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平成15年2月14日判決言渡 同日判決原本領収 裁判所書記官 高瀬美喜男
平成12年(ワ)第178号 損害賠償請求事件
口頭弁論終結日 平成14年9月13日
判決
主文
1 被告は,原告に対し,金110万円及びこれに対する平成10年11月9日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
3 訴訟費用は,これを6分し,その5を原告の負担とし,その余は被告の負担と
する。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実及び理由
第1 請求
被告は,原告に対し,金670万円及びこれに対する平成10年11月9日から支
払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2 事案の概要
本件は,プレス作業中に右手第2指(人差し指,以下単に「指」ということがあ
る。)を負傷した原告が,被告の開設する病院に搬送されそこで縫合手術や治療な
どを受けたが,それらが不適切であったため指を切断せざるを得なくなったから,
被告には診療契約若しくは事務管理に基づく債務不履行責任又は不法行為責任
(民法715条1項に基づく使用者責任と思われる。)があると主張して,被告に対
し,損害(手術を受け治療が開始された日からの遅延損害金を含む。)の賠償を求
める事案である。
第3 前提事実(後掲証拠等により認定した事実の外は当事者間に争いがない。)
1 当事者
(1) 原告は,昭和50年2月23日生まれの男子である。
(2) 被告は,群馬県太田市において潁原病院(以下「被告病院」という。)を開設す
る医療法人である(弁論の全趣旨)。
2 原告の負傷
原告は,群馬県太田市所在の勤務先において作業中の平成10年11月9日(な
お同月の出来事を示す場合,以下単に日のみを記載することがある。)午前9時こ
ろ,右手第2指をプレス機に挟まれ負傷した(以下この事故を「本件事故」ということ
がある。)。
3 被告病院における治療
原告は,上記負傷後直ちに被告病院に搬送され,同病院の医師によって右第2
指不全切断と診断され,手術(2本のキルシュナー鋼線による観血的整復固定術
及び1次的創閉鎖術,以下「本件手術」という。)を受けた。
原告は,その後被告病院に入院し,点滴,消毒などの治療を受けた。
4 原告の指の切断
原告は,27日,被告に無断で被告病院を退院し,医療法人慶仁会城山病院(以
下,単に「城山病院」という。)で診察を受けた。
そして,原告は,城山病院のA医師から指の切断が必要であるとの説明を受け,
直ちに指を中節骨近位3分の1くらいの部分で切断する手術を受けた。
第4 争点
1 本件手術が不適切なものであったか。
(原告の主張)
本件手術を施行した被告病院のB医師は,整形外科の専門医ではなく手指手術
に関する専門知識を有していなかったためか,本件手術において,キルシュナー鋼
線を何度も入れ直すなど極めて手際が悪く,その際に指の微細血管を傷つけるな
どした。また,針金の留め方も不適切であり,全般的に手術が粗雑であった。その
ため,本件手術時から指の組織の腐食が始まった。
(被告の主張)
B医師は,手指の手術を多数経験しており,形成外科医であって手指の専門医
である。また,同医師がキルシュナー鋼線を何度も入れ直した事実はなく,2回入
れ直したにすぎない。そして,キルシュナー鋼線を一度で完全に挿入することがで
きないことはまれなことではなく,2回入れ直したことをもって不適切ということはで
きない。
2 被告病院の医師らによる点滴及び消毒が不適切なものであったか。また,その後
の被告病院の医師らによる治療により患部は改善傾向にあったか,それとも時間
を争って指を切断しなければならないほど症状が悪化していたか。
(原告の主張)
(1) 適切な消毒及び治療を行わなかった過失
原告は,負傷時,機械油などにより著しく汚染された軍手をはめていたことか
ら,指に細菌感染を引き起こしかねない状態にあった。
そこで,被告病院の医師らは,感染症を防止するため,いわゆるゴールデン
アワーと呼ばれる時間内(まだ細菌が深部に及ばない負傷後6ないし12時間以
内)に適切な洗浄,消毒及び切除(デブリドマン)を行う必要があった。具体的に
は,創部,創周辺の体表面及び創内部を薬用石けんやヒビテン液などを使用し
て,ブラシ,ガーゼなどにより隅々まで徹底的に洗浄し,創内部の残存異物を取
り除くこと,その上で創部を消毒すること,さらに,感染巣となり得る壊死組織及
び壊死するおそれのある血流の乏しい組織などをはさみ,メスなどで外科的に
切除することが必要であった。洗浄,消毒及び切除が不十分なまま創を閉鎖す
ると,細菌を創内に閉じ込める結果となり重篤な感染症を引き起こすことにな
る。
ところが,被告病院の医師らは,これらを怠り,原告の負傷後2日も経過して
から消毒を始め,また,消毒に使用する薬品も限られたものしか使用しなかっ
た。そのため,上記消毒開始までの間に原告の指に感染症が生じ組織の腐食
が始まった。
また,被告病院では,原告の指のうち組織が腐食した部分を適切に除去せ
ず,原告自身に消毒を行わせるなど,ずさんな治療しかしなかった。
(2) 血行障害に対する効果的な治療を行わなかった過失
原告は,負傷時から,創傷部位に痛みがあったものの,指先の感覚がなくな
っていた。
そのため,被告病院の医師らは,負傷直後から6ないし8時間以内のできるだ
け早い時期に,血行促進効果のあるプロスタグランジン,血栓を溶解する効果
のあるウロキナーゼ,血液凝固抑制剤であるヘパリン及び抗血液凝固薬である
ワルファリンカリウムを患部に投与して,血行障害の発生防止に努めなければ
ならなかった。
また,原告は,入院後もしきりに負傷した指の色調が悪くなっていくことを気に
し,担当医に対して創部に疼痛があることや指先の感覚があまりないことなどを
訴えており,負傷した指には血行障害を疑わせる臨床症状が現れていた。
ところが,被告病院の医師らは,原告の愁訴を聞き流し,血行障害に対し11
日になってようやく血行を促進する薬であるプロスタグランジンE1の点滴をした
のみであり,その外は適切な治療を一切行わなかった。そのため,原告の指は
血行障害により壊死した。
(3) 現に,原告の指を切断した城山病院のA医師は,27日に原告を診察した際,
「最悪ですよ。すぐ手術しなければならない。」などと説明し,同日午後4時に指
を切断する手術を行った。A医師は,原告に対し,「壊死した肉を切り取らないと
他の肉もだめになる。肉だけなら他から移植することもできるが,骨まで腐ってい
た。」と説明した。
(被告の主張)
被告病院の医師らは,負傷直後の段階で,適正な消毒,デブリドマン(除去施
術)を行った。しかし,原告の主張するような薬品を使うと,かえって大量出血など
の問題が生じるおそれがあった。また,被告病院の医師らは,原告の指の組織で
腐食が始まった部分については,その都度適切にデブリドマンを行った。原告自身
に消毒を行わせたとの点も,原告の誤解に基づく主張であり,事実に反している。
原告の指の状態は,その後の点滴及び消毒などの治療により改善傾向にあっ
たのであり,原告の主張するように時間を争って指を切断しなければならないほど
悪化してはいなかった。A医師の意見は同医師の個人的な見解にすぎず,後記5
のとおり他の見解も存在する。
3 被告病院の医師らに説明義務違反があったか。
(原告の主張)
医療の専門家である医師は,緊急を要し時間的余裕がないなどの特別の事情
がない限り,患者が当該治療行為を受けるかどうかを適切に判断し最良の決定が
できるよう,患者の現在の症状とその原因,当該治療行為を採用する理由,治療
行為の具体的内容,治療行為に伴う危険性の程度,治療を行った場合の改善の
見込み及び程度並びに当該治療を受けなかった場合の予後について,当時の医
療水準に基づいてできる限り具体的に説明すべき義務を負う。
本件においても,被告病院の医師らが,原告に対し患部の状態についてきちん
と説明し,原告の要求どおり早期に別の医療機関で更に検査及び診療を受ける機
会を与えていれば,原告は,自分の指の症状をある程度客観的に知ることができ,
今後も被告病院で治療を続けるか,それとも当初からの希望どおり城山病院で治
療を受けるかについて,自らの意思で選択することができたはずである。
しかるに,被告病院の医師らは,原告が被告病院に入院中に何度も原告の指
の状態などについて説明を求めたにもかかわらず,「入院中は,何も考えないで病
気を治すことだけを考えなさい。」,「血色の良い部分もあるので,悪い部分も良くな
るでしょう。」などと言うのみで,今後の治療方法などについて十分に説明しなかっ
た。そのため,原告は,適切な治療を受ける機会を失い,その結果指の切断を余
儀なくされた。
(被告の主張)
被告病院では,原告に対し,10日には整形外科医のC医師が「切断を免れたら
腱縫合を行う必要がある。」と説明し,また,21日には形成外科医(手の専門医)
のD医師が「人差し指の親指側の血の流れは良い。」などと説明し,その外,事あ
るごとに担当医から説明を繰り返した。
被告病院の医師らは,負傷部のデマルケーション(壊死部の境界線がはっきり
すること)を見ながら,植皮するか,最悪の場合には切断するとの治療方針であっ
た。すなわち,切断は最後の手段であると考え,各種の修復の処置を試み,時の
経過に従って観察していた。そして,切断をすることもやむを得ないとの方向を検
討し,このことを原告に説明しようとしていた矢先に,原告が勝手に退院したため,
その説明の機会を失ったにすぎない。
したがって,被告病院の医師らには説明義務違反はない。
4 被告病院の医師らに転院義務違反があったか。
(原告の主張)
前記1,2の各事情にかんがみると,被告病院は,時々刻々と状況が変化する
原告の指の症状に対応できるだけの人的,物的態勢を有していなかったといわざ
るを得ず,原告から転院の希望が再三にわたり述べられていたのであるから,しか
るべき態勢を整えた病院に原告を速やかに転院させるべきであった。しかし,被告
病院の医師らは,原告から出された転院の希望を無視した。
(被告の主張)
被告病院では,原告の指の症状に対応できるだけの態勢を整えていた。すなわ
ち,B医師は手の外科を専門とする形成外科医であり,手の手術経験は200例を
超える。また,B医師以外にも手の外科を専門とする医師が交代で診察し(火曜日
がE医師,水曜日がC医師,土曜日がD医師),B医師と密接に連携して適切な治
療を行っていた。
なお,原告は,被告病院の医師らに直接転院の希望を伝えたことはなかった。
5 前記1ないし4の各事情と原告が指を切断したこととの間に因果関係があるか。
(原告の主張)
被告病院の医師らが,原告に対し,前記1ないし3の各義務を果たし,あるいは
早期に適切な態勢を整えた病院に原告を転院させていれば,原告は指を切断せず
に済んだものであるから,前記1ないし4の各過失と原告の指の切断との間には因
果関係がある。
(被告の主張)
原告は,A医師が指を切断する必要があると言ったことをもって被告病院の医師
らの治療方法に問題があったと主張するが,これは見解の相違に基づくものであ
る。すなわち,A医師は壊死した指に皮膚を移植しても生着しないと言うが,これは
完全壊死の場合に当てはまることであって,本件のような壊死しかかっている指に
は当てはまらない。また,A医師は,先手先手を打って治療すべきであると言うが,
これは同医師の個人的な見解であって,反対の意見もあり得るところである。被告
病院の医師らはできるだけ原告の指を保存すべく治療を行った。その具体的な内
容については前記1,2に述べたとおりであるが,その施術及び治療に不適切な点
はなかった。
他方,本件において原告が指を切断することになった原因は,原告が被告に無
断で退院し,A医師が,勝手に転院した原告の説明をうのみにして,治療中の病院
である被告病院に全く問い合わせをしなかったことにある。城山病院と被告病院は
同一市内にあり,A医師は電話で問い合わせをするなどして被告病院と容易に連
絡を取ることが可能であった。被告病院の医師らとしても,保存的治療をこれ以上
続けるか否か判断すべき時期にきていたので,城山病院から連絡があれば,A医
師と被告病院の医師らとの間でしかるべき医療連携を行い,指切断の可否,時期
の検討が可能であった。その上で,患者である原告に対し段階を踏まえた誠意あ
る説明を行えば,原告に必要以上の精神的苦痛を与えたり誤解を招くことはなかっ
た。
以上のとおりであるから,被告病院の医師らによる施術及び治療が不適切であ
ったために原告の指が切断を余儀なくされたものではない。
6 原告が本件により被った損害
(原告の主張)
原告は,負傷時23歳の若年であり,その原告が利き腕である右手の人差し指
を失うという機能上も外見上も筆舌に尽くし難い精神的苦痛を被ったのであるか
ら,この精神的苦痛を慰謝するに足りる慰謝料は600万円を下ることはない。
また,原告は,被告に誠意が見られなかったことから,やむを得ず原告訴訟代理
人に依頼して本訴を提起した。本訴に要する弁護士費用としては,既に原告訴訟
代理人に支払った20万円の外,50万円が相当であり,これについても被告が賠
償すべきである。
(被告の主張)
原告の主張は争う。
第5 争点に対する判断
1 前記前提事実の外,後掲各証拠によれば,以下のような事実が認められる。
(1) 負傷直後における原告の指の傷の状態(原告本人,弁論の全趣旨)
原告は,9日のプレス作業中,プレス機械の間に右手第2指を挟まれた。原告
の指は,第1関節から先の肉が第3指(中指)側にずれるようにして切れ,めくれ
上がり,傷口から骨が見える状態であった。
原告は,当時勤務していた会社の紹介で,直ちに被告病院に運ばれ,緊急手
術(本件手術)を受けた。
(2) 9日から26日までの原告の指の状態などについて
ア 被告病院のカルテには以下のような趣旨の記載がある(乙1)。
9日 朝9時ころ,指を機械に挟まれた。挫滅創。
10日 (指の先端について)針の痛み刺激OK。知覚なし。
(指の第1関節付近について)紫色不良。
治療方針
伸筋腱は切れてはいなかったでしょうか。もしも切断されてい
て,創部切断を免れた場合は,腱縫合を2週間以内に考えた
方がいいと思います。
11日 ワイヤー1本抜去。
(指の先端について)血流弱い。
→プロスタグランジン開始。1日120mg(生食100ml)を2回。
13日 包交,色良くなってきている。
14日 変化なし。
16日 包交,出血なし,膨張少し,色よい。
17日 (指の先端について)知覚なし。
(指の第1関節付近について)色よい,ペンローズ(ドレーンの名
前)抜去,明日よりヒビテン浴開始。
19日 創きれい,色よい。
21日 創痛なし。
(指の先端について)両側の知覚障害あり。
(指のつめの根元付近について)この部分からの血流供給よい。
22日 膿はなく,出血もないが,創面はまだドライではない。
24日 X線写真の整合性よい。
(指の先端のてのひら側について)壊死性皮膚,しかし感染はな
い。
イ また,被告病院の看護記録には以下のような趣旨の記載がある(乙1)。
病名 右手第2指挫創(骨折)
主訴 創部痛
入院までの経過 本日(9日)午前9時ころ,指をプレスで挟み,外来受診
し,縫合処置及び鋼線2本挿入後入院となる。
9日12時 体温36.2度,脈拍60,血圧110/70mmHg
10日12時50分 包交
一部色不良。血性の滲出(なお,「浸出」と記載さ
れているが,「滲出」の誤記と認める。以下同じ。)
あり。創部時々ズキズキするとのこと。指先の感
覚あまりなし。
11日10時 包交。(プロスタグランジンE1 3A N/S(生理食塩水)100
ml×2)1週間開始。鋼線1本抜去。
鋼線挿入部やや黒っぽい。創部(指先)の色白色である。
血性の滲出あり。創痛あるも自制可。
12日16時 包交
創部痛あるも自制可。血性の滲出あり。
13日15時 包交
出血少量あり。色少し良い感じ?
19時 体温36.2度,脈拍64
14日 6時 体温35.5度,脈拍64
15時 包交
出血少量あり。創部痛なく,他に訴えも聞かれないが,右
手の不自由さがつらい。
15日15時 包交
創部痛時折チクチクする。
16日15時 包交(ソフラチュール交換)
創部痛時折チクチクする。滲出血性少量あり。
17日15時 包交。明日からヒビテン浴後包交。
ペンローズ2本抜管。指の色良好。
18日15時 包交。薬浴施行。
指の色良好。痛み軽度あるも自制可。
20日15時 ヒビテン浴後包交。体温36.1度。
痛みあるも自制内。
21日12時 包交
黒くなっている所一部カット。創痛軽度あり。
22日11時 包交
創痛軽度あり。
23日15時 薬浴
創部痛軽度あり。出血なし。
24日15時 薬浴。包交。右手X線写真2R。
指一部色不良。
25日15時 薬浴。包交。
ソフラ,ガーゼにて処置。創痛軽度あり。
27日15時 外出中
ウ さらに,被告病院の治療指示書には,原告に対する投薬の経過として以下
のような記載がある(乙12)。
9日から11日まではいずれも
パンスポリン(抗生物質)1.0
N/S(生理食塩水)100ml  ×2
12日から17日までは上記に加えて
N/S(生理食塩水)500ml×2
エ そして,10日と24日に行った血液検査の結果は以下のとおりである(乙
1)。
10日   24日    基準値
白血球数    6900  5800 (3300~9000)
赤血球数     552   502  (430~570)
ヘモグロビン  16.8  15.2 (13.5~17.5)
ヘマトクリット 48.8  43.1 (39.7~52.4)
血小板数    19.3  22.5 (14.0~34.0)
MCV       88    85   (85~102)
MCH     30.4  30.3 (28.0~34.0)
MCHC    34.4  35.3 (30.2~35.1)
(3) 他方,城山病院のカルテには以下のような趣旨の記載がある(甲17,18)。
ア 傷病名
①右示指挫滅
②右示指皮膚壊死
③右示指末節骨骨折
27日治療開始
イ 手術記録の記載
術前診断 右示指挫滅後壊死
術式   断端形成,皮弁形成
手術   緊急
術中所見・操作
指のてのひら側は,末節の一部を残してDIP(第1関節)にか
けてまで黒く壊死になっていた。
指の背側の中節の一部も壊死になっていた。
これを切除していくと,軟部も壊死となっており,屈筋腱も壊死
しており,Kワイヤーを抜去すると,DIP関節も壊死となってい
たためにブラブラになってしまった。
末節骨も壊死になっていた。
このため,生存していた皮膚及び中節骨の3分の2を残して切
断した。
FDPも切除。FDSは一部残した。
生存していた皮膚を反転させ,縫合した。
少し欠損は残ったが,これは肉芽が上がるのを待つこととし
た。
ウ 27日の記載
仕事中プレスにて指挫滅
被告病院にて手術,Kワイヤー固定
Kワイヤー抜去,皮弁形成,断端形成
指先てのひら側壊死。つめも,つめ床も,つめ母もだめであった。末節骨も
壊死していた。
このため,原告及びその母親に説明し,原告には指の状態も見せて,DIP
レベル(中節骨の一部より)で切断した。
残った皮膚は形成して,逆行性有茎皮弁とした。
今後この皮膚もだめになる可能性あり。ただ,もしうまくいけば,肉芽が上
がり閉鎖してくる可能性も大きいので,それを期待しましょうと説明する(DI
Pが固くなる可能性についても説明した。)。
エ 27日の血液検査結果(括弧内の数字は基準値)
白血球数    5000(3300~9000)
赤血球数     566 (430~570)
ヘモグロビン  17.4(13.5~17.5)
ヘマトクリット 51.6(39.7~52.4)
MCV     91.2  (85~102)
MCH     30.7(28.0~34.0)
MCHC    33.7(30.2~35.1)
血小板数    27.8(14.0~34.0)
(4) 大阪医賠研メモには,大阪医賠研の判断(平成11年7月15日実施)として以
下のような趣旨の記載がある(乙19)。
ア DIP以遠の挫創については,一般にマイクロサージャリーの適応はないとさ
れ,本件のような骨折部の観血的創閉鎖術で問題ない。特に第2指と第5指
は,切断指を吻合した後に感覚障害が残り,これで眼球等の損傷をする事故
があり,吻合術が回避されることが多い。ただし,結果論的には,予想以上に
組織挫滅の大きかったことから,当初から切断術適応でも差し支えなかった
症例である。
イ また,術後の抗生物質・血管拡張剤投与も適正であり,さらに,その後の経
過観察においても感染兆候なく,また,創部の処置も適正に行っていると認め
られる。
ウ 城山病院での手術所見から見ると,軟部組織はもちろん,骨部分においても
壊死に陥っており,予想以上に深部まで血管損傷・組織挫滅が強かったと認
められる不全切断であり,最初からマイクロサージャリーを施行していたとして
も,生着していた可能性は低かったと考える。切断はやむを得ない症例であ
る。ただし,最初の手術の時点で切断可能性について十分に説明していなか
ったことがこのような紛争につながったのではないかと推測された。
エ 城山病院の術中所見を見る限り,手術適応と手技に問題はないと思われ
る。ただし,被告病院に何の連絡もなく手術したことは,医療連携として問題で
ある。
2 争点1(本件手術が不適切なものであったか。)について
(1) この点について,原告は,本件手術を施行したB医師は,整形外科の専門医
ではなく,キルシュナー鋼線を何度も入れ直すなど極めて手際が悪く,その際に
指の微細血管を傷つけるなどし,また,針金の留め方も不適切であり,全般的に
手術が粗雑であったなどと主張する。
(2) そして,原告は,本人尋問において,本件手術の際,B医師がキルシュナー鋼
線を10回以上も入れ直したと供述する。また,被告においても,B医師がキルシ
ュナー鋼線を2回入れ直したことを認めている。
しかしながら,原告が供述するようにB医師がキルシュナー鋼線を10回以上
も入れ直したと認めるに足りる証拠は何もない。原告も,本人尋問において,B
医師がキルシュナー鋼線を何回も入れ直したところを見ていたわけではないこと
を認める供述をしている。
よって,本件手術が粗雑であったとまで認めることはできない。
(3) さらに,A医師は,「被告第四準備書面に対する反論」と題する書面(甲3)にお
いて,被告に対し,B医師が手の外科の専門医であると主張するのであれば,
同医師についての整形外科専門医の認定証又は日本手の外科学会の会員証
を提出すべきであると述べている。
しかしながら,乙9,被告代表者によれば,B医師は形成外科の専門医である
ことが認められ,同医師が手の外科の専門医でないとまで認めることはできな
い。
(4) なお,被告からは本件手術に関する記録が全く提出されていない。原告のカル
テ及び看護記録(乙1)と治療指示書(乙12)は提出されているが,そこにも本件
手術に関する記載は全くない。
A医師は,この点をとらえ,「被告第四準備書面に対する反論」と題する書面
(甲3)及び証人尋問において,本件手術の記録を見れば正しい手術であったか
どうかはすぐに分かるところ,本件手術の記録がないのであれば,いくら正しい
手術をしたと主張しても,それを証明することはできないなどと述べている。
そして,被告代表者によれば,被告病院では,本件手術の状況などを手術記
録という形式ではもちろんのことカルテにも記録していなかったことが認められ
る。また,弁論の全趣旨によれば,被告病院では,原告の初診時にレントゲンを
撮影したにもかかわらず,そのレントゲンフィルムを紛失してしまったことが認め
られる。そのため,本件手術に関して,どのような手術が行われたのか,本件手
術の状況はどうだったのかなどについて,事後的に第三者が記録によって確認
することは不可能というほかない。
ただ,レントゲンフィルムについては,平成11年夏ころ,被告が,原告から損
害賠償を請求された際,民間の研究所である大阪医賠研に郵便で送ったとこ
ろ,いったん大阪医賠研に到着したものの,その後どこかでなくなってしまったも
のと一応認めることができる(乙19,被告代表者)。
そのため,本件手術に関する記録が被告から全く提出されていないからとい
って,本件手術が不適切であったとまで推認することはできない。
(5) この外,原告の上記主張(本件手術が不適切であったこと)を裏付けるに足り
る客観的な証拠は何もない。
したがって,原告の上記主張を採用することはできない。
3 争点2(被告病院の医師らによる治療が不適切なものであったかなど)について
(1)ア 原告は,負傷した指について,本件手術後,良くなるどころか,日増しに血色
などが悪くなる一方だったと主張し,本人尋問においてその旨供述する。
イ 確かに,原告の指の状態は,27日の時点で,親指側及び手の甲側は血流
が残っており組織がかろうじて生きていたものの,中指側及びてのひら側は壊
死していたことが認められる(乙6の1,2,証人A,同F)。
また,原告が負傷した時点又はそれから間もない時点で原告の指を撮影し
た写真は存在せず,本件手術の際に原告の指を撮影した写真もない。そのた
め,乙6の1,2の各写真(27日の時点での原告の指を撮影したもの)と負傷
後間もないころの原告の指の写真とを比べて,指の色の変化などを検討する
ことはできない。
ウ しかしながら,前記1(2)ア,イで認定した被告病院のカルテや看護記録の記
載によれば,指の色が良くなってきた時期もある(13日,16日ないし19日)こ
とが認められる。なお,この指の色がよくなってきたというのは,指全体の色が
良くなってきたというのではなく,壊死した部分は黒くなり,逆に壊死していな
い部分の色が良くなってきたという趣旨である(これが被告の主張するデマル
ケーションのようである。乙6の1,2の各写真もこのような状態を示している。
被告代表者)。そして,被告病院の医師らは,指の黒くなった部分を一部切除
する(21日)などした(乙1,被告代表者)。
そのため,原告の指が一方的に悪くなっていったとまで認めることはできな
い。
(2)ア また,原告は,負傷時,機械油などにより著しく汚染された軍手をはめてい
た(原告本人)ことから,原告の指は細菌感染を引き起こしかねない状態にあ
ったものといえる。
イ この点について,原告は,被告病院の医師らは,適切な洗浄,消毒及び切除
(デブリドマン)を怠り,原告の負傷後2日も経過してから消毒を始め,また,消
毒に使用する薬品も限られたものしか使用しなかったため,上記消毒開始ま
での間に原告の指に感染症が生じ組織が腐食し始めたと主張する。
ウ しかしながら,被告病院の医師らは,原告に対し,毎日点滴と消毒を行い,
抗生物質を投与していた(乙12,原告本人,被告代表者,弁論の全趣旨)。
そして,前記1(2)エ,(3)エで認定した被告病院や城山病院における血液検
査の結果(被告病院では10日と24日に検査し,城山病院では27日に検査し
た。)によれば,白血球数を始めとしてほとんどすべての測定値が基準値内に
ある(なお,24日のMCHCだけは0.2パーセント基準値を超えているが,こ
れは注意しなければならないほどのものではないと考えられる。)ことが認め
られる。
また,前記1(2)イで認定した被告病院の看護記録の記載によれば,原告の
体温や脈拍なども常に正常な値を示していたことが認められる。
しかも,前記1(2)アで認定したとおり被告病院のカルテには,「膿はない。」
(22日)とか「感染はない。」(24日)などと記載されており,この点について
は,原告も,本人尋問において,膿が出ていなかったことを認める供述をして
いる。
以上述べたことを総合すると,原告の指には感染症が生じていなかったも
のと認められ,被告病院の医師らがなした感染症に対する予防措置は十分で
あったものということができる。
エ なお,原告は,被告病院では,原告自身に消毒を行わせるなど,ずさんな治
療しかしなかったと主張し,本人尋問においてもその旨供述する。
確かに,原告本人及び被告代表者によれば,被告病院では,少なくともヒ
ビテン液による薬浴については原告自身に行わせていたことがうかがわれ
る。
しかしながら,原告自身が消毒を行っていたかどうかはともかくとして,上記
ウで認定したとおり,血液検査や体温,脈拍の測定結果などから原告の指に
は感染症が生じていなかったものと認められる以上,仮に原告自身に指の消
毒を行わせていたとしても,そのことは被告病院の医師らのなした感染症に
対する予防措置が十分であったとの上記認定を覆すものとはならない。
(3)ア さらに,原告は,負傷した指には血行障害を疑わせる臨床症状が現れてい
たにもかかわらず,被告病院の医師らはそれに対する適切な治療を一切行
わなかったため,原告の指は血行障害により壊死したと主張する。
イ 確かに,前記1(2)ア,イで認定した被告病院のカルテや看護記録の記載(1
0日)によれば,原告の指の状態は,負傷後間もない時から,創傷部位に痛
みがあったものの,感覚がなくなっていたことが認められる。また,前記1(2)イ
で認定した被告病院の看護記録の記載によれば,原告は,被告病院に入院
後もしきりに創傷部位の痛みを訴えていたことが認められる。
ウ しかしながら,被告病院の医師らは,指の血行障害対策として,11日にプロ
スタグランジンE1(血管を拡張し血行を促進する薬)の点滴を行った(乙1)。
そして,前記(1)ウで指摘したとおり,13日や16日ないし19日にかけて指
の色が良くなってきてもいた。
また,前記1(2)アで認定した被告病院のカルテの記載(21日)によれば,
指のつめの根元付近について血流の供給が良かったことが認められる。
エ なお,原告は,被告病院の医師らはヘパリン(血液凝固抑制剤)やウロキナ
ーゼ(血栓溶解剤)などの薬を原告に投与しなければならなかったと主張す
る。しかし,本件では,上記のプロスタグランジンE1の点滴に加えて更にヘパ
リンやウロキナーゼなどの薬を原告に投与しなければならないような事情は
認められない(証人F,被告代表者)。
オ よって,被告病院の医師らは,原告の指の血行障害の発生を防止する措置
も十分行っていたものと認められる。
(4) 以上によれば,被告病院の医師らによる治療が不適切なものであったと認め
ることはできない。
4 争点3(被告病院の医師らに説明義務違反があったか。)について
(1) 甲17,18,乙19,証人A,原告本人及び被告代表者によれば,以下の事実
が認められる。
ア 原告は,27日,携帯電話を解約しに行くと言って被告病院から外出の許可
をもらい,そのまま母親と一緒に被告病院には無断で城山病院の診察を受け
に行った。
イ 城山病院では,A医師が診察し,原告の指の状態について,右示指挫滅,同
指皮膚壊死,同指末節骨骨折と診断した。その時点で,原告の指のてのひら
側の皮膚は末節の一部を残して第1関節にかけて黒く壊死しており,手の甲
側の皮膚も中節の一部が壊死していた。
そこで,A医師は,断端形成,皮弁形成のための緊急手術を行った。
ところが,上記手術をしたところ,既に,皮膚の外,軟部組織,屈筋腱,第1
関節及び末節骨まで壊死していることが判明した。
そのため,A医師は,原告とその母親に指の現状を説明しその同意を得た
上で,生存していた皮膚と中節骨の3分の2を残して指を切除し,生存してい
た皮膚を反転させて縫合する手術を行った。
(2)ア 上記認定事実によれば,原告が27日に城山病院に行った時点では,原告
の指は,既に軟部組織はもちろんのこと骨まで壊死しており,本件事故による
血管損傷・組織挫滅が深部にまで及んでいたものと認めることができる。
そのため,A医師の診断及び手術には問題がなく,同医師が原告の指を切
断したことはやむを得なかったものと認められる。
イ なお,被告代表者は,A医師が,被告病院に無断で原告の指を切断し,ま
た,手術中に指のポラロイド写真(乙6の1,2)を撮影したり,指の組織検査
の標本を採らなかったことなどをとらえて,本人尋問において,同医師が原告
の指を切断する前に手術ミスを犯し,それを隠すために原告の指を切断した
のではないかなどと供述する。
確かに,A医師が被告病院に何の連絡もなく原告の指を切断したことは,
医療機関の間の連携として問題があるともいえる(乙19)。
しかしながら,本件では,原告が,携帯電話を解約しに行くなどと虚偽の事
実を伝えて被告病院を抜け出し,被告病院に無断で城山病院の診察を受け
に来たのであるから,既に原告と被告病院との間の信頼関係は破綻してお
り,このような場合にまで,A医師が従前の治療経過などを被告病院に確認す
べきであったとまでいうことはできない(証人F)。
そして,A医師が手術中にミスを犯したと認めるに足りる証拠は何もない。
結局のところ,被告代表者の上記供述は,同人の単なる憶測に基づくもの
であって何ら根拠のあるものではなく,採用することができない。
(3) ところで,被告は,被告病院の医師らは,原告の指の切断について検討してい
たものの,指の切断は最後の手段であると考えていたので,負傷部のデマルケ
ーション(壊死部の境界線がはっきりすること)を見て,植皮を検討し,最悪の場
合には指を切断するとの治療方針を採っていたと主張する。また,被告病院の
医師らは,指の切断もやむを得ないとの方向で検討し,これを原告に説明しよう
としていた矢先に,原告が勝手に被告病院を退院してしまったため,その説明の
機会を失ったにすぎないとも主張する。
しかし,乙1,原告本人及び被告代表者によれば,被告病院の医師らは,原
告の指を切断する可能性のあることを原告に対しきちんと適切に説明していな
かったものと認められる。
(4)ア この点について,被告は,原告に対し,10日には整形外科医のC医師が
「切断を免れたら腱縫合を行う必要がある。」と説明し,また,21日には形成
外科医のD医師が「人差し指の親指側の血の流れは良い。」などと説明し,そ
の外,事あるごとに担当医から説明を繰り返していたと主張し,被告代表者は
本人尋問においてこの主張に沿う供述をする。
確かに,前記1(2)アで認定したとおり,被告病院のカルテ(乙1)には,21
日に,指のつめの根元付近について,この部分からの血流の供給がよい旨
の記載がある。また,10日には,治療方針として,「伸筋腱は切れてはいなか
ったでしょうか。もしも切断されていて,創部切断を免れた場合は,腱縫合を2
週間以内に考えた方がいいと思います。」との記載がされている。
しかしながら,10日のこの記載を素直に読む限りでは,C医師が,本件手
術を担当したB医師に対し,原告の指の伸筋腱の状態を確認し,今後の治療
方針を助言しているものとしか理解できない。そうすると,被告病院のカルテ
(乙1)の上記10日の記載から,被告の主張するように,C医師が,原告に対
し,「切断を免れたら腱縫合を行う必要がある。」と説明したものとは認めるこ
とができない。
また,仮に,カルテに記載されたとおりのことを被告病院の医師らが原告に
説明していたとしても,前記1(2)アで認定したカルテの記載程度の説明では,
被告病院の医師らが原告の指の状態を観察していること,指の状態によって
は切断することもあり得ることなどを説明したことにはならないといわざるを得
ない。
そして,上記以外に,事あるごとに被告病院の担当医から原告に対し説明
を繰り返していたことを認めるに足りる証拠もない。
イ かえって,前記(1)アで認定したとおり,原告が,携帯電話を解約しに行くと虚
偽の事実を伝えてまで被告病院から外出の許可をもらい,そのまま母親と一
緒に被告病院には無断で城山病院の診察を受けに行ったことからすると,原
告は,被告病院の医師らから指の状態や治療方針などに関する説明をきち
んとされなかったため,不安や不信感を抱いていたことが推測される。
また,被告病院の看護記録には,ほぼ毎日のように「創部痛がある。」と
か,「痛みあるも自制内。」などの記載がある(乙1)。これによれば,原告は,
ほぼ毎日のように指の痛みを訴えていたにもかかわらず,被告病院の医師や
看護師らからは「我慢するように。」とのみ言われていたのではないかと推測
される。
以上によれば,原告が被告病院における治療に強い不信感を抱いていた
ことが十分に認められるのであって,結局のところ,被告病院の医師らは,原
告に対し,指の状態や治療方針(指の切断の可能性など)などに関してきちん
とした適切な説明をしなかったものと認めることができる。
ウ なお,被告は,壊死部の境界線をはっきりさせ,生き残る部分と壊死する部
分とをきちんと切り分けるために,負傷部を注意深く観察(デマルケーション)
していたと主張し,被告代表者は本人尋問においてその旨供述する。
ところで,デマルケーションには治療期間が長くなるという欠点があり(被告
代表者),そのため,患者は患部がどうなるのかという不安な気持ちを長期間
にわたって抱き続けることになるのであるから,医師としては,デマルケーショ
ンをするに当たり,患者に対し,その不安な気持ちを静めるために十分な説明
を行う必要があるものと認められる。
(5) 以上によれば,被告病院の医師らは,原告に対する説明の義務を怠ったもの
というべきである。
5 争点4(被告病院の医師らに転院義務違反があったか。)について
(1) 甲1及び弁論の全趣旨によれば,転院の判断については,自己の専門分野,
臨床経験及び当該病院の医療設備からすると,当該患者の疾病改善が困難で
あると認められる場合に,①患者の一般状態が搬送に耐え得るかどうか,②搬
送可能な地域内に適切な設備・専門医を配置した医療機関があるかどうか,③
転医によりその疾患の改善の可能性を予測できるかどうかなどを考慮して判断
することになるものと認められる。
(2) この点について,原告は,被告病院には整形外科を専門とする医師がいたの
かどうか及び整形外科の専門医が原告の指の治療に当たったのかどうかにつ
いて,かなり疑問があると主張する。
(3) しかしながら,B医師は,形成外科医であって,手の外科の専門医でないとま
で認めることができないことは,既に前記2(3)で指摘したとおりである。
そして,乙1,被告代表者及び弁論の全趣旨によれば,被告病院では,B医
師以外にも手の外科を専門とする医師が交代で原告を診察していた(火曜日が
E医師,水曜日がC医師,土曜日がD医師)こと,また,月曜日,木曜日及び金曜
日には手の外科を専門としない医師が原告を診察していたが,その場合でも,
その日の様子がカルテや看護記録に記載され(なお,この記載ははなはだ不十
分なものではある(乙1)が,記載されていないわけではない。),翌日又は翌々
日には手の外科を専門とする医師に一応引き継がれ,その診察がなされていた
ことが認められる。
また,被告病院の医師らのなした指の感染症及び血行障害に対する予防措
置が十分であったものと認められることは,前記3(2),(3)のとおりであり,被告病
院の医療設備が原告の指の疾病改善のために不十分であったことを認めるに
足りる証拠は何もない。
そのため,結局のところ,被告病院の各医師の専門分野,臨床経験及び被告
病院の医療設備では原告の指の疾病改善が困難であったとまでは認められな
い。
(4) したがって,その余の点について判断するまでもなく,被告病院の医師らには
そもそも転院義務が発生していなかったものと認められ,同医師らに転院義務
違反があったとする原告の主張は採用することができない。
(5) なお,原告は,被告病院の担当医が外科の専門医ではないときに,あるいは
被告病院の医師らの引継ぎがうまくいかずに,原告の指の危険な兆候を見落と
したとも主張する。
確かに,乙1及び被告代表者によれば,被告病院における医師らの引継ぎ
は,カルテの記載も含め不十分なものであったことがうかがわれる。
しかしながら,そうであるからといって,被告病院の医師らが原告の指の危険
な兆候を見落としたと認めるに足りる客観的な証拠はないから,原告の上記主
張は採用することができない。
6 争点5(因果関係)について
(1) この点について,原告は,被告病院の医師らが,適切な手術と治療を行い,適
切な説明を原告にし,あるいは原告を早期に適切な態勢を整えた病院に転院さ
せていれば,原告は指を切断せずに済んだと主張する。
(2) しかしながら,前記2,3で認定したとおり,本件手術には問題がなく,被告病
院の医師らによる治療にも問題はなかったものと認められる。また,上記5で認
定したとおり,被告病院の医師らには原告を被告病院から転院させるべき義務
もなかったものと認められる。
(3) ただ,前記4で認定したとおり,被告病院の医師らは,原告に対し,指を切断す
ることになるかもしれないことなどをきちんと適切に説明しておらず,その点で説
明義務を怠ったものといえる。
しかし,原告は,指をプレス機に挟まれる本件事故により,指の血管損傷・組
織挫滅が深部にまで及んでいたものと認められるから(乙19),原告の指は早
晩切断せざるを得ない状態にあったものと認められる。
そのため,被告病院の医師らが,原告に対し,指を切断することになるかもし
れないことなどをきちんと適切に説明したからといって,原告が指を切断しなくて
もよくなったものとは認められない。
よって,被告病院の医師らによる説明義務の違反と原告の指の切断との間に
因果関係があるとは認められない。
(4) 以上によれば,被告は,原告が指を切断したこと自体について,診療契約又
は事務管理に基づく債務不履行責任も不法行為責任(民法715条1項に基づく
使用者責任)も負わないものというべきである。
7 争点6(原告の損害)について
(1) 原告は,被告に対し,指を切断したことに関して被った精神的苦痛に対する慰
謝料の支払を求めている。
しかしながら,既に上記6で検討したとおり,被告は,原告が指を切断したこと
自体についての責任を負うものではない。
(2) ただ,前記のとおり,被告病院の医師らは,原告に対し,指を切断することにな
るかもしれないことなどを説明すべき義務を果たしていない。
原告は,被告病院の医師らから指を切断することになるかもしれないことなど
をきちんと適切に説明されていれば,指の切断について心の準備ができたはず
である。ところが,原告は,実際には被告病院の医師らから適切な説明を受けて
いなかったことから,城山病院において指を切断するに際し,大きな精神的苦痛
を受けたものと認められる(原告本人)。
そうすると,被告は,被用者である被告病院の医師らが被告の事業である原
告の指の治療に関し説明義務を果たさなかったことにより,心の準備ができてい
なかったために指の切断に際して原告が受けた精神的苦痛に対し,民法715条
1項に基づき慰謝料を支払うべき責任を負うものというべきである。
そして,慰謝料額については,結果発生の突然性(被告病院で治療を受けて
いる間は指切断の可能性についての説明がなかったのに,27日に城山病院の
A医師の診察を受けたところそのまま切断となった。),結果の重大性(右手第2
指の中節骨近位3分の1くらいで切断した。),被告病院の医師らの説明不足
(指切断の可能性についてはほとんど説明していなかった。)などを総合的に考
慮して,100万円とするのが相当である。
(3) 原告が本訴追行のために訴訟代理人として弁護士を依頼したことは当裁判所
に顕著な事実であり,上記の認定慰謝料額,本件事案の内容,本訴の審理経
過などの一切の事情を勘案すると,被告が負担すべき弁護士費用は10万円と
するのが相当である。
(4) したがって,原告は,被告に対し,不法行為(民法715条1項の使用者責任)
に基づき,110万円及びこれに対する不法行為の日(被告病院において本件手
術が行われ,指の治療が開始された日。なお,同日から被告病院の医師らによ
る前記の説明義務違反があったものと認められる。)である平成10年11月9日
から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める
ことができる。
第6 結論
以上によれば,原告の請求は,被告に対し,110万円及びこれに対する平成1
0年11月9日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支
払を求める限度で理由があるからこれを認容し,その余はいずれも理由がないか
ら棄却することとして,主文のとおり判決する。
前橋地方裁判所民事第2部
裁判長裁判官 東 條   宏
裁判官 原   克 也
裁判官 高 橋 正 幸

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