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裁判例


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平成13年(ネ)第351号実用新案権侵害差止等請求控訴事件(原審・横浜地方裁判
所平成6年(ワ)第3960号)
平成13年7月3日口頭弁論終結
         判     決
      控訴人        元旦ビューティ工業株式会社
      訴訟代理人弁護士   増  岡  章  三
      同          増  岡  研  介
      同          片  山  哲  章
      補佐人弁理士     早  川  政  名
      同          長  南  満輝男
      同          細  井  貞  行
同石渡英房
      被控訴人       株式会社淀川製鋼所
      訴訟代理人弁護士   秋  吉  稔  弘
      同          浅  井  和  子
      補佐人弁理士     鈴  木  秀  雄
         主     文
1 本件控訴を棄却する。
2 当審における訴訟費用は,控訴人の負担とする。
         事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 控訴人
(1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は,控訴人に対し,金3億0541万5200円,並びに,内金
2億1088万6000円に対する平成6年11月1日から,及び,内金9452
万9200円に対する平成9年4月1日から,各支払済みまで年5分の割合による
金員を支払え。
(3) 訴訟費用は,第1,2審とも被控訴人の負担とする。
2 被控訴人
 主文と同旨
第2 事案の概要
 本件は,横葺き用屋根板に関する実用新案権(原判決のいう「本件実用新案
権」)を有していた控訴人が,横葺き用屋根板を製造販売している被控訴人に対
し,その製品が,本件考案の技術的範囲に属し,本件実用新案権を侵害するとし
て,不法行為に基づく損害の賠償(一部については予備的に不当利得の返還)を求
めている事案である。
 当事者の主張は,次のとおり付加するほか,原判決の「事実及び理由」の
「第二 事案の内容」記載のとおりであるから,これを引用する。
 当裁判所も,「本件実用新案権」,「本件考案」,「原出願」,「本件明細
書」,「本件補正書」,「構成要件1」ないし「構成要件7」,「被告製品」の語
を,原判決の用法に従って用い,本件補正書による補正を「本件補正」という。
「本件明細書」については,明細書とともに願書に添付された図面をも含めていう
ことがある。
 本判決の別紙として,本件明細書の第2図に各部分の名称を付記したもの,
及び,原判決添付の別紙物件目録の第5図に各部分の名称を付記したものを参考の
ために添付する。
1 控訴人の当審における主張の要点
(1) 構成要件2の「山状に屈曲する部分」について
ア 原判決は,本件考案につき,「棟側の屋根板(以下「棟側屋根板A」と
いう。)の係止部と棟側屋根板Aに嵌合する軒先側の屋根板(以下「軒先側屋根板
B」という。)の係合部の接触する部分・・・において毛細管現象を発生させるの
で,本件考案は,そのようにして棟側屋根板A及び軒先側屋根板Bの嵌合部に浸入
する雨水を水切用空部において捉えこれを横方向に排除するために,山状の屈曲部
分を必要とする」(51頁9行~52頁5行),「本件考案においては,棟側屋根
板Aの係止部の下面部の山状屈曲部前端側が,軒先側屋根板Bの水平部と接触する
ことが前提となっている」(53頁5行~7行)と判示しているが,これは誤りで
ある。
(ア) 本件明細書には,「接続部」との記載はあるものの,「接触部」が
あるとも,「接触部」があるから毛細管現象が発生するとも記載されていない。毛
細管現象は,接触していることによって発生するというより,むしろ隙間があるこ
とを前提として発生するものである。すなわち,広辞苑によれば,毛細管現象と
は,「細い管を液体中に立てる時,その液が管内で他の水平面より高くなり,また
は低くなる現象。管中の液面の上昇または降下の度合は液の表面張力に比例し,管
の内径に反比例する。毛管現象。」と定義されているのである。そうだとすれば,
原判決が,「本件考案においては,棟側屋根板Aの係止部の下面部の山状屈曲部前
端側が,軒先側屋根板Bの水平部と接触することが前提となっている」と判示した
のは,明らかに誤りである。
(イ) 本件考案においては,棟側屋根板の係止部の下面部の山状屈曲部前
端側が,軒先側屋根板の水平部と接触することが前提となっている旨の原判決の認
定は,本件考案に新たな構成要件を付加したに等しい。
イ 原判決は,「被告製品は,・・・本件考案にいうような毛細管現象対策
のための「山状に屈曲する部分」を有していない」と認定しているが,これも誤り
である。
(ア) 被告製品の下面突起部4dは,毛細管現象を防ぐための第1空部S
1を形成している。このことは,被告製品の仕様書(甲第25号証)において,被
告製品の第1空部S1が「毛細管現象を防ぐエアポケット」として明記され,被告
製品のカタログ(甲第4号証)にも,「毛細管現象による雨水の浸水を5つの空間
部で,防止します。」と明記されていることによっても,裏付けられている。
(イ) 原判決は,被告製品の棟側屋根板の係止部4の下面と軒先側屋根板
の本体水平部2の上面との間には,「毛細管現象を生じない程度の広さ(上下の距
離にして約5ミリメートル。乙37の1の3頁)」(56頁6行~7行)が確保さ
れているとして,約5ミリメートルの隙間があれば毛細管現象が生じないことを前
提に認定している。しかし,この前提自体が誤りであることは,「銅板屋根構法マ
ニュアル」(社団法人日本銅センター発行)86頁(以下「甲28号証文献」とい
う。)に,5ミリメートル程度の隙間において毛細管現象が生じることが明示され
ていることからも明らかである。なお,被控訴人は,甲28号証文献について,
「毛細管現象」と「単なる表面張力による水の表面伝導等による水の浸入」を混同
していると主張しているが,毛細管現象は,もともと表面張力を原因とするもので
あるから,被控訴人の同主張は,強弁といわざるを得ない。
(ウ) 乙第38号証の写真A-12ないし同15によれば,被告製品の模
型による実験では,水を上方から散水しているにもかかわらず,棟側屋根板の係止
部4の下面と軒先側屋根板の本体水平部2の上面との間に水が浸入していること
が,明らかである。この現象を毛細管現象によるものとしないで説明することは,
不可能である。
(エ) 被告製品の下面突起部4dは,実際に山状に屈曲しており,本件考
案の「山状に屈曲する部分」に該当する。
(2) 構成要件6の「折返部分」について
ア 原判決は,構成要件6の「折返部分」について,「通常時,正圧時及び
負圧時を通じて係止部の内面に接触しない折返部分を意味するものと解すべきであ
る。」(59頁5行~6行)と判示している。しかし,これは,本件考案が対象と
する屋根板が自然現象を相手にするものであることを忘却し,極論を以て解釈する
ものであり,誤りである。
イ 原判決は,被告製品につき,「係合部の折返し部5fの端縁は係止部の
下面突起部4dの頂点部のほぼ直上に位置し,一見これらが接触するおそれがない
ようにも見えるが,前記のとおり,「考案の詳細な説明」にあるような気温差によ
る伸縮又は風雨等による震動の場合を想定すれば,これらが接触するおそれなしと
しない」(60頁10行~61頁2行)と認定しているが,誤りである。
(ア) 原判決添付の物件目録の図面(第5図,第6図)及び被告製品の仕
様書(甲第25号証),同カタログ(甲第4号証)によれば,係合部の折返し部5
fの端縁は,係止部の下面突起部4dの頂点部の右側にあることが明らかである。
(イ) 乙第38号証の写真(A-2・同3・同9・同11・同15等)に
よっても,折返し部5fの切断端縁が係止部の下面突起部4dに接触しないことが
明らかである。なお,屋根板に正圧や負圧がかかったときに端縁以外の「折返し
部」と「山状に屈曲する部分」とが接触することは,本件考案においては当然の前
提となっており,接触が問題になるのは,あくまでも「切断端縁」であることに注
意すべきである。
(ウ) 原判決が根拠としている,検甲第1号証,検甲第2号証,乙第37
号証によっても,原判決のような認定をすることはできない。
2 被控訴人の当審における反論の要点
(1) 構成要件2の「山状に屈曲する部分」について
ア 毛細管現象は,実質的には接触に等しい微細な隙間において生じる現象
であると理解するのが,技術常識であり,原判決の認定も,このような技術常識を
当然の前提としたものであることが,明らかである。
  毛細管現象とは,「液体のなかに内径の細い管を立てると,管内の液面
と管外の液面の間に高さの差ができる現象。吸取紙や布に水がしみるのもこの現象
の一つで,紙や布の繊維のすきまが細い管と同じ働きをして水を吸いあげることに
よる。」(世界原色百科事典),「注射針のような細い管を液中に立てた場合,そ
の液体の表面張力のために,管内の液面が,管外の液面より高く(水または油の場
合),あるいは低く(水銀)なる現象をいう。」(機械語辞典)と定義されてい
る。これらの定義によって明らかなとおり,毛細管現象とは,接触に等しい微細な
隙間で生じる現象を指していると理解するのが技術常識である。被告製品のような
金属製屋根材の重ね合わせ部分においては,接触状態にしようとしても,格別なシ
ーリングを行わない限り,完全なシール状態にはならず,通常の接触状態では,む
しろ毛細管現象が最大になるというのが,当業者間の技術常識となっている。控訴
人自身も,毛細管現象が接触個所において生じる旨の説明を,別件実用新案の明細
書(乙第45号証)及び自社の製品のカタログ(乙第46号証)において行ってい
る。
イ 構成要件2の「山状に屈曲する部分」は,本件補正(出願公告後である
平成4年8月7日提出の本件補正書によりなされたものである。)により,本件考
案の登録請求の範囲に加えられたものである。この補正は,本件明細書の考案の詳
細な説明の欄の「上記下面部8を緩く盛り上る山状に屈曲させ」(甲第1号証3欄
23行,24行)との記載と第1図に図示された下面部8の山状屈曲構造のみに基
づく補正であること,及び,この補正に際し,同時に,「棟側の屋根板の係止部の
下面部と軒先側の屋根板の水平部の後端上面との間に水切用空部を形成するので,
毛細管現象による雨水の浸入が防止できて雨仕舞いが確実である。」との作用効果
の記載を本件明細書の考案の詳細な説明の欄に追加する補正もなされたことに照ら
すと,構成要件2の「山状に屈曲する部分」は,軒先側屋根板の水平部2と棟側屋
根板の係止部下面部との接触個所から毛細管現象によって浸入した水のそれ以上の
浸入を防止するための水切用空部を形成するためのものであると理解する以外にな
いというべきである。
ウ 控訴人は,本件考案においては,棟側屋根板の係止部の下面部が軒先側
屋根板の水平部に接触することが前提となっている旨の原判決の認定は,本件考案
に新たな構成要件を付加したに等しいと主張する。しかし,原判決は,本件考案に
おける「係止部」及び「山状に屈曲する部分」がどのような意義のものであるかを
判断したにすぎず,何らの新たな要件も付加してはいない。
エ 控訴人は,約5ミリメートルの間隔でも毛細管現象が生じるとして,甲
28号証文献を援用するが,同文献の説明は,「毛細管現象」と「単なる表面張力
による水の表面伝導等による水の浸入」とを混同するものとなっている。
  表面張力による浸透は,外壁表面を流れ落ちてきた水が,そのまま隙間
(接合部)の下端に沿って内部に浸透するなど,隙間などの表面に沿って,内部に
浸透していく現象を指すのに対し,毛細管現象は,部材同士がほとんど密着してい
るような場合を含め,隙間の幅が小さい場合に起きる,微細な隙間から水が内部に
吸収される現象を指すものである。甲28号証文献は,毛細管現象以外の現象によ
る隙間への水の浸入形態をも,用語をいささか不正確に使用して「毛細管現象」と
して示したものと推測される。なお,控訴人自身も,その製品のカタログ(乙第5
0号証)において,甲28号証文献の図・6と同じ形状の隙間を有し,その隙間に
水が浸入している状態が示されている図の下に,「毛細管現象がありません。」と
明記していることに注意すべきである。
オ 仮に,5ミリメートルの間隔で毛細管現象が生じるとすると,本件考案
における「山状に屈曲する部分」は,毛細管現象防止のためには意味のない存在に
なる。すなわち,本件明細書における本件考案の実施例の図面を参考にすれば,山
状の屈曲部の頂部の高さは,係止部4の前面部7の高さに対して約5分の1,係止
部4の頂部の高さに対して約6分の1であり,控訴人の本件考案の実施品とみられ
る製品の高さから,山状屈曲部の頂部の高さを推測すると,5ミリメートル以下
(2ミリメートル程度)であり,この山状屈曲部分は,毛細管現象防止のために
は,意味のないものになってしまう。5ミリメートルの隙間でも毛細管現象が生じ
るとする控訴人の主張に理由がないことは,このことからも明らかというべきであ
る。
カ 被告製品においては,棟側屋根板の係止部4の下面と軒先側屋根板の本
体水平部2の上面との間には約5ミリメートルの間隔が空いており(乙第37号証
の1),毛細管現象の生じる余地はない。被告製品の下面突起部4dは,上方から
係止部の前面垂下部4b,下面水平部4cに沿って表面を伝わってくる水を,下面
突起部4dの下面側の上向き水切溝によって,本体水平部2の上に落とすために設
けられているものである(乙第37号証の1・4)。したがって,被告製品の下面
突起部は,本件考案の毛細管現象防止作用を有する「山状に屈曲する部分」とは異
なるものである。
キ 控訴人は,被告製品の仕様書,カタログ等(甲第25,第4号証等)に
毛細管現象を防止する空部に関する記載があることをもって,原判決の認定を論難
している。しかし,大きな空部があれば,その空部において毛細管現象が生じない
のは当然のことであるから,被告製品の嵌合部の各所に空部が存在することによっ
て毛細管現象が防止されるという記載があることをもって,原判決を論難すること
はできない。
ク 控訴人は,乙第38号証の写真A-15において,被告製品の棟側屋根
板の係止部4の下面と軒先側屋根板の本体水平部2の上面との間に浸入した水が毛
細管現象によるものであると主張するが,この浸入水は,毛細管現象とはかかわり
のない水である。このことは,散水を停止した後,その水が直ちに流れ去ってしま
うことからも明らかである(同写真A-17)。毛細管現象によって浸入した水で
あるならば,散水を停止しても,直ちにその浸入個所を通じて流れ去ることはな
く,残留するものであることは,例えば,本件考案の実施品のモデルについての同
号証の写真C-17からも,明らかなことであるからである。
(2) 構成要件6の「折返部分」について
ア 控訴人は,被告製品の折返し部5fの端縁は,下面突起部4dの頂点部
の右側にあることが明らかであると主張する。しかし,この主張は全く理解できな
い。折返し部5fの端縁が,原判決認定のとおり,下面突起部4dの頂点部のほぼ
直上に位置していることは,当事者間に争いのない原判決添付の物件目録の記載か
ら極めて明らかである。
イ 控訴人は,乙第38号証の写真からも,折返し部5fの切断端縁は,係
止部の下面突起部4dに接触しないことが明らかである旨主張するが,同号証の写
真A-20ないし同23には,折返し部5fの切断端縁と下面突起部4dとが現に
接触する状態が明示されている。
ウ 控訴人は,乙第37号証についても言及するが,同号証の1の11頁に
は,むしろ,係合部の折返し部5fと係止部の突起部4dは,非常に接近して接触
しやすい状態になることが記載されている。
第3 当裁判所の判断
 当裁判所も,本訴請求は理由がないから棄却すべきものである,と判断す
る。その理由は,次のとおり付加するほかは,原判決の「第三 当裁判所の判断」
の「一 「山状に屈曲する部分」との関係での構成要件2の充足性の有無(争点2
(一)(1))」に記載されたとおりであるから,これを引用する。
1 構成要件2の「上記係止部の下面部には山状に屈曲する部分を設け」につい

(1) 甲第1号証と第2号証の2とによれば,本件明細書には,考案の詳細な説
明の欄に「雨水が流下する場合に屋根板の接続部から毛細管現象により屋根裏に染
み出すのを防ぐため毛細管現象の発生防止用空部が必要である。」(甲第1号証2
欄2行ないし4行),「本考案によれば,係止部の下面部には山状に屈曲させた部
分を設けてあるので,屋根板により屋根を葺き上げた状態において,無風状態で屋
根板に正圧,負圧が作用しない場合には棟側の屋根板の係止部の下面部と軒先側の
屋根板の水平部の後端上面との間に水切用空部を形成するので,毛細管現象による
雨水の浸入が防止できて雨仕舞いが確実である。」(甲第2号証の2・2頁11行
ないし18行)との記載があることが認められる。この記載を中心に,本件明細書
の記載及び図面の全体を総合すれば,本件考案の構成要件2の「山状に屈曲する部
分」は,棟側の屋根板の係止部4の前面部7の下端部と軒先側の屋根板の水平部2
とが接触ないしほぼ接触する部分における微細な隙間から,毛細管現象により浸入
する雨水が毛細管現象により更に奥へ浸入することを防止するための水切用空部を
形成するためのものであると認めることができる。
 被告製品における係止部4の下面突起部4dは,山状に突起しているもの
ではあるものの,被告製品における棟側の屋根板の係止部4の前面垂下部4b及び
下面水平部4cは,軒先側の屋根板の本体水平部2と接触しておらず,これとの間
にある程度の間隔を置いて設置されていることは,当事者間に争いがない。そし
て,乙第37号証の1・2と弁論の全趣旨とによれば,被告製品における上記間隔
は,約5ミリメートルであることが認められる。
 乙第38号証及び検乙第1号証によれば,被告製品について,1分間に
1.0㍑又は4.0㍑の水を上方から散水した実験において,そのいずれにおいて
も,散水中は,水が流下する方向と反対の上方向の空間,すなわち,棟側屋根板の
係止部の下面水平部4c・下面突起部4dと,軒先側の屋根板の本体水平部2との
間の空間に水が浸入するものの,散水停止後は,浸入した雨水の大部分が同空間に
残留せずに,軒先側方向に流下していること,これに対し,本件考案の実施例とほ
ぼ同じ形状のモデル品についてなされた同様の実験においては,散水中は,棟側屋
根板の係止部の下面部と軒先側屋根板の水平部との間の空間に水が浸入する点では
同じであるものの,散水停止後は,大部分の水が上記空間に残る点で異なることが
認められる。
 甲第27号証,乙第47,第49号によれば,毛細管現象につき,「細い
管を液体中に立てる時,その液が管内で他の水平面より高くなり,または低くなる
現象。管中の液面の上昇または降下の度合は液の表面張力に比例し,管の内径に反
比例する。」と広辞苑に記載されていること,また,毛細管現象による管内外の液
面の高さの差が,液体の表面張力と付着力に比例し,管の内径に反比例するもので
あること,及び,「吸取紙や布に水がしみるのもこの現象の一つで,紙や布の繊維
のすきまが細い管と同じ働きをして水を吸い上げることによる。」ことが世界原色
百科事典にも記載されていること,さらに,機械用語辞典には「注射針のような細
い管を液中に立てた場合,その液体の表面張力のために,管内の液面が,管外の液
面より高く(水または油の場合),あるいは低く(水銀)なる現象をいう」と記載
されていることが認められる。上記認定によれば,毛細管現象は,一般的には,細
い注射針のような細い管をその典型とするわずかな隙間にみられる現象をいうもの
とされているということができる。
 もっとも,水が上昇したりしみたりすることを毛細管現象によるものとす
る前記のような説明は,静水を前提としたものであるから,屋根を流下する水につ
いては,静水における毛細管現象だけでなく,流体の運動エネルギーをも考慮する
必要があることは当然である。すなわち,被告製品に即していえば,棟側屋根板の
係止部の前面傾斜部4aを流下し,本体水平部2に落下する水は,落下直後の運動
エネルギーにより,本体水平部2上を上下左右を問わず四方八方に拡散しながら流
れようとし,最終的には,軒先方向に流下していくものであることは,経験則上も
容易に予測できるところである。そして,このことを前提にすると,前記認定の実
験における,被告製品と本件考案の実施例とほぼ同じ形状のものとの間にみられる
異同は,後者においては,棟側屋根板の係止部の前面部7の下端部が水平部2とほ
ぼ接触しているため,係止部の前面部によって,落下後に上下左右に拡散して流れ
ようとする水の上方向への浸入を概ね防ぐことができるものの,そのわずかな隙間
から主として毛細管現象により水が浸入していくものであるのに対し,前者(被告
製品)においては,棟側屋根板の係止部の前面傾斜部4a・前面垂下部4b等と軒
先側屋根板の本体水平部2の上面との間に約5ミリメートルの間隔があるため,本
体水平部2上に落下した水が主として上下左右に拡散して流れようとする運動エネ
ルギーにより,上方向の上記係止部の下面と上記本体水平部2の上面との間の空間
部にもそのまま浸入することを意味するものと認められる。もっとも,毛細管現象
による管中の液面の上昇又は降下の度合いは,液体の表面張力に比例し,管の内径
に反比例するものであることは前記のとおりであるから,被告製品のように,管で
はなく,5ミリメートルの間隔のある面と面との間においても,わずかな隙間に生
じる毛細管現象といわれている現象におけるのと同じ原理による現象が生じている
というべきであろうが,前認定の散水停止後の両者の状況の比較に照らすと,これ
は無視し得る程度のものということができる。すなわち,被告製品においては,係
止部下面部と本体水平部2との間に約5ミリメートルの間隔があるため,その空間
に存在していた水は,散水停止後は,その毛細管現象の原理(表面張力)によって
は支えきれず,そのほとんどが重力により軒先方向に流下するものであるのに対
し,本件考案の実施例とほぼ同じ形状のモデルにおいては,そのほとんどが同空間
に残留すると考えられるのである。
 このように,被告製品は,棟側屋根板の係止部4の下面と軒先側屋根板の
本体水平部2の上面との間に約5ミリメートルの空間を設けることにより,主とし
て落下による運動エネルギーにより浸入してくる雨水をそのまま受け入れると同時
に,そこを雨水流下のための開放部とし,内部に浸入してきた水を棟側屋根板の係
止部の下面凹部4e及び下面巻回部4fと第1空部S1ないし第3空部S3により
更に奥へ浸入することを防ぐとの構造からなるものであり,本件考案のように,係
止部下面部と本体水平部との間にわずかな間隙しか設けないようにして,上方向へ
の水の浸入の多くをまず防止し,このわずかな間隙から主として毛細管現象により
浸入してくる雨水に対し,「山状に屈曲する部分」による毛細管現象発生防止用空
部を設けることにより,更に奥への雨水の浸入を防ぐとの構造のものとは,その構
成及び作用効果においても,その根底にある技術思想においても,異なるものとい
わざるを得ない。
 控訴人は,被告製品の下面突起部4dは,実際に山状に屈曲しており,本
件考案の構成要件2の「山状に屈曲する部分」に該当する旨主張する。しかし,本
件考案の「上記係止部の下面部には山状に屈曲する部分を設け」との構成要件2自
体と上記の詳細な説明の記載のうち後者の部分(「本考案によれば,係止部の下面
部には山状に屈曲させた部分を設けてあるので,屋根板により屋根を葺き上げた状
態において,無風状態で屋根板に正圧,負圧が作用しない場合には棟側の屋根板の
係止部の下面部と軒先側の屋根板の水平部の後端上面との間に水切用空部を形成す
るので,毛細管現象による雨水の浸入が防止できて雨仕舞いが確実である。」)と
が,本件補正によりそれぞれ実用新案登録請求の範囲と考案の詳細な説明の欄に追
加されたものであり,この補正により,構成要件2は,そこでいわれている「山状
に屈曲する部分」を,毛細管現象による雨水浸入防止のための水切用空部とするこ
とをその技術的意義とする旨が,詳細な説明に明示されたうえで,本件考案の構成
要件に追加されたのであるという,出願の経過をも考慮すると,棟側屋根板の係止
部4の下面と軒先側屋根板の本体水平部2の上面との間の開放された空間において
は,主として雨水の運動エネルギーによる浸入がある一方,毛細管現象の原理によ
る雨水の浸入が無視できるほど微弱な構造である被告製品は,その下面突起部4d
が山状に屈曲しているとの形状を有していることだけを取り出せば本件考案と同一
であるとはいっても,その構成及び作用効果においても,技術思想においても,本
件考案にいう,雨水の運動エネルギーによる浸入はほとんどない代りにいったんは
毛細管現象による雨水の浸入を許す「山状に屈曲する部分を設け」たものとは全く
異なるものであるということができる。したがって,被告製品は,本件考案の同構
成要件を充足しないものというべきである。
 控訴人は,本件考案においては,棟側屋根板の係止部の下面部の山状屈曲
部前端側が,軒先側屋根板の水平部と接触することが前提となっている旨の原判決
の認定は,本件考案に新たな構成要件を付加したに等しい,と主張するが,これが
失当であることは,上述したところに照らし明らかというべきである。
(2) 控訴人は,毛細管現象は,もともと表面張力を原因とするものであると
か,甲28号証文献によれば,5ミリメートル程度の隙間において毛細管現象を生
じることが明示されているとか主張する。
  しかし,毛細管現象がもともと表面張力を原因とするものであるからとい
って,表面張力を原因とするものすべてが毛細管現象であることを意味することに
はならない。一般には,その中の特定のものが,毛細管現象と呼ばれているのであ
る。少なくとも,本件明細書でいわれている毛細管現象が一般的にいわれている意
味におけるものであることは,「山状に屈曲する部分」によって毛細管現象が防止
できるとされていることからも,明らかというべきである。
  甲第28号証によれば,甲28号証文献の86頁に示される屋根板の嵌合
構造は,棟側屋根板の係止部下端部の前面と軒先側屋根板の本体水平部の上面との
間隔が5ミリメートルであると認められるものの,同号証によれば,同時に,その
間隔は,空間部の奥にいくに従って狭くなっているものであり,この点で,被告製
品とは異なる構造のものであること(空間部の奥の方では間隔が狭くなっているた
め,毛細管現象による力がその間隔に反比例して強くなっていく。),及び,甲2
8号証文献には,雨水の落下による運動エネルギーについては何も触れていないこ
とが認められる(上記係止部下端部の前面と上記本体水平部の上面との間に約5ミ
リメートルの開口部が存在するのであるから,屋根の勾配による流下ないし落下等
による運動エネルギーを有する雨水が,本体水平部に落下後に上下左右に拡散しよ
うとするその運動エネルギーによりその開口部に直接浸入してくることが容易に推
認されるものであることは,前記のとおりである。)。したがって,甲28号証文
献の前記記載は,上記のような流体の運動エネルギーを看過している点で正確なも
のではなく,また,被告製品とは上記のとおり,空間部の構造の差異も存するので
あるから,この記載によって,被告製品についての前記認定を覆すことはできな
い。
  控訴人は,被告製品の仕様書やカタログにおいて,被告製品の第1空部S
1が毛細管現象を防止するものであると記載されている旨主張する。確かに,甲第
4,第25号証によれば,被告製品の仕様書には,「A(判決注:第1空部S1)
及びB部分に,空間部を設け,C,Dと合せ4箇所の毛細管現象を防ぐエアポケッ
トと,水の浸入を止める接点が計5箇所もあり」と記載されていること,及び,被
告製品のカタログには,「従来のハゼのように面接触がなく毛細管現象による雨水
の浸入を5つの空間部で防止します」との記載があることが認められる。しかし,
これらの記載は,いずれも被告製品における空間部全体を指して,毛細管現象防止
のための空間部である旨を概括的に述べているにすぎないものであるから,必ずし
も正確な記載とはいえず,これらの甲号各証によっても,前記認定を左右すること
はできない。
  控訴人は,乙第38号証の被告製品の模型による実験では,水を上方より
散水しているにもかかわらず,係止部4の下面と本体水平部2の上面の間の空間に
水が浸入しているのであり,これは,毛細管現象によるものであると主張する。し
かし,同空間に水が浸入する原因については,毛細管現象における原理と同じ原理
による力は,流水の運動エネルギーに比べると無視できる程度のものにすぎないこ
とは前記のとおりである(それより奥ないし上部の空間については,この原理によ
る影響が大きくなるであろう。)。控訴人は,本件において,水の毛細管現象と表
面張力についてのみ議論をしているが,流水については,静水についてと異なり,
別途,流水の運動エネルギーについての考察が必要であるから,本件については,
水の毛細管現象や表面張力に関する議論をするだけでは不十分であることに注意す
べきである。
2 本件考案の技術的範囲の確定に当たって,本件考案の出願前の公知技術につ
いて,念のため検討する。
 乙第19ないし第24号証によれば,次の事実が認められる。
 本件考案の公知技術としては,実開昭57-32430号公報,実開昭54
-47828号公報,実開昭55-50229号公報,実開昭57-16421号
公報,実開昭57-68830号公報,実開昭54-177030号公報に開示さ
れた各公知技術があり,これらの多数の公知技術を見ると,屋根板の係止部と係合
部の嵌合部の断面形状においてそれぞれの特徴があることが一見して明らかであ
る。
 実開昭57-32430号公報(乙第19号証)には,屋根板の係止部と係
合部の嵌合部において,上り傾斜部分,下り傾斜部分,折返部分の構造,及び,係
止部における山状に屈曲する部分がある点で本件考案と一致する横葺き用屋根板の
構造が開示されている。もっとも,この公知技術は,上り傾斜部分と下り傾斜部分
が各3面あって,水切用空部が三つに分かれている点と,折返部分が3つ目の水切
用空部にあるものの,その中程の高さには位置せず,また,水平部と平行ではな
く,上向きである点で,本件考案と異なる。
 実開昭57-68830号公報(乙第23号証)には,その第1図に,係止
部と係合部の嵌合部において,上り傾斜部分と下り傾斜部分及び水平部上面からな
る水切用空部,下り傾斜部分の先端の折返部分,並びに,係止部における山状屈曲
部分の構造を有する点で,本件考案と同一であり,折返部分が水切用空部の中程に
は位置していない点と折返部分が水平方向ではなく斜め下方を向いている点のみ
で,本件考案とは異なるものが開示されている。本件考案は,この従来技術と比べ
ると,その折返部分が「前記水平部に対しほぼ平行に屈曲して前記水切用空部の高
さのほぼ中程に位置し」となっている点で新規性が認められる程度のものであると
いうことができる。
 以上によれば,本件考案は,その出願前の公知技術に照らし,前記のような
極めて限定的な範囲で新規性を有するにすぎないものであるから,明らかな無効事
由があるとは直ちには判断できないものとしても,その技術的範囲の認定において
は,これらの公知技術を参酌しつつ,これを適正になすべきことはいうまでもない
ところである。
3 以上に検討したところによれば,被告製品は,本件考案の構成要件2の「上
記係止部の下面部には山状に屈曲する部分を設け」との構成(構成要件2)を具備
しないものであり,本件考案の技術的範囲に属さないものと認められる。
4 よって,控訴人の請求は,その余の点について判断するまでもなく,理由が
ないことが明らかであり,これを棄却した原判決は相当である。そこで,本件控訴
を棄却することとして,訴訟費用の負担について,民事訴訟法61条を適用して,
主文のとおり判決する。
  東京高等裁判所第6民事部
           裁判長裁判官    山  下  和  明
              裁判官     設  樂  隆  一
 
              裁判官    阿  部  正  幸
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