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平成17年(行ケ)第10181号 審決取消請求事件
平成17年9月28日口頭弁論終結
    判決
  原告 大機エンジニアリング株式会社
訴訟代理人弁護士   溝上哲也
同    岩原義則
  被告 ダイソー株式会社
訴訟代理人弁護士   滝井朋子
     主文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
    事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
(1)特許庁が無効2003-35074号事件について平成15年11月5日
にした審決を取り消す。
(2)訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
 主文同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
 被告は,発明の名称を「電解法」とする特許第3123744号の特許(平
成2年2月13日出願,優先権主張平成元年2月14日イギリス,平成12年10
月27日設定登録。以下,「本件特許」といい,本件特許に係る明細書を「本件明
細書」という。請求項の数は7である。)の特許権者である。
 原告は,平成15年2月27日,本件特許の請求項1,5及び7について特
許を無効とすることの審判を請求し,特許庁は,これを無効2003-35074
号事件として審理した結果,平成15年11月5日,「本件審判の請求は,成り立
たない。」との審決をし,同月17日,その謄本を原告に送達した。
2 特許請求の範囲
「【請求項1】少なくとも1個の陽極と少なくとも1個の陰極とを設けた電解
槽内で亜鉛化合物又は錫化合物を溶解,含有する酸性の水性電解液を電解すること
からなる工業的な電気亜鉛メッキ法または電気錫メッキ法において,前記の電解液
のpHはpH5又はそれ以下の強酸性のpH値であり,50~70℃の電解液温度
で,10キロアンペア/㎡~40キロアンペア/㎡の陽極電流密度にて電流を流し,
陽極における多量の酸素発生を伴なう過酷な電解操作条件下で前記の電解を行うこ
とからなり,しかも上記の陽極としては,チタンまたはチタン合金製の支持体(基
材)の表面上にタンタルまたはタンタル合金製の外方表面層を設け且つ該外方表面
層の上に酸化イリジウムよりなる電気触媒的活性物質の被覆,あるいは白金と酸化
イリジウムとの混合物よりなる電気触媒的活性物質の被覆を設けてなる陽極,もし
くは,タンタルまたはタンタル合金製の支持体(基材)の上に酸化イリジウムより
なる電気触媒的活性物質の被覆,あるいは白金と酸化イリジウムとの混合物よりな
る電気触媒的活性物質の被覆を設けてなる陽極を使用することを特徴とする,陽極
の長時間の耐用寿命を有する電気亜鉛メッキ法または電気錫メッキ法。」(以下
「本件発明1」という。)
「【請求項5】電気触媒的活性物質は1g/㎡~100㎡の量で存在させる,請
求項1~4のいずれかに記載のメッキ法。」(以下「本件発明5」という。)
「【請求項7】水性電解液は3又はそれ以下のpHを有する,請求項1~6の
いずれかに記載のメッキ法。」(以下「本件発明7」という。)
3 審決の理由
 別紙審決書の写しのとおりである。要するに,本件発明1,5及び7は,特
開昭59-96287号公報(甲11号証。以下「甲11公報」という。)に記載
された発明(以下「引用発明」という。)と,このほかに原告(審判請求人)が提出
した甲1ないし10号証,甲12号証に記載された発明,あるいはこれらにより立
証される公知事項に基づいたとしても,当業者が容易に発明をすることができたも
のとはいえないとするものである(このほかに,審決は,甲4号証,甲9号証,甲
10号証をそれぞれ主引用例として検討した上で,いずれも容易想到性を否定した
が,これらの判断については,本件訴訟において審決の取消事由となっていな
い。)。
 審決が認定した本件発明1と引用発明との一致点,相違点は,次のとおりで
ある。
(一致点)
 少なくとも1個の陽極と少なくとも1個の陰極とを設けた電解槽内で酸性の
水性電解液を電解することからなる電解法において,上記陽極として,チタンまた
はチタン合金製の支持体(基材)の表面上にタンタルまたはタンタル合金製の外方
表面層を設け且つ該外方表面層の上に酸化イリジウムよりなる電気触媒的活性物質
の被覆,あるいは白金と酸化イリジウムとの混合物よりなる電気触媒的活性物質の
被覆を設けてなる陽極を使用することを特徴とする陽極の長時間の耐用寿命を有す
る電解法である点
(相違点)
(イ)本件発明1における電解は,亜鉛化合物又は錫化合物を溶解,含有する電
解液を電解する工業的な電気亜鉛メッキ又は電気錫メッキであるのに対して,甲1
1公報には,電解の例として「電気メッキ」が挙げられているものの,工業的な電
気亜鉛メッキ又は電気錫メッキの記載は見当たらない点(以下「相違点(イ)」とい
う。)
(ロ)本件発明1における電気亜鉛メッキ及び電気錫メッキにおける電解は,
「電解液のpHは5又はそれ以下の強酸性のpH値であり,50~70℃の電解液
温度で,10キロアンペア/㎡~40キロアンペア/㎡の陽極電流密度にて電流を
流し,陽極における多量の酸素発生を伴なう過酷な電解操作条件下」で行うもので
あるのに対して,甲11公報には,そのようなメッキ電解操作条件の記載が見当た
らない点(以下,「相違点(ロ)」といい,この相違点に係る本件発明1の電解操作条
件を「本件過酷操作条件」という。)
第3 原告主張の取消事由の要点
 審決は,相違点についての容易想到性の判断を誤ったものであり,その誤り
が結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,取り消されるべきである。
1 本件発明1についての取消事由
相違点(イ)に係る電気亜鉛メッキ又は電気錫メッキは公知のものであり,相違
点(ロ)に係る本件過酷操作条件も公知であるから,本件発明1は,一致点に係る陽極
を使用して,公知の電解操作条件下で,公知の電気メッキを行うというものに過ぎ
ず,その効果も顕著なものではないから,「本件発明1については,当業者が容易
に発明をすることができた発明とすることはできない。」とした審決の判断は誤り
である。
(1)甲11公報の電極を本件過酷操作条件下で電気亜鉛メッキ又は電気錫メッ
キに使用することの想到容易性について
 審決は,「甲第11号証(判決注・甲11公報)には,本件発明1で規定
する電解操作条件で電気メッキを行うことの記載があるとすることはできない。」と
しているが,甲11公報の電極を本件発明1の電解メッキという用途の電極に使用
することは,甲11公報に実質的に記載されていると考えられ,その電解操作条件
の数値限定も,当業者であれば極めて容易に思いつく事項に過ぎないことは明らか
である。
ア 甲11公報には,「本発明は電極に関し,殊に電気化学的応用に用いら
れる電極に関する」(2頁右上欄17行~18行),「本発明の電極は陰極防食に
使用する以外に電気冶金,電気メッキ,次亜塩素酸塩製造,塩素酸塩製造またはそ
の他必要な電気化学的用途のために用いられる」(7頁右上欄1行~4行)との記
載がある。
 上記「電気冶金」の代表的な例として,亜鉛の電解採取があるところ,
亜鉛の電解採取は,亜鉛の硫化鉱から硫酸亜鉛を調製し,電気分解により陰極に亜
鉛を析出させて採取する方法によっているが,その際の硫酸浴中の電解での陽極反
応は,本件発明1と同じ酸素発生である。
 また,「電気メッキ」においても,亜鉛メッキ,錫メッキにおいて,硫
酸浴,あるいはフェノールスルフォン酸浴などが古くから知られている(甲3号証
320頁左欄(3))が,これも同じく陽極での電解反応は,本件発明1と同じ酸素発
生である。
 したがって,甲11公報の記載から,甲11公報の陽極を相違点(イ)に係
る亜鉛又は錫の電気メッキに使用することもできることは明らかである。
イ 電気メッキにおいて「めっき速度をあげ,生産性を高めるためには,高
電流密度でめっきを行うのが望ましい」(甲2号証414頁右欄2段落)とされて
おり,亜鉛又は錫の電気メッキの電解操作条件を工夫して,各々当業者が検討する
ことも,容易である。
 そして,本件発明1の電解操作条件の数値範囲は,単に通常の電気亜鉛
メッキ法ないし電気錫メッキ法における公知の操業条件を構成要件化したに過ぎな
いものであり,数値範囲を最適化又は好適化さえもしておらず,数値の内と外で顕
著な有利な効果が発生するわけがない。本件過酷操作条件が,亜鉛又は錫の電気メ
ッキにおいて,全て公知であることは,被告も認めている。
 そうすると,相違点(ロ)に係る本件過酷操作条件下の電気メッキに,甲1
1公報の電極を適用することも,当業者にとって容易想到である。
 したがって,甲11公報の電極を,本件過酷操作条件下の電気メッキに
使用したことによって,寿命の延長が図れたからといっても,単なる発見の域を出
ないものであり,進歩性は否定される。
ウ 被告は,甲11公報に「電気冶金」「電気メッキ」という記載があると
しても,その電解操作条件は本件過酷操作条件のように過酷なものではない旨主張
する。
 しかしながら,甲11公報に開示されている「電気メッキ」は,当時の
技術水準において,製鉄所の亜鉛メッキラインを当然に含み,その操作条件には本
件発明1の過酷な操作条件があることは当業者であれば誰でも知っているものであ
る(甲27号証)。そして,甲11公報には,「そのようなタンタルの表面は陽極
破壊なしで高電圧に耐えることができ,従ってその不働態化アノードは容易に再コ
ーティングおよび再使用のために取出されうる。タンタル層が存在しなければチタ
ン基材上に発生する高電圧は(もし電圧が約10ボルトを越えれば),チタンの陽
極破壊を生じさせる」(6頁左下欄3行~9行)とも記載され,甲11公報の電極
に高生産化の必要のために電流密度を上げる(甲27号証)ことも容易に想定で
き,甲11公報の電極に過酷な電流条件を用いてはならない旨の記載も存在しな
い。むしろ,甲11公報の電極を「電気メッキ」に用いる場合の電解操作条件は,
当業者にとって当然公知であるから「電気メッキ」における電解操作条件を甲11
公報に記載しなかったといえる。
 甲11公報で開示された電極の用途を本件発明1のように特定すること
は容易に想到でき,本件発明1の進歩性が否定されるべきことは明らかである。
(2)本件発明1の効果について
 審決は「本件発明1は,上記相違点(イ)及び(ロ)に係る構成を含む前記認定
の構成を有することにより,陽極で多量の酸素発生を伴う過酷な電解条件下で陽極
の長い活性寿命を有する電気亜鉛メッキ法および電気錫メッキ法が達成されるとい
う,明細書に記載された効果を奏したものと認めることができる」(審決書19頁
7行~11行)と認定した。
 しかし,本件発明1に顕著な効果はなく,本件発明1に進歩性が認められ
ることはあり得ない。
ア 公知の電極と公知の電解操作条件を組み合わせる構成とすることは,当
業者にとって困難性は認められない。それでもなお,進歩性が認められるために
は,量的に当業者が予測できない顕著な効果,しかも,本件発明1は,数値限定さ
れているのであるから,数値限定した範囲内に顕著な効果が認められなければなら
ないが,そのような「顕著な効果」は,本件発明1には認められない。電極の長寿
命化という効果は,当業者にとって当然考慮されるべきものであるが,以下のとお
り,本件発明1が顕著な効果を発揮し,際だって優れているとも認められない。
イ 本件明細書には,「極めて大きな陽極電流密度で電解を行う場合に望ま
れる長い寿命を有する材料を見出すことは困難であることが認められている」(2
頁左欄下から2段落~),「被覆チタン陽極は適度な長さの寿命を有しているが,
特に,陽極で酸素が発生する電解を過酷な条件で行った場合には希望する長さの寿
命は有していないことが知られている」(2頁右欄3行~),「電気触媒的活性物
質で被覆されたかかるチタン陽極・・・の支持体の性質を変化させることにより改
善された操作寿命を有する陽極を製造し得ることを本発明者は知見した。特に,本
発明者はかかる陽極を改良することにより陽極の操作寿命の有用な改善を行い得る
ことを知見した」(2頁右欄4段落),「本発明の方法の特徴は電解を行う電解槽
中に存在させる陽極の種類と,電解を極めて過酷な条件下で,特に高い陽極電流密
度で行うことを実現したことの両者にある」(3頁右欄3段落)と記載され,その
実施例において,1342時間電解後,被覆損失なし(実施例1),2467時間
電解後10.1%の被覆損失(実施例2),2233時間電解後12.8%の被覆
損失(参考例1),約4320時間電解後4.8%,4.2%,7.7%の被覆損
失(参考例2~4),3240時間電解後0%,約14%の被覆損失(参考例5,
6),2592時間電解後約6%,約9%の被覆損失(参考例7,8)と記載され
ているのみで,公知の電極に公知の電解操作条件を用いていることは一切考慮して
いない。これらは,公知の電解操作条件で実験をした結果を示したに過ぎず,しか
も,数値にバラツキがある。
 このように,本件明細書には,寄せ集めの構成のもつ各効果の総和以上
の予期しない新しい効果を生じるものであるとか,あるいは寄せ集めだけでは予測
できない別の効果を奏するものであるという顕著な効果の記載は一切なく,また,
顕著な効果を示すデータないし証拠も提出されていないのである。
 2 本件発明5及び7についての取消事由
 本件発明5及び7は,本件発明1を前提としているものであるから,本件発
明1についての上記主張がそのまま当てはまるものである。したがって,本件発明
1が容易想到でないことを前提として,本件発明5及び7についても進歩性を肯定
した審決の判断は誤りである。
第4 被告の反論の要点
 審決の判断は正当であって,何らの誤りもない。
1 本件発明1についての取消事由について
(1)甲11公報の電極を本件過酷操作条件下で電気亜鉛メッキ又は電気錫メッ
キに使用することの想到困難性について
ア 引用発明は,低電圧小電流用のチタン基材の従来電極が,僅か10Vの
破壊電圧によって損傷するために,陰極防食用陽極としては用い得ないという破壊
電圧の問題を,タンタルの破壊電圧100Vという性質を用いて解決することを中
心とする技術である。そして,甲11公報には,具体的に鋼又は鉄を含む構造物を
陰極防食するための陰極防食用アノードとして,又は,稀塩水から飲料水を製造す
るため等の電解槽用として,そこで示されている電極を用い得べきことの技術が開
示されている。この両場合に当該電極がさらされる電解操作条件は,電流密度,電
解温度のいずれにおいても本件発明1において要求されるものの10分の1に達し
ない非常に低いものであり,また,陽極における多量の酸素発生を伴うような過酷
なものでもない。このことは電気防食の原理から明らかである。
イ もっとも,甲11公報には,上記電極を電気冶金,電気メッキ,次亜塩
素酸塩製造,塩素酸塩製造等の電気化学的用途に用い得べきことが抽象的に開示さ
れている。しかし,単に抽象的に「電気メッキ」という場合には,過酷さの程度の
極めて低い電解操作条件のものを当然に含んでいるから,甲11公報で述べる「電
気メッキ」とは,上記の防食用アノード等の際に要求されるような電解操作条件と
同程度のものが予定されていると理解するのが当業者の通常の認識であるというべ
きである。すなわち,甲11公報には,防食用アノード等に必要とされるのと同程
度の電解操作条件を必要とする「電気メッキ」技術が開示されているに過ぎず,本
件発明1において要求される本件過酷操作条件下の「電気メッキ」技術は,全く開
示されていないと解すべきである。
 本件過酷操作条件が,亜鉛又は錫の電気メッキにおいて公知のものであ
ることは認めるが,本件過酷操作条件それ自体が公知であるからといって,甲11
公報に本件過酷操作条件下の「電気メッキ」技術が開示されていることになるもの
ではない。
 また,甲11公報の電極は陰極防食用であって,そもそも本件発明1と
は業界も技術分野も異なっている。甲11公報上に示された技術は,本件発明1に
対して当業界の先行技術とはいえない。
ウ 甲11公報の電極において,タンタルが用いられることによって解決さ
れるべき技術的問題は,高電圧による破壊防止という問題であり,その解決のため
にタンタルを用いているのに対し,本件発明1においては(そもそも電圧は低いほ
ど望ましい)高密度電流による不働態化膜生成の防止という問題の解決のためにタ
ンタルが用いられているのである。すなわち,甲11公報の電極にタンタル層が用
いられているのは,その「破壊電圧」の高さという性質に依拠しているのに対し
て,本件発明1の電極においてタンタルが用いられているのは,電極活性層下の
「不働態化膜」生成困難性という全く異なる性質に依拠しているのである。
 したがって,両電極は,タンタルという物質の有する複数の性質の中の
全く別の性質が,全く別の問題解決のために用いられているに過ぎないのである。
エ 以上のとおり,本件発明1は,甲11公報に開示されている技術とは,
全くその技術思想を異にしている技術であり,甲11公報の電極を本件過酷操作条
件下における工業的電気亜鉛メッキ法又は電気錫メッキ法に用いることを想到する
ことは困難なのである。
(2)本件発明1の効果について
 本件発明1の陽極は,相違点(ロ)に係る本件過酷操作条件下で,相違点(イ)
に係る電気メッキを行う方法において,画期的な長耐用寿命を有するのである。審
決が「なおかつ,本件発明1は,上記相違点(イ)及び(ロ)に係る構成を含む前記認定
の構成を有することにより,陽極で多量の酸素発生を伴う過酷な電解操作条件下で
陽極の長い活性寿命を有する電気亜鉛メッキ法および電気錫メッキ法が達成される
という,明細書に記載された効果を奏したものと認めることができる」と認定して
いるのは極めて正当である。
2 本件発明5及び7についての取消事由について
 本件発明1は容易想到でないから,本件発明5及び7についても進歩性が肯
定される。
第5 当裁判所の判断
1 本件発明1についての取消事由について
 相違点(イ)及び(ロ)のうち,本件過酷操作条件が亜鉛又は錫の電気メッキにお
いて公知のものであることは,当事者間に争いがない。
 そこで,引用発明の電極を使用した電解法において,相違点(イ)に係る工業的
な電気亜鉛メッキ又は電気錫メッキを,相違点(ロ)に係る本件過酷操作条件下で行う
ことが容易想到であるかどうかについて検討するに,この点について,原告は,甲
11公報の記載から,甲11公報の電極を亜鉛又は錫の電気メッキに使用すること
もできることは明らかであり,また,本件過酷操作条件下の電気メッキに,甲11
公報の電極を適用することも,当業者にとって容易想到である旨主張する。
(1)甲11公報の記載について(甲11号証)
ア 甲11公報の特許請求の範囲は14項からなり,そのうち1項ないし6
項,13項及び14項に「電極」に関する発明,7項ないし10項に「電極の製
法」に関する発明,11項及び12項に「電極の使用方法」に関する発明が記載さ
れている。
イ 特許請求の範囲11項及び12項の記載は,次のとおりである。
「(11) 電極をアノードとして電解液中へ挿入し,そのアノードから電解
液中へ電流を流すことからなる特許請求の範囲第1項に記載の電極を使用する方
法。」
「(12) 鋼または鉄を要素とする構造物,殊に地中に設置したそのような
構造物を陰極防食するためのアノードとして該電極を作用させて,パイプライン,
タンク,油井ケーシング及び水井戸ケーシングのような埋設構造物を保護すること
を特徴とする特許請求の範囲第11項に記載の方法。」
ウ 発明の詳細な説明の欄には,次の記載がある。
①「本発明によれば,タンタルおよびニオブからなる群から選択された金
属基材とアノード活性層とからなり,そのアノード活性層は・・・・・・作られたもので
あり,かつそのアノード活性層と基材との間にはタンタルの層または金属状のタン
タルを50%以上含む合金の層が設けられていることを特徴とする電極が提供され
る。」(3頁左上欄11~18行)
②「アノード活性層は白金およびイリジウムを含むのが好ましい。・・・・・・
イリジウムの一部または全部は酸化イリジウムの形で存在してもよい。」(3頁右上
欄17行~左下欄2行)
③「さらに本発明は,上記のタイプの電極の使用方法をも提供するもので
あり,この使用方法は電極をアノードとして電解液中へ挿入し,その電極から電解
液中へ電流を通すことからなる。このアノードは鋼または鉄を含む構造物を陰極防
食するための陰極防食用アノードとして機能しうる。このアノードは,パイプライ
ン,タンク類,油井ケーシング,水井戸ケーシングのような地中埋設構造物を保護
するために大地床中で使用できる。そのような大地床は浅いものでも,深いもので
も,あるいは開口穴でも閉鎖穴であってもよい。このアノードは深い井戸の開口地
床で使用するのに特に適している。本発明アノードは電解槽,例えば稀塩水から飲
料水を製造するための電解槽で使用できる。」(4頁左上欄10行~右上欄4行)
④「従来は,陰極防食用アノードは,白金被覆チタンから作られていた。
チタンが海水中でアノードとして接続されたときには,保護酸化被膜を形成するこ
とは周知である。しかしアノードの印加電圧を増大するにつれて,アノード被覆が
破壊する段階に達する。海水中のチタンについての破壊電圧が約9~10ボルトで
あることは,一般に認められている。これに比較して,ニオブ・・・・・・についての破
壊電圧は約100ボルトである。タンタルについての破壊電圧はニオブのものと近
似である。」(4頁右上欄19行~左下欄9行)
⑤「陰極防食用アノードに適用された白金族金属は,小さいが明確なある
速度で腐食されるが,我々は塗布し,焼成した白金・イリジウムタイプの被覆が,
電気メッキされた白金被覆または白金・イリジウム被覆の損耗(腐食)速度の1/
2以下の損耗速度をもつことを発見した。このことは,塩化ナトリウムを約30g
/(編注;リットルの文字あり)含む通常の海水中の場合だけでなく,非常に稀釈
されて・・・・・・含む海水中の場合にも認められる。そのような稀釈海水は,採油業で
パイプラインの陰極防食に関連して用いられるタイプの開放穴深井地中床アノード
でしばしば見られるものである。」(4頁右下欄2行~14行)
⑥「本発明の電極の要素のそれぞれは,本発明の満足な実施における重要
な役割を果すことが判明した。・・・・・・強酸性(すなわちpH1)の稀塩化物溶液中
に浸漬された場合の種々の白金金属の損耗速度を測定するための試験を行った。意
外にも白金金属の被覆の種々な形態によって損耗速度に極めて著しい差異があるこ
とが判明した。従って,2部のSO4
--
および1部のC(編注;リットルの記号あ
り)

を含み,pHが1であり,そして塩化物濃度が3g/(編注;リットルの記号
あり)である溶液中に430A/㎡の電流密度でアノード材として白金金属箔を使
用した場合に,損耗速度は46μg/A・Hである。電流密度が1076A/㎡で
は,その損耗速度は31.2μg/A・Hである。単純な白金メッキ付きニオブ
は,430A/㎡の電流密度で44.9μg/A・Hの損耗速度である。ニオブ基
材上の同時押出白金層は430A/㎡の電流密度で20μg/A・Hの損耗速度で
ある。白金を電気メッキしたチタンは,430A/㎡の電流密度で20μg/A・
Hの損耗速度である。しかし,タンタルのさや付きチタン基材上に焼成した白金/
イリジウム層は430A/㎡の電流密度でわずか7.7μg/A・Hの損耗速度で
ある。この値は他のタイプの被覆アノードや白金金属自体の損耗速度と比較して,
損耗速度が著しく低減されたことを示している。」(5頁左下欄7行~右下欄13
行)
⑦「チタンの芯,タンタルの中間層および焼成白金金属の外側層からなる
3層材について試験を行った。10㎝

の表面積を有するそのような3層材を室温の
3%食塩水中で分極させたときに0.9Aの電流が7ボルトの電圧で流れた。電圧
が著しく増大しうるように,別の実験を行った。これは3%の食塩水を30倍稀釈
したものを室温で用いて行った。」(6頁左上欄1行~8行)
⑧「本発明の電極は陰極防食に使用する以外に電気冶金,電気メッキ,次
亜塩素酸塩製造,塩素酸塩製造またはその他必要な電気化学的用途のために用いら
れる。」(7頁右欄1~4行)
(2)上記のとおり,甲11公報には,タンタル及びニオブからなる群から選択
された金属基材と一定の方法で作られたアノード活性層との間にタンタルの層又は
金属状のタンタルを50%以上含む合金の層が設けられた電極などに関する発明が
記載され,特許請求の範囲12項には,構造物を陰極防食するためのアノードとし
て使用する方法の発明が記載されているほか,同11項には,アノードとして電解
液中で使用する方法の発明が記載されているが,その発明の詳細な説明欄には,
「本発明アノードは電解槽,例えば稀塩水から飲料水を製造するための電解槽で使
用できる。」,「本発明の電極は陰極防食に使用する以外に電気冶金,電気メッ
キ,次亜塩素酸塩製造,塩素酸塩製造またはその他必要な電気化学的用途のために
用いられる。」との記載部分があるほかは,専ら,鋼又は鉄を含む構造物を陰極防
食するための陰極防食用アノードとして用いることを前提とした記載がされてい
る。そして,上記⑥によれば,引用発明の電極の損耗速度をその他のタイプのもの
と比較した試験において用いられている電流密度は430A/㎡(0.43KA/
㎡)であり,また,同試験における浴の温度は明示されていないが,引用発明の電
極が「・・・・・・地中埋設構造物を保護するために大地床中で使用できる」,「例えば
稀塩水から飲料水を製造するための電解槽で使用できる」と記載されていること
や,⑦の試験における浴は室温の稀釈食塩水であることからすると,室温であると
推認され,この操作条件は,少なくとも電流密度及び浴の温度において,本件発明
1の構成である本件過酷操作条件と著しく相違している。
 このように,甲11公報には,そこで示された電極を主として陰極防食用
アノードとして用いることが記載されており,また,電解槽用として用いることも
示されてはいるが,そこで例示されているのは,「稀塩水から飲料水を製造するた
め」というものであって,当該電極を本件発明1のような本件過酷操作条件の下で
使用し得ることについては記載も示唆もされていない。
 もっとも,上記⑧のとおり,甲11公報には,「陰極防食に使用する以外
に電気冶金,電気メッキ,次亜塩素酸塩製造,塩素酸塩製造またはその他必要な電
気化学的用途のために用いられる。」との記載がある。原告は,上記の「電気メッ
キ」は,当時の技術水準において,製鉄所の亜鉛メッキラインを当然含み,その操
作条件に本件過酷操作条件があることは当業者であれば誰でも知っているものであ
るなどと主張する。
 しかし,甲11公報の上記記載は,同公報の最後の部分にいわば付加的に
記載されているものであり,その具体的な使用態様等については全く開示されてい
ないことや,当該電極がさらされる電流密度や温度について,前記のような記載が
されていることからすると,甲11公報の上記「電気メッキ」等も,開示されてい
る陰極防食に使用し得ると同程度の操作条件下における使用を前提にしているもの
と解するのが自然であり,上記「電気冶金,電気メッキ・・・・・・のために用いられ
る」との一般的,抽象的な記載から,当該電極が本件過酷操作条件下で電気メッキ
を行うために使用し得ることまでを開示あるいは示唆していると理解することは困
難であるといわざるを得ない。このことは,電気メッキに,製鉄所の亜鉛メッキラ
インが含まれ,そのような場合の操作条件に本件過酷操作条件があることが周知で
あったとしても,何ら異なるものではない。電気メッキには,過酷な電解操作条件
下のみならず,過酷さの程度の低い電解操作条件で行われるものもあるのであるか
ら,甲11公報の記載全体に照らして,甲11公報がその他の用途として挙げてい
る電気メッキが,後者のものを意味していると理解することに何ら不自然,不合理
な点はないといえるからである。
 以上のとおり,甲11公報には,そこで示された電極を本件過酷操作条件
の下で工業的な電気メッキを行うために使用することについては開示も示唆もされ
ていないというべきである。
(3)そうすると,甲11公報の記載から,引用発明の電極(一致点に係る陽極)
を用いて,相違点(イ)に係る工業的な電気亜鉛メッキ又は電気錫メッキを,相違点
(ロ)に係る本件過酷操作条件下で行うことについて,当業者が容易に想到し得るとま
ではいえない。
 原告は,相違点(イ)に係る電気亜鉛メッキ又は電気錫メッキは公知のもので
あり,相違点(ロ)に係る本件過酷操作条件も公知であるから,本件発明1は,一致点
に係る陽極を使用して,公知の電解操作条件下で,公知の電気メッキを行うという
ものに過ぎないとか,電気メッキにおいて「メッキ速度をあげ,生産性を高めるた
めには,高電流密度でめっきを行うのが望ましい」とされており,亜鉛又は錫の電
気メッキにおいて公知である本件過酷操作条件下の電気メッキに甲11公報の電極
を適用することは,当業者にとって容易想到であると主張する。
 しかし,電気亜鉛メッキ又は電気錫メッキが公知のものであり,それらの
電気メッキにおいては本件過酷操作条件が公知であるとしても,そのことから当然
に相違点(イ)及び(ロ)に係る本件発明1の構成が容易想到であるということになるわ
けではなく,本件においては,そのような本件過酷操作条件下で電気メッキを行う
構成を,引用発明の電極を使用した電解法の下で採用することの容易想到性,すな
わち,一致点に係る陽極を本件過酷操作条件下での電気メッキに使用することの容
易想到性が問題となるものである。しかるに,甲11公報の記載からは,そのこと
が容易想到であるといえないことは,既に検討したとおりであり,したがって,原
告がいうように,電気メッキにおいて「メッキ速度をあげ,生産性を高めるために
は,高電流密度でめっきを行うのが望ましい」とされているとしても,だからとい
って,直ちに,甲11公報の電極を本件過酷操作条件下での電気メッキに適用する
ことが容易想到であることになるものでないことはいうまでもない。
 また,原告は,甲11公報で開示された電極の用途を本件発明1のように
特定することは容易に想到できるとも主張するが,既に検討したとおり,甲11公
報には,そこで示された電極を本件過酷操作条件の下で工業的な電気メッキを行う
ために使用することについては開示も示唆もされていないのであるから,原告の上
記主張は採用できない。
 なお,原告が審判において提出したその他の甲1ないし10号証,12号
証にも,引用発明の電極を本件過酷操作条件下での電気メッキに使用することの記
載あるいは示唆はなく,審決が「他の甲号証の記載を見ても,上記相違点(イ)に係る
電気亜鉛メッキまたは電気錫メッキを,上記相違点(ロ)に係る電解操作条件下で行う
ことの記載は見あたらない。」と認定したことに誤りはない。
 以上のとおりであるから,審決の相違点についての判断に誤りはなく,甲
11公報を主引用例として「本件発明1については,当業者が容易に発明をするこ
とができた発明とすることはできない。」とした審決の判断に誤りはない。
(4)本件発明1の効果について
 原告は,本件明細書には,寄せ集めの構成のもつ各効果の総和以上の予期
しない新しい効果を生じるものであるとか,あるいは寄せ集めだけでは予測できな
い別の効果を奏するものであるという顕著な効果の記載は一切なく,本件発明1に
顕著な効果はないから,進歩性が認められない旨主張する。
 しかし,原告の上記主張は,本件発明1の構成が甲11公報に基づいて容
易に想到し得るものであることを前提として,その進歩性が認められるためには予
測できない顕著な効果が認められる必要があるというものであり,本件発明1の構
成が甲11公報に基づいて容易に想到し得るものでないことは前記のとおりである
から,原告の主張は,その前提を欠き,失当というほかない。
2 本件発明5及び7についての取消事由について
 本件発明5及び7は,本件発明1又はその下位の請求項を引用して本件発明
1を限定したものであるから,本件発明1が容易に発明をすることができたもので
ない以上,本件発明5及び7についても進歩性が認められる。本件発明5及び7に
ついての取消事由は,本件発明1が容易想到であるとの主張をそのまま援用するも
のであるから,その理由のないことは既に述べたところから明らかである。
3 結論
 以上のとおりであって,原告主張の取消事由はいずれも理由がなく,その
他,審決にこれを取り消すべき誤りは認められない。
したがって,原告の本訴請求は理由がないから,これを棄却することとし,
訴訟費用の負担について,行政事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主
文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第3部
   裁判長裁判官    佐  藤  久  夫
     裁判官    沖  中  康  人
 裁判官若林辰繁は,転補のため,署名押印することができない。
   裁判長裁判官    佐  藤  久  夫

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