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主文
1 被告株式会社D信販は,原告A1に対し,金35万円及びこれに対する平成1
2年5月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告株式会社D信販は,原告A2に対し,金25万円及びこれに対する平成1
2年5月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 原告A2と被告株式会社D信販との間の平成11年12月28日付け連帯保証
契約に基づく金28万1425円の債務が存在しないことを確認する。
4 原告らの,被告株式会社D信販に対するその余の請求及び被告宮崎県に対する
請求をいずれも棄却する。 
5 訴訟費用は,原告A1と被告株式会社D信販との間に生じた費用はこれを10
分し,その7を原告A1の負担とし,その余は被告株式会社D信販の負担とし,原
告A2と被告株式会社D信販との間に生じた費用はこれを3分し,その2を原告A
2の負担とし,その余は被告株式会社D信販の負担とし,原告らと被告宮崎県との
間に生じた費用は全部原告らの負担とする。
6 この判決は,主文第1,2項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
1 被告らは,原告A1に対し,連帯して,金115万円及びこれに対する平成1
2年5月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 被告らは,原告A2に対し,連帯して,金115万円及びこれに対する平成1
2年5月24日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
3 主文3項同旨
第2 事案の概要
本件は,①原告らが,貸金業を営む被告株式会社D信販(以下「被告会社」とい
う。)の被用者が,その事業の執行につき,被告会社と訴外F(以下「F」とい
う。)との間の消費貸借契約の連帯保証人の一人である原告A1に対し,その義務
がないのに連帯保証人の追加等を執拗に要求しその私生活上の平穏等を侵害すると
ともに,原告A2に対し上記連帯保証人になるように要求し同契約を締結させた点
がいずれも不法行為を構成するとして,使用者である被告会社に対し,それぞれ民
法715条の使用者責任に基づいて,慰謝料等につき損害賠償を請求するととも
に,②また,原告A2が,同女の被告会社との間の上記連帯保証契約は公序良俗に
違反して無効等であるとして,連帯保証債務の不存在確認を求め,③さらに,原告
らが,被告宮崎県(以下
「被告県」という。)に対して,同県の公務員である警察官がその職務を行うにつ
き,前記要求をしている場面に臨場しながら何らの措置も採らなかったこと等が違
法であって,被告会社との共同不法行為を構成するとして,国家賠償法(以下「国
賠法」という。)1条1項に基づく損害賠償を請求している事案である(なお,
①,③の金員請求の遅延損害金請求についてはいずれも不法行為の日の後である訴
状送達の日の翌日からの一部請求である。)。
1 争いがないか,証拠(文中末尾に掲記)及び弁論の全趣旨によって認められ 
る前提事実(一部当事者の関係で争いのない事実を含む。)
(1) 原告A1は,昭和a年c月d日生まれの女性である。
(2) 原告A2は,昭和b年d月e日生まれの女性で,原告A1の長女である。
(3) 原告らは,平成11年12月当時(以下「本件当時」という。),宮崎市内の
アパートにおいて原告A1の内縁の夫であるGと同居していた。
(4) 被告会社は,大分県に本店を有し,出資の受入れ,預り金及び金利等の取締り
に関する法律(以下「出資法」という。)附則9条に規定された日賦貸金業者であ
り,宮崎市内に支店を有している。
 本件当時,H(昭和a年b月c日生)は,同支店の支店長であり,I(昭和d年
e月f日生)は,その社員であった。
(5) 本件当時,J(階級は警部補),K(巡査部長),L(巡査長),M(巡査)
は,いずれも被告県の公務員である宮崎南警察署(以下「南署」という。)所属の
警察官であった(乙イ4~6。以下,上記4名の警察官を姓と階級等で表示した
り,単に「警察官」ということがある。)。
(6) 原告A1は,平成11年12月8日,知人であるFから頼まれ,N,Fの娘で
あるPとともにFの被告会社に対する貸金債務(契約日同日,金額30万円,約定
利率年109.5パーセント,各回の支払金額3000円,135回の分割払,1回
の不払による期限の利益喪失の特約付。以下「本件貸金」という。)について連帯
保証した(乙ロ5)。
(7) 平成11年12月27日及び28日の経過の概要
ア 平成11年12月27日(以下「事件当日」ともいう。なお,エまでは同
日),午後8時過ぎころ,原告A1が前記アパートである自宅(以下「原告A1
宅」という。)に一人でいたところに,H及びI(以下両名を合わせて「Hら」と
いう。)が訪れた。
 Hは,原告A1に対し,保証人の一人であるNが自己破産を申し立てたことを告
げ,本件貸金について一括で30万円を支払うか新しい連帯保証人を探すように要
求した。
イ 原告A1は,本件貸金の主債務者であるFに電話を架け,さらに勤務先にいた
Gにも電話を架けた。
 午後8時46分,原告A1から電話で連絡を受けたGが警察に110番通報をし
た。
ウ 午後9時前ころ,Gが原告A1宅に帰宅した。
 午後9時2分,上記通報を受けたK巡査部長及びM巡査が原告A1宅に到着し
た。
 午後9時14分,同じくJ警部補及びL巡査長が原告A1宅に到着した。
エ その後,原告A1は,外出中の原告A2の携帯電話に電話を架け,本件貸金の
連帯保証人になることを依頼し,結局のところ,同女はこれを承諾した。
 午後9時30分ころ,Hらは,原告A1宅から引き揚げ,臨場した前記警察官4
名もその場を離れた。
オ 翌28日午前8時ころ,原告らは,被告会社B支店を訪れ,原告A2が本件貸
金についての追認兼連帯保証約定書(甲1,乙ロ7)に署名押印した(以下「本件
連帯保証契約」という。)。
 (以上につき,甲1~3,6,7,乙イ1~6,乙ロ1,2,7,証人K,同
L,同H,同I,原告A1,同A2)
(8) Fは,平成12年1月18日,本件貸金の約定弁済を滞らせて期限の利益を喪
失した(甲9)。
(9) 被告会社は,原告A2につき,28万1425円の連帯保証債務が存在してい
ると主張している(なお,甲9の記載もあり,被告会社の残存債務の主張額は明確
ではないが,原告A2の請求の趣旨の変更後についてもその主張額自体については
特に争っていない等の弁論の全趣旨に照らし,上記のように解される。)。
2 主要な争点
(1) 本件連帯保証契約の効力
(2) Hらの原告A1に対する不法行為の成否
(3) Hらの原告A2に対する不法行為の成否
(4) 警察官の原告らに対する不法行為の成否
3 争点(1)(本件連帯保証約の効力)に関する当事者の主張
(1) 原告らの主張
ア 公序良俗違反による無効
 Hらは,事件当日午後8時過ぎころ,原告A1宅を訪れ,一人でいた同女に対し
て,本件貸金30万円を一括で支払うか新たに保証人を追加するように執拗に要求
し,要求が通るまでは帰らないと言って午後9時30分ころまで居座り続け,この
間警察官が臨場した後も同様の対応を続けた。
 この時点では,主債務者であるFは順調に債務の返済を行っており,期限の利益
を喪失していなかったのであるから,連帯保証人にすぎない原告A1には本件貸金
を一括払する義務も新たに連帯保証人を追加する義務もなかった。にもかかわら
ず,Hらは同女に義務なきことを長時間にわたり執拗に要求し続けたのである。
 そのため,Hらの言動に畏怖しかつ困惑した原告A1は,やむなく娘の原告A2
に助けを求め,連帯保証人になって欲しいと懇願するに至った。
 原告A2は,原告A1からの依頼をいったんは断ったが,保証人にならなければ
Hらがいつまでも帰らないと聞かされ,また,Iから「保証人になるまで家から帰
らない。」,「今どこにいるのか。これからそちらに行く。」などと言われたた
め,畏怖しかつ困惑した状態でやむなく連帯保証人になることを承諾した。
 以上のとおり,本件連帯保証契約は,Hらが原告A1に対して義務なきことを要
求し続けたことにより,原告らが畏怖しかつ困惑した結果締結されたものであり,
後記のとおり,このHらの行為は犯罪を構成するものでもあるから,公序良俗に違
反するものであり,民法90条により無効である。
イ 強迫による取消
 原告A2は,Iから上記のとおり「保証人になるまで家から帰らない。」「今ど
こにいるのか。これからそちらに行く。」などと害悪の告知を受けて困惑,畏怖し
たため本件連帯保証契約を締結したものであり,これはIの強迫によるものであ
る。
 原告A2は,本訴状において,被告会社に対し,民法96条1項により同契約を
取り消す旨の意思表示をし,これは平成12年5月23日に到達した。
ウ 錯誤による無効
 原告A1は,Hから執拗に要求されたため,新たに連帯保証人を追加する義務が
あると誤信して原告A2に依頼し,原告A2も原告A1の誤信に基づいて本件連帯
保証契約を締結した。
 したがって,同契約は要素に錯誤があり,民法95条により無効である。
(2) 被告会社の主張
ア 公序良俗違反について
 本件連帯保証契約は,利息制限法所定の利率は超えるものの,貸金業の規制等に
関する法律(以下「貸金業規制法」という。)や出資法などの強行規定に何ら抵触
するものではなく,同契約の内容そのものが社会の一般的秩序又は道徳観念に違反
するとはいえない。原告らが問題にしているのは,原告A2が本件連帯保証契約を
締結するに至った動機の問題にすぎず,法律行為の内容そのものに反社会性がある
わけではない。
しかも,本件において,原告A2は,同A1から懇請されたとはいえ,社会人と
して正常な判断能力を有し,契約の調印そのものは翌日に行っており,被告会社が
保証人となることを求めた時期との間に時間的間隔があるのであるから,同契約の
締結が他人の無思慮・窮迫に乗じて不当の利を博する行為であるともいえない。
 したがって,本件連帯保証契約は公序良俗に違反するものではない。
イ 強迫について
 そもそもIが,原告A2主張の言動をしたことはない。原告A2は,原告A1と
電話で話した際に既に連帯保証人となることを承諾していたのであり,Iとは翌日
本件連帯保証契約を締結することの打合わせをしたにすぎず,Iが何らかの働きか
けをしたことで連帯保証人になることを承諾したものではない。
 しかも,前記アのとおりの事情からすれば,原告A2において冷静に熟慮した上
で連帯保証人となるかどうかを判断する余地は十分あったし,契約調印の場におい
て被告会社社員が同女に対して害悪を告知したなどという事情もなく,原告A2
は,保証人になるつもりがなければ契約書に署名押印する前の段階で拒絶できたは
ずである。
 したがって,Iの言動による強迫及びこれによって原告A2が畏怖したことはな
い。
ウ 錯誤について
錯誤の主張は争う。
4 争点(2)(Hらの原告A1に対する不法行為の成否)に関する当事者の主張
(1) 原告A1の主張
ア Hらの犯罪行為その1(貸金業規制法違反)
 Hらは,本件貸金の主債務者であるFが約定どおりの支払を続けていたことを認
識していながら,保証人の一人であるNが破産の申立をしたことが期限の利益喪失
事由になるという誤った理解の下,事件当日,午後8時過ぎから1時間30分にわ
たって,原告A1が明確に一括弁済することも連帯保証人を追加することもできな
いと断っていたにもかかわらず,同女宅玄関先に居座り,時折声を荒げながら執拗
に無理な請求行為を続けた。しかも,同女宅のアパートは閑静な住宅街にあり,近
隣に声が筒抜けになる長屋であった。
 このように,Hらは,「不適当な時間帯」に「乱暴な言葉を使った」取立てをし
たものである。そうすると,Hらは,貸金業規制法に定める取立規制等に関する
「金融監督等にあたっての留意事項について-事務ガイドライン」(以下「ガイド
ライン」という。)3-2-2(1)②「大声をあげたり乱暴な言葉を使ったりするこ
と」及び同(2)①「正当な理由なく,午後9時から午前8時まで,その他不適当な時
間帯に,電話で連絡し若しくは電報を送達し又は訪問すること」に違反した取立て
を行ったもので,債務者である原告A1の私生活の平穏を害するような言動で同女
を困惑させたものであるから,貸金業規制法21条1項違反の犯罪が成立する。
イ Hらの犯罪行為その2(不退去罪)
 Hらは,住居者である原告A1及びGから退去を求められ,また午後9時過ぎに
はK警察官らからも退去するよう指導されたにもかかわらず,同女宅に居座り続け
たのであるから,Hらの行為は刑法上の不退去罪(同法130条後段)に該当す
る。
ウ このように,Hらが,原告A1らから退去を要求されたにもかかわらず長時間
同女宅に留まって法律上も契約上も義務のないことを要求し続け,私生活の平穏を
害するような言動で同女を困惑させた行為は犯罪をも構成する違法行為であって,
原告A1に対する不法行為であることは明らかである。
エ被告会社は,Hらの使用者であるから,民法715条に基づいて原告A1に生
じた後記損害を賠償する責任を負う。
オ 原告A1は,Hらの長時間にわたる執拗な違法な取立行為によって畏怖困惑
し,やむなく原告A2に本件連帯保証契約を依頼し,同女に同契約を締結させるに
至ったものである。これらHらの不法行為によって原告A1は私生活の平穏等を侵
害されるとともに,娘の原告A2を連帯保証人にしてしまったことによって筆舌に
尽くしがたい精神的苦痛を被ったもので,その損害は金銭にあえて見積もるとすれ
ば100万円が相当である。
 また,原告A1は,本訴訟追行のための訴訟代理人として弁護士49名を選任
し,15万円の報酬を支払う旨約したが,この費用も上記不法行為と相当因果関係
を有する損害である。
(2) 被告会社の主張
 ア Hらが原告A1宅を訪問したのは,Nが自己破産を申し立てたため,主債務
者であるFや保証人である原告A1も自己破産するのではないかと思い,状況を確
認するためであって,取立てあるいは保証人を追加するよう要求するためではなか
った。
 ところが,主債務者であるFは,被告会社の他の社員が訪問するや直ちに警察に
通報するなど不誠実な態度をとったし,原告A1も「自分には関係ない。」「Fの
ところへ行け。」などと言って,同女には誠意を持って話し合うという態度は見受
けられなかった。そこで,Hは,原告A1も自己破産その他の法的手続をとるので
はないかと思うようになり,債権の保全のために,一括返済か他の保証人を追加す
るよう要求するようになった。ただし,これは強制したものではなく,あくまでも
お願いしたにすぎず,Hらは,この際暴力的な態度をとったり,大声を上げたり,
乱暴な言葉を使ったことはないし,多人数で押しかけたということもない。
 Hらは,午後9時以降も原告A1宅に留まったが,これはGが警察に通報し,か
つ,「警察が来るまで待っていろ。」と述べたためである。Hらは,警察が臨場す
る前に退去すれば,違法行為をしていたことを認めることになると考え,警察に事
情を説明するためにその場に留まったものである。
 そして,警察官が来てからは,Hらは警察官に対する事情説明に追われて原告A
1とほとんど話をしていないのであるから,午後9時以降も退去しない正当な理由
があった。
イ 原告A1には,新たな連帯保証人を追加する義務はなかったのであるから,こ
の点についてHらに誤解があったことはそのとおりである。しかし,Hらは,前記
のとおり,原告A1に連帯保証人を追加するようにお願いしていたにすぎないので
あって同女が困惑するような言動はしていない。
 実際,原告A1は,Hらの面前で,FやGに電話する余裕があったし,自ら警察
に通報したものでもない。また,同女及びGは,新たに保証人を追加するように要
求するHに対し,「あなたがなってもらえませんか。」などと言っていたが,これ
は,年若いHに対し,年齢や社会経験で優る原告A1とGが小馬鹿にした態度をと
ったものであり,同女が困惑していたということはあり得ない。
 以上のとおり,Hらの行為は貸金業規制法に違反するものではない。
ウ なお,原告A1に対し法的に義務のないことをお願いした点についてHらには
落ち度があることは否定できないが,支払意思も能力もないにもかかわらず本件貸
金の連帯保証人となってFの金銭騙取行為に加担した原告A1の違法性のほうがは
るかに重大であり,反面,同女が侵害された利益は極めて軽微であるから,Hらの
行為には違法性そのものが存在しない。
 このように,Hらの行為に違法性はないのであるから,原告A1がHらの行為に
よって精神的苦痛を被ったこともない。
5 争点(3)(Hらの原告A2に対する不法行為の成否)に関する当事者の主張
(1) 原告A2の主張
ア 原告A2は,病身の母親である原告A1がHらの執拗な取立てにあっていると
いう状況下において,何ら義務がないにもかかわらずIから前記のような強迫を受
け,やむなく保証人になることを承諾して本件連帯保証契約を締結し,Fの約定返
済が困難になった平成12年1月17日ころ,被告会社の厳しい督促を免れるため
やむなく仕事を休んで身を隠した上,その後も被告会社から電話や手紙による厳し
い取り立てにさらされた。
イ被告会社は,Hらの使用者であるから,民法715条に基づいて原告A2に生
じた後記損害を賠償する責任を負う。
ウ Hらの以上のような行為により原告A2が受けた精神的苦痛は,筆舌に尽くし
がたいものがあり,損害はあえて金銭に見積もるとすれば金100万円が相当であ
る。
 また,原告A2は本訴訟追行のための訴訟代理人として弁護士49名を選任し,
15万円の報酬を支払う旨約したが,この費用も上記不法行為と相当因果関係を有
する損害である。
(2) 被告会社の主張
ア 前記のとおり,原告A2は,Iと電話で話す前に連帯保証人となることを承諾
していたのであって,Iは連帯保証人となることを確認するために同女と話したに
すぎない。Iは,原告A2に対し,本来であれば今日中に書類に署名,押印しても
らう必要があるが,不可能ということであれば明日何時に来店できるかと尋ね,午
前8時ころに来店してもらうことを約束してもらっただけである。
 原告A2は,その後友人と食事して夜遅く帰宅しているが,母親が畏怖困惑し,
原告A2もそのことを認識していたのであれば友人とそのまま食事を続けるなどと
いうことはあり得ない。また,電話の際,付近には複数の警察官がいて会話を耳に
するおそれがあったのであるから,Iが脅迫めいた言動をするはずがない。
 また,原告A2は,自己の意思で本件連帯保証契約を締結したのであるから,被
告会社の取立てから逃れるために仕事を休むなどした事実があってもそれは自己責
任であり,Hらの不法行為による損害ではない。
イ 以上のとおり,原告A2に対するHらの言動に違法な点はなく,原告A2がH
らの言動によって精神的苦痛を被ったことはない。
 なお,原告A1は,原告A2を連帯保証人にされたことによって精神的苦痛を被
ったと主張しているのであるから,原告らは同じ原因について二重に損害を請求し
ていることになる。しかし,近親者の慰謝料請求が認められるのは,生命侵害かそ
れに匹敵する場合のみであって,本件がこれに該当しないことは明らかであるか
ら,同主張は失当である。
6 争点(4)(警察官の原告らに対する不法行為の成否)に関する当事者の主張
(1) 原告らの主張
ア 警察官の義務
 被告県の公権力の行使に当たる公務員である警察官は,公共の安全を維持し,危
険の防止を図り,県民の生命・身体及び財産などに危害が生じないように適切な措
置を採るべき法律上の義務を負う。
 しかるところ,Hらの言動は,上記のとおり犯罪行為を構成するところ,現場に
臨場した警察官は,原告A1及びHらから事情聴取することによって上記のような
犯罪行為が行われていることを認識することができたのであるから,警察官には,
Hらを刑事訴訟法(以下「刑訴法」という。)213条に基づいて現行犯人として
逮捕し,又は警察官職務執行法(以下「警職法」という。)5条に基づいてHらの
犯罪行為を制止する権限があるとともに,そのようにすべき義務があったというべ
きである。
イ 警察官の権限不行使と国家賠償
 警察官の権限不行使が以下の①ないし⑤の要件を充たす場合は国賠法1条1項に
基づく責任の成立が認められるべきである。
 ①国民の生命,身体,健康に対し,具体的危険が切迫していること(危険の切
迫)
 ②警察が具体的危険の切迫を知り又は容易に予見し得る状況にあること   
(予見可能性)
 ③警察が権限を行使すれば容易に結果発生を防止することができること   
(回避可能性)
 ④警察が権限を行使しなければ結果発生を回避できないこと(補充性)
 ⑤国民が権限行使を要請し,期待している場合又はそれが容認される場合である
こと(国民の期待)
 本件では,原告A1の私生活の平穏という生命,身体に比肩すべき重要な法益が
現に侵害され,さらに,原告A2が連帯保証人になることで原告A2の財産権に対
する具体的危険が切迫していたともいえるから上記の①②の要件は明らかに充たさ
れていた。
 また,当時の状況からすれば,警察官がHらを強制的に排除する以外に犯罪行為
を止める方法はなく,かつ,強制的に排除することによって直ちに違法な取立てを
やめさせることができたのであるから,③④の要件も充たされていた。
 さらに,当時はいわゆる商工ローンの悪質な取立行為に国民の関心が集まり,貸
金業者の違法な取立てについて警察が厳しく取り締まることが国民的な要請となっ
ていた時期であり,国民が権限行使を要請し,又は期待した場合といえる。
 そうであれば,本件は,①ないし⑤の要件をすべて充たしていたのであるから,
警察官にHらを逮捕するか強制的に排除すべき義務があったのであり,その権限を
行使しなかったのは違法である。
ウ のみならず,現場に臨場した警察官は,原告A1に対し,「警察は暴力や脅迫
に至ることがなければ業者を強制的に帰らせることはできない。」などと述べたも
ので,この発言によって,Hらを精神的に助けるとともに,原告A1は警察官がH
らを退去させてくれることはないものと諦め,原告A2に連帯保証を依頼したので
ある。したがって,上記警察官の言動は,Hらの違法行為を助長したともいえ,こ
れに関し積極的に加功したものである。
エ 警察官には,以上の点について少なくとも過失があったのであるから,以上の
不作為及び作為は不法行為を構成し,これはHらとの間で共同不法行為を構成する
ものである。
オ 原告らは,Hらと被告県の公務員である警察官の上記共同不法行為により上記
のとおりの多大な精神的苦痛を被ったものであるから,被告県は,被告会社と連帯
して国賠法1条1項により原告らに生じた前記損害を賠償する責任を負う。
(2) 被告県の主張
ア 犯罪の不成立
(ア) 不退去罪が成立するためには,退去を要求しただけではなく,退去を求める
意思が正当なものであることを要する。しかし,原告A1は,連帯保証人の責任を
果たす意思も能力もなかったのに連帯保証人になっているし,Hらを追い払うだけ
の目的で警察に通報したことを考えると,Hらの言動に多少問題があり,原告A1
が退去を求めたとしてもそれは正当な意思に基づくものであったとはいえない。
 また,不退去罪が成立するためには,社会通念上相当な範囲を経過することが必
要とされるところ,本件では原告A1が退去を求めてから社会通念上相当な範囲が
経過しているとはいえない。
(イ) 貸金業規制法21条1項は,貸金業者が債権の取立てに際し,①人を威迫
し,又は②私生活の平穏を害するような言動をしたことにより被取立者を困惑させ
ることを禁じているのであり,「困惑した」とは,「一般人であれば自由な判断が
できない状態」を指している。
 ところが,本件において原告らに対し威迫が行われたことはないし,また,Hら
は,当初は事情確認の目的で原告A1宅を訪問したのであって,原告A1が誠意の
ない対応を続けた結果一括支払か保証人の追加請求をするに至ったのであり,それ
でもなお原告A1らはHに対し保証人になるように要求するなどHを馬鹿にした態
度をとっていたのであるから,原告A1が困惑していたとは認められない。
 なお,原告らは,ガイドライン違反を主張するが,ガイドラインは行政監督上の
一指針にすぎず,これに違反したからといって直ちに貸金業規制法違反の犯罪が成
立するものではない。
(ウ) 以上のとおりであるから,Hらの行為は犯罪を構成せず,警察官がHらを現
行犯人として逮捕することはできなかったのであり,もとより逮捕すべき義務も存
在しない。  
イ 警察官の逮捕義務について
 仮に,Hらの行為が不退去罪及び貸金業規制法違反の犯罪を構成する余地があっ
たとしても,当時,関係者の言い分は食い違うなど違法性の有無についての判断は
できなかったものであり,また,Hらは,警察官に事情を説明するために原告A1
宅に留まり,かつ,臨場した警察官に自己の名刺を示すなどして人定事項を説明
し,現場の状況を説明したものであり,逃亡の虞や罪証隠滅の虞はなかったのであ
るから,逮捕の必要性(刑事訴訟規則143条の3)を明らかに欠いていた。
 そうすると,警察官にHらを現行犯として逮捕すべき義務があったとはいえな
い。
 なお,本件において,警察官によって現行犯逮捕が行われていれば原告A1の私
生活の平穏という法益は守られていたかもしれないが,それは警察官が司法上の権
限を行使した反射的な利益にすぎず,当該権限の不行使があったからといってそれ
を理由として損害賠償請求ができるものではないから,同女に実体的な原告適格が
あるかどうかも疑わしい。
ウ 警職法5条の制止について
 警職法5条は,①犯罪がまさに行われようとするのを認めたとき,②その行為に
より人の生命若しくは身体に危険が及び,又は財産に重大な損害を受ける虞があっ
て,③急を要する場合において,警察官にその制止行為を行う権限を認めた規定で
ある。
 しかし,本件においては,Hらと原告A1は平穏な状況で話し合いを続けてお
り,原告A1におびえた様子はなく,かえって前記のとおりHらを馬鹿にした態度
をとっていたのであるから,犯罪がまさに行われようとする状況や原告A1に重大
な損害が発生するような状況ではなかったし,まして警察官による制止が急を要す
る状況ではなかった。
 以上のとおり,本件では警職法5条の要件は充たされていないから,警察官にH
らの行為を制止すべき権限はなかった。
 仮に,警察官にHらの行為を制止する権限があったとしても,上記のとおりの本
件の状況下では警察官が当該権限を行使すべき義務はなかった。
エ 警察官の権限行使における裁量
 仮に,警察官に何らかの作為義務が認められるとしても,その権限を行使するか
否かは臨場した警察官の具体的な状況下における判断に委ねられており,警察官に
は一定の裁量が認められているから,権限不行使に関する警察官の裁量権の行使が
当該具体的事情の下で著しく合理性を欠く場合に限り国賠法上の違法性が認められ
るにすぎない。
 しかし,上記のとおりの本件の事情の下では警察官の権限不行使が著しく合理性
を欠くとはいえない。
オ 原告らの主張する損害等について
 原告A1は,実質的に保証人になる能力がないのに,被告会社にはこれを秘匿し
て保証人になったばかりでなく,Hらが話し合いに来たのにこれに誠意を持って対
応しなかったうえ,債権者を追い払う手段として警察官に通報し,そのことがかえ
って交渉を長引かせたものである。このような事情を考慮すれば,同女の住居の平
穏という法益に仮に多少の侵害があったとしても,受忍の限度を超えていないとい
うべきであるし,原告A1の法益侵害は,被告会社社員によるものであるから,も
とより警察官の不作為とは何ら因果関係がない。
 また,原告A2は,本件連帯保証契約を締結したことにより,精神的苦痛を被っ
た旨主張するが,保証人としての責任を追及されるのは,自己が自由な意思に基づ
いて保証契約を締結したことによる当然の結果であって,第三者(被告会社または
被告県)の行為によって何らかの法益侵害があったことにはならないし,同女が本
件連帯保証契約を締結したのは自己の意思によるものであるし,Hらが原告A1宅
から退去した翌朝のことであるから,警察官の不作為とは何ら因果関係がない。
第3 争点に対する判断
1 前記認定等の前提事実,証拠(甲2,3,4の1・2,5の1~3,6,7,
8の1・2,10の1~13,乙イ1~7,乙ロ1,2,証人H,同I,同L,同
K,原告A1,同A2)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,乙ロ
1,2の各記載,証人H,同Iの各証言中,この認定に反する部分はいずれも採用
しないし,他に,この認定を覆すに足りる証拠はない。
(1) 原告A1は,昭和57年ころ,夫の作った借金が原因で離婚し,その後は宮崎
市内のアパートに原告A2と居住し,パートで得た月約8万円の収入及び母子手当
などで生計を立てていたが,昭和60年ころから同女宅でGと同居するようになっ
た。原告A1は,平成9年夏ころ子宮筋腫との診断を受け,医者から手術が必要と
言われていたが手術代が工面できずに手術を受けておらず,本件当時も体調は思わ
しくなかった(なお,手術をしたのは平成12年3月ころである。)。
 原告A2は,高校卒業後事務員として勤務し,手取りで月10万円程度の収入を
得ていた。
(2) 原告A1は,原告A2から借金するなどして負債の返済を続けていたが,平成
10年2月ころ,Fから紹介を受けた弁護士に依頼して,約300万円の負債を抱
えて自己破産を申し立て,同年5月ころ破産宣告を受け,同年10月ころ免責決定
を受けた。
 原告A1は,破産申立後,Fから借金の名義貸しや連帯保証人になることを依頼
されて度々これに応じるようになり,平成11年12月8日に本件貸金の連帯保証
人になった。被告会社は,その際調査を行ったが,原告A1は破産宣告を受けた事
実を積極的に被告会社に告知しなかった(この点,告知した旨の原告A1の供述は
採用しない。)。なお,同女は,当時,少なくとも,実際に連帯保証債務を履行す
る能力を有していなかった。
 原告A2は,就職後,原告A1から借金の依頼を受けるようになり,信販会社の
カードローンなどを利用して貸付を受け,原告A1に用立て,また,原告A1がF
に借金の名義貸しをする際には同女から依頼されて連帯保証人になったこともあっ
た。
(3) 平成11年12月25日ころ,被告会社は,本件貸金の連帯保証人の一人であ
ったNが自己破産を申し立てた旨,その弁護士から通知を受けた。
 この時点及び事件当日も,主債務者であるFは本件貸金の約定返済を滞りなく続
けており,期限の利益を喪失していなかった。なお,本件貸金契約には,連帯保証
人の一人が自己破産を申し立てた場合に主債務者あるいは他の連帯保証人が即時一
括払をしたり,新たな連帯保証人を追加する義務があるとの特約は付されていなか
った。
(4) 事件当日である平成11年12月27日及び28日の経緯
ア 平成11年12月27日(以下は,断らない限り同日である。),Hは,連鎖
倒産を恐れ,午前9時ころ,Fに連絡をとり,本件貸金の債権保全のため,保証人
の追加等の対処方を求め,昼ころまでに連絡を受けることになっていたが,連絡が
なかったため,原告A1宅にも架電したが不在であった。
 昼ころ,Fが原告A1の勤務先を訪れ,同女に,Nが自己破産を申し立てたため
被告会社社員が原告A1宅に行くかもしれないことを話した。
 Hは,午後6時になってもFから連絡がなかったため,社員(T某)をF宅に派
遣し,自らは,Iとともに,上記同様の対処方を求め原告A1宅を訪問することに
した。
イ 午後8時過ぎ,Hらが原告A1宅を訪れたが,このとき,同女は,パートの仕
事から帰宅した後で自宅に一人でいて家事をしていた。 
 同女宅は,長屋形式のアパートの一室で両隣と接し,北側のアパートの敷地の通
路部分からみて,建物内部に両隣をコンクリート壁で仕切られた奥行き約4.3メ
ートル,幅約3.5メートルの車庫があり,その南東側に幅約70センチメートル
の開き戸の玄関があり,玄関の中に狭いコンクリート土間があり,その南側が居室
となっていた(甲10の1~13,乙イ5添付図面等参照)。
 Hは,玄関先で,原告A1に対し,Nが自己破産を申し立てたことを告げるとと
もに,直ちに本件貸金(30万円)を一括で返済するか新たな保証人を追加するよ
うに要求した。
 これに対し,原告A1は,「まず主債務者であるFに話して欲しい。」と言い,
また,「自分では一括で30万円支払うことはできないし,新たな保証人にも心当
たりはないから帰って欲しい。」とHの申し入れを断った。
 そのころ,F方を訪れていた前記吉原からHらの携帯電話に連絡があり,Fが返
済の件をまともに取り合おうとせず,直ちに警察に通報したことが分かった。
 原告A1も自らその場でFに電話を架けたが,Fから,「自宅にも被告会社社員
が訪れており,警察を呼べば社員を帰すことができるから警察を呼ぶように。」と
言われた。そこで,原告A1は,Hに,「Fが警察を呼ぶように言っている。」と
述べたが,Hは,「警察を呼んでも構わない。」と答えた。
 Hは,さらに,原告A1に対し,何度も,一括払か新規保証人を探すよう要求
し,原告A1はそのたびに「一括での支払も保証人を探すこともできないので帰っ
て欲しい。」と答えたが,Hは,「原告A1が一括で支払うか連帯保証人を追加す
るまで帰るつもりはない。娘がいるはずだから娘に保証人を頼むように。」と述べ
て帰ろうとしなかった。
ウ 困った原告A1は,助けを求めるために,勤務先のGに電話を架け,「被告会
社社員が来ている。怖いので家を出たいけれど出られない。早く家に帰ってきて欲
しい。」と頼んだところ,Gは,「すぐには帰れないので警察に通報する。」と答
えた。
 Gは,午後8時46分,110番に電話を架け,「サラ金の取立ての男が2人来
ている。アパートにいる原告A1が怖くて家を出れないという電話があった。私は
今,家に向かっているところである。」と述べ,警察官の派遣を要請した。
 午後9時前ころ,Gが原告A1宅に帰宅したところ,Hは,Gに対し本件貸金の
保証人となるのかどうか確認したが,Gは「俺は保証人にはならない。Fのところ
へ行け。」などと述べた。これに対しHは,「保証人になる気がないのなら関係な
いので口を出さないでくれ。」と言った。
エ 午後9時2分,Gの通報を受けてK巡査部長とM巡査が現場に到着した(H
は,乙ロ1の陳述書の中でこの時間を午後8時40分から同55分ころの間と供述
し,同人の証言もこれに副うものであるが,いずれも採用できない。)。このとき
前記玄関の開き戸が開いたままで,玄関内に原告A1とGがおり,玄関先にHが立
って話しており,IはHから2メートルほど離れた車庫内にいた。
 Hは,Kに対して氏名を名乗り,名刺を差し出した。
 Kは,まず,Hに対し事情聴取をしたところ,Hは,原告A1が連帯保証をした
経緯を述べた後,「うちは,契約の時,保証人に何かあったときには他の保証人を
探してもらうことになっている。保証人の一人が自己破産したので,原告A1に何
回も連絡を取るが連絡が取れないので今来ている。」などと事情を説明した。
 これに対し,原告A1は,Kに対し,「Hらに帰って欲しいと言うけれど帰らな
いから警察官を呼んだ。Hから,今日中に一括で現金30万円を支払うか新たに保
証人を入れるよう要求されているがこのようなことは聞いていない。」と説明し
た。その後,Hと同女との間で「話した。」,「聞いていない。」との応酬が繰り
返された。なお,この間,H及び原告A1とも,主たる債務者が延滞しているかど
うかの話はしなかったし,Kも特にこの点は確認しなかった。
 Kは,Hに対し,「どうすれば早く帰るのか。」と尋ねたところ,Hは,「保証
人をつけるか一括払してもらわないと帰るわけにはいかない。まだ午後9時にはな
っていない。」などと答えた。Kは,既に午後9時を過ぎているのを確認していた
ので,Hに対し,「午後9時を過ぎたから帰りなさい。」と指導したが,Hは,
「何回も連絡を取るけれど連絡がつかないのでこうして来ている。午後9時前から
来ているときは継続になって午後9時を過ぎても帰らなくてもよいという判例があ
る。北署でも同じような事例があり,夜中まで付き合ってもらった。」などと述べ
てなお帰ろうとせず,原告A1に対して娘である原告A2を保証人にするように要
求した。
 Hの執拗な要求に腹を立てたGは,Hに向かって,「いくら考えても保証人はい
ないからこの人に保証人になってもらおう。」と言い,原告A1も頷いた。これに
対し,Hも,腹を立てながら「いいですよ。でも俺は高いですよ。」と応じてい
た。
オ 午後9時10分ころ,K巡査部長は,いったん現場を離れ,南署当直責任者の
R警部(特別刑事課長)に対し電話で以上のような状況を報告したところ,Rから
は,とにかく午後9時を過ぎているので業者を早く帰らせるようにとの指示を受け
た。そこで,Kは,Hに対し「本署も帰るように言っている。」と述べて,再度帰
るように指導したが,Hらはなお帰ろうとしなかった。なお,M巡査は,Kが離れ
ている際には,暴力行為などが発生しないようにHらの動静を見守っていた。
カ 午後9時14分,さらに,J警部補とL巡査長も原告A1宅に到着し,K巡査
部長から現場の状況について説明を受けた。
 午後9時22分,原告A1宅に,Fの娘で連帯保証人の一人であるPの通報で同
女宅を訪れていた南署当直のS巡査部長から電話があり,Sは電話口にHを呼び出
して早く帰るように指導したものの,同人はこれに応じようとしなかったため,こ
れに替わって電話口に出たLに対し,午後9時を過ぎているから業者を早く帰すよ
うにと指示した。
 Lは,KからHらは指導しても退去しようとしないとの説明を受けていたため,
さらにHらに帰るようにと指導することはせず,Hと原告A1らとの会話を近くで
見守り,Hが興奮して声を荒げようとした際には「大声を出してはいけない。」と
注意していた。これに対し,Hは「分かっています。」と言って注意に素直に従っ
ていた。
 原告A1は,警察官がHらを強制的に退去させないことについて不満そうにLの
方を見ることがあったが,Lは,話し合いによる解決が望ましいと考え,「警察
は,暴力や脅迫に至ることがなければ,業者を強制的に帰らせることはできな
い。」と説明していた。
 キ 原告A1は,警察官が来てもHらが退去することなく,一括払か新たに連帯
保証人を追加するよう要求し続け,また,L巡査長からは上記のような説明を受
け,Hらを帰らせるためには原告A2に連帯保証人になることを依頼するしかない
ものと考えるに至り,やむなく原告A2の携帯電話に電話を架けた。
 当時,原告A2は,友人と食事中であり,原告A1から「D信販が来ている。F
さんの保証人になっているが,もう一人保証人を入れないと帰らないと言っている
ので保証人になってくれんか。保証人になってくれないと夜中まででも帰らないと
言っている。」と言われたものの,話の内容をすぐには理解できないままで,「な
ぜ保証人にならないといけないのか。」と聞き返していた。そのようなやりとりを
交わしていたとき,Iが玄関先から原告A1宅居室内に入り,「説明させて下さ
い。」と言って同女の了解を得て電話を替わった。
 Iは,原告A2に対し,「A2さんですか。保証人になってもらえるんです
か。」と尋ねた。同女が,「今日すぐには帰れない。」と答えると,Iは,「どこ
にいるんですか。何をしているんですか。帰って来るまでこちらも帰れないんです
よ。」などと述べた。原告A2は,その後も「今日は帰れない。」と言い続けた
が,Iは「今どこにいるんですか。今からそちらに行きます。」などと言ったた
め,同女は,執拗な要求を受け健康もすぐれない母親の立場を慮んばかり,自らが
連帯保証人にならなければ事態が解決しないと考え,やむなく連帯保証人になるこ
とを承諾し,「保証人にはなりますが,契約は明日にしてもらえませんか。」と言
った。これに対し,Iはなおも「今日帰って来られないのか。」などと執拗に迫っ
ていたが,原告A2が翌日午
前8時に被告会社B支店を訪問することを承諾したので,目的を達成したとして電
話を切った。
ク 以上のように,原告A1らと話をしたのはもっぱらHであり,IはHの近くに
いたが同女らと直接話をしなかった。また,Hは,前記のとおり,S巡査部長と電
話した以外は玄関先ないし玄関内の土間におり,一方,Iは原告A2と話すために
初めて居室内に入った以外は,終始原告A1宅の玄関入口付近ないしそこから離れ
た車庫内にいた。そして,前記のとおり,Hが声を荒げようとしてL巡査長に制止
されたほか,Hらが特に暴力的態度をとったり,乱暴な言葉使いをすることはなか
った。
ケ 午後9時30分ころ,Hらは,原告A2が連帯保証人になることを承諾したこ
とから原告A1宅から引き揚げた。Hは,現場にいた警察官らに対し,明日話し合
うことになったと説明したのみであり,警察官らには原告A1が娘の原告A2に電
話を架けていたことや原告A2が連帯保証人になることを承諾したことは分からな
かった。警察官らは,Hらが退去したことを確認し,原告A1も警察官らに軽く会
釈したことから問題は解決したものと考え,同女宅から退去した。
 午後10時ころ,原告A2が自宅に戻り,原告A1から事情の説明を受けた。
コ 翌日午前8時ころ,原告A2は,原告A1と一緒に被告B支店を訪れ,本件連
帯保証契約を締結したが,この際は特にトラブルもなく平穏な状態であった。
(5) Fは,平成12年1月18日,本件貸金の約定弁済を滞らせて期限の利益を喪
失した。
 このころ,原告らは,被告会社からの取立てを恐れて3日間ほど自宅を出て別の
場所に宿泊するなどした。この間を含め原告A2の勤務先にHから度々電話があっ
たり,原告A1宅にHの名刺が玄関の中に入れられたりし,同年2月20日にも,
取立てに応じることを要求したメモの他連絡を求める旨記載された名刺等(甲5の
1~3)が置かれていたが,原告ら訴訟代理人弁護士今瞭美に債務整理を委任した
後である同月下旬ころからはこれらの連絡はなくなった。
(事実認定の補足説明)
(1) 証人Hは,原告A1宅訪問の目的につき,当初は事情確認の目的であったが,
同女が不誠実な態度を示して話し合いを拒否したために一括支払か新規保証人の追
加を要求するに至った旨証言する(乙ロ1、証人Iの証言も同旨)。
 しかしながら,単なる事情確認のためであれば,H自身臨場した警察官に対し,
「年末の忙しい時期である」とも供述している(乙ロ1)のであるから,訪問する
までもなく電話でも用が足りると考えられるし(昼間の電話の他に原告A1と電話
で連絡が取れずにやむなく同女宅を訪れたと認めるに足りる証拠はない。),H
は,連帯保証人が破産を申し立てたことにより原告A1に新たに連帯保証人を追加
させる義務が生じたという誤った認識を有し(乙ロ1),前記のとおり,上記訪問
に先立ち,Nの破産申立を知るやFに保証人の追加を要求したものの(これらの点
は,Hも自認している。),Fからの連絡を受けなかったことを合わせ考えると,
単に事情確認のみの目的で原告A1宅を直接訪問したものとは考えがたく,Hは当
初から本件貸金の一括
払か連帯保証人を求める意図で原告A1宅を訪問したものと認めるのが相当であ
り,証人Hの前記証言等は採用することはできない。
(2) また,証人Hは,午後9時を過ぎても退去しなかったのは警察官に事情を説明
するためであった旨証言するが,Hは到着した警察官に事情を説明した後になお原
告A1らに対する要求行為を続けていたことに照らし,同証言は到底採用できな
い。
(3) 証人Iは,原告A2は原告A1との話で,既に連帯保証人になることを承諾し
ていたもので,原告A2とは電話で翌日の打ち合わせをしたにすぎないと証言する
(乙ロ2,証人Hの証言も同旨)が,これは,原告A1の話だけでは内容がよく分
からず連帯保証人にはなれないとして断っていた旨の原告A2の供述と明らかに異
なるし,上記のとおり原告A2が原告A1の状況を理解できる状況にはなかった
し,しかも前記のように原告A2自身多額の負債を抱えていたのであるから,電話
で即座に連帯保証人になることを承諾したとも考えがたいから,同証言等は採用で
きない。
そこで,前記認定の事実に基づき,各争点について判断する。
2 争点(1)(本件連帯保証契約の効力)について
(1) 公序良俗違反について
ア 原告A2が本件連帯保証契約を締結するに至った経緯については,前記のとお
り,連帯保証人の一人であるNが自己破産の申立てをしたことを知ったHらは,事
件当日,本件貸金の回収,保全に危惧を覚え,夜間原告A1宅を訪問し,当初から
同女に対し一括払か新規の連帯保証人の追加を執拗に求めたこと,しかし,本件貸
金契約においては,連帯保証人の一人が破産申立をした場合に,他の連帯保証人が
一括払ないし新たな連帯保証人を追加しなければならない義務は定められていなか
ったし,当時は,主債務者であるFには本件貸金について延滞はなかったのである
から,原告A1が残債務を一括払などする義務はなかったこと,Hらは,原告A1
から前記要求についていずれについても明確に断られ,退去を求められているにも
かかわらず,要求の
いずれかが容れられるまでは帰らないと述べて居座ったこと,さらに,警察官が到
着して,一度ならず退去を迫られたが,Hらは退去せず要求を続け,困惑した原告
A1はついには携帯電話に架電して原告A2に連帯保証人となることを依頼し,同
女は戸惑ったものの,電話を替わったIの前記言動により,母親がHらの取立行為
にあって困惑していることを理解し,母親の窮地を慮ってやむなく連帯保証人とな
ることを承諾し,翌朝本件連帯保証契約を締結するに至ったものであったこと,こ
の間Hらは約1時間30分にわたり退去しようとしなかったものであることが認め
られる。
イ 不退去罪の成立
 上記のようなHらの行為は,住居権者である原告A1及びGから明確な退去要求
を受けたにもかかわらず正当な理由がなく夜間である午後8時過ぎから午後9時3
0分過ぎまで約1時間30分にわたり同所玄関先等から退去しなかったものである
から,刑法上の不退去罪を構成するものであることは明らかである。
 なお,この点について付言するに,不退去罪が成立するためには,①退去を求め
る意思が正当なものであること,②不退去状態が社会通念上相当な時間を経過して
いることを要するところ,①原告A1は,連帯保証人になるに際し,自己破産して
いた事実を告知せず,実際には連帯保証債務を履行する能力も有していなかったと
いうものの,同女においてこれらのことを秘匿して被告会社を積極的に欺罔しよう
との意思があったものとまでは認めがたいし,貸金業者は連帯保証人になろうとす
る者の返済能力を調査するのが通常であり,前記のとおり実際に調査していたもの
であるから,被告会社においても原告A1の返済能力を相当程度知っていたことが
推察され,また,返済能力いかんにかかわらず,連帯保証人というだけで義務なき
取立てを甘受すべき
立場にあるとはいえないことを合わせ考慮すれば,住居からの退去を求める原告A
1らの意思が正当なものでないということはできないし,②しかも,Hらは,夜間
の午後8時過ぎから午後9時30分ころまで原告A1宅玄関先等から退去しようと
しなかったのであるから,途中臨場した警察官に対して事情説明を行うに要した時
間を考慮してもなお不退去罪を構成するに足りる時間を経過しているものと優に認
められるところである。
ウ 貸金業規制法違反の犯罪の成立
 また,Hらの行為は,以下のとおり,貸金業規制法違反の犯罪にも該当するもの
である。
 すなわち,Hらは,正当な理由なく,午後9時を過ぎても退去しようとしなかっ
たものであるから,ガイドライン3-2-2(2)①の禁止事項「正当な理由なく,午
後9時から午前8時まで,その他不適当な時間帯に,電話で連絡し若しくは電報を
送達し又は訪問すること」に該当するうえ(午後9時前から訪問し,午後9時以降
留まった場合も,それ以降については同様であると解される。),原告A1に一括
払ないし新規連帯保証人を追加するように要求する行為は同(3)③に定める禁止事項
「法律上支払義務のない者に対し,支払請求をしたり,必要以上に取立てへの協力
を要求すること」にも該当する。もとより,ガイドラインは,行政監督上の指針を
示す通達ではあるが,貸金業規制法違反に該当するかどうか判断をする際の有力な
解釈基準足りうるも
のであることは明らかである。
 これに加え,前記Hらの行為により,原告A1は,私生活の平穏を害され,Hら
を退去させるためには一括支払ができない以上新たな保証人を頼むしかないものと
考えて原告A2に本件連帯保証契約の締結を依頼したものであって,Hらの言動に
よって心理的圧迫を受け,自由な意思決定ができない状態に陥り,同女を困惑させ
たものといえるから,Hらの言動は,取立て行為の規制に係る貸金業規制法21条
1項所定の「威迫」には当たらないとしても,「人の私生活の平穏を害するような
言動により,困惑させてはならない」に当たるものであることは明らかである。そ
して,同条に違反する行為は,6月以下の懲役若しくは100万円以下の罰金に処
せられる犯罪である(同法48条3号)。
 この点,被告会社は,Hらの行為は,原告A1に新たに保証人を入れるよう「お
願い」したものにすぎないと主張するが,原告A1が明確に拒否しているにもかか
わらず玄関先等に居座り要求を続ける行為がこれに当たらないことは明白である。
Hらが暴力的な態度をとったり,乱暴な言葉を使った事実がないとしても,上記の
とおり原告A1を選択の余地のない状態に追い込んだ事実は否定できないのである
から,上記判断を何ら左右するものではない。
エ これらのHらの言動は,単に社会的相当性を逸脱するのみならず,以上のよう
な犯罪をも構成するものであり,これによって困惑した原告A1が原告A2に連帯
保証人となることを依頼し,同女もIの言動もあってやむなくこれを了承し,本件
連帯保証契約を締結したことは明らかである(なお,本件連帯保証契約の締結は翌
朝であり,Iらの言動との間に時間的な間隔があり,同契約締結の際には平穏な状
態であったことは,前記のとおりであるが,上記の判断を何ら妨げるものではな
い。)。
 したがって,本件連帯保証契約は,公序良俗(民法90条)に違反するものであ
って無効というべきである。
(2) よって,強迫による取消,錯誤無効といった原告A2のその余の主張について
判断するまでもなく,本件連帯保証契約に基づく同原告の被告会社に対する債務は
存在しないというべきである。
3 争点(2)(Hらの原告A1に対する不法行為の成否)について
(1) Hらの不法行為の成立
ア Hらの行為は,前記のとおり,不退去罪及び貸金業規制法違反の犯罪をも構成
する違法なものであり,その結果同女の住居の平穏を含む私生活上の平穏等を侵害
したものであるから,同女に対する不法行為を構成することは明らかである。
イ なお,Hは,原告A1に新規保証人を探す義務があるとの誤った認識の下にこ
のような行動をとったものであり,その動機において誤解があったものであるが,
このことが不法行為の成立を何ら妨げるものではない。
 また,被告会社は,原告A1は返済能力を偽って被告会社を欺罔したことになる
し,同女は自らの意思で連帯保証人になった以上,それなりの取立行為を甘受すべ
き立場にある旨主張する。しかし,上記のとおり,原告A1が被告会社に対し積極
的に欺罔行為を行った事実までは認められないし,また,Hらは,同原告に全く義
務なき行為を要求したものであるうえ,同女が貸金業規制法等に違反する態様の取
立てを甘受すべき立場にあるわけではないことはいうまでもないから,上記主張も
失当であるというほかない。
(2)被告会社の責任
被告会社は,Hらの使用者であり,同人らの不法行為は同会社の事業の執行につ
きなされたものであるから,民法715条に基づき原告A1に対し後記損害35万
円を賠償する義務がある。
(3) 損害
ア 慰謝料
 原告A1は,Hらの行為によって事件当日午後8時過ぎから午後9時半ころまで
の約1時間30分にわたりHらに応対することを余儀なくされ住居の平穏を含む私
生活上の平穏等を侵害され精神的苦痛を被ったものであるところ,原告A1の被っ
た損害を金銭で評価すると,Hらの行為は,夜間義務なきことを執拗に要求し犯罪
まで構成するもので悪質というほかないが,夜間ではあるものの比較的浅い時間帯
で深夜まで及ぶものではなく,約1時間30分という比較的短時間であること,そ
の間臨場した警察官に対する事情説明等のために相当程度時間を費やしているこ
と,Hらは電話に出た以外は終始原告A1宅の玄関内の土間ないし玄関先付近にい
たもので居室内に入っていたものではないこと,特に暴力的な態度をとったり等し
ていないこと,前記認
定の各事実及びその他記録に顕れた諸般の事情に照らし,30万円と認めるのが相
当である。
 なお,原告A1は,原告A2を連帯保証人にしてしまったことについても精神的
苦痛があり,この分の損害も発生している旨主張するが,これは原告A2の損害と
して考慮されるべき事項であり,本件において原告A1に独自の損害の発生を認め
るべき特別の事情は認めがたい。
イ 弁護士費用
 原告A1は,本訴訟追行にあたり訴訟代理人として複数の弁護士を選任してお
り,弁論の全趣旨から報酬の支払を約した事実が認められるところ,本件事案の内
容,性質,審理の経過,認容額等に照らし,弁護士費用として5万円を損害と認め
る。
4 争点(3)(Hらの原告A2に対する不法行為の成否)について
(1) Hらの不法行為の成否
ア 原告A2は,Hらの言動によって困惑した原告A1に電話で依頼され,かつ,
Iに連帯保証人にならなければ自宅から帰らないなどと言われて連帯保証人になる
ことを承諾したものであることは前記認定のとおりである。
イ 原告A2とIとの会話は電話で交わされており,前記認定事実に照らせば,I
が原告A2に対して直接的な脅迫行為を行ったものとまではいえないが,原告A2
は母親がHらの取立行為にあって困惑していることを理解し,母親の窮地を慮って
やむなく連帯保証人となることを承諾したものであって,これがHらの原告A1ら
に対する上記不法行為と一連をなす言動でもあることに照らせば,Hらの言動は全
体として原告A2に対する不法行為も構成するというべきである。
 なお,原告A2は,事件当日Iと電話で話した翌日の朝にトラブルもなく本件連
帯保証契約を締結しているものではあるが,原告A2が前夜承諾したとおりに連帯
保証人にならなければ被告会社社員が再び原告A1宅を訪れて同様の行動をとるこ
とは容易に予想がつく事態であったから,Hらが当夜退去さえすれば原告らの困惑
状態が完全に消失するものとはいえないのであり,契約締結が翌朝であっても原告
A2に対する不法行為の成立が否定されたり,因果関係が否定されるものではな
い。
(2)被告会社の責任
被告会社は,前記同様,民法715条に基づき原告A2に対し後記損害25万円
を賠償する義務がある。
(3) 損害
ア 慰謝料
 原告A2は,本件連帯保証債務を一部でも履行したものではないから財産的な損
害を被ったものではないが,自由な判断ができない状態において本件連帯保証契約
の締結を余儀なくされ,以後本来負担すべきではない連帯保証人としての地位にあ
って相当の精神的苦痛を被ったものというべきところ,これを金銭で評価すると,
前記認定の事実,その他記録に顕れた諸般の事情を考慮し,20万円が相当であ
る。
イ 弁護士費用
 原告A2も,前同様に,相当額の弁護士費用を損害と認めうるところ,弁護士費
用として5万円を認める。
5 争点(4)(警察官の原告らに対する不法行為の成否について)
(1)ア 原告らは,Hらの言動は,犯罪行為を構成するところ,現場に臨場した警察
官は,原告A1及びHらから事情聴取することによって犯罪行為が行われているこ
とを認識することができたのであるから,警察官には,Hらを刑訴法213条に基
づいて現行犯人として逮捕し,又は警職法5条に基づいてHらの犯罪行為を制止す
る権限があり,当時の具体的状況の下で,警察官が権限を行使しなかったのは違法
である旨主張するので,この点について判断する。
イ ところで,警察官は,国民の生命,身体,財産等を守るために,具体的状況下
において与えられた権限を適切に行使すべき立場にあるのであって,その具体的権
限を行使するか否かについては当該警察官に一定の裁量が認められ,その権限不行
使のあり方が著しく合理性を欠く場合には国賠法上違法と評価されるものと解され
る(換言すれば,警察官の権限不行使という不作為が直ちに違法となるものではな
く,作為義務に違反する場合に初めて違法となるものであり,警察官の場合には,
上記責務に照らし,他の公務員に比して作為義務が認められやすい面はある。)。
 そこで,前提として,本件において,警察官に強制力を行使する権限があったの
かどうかについて判断する。
ウ 警察官の逮捕権限について
 まず,前記判示のとおり,Hらの言動は,客観的には,不退去罪を構成するとと
もに貸金業規制法に違反する犯罪行為であり,当時においてもこれらの犯罪が継続
していたことから,警察官が,刑訴法213条に基づいてHらを現行犯人として逮
捕する権限を有していたかどうかについて検討する。
 ところで,現行犯逮捕は,令状なしでかつ私人にも逮捕権限が認められているの
であるから,当時の状況下において犯罪及び犯人であることが外部的に明白である
ことを要することはその趣旨から明らかである。
そこで,これを本件についてみるに,現場に臨場した警察官は,前記のとおり,
Hらが取立行為に及んでおり,原告A1から「Hらに帰って欲しいと言うけれど帰
らないから警察官を呼んだ。」との説明を受け,Hらが同女の要求にもかかわら
ず,居座り続けて取立行為を継続していることを認識し,自らも,2回にわたる上
司等の指示もあり,臨場後再三にわたって退去を求めたものの,Hらはこの要求に
応じようとせず,その間,夜間午後9時を過ぎてもHらが執拗に取立行為を続けて
いたこと,しかも,取立ての内容が,夜間,30万円もの金員の即時一括支払ある
いは連帯保証人の追加を求めていたものであること,そのため,原告A1が困惑し
ており,警察官もこれを認識していたものというべきであること,これらの事情に
照らせば,その限りで
は,犯罪等が外部的に明白であるとみる余地もないわけではない。
しかしながら,不退去罪の成立においては,不退去の点につき「正当な理由がな
い」ことが要求されるとともに,また,貸金業規制法違反の罪においては,社会的
に相当な範囲における取立行為は権利行使であるとして違法性が阻却されるという
べきところ,Hらの要求行為は,客観的には,違法な取立行為であったものの,そ
れ自体は,外形的には権利行使としての取立行為であったものであること,また,
警察官の事情聴取においては,一括払ないし保証人を追加する義務といった民事上
の法律関係について双方の言い分が真っ向から食い違っていたものであるうえ,そ
れぞれの主張を裏付けるに足りる資料も何ら提示されなかったものであること(確
かに,主たる債務の履行が遅滞に陥っていないにもかかわらず,連帯保証人の一人
が破産の申立をした
からといって,主債務者でもない他の連帯保証人が,30万円もの金員を一括で支
払うかあるいは連帯保証人を追加すべき義務があるとは通常は考えがたいところで
はあるが,このような場合についても,債権保全のために,期限の利益を喪失する
として一括払ないし保証人の追加義務を定める特約が付されることも具体的事案に
よってはないわけではない。),さらに,取立行為自体の態様も,執拗ではあるも
のの,Hが声を荒げようとしたことがあった以外にはHらは特に暴力的態度をとっ
たり,乱暴な言葉使いをすることはなかったこと,午後9時以降の不退去の点につ
いても,警察官は,Hから「何度も連絡したが連絡が取れない。」「午後9時前に
来ているときは継続になって午後9時を過ぎても帰らなくてもよいという判例があ
る。北署でも同じよ
うな事例があり,夜中まで付き合ってもらった。」などとその真偽についてにわか
に判断しがたい弁解を受けていたものであること,これらの事情を合わせ考慮すれ
ば,臨場した警察官において,Hらの行為が債権者としての正当な取立行為である
のか,社会的相当性を逸脱した違法なものであるのかどうか,換言すれば,上記不
退去罪における「正当な理由」,あるいは貸金業規制法違反の罪における違法性阻
却事由,ひいてはこれらの犯罪の成立についての判断は,必ずしも容易ではなかっ
たというべきである。
 したがって,当時の状況下において,Hらの犯罪行為が外部的に明白であったと
まではいうことができないから,警察官にはHらを現行犯人として逮捕する権限は
なかったというべきである。
エ 警職法5条の制止権限について
 警職法5条は,犯罪がまさに行われようとするのを認めたときは,その予防のた
めに関係者に必要な警告を発することを認め,又,もしその行為により人の生命若
しくは身体に危険が及び,又は財産に重大な損害を受ける虞があって,急を要する
場合には警察官による当該行為の制止を認めているところ,本条は,本来,犯罪予
防の見地から制定された規定であるが,実行の着手,犯罪の成立の前後を問わず,
犯罪が継続し,被害の拡大の虞がある場合についても適用があると解するのが相当
である。
 これを本件についてみるに,前記のとおり,警察官においてHらに対し必要な警
告行為(「大声を出すと罪になるよ。」との発言,あるいは「9時を過ぎたから帰
るように。」との退去を促す発言)を行っていることは明らかである。
 そこで,さらに,同条後段に規定された制止行為の権限があったかどうかについ
て検討するに,本件の場合,Hらは,客観的には住居の平穏を含む私生活の平穏等
を侵害するとともに,執拗ではあるものの,声を荒げようとした以外は比較的穏や
かに要求行為を続けており,「大声を出してはいけない。」との警察官の指導にも
素直に従っていたこと等に照らせば,原告A1の生命,身体に対して具体的な危険
が迫っていたとはいえないし,娘である原告A2を連帯保証人に入れるよう要求し
ていたが,原告A1は警察官の面前でこれを明確に断っていたのであるから,財産
に対する重大な損害を受ける虞がある場合ともいえず(前記のとおり,警察官は,
Iと原告A2との電話での会話を認識していない。),かつ前記の現場の状況に照
らし,Hらに対して
強制力を行使して即時退去させるほどの急を要する場合であったともいえない。
 したがって,警職法5条の警告を超えた制止権限を行使してHらを強制的に退去
させる状況には未だ至っていなかったというべきである。
オ 権限不行使の違法性
 以上の検討によれば,そもそも,本件における警察官においては,原告ら主張の
強制力を行使すべき権限はなかったというべきであるから,権限不行使による裁量
権逸脱の判断をするまでもなく,警察官の強制力の不行使が違法となる余地はな
い。
カ なお,念のために,仮に,本件で警察官に現行犯としての逮捕権限があったと
解する余地があったとしても,警察官には,与えられた具体的権限を行使するか否
かについては前記のとおり一定の裁量が認められるところ,上記のとおり,事情聴
取等により双方の言い分が真っ向から食い違い,必ずしも的確な情報が得られなか
った事情もあったうえ,民事紛争については,軽々に一方当事者の行為を犯罪視し
て権限を行使することはかえって個人に対する不当な干渉となり警察の中立性を損
なうことにもなりかねないといういわゆる民事不介入の原則もあり,Hらが特に暴
力的態度をとったり,乱暴な言葉使いをすることもなく,原告A1らの生命・身体
に対する具体的な危険までは切迫していなかった状況の下で,警察官ができるだけ
当事者間の話し合い
で円満に解決するのが望ましいと考えこれを期待したということもあながち不合理
であるとまではいうことができないし,また,警察官は再三にわたりHらに対し退
去を求めるとともに,Hらが暴行や脅迫などのさらに危険な行為に及ぶことがない
ように監視を続ける措置を採っていたのであり,さらに,Hらは警察官の説得によ
っても退去しようとはしなかったものの,氏名,会社名,原告A1宅を来訪した目
的などについては素直に述べて事情聴取に協力していたことも合わせ考慮すれば,
警察官はその職務の性質上他の公務員に比して作為義務が認められやすい面があ
り,現行犯逮捕権限があったといった事情を十分に考慮しても,少なくとも本件事
実関係の下では,警察官がその権限を行使しなかったことが著しく合理性を欠くと
まではいえなかったと
いうべきである。
したがって,仮に,警察官に逮捕権限があったとしても,権限を行使しなかった
点について,その裁量を逸脱した違法があるとはいえない。
キ よって,いずれにしろ,警察官の強制力の不行使が違法となるものではない。
(2) 原告らは,また,警察官は,原告A1に対し,「警察は暴力や脅迫に至ること
がなければ業者を強制的に帰らせることはできない。」などと述べたことによっ
て,Hらの違法行為を助長するとともにこれに積極的に加功したものであり,Hら
との共同不法行為を構成するとも主張する。
 確かに,前記のとおり,このような言動がなされ,そのためやむなく原告A1が
原告A2に対し連帯保証の件を依頼するに至ったことが認められるところ,これが
Hらの違法行為を結果的に助長した側面があったことは否定できないものの,同言
動が一般論として相当であったといえるかどうかはともかく,原告A1らに対し生
命・身体に対する具体的な危険までは切迫していなかった等前記認定の当時の状況
を考慮すれば,少なくとも直ちに違法性を帯びるものとまではいえないし,まして
やHらの行為に積極的に加功したものであるとはいいがたく,他に,同主張事実を
認めるに足りる的確な証拠はない。
(3) よって,原告らの被告県に対する請求は,警察官の行為について違法性を認め
るに足りないから,その余の点について判断するまでもなく,いずれも理由がな
い。
6 結論
 以上のとおりであるから,①原告A2の本件連帯保証契約に基づく債務の不存在
確認請求は理由があるからこれを認容し,②原告らの被告会社に対する損害賠償請
求は,被告会社に対し,原告A1につき35万円,原告A2につき25万円及びい
ずれもこれらに対する不法行為の日の後である平成12年5月24日から支払済み
まで年5分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるのでこれを認
容し,その余はいずれも理由がないからこれを棄却し,③原告らの被告県に対する
請求は理由がないからいずれもこれを棄却することとし,主文のとおり判決する。
     宮崎地方裁判所民事第1部
        裁判長裁判官  金光 健二
           裁判官  武田 義德
           裁判官  新谷 祐子

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