弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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主文
被告人を懲役5年に処する。
未決勾留日数中100日をその刑に算入する。
理由
(罪となるべき事実)
被告人は,歩行中のA(当時20代前半)を強姦しようと企て,平成
21年7月9日午前2時10分ころ,埼玉県川越市ab番地c先路上に
おいて,同人に対し,カッターナイフを突き付け,「静かにしろ。言う
ことを聞かないと殺すからな。やらせろよ。中には出さないから。」な
どと言い,その顔面を手けんで数回殴打し,両手で同人の頚部を絞め付
けるなどの暴行を加え,その反抗を抑圧した上,強姦しようとしたが,
同人に激しく抵抗されるとともに,通行人に発見されたため,同人の乳
房を直接舐めたにとどまり,その目的を遂げず,その際,前記暴行によ
り,同人に,当初診断全治約10日間の見込みの右手関節部切創,頚部
・顔面挫傷の傷害を負わせたものである。
(証拠の標目)(省略)
なお,被告人は当公判廷において,強姦の犯意発生時期について,被
害者に声をかけた当初からではなく,被告人が被害者の胸を舐めた後で
ある旨述べているが,信用できる被害者供述によれば,被告人は当初か
ら「やらせてよ」と声をかけたことが認められるところ,「やらせて
よ」という言葉は被告人自身性交を意味している旨当公判廷で述べてい
ること,被告人は被害者に「今生理だから」と言われて「妊娠させたら
可哀想」などと思った旨供述するところ,その供述自体からして当時被
告人が性交を考えていたことを示すものである上,同女からそう言われ
たのは当初声をかけた際であることは明らかであり,そうすると,被告
人自身被害者が姦淫されるのではないかと思っていることを認識してい
たにもかかわらず,さらに,同女にカッターナイフを示すなどして脅し
ていることなど本件犯行における被告人の一連の言動等からすれば,被
告人が被害者に声をかけた当初時点において,既に強姦の犯意があった
ことが認められる。
また,被害者に突き付けた刃物について,起訴状記載の公訴事実には
「カッターナイフ様の刃物」とあるが,信用できる被害者供述及び当公
判廷における被告人の供述等からすれば,「カッターナイフ」であると
認定するのが相当であると判断した。
さらに,被告人は,当公判廷において,強姦の目的を遂げなかった理
由について,被害者が生理中である旨聞いたため,妊娠したら可哀想だ
と思ったから(なお,被告人は当公判廷において生理中は妊娠のリスク
が高いと誤解していた旨述べている。)などと述べているが,信用でき
る被害者供述及び目撃者である通行人(以下「通行人」という。)の供
述からすれば,被害者自身が生理中である旨述べたのは被告人が声をか
けた当初の時点であること,通行人が通りかかった時点において,被告
人は被害者を襲っている最中であり,被告人は,声を掛けた通行人に近
寄り,「なんだよ,お前」,「どっか行け」などと言ったりし,また,
被害者が興奮しながら被告人に襲われたなどと通行人に話すのを聞くと,
被害者と知り合いであるなどとしてごまかそうとしていたことなどから
すれば,被告人において被害者から生理中である旨聞いた後もかなりの
時間その犯意が継続していたことが窺われるのであって,到底信用する
ことはできず,判示のとおり認定するのが相当であると判断した。
その他判示の暴行行為について,押し倒した点や顔をげん骨で殴った
点について,被告人はその故意を否定するような供述をしているが,被
害者の供述が具体的で信用できる反面,被告人の供述は曖昧で,また,
明確に覚えているとする部分についても被害者供述と矛盾する供述をし
ており,信用できない。
(法令の適用)
被告人の判示所為は,刑法181条2項(179条,177条前段)
に該当するところ,所定刑中有期懲役刑を選択し,その所定刑期の範囲
内で被告人を懲役5年に処し,同法21条を適用して未決勾留日数中1
00日をその刑に算入し,訴訟費用については,刑事訴訟法181条1
項ただし書を適用して被告人に負担させないこととする。
(量刑の理由)
1不利な事情
(1)経緯,動機・目的
被告人は,犯行当日前夜から実母と飲酒した後,犯行現場付近を
通行中,たまたますれ違った被害者の容姿を見て,自己の好みだと
思って欲情し,酒に酔った勢いから,性欲を満たすため,直ちに同
女の後をつけて本件犯行に及んだものであって,その経緯及び動機
・目的は短絡的かつ自己中心的であって酌量し難い。
(2)行為態様
被告人は,深夜,人通りのない犯行現場で被害者の背後から突然
周りこみ,「やらせてよ。」と声をかけて性交を迫り,その両手首
を掴んで付近駐車場方向へ強く引っ張るなどし,同女から踏ん張ら
れたり,「今,生理だから,やめてよ。」などと言われてもなお同
女を強く引っ張り,その足を踏みつけた上,同女の目前にカッター
ナイフを突き付け,「静かにしろ。言うことを聞かないと殺すから
な。」などと脅迫文言を発するなどして脅し,同女の足の甲を踏み
つけるなどして被害者を身動きの取れない状態とした上でその上着
と下着をまくり上げ,露出した乳房を直接舐め,さらに,「やらせ
ろよ。」,「早く下脱げよ。」,「中には出さないから。」などと
言って同女に性交に応ずるよう脅迫し,被害者が「本当にやめ
て。」と叫び声を上げているにもかかわらず,再びカッターナイフ
を示して「静かにしないと殺すからな。」と言い,首を片手で絞め
上げ,口を手で塞ぎ,引っ張って付近駐車場へ移動させた上,「そ
こに座れよ。下,脱げよ。」と言って同女を仰向けに押し倒し,手
足をばたつかせて必死に抵抗する同女の顔面を立て続けにげん骨で
数回殴り,両手で首を絞めるなど,偶々騒ぎを聞きつけた通行人が
駆けつけるまでの約20分もの間,同女と性交をするために暴行,
脅迫を続けたものであり,本件態様は,粗暴で危険かつ執拗であっ
て,悪質というべきである。
弁護人は,本件で被害者に生じた怪我が軽いものであったから,
被告人が行った行為も軽い態様に過ぎなかった旨主張するが,本件
犯行態様は上記のとおり軽い態様ではない上,後述のとおり,被害
者に生じた結果を軽いものとみることはできない。むしろ,全治に
要する期間が比較的短期にとどまったのは,被害者の必死の抵抗や
偶々通行人が通りかかったことによるものと認められる。被告人の
行為態様について,これを軽いものと見ることはできないものと判
断した。なお,臨床心理士で大学教授の証人Bは,被告人の言動の
うちその記憶にない部分は本件当時被告人自身に認識のない言動で
ある旨供述するが,上記のとおり,被告人の本件犯行は強姦目的に
基づいた合理的なものであって,被告人自身に認識がなかったとは
到底考えられない(また,同証人は,本件犯行当時の被告人の責任
能力に問題があったかのような供述もするが,本件では被告人が犯
行当時責任能力に問題がなかったことは当事者間に争いがないので
争点になっていない上,上記の本件犯行状況,犯行前後の状況に照
らしても,本件犯行当時の被告人の責任能力には問題がなかったも
のと認められる。)。
(3)結果
被害者は,被告人の暴行によって,当初診断全治約10日間の見
込みの右手関節部切創,頚部・顔面挫傷の傷害を負ったものであり,
その部位及び被害者の年齢を考慮すれば,けして軽微なものという
ことはできない。
また,被害者は,深夜路上で,見知らぬ男に突然襲われ,上記の
ように執拗な暴行,脅迫を受けた上,下着もろとも着衣をまくりあ
げられて乳房を直接舌で舐められるなどの被害を受けており,その
恐怖・屈辱感が大きかったことは明らかであり,事件後も,現場の
道を通れなくなったり,道を歩いているとき後ろから足音がすると
つけてこられると感じ恐怖を覚えるなど大きな精神的苦痛も負って
いる。加えて,被害者は「謝罪されても自分の重たい気持ちは変わ
らない。」などとして,弁護人を通じてであっても被告人の謝罪を
受けることを拒否し,また,当公判廷においても,厳重な処罰を求
める旨の意見を表明するなどしている。被告人からは被害弁償など
の慰謝のための具体的措置は何ら果たされていない。
本件結果は大きい。
(4)その他
本件のような路上における通り魔的なわいせつ犯罪は,周辺住民
らに与える不安が大きく,かかる点も軽視することはできない。
2有利な事情
(1)本件は,酔余の犯行であって計画的犯行ではない。
(2)被告人は,不合理な弁解を述べるなどしており不十分ではある
ものの,被害者に対する謝罪・弁償の意思を示すなど反省の弁を述
べてはいる。
(3)被害者が必死で抵抗したことや,通行人が偶々通りかかったた
めとはいえ,結果的に強姦は未遂にとどまり,怪我の程度も結果的
に全治に要する期間としては比較的軽いものにとどまっている。
(4)被告人は,自身の責めに帰すことのできない幼少期に受けた性
的虐待などその不遇な生育歴に端を発すると思われる認知の歪みな
どの心理的な問題を抱えており,そうした問題が本件の一背景とな
っている。また,そうした問題を抱えつつも,これまで前科もなく,
派遣社員として働くなどして通常の社会生活を営んできた。
(5)弁護人によれば,弁護人が中心となって,被告人の再犯を防止
するために必要不可欠とされる上記問題点の改善を目的とした,精
神科医師,精神保健福祉士,社会福祉士及び弁護士らで構成される
チームが既に用意されており,その一員が情状証人として当公判廷
に出席して,今後の支援態勢について供述するなど,被告人を更生
させるための支援者が現におり,被告人自身も更生の意欲を示して
いる。
なお,被告人の実母が情状証人として当公判廷に出廷したが,当
裁判所は,その供述内容からして被告人に有利な事情として特に考
慮するものはないと判断した。
3結論
そこで,量刑であるが,弁護人は,被告人に対して酌量減軽した上,
保護観察付きの執行猶予判決を求める旨主張している。
当裁判所は,上記のような犯情の悪さに照らし,本件は酌量減軽す
べき事案ではないと判断するが,被告人に有利な事情,殊に,被告人
の更生に向けられた環境調整及び被告人の今後の更生の意欲を考慮し,
量刑は法定刑の最下限に止めるのが相当であると判断して,主文のと
おり,刑を量定した。
よって,当裁判所は,被告人が,服役中に罪と罰の意識を涵養する
とともに,今ある更生の意欲を維持して,性犯罪防止プログラムなど
を受け,また,出所後も弁護人の推奨する保護観察と支援のためのN
POなどの社会的資源を活用して更生への道を歩むことを期待し,主
文のとおり,判決する。
(求刑懲役6年)
(裁判長裁判官傳田喜久,裁判官佐藤基,裁判官菱川孝之)

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