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平成23年5月12日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成22年(行ケ)第10291号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成23年4月28日
判決
原告スパンションエルエルシー
訴訟代理人弁理士深見久郎
森田俊雄
仲村義平
竹内耕三
堀井豊
酒井將行
荒川伸夫
佐々木眞人
大西範行
被告特許庁長官
指定代理人西脇博志
北島健次
廣瀬文雄
田村正明
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日
と定める。
事実及び理由
第1原告の求めた判決
特許庁が不服2007−15618号事件について平成22年4月26日にした
審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許出願に対する拒絶査定に係る不服の審判請求について,特許庁がし
た請求不成立の審決の取消訴訟である。争点は,手続違背の有無及び容易推考性の
存否である。
1特許庁における手続の経緯
原告は,平成14年9月13日にされた特許出願(特願2002−268643
号,発明の名称「不揮発性メモリ回路および不揮発性半導体記憶装置」)について,
出願人である富士通株式会社から「スパンションインク」へ,同社から原告への
各出願人名義変更届を経て,特許を受ける権利を承継したが,平成18年10月2
0日付けで拒絶理由通知(甲10)を受け,平成18年12月12日付けで手続補
正(甲7)をしたところ,平成19年3月15日付けで拒絶査定(甲8)を受けた
ので,平成19年6月4日,拒絶査定に対する不服審判請求をするとともに,同日
付けの手続補正(甲6)をした。
特許庁は,上記審判請求を不服2007−15618号事件として審理し,平成
22年4月26日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その理
由中で上記補正を却下した。そして,審決謄本は平成22年5月13日,原告に送
達された。
2本願発明の要旨
平成18年12月12日付け補正による請求項の数は10であるが,そのうち【請
求項1】は,次のとおりである(本願発明。下線部分は上記補正による補正箇所で
ある。)。なお,原告は,本件訴訟において,本件不服審判請求とともにした補正
の却下の適否については争っていない。
【請求項1】
第1の端子,第2の端子および制御端子を有し,メモリセルアレイとは別に設け
られた複数の不揮発性メモリセルと,
該複数の不揮発性メモリセルの第1の端子に対して所定レベルの電圧を印加する
レベルシフト回路と,
前記複数の不揮発性メモリセルの第2の端子にそれぞれ設けられた複数のスイッ
チ用トランジスタとを備えることを特徴とする不揮発性メモリ回路。
3審決の理由の要点
審決の理由の要点は,本件不服審判請求とともにした補正は新規事項の追加に当
たるものとして却下すべきであり,そうすると,本願発明の要旨については,上記
2のとおり認められるが,本願発明は,周知技術を勘案することにより,特開平3
−155667号公報(引用例1,甲1)に記載された引用発明に基づいて,当業
者が容易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定によ
り特許を受けることができないというものである。
本願発明と引用発明との一致点,相違点1及び2は次のとおりである。
【一致点】
第1の端子,第2の端子及び制御端子を有し,複数の不揮発性メモリセルと,
該複数の不揮発性メモリセルの第1の端子に対して所定レベルの電圧を印加する
レベルシフト回路と,
前記複数の不揮発性メモリセルの第2の端子に設けられた複数のスイッチ用トラ
ンジスタとを備えることを特徴とする不揮発性メモリ回路。
【相違点1】
本願発明では,「メモリセルアレイとは別に設けられた複数の不揮発性メモリセ
ル」であるのに対して,引用発明の「メモリアレイトランジスタ405−1−1な
いし405−N−m」はメモリセルアレイに設けられたものである点。
【相違点2】
本願発明では,「前記複数の不揮発性メモリセルの第2の端子」に「複数のスイ
ッチ用トランジスタ」が「それぞれ設けられ」ているのに対して,引用発明は,複
数の列のメモリアレイトランジスタ毎に「列セレクトトランジスタ104−1ない
し104−m」がそれぞれ設けられている点。
相違点1について,不良アドレスを記憶する回路に不揮発性半導体メモリセルを
用いることは,特開2001−184892号公報(周知例1,甲2)及び特開平
5−258595号公報(周知例2,甲3)に記載されるように周知の技術事項で
ある。ここで,不良アドレスを記憶する回路は,アドレスによって選択されるメモ
リセルアレイとは別に設けられる回路であるから,引用発明に記載された不揮発性
メモリセルの構成を,周知の不良アドレスを記憶する不揮発性メモリセルに適用し
て,本願発明のごとく,「メモリセルアレイとは別に設けられた複数の不揮発性メ
モリセル」とすることは,当業者が容易に想到し得た事項である。
相違点2について,一般に,メモリアレイの行及び列の数は必要とされる記憶容
量に応じて適宜選択し得る設計事項であるから,不良アドレスを記憶する不揮発性
メモリ回路のような比較的小さい容量のメモリ回路に引用発明を適用するに当た
り,メモリアレイの行の数を減らし,メモリアレイトランジスタ405−1−1∼
405−1−mの1行のみを備える構成とすることは当業者が容易に想到し得た事
項である。そして,引用発明において,メモリアレイトランジスタ405−1−1
∼405−1−mの1行のみを備える構成とは,m個のメモリアレイトランジスタ
405−1−1∼405−1−mに対して,m個の列セレクトトランジスタ104
−1∼104−mがそれぞれ設けられる構成にほかならない。よって,引用発明に
おいて,本願発明のごとく,「前記複数の不揮発性メモリセルの第2の端子にそれ
ぞれ設けられた複数のスイッチ用トランジスタ」とすることは,メモリアレイトラ
ンジスタ405−1−1∼405−1−mの1行のみを備える構成とすることと同
様に,当業者が容易に想到し得た事項である。
第3原告主張の審決取消事由
1取消事由1(手続違背)
審決は,特開平5−258595号公報(甲3)を周知例2として記載している。
しかしながら,甲3は,その【図1】及び【図2】を一見しても,審決が主引用例
とした引用例1(甲1)よりも多く本願発明の構成を備えた発明が記載されており,
本来,主引用例とされるべきものであった。したがって,原告に対して,甲3を主
引用例とする拒絶理由が通知され,これを十分に考慮した上での補正及び反論の機
会が与えられるべきであるのに,甲3は,審査段階における拒絶理由通知(甲10)
には記載されず,拒絶査定(甲8)においても,主引用例でも副引用例でもなく単
なる周知例として文献番号のみが記載され,審決もこれを周知例2として記載して,
拒絶査定を維持した。このように,審決は,審査段階における拒絶理由通知の懈怠
を見落とし,原告に対して甲3を引用例とする拒絶理由通知を行わなかったもので
あり,特許法159条2項が準用する同法50条に反する。
2取消事由2(相違点1に関する判断の誤り)
審決は,「引用発明に記載された不揮発性メモリセルの構成を,周知の不良アド
レスを記憶する不揮発性メモリセルに適用して,本願発明のごとく「メモリセルア
レイとは別に設けられた複数の不揮発性メモリセル」とすることは,当業者が容易
に想到し得た事項である。」(11頁6行∼10行)と判断するが,次のとおり誤
りである。
(1)原告は,平成18年12月12日付けの手続補正(甲7)により,請求項
1に「メモリセルアレイとは別に設けられた複数の不揮発性メモリセル」という限
定を含めたのであり,「メモリセルアレイとは別に設けられた複数の不揮発性メモ
リセル」という構成は,あくまでも一体不可分として扱われるべきである。しかる
に,審決は,引用例1に記載のメモリセルアレイに設けられた不揮発性メモリセル
を有する発明を引用発明に選択し続けており,引用文献が不適切である。
(2)引用例1に記載された不揮発性メモリセルは,メモリセルアレイ内の他の
行列状に配列されたメモリセルトランジスタ(メモリアレイトランジスタ)405
−N−m等と集合的に配置され一体不可分のものであり,本願発明の構成を知った
上でそのうち1部分を都合よく抜き出すことは許されない。また,引用例1には,
メモリセルトランジスタの1部分を抜き出すような示唆も無い。
メモリセルアレイ内のトランジスタをわざわざメモリセルアレイとは別に配置す
ることは,引用例1(甲1)と周知例1(甲2)からは,当業者にとって容易であ
るとはいえない。また,そのようなことが,出願時の技術常識であるともいえない。
なお,周知例2(甲3)については,上記1で主張したとおり,これを主引用例
とする拒絶理由が原告に通知されておらず,補正,反論の機会が与えられていない
ので,審決取消訴訟における進歩性の判断において考慮されるべきではない。
3取消事由3(相違点2に関する判断の誤り)
審決は,「メモリアレイの行を減らし,メモリアレイトランジスタ405−1−
1∼405−1−mの1行のみを備える構成とすることは当業者が容易に想到し得
た事項である。」(12頁16行∼18行)と判断している。
しかしながら,メモリセルアレイの行及び列の数は,複数であるのが当業者の技
術常識である。これは,引用例1に,第1図の説明として「複数個の行ライン10
1−1ないし101−N及び複数個の列ラインすなわち「ビットライン」102−
1乃至102−mを有している」(5頁右上欄8行∼11行)と記載されているこ
とからも明らかである。したがって,メモリセルトランジスタ(メモリアレイトラ
ンジスタ)を単数の行に変形することは,当業者の技術常識から逸脱するような変
形であり,必要に応じて適宜選択し得る設計事項とはいえない。また,引用例1の
第4図にも,少なくとも3行×3列の構成が開示されているところ,この行列状に
配置された複数の不揮発性メモリセルは,個別に切り離せるものではなく一体不可
分として扱われるべきものである。したがって,メモリセルアレイのうちから1行
のみを抽出すること,すなわち,列セレクトトランジスタ104−1∼104−m
に対応するm列のメモリセルトランジスタの各列から1つずつのメモリセルトラン
ジスタを抽出することは容易であるとはいえない。
当業者の技術常識に鑑みても,行を1行のみとすることは,行選択に関連する周
辺回路が不要となり回路が大幅に変更となる。このような回路はもはやメモリセル
アレイとはいえず,当業者が引用例1から容易に想到するものとはいえない。
審決は,引用例1に記載された行列状に配列されるメモリセルトランジスタを1
行のみとしてメモリセルアレイ外に配置することについての想到容易性の検討を看
過して判断を行なったものであり,誤っている。
第4被告の反論
1取消事由1に対し
平成18年10月20日付けの拒絶理由通知に対応して,平成18年12月12
日付けの手続補正により,「複数の不揮発性メモリセル」を「メモリセルアレイと
は別に設けられた複数の不揮発性メモリセル」とする補正(下線部分は補正箇所)
がされ,「複数の不揮発性メモリ」に対して「メモリセルアレイとは別に設けられ
た」ものであるという構成が付加されたことから,拒絶査定及び審決で,甲3を,
専ら補正により加えられた,不揮発性メモリが「メモリセルアレイとは別に設けら
れた」ものであるという構成が周知技術であることを示すために用いているのであ
る。このように,拒絶査定及び審決は,本件出願日前における当業者の技術水準を
示すために甲3を例示しているにすぎないものであるから,甲3が主引用例とされ
るべきという,原告の主張は誤りである。また,拒絶査定及び審決が,甲3を実質
的に主引用例や副引用例,すなわち,新たな先行技術文献として扱っていないこと
は明らかであって,新たな拒絶理由通知をせずに審決をしたことに誤りはない。
2取消事由2に対し
(1)本願発明の「メモリセルアレイとは別に設けられた複数の不揮発性メモリ
セル」とは,単に「複数の不揮発性メモリセル」が「メモリセルアレイとは別に設
けられ」ていることを述べているにすぎないものであるから,「メモリセルアレイ
とは別に設けられた複数の不揮発性メモリセル」という構成を一体不可分として扱
わなければならないという原告の主張は,合理的根拠を欠くものである。
そもそも,「メモリセルアレイとは別に設けられた」という構成は,平成18年
12月12日付けの手続補正によって加えられたものであって,原告自らも,出願
時には,「メモリセルアレイとは別に設けられた複数の不揮発性メモリセル」とい
う用語を一体不可分なものとして扱ってはいない。
さらに,上記手続補正と同日付けで提出された意見書(甲12)の記載からする
と,「不揮発性メモリセル」が「メモリセルとは別に設けられた」ものであること
は,本件出願の【図4】に記載された簡単なブロック図を根拠とする程度のもので
あり,また,この意見書における他の部分や審判請求書を参照しても,「メモリセ
ルアレイとは別に設けられた複数の不揮発性メモリセル」という構成を一体不可分
の構成であると扱わなければならないことを窺わせる記載は一切ない。
したがって,「メモリセルアレイとは別に設けられた複数の不揮発性メモリセル」
が一体不可分であるという原告の主張は失当であり,メモリセルアレイに設けられ
た不揮発性メモリセルを有する発明を引用発明とした審決に誤りはない。
(2)相違点1について審決で判断しているのは,引用発明の不揮発性メモリセ
ルの構成を,周知の不良アドレスを記憶する不揮発性メモリ回路のメモリセルとい
う用途に用いることの容易想到性についてであり,メモリセルアレイの一部分を抜
き出すこととは,そもそも無関係であるから,原告の主張は審決を正解しないもの
である。
不良アドレスを記憶する回路に不揮発性半導体メモリセルを用いることは,審決
で示した周知例1(甲2)及び周知例2(甲3)のほかにも,特開平7−2542
98号公報(乙1),特開2001−14883号公報(乙2),特開2000−
315395号公報(乙3)に記載されるように,当業者が普通に行ってきた事項
であるから,当業者であれば,引用発明の不揮発性メモリセルの構成を,周知の不
良アドレスを記憶する不揮発性メモリ回路のメモリセルに用いることを直ちに察知
し得た。
そして,「不良アドレスを記憶する回路」は,「アドレスによって選択されるメ
モリセルアレイ」とは別に設けられる回路であるから,引用発明の不揮発性メモリ
セルの構成を,周知の不良アドレスを記憶する回路の不揮発性メモリセルとして用
いた場合には,「メモリセルアレイ内のトランジスタをメモリセルアレイとは別に
配置する」ことになることは当業者にとって自明なことであり,「メモリセルアレ
イ内のトランジスタをメモリセルアレイとは別に配置する」ことに特段の困難性が
ないことは明らかである。
なお,上記1で主張したとおり,拒絶査定及び審決は,甲3を周知技術が記載さ
れた文献として用いているのであり,これを進歩性判断において考慮することに誤
りはない。
3取消事由3に対し
岩波情報科学辞典(乙4)には,「メモリーアレイ」の項目に,「メモリーセル
アレイまたは記憶アレイ,記憶セルアレイともよぶ。メモリーセルを行方向,列方
向または行列方向に規則的に配列したメモリー。」と記載されており,メモリセル
アレイには,メモリセルを行列方向に配列したもの,すなわち,行及び列の数が複
数であるものに加えて,行方向に配列したもの,すなわち,1行に配列されたメモ
リが含まれることが明記されている。
また,1行に配列されたメモリセルからなるメモリ回路は,周知例1(甲2)及
び特開2000−315395号公報(乙3)に記載されるように周知であり,1
行に配列されたメモリセルからなるメモリ回路は,当業者の技術常識である。
また,引用例1には,第4図に記載された回路が少なくとも3行×3列でなけれ
ばならない(3行×3列未満では動作しない)などということは記載されていない
から,1行にすることも可能である。
審決は,相違点2について,引用発明の不揮発性メモリ回路を1行のみのものに
変形することが容易想到と判断しているのであり,引用発明の不揮発性メモリ回路
から1行のみを切り離して抽出することについての判断はしておらず,切り離して
抽出することが容易であるか否かは審決と無関係な事項である。
原告は,行を1行にした場合における周辺回路の変更の困難性についてことさら
主張するが,一般に,メモリの行数及び列数は,当該メモリの用途に応じて異なる
ため,メモリの行数及び列数を適宜選択し,周辺回路をそれに応じたものとするこ
とは,当業者がメモリの設計段階において通常行っていることである。
第5当裁判所の判断
1本願発明について
平成18年12月12日付け補正による本願明細書及び図面(甲4,5,7)に
よれば,本願発明について次のとおり認められる。
本願発明は,不揮発性メモリ回路及び不揮発性半導体記憶装置,特に,不揮発性
半導体記憶装置の冗長アドレス記憶回路として使用する不揮発性メモリ回路に関す
るものである(段落【0001】)。フラッシュメモリ等の不揮発性半導体記憶装
置においては,不揮発性メモリ回路が使用されているが,従来技術の不揮発性メモ
リ回路では,各メモリセルに対してレベルシフト回路等を設ける必要があったため,
不揮発性半導体記憶装置の記憶容量の増大に伴って,不揮発性メモリ回路の占有面
積が増大するという課題を有していた(段落【0002】,【0013】∼【00
15】)。そこで,本願発明では,複数のメモリセルに対してレベルシフト回路を
設けることで(段落【0018】),不揮発性メモリ回路の占有面積が低減される
という効果を奏するものであり(段落【0017】),そのような不揮発性メモリ
回路がメモリセルアレイとは別に設けられる(【請求項1】)という構成を含むも
のである。
2引用発明について
引用例1(甲1)によれば,引用発明は,フラッシュ消去EEPROMメモリ等
のメモリ装置に関するものであって(4頁右下欄10行∼12行),メモリ装置中
のメモリセルアレイに,複数の行ライン(1∼N)と複数の列ライン(1∼m)に
沿ってメモリセルトランジスタ(405−1−1∼405−N−m)が配置される
とともに,行ラインを選択して書込み電圧VPPをメモリセルトランジスタのソー
スに印可するトランジスタ443と,列ラインごとにメモリセルトランジスタのド
レインに接続される列セレクトトランジスタ(104−1∼104−m)が備えら
れた構成を有する(8頁右上欄2行∼7行,9頁左下欄6∼17行)ものと認めら
れる。
3取消事由1(手続違背の有無)について
原告は,引用例1よりも特開平5−258595号公報(甲3)記載の発明の方
が本願発明の構成を多く備えているから,甲3が主引用例とされるべきであり,そ
の甲3を引用例とする拒絶理由通知がされなかったことは違法である旨主張する。
しかしながら,原告の主張は,甲3記載の発明が本願発明のいかなる構成を備え
ているかに関する具体的な主張を欠いている。また,進歩性を否定する根拠となる
発明が記載された公知文献は,一つに限定されるものではなく,複数存在し得るの
であって,他に公知文献として引用するのにふさわしい文献が存在するかどうかは,
審決が引用した公知文献に基づく進歩性の判断やその手続の適法性に影響を及ぼす
ものではない。したがって,仮に,審決の引用例1以外に公知文献として引用する
のにふさわしい文献が存在するとしても,当該文献を引用例とする拒絶理由を通知
する必要はない。
原告の主張は,審決が甲3に開示された技術的事項に多く影響を受けたとの趣旨
のものかもしれないが,審決が引用例1を主たる公知文献として取り上げた以上,
訴訟では,これに基づく本願発明の進歩性判断の誤りについて審理判断されれば足
りるものであるから,原告の主張は理由がない。
さらに,審決は,「不良アドレスを記憶する回路に不揮発性半導体メモリセルを
用いること」が周知の技術事項であることを例示する文献として,周知例1ととも
に甲3を掲げているところ,「不良アドレスを記憶する回路に不揮発性半導体メモ
リセルを用いること」は,上記の2文献以外にも,特開平7−254298号公報
(乙1),特開2001−14883号公報(乙2),特開2000−31539
5号公報(乙3)に記載されるように,本件出願当時,周知技術であったと認めら
れる。審決では,甲3は,周知技術が記載された文献として例示されたにすぎない
ものであって,引用例として用いられたものとは認められないから,甲3を引用例
とする拒絶理由通知がされなかったことに違法はない。
以上のとおり,取消事由1は理由がない。
4取消事由2(相違点1に関する判断の当否)について
(1)原告は,「メモリセルアレイとは別に設けられた複数の不揮発性メモリセ
ル」という請求項1の構成は一体不可分として扱われるべきであり,審決が,メモ
リセルアレイに設けられた不揮発性メモリセルを有する発明を引用発明とすること
は不適切であるなどと主張する。
しかしながら,本願発明の「メモリセルアレイとは別に設けられた」との構成は,
平成18年12月12日付けの補正により加えられたものであるし,本願明細書及
び図面,上記補正と同時に提出された意見書(甲12)にも,「メモリセルアレイ
とは別に設けられた複数の不揮発性メモリセル」が一体不可分の構成であることを
窺わせる記載は認められない。また,技術的観点からみても,「メモリセルアレイ
とは別に設けられた」との構成を付加することによって,「複数の不揮発性メモリ
セル」の配置場所又は用途を限定したものと解されるのであって,この構成の有無
によって「複数の不揮発性メモリセル」自体の構成が変更される関係にはないから,
「メモリセルアレイとは別に設けられた複数の不揮発性メモリセル」という構成を
一体不可分のものとして判断すべき理由はない。
したがって,原告の上記主張は採用することができない。
(2)ア原告は,引用例1に記載された不揮発性メモリセルは,メモリセルアレ
イ内の他の行列状に配列されたメモリセルトランジスタ405−N−m等と集合的
に配置され一体不可分のものであり,本願発明の構成を知った上でそのうち1部分
を都合よく抜き出すことは許されないと主張する。
しかしながら,審決が相違点1について判断しているのは,引用発明の不揮発性
メモリセルの構成を,周知の不良アドレスを記憶する不揮発性メモリ回路のメモリ
セルという用途に用いることの容易想到性についてであり,メモリセルアレイから
メモリセルトランジスタの一部分を抜き出すことの容易想到性を論じているもので
はないから,原告の主張は失当である。
イ原告は,メモリセルアレイ内のトランジスタをわざわざメモリセルアレ
イとは別に配置することは,引用例1(甲1)と周知例1(甲2)からでは,当業
者にとって容易であるとはいえず,また,そのようなことは,出願時の技術常識で
あるともいえないと主張する。
しかしながら,引用例1には「ソース,ドレインおよび制御ゲートを有するメモ
リアレイトランジスタ(メモリセルトランジスタ)405−1−1乃至405−N
−m」を備える「フラッシュ消去EEPROMメモリ」が記載されており,引用例
1の「電気的に消去可能な書込可能リードオンリーメモリ(EEPROM)は従来
公知である。EEPROMは,その他のメモリ装置と同様に,複数個のメモリセル
を有しており,その各メモリセルは単一の二進デジット(ビット)を格納すること
が可能である。各セル内に格納される二進値は,該セルを形成するMOSトランジ
スタのフローティングゲート上に適宜の電荷をのせることによって論理0か論理1
へプログラム即ち書込みされる。」(4頁右下欄14行∼5頁左上欄2行)等の記
載を参照すれば,このメモリセルトランジスタが,それぞれプログラム可能で,各
々が単一の二進デジット(ビット)を格納することが可能な「不揮発性メモリセル」
として機能するものであることは,当業者であれば直ちに認識し得ることである。
そして,「不良アドレスを記憶する回路に不揮発性半導体メモリセルを用いること」
が周知技術であることは,上記3で説示したとおりであり,この「不良アドレスを
記憶する回路」が,アドレス指定により選択されて読取りや書込みが行われる通常
のメモリセルアレイとは別に設けられた回路であることは自明であるから,引用発
明の不揮発性メモリセルの構成を,周知の不良アドレスを記憶する回路のメモリセ
ルとして用いて,相違点1に係る本願発明の構成とすることは,当業者にとって容
易に想到し得るものと認められる。
したがって,相違点1に関する審決の判断に誤りはない。
以上のとおり,取消事由2も理由がない。
5取消事由3(相違点2に関する判断の当否)について
原告は,メモリセルアレイの行及び列の数は複数であるのが当業者の技術常識で
あることなどから,メモリセルアレイの行を減らして1行とすることは当業者にと
って容易であるとはいえず,相違点2に関する審決の判断は誤りである旨主張する。
しかしながら,審決は,引用発明の不揮発性メモリセルの構成について,その用
途を変更し,周知の不良アドレスを記憶する不揮発性メモリ回路のメモリセルとし
て用いることが容易であるという相違点1に関する判断を前提として,相違点2に
ついて,「不良アドレスを記憶する不揮発性メモリ回路のような比較的小さい容量
のメモリ回路に引用発明を適用するに当たり,…行の数を減らし,…1行のみを備
える構成とすることは当業者が容易に想到し得た」と判断した,すなわち,用途が
変更された場合における行を減らすことの容易性について判断したものであり,メ
モリセルアレイとしての用途のままで行を減らすことの容易性を判断したものでは
ない。したがって,原告の上記主張は理由がない。
そして,引用発明の不揮発性メモリセルの構成を,不良アドレスを記憶する不揮
発性メモリ回路のメモリセルとして用いる場合は,通常のメモリセルアレイ(アド
レスで選択して記憶情報を読み出す周知のメモリセルアレイ)として用いるもので
はないから,不良アドレスを記憶する不揮発性メモリ回路のメモリセルとして用い
るための適宜の改変は当然に行われるものであり,メモリセルの配置等が,通常の
メモリセルアレイで採用される場合と必ずしも等しくなるものではない。また,周
知例1(甲2)において,【図1】とともに,「〔第1の実施の形態〕図1に,こ
の発明の不揮発性半導体メモリ装置の第1の実施の形態を示す。この第1実施形態
のメモリ装置は,不良アドレスラッチ回路ALC0,ALC1,ALC2とメモリセ
ルM0,M1,M2を備える。このメモリセルM0,M1,M2は,制御ゲートがワー
ド線WLに接続されており,ソースがソース線SLに接続されている。…」(段落【0
050】)と記載され,不良アドレスを記憶するための,1行に配列されたメモリセ
ルM0,M1,M2からなる不揮発性半導体メモリ装置が開示されているように,不
良アドレスを記憶する不揮発性メモリ回路として,メモリセルを一行に配列するこ
とは格別なことではない。したがって,一般に記憶容量の大容量化が求められる通
常のメモリセルアレイの行及び列の数は複数であるのが当業者の技術常識であると
しても,不良アドレスを記憶する不揮発性メモリ回路のメモリセルを配置する際に
行の数を減らして1行とすることは,当業者にとって容易になし得ることといえる。
このようにして,引用発明の不揮発性メモリセルである不揮発性トランジスタが
1行に配列された構成(不揮発性トランジスタ405−1−1∼405−1−mの
1行のみを備える構成)を採用した場合,必然的に,m個の不揮発性メモリセル4
05−1−1∼405−1−mに対して,m個の列セレクトトランジスタ104−
1∼104−mがそれぞれ設けられることになる。したがって,相違点2に係る本
願発明の構成とすることは,当業者が容易に想到し得た事項であるとする審決の判
断に誤りはない。
以上のとおり,取消事由3も理由がない。
第6結論
以上のとおりであるから,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
塩月秀平
裁判官
清水節
裁判官
古谷健二郎

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