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         主    文
本件抗告を棄却する。
抗告費用は抗告人らの負担とする。
         理    由
 抗告人らの代理人佐村浩之,同深見敏正,同加島康宏,同高橋史典,同草野功一
,同上松豊,同桂田正孝,同河野啓,同小坂雄二,同畑中弘美,抗告人社会保険庁
長官の代理人小林宣文,同白尾香,同坂田信喜の抗告理由について
 1 本件は,相手方が抗告人国及び同社会保険庁長官を被告として提起した本案
訴訟(和歌山地方裁判所平成11年(行ウ)第3号障害基礎年金支給停止処分無効
確認等請求事件)において,抗告人らが,本案訴訟を東京地方裁判所に移送するこ
とを申し立てた事案である。
 本案訴訟は,抗告人社会保険庁長官が相手方に対し国民年金法20条1項に基づ
き平成9年9月12日付けでした障害基礎年金を同5年8月分にさかのぼって支給
停止する旨の処分(以下「本件支給停止処分」という。)及び同法21条1項に基
づき同年10月15日付けでした障害基礎年金の過誤払に係る額を老齢基礎年金の
内払とみなす旨の処分(以下「本件調整処分」という。)について,相手方が,併
給の調整に関する同法の規定は憲法に違反するなどと主張して,同抗告人に対し,
主位的に,上記各処分(以下「本件各処分」という。)の無効確認を,予備的に本
件各処分の取消しを求めるとともに,抗告人国に対し,損害賠償として,本件支給
停止処分により支給を停止された年金の額及び本件調整処分により内払とみなされ
た年金の額の支払を求めるものである。同抗告人に対する上記損害賠償請求は,行
政事件訴訟法13条1号の関連請求に該当すると解される。
 本件において,抗告人らは,同法38条1項,12条1項により,本案訴訟は抗
告人社会保険庁長官の所在地の裁判所である東京地方裁判所の管轄に属する旨主張
するのに対し,相手方は,和歌山県知事は本件各処分に関し同条3項にいう「事案
の処理に当たつた下級行政機関」に該当するから,本案訴訟は,同法38条1項,
12条3項により,同知事の所在地の裁判所である和歌山地方裁判所の管轄にも属
する旨主張する。
 原々審は,和歌山県知事は本件各処分に関し同項にいう「事案の処理に当たつた
下級行政機関」に該当するとして,抗告人らの本件申立てを却下する旨の決定をし
,原審も,同決定に対する抗告人らの抗告を棄却した。
 2 記録により認められる事実関係等の概要は,次のとおりである。
 (1) 相手方は,抗告人社会保険庁長官のした昭和35年2月22日付け裁定
に基づき,国民年金法(昭和60年法律第34号による改正前のもの)による障害
福祉年金を受ける権利を有しており,国民年金法等の一部を改正する法律(昭和6
0年法律第34号)附則25条1項により,昭和61年4月1日以降,国民年金法
30条の4第1項に該当するものとみなされて,同項の障害基礎年金の受給権者と
なったが,国民年金法(平成6年法律第95号による改正前のもの)36条の3に
より,平成5年7月までその全部の支給を停止され,同年8月からこれを支給され
ていた。
 (2) 相手方は,平成4年4月から地方公務員等共済組合法(平成6年法律第
99号による改正前のもの)附則19条に基づく特別支給の退職共済年金の支給が
開始され,平成9年3月から地方公務員等共済組合法78条に基づく退職共済年金
を支給されていた。
 (3) 相手方は,平成9年5月1日,国民年金法(平成9年法律第48号によ
る改正前のもの)3条2項,国民年金法施行令(平成11年政令第393号による
改正前のもの。以下同じ。)1条2号イに基づく社会保険庁長官の委任を受けた和
歌山県知事から,国民年金法の老齢基礎年金を平成9年3月から支給する旨の裁定
を受けた。
 (4) ところで,国民年金法の障害基礎年金と地方公務員等共済組合法の退職
共済年金(特別支給の退職共済年金を含む。以下同じ。)とを併給することはでき
ず,また,国民年金法の老齢基礎年金と障害基礎年金とを併給することもできず,
これらの併給することができない年金給付の受給権が併存する場合には,そのいず
れの年金給付についてもいったんその支給を停止するものとされ(国民年金法20
条1項,地方公務員等共済組合法(平成9年法律第48号による改正前のもの。以
下同じ。)76条1項1号),支給を停止するものとされた年金給付の受給権者は
その支給の停止の解除を申請することができ,この申請があった場合には,当該申
請に係る年金給付については,支給の停止を行わないものとされている(国民年金
法20条2項,地方公務員等共済組合法76条3項,4項)。このように,併給す
ることができない複数の年金給付の受給権が併存する(以下「併給関係にある」と
いう。)場合の調整方法として,法は,すべての年金給付についてその支給をいっ
たん停止すべきものとした上で,受給権者にその選択するところに従っていずれか
の年金給付について支給の停止の解除の申請をさせ,この解除の申請に係る年金給
付のみを支給することにより併給の調整を行うという仕組みを採っている。また,
併給関係にある複数の年金給付が重ねて支給された場合には,国民年金法21条1
項により,支給を停止すべき年金給付について支払われた年金を支給を停止しない
年金給付の内払とみなすことにより,支払の調整(以下「内払調整」という。)を
行うものとされている。
 (5) もっとも,併給の調整に関する実際の運用においては,併給関係にある
年金給付のすべてについて直ちに職権でその支給を停止することをせずに,まず,
受給権者に年金受給選択申出書を提出させて支給を受けるべき年金を選択させ,選
択された年金給付については解除の申請がされたものとして支給を停止せずにこれ
を支給し,選択されなかった年金給付について支給を停止し,支給を停止すべき年
金給付について誤って年金が支払われた場合には内払調整をするものとされている。
なお,本件各処分当時,地方自治法施行規程(平成11年政令第324号による改
正前のもの。以下同じ。)73条1項に基づき,社会保険及び国民年金に関する事
務の一部を行うために都道府県の機関として社会保険事務所が設置され,地方自治
法(平成11年法律第87号による改正前のもの)附則8条,地方自治法施行規程
69条2号により,国民年金法の施行に関する事務に従事する都道府県の職員は官
吏とされて,都道府県知事の指揮監督を受けるものとされており,裁定請求書や年
金受給選択申出書の受理,審査及び社会保険庁長官に対する進達に関する事務等は
一般に社会保険事務所において処理されていた。
 (6) 相手方は,平成9年4月4日,和歌山東社会保険事務所の担当者に対し
,国民年金法の老齢基礎年金の裁定請求書を提出したところ,同担当者から,法令
上障害基礎年金と退職共済年金の併給は不可能であるにもかかわらず両年金を支給
されていた旨を指摘され,国民年金法20条2項に基づき年金受給選択の申出をす
るよう指導を受けた。相手方は,同日,退職共済年金の内容を証する年金証書及び
年金決定通知書並びに同年金の加入期間を証する年金加入期間確認通知書の各写し
を添付の上,同担当者に対し,年金受給選択申出書(以下「本件申出書」という。)
を提出した。同担当者は,相手方の意思を確認した上,本件申出書に「支払金額の
多い方に選択します」旨記載されたゴム印を押捺して本件申出書を受理し,その記
載事項の不備等を調査し,上記の添付書類に基づきその記載内容の正確性を確認し
た。また,和歌山県知事の相手方に対する前記(3)の裁定を受けて,同事務所の
担当者は,年金業務に関するデータを管理するため同事務所と社会保険庁社会保険
業務センターとの間に構築されていたオンライン・システムに上記裁定に関するデ
ータを入力した。同知事は,同年5月9日,抗告人社会保険庁長官に対し,本件申
出書及びその添付書類を進達したが,その際,特段の処分意見を付すことはしなか
った。
 (7) 社会保険業務センターの担当者は,本件申出書及び添付書類の進達を受
けた後,本件申出書に記載された基礎年金番号や年金コードによって,相手方に係
る裁定原簿をオンライン・システムから抽出し,同原簿に基づき,相手方への障害
基礎年金の支給状況及び老齢基礎年金の裁定の事実を確認した上,本件申出書の添
付書類等によって退職共済年金の支給状況を確認した。なお,上記のとおり,本件
申出書には「支払金額の多い方に選択します」旨記載されたゴム印が押捺されてい
たところ,年金受給選択申出書における年金選択の意思表示がこのようなものであ
る場合,社会保険業務センターの担当者において,受給権者に支給し得る年金額を
計算の上,支払金額が最も多額となる年金給付を特定するとともに,当該年金給付
の選択による過払発生の有無及びその額を確認するのが,年金支給に係る一般的な
事務取扱いであった。
 (8) 抗告人社会保険庁長官は,相手方に対し,平成9年9月12日付けで本
件支給停止処分を,同年10月15日付けで本件調整処分をした。
 3 行政事件訴訟法12条が,1項において,行政庁を被告とする取消訴訟の管
轄裁判所をその行政庁の所在地の裁判所と定めるのに加え,3項において,当該処
分又は裁決(以下「処分等」という。)に関し「事案の処理に当たつた下級行政機
関」の所在地の裁判所にも取消訴訟の管轄を認めている趣旨は,当該下級行政機関
の所在地に管轄を認めても被告行政庁の訴訟追行上の対応に困ることはないと考え
られ,他方で原告の出訴及び訴訟追行上の便宜は大きく,また,当該裁判所の管轄
区域内に証拠資料や関係者も多く存在するのが通常であると考えられるから証拠調
べの便宜にも資し,審理の円滑な遂行を期待することができることにあると解され
る。このような同項の立法趣旨からすれば,【要旨1】同項にいう「事案の処理に
当たつた下級行政機関」とは,当該処分等に関し事案の処理そのものに実質的に関
与した下級行政機関をいうものと解するのが相当である。そして,当該処分等に関
し事案の処理そのものに実質的に関与したと評価することができるか否かは,上記
の立法趣旨にかんがみ,当該処分等の内容,性質に照らして,当該下級行政機関の
関与の具体的態様,程度,当該処分等に対する影響の度合い等を総合考慮して決す
べきである。このような観点からすれば,当該下級行政機関が処分庁の依頼によっ
て当該処分の成立に必要な資料の収集を補助したり事案の調査の一部を担当したり
したにすぎないような場合や,申請書及びその添付書類を受理してその形式審査を
行い,申請人に対しその不備を指摘して補正させたり添付書類を追完させたりした
上でこれを処分庁に進達したにすぎないような場合などは,当該下級行政機関は,
原則としていまだ事案の処理そのものに実質的に関与したと評価することはできな
いというべきである。しかしながら,当該下級行政機関において自ら積極的に事案
の調査を行い当該処分の成立に必要な資料を収集した上意見を付してこれを処分庁
に送付ないし報告し,これに基づいて処分庁が最終的判断を行った上で当該処分を
したような場合はもとより,当該下級行政機関において処分庁に対する意見具申を
していないときであっても,処分要件該当性が一義的に明確であるような場合など
は,当該下級行政機関の関与の具体的態様,程度等によっては,当該下級行政機関
は当該処分に関し事案の処理そのものに実質的に関与したと評価することができる
ものというべきである。
 4 そこで,以下,本件において和歌山県知事が本件各処分に関し「事案の処理
に当たつた下級行政機関」に該当するか否かを判断する。
 前記事実関係等によれば,和歌山県知事は,本件各処分それ自体に関しては,法
令上は何ら権限を有しておらず,実際にも,相手方から本件申出書及びその添付書
類の提出を受けた後は,これを受理してその形式審査を行った上でこれを処分庁で
ある抗告人社会保険庁長官に進達したというにすぎず,処分庁に対する処分意見の
具申も行っていない。しかしながら,他方で,同知事の補助機関である和歌山東社
会保険事務所の担当者は,相手方に対し,法令上障害基礎年金と退職共済年金の併
給は不可能である旨を指摘し,年金受給選択の申出をするよう促して本件申出書等
を提出させ,年金受給選択に係る相手方の意思を確認した上でこれを受理したとい
うのである。そもそも,併給関係にある年金給付のすべてについて職権によりいっ
たん支給を停止すべきものとした上で受給権者に支給を受けるべき年金給付につい
て支給の停止の解除の申請をさせ,この申請がされた年金給付についてこれを支給
するという国民年金法等の仕組みは,受給権者の選択する年金給付のみを支給する
ことによって併給の調整を行うという立法政策を実現するための手段として立法技
術上採用されたものである。そして,併給関係にある年金給付のすべてについて直
ちに職権で支給を停止することをせずに,まず,受給権者に年金受給選択申出書を
提出させて支給を受けるべき年金給付を選択させ,その後に,選択された年金給付
については支給を停止せずにこれを支給し,選択されなかった年金給付について支
給を停止し,支給を停止すべき年金給付について誤って年金が支払われた場合には
内払調整をするという前記の運用は,併給の調整に関する上記のような法の趣旨を
具体化したものということができる。このように,併給関係にある年金給付につい
ての支給の停止,その解除及び内払調整は,併給の調整を実現するための不可分一
体的な手続を構成しており,年金受給選択申出書の提出による受給権者の年金受給
選択の意思表示は,このようにして行われる併給の調整にとって不可欠の前提とな
るものであり,併給の調整をめぐる紛争において重要な意味を有するものであるか
ら,支給の停止及び内払調整の各処分の成立にとって密接な関連を持つものという
ことができる。前記のとおり,和歌山県知事は,相手方に対し,併給は不可能であ
る旨を指摘し,年金受給選択の申出をするよう促して本件申出書等を提出させ,年
金受給選択に係る相手方の意思を確認した上でこれを受理したというのであるから
,同知事は,本件申出書及びその添付書類を受理してその形式審査を行った上これ
を処分庁である抗告人社会保険庁長官に進達したにとどまらず,本件各処分の成立
にとって密接な関連を持つ年金受給選択に関する事務の処理に積極的に関与したも
のということができる。
 他方で,前記事実関係によれば,本件申出書及びその添付書類の進達を受けた抗
告人社会保険庁長官は,相手方に係る裁定原簿及び本件申出書の添付書類等によっ
て相手方への障害基礎年金の支給状況,老齢基礎年金の裁定の事実及び退職共済年
金の支給状況を確認し,本件申出書によって相手方が選択した年金給付を退職共済
年金及び老齢基礎年金であると特定し,障害基礎年金の過払の発生の事実及びその
額を確認して本件各処分に及んだというものであるが,相手方に係る上記各年金の
支給状況等の確認においては和歌山県知事から進達を受けた本件申出書及びその添
付書類にその多くを依拠しているということができ,相手方が選択した年金給付の
特定自体は機械的な単純作業にすぎないと考えられ,また,これらの事実関係の確
認及び年金給付の特定がされれば,本件各処分の要件該当性の判断自体は一義的に
明確なものということができる。
 【要旨2】以上のとおりであって,本件各処分がいずれも相手方に対する併給の
調整の手段としてされたものであること,本件申出書及びその添付書類が受理され
た後の本件各処分の成立に至るまでの上記のような事務処理の内容,態様等にかん
がみると,和歌山東社会保険事務所における年金受給選択に関する前記の事務の処
理こそが併給の調整に係る本件事案の処理の核心的部分に当たるということができ
る。したがって,和歌山県知事は,抗告人社会保険庁長官の下級行政機関として,
本件各処分に関し事案の処理そのものに実質的に関与したと評価することができる
から,行政事件訴訟法12条3項にいう「事案の処理に当たつた下級行政機関」に
該当するというべきである。原審の判断は,以上と同旨をいうものとして是認する
ことができる。論旨は採用することができない。
 よって,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 奥田昌道 裁判官 千種秀夫 裁判官 元原利文 裁判官 金谷
利廣)

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