弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     本件を東京高等裁判所に差し戻す。
         理    由
 上告代理人青柳孝、同青柳洋、同青柳孝夫の上告理由について。
 原判決が「調停の内容を解釈するに当つては調停条項を記載した文言の解釈に重
きを置かねばならぬことは勿論であるが、それと共に調停成立前における当事者の
権利関係、調停成立の動機、目的を参酌して当事者の効果意思を客観的に探求した
上、その調停の本旨を究めなければならない。」と説示している点は、妥当な見解
といわねばならない。ところで、原判決は「被控訴人は昭和二十年以前から本件宅
地に家屋を所有して控訴人ほか数名の者に賃貸していたが、空襲のため家屋は全部
焼失した。ところが昭和二十年秋頃から、当時山梨県下a町に疎開していた被控訴
人の不知の間に、控訴人だけが、本件宅地に復帰して従前控訴人の住んでいた家屋
のあつた本件宅地の一部の上にバラツクを建てて居住し、やがてそこで自動車修理
業を始め、自動車置場として本件宅地の右以外の部分をも使用するに至つたので、
これを知つた被控訴人は控訴人と折衝の結果、本件宅地の一部に限つて使用を許し
たが、その後控訴人は自動車修理業の拡張に伴い、右の範囲を越えた場所に本建築
をするような形勢を示し云々」と判示して、調停成立前における当事者の権利関係
を認定しているのであるが、右にいわゆる「本件宅地の一部に限つて使用を許した
が」とは、如何なる内容の権利関係を意味するかを十分に把握できない。
 原判決の引用する第一審判決の事実摘示によると、原告(被上告人)訴訟代理人
は「原告は別紙目録記載の宅地一九六坪五合八勺を被告に対し昭和二元年四月から、
建物所有の目的で期間の定めなく賃料一ヶ月二五〇円、賃料据置期間二ヶ年の約束
で賃貸した」と陳述し、被告(上告人)訴訟代理人はその事実を認めているのであ
るから、この点は当事者間争のないところである。しかるに、原判決は「証人Dの
原審並に当審証言及び控訴人本人の原審並に当審における供述中本件宅地全部につ
き調停前賃貸借が成立していたとの証言並に供述は当裁判所の措信しないところで
ある。」として、当事者間に争のない右事実を無視している。なお、成立に争のな
い乙第四、第五号証の形式内容等を考慮しても、当事者間に右宅地全部について賃
貸借(但しその条件は該書証だけで明確でないが)の成立していたように認められ
る。
 かりに、本件土地をふくむ本件宅地全部について、借地法の適用のある土地賃貸
借契約が従前成立していたものとすると、原判決のいわゆる「調停成立前における
当事者の権利関係の探求」が原判決の認定と異る結果になり、それは延いて本件調
停の本旨を究める上に影響をおよぼさないとはいえない。
 以上のとおり、本件調停の本旨を解明するために、原審が斟酌した調停成立前に
おける当事者の権利関係については、審理不尽もしくは理由不備の違法があると認
められるので、更に審理判断をつくすため、原判決を破棄して本件を原審に差し戻
すべきものとする。
 よつて、民訴四〇七条一項により、裁判官下飯坂潤夫の補足意見あるほか全員一
致の意見で、主文のとおり判決する。
 裁判官下飯坂潤夫の補足意見は次のとおりである。
 被上告人は本件宅地一九六、五八坪を所有しその上に家屋を所有し上告人外二、
三名の者に賃貸していたが、空襲の為右家屋が全焼するに及び、昭和二〇年秋頃か
ら上告人のみ右土地に復帰しバラツクを建てて居住し、次いで、同所に自動車修理
業を開始し、右宅地全部を使用していた一方被上告人は右土地に自己の住宅を建築
する必要上上告人に対し立退きを求めていたが、その応ずるところとならなかつた
ので、上告人を相手方として甲府簡易裁判所に調停を申立てた、ところで被上告人
は右調停の期日に被上告人の使用している本件宅地全部の明渡を強硬に要求したと
ころ、上告人は戦災前本件土地の上にあつた家屋に居住していたことを理由に被上
告人の要求に応ぜず、両者の妥協は困難であつたが、結局調停委員会は上告人に対
し本件宅地の内上告人建築のバラツクの敷地のみにつき賃貸期間を一応一〇年とし
て賃貸すべき旨被上告人に勧説し一方上告人に対しては右一〇年の期間中に被上告
人に対し誠意を以て交渉すれば相手方の同意を得られるであろうから一〇年経過後
必ずしも直ちに明渡すようなことにはならないだろうという趣旨を強調して説得し、
ここに両者の間にその間十分話合をして一〇年経つたら円満に話をつけて明渡すべ
きである旨の内容の調停が成立した事実は原判決が趣旨として認定しているところ
である。上叙によつて考うるに、もし右調停の内容が一〇年を絶対の期限として上
告人に明渡の義務を設定したものとすればいわゆる一時使用を内容とする賃貸借契
約であろうが右調停の内容を検討するに一応期間を一〇年とするというのであり賃
貸借期間の点は必ずしも明定されたものとは認められず、しかも法律の知識に明る
いであろう調停委員会が漫然一〇年という長期間の賃貸借の成立を当事者に慫慂し
ていわゆる一時使用の賃貸借の成立を妥結せしめたるものとは輙く考え得られない。
のみならず被上告人は上告人が使用していたという二〇〇坪近い土地の内借地契約
の目的物となつた以外の土地は被上告人に返還させることとし特に本件土地だけを
上告人に賃貸使用させることにしたというのであるから、原判示以外に特に納得さ
せるような事情の附け加えられない限りは右両者の間には賃貸借期間の点について
は明確な取極めがなく漠然と建物所有の為めの賃貸借契約が締結されたものと認め
るを相当とする。なお附言するが、このような借地契約をすることは坊間法律知識
の乏しい地主借地人が往々なす所でありこの場合契約に見られる借地期間一〇年と
いう条項は借地人に不利な条項として効力を生ぜず両者の間には建物所有を目的と
する普通の賃貸借契約が成立したものと認むべきであることは多弁を要しないとこ
ろであろう。
 果して然らば原判決には審理不尽理由不備の欠点あるを免れないものであり本論
旨は結局理由あるに帰し原判決はこの点において破棄然るべきものと言わなければ
ならない。
     最高裁判所第一小法廷
         裁判長裁判官    斎   藤   朔   郎
            裁判官    入   江   俊   郎
            裁判官    下 飯 坂   潤   夫
            裁判官    長   部   謹   吾

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