弁護士法人ITJ法律事務所

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          主     文
1 本件控訴を棄却する。
2 控訴費用は控訴人の負担とする。
          事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 控訴人
  (1) 原判決を取り消す。
(2) 被控訴人は,別紙イ号物件目録及び別紙ロ号物件目録に記載された車い
すを製造,販売してはならない。
(3) 被控訴人は,控訴人に対し,2億1458万7500円及びこれに対する平成
10年10月20日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
  (4) 訴訟費用は,第1,第2審を通じて,被控訴人の負担とする。
 2 被控訴人
   主文と同旨
第2 事実関係
 本件は,肘掛けが背もたれ方向へ跳ね上げられる形態の車いすを販売する
控訴人が,控訴人より後に同形態の車いすを製造,販売するようになった被控
訴人に対し,被控訴人の上記製造,販売は,不正競争防止法2条1項1号に該
当し,控訴人の営業上の利益を侵害しているとして,被控訴人の同製造,販売
の差止めを求め(同法3条),かつ,上記侵害による損害賠償(同法4条)及び
遅延損害金の支払を求めた事案の控訴審である(なお,原審においては,控
訴人の上記各請求に,原審相原告A及び同株式会社三貴工業所の実用新案
権に基づく差止請求及び損害賠償請求が併合されていたが,これら請求は当
審で分離された。)。
1 争いない事実
(1) 控訴人は,平成2年ころから,別紙「控訴人商品目録」記載の車いす(以下
「控訴人商品」という。)を販売している。
 控訴人商品は,肘掛けが背もたれ方向(上後方)へ跳ね上げられる形態
(以下「肘掛け跳上げ式」という。)の車いすである。
(2) 被控訴人は,平成8年から別紙「イ号物件目録」記載の車いすを,その
後,別紙「ロ号物件目録」記載の車いす(以下,両目録記載の車いすを併せ
て「被控訴人商品」という。)を,それぞれ製造,販売している。
 被控訴人商品は,肘掛け跳上げ式の車いすである。
2 争点
(1) 肘掛け跳上げ式は,控訴人商品について,周知の商品等表示にあたる
か。
   ア 控訴人の主張
(ア) 肘掛け跳上げ式は,それまでの車いすにはなかった特異性を有する
ため,極めて強い自他識別力を有する。被控訴人は,控訴人商品が市
場で高い評価を受けるに至ったのに乗じて,肘掛け跳上げ式の商品を
製造,販売したものであり,同行為は,不正競争防止法2条1項1号に
定める不正競争行為に該当する。
(イ) 控訴人が控訴人商品の販売を開始した平成2年6月当時,市場には
肘掛け跳上げ式の車いすはなく,控訴人商品は,新規な車いすとして
全国的に紹介され,平成8年に被控訴人が別紙「イ号物件目録」記載
の車いすの販売を開始するまで市場を専有してきた。
(ウ) 控訴人による控訴人商品の販売数は,平成3年10月以前は不明で
あるが,平成3年11月から平成6年3月までは毎月50台を超え,平成
6年度(平成6年4月から平成7年3月まで,以下同様)は559台,平成
7年度は894台,平成8年度は1493台,平成9年度は1382台であ
る。控訴人商品が車いす全体の市場に占めるシェアは小さいが,肘掛
け跳上げ式の車いすの市場は,被控訴人商品があらわれるまで,控訴
人商品がほぼ独占してきた。
(エ) 控訴人は,平成2年から,全国の車いすの市場にチラシを配布し,各
地で開催される介護用品の展示会や全国の車いす販売店において,
控訴人商品を新製品として宣伝し,販売した。そのため,平成2年中に
は,肘掛け跳上げ式の車いすは,控訴人のみが販売する特徴ある形
態の商品であると広く認識された。
イ 被控訴人の反論
(ア) 車いすを始め患者がすわる形態の福祉介護用品において,肘掛け
が障害物として作用する点は,古くから改善を要する問題とされ,その
改善の1方策として肘掛け跳上げ式を採用する福祉介護用品が,昭和
55年ころから多く製造,販売されており,車いすにおいても,平成2年こ
ろから,肘掛け跳上げ式のものが多く製造,販売されている。
(イ) 控訴人商品の販売台数は,最大でも年間1500台に満たず,車いす
の市場規模に占めるシェアはわずか0.5パーセントである。また,車い
すメーカー各社のシェアは,被控訴人と日進医療器の2社のみで市場
の3分の2ないし8割を占めており,それ以外を控訴人を含む多くの企
業が分けあっている状況にある。このような微々たる数量,シェアで,控
訴人商品が一般需要者に周知となることはない。
(2) 控訴人商品と被控訴人商品は類似しているか。誤認混同のおそれはある
か。
(3) 控訴人の損害
第3 当裁判所の判断
1 争点(1)について
(1) 不正競争防止法2条1項1号は,商品等表示に化体された他人の営業上
の信用を自己のものと誤認,混同させて顧客を獲得する行為を不正競争行
為とし,同法3条等によってこれを禁じているが,これら規定は,商品の形態
が商品等表示にあたる場合でも,その商品の形態そのものやそれによって
達成される実質的機能をその商品主体の専有するものとして,他者の模
倣,利用から保護する規定ではない(言い換えれば,商品の製造は本来自
由であって,特許権,実用新案権などの権利がない場合は,模造することを
も含めて,商品の利用は公衆(競業者を含む。)の自由に属する。)。
 商品の形態の本来の使命は,その使用目的に沿った機能的なものにあ
り,出所を表示する等の効用は,商品の形態にとって本質的なものではな
い。したがって,商品の形態が,不正競争防止法2条1項1号にいう商品等
表示になるためには,①類似商品に比しても,なお需要者の感覚に端的に
訴える独自の意匠的特徴を有し,需要者が一見して特定の営業主体の商品
であることを理解できる程度の自他識別力を備えることが必要であり(新規
性や独創性の有無は問わない。),②当該商品の形態が長期間特定の営業
主体の商品に排他的に使用され,又は,当該商品が短期間でも強力に宣伝
広告されたものであることを要する。
(2) そこで,被控訴人が被控訴人商品の製造,販売を開始した平成8年ころ,
車いすの需要者が一見して,肘掛け跳上げ式の車いすは控訴人の商品で
あると認識し得る状況が存在したかどうか判断する。
ア 控訴人は,控訴人が控訴人商品の販売を開始した平成2年当時から,
被控訴人が被控訴人商品の一部の販売を開始した平成8年ころまで,控
訴人以外に肘掛け跳上げ式の車いすを販売する業者はいなかった旨,肘
掛け跳上げ式は,それまでの車いすにはなかった控訴人商品の特徴的な
形態であって,強い自他識別力があるから,不正競争防止法2条1項1号
にいう商品等表示にあたる旨主張し,証拠として,甲7,甲9,10,甲16,
甲25,26,甲28,甲33,甲35,36,甲47,甲49,50等を提出するほ
か,甲33,甲47を提出して,同両書証には肘掛け跳上げ式車いすは掲
載されていないことを指摘し,そのことから,肘掛け跳上げ式は控訴人商
品特有の形態であった旨主張する。
イ(ア) しかし,日本車いす工業会が1988年(昭和63年)7月に発行した
「車いすの国際規格・国際規格原案」(乙101)には,既に肘掛け跳上
げ式の車いすが掲載されている。
(イ) また,仮に,控訴人が控訴人商品の販売を開始した平成2年当時,
控訴人以外に肘掛け跳上げ式の車いすを販売する業者はいなかった
としても,証拠(甲9の2,甲16の2,6,乙6ないし55,乙67ないし8
0,乙101)及び弁論の全趣旨によれば,病人や老人等を対象とする
介助用の車いすは,介助を要する者がベッド等と車いすとの間を容易
に移動し得るものであることが求められるところ,車いすの座部の両側
に設けられた肘掛けは同移動の妨げになることが多いため,そのような
場合に肘掛けを妨げにならない位置まで移動させるための技術上の工
夫が種々試みられてきたが,肘掛けの撤去方法は,肘掛けを取り外
す,横に開く,上方に跳ね上げる,下方に押し下げる等の数種類に限ら
れ,これらの方法を単独で採用するか,組み合わせることにならざるを
得なかったこと,また,身障者向けの階段用リフトやトイレなどにおいて
は,昭和60年ころから肘掛け跳上げ式の商品が製造,販売されてお
り,車いすにおいても,外国では昭和61年ころから,日本国内でも平成
5年ころから,それぞれ肘掛け跳上げ式の商品が製造,販売されている
ことが認められる。
ウ 上記イ(イ)のとおり,車いすの肘掛けを上後方に跳ね上げること自体は,
介助用の車いすの肘掛けを移動させる方法として容易に想定される方法
の1つにすぎず,車いすの構造や機能など技術的問題に由来する不可避
的なものであるということができる。そして,前記(1)のとおり,肘掛け跳上
げ式の形態そのものやそれによって達成される実質的機能は,特許権,
実用新案権などの権利侵害がある場合はともかく,不正競争防止法2条
1項1号によって保護されるものではない。
 また,肘掛け跳上げ式の商品は,福祉,介助用品市場においては特に
目新しいものではなかったから,それが車いすに応用されたとしても,控
訴人の主張するように,肘掛け跳上げ式といえば控訴人商品というような
強い出所表示機能を果たしたとは考え難い。控訴人は,商品等表示にあ
たるか否かの判断においては,身障者向けの階段用リフトやトイレなど車
いす以外のものを考慮すべきでなく,また,外国の事情を考慮すべきでな
い旨主張するが,車いすの需要者が一見して肘掛け跳上げ式の車いす
は控訴人の商品であると認識するかどうかについては,上記の各事情が
影響することは否定できないから,これらを考慮すべきでない旨の控訴人
主張は採用できない。
 なお,肘掛けを「コ」の字形にし,遮板を取り付けたこと,肘掛けを車いす
本体にロック可能にしたことの特徴を加味しても,前掲証拠により認めら
れる他社の商品の形態と比較して,控訴人商品が独特の形態を有すると
いうには不十分である。
(3) 以上のとおりであるから,その余の点について判断するまでもなく,争
点(1)の事実は認められない。
2 よって,その余の争点について判断するまでもなく,控訴人の請求はいずれも
理由がないから,これらを棄却した原判決は相当であり,本件控訴は理由がな
いのでこれを棄却することとし,控訴費用の負担について民事訴訟法67条,6
1条を適用して,主文のとおり判決する。
    名古屋高等裁判所民事第2部
         裁判長裁判官   大内捷司
            裁判官   加 藤 美 枝 子
     裁判官長門栄吉は転補のため署名押印することができない。
         裁判長裁判官   大内捷司
 別紙イ号物件目録,ロ号物件目録及び控訴人商品目録掲載省略

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