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平成17年(行ケ)第10198号 審決取消請求事件
平成17年9月28日 口頭弁論終結
            判       決
      原      告   セイコーエプソン株式会社
      訴訟代理人弁理士   下出隆史
   同          五十嵐孝雄
   同          市川浩
   同          井上佳知
   同          堀研一
       被      告   特許庁長官 中嶋誠
       指定代理人      清水康司
       同          酒井進
   同          津田俊明
   同          立川功
   同宮下正之
          主       文
   1 原告の請求を棄却する。
   2 訴訟費用は原告の負担とする。
        事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 原告
 特許庁が不服2002-24967号事件について平成16年3月29日に
した審決を取り消す。
   訴訟費用は被告の負担とする。
2 被告
 主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
1 特許庁における手続の経緯
  原告は,平成13年11月2日,発明の名称を「インク容器およびそれを用
いる印刷装置」とする特許出願(特願2001-337455号。以下「本願」と
いう。平成10年11月2日に特許出願された特願平10-311671号,平成
10年11月26日に特許出願された特願平10-336330号,平成10年1
1月26日に特許出願された特願平10-336331号及び平成11年10月1
8日に特許出願された特願平11-296012号を優先権主張の基礎として平成
11年11月2日に特許出願された特願平11-312314号の一部を,平成1
3年11月2日に新たな特許出願として出願したものである。請求項の数は36)
をし,平成14年9月9日付け手続補正書により願書に添付した明細書の補正をし
た(以下,この補正後の明細書及び図面を「本願明細書」という。)。原告は,本
願につき同年11月26日付けで拒絶査定を受けたので,同年12月26日,これ
に対する不服の審判を請求した。
   特許庁は,同請求を不服2002-24967号事件として審理した結果,
平成16年3月29日に「本件審判の請求は,成り立たない。」との審決をし,そ
の謄本は,同年4月19日に原告に送達された。
2 特許請求の範囲の請求項1の記載(上記補正後のもの)
「【請求項1】印刷装置に着脱可能に装着されるインク容器であって,
   印刷用インクを収容するインク収容部と,
   少なくとも前記インク収容部内のインク量情報を含む所定情報を読み書き可
能且つ不揮発的に記憶する記憶部とを備えると共に,
   前記記憶部はクロック信号に同期してシーケンシャルにアクセスされると共
に,前記印刷装置によって最先に書き込みアクセスされる位置に前記インク量情報
を書き換え可能に格納するインク量情報記憶領域を有するインク容器。」(以下,
請求項1の発明を「本願発明」という。)
3 審決の理由
(1)別紙審決書の写しのとおり。要するに,本願発明は,特開平2-2793
44号公報(甲4。以下「引用刊行物1」という。)記載の発明(以下「引用発
明」という。),特開平8-177608号公報(甲5。以下「引用刊行物2」と
いう。)に記載された事項及び周知技術に基づいて当業者が容易に発明をすること
ができたものであるから,特許法29条2項の規定により特許を受けることができ
ない,とするものである。
(2)審決が,進歩性がないとの上記結論を導く過程において,引用発明の内容
並びに本願発明と引用発明との一致点及び相違点として認定したところは,次のと
おりである。
(ア)引用発明の内容
  「印刷装置10に着脱可能に取りつけられる印刷アッセンブリー12で
あって,ハウジング20を備えたインクジェット印刷ヘッド,インク室22,イン
ク室と流体を連通する複数のオリフィス26を有するオリフィス板24,及びイン
クをオリフィスから噴出させるための複数の噴射用抵抗28を備えるとともに,ハ
ウジング20に読み書き可能且つ不揮発的に記憶する記憶素子14が取りつけてあ
り,この記憶素子14には,インクの液位,インク色,製造日等の複数のデータが
記憶されている印刷アッセンブリー12。」
(イ)本願発明と引用発明との一致点
  「印刷装置に着脱可能に装着されるカートリッジであって,印刷用イン
クを収容するインク収容部と,前記インク収容部内のインク量情報を含む所定情報
を読み書き可能且つ不揮発的に記憶する記憶手段を備え,前記記憶手段は前記イン
ク量情報を書き換え可能に格納するインク量情報記憶領域を有するカートリッジ」
である点。
(ウ)本願発明と引用発明との相違点
 (相違点1)
   本願発明の「カートリッジ」が「インク容器」であるのに対して,引用
発明の「カートリッジ」が,印刷ヘッドやインク室22等も含めて構成される「印
刷アッセンブリー」である点。
   (相違点2)
     本願発明の「記憶手段」が,クロック信号に同期してシーケンシャルに
アクセスされる記憶部であるのに対して,引用刊行物1には,「記憶手段」として
半導体メモリーが例示されてはいるものの,該半導体メモリーとしてどのような構
造のものを採用しているのか不明であるため,引用発明の「記憶手段」が,クロッ
ク信号に同期してシーケンシャルにアクセスされる記憶部であるのか否か,定かで
はない点。
   (相違点3)
 本願発明の「記憶手段」に設けられた「インク量情報記憶領域」は,印
刷装置によって最先に書込アクセスされる位置に設けられているのに対して,引用
発明においては,「インク量記憶情報領域」が記憶素子14内のどのような位置に
設けられているのか,定かではない点。
第3 原告主張の取消事由の要点
   審決は,相違点2,3の判断を誤る(取消事由1,2)とともに,審判手続
に重大な瑕疵がある(取消事由3)ものであって,これらの誤りが,それぞれ審決
の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,違法なものとして取り消されるべ
きである。
 1取消事由1(相違点2の判断の誤り)
   審決は,「引用刊行物1記載の発明において,相違点2に関する本願請求項
1に係る発明の構成を採用することは,当業者が容易になし得たことである。」
(審決書6頁14行~16行)と判断しているが,この判断は誤りである。
(1)審決は,相違点2に関し,「印刷装置に装着されるとともにインクを収容
しているカートリッジに,インク量情報(インクの残量)を記憶するための記憶部
を設ける際に,当該記憶部として,「クロック信号に同期してシーケンシャルにア
クセスされる記憶部」,すなわち,一般的にシリアルアクセス方式のメモリーと呼
ばれている記憶部を採用することは,本願の優先権主張の日前に周知の技術である
(必要ならば,特開平9-309213号公報(段落【0018】),特開平8-
197748号公報(段落【0021】),特開昭62-184856号公報(第
3図)等を参照されたい。)。」と認定し,この認定に基づいて,「引用刊行物1
記載の発明において,相違点2に関する本願請求項1に係る発明の構成を採用する
ことは,当業者が容易になし得たことである。」と判断したが,この認定判断は,
以下のとおり誤りである。
(2)本願発明は,「シーケンシャルにアクセスされる記憶部」を有するもので
ある。これに対して,審決の挙げる上記各公報(甲6~甲8)のいずれにも,「ク
ロック信号に同期してシーケンシャルにアクセスされる記憶部」については記載さ
れていない。すなわち,特開平9-309213号公報(甲6)には,「不揮発性
ランダムアクセスメモリ」が記載され(段落【0018】),特開平8-1977
48号公報(甲7)には,「不揮発性メモリ3」の「データの入出力用のDI(S
erial Data In),DO(Serial Data Out)」電極
が記載され(段落【0021】),特開昭62-184856号公報(甲8)に
は,「DI SERIAL DATA IN」および「DO SERIAL DA
TA OUT」が示されているが(第3図),いずれにも,「シーケンシャル」に
アクセスされるメモリについては何ら記載されていない。
 上記のとおり,甲6~甲8は,いずれもシーケンシャルにアクセスされる
記憶部を開示しているとはいえず,審決は,本願発明における「シーケンシャル」
との文言について,「シリアル」との誤った解釈の下で,周知技術ではない「シー
ケンシャルにアクセスされるメモリ」を周知技術であると誤って認定し,この誤っ
た認定を前提として,相違点2を想到容易と判断しているものであり,誤りであ
る。
(3)被告は,「シーケンシャルにアクセスされる記憶部」と「シリアルアクセ
ス方式のメモリーと呼ばれている記憶部」は,一般に同義の用語として用いられて
いる旨主張する。
    しかし,乙1~4,甲5には,これらが,同義ないし同一技術のものであ
ることは何ら記載されておらず,この主張は失当である。
    仮に,2つの技術用語を混同している文献が一部に存在するとしても,そ
のような誤用の事実に基づいて,「シーケンシャルにアクセスされる記憶部」と
「シリアルアクセス方式のメモリー」とが同義であるとすることはできない。
    また,被告は,「市販のシリアルアクセスメモリのほとんどはシーケンシ
ャル読み出しモードで動作する」(乙4)ことを根拠として,審決で周知例として
例示したものは,シーケンシャルにアクセスされるものと解することが自然である
旨を主張するが,「シリアルアクセス」と「シーケンシャルアクセス」とは異なる
技術であるから,甲6~甲8の「シリアルアクセスメモリ」が,「シーケンシャル
にアクセスされる」メモリであるとはいえない。
(4)被告は,本願明細書に,「シーケンシャルアクセスしか行われない安価な
EEPROMを用いた」(甲2,段落【0083】)と記載されていることを根拠
に,「安価」であるというからには,シーケンシャルにアクセスされるメモリが市
場で流通していることを原告自身が認めたことにほかならない旨を主張する。
 しかし,上記記載において,「安価」とあるのは,該メモリが市場に流通
していて販売価格が低いことを意味するのではなく,該メモリの構成が比較的単純
であるため,該メモリの製造コストが低いことを意味するものである。
 また,被告は,乙5及び乙7を挙げ,シーケンシャルにアクセスされるメ
モリが安価であることは,本願の優先権主張の日前に周知の事項であり,引用刊行
物1記載のメモリとして,安価として知られるシーケンシャルにアクセスされるメ
モリを採用することは容易になし得る旨主張する。しかし,乙7は,低速アクセス
メモリが安価なこと等を記載しているものであって,「シーケンシャルアクセスし
か行われないメモリ」が安価であることは記載していない。乙5(岩波情報科学辞
典)には,たしかに「逐次アクセスメモリー」の説明中に「価格が安い利点があ
る」との記載があるが,乙5は,平成2年(1990年)に発行されたものであっ
て,同辞典の執筆時である1980年代には「逐次アクセスメモリー」は安価で市
場に流通していたものとも考えられるが,本願の優先権主張の日には,「シーケン
シャルにアクセスされる」メモリは,市場に流通していないか,まれにしか流通し
ていなかった。したがって,乙5は,本願の優先権主張の日よりはるか以前の19
80年代に「逐次アクセスメモリー」に「価格が安い利点」があったことを示すに
すぎない。
 (5) 本願発明の「シーケンシャルにアクセスされる記憶部」は,本願明細書
に,「シーケンシャルアクセスしか行われない」(甲2,段落【0022】,【0
030】,【0035】,【0083】)と記載されていることから,「シーケン
シャルアクセスしか行われない記憶部」と解釈すべきであるところ,かかるメモリ
の採用を想到することは困難である。
 すなわち,本願の優先権主張の日前において,シーケンシャルアクセスし
か行われないメモリは,市場に流通していないか,あるいはまれに流通しているだ
けであり,ランダムにアクセスされるメモリが主流となっていた。このようなメモ
リの流通状況を考慮すれば,当業者は,通常であれば,容易に入手可能な安価なラ
ンダムアクセスメモリを採用する。しかしながら,本願発明の発明者らは,メモリ
をインク容器に搭載し,コンセントが抜かれること等による書き込み処理の中断に
よって書き込みが不完全に終わる事態にも,重要なインク量情報を確実に書き込む
という特殊な処理を実行するために,敢えて入手困難なシーケンシャルアクセスし
か行われないメモリを採用したものである。
 このように,メモリの価格のみを考慮していては,シーケンシャルアクセ
スしか行われないメモリを採用することは困難であり,不意に電源が遮断され,電
圧が次第に低下するという状況を考慮しなければ,シーケンシャルアクセスしか行
われないメモリを採用することは困難である。
 なお,被告は,乙10を挙げて,「シーケンシャルアクセスしか行われな
い」メモリ(「ビット・シーケンシャル・タイプ」)は本願の優先権主張の日前に
周知であるとも主張するが,専門誌に1度掲載された事実があるからといって,か
かるメモリが当業者間で周知であったとはいえない。
 (6) シーケンシャルアクセスしか行われないメモリ(「ビット・シーケンシャ
ル・タイプ」)を採用することによって,以下のような,種々の利点が生じる。
 利点1)メモリチップは,樹脂などによって封止され,いわゆるモールド
された状態で小さなスペースしかないインク容器に搭載される。
 利点2)ランダムアクセスされるメモリは,アドレスを指定する信号を解
釈するためのアドレスデコーダが必要であるのに対して,シーケンシャルアクセス
しか行われないメモリは,アドレスを指定されることなく常に各アドレスに順番に
アクセスされるため,そのようなアドレスデコーダが必要ない。よって,シーケン
シャルアクセスしか行われないメモリは,ランダムアクセスされるメモリと比較し
て,回路規模が小さくなり,消費電流が小さくて済む。この結果,シーケンシャル
アクセスしか行われないメモリは,不意に電源が遮断された時にも,キャパシタに
蓄えられた限られた電荷のみで,より長時間,安定して動作して,情報を書き込む
ことができる。
 利点3)採用メモリは,ランダムアクセスされるメモリと比較して回路規
模が小さいため,信頼性が高い。具体的には,採用メモリは,回路規模が小さく構
成が単純であるため,電源が遮断された時に瞬間的に発生するノイズによる予測不
能な誤動作が少ないとともに,故障も少ない。
 利点4)不意に電源が遮断された時には,キャパシタの電圧(すなわちメ
モリの電源電圧)が時間と共に低下し,メモリは,電圧が次第に低下する中で,重
要なインク量情報を書き込む必要がある。仮に,ランダムアクセスされるメモリが
採用される場合には,電圧低下の影響でアドレスのデコードに失敗してしまい,イ
ンク量情報が格納されるべき領域のアドレスが誤って指定される恐れがある。この
場合には,該領域には他のデータが誤って格納されてしまい,この結果,重要なイ
ンク量情報が破損してしまう。一方,採用メモリでは,メモリセルは一方向に順次
選択されるのみなので,インク量情報が格納されるべき領域に,他のデータが格納
される可能性をかなり低減させることができる。
 利点5)回路に供給される電圧が変化する際には,隣接する回路同士がキ
ャパシタのように機能して,意図しない電位差を作り出し,回路全体として意図し
ない動作をすることがある。一方,ランダムアクセスされるメモリでは,任意のメ
モリセルが選択され得る。このため,ランダムアクセスされるメモリについて,電
圧が次第に低下する状況下で任意の選択順序で実行されるアクセス動作を保証する
ためには,様々な選択の組み合わせについて,膨大な量のテストを実施する必要が
ある。一方,シーケンシャルアクセスしか行われないメモリでは,一方向に定めら
れた選択順序で実行されるアクセス動作のみを保証すれば済み,動作保証のための
テストも容易に実施可能である。すなわち,採用メモリでは,ランダムアクセスさ
れるメモリと比較して動作が単純であり,この結果,電圧が次第に低下する際の動
作を容易に保証することができる。
 2取消事由2(相違点3の判断の誤り)
(1)(ア)審決は,「本願請求項1に係る発明の「記憶部」は,‥‥‥データの修
正時に全データの消去及び全データの書込みが必要なメモリーをも包含するもので
あって,本願請求項1に係る発明は本願明細書に記載された「短時間の内にデータ
の書き換えを完了することができ」,「電力が供給されている期間に充分書き込み
処理を終了することができる」という効果を有さないものをも包含するものと解さ
れ,そもそもデータをどのような配置でメモリに格納するかは当業者が適宜決定し
得るものであって,相違点3に関する本願請求項1に係る発明の構成を採用するこ
とによって技術的効果が生じないのであれば,当該構成は単なる設計事項にすぎな
い」(審決書7頁20行~29行)と判断したが,この判断は,誤りである。
(イ)本願発明の「記憶部」は,データ全体の一部をそれぞれ構成するブロッ
クの単位での(すなわち,全体で一括ではない)読み出し/書き込みを前提とする
ものである。本願発明の「記憶部」の一例であるEEPROMも,一括ではなく,
バイト単位,ブロック(ページ)単位でデータを消去し,書き込むことが可能なも
のである(甲11,甲12)。したがって,本願発明の記憶部に,「データの修正
時に全データの消去及び全データの書き込みが必要なメモリー」は包含されないの
であって,本願発明において技術的効果が生じないとすることはできない。しか
も,本願明細書(甲2,甲3)には,実施例において,「インク残量データ」に関
する効果が記載されているにもかかわらず(段落【0085】,【0115】,
【0116】),審決は,かかる効果を正解せず,「EEPROM内の全データ」
について,データの書き込み処理が早期に完了するわけではない旨の誤解をしてい
る。
(ウ)また,仮に,特許請求の範囲に記載された構成に含まれる一部の態様が
効果を奏しないものであるとしても,そのことに基づいて,当該構成を単なる設計
事項にすぎないと認定し,発明全体の進歩性を否定するのは誤りである。
(エ)以上のとおり,相違点3に関し,審決が,「当該構成は単なる設計事項
にすぎない」とした上記判断は,誤りである。
(2)(ア)審決は,「仮に,本願請求項1に係る発明の「記憶部」が,データの書
込み時に,必要な部分だけを書き換えることが可能な記憶装置を意味するものであ
り,上記本願明細書に記載された効果を有するものだとしても‥‥‥引用刊行物1
記載の発明において,データの早期書き換え完了を目的として,記憶素子として,
書込み時に必要な部分だけを書き換えることが可能な記憶装置を採用し,かつ,当
該記憶装置内に,「インクの液位」データを,アクセスされる最先の位置に格納す
るよう構成することは,引用刊行物1及び引用刊行物2に接した当業者であれば,
容易に想到し得る事項である。」(審決書7頁30行~8頁13行)と判断した
が,誤りである。
(イ)本願発明の目的は,インク残量等のインク容器に関する情報を迅速,確
実に記憶することである(甲2,段落【0005】参照)。そして,本願発明によ
れば,「プラグがコンセントから抜かれる前にデータの書き換えを完了でき」,そ
れ故,「データの書き換え異常が発生しにくいという利点がある。」(甲2,段落
【0022】参照)という効果を奏する。
     一方,引用刊行物1(甲4)においては,インクの液位データは更新さ
れるものの,インク残量の情報を迅速,確実に記憶して,データの書き換え異常の
リスクを低減するという課題については,まったく認識されていない。引用刊行物
2(甲5)においては,EEPROM5に記憶されているのは,「水温センサのオ
ープン/ショート判定値,吸気温センサのオープン/ショート判定値やISCバル
ブ異常判定値などの判定値データ」及び「これらの判定値データを使用して故障診
断を行う補助プログラムとしての水温センサ,吸気温センサやISCバルブなどの
診断プログラム」であって(段落【0017】参照),いずれも読み出されるだけ
のものである。
 したがって,引用刊行物1にも引用刊行物2にも,引用発明から本願発
明に至る動機付けとなり得る技術的課題は見いだされない。
(ウ)審決は,引用刊行物1について,「記憶素子14に記憶するデータとし
て例示されたもののうち,最も頻繁にアクセスされるデータが「インクの液位」デ
ータであることは容易に把握できる」(審決書8頁5行~7行)とし,引用刊行物
2に,「シリアル通信方式のEEPROM内に,複数のデータを格納する際に,使
用頻度(読み出しの頻度)の高いデータが記憶される第1エリアを,アドレス領域の
先頭から前半の部分に格納する技術が開示されて」いる(審決書7頁35行~8頁
1行)として,上記(ア)のように判断している。
 しかし,本願明細書(甲2,甲3)においても,引用刊行物1(甲4)
においても,「データへのアクセスの頻度」については,言及も認識もされていな
い。
 すなわち,引用刊行物1においては,インクの液位のデータのみが磁気
片メモリーに「書き込まれる」のではなく,すべての書き込みデータ及び読み出し
データが書き換えられると考えられる(3頁右下欄7行~4頁左上欄8行の記載)
から,アクセス頻度についての認識はない。また,引用刊行物1において,仮に,
「アクセスの頻度」という観点を導入することが許されるとしても,甲6の記載
(段落【0006】)からすると,引用刊行物1における最もアクセス頻度の高い
データが,インクポンプの往復動数であると判断されることも考えられるから,最
も頻繁にアクセスされるデータが『インクの液位』データであると把握できない
(なお,引用刊行物1においては,半導体メモリーを利用する場合に,印刷ヘッド
が読取/書込みヘッド44を通過する際に,換言すれば,印刷ヘッドが移動してい
る間に,どのようにインクの液位のデータを書き込めばよいのかが不明であり,引
用刊行物1は実施可能要件を備えておらず,拒絶理由を構成する引用文献とはなり
得ない。)。
 また,引用刊行物2に記載された事項は,常に必要とされるデータは先
に読み出し,場合によっては必要ないデータについては,そのデータを使用しない
ときには読み出さないというものであり(段落【0040】,【0041】),
「読み出し頻度」の高低は,引用刊行物2記載の技術を実施した結果にすぎないか
ら,当該技術そのものを,「読み出し頻度」の高低で把握することはできない。
(エ)さらに,引用刊行物2においては,シリアル通信方式のEEPROMが
使用されているものの(段落【0015】),このEEPROMは,データやアド
レスを,シリアル・バスで与えるもので(甲9,50頁右欄下段)あり,外部から
EEPROMにデータを伝送する方式が特定されているにすぎないから,EEPR
OMの所定のエリアに所定のデータを格納する旨は記載されているとしても,EE
PROM内のデータの配置と,それらのデータがアクセスされる順番との関係は開
示されていない。したがって,引用刊行物2において,EEPROMのいずれの位
置が「アクセスされる最先の位置」であるかを特定することはできない。
(オ)被告は,「引用刊行物1及び引用刊行物2に接した当業者にとって,引
用刊行物1に記載されたデータのうち,最もアクセス頻度の高いデータを把握し,
当該データの格納位置をアドレス領域の先頭の部分に設定しようと試みることは,
自然な発想である」旨を主張する。
 しかし,引用刊行物1及び2には,「読み出しの頻度」又は「書き込み
の頻度」について,記載も示唆もされていない。しかも,引用発明と引用刊行物2
記載の事項とは技術分野を異にする。したがって,引用刊行物2に,表面的に記載
されているにすぎない「頻度」なる文言を媒介として,引用発明から,「インク
量」という一要素を取り上げ,引用刊行物2の「読み出しデータ,プログラム」を
「書き込みデータ」に置き換えたうえで,引用発明と引用刊行物2記載の事項の組
み合わせを想到容易とする審決の判断は,後知恵による判断である
(3)(ア)被告は,引用発明においても,記憶装置にアクセスする際に,制御装置
の処理負担を軽減しその処理時間を短くしたいという技術的要請が存在することは
当業者に自明な事項であるとして,引用刊行物2記載の技術を適用する動機付けの
存在を主張するが,印刷ヘッドが読取/書込みヘッド44を通過するのは,印刷を
行っているときであり(甲4,3頁右下欄19行~4頁左上欄2行,FIG.
2),通過スピードは,インク滴を吐出する際の技術的な要請に基づいて決定され
るのであるから,磁気片14へのデータの書き込みは,読取/書込みヘッド44の
領域を通過する時間内で達成されればよく,それ以上に「処理時間を短くしたいと
いう技術的要請」は存在しない。仮に,引用発明において,「処理時間を短くした
いという技術的要請」が存在するのなら,任意の場所(アドレス)にアクセスでき
ず,順番にアドレスにアクセスしなければならないシーケンシャル・アクセス・メ
モリを採用することは,その要請に反する。
(イ)また,引用刊行物2に記載されているのは,読み出されるだけで書き換
えられることがない「プログラム」及び「判定値データ」に関する技術であるか
ら,引用発明に引用刊行物2記載の技術を適用し得るとしても,当然,書き換えら
れることがないデータについて適用されるものというべきであり,これらを組み合
わせたとしても,本願発明に到達することはできない。
(4)被告は,本願発明の効果について,書き換えに要する時間はきわめて短い
から,インク残量データを記憶領域の先頭以外の位置に格納した場合に,書き換え
が完了しないのであれば,同データを先頭に格納したとしてもそのほとんどの場合
において,書き換えを完了できない旨を主張する。しかし,ユーザによっていつ電
源が落とされるか分からない状況下で,シーケンシャルにアクセスされる記憶部に
おいて,データを最先にアクセスされる位置に格納した場合と,より後にアクセス
される位置に格納した場合とでは,最先にアクセスされる位置に格納した場合の方
がより確実にデータを格納できることは論理的に導かれることである。
 3取消事由3(審理手続上の瑕疵)
(1)(ア)審決は,本願明細書に記載された「EEPROM」が,「全データを消
去してから,修正するデータを含む全データを入力しなければならない」ものであ
るから,「記憶部」として「EEPROM」を使用する態様にあっては,「データ
の書込み処理が短時間に完了することはない」と認定し(審決書7頁3行~12
行),さらに,上記認定に基づいて,本願発明の「記憶部」は,データの修正時に
全データの消去及び全データの書き込みが必要なメモリーをも包含すると認定して
いる。
(イ)明細書に記載された実施例が,請求項に記載された発明の効果を奏する
ものではなく,また,この効果を奏するような,他の実施例が明細書に記載されて
いない場合には,平成14年法律第24号による改正前の特許法36条4項(以下
「改正前特許法36条4項」という。)の記載要件不備として,また,請求項に記
載された発明が,所定の効果を奏すると主張されるとしても,その発明が,詳細な
説明に記載されていない場合は,特許法36条6項1号の記載要件不備として,そ
れぞれ拒絶されるべきものである。
審決の上記認定は,「EEPROM」を使用する実施例では,本願発明
の効果を奏しないこと,請求項1には,明細書中に記載されない発明が記載されて
いるとするものであり,上記の記載要件不備が存在することを指摘するものである
から,特許法36条が拒絶の理由とされるべきものである。しかし,拒絶査定(甲
13)の理由は,拒絶理由通知書(甲14)に示されている「特許法29条2項の
規定により特許を受けることができない。」というものだけである。
     そうすると,上記認定によれば,本件においては,査定の理由とは異な
る拒絶理由に該当するというべきであるから,特許法159条2項において準用す
る同法50条の規定により,審判官は,審判請求人(原告)に対し拒絶の理由を通
知し,意見書を提出する機会を与えなければならないことになるが,審判請求人
(原告)は拒絶の理由の通知を受けておらず,意見書を提出する機会も,「特許請
求の範囲」又は明細書の「発明の詳細な説明」の記載について補正をする機会 
(特許法17条の2第1項1号)を与えられていない。
(ウ)上記のとおり,審判手続には,審判請求人(原告)に意見書を提出する
機会及び請求項を補正する機会を与えずに不成立審決を行ったという,手続上の瑕
疵がある。
(2) 審決は,職権証拠調によって発見された文献(甲6~甲8)を,周知技術
の名の下で引用して,本願発明の進歩性を否定し,審判請求を不成立としたが,審
判請求人に適切な攻撃防御の機会が与えられておらず,審判には,手続上の瑕疵が
ある。
   特許法は,審判手続において職権証拠調(同法150条1項)を行った場
合には,その結果を当事者に通知し,相当の期間を指定して,意見を申し立てる機
会を与えなければならない(同条5項)と規定しており,職権証拠調を行った場合
には,審判請求人に対して攻撃防御の機会を与えなければならない。本件審判にお
いては,審判請求人である原告が知らない間に請求人に不利な証拠を集めたにもか
かわらず,審判請求人に適切な攻撃防御の機会を与えていない。
 しかも,審決は,甲6~甲8に基づいて,本願発明の特徴的な構成要件の
想到容易性を論じている。
 このような手続上の瑕疵は,重大な瑕疵である。
(3)審判は,審理を尽くしておらず,審判には手続上の瑕疵がある。
 本件審判手続においては,審判理由補充書の提出の後,審判請求人に対し
て審理に関与する機会を与えることなく審決がなされたため,本願発明の特徴部分
を看過した空虚な審理が行われている。具体的には,前述のように周知とされる技
術の認定にも誤りがあるので,審判では,本来行われるはずの審理が行われていな
いことになる。
 このように,審判では,本来行われるべき審理が行われておらず,「当事
者の関与の下での専門行政庁による慎重な審理判断を受ける権利」という出願人の
重要な権利が害されたという審理不尽の違法がある。
第4 被告の反論の要点
 審決の認定判断は正当であり,審理手続上の瑕疵もないから,原告主張の取
消事由はいずれも理由がない。
 1取消事由1(相違点2の判断の誤り)について
(1)原告は,審決挙示の周知例(甲6~甲8)のいずれにも「クロック信号に
同期してシーケンシャルにアクセスされる記憶部」は記載されていないから,審決
には,周知技術でないものを周知技術であると誤って認定したという瑕疵がある旨
主張する。
(2)しかし,「シーケンシャルにアクセスされる記憶部」と「シリアルアクセ
ス方式のメモリーと呼ばれている記憶部」は,一般に同義の用語として用いられて
いるから(乙1~乙4,甲5),甲6~甲8のシリアルアクセスメモリや,シリア
ルデータが入出力される不揮発性メモリは,シーケンシャルにアクセスされるもの
であると解することが自然であり,引用発明の記憶手段として,周知のシーケンシ
ャルにアクセスされる記憶部を採用することは,当業者が容易になし得たことであ
るとした審決の判断に誤りはない。
(3)仮に,審決で周知例として例示したものが,シーケンシャルにアクセスさ
れるメモリとはいえないとしても,本願明細書(及び優先権主張の基礎となる特願
平10-336330号の明細書(乙8))に「シーケンシャルアクセスしか行な
われない安価なEEPROMを用いた」(本願明細書(甲2)の段落【008
3】,乙8の段落【0056】)との記載があり,「安価」というからには,シー
ケンシャルにアクセスされるメモリが市場で流通していることを原告自身が認めた
ことにほかならない。
 さらに,シーケンシャルにアクセスされるメモリが安価であることは,乙
5,乙7にもみられるように,本願の優先権主張の日前に周知の事項であって,引
用刊行物1に記載されたメモリは,インクを消費し尽くすと交換される消耗品であ
る印刷アッセンブリに,設けられるものであるのだから,引用刊行物1記載のメモ
リとして,安価として知られるシーケンシャルにアクセスされるメモリを採用する
ことは,当業者が容易になし得たことである。
(4)また,仮に,本願発明の「記憶部はクロック信号に同期してシーケンシャ
ルにアクセスされる」という記載が,記憶部が「シーケンシャルアクセスしか行わ
れない」メモリであることを意味しているとしても,「シーケンシャルアクセスし
か行われない」メモリは本願の優先権主張の日前に周知である(乙10において,
シリアルEEPROMの三つの方式のうちの「ビット・シーケンシャル・タイプ」
のEEPROM参照)。また,「シーケンシャルアクセスしか行われない」メモリ
が市場で安価に流通していることは,原告自身が認めている。
 したがって,インクを消費し尽くすと交換される消耗品であるインク容器
に記憶手段を設ける際に,当該記憶手段として,安価として知られる「シーケンシ
ャルアクセスしか行われない」メモリを採用することは,当業者が容易になし得た
ことである。
 2取消事由2(相違点3の判断の誤り)について
(1)(ア)原告は,本願明細書に記載されたEEPROMは,一括ではなく,バイ
ト単位,ブロック(ページ)単位でデータを消去し,書き込むことが可能であり,
さらに,本願発明の「記憶部」は,「データの修正時に全データの消去及び全デー
タの書き込みが必要なメモリー」を包含しないものであるから,本願発明は,本願
明細書に記載されたとおりの効果を奏するものであると主張する。そして,インク
量情報記憶領域を印刷装置によって最先に書込アクセスされる位置に設ける点(相
違点3)は,単なる設計事項にすぎないとした審決には誤りがあると主張してい
る。
(イ)本願明細書に記載されたEEPROMが,一括ではなく,バイト単位,
ブロック(ページ)単位でデータを消去し,書き込むことが可能である点について
は争わない。しかし,そもそも,審決は,本願発明の「記憶部」は,「データの修
正時に全データの消去及び全データの書込みが必要なメモリー」をも包含すると考
えられることから,本願発明が本件明細書の記載中の効果を有しないのではないか
との疑念があり,もしそうであるならば,相違点3に係る構成は単なる設計事項で
しかないと考えられることを指摘しただけであって,相違点3に関しての進歩性の
判断を示した部分は,当該記載の後に続く部分(審決書7頁30行の「仮に」以降
の部分)であるから,相違点3に関しての進歩性の判断自体に誤りはない。
(2)(ア)原告は,引用刊行物1(甲4)及び引用刊行物2(甲5)においては,
インク残量の情報を迅速,確実に記憶して,データの書き換え異常のリスクを低減
するという課題については,まったく認識されておらず,本願発明に至る動機付け
となるに足りる技術的課題が見出せない,また,仮に,引用発明に引用刊行物2記
載の技術を適用することが可能であったとしても,引用刊行物2記載の技術は,読
み出されるだけで書き換えられることがないプログラム及び判定値データに関する
技術であるから,引用発明に適用する際には,書き換えられることがないデータの
格納位置について適用されるものであって,書き換えられるデータであるインクの
液位には適用されるべきではない旨を主張する。
(イ)しかし,審決は,引用発明において,相違点3に係る本願発明の構成を
採用することは容易に想到され,その場合,本願明細書に記載の効果(段落【00
22】)を当然に有することを指摘しているのであって,引用発明に引用刊行物2
記載の技術を適用する際の動機付けが,データの書き換え異常のリスクを低減する
ことであるとしているわけではない。つまり,引用発明においても,記憶装置にア
クセスする際に,制御装置の処理負担を軽減しその処理時間を短くしたいという技
術的要請が存在することは当業者に自明な事項であるから,引用刊行物2記載の技
術を引用発明に適用することには,十分な動機付けが存在する。
 また,引用刊行物2記載の技術を,更新されるデータに適用することを阻
害する要因は存在しないし,更新されるデータに適用した場合にも,同様に,制御
装置の処理負担を軽減し,処理時間を短くできるという効果を得ることができるこ
とは,当業者ならずとも容易に予測できることであるから,引用刊行物2記載の技
術が,書き換えられることがないデータの格納位置について適用されるものである
ということはできない。
(3)(ア)原告は,本願明細書(甲2,甲3)にも引用刊行物1(甲4)にも「デ
ータへのアクセスの頻度」について言及も認識もされていないとして,審決が,引
用刊行物1で記憶素子14に記憶するデータとして例示されたもののうち,最も頻
繁にアクセスされるデータがインクの液位データであることは容易に把握できると
判断したことは誤りである旨を主張する。
(イ)しかし,引用刊行物1には,「インクの液位」のデータが,プリンタの
電源投入時に読み出された後,定期的に(印刷ヘッドがその位置を通過する都度)
更新されることが記載されており(甲4,3頁右下欄7行~4頁左上欄15行),
一方,その他のデータは更新されないものであることから,当該その他のデータが
プリンターの電源投入時にのみアクセスされることは明らかである。したがって,
「インクの液位」のデータが最も頻繁にアクセスされるデータであることが容易に
把握できるとした審決の判断に誤りはない。
(ウ)たしかに,引用刊行物2(甲5)に記載された使用頻度の高いデータは
読み出しのみが行われるプログラムやデータであって,更新が行われるものではな
いが,後述するように,引用刊行物2には,使用頻度が高いデータをアドレス領域
の先頭の前半部分に格納する技術思想が開示されており,当該技術思想を更新され
るデータに適用することを阻害する要因は存在しないし,更新されるデータに適用
した場合にも,引用刊行物2(甲5)に開示された技術思想と同様の,制御装置の
処理負担を軽減し,処理時間を短くできるという効果(段落【0006】,【00
47】)を得ることができることは,当業者ならずとも容易に予測できることであ
るから,引用刊行物1及び2に接した当業者にとって,引用刊行物1に記載された
データのうち,最もアクセス頻度の高いデータを把握し,当該データの格納位置を
アドレス領域の先頭の部分に設定しようと試みることは,自然な発想である。
(4)(ア)原告は,引用刊行物2(甲5)に記載されたシリアル通信方式のEEP
ROMは,シーケンシャルにアクセスされるメモリではなく,EEPROM内のデ
ータの配置と,それらのデータがアクセスされる順番との関係は開示されていない
から,審決が,引用刊行物2には,シリアル通信方式のEEPROM内に,複数の
データを格納する際に,使用頻度の高いデータが記憶される第1エリアを,アドレ
ス領域の先頭から前半の部分に格納する技術が開示されていると認定した点は誤り
であり,引用発明と引用刊行物2記載の技術とを組み合わせても,本願発明に到達
することはできない旨を主張する。
(イ)しかし,引用刊行物2(甲5)に記載された「シリアル通信方式EEP
ROM」が,「クロック信号に同期してシーケンシャルにアクセスされる記憶部」
であることは,同刊行物の記載(段落【0015】,【0024】~【002
6】,【0030】~【0032】)から明らかである。
(ウ)また,引用刊行物2(甲5)には,「‥‥‥外部診断装置が制御装置に
接続される機会は定期点検時などであって希少であり,そのためのデータ出力用プ
ログラム及びデータを毎回時間をかけてEEPROMより読込んでRAMに転送す
るのは,制御装置にとっては余分な処理負担となり,処理時間が長くなる不具合が
あった。」(段落【0004】~段落【0006】)と記載されており,この記載
からすると,シリアル通信方式EEPROMを用いる場合,使用頻度が低いプログ
ラムやデータを毎回読み出すのは,制御装置にとって余分な処理負担となり,処理
時間が長くなるとの技術的課題が示されている。
(エ)また,引用刊行物2には,「EEPROM5のアドレスマップを示す図
2において,アドレス領域の先頭から前半は第1エリアであり,‥‥‥これらの第
1エリアに記憶されている診断プログラム及び判定値データは,エンジンの作動時
において毎回使用される使用頻度の高いものである。‥‥‥第1エリア以降は第2
エリアであり,‥‥‥これらの第2エリアに記憶されている出力用プログラムは,
外部診断装置9がECU6に接続されているときのみ使用されるものであり,その
使用頻度は低い。」(段落【0017】~段落【0018】)と記載されており,
アドレス領域の先頭から前半部分に,使用頻度の高いプログラムやデータ(以下,
「データ」と総称する。)を格納する第1エリアを設けることが示されている。
(オ)さらに,引用刊行物2には,「リセット解除後のイニシャライズ処理に
おける制御内容のフローチャートを示す図3において,‥‥‥CPU1のアドレス
マップ上でEEPROM5に割当てられている領域の先頭アドレスNを,アドレス
カウンタに初期設定する。」(段落【0019】)と記載されており,イニシャラ
イズ処理を行った後に,EEPROM5にアクセスする際の最先のアドレスは,先
頭アドレスNであることが示されている。
(カ)そして,引用刊行物2には,「前記制御手段は,第1エリアの記憶内容
を先に前記作業用記憶手段に転送し,特殊要件が成立しているときに第2エリアの
記憶内容を作業用記憶手段に転送する」(請求項1),「第1エリアの記憶内容を
先に作業用記憶手段に転送し,使用頻度の低い第2エリアの記憶内容については,
特殊要件が成立しているときに読出して作業用記憶手段に転送するので,不必要な
読出し及び転送処理を行うことがない。」(段落【0011】)と記載されてお
り,第2エリアの記憶内容の読み出しを必要としない場合には,第1エリアの記憶
内容のみを読み出し,第2エリアの記憶内容の読み出しを必要とする場合には,ま
ず第1エリアの内容を読み出し,その後で第2エリアの内容を読み出すことが示さ
れている。
(キ)これらの事項をまとめると,引用刊行物2(甲5)には,「シリアル通
信方式EEPROM」に,最先にアクセスされる第1エリアと,第1エリアに引き
続いてアクセスされる第2エリアとを設け,第1エリアに使用頻度の高いデータを
記憶し,第2エリアに使用頻度の低いデータを記憶するとともに,第1エリアの記
憶内容を読み出した後に,第2エリアの記憶内容の読み出しの実行の有無を選択で
きるような構成を採用することによって,制御装置の処理負担を軽減し,処理時間
を短くすることが記載されているということができる。
(ク)したがって,EEPROM内のデータの配置とそれらのデータがアクセ
スされる順番との関係は開示されていないとの原告の主張には全く根拠がなく,審
決が,引用刊行物2には,シリアル通信方式のEEPROM内に,複数のデータを
格納する際に,使用頻度の高いデータが記憶される第1エリアを,アドレスの先頭
から前半の部分に格納する技術が開示されていると認定した点に誤りはない。
(5)(ア)原告は,本願発明は,電源スイッチの切断後,直ちに電源プラグがコン
セントから抜かれるようなことがあっても,電源プラグがコンセントから抜かれる
前にインク残量データの更新が完了できるという効果を奏する旨を主張する。
(イ)しかし,本願明細書(甲2)の図14に示された実施例によると,デー
タの書き換えに必要な時間が,きわめて短いことは明らかであるから,インク残量
データを記憶領域の先頭以外の位置に格納した場合に,インク残量データの書き換
えが完了しないのであれば,インク残量データを記憶領域の先頭に格納したとして
も,そのほとんどの場合において,インク残量データの書き換えを完了することが
できないことは明らかである。
(ウ)したがって,原告主張の効果は,本件発明の進歩性の判断に影響を及ぼ
すほどのものとは到底いえない。
 3取消事由3(審理手続上の瑕疵)について
(1)原告は,審決において,本願発明が明細書に記載された効果を有さないと
した部分については,改正前特許法36条4項の要件不備として拒絶されるべきも
のであるが,拒絶査定の理由は特許法29条2項の規定により特許を受けることが
できないというものであるから,異なる拒絶理由であるにもかかわらず,被告は,
拒絶理由を通知して意見書を提出する機会を与えなかった旨を主張する。
    しかし,前述したように,そもそも審決中の当該記載は,本願発明が本願
明細書の記載中の効果を有しないのではないかとの疑念があり,もしそうであるな
らば,相違点3に係る構成は単なる設計事項でしかないと考えられることを指摘し
ただけであって,相違点3に関しての進歩性の判断を示した部分は,当該記載の後
に続く部分であり,審決において示した理由は,拒絶査定の理由と同じく,特許法
29条2項の規定により特許を受けることができないというものであるから,原告
の主張には全く根拠がない。
(2)原告は,審決が周知技術として引用した甲6~甲8について職権証拠調を
行ったにもかかわらず,原告に対して攻撃防御の機会を与えていない違法がある旨
主張する。
 しかし,周知技術とは,当業者であれば当然知っているべきものであっ
て,その例を事前に通知することなく,審決時に新たに例示することは手続違背と
ならない(東京高裁平成14年11月12日判決(平成13年(行ケ)第322
号),東京高裁平成16年8月24日判決(平成13年(行ケ)第549号)参
照)。
 なお,周知例を審決で示すことは,証拠調とは別異のことがらである。審
判において,新規な引用例に基づく拒絶理由を発見したときは,拒絶の理由を通知
(特許法159条2項が準用する同法50条)するが,これは証拠調とは異なる。
原告の主張に従えば,拒絶理由通知と,職権証拠調結果通知の双方を通知しなけれ
ばならないということになり,不合理である。
(3)原告は,審判は審理を尽くしておらず,「当事者の関与の下での専門行政
庁による慎重な審理判断を受ける権利」という出願人の重大な権利が害されたと主
張する。
 しかし,引用発明において,各相違点に関する本願発明の構成を採用する
ことが,周知技術に基づいて,当業者が容易に想到し得た事項であることは,前述
したとおりであり,原告の主張は失当である。
第5 当裁判所の判断
1 取消事由1(相違点2の判断の誤り)について
(1)周知技術の誤認について
(ア)原告は,審決が周知例として挙げた特開平9-309213号公報(甲
6),特開平8-197748号公報(甲7)及び特開昭62-184856号公
報(甲8)のいずれにも,「クロック信号に同期してシーケンシャルにアクセスさ
れる記憶部」については記載されていないから,かかるメモリが周知であるとして
なされた相違点2についての判断は誤りである旨主張する。
(イ)そこで検討するに,甲6~甲8の審決引用箇所には,「最近では,単線
入出力シリアルメモリが市販されるようになってきている。‥‥‥これらのメモリ
は‥‥‥不揮発性ランダムアクセスメモリとして構成される。‥‥‥この単線メモ
リからのデータの入出力は,読み出し/書き込み動作の始まりを表わすさまざまな
長さのパルスを用いるプロトコルによって行なわれる。これらのパルスの後にビッ
ト単位の転送が行なわれ,この転送においては1と0は異なるパルス長で表わされ
る。」(甲6,段落【0018】),「クロック信号を供給するSK(Seria
l Clock),データの入出力用のDI(Serial Data In),
DO(Serial Data Out)である。」(甲7,段落【002
1】),「SK SERIAL CLOCK,DI SERIAL DATA I
N,DO SERIAL DATA OUT」(甲8,第3図)と記載されてい
る。しかし,上記記載は,いずれも,シリアルメモリに関するものと認められ,シ
ーケンシャルにアクセスすることを示すものではないから,上記記載によっては,
甲6~甲8記載のメモリが,「クロック信号に同期してシーケンシャルにアクセス
される記憶部」であると認めることはできない。したがって,審決が,「クロック
信号に同期してシーケンシャルにアクセスされる記憶部」が周知であることの例示
として,甲6~甲8を挙げたのは誤りというべきである(なお,被告は,「シーケ
ンシャル」と「シリアル」とは,一般に同義の用語として用いられていると主張す
るが,上記甲6~甲8の記載からすれば,甲6~甲8がデータの入出力の態様につ
いて,「シリアル」アクセス方式のメモリーを記載したものであることは明らかで
ある。)。
(ウ)しかしながら,審決は,本願発明と引用発明との相違点2として,「本
願請求項1に係る発明の「記憶手段」が,クロック信号に同期してシーケンシャル
にアクセスされる記憶部であるのに対して,引用刊行物1には,「記憶手段」とし
て半導体メモリーが例示されてはいるものの,該半導体メモリーとしてどのような
構造のものを採用しているのか不明であるため,引用刊行物1記載の発明の「記憶
手段」が,クロック信号に同期してシーケンシャルにアクセスされる記憶部である
のか否か,定かではない点」(審決書5頁11行~16行)と認定した上で,「印
刷装置に装着されるとともにインクを収容しているカートリッジに,インク量情報
(インクの残量)を記憶するための記憶部を設ける際に,当該記憶部として,「ク
ロック信号に同期してシーケンシャルにアクセスされる記憶部」,すなわち,一般
的にシリアルアクセス方式のメモリーと呼ばれている記憶部を採用することは,本
願の優先権主張の日前に周知の技術である(必要ならば,特開平9-309213
号公報(段落【0018】),特開平8-197748号公報(段落【002
1】),特開昭62-184856号公報(第3図)等を参照されたい。)。」
(審決書6頁3行~10行)として,「引用刊行物1記載の発明において,相違点
2に関する本願請求項1に係る発明の構成を採用することは,当業者が容易になし
得たことである。」と判断している。
 上記審決の説示中,「クロック信号に同期してシーケンシャルにアクセ
スされる記憶部」が周知であることの例示として,上記各公報(甲6~甲8)を挙
げていることが誤りであることは上述したとおりであり,また,「クロック信号に
同期してシーケンシャルにアクセスされる記憶部」が一般的に「シリアルアクセス
方式のメモリーと呼ばれている記憶部」であると解していることも,誤りであると
いわなければならないが,上記説示に照らせば,審決は,本願発明の記憶手段が
「クロック信号に同期してシーケンシャルにアクセスされる記憶部」であることを
相違点2としてとらえた上で,かかる記憶部が周知の技術であると認定して,相違
点2に係る上記の本願発明の構成の容易想到性を判断しているものということがで
きる。そこで,「クロック信号に同期してシーケンシャルにアクセスされる記憶
部」が周知の技術であるとした審決の認定の当否について検討する。
本願明細書(甲2)及び優先権主張の基礎となる特願平10-3363
30号の明細書(乙8)をみると,「シーケンシャルアクセスしか行なわれない安
価なEEPROMを用いた」(甲2の段落【0083】,乙8の段落【005
6】)との記載があり,当該記載によれば,本願の優先権主張の日前にシーケンシ
ャルにアクセスされるメモリが存在していたことは原告自身が認めるものであると
ころ,「トランジスタ技術SPECIAL25号」(CQ出版株式会社。1991
年1月1日初版発行,1997年2月1日第7版発行。乙10)中の「第1章基礎
技術編 EPROM活用の基礎技術」(土屋紀雄・野田正美著)には,「シリアル
EEPROM」の「ビット・シーケンシャル・タイプ」,「ミックス・タイプ」と
して,「クロック信号に同期してシーケンシャルにアクセスされるメモリ」が記載
されているものであり(同書17頁),これによれば,本願の優先権主張の日前に
「クロック信号に同期してシーケンシャルにアクセスされる記憶部」は周知の技術
であったと認められる。
したがって,審決が「クロック信号に同期してシーケンシャルにアクセ
スされる記憶部」が周知技術であると認定した点に誤りはない。そうすると,審決
が上記周知技術に関して説示を誤り,また,その例示として引用する文献を誤った
としても,上記メモリが本願の優先権主張の日前に周知の技術であったとする審決
の認定自体には誤りはないのであって,上記説示及び引用文献の誤りは,審決の結
論に影響を及ぼすものということはできない。
(エ)原告は,審決が本願発明における「シーケンシャル」との文言について
「シリアル」との誤った解釈をしている旨主張する。しかし,審決は,上記のとお
り,本願発明の記憶手段について,それが「クロック信号に同期してシーケンシャ
ルにアクセスされる記憶部」であることを前提として,相違点2を認定しており,
また,相違点3についての判断においても,「仮に,本願請求項1に係る発明の
「記憶部」が,データの書込み時に,必要な部分だけを書き換えることが可能な記
憶装置を意味するものであり,上記本願明細書に記載された効果を有するものだと
しても,必要な部分だけを書き換えることが可能な記憶装置は,例示するまでもな
く,本願の優先権主張の日前に周知の技術であり,また,原査定の拒絶の理由に引
用された,本願の優先権主張の日前である平成8年7月12日に頒布された特開平
8-177608号公報(以下,「引用刊行物2」という。)には,アドレス及び
データをクロック同期で1ビットずつ転送するものであるシリアル通信方式のEE
PROM内に,複数のデータを格納する際に,使用頻度(読み出しの頻度)の高い
データが記憶される第1エリアを,アドレス領域の先頭から前半の部分に格納する
技術が開示されており(特に,段落【0006】及び【0017】を参照),か
つ,引用刊行物1記載の発明においては,上記記載事項5,6及び9からみて,
「インクの液位」データを含む全データが電源投入時に読み出され,「インクの液
位」データは,定期的に書き換えられるものであることは明らかであって,記憶素
子14に記憶するデータとして例示されたもののうち,最も頻繁にアクセスされる
データが,「インクの液位」データであることは容易に把握できることであるか
ら,引用刊行物1記載の発明において,データの早期書き換え完了を目的として,
記憶素子として,書込み時に必要な部分だけを書き換えることが可能な記憶装置を
採用し,かつ,当該記憶装置内に,「インクの液位」データを,アクセスされる最
先の位置に格納するよう構成することは,引用刊行物1及び引用刊行物2に接した
当業者であれば,容易に想到し得る事項である。」(審決書7頁30行~8頁13
行)と説示し,引用刊行物2記載のEEPROMが,実質的に,シーケンシャルに
アクセスされる記憶部であると解して,相違点3を容易想到と判断していることが
認められる(なお,審決は,引用刊行物2記載のEEPROMを,シリアル通信方
式のEEPROMであるとしているが,上記説示内容からすると,引用刊行物2記
載のEEPROMは,シーケンシャルにアクセスされる記憶部でもあると解釈して
いることは明白である。引用刊行物2記載のEEPROMが,シーケンシャルにア
クセスされる記憶部であることは,同刊行物(甲5)の段落【0025】,【00
26】の記載から明らかである。)。したがって,審決の説示に一部不適切なとこ
ろは見られるものの,審決は,本願発明の記憶部が「シーケンシャルにアクセスさ
れる」ものであることを前提にその容易想到性について判断しているものというこ
とができ,審決に本願発明の内容を実質的に誤った違法があるとはいえない。
(オ)原告は,本願明細書の前記「安価」の記載は,該メモリが市場に流通し
ていて販売価格が低いことを意味するのではなく,該メモリの製造コストが低いこ
とを意味するものであるとも主張しているが,いずれにせよ,原告自身がシーケン
シャルにアクセスされるメモリが存在していたことを認識していたことに変わりは
なく,原告の上記主張は,上記メモリが本願の優先権主張の日前に周知の技術であ
ったとの前記認定を左右するものではない。
(カ)なお,原告は,専門誌である乙10に1度掲載された事実があるからと
いって,かかるメモリが,当業者間で周知であったとはいえない旨を主張するが,
乙10は,「トランジスタ技術SPECIAL」という一般人も購読する雑誌であ
って,その掲載内容は,「メモリICとその世界の成り立ち」(2~8頁),「E
PROM活用の基礎技術」(9~19頁),「メモリICの価格」(86~88
頁)といった,当該技術分野に関する概説的内容のものであり,加えて,上記のと
おり,乙10においては,「第1章基礎技術編 EPROM活用の基礎技術」(土
屋紀雄・野田正美著)の部分に「クロック信号に同期してシーケンシャルにアクセ
スされるメモリ」が記載されているものであり,これらに照らせば,その記載内容
は,当業者によく知られているものというべきである。また,引用刊行物2(甲
5)にも,上述したとおり,シーケンシャルにアクセスされる記憶部(EEPRO
M)が記載されているほか,乙5(長尾真ほか編集「岩波情報科学辞典」1990
年5月25日岩波書店発行)にも,「逐次アクセスメモリー」の項目で採り上げら
れ,「価格が安い利点がある」等と解説されているものであって,かかる記憶部
が,乙10だけに記載されているわけではない。
(2)相違点2の想到容易性について
(ア)上記のとおり,「クロック信号に同期してシーケンシャルにアクセスさ
れる記憶部」が周知技術であったのであるから,引用発明の「記憶手段」として,
周知の「クロック信号に同期してシーケンシャルにアクセスされる記憶部」を採用
することは,当業者が容易になし得たことである。
なお,原告は,本願明細書の記載(甲2の段落【0022】,【003
0】,【0035】,【0083】)を根拠に,本願発明の「シーケンシャルにア
クセスされる記憶部」は,「シーケンシャルアクセスしか行われない記憶部」と解
釈すべきであると主張するが,乙10の上記「ビット・シーケンシャル・タイプ」
のシリアルEEPROMは「シーケンシャルアクセスしか行われないメモリ」に該
当するものであるから,いずれにしても本願発明の優先権主張の日前に周知であっ
たことは同様である(なお,取消事由の主張においては,原告は,「本願の優先権
主張の日前において,シーケンシャルアクセスしか行われないメモリは,市場に流
通していないか,あるいはまれに流通しているだけであり,ランダムにアクセスさ
れるメモリが主流となっていた。」と主張しているものであって,これによれば,
原告自身がシーケンシャルアクセスしか行われないメモリが本願の優先権主張の日
前に市場に存在していたことを認めているものである。)。したがって,本願発明
の「シーケンシャルにアクセスされる記憶部」を,「シーケンシャルアクセスしか
行われない記憶部」と解釈すべきであるとしても,当業者がこれを採用することは
容易になし得たことであることに変わりはない。
(イ)この点に関し,原告は,本願発明の優先権主張の日前には,シーケンシ
ャルアクセスしか行われないメモリは,市場に流通していないか,あるいはまれに
しか流通しておらず,ランダムにアクセスされるメモリが主流であったから,当業
者は,容易に入手可能な安価なランダムアクセスメモリを採用するのが通常である
として,「シーケンシャルアクセスしか行われない」メモリを採用することが当業
者にとって想到容易ではない旨主張する。
しかしながら,上述したとおり,「クロック信号に同期してシーケンシ
ャルにアクセスされる」メモリは,本願の優先権主張の日前に周知のものであるか
ら,仮に,優先権主張の日前において,既に市場に流通していないか,あるいはま
れであるという事情があったとしても,このメモリを製造できないという事情があ
ったわけではないから,かかるメモリが,市場に流通していないからといって,周
知のメモリの採用が困難であったと認めることはできない。なお,部材が安価であ
るかどうかは,発明を実施して製品化する場合に考慮される事項であり,技術思想
の創作である発明の容易想到性の判断において考慮すべき事項ではない。
(ウ)原告は,シーケンシャルアクセスしか行われないメモリ(「ビット・シ
ーケンシャル・タイプ」)を採用することによって得られる作用効果として,利点
1)~利点5)を挙げる。
 しかしながら,利点1)~利点3)は,シーケンシャルにアクセスされ
るメモリ自体が,本来的に有している機能ないしは作用効果にすぎない。また,本
願発明においては,データを書き込むタイミングが特定されているわけではないか
ら,利点4)~利点5)は,本願発明の構成に基づいた作用効果といえないもので
ある。したがって,本願発明において,シーケンシャルにアクセスされるメモリを
採用することによる作用効果が,当業者の予測できないものであると認めることは
できない。
(エ)以上のとおりであるから,引用発明において,相違点2に係る本願発明
の構成を採用することは当業者が容易になし得たことであるとした審決の判断に誤
りはない。
2 取消事由2(相違点3の判断の誤り)について
(1)原告は,相違点3に関して,審決が,「引用刊行物1記載の発明におい
て,データの早期書き換え完了を目的として,記憶素子として,書込み時に必要な
部分だけを書き換えることが可能な記憶装置を採用し,かつ,当該記憶装置内に,
「インクの液位」データを,アクセスされる最先の位置に格納するように構成する
ことは,引用刊行物1及び引用刊行物2に接した当業者であれば,容易に想到し得
る事項である。」(審決書8頁8行~13行)と判断したのは誤りである旨を主張
する。
(2)(ア)そこで検討すると,取消事由1についての判断(上記1)において既に
述べたとおり,引用発明の「記憶手段」として,周知の「クロック信号に同期して
シーケンシャルにアクセスされる」記憶部を用いることは,当業者が容易に想到で
きるものである。
(イ)そして,引用刊行物1(甲4)には,「図示した実施例では,この更新
はキャリッジ34の通路近傍に取りつけられ印刷ヘッドがその位置を通過する都度
印刷ヘッドの磁気片メモリー14を読み書きする磁気読取/書込みヘッド44によ
って行われる。好適には,プリンター10が電源投入される都度,印刷ヘッド12
がこの読取/書込みヘッド44を通過し,印刷ヘッドの磁気片メモリー上のインク
の液位のデータが読みとられるのが望ましい。このデータは監視回路42に付随す
る揮発性メモリー46にロードされる。以降,プリンターが使用されると,監視回
路は印刷ヘッドからのインクの噴出を反映して,このメモリー46を減少してい
く。印刷ヘッドが読取/書込みヘッド44を通過する都度,この減少された値はプ
リンター内部の揮発性メモリー46から印刷ヘッドの磁気片14に転送され,前の
値を更新していく。このようにして,プリンターの揮発性メモリー46は,印刷ヘ
ッドに与えられる信号を監視することによって連続的に更新されて行く。印刷ヘッ
ドの磁気片メモリー14はメモリー46からのデータ転送によって定期的(すなわ
ち,読取/書込みヘッドを通過する都度)に更新される。」(3頁右下欄7行~4
頁左上欄8行)と記載されており,この記載からすると,インク量情報は,印刷ヘ
ッドが読取/書込みヘッドを通過する都度,更新されるものであることが認められ
る(なお,原告は,引用刊行物1は,どのようにインクの液位のデータを書き込め
ばよいのか不明であるから,実施可能要件を備えておらず,拒絶理由を構成する引
用文献とはなり得ないと主張するが,書き込みには,周知の記憶装置に対応した周
知の手法が採用できるから,引用刊行物1(甲4)の記載内容では,引用発明が実
施できないとすることはできない。)。
(ウ)ところで,この「クロック信号に同期してシーケンシャルにアクセスさ
れる記憶装置」の一例であるEEPROMは,一括ではなく,バイト単位,ブロッ
ク(ページ)単位でデータを書き込むことが可能なものであり(甲12),また,
乙10に,「この方式はビット・シリアルと比較してワード(Wn)の選択があり
ませんので,アドレスの途中からリード/ライトするにはクロックを空送りする必
要があります。」(17頁左欄,「ビット・シーケンシャル・タイプ」参照)と記
載されているとおり,EEPROMの中には,「ビット・シーケンシャル・タイ
プ」が存在し,このものは,アドレスの先頭からアクセスされるようにされている
ものと認められる。
(エ)そうすると,引用発明の記憶部として,周知の「クロック信号に同期し
てシーケンシャルにアクセスされる記憶装置」を用いる場合,最先に書き込みでき
る位置に,更新される情報の記憶領域を設けることが合理的といえるのであり,ま
た,更新情報のうち,インク量(インクの液位)は,印刷装置において印刷される
毎に変化することは明らかであり,読取/書込みヘッドを通過する都度,更新され
るべきものの典型であるから,インク量情報を最先に書き込みアクセスされる位置
に格納することは,引用刊行物2記載の事項を参酌するまでもなく,当業者ならば
容易に選択することができるというべきである(なお,本願明細書には,「本発明
の第6の態様に係るインクジェット印刷装置おいて,前記第2の記憶領域に記憶さ
れるデータには,前記印刷装置本体側で計測された前記インク容器を開封してから
の経過時間,および前記印刷装置本体側で計測された前記インク容器の前記印刷装
置本体に対する着脱回数のうちの少なくとも一種類のデータが含まれていても良
い。」(甲2の段落【0040】)と記載されているが,インク量情報以外に,必
ず更新されるべき情報の例は示されていない。)。
(3)(ア)原告は,引用刊行物1等に,本願発明の課題の認識がない以上,相違点
3の構成に至ることは困難である旨主張するが,上述したとおり,「クロック信号
に同期してシーケンシャルにアクセスされる」メモリが本来的に有している特性を
考慮すれば,書き込み処理の中断による不都合の発生という本願発明の課題の認識
がなくとも,インク量情報を最先に書き込みアクセスされる位置に格納するように
構成することは当業者が容易に想到できるというべきである(なお,後述するとお
り,本願発明においては,書き込みのタイミングが何ら規定されていないのである
から,本願発明により上記課題が解決されるとは限らない。)。
(イ)原告は,本願発明によれば,「プラグがコンセントから抜かれる前にデ
ータの書き換えを完了でき」,「データの書き換え異常が発生しにくいという利点
がある。」という効果を奏すると主張する。しかし,後述するとおり,本願発明に
おいては書き込みのタイミングが何ら規定されていないのであるから,原告の主張
は,本願発明の構成に基づかないものである。
(4)以上のとおり,引用発明の記憶部として,「クロック信号に同期してシー
ケンシャルにアクセスされる記憶装置」を用いるに当たり,インク量情報を,読取
/書込みヘッドを通過する都度,更新しようとするならば,更新処理の無駄がない
ように,その記憶領域を,最先に書き込みアクセスされる位置に設定することは,
当業者が容易に想到できることである。したがって,引用発明において,相違点3
に係る本願発明の構成を採用することは当業者が容易に想到し得ることであるとし
た審決の判断に誤りはない。
(5)(ア)なお,原告は,審決がEEPROMを「データの修正時に全データの消
去及び全データの書き込みが必要なメモリー」であると誤認し,「本願請求項1に
係る発明の「記憶部」は,上記「EEPROM」のような,データの修正時に全デ
ータの消去及び全データの書込みが必要なメモリーをも包含する」と誤って認定し
た結果,本願発明による効果についても誤認している旨を主張する。たしかに,甲
11,甲12によれば,「EEPROM」が,そのようなメモリーでないことが認
められ(この点は被告も争っていない。),審決がEEPROMを「データの修正
時に全データの消去及び全データの書き込みが必要なメモリー」であるとしたのは
適切ではない。しかし,審決は,「仮に,本願請求項1に係る発明の「記憶部」
が,データの書込み時に,必要な部分だけを書き換えることが可能な記憶装置を意
味するものであり,上記本願明細書に記載された効果を有するものだとしても」と
して,相違点3の容易想到性を判断しているものであり,この判断に誤りがないこ
とは上述したとおりであるから,審決の上記不適切な説示部分は,審決の結論に影
響を及ぼすものということはできない。
(イ)また,原告は,仮に,特許請求の範囲に記載された構成に含まれる一部
の態様が効果を奏しないものであるとしても,そのことに基づいて,当該構成を単
なる設計事項にすぎないと認定し,発明全体の進歩性を否定するのは誤りである旨
を主張する。しかし,発明の進歩性の判断にあたっては,特許請求の範囲に記載さ
れた発明の構成に基づいて判断されるべきものである。本願発明は,「クロック信
号に同期してシーケンシャルにアクセスされる記憶装置」として,特定の態様で作
動するEEPROMを用いることを構成要件とするものでもないし,書き換えのタ
イミングが特定されているわけでもないから(したがって,審決の前記認定は,本
願発明の記憶部が,本願発明の実施例の効果を有さないものを含むとした点におい
て,是認できるものである。),本願発明は,実施例に記載の効果を奏しない態様
を含むというべきであり,この態様が設計変更であるとして,本願発明の進歩性を
否定することに何ら誤りはない(なお,同一の構成からは,同一の作用効果が奏さ
れるはずであるから,上述のとおり,当業者が容易に想到し得る上記相違点2,3
に係る構成を採用したものにあって,電源遮断時にデータの書き換えを行うように
すると,本願発明の実施例と同様の作用効果が奏されることは,明らかであ
る。)。
3 取消事由3(審理手続上の瑕疵)について
(1) 原告は,審決が,「EEPROM」は,「全データを消去してから,修正
するデータを含む全データを入力しなければならない」ものであることから,本願
発明の「記憶部」として「EEPROM」を使用する態様にあっては,「データの
書込み処理が短時間に完了することはない」と認定し,また,「本願請求項1に係
る発明の「記憶部」は,‥‥‥データの修正時に全データの消去及び全データの書
込みが必要なメモリーをも包含する」と認定したのは,本願明細書の記載要件不備
の存在を指摘するものにほかならず,査定の理由とは異なる拒絶理由に該当すると
いうべきであるところ,審判請求人(原告)には,その旨の拒絶の理由が通知され
ていないから,審判には,特許法159条2項において準用する同法50条に違反
する手続違背がある旨を主張する。
  しかし,審決は,本願発明の記憶部の構成及びその構成により奏される効
果について検討して,本願発明の記憶部が,「全データを消去してから,修正する
データを含む全データを入力しなければならないEEPROM」を含んでおり,こ
の「EEPROM」を用いる場合には,本願発明において,「データの書込み処理
が短時間に完了することはない」と説示しているものであって,本願明細書に記載
要件不備が存在していると指摘したのでないことは明らかである(なお,審決の上
記説示は適切ではないものの,審決の結論に影響するものではないことは既に述べ
たとおりである。)。
  原告の主張は,審決を正解しないものであって,採用できない。
(2)原告は,審決には,職権証拠調によって発見された文献(甲6~甲8)に
ついて,審判請求人に適切な攻撃防御の機会を与えなかった手続上の瑕疵がある旨
主張する。
 しかし,審決が引用した甲6~甲8の文献は,いずれも周知技術であるこ
とを示すものとして例示されているにすぎないものであり,周知技術であることを
示すものとして文献を引用したことをとらえて,職権で証拠調をしたことに当たる
とすることはできないから,同文献について審判請求人に意見を述べる機会を与え
なかったからといって,特許法150条5項の手続違反があるということはできな
い。原告の主張は採用できない。
(3)また,原告は,本件審判手続では,審判理由補充書の提出の後,審判請求
人に対して審理に関与する機会を与えることなく審決がなされたため,本件審判手
続では,本願発明の特徴部分について誤認したまま空虚な審理が行われている旨を
主張する。
 しかし,特許法には,拒絶査定不服審判において,職権で証拠調又は証拠
保全をしたとき(同法150条5項),当事者又は参加人が申し立てない理由につ
いて審理したとき(同法153条2項),査定の理由と異なる拒絶の理由を発見し
た場合(同法159条2項)に,審理の結果について,審判請求人に意見を述べる
機会を与えるべきことが規定されているが,これら以外の場合において,審判理由
補充書の提出の後に,必ず,審判請求人に対し,意見を述べる機会を与えねばなら
ないとする規定は存在しない。本件審判手続において,上記の意見を述べる機会を
与えねばならない場合に相当する審理がなされたと認めることはできないから,本
件審判の手続に瑕疵があったということはできない。したがって,審判手続に瑕疵
があるとの主張を前提に,審決が本願発明の特徴部分を看過している旨をいう原告
の主張は到底採用できない。
(4)なお,原告は,審決は,審判理由補充書において主張した本願発明の特徴
部分を看過している旨を主張する(なお,この主張は,審理手続に瑕疵があること
の理由としてではなく,審決の認定判断に誤りがあることの理由として主張される
べきである。)。しかし,審決の判断に誤りがないことは,前述したとおりであ
り,審決が,本願発明の特徴部分を看過しているとすることはできない。
 4結論
  以上によれば,原告が取消事由として主張する点は,いずれも理由がなく,
その他,審決に,これを取り消すべき誤りは見当たらない。
 よって,原告の本訴請求を棄却することとし,訴訟費用の負担について行政
事件訴訟法7条,民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
  知的財産高等裁判所第3部
      裁判長裁判官   佐  藤  久  夫
          裁判官     三  村  量  一
     裁判官   古  閑  裕  二

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