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平成18年(行ケ)第10023号審決取消請求事件(平成18年5月18日口
頭弁論終結)
判決
原告元旦ビューティ工業株式会社
訴訟代理人弁理士福田賢三
同福田伸一
同福田武通
同加藤恭介
被告特許庁長官中嶋誠
指定代理人西本幸男
同藤正明
同大場義則
同岩井芳紀
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第1請求
特許庁が不服2004-2760号事件について平成17年11月30日に
した審決を取り消す。
第2当事者間に争いのない事実
1特許庁における手続の経緯
原告は,平成15年2月28日,別添審決謄本写しの別紙第1表示の意匠に
ついて,意匠に係る物品を「横葺屋根板材」として意匠登録出願をしたが(意
願2003-5234,以下,その意匠を「本願意匠」という。),平成16
年1月16日(発送)に拒絶査定を受けたので,同年2月12日,拒絶査定不
服の審判請求をした。特許庁は,これを不服2004-2760号事件として
審理した結果,平成17年11月30日,「本件審判の請求は,成り立たな
い。」との審決をし,同年12月20日にその謄本を原告に送達した。
2審決の理由
()審決は,別添審決謄本写し記載のとおり,本願意匠と,意匠登録第9581
218号の類似2号の意匠(甲1,以下「引用意匠」という。)とが,意匠
に係る物品において一致しており,その形態においても共通点が差異点を凌
駕するものであって,全体として類似するといわざるを得ないから,本願意
匠は,意匠法3条1項3号に該当し,同項柱書の規定により意匠登録を受け
ることができないとした。
()審決が本願意匠と引用意匠とを対比して認定した共通点及び差異点は,そ2
れぞれ次のとおりである。
(共通点)
「全体が,横長の薄板体で,平坦な板面部の正面側端部には,下方に屈曲し
て側面視略『コ』字状の前係合部を形成し,背面側端部には,略三角形状の
後係合部を形成した基本的構成態様のものである点が認められ,各部の具体
的態様において,(あ)前係合部の側面視形状につき,薄板体の前端部を下方
に略垂直状に屈曲し,さらにその下端から,後方に向かって屈曲して,略
『へ』字状とし,その後端を下方に略倒『U』字状に屈曲形成したものであ
る点,(い)後係合部の側面視につき,後端部を上方側に折り返して倒『U』
字状とし,さらに上方に屈曲した後,頂部で折り返して斜め前下方に屈曲形
成したものである点」(審決謄本2頁第3段落。上記(あ),(い)の共通点を,
順に「共通点(あ)」,「共通点(い)」という。)
(差異点)
「(ア)前係合部下端の後方への折り返し部分につき,本願意匠は,『へ』字
状部分の前方側に水平部分を形成してるのに対して,引用意匠は,反『へ』
字状部分の後方側に水平部を形成している点,(イ)後係合部の屈曲形状につ
き,本願意匠は,後端部のU字状の折り返しの後,斜め上方に屈曲し,頂部
でヘアピン状に屈曲し,さらに斜め前下方に屈曲して先端部を跳ね上がり状
に形成したものであるのに対して,引用意匠は,U字状の折り返しの後,ほ
ぼ垂直状に上方へ屈曲し,頂部で逆U字状に屈曲し,さらに斜め前下方に屈
曲して先端部を水滴状に屈曲形成したものである点」(同頁第4段落。上記
差異点を,順に「差異点(ア)」,「差異点(イ)」という。)
第3原告主張の審決取消事由
審決は,本願意匠と引用意匠との差異点を看過し(取消事由1),両意匠の
類否判断を誤り(取消事由2),その結果,本願意匠が意匠法3条1項3号に
該当し,意匠登録を受けることができないとの誤った結論を導いたものであり,
違法であるから,取り消されるべきである。
1取消事由1(差異点の看過)
審決は,本願意匠と引用意匠との具体的構成態様につき,「後係合部の側面
視につき,後端部を上方側に折り返して倒『U』字状とし,さらに上方に屈曲
した後,頂部で折り返して斜め前下方に屈曲形成したものである点」(共通点
(い))において共通すると認定したが,誤りであり,同部分は,すべて差異点
として認定されるべきである。
本願意匠と引用意匠の後係合部は,審決が一部を差異点(差異点(イ))とし
て認定しているように,本願意匠において,斜め前上方に屈曲した後,ヘアピ
ン状に屈曲させて斜め後下方に屈曲し,その後,斜め前下方に屈曲し,最終的
に斜め前上方へ屈曲したものであるのに対し,引用意匠においては,横U字状
に折り返した後,垂直状に上方へ屈曲し,頂部で逆U字状に屈曲し,その下端
を斜め前下方に屈曲し,先端部を上側に水滴状に屈曲形成したものであり,明
確に相違するものであるから,審決が認定するような共通点となるようなもの
ではない。
審決は,両意匠が屈曲形状を共通するとの認定の下に,本願意匠から共通点
(い)を分離し,差異点(イ)に矮小化したものであり,その結果,後述する本願
意匠と引用意匠の類否判断を誤ったものである。
2取消事由2(類否判断の誤り)
()共通点の評価1
審決は,本願意匠と引用意匠との基本的構成態様について,「両意匠にお
いて共通するとした,全体が,横長の薄板体で,平坦な板面部の正面側端部
には,下方に屈曲して側面視略『コ』字状の前係合部を形成し,背面側端部
には,略三角形状の後係合部を形成した態様は,全体の大部分を占め,両意
匠の全体の基調を形成するものであり,具体的態様の(あ)及び(い)と相俟っ
て,看者に共通する印象を与えるものであるから,類否判断を左右するもの
と認められる。」(審決謄本2頁下から第2段落)と判断したが,誤りであ
る。
この種の横葺屋根板材が機能を発揮するためには,必然的に,板面部,前
係合部,後係合部の存在することが求められ,また,連結する屋根板との関
係で,前係合部(軒側係合部)の下片に係合用形態を施し,後係合部(棟側
係合部)の上片に前記前係合部の下片の係合用形態に関連付けられる係合用
形態を施さざるを得ないものである。したがって,審決が認定する本願意匠
と引用意匠の共通点は,いわば両意匠に係る物品において極めて一般的な構
成態様であり,この種の物品は,これらの一般的な構成態様をすべて踏まえ
た上で,各所について装飾的,機能的見地に基づき各種の意匠を施し,その
需要者は,その具体的形態を当該屋根板の特徴として理解するものである。
したがって,両意匠の共通点に原因して,本願意匠と引用意匠が看者に共
通する印象を与え,かつ,それらの共通点が類否判断を左右すると認定した
審決は,明らかな誤りである。
()差異点(イ)の評価2
ア審決は,後係合部に係る差異点(イ)について,「この点のみを子細に観
察すればわかる程度の部分的な差異であって,全体として観察した場合,
上記共通する態様がこれを包摂しており,使用状態において,前係合部に
内包されて見えなくなる部分であることを参酌すると,格別評価できるも
のではないから,その差異は微弱なものといわざるを得ない。」(審決謄
本3頁第2段落)と判断したが,誤りである。
イ後係合部に係る差異点(イ)は,子細に観察するまでもなく,図面を一見
すれば明らかであって,所定の高さ,幅を有して逆U字状に起立する屈曲
部を有する引用意匠との差異は極めて大きい。ちなみに,この部分に関し,
本願意匠は,漢字の「入」や「人」を表現しているかのように看者に認識
されるものであり,この意匠感は,本願意匠に固有のものである。
審決は,上記のとおり,差異点(イ)について,「使用状態において,前
係合部に内包されて見えなくなる部分である」ともいうが,そもそも,横
葺屋根板は,その使用状態(施工状態)において,外部から看取できるの
は,およそ板面部,及び,前係合部の垂直状部分等のみであり,前後係合
部の具体的形態は看取されないという宿命を背負っている。その一方で,
横葺屋根板の評価は,前後の係合部の形態いかんによって左右されるもの
である。すなわち,横葺屋根板の評価は,前後の係合部の形態に原因する
当該屋根板を採用した際の雨仕舞,強度,施工性によって左右されるもの
である。この種の物品の創作者は,極論すれば,施工時において内包され
て見えなくなってしまう部分に形態的な工夫を凝らして前記機能を発揮さ
せようとするものである。
そして,後述するとおり,この種の意匠の看者は,形態に基づく機能を
一見して理解可能な専門家であるから,「使用状態において,前係合部に
内包されて見えなくなる部分である」との審決の説示は失当である。
()全体的観察3
ア本願意匠に係る物品のような横葺屋根板材の需要者は,施工された屋根
面全域を漠然と俯瞰するような一般消費者ではなく,屋根業界を含む建築
業界の専門家であり,このような専門家は,屋根全体の外観として看取さ
れる板面部,前係合部の垂直状部分等はもとより,当該製品の機能を左右
する前後係合部の係合形態に強く注目し,その形態,更には当該形態によ
り発揮される機能に着目して採否を決するものである。特に,後係合部の
形態は,前係合部との係合関係,ひいては,屋根全体の性能に多大なる影
響を与えるものであって,専門家は,その形態に基づき屋根全体の施工状
態(外観意匠),屋根板相互の係合強度,施工手法等を瞬時にイメージす
るものである。
このように,前後係合部における両意匠の差異は顕著であり,決して微
弱なものではないのであって,審決は,差異点(イ)に関する評価を誤った
ものである。
イ被告は,建築物に使用する屋根板を,メーカー又は販売店から購入する
者がだれであるかはともかくとして,その屋根板を選択・決定する者とし
ては,設計,建築等の専門家のみならず,建築物の建主やリフォームの依
頼者も当然含まれており,インターネットにおける原告のホームページ
(乙9)においても,この種の意匠の需要者として,専門家のみならず,
リフォームの依頼者すなわち一般消費者までも対象としていることがうか
がわれる旨主張する。
しかし,そもそも,ホームページは,会社情報,製品情報,株主や投資
家向けの情報,その他,数多の情報を,インターネットを通じて広く世に
知らしめるために用いられるものであり,このことは原告においても同様
であり,例えば,原告の上記ホームページ中の「会社情報」欄には企業理
念,会社概要,拠点網,社長挨拶等の情報,「製品情報」欄には扱い商品
に関する情報,「投資家向け情報」欄には決算公告等のIR情報が掲載さ
れている。
ところで,原告のホームページの中段右側には,「CADデータ」欄が
存在するが,これは,各種金属屋根の納まり図に関するデータ欄であると
ころ,このページにおいてダウンロード可能なファイル形式は,CADフ
ァイル形式(DXF形式)となっているから,一般消費者では扱うことが
できず,前記ファイル形式を普通に利用できる専門家のみを対象に公開さ
れているものである。
本願意匠に係る物品の選択・決定に関し,最終決定権を有するのは対価
を支払う一般消費者であり,また,ウェブサイトという媒体の特性からし
て,一般消費者向けのしつらえにならざるを得ないことは原告も否定する
ものではない。しかし,対価を支払う一般需要者に最終決定権があるとい
っても,通常は,最終決定に先立って,専門家のアドバイスが存在するの
であって,当該物品の現実の需要者は,様々な意匠や機能を熟知した専門
業者であるというべきである。
したがって,本願意匠と引用意匠の類否判断は,専門業者の視点で行う
べきものであり,そのような視点からすると,両意匠の相違は顕著である。
ウ審決は,差異点(ア)及び(イ)について,「これらの差異点は,いずれも
形態全体としてみた場合,微弱なものであって,これらの差異点を総合し
相俟った効果を考慮しても,前記共通点を凌駕して,類否判断を左右する
ほどのものとは認められない。」(審決謄本3頁第3段落)と判断したが,
誤りである。
しかし,上記のとおり,本願意匠と引用意匠の差異は明白であり,両意
匠は,原告主張の上記差異点の総和により,看者において明確に区別され
るものである。そして,両意匠において共通するのは,横葺屋根板として
半ば不可欠,一般的な形状であるにすぎない。この種の意匠は,それらの
共通点を踏まえた上で創作されるものであり,かつ,その創作された意匠
の看者は,単に漠然と施工後の屋根面全体や,個々の屋根板の形態を俯瞰
するような一般人ではなく,形態に基づく機能を一見して理解可能な専門
家である。そのような専門家にとって,既に主張した本願意匠と引用意匠
の差異,更には全体としての形態の異同は類否判断を左右するに十分なほ
どに顕著であり,両意匠は,一見して明確に区別される非類似意匠である。
エ被告は,本願意匠と引用意匠の様々な差異を,乙号証に示される断片的
・部分的な形態を用いて吸収し,その結果,本願意匠と引用意匠は類似す
ると結論付けている。
しかし,意匠の類否は,両意匠の構成を全体的に観察した上で決せられ
なければならない。本願意匠と引用意匠とは,各所において様々な差異を
有しており,それらの総和により全体として別異な意匠感を生じさせるも
のである。
なお,このことは,引用意匠と類似する後係合部を有する意匠登録第1
035140号の類似1号の意匠(甲13)が,引用意匠の公開(昭和6
3年9月26日)後の登録出願(平成6年8月23日)であるにもかかわ
らず設定登録されていること,意匠登録第968609号の「布団用除湿
具」の意匠権侵害を理由とする損害賠償請求訴訟(東京地裁平成14年
(ワ)第17577号事件)において,当該登録意匠(甲14)と対象製品
の意匠が類似しないとされたことからも裏付けられるものである。
第4被告の反論
審決の認定判断は正当であって,原告主張の取消事由はいずれも理由がない。
1取消事由1(差異点の看過)について
審決は,後係合部に係る本願意匠と引用意匠の共通点として,概括的に把握
して,基本的構成態様において「略三角形状の後係合部を形成している」と認
定し,具体的構成態様において,共通点(い)として,「後係合部の側面視につ
き,後端部を上方に折り返して倒『U』字状とし,さらに上方に屈曲した後,
頂部で折り返して斜め前下方に屈曲形成したものである点,」と認定するとと
もに,さらに子細にみれば,原告主張の差異が認められるから,これを差異点
(イ)として取り上げているのであって,意匠の類否判断の常道に従った認定で
あって,何らの誤りもない。
2取消事由2(類否判断の誤り)について
()共通点の評価について1
意匠の類否判断は,物品の外観全体にわたって,その形態を観察する全体
的,視覚的な判断であるから,共通する態様が周知又は公知の態様であると
しても,他に格別評価すべき部分がない場合は,意匠全体に占める割合が大
きく,意匠的なまとまりを形成し,看者の注意を引くところが類否判断の要
部となるものであり,本願意匠の場合のように差異点に格別見るべき点がな
いときは,共通する態様が両意匠の類否判断の要部となるのである。その理
由は,両意匠の共通する態様が,周知又は公知の態様であるから,それらの
類否判断の比重を小さいものとして判断すると,形態のほとんどが周知又は
公知の態様からなる意匠出願の場合は,引用意匠とのわずかな差異が評価さ
れて設定登録されることになって,意匠的創作がほとんど認められない意匠
が登録保護されることになり,意匠法の趣旨に反することになるからである。
したがって,審決の「両意匠において共通するとした・・・態様(注,基
本的構成)は,全体の大部分を占め,両意匠の全体の基調を形成するもので
あり,具体的態様の(あ)及び(い)と相俟って,看者に共通する印象を与える
ものであるから,類否判断を左右するものと認められる。」(審決謄本2頁
下から第2段落)とした判断に誤りはない。
()差異点(イ)の評価について2
原告は,後係合部に係る差異点(イ)は,子細に観察するまでもなく,図面
を一見すれば明らかである旨,あるいは,横葺屋根板の評価は,前後の係合
部の形態に原因する当該屋根板を採用した際の雨仕舞,強度,施工性によっ
て左右される旨主張するが,それらはいずれも技術的な観点による評価であ
って,必ずしも,意匠上の評価につながるものではない。
この種の屋根板の後係合部としては,例えば,意匠登録第744177号
(乙1),同744190号(乙2),同744195号(乙3),同75
4940号(乙4),同754944号(乙5),同809534号(乙
6)の各意匠のとおり,多種多様の形状があるところ,本願意匠及び引用意
匠を対比,観察すると,両意匠の差異点は,基本的構成態様を,略三角形状
とし,具体的態様を,段差部後端部を上方に折り返して倒「U」字状とし,
さらに斜め前上方に屈曲した後,斜め前下方に屈曲形成した共通点に包摂さ
れる程度のわずかな差異にすぎないものである。要するに,原告が主張する
差異は,上記共通点を,更に子細に観察して看取できるものである。その具
体的態様についてみると,頂部寄りをヘアピン状に屈曲した後斜め前下方に
屈曲したもの(例えば,特開平11-81594号の意匠〔乙7〕等),後
係合部の先端部を跳ね上がり状としたもの(例えば,意匠登録第90492
1号の意匠〔乙8〕)が本願意匠の出願前に公然知られているところであっ
て,これらの点は,いずれも本願意匠のみの特徴といえるものではなく,格
別評価できるものではない。
()全体的観察について3
原告は,この種の物品の需要者は,施工された屋根面全域を漠然と俯瞰す
るような一般消費者ではなく,屋根業界を含む建築業界の専門家である旨主
張する。
しかし,建築物の購入者である一般消費者は,完成された建売住宅を購入
する場合を除けば,その屋根材,壁材,内装及び間取り等を選ぶ余地が残さ
れているのが普通であり,また,注文建築及びリフォームにおいては,当然,
建主やリフォームの依頼者である一般消費者が屋根板等を選択することがで
きるものである。そして,原告のホームページ(乙9)の「▼屋根リフォー
ム」において,屋根のリフォームに当たって一般消費者がその屋根板の.com
サンプルを見たり,その仕上がり状態を写真等で確認することができるもの
とされているところからすると,この種の意匠の需要者として,専門家のみ
ならず,リフォームの依頼者すなわち一般消費者までも対象としていること
がうかがわれる。
また,需要者が一般消費者の場合,その関心は,施工前の側面視形状,特
に係合部の形状というよりは,当該屋根板を使用した葺き上がり状態に重き
を置くところであり,原告の上記ホームページの「製品情報」において,施
工後の屋根面全体を中心に掲載していることからも明らかである。
そうすると,建築物に使用する屋根板を,メーカー又は販売店から購入す
る者がだれであるかはともかくとして,その屋根板を選択・決定するのは,
設計・建築等の専門家のみならず,建築物の建主やリフォームの依頼者も当
然含まれるものである。
第5当裁判所の判断
1取消事由1(差異点の看過)について
()審決が,本願意匠と引用意匠との具体的構成態様につき,「後係合部の側1
面視につき,後端部を上方側に折り返して倒『U』字状とし,さらに上方に
屈曲した後,頂部で折り返して斜め前下方に屈曲形成したものである点」
(共通点(い))において共通し,「(イ)後係合部の屈曲形状につき,本願意
匠は,後端部のU字状の折り返しの後,斜め上方に屈曲し,頂部でヘアピン
状に屈曲し,さらに斜め前下方に屈曲して先端部を跳ね上がり状に形成した
ものであるのに対して,引用意匠は,U字状の折り返しの後,ほぼ垂直状に
上方へ屈曲し,頂部で逆U字状に屈曲し,さらに斜め前下方に屈曲して先端
部を水滴状に屈曲形成したものである点」(差異点(イ))において相違する
と認定したのに対し,原告は,共通点(い)とされた部分はすべて差異点とし
て認定されるべきである旨主張する。
しかし,意匠法3条1項3号に係る意匠の類否判断は,物品について一般
需要者の立場からみた美感の類否を問題とするものであって,公知意匠から
の創作容易性の問題ではないところ(最高裁昭和49年3月19日第三小法
廷判決・民集28巻2号308頁参照),一般需要者である取引者・需要者
は,本願意匠に係る物品を購入したり,使用したりする際,まず,物品を全
体的に観察するのが通常であることからすると,本願意匠が公知意匠と類似
するか否かの判断をするに当たっては,全体的観察を中心に,これに部分的
観察を加えて,総合的な観察に基づき,両意匠が看者に対して異なる美感を
与えるか否かによって類否を決すべきものである。
本件についてみると,審決は,本願意匠と引用意匠とを対比し,後係合部
の形状に関して,基本的構成態様において「略三角形状の後係合部を形成し
ている」と概括的な把握をした上で,その「略三角形状の後係合部」の具体
的構成態様につき,一方で,「後端部を上方側に折り返して倒『U』字状と
し,さらに上方に屈曲した後,頂部で折り返して斜め前下方に屈曲形成した
ものである点」(共通点(い))で共通するとともに,他方で,「本願意匠は,
後端部のU字状の折り返しの後,斜め上方に屈曲し,頂部でヘアピン状に屈
曲し,さらに斜め前下方に屈曲して先端部を跳ね上がり状に形成したもので
あるのに対して,引用意匠は,U字状の折り返しの後,ほぼ垂直状に上方へ
屈曲し,頂部で逆U字状に屈曲し,さらに斜め前下方に屈曲して先端部を水
滴状に屈曲形成したものである点」(差異点(イ))で差異があると認定して
いるのであって,全体的観察と部分的観察を併せた総合的な観察に基づく認
定をしているものであり,その認定に不合理なところは見当たらない。
()原告は,審決は,両意匠が屈曲形状を共通するとの認定の下に,本願意匠2
から共通点(い)を分離し,差異点(イ)に矮小化したものである旨主張する。
原告の主張は,差異点(イ)に係る後係合部の形状を一体としてとらえ,共
通点(い)と差異点(イ)とを分離したことを論難するものであるが,上記のと
おり,意匠法3条1項3号に係る意匠の類否判断においては,引用意匠から
の創作容易性の問題ではなく,物品についての美感の問題である以上,美感
の類否検討の前提として,引用意匠と共通する屈曲形状についての評価を無
視し,差異点(イ)に係る後係合部の形状がすべてであるとみるわけにはいか
ないことは,明らかである。
したがって,審決の上記認定の誤りをいう原告の主張は,採用できない。
()以上のとおり,原告主張の取消事由1は理由がない。3
2取消事由2(類否判断の誤り)について
()共通点の評価について1
原告は,本願意匠と引用意匠との基本的構成態様について,この種の横葺
屋根板材が機能を発揮するためには,必然的に,板面部,前係合部,後係合
部の存在することが求められ,また,連結する屋根板との関係で,前係合部
(軒側係合部)の下片に係合用形態を施し,後係合部(棟側係合部)の上片
に前記前係合部の下片の係合用形態に関連付けられる係合用形態を施さざる
を得ないとし,基本的構成態様が看者に共通する印象を与えたり,その共通
点が類否判断を左右したりするものでもない旨主張する。
しかし,まず,意匠法は,物品の形状,模様若しくは色彩又はこれらの結
合であって,視覚を通じて美感を起こさせるものを「意匠」として保護する
ものであり,このような意匠の美感の側面と,意匠に係る物品の機能発揮の
ための必然性という技術的な側面とは直接関係がない。そして,原告主張の
とおり,板面部,前係合部,後係合部を有することが,この種の横葺屋根板
材が機能を発揮するために必然の技術的事項であるとしても,これを意匠の
面からみれば,板面部,前係合部,後係合部のそれぞれに様々な意匠的な工
夫を加えることができるのであり,その結果,意匠的価値を生ずることも十
分にあり得るものであって,技術的な側面のゆえに,美感の保護に欠けるこ
とになるわけでもない。
もっとも,ある種物品に必然的な形態であるため,ありふれたものとなっ
ている場合には,看者の注意を引き付ける度合いは弱くなるのが通常である
から,一般論として,意匠の構成態様によっては,類否判断を左右しない場
合もあり得るところである。
しかし,本件において,本願意匠及び引用意匠の基本的構成態様である
「全体が,横長の薄板体で,平坦な板面部の正面側端部には,下方に屈曲し
て側面視略『コ』字状の前係合部を形成し,背面側端部には,略三角形状の
後係合部を形成した」形状は,意匠全体を大づかみに把握した構成態様であ
るところ,この構成態様が意匠全体の支配的な部分を占めており,しかも,
全体としてまとまった意匠を形成し,看者に視覚を通じて一つの美感を与え
ている一方,大づかみの把握において,上記美感を左右するような差異は見
当たらない。
したがって,この種の横葺屋根板材が機能を発揮するための必然性等を理
由に,共通する基本的構成態様が看者に共通する印象を与えるものではない
とする原告の主張は,失当というほかない。
()差異点(イ)の評価について2
原告は,差異点(イ)につき,子細に観察するまでもなく,図面を一見すれ
ば明らかであり,所定の高さ,幅を有して逆U字状に起立する屈曲部を有す
る引用意匠との差異は極めて大きい旨主張する。
しかしながら,上記差異は,後係合部の側面視につき,後端部を上方側に
折り返して倒「U」字状とし,さらに上方に屈曲した後,頂部で折り返して
斜め前下方に屈曲形成したという共通点(い)の範囲内で,本願意匠が,「後
端部のU字状の折り返しの後,斜め上方に屈曲し,頂部でヘアピン状に屈曲
し,さらに斜め前下方に屈曲して先端部を跳ね上がり状に形成したもの」で
あるのに対して,引用意匠では,「U字状の折り返しの後,ほぼ垂直状に上
方へ屈曲し,頂部で逆U字状に屈曲し,さらに斜め前下方に屈曲して先端部
を水滴状に屈曲形成したもの」であるというのであって,換言すると,屈曲
の角度,屈曲の程度の違い,及び,引用意匠にある先端部の水滴状の屈曲が
ないという違いである。この程度の差異は,共通点(い)の範囲内で,当業者
が格別の創作力を要せずに,物品と意匠の調整のために日常的に行う変形に
すぎないものというべきであり,新たな創作的工夫があるとはいえず,看者
に独自の美感を与える要素を付加するものともいい難い。
原告は,差異点(イ)について,本願意匠は漢字の「入」や「人」を表現し
ているかのように看者に認識されるものであり,この意匠感は本願意匠に固
有のものである旨主張する。
しかし,原告主張の差異は,上記のとおり,屈曲の角度,屈曲の程度の差
異から生ずる印象をいうにすぎないのであって,到底,看者に独自の美感を
与える要素とはなり得ない事柄というべきである。したがって,原告の上記
主張は,採用することができない。
()全体的観察について3
ア原告は,本願意匠に係る物品のような横葺屋根板材の需要者は,施工さ
れた屋根面全域を漠然と俯瞰するような一般消費者ではなく,屋根業界を
含む建築業界の専門家であるとし,このような専門家は,屋根全体の外観
として看取される板面部,前係合部の垂直状部分等はもとより,当該製品
の機能を左右する前後係合部の係合形態を強く注目し,その形態,更には
当該形態により発揮される機能に着目して採否を決するから,前後係合部
における両意匠の差異は顕著であり,決して微弱なものではない旨主張す
る。
しかし,前記のとおり,意匠法3条1項3号に係る意匠の類否判断の主
体は,一般需要者すなわち取引者・需要者であって,建築業界(屋根業
界)の専門家に限られるものではない。
また,原告主張のとおり,屋根業界を含む建築業界の専門家であっても,
最終的な消費者の美感を無視することはないのであって,そのような専門
家の視点によっても,意匠全体の支配的な部分を占めており,しかも,全
体としてまとまった意匠を形成し,看者に視覚を通じて一つの美感を与え
ている基本的構成態様を軽視することはできないものというべきであり,
一般消費者であれば見逃すような細部の差異についてもより正確かつ子細
に観察するというところに違いがあるにすぎないのであって,専門家が看
者であるからといって,直ちに,前後係合部における両意匠の差異が顕著
なものとなるということはできない。
イまた,原告は,本願意匠と引用意匠の差異が明白であるとするが,差異
があり,区別可能であれば直ちに非類似であるとはいえない。公知意匠と
の対比において部分的な差異があっても,新たな創作的工夫により独自の
美感を与える要素を付加するものといえなければ,全体より生ずる美感な
いし意匠的効果の面において異なるところがないとみるほかなく,公知意
匠の範囲内にあると解せられるのであり,その際,本願意匠と引用意匠と
が区別可能であることとは,直接関係がないものというべきである。要す
るに,意匠の類否判断は,取引者・需要者が区別できるかどうかではなく,
物品の美観の観点から二つの意匠について混同が生ずるおそれがあるとい
えるほどに似ているかどうかによるのである。本件においては,基本的構
成態様を,略三角形状とし,具体的態様を,段差部後端部を上方に折り返
して倒「U」字状とし,さらに斜め前上方に屈曲した後,斜め前下方に屈
曲形成したという本願意匠及び公知意匠に共通する基本的構成態様の範囲
内において,原告主張の差異は,子細に観察すれば看取でき,専門家であ
ればそのような細部の差異も見逃さないというだけのことであって,これ
を一見して明確に区別される非類似意匠であるとする原告の主張は,誤り
である。
ウ原告は,被告が,本願意匠と引用意匠の様々な差異を,乙号証に示され
る断片的・部分的な形態を用いて吸収し,その結果,本願意匠と引用意匠
は類似すると結論付けていると論難し,本願意匠と引用意匠とは,各所に
おいて様々な差異を有しており,それらの総和により全体として別異な意
匠感を生じさせる旨主張する。
しかし,被告の主張による限り,本願意匠に係る物品のような屋根板の
後係合部について多種多様の意匠があり,本願意匠及び引用意匠の差異点
に創作的工夫があるとも,独自の美感を与える要素があるともいえないこ
とを,周知公報をもって示しているにすぎないものであって,本願意匠と
の対比の問題で提出されているわけではないから,原告の主張は,失当と
いうほかない。
なお,原告は,上記主張について,引用意匠と類似する後係合部を有す
る意匠登録第1035140号の類似1号の意匠(甲13)が,引用意匠
の公開(昭和63年9月26日)後の登録出願(平成6年8月23日)で
あるにもかかわらず設定登録されていること,意匠登録第968609号
の「布団用除湿具」の意匠権侵害を理由とする損害賠償請求訴訟(東京地
裁平成14年(ワ)第17577号事件)において,当該登録意匠(甲1
4)と対象製品の意匠が類似しないとされたことからも裏付けられると主
張するが,本件とは事案を異にするものであって,採用の限りでない。
()以上によれば,本願意匠と引用意匠は,総合的に観察すると,一般需要者4
である取引者・需要者において混同が生ずるおそれがあるといえるほどに似
ているものであって,看者に対して異なる美感を与えるものではなく,全体
として類似するといわざるを得ないから,原告主張の取消事由2は理由がな
い。
3以上のとおり,本願意匠と引用意匠は,差異点を考慮しても全体として類似
しており,また,意匠に係る物品において共通しているから,本願意匠は,意
匠法3条1項3号に該当し,同項柱書の規定により意匠登録を受けることがで
きないとした審決の判断に誤りはないというべきであり,原告主張の取消事由
は理由がなく,他に審決を取り消すべき瑕疵は見当たらない。
よって,原告の請求は理由がないから棄却することとし,主文のとおり判決
する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官篠原勝美
裁判官宍戸充
裁判官柴田義明

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