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平成21年12月21日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成20年(ワ)第38425号特許権侵害差止等請求事件
平成21年(ワ)第36365号承継参加申立事件
口頭弁論終結日平成21年10月14日
判決
東京都千代田区〈以下略〉
脱退原告旭化成エレクトロニクス株式会社
東京都千代田区〈以下略〉
脱退原告承継参加人(以下「参加人」という。)
旭化成イーマテリアルズ株式会社
同訴訟代理人弁護士新保克芳
同高崎仁
同洞敬
同井上彰
東京都千代田区〈以下略〉
被告信越化学工業株式会社
同訴訟代理人弁護士生田哲郎
同森本晋
同佐野辰巳
同補佐人弁理士松本雅利
主文
1参加人の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は,脱退原告と被告との間に生じたものを含めて,参加
人の負担とする。
事実及び理由
第1請求
1被告は,別紙物件目録記載の各ペリクルを製造,販売,輸出してはならない。
2被告は,別紙物件目録記載の各ペリクルを廃棄せよ。
3被告は,参加人に対し,1億4000万円及びこれに対する平成21年1月
16日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
本件は,発明の名称を「大型ペリクル用枠体及び大型ペリクル」とする特許
権を有していた脱退原告が,被告が製造,販売,輸出する別紙物件目録記載の
各ペリクル(以下「被告製品」という。)が前記特許権に係る発明の技術的範
囲に属し,前記特許権を侵害するとして,被告に対し,特許法100条1項に
基づく被告製品の製造,販売,輸出の差止め及び同条2項に基づく被告製品の
廃棄並びに民法709条,特許法102条2項に基づく被告製品の販売により
被告が得た利益相当額の損害金1億4000万円及びこれに対する不法行為の
後の日(訴状送達の日の翌日)である平成21年1月16日から支払済みまで
民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求めた事案である。
参加人は,本件訴え提起後の平成21年4月1日,脱退原告,旭化成株式会
社及び旭化成ケミカルズ株式会社を分割会社,参加人を承継会社とする会社分
割により,脱退原告から,前記特許権に関する一切の権利(本件訴訟における
損害賠償請求権を含む。)を承継した。脱退原告は,平成21年10月14日,
被告の承諾を得て,本件訴訟から脱退した。
1争いのない事実
()当事者1
ア脱退原告は,半導体集積回路,プリント基板用ガラス長繊維織物などの製造,
販売を業とする株式会社である。
イ被告は,塩化ビニル樹脂,半導体シリコンなどの製造,販売を業とする
株式会社である。
ウ参加人は,電子部品及び電子材料の製造及び販売を業とする株式会社で
ある。
()脱退原告の特許権2
脱退原告は,次の特許権(以下「本件特許権」といい,本件特許権に係る
特許を「本件特許」,本件特許に係る明細書を「本件明細書」という。)を
有していた。
特許番号第4007752号
発明の名称大型ペリクル用枠体及び大型ペリクル
出願年月日平成12年7月26日
優先権主張番号特願平11−216071(以下「本件基礎出願」
という。)
優先日平成11年7月30日
優先権主張国日本国
登録年月日平成19年9月7日
特許請求の範囲
請求項1(請求項1に係る発明を「本件発明1」という。)
「大型ペリクル膜を展張して貼着支持する長辺と短辺とを有する方形状
の大型ペリクル用枠体であって,前記大型ペリクル膜を展張する面積
が1000以上であり,且つ前記枠体の長辺の幅が該枠体の短cm2
mm辺の幅の1.05倍∼5倍であり,且つ前記枠体の長辺の幅が4
∼30で,且つ前記枠体の短辺の幅が3∼23とされたmmmmmm
ことを特徴とする大型ペリクル用枠体。」
請求項6(請求項6に係る発明を「本件発明2」といい,本件発明1と併せ
て「本件発明」という。)
「請求項1∼5のいずれか1項に記載の大型ペリクル用枠体にペリクル
膜を貼り付けたことを特徴とする大型ペリクル。」
()構成要件の分説3
本件発明を構成要件に分説すると,次のとおりとなる。
ア本件発明1
(ア)大型ペリクル膜を展張して貼着支持する長辺と短辺とを有する方形
状の大型ペリクル用枠体であって,
(イ)前記大型ペリクル膜を展張する面積が1000以上であり,cm2
且つ
(ウ)前記枠体の長辺の幅が該枠体の短辺の幅の1.05倍∼5倍であり,
且つ
(エ)前記枠体の長辺の幅が4∼30で,mmmm
(オ)且つ前記枠体の短辺の幅が3∼23とされたことmmmm
を特徴とする大型ペリクル用枠体。
イ本件発明2
請求項1∼5のいずれか1項に記載の大型ペリクル用枠体にペリクル膜
を貼り付けたことを特徴とする大型ペリクル。
()被告の行為4
被告は,業として,国内において被告製品を製造し,国内で販売し,又は海
外(韓国や台湾等)に輸出している。
()被告製品の構成5
被告製品は,本件発明1及び2の構成要件を形式的に充足する(被告製品が
本件発明の技術的範囲に属するかどうかは争いがある。)。
()本件特許権に関する権利の承継6
参加人は,脱退原告から,平成21年4月1日,会社分割により,本件特許
権に関する一切の権利(本件訴訟における損害賠償請求権を含む。)を承継
した。
2争点
()被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか。1
()本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものか。2
ア本件発明について,本件基礎出願に基づいて国内優先権を主張すること
ができるか。
イ本件発明は,新規性欠如により無効にされるべきものか(無効理由1)。
ウ本件発明は,進歩性欠如により無効にされるべきものか(無効理由2−
乙19を主引用例とする進歩性欠如)。
エ本件発明は,進歩性欠如により無効にされるべきものか(無効理由3−
乙22を主引用例とする進歩性欠如)。
オ本件発明は,記載要件(サポート要件)違反により無効にされるべきも
のか(無効理由4)。
()損害額3
第3争点に対する当事者の主張
1被告製品が本件発明の技術的範囲に属するか。
(参加人)
被告は,被告製品が本件発明の構成要件を形式的に充足することを認めた上
で,本件発明の特許請求の範囲には,撓みに影響するとされている要因である
ヤング率や枠体の高さ等が記載されておらず,本件明細書は,当業者が実施可
能な程度に記載されていないから,本件発明の技術的範囲を特許請求の範囲の
記載よりも狭く解釈すべきであると主張する。
しかし,本件発明は,枠体の撓み防止と有効面積の確保という二つの技術的
要請を,ヤング率や枠体の高さ等ではなく,長辺幅と短辺幅を別々に制御する
という新たな着想で解決したものであり,ヤング率や枠体の高さ等を記載する
必要はない。本件発明1は,長辺幅と短辺幅の各数値を限定することにより新
規性,進歩性を生じるものではなく,長辺幅を短辺幅よりも広くすることによ
り,大型ペリクル用枠体における所要の技術的課題を解決した点に本質を有す
る発明である。前記各数値に臨界的意義は存在せず,また,そもそも,従来技
術の理解と異なり,長辺幅と短辺幅を別個に着目して技術的課題を解決した本
件発明1にとって,前記各数値に臨界的意義など必要でない。
したがって,本件発明の技術的範囲を狭く解釈すべきとする被告の主張は,
その前提において誤っているから,被告製品が本件発明の技術的範囲に属する
ことは,明らかである。
(被告)
本件発明は,いわゆる数値限定発明として,仮に,特許性が認められるとし
ても,格別の顕著な作用効果が本件明細書に記載されている範囲で権利が認め
られるべきであるから,その技術的範囲は,実施例に記載されているもの及び
その均等物に限定解釈すべきであるところ,被告製品は,いずれもこれに該当
しないから,本件発明の技術的範囲に属しない。
()特許発明の技術的範囲の解釈法理1
特許法70条1項と2項の関係について,例えば,知的財産高裁平成18
年9月28日判決(平成18年(ネ)第10007号)では,「当該特許発
明の特許請求の範囲の文言が一義的に明確なものであるか否かにかかわらず,
願書に添付した明細書の発明の詳細な説明の記載及び図面を考慮して,特許
請求の範囲に記載された用語の意義を解釈すべきものと解するのが相当であ
る。」と判示している。
また,特許法が,サポート要件(同法36条6項1号)を規定するのは,
「発明の詳細な説明に記載していない発明を特許請求の範囲に記載すると,
公開されていない発明について独占的,排他的な権利が発生することになり,
一般公衆からその自由利用の利益を奪い,ひいては産業の発達を阻害するお
それが生じ,上記の特許制度の趣旨に反することになるからである」(知的
財産高裁平成17年11月11日判決(平成17年(行ケ)10042号,
以下「知財高裁平成17年判決」という。)。この法理は,特許発明の技術
的範囲の解釈にも適用されるべきである。
さらに,東京地裁平成17年12月27日判決(平成15年(ワ)第230
79号)では,「特許制度は,発明を公開した者に対し,一定の期間その利
用についての独占的な権利を付与することによって発明を奨励するとともに,
第三者に対しても,この公開された発明を利用する機会を与え,もって産業
の発達に寄与しようとするものであるから(最高裁平成10年(受)第153
号同11年4月16日第二小法廷判決・民集53巻4号627頁参照),特
許権者は,与えられる独占的な権利と引換えに,当業者に当該特許発明を十
分に理解させる開示を行う必要がある。それゆえに,特許請求の範囲におい
て記載されている発明は,発明の詳細な説明に記載されて基礎付けられてい
なければならず(同法36条6項1号),発明の詳細な説明には,当業者が
『実施をすることができる程度に明確かつ十分に』記載されていなければな
らない(同条4項1号)。」と判示し,特許発明の技術的範囲を唯一の実施
例に記載された内容に限定解釈している。
したがって,本件発明の技術的範囲は,発明の詳細な説明の記載に基礎付
けられた範囲に限定して解釈するべきであり,被告製品は,かかる技術的範
囲に属さないと解すべきである。
()本件発明1の技術的範囲の解釈2
本件発明1が解決しようとする課題は,「ペリクル膜の張力によるフレー
ムの撓みが生じないこと」である。本件発明1が,特許法36条4項1号に
おける「実施をすることができる」に該当するためには,当業者がペリクル
膜の張力による撓みが生じないペリクル用枠体を,過大な試行錯誤を要する
ことなく生産することができることが必要である。
したがって,本件特許の願書に添付された明細書及び図面に「実施をする
ことができる程度に明確かつ十分に」記載されている発明は,「ペリクル膜
の張力による撓みが生じないペリクル用枠体である」と当業者が認識できる
ように,発明の詳細な説明及び図面に記載されている発明であり,本件発明
の技術的範囲は,かかる範囲に限定されると解すべきである。
そして,ペリクル膜の張力による撓み量は,膜の張力,枠体の当該辺の長
さ,材質(ヤング率)及び断面二次モーメント(断面が長方形の場合には,
当該辺の高さ及び幅による。)によって変化する。したがって,ペリクル膜
の張力による撓みが生じないということを当業者が認識できるためには,こ
れらの変数の組合せ,又は,これらの変数を組み合わせるための具体的条件
が記載されている必要がある。しかし,本件明細書には,これらの変数の組
合せによって枠体の撓みが生じないことが認識できるように記載されている
のは,実施例1及び比較例1のみである。
したがって,本件発明1の技術的範囲は,実施例1の記載からペリクル膜
の張力による撓みが生じないと当業者が認識できる範囲,すなわち,撓み量
が生じないとの観点において実施例1と均等とされる範囲に限られ,比較例
1に記載された発明は,本件発明1の構成要件(ウ)の数値範囲を外れ,本件
発明1の技術的範囲に属さないから,結果として,本件発明1の技術的範囲
は,実施例1に記載された大型ペリクル用枠体及びその均等物に限定される
ことになる。
()被告製品と本件発明1の技術的範囲との対比3
本件発明1の技術的範囲を実施例1に記載された大型ペリクル用枠体及び
その均等物と限定して解釈した上で,被告製品と本件発明1の技術的範囲と
を対比すると,被告製品は,いずれも実施例1と異なり,その均等物ともい
えないから,本件発明1の技術的範囲に属しない。
()被告製品と本件発明2の技術的範囲との対比4
前記()ないし()と同様の理由により,被告製品は,本件発明1の技術的13
範囲に属する大型ペリクル用枠体に,ペリクル膜を貼り付けたことを特徴と
する大型ペリクルとはいえないから,本件発明2の技術的範囲に属しない。
2本件特許は,特許無効審判により無効にされるべきものか。
()本件発明について,本件基礎出願に基づいて国内優先権を主張すること1
ができるか。
(被告)
ア本件基礎出願(乙1)の特許願に添付された明細書及び図面の記載内容
(ア)「特許請求の範囲」の記載
本件基礎出願の特許請求の範囲には,次の2つの請求項が記載されて
いる。
請求項1
「大型ペリクル膜を展張して貼着支持する長辺と短辺とを有する方形
状の大型ペリクル用枠体であって,
前記大型ペリクル膜を展張する面積が1000以上で且つ前記cm
枠体の長辺の幅寸法が短辺の幅寸法の1.3倍以上で構成され,前記
大型ペリクル膜が貼着される前記枠体の長辺及び短辺の貼着面の幅寸
法を略等しくしたことを特徴とする大型ペリクル用枠体。」
請求項2
「少なくとも前記枠体の長辺の貼着面側に傾斜面を形成して前記枠体
の長辺及び短辺の貼着面の幅寸法を略等しくしたことを特徴とする請
求項1に記載の大型ペリクル用枠体。」
(イ)「発明の詳細な説明」の記載
【発明が解決しようとする課題】の記載a
「大型ペリクル膜を展張して貼着支持する長辺と短辺とを有する方形
状の大型ペリクル用枠体であって,長辺の幅寸法を短辺の幅寸法より
も大きくして長辺の強度を確保して長辺の枠体の内側に向かう撓みを
抑制し,更に大型ペリクル膜が貼着される長辺と短辺の貼着面の幅寸
法を略等しくすることで接着剤を均一に塗布することが出来る大型ペ
リクル用枠体を提供せんとするものである。」【0008】
b【課題を解決するための手段】の記載
「前記大型ペリクル膜を展張する面積が1000以上で且つ前記cm2
枠体の長辺の幅寸法が短辺の幅寸法の1.3倍以上で構成され,前記
大型ペリクル膜が貼着される前記枠体の長辺及び短辺の貼着面の幅寸
法を略等しくしたことを特徴とする」【0009】
「枠体の長辺の幅寸法を短辺の幅寸法の1.3倍以上で構成したこと
で長辺の強度を確保して長辺の枠体の内側に向かう撓みを抑制するこ
とが出来」【0011】
【発明の実施の形態】の記載c
「枠体1は互いに異なる所定の幅寸法と,等しい所定の高さ寸法と,
異なる所定の長さ寸法とを夫々有する長辺1aと短辺1bからなる方
形状で構成されており,」【0016】
「枠体1のペリクル膜2を展張する面積は1000以上で構成さcm2
れ,該枠体1の長辺1aの幅寸法Waは短辺1bの幅寸法Wbの1.
3倍以上で構成されている。」【0017】
「枠体1の長辺1aの幅寸法を短辺1bの幅寸法の1.3倍以上で構
成したことで該長辺1aの幅寸法を短辺1bの幅寸法より大きくして
該長辺1aの強度を確保し,該長辺1aの枠体1の内側に向かう撓み
を抑制することが出来る。」【0019】
d【発明の効果】の記載
「枠体の長辺の幅寸法を短辺の幅寸法の1.3倍以上で構成したこと
で長辺の強度を確保して長辺の枠体の内側に向かう撓みを抑制するこ
とが出来」【0030】
e実施例の記載
1例も記載がない。
イ本件発明1と本件基礎出願に記載された発明との対比
本件発明1の構成要件(ア)は,本件基礎出願の特許請求の範囲,【00
08】及び【0016】に記載されており,同構成要件(イ)は,優先権主
張の基礎出願の特許請求の範囲,明細書【0009】及び【0017】に
記載されているが,構成要件(ウ),(エ)及び(オ)の各数値範囲は,本件基
礎出願の明細書及び図面中には,これをサポートする記載は何らされてい
ない。
ウまとめ
したがって,本件発明は,本件基礎出願の明細書(以下「当初明細書」
という。)及び図面中に記載されていない発明であり,優先権主張の効果
を享受することができず,特許要件の判断基準日は,本件特許の出願日で
ある平成12年7月26日となり,平成11年法律41号による改正後の
特許法が適用されることになる。
エ参加人の主張について
(ア)本件発明が国内優先権主張の効果を享受できるためには,本件特許
の請求項1及び6に記載された事項が,当初明細書に明示的に記載され
た事項であるか,当初明細書に記載がなくても,これに接した当業者で
あれば,出願時の技術常識に照らして,その意味であることが明らかで
あって,その事項がそこに記載されているのと同然であると理解される
事項である必要がある。
(イ)本件発明1に係る特許請求の範囲の記載事項を検討すると,構成要
件(ウ)に「1.05倍∼5倍」,構成要件(エ)に「4∼30」,mmmm
構成要件(オ)に「3∼23」との数値範囲が記載されている。mmmm
この「1.05倍∼5倍」,「4∼30」,「3∼23mmmmmm
」との数値範囲は,当初明細書に明示的には記載されていない。そmm
こで,この数値範囲が,これに接した当業者であれば,出願時の技術常
識に照らして,その意味であることが明らかであって,その事項がそこ
に記載されているのと同然といえるかを検討することになる。
(ウ)参加人は,当初明細書【0008】に「長辺の幅寸法を短辺の幅寸
法より大きくして」と記載されており,かかる技術思想は,長辺幅が短
辺幅の1.05∼5倍である場合も包含するから優先権主張の効果を享
受できると主張するが,当初明細書には,「長辺の幅寸法を短辺の幅寸
法より大きくして」,つまり,「1.0倍より大きい」ということが記
載されておらず,あくまで,「長辺の幅は短辺の幅の1.3倍以上」と
いう幅比の限定が付されていたのである。したがって,当初明細書の
「より大きく」という記載は,1.3倍以上の趣旨であるから,1.0
倍超を含むから1.05倍∼5.0倍の数値範囲を含むとの参加人の主
張は失当である。
また,単に数値範囲に包含されているというだけでは,記載されてい
るのと同然であるとはいえない。特許庁審査基準の「第Ⅲ部第1節
4.2各論(3)数値限定」に「請求項に記載された数値範囲の最小値
を変更して新たな数値範囲とした場合,新たな数値範囲の最小値が当初
明細書等に記載されており,かつ,補正後の数値範囲が当初明細書等に
記載された数値範囲に含まれている場合は,当該補正は許される」と記
載されているように,新たな数値範囲が当初明細書に記載された数値範
囲に含まれているだけでは足りず,新たな数値範囲の最小値が当初明細
書に記載されてなければならない。当初明細書には,「1.05倍」と
の数値は全く記載されていない。
いずれにしても,本件発明1の構成要件(ウ)の「1.05倍∼5倍」
の数値範囲は新規事項であり,本件発明について優先権を主張すること
ができないことは明らかである。
(エ)参加人は,当初明細書の「2∼12程度」との記載を「1.mmmm
5以上12.5未満」と勝手に読み替えた上で,本件基礎出願mmmm
の図3(b)の縦横比が正確であることを前提に,同図のWb/Wdが
約1.9であるとして,短辺幅Wbが「2.85以上23.75mm
未満」と計算して,短辺幅「3∼23」の範囲が本件基礎mmmmmm
出願に記載されていたと主張するが,そもそも「W,Wは2∼cdmm
12程度」との記載と図3からは,「4」,「30」あるmmmmmm
いは「3」,「23」という数値を一義的に導き出すことがでmmmm
きない。また,「1.5」と「2」とでは25%も相違するし,mmmm
「2∼12程度」を「1.5以上12.5未満」と読mmmmmmmm
み替えることにも合理性がない。更にいえば,特許庁審査基準の図面の
補正の項には,「図面の記載は必ずしも現実の寸法を反映するものとは
限らない。」(特許庁審査基準第Ⅲ部第1節6.図面の補正)と
記載されているように,図3(b)の図面が厳格な寸法比で描かれてい
るという根拠がない。そのため,数値限定された発明の根拠を当初明細
書の図面に求める参加人の主張は失当である。
また,参加人の主張は,辺の幅Wcの「4∼30」の導出にmmmm
ついては,図3(a)の縮尺を使用していないという齟齬もある。すな
わち,参加人は,図3(a)の使用に代えて,「枠体の長辺の幅寸法を
短辺の幅寸法の1.3倍以上で構成した」【0011】という記載を持
ち出して,短辺幅の「3∼23」の各数値に1.3を乗じると,mmmm
「3.9∼29.9」となるから,本件発明における長辺幅mmmm
「4∼30」についても,本件基礎出願には開示されているとmmmm
と主張する。しかし,本件発明の本質は長辺の幅が短辺の幅より大きい
ことにあるとする参加人の主張によれば,長辺の幅が短辺の幅の1.3
倍以上である旨の記載は,長辺の幅の算出の基礎にできないはずであり,
この点でも,参加人の主張は矛盾している。
結局,本件発明1の構成要件(エ)の「4∼30」,同構成要mmmm
件(オ)の「3∼23」の数値範囲は新規事項であり,本件発明mmmm
は,国内優先権主張の効果を享受することができないことが明らかであ
る。
(参加人)
ア本件基礎出願に係る発明は,枠体の撓みと有効露光領域の確保という二
つの技術課題を解決するために,長辺の幅寸法を短辺の幅寸法よりも広く
するという点に,その本質を有する発明である。そして,かかる技術思想
は,長辺幅が短辺幅の1.05∼5倍である場合も包含するものである。
イ本件基礎出願(乙1)に記載された図3のWc(長辺の貼着面の
幅)及びWd(短辺の貼着面の幅)について,当初明細書【002
4】には,「接着剤が均一に塗布出来る貼着面1a1,1b1の好ましい
幅寸法Wc,Wdは2∼12程度である。」と記載されている。mmmm
このように,「2∼12程度」とある以上,この数値範囲は一定mmmm
の幅のあるものであり,1.5以上12.5未満までの範囲を含mmmm
むものである。
そして,図3の短辺の貼着面の幅Wdと短辺幅Wbを測定して,その比
率(Wb/Wd)を求めると,約1.9である。短辺の貼着面の幅Wdは,
上記のとおり「1.5以上12.5未満」であるから,これに1.mmmm
9を乗じれば短辺幅Wbが約「2.85以上23.75未満」でmmmm
あることが分かる。このことから,本件基礎出願には,本件発明における
短辺幅「3∼23」が開示されているということができる。mmmm
次に,当初明細書【0011】には,短辺幅と長辺幅の関係について,
「枠体の長辺の幅寸法を短辺の幅寸法の1.3倍以上で構成した」という
記載がある。前記の短辺幅「3∼23」の各数値に1.3を乗じmmmm
ると,「3.9∼29.9」であるから,本件発明における長辺mmmm
幅「4∼30」についても,本件基礎出願には開示されている。mmmm
ウ以上のとおり,本件基礎出願には,短辺幅(Wb)が3∼23,mmmm
長辺幅(Wa)が4∼30の枠体が開示されており,本件発明1mmmm
の構成要件(ウ),(エ)及び(オ)がいずれも記載されているから,本件発明
について,本件基礎出願による優先権主張の効果を享受できないという被告の
主張は,失当である。
エ被告の主張について
(ア)被告の主張が,本件基礎出願にすべてが特定されている必要がある
というなら,それは,明細書に全く同様の文言的な一致を求めるに等し
く,国内優先権制度を認めた趣旨に反する。国内優先権に関するもので
はないが,「当初明細書等に記載した事項」の解釈について,知財高裁
平成20年5月30日大合議判決が次のような解釈を示している。
「『明細書又は図面に記載した事項』とは,技術的思想の高度の創作で
ある発明について,特許権による独占を得る前提として,第三者に対し
て開示されるものであるから,ここでいう『事項』とは明細書又は図面
によって開示された発明に関する技術的事項であることが前提となると
ころ『明細書又は図面に記載した事項』,とは,当業者によって,明細
書又は図面のすべての記載を総合することにより導かれる技術的事項で
あり,補正が,このようにして導かれる技術的事項との関係において,
新たな技術的事項を導入しないものであるときは,当該補正は『明細書
又は図面に記載した事項の範囲内において』するものということができ
る。」
この判断は,知財高裁が発表している判決の要旨において,わざわざ,
「訂正の要件として特許法が定める『明細書又は図面に記載した事項の
範囲内において』について,次のような一般的な判断基準を提示し
た。」と紹介されているように,知財高裁の大合議の判断として「一般
的な判断基準」を示した点に意味がある。
これに従えば,優先権基礎出願の「明細書等に記載した事項」とは,
「当業者によって明細書又は図面のすべての記載を総合することによっ
て導かれる技術的事項」ということができる。
(イ)本件において,幅の比率としてある一定範囲が望ましいことは自明
であり,「1.05倍∼5倍」という事項が,当初明細書【0008】
に「長辺の幅寸法を短辺の幅寸法より大きくして」幅を変えるという記
載に包含される事項であることは,既に述べたとおりであり,当該範囲
は,単に当業者が実用化するに当たり妥当である範囲にすぎないので,
新たな技術的事項でもない。この点,被告は,本件基礎出願には「1.
3倍以上という幅比の限定が付されていた」というが,1.3倍未満の
場合には効果がないというような比較例があるわけでもなく,1.3倍
以上に限定したものではないことは,明細書及び図面の記載全体から明
らかである。
また,被告は,「1.5」と「2」とでは25%も相違し,mmmm
また,「2∼12程度」を「1.5以上12.5未mmmmmmmm
満」と読み替えることにも合理性がないと批判するのみである。さらに,
被告は,図3(b)の図面が厳格な寸法比で描かれているという根拠が
ないというが,被告の引用する特許庁の審査基準も,「必ずしも現実の
寸法を反映するものとは限らない。」というだけであって,参照できな
いわけではない。
()本件発明は,新規性欠如により無効にされるべきものか(無効理由1)。2
(被告)
本件発明は,本件特許の出願日である平成12年7月26日前に,日本国
内において,株式会社ニコン製「液晶ディスプレイ用露光装置FX−21
S」(以下「本件露光機」という。)用フォトマスクに貼着して使用される
ペリクル(以下「本件露光機用ペリクル」という。)として販売され,公然
知られた発明と同一の発明であり,また,公然実施をされた発明と同一であ
るから,特許法29条1項1号又は2号に該当し,特許を受けることができ
ない。
ア平成12年7月1日以前に,本件露光機用フォトマスクに対応するペリ
クルが販売・納入されたこと
(ア)本件露光機は,平成11年に開発されて先行ユーザーに販売され,
平成12年7月1日には一般ユーザー向け販売が開始されたこと
株式会社ニコンが公表している製品年表(乙17)の平成11年の欄
には,「FX−21S(LCD用)」と記載され,平成12年5月30
日のニュース発表(乙18)では,同年7月1日に本件露光機の発売開
始とされている。すなわち,本件露光機は,平成11年に開発され,そ
のころから先行ユーザーに販売され,平成12年7月1日には一般ユー
ザー向けに販売が開始された。
(イ)平成12年7月1日以前に,旭化成電子株式会社がフォトマスクメ
ーカーに本件露光機用ペリクルを販売,納入していたこと
本件露光機は,平成12年7月1日に一般ユーザー向けに販売されて
おり,露光装置を使用する際にはフォトマスクが必要不可欠であること
からすれば,遅くとも同日ころまでに本件露光機用フォトマスクがフォ
トマスクメーカーから本件露光機の先行ユーザー向けに販売されたこと
が推認できる。そして,フォトマスクメーカーは,ペリクルメーカーか
らペリクルを購入し,量産用フォトマスクにペリクルを貼着してフォト
マスクを販売するから,遅くとも平成12年7月1日までに,ペリクル
メーカーからフォトマスクメーカーに対して本件露光機用ペリクルが販
売されたことが推認できる。
また,平成12年当時,日本国内における液晶製造用の大型ペリクル
の販売は,脱退原告(当時:旭化成電子株式会社)が事実上独占してい
たことから,平成12年7月1日以前に,旭化成電子株式会社からフォ
トマスクメーカーに本件露光機用ペリクルが販売・納入されたことが推
認できる。
イ本件発明と本件露光機用ペリクルが同一であること
(ア)本件露光機用ペリクルの仕様
本件露光機は,露光面積が×であり,用いられるマスク400700mm
サイズが×である(乙18)。このマスクサイズは,本件500750mm
明細書の実施例1で使用されたマスクサイズそのものである。被告が調
査したところ,本件露光機用ペリクルのフレームサイズは,内寸×418
,外寸×であった。ペリクルフレームの内寸と外724mm436mm732mm
寸の差から,長辺と短辺のそれぞれの幅を計算すると,長辺幅は
()÷2=9,短辺幅は()÷2=4となる。436-418mm732-724mm
(イ)本件露光機用ペリクルと本件発明との対比
本件露光機用ペリクルのフレームサイズは,本件明細書の実施例1に
記載されているペリクル用枠体の寸法と同一である。
したがって,本件発明1と本件露光機用ペリクルの枠体として実施さ
れた発明は同一であり,本件発明2と本件露光機用ペリクルとして実施
された発明は同一である。
ウ本件発明は,一般販売開始により守秘義務が解放され公知となった発明
と同一であること
(ア)ペリクルの仕様が記載された「次期露光装置「」用大型マスFX-21S
ク仕様(案)」(甲3の添付資料,以下「甲3資料」という。)に開示
のペリクルのサイズ情報は,一般販売開始により守秘義務が解放された
こと
本件露光機用ペリクルが本件発明と同一であることは,甲3資料から
明らかであり,本件露光機用ペリクルが本件特許出願日前に数十枚出荷,
販売されたことは,参加人も認めるところである。参加人は,この事実
を認めた上で,本件露光機用ペリクルの情報は守秘義務を負ったメーカ
ーに対してのみ示されていたとして,本件露光機用ペリクルの出荷,販
売が公然実施に当たらないと主張する。この点,甲3資料は,その表題
から明らかなように,本件露光機が「次期露光装置」と呼ばれていた開
発段階の書面である。また,株式会社ニコンの製品年表(乙17)及び
プレスリリース(乙18)から明らかなように,本件露光機は,平成1
1年に開発され(乙17),平成12年7月1日に一般販売が開始され
ている(乙18)。このことからも甲3資料は,開発段階において作成
された書面であることが確認できる。すなわち,甲3資料は,本件露光
機開発段階(平成11年ころ)には守秘義務があったことを一応推認さ
せるものである。
しかし,本件露光機は,本件特許出願日前の平成12年7月1日に,
株式会社ニコンにより一般ユーザー向け販売が開始されている。一般ユ
ーザー向けに販売されるということは,不特定の者に,本件露光機の情
報が開示されてもよいことを甲3資料の作成者である株式会社ニコンが
宣言したということである。この時点から,甲3資料の受取人たる旭化
成電子株式会社,HOYA株式会社,信越石英株式会社,その他の先行
ユーザーたる液晶パネルメーカー等の開発関係者は,甲3資料の秘密保
持義務から解放されたと解すべきである。
また,参加人は,甲3資料に記載の技術情報が秘密情報であった根拠
の一つとして,競合露光機メーカーが当該情報を入手できれば,本件露
光機で生産できるパネルサイズ,取り数が推測でき,本件露光機の導入
を新たに検討する液晶パネルメーカーにとっては,露光機としての性能
こそが重要であり,いかなるペリクルが使用されるかは,およそ関心が
ない事項であると主張する。そうであれば,甲3資料の作成者である株
式会社ニコンが秘密にすべきとしていた情報は,生産できるパネルサイ
ズ,取り数,あるいは露光範囲であったということになり,ペリクルフ
レームサイズは,それらの情報を推測することができるとの理由で秘密
にされていたにすぎない。しかし,本件露光機の一般販売が開始された
際に,生産できるパネルサイズ,取り数,露光範囲に関する情報は公開
されており(乙18),これらの情報は,既に秘密情報ではなくなって
いた。したがって,これらの情報を推測させるとの理由で秘密とされて
いたペリクルの情報も,秘密を保持する利益が失われていた。このこと
からも,株式会社ニコンによる本件露光機の一般ユーザー向け販売開始
により,甲3資料記載のペリクルサイズが秘密保持の対象ではなくなっ
たと解すべきである。
(イ)本件露光機の一般販売開始により,甲3資料に記載された発明が公
然知られた発明になったこと
本件露光機の一般販売開始により,各開発関係者の秘密保持義務が解
放されたと解すべきであるから,その時点から,開発関係者は特定人か
ら不特定人に転化したと解される。
特許法29条1項各号の「公然」の字句の意義について,特許庁編
「工業所有権法(産業財産権法)逐条解説」[第17版]82頁4∼7
行には,次のような記載がある。「(ハ)秘密保持の義務については,
組合契約において「組合員使用の某機械はこれを秘密にし組合員以外の
者に観覧又は使用させない」と定めていたとしても「組合解散後におい
ても各員はこれを秘密にしなければならない」というような明文がない
限り,組合解散と同時に秘密厳守の義務も解除され,その組合解散時に
その組合員の発明の利用が公然性を有することになるとされている。」。
この法理は,本件にも当てはまる。すなわち,前記開発関係者間では,
甲3資料の作成日である平成11年5月13日当時,本件露光機用大型
マスクの開発のために,組合類似の開発協力関係にあったと推認できる
が,本件露光機の開発が終了し,本件露光機の一般販売が株式会社ニコ
ンにより開始された時点で,かかる開発協力が終了したと考えるべきで
ある。また,上記(ア)で述べたとおり,一般販売が開始された時点で,
甲3資料に記載されたペリクルの情報は,秘密にすべき情報ではなくな
ったといえるから,本件露光機の一般販売開始により,本件露光機用ペ
リクルの販売行為が公然性を有することになったと解することができる。
これにより,不特定人と評価される開発関係者が甲3資料を受領し閲覧
したことは,本件発明を知っていたことになるから,本件発明は,本件
露光機の一般販売開始時である平成12年7月1日には公知となってお
り,結局,本件特許出願時には,公然知られた発明と同一のものとして,
特許法29条1項1号に該当し,特許を受けることができない。
エ本件発明は,一般販売開始により守秘義務が解放され公然実施された発
明と同一であること
仮に,本件露光機の一般販売開始日(平成12年7月1日)から本件特
許出願日(平成12年7月26日)までの間に,本件露光機用ペリクルの
販売実績がなかったとしても,平成12年7月1日以前に販売された本件
露光機用ペリクルは,引き続き,守秘義務が解放されたマスクメーカー又
は液晶パネルメーカーで使用されていたから,この使用が公然実施に該当
する。
オ結論
以上のとおり,本件発明は,本件特許出願時に公知公用の発明であるか
ら,特許法29条1項1号又は2号に該当し,特許を受けることができな
いものである。
(参加人)
本件発明は,本件特許出願日である平成12年7月26日前に,公然と知
られる状態になっておらず,また,公然と実施された状態にもなっていない。
ア本件露光機の開発の際,開発に参加した各メーカーは,提供した技術情
報(ペリクル枠体の寸法を含む。)につき,守秘義務を負担していたこと
本件露光機用ペリクルは,株式会社ニコンが販売した本件露光機で使用
するためのものであり,脱退原告は,これをマスクメーカーであるHOY
A株式会社に本件特許出願日までに数十枚出荷した。HOYA株式会社は,
マスク用のガラスも必要であり,このガラスを信越石英株式会社から購入
していた。
本件露光機を開発するに当たっては,露光機メーカーの株式会社ニコン
と,開発メーカー(HOYA株式会社,信越石英株式会社,旭化成電子株
式会社)の間で,様々な技術情報が交換された。そして,その中には,本
件露光機用ペリクルに関する技術情報も含まれていた。
競合露光機メーカーがこれらの技術情報を入手すると,本件露光機で生
産できるパネルのサイズ,取り数を推測でき,開発のターゲットを絞り込
むことが可能になる。また,競合ペリクルメーカーも,当該露光機で使用
するマスクやペリクルの寸法が分かれば,その製品を開発することが可能
になる。そのため,株式会社ニコンと開発メーカーは,本件露光機の技術
情報(ペリクル枠体の寸法を含む。)が競合開発メーカーに漏れないよう
に,当該情報について相互に守秘義務を負っていた。
イ守秘義務は一般販売開始後も消滅していないこと
本件露光機の開発には,ある液晶パネルメーカーも参画しており,露光
機の規格を決定する際に,自社情報を開示していた。そして,本件露光機
が完成すると,正式販売の数か月前に,先行して同液晶パネルメーカーに
本件露光機が納品され,旭化成電子株式会社のペリクルも同社にフォトマ
スクを納品するフォトマスクメーカーに出荷された。本件露光機は,当時
最先端のものであって,実際に導入する液晶パネルメーカーは極めて限定
されており,その購入の検討にも相当の時間がかかることは常識であって,
実際に,同年中には販売されていない。開発に関与した各メーカー(液晶
パネルメーカーを含む。)は,新たな購入者が現れるまで,各情報を秘密
にしておくことが相互の利益であることを認識していたから,その時期ま
で秘密保持義務が解放されることはなかった。
したがって,本件露光機の一般販売を開始するとされた日後も,実際に
開発に関与していない液晶パネルメーカーが本件露光機を購入するまでの
期間として想定できる数か月間は,開発に関与した各メーカーの守秘義務
が消滅することはない。
この点,被告は,組合の場合の記述を引用するなどして本件露光機の一
般販売開始によって,各開発関係者の秘密保持義務は解放されたと主張す
るが,明確に「解散」した組合の場合ですら,義務の残存があり得るので
あるから,そのような積極的な解散という事実もなく,また,秘密保持を
外すという指示もない状況で,しかも,各開発者としてはより長期間の秘
密保持を望んでいるのであるから,本件露光機の一般販売開始により開発
協力が終了したということはできない。現に,旭化成電子株式会社はもち
ろん,同じく開発メンバーであったHOYA株式会社も,守秘義務が解除
されたとは考えていない。何より,株式会社ニコン自身が,販売開始によ
って各開発メーカーの守秘義務を解除したとは考えていない(甲6)。
ウ本件特許出願日前に公然と知られていないこと
本件露光機の導入を新たに検討する液晶パネルメーカーにとっては,露
光機としての性能こそが重要であり,いかなるペリクルが使用されるかは,
およそ関心がない事項である。現に,露光機にペリクルが付属されること
はなく,露光機の納品後にフォトマスクの注文があって初めてフォトマス
クと一体となって出荷されるにすぎない。本件露光機を販売する株式会社
ニコンとしても,ペリクルに関する情報を開示する必要もなく,実際に,
株式会社ニコンの本件露光機に関するパンフレット(甲5)には,ペリク
ルの情報や,ましてや枠体の長辺幅と短辺幅を示唆するような記載も全く
ない。本件露光機を見せる機会があったとしても,本件露光機自体からは,
ペリクルの枠体の長辺幅と短辺幅について知ることもできない。
エ本件特許出願日前に公然と実施されていないこと
本件では,前記のように,実際に開発に関与していない液晶パネルメー
カーが本件露光機を購入するまで,開発関係者間のみで情報が共有されて
いただけであり,実際に脱退原告の製造したペリクルが出荷された先のフ
ォトマスクメーカーも,フォトマスクが出荷された液晶パネルメーカーも,
すべて,共同開発者の一員であった。そして,旭化成電子株式会社は,平
成12年末までに,本件露光機用のペリクルを搭載したフォトマスクを,
開発に関与していない液晶パネルメーカーに出荷したことはない。
したがって,開発に関与していない液晶パネルメーカーに初めて出荷さ
れる時期までは,少なくともペリクルに関する情報が対外的に明らかにな
る余地はなく,まして,一般販売を開始するとされた日から1か月も経過
していない本件特許出願日である平成12年7月26日であれば,一層,
知られることはないから,本件特許出願日前に公然と実施されてはいない。
オ結論
以上のとおり,本件発明は,開発に関与していない液晶パネルメーカー
に初めて本件露光機が出荷されるまでは,公然と知られる状態になってお
らず,また,公然と実施された状態にもなっていなかった。
()本件発明は,進歩性欠如により無効にされるべきものか(無効理由2−3
乙19を主引用例とする進歩性欠如)
「旭化成電子:製品紹介−ペリクル」のウェブサイト(乙19の添付資料)
に記載された発明(以下「乙19発明」という。)を主引用例とする進歩性
欠如
(被告)
本件発明1は,その出願日である平成12年7月26日前に電気通信回線
を通じて公衆に利用可能となった,又は,電気通信回線を通じて公衆に利用
可能となり,かつ,公衆が現にアクセスした「旭化成電子:製品紹介−ペリ
クル」のウェブサイトに記載された発明(乙19発明)及びその余の公知文
献(乙4,乙6,乙8及び乙21)に記載された発明や本件特許出願時の当
業者の技術常識に基づいて,当業者が容易に発明できたものであるから,特
許法29条2項の規定により特許を受けることができないものである。
ア乙19発明は,特許法29条2項の「前項各号に掲げる発明」に該当す
ること
(ア)乙19発明は,本件特許出願日(平成12年7月26日)前の平成
11年1月12日には電気通信回線を通じて公衆に利用可能となってい
たから,平成11年法律41号による改正後の特許法29条1項3号の
発明に該当する。
(イ)仮に,本件特許の優先権主張出願時に施行されていた平成11年法
律41号による改正前の特許法が適用されるとしても,乙19発明は,
遅くとも本件特許の優先日(平成11年7月30日)前である平成11
年1月12日には電気通信回線を通じて公衆に利用可能となっており,
かつ,少なくとも同日までに公衆が現にアクセスしていたから,平成1
1年法律41号による改正前の特許法29条1項1号の発明に該当する。
(ウ)したがって,乙19発明は,特許法29条2項の「前項各号に掲げ
る発明」に該当する。
イ乙19発明の内容
乙19の添付資料の8頁には,次の3種類のフレーム規格を有する膜展
張面積1000cm以上の大型ペリクルが記載されている。
UP7050283mm416mm294mm427mm品名:内径×,外径×
UP7550334mm568mm348mm582mm品名:内径×,外径×
UP8050557mm678mm573mm694mm品名:内径×,外径×
ペリクル用枠体の長辺の幅は,短辺の外径と内径の差を2で割った値で
あり,短辺の幅は,長辺の外径と内径の差を2で割った値となるから,長
辺及び短辺の幅はそれぞれ次のとおりになり,いずれも等幅である。
UP70505.5mm5.5mm品名:長辺の幅,短辺の幅
UP75507mm7mm品名:長辺の幅,短辺の幅
UP80508mm8mm品名:長辺の幅,短辺の幅
ウ本件発明1と乙19発明の対比
本件発明1の各構成要件につき,乙19発明と対比すると,次のとおり
である。
(ア)構成要件(ア)
UP7050294mm乙19発明は,ペリクル用枠体の辺の長さが,品名は
×,品名は×,品名は×427mmUP7550348mm582mmUP8050573mm
で,いずれも長辺と短辺を有する方形状の大型ペリクル用枠体694mm
であり,本件発明1の構成要件(ア)と同一である。
(イ)構成要件(イ)
乙19発明のペリクル膜を展張する面積は,品名は×UP7050294mm
427mm1255.38cmUP7550348mm582mmであるのでとなり,品名は×2
であるのでとなり,品名は×である2025.36cmUP8050573mm694mm
のでとなり,いずれもを超えているから,本件発明3976.62cm1000cm
1の構成要件(イ)と同一である。
(ウ)構成要件(ウ)
乙19発明の枠体の長辺の幅と短辺の幅の比は1倍(等幅)であるか
ら,本件発明1の構成要件(ウ)の数値範囲の下限値1.05倍とは0.
05だけ相違している。
(エ)構成要件(エ)
UP70505.5mmUP7550乙19発明の枠体の長辺の幅は,品名で,品名
で,品名でであり,いずれも∼の範囲内であ7mmUP80508mm430mm
るから,本件発明1の構成要件(エ)と同一である。
(オ)構成要件(オ)
UP70505.5mmUP7550乙19発明の枠体の短辺の幅は,品名で,品名
で,品名でであり,いずれも∼の範囲内であ7mmUP80508mm323mm
るから,本件発明1の構成要件(オ)と同一である。
エ本件発明1と乙19発明との唯一の相違点である構成要件(ウ)は,当業
者が通常行う単なる設計事項にすぎないこと
(ア)相違点の分析
本件発明1と乙19発明とを対比すると,構成要件(ウ)のみで相違し
ており,他の構成要件は一致している。
構成要件(ウ)を更に分析すれば,「枠体の長辺の幅が当該枠体の短辺
の幅より広いこと」(構成要件(ウ)−1)と,これをさらに数値限定し
た「幅比を1.05倍∼5倍との数値範囲に限定したこと」(構成要件
(ウ)−2)の2つの要件からなる。
(イ)構成要件(ウ)−1について
a長辺の幅が短辺の幅より広いペリクル用枠体が本件特許出願前に公
知であったこと
米国特許第5,008,156号公報(乙4)の2頁の及びFig.1
「アルミニウム精密加工製品写真集」(乙6)の2頁「マスクペリク
ル用アルミフレーム(黒色アルマイト)」の上の写真の上段左から2
番目のペリクル用枠体の写真には,それぞれ,長辺の幅が短辺の幅よ
り広いペリクル用枠体が記載されている。
なお,乙6の2頁の写真のペリクル用枠体は,長辺の幅が短辺の幅
の約2倍になっている。
乙4及び乙6の公知文献には,ペリクル用枠体において長辺の幅を
短辺の幅より大きくすることが記載されているから,構成要件(ウ)−
1は,本件特許出願日前に既に公知であった。
b本件特許出願の審査経緯において,ペリクル大型化の際に枠体の撓
みが課題になっていなかった旨の参加人の主張が誤っていること
上記米国特許公報(乙4)は,平成19年6月6日(起案日)付け
拒絶理由通知書(乙9)において引用された文献であり,脱退原告は,
この拒絶理由通知書に対して,平成19年8月6日付け意見書(乙1
1)において,「引用文献1,2では,何れもペリクルの面積が特定
されておらず,しかも,枠体の幅も特定されていないので,本発明の
ような大型ペリクルに特有の問題点を認識することは不可能です。」
と主張し,あたかも当業者に知られていなかった大型ペリクルに特有
の問題点が初めて認識されたかのごとく述べている。
しかし,次のとおり,ペリクルの大型化の際に枠体の撓みが課題と
なることは,本件特許出願当時には,当業者の技術常識になっていた。
すなわち,特開平4−254856号公報(乙20,以下「乙20
公報」という。)には,液晶製造用マスクのための防塵体が記載され
ており,この【0004】には,「半導体製造用防塵体と液晶製造用
防塵体との大きな違いは,その要求される大きさの点である。」と記
載され,【0006】には,「液晶製造用防塵体を提供するためには,
面積が大きくかつ物理的に強い光学薄膜体を張設して,それ自体のた
わみもなくかつ薄膜体もゆがまず均一に張れるような支持枠の材質を
提供する必要がある。」と記載されている。つまり,同公報には,大
型化する液晶製造用ペリクルでは,支持枠(ペリクル用枠体)自体の
たわみが課題になっていることが記載されており,平成4年9月には,
ペリクルの大型化の際に枠体の撓みが課題となることが公知になって
いた。
さらに,平成8年6月のペリクルサイズ標準化のワーキンググルー
プの会議において,業界の関係各社間で,ペリクル枠が大きくなった
時に,ペリクル枠の歪み(撓み)が問題となるとの認識を共有化され
ている(乙12)。このワーキンググループは,業界の関係各社のほ
とんどが参加していたワーキンググループであり,遅くとも,乙12
の添付資料がワーキンググループ参加各社に配布された時には,ペリ
クルの大型化の際に枠体の撓みが課題となることが当業者の技術常識
になっていた。
また,ペリクル用枠体ではないが,張力の掛かる枠体において,長
辺が短辺より撓みやすいこと,そして,枠体に掛かる張力によって枠
体の長辺が撓むことが予想される場合,枠体の長辺の幅をより広くす
ることによって強度を高くする方法は,本件特許出願日前に当業者の
常套手段であった。
すなわち,特開平8−129962号公報(乙8,以下「乙8公
報」という。)に記載された発明は,カラー陰極線管に関するもので
あるが,枠体に膜を張っており,膜の張力で枠体が撓むという課題が
ある点で,本件発明1と課題の技術的共通性がある。同公報の【00
04】には,「平面型カラー陰極線管は,例えば3:4又は9:16
の縦横比率の横長画面であるため,製造工程においてシャドウマスク
に一定の張力を加えた状態で枠体に溶接固定しても,枠体の長辺と短
辺のたわみ量が異なり,シャドウマスクに加えられる張力が不均一に
なるという問題を有していた。」と記載され,膜(シャドウマスク)
の張力によって,枠体の長辺と短辺の撓み量が異なるという課題が明
記されている。また,【0010】には,「枠体の長辺側の機械的強
度を短辺側の機械的強度よりも高くしたので,シャドウマスクの張力
による枠体の長辺側及び短辺側の変形量をシャドウマスクの変形量と
等しくすることができる。」と記載されており,前記課題の解決のた
めには,枠体の長辺側の機械的強度を短辺側より高くすればよいこと
が明記されている。さらに,【0012】には,「枠体の長辺側にお
けるフランジ部の少なくとも一部における幅を,短辺側のフランジ部
の幅よりも広くする方法,…によっても,同様に長辺側の機械的強度
が短辺側の機械的強度よりも高い枠体を得ることができる。」と記載
されており,長辺側の幅を広くすることによって長辺側の機械的強度
を高める手法が明記され,【0024】には,「長辺側のフランジ部
43aの少なくとも一部分の幅W1を,短辺側のフランジ部43bの
幅W2よりも相対的に広くすることにより,長辺側の機械的強度が短
辺側の機械的強度よりも高い枠体を得ることができる。」と記載され
ている。
以上から,乙8公報には,膜の張力による枠体の長辺と短辺の撓み
量が異なる場合には,枠体の長辺の幅を広くすればよいことが記載さ
れている。
また,特開平7−324573号公報(乙21)に記載された発明
は,網戸に関するものであるが,張力により枠体が内側に撓むという
課題を有している点で,本件発明1と課題の技術的共通性がある。同
公報の【0002】には,「幅寸法に対して高さ寸法が大きい網戸は
ネットの張力によって縦框が框組みの内周側へ湾曲する傾向があるた
め,通常は両縦框の中間部間に中桟が入れられる。中桟のない網戸を
製作するには縦框に,その見付け方向にネットの張力に抵抗し得る剛
性を持たせることが必要になるが,見付け幅が大きくなる上,重量が
増すため意匠性の低下とコストの上昇を招く。」との記載がある。こ
の記載から,中桟のない枠体では,張力による内側への湾曲を防ぐた
めには,縦框(長辺)に張力に対抗し得る剛性を持たせることが必要
であり,そのためには,見付け幅(枠体の長辺の幅)が大きくなるこ
とが示されている。
以上のように,枠体に膜等を張ったときに,その張力によって枠体
の長辺が撓む場合,枠体の長辺の幅を広くすることによって強度を高
くする方法は,本件特許出願日前に当業者の常套手段となっており,
構成要件(ウ)−1は,本件特許の出願時に公知であった。このように,
構成要件(ウ)−1は,本件特許の出願時に公知の構成であり,脱退原
告もこれを自認したからこそ,手続補正書(乙10)により,構成要
件(ウ)−2の数値限定を行ったものである。
(ウ)構成要件(ウ)−2について
a構成要件(ウ)−2の幅比の数値範囲の上限値及び下限値には,臨界
的意義がなく,単なる設計事項にすぎないこと
1.05倍∼5倍という数値範囲を限定する根拠として,本件明細
書の【0027】段落の「長辺1aの幅Waは,短辺1bの幅Wbよ
りも大きく,好ましくは,1.05倍∼20倍,より好ましくは,1.
1倍∼10倍,更に好ましくは1.3倍∼5倍である。」との単なる
一行記載しか存在しない。しかも,その数値範囲の上限値,下限値の
選択において,「好ましくは,1.05倍∼20倍」の下限値である
1.05倍という数値と,「更に好ましくは1.3倍∼5倍」の上限
値である5倍という数値を極めて便宜的に採用している。
なお,実施例には,枠体の長辺の幅9,短辺の幅4の2.mmmm
25倍の例があるのみで,下限値の1.05倍も上限値の5倍も,そ
の裏付けとなるデータは,何ら示されていない。比較例1には,枠体
の長辺の幅9,短辺の幅9の1倍の例が記載されているが,mmmm
比較例1も枠体が撓まないと記載されており,1倍(等幅)と1.0
5倍の相違が示されているわけではなく,下限値1.05倍の技術的
意義の裏付けとなるデータにはならない。技術常識から判断して,幅
比が1倍と1.05倍の場合で枠体の撓み量に格別の差違があるとは
到底思われず,比較例1は,まさにこれを実証するものである。
したがって,本件明細書には,構成要件(ウ)−2の数値範囲の上限
値,下限値の臨界的意義を具体的に示す記載がなく,これらの値は,
当業者が通常行う単なる設計事項にすぎない。
なお,乙6の2頁の写真には,長辺の幅と短辺の幅の比が約2倍の
ペリクル用枠体が開示されていることからも,構成要件(ウ)−2の数
値範囲が当業者が通常行う単なる設計事項であることが理解できる。
b構成要件(ウ)−2の数値範囲は,当業者が容易に設定できる単なる
設計事項と解されること
枠体の高さと材質が同一であり,かつ,ペリクル膜によって生じる
ペリクル用枠体に掛かる張力が等分布であると仮定すれば,ペリクル
用枠体の1辺の長さをN倍にしたとき,該1辺の幅をN倍にする4/3
ことにより最大撓み量を同じにすることができることは,当業者が容
易に推測できることである(乙13,ティモシェンコ梁理論)。
例えば,乙19発明の品名には,長辺の長さが短辺の長さUP7050
の約1.45倍(=427/294)である大型のペリクル用枠体が
例示されており,この例示されたペリクル用枠体において,ティモシ
ェンコ梁理論の最大撓み量の計算式を適用すれば,長辺と短辺の最大
撓み量を同じにするためには,長辺の幅を短辺の幅の約1.64倍
(≒1.45の1.33乗)にすればよいと算出することができる。
上記の最大撓み量の計算式が近似式であることやペリクル用枠体の設
計時には一定の誤差が許容されることに鑑みれば,上記の約1.64
倍の前後の数値範囲から適切な数値を設計することは,当業者が通常
行う設計事項にすぎない。
c構成要件(ウ)−2の数値限定に格別な技術的意義がないこと
更にいえば,①枠体の長辺の撓みを抑制するためには,短辺の幅と
は独立に長辺の幅を増加すればよく,また,長辺の幅が膜の張力に鑑
みて充分に大きければ,短辺の幅に比べて小さくとも良い。しかも,
②本件発明1では,そもそも枠体の長辺と短辺の長さ比は規定されて
いないので,長辺と短辺の幅比を規定すること自体,技術的意義がな
い。
したがって,構成要件(ウ)−2の数値限定に,格別な技術的意義は
なく,当業者が通常行う設計事項にすぎない。
(エ)相違点(構成要件(ウ))についてのまとめ
以上のとおり,本件特許出願時において,「枠体の長辺の幅が当該枠
体の短辺の幅より大きいこと」(構成要件(ウ)−1)は,公知であり,
「1.05倍∼5倍の数値範囲に限定したこと」(構成要件(ウ)−2)
は,乙6にも示されているように当業者が通常行う設計事項にすぎない
から,これらを単に結合したにすぎない本件発明1の構成要件(ウ)は,
本件特許出願当時,当業者が通常行う設計事項にすぎないものである。
オ進歩性欠如(無効理由2)の結論
本件発明1の構成要件(ア),(イ),(エ)及び(オ)は,乙19発明の構成
と同一であり,これに乙6にも示されているような当業者が通常行う設計
事項にすぎない構成要件(ウ)を付加しただけの本件発明1は,乙19発明
に記載された発明並びにその余の公知技術(乙4,乙8,乙21)及び当
業者の技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたもの
である。
したがって,本件発明1は,特許法29条2項の規定により特許を受け
ることができないものであり,本件特許は,無効審判によって無効にされ
るべきものである。
また,本件発明2は,「請求項1∼5のいずれか1項に記載の大型ペリ
クル用枠体にペリクル膜を貼り付けたことを特徴とする大型ペリクル。」
であり,「ペリクル用枠体にペリクル膜を貼り付けたこと」には,特許性
を判断する上で何ら技術的意義がない。そして,本件発明1は,本件特許
出願時に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,少なく
とも本件発明2のうち,請求項1(本件発明1)を引用した発明の範囲に
ついては,本件特許出願時に当業者が容易に想到できた発明である。
よって,本件発明2は,本件特許出願時に当業者が容易に発明をするこ
とができた発明を包含しているから,特許法29条2項の規定により特許
を受けることができないものであり,同発明に係る本件特許は,無効審判
により無効にされるべきものである。
カ参加人の主張について
(ア)本件特許の効果が①撓み防止と②有効面積の確保という二つの相反
する課題解決であるとする参加人の主張は誤りであること
参加人は,本件発明の効果が①撓み防止と②有効面積の確保という二
つの相反する課題解決であることを前提として,乙4,乙6,乙8及び
乙21をみても,そのような技術思想の示唆等は存在しないと主張する。
しかし,本件発明は,①撓み防止と②有効面積の確保という二つの相
反する課題を解決したものではなく,①枠体の撓み防止をして,②有効
面積を確保したという発明にすぎない。結局,本件発明の進歩性を判断
するためには,乙19発明又は乙22発明(後記(),乙22)に,①4
枠体の撓み防止の効果を付与するために乙4,乙6,乙8及び乙21に
より公知の常套手段を用いることが容易であったか否かを検討すれば足
りる。
そして,本件特許出願日又は優先日前には,大型ペリクルでは枠体の
撓み防止が課題であることが公知であり(乙20),乙19発明又は乙
22発明に枠体の撓み防止の常套手段を適用してみることは,当業者に
とって容易であった。そして,乙8,乙21には,方形状の枠体が張力
によって撓む場合に,枠体の長辺の幅を大きくするという技術手段が開
示されているのである。
(イ)乙8,乙21に記載された常套手段がペリクル用枠体とは異なる技
術分野であるとする参加人の主張は誤りであること
参加人は,乙8,乙21の技術分野がペリクル用枠体ではないから,
乙8,乙21に記載された常套手段を乙19発明又は乙22発明に適用
できないと主張する。
しかし,ペリクル用枠体と,乙8のカラー陰極線管,乙21の網戸は,
枠体が張力によって撓むという観点で技術的に共通しており,枠体の撓
みを防止する手段を選択するという材料力学的な視点からは,枠体の用
途がペリクルであろうとカラー陰極線管や網戸であろうと,相違はない。
このことは,当業者がペリクル用枠体の強度を検討するために,ティモ
シェンコ梁理論による強度計算の式(なお,脱退原告の前身である旭化
成電子株式会社もこの式を利用していたことは,乙16のとおりであ
る。)を転用していたことからも容易に理解できる。
また,参加人は,乙8,乙21には有効面積を確保するという技術課
題が示唆されていないと主張する。
しかし,有効面積の確保は,枠体の撓み防止の結果にすぎないから,
主たる効果である枠体の撓み防止のために,乙8,乙21に記載された
常套手段を乙19発明又は乙22発明に適用することの阻害要因とはな
らない。
以上のとおり,乙8,乙21がペリクル用枠体以外の用途であるとい
うことは,公知の常套手段を乙19発明又は乙22発明に適用すること
を阻害する理由にならず,技術分野が異なるとの形式的理由による参加
人の主張は失当である。
(ウ)参加人は,構成要件(ウ)−2の数値範囲が設計事項にすぎないと認
めていること
参加人は,構成要件(ウ)−2の数値範囲(同じく,構成要件(エ),
(オ)の数値範囲)の限定に臨界的意義がないこと,すなわち,数値範囲
が設計事項であることを自認している(後記(参加人)イの主張のほか,
前記1(参加人)の主張)。
(エ)ペリクル膜を展張する際の接着剤の塗布工程上の制約からペリクル
枠体の各辺は等幅とされていたという参加人の主張は失当であること
参加人は,ペリクル膜を展張する際の接着剤の塗布工程上の制約から,
ペリクル枠体の各辺は等幅とするのが当然とされており,これを別々に
設定するという本件発明の技術思想は,当時の技術常識にも反するもの
であったと主張する。
しかし,参加人のかかる主張は,本件明細書の記載と矛盾するもので
あり,また,当時の当業者の技術常識と相違するものである。
すなわち,脱退原告は,本件明細書の実施例において,長辺の接着剤
塗布面幅が短辺の接着剤塗布面幅の2倍でも,接着剤の塗布工程上の制
約はなかったことを自認しているのであるから(本件明細書【009
1】【0095】),ペリクル膜を展張する際の接着剤の塗布工程上の
制約からペリクル枠体の各辺は等幅とするのが当然とされていたとの参
加人の主張は,本件明細書の記載に明らかに矛盾するものである。
この点,参加人は,当時の塗布技術では,塗布量を辺ごとに調整する
ことは困難であったと主張するが,枠体の長辺の塗布幅と短辺の塗布幅
が少々異なっていても,塗布量を辺ごとに調整することは困難ではなか
った。例えば,ノズルからの単位時間当たりの接着剤吐出量が一定の公
知のディスペンサーを利用した場合には,単にディスペンサーの移動速
度等を適宜変更するだけで異塗布幅の均一塗布が可能である。特開平7
−24390号公報(乙23)には,ニードルから吐出される液体の塗
布タイミング,塗布量,塗布時間を制御する制御装置を構成要件の一部
に有する液体塗布装置が記載されている。同装置によって「塗布動作を
教示することによりワーク上に様々な状況や条件に対応して粘度の高い
液体を人手によらず自動的に塗布できるようになると共に,塗布状態を
細かく調整することが可能」【0018】と記載されている。よって,
「当時の塗布技術では,塗布量を辺ごとに調整することは困難であっ
た」ということは,事実でない。
(参加人)
ア被告は,乙19又は乙22のペリクル用枠体に,乙4,乙6,乙8及び
乙21を組み合わせれば,本件発明を容易に発明をすることができたから,
本件発明は,進歩性を欠くと主張する。
この点,乙19及び乙22に記載されたペリクル用枠体は,本件発明の
構成要件(ウ)を有していない点において,本件発明と相違する。
ある発明が公知技術から容易に想到できるというためには,当該発明の
特徴点に到達できる試みをしたであろうという推測が成り立つのみでは十
分でなく,当該発明の特徴点に到達するために,当該試みをしたはずであ
るという示唆等が存在することが必要であるが,本件特許出願当時,ペリ
クル用枠体の①撓み防止と②有効面積の確保という二つの相反する課題解
決のために,枠体の長辺幅と短辺幅のそれぞれに着目するという技術的発
想は存在しなかったし,乙4,乙6,乙8及び乙21を見ても,そのよう
な技術思想の示唆等は存在しない。
(ア)乙6,乙4について
a乙6には,長辺の中央部の幅が広くなっている形状のUT1X露光
機用ペリクルの枠体が記載されているが,このペリクル用枠体の長辺
の中央部の幅が広くなっているのは,ガイドと呼ばれる器具を左右に
取り付けるためである。そして,このUT1X露光機用マスクのサイ
ズは5インチと決まっており,それに張られるペリクルのサイズはそ
のサイズよりも小さいため,ペリクル膜の張力による枠体の撓みの問
題は特に生じない。また,この露光機で使用する露光領域は,マスク
全体に占める割合が小さいため,有効面積をなるべく広く確保するよ
うに枠体を設計する必要もない。
このように,枠体の長辺の中央部の幅が広くなっているのは,本件
発明の技術課題とは全く関係のない理由によるものであり,現に,最
近のUT1X用ペリクルは,こうしたガイドを使わないため,枠体の
長辺及び短辺が同じ幅で形成されている。
よって,乙6には,大型化したペリクル膜の張力による撓みの防止
と有効面積の確保を考えて,枠体の長辺を短辺より幅広にするという
技術思想は全くなく,当該枠体から本件発明を想到することはない。
bまた,乙4に記載された発明は,ペリクル用枠体に関する発明では
なく,ペリクル膜に関する発明であり,その内容は,ペリクル膜の紫
外線透過率を上げるという技術課題を,特定の材料で構成された膜を
使用することにより解決するというものであり,本件発明とは全く関
係がない課題に関するものである。
このように,乙4は,ペリクル膜に関するものであるため,枠体に
ついてほとんど記載がなく,当然のことながら,ペリクル用枠体の撓
みの防止や有効面積の確保といった本件発明の技術課題に関する記載
・示唆なども一切存在しない。乙4の図1には,長辺幅が短辺幅に比
べて広く見えるペリクル用枠体がたまたま記載されているが,乙4が
出願された昭和63年当時のペリクルは,UT1X露光機用ペリクル
(乙6)のように,比較的小さいサイズのものしかなかった。
したがって,膜自体の発明にすぎない発明の明細書である乙4の図
1に,小型ペリクルを想定した図があったとしても,ペリクルの大型
化に伴う枠体の撓みと有効面積の確保という問題を解決しようとする
当業者が,乙4から,本件発明を想到することはあり得ない。
(イ)乙8について
乙8は,カラー陰極線管に関するものであり,シャドウマスクを溶接
固定する枠体の幅そのものではなく,該枠体を補強するフランジ部分の
幅を広くすることで,該枠体の強度を確保する技術思想が開示されてい
る。しかし,そもそも,カラー陰極線管は,カラーブラウン管テレビの
一部品であり,マスクへの異物の付着を防止するペリクル用枠体とは,
技術分野を大きく異にする。
また,乙8の【発明が解決しようとする課題】(【0004】段落),
【作用】(【0010】段落)に記載があるとおり,乙8に記載された
発明は,カラー陰極線管の製造時や動作時において,シャドウマスクが
熱膨張することによる同マスクの撓みを防ぎ,画像の色むら等を防ぐと
いう技術課題を解決するものである。熱膨張による撓みという問題の解
決と,膜の張力によるペリクル用枠体の撓みの解決は,全く別個の目的
であり,当該発明を当業者が見ても,膜の張力による撓みの解決のため
に枠体の長辺幅を短辺幅より広くするという本件発明を想起することは
ない。
しかも,乙8には,シャドウマスクを溶接固定する枠体であって,フ
ランジ部を有するものが開示されているが,これは,露光可能な有効面
積をなるべく広く確保するという思想自体がないことを端的に示すもの
である。
このように,乙8には,ペリクル枠の大型化によって膜の張力で生じ
る撓みを防止するという技術課題も,同時に有効面積も確保するという
技術課題も,何ら記載も示唆もないから,乙8から本件発明に想到する
ことはできない。
(ウ)乙21について
乙21は,発明の名称を「網戸の框組み」とするものであるが,網戸
は,ペリクル用枠体と技術分野を全く異にするものであり,当業者が乙
21の記載内容とペリクル用枠体とを組み合わせるなど,到底あり得な
いことはいうまでもない。
また,乙21は,ネットの張力によって縦框が框組みの内周側に湾曲
することを防ぐために,見付け方向の幅を広くすることが記載されてい
るものの,横框の幅については示唆がなく,長辺の幅を短辺の幅より太
くすることで,枠体の撓みを防止するとともに有効面積も確保するとい
う技術思想も,どこにも開示されていない。実際に,当該発明は,本件
発明とは逆に,縦框の幅が横框の幅よりも狭い網戸を製作することをも
想定しており,そのような網戸が現に開示されている。
したがって,ペリクル用枠体開発の当業者が,乙21を参照して本件
発明に想到するなどあり得ない。
イ本件発明は,長辺幅を短辺幅よりも広くすることにより大型ペリクル用
枠体における所要の技術課題を解決した点に本質を有する発明であること
被告は,構成要件(ウ)の数値範囲の上限及び下限値には臨界的意義がな
く,単なる設計事項であるという。しかし,本件発明は,当該数値を限定
することで新規性,進歩性が生じるものではなく,長辺幅を短辺幅よりも
広くすることにより,大型ペリクル用枠体における所要の技術課題を解決
した点に,その本質を有する発明である。そして,本件発明は,長辺幅と
短辺幅が等しい従来のペリクル用枠体と,まさに,長辺幅と短辺幅が異な
る点において明確に区別されるものである。
このように,構成要件(ウ)の各数値に臨界的意義は存在しないし,従来
の技術理解と異なり,枠体の長辺幅と短辺幅を別個に着目して技術課題を
解決した本件発明にとって,臨界的意義などそもそも必要でない。このよ
うに,発明の本質部分を確保しつつ,明細書の記載に基づき権利範囲を適
切な範囲に特定することは,何ら不合理なことではなく,実際,多くの特
許においても行われていることである。
ウ本件特許の出願当時,ペリクル膜を展張する際の接着剤の塗布工程上の
制約から,ペリクル用枠体の各辺は等幅とするのが当然とされており,こ
れを別々に設定するという本件発明の技術思想は,当時の技術常識にも反
するものであった。当時の塗布技術では,塗布量を辺ごとに調整すること
は困難であったので,すべての辺を等量で塗布していた。また,幅の異な
る枠体に,接着剤を未塗布なく又ははみ出しがないように塗ることは,極
めて困難であった。
エ被告の主張について
(ア)本件発明の効果は,①撓み防止と②有効面積の確保という相反する
課題解決であり,この点を無視して,対比判断をしても意味がない。こ
の課題解決方法を議論した当業者の集まりにおいても,「枠体の幅を大
きくすること」と「枠体の幅を大きくしないことによる有効面積の確
保」が二つの「相反する課題」であり,枠体の幅を大きくすることで撓
みを防止しようと当時の当業者が認識していたことは明らかであり,こ
の二つの課題を解決するために,枠体の長辺幅を大きくするということ
は,およそ誰も想定できなかった(乙12)。
(イ)被告は,ペリクル用枠体と,乙8のカラー陰極線管及び乙21の網
戸とは,枠体が張力によって撓むという観点で技術的に共通しており,
枠体の撓みを防止する手段を選択するという材料力学的な視点からは,
枠体の用途がペリクルであろうと,カラー陰極線管や網戸であろうと相
違はないと主張するが,乙8は,膜の張力で生じる枠体の撓み防止とい
う発想を有しておらず,乙21は,網戸に関して枠の組込みの仕方を解
決手段として開示しているものであり,本件に適用することができるも
のではない。
(ウ)被告は,ペリクル膜を展張する際の接着剤の塗布工程上の制約から
ペリクル枠体の各辺は等幅とするのが当然とされていたとの参加人の主
張が,本件明細書の記載と矛盾するものであり,また,当時の当業者の
技術常識と相違すると主張する。
しかし,本件発明が枠体の長辺幅を大きくするという解決手段を見出
すに際して障害になった技術常識と,それを克服した後で行った本件明
細書に開示された塗布状態とを比べること自体,間違いである。
また,被告は,特開平7−24390号公報(乙23)には,ニード
ルから吐出される液体の塗布タイミング,塗布量,塗布時間を制御する
制御装置を構成要件の一部に有する液体塗布装置が記載されていて,塗
布状態を細かく調整することが可能であると主張する。
しかし,同公報(乙23)は,その課題及び効果として「塗布開始時
の挙動の遅れを設定時間を長くすることにより補う」ことが開示されて
いるだけであって,塗布幅を途中で変更することについては,具体的に
何らの解決手段も示しておらず,当時の塗布技術では塗布量を辺ごとに
調整することが困難であったとの技術常識は,何ら否定されるものでは
ない。
()本件発明は,進歩性欠如により無効にされるべきものか(無効理由3−4
乙22を主引用例とする進歩性欠如)
刊行物である登録実用新案公報第3041760号(以下「乙22公報」
という。)に記載された発明(以下「乙22発明」という。)を主引用例と
する進歩性欠如
(被告)
本件発明1は,その出願日前の平成9年10月3日に頒布された刊行物で
ある乙22公報に記載された発明(乙22発明)及びその余の公知文献に記
載された発明や本件特許出願時の当業者の技術常識に基づいて,当業者が容
易に発明をすることができたものであるから,特許法29条2項の規定によ
り特許を受けることができないものである。
ア乙22公報の記載内容
【0003】には,大型のペリクルの例示として,「大型のペリクルの
場合,特に液晶表示素子製造のための大型マスクに使用するペリクルの場
合,例えば,キャノン社製の一括露光装置MPA−3000で用いられる
ペリクルは294×427と大きいため」との記載がある。mm
【0006】には,「大型のペリクルに用いられるフレームは…フレー
ム幅が5程度」と記載されている。mm
イ本件発明1と乙22発明との対比
本件発明1の各構成要件につき,乙22発明と対比すると,次のとおり
である。
(ア)構成要件(ア)
【0003】には,大型ペリクルの例として294×427のペmm
リクルを挙げており,乙22発明は,構成要件(ア)について,本件発明
1と同一である。
(イ)構成要件(イ)
【0003】には,大型ペリクルとして294×427(=12mm
55.38)のペリクルが例示されていることから,乙22発明は,cm2
構成要件(イ)について,本件発明1と同一である。
(ウ)構成要件(ウ)
乙22公報には,ペリクル用枠体の長辺の幅と短辺の幅の比は記載さ
れておらず,乙22発明は,構成要件(ウ)について,本件発明1と相違
する。
(エ)構成要件(エ)
乙22公報の【0003】には,枠体長辺の幅は明記されていないが,
mm【0006】には,大型ペリクルの一般論として,フレーム幅が5
程度である旨の記載があり,【0003】に記載されている従来技術の
大型ペリクルがこれと異なることは示唆されていないから,【000
3】に記載された大型ペリクルの長辺の幅は4∼30の範囲内mmmm
と推認でき,乙22発明は,構成要件(エ)について,本件発明1と実質
的に同一である。
(オ)構成要件(オ)
上記(エ)と同様の理由により,【0003】に記載された大型ペリク
ルの短辺の幅は,3∼23の範囲内と推認でき,乙22発明は,mmmm
構成要件(オ)について,本件発明1と実質的に同一である。
ウ本件発明1と乙22発明との相違点である本件発明1の構成要件(ウ)は,
当業者が通常に行う単なる設計事項の相違にすぎないこと
上記()の(被告)エに記載のとおり,本件発明1の構成要件(ウ)は,3
本件特許出願時に,当業者が通常に行う設計事項にすぎない。
エ進歩性欠如(無効理由3)の結論
本件発明1の構成要件(ア),(イ),(ウ)及び(オ)は,乙22発明と同じ
であり,これに当業者が通常行う設計事項にすぎない構成要件(ウ)を付加
しただけの本件発明1は,乙22発明並びにその余の公知技術及び当業者
の技術常識に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであ
る。
したがって,本件発明1は,特許法29条2項の規定により特許を受け
ることができないものであり,同発明に係る本件特許は,無効審判により
無効にされるべきものである。
また,本件発明2は,「請求項1∼5のいずれか1項に記載の大型ペリ
クル用枠体にペリクル膜を貼り付けたことを特徴とする大型ペリクル。」
であり,「ペリクル用枠体にペリクル膜を貼り付けたこと」には,特許性
を判断する上で何ら技術的意義がない。そして,本件発明1は,本件特許
出願時に当業者が容易に発明をすることができたものであるから,少なく
とも本件発明2のうち,請求項1(本件発明1)を引用した発明の範囲に
ついては,本件特許出願時に当業者が容易に想到できた発明である。
よって,本件発明2は,本件特許出願時に当業者が容易に発明をするこ
とができた発明を包含しているから,特許法29条2項の規定により特許
を受けることができないものであり,同発明に係る本件特許は,無効審判
により無効にされるべきものである。
オ参加人の主張について
参加人の主張に対する反論は,前記()(被告)カのとおりである。3
(参加人)
参加人の主張は,前記()(参加人)アないしエのとおりである。3
()本件発明は,記載要件(サポート要件)違反により無効にされるべきも5
のか(無効理由4)
(被告)
ア本件特許の請求項1に記載されている本件発明1の範囲が,発明の詳細
な説明の欄の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると認識でき
る範囲を超えていること
(ア)判断基準の法理
「特許請求の範囲の記載が,明細書のサポート要件に適合するか否か
は,特許請求の範囲の記載と発明の詳細な説明の記載とを対比し,特許
請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に記載された発明で,
発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題を解決できると
認識できる範囲のものであるか否か,また,その記載や示唆がなくとも
当業者が出願時の技術常識に照らし当該発明の課題を解決できると認識
できる範囲のものであるか否かを検討して判断すべきものである」とさ
れている(知財高裁平成17年判決)。
また,本件発明1は,複数の変数の数値範囲の限定を組み合わせて発
明が表現されている,いわゆるパラメータ特許発明である。このような
クレーム形式の発明の場合には,特許請求の範囲の記載がサポート要件
に適合するとされるためには,発明の詳細な説明に,その数式が示す範
囲と得られる効果(性能)との関係の技術的な意味が,具体例の開示が
なくとも,特許出願時において当業者に理解できる程度に記載するか,
又は特許出願時の技術常識を参酌して,当該数式が示す範囲内であれば,
所望の効果(性能)が得られると当業者において認識できる程度に,具
体例を開示して記載することを要するものと解するのが相当である(知
財高裁平成17年判決)。
すなわち,①数値範囲と得られる効果との関係の技術的な意味が,特
許出願時において,具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に
記載されていること,②特許出願時の技術常識を参酌して,当該数値範
囲内であれば,所望の効果(性能)が得られると当業者において認識で
きる程度に,具体例を開示して記載されていることのいずれにも該当し
ない場合には,サポート要件を充足しないことになるが,次のとおり,
本件明細書は,いずれにも該当しない。
(イ)数値範囲と得られる効果との関係の技術的な意味が,具体例の開示
がなくとも当業者に理解できる程度に記載されていないこと
本件発明1の構成要件(ウ)では,枠体の長辺の幅と短辺の幅の比を1.
05∼5倍と規定している。この数値範囲は,本件明細書【0027】
に記載されている,いわゆる一行記載に基づいて数値限定されたもので
ある。しかし,【0027】には,なぜこの数値範囲であれば好ましい
のかの説明が記載されていない。このため,枠体の長辺の幅を短辺の幅
の1.05倍∼5倍という範囲から選択することと,本件発明1によっ
て得られる効果,すなわち「ペリクル膜の張力によるフレームの撓みが
生じないこと」との関係の技術的意味が,当業者に理解できるように記
載されていない。
また,ティモシェンコ梁理論から導出される最大撓み量の計算式を利
用してペリクル用枠体の最大撓み量をある程度推測することは,本件特
許の出願時における当業者の技術常識である。しかし,前記計算式には,
「長辺の幅と短辺の幅の比」というパラメータは含まれていないから,
前記技術常識を考慮しても,「長辺の幅と短辺の幅の比を1.05倍∼
5倍とすること」と,「ペリクル膜の張力による枠体の撓みが生じない
こと」との因果関係を,当業者が理解することはできない。
以上のことから,本件発明1の数値範囲と得られる効果との関係の技
術的な意味が,具体例の開示がなくとも当業者に理解できる程度に記載
されているということができず,上記①には該当しない。
(ウ)特許出願時の技術常識を参酌して,当該数値範囲内であれば,所望
の効果が得られると当業者において認識できる程度に,具体例を開示し
て記載されていないこと
本件明細書には,枠体の長辺の幅と短辺の幅の比について,【002
7】のいわゆる一行記載のほかは,実施例1及び2の9/4のmmmm
2.25倍の具体例と,比較例1の9/9の1倍の具体例しかmmmm
記載されていない。しかし,【0027】には,なぜ当該数値範囲内で
あればペリクル用枠体の撓みが生じないとの効果が生じるかは,記載さ
れていない。また,実施例1及び2と比較例1は,いずれも「枠体の撓
みは生じない」とされており,効果上の差が認められないから,当該数
値範囲内であれば,所望の効果が得られると当業者において認識するこ
とはできない。構成要件(ウ),(エ)及び(オ)は独立変数であるので,こ
れらの組合せは,事実上,無限に存在するにもかかわらず,枠体の長辺
幅と短辺幅の比が1.05倍から5倍の間の範囲で,本件発明1の効果
を奏することを示すのに十分な実施例は記載されていない。なお,比較
例1は,枠体の長辺幅と短辺幅の比が1.05倍のすぐ外であるが,
「枠体の撓みは生じない」と記載されたものであり,比較例1の枠体の
長辺幅と短辺幅の比が1.05倍の外にあることは,むしろ,枠体の長
辺幅と短辺幅の比が1.05倍以上であるという数値限定が,本件発明
1の効果とは無関係であることを意味しているとさえいえる。
このように,本件明細書には,本件発明1の効果を奏することを示す
のに十分な実施例が存在せず,②にも該当しない。
(エ)まとめ
以上のように,本件明細書は,パラメータ発明がサポート要件を満た
す場合である上記①,②のいずれの場合にも該当しないから,本件明細
書は,サポート要件を充足していないといわざるを得ず,本件発明1に
係る本件特許は,特許無効審判によって無効にされるべきものである。
イ「発明の詳細な説明」に記載されている「発明の課題を解決するための
手段」が,請求項の記載に反映されていないため,請求項1に記載された
本件発明1が,発明の詳細な説明に記載した範囲を超えていること
(ア)特許・実用新案審査基準の判断基準
サポート要件の法理を反映していると解される平成15年10月に特
許庁が公表した特許・実用新案審査基準の第Ⅰ部第1章「明細書及び特
許請求の範囲の記載要件」の2.2.1.1「第36条第6項第1号違
反の類型」の(4)には,「請求項において,発明の詳細な説明に記載
された,発明の課題を解決するための手段が反映されていないため,発
明の詳細な説明に記載した範囲を超えて特許を請求することとなる場
合」がサポート要件を満たさない類型として挙げられている。すなわち,
発明の詳細な説明に記載されている「発明の課題を解決するための手
段」と請求項の記載の対応関係を検討し,「発明の課題を解決するため
の手段」の必須要素が,請求項に反映していなければ,サポート要件違
反と判断することができる。
(イ)本件発明1における「課題を解決するための手段」について
本件発明1が解決しようとする課題は,ペリクル膜の張力による枠体
の撓みを生じさせないことであるが,ティモシェンコ梁理論の計算式に
よれば,ペリクル用枠体の撓みに影響を与える因子は,荷重,当該枠体
の長さ,ヤング率及び当該枠体の断面二次モーメントである。これらの
うち,ヤング率は,材質によって定まるパラメータである。また,断面
二次モーメントは,断面の形状及び寸法によって定まるパラメータであ
り,仮に,枠体の断面形状が長方形である場合には,枠体の高さと幅に
よって定まる。
ところが,断面二次モーメントを求める際に必須の要件である枠体の
断面形状について,本件明細書の【発明を解決するための手段】及び
【発明の実施の形態】並びに図面には,枠体の長辺及び短辺の貼着面の
幅を略等しくするために,少なくとも枠体の長辺の貼着面側に傾斜面又
は段差を設けた形状しか記載されていない(【0016】,【002
2】,【0023】,【0044】,実施例1(【0091】),比較
例1(【0102】),図1ないし10)。
したがって,本件明細書の【発明を解決するための手段】及び【発明
の実施の形態】並びに図面に記載されている課題を解決するための手段
は,少なくとも,枠体の長辺の断面形状は,貼着面側に傾斜面又は段差
を設けた形状となっていることである。
また,本件発明1では,構成要件(エ)において枠体の長辺の幅の数値
範囲を,構成要件(オ)において枠体の短辺の幅の数値範囲をそれぞれ具
体的に特定しているが,ヤング率が異なる場合,すなわち,材質が異な
る場合には,適切な辺の幅の数値範囲が異なることになる。したがって,
構成要件(エ)及び(オ)における数値範囲に技術的意義があるのは,構成
要件(エ)及び(オ)の数値範囲を設計する際に用いられた材質と同程度の
ヤング率を持つ材質に限られる。
(ウ)「発明の詳細な説明」に記載されている発明の「課題を解決するた
めの手段」と請求項1の記載との対比
しかし,請求項1の記載では,枠体の長辺の材質も断面形状も限定し
ておらず,任意の材質で,任意の断面形状のものについて特許を請求す
るものになっている。
したがって,本件発明1は,本件明細書の【発明を解決するための手
段】及び【発明の実施の形態】並びに図面に記載されている発明の範囲
を超えるものとなっている。
よって,本件特許の請求項1の記載は,記載要件(サポート要件)を
満たしていないといわざるを得ず,本件発明1に係る本件特許は,無効
審判によって無効にされるべきものである。
ウ本件特許の請求項6の記載は,特許法36条6項1号の記載要件(サポ
ート要件)を満たさないこと
前記ア,イのとおり,請求項1に記載された大型ペリクル用枠体の発明
は,特許法36条6項1号の記載要件(サポート要件)を満たしていない
から,請求項6に記載された発明のうち,少なくとも請求項1を引用した
発明については,同号の要件を満たさない。
よって,本件発明2に係る本件特許は,特許無効審判によって無効にさ
れるべきものである。
エ参加人の主張について
(ア)参加人の主張は,本件特許の出願審査経緯における特許権者の行動
と矛盾する主張であること
参加人は,本件発明は,大型ペリクル用枠体において,長辺幅を短辺
幅よりも広くすることで所定の技術課題を解決した点にその本質を有す
る発明であり,数値自体に臨界的意義を見出したものではないと主張し,
本件発明は,あたかも数値限定以外の構成要件だけで,特許性が認めら
れるに充分であるかのような主張をするが,かかる参加人の主張は,本
件特許の出願審査経緯における特許権者の行動と矛盾するものである。
本件特許の出願時の請求項1は,「大型ペリクル膜を展張して貼着支
持する長辺と短辺とを有する方形状の大型ペリクル用枠体であって,前
記大型ペリクル膜を展張する面積が1000以上であり,且つ枠体cm
の長辺の幅が短辺の幅より大きいことを特徴とする大型ペリクル用枠
体。」というものであった(乙2)。これを,本件発明の構成要件と対
比すれば,本件発明1の構成要件(ア),(イ)及び(ウ)−1,本件発明2
の構成要件となる。この請求項に対し,引用文献1(乙5)及び引用文
献2(乙4)から当業者が容易に発明をすることができたものであるか
ら特許法29条2項の規定により特許を受けることができないとの拒絶
理由通知書(乙9)が発せられた。参加人は,この拒絶理由通知書に対
し,手続補正書(乙10)及び意見書(乙11)を提出した。この手続
補正書による補正により,請求項1に,本件発明1の構成要件(ウ)−2,
(エ)及び(オ)の各数値限定が追加された。すなわち,本件発明1の構成
要件(ウ)−2,(エ)及び(オ)の各数値限定は,進歩性がないとの拒絶理
由通知を克服するために追加された構成要件である。
この点,参加人は,本件発明の構成要件中の数値について,臨界的意
義がないと主張するが,前記拒絶理由通知書は,先行技術を引用例とし
て進歩性がないことを理由とするものであり,記載不備(特許法36条
違反)を理由とするものではない。前記拒絶理由通知書では,記載不備
について一切言及しておらず,進歩性がないとの拒絶理由のみが指摘さ
れていた。そして,出願人(脱退原告)は,先行技術を理由とする拒絶
通知を克服すべく,あえて特許請求の範囲を減縮したのであるから,こ
の特許請求の範囲を減縮する補正は,進歩性を主張するために必要であ
ったと考えるべきである。参加人の主張は,要するに,意見書と同時に
行った手続補正が拒絶理由と全く無関係に特許請求の範囲を減縮したも
のであるとの主張であり,許されるものではない。
更にいえば,前記意見書の1頁【意見の内容】の10∼12行には,
「本発明の特徴を一層明確ならしめるべく,また,前記各引用文献との
相違を一層明瞭ならしめるべく,本日別途手続補正書を提出して,特許
請求の範囲及び発明の詳細な説明を補正致しました。」と記載されてお
り,本件発明1の構成要件(ウ),(エ)及び(オ)の数値範囲の限定は,拒
絶理由通知書での引用文献との相違を明瞭にするために必要であったこ
とを明らかにしている。さらに,前記意見書の2頁5∼6行には「枠体
の長辺の幅と短辺の幅とを数値限定することで」と記載され,同意見書
の2頁22行には「具体的な長辺,短辺の幅を特定した本発明」と記載
されており,本件発明が数値限定によって初めて特許性が獲得できる発
明であることを明示している。
以上のとおり,脱退原告は,本件特許の出願審査経緯において,前記
拒絶理由通知書に対し,本件発明は数値限定したことで特許性が付与さ
れるべきである旨応答していたにもかかわらず,本件訴訟段階において,
被告から各構成要件の数値限定の持つ技術的意義を問われ,一転して追
加した本件発明1の構成要件(ウ)−1,(エ)及び(オ)が技術的意義のな
い数値限定であると主張するものであり,このような主張は許されない。
(イ)本件発明が本質的に枠体の長辺幅が短辺幅よりも広い限り所要の効
果を奏するという参加人の主張は,本件明細書の記載と合致しないこと
参加人は,本件特許が知財高裁平成17年判決と前提を異にする根拠
として,本件発明が,本質的に枠体の長辺幅が短辺幅よりも広い限り所
要の効果を奏するものであり,特定の数値範囲にすることによって初め
て特定の作用効果を奏することを内容とする発明でないことを挙げてい
る。しかし,そもそも,本件発明が本質的に長辺幅が短辺幅よりも広い
限り所要の効果を奏するという参加人の主張は,本件明細書の記載と合
致しない誤った主張である。
まず,「所要の効果」について,参加人は,①撓み防止と②有効面積
の確保という二つの相反する課題を解決することである旨主張するが,
本件明細書には,①撓み防止を原因として②有効面積の確保という結果
が得られることが記載されているだけで,二つの相反する課題を本件発
明が解決したとは記載されていない。
また,本件特許の異別の独立形式発明である請求項2の発明では,
「枠体の長辺の幅が該枠体の短辺の幅よりも大きく」としか限定されて
いないのに,本件特許の請求項1の発明では,単に長辺幅が短辺幅より
も大きいと規定せずに,さらに,構成要件(ウ)−2,(エ)及び(オ)の数
値限定を追加して規定していることに鑑みると,当然に,これらの追加
の構成要件は,本件発明1の本質であると解釈されるべきである。
したがって,本件発明が知財高裁平成17年判決と前提を異にすると
いう主張は,本件明細書の記載と合致せず,根拠のない主張である。
(参加人)
ア被告は,本件発明がパラメータ発明であるとした上で,本件明細書がサ
ポート要件を充足しないと主張する。
しかし,本件発明は,大型ペリクル用枠体において,長辺幅を短辺幅よ
りも広くすることで所定の技術課題を解決した点にその本質を有する発明
であり,構成要件中の「1.05倍∼5倍」は,実用化に当たり,妥当な
範囲として好ましい範囲を特許請求の範囲に加えて,より発明の範囲を明
瞭にしたものであって,当該数値自体に臨界的意義を見出したものではな
い。このことは,本件明細書の記載をみれば,普通に理解できる。このよ
うに,本件発明は,本質的に,枠体の長辺幅が短辺幅よりも広い限り所要
の効果を奏するものであって,特定の数値範囲にすることにより初めて特
定の作用効果を奏することを内容とする発明ではないから,知財高裁平成
17年判決とは,前提を全く異にする。
また,本件明細書の比較例1は,実施例1と枠体の長辺幅が同じであり,
短辺幅は実施例1より広く9㎜としたものである。しかるところ,本件明
細書には,比較例1で実施例1と同一の有効露光面積とするには,実施例
1よりも一回り大きなマスクが必要となったことも記載されている。
有効露光面積は同じであるのに,比較例1の方が実施例1よりも一回り
大きなマスクが必要であるということは,換言すれば,実施例1の方が比
較例1よりも,マスクの面積全体に占める有効露光面積の割合が高く,効
率的に有効露光面積が確保されていることを意味している。
以上のように,本件明細書の発明の詳細な説明,特に実施例1と比較例
1を見れば,本件発明では,従来技術と異なり,枠体の長辺幅を短辺幅よ
りも広くすることで,①枠体の撓みの防止と,②有効面積の確保という二
つの技術的要請が同時に満たされていることが示されている。そして,前
記二つの具体例は,本件発明と従来技術の相違を示す典型的な例であるか
ら,その効果に相対的な差はあるとしても,当業者であれば,特許請求の
範囲全体について,本件発明の作用効果を十分に理解でき,本件発明の技
術課題を解決できることも,十分理解可能である。
したがって,本件明細書に特許法36条に違反する点はない。
イ被告は,ティモシェンコ梁理論によれば,ヤング率や枠体の高さ等もペ
リクル用枠体の撓みに影響を与えるから,これらの要因について記載がな
い本件明細書は,特許法36条に違反するとも主張する。
しかし,本件発明は,ティモシェンコ梁理論に固執していたため解決で
きなかった,①枠体の撓みの防止と,②有効面積の確保という二つの技術
的要請を,同梁理論のファクターである枠体の高さやヤング率などではな
く,長辺幅と短辺幅を別々に制御するという新たな着想で解決したもので
ある。このように,本件発明は,ティモシェンコ梁理論とは異なる知見に
基づくものであるから,ヤング率や枠体の高さ等を記載する必要はない。
例えば,枠体の部材としてヤング率の大きい金属を使用すれば,それだ
け枠体の撓み量は少なくなる。しかし,その場合であっても,長辺幅が短
辺幅よりも広い枠体の方が,各辺等幅の枠体よりもペリクル用枠体として
優れているというのが,本件発明の技術知見である。このように,本件発
明は,ティモシェンコ梁理論とは異なる技術知見であるから,同理論のフ
ァクターが記載されていなくても,本件明細書の開示には全く問題がなく,
当業者は,これに所要の技術常識を組み合わせればよいだけのことである。
したがって,本件明細書に特許法36条に違反する点はない。
ウ被告は,参加人の主張は,本件特許の出願審査経緯における特許権者の
行動と矛盾すると主張するが,被告が引用する意見書(乙11)において
は,「今回の手続補正により,単に枠体の長辺の幅を該枠体の短辺の幅よ
cmりも大きくするといっただけでなく,ペリクル膜を展張する1000
以上の面積に対して枠体の長辺の幅と短辺の幅等を数値限定することで,2
ペリクルの有効面積を最大限に確保しつつ歪みの生じない大型ペリクル用
枠体とすることを達成したものです。」と記載されており,枠体の長辺と
短辺の幅を数値として限定したからといって,当該数値に特別の作用効果
を認識していないことは表現されている。そもそも,前記意見書は,拒絶
理由通知書(乙9)で引用された公知文献との違いについても,「引用文
献との相違」として,「引用文献1,2では,何れもペリクルの面積が特
定されておらず,しかも,枠体の幅も特定されていないので,本発明のよ
うな大型ペリクルに特有の問題点を認識するのは不可能です。具体的には,
引用文献1では,審査官殿が指摘する図4は,枠体の長辺と短辺の幅が等
しいと思われる図2とともに引用文献1の発明を構成するものとして並列
に列挙されております。このことは,引用文献1から長辺の幅を短辺の幅
に対して太くすることによって大型ペリクル特有の問題点を解決しようと
する本発明における大型ゆえの問題点を認識しているとは言えません。又,
引用文献2でも同様に審査官が指摘する図1は,枠体の長辺と短辺の幅が
等しいと思われる図3と並列に列挙されています。従って,引用文献2か
らも大型ペリクル特有の問題点を認識しているとは言えません。」という
のであって,そこから明らかになるのは,本件発明は,大型ペリクル用枠
体において,長辺幅を短辺幅よりも大きくすることで所定の技術課題を解
cm決した点に,その本質を有する発明であり,大型という点で1000
cm2
以上という要件があり,それに対して,それ以外の数値は,1000
以上というサイズに見合った幅寸法を規定したものであり,その数値自2
体に臨界的意義を見出したものではないということである。
3損害額
(参加人)
本件特許の登録日である平成19年9月7日以降,平成20年11月末まで
の被告による被告製品の販売数は,450個を下回ることはなく,その売上合
計額は,2億8000万円を下回らない。
被告における被告製品の一個当たりの「利益」(特許法102条2項)は,
いずれも各販売価格の50パーセントを下回らない。
したがって,被告による本件特許権の侵害行為によって参加人が被った損害
額は,1億4000万円を下回らない(特許法102条2項)。
(被告)
否認ないし争う。
第4当裁判所の判断
本件事案の性質に鑑み,まず,争点()エ(本件発明は,進歩性欠如により2
無効にされるべきものか(無効理由3−乙22を主引用例とする進歩性欠
如))について判断する。
被告は,本件発明は,乙22発明に,その余の公知文献(乙4,乙6,乙8
及び乙21)に記載された発明や本件特許出願時の当業者の技術常識(以下,
技術常識の内容は,優先権主張日における技術常識も含めて検討するものとす
る。)に基づいて当業者が容易に発明できたものであるから,特許法29条2
項に違反する無効理由があると主張するので,以下,検討する。
1乙22発明の内容
()乙22公報には,次の記載がある(乙22)。1
ア乙22公報の記載内容
「フォトマスクやレチクルの防塵体として用いられるペリクルにおいて,
フォトマスク又はレチクルに貼り付ける粘着剤の厚みが1以上であるmm
大型ペリクル。」【請求項1】
「即ち,従来は粘着材の厚みが0.4∼0.8の両面テープ又はホッmm
トメルト粘着材が用いられていた。しかしながら大型のペリクルの場合,
特に液晶表示素子製造のための大型マスクに使用するペリクルの場合,例
えば,キャノン社製の一括露光装置MPA−3000で用いられるペリク
ルは294×427と大きいため,従来の粘着材ではどうしてもmmmm
一部に粘着不良が発生してしまうという問題点があった。」【0003】
「本考案は大きなサイズのペリクルにおいても,フォトマスク又はレチク
ルへの粘着が確実にするペリクルを提供することを目的とするものであ
る。」【0004】
「大型のペリクルに用いられるフレームは,鉄系合金等の剛性に高い金属
で作られるが,平坦性が必要のため板材から切り取って製造しているもの
の,フレーム幅が5程度と細いため歪み補正等の処理をおこなってもmm
歪みを完全に無くすことは難しく,±0.1程度の歪みが発生してしまう。
この歪みはフレームサイズが大きくなればなるほど大きくなる傾向がある。
このようにフレームに歪みがある状態でも,本考案の如く粘着材の厚みが
1以上有れば,更にはペリクルサイズが300角を超えるようなmmmm
大型ペリクルにおいては1.5以上有れば粘着材自身の変形によってmm
マスクからの剥がれを防ぐことが出来る。」【0006】
「図1は従来のペリクルを示す。フレームの一方の面に光線透過率の高く,
かつ清浄な膜がこの面全体を覆うようにピンと貼り付けられ,他方の面に
はマスクに貼り付けるための粘着剤が配置されている。(中略)図2は本
考案のペリクルであり,粘着材以外の構成は従来ペリクルと変わらない。
(中略)図3はペリクルの実装状態を示す図面である。(中略)フレーム
が多少変形しても粘着材が厚いためマスクから部分的にも剥がれることが
ない。」【0008】
「本考案によれば,フォトマスク又はレチクルへの粘着を確実なものとす
るペリクルを提供することができた。」【0009】
イ図1には,フレームの一方の面に,光線透過性が高くかつ清浄な膜が,
この面全体を覆うようにピンと貼り付けられた,従来のペリクルが示され
ている。
この従来のペリクルについて,例えば,キャノン社製の一括露光装置M
PA−3000で用いられる294×427のサイズのペリクルmmmm
が示されており【0003】,また,従来の大型ペリクルに用いられるフ
レームについて,フレーム幅が5程度であることが示されている【0mm
006】。
図2には,粘着剤以外の構成が従来のペリクルと変わらない,考案に係
るペリクルが示されている。
()乙22公報に記載された乙22発明の内容2
前記()で認定したところによれば,乙22公報には,考案に係るペリク1
ルに用いられるフレームの発明として,次の発明(乙22発明)が記載され
ているものと認められる。
「フレームの一方の面に光線透過性の高く,かつ清浄な膜がこの面全体を
覆うようにピンと貼り付けられた大型ペリクルに用いられるフレームであ
って,フレームの大きさを294×427,フレームの幅を5㎜mmmm
程度とする大型ペリクルのフレーム」の発明
2本件発明1と乙22発明との対比
本件発明1は,前記第2の1争いのない事実で判示したとおりであり,これ
と乙22発明とを,以下,対比する。
()本件発明1と乙22発明との対比1
乙22発明は,大型ペリクルのフレームの発明であるから,フレームの一
方の面全体を覆うようにピンと貼り付けられる「光線透過性の高く,かつ清
浄な膜」は,本件発明1の「ペリクル膜」に相当する。
また,乙22発明の「大きさを294×427…とする大型ペリmmmm
クルのフレーム」は,本件発明1の「長辺と短辺とを有する方形状の大型ペ
リクル用枠体」に相当する。
そして,乙22発明のフレームの面積は,294(29.4cm)×mm
427(42.7cm)=「1255.38」となる。mmcm2
()本件発明1と乙22発明の共通点及び相違点2
そうすると,本件発明1と乙22発明とは,「(ア)大型ペリクル膜を展
張して貼着支持する長辺と短辺とを有する方形状の大型ペリクル用枠体であ
って,(イ)前記大型ペリクル膜を展張する面積が1255.38でcm2
あり,且つ,(エ)前記枠体の長辺の幅が5程度,且つ,(オ)前記枠mm
体の短辺の幅が5程度とされたことを特徴とする大型ペリクル用枠体」mm
である点において共通し,本件発明1が「(ウ)長辺の幅が該枠体の短辺の
幅の1.05倍∼5倍」であるのに対し,乙22発明が「長辺の幅」「短辺
の幅」が5程度と同じである点(相違点)で相違する。mm
3相違点の検討
()乙20公報及び乙22公報における技術課題の開示1
乙20公報には,液晶製造用マスクの防塵体に関する発明が開示されてい
るところ(【請求項1】),【従来の技術】には,「これらの材料の中で特
に重要なスペックとして,高い張力を有することがあげられる。防塵体とし
て,ピンと張った状態で支持枠にたるみなく張設されていることが要求され
る。従来使用してきたアルミニウム製の防塵体では,光学的薄膜体が大きく
なったときその張力によって,支持枠がたわむ現象が観察された。この点が
防塵体を作成する上で重要な問題点である。」(【0005】),【発明が
解決しようとする課題】には,「液晶製造用防塵体を提供するためには,面
積が大きく物理的に強い光学薄膜体を張設して,それ自体のたわみもなくか
つ薄膜体もゆがまず均一に張れるような支持枠の材質を提供する必要があ
る。」(【0006】)と記載されており,液晶製造用マスクの防塵体は,
支持枠にたるみなく張設されることが要求されるが,張設される薄膜体が大
きくなると,その張力により支持体が撓む現象が観察されること,薄膜体の
張設による撓みをなくし,かつ,薄膜体も歪まず均一に張れる支持枠の提供
が課題であることが開示されている。
また,前記1()アのとおり,乙22公報によれば,フォトマスク又はレ1
チクルに貼り付ける粘着材の厚みを1以上とすることにより(【請求項mm
1】),大きなサイズのペリクルにおいても,フォトマスク又はレチクルへ
の粘着を確実にするペリクルを提供することができる(【0004】,【0
009】)。しかし,それは,フレームに歪みがある状態でも,粘着材自身
の変形によってペリクル膜のマスクからの剥がれを防ぐことができるという
ものであって,フレームに歪みが発生し,この歪みがフレームサイズが大き
くなればなるほど大きくなるという技術課題自体を解消するものではない
(【0006】)。そして,ペリクル膜が「粘着材自身の変形によってマス
クからの剥がれを防ぐことが出来る。」(【0006】)との記載及び「図
1は従来のペリクルを示す。フレームの一方の面に光線透過率の高く,かつ
清浄な膜がこの面全体を覆うようにピンと貼り付けられ,他方の面にはマス
クに貼り付けるための粘着剤が配置されている。」(【0008】)との記
載から,前記のフレームの歪みがフレームの一方の面全体を覆うようにピン
と貼り付けられたペリクル膜の張力により生じることは,当業者に明らかで
ある。
したがって,乙20公報の記載内容を知る当業者は,乙22公報の記載自
体からも,大型ペリクルでも,ピンと張った状態でペリクル膜をたるみなく
フレームに貼り付けることが要求されるものであり,そのペリクル膜の張力
によりフレームに歪みが生じ,その歪みは,フレームサイズが大きくなるに
つれて増大するという技術課題が開示されているものと理解できる。
()当業者の技術常識について2
ア(ア)遅くとも昭和62年2月20日に日本国内で公刊されていた「現代
材料力学」(乙13)には,梁の全長に等分布荷重がかかる場合の撓
みについて,両端が支点上に載っているだけの「両端支持ばり」(乙1
3の68,69頁),両端が完全に固定されている「両端固定ばり」
(乙13の79頁),一端が固定され他端は支持されている「一端固定
他端支持のはり」(乙13の76,77頁)の場合のそれぞれの梁の最
大撓み量を求める計算式(ティモシェンコ梁理論)が記載されている。
すなわち,y:撓みの最大値,L:梁の長さ,w:等分布荷重,max
E:ヤング率,I:断面二次モーメントとした場合,
両端支持梁の場合の最大撓み量は,y=5wL/384EI(式1)max

両端固定梁の場合の最大撓み量は,y=wL/384EI(式2)max

一端固定他端支持梁の場合の最大撓み量は,y=0.0054wL/Emax

I(式3)となる。なお,式3の分母を式1及び式2に揃えると,式3
は,y=2.0736wL/384EIとなる。max

このように,梁の全長に等分布荷重が掛かるときの最大撓み量は,端
が固定されているか,支持されているかにより,計算で求められる最大
撓み量の絶対値が異なるものの,いずれの場合であっても,wL/E4
Iに一定の係数を乗じた値となる。
そして,断面二次モーメントIは,断面形状が長方形である場合には,
b:梁の幅,h:梁の高さとした場合,I=bh/12となる。3
断面形状が長方形である場合の断面二次モーメントIを,前記式1,
2及び3に代入すると,
y=5wL/32Ebh(式1’)max
43
y=wL/32Ebh(式2’)max
43
y=2.0736wL/32Ebh(式3’)max
43
となり,係数部分をaで表すと,前記各式は,次のとおりとなる。
y=a・wL/Ebh(式4)max
43
(イ)前記式4からすると,ヤング率E,等分布荷重w及び梁の幅bを変
えない場合,梁の長さを長くすれば,最大撓み量が増大し,短くすれば,
最大撓み量が減少すること,梁の高さh又は梁の幅bを大きくすれば,
最大たわみ量が減少し,小さくすれば,最大撓み量が増大すること,梁
の長さを長くしても,それに比例させて梁の高さh又は梁の幅bを大き
くすれば,最大撓み量が変化しないことが理解でき,このことは,当業
者の技術常識であったと認められる。
なお,三井石油化学工業株式会社情報電子事業部の作成した1996
年6月14日付け「次世代レティクル対応ペリクル枠検討用資料」(乙
12の添付資料)には,ペリクル枠が大きくなったときのペリクル枠の
歪みという問題の検討に当たり,枠サイズと歪み量の関係を算出する際,
前記事業部ペリクルセンターの技術者が,前記等分布荷重・両端支持梁
の最大撓み量の計算式(式1’)を用いていたことが記載されており,
平成8年6月当時,ペリクル用枠体の撓みを表す近似式として,ティモ
シェンコ梁理論の計算式が使用され,ペリクル用枠体の撓みの検討がさ
れていた例があるものと認められる。
イ(ア)特開平8−129962号公報(乙8,以下「乙8公報」とい
う。)には,次の記載がある。
「【産業上の利用分野】本発明は,カラー陰極線管,特に一定の張力を
加えた状態でフレーム(枠体)に固定されたシャドウマスクを有する平
面型カラー陰極線管に関する。」【0001】
「【発明が解決しようとする課題】しかしながら,平面型カラー陰極線
管は,例えば3:4又は9:16の縦横比率の横長画面であるため,製
造工程においてシャドウマスクに一定の張力を加えた状態で枠体に溶接
固定しても,枠体の長辺と短辺のたわみ量が異なり,シャドウマスクに
加えられる張力が不均一になるという問題を有していた。その結果,カ
ラー陰極線管の動作時に,シャドウマスクの熱膨張により,シャドウマ
スクに設けられた電子ビーム透過孔と,蛍光スクリーン上の蛍光体との
相対的な位置が一致しなくなり,画像の色むら等の原因となるという問
題を有していた。」【0004】
「また,上記各構成において,前記枠体の長辺側及び短辺側はそれぞれ
別の部材で構成され,前記長辺側の部材の厚さが短辺側の部材の厚さよ
りも厚いことが好ましい。また,前記枠体の長辺側及び短辺側の材質が
それぞれ異なることが好ましい。また,前記枠体の長辺側の材料のヤン
グ率が短辺側の材料のヤング率よりも高いことが好ましい。また,上記
構成において,前記枠体の材料の熱膨張係数が前記シャドウマスクの材
料の熱膨張係数よりも小さいことが好ましい。」【0009】
「【作用】以上のように構成された本発明のカラー陰極線管によれば,
略矩形枠状のシャドウマスク溶接部と,シャドウマスク溶接部の各辺の
内周に連続して形成されシャドウマスク溶接部に対し略垂直な側壁部と,
側壁部に連続して形成されシャドウマスク溶接部に平行なフランジ部と
を有する枠体と,所定の張力が加えられた状態で枠体のシャドウマスク
溶接面に溶接されたシャドウマスクとを具備し,枠体の長辺側の機械的
強度を短辺側の機械的強度よりも高くしたので,シャドウマスクの張力
による枠体の長辺側及び短辺側の変形量をシャドウマスクの変形量と等
しくすることができる。そのため,シャドウマスクを枠体に溶接した後
でも,シャドウマスクに加えられた張力が均一となり,また枠体の変形
が小さいため所定の張力が得らる。」【0010】
「枠体の長辺側及び短辺側をそれぞれ別の部材で構成し,長辺側の部材
の厚さを短辺側の部材の厚さよりも厚くするか,または,枠体の長辺側
及び短辺側の材質をそれぞれ異なるようにすることによっても,同様に
長辺側の機械的強度が短辺側の機械的強度よりも高い枠体を得ることが
できる。」【0013】
「図9に示すように,枠体4の長辺側4a及び短辺側4bをそれぞれ別
の部材で構成し,長辺側の部材4aの厚さを短辺側の部材4bの厚さよ
りも厚くする。長辺側の部材4a及び短辺側の部材4bの材料として,
基本的に同じものを用いることにより,溶接による組立てが可能となる。
このような構成により,長辺側の機械的強度が短辺側の機械的強度より
も高い枠体を得ることができる。」【0026】
「枠体の長辺側及び短辺側をそれぞれ別の部材で構成し,長辺側の部材
の厚さを短辺側の部材の厚さよりも厚くするか,または,枠体の長辺側
及び短辺側の材質をそれぞれ異なるようにすることによっても,同様に
長辺側の機械的強度が短辺側の機械的強度よりも高い枠体を得ることが
できる。」【0030】
(イ)上記の記載によれば,乙8公報には,枠体の長辺と短辺の撓み量が
異なり,シャドウマスクに加えられる張力が不均一になるという課題に
対して,枠体の長辺側の機械的強度を短辺側の機械的強度よりも高くす
ることにより,シャドウマスクの張力による枠体の長辺側及び短辺側の
変形量をシャドウマスクの変形量と等しくしてその課題を解決すること,
そして,枠体の長辺側の機械的強度を短辺側の機械的強度よりも高くす
る方法として,長辺側の部材の厚さを短辺側の部材の厚さよりも厚くす
ることが開示されているものと認められる。そして,上記ア(イ)のとお
り,最大撓み量を減少させるには,部材の高さ(厚さ)又は幅を大きく
すればよいことは,当業者の技術常識であることからすれば,長辺及び
短辺を有する方形状の枠体において,長辺の撓みを減少させるために長
辺の幅のみを広くすることは,広範な技術分野における共通の技術常識
であると認められる。
ウ小括
以上によれば,力を均等に受ける材料の撓み量が,長さが長くなると増
大し,幅が広くなると減少すること,長辺及び短辺を有する方形状の枠体
において,長辺の撓みを減少させるために長辺の幅のみを広くすることは,
技術分野を越えて広く知られていた技術常識であって,ペリクルを取り扱
う技術分野においても,当業者の技術常識であったというべきである。
()前記相違点に係る構成の容易想到性3
ア前記()で認定したように,乙20公報の記載内容を知る当業者は,乙1
22公報の記載自体からも,フレームサイズが294×427のmmmm
ような大型ペリクルでも,ピンと張った状態でペリクル膜をたるみなくフ
レームに貼り付けることが要求されるものであり,その結果,ペリクル膜
の張力によりフレームに歪みが生じ,その歪みは,フレームサイズが大き
くなるにつれて増大するという技術課題が開示されているものと理解でき
る。
他方,前記()で認定したように,長辺及び短辺を有する方形状の枠体2
において,長辺の撓みを減少させるために長辺の幅のみを広くすることは,
技術常識であって,当業者が当然のこととして知るところである。
そうすると,公知となっている,大型ペリクルにおいてフレームサイズ
が大きくなるにつれてフレームの歪みが増大するという上記の技術課題を
解決する観点から,長辺の撓みを減少させるために長辺の幅のみを増大さ
せるという上記の技術常識を当てはめて,ペリクル膜の張力による歪みに
応じ,長辺の幅を短辺の幅よりも広くすることは,当業者が容易に想到す
ることができたものであるといえる。
したがって,前記相違点のうち,「長辺の幅」が「短辺の幅」よりも大
きいという本件発明の構成は,乙22発明に,当業者の技術常識を適用す
ることにより,当業者が容易に想到し得たものというべきである。
イ次に,上記以外の相違点に係る構成について,本件明細書の記載その他
の証拠に照らしても,長辺の幅が短辺の幅よりも「1.05∼5倍」大き
いということは,短辺の上限下限値(3∼23)及び長辺の上限mmmm
下限値(4∼30)とともに,特段の技術的意義があると認めるmmmm
ことはできず,この点は,参加人自身も自認するところである。そうする
と,上記の各構成については,いずれも当業者が設計的事項として,適宜
設定できたものといえる。
ウ以上によれば,前記2()の相違点に係る構成は,乙22発明に当業者2
の技術常識を適用することにより,すべて当業者が容易に想到することが
できたものである。
(4)参加人の主張について
参加人は,接着剤の塗布工程上の制約からペリクル用枠体の各辺を等幅と
するのが技術常識であったと主張する(前記第3の2(4)(参加人)の主張
で引用する前記第3の2(3)(参加人)ウ)。
しかし,接着剤の塗布工程上の制約からペリクル用枠体の各辺を等幅とす
るのが技術常識であると認めるに足る客観的な証拠はない。かえって,特開
平7−24390号公報(乙23)には,ディスペンサに設けられたニード
ルから吐出される液体の塗布タイミング,塗布量,塗布時間を制御する制御
装置を構成の一部として有する液体塗布装置の発明が開示されているところ
(【請求項1】),【発明の詳細な説明】には,「移動塗布での塗布量は,
移動速度(塗布速度)を設定することで調整を行うようにする。」(【00
17】)と記載され,【発明の効果】には,「塗布動作を教示することによ
りワーク上に様々な状況や条件に対応して粘度の高い液体を人手によらず自
動的に塗布できるようになると共に,塗布状態を細かく調整することが可能
となる等大きな利益がある。」(【0018】)と記載されている。同公報
の記載によれば,塗布ニードルから単位時間当たりに吐出される接着剤の量
が一定であっても,ディスペンサーの移動速度を制御することにより,異な
る塗布幅に均一に接着剤を塗布することが可能であったと認めることができ
るから,本件特許の出願当時の塗布技術において,枠体の辺ごとに塗布剤の
量を調整することは可能であったと認められる。
また,乙22公報においては,ペリクル膜を貼り付ける手段に制限はない
のであるから,どのような貼り付け手段であっても等幅でしか行えないと解
することは困難である。
したがって,参加人の上記主張は,枠体の長辺と短辺の幅を異なるものと
することを阻害する根拠(阻害要因)とはならず,これを採用することはで
きない。
4本件発明1について
以上によれば,本件発明1は,乙22発明と当業者の技術常識に基づいて,
当業者が容易に発明をすることができたものであって,特許無効審判により無
効にされるべきものと認められる。
5本件発明2について
本件発明2(請求項6)は,「請求項1∼5のいずれか1項に記載の大型ペ
リクル用枠体にペリクル膜を貼り付けたことを特徴とする大型ペリクル。」で
あるところ,「ペリクル用枠体にペリクル膜を貼り付けたこと」自体には,特
段の技術的意義がない。そして,前記1ないし4のとおり,本件発明1は,当
業者が容易に発明をすることができたものであるから,少なくとも本件発明2
(請求項6)のうち,本件発明1(請求項1)を引用した発明は,当業者が容
易に発明をすることができたものであって,特許無効審判により無効にされる
べきものと認められる。
よって,本件発明2は,当業者が容易に発明をすることができた発明を包含
しており,特許法29条2項の規定により特許を受けることができないもので
あるから,特許無効審判により無効にされるべきものである。
6小括
以上によれば,争点()エ(本件発明は,進歩性欠如により無効にされるべ2
きものか(無効理由3−乙22を主引用例とする進歩性欠如))に関する被告
の主張は理由があるから,その余の点について判断するまでもなく,参加人の
請求は,いずれも理由がない。
第5結論
以上の次第で,参加人の請求は,その余の点について判断するまでもなく,
いずれも理由がないから,これらを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第29部
裁判長裁判官清水節
裁判官坂本三郎
裁判官岩崎慎
物件目録
A:枠体外寸が474×782,枠体内寸が456×768,mmmmmmmm
長辺幅が9,短辺幅が7,枠体高さが4.9で,アルミニウム合mmmmmm
金製のペリクル用枠体に,ペリクル膜を貼り付け,粘着材層の厚さを含めた全
体の高さが5.9であるペリクルmm
B:枠体外寸が750×904.5,枠体内寸が734×890.mmmmmm
5,長辺幅が8,短辺幅が7,枠体高さが5.8で,アルミニmmmmmmmm
ウム合金製のペリクル用枠体に,ペリクル膜を貼り付け,粘着材層の厚さを含
めた全体の高さが7.0であるペリクルmm
C:枠体外寸が783×1136,枠体内寸が761×1116mmmmmm
,長辺幅が11,短辺幅が10,枠体高さが5.8で,アルミmmmmmmmm
ニウム合金製のペリクル用枠体に,ペリクル膜を貼り付け,粘着材層の厚さを
含めた全体の高さが7.0であるペリクルmm
D:枠体外寸が783×957,枠体内寸が761×937,mmmmmmmm
長辺幅が11,短辺幅が10,枠体高さが5.8で,アルミニウmmmmmm
ム合金製のペリクル用枠体に,ペリクル膜を貼り付け,粘着材層の厚さを含め
た全体の高さが7.0であるペリクルmm
物件説明書
物件目録のAないしDの枠体で使用されているアルミニウム合金は,JIS呼称
A5052又はその相当品であり,ヤング率は約720000kgf/cmであ2
る。

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◎事務所の名称は自由に選択可能
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