aが商品等に関する権利を有しているとも特許を買
収したとも言っておらず,商品開発が進行中であると言っただけであるなどと不合理
な弁解に終始しているばかりか,地域会社が1社も設立されなかった最終的な原因
は,本件につき警察の強制捜査が入った後に被告人が行った「究極の提案」と称する
更なる出資を伴う事業縮小案を地域会社の経営陣が理解できず受け入れなかったた
めであって,被告人の事業計画が真実であったことを立証するために,現在も加水燃
料Gを使った発電機等を商品とする「Z1」という名称の新しいパートナーシップ経営の
事業計画を立案しているなどと公判廷で述べるなど,被告人に反省の態度は全く見
受けられない。
以上に述べたとおりの本件各犯行の計画性,態様,結果等を併せ考えると被告人
の刑事責任は重大である。
3 他方,被告人は,本件各犯行を含む一連の会社設立名下に取得した出資金のほと
んどを地域会社等の人件費等の諸経費に用いており,上記の出資金を個人的な使
途に費消するなど実質的に被告人において利得した割合は大きくはないこと,被害者
らはこれまでに,地域会社からの給与等の名目による支払い,調停等による出資金
の返還等を受けており,これによって,本件の被害者47名のうち24名はその出資し
た金員を上回る金員を,特にそのうちの3名はその出資した金員を1000万円以上上
回る金員を取得しているほか,その余の被害者のうち1名も出資した金員相当額を取
得しており,以上の合計25名については実質的に被害の回復がなされているとも言
いうること,被告人のみでは,本件のごとき大規模な詐欺を敢行することは困難であ
り,本件の被害者らを含む多数の出資者も地域会社の設立のためにさらに出資者を
募ったことが被害を拡大させた一因となっていることは否定できないこと,また,被害
者らは,被告人等による説明会等の説明を受けて出資に及んだもので,被告人等の
説明が巧妙であったことは否定できないものの,本件のごとき多額の出資をする際の
成人の態度としてはやや安易で被害者らにも相当の落ち度があるとの観を免れない
こと,被告人にはこれまで前科前歴がないことなど被告人のために酌むべき事情も認
められる。
4 そこで,これらの事情一切を総合考慮し,被告人を主文の刑に処するのが相当と判
断する。
(求刑 懲役5年)
平成15年8月29日
前橋地方裁判所刑事部
裁判官   吉  井  隆  平
裁判官   丹  下  将  克
 裁判長裁判官長谷川憲一は,職務代行期間満了のため,署名押印できない。
裁判官   吉  井  隆  平

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