弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     一 原判決中、主文第四項を除く部分を次のとおり変更する。
     上告人は、被上告人らに対し、金三七二万三五六二円及び内金三六一万
八三七九円に対する昭和四二年一二月二九日から、内金一〇万五一八三円に対する
昭和四三年三月三一日からそれぞれ完済まで年五分の割合による金員を支払え。
     被上告人らのその余の金銭支払請求を棄却する。
     二 訴訟の総費用はこれを一〇分し、その九を被上告人らの、その余を
上告人の負担とする。
         理    由
 一 上告代理人柳川俊一、同並木茂、同野崎彌純、同伊東敬一、同林道春、同久
保田正一、同野田正弘、同桝谷勉、同秦康夫、同藤田柾、同木下吾郎、同日比文男
の上告理由第一について
 1 原審の確定したところによると、参考となる取引事例のうち、本件輪中堤内
西端部の用排水施設敷地(約九五坪)は、約一〇坪位の水車小屋跡地のほか用排水
路・水田・輪中堤敷であつたもので、本件堤防とは距離も近く、公益的な用排水施
設の敷地という点で類似性があるというのであり、右認定判断は原判決挙示の証拠
関係に照らして首肯するに足り、右事実関係のもとにおいて、本件堤防の所有権相
当額は右用排水施設敷地(以下「基準地」という。)の取引価格を基準として算定
するのが相当であるとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決
に所論の違法はない。
 2 たしかに、土地の利用という面からみれば本件堤防は右基準地よりその形態
等において劣ると考えられるが、本件のように堤体と敷地とが一体となつて形成さ
れている堤防そのものの客観的価格を求めるに当たつては、単にその敷地利用の面
だけから評価するのは妥当でなく、その治水施設としての機能ないし有用性という
面も無視できないのであつて、これらの点を考えると、結局、右基準地の取引価格
について減額修正をすることなく、右価格をもつて本件堤防の所有権相当額(時点
修正前)とした原審の認定判断は、正当として是認することができる。原判決に所
論の違法はなく、論旨は採用することができない。
 二 同第二について
 1 原判決は、経済的価値でない特殊な価値であつても広く客観性を有するもの
は、土地収用法(昭和四二年法律第七四号による改正前のもの。)八八条(占用権
を収用する場合は同法五条三項、一三八条一項によつて準用される。)にいう「通
常受ける損失」として、補償の対象となるとの見地に立つて、本件堤防の文化財的
価値につき四八万円の補償を認めた。
 2 しかし、原審の右判断は是認することができない。その理由は次のとおりで
ある。
 (一) 右土地収用法八八条にいう「通常受ける損失」とは、客観的社会的にみて
収用に基づき被収用者が当然に受けるであろうと考えられる経済的・財産的な損失
をいうと解するのが相当であつて、経済的価値でない特殊な価値についてまで補償
の対象とする趣旨ではないというべきである。もとより、由緒ある書画、刀剣、工
芸品等のように、その美術性・歴史性などのいわゆる文化財的価値なるものが、当
該物件の取引価格に反映し、その市場価格を形成する一要素となる場合があること
は否定できず、この場合には、かかる文化財的価値を反映した市場価格がその物件
の補償されるべき相当な価格となることはいうまでもないが、これに対し、例えば、
貝塚、古戦場、関跡などにみられるような、主としてそれによつて国の歴史を理解
し往時の生活・文化等を知り得るという意味での歴史的・学術的な価値は、特段の
事情のない限り、当該土地の不動産としての経済的・財産的価値を何ら高めるもの
ではなく、その市場価格の形成に影響を与えることはないというべきであつて、こ
のような意味での文化財的価値なるものは、それ自体経済的評価になじまないもの
として、右土地収用法上損失補償の対象とはなり得ないと解するのが相当である。
 (二) 原審の認定によれば、本件輪中堤は江戸時代初期から水害より村落共同体
を守つてきた輪中堤の典型の一つとして歴史的、社会的、学術的価値を内包してい
るが、それ以上に本件堤防の不動産としての市場価格を形成する要素となり得るよ
うな価値を有するというわけでないことは明らかであるから、前示のとおり、かか
る価値は本件補償の対象となり得ないというべきである。
 3 そうすると、右と異なる見地に立つて本件堤防の文化財的価値につき四八万
円の補償を認めた原判決には、法令の解釈適用を誤つた違法があり、右違法が判決
の結論に影響を及ぼすことは明らかである。この点を指摘する論旨は理由があり、
原判決中、右補償を肯認した部分にかかる請求はこれを棄却すべきである。
 三 以上の次第であるから、原判決中主文第四項を除く部分を主文のとおり変更
することとする。
 よつて、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇八条、三九六条、三八六条、三八四条、
九六条、八九条、九二条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり
判決する。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    大   内   恒   夫
            裁判官    角   田   禮 次 郎
            裁判官    高   島   益   郎
            裁判官    佐   藤   哲   郎
            裁判官    四 ツ 谷       巖

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