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平成23年5月10日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成22年(行ケ)第10310号審決取消請求事件
口頭弁論終結日平成23年4月26日
判決
原告ザ,トラスティーズオブプリンストン
ユニバーシティ
訴訟代理人弁理士志賀正武
渡邊隆
実広信哉
渡部崇
武井紀英
被告特許庁長官
指定代理人今関雅子
北川清伸
廣瀬文雄
田村正明
川陽吾
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
この判決に対する上告及び上告受理の申立てのための付加期間を30日と
定める。
事実及び理由
第1原告の求めた判決
特許庁が不服2008−27389号事件について平成22年5月18日にした
審決を取り消す。
第2事案の概要
本件は,特許出願に対する拒絶査定に係る不服の審判請求について,特許庁がし
た請求不成立の審決の取消訴訟である。争点は,進歩性の有無である。
1特許庁における手続の経緯
原告は,平成19年3月15日,名称を「非ポリマー可撓性有機発光デバイス」と
する発明について,平成9年7月30日(パリ条約による優先権主張1996年8
月12日,米国,同1997年1月23日,米国)を国際出願日とする特願平10
−509779号の分割出願として特許出願(特願2007−67619号,平成1
9年9月20日出願公開,特開2007−242623号)をしたが,平成20年
7月23日付けで拒絶査定を受けたので,同年10月27日,これに対する不服の
審判を請求した。
特許庁は,上記請求を不服2008−27389号事件として審理した上,平成
22年5月18日,「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,その謄本
は同年6月1日原告に送達された(出訴のための附加期間90日)。
2本願発明の要旨
平成20年4月7日付けの手続補正により補正された特許請求の範囲の請求項1
に係る本願発明は,以下のとおりである。
【請求項1】「(1)第1の電極であるインジウム錫オキシドの薄いフィルムでプ
レコートされた可撓性基材,(2)(a)非ポリマー材料を含むホール輸送層及び/
又は(b)非ポリマー材料を含む電子輸送層,並びに(3)前記(2)の層の上に
配置された第2の電極を含んでなり,0.5cmの曲率半径に繰り返して曲げた後
でも電流/電圧特性の明白な変化がない可撓性有機発光デバイスの製造方法であっ
て,前記可撓性基材の前記インジウム錫オキシドの表面rms粗さが,原子間力顕
微鏡により得られる画像を用いることにより決定して3.6nmを超えないインジ
ウム錫オキシド表面の粗さを有する可撓性基材を用いることを特徴とする,可撓性
有機発光デバイスの製造方法。」
3審決の理由の要点
(1)本願発明は,引用例1(特開平6−124785号公報,甲1)に記載さ
れた引用発明,引用例2(特開平8−167479号公報,甲2)に記載された事
項及び周知技術に基づいて,当業者が容易に発明をすることができたものであるか
ら,特許法29条2項の規定により特許を受けることができない。
(2)引用発明,引用発明と本願発明との一致点及び相違点の認定並びに相違点
についての判断は,次のとおりである。
【引用発明】
「透明性と可撓性を有する高分子フィルム上に,ITOからなる透明導電性膜の
第1電極と,有機化合物からなる発光材料を有する有機多層部と,第2電極とを順
次設けてなる有機EL素子の製造方法であって,高分子フィルムとしてPES(ポ
リエーテルスルホン)フィルムを用い,PES(ポリエーテルスルホン)フィルム
上に第1電極としてのITO膜(透明導電性膜=陽極),有機多層部としてのTP
D膜(正孔注入層),DPVBi層(発光層),Alq3層(接着層)および第2
電極としてのマグネシウムと銀の混合金属電極(陰極)を順次設けた有機EL素子
を製造する際に,PESフィルム上にサイズ20mm×70mm,厚さ200nm
のITO膜を成膜し,得られたITO膜蒸着PESフィルムからなる透明支持基板
をクリーンルーム内でイソプロピルアルコール中にて5分間,さらに純水中にて5
分間,超音波洗浄を行ない,次いでUVオゾン洗浄を10分間行ない,洗浄後の透
明支持基板について1μm以上の異物,突起物,穴,空孔などの欠陥の合計数が1
㎡当たりの換算値で50個であり,得られた有機EL素子を乾燥空気中で発光させ
たところ,10V,15mA/c㎡で輝度350cd/c㎡の均一発光が確認され,
この有機EL素子を円周7cmの円筒状および円周2.5cmの円筒状にそれぞれ
変形しても上記と同様の性能を維持する有機EL素子の製造方法。」
【引用発明と本願発明との一致点】
「(1)第1の電極であるインジウム錫オキシドの薄いフィルムでプレコートさ
れた可撓性基材,(2)(a)非ポリマー材料を含むホール輸送層及び/又は(b)
非ポリマー材料を含む電子輸送層,並びに(3)前記(2)の層の上に配置された
第2の電極を含んでなり,0.5cmの曲率半径に曲げた後でも電流/電圧特性の
明白な変化がない可撓性有機発光デバイスの製造方法であって,第1の電極である
インジウム錫オキシドの表面が平滑にされた可撓性基材を用いる可撓性有機発光デ
バイスの製造方法。」
【引用発明と本願発明との相違点】
相違点(A)
「0.5cmの曲率半径に曲げた後でも電流/電圧特性の明白な変化がない点に
ついて,本願発明の可撓性有機発光デバイスは,繰り返して曲げた後でも電流/電
圧特性の明白な変化がないものであるのに対して,引用発明の有機EL素子は,繰
り返して曲げた後でも電流/電圧特性の明白な変化がないかどうかが不明である
点。」
相違点(B)
「第1の電極であるインジウム錫オキシドの表面が平滑にされた可撓性基材につ
いて,本願発明は,可撓性基材のインジウム錫オキシドの表面rms粗さが,原子
間力顕微鏡により得られる画像を用いることにより決定して3.6nmを超えない
インジウム錫オキシド表面の粗さを有する可撓性基材であるのに対して,引用発明
は,ITOからなる透明導電膜の第1電極の表面における1μm以上の異物,突起
物,穴,空孔などの欠陥の合計数が1㎡当たりの換算値で50個である可撓性基材
である点。」
(相違点についての判断)
相違点(A)について
引用発明では,0.5cmの曲率半径よりもさらに曲率半径が小さい約0.4c
mに曲げた後でも曲げる前の10V,15mA/c㎡で輝度350cd/c㎡の均
一発光と同様の性能を維持するものであり,約0.4cmの曲率半径よりもさらに
曲率半径が大きい0.5cmの曲率半径に例えば2回繰り返して曲げた程度で電流
/電圧特性の明白な変化が生じるとは認め難い。
また,繰り返しの回数について,本願明細書の発明の詳細な説明には,4∼5回
の繰り返し曲げを行ったことしか記載されていないから,繰り返しの回数を4∼5
回程度と解釈したとしても,その程度の繰り返しの曲げで電流/電圧特性の明白な
変化が生じるとは認め難い。
よって,相違点(A)は,実質的な相違点とはいえない。
相違点(B)について
引用例2には,有機薄膜EL素子のITO透明陽極の凹凸が大きいと凸部にかか
る電界が大きくなり,その部分で微小な放電が生じて素子を破壊し,非発光点を生
じさせて素子の寿命を低下させるため,凹凸が5nm以下のできるだけ平滑な透明
陽極が望まれることが記載されており,引用発明の有機EL素子も,「第1電極と
してのITO膜(透明導電性膜=陽極)」の表面は突起物等が少なく平滑である方
がよいものであるから,微小な放電が生じて素子を破壊しないように,ITOから
なる透明導電性膜の第1電極の表面を,さらに平滑にしようとすること,すなわち,
凹凸の程度を小さくしようとすることは,引用例2の記載事項を基に当業者が容易
になし得ることである。
また,本願発明におけるインジウム錫オキシド表面の粗さの上限値が3.6nm
である点に関して,本願明細書の発明の詳細な説明には,【0015】に記載され
ているだけで,具体的な実施例におけるインジウム錫オキシド表面の粗さの値も記
載されていないこと等からみると,本願発明において,インジウム錫オキシド表面
の粗さの上限値を3.6nmとすることに格別臨界的意義があるとは認められない
から,凹凸の上限値をどの程度とするかは当業者であれば適宜なし得る設計的事項
にすぎない。
さらに,凹凸の程度を原子間力顕微鏡で測定することは,引用例2にも記載され
ているように周知技術であり,凹凸の程度をrms粗さで測定することも,例えば
特開平6−289194号公報に記載されているように周知技術であるから,表面
粗さの測定を原子間力顕微鏡により得られる画像を用いて表面rms粗さを測定す
るようにすることも格別困難なくなし得ることである。
したがって,相違点(B)に係る本願発明の発明特定事項を得るようにすること
は,当業者であれば容易に想到し得ることである。
第3原告主張の審決取消事由
1取消事由1(相違点(A)に関する判断の誤り)
(1)審決が,引用発明について,「曲面などに変形しても性能が変化しないも
のといえる。」(7頁11行)と認定したこと,また,相違点(A)に関する検討に
おいて,「引用発明では,・・・約0.4cmの曲率半径よりもさらに曲率半径が大
きい0.5cmの曲率半径に例えば2回繰り返して曲げた程度で電流/電圧特性の
明白な変化が生じるとは認め難い。また,繰り返しの回数について,・・・繰り返
しの回数を4∼5回程度と解釈したとしても,その程度の繰り返しの曲げで電流/
電圧特性の明白な変化が生じるとは認め難い。」(9頁5行∼15行)と判断したこ
とは,いずれも誤りである。
(2)まず,引用例1の記載は,引用発明の有機EL素子を曲面などに1回変形
しても性能が変化しなかったことを示すとはいえても,繰り返し変形した後でも性
能が変化しないとはいえない。この点で,引用発明における変形を1回と特定して
いない審決の認定は,正確さを欠くものである。
(3)また,引用例1の段落【0003】には,「EL素子の用途として・・・
円筒状等の種々の形状・・・の表示用途があり,このような用途に使用するEL素
子を作製するには,基板として,薄くかつ可撓性を有する高分子フィルムを基板と
して用いるのが好都合である」と記載されており,繰り返し曲げたとは記載されて
おらず,繰り返し曲げた結果も示されていないことからみれば,実施例において得
られた有機EL素子を円周7cmないし2.5cmの円筒状に変形したという記載
は,円筒形状に曲げた状態の素子を意図しているのであって,曲げは1回で足り,
繰り返し折り曲げを意図していないと理解できる。
そもそも,インジウム錫オキシド(ITO)は,金属酸化物であって有機物とは
異なり,特開2006−134818号公報(甲8)の段落【0004】に「透明
電極を形成するITOは,衝撃に弱く,脆いという性質をもっている。」と記載され
るように,衝撃に弱くかつ脆いことは当業者の技術常識であった。ただし,脆いI
TOではあっても,1回の円筒状への変形であれば,それを電極層として含む有機
EL素子の電流/電圧特性に影響を及ぼすほどの大きな亀裂等が入ることなく変形
でき,変形後、電流/電圧性能に明確な変化を示さないということはあり得る。し
かし,脆い材料は,ある方向とその逆方向への変形が繰り返される繰り返し曲げに
極めて弱いということは,当業者のみならず一般に広く知られている。なぜなら,
脆い材料においては,1回目の変形によって微小な亀裂などの欠陥が生じた部分に,
2回目の変形による応力が集中する可能性が極めて高いからである。特に,引用例
1の実施例1において,1㎡当り合計で50個も存在する1μm以上という大きな
異物等のある箇所では,0.5cmの曲率半径に一度曲げて元に戻した後の2回目
の曲げによって短絡が生じる蓋然性は極めて高い。なぜなら,引用発明の有機EL
素子の構成をみると,ITO膜上に形成された正孔注入層と発光層と接着層と混合
金属電極の合計厚さは(60nm+40nm+20nm+150nm)で270n
m,すなわち,0.27μmであり,この層の厚さと比較して異物等の欠陥は4倍
近く大きく,0.5cmの曲率半径での曲げ変形が2回以上繰り返されれば,欠陥
部位において短絡が生じ,あるいはその短絡がさらに拡大すると予測されるからで
ある。
したがって,審決における「0.5cmの曲率半径に例えば2回繰り返して曲げ
た後で電流/電圧特性の明白な変化が生じるとは認め難い」との認定は,引用発明
の有機EL素子を構成する正孔注入層と発光層と接着層と混合金属電極の合計厚さ
が0.27μmであることと,引用発明のITO蒸着基板中の1μm以上の大きさ
の異物等の欠陥の存在と,ITOが脆いという性質とに鑑みれば,合理的根拠がな
く,技術常識からみても妥当性を欠くものである。
2取消事由2(相違点(B)に関する判断の誤り)
(1)審決が,相違点(B)に関する検討において,「微小な放電が生じて素子
を破壊しないように,ITOからなる透明導電性膜の第1電極の表面を,さらに平
滑にしようとすること,すなわち,凹凸の程度を小さくしようとすることは,引用
例2の記載事項を基に当業者が容易になし得ることである。」(9頁24行∼27行)
と判断したことは,誤りである。
(2)まず,引用例2に記載された「コーニング7059」は,無アルカリホ
ウケイ酸ガラスであり,引用例2には,基板としてガラスを用いる発明しか記載
されていないことは明らかである。そして,引用例2の実施例に記載された厚さ
1.1mmのガラス板は,本願発明における「可撓性基材」とはいえない。なぜ
なら,本願発明では,請求項1に記載しているとおり,0.5cmの曲率半径に
繰り返して曲げられる基板の可撓性が必須だからである。さらに,引用例2記載
の高平滑面を有するITO膜の製造方法は,耐熱性がより劣る,例えばポリブチ
レンテレフタレートなどの可撓性プラスチック基材を対象とするものではなく,
有機EL素子に一般的に用いられ,かつ,耐熱性に優れた非可撓性材料であるガ
ラス基板を対象としたものであることが明らかである。
これに対して引用発明は,可撓性有機EL素子であって,可撓性基材として「ポ
リエチレンテレフタレート(PET),ポリカーボネート(PC),・・・,ポリプロ
ピレン(PP),ポリエチレン(PE)」等が挙げられている。有機EL素子の基板
のように透明性及び平滑性が求められる用途にこれらのプラスチック材料を用いる
場合には,当業者であれば,熱変形,熱による着色並びに酸化による着色及び変性
などを避けるために,ガラス基板を対象とする引用例2記載のITO成膜法を用い
ることは考えられない。
(3)したがって,審決が,「引用例2に記載されたITO電極を設ける基材と
して可撓性基材を使用し得ない特別の事情があるとは認められないし,そもそも,
引用発明の有機EL素子は,透明性と可撓性を有する高分子フィルム上に,ITO
からなる透明導電性膜の第1電極と,有機化合物からなる発光材料を有する有機多
層部と,第2電極とを順次設けてなる有機EL素子であるから,甲2の記載事項を
適用する際に基材として可撓性基材を使用すると考える方が自然である。」(10頁
27行∼32行)と判断したことも,同様の理由により,誤りである。
(4)さらに,審決が,相違点(B)に関する検討において,「本願発明におけ
るインジウム錫オキシド表面の粗さの上限値が3.6nmである点に関して・・・
具体的な実施例におけるインジウム錫オキシド表面の粗さの値も記載されていない
こと等からみると,本願発明において,インジウム錫オキシド表面の粗さの上限値
を3.6nmとすることに格別臨界的意義があるとは認められないから,凹凸の上
限値をどの程度とするかは当業者であれば適宜なし得る設計的事項に過ぎないとい
わざるを得ない。」(9頁28行∼10頁7行)と判断したことも,誤りである。
(5)まず,本願明細書(甲5)の段落【0015】には,可撓性基材のITO
表面が1.8nmのrms粗さを有すること(さらに,この可撓性基材がポリエス
テルでありその表面のrms粗さが2.8nmであったこと),そして,これを用い
たいずれの場合にも(素子)の成長又は曲げの時に,このOLEDのヘテロ構造に
有意な損傷は観測されなかったことが記載されている。これは段落【0017】∼
【0025】に記載した実施例の結果について記載したものであるから,実施例に
おいてITO表面のrms粗さが1.8nmの可撓性ポリエステル基材を用いたこ
とは,本願明細書に記載した事項である。
(6)また,引用発明の技術思想は,有機EL素子においてITO膜上に形成す
る各層の合計の厚さ(0.27μm)よりも大きな1μm以上の欠陥の数を1㎡当
たりの換算値で100個以下にすることによって,有機EL素子を構成する膜全体
に及ぼす大きな欠陥による悪影響を抑制して均一な初期発光を得るというものであ
る。これに対して,本願発明の技術思想は,ITOの表面のrms粗さとして測定
した滑らかさを制御することによって耐折り曲げに強い可撓性有機発光デバイスを
得ようとするものである。
さらに,発明の解決課題においても,本願発明の解決課題は,繰り返しの曲げ変
形に対して耐久性のある,機械的に強い可撓性有機発光デバイスを提供することで
ある。これに対し,引用発明は,1μmより大きなITO表面欠陥の数を低減する
ことによってその欠陥部位における素子の短絡による発光性能の低下を防ぎ,高い
発光効率を有し,発光安定性に優れ,素子寿命も長い可撓性有機EL素子を得るこ
とである。
このように,本願発明と引用発明とでは,発明が解決しようとする課題が異なり,
課題解決のための基本的な技術思想も異なる上に,0.5cmの曲率半径に繰り返
し折り曲げた場合の耐久性についても引用発明は円筒状に1回曲げた結果しか示し
ておらず,ITOが脆い性質のものであって,素子の2回目の折り曲げにおいて1
μmの欠陥のある部分から短絡が生じる蓋然性は極めて高いことからみて,本願発
明と引用発明との効果は同質であるとはいえないのであるから,本願発明の「3.
6nmを超えない」という数値限定に対して臨界的意義は必要とされるものではな
い。
3取消事由3(本願発明の効果に関する判断の誤り)
(1)審決が,「本願発明の効果も,引用発明1,引用例2に記載された事項及
び周知技術から予測し得る範囲内のものであり,格別のものとは認め難い。」(10
頁16行∼17行)と判断したことは,ITOは脆いという本件出願前の技術常識を
看過したものであり,本件出願前の可撓性有機EL素子の技術水準及び技術常識か
らみて誤りである。以下に述べるITOは脆いという本願発明前の技術常識に鑑み
れば,本願発明の効果は当業者の予測できる範囲を超えるものである。
(2)本件出願前,「透明電極を形成するITOは,衝撃に弱く,脆いという性
質をもっている」(甲8の段落【0004】)ことは,当業者の技術常識であった。
この本件出願前の当業者の技術水準は,当技術分野のエキスパートであり本願発
明者の一人であるA教授が米国特許出願第08/957,909の審査手続におい
て米国特許庁に提出した追加の宣誓供述書(甲10)及び宣誓供述書中に示された
刊行物であるG.Guら,OpticalLetters,Vol.22,No.3/February1,1997,172∼174
頁(甲11)並びにその他の証拠(甲14∼17)からも明らかである(なお,出
願後に頒布された刊行物によって出願当時の技術水準を証明することは許容されて
いることに鑑みれば,甲8,14,及び15の記載は,本件出願当時に当業者がI
TOは脆い材料であると認識していたことを証明する証拠となり得るものである
し,甲11は甲8を補足するものである。)。
このような,ITOが衝撃に弱く,脆い材料であるという本件出願時の技術常識
からすれば,電流/電圧特性の明白な低下なしに0.5cmの曲率半径に繰り返し
て折り曲げることができる可撓性有機発光デバイスのアノードとしてITOを用い
ること自体が,引用発明,引用例2の記載及び周知技術ないし技術常識からは予測
できない効果である。
なお,引用例1には,得られた有機EL素子が円筒状への1回の変形後に変形前
と同様の発光性能を維持していたことが記載されているが,脆い材料であるITO
がたとえ1回目の折り曲げに耐えたとしても,繰り返し折り曲げれば,欠陥が生じ
た部位に応力が集中して問題が生じるであろうことを当業者であれば予想する。ま
た,引用例1には,得られた有機EL素子を円周2.5cmの円筒状に繰り返し変
形した後でもその当初の発光性能が維持されていたとは記載されていないし,繰り
返し変形することも記載されていない。
第4被告の反論
1取消事由1に対し
(1)原告は,引用例1における曲げは1回曲げのみで繰り返し曲げを意図して
いない旨主張するが,引用例1には,段落【0019】に「本発明の有機EL素子
(A)は,・・・曲げ,撓みに対する素子の耐久性が向上する。」との記載があり,
繰り返し曲げを前提とすることが伺える記載がある一方,曲げる回数が1回のみで
あることの記載はない。原告が指摘する段落【0003】を参照しても,有機EL
素子の用途として「円筒状の形状の表示用途を意図した」こと,すなわち,少なく
とも1回は曲げることが記載されているだけであって,2回以上の繰り返し曲げを
阻害するものではない。
(2)また,原告は,ITOが衝撃に弱くかつ脆いことは当業者の技術常識であ
る旨等を主張するが,原告が根拠とする甲8,10∼11,14∼17のうち,甲
8,10∼11,14∼15は,公知日が本件出願の優先日よりも後であり,証拠
として適切でない。甲10は,本願発明の発明者が書いた宣誓供述書であり,甲1
1の執筆者のうち2名は本願発明の発明者であるから,この点からも証拠として適
切でない。そして,甲16には,ITOが脆いことは記載されていないから,実施
例で第1電極にITOを用いていることのみをもって,当該ITO膜が曲げ応力に
弱いという知識及び経験に基づくものであるとする原告の主張は,甲16の記載内
容を曲解した解釈である。甲17にしても,単にITOは脆い材料であることが記
載されているだけで,繰り返し曲げに対して極めて弱いことは記載されていないし,
ある材料を「脆い」と認識するかどうかは状況によって様々である。
さらに,「繰り返し曲げ」に関しても,具体的にどのような曲げであるのかにつ
いては本願明細書に明確な定義はないところ,原告主張のような「ある方向とその
逆方向への変形が繰り返される繰り返し曲げ」に限らず,ある方向だけの曲げを繰
り返す曲げもあり,例えば,甲8の段落【0004】には,ITOを押釦スイッチ
の押下方向のみに繰り返し曲げる場合がある。このことからみても,ITOが脆い
材料であるとしても,数回程度の繰り返し曲げに極めて弱い材料であるとはいえな
い。
それに対して,本件出願の優先日前に頒布された刊行物である乙1及び2によれ
ば,ITOが繰り返し曲げる可撓性の発光素子の電極として利用可能であることは,
発光素子の技術分野における当業者に周知の技術的事項である。
(3)原告は,1μm以上の異物が1㎡当り合計で50個も存在すると,2回
目の曲げで短絡が生じる蓋然性が高い旨主張するが,これは2回目の曲げで短絡
が生じるだろうという単なる推測にすぎず,1回目では起きないものがなぜ2回
目に起こるのか具体的な根拠もなく述べているだけである。
また,引用発明は,約0.4cmの曲率半径(円周2.5cmの円筒状)に曲
げた後で,曲げる前と同様の電流/電圧特性を得ており,引用例1は2回以上の
繰り返し曲げを阻害するものではなく,引用発明を2回曲げた後に短絡が生じる
と断定する根拠がないことは上述のとおりであるから,約0.4cmよりも大き
な,本願発明の「0.5cmの曲率半径」に「2回繰り返して曲げた程度」なら,
引用発明の有機EL素子も電流/電圧特性の明白な変化が生じない蓋然性が高い
ことは明らかである。
2取消事由2に対し
(1)原告は,引用例2に記載されたITO膜の製造法を引用発明のプラスチッ
ク材料からなる基板に適用することは容易ではない旨主張するが,審決が引用発明
に適用した引用例2の記載事項は,ITO膜の製造法についての記載事項ではなく,
「有機薄膜EL素子のITO透明陽極は凹凸が5nm以下のできるだけ平滑な透明
陽極が望まれる」という記載事項である。そして,本願発明は,可撓性基材自身の
製造方法や可撓性基材の材料については何ら限定しないものであり,また,審決は
引用例2のITO膜の製造法についての記載事項を適用したのではないから,原告
の主張は審決を正解しないものである。
なお,本願発明の表面rms粗さを有する平滑なITO膜を得る方法は,本願明
細書に具体的に記載されていないことからみても,特に記載するまでもなく当業者
に自明な(容易に入手できる)ものであるといえるから,引用例2の記載事項を基
に,引用発明に対し,当業者に自明な手段を用いて表面がさらに平滑なITO膜を
得ることは,当業者であれば適宜なし得ることである。
(2)原告は,本願発明の技術思想は,耐折り曲げに強い可撓性有機発光デバイ
スを得ようとするものであり,本願発明の解決課題は,繰り返しの曲げ変形に対し
て耐久性のある機械的に強い可撓性有機発光デバイスを提供することである旨主張
するが,本願明細書を参照しても,可撓性有機発光デバイスが繰り返し曲げに耐久
性を有していることは,本願明細書の段落【0021】に実施例の特性評価の一つ
として記載されているにすぎない。
一方,引用発明における有機EL素子は,引用例1の段落【0004】∼【00
05】の記載からみて「可撓性」の有機EL素子であることは明らかである。また,
透明支持基板上の1μm以上の異物,突起物,穴,空孔などの欠陥の1㎡当たりの
換算値が,請求項1では100個以下,実施例1では50個,実施例2,3では2
0個と記載されているから,前記欠陥は少ない方がよいことが明らかである。
よって,引用発明は,表面が平滑なITOを可撓性有機発光デバイスに用いると
いう点で本願発明と課題が共通しており,曲げた後でも電流/電圧特性の明白な変
化がない可撓性有機発光デバイスが得られるという点で本願発明と効果が同質であ
る。
そして,審決において判断したように,相違点(A)は実質的な相違点ではない
から,本願発明と引用発明とが実質的に相違するのは,相違点(B)の数値限定の
みである。そうすると,本願発明が特許性を有するためには数値限定に臨界的意義
が必要であるところ,原告も本願発明の「3.6nm」という数値限定に対して臨
界的意義は必要ないと述べ,臨界的意義がないことを暗に認めているように,本願
発明の数値限定に臨界的意義はないのであるから,審決が「凹凸の上限値をどの程
度とするかは当業者であれば適宜なし得る設計的事項に過ぎない」とした判断に,
誤りはない。
(3)原告は,本願明細書の段落【0017】∼【0025】に記載の実施例は,
段落【0015】に記載の「ITO表面のrms粗さが1.8nmの可撓性ポリエ
ステル基材」を用いたものである旨主張するが,本願明細書は,段落【0018】
から「例」の記載が始まっており,当該段落【0018】には,「可撓性基材2は
インジウム錫オキシド,ITOでプレコートされた薄いフィルム4であり,ITO
は,例えば,SouthwallTechnologies,Inc.,1029CorporationWay,PaloAlto,Calif.,94303,
PartNo.903-6011から入手可能である。」と記載されているだけであるから,実施例
の構成が,この「例」より前に記載されている段落【0015】に「例えば」と前
置きされたITO表面のrms粗さが1.8nmのものとするのは,誤りである。
また,段落【0015】には,ITOの表面粗さが1.8nmのrms粗さのもの
を必ず用いると記載されているわけではなく,「基材により幾分か異なったが,I
TO表面の粗さは3.6nmを越えなかった」基材の中の一例として記載されてい
るにすぎない。
したがって,審決が,本願明細書には「具体的な実施例におけるインジウム錫オ
キシド表面の粗さの値も記載されていない」とした判断に誤りはない。
(4)また,原告は,本願発明と引用発明における「平滑」の意味は異なるから,
これらを一括して「平滑」とした認定は誤りである旨主張をするが,上記(2)で述べ
たように,引用発明の「洗浄後の透明支持基板について1μm以上の異物,突起物,
穴,空孔などの欠陥の合計数が1㎡当たりの換算値で50個である」点は,平滑さ
を表したものといえる。
さらに,審決では,原告が平滑の意味が異なると主張している点を,相違点(B)
として認定し判断している。
3取消事由3に対し
原告の主張は,ITOが脆いという本件出願時の技術常識を前提とするものであ
るが,前記1で述べたように,当該技術常識についての前提は誤りである。
そして,引用発明の有機EL素子は,本願発明の0.5cmの曲率半径であれば,
2回繰り返して曲げた程度で電流/電圧特性の明白な変化が生じるとは認め難いも
のであるし,引用発明では,異物,突起物,穴,空孔などの欠陥が少なく平滑であ
る方が優れているのであるから,引用例2の記載事項を基に引用発明のITO表面
の凹凸の程度をさらに小さくすれば,0.5cmの曲率半径に繰り返して曲げた後
でも,より一層電流/電圧特性の明白な変化がない可撓性有機発光デバイスを得ら
れるであろうことは,当業者が予測し得る範囲内のものである。
第5当裁判所の判断
1本願発明について
本願明細書(甲5)及び前記第2の2「本願発明の要旨」によれば,本願発明は,
第1の電極であるインジウム錫オキシド(ITO)の薄いフィルムでプレコートさ
れた可撓性基材と,非ポリマー材料を含むホール輸送層及び/又は電子輸送層と,
第2の電極を含む,可撓性を有する有機発光デバイス(OLED)の製造方法であ
って,ITO表面が十分に滑らかな基材を用いれば成長又は曲げの時に機械的欠陥
を形成することがないという技術的知見に基づいて,ITO表面の粗さとして,原
子間力顕微鏡により得られる画像を用いることにより決定された表面rms粗さが
3.6nmを超えない,十分に滑らかな基材を用いることで,0.5cmの曲率半
径に繰り返して(4∼5回)曲げた後でも電流/電圧特性の明白な変化がないOL
EDを得ることができたというものである。
なお,本願発明におけるITOの表面rms粗さが「3.6nmを超えない」と
いう数値限定については,本願明細書の記載を総合しても,3.6nmを超える数
値と対比して格別の作用効果を奏するものとは認められないから,その臨界的意義
を見い出すことはできない。したがって,本願発明において,下限が特定されず「3.
6nmを超えない」という数値限定は,ITOの表面rms粗さができるだけ小さ
いことが望ましい旨の技術的意味を示したにすぎないものと解される。
2取消事由1(相違点(A)に関する判断誤り)について
(1)原告は,審決が,引用発明について,「曲面などに変形しても性能が変化
しないものといえる。」と認定したこと,また,相違点(A)に関する検討において,
「引用発明では,・・・約0.4cmの曲率半径よりもさらに曲率半径が大きい0.
5cmの曲率半径に例えば2回繰り返して曲げた程度で電流/電圧特性の明白な変
化が生じるとは認め難い。また,繰り返しの回数について,・・・繰り返しの回数
を4∼5回程度と解釈したとしても,その程度の繰り返しの曲げで電流/電圧特性
の明白な変化が生じるとは認め難い。」と判断したことは,いずれも誤りであると
主張する。
(2)そこで検討するに,審決が認定した引用発明は,引用例1(甲1)の請求
項1,3及び5並びに段落【0004】,【0005】,【0020】,【0021】,【0
028】∼【0031】,【0037】及び【0038】の記載によれば,以下のと
おりと認められる。
すなわち,引用発明は,高い発光効率を有し,発光安定性に優れ,素子寿命も長
い可撓性有機EL素子(OLED)を得ることを目的とし,高分子フィルム内,高
分子フィルムとITOからなる第1電極との界面及び第1電極の表面における1μ
m以上の異物,突起物,穴,空孔などの欠陥の合計数が1㎡当たりの換算値で10
0個を超えて存在していると,発光効率が低く,発光安定性が劣るだけでなく,曲
面などに変形すると短絡(ショート)等の問題が生じるという技術課題に基づき,
上記欠陥の合計数を1㎡当たり50個以下とするという解決手段を採用することに
より,上記技術課題の解決を図ったものと認めることができる。そして,上記解決
手段を採用して製造された可撓性OLEDは,発光効率,発光安定性ともに優れ,
円筒状をはじめとする種々の形状に変形しても,性質が変化しないという作用効果
を奏するものと認められる。また,段落【0020】には「各種欠陥の合計数は1
㎡当たりの換算値で70個以下であるのが特に好ましい。」と記載され,引用例1の
実施例1においては,上記欠陥の合計数が1㎡当たり50個であり,上記の優れた
作用効果を奏したのに対し,比較例1においては,同様の欠陥の合計数は150個
であって,不均一発光が観察されるとともに,円筒形に変形したところ短絡したの
であるから,単位面積当たりの異物,突起物,穴,空孔などの欠陥数ができるだけ
少ないこと,すなわち,凹凸がなく平滑である方が望ましい旨が開示されているも
のといえる。
なお,引用例1の段落【0038】に「【発明の効果】以上のように本発明によれ
ば,発光効率,発光安定性に優れ,かつ種々の形状に変形しても性質が変化しない
ので,これに限定されるものではないが,薄膜パネル,ベルト状,円筒状などの各
種形状を有する表示素子として好適な有機EL素子が提供された。」と記載されるよ
うに,引用発明では,種々の形状に変形を加えても性質が変化しないとされている
のであり,明細書のその他の箇所にも変形を1回に限定する記載は認められないの
であるから,当該変形が1回のみであって複数回にわたる変形が排除されていると
限定して解釈すべき合理的理由はないといえる。
そうすると,引用発明における変形を1回と特定していない審決の認定が正確さ
を欠くとする原告の主張が採用できないことは明らかである。
(3)また,原告は,脆い材料においては,1回目の変形によって微小な亀裂な
どの欠陥が生じた部分に,2回目の変形による応力が集中する可能性が極めて高く,
引用例1の実施例1において,1㎡当り合計で50個も存在する1μm以上という
大きな異物等のある箇所では,0.5cmの曲率半径に一度曲げて元に戻した後の
2回目の曲げによって短絡が生じる蓋然性は極めて高いから,引用発明における変
形が1回であると主張する。
しかし,引用発明における変形が1回のみであって複数回にわたる変形が排除さ
れていると限定して解釈すべき合理的理由がないことは,前示のとおりであり,1
μm以上の異物等のある箇所では2回目の曲げによって短絡が生じるとする技術的
根拠もないから,原告の主張を採用することはできない。
(4)以上のとおりであるから,相違点(A)が実質的な相違点とはいえないと
する審決の判断に,誤りはない。
3取消事由2(相違点(B)に関する判断の誤り)について
(1)原告は,審決が,相違点(B)に関する検討において,「微小な放電が生
じて素子を破壊しないように,ITOからなる透明導電性膜の第1電極の表面を,
さらに平滑にしようとすること,すなわち,凹凸の程度を小さくしようとすること
は,引用例2の記載事項を基に当業者が容易になし得ることである。」と判断した
ことが誤りであると主張する。
(2)そこで検討するに,引用例2(甲2)には,有機薄膜EL素子のITO透
明陽極の凹凸が大きいと凸部にかかる電界が大きくなり,その部分で微小な放電が
生じて素子を破壊し,非発光点を生じさせて素子の寿命を低下させるため,凹凸が
5nm以下のできるだけ平滑な透明陽極が望まれることが記載されているものと認
められるが,本願発明のように,「繰り返して曲げた後でも電流/電圧特性の明白
な変化がない」ことに着目しての平滑な透明陽極という事項までは開示されていな
い。
しかし,引用発明は,前記2(2)のとおり,発光効率,発光安定性ともに優れ,種々
の形状に変形しても性質が変化しないという作用効果を奏するために,第1電極等
の表面における1μm以上の異物,突起物,穴,空孔などの単位面積当たりの欠陥
の合計数をできるだけ少なくし,当該表面が平滑である方が望ましいことを開示す
るものである。そして,当業者であれば,異物等の大きさが1μm以上であること
に格別の技術的意味はないものと理解できるから,結局,引用発明は,引用例2を
参酌するまでもなく,第1電極等の表面をできるだけ平滑にすることにより,繰り
返して曲げた後でも電流/電圧特性の明白な変化が生じないという,本願発明と同
様の技術思想を開示しているものと認められる。
また,電極の凹凸を原子間力顕微鏡を用いて測定することは,周知技術であり(引
用例2),その凹凸の程度を表面rms粗さにより示すことも,周知技術である(審
決が掲げた特開平6−289194号公報,甲4)と認められる。そして,本願発
明におけるITOの表面rms粗さが「3.6nmを超えない」という数値限定に
ついては,前記1のとおり,ITOの表面rms粗さができるだけ小さいことが望
ましい旨の技術的意味を示したにすぎず,その臨界的意義を見い出すことはできな
い(原告自身も,本願発明の「3.6nmを超えない」という数値限定に対して臨
界的意義は必要とされるものではないと主張する)。
したがって,当業者が,引用発明において,本願発明の相違点(B)に係る構成
を採用することに,格別の困難性はないものといえ,原告の上記(1)の主張は採用す
ることができない。
(3)原告は,本願発明と引用発明とでは,発明が解決しようとする課題が異な
り,課題解決のための基本的な技術思想も異なる上に,0.5cmの曲率半径に繰
り返し折り曲げた場合の耐久性についても引用発明は円筒状に1回曲げた結果しか
示しておらず,ITOが脆い性質のものであって,素子の2回目の折り曲げにおい
て短絡が生じる蓋然性は極めて高いことからみて,本願発明と引用発明との効果は
同質であるとはいえないと主張する。
しかし,前示のとおり,本願発明と引用発明とは課題解決のための技術思想が共
通するものであり,引用発明における変形が1回のみであって複数回にわたる変形
が排除されていると限定して解釈すべき合理的理由はないから,原告の主張を採用
することはできない。
この点に関して原告は,引用発明の技術思想は,発光デバイスの層の厚さよりも
大きなITOの大きな欠陥を少なくすることによって素子の耐折り曲げ性を向上さ
せるというものであるのに対し,本願発明の技術思想は,ITOの表面のrms粗
さとして測定した滑らかさを制御することによって耐折り曲げに強い可撓性有機発
光デバイスを得ようとするものであると主張する。
しかし,引用発明は,前示のとおり,1μm以上の異物空孔などの単位面積当た
りの欠陥の合計数をできるだけ少なくするという技術思想を開示するが,その異物
等の多きさが必ずしもデバイスの各層の厚さよりも大きいものに限定されるわけで
はなく,本願発明と同様に電極の表面が平滑であることが望ましい旨を明らかにし
ているから,原告の主張は採用することができない。
4取消事由3(本願発明の効果に関する判断の誤り)について
原告は,審決が,「本願発明の効果も,引用発明1,引用例2に記載された事項及
び周知技術から予測し得る範囲内のものであり,格別のものとは認め難い。」と判断
したことは,ITOは脆いという本件出願前の技術常識を看過したものであり,本
願発明の効果は当業者の予測できる範囲を超えるものであると主張する。
しかし,引用発明は,前示のとおり,第1電極等の表面をできるだけ平滑にする
ことにより,繰り返して曲げた後でも電流/電圧特性の明白な変化が生じないとい
う,本願発明と同様の技術思想を開示していると認められるから,ITOは脆いと
いうことが本件出願前の技術常識であるか否かを問うまでもなく,本願発明の効果
は,引用発明から予測し得る範囲内のものであり,原告の上記主張を採用すること
はできない。
第6結論
以上によれば,原告主張の取消事由は,いずれも理由がなく,審決の判断に誤り
はない。
よって,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第2部
裁判長裁判官
塩月秀平
裁判官
清水節
裁判官
古谷健二郎

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