弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成25年6月13日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成23年(ワ)第11694号特許権譲渡代金請求事件
口頭弁論終結日平成25年3月28日
判決
原告P1
同訴訟代理人弁護士廣谷行敏
被告日本スピンドル製造株式会社
同訴訟代理人弁護士岡田春夫
同瓜生嘉子
同内田誠
主文
1原告の請求を棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
被告は,原告に対し,金3500万円及びこれに対する平成23年10月1
日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1前提となる事実
以下の事実は,当事者間に争いがないか,掲記の各証拠及び弁論の全趣旨に
より容易に認められる。
(1)当事者
被告は,産業機械やそのシステムの開発・製造等を行う株式会社である。
原告は,被告の従業員として生産技術業務に従事していたが,平成12年
6月,被告在籍のまま被告の子会社である栄運輸の社長に就任し,同年10
月に被告を退職して,栄運輸の社長に専従した。
(2)原告方式の発明
平成14,15年頃,丸一鋼管株式会社(以下「丸一鋼管」という。)か
ら被告に対し,パイプを加工してテーパーポールを製造する設備(以下「本
件加工機」という。)の引合いがあり,その中で,パイプ素材を自動的に把
持し,20トンの張力に対応できる本件加工機用の自動チャック装置を開発
する必要が生じた(以下「本件チャック開発」という。)。
被告は,上記のような自動チャック装置を開発したことがなかったため,
被告の産機事業部長であったP2(以下「P2部長」という。)は,平成1
5年夏頃,当時栄運輸の社長であり,被告在籍中にパイプ加工機の製造に関
与したことのある原告に,本件チャック開発を依頼した(その依頼の内容,
趣旨については争いがある。)。
原告は,その後,パイプに張力がかかるとより大きな把持力を生じさせる
自動チャック装置の構造を発明し(以下,これを「原告方式」といい,原告
方式による自動チャック装置を「本件チャック装置」という。),平成15
年9月20日付けでその基本となる構想を記載した図面を,定規等を用いて
作成し,さらに,パイプサイズの変更に短時間で対応し得る装置の構想を手
書きにより加筆し,同月26日,P2部長らに交付した(乙7。以下「乙7
構想図」という。)。また,原告は,同年10月2日頃にも,原告方式に関
する図面(乙8)を作成し,これを被告に交付した。
(3)原告方式に係る特許出願及び本件譲渡
被告は,原告方式を特許性のある発明と考え,平成15年12月3日,特
許出願人を被告,発明者を原告として特許出願し(特願2003−4045
80。甲2),同月8日頃,原告に対し,原告方式に係る特許を受ける権利(以
下「本件特許を受ける権利」という。)を被告に譲渡する旨の同月1日付け
譲渡証書を作成させた(甲4。以下「本件譲渡証書」といい,本件譲渡証書
に係る譲渡を「本件譲渡」という。本件譲渡の趣旨については争いがある。)。
(4)第1号機の受注及び原告の詳細設計
被告は,平成16年2月25日,丸一鋼管から本件加工機一式を2億80
00万円で受注し,検討の結果,原告方式による本件チャック装置を採用す
ることとし,同年7月頃,原告に対し,本件チャック装置の詳細設計を依頼
した。
原告は,同月初旬頃から,被告事務所内の設計スペースに赴き,同年8月
頃までに本件チャック装置の詳細設計を行い,被告に図面を交付した。
被告は,本件チャック装置を用いて本件加工機を製造し(以下「第1号機」
という。),平成16年9月以降,順次,丸一鋼管に納品を開始し,検収を
経て,平成17年4月,2億8000万円の支払を受けた。
(5)特許登録及び原告への支払
被告は,平成16年10月27日,発明の名称を「テーパー鋼管製造装置
用のパイプ材把持装置」とする発明(以下「本件発明」という。)について,
特許出願人を被告,発明者を原告とし,平成15年12月3日付け前記出願
を優先権主張の基準日とする特許出願をしたところ(特願2004−311
755),平成17年7月14日に出願公開され,平成19年4月27日
に設定登録された(甲1,2)。
原告は,平成16年10月末をもって栄運輸を退職し,同年11月1日付
けで被告と技術顧問委嘱契約を締結し,平成21年3月まで月額の報酬を受
け,平成17年12月から平成20年12月まで年2回の賞与を受けた。
被告は,平成16年6月20日付けで,本件チャック装置の設計を代金1
30万円(税抜き),納期同年8月31日で原告に発注する旨の注文書を作
成し(甲6),平成17年4月28日,原告に136万5000円(税込み)
を支払った。
(6)第2号機の発注
被告は,第1号機を納品した後頃,丸一鋼管より,さらに本件チャック装
置を用いた本件加工機の発注を受け,平成20年9月頃までにこれを納品し,
3億7500万円の支払を受けた(以下「第2号機」という。)。
2事案の概要
本件は,原告が,本件譲渡の際,原告方式によって得る利益に応じた相当
の対価を被告が支払う旨の合意があり,当該対価は3500万円を下らない
旨主張して,同合意に基づき,被告に対し,金3500万円及びこれに対す
る平成23年10月1日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による
遅延損害金の支払を求める事案である。
3争点
本件譲渡の際,原告方式によって得る利益に応じた相当の対価を支払う合
意が成立したか。またその対価の額。
第3争点に係る当事者の主張
【原告の主張】
1原告の基本主張
(1)原告と被告の間では,平成15年10月頃までに,本件譲渡について,
原告方式が実用化されなかった場合には対価は発生しないが,実用化及び
製品化された場合には,これによって被告が得た利益に応じ,原告は被告
の従業員でないことから,職務発明の基準に照らして高額となる相当額の
報酬を支払う旨の合意(以下,原告が主張するこのような合意を「本件合
意」という。)が成立した。
(2)原告方式の発明は特許登録され,第1号機及び第2号機として実用化さ
れ,製品化された。被告は,これらの売上げとして2億8000万円と3
億7500万円を得て,相当の利益を得ていること,原告方式がなければ,
被告は第1号機及び第2号機を納品できなかったことを考慮すると,本件
合意に基づき被告が支払うべき金額は,3500万円を下ることはない。
(3)よって,原告は,被告に対し,本件合意に基づき,3500万円及びこ
れに対する訴状送達による催告の後から支払済みまで民法所定の遅延損
害金の支払を求める。
2本件合意成立の経緯
(1)原告は,平成15年夏頃,P2部長から本件チャック開発の相談を受け
た際,被告において,発明の貢献度に応じて発明者に報奨金を支払う職務
発明規定を導入したこと,その内容は,原告も閲覧可能である被告の知財
グループの電子ファイルを開いて確認することができること等を聞いた。
原告は,その当時,栄運輸の整理で忙しかったことなどから,本件チャ
ック開発を引き受けることまではしなかったが,原告が発明をすれば,原
告は被告の従業員ではないため,職務発明規定による場合よりも高額の報
奨金をもらえるとの認識があると共に,本件チャック開発に強い関心があ
ったことから,暇なときに方法を考えるなどしていた。
(2)その後,原告は,原告方式を思い付き,自宅で構想図を完成させた上,
同年9月22日頃にその写しを被告に交付し,被告の要望を受けて,同月
26日頃,8種類のパイプを短時間で段取り替えできるようにしたT溝組
合せ方式による修正図(乙7構想図)を被告に交付した。
被告における本件加工機開発の責任者であったP3課長は,原被告間の
やり取りの中で,原告方式には職務発明的な部分があるが,原告は従業員
ではないため職務発明とは異なる旨の理解をしており,原告の報酬は,職
務発明規定に準じた評価基準で検討するが,その価格は職務発明に比べて
はるかに高額になる旨を認識しており,原告と理解を共通にしていた。
(3)上記経緯に基づき,原告と被告の間には,平成15年10月頃までに,
本件合意が成立した。
(4)原告は,同年12月8日頃,本件譲渡証書(甲4)に押印したが,同証
書は,通常の職務発明の場合に作成されるものではなく,原告方式が職務
発明ではないために作成されたものである。
(5)被告の主張に対する反論
ア被告は,平成15年夏頃のやり取りで本件チャック装置の開発につい
ての有償委任契約が成立したと主張する。しかしながら,当時のやり取
りは,あくまでも被告から相談を受けたという程度であり,委任契約に
関する合意は成立していない(なお,被告が,このような主張をするよ
うになったのは,被告代理人が本件に関与するようになってからであ
る。)。また,原告は,P2部長に,開発に要した時間を記録しておくよ
うにいわれたこともない(原告が作業時間を記録するようになったのは,
詳細設計の発注を受けた平成16年7月になってからである。甲27,
28)。なお,本件チャック開発は,被告にとって極めて大きな利益を
生むものであり,そのような開発を時給数千円程度で依頼することはあ
り得ない。P2証言によっても,このときに具体的に時給額の取り決め
はなかったとのことであり,具体的な上記契約の合意があったとは認め
られない。
イ被告は,乙7構想図は,原告が,被告から丸一鋼管による引合いの内
容について情報提供を受けた上で,被告のドラフト機や備品等を使用し
て作成したものである旨主張するが,そのような事実はなく,乙7構想
図は,原告が,被告から具体的なスペック等の情報提供を受けることな
く,自宅で作成したものである。
ウ原告は,平成17年4月に被告から136万5000円の支払を受け
たが,この支払は,平成16年7月から8月頃の本件チャック装置の詳
細設計の対価に限られ,原告方式を発明し,本件譲渡をしたことによっ
て,被告が本件加工機を丸一鋼管に納品することができたことに対する
報酬を含むものではない。被告は,前記支払の際に原告が提出した申請
メモには,本件チャック装置の開発に要した時間も含め,400時間程
度が記載されていたと主張するが,当時,原告が提出した申請メモは,
甲24のとおりであり,原告方式の発明に要した時間は含まれていない。
エ被告は,原告が被告の技術顧問となった後に,原告方式の発明に関し
てボーナスが支払われている旨主張するが,平成17年冬季一時金(乙
10)の対象は,平成17年上期(4月から9月まで)の業績貢献(冷
却メカニズムの解明)に対するもので,本件加工機に関する貢献は含ま
れていないし,そもそも,ボーナスの支払は顧問契約によるものであっ
て,本件譲渡の対価とは無関係である。
3本件譲渡の対価について
(1)原被告間では,平成15年12月の本件譲渡証書作成時には,本件合意
はあったものの,原告方式がどの程度用いられるかも明らかではなく,対
価についての具体的なやり取りはなかった。
しかしながら,被告においては,この少し前から職務発明規定が設けられ
ており,原告は,そのことをP2部長から聞いていた。そして,当時,日亜
化学工業の事件などを踏まえて,職務発明の場合には利益の5%を報奨金と
するのが一般的な認識であり,原告及び被告もそのような認識であった。そ
して,原告方式は職務発明ではないことから,職務発明の判断要素(利益や
貢献度など)を参考にしつつも,本件譲渡の対価は,職務発明の場合よりも
高くなるのは当然であって,最低でも売上げ又は利益の10%以上という認
識であった。
また,被告は,新日鐵と共有でパイプの加工方法の特許を有していたとこ
ろ(甲25),被告が,同方法を用いた製品を新日鐵以外に販売する場合,
1台目は600万円(当時の機械の価格が1台当たり1億3000万円程度
であり,その約5%である。),2台目以降は1台当たり400万円の使用
料を支払うとの合意があった(甲26参照)。このことから,原告は,本件
特許を受ける権利について,少なくともこれ以上の評価がなされるものと認
識していた。
被告も,原告と同様に上記認識を有していたことから,原被告間では,本
件特許を受ける権利について,被告の利益に応じた対価で譲渡するとの合意
があり,その対価額については,挙げた利益や貢献度によるが,売上げ又は
利益の10%を基準に協議するとする旨の黙示の合意があった。
(2)被告は,第2号機の検収が終了した後の平成21年3月12日,原告にメ
ールを送付して,これにより,対価に関する具体的なやり取りが始まった(甲
10)。
原告は,当初,新日鐵への支払額(1号機600万円,2号機400万円)
と同額の請求をしたが(甲14),新日鐵との共有の特許に係る発明を用い
た機械の価格は1台1億3000万円程度であるのに対し,第1号機の価格
は2億8000万円,第2号機の価格は3億7500万円であった。これに
加えて,原告方式は原告が単独で発明したものであり,また譲渡対価は単な
る使用料ではないことも加味すると,第1号機に係る対価は1600万円,
第2号機に係る対価は2400万円を下らない(したがって,3500万円
を下回らないとする原告の請求は合理的である。)。
(3)本件チャック開発においては,原告方式による本件チャック装置のほかに,
被告が独自に被告方式による自動チャック装置を開発しているが,被告方式
は,張力が大きくなればなるほどパイプの把持力が減少してしまうという構
造的な欠陥があるため,20トンの張力に対応できるような把持装置にはな
り得ず(甲3,18参照),仮に20トンの把持力があったとしても,被告
が計画していた54トンの把持力は達成されなかった。したがって,原告方
式がなければ,被告は,丸一鋼管に本件加工機を納品することができず,利
益を得られないばかりか大きな損害を被ったはずである。このことは,対価
額の計算においても考慮されるべきである。
(4)また,被告は,原告に対して,栄運輸の社長としての報酬のほかに,13
6万5000円という破格の報酬(乙1),技術顧問の顧問契約料,通常支
払われることのない技術顧問に対するボーナスの支払等によって,その功労
に配慮をしてきた旨主張するが,栄運輸の社長としての報酬は平成16年7
月以降,大幅に減額されているし,136万5000円の報酬は,被告が丸
一鋼管への納入時期に間に合わないことを原告が見かねて,原告の申入れで
詳細設計をしたことの対価であり,外注の場合と比較すれば,破格とはいえ
ない。また,技術顧問の顧問契約についても,契約期間は平成21年10月
31日までであったにも関わらず,被告の業績悪化を理由に同年3月で打ち
切られているし,技術顧問に対するボーナスについても,他の顧問にも支払
われていたことがあったのであり,被告の主張には理由がない。
【被告の主張】
1被告の基本主張
原被告間で本件合意が成立した事実はない。P2部長は,原告に対し,本
件チャック開発を依頼し,原告がこれに費やした時間に応じて報酬を支払う
旨を約したのであり,法的には(準)委任契約と解すべきものである。原告
がした原告方式の発明,本件譲渡,本件チャック装置の詳細設計は,いずれ
も前記委任契約に基づくものであり,被告がこれに対する報酬として平成1
7年4月に136万5000円を支払ったことによって,すべて清算済みで
ある。
2本件チャック装置の開発経緯
(1)被告は,平成15年4月頃,丸一鋼管の引合いを受け,張力20トンまで
に対応できる自動チャック装置を自社開発することとし,開発期限が切迫し
ていたことから,自社開発と並行して原告にも開発をしてもらうことを考
えた。そして,同年夏頃,P2部長が原告に電話をかけ,本件チャック開
発をした上で,そのアイデアを具現化した概略設計図(アイデア図)を作
成して,これを完成させるよう依頼し,原告はこれを承諾した。このとき,
被告のP2部長は,時間制で報酬を支払うことを企図して,原告に作業時間
を記録しておくように伝えており,原被告間では時間制で報酬を支払う旨の
合意があった。
以上の経緯により,被告が原告に本件チャック開発と概略設計を依頼し,
原告がこれを承諾したことで,両者間に早い段階で本件チャック開発と概略
設計について,時間制で報酬を支払うこととする有償委任契約が成立したと
いえる。
(2)被告は,その後,原告に対し,具体的に要求されるスペックや従来のチ
ャックの問題点等について説明すると共に,被告の工場内に原告専用のド
ラフト機のある設計スペースを用意し,被告の備品も自由に使えるように
した。原告は,上記専用スペースを週2,3日訪れ,概略設計図(構想図)
を作成した。原告は,平成15年10月頃,P2部長に同年9月20日付
と10月2日付の手書きの概略設計図を提出した(乙7,8)。
P3課長は,当該概略設計図に記載された発明について,原告との面談を
経て,同年12月3日,特許出願した。P3課長は,P2部長から,当該発
明は職務発明には当たらないものの,委任契約に基づいて被告の名で出願で
きる旨の説明を受けていたが,後に争いが生じることを避けるため,原告に
本件譲渡証書(甲4)の提出を求めた。なお,このときに対価の話は一切さ
れなかった。
(3)被告では,丸一鋼管から第1号機の注文を受けた後(乙9),本件加工機用
の自動チャック装置について,原告方式と被告が独自に開発した被告方式と
の比較検討を行い,最終的に,原告方式を採用することが決定され,平成1
6年7月頃,被告は,丸一鋼管に納品する第1号機用の本件チャック装置の
一部につき,原告に詳細設計を依頼し,原告はこれを承諾して,この部分に
ついても有償の委任契約が成立した。
なお,このときも,報酬について特に話はなく,当初の依頼の際,時間制
で報酬を支払うことを原告に伝えていたことから,概略設計の延長線上にあ
る詳細設計も,同様に時間制で報酬を支払う合意があったといえる(なお,
少なくとも詳細設計につき,原告は,時間基準による対価の支払いを了解し
ていたことについては争いがない。)。
(4)原告は,その後,被告に本件チャック装置の設計図を提出した。
3本件譲渡の対価について
(1)被告は,上記のとおり,本件チャック開発の当初から,原告に同開発に係
る対価を支払うつもりで,原告にもその旨伝えており,原告は,本件チャッ
ク開発と概略設計に要した時間や詳細設計に要した時間を記録していた。
平成16年10月末,原告は栄運輸の社長を退任したことから,被告が子
会社の社長に報酬を支払うことの税務上の懸念がなくなったため,被告は,
原告に作業時間を記録したメモの提出を要請し,原告は,同年11月,平成
15年の本件チャック開発及び概略設計から平成16年の詳細設計に至るま
でに原告が費やした時間についての申請メモを提出した。
被告は,原告から申請された時間に基づいて,原告に支払うべき額を13
0万円(税抜き)と決定し,同金額を支払った(乙1。なお,時間単価30
00円として逆算すると,合計時間は約400時間であり,これには本件チ
ャック開発と概略設計に要した約100時間が含まれていると考えられる。)。
(2)本件特許を受ける権利は,上記1のとおり,委任契約に基づく開発の成果
物として,原告から被告に引き渡されたものであって,委任の成果物として
引き渡された概略設計図に含まれていたことになる。そもそも,被告が原告
に依頼したのは,本件チャック開発と概略設計図の作成であるが,原告が当
該委任契約の義務を履行する過程で原告方式の発明も同時になされたため,
概略設計図の中に発明が含まれているという関係になったものである。
したがって,本件譲渡について,対価は独自には発生せず,上記のとおり,
本件チャック開発に係る委任契約の報酬が支払われたことで,既に支払済み
である。
(3)なお,仮に百歩譲って,原告に支払われた136万5000円に本件譲渡
の対価が含まれていないと評価されるとしても,委任の対価は時間基準で計
算するのが相当であり,被告が支払うべき対価は30万円程度(3000円
×100時間)である。
4原告の主張に対する反論
(1)原告は,被告の指示に応じて平成16年当時に提出した時間表(申請メモ)
として,詳細設計に要した時間しか記載されていない甲24を提出する(以
下「甲24メモ」という。)。
しかしながら,原告が,本件訴訟で,被告に申請メモが残っていないこと
を確認した上で甲24メモを提出したとの経緯に照らすと,甲24メモの信
用性には疑問がある。
(2)甲6の注文書は,平成16年6月20日付けで「丸一鋼管殿向けテーパー
ポール加工機自動チャック設計」とされ,詳細設計のみの対価と解し得る記
載があるが,これは,実際に原告に報酬(130万円)を支払う際,被告が
元子会社の社長である原告に報酬を支払うことを,税務上,問題視されない
ために,税理士のアドバイスに従ってバックデートした注文書を作成したも
のにすぎない。すなわち,当時,被告は,原告から栄運輸の株式を買い取っ
ていたところ,税務調査がされた場合に,原告に対する報酬の支払いが,株
式売却代金の上乗せか贈与と疑われる可能性があったことから,対価支払い
の根拠となる注文書をバックデートして作成しておく必要があり,また,本
来であればバックデートすべき日付は平成15年夏頃とすべきであるが,そ
の当時,監査を受け,約1年前に財務諸表が確定しており,事業年度をまた
いで作成日付を遡らせることは会計上も大きな問題があると考えられたため,
詳細設計開始の前あたりの平成16年6月に遡らせたものである。
(3)被告の知財担当者であるP4氏は,平成21年3月頃,原告に対し,実績
報奨金についての連絡をしているが(甲10),これは,同人が当時の詳しい
事情を知らないままに,被告が特許権者である本件発明について,職務発明
に当たると誤解して行ったものにすぎない。なお,本件発明について特許権
を取得したことによる独占の利益は,第1号機では全く生じておらず(第1
号機の発注の際には,出願公開さえされておらず,本件発明に係る特許権が
なければ丸一鋼管に納品することができなかったという関係がない。),第2
号機においても実質的にないといえる。
(4)なお,被告は,原告に破格の報酬(136万5000円)を支払うと共に,
技術顧問料を支払い(平成16年11月から平成17年10月までは月額2
7万円,同年11月から平成21年10月までは月額30万円),平成17年
12月から平成20年12月にかけては,本来,技術顧問契約では支給され
ることのないボーナス(総支給額345万2800円)を支給した(これは,
平成17年12月8日,原告の原告方式の発明による貢献を考え,P2部長
がボーナス支給の伺書を提出したことによるものである。)。このように,被
告は,原告の貢献に対して十分に報いてきた。
(5)また,原告は,原告方式がなければ,被告は丸一鋼管に第1号機及び第2
号機を納品することができなかったと主張する。
しかしながら,被告の技術力をもってすれば,仮に原告方式がなくても,
被告方式を改良することや親会社の技術支援を得ることなどによって対応可
能であったと考えられ,直ちに原告が主張するような莫大な損害が発生する
ようなものではなかった(なお,被告方式は,原告が主張するような構造的
欠陥を有するものではない。)。また,原告方式は,本件加工機の様々な技術
のうちの一つにすぎず,同技術のみで競合他社と比較して優位に立っていた
わけではなく,一部の性能が目標値に達していなかったことをもって,丸一
鋼管が損害賠償請求をするとは考えられない。また,第2号機については,
被告のサービス面での優位性が評価されたことにより受注できたものである。
そもそも,被告は原被告間の契約の趣旨により,原告方式の実施権を有し
ているのであって,そうである以上,本件譲渡がなければ原告方式を実施す
ることができず,丸一鋼管に損害を与えたということにはならない。
(6)被告が,平成15年頃,チャックメーカーに対し,1000万円で本件チ
ャック開発を依頼した事実はない。被告の従業員が,付き合いのあるチャッ
クメーカーに本件チャック開発を打診したときに,他のユーザーに転用でき
ず,被告のみにしか供給できないチャックについては「1000万円をもら
ってもお断り」といって断られたことはあるが,被告から1000万円を提
示して打診したことはない。
第4当裁判所の判断
1認定事実
上記前提となる事実並びに証拠(原告本人,証人P2ほか掲記のもの)及び
弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められる。
(1)原告と被告との関係
原告は,昭和38年4月に被告に就職し,繊維機器副長,産業機械製造部
長,生産技術・品質保証部長等を務めた後,平成12年6月からは,被告在
籍のまま被告の子会社である栄運輸の社長に出向したが,同年10月,被告
を退職し,栄運輸の社長に専従した。
原告は,被告在職中に,パイプ加工機のチャックに関する業務を担当する
などしており,平成15年7月から平成17年3月まで被告の産機事業部長
を務めていたP2部長とは,被告での先輩後輩として,技術的な指導をする
など懇意な関係にあった(乙13)。
(2)原告による本件チャック開発,本件譲渡
ア平成14,15年頃,丸一鋼管から被告に本件加工機の引合いがあった。
本件加工機は,アルミ・鋼鉄等のパイプ素材をテーパーポール(高速道
路などの照明柱に使用される先端にいくに従って細くなるポール)に加工
する機械である。本件チャック開発で採用されたスピニング方式のパイプ
加工機は,パイプ素材を機械本体の所定の位置に固定した上で,パイプ素
材の一端を張力台チャック,他端を主軸台チャックで把持し,パイプ素材
を高速回転させながら主軸台が把持したパイプ他端を引っ張り,他方で張
力台も把持したパイプ一端を反対方向に引っ張りながら,パイプ素材を高
周波加熱炉によって加熱すると共に,絞り台ローラーの運動とパイプの移
動との合成運動によって所望の形状に加工する仕組みになっている(甲3,
乙13,弁論の全趣旨)。
丸一鋼管は,被告に対し,高周波加熱制御システムの確立,加工時間の
短縮,加工時に生じる廃材を最小化する歩留まり構造(従来機では捨てし
ろが1.5mであったのを,0.2mにすること)などの仕様を求めると
共に,チャック装置については,チャック動作を自動化しつつ,20トン
の張力に対応できるものを求めた。被告は,その当時,アルミのパイプ素
材で15トンの張力に対応できるチャック装置の開発実績があったが,2
0トンの張力に対応できるチャック装置については実績がなかった(乙1
3)。
イ被告は,丸一鋼管の要求仕様を満たす自動チャック装置を開発すること
としたが,その開発は,丸一鋼管による他の要求仕様と切り離して行うこ
とが可能であった。
被告の産機事業部のP2部長は,技術陣の経験不足などから,開発が時
間的に間に合わないという事態を避けるため,平成15年夏頃,被告在職
中の経験からチャック技術に詳しかった原告に電話を掛け,本件チャック
開発について,よい知恵を出して欲しい旨依頼した。
ウ被告の依頼を受けた原告は,原告方式を発明して,平成15年9月26
日頃,乙7構想図を被告に交付した。
原告方式は,のこ刃を有する外径コレットチャックと内径コレットチャ
ックとが,油圧シリンダーで作動してパイプを把持する方式であり,絞り
ローラー等の作用でパイプに張力が加わると,のこ刃も同じ方向に移動し
ようとし,これによって,のこ刃の把持力が増加し,パイプはより強固に
把持されることを特徴とする(甲3・4頁)。
なお,乙7構想図には,被告からの要望を受けて,丸一鋼管の要求仕様
である,加工時間の短縮のために8種類のチャックをシングル段取りで取
り替える方法(T溝組み合わせ方式)も記載された。また,乙7構想図に
は,「従来装置ではパイプ端不使用長さ1.5m→0.2mに短縮する。」
として,歩留まりに関する丸一鋼管の要求仕様も記載された。
エ原告は,原告方式を説明する図面として,平成15年10月にも被告に
図面(乙8)を提出した。被告のP3課長は,原告と協議の上,同年12
月3日,原告方式について,特許出願人を被告,発明者を原告として特許
出願し(特願2003−404580。甲2),前記出願後の同月8日頃,
本件譲渡証書を原告に作成させた(甲4)。被告では,従業員が社長に対
して特許出願申請をする場合には「特許(意匠登録)出願申請書」という
様式(甲33。末尾に「本申請書をもって発明創作者が工業所有権を受け
る権利を会社に譲渡したものとする」と記載されている。)が用いられる
ことがあったが,本件譲渡証書は,これとは書式が異なるものであった。
なお,原告方式について特許出願をすることを決めた際,同出願に要す
る図面等を作成した際,あるいは本件譲渡証書を作成した際に,原被告間
で,その対価について,何らかの具体的なやり取りがなされたと認めるに
足りる証拠は存しない。
(3)被告における職務発明規定及び原告の認識
ア被告では,平成15年4月1日,「NS職務発明規定」が設けられた(乙
15)。同規定では,職務発明に関して,「特許,その他の登録後,存続
中の工業所有権について,その実施により会社の業績に貢献するものにつ
いては,発明者に対して2年毎に,実績報奨金を支給する。」(第5条),
「実績報奨金は,その貢献度により次の等級を設ける。」「1級上限な
し」「貢献度は製品販売利益を基礎とし,それに別に定める係数を掛けて
算出するものとする。」(第6条)などと定められている。
イ上記職務発明規定は,被告社内のネットワークにおいて,閲覧すること
が可能であり,原告も,栄運輸のパソコンから閲覧することが可能であっ
た。
原告は,平成15年夏以降,被告(P2部長)から話を聞いて職務発明
規定にアクセスし,実績報奨金は貢献度に応じて支払われること,1級の
場合には上限がないことについて確認したが,それ以上に詳細を確認する
ことはなかった。
(4)原告による詳細設計の実施
ア本件加工機用の自動チャック装置については,被告の産機事業部でも,
平成15年10月初旬頃から開発を行っており,同年12月頃,その概略
設計を終えた(乙16,18。被告の産機事業部による方式を「被告方式」
という。)。
被告方式は,パイプを把持するために,油圧シリンダーで作動する内径
くさびを備えており,パイプの長手方向には固定され,内径くさびが強い
力で引き込まれたときのくさび効果によってパイプの内径と接する内径コ
レット(パイプの内径に接する部分にのこ刃が設けられている。)がパイ
プ内径を押し広げ,外径コレットとの間で把持力をもつというものである
(乙16,18)。
イ丸一鋼管は,平成16年2月25日,第1号機一式の製造を,2億80
00万円で被告に正式発注した(乙9)。
これを受けて,被告では,当初,本件加工機用の自動チャック装置に被
告方式を採用しようと考え,平成16年4月頃,被告方式による自動チャ
ック装置の把持テストを実施した。その後,原告は,自ら被告に対し,被
告方式よりも原告方式の方がはるかに優れている旨の説明を行い,把持テ
ストの装置組立図を提出した(甲31)。被告では,同年6月頃,原告方
式による本件チャック装置の把持テストを実施し,比較検討を行ったとこ
ろ,被告方式よりも原告方式の方がよい結果であり,総合的にも優れてい
ると判断されたため,原告方式を採用することとした。
ウ被告は,平成16年7月1日,原告に対し,原告方式による本件チャッ
ク装置の詳細設計(主軸台チャックと張力台チャックそれぞれにつき3種
類ずつ)を依頼し(甲6参照),原告は,被告の専用スペースにおいてこ
れらの作業を行い(甲24),同年8月31日頃,被告に納品した。
原告は,平成16年7,8月に被告の専用スペースで作業した時間を,
当時の手帳(甲28)に記載した。
(5)丸一鋼管への納品
ア被告は,平成16年9月頃から,第1号機について試運転,現地据付,
現地試運転を順次進め,丸一鋼管の検収を経て,平成17年4月,2億8
000万円の支払を受けた。
イ被告は,第1号機に続いて,丸一鋼管から第2号機も受注し,平成20
年頃,3億7500万円の支払を受けた。
(6)原告の処遇等
ア被告は,平成16年10月27日,本件発明について,特許出願人を被
告,発明者を原告とする特許出願を行ったが,その優先権主張については,
平成15年12月3日の,原告方式についての前記出願を基準日とし,そ
の後,平成19年4月27日にその登録を受けた。
イ原告は,平成16年10月末に栄運輸を退職し,同年11月1日,被告
と技術顧問委嘱契約を締結し,原告は,被告に対する技術指導を随時行う
こととされた(甲34,44)。
同契約に基づき,原告は,平成21年3月末まで月額27万円ないし3
0万円の報酬を受けた。
ウ平成17年12月8日,当時被告の本社工場長であったP2部長は,被
告の社長宛てに,「丸一鋼管向けVF」,「20t強力自動チャック考案
設計実用化」などにおける貢献を評価して,原告に対し,冬季一時金を組
合員の月数を目処に支給するよう求める伺書を提出し(乙10),原告は,
前記報酬に加え,平成17年12月から平成20年12月まで,年2回,
総計345万円余のボーナスの支払を受けた。
(7)原告に対する136万6500円の支払
ア平成17年4月頃,丸一鋼管への検収の目処がつき,被告のP2部長は,
原告との間で,本件チャック装置の詳細設計図の作成に関する報酬につい
て協議した。
原告は,被告に対し,上記に要した時間を記載したメモを提出し,これ
に基づいて,被告は,原告に対し,136万5000円を支払うこととし,
被告は,平成17年4月28日,原告に対し,「テーパーポール加工機自
動チャック設計費」として,136万5000円(税込み)を支払った(乙
1)。
イこのとき,平成16年6月20日付けで,被告(産機事業部)が原告に
対し,金額を130万円(別途消費税6万5000円)で丸一鋼管向けの
自動チャック設計を注文する旨の注文書が遡って作成された。
(8)その後の経緯
ア平成21年3月12日,被告の技術開発室担当者であるP4氏は,原告
に対し,本件発明(前記のとおり,平成19年4月27日に特許権の設定
登録がされていた。)等について,被告の職務発明規定に基づき,平成1
9年2月から平成21年1月までの間における特許権の実績報奨を実施す
る旨告知し,算定した等級及び報奨金額についての質問や意見を同年3月
19日まで受け付ける旨告知した(甲10)。
これを受けて,原告は,同月16日,意見書を提出し,本件チャック装
置の開発経過及び純利益1億円以上の貢献度を加味して,世間一般の評価
に遜色ないような再評価を強く希望する旨述べた(甲11)。
イ被告は,平成21年3月26日,原告出席の上で,臨時実績報奨委員会
を開催した。同委員会において,P5業務室長から,本件チャック開発に
関して,チャック専門メーカーに8種類のチャックの設計及び製作を打診
したが,1000万円でもできないと断られたことが紹介され,原告は,
被告に対し,報奨金として1000万円を要求した(甲13,14,乙3)。
ウ原告は,被告に対し,平成21年8月2日頃,自らの認識する事実経過
を記載した意見書を送付し(甲16),同月3日頃,本件チャック開発に
ついては,チャック専門メーカーに断られ,被告の産機事業部で設計した
方法も失敗であったことなどから,本件発明がなければ被告に損害が生じ
ており,これを未然に防いだことが貢献度であるなどと述べる意見書を送
付した(甲17)。
被告は,同月19日頃,原告に対し「実績報奨金額の妥当性について」
と題する書面を送付し,その中で報奨金額は5万円(4級)と決定する旨
述べた(甲5)。
エ原告は,同月29日頃,被告に対し,自分は本件チャック開発をしなけ
ればならない職務上の義務はなく,本件発明は職務発明ではないと述べた
上で,これまでの経緯等を述べ,これらの事情に基づいて本件発明の対価
が決められるべきである旨の意見書を送付した(甲18)。
被告は,同年9月4日頃,原告に対し,本件発明は,原告が被告在職中
の知識を利用して,被告の指揮管理下で完成されたものであり,適正に譲
渡書も提出されていることから職務発明であると考えており,仮に職務発
明でないとした場合には,本件発明は被告が単独実施可能であることから,
いずれにしても原告に対価を支払う義務がないとの解釈になる旨述べる回
答書を送付した(甲19)。
原告は,同月16日頃,被告に対し,本件発明は職務発明ではないと述
べ,本件譲渡証書を提出したから職務発明になるというわけではなく,ま
た,本件譲渡証書を提出したから対価を放棄するということも明記されて
いなかったなどと主張した上で,それまでの経緯等を述べ,本件発明がな
ければ,結果として,本件チャック開発はあきらめざるを得なかったなど
とする意見書を送付した(甲20,46)。
オその後,原被告間では,双方に代理人がついた上で交渉がされ,民事調
停が不成立になったことを経て,本件訴訟提起に至った(甲8,9,21,
乙3∼5)。
2事実認定の補足説明
(1)時間の記録について
被告は,平成15年夏頃に,原告に本件チャック開発を依頼した際,原告
に対し,後に精算して支払うので,費やした時間を記録しておくように依頼
しており,本件チャック開発の対価を時間計算で支払う旨の合意があったと
主張するが,このようなやり取りがされたことを認めるに足りる証拠はない。
(2)原告方式の発明について
原告は,平成15年夏頃以降,本件チャック開発において原告方式を発明
するに当たり,丸一鋼管の要求仕様について,被告から何ら情報提供がなか
ったと主張するが,被告は,具体的な製品開発を前提として原告に依頼をし
ているのであるから,そのパイプの径に関する情報(メインパイプサイズが
φ190.7であること),歩留まりに関する情報(歩留まりを0.2mに
短縮すること)シングル段取りに関する情報(パイプの種類が8種類あり,
シングル段取りできるようにすること)については,被告から原告に知らさ
れていたものといえる。もっとも,乙7構想図の体裁からすれば,原告が,
乙7構想図を作成するに当たって,被告の設計室にあるドラフターや備品を
用いていたとまでは認められない。
(3)被告方式の欠陥について
原告は,そもそも被告方式には,構造的な欠陥があり,20トンの張力に
対応できるような把持装置にはなり得なかったなどと主張する。しかしなが
ら,被告方式による自動チャック装置の把持テストの結果に関する客観的な
証拠は提出されておらず(原告は,被告方式では20トンの張力によるテス
トはできなかったと供述するが,これを認めるに足りる証拠もない。),被
告方式による自動チャック装置の把持テストの後,原告による原告方式が優
れている旨の説明がなければ,被告は被告方式で進めようとしていたものと
認められることも踏まえると,比較検討の結果,把持力については原告方式
の方が優ったことから,原告方式が採用されるに至ったにすぎないものと認
められる。
(4)136万5000円の趣旨について
被告は,原告に支払った136万5000円は,原告が,平成15年夏頃
以降,本件チャック開発及び詳細設計図の作成に要した時間に基づいて詳細
設計図の作成のみに限定せず定められた金額であり,乙7構想図の作成や本
件譲渡についての対価も含むものである旨主張する。
しかしながら,上記金額は「テーパーポール加工機自動チャック設計費」
として支払われていること(甲6),被告は,前記のとおり,平成21年に
なって,本件譲渡の対価としての意味合いを持つ実績報奨金の支給をしよう
としていたことからすれば,本件譲渡の対価を含む趣旨とは認められないと
いうべきである。
被告は,注文書(甲6)について,被告が元子会社の社長である原告に報
酬を支払うことを税務上問題視されないために,税理士のアドバイスに従っ
てバックデートしたものを作成し,本来であればバックデートすべき日付は
平成15年夏頃とすべきであるが,その当時,監査を受け,約1年前に財務
諸表が確定していたことから,詳細設計開始の前あたりの平成16年6月に
遡らせたものである旨主張する。
この点,確かに,原告が保有していた栄運輸の株式が,平成16年8月2
4日に当時の栄運輸の取締役に譲渡された上で,同年10月15日にさらに
被告に譲渡されていることは認められるが(甲39,乙14),いずれにして
も,上記日付のバックデートが,原被告間で,本件譲渡の対価が支払済みと
されたことの積極的根拠となるものではない。
3争点についての判断
(1)前記1及び2の認定及び判断を前提に,本件譲渡に関し,平成15年10
月頃,原告方式が実用化・製品化された場合には,被告の職務発明規定が
利益変動型であることから,被告従業員ではない原告に対し,被告が得る
売上げ又は利益の10%を対価として支払う旨の合意があったとの原告
の主張が認められるかにつき検討する。
(2)ア前記1(2)で認定したところによれば,原告による本件チャック開発
は,原告に対し具体的な契約条件(報酬,納期等)を明示して開始され
たものではなく,原告と被告の担当者(P2部長)との人的な関係を背
景にして,P2部長が原告に依頼し,原告がこれに応じる形でされたも
のといえる。原告は,被告において,利益変動型(上限額なし。)の実
績報奨金が支給される旨の職務発明規定が創設されたことを知り,その
ことが,本件チャック開発に携わる動機の一つであったと述べているこ
となどに照らせば(甲45・2頁),遅くとも本件譲渡の時点で,原告
は,原告方式が採用された場合には,職務発明規定を参考にしつつ,原
告が従業員ではないことを考慮して,被告から利益変動型の高額の報酬
が支払われる可能性がある旨の期待を有していたということは認めら
れる。
しかしながら,原告は,平成15年9月に乙7構想図を提出している
が,この時点では,丸一鋼管からの正式な発注はなく,原告方式を丸一
鋼管の製品に採用するか否か,原告方式について特許出願をするか否か,
被告がどの程度利益を得られるかについては確定しておらず,本件譲渡
の対価に関する何らかのやり取りがされた形跡も認められない(なお,
原告は,P3課長から,原告方式について職務発明規定が適用できる旨
の話を聞いた旨供述するが,仮にそのような事実があったとしても,原
被告間で具体的な合意があったとまでは認められない上,当該事実は,
原告の主張する合意内容とも異なるものである。)。その後,被告は,平
成15年12月に,原告方式について特許出願をしているが,この時点
でも,原告方式を丸一鋼管の製品に採用するか否かも確定していない等
の前記状況に変化はなく,譲渡対価に関するやり取りがされた形跡も認
められない。原被告間で,本件チャック開発に関し,初めて具体的に報
酬に関するやり取りがあったと認められるのは,平成17年4月頃に1
36万5000円が支払われたときであるが,前述のとおり,当該金額
は,詳細設計に対応するものであり,本件譲渡の対価が含まれないこと
は前述のとおりである。
そもそも,原被告間では,本件譲渡に関しては本件譲渡証書が作成さ
れ,本件チャック装置の詳細設計に対する対価や技術顧問としての報酬
の支払に関しても,いずれも書面が作成されており,仮に本件合意が成
立したとすれば,乙7構想図を被告に交付した時点,原告方式について
特許出願し,本件譲渡証書を作成した時点,詳細設計の図面を被告に交
付した時点,本件発明について特許出願した時点,被告と技術顧問契約
を締結した時点,あるいは,詳細設計の対価の支払を受けた時点で,本
件譲渡に対する対価が未清算であり,その点を明確にする必要があると
して,被告に合意書,契約書の作成を求めることは可能であり,本件合
意が実際に成立していたとすれば,被告においてもこれを拒むことはで
きなかったはずであるが,本件合意を内容とする書面が作成された事実
は認められず,原被告間に上述のようなやり取りがあったとも認められ
ない。
また,本件合意は,上記のとおり,本件加工機がどのようになるかが
未確定な時点で,被告が将来的に,原告に対し多額の変動する債務を負
担することを内容とするものであるが,このような合意の成立に関し,
原告は,被告の代表権を有する者,あるいは少なくとも,契約締結につ
いて決裁権限を有する者との間で明示的に交渉した旨を述べておらず,
原告がそう認識していた旨を述べ,被告の担当者であるP2部長やP3
課長も同様の認識であったと主張するにすぎない。
さらに,仮に本件合意が成立しているとすれば,第1号機の検収が終
了した平成17年4月の時点,あるいは遅くとも第2号機が納品された
平成20年頃の時点で,被告に対し,本件合意に基づく対価を要求し得
るところ,原告がこれを要求したのは,技術顧問としての報酬が支給さ
れないこととなった平成21年3月以降のことであるし,前記認定のと
おり,その交渉の過程で,原告は自身の貢献を考慮すべきことは主張し
たものの,平成15年10月頃に本件合意が成立した旨の主張はしてい
ない。
以上を踏まえると,平成15年10月頃,原被告間で,本件譲渡の対
価を,被告の利益に応じて支払う旨の明示的な合意が成立したと認める
ことはできない。
イまた,被告の職務発明規定について,原告は,従業員ではないことを
考慮して,利益変動型の高額の報酬が支払われる可能性がある旨期待し
ていたとするが,当該職務発明規定は,当該発明に関して利益があった
場合であっても,権利に係る部分の製品全体中の原価割合,営業価値(客
先へのアピール度),技術価値(技術の独占的優位性),コストダウン効
果等の諸事情を踏まえて,報奨金額を算定するものとされており(甲5,
乙15),当該発明が製品化されて利益が出た場合であっても,直ちに
高額の報奨金が認められるようなものでもないことから,原告が抱いて
いた上記期待は,被告において理解されていたとまでは認められない。
本件では,原告と被告との従前の関係,原告が本件チャック開発を依
頼された経緯,本件譲渡当時,職務発明規定が創設されていたこと,平
成21年以降,被告から原告に対し,本件発明に関し,職務発明の実績
報奨金を支払う旨の連絡がされていること等を踏まえると,平成15年
12月当時,本件譲渡の対価について,原被告では,将来的に,被告の
職務発明規定に従って譲渡対価を計算することがあるという程度の共
通認識があった可能性はあるが(なお,本件訴訟で,原告は,被告の職
務発明規定に従って算出した対価を請求するものではなく,むしろ,従
業員ではない原告について,被告の職務発明規定に従った算定をするこ
とを否定する主張をしている。),これを超えて,原被告間で,本件譲渡
の対価を丸一鋼管への売上げ又は販売利益の10%とする旨の黙示の
合意が成立していたと評価すべき事情はないといわざるを得ない。
なお,平成17年4月に原告に支払われた金員については,本件チャ
ック装置の詳細設計の対価とみるべきであり,これに原告方式の発明や
本件譲渡に対する対価が含まれているとの被告の主張が採用できない
ことは,既に述べたとおりである。しかしながら,原告は,原告方式が
第1号機の本件チャック装置として実用化された後であり,また本件発
明について特許出願がされた後である平成16年11月以降,被告の技
術顧問に採用されて定期的に報酬を受けることになり,また,原告方式
の実用化を理由の一つとして,ボーナスを支給されるようになったので
あるから,原告が,原告方式の発明や本件譲渡の対価としての性質を有
するものを何ら取得していないということにはならないし,平成17年
4月の前記金員に,原告方式の発明や本件譲渡の対価が含まれないとの
事実から,これとは別に,平成15年10月頃,本件合意が成立してい
たであろうと推認することもできない。
(3)原告は,原告方式がなければ,丸一鋼管からの注文を受けられなかったこ
とを考慮すべきであると主張するが,被告では被告方式の開発も進められて
いたことからすれば,原告方式がなければ丸一鋼管からの発注を受けられな
かったという関係自体直ちに認めることはできないし,仮にそのような事情
があったからといって,原被告間で,直ちに本件合意を成立させることには
ならないから,原告の主張の根拠とはならない。原告は,平成21年3月2
5日の臨時実績報償委員会で,チャック専門メーカーに本件チャック開発を
断られた際に1000万円という数字が出ていたことを聞いて,1000万
円の請求をするが,これについても同様に原告の主張の根拠となるものでは
なく,そもそもこのように事後的に種々の主張をすること自体が,対価に関
する明確な認識が原告自身にもなかったことを裏付ける事情といえる。
なお,原告の主張は,日亜化学工業の事件などを踏まえて,職務発明の場
合には利益の5%を報奨金とするのが一般的な認識であり,これに基づいて,
本件譲渡の対価は売上げ又は利益の10%である旨の合意があったと主張
するが,同事件の和解案が発明者貢献度を5%としたことをもって,本件の
譲渡対価が売上げ又は利益の10%であると主張するのは明らかに論理の
飛躍があるのであって,到底認められない。
4結語
以上のとおり,本件においては,原告が主張するような,本件譲渡の対価
に関する合意が成立したとは認められないから,その余の点について検討す
るまでもなく原告の請求は失当である。
したがって,原告の請求には理由がないから,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第21民事部
裁判長裁判官谷有恒
裁判官松川充康
裁判官網田圭亮

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛