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平成15年4月11日判決言渡し 同日原本領収 裁判所書記官 高瀬美喜男
平成12年(ワ)第345号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成14年10月11日
判       決
主       文
1 被告らは,原告Aに対し,連帯して3836万1191円及びこれに対する平成1
2年4月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは,原告Bに対し,連帯して3836万1191円及びこれに対する平成1
2年4月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4 訴訟費用は,これを20分し,その1を原告らの負担とし,その余は被告らの
負担とする。
5 この判決は,第1,2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告らは,原告Aに対し,連帯して4133万2695円及びこれに対する平成12年
4月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは,原告Bに対し,連帯して4133万2695円及びこれに対する平成12年
4月4日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,糖尿病を発症したため被告医療法人高木会(以下「被告法人」という。)
の開設する高木病院(以下「被告病院」という。)に入院した亡Cが同病院の医師で
ある被告Dの過失ある診療行為によって死亡した(以下「本件医療事故」という。)と
して,Cの両親である原告らがそれぞれ,被告Dに対しては,民法709条の不法行
為責任に基づき,被告法人に対しては,主位的には同法715条1項の使用者責
任,予備的には準委任契約の債務不履行責任に基づき,損害賠償金及びこれに
対する上記不法行為後であるCの死亡した日(平成12年4月4日)からの民法所
定年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める事案である。
1 争いのない事実
(1)ア 原告AはCの父であり,原告BはCの母である。
イ 被告法人は肩書地において内科などを診療科目とする被告病院を開設する
医療法人であり,被告Dは本件医療事故当時同病院に勤務する医師であっ
た。
(2) Cは,昭和49年9月3日生まれの男子で,群馬県桐生市a町b丁目c所在のア
パートで婚約者と同居していたが,平成12年3月16日ころから胃部に不快感や
とう痛を生じ,その後徐々に固形物がのどを通らない状態となり,同月28日ころ
には,呼吸困難,吐き気及び動悸症状が出現した。
Cは,同月29日夜おう吐し,その後翌30日朝にもおう吐し,身体が動かず,
ろれつが回らなくなるなどしたため,婚約者の運転する車に乗せられて病院に行
くことになり,最終的に被告病院で診察を受けることになった。
(3) Cは,平成12年3月30日午前10時30分ころ,被告病院に到着したが,自力
で歩行することができなかったため,原告BらがCを車いすに乗せて移動させ,
同病院の医師の診察を受けさせた。
この時点でのCの状況は,顔がむくんで青白く,口唇からは血の気がうせ,目
にはくまができ,ろれつが回らず,ぐったりとして意識も明瞭でなく,医師の診察
に対してもうまく言葉を発することができないというものであった。そこで,医師に
よるCの食生活や症状などについての問診に対しては,主として婚約者がCに
代わって回答した。
(4) その後,Cは,被告病院において入院治療を受けることとなり,持続点滴のた
め左鎖骨下から中心静脈注射(IVH)がなされ,排尿バルーンの処置が執られ
た。この時点で,主治医となった被告Dが,原告Bらに対し,入院診療計画書を
示しながら,Cの血糖値が500以上であること,病名は「脱水,糖尿病ケトアシド
ーシス,消化管通過障害疑い」であること,治療計画は「持続点滴,インスリン投
与」であり,2週間程度の入院が必要である旨を告げた。
(5) 平成12年3月30日(木曜日)の状況
ア Cは,ひっきりなしに水を欲しがる状況にあったが,原告Bが看護師に対し付
添いの必要性について質問したところ,完全看護であるからその必要はない
との回答であった。
イ Cは,午後8時30分ころ,ナースコールをして苦しいと訴え,その後も頻繁に
ナースコールをした。
ウ Cは,午後10時45分ころ,排尿バルーンを外しIVHも外しかけてベッドのわ
きに座っている状態になり,その後,午後10時55分ころにはIVHを外してし
まった。その報告を受けた被告Dは,自宅から電話で看護師に指示をして,抗
精神病剤であるセレネースをCに投与させた。
(6) 平成12年3月31日(金曜日)の状況
ア Cは,午前3時ころ,病室の前に座り込んでいた。その後原告B及び原告ら
の長男であるEがCの病室に出向いたが,Cは,Eがだれであるかも分からな
い状態であり,ひっきりなしに水を欲しがっていた。また,Cは,その後の就寝
中,肩で大きく息をし,口を開けたまま舌が奥に入ってしまうような状態であ
り,大きないびきをかいていた。
イ 原告Bは,午前8時30分ころ,被告病院のホールで朝食をとっていたところ,
看護師からCがベッドから降りているのですぐに来てくれと言われ,Cの病室
に駆け付けた。その時,Cは既にベッドに横たわっていたが,おむつ1枚を付
けただけの裸の状態であった。
ウ 原告Bは,午前9時30分ころ,Cの国民健康保健扱いの手続を済ませるた
め被告病院から外出し,午前11時30分ころCの病室に戻ったが,その時のC
の状態は昏睡状態のように見えた。Cは何も言わなかったが,原告Bが「お水
は。」と問い掛けると,わずかにうなずいた。
エ 原告Bらは,午後2時ころ,Cの病室に来た看護師から廊下で待つように言
われ,その後更にロビーに行ってほしいと言われたので,これに従った。間も
なく,Cの病室の外の廊下に看護師の数が増え,人工呼吸用のバッグを持っ
た看護師が廊下を走っていた。原告Bが直ちにCの病室に駆け付けると,Cは
アンビューバッグによる人工呼吸や心臓マッサージを受けていた。
オ Cは,午後3時20分ころ,自発呼吸が出現したことから個室に移された。
(7) Cは,平成12年4月1日(土曜日)午前10時25分ころ,被告病院から群馬県
新田郡d町大字ef番地所在の医療法人三思会東邦病院(以下「東邦病院」とい
う。)に転院となり,同病院の集中治療室で治療を受けたが,同月4日午後7時4
4分ころ,糖尿病ケトアシドーシスに起因する多臓器不全により死亡した。
2 争点
(1) 被告病院における治療が不適切なものであったか。具体的には,①輸液,イン
スリンなどの量が不適切であったか,又は②CがIVHを外した際に不適切な処
置をしたかである。
(原告らの主張)
糖尿病と診断されるためには,空腹時の静脈血血糖値が1デシリットル中12
6ミリグラムを超えることが必要であるが,Cの初診時のそれは1デシリットル中
580ミリグラムという異常値であった。このような著しい高血糖状態においては,
インスリンが極度に不足し,血液中に酸性物質であるケトン体を生じ,健康体で
は弱アルカリ性である血液が酸性に傾き,脳の働きが妨げられて意識障害(糖
尿病性自律神経障害などと呼ばれ,神経衰弱状態,傾眠など)を生じ,昏睡状
態(ケトアシドーシス昏睡)に陥ることもある。昏睡の前兆として,だるさ,急激な
口渇,吐き気や腹痛などの胃腸症状の出現,大量の尿が頻繁に出るなどの徴
候が現れるとされている。また,このような高血糖状態は,放置すると急性脱水
症状を起こし,腎臓の機能も低下して急性腎不全,急性心不全に至る危険性が
ある。現に,被告Dは,Cの初診時の症状につき,「脱水,糖尿病ケトアシドーシ
ス,消化管通過障害疑い」と診断していた。
ケトアシドーシス昏睡(ただし,Cの初診時の症状は,その前兆ないしその初
期症状にすぎなかった。)の治療としては,脱水補正,血糖値補正,アシドーシス
補正,電解質補正(特にカリウム)がなされるべきであり,それも初期治療が極
めて重要であって,発症初期に適切な治療をするか否かが予後を決めるとされ
ている。
しかるに,被告Dを始めとする被告病院の医師らによるCの治療は,以下のと
おり不適切であった。
ア 輸液,インスリンなどの量の不適切
上記のとおり,Cに対しては,脱水補正,血糖値補正,アシドーシス補正,
電解質補正(特にカリウム)がなされるべきであったのに,以下のとおり,被告
Dによる治療はいずれも不適切なものであった。
(ア) まず,Cの脱水状態の改善のために,生理食塩水の点滴静脈注射が必
要であった。その適切な点滴の速度は,体重1キログラム当たり毎時14な
いし20ミリリットルとされているところ,Cの体重は本件医療事故当時130
キログラムであったから,Cに対しては,毎時1820ないし2600ミリリットル
の点滴が必要だったことになる。
しかし,被告病院がCに対し平成12年3月30日午前11時から同年4月
1日午前零時までの約37時間の間に施した輸液量は,入院注射指示簿に
よれば合計でわずか2000ミリリットル,診療報酬明細書によっても合計で
3000ミリリットルにすぎず,上記必要量を大幅に下回っている。しかも,C
は,後記イのとおり途中でIVHを外してしまったから,そのIVHが外れてい
る間に施用されたに輸液ついては無駄になっており,Cに施用された輸液
量は更に少なかったことになる。
また,被告Dは,輸液としてソリタT3を使用したが,ソリタT3には糖が含
まれているため,前記のとおり異常な高血糖状態にあったCにこれを使用し
たことは不適切である。
(イ) 血糖値の補正のためには,速効性インスリンの静脈注射(体重1キログ
ラム当たり0.2単位)及び筋肉注射(体重1キログラム当たり0.1単位)を
した上,至急専門医のいる医療機関に移送すべきこととされている。Cの体
重は本件医療事故当時130キログラムであったから,速効性インスリンの
26単位の静脈注射と13単位の筋肉注射が必要であった。しかるに本件で
は,被告Dが,血糖値の補正につき,どのような方針を立てたのか明らかで
なく,速効性インスリンの投与についても,診療報酬明細書,診療録,看護
記録の記載を総合すると,平成12年3月30日のIVH抜去直後の8単位及
び同月31日の心停止直前の12単位の皮下注射のみが明らかとなってお
り,上記必要量に比べ著しく少ないものにとどまっている。
(ウ) 電解質の補正についても,血清カリウム値については被告病院に入院
後むしろ低下してしまっており,血清ナトリウム値も改善されなかった。これ
らの数値にかんがみると,被告Dが適正な電解質補正をせず,Cの脱水症
状を悪化させたことがうかがわれる。
イ CがIVHを外した際の不適切な処置
Cは,被告病院に入院した当日である平成12年3月30日午前11時15分
ころにIVHを挿入されたが,その約30分後には「苦しい。酸素とっていい。」と
発言し,同日午後6時ころには「今日で入院して3日目となるんですけど,管は
とってもらえませんか。」と意味不明の発言をし,その後頻繁にナースコールを
行い,同日午後9時ころには酸素マスクを外し,同日午後10時45分ころには
IVHを外しかけてベッドのわきに座り,頻繁にナースコールをした。そして,C
は,同日午後10時55分ころにはIVHを外してしまった。
このように,Cの症状は改善しておらず,IVHを自ら外してしまうような状況
にあったにもかかわらず,被告Dは,セレネース2分の1アンプルの投与を指
示した(なお,セレネースは,昏睡状態の患者には禁忌とされている。)だけで
あった。その後も上記アに記載のとおり,輸液及びインスリンの量が不足した
ことが原因で,同月31日午後2時20分ころ,Cは心停止の状態になった。
また,被告Dは,Cが上記心停止から回復した後の同日午後5時20分こ
ろ,原告BからCの尿が出ていないことを指摘されて利尿剤を用いたが,脱水
症状が原因で尿が出なくなっているCに対し,脱水症状の改善を試みずに利
尿剤を用いることは不適切である。
(被告らの主張)
被告病院におけるCに対する治療は,以下のとおり適切なものであったから,
被告らに責任はない。
ア 被告Dは,Cの入院の際の血液検査により糖尿病ケトアシドーシスと診断し,
高血糖状態に対する処置として,インスリンを適時に注射した。ただし,急激
な血糖値の改善を行うと脳浮腫を起こす危険があり,Cの状態は正にその危
険のある状態であった。そこで,被告Dは,Cの血糖値について当面300を目
標とし,血糖値をチェックする関係から適時採血を行った。
また,消化管通過障害を疑い,内視鏡の検査も視野に入れて慎重な診療
を行った。さらに,平成12年3月31日朝のCの血糖値は345であったが,同
日午前11時30分には499,同日午後5時30分には578と血糖値が急速に
上がっており,このことからケトアシドーシスの増悪と急性循環不全が考えら
れ,輸液,昇圧剤などを適切に処置した。
原告らは,脱水治療の初期段階で,毎時1820ミリリットルないし2600ミリ
リットルもの輸液をする必要がある旨主張するが,そのような大量の輸液がな
されることはなく,500ないし1000ミリリットルを最初の1時間で,その後三,
四時間は200ないし500ミリリットル毎時の速度で輸液を行うのが通常であ
る。患者の心機能を考慮すると,体重が平均的な人の2倍あるから2倍もの速
度で輸液を行うことができるというものではない。入院時,Cの既往病歴や病
態(心疾患,内分泌疾患,腎疾患の有無)が不明であったため,糖尿病ケトア
シドーシスの脱水治療の初めに500ないし1000ミリリットルもの輸液を行う
と急性心不全や肺水腫を起こす可能性もあったことから,多量の輸液を行うこ
とができなかったのである。
これらの経過にかんがみると,被告病院に運び込まれた時点ではCは既に
手遅れの状態であったのであり,被告Dによる治療が不適切であったとはい
えない。
イ IVHによる治療はCの自己抜去によって不可能な状態であり,Cが本件医療
事故当時体重130キログラムの若年高等度肥満であったことから,Cの不穏
状態が長じればIVHの再挿入は不可能であった。このような状況下でIVHを
繰り返せば気胸が生じる可能性があり,かえって危険であった。
被告Dがセレネースの筋肉注射を指示したのは,Cが不穏状態であったた
めその鎮静化を目的としたものであり,適正であった。
(2) 上記(1)において,被告病院における治療が不適切であったとして,このことと
Cの死亡との間に因果関係があるか。
(原告らの主張)
Cが平成12年3月30日に被告病院に入院した際,すなわち初診時のCの症
状は,上記(1)(原告らの主張)に記載のとおり,ケトアシドーシス昏睡の前兆ない
しその初期症状にすぎなかった。そもそも,Cは,被告病院に入院する2週間前
までは異常がなかった。したがって,被告病院が適切な治療を施していれば,特
に大きな問題を残すことなく日常生活を送ることができたはずである。糖尿病を
早期に発見して適切な治療を続ければ糖尿病患者が健康に長生きできること
は,公知の事実といってよい。
したがって,上記(1)(原告らの主張)記載の被告Dらによる被告病院における
不適切な治療とCの死亡との間には因果関係がある。
(被告らの主張)
そもそもCは,被告病院に入院時,既に糖尿病の急性合併症である重度の糖
尿病ケトアシドーシス状態にあり,少なくとも昏睡状態に近い状態にあったから,
短期の治療では改善できないほどの重篤な状態,すなわち手遅れの状態であっ
たといえる。
Cの心停止の原因は,平成12年3月30日の血液検査で感染症を示す所見
があること,同月31日の血液検査で筋肉の崩壊を示すCPK値が異常な上昇を
示していることなどからすれば,高度のアシドーシスに感染が加わり,敗血症性
ショック(細菌が血液中に入り込み,体中に細菌がばらまかれる状態)ないしトキ
シックショック(細菌の出す毒素による細胞,組織の障害),横紋筋融解症を来
し,これにより多臓器不全を併発したためと推測される。
そもそもCがこれだけ悪化して来院したこと自体,C及びその家族に問題があ
ったのであり,被告らの治療とCの死亡との間に因果関係は認められない。
(3) 原告らが本件により被った損害
(原告らの主張)
Cは死亡時満25歳の男子であり,その死亡による損害は以下のとおり合計8
266万5390円であるところ,原告らはCの両親であり,ほかにCの相続人はい
ない。
ア 葬儀費                        120万円
イ 逸失利益                  5196万5390円
Cは上記のとおり死亡時満25歳の男子であり,その逸失利益を算定する
については,賃金センサス平成10年第1巻第1表の産業計,企業規模計,男
子労働者中卒の全年令平均の賃金額年収497万0900円を基礎とし,就労
可能期間を満67歳までの42年間とし,この間の中間利息をライプニッツ係数
17.4232を乗じることにより控除し,生活費控除割合を4割(Cは独身であっ
たが,婚約者と同居し同女と内縁関係にあったから,損害の公平な分担の見
地から被扶養者1名の場合に準じた。)として計算すると,5196万5390円と
なる。
ウ 慰謝料                       2200万円
被告Dの過失は初歩的かつ重大なものであり,これによりいまだ満25歳で
あったCを死亡させたのであるから,その慰謝料額は2200万円とするのが
相当である。
エ 弁護士費用                      750万円
本件は,医療過誤を理由とする損害賠償請求訴訟であり,事案の性質上,
原告らは,訴訟の提起及び追行を弁護士に委任せざるを得なかった。したが
って,被告らは,弁護士費用として上記金額を負担すべきである。
(被告らの主張)
争う。
Cは,重度の糖尿病にり患していたから,仮に生命が助かったとしても,常時
治療を余儀なくされ,健常人と同程度の稼働は見込めなかった。また,原告ら
は,相続人は原告ら以外にはいないとしながら,生活費控除割合の算定に当た
っては被扶養者1名の場合に準ずる旨主張するが,両者は矛盾しており,失当
である。
(4) 過失相殺
(被告らの主張)
Cは,自己の健康管理が非常に不適切であったため,被告病院に入院時,血
糖値が580(正常値は70ないし110)と異常に高くなっており,既に高血糖状態
が何日も持続していたことから,様々な身体症状が出現した。すなわち,ここま
で症状が悪化し,食事や入浴もままならない状態が続いていたにもかかわらず,
平成12年3月30日に至るまで適切な医療機関で治療を受けなかったことが,C
の死亡の最大の原因である。
加えて,被告DがCを診断した時点において,Cは,上記のような状態にあっ
たため自己の病状や生活状況を全く説明できず,また,周囲にいた原告Bや婚
約者らも,Cの症状を正確に伝えることができなかった。それにより,被告Dを始
めとする被告病院の医師らがCに対する適切な診断をすることを困難にさせた。
これらの事情にかんがみると,仮に被告らに本件に関する賠償責任が生ずる
としても,原告ら側にも過失が認められるから,本件においては,大幅な過失相
殺がなされるべきである。
(原告らの主張)
争う。
被告らの主張は,治療機関の診療契約上の義務を否定するものである。Cが
被告病院に入院後自らの責任で被告らの指示に従わなかったというのであれ
ば,Cの過失を問題とする余地もあるが,本件はそのような事案ではない。ま
た,被告らの主張を,既に病状が進行し手遅れであった旨の主張と理解するとし
ても,Cの入院時の治療計画,検査内容などにかんがみると,被告DらがCの症
状を被告ら主張のような重篤なものと考えていなかったことは明らかである。し
たがって,いずれにしても,被告らの過失相殺の主張は失当である。
第3 当裁判所の判断
1 ケトアシドーシス及びその治療法について
(1) ケトアシドーシスについて(南山堂医学大辞典参照)
ケトアシドーシスとは,体内で脂肪酸の不完全代謝によって生じるケトン体(ア
セト酢酸及びこれから生ずるβ-ヒドロキシ酪酸やアセトンの総称)の貯留(ケト
ーシス)によって起こされる酸性症(アシドーシス)をいう。ケトン体の産生が体内
で盛んに起こっても尿中に排泄されていれば酸性症は起こらないが,産生に比
べて排泄が少なくなると次第に体内貯留を起こし,H2CO3に比べてHCO3-
(予備アルカリ)が減少し酸性症を起こす。ケトン体は陰イオンとなり,この排泄
には陽イオンが共に排泄されなくてはならない。このために腎でアンモニアイオ
ンがつくられるが,これら陽イオンがケトン体由来の陰イオンに対して不足してく
ると排泄が悪くなる。このような現象は重症糖尿病にみられ致命的となる。
(2) 治療のポイントはインスリンの持続投与と生理食塩水を中心とした大量の輸液
であるところ(甲B1,乙B3,4),糖尿病ケトアシドーシスの治療における輸液量
について,医学文献には以下のような記載が存在する。
ア 平成12年5月17日発行の社団法人日本糖尿病学会編著「糖尿病治療ガイ
ド2000」(甲B1)
「直ちに生理食塩水を1000m?/hr(14~20m?/kg/hr)の速度で点滴
静注を開始,ただし,高齢者と小児の場合は7~10m?/kg/hrとする。」
イ 日本臨牀55巻・1997年増刊号に登載された論文「ケトアシドーシス性昏
睡」(乙B3)
「0~1時間目
血圧が正常で尿量も十分なときは生理食塩水を500~1000m?/
時のスピードで投与する。
1~2時間目
生理食塩水を500m?/時で継続する。
2~4時間目
1~2時間目の治療を継続。
4~8時間目
生理食塩水投与を250m?/時に変更する。血糖が270mg/d?ま
で下がっていれば生理食塩水にグルコース(最終5%)を加え,500
m?/時で投与する。
8~24時間目
グルコース(2.5~5.0%)を含む0.45%食塩水で引き続き補正
が必要。」
ウ 日本内科学会雑誌第88巻第12号・平成11年12月10日に登載された論
文「糖尿病性昏睡」(乙B4)
「生理的食塩水 500m?  1回点滴静注
【投与法】
①500m?/時間のスピードで輸液を開始する。ただし収縮期血圧80
mmHg以下,頻脈(脈拍120/分以下)の場合は,心機能が良さそう
なら1000m?/時間で開始。
②最初の3~4時間は200~500m?/時間で輸液。
【ポイント】
・一般に輸液量が4?/㎡/日以下では脳浮腫はおこらない。
・高浸透圧(>350mOsm/?)の状態でも,初期治療に生理的食塩水
を用いる。生理食塩水の浸透圧は308mOsm/?であり,患者の高
い血漿よりは低張である。むしろ低張食塩水の投与のほうが脳浮腫
の危険性が増大する。」
2 争点(1)(被告病院における治療が不適切であったか。)について
(1) 被告Dらによる診療の経過等について
前記争いのない事実,甲A2ないし5,7の1及び2,甲A12,甲B2,乙A1,3
の1,乙A8,12,14,原告B本人,被告D本人及び弁論の全趣旨によれば,被
告Dらによる診療の経過等について以下の事実が認められる(なお,以下,平成
12年3月30日のことを単に「30日」と,同月31日のことを単に「31日」と,同年
4月1日のことを単に「1日」と,それぞれ簡略化していうことがある。)。
ア Cは,遅くとも30日に被告病院に入院するまでに,糖尿病ケトアシドーシス
にり患した。
イ Cの主治医となった被告Dが30日にCを最初に診察した際,Cは被告Dの質
問に対して十分に説明をすることができず,Cには既に意識障害があった。
被告Dは,Cの入院時に行った血液検査(乙A8)と尿検査(乙A12)の結果
などから,Cの病名を「脱水,糖尿病ケトアシドーシス,消化管通過障害疑い」
と診断した。また,Cの意識障害についても糖尿病ケトアシドーシスの影響に
よるものであろうと判断した。
ウ 被告Dは,Cに水分を補給することにより酸性物質であるケトン体を尿中に
排出させて酸性に傾いた血液を本来の弱アルカリ性の方向に改善させるた
め,Cに輸液を行うことにし,30日午前11時15分ころ,Cの左鎖骨下にIVH
を挿入して輸液を開始した。
被告Dは,上記輸液の開始時点から31日午前零時までの間に,Cに対しI
VHによって約2リットルの輸液を行う方針を決め,その旨看護師に指示した。
エ 被告Dは,30日午後6時ころ,被告病院を退勤したが,その際,Cのことにつ
いて当直医に申し送りをしなかった。
オ Cは,30日午後6時ころ,意識障害が高じて,看護師に対し,「今日で入院し
て3日目になるんですけど,管は取ってもらえませんか。」などと要領を得ない
発言をした。また,Cは,同日午後8時30分ころ,呼吸困難な状態になり,同
日午後9時20分ころには,水分を摂取した際,おう吐する動作をした。
カ Cは,糖尿病ケトアシドーシスの影響による意識障害のため,30日午後10
時45分ころ,自ら排尿バルーンを外し,IVHも外しかけて,ベッドのわきに座
った状態になった。そこで,看護師は,被告Dに電話でCの状況を伝え,被告
Dから指示を受けてCに対しセレネースを投与した。
その後もCの意識障害は続き,同日午後10時55分ころ,Cは自らIVHを外
してしまった。Cが不穏な状態であったため,当直医はIVHの再挿入をするこ
とができなかった。Cの状況を看護師から再度電話で伝えられた被告Dは,自
分が翌31日午後2時ころ被告病院に出勤するまではIVHの再挿入を断念す
ることに決め,「仕方ないでしょう。」と回答して,輸液を再開する指示をしない
まま,看護師に対し,Cにセレネースを投与するよう指示した。
キ Cは,31日午前11時ころ,呼吸困難になり,のどの渇きを訴えたが,意識
障害が悪化したため自力で水分をとることができない状態となった。そこで,C
の祖父の要望により,看護師がCの右上腕正中から針を挿入して持続点滴を
開始した。
ク 被告Dは,31日午後2時20分ころ,Cを診察した。被告DがCにIVHを挿入
しようとしたところ,Cの呼吸が停止し,その後,心停止状態となった。その時
点でCの意識レベルは痛み刺激に全く反応しないレベル(ジャパンコーマスケ
ール300)であった。被告Dらが人工呼吸の処置を執るとともに昇圧剤を使用
した結果,5分ほどでCの呼吸と脈は再開した。しかし,その後,Cの意識レベ
ルが回復することはなく,Cは糖尿病性昏睡の状態になった。
ケ 31日午後3時30分ころ,Cに対して排尿バルーンの処置が執られた。被告
Dは,同日午後5時20分ころ,Cの家族から指摘されてCの尿が出ていないこ
とに気付き,Cに対し利尿剤を投与した。その時点から同日午後11時ころま
での間,Cは175ミリリットルしか排尿しなかった。Cは,その後も1日午前5時
ころまでに20ミリリットルしか排尿しなかった。
コ Cは,1日午前10時25分ころ,救急車で被告病院から東邦病院に搬送され
た。東邦病院のF医師は,Cの病名を糖尿病ケトアシドーシスに起因する糖尿
病性昏睡と診断した。その時点で,Cの病態は,最悪レベルの意識障害があ
り,ケトン体の増殖による急激な血液の酸性化(アシドーシス)や脱水の進行
により急性腎不全を発症していた。
Cは,その後,同病院の集中治療室で治療を受けていたが,平成12年4月
4日午後7時44分ころ,糖尿病ケトアシドーシスに起因する多臓器不全により
死亡した。
(2) 被告病院においてCに試みた輸液量について
ア 診療報酬明細書(甲A5)には,被告病院においてCに投与するために使用
したとされる輸液量が,以下のとおり記載されている。
(ア) 平成12年3月分
ソリタ-T3号   500m? 3瓶
ソリタ「シミズ」  500m? 1瓶
生食        100m? 1瓶
ソリタ-T3号   500m? 1瓶
生食溶解液キットH 100m? 1式
生食         20m? 1A
ソリタ「シミズ」  500m? 1瓶
生食         20m? 1A
生食         20m? 1A
(イ) 平成12年4月分
ソリタ-T3号   500m? 2瓶
生食溶解液キットH 100m? 1式
イ また,入院注射指示簿(甲A7の1及び2)には,被告病院の看護師がCに行
った輸液量が,以下のとおり記載されている。
(ア) 平成12年3月30日
ST3(ソリタT3) 1500m?
ソリタ         500m?
生食          100m?
(イ) 平成12年3月31日
ST3(ソリタT3)  500m?
生食キット       100m?
生食           20
ソリタ         500m?
(ウ) 平成12年4月1日
ST3(ソリタT3) 1000m?
生食キット       100m?×2
ウ さらに,看護記録(乙A3の1)には,被告病院の看護師がCに行った輸液量
が,以下のとおり記載されている。
(ア) 平成12年3月30日午後10時45分
生食 100m?
(イ) 平成12年3月31日午後2時47分
生食 20m?
エ 上記アないしウによれば,被告病院においてCに試みた輸液量は,総量で
多くても4420ミリリットルであったと認められる。
(3) 上記(1),(2)の外,前記1で認定した事実に基づき,以下のとおり判断する。
ア 前記1によれば,本件医療事故当時の医療水準として,糖尿病ケトアシドー
シスにり患した通常の患者については,症状の大幅な改善が認められない限
り,1日当たり少なくとも5000ミリリットル程度の輸液量が求められており,本
件医療事故当時体重が約130キログラムの肥満体であった(被告D本人)C
については,上記の量を更に上回る量の輸液が必要であったということがで
きる。
しかるに,被告Dが,Cに対して試みた輸液の総量は,Cに対してIVHを挿
入して輸液を開始したとき(30日午前11時15分ころ)からCが被告病院を退
院したとき(1日午前10時25分ころ)までの47時間余りで,上記(2)エのとお
り,多くても4420ミリリットルにすぎず,上記の必要とされる輸液量を大幅に
下回っていたものと評価せざるを得ない。しかも,30日午後10時55分ころに
CがIVHを自ら外してから31日午前11時ころに看護師によって輸液が再開さ
れるまでの約12時間は輸液が全く行われなかった(IVHが外れている間の輸
液が無駄になった)のであるから,Cに実際に行われた輸液量は上記の442
0ミリリットルを更に下回っていたといえる。
したがって,被告DがCに対して行った輸液量はそもそも大幅に不足してい
たのであるから,この点で被告Dの判断及び処置に誤りがあったものといわざ
るを得ない。
イ また,前記(1)のとおり,被告Dは,看護師からCがIVHを自ら外した旨の電話
連絡を受けた時点では,既にCの意識障害について糖尿病ケトアシドーシス
の影響によるものと判断しており,また,看護師からの報告によりCの意識障
害が悪化していることを容易に認識することができたにもかかわらず,当直医
ないし看護師に対し,輸液を再開するよう指示をすることなく,輸液をしないま
ま放置した。
しかしながら,CがIVHを外した時点では,前記(1)によれば,糖尿病ケトア
シドーシスの影響によるCの意識障害の程度は被告病院に入院した当初より
も悪化しており,そのことについて被告Dは容易に認識することができたもの
ということができるから,被告Dとしては,上記時点において,輸液を継続,強
化する処置を執ることによって,酸性物質であるケトン体を可能な限り尿中に
排出して血液の酸性化を防ぎ,Cが糖尿病性昏睡や急性腎不全,急性心不
全になるのを防止すべき注意義務があったものというべきである(甲B2)。
しかるに,上記のとおり,被告Dは,CがIVHを外したとの連絡を受けた時
点で,輸液を再開するよう指示することなく,輸液がなされない状態を漫然と
放置したのであるから,この点においても,被告Dの判断及び処置に誤りがあ
ったものといわざるを得ない。
(4) 被告らの反論について
ア 被告らは,Cの被告病院への入院時,Cの既往病歴や病態が不明であった
ため,治療の当初に1時間当たり500ないし1000ミリリットルもの輸液を行う
と急性心不全や肺水腫を起こす可能性もあったことから,多量の輸液を行うこ
とができなかったと主張する。
しかしながら,前記1(2)によれば,治療当初に1時間当たり500ミリリットル
程度の輸液を行っても急性心不全や肺水腫を起こす可能性はほとんどないと
いうことができるところ,前記(2)によれば,被告Dは,治療初日の30日におい
て,Cに対し輸液を1時間当たり160ミリリットル程度しか試みていないのであ
るから,急性心不全や肺水腫を起こす危険性を考慮に入れても,被告Dの試
みた輸液量は明らかに少なかったと評価せざるを得ず,上記危険性は被告D
の試みた輸液量の少なさを正当化する根拠とはならないものというべきであ
る。また,Cの既往病歴や病態が不明であったとする点についても,確かに,
前記争いのない事実(3)のとおり,Cは,被告病院への入院時において,うまく
言葉を発することができず,主としてCの婚約者がCに代わって医師の問診に
回答したのであるが,その回答により,被告Dらは,Cの既往歴として,交通事
故によるろっ骨骨折の疑いがあること,Cの症状経過として,平成12年3月中
旬から胃痛及び食欲低下の症状が出現し,食事をとることができず,ジュース
などの水分をとることができるのみの状態であったこと,同月28日から動けな
くなったことなどの情報を得たのであるから(乙A3の5),糖尿病の治療を開
始するに当たって情報が不足していたということはできず,Cの既往病歴や病
態が不明であったことを理由に輸液量を少なくしたことを正当化することはで
きないといわざるを得ない。
したがって,被告らの上記主張は採用することができない。
イ また,被告らは,被告DがCによるIVHの抜去の連絡を受けたにもかかわら
ずIVHの再挿入を指示しなかったことについて,Cが本件医療事故当時体重
130キログラムの若年高等度肥満であったため,Cの不穏状態が長じればIV
Hの再挿入は不可能であったこと,Cが不穏な状況下でIVHを繰り返せば気
胸が生じる可能性がありかえって危険であったことを理由に,やむを得ない処
置であったと主張する。
しかしながら,Cが不穏な状況にあったという点については,Cが,IVHの抜
去後,31日午前3時過ぎに寝入っている(前記争いのない事実(6)ア)ところ,
被告D自身が,本人尋問において,Cが寝ている状態であればIVHを挿入す
ることは可能であったと供述していることからすると,Cが寝入った時点でCに
対しIVHを挿入することは可能であったと認められる。そうすると,Cが不穏な
状況にあったためIVHの再挿入が不可能であったとは必ずしもいえず,被告
Dは,Cが寝入るなどして鎮静化した時点で直ちにIVHの再挿入をするよう看
護師らに指示すべきであったといえる。
また,IVHを繰り返せば気胸が生じる可能性がありかえって危険であったと
する点についても,抗精神病剤であるセレネースなどを適切に投与することに
より,Cの不穏状態を制御してCによるIVHの抜去,IVHの再挿入の繰り返し
をある程度回避することができたものと考えられるから,被告らの主張する上
記の点は当たらない。仮に,IVHの繰り返しによりCに気胸が生じる可能性が
あったとしても,被告DがCによるIVHの抜去の連絡を受けた時点では,前
記(1)のとおり,Cにおいて糖尿病ケトアシドーシスの影響による意識障害が悪
化していたのであり,そのまま放置すれば,Cが糖尿病性昏睡や急性腎不
全,急性心不全になり死亡する危険があったものということができるから(甲B
2),Cに気胸が生じる可能性を考慮に入れても,IVHによる輸液を再開する
ための処置を優先して行うべきであったといえる。
したがって,いずれにしても,IVHの再挿入を指示しなかったことに関する
被告らの上記主張も採用することができない。
(5) 以上によれば,Cに対する輸液に関し,CによるIVHの抜去後看護師らに対しI
VHの再挿入を指示せずに放置した点,そして,その結果Cに試みた輸液量が
総量として不足していた点で,被告Dには過失があったものといわざるを得な
い。
3 争点(2)(被告病院における治療とCの死亡との間の因果関係の有無)について
(1) 糖尿病性昏睡について(甲B2,被告D本人)
糖尿病性昏睡は,以下のような段階を追って典型的な予兆症状が現れる。
① 多量の尿が頻繁に出る。水を飲んでものどが渇く。激しい脱水状態になる。
② 疲労感,だるさが増す。皮膚や粘膜が乾燥する。体重が減少する。
③ 吐き気,おう吐,腹痛(胃腸症状)の症状が出てくる。極度の食欲不振で水
分も受け付けなくなる。
④ 大きな息をする。血圧や体温が低下し,脈拍が弱くなる。
⑤ 尿が出なくなり,意識が薄れ始める。
⑥ 昏睡状態になる。
糖尿病性昏睡は,血液中における極度のインスリン不足によって起こるもの
であり,インスリンの不足により脂肪から分解した強い酸性物質であるケトン体
が生じて血液を酸性にし(アシドーシス),その状態が脳の働きを抑制して昏睡を
引き起こすことになる。
そこで,糖尿病性昏睡になるのを防ぐためには,インスリンを投与してケトン
体の発生を抑制するとともに,輸液を行って既に発生したケトン体を尿中に排出
することが必要である。
そして,糖尿病性昏睡は,いったん発症してしまっても,病院に急行して直ち
に応急処置(インスリン注入)を受ければ,ほとんどの場合治癒するが,放置す
ると急性脱水症状を起こし,腎臓の機能も低下して,急性腎不全,急性心不全を
起こして死亡する場合もある。
(2) 30日ないし1日に行ったCの血液生化学検査の結果は,以下のとおりである
(乙A9ないし11)。
30日  31日   1日        基準値
アミラーゼ  113   75  289 (26.5~83.5)
BUN 21.1 35.1 59.0      (9~20)
クレアチニン 1.18 2.73 5.88   (0.3~1.3)
糖  580  481  619    (70~110)
Na  116  119  128   (135~147)
K  5.1  4.4  3.6   (3.6~5.0)
C?   81   87   83   (103~115)
GOT   20   30   33     (10~27)
GPT   36   24   24      (5~33)
LDH  188  303  211   (180~460)
CPK  106 1083  645    (24~188)
CRP  0.6 14.3 22.6     (0.5以下)
(3) 前記争いのない事実,前記1,2及び前記(1)で認定した事実並びに上記(2)の
血液生化学検査の結果に基づき,前記2で認定した被告Dの過失とCの死亡と
の間の因果関係の有無について,以下検討する。
ア Cは,被告病院への入院時,腹痛,吐き気,おう吐などの症状が出ており,
意識が明瞭でないなど,既に糖尿病性昏睡への予兆症状が現れていた。
しかし,他方,30日の血液生化学検査の結果は,血糖値以外はほぼ正常
であり,また,同日の被告病院への入院時から午後3時までの間,Cは1600
ミリリットルもの排尿をしており(乙A3の1,被告D本人),さらに,Cは,被告病
院に入院した当時,意識は明瞭ではなかったものの,31日午後2時20分こ
ろに呼吸停止,心停止状態となって痛み刺激に全く反応しない意識レベルに
なるまでは,昏睡状態になることはなく,それ以前の同日午前3時50分ころ,
付添いをしていた家族に対して「何でここにいるの。ここはどこ。」などと問い掛
けたり(乙A3の1),同日午前11時30分ころ,原告Bの問い掛けにうなずい
たりするなどしていた(前記争いのない事実(6)ウ)。
以上のCの状況を前記(1)の糖尿病性昏睡の予兆症状の段階に基づいて
考察すると,被告病院への入院時のCの症状は,いまだ糖尿病性昏睡の初
期症状の段階にとどまっていたものということができる。
イ ところが,30日から31日にかけてCに対する輸液が中断された後,Cの意
識レベルが悪化し,31日午後2時20分ころには,呼吸停止,心停止状態とな
った。
また,Cは,同日午前3時50分ころ,100ミリリットルの排尿をしたものの,
その後はほとんど排尿しておらず,同日午後5時20分ころCに対して利尿剤
が投与された後も同様の状態であったことからすると,上記の利尿剤投与時
までにCが急性腎不全を発症したものと認められる。
さらに,上記の輸液中断後の31日の血液生化学検査において,BUN,C
PK,CRPといった数値が急速に悪化した。
ウ そして,1日に被告病院から東邦病院に搬送された時点でのCの症状の程
度,状況などからすると,その時点では,既にCの糖尿病性昏睡の症状は治
癒の不可能な状態であり,死亡が避けられない状況にあったものということが
できる。
エ 以上のアないしウを総合すると,前記2の被告Dの輸液に関する過失,とり
わけCによるIVHの抜去後看護師らに対しIVHの再挿入を指示せずに放置し
た過失と,Cが糖尿病性昏睡に陥ったこと,ひいてはCが死亡したこととの間
には,因果関係があるものと認められる。
(4) 被告らの反論について
ア 被告らは,被告病院への入院時,Cが糖尿病の急性合併症である重度の糖
尿病ケトアシドーシス状態にあり,少なくとも昏睡状態に近い状態にあったか
ら,既に手遅れの状態にあったといえ,被告らの治療とCの死亡との間に因果
関係は認められないと主張する。
しかしながら,前記(1)のとおり,糖尿病性昏睡は,いったん発症しても,直
ちに応急処置を受ければ,ほとんどの場合治癒するものであるところ,①上
記(3)アのとおり,被告病院への入院時のCの症状は,いまだ糖尿病性昏睡の
初期症状の段階にとどまっていたものということができること,②被告Dは,被
告病院入院当日の30日にCを診断した際,原告Bらに対し,Cの血糖値が50
0以上であること,病名は「脱水,糖尿病ケトアシドーシス,消化管通過障害疑
い」であること,治療計画は「持続点滴,インスリン投与」であり,2週間程度の
入院が必要である旨を告げたのみであり,Cの糖尿病ケトアシドーシスの状態
が生命の危険のあるものであることを前提とする説明を全く行っておらず(前
記争いのない事実(4)),また,同日午後6時ころ被告病院を退勤する際,Cの
ことについて当直医に申し送りをしていない(前記2(1)エ)など,Cの被告病院
への入院当初,Cの症状が生命の危険のある重篤なものであることを前提と
する対応を全くとっていないこと,③被告D自身,本人尋問において,Cの症状
について,完治することが難しかったとは言い切れないと供述していることな
どを併せ考えると,被告病院への入院時,Cが既に手遅れの状態であったと
は到底認められない。
したがって,被告らの上記主張は採用することができない。
イ また,被告らは,Cの心停止の原因は,高度のアシドーシスに感染が加わ
り,敗血症性ショック(細菌が血液中に入り込み,体中に細菌がばらまかれる
状態)ないしトキシックショック(細菌の出す毒素による細胞,組織の障害),横
紋筋融解症を来し,これにより多臓器不全を併発したことにあると推測される
と主張する。かかる主張は,Cの死亡は,被告Dの診療行為に基づかないとこ
ろの細菌感染が原因であるとする趣旨であると思われるが,その主張する事
実を裏付ける確たる証拠はない。
したがって,被告らの上記主張も採用することができない。
(5) 以上によれば,その余の点(原告らが主張する被告病院におけるその余の不
適切な診療行為の有無など)について判断するまでもなく,被告Dの過失ある診
療行為によってCの死亡の結果が生じたものということができるので,被告Dは,
不法行為責任(民法709条)に基づき,Cの死亡によって生じた損害について,
原告らに対し賠償する責任を負うものというべきである。また,被告法人も,その
事業である診療行為についての被用者である被告Dの不法行為に関して使用
者責任(同法715条1項)を負うことを免れず,Cの死亡によって生じた損害につ
いて,被告Dと連帯して,原告らに対し賠償する責任を負うものというべきであ
る。
4 争点(3)(原告らの被った損害)について
(1) Cの損害について
ア 逸失利益                  4652万2383円
(ア) Cの収入について
前記争いのない事実,甲A12,原告B本人によれば,Cは,昭和49年9
月3日生まれ(死亡当時25歳)の男子であり,中学を卒業した後定時制高
校に進学したが,同高校を1年生の時に中退したこと,同高校中退後は,ス
イミングクラブのインストラクターや生協のアルバイト,工場勤務の仕事など
をしていたが,平成11年4月以降本件医療事故当時までは無職であったこ
と,本件医療事故の直前の時期は婚約者と同居しながら公共職業安定所
などで求職活動をしていたことが認められる。そして,婚約者と同居してい
ること,求職活動をしていたことなどを考慮すると,Cについて将来にわたっ
て無職の状態が継続することや中卒男性労働者の平均賃金を得ることが
できないとまでいうことはできない。加えて,Cの失業前の収入額を認める
に足りる証拠がないことも併せ考えると,Cの逸失利益額を算定するに当た
っては,当裁判所に顕著な事実である平成12年度賃金センサスによる全
男性中卒労働者の平均賃金年額485万4800円をCの年収と見なして算
定すべきである。
この点,被告らは,Cは重度の糖尿病にり患していたから,仮に生命が
助かったとしても,常時治療を余儀なくされ,健常人と同程度の稼働は見込
めなかったと主張する。しかしながら,前記3(1)及び3(3)アのとおり,①被
告病院への入院時のCの症状はいまだ糖尿病性昏睡の初期症状の段階
にとどまっていたこと,②糖尿病性昏睡は,いったん発症してしまっても,直
ちに応急処置を受ければほとんどの場合治癒することなどにかんがみる
と,被告病院入院時のCの糖尿病の症状の程度からは,本件医療事故が
なかった場合,Cが健常人と同程度に稼働することが見込めなかったもの
とは認められない。したがって,被告らの上記主張は採用することができな
い。
(イ) 生活費控除率について
前記争いのない事実,甲A12によれば,Cは,本件医療事故当時,Gと
婚約しており,平成11年ころから同人と同居を開始し,それ以降本件医療
事故当時まで同人と二人で生活をしていたことが認められる。他方で,C
は,Gと同居を開始して以降は,原告らと同居しておらず,また,原告らの
生活の援助をしていた事実も認められず,本件医療事故がなかったとして
も,近い将来,原告らの生活を援助したであろう蓋然性は認められない。以
上の事実を総合考慮すると,Cの逸失利益額を算定するに当たっては,生
活費控除率を45パーセントとして算定すべきである。
(ウ) Cの逸失利益額を算定するに当たっては,就労可能年数をCの死亡時
の年齢である25歳から67歳までの42年間として算定するのが相当であ
る。
そうすると,Cの逸失利益額は,前記(ア)の年収額485万4800円から
上記(イ)の生活費控除率45パーセント分の金額を控除した金額に42年分
のライプニッツ係数である17.4232を乗じた4652万2383円となる。
イ 慰謝料                       2200万円
前記のとおりのCの身上,経歴や本件医療事故の態様,それによって生じ
た結果など一切の事情を総合考慮すると,本件医療事故によりCの被った精
神的苦痛に対する慰謝料額は,2200万円とするのが相当である。
ウ 上記ア,イによれば,被告Dの不法行為によるCの損害額は6852万2383
円となる。
そして,原告AがCの父であり,原告BがCの母であることは,当事者間に
争いがないから,原告らはそれぞれ,Cの死亡により,上記損害額の2分の1
である3426万1191円の各損害賠償債権を相続したものということができ
る。
(2) 原告ら固有の損害について
ア 葬儀費                        各60万円
死亡したCの葬儀費が120万円掛かったことについては,当事者間に争い
がなく,弁論の全趣旨によれば,原告らがそれぞれ葬儀費を60万円ずつ支
払ったものと認められる。
イ 弁護士費用                     各350万円
原告らが本訴追行のために訴訟代理人として弁護士を依頼したことは当裁
判所に顕著な事実であり,上記の認定損害額,本件事案の内容,本訴の審
理経過などの一切の事情を勘案すると,被告らが負担すべき弁護士費用は7
00万円とするのが相当であり,原告らはそれぞれ350万円ずつを請求する
ことができるものというべきである。
(3) 以上によれば,原告らはそれぞれ,被告Dに対しては民法709条の不法行為
責任に基づき,被告法人に対しては同法715条1項の使用者責任に基づき,3
836万1191円及びこれに対する被告Dの不法行為後であることが明らかな平
成12年4月4日(Cの死亡した日)から支払済みまで民法所定の年5分の割合
による遅延損害金を連帯して支払うよう求めることができる。
5 争点(4)(過失相殺)について
(1) 被告らは,C自身の健康管理が非常に不適切であったため,被告病院に入院
時既にCの高血糖状態が何日も持続し,Cに様々な身体症状が出現したのであ
り,ここまで症状が悪化し,食事や入浴もままならない状態が続いていたにもか
かわらず,平成12年3月30日に至るまで適切な医療機関で治療を受けなかっ
たことが,Cの死亡の最大の原因であるから,原告ら側に過失が認められ,本件
では過失相殺がなされるべきであると主張する。
しかしながら,被告病院への入院時のCの症状がいまだ糖尿病性昏睡の初
期症状の段階にとどまっていたことは,既に繰り返し述べているとおりであり,被
告病院への入院時のCの症状が重かったことを前提とする被告らの上記主張
は,そもそもその前提を欠くものといわざるを得ない。また,確かに,前記争いの
ない事実(2)のとおり,Cは,同月16日ころから胃部に不快感やとう痛を生じ,そ
の後徐々に固形物がのどを通らない状態となり,同月28日ころには,呼吸困
難,吐き気及び動悸症状が出現し,同月29日夜おう吐し,その後翌30日朝に
もおう吐し,身体が動かず,ろれつが回らなくなるなどした段階で,被告病院で診
察を受けることになったものであるが,他方,Cが糖尿病について専門的知識を
有せず糖尿病の既往歴もなかったこと(弁論の全趣旨),同月半ばころから市販
の胃薬を服用して自己の症状について自分なりに対処しようとしていたこと(甲A
12)などに照らすと,上記の症状の段階でCが医療機関の診察を受けることにし
たことが,糖尿病に関して専門的知識を有しないCを基準にすると,著しく遅れた
ものと評価することはできないというべきである。
したがって,被告らの上記主張は採用することができない。
(2) また,被告らは,被告DがCを診断した時点において,Cは既に糖尿病の症状
が悪化していたため,自己の病状や生活状況を全く説明できず,また,周囲にい
た原告Bや婚約者であるGらも,Cの症状を正確に伝えることができなかったこと
から,被告Dを始めとする被告病院の医師らがCに対する適切な診断をすること
を困難にさせたのであり,この点で原告ら側に過失が認められるから,過失相殺
がなされるべきであるとも主張する。
しかしながら,前記2(4)アのとおり,確かに,Cは,被告病院への入院時,うま
く言葉を発することができず,主としてGがCに代わって医師の問診に回答した
のであるが,その回答により,被告Dらは,Cの既往歴として,交通事故によるろ
っ骨骨折の疑いがあること,Cの症状経過として,平成12年3月中旬から胃痛
及び食欲低下の症状が出現し,食事をとることができず,ジュースなどの水分を
とることができるのみの状態であったこと,同月28日から動けなくなったことなど
の情報を得たのであるから,糖尿病の治療を開始するに当たって情報が不足し
ていたとはいえず,原告ら側の説明不足により被告Dを始めとする被告病院の
医師らがCに対する適切な診断をすることを困難にさせたとまでいうことはできな
い。また,そもそも,被告Dらが,原告ら側から提供されるCの治療に必要な情報
が不足しているためCに対する適切な診断をすることが困難であると認識したの
であれば,医療の専門家である被告Dらは,その後のCの症状や状態の推移を
注意深く観察しなければならないはずであるが,被告Dは,30日午後6時ころ被
告病院を退勤した際,Cのことについて当直医に申し送りをせず,同日CがIVH
を外したとの連絡を受けた時にCの尿量を確認しなかった(被告D本人)などの
事実に照らすと,被告DらがCの症状や状態の推移を注意深く観察していたとは
到底いえないから,原告ら側の情報提供の不足を理由に過失相殺をすること
は,損害の公平な分担という過失相殺の趣旨に照らしても,認められるべきでは
ない。
したがって,被告らの上記主張も採用することはできない。
(3) そうすると,過失相殺をすべきであるとの被告らの上記主張には理由がなく,
本件では過失相殺をすることは相当でない。
第4 結論
以上によれば,原告A及び原告Bの各本訴請求はいずれも,被告らに対し,38
36万1191円及びこれに対する平成12年4月4日から支払済みまで民法所定の
年5分の割合による遅延損害金の連帯支払を求める限度で理由があるからこれら
を認容し,その余はいずれも理由がないから棄却することとして,主文のとおり判
決する。
前橋地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官東 條     宏
裁判官 原   克 也
裁判官 高 橋 正 幸

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激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
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