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           判     決
           主     文
1 原告の請求をいずれも棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
           事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1)被告は,沖縄県内において,「佐川急便株式会社」の商号を使用してはならな
い。
(2)被告は,原告に対し,金1000万円及びこれに対する平成13年1月28日から
支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(3)訴訟費用は被告の負担とする。
2 請求の趣旨に対する答弁
(1)本案前の答弁
ア 原告の請求の趣旨(1)にかかる訴えを却下する。
イ 訴訟費用は原告の負担とする。
(2)本案の答弁
ア 原告の請求をいずれも棄却する。
イ 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者の主張
1 請求原因
(1)請求の趣旨(1)について
ア 原告は,昭和42年6月26日に設立された法人で,昭和58年2月10日に
「沖縄佐川急便合資会社」という商号登記を行い,沖縄県において継続的に
営業活動を行ってきた法人である。
イ 被告琉球佐川急便株式会社訴訟承継人佐川急便株式会社(以下「被告」と
いう。)は,昭和63年8月10日,完全子会社である「琉球佐川急便株式会社」
という法人(本店は,原告と同じく沖縄県浦添市)を設立し,以後沖縄県におい
て同商号を使用してきたが,平成14年3月21日に「琉球佐川急便株式会社」
を吸収合併し,現在は沖縄県において「佐川急便株式会社」の商号を使用し,
貨物自動車運送事業を営んでいる。
ウ 「沖縄佐川急便合資会社」と「琉球佐川急便株式会社」,「佐川急便株式会
社」とは商号が類似する。
エ 上記イの類似商号使用行為(「琉球佐川急便株式会社」の商号使用行為,
「佐川急便株式会社」の商号使用行為の両方をいう。以下「本件類似商号使
用行為」という。)は,不正競争の目的によりなされたものである(なお,琉球
佐川急便株式会社(以下「琉球佐川」ということがある。)は,原告と同一市内
において同一の営業のため原告の登記したる商号と類似した商号を使用した
から,商法20条2項の適用により,不正競争目的の存在が推定され,同社を
吸収合併した被告は,その地位を包括承継したから,本訴において同法20
条2項が類推適用されるべきである。よって,上記エについては,原告は立証
責任を負担しない。)。
オ よって,原告は,被告に対し,商法20条1項の商号使用差止請求権に基づ
き,沖縄県内において,「佐川急便株式会社」の商号の使用禁止を求める。
(2)請求の趣旨(2)について
ア 被告の本件類似商号使用行為自体が不法行為である。
イ その他の不法行為
(ア)被告は,原告に対し,昭和60年1月から昭和62年5月まで,九州佐川急
便株式会社(以下「九州佐川」という。)を通じて,鹿児島沖縄間の船運賃
代について,毎月600万円の水増し請求を行い,原告から1億7400万円
の金員を詐取した。
(イ)被告は,昭和63年,A,B及びCが原告の社員に就任した旨の虚偽の登
記申請を行なった。
(ウ)被告は,平成元年9月ころ,原告の営業活動を事実上不可能にするため
に,沖縄県外から約100名の従業員を沖縄県に結集させ,無許可で貨物
の運送を行なった。
(エ)被告は,平成3年1月10日ころ,原告が解散する旨の虚偽の合意書(乙
2)及び念書(乙3)を作成し,同月25日,原告が解散する旨の虚偽の登記
申請をした。
(オ)被告は,平成3年2月25日,原告が使用していた31台の運送車両を譲
受けた旨の虚偽の書類及び原告が廃業する旨の虚偽の廃業届を沖縄総
合事務局運輸部に提出した。
(カ)被告は,平成3年2月28日,上記(オ)の車両の使用者を琉球佐川に変更
する旨の虚偽の登録申請(甲4)を行なった。
(キ)被告は,平成3年3月某日,上記(オ)の車両売買契約書(乙4)を偽造し
た。
ウ 上記ア,イによって,原告はその営業権を侵害された。
エ 被告は,原告が沖縄県内において「沖縄佐川急便合資会社」の商号を用い
て営業活動を営んでいるという事実を知りながら,あえて自己の営業活動を
行なったもので,営業権の侵害について故意がある。
オ 原告は,琉球佐川が設立される昭和63年8月10日以前は,少なくとも年間
4800万円の所得を得ていたが,上記ア,イによって,平成2年以降は,年間
の所得が4000万円以下になった。このため,少なくとも,原告には年間800
万円の損害が生じた。
カ よって,原告は被告に対し,不法行為に基づき,損害賠償金の内金1000万
円及びこれに対する平成13年1月28日(平成12年1月28日から平成13年
1月27日までの期間の不法行為が終了した日の翌日)から支払済みまで民
法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 被告の本案前の主張
 特定の都道府県内における商号の使用差止請求などは法律上の権利として,そ
もそも認められていない。
3 被告の本案前の主張に対する原告の認否
争う。
4 請求原因に対する認否
(1)請求原因(1)ー商号差止請求ーについて
ア 請求原因(1)アのうち原告は,昭和42年6月26日に設立された法人で,昭
和58年2月10日に「沖縄佐川急便合資会社」という商号登記を行ったことは
認めるが,その余は否認する。原告は,沖縄県下での被告の貨物の集配業
務を行う同社と資本関係のある取引先にすぎず,他に独自の事業を営んでい
たものではなく,保護されるべき独立した営業は持っていない。
イ 同イのうち被告が平成14年3月21日に琉球佐川を吸収合併し,現在沖縄
県において貨物自動車運送事業を営んでいることは認めるが,その余は否認
する。琉球佐川は九州佐川(被告の完全子会社ではない。後に,被告が吸収
合併した。)の完全子会社として設立されたものである。
ウ 同ウは否認する。
エ 同エは否認する(なお,原告は,商法20条2項が類推適用されるべきと主張
するが,商号は,法人につき属人的なものであり,吸収合併により,商号使用
差止義務を承継することはない。)。被告は,原告の設立以前から設立され,
貨物運送事業を行っていたもので,原告の本訴請求は失当である。また,上
記吸収合併は,いわゆる東京佐川事件が発生したことを受けて,社内体制を
立て直すため,平成4年から順次行われてきた合併の一環として行われたも
のである。
(2)請求原因(2)ー損害賠償請求ーについて
請求原因(2)はいずれも否認する。
5 抗弁
(1)商号を使用しないとの合意
平成3年1月10日,原告と佐川急便グループとの間で,原告が解散するとの
合意が成立した。この合意には,仮に原告が営業を再開したとしても,「佐川急
便」との商号を使用しないことが内包されている。
(2)権利濫用
ア 現在は被告が吸収合併している九州佐川が,昭和56年7月15日,原告を
買収してその営業を譲り受け,その後は原告は営業権を有しない状態になっ
たが,佐川急便グループは沖縄県においては営業許可事業者ではなかった
ため,形式的には原告名義で営業が継続され,昭和58年2月,原告は佐川
急便グループの許諾を受けて「沖縄佐川急便合資会社」の名称を商号として
使用することになった。
イ 平成3年1月10日,原告と佐川急便グループは,原告が解散するとの内容
の合意をした。ところが,原告は,営業を廃止するという佐川急便グループと
の合意に反して法人を再起(会社継続)した。
ウ 原告は,九州佐川がその設立費用を出捐したのであり,原告代表者である
Dが形式上は無限責任社員たる地位があるが,自らの計算で原告に出資し
たものではなく,無限責任社員たる地位を利用して,原告につき九州佐川と資
本関係のない独立法人のように装い,法人を再起(会社継続)したほか,本訴
請求に及んでいるのであって,そもそも本件のような訴訟を提起する独立の
経済的利益はない。
エ 以上を総合すると,本件請求,訴訟提起は権利濫用である。
(3)消滅時効(請求原因(2)について)
ア 請求原因(2)イの各事実が不法行為を構成するとしても,原告が損害,加害
者を知りたるときから3年以上が経過した。
イ 被告は,平成15年8月5日の本件準備手続期日において,上記時効を援用
するとの意思表示をした。
6 抗弁に対する認否
(1)抗弁(1)は否認する。
そもそも原告が解散する旨の合意書は,被告側が偽造したものであり,原告
は解散する旨の合意をしていない。そうである以上,かかる合意書に「佐川急
便」という商号を使用しない旨の合意まで内含しているとはいえない。
(2)抗弁(2)はいずれも否認する。
原告が解散する旨の合意書は,被告側が偽造したものであり,原告は解散す
る旨,合意していない。また,原告には,独立の経済的利益もある。したがって,
本件請求,訴訟提起は,権利濫用ではなく,正当な権利行使である。
(3)抗弁(3)のアは明らかに争わない。
もっとも,被告は,請求原因(2)イの不法行為を基礎として,沖縄県内において
営業活動を行っており,上記不法行為がなければ,被告の営業も行えない。よっ
て,請求原因(2)イの不法行為の違法性が平成3年以降の被告(琉球佐川を含
む。)の営業に承継され,平成3年以降の被告(琉球佐川を含む。)の営業は,原
告との関係で,不法行為である。
第3 当裁判所の判断
1 請求の趣旨(1)について
(1)本案前の答弁について
商号の登記をなした者は,不正競争の目的で同一又は類似の商号を使用す
る者に対してその差止めを請求することができる(商法20条1項)。この請求権
は,商号を使用する者が商号の登記をなした者と同市町村内で営業をしている
か否かに関係なく認められるものであり,またその商号が登記されている場合に
は,差止めの目的を達するため,その抹消登記手続をも求め得るものであるか
ら,特定地域内のみにおいて商号の使用を差し止める権利としては予定されて
おらず,特定地域についてのみ使用の差止めを求めることができ,他地域での
使用については求めることができないという権利は同項の権利として認められな
いというべきである。
しかし,同項による差止請求権を有する者が,その権利行使の場面におい
て,差止めを求める範囲を任意に限定することが許されるか否かについては,
上記の権利内容から直ちに結論が導かれるものではない。そして,同項による
差止請求権を有する者において,差止めを求める範囲を自ら狭めたとしても,通
常は商号の使用者に対し不当な不利益を負わせることはないと考えられるし,
商法20条2項が同市町村内で同一営業のために商号を使用すること等を要件
として事実推定を定めているところを見ても,特定地域での使用というものはあ
り得るものといえ(例えば,特定市町村内において,当該商号を掲げた営業所を
設けて営業活動を行うなど。),差止めを求める地域の範囲を普通地方公共団
体の区域に限定して差止めを求める場合などには,その範囲が不明確であると
いうこともなく,請求内容の特定の上で問題を生じることもないと考えられるか
ら,そのような訴えを一概に不適法ということはできないと解される。
そして,原告は,沖縄県という普通地方公共団体の区域を限定して商号の使
用差止めを求めているものと理解されるところであるから,上記のとおり,これを
直ちに不適法な訴えということはできない。
(2)本案の判断
ア請求原因(1)アのうち原告は,昭和42年6月26日に設立された法人で,昭和
58年2月10日に「沖縄佐川急便合資会社」という商号登記を行ったこと,同イ
のうち被告が平成14年3月21日に琉球佐川を吸収合併し,現在沖縄県にお
いて貨物自動車運送事業を営んでいることは,当事者間において争いがな
い。
イ 本件類似商号使用行為のうち,差止請求の関係で意味のある「佐川急便株
式会社」の商号使用行為について検討する。
(ア)まず,「沖縄佐川急便合資会社」と「佐川急便株式会社」が類似商号とい
えるか(請求原因(1)ウ)につき検討するに,前者は初めに「沖縄」との文字
があり,また合資会社と株式会社と会社の種類が異なるという相違点があ
るが,両者は「佐川急便」という部分が一致しており,「佐川急便」という名
称は一般社会において運送事業を営む会社として広く知られており(公知
の事実),各商号中「佐川急便」という部分がもっとも一般の顧客の注意を
引く部分であると考えられるのであり,上記の相違点を考慮しても,取引市
場において世人をして商号の誤認,混同を生じさせるおそれがあり,それぞ
れの商号は類似しているものと認めることができる。
(イ)そこで,請求原因(1)エ(不正競争の目的)について判断することとする。
a 原告は,前記のとおり,琉球佐川が「琉球佐川急便株式会社」との商号
を使用していたことについて,原告と同一商号を使用するものとして商法
20条2項により不正競争の目的が推定され,更に琉球佐川と合併した
被告について,同項が類推適用されると主張する。
しかし,商号の使用差止請求権は,不正競争の目的をもって同一又
は類似の商号を使用する者に対して認められるものであるから(商法20
条1項),現に使用されている個別の商号についてその差止めの可否が
問題となるのであり,同条2項も,問題とされている当該商号について,
同項の定める一定の要件を満たす場合にその不正競争目的での使用を
推定するものにすぎず,この推定が,当該商号と異なる他の商号の使用
についても及ぼされるとする根拠はなく,むしろそのような考え方は,同
項の適用範囲を不当に拡張するものというべきである。これは他人の登
記した商号を使用していた会社が他の会社に合併された場合であっても
変わるところはなく,同項の適用の可否は,合併後の会社の商号につい
て,独自に判断されるべきである。
よって,「沖縄佐川急便合資会社」と「琉球佐川急便株式会社」の商号
の同一性等を検討するまでもなく,この点に関する原告の上記主張には
理由がない。被告が「佐川急便株式会社」との商号を不正競争目的で使
用していることについては,原告が主張,立証責任を負う。
bそこで更に,被告が沖縄県内において「佐川急便株式会社」との商号を
使用していることについて,不正競争の目的が認められるかについて検
討する。
争いがない事実,後掲の各証拠及び弁論の全趣旨によれば,以下の
各事実が認められる。
(a)被告は,昭和40年11月24日,「佐川急便株式会社」との商号で,京
都市内を本店所在地として設立され,その後次第に発展していった
が,商号を昭和57年1月に「京都佐川急便株式会社」に変更し,平成
2年4月に再び「佐川急便株式会社」に変更している。さらに,被告
は,いわゆる東京佐川事件を契機に,平成4年ころから全国各地の
「佐川急便」の名を冠した運送会社を順次吸収合併してきた。被告は,
全国的に貨物自動車運送事業を営んでいる著名な法人であり,平成
14年3月22日の時点において,資本金の額は11億0990万円であ
る。(乙9,10)
(b)昭和56年7月15日,九州佐川は,東海運輸合資会社(以下「東海運
輸」という。)から,一般区域貨物自動車運送事業の営業権を代金16
00万円で譲り受け,東海運輸を買収した(乙1の1ないし4)。
昭和58年2月10日,東海運輸は商号を「沖縄佐川急便合資会社」
に変更した(以下では同社を単に「原告」という。)(原告代表者)。
(c)昭和52年ころ,D(ただし,原告代表者尋問の結果を証拠として引用
する場合には「原告代表者」と記載する。)は,九州佐川に運転手とし
て入社したが,昭和60年ころ係長という地位を最後に九州佐川を退
職して,同年9月12日,原告の無限責任社員に就任した。これについ
て,Dは,66万円を支払い,無限責任社員になったと供述するが,同
支払を証する文書は提出されておらず,また,66万円という金額が適
正な金額かは不明である。他方,Dの入社日と同日,それまで原告の
無限責任社員であった赤間等が退社したが,同人は九州佐川の関係
者であった。(甲1,原告代表者)
(d)昭和63年ころ,Dが原告の九州佐川からの独立性を主張したことな
どから,原告と九州佐川との関係が悪化した。そして,平成元年7月2
9日付けで清和商事株式会社の代理人であるE弁護士らがDに対し
差し出した書留内容証明郵便(甲62)には,原告は全額九州佐川が
出資して誕生した会社であり,佐川グループに属するもので,Dが今
後も原告を自己のものであるかのような言動をするのであればしかる
べき対応を考えざるを得なくなると警告したことが記載されている。さ
らに,同年8月25日付けの清和商事株式会社他2社の代理人である
E弁護士らがDに対し差し出した書留内容証明郵便(甲58)にも,同
様の警告が記載されている。(甲58,62,原告代表者)
(e)(d)のような関係悪化に関連して,昭和63年8月10日,琉球佐川が
設立され,平成元年9月ころから,沖縄県内で貨物運送の営業を始め
た。同社設立に当たっての発起人や設立当時の株主が誰であるかは
証拠上必ずしも明らかではないが,被告は,九州佐川の完全子会社
として琉球佐川は設立されたと主張している。そして,平成元年6月2
8日に閉鎖された琉球佐川の商業登記簿役員欄用紙には,代表取締
役としてC,取締役としてA,Bの氏名が記載されているが,これら3名
は,後記認定のとおり(2(4)),いずれももと九州佐川の従業員であっ
た。(甲2,70,原告代表者)
その他,本件証拠上,被告が完全子会社である琉球佐川を設立し
たと認めるに足りる証拠はない。
(f)平成3年1月10日,Dは,原告代表者として,九州佐川,南九州佐川
急便株式会社及び鹿児島佐川急便株式会社(以下「鹿児島佐川」とい
う。)の代理人である沖縄弁護士会所属のF弁護士との間で,上記3
社を甲,原告を乙として,以下の事項を合意し,合意書を作成した(乙
2。以下,同合意を「本件合意」といい,同合意書を「本件合意書」とい
う。)。
1項 甲乙は,乙が独立した法人であることを認め,本件合意書に定
めるほか,甲は乙の債権債務(使用人の雇用関係等を含む)に
ついては何らの権利義務のないことを確認する。
2項 甲(旧清和商事株式会社を含む。)と乙は,従前締結した運送契
約その他の契約はすべて解除されたことを認め,本件合意書に
定めるほか,何ら契約上の権利義務及びその他の債権債務の
ないことを確認する。
3項 乙は本件合意成立と同時に,同社の自動車運送免許の廃止許
可を受け,かつ,法人の解散手続をする。
4項 乙は九州佐川に対し,本件合意成立の日に,株式会社大新から
賃借した下記の建物に関する賃借権を賃貸人の承諾を得た上
譲渡し,かつ,上記大新に対して昭和58年10月13日貸し付け
た8650万円の残債権を譲渡し,その旨通知する。
5項 乙は九州佐川に対し,本件合意成立の日か有限会社金弘商事
から賃借した下記建物に関する賃借権を賃貸人の同意を得た上
譲渡し,且つ,上記金弘商事に対して昭和59年10月4日貸し付
けた4300万円の残債権を譲渡し,その旨通知する。
6項 乙は九州佐川に対し,その所有する下記運送許可届出車輌を
甲の査定した価額で譲渡する。
なお,4項,5項の「下記建物」,6項の「下記運送許可届出車輌」が
具体的に何を指すかについては,本件合意書に記載がない。
また,同日,Dは,原告代表者として,九州佐川に対し,本件合意に
基づいて念書(乙3。以下「本件念書」という。)を差し入れた。その内
容は,①原告は運送業免許の廃止及び解散に関する総社員の署名
押印のある決議書を作成し,九州佐川に交付する,②原告は,沖縄
総合事務局及び法務局に対し,運送業免許廃止及び解散手続の申
請をする,③原告は佐川急便グループ健康保険組合・佐川急便グル
ープ厚生年金基金を脱退し,その届出書等を提出する,④本件念書
記載の諸手続は,平成3年1月20日までに完了する,などといったも
のであった。
なお,原告は,本件合意書及び本件念書について,それぞれ,「沖
縄佐川急便 無限責任社員」以下の署名及び印影部分は偽造による
ものであると主張し,Dが本件合意書及び本件念書に署名,押印した
ことはないとして,その作成の真正を争うが,両書面には,それぞれ
「沖縄佐川急便合資会社 無限責任社員」との印字に続いて「D」との
署名と原告の社印と思しき印影が顕出されており,これらの印影は,
平成2年12月25日付けの原告の印鑑証明書(乙7)の印影と対照し
て,同一であると認められるので,両書面は真正に成立したものと推
定され(民事訴訟法229条1項),この推定を動揺させるような事情も
認められないので,両書面はいずれも真正に成立したものと認められ
る。しかも,平成6年7月1日に当時の原告代理人弁護士らが九州佐
川代表者にあてた通知書(甲30の5)には,佐川急便グループとDと
の間で原告の解散等を合意したこと,平成3年1月10日付け合意書
を作成したが,当時Dは船運賃の不当請求の事実を知らず,合意書6
項を営業譲渡の対価と誤解して契約した等の記載があり,さらに,平
成4年10月ころ原告代理人弁護士が九州佐川代表者にあてた通知
書(甲20参照)には,原告を解散し,九州佐川は相当の対価を原告に
支払う旨約束されたと主張した旨の記載がある。
(g)本件合意書,本件念書の作成日からほどない平成3年2月25日,原
告が作成主体の一般貨物自動車運送事業の事業廃止事後届出書
(甲84)が沖縄総合事務局長あてに提出,受理された。
(h)原告については,本件合意書,本件念書の作成日からほどない平成
3年1月25日総社員の合意により解散したとの登記が同年2月28日
なされたが,同年3月10日に会社継続がなされたとの登記が同月12
日になされ,更に同年4月26日総社員の同意により解散したとの登
記が同年5月8日なされたが,それから4年以上が経過した平成7年1
2月12日に会社継続がなされたとの登記が同月13日になされている
(甲1)。
上記平成3年1月25日以降,原告が企業としてどのような営業活
動を実際に行っていたかは必ずしも明らかではない。この点に関し,
原告は少なくとも,平成4年ころ以降平成7年の会社継続(この登記申
請を自分が行ったことをDは認めている(原告代表者)。)まで,原告は
解散していたため,営業をしていないことを代表者尋問において自認
している(原告代表者)。また,会社継続前の平成6年9月1日以降,D
の住所は福岡県内にあり,現在も同様である(甲1,原告代表者)。そ
して,会社継続以降の営業内容について,Dは,現在は軽自動車2台
を利用し,職員は自分以外は1人であり,それ以前は,それにとどまら
ず,他の運送業者と契約を締結し運送業務を任せたこともあったなど
と供述する(原告代表者)も,その具体的な営業内容は不明である。
(i)本訴係属中の平成14年3月21日に至って琉球佐川が被告に吸収合
併された。なお,同日,琉球佐川他33社(長崎佐川急便株式会社,大
分佐川急便株式会社,佐賀佐川急便株式会社,宮崎佐川急便株式
会社,鹿児島佐川などの九州地方にあった佐川急便グループ企業を
含む。)が被告に吸収合併された。また,九州佐川は,それに先立ち
平成6年9月27日に被告に合併されている。
c 以上の事実を前提として判断する。
(a)「佐川急便株式会社」という商号は,被告において昭和40年から昭和
57年にかけて使用され,平成2年から再び使用されるに至ったもので
あり,昭和40年から昭和57年の間においても,「京都佐川急便株式会
社」という「佐川急便」の文字を入れた商号が使用されていたもので,被
告は原告が「佐川急便」との文字を含む商号を使用するようになる約1
8年も前から「佐川急便株式会社」との商号を使用しており,商号を変
更していた間の商号も「佐川急便」との文字を含むものである。
(b)被告は沖縄県下のみならず,全国的に貨物運送事業を営んでいる著
名な法人であり,平成14年3月22日の時点において,資本金の額は1
1億0990万円である。
(c)被告は本訴係属中の平成14年3月21日に琉球佐川を吸収合併し,
沖縄県において「佐川急便株式会社」の商号を使用するようになった
が,その合併は,被告が平成4年ころから全国各地の「佐川急便」の名
を冠した運送会社を順次合併していることの一環として理解できる。そ
の証左として,平成14年3月21日には,琉球佐川以外にも33社(長
崎佐川急便株式会社,大分佐川急便株式会社,佐賀佐川急便株式会
社,宮崎佐川急便株式会社,鹿児島佐川などの九州地方にあった佐
川急便グループ企業を含む。)が被告に吸収合併された。
(d)本件合意において,原告を解散することなどが原告と九州佐川ほか2
社との間で合意されており,本件合意後に原告が「沖縄佐川急便合資
会社」との商号を使用し続けることは予定されていなかったと見られる。
(e)そして,その後,本件合意に沿うような原告の解散登記,一般貨物自
動車運送事業の事業廃止事後届出書の提出,受理がなされた。原告
の解散により,平成3年から平成7年の会社継続まで,「沖縄佐川急便
合資会社」との商号は登記されていない状態となっており,少なくともそ
のうち平成4年以降は実際の営業も行われておらず,その商号の保護
という問題も考えられない。さらに,会社継続時以降の原告の営業の具
体的内容は不明である。
(f)以上の検討結果を前提として判断すると,被告が平成14年3月21日
から沖縄県内において原告の商号と類似する「佐川急便株式会社」の
商号を使用していることについて,不正競争の目的があったとは到底
認められず,他に原告の主張を認めるに足りる証拠はない。よって,そ
の余の請求原因事実を判断するまでもなく,原告の主張は理由がな
い。
2 請求の趣旨(2)について
(1)原告が被告の不法行為として主張するもののうち,本件類似商号使用行為が
違法であるとする点については,被告が「佐川急便株式会社」との商号を使用す
ることは前記のとおり不正競争目的によるものとは認められず,そのほか特段こ
れを違法と見るべき事情も認められないから,理由がない。
(2)次に,琉球佐川が「琉球佐川急便株式会社」との商号を使用していたことにつ
いて検討する。
ア まず,「沖縄佐川急便合資会社」と「琉球佐川急便株式会社」が類似商号と
いえるかであるが,後者は商号の初めに「琉球」との文字がある以外は上記
「佐川急便株式会社」と同様であり,「琉球」は沖縄の別称であることも考える
と,「佐川急便株式会社」の商号以上に「沖縄佐川急便合資会社」と類似する
ともいえ,取引市場において世人をして商号の誤認,混同を生じさせるおそれ
があり,それぞれの商号は類似しているものと認められる。
イ 被告は,昭和63年8月10日,完全子会社である「琉球佐川急便株式会社」
という法人を設立し,以後沖縄県において同商号を使用してきたと原告は主
張し,琉球佐川が「琉球佐川急便株式会社」との商号を使用していた行為を
被告の行為として不法行為を主張する。
しかし,昭和63年8月10日,琉球佐川が設立され,平成元年9月ころか
ら,沖縄県内で貨物運送の営業を始めたが,同社設立に当たっての発起人
や設立当時の株主が誰であるかは証拠上必ずしも明らかではなく,被告は,
九州佐川の完全子会社として設立されたと主張しており,役員構成などそれ
に沿う証拠がある反面,本件証拠上,被告が完全子会社である琉球佐川を
設立したと認めるに足りる証拠はないことは前記のとおりである。
よって,原告の主張は理由がない。
(3)原告がその他の不法行為として主張する事実のうち,被告が九州佐川を通じて
船運賃代について水増し請求を行い,金員を詐取したとの点((2)イ(ア))について
は,原告はこの行為が昭和60年1月から昭和62年5月までの間行われたと主
張しているところ,Dは,水増し請求に気づいたのは昭和63年ころであり,当時
運輸会社等の関係者から聞取りをし,九州佐川に対して過払金の返還を請求し
た旨供述しているので(原告代表者),仮に原告の主張するような水増し請求が
あったとしても,昭和63年ころには原告代表者であるDが損害及び加害者を知
ったものといえ,それから3年の経過により,損害賠償請求権は時効消滅したも
のと認められる(民法724条)。よって,原告の主張する不法行為の存否につい
て判断するまでもなく,被告の時効消滅の抗弁が成立することが明らかなので,
原告の請求には理由がない。
(4)同じく,被告が原告の社員に3名の者が就任したとの虚偽の登記をしたとの点
((2)イ(イ))については,原告はその時期を昭和63年と主張し,原告の商業登記
簿には,昭和63年7月5日に有限責任社員としてA及びBが,無限責任社員とし
てCが入社した旨,同月6日付けで登記されているが(甲1。なお,これら3名に
ついては,平成元年6月19日に退社した旨,同月27日付けで登記されてい
る。),Dは,平成元年に原告の商業登記簿謄本をとった際に上記3名が原告の
社員となっていることを知った旨,上記3名はいずれも九州佐川の従業員であ
り,面識がある旨,DがCに対し電話で事情を聞いたところ,同人は,自分は印
鑑を預けていただけであり,知らないとの話であった旨などを供述しており(原告
代表者),また,上記退社の登記手続を行ったのはDとのことであるから(甲30
の5),仮に被告による虚偽登記がなされたとしても,平成元年ころには原告代
表者であるDが損害及び加害者を知ったものといえ(甲58参照),それから3年
の経過により損害賠償請求権は時効消滅したものと認められる(民法724条)。
よって,原告の主張する不法行為の存否について判断するまでもなく,被告の
時効消滅の抗弁が成立することが明らかなので,原告の請求には理由がない。
(5)同じく,被告が原告の営業を不能にするため沖縄県外から従業員を結集させて
無許可で貨物運送を行ったとの点((2)イ(ウ))については,原告はその時期を平
成元年9月ころであると主張しているところ,Dは,平成元年9月ころには,「琉球
佐川急便」という車が走っているので,琉球佐川の設立に気づいていた旨供述し
(原告代表者),平成3年には前記のとおり原告は解散しているのであるから,
仮に被告について不法行為が認められるとしても,平成3年ころには損害及び
加害者を知っていたものというべきであり,それから3年の経過をもって,損害賠
償請求権は時効消滅したものと認められる(民法724条)。よって,原告の主張
する不法行為の存否について判断するまでもなく,被告の時効消滅の抗弁が成
立するので,原告の請求には理由がない。
(6)同じく,被告が原告が解散する旨の虚偽の合意書及び念書を作成し,その旨
の虚偽の登記申請をしたとの点((2)イ(エ))については,前記のとおり,本件合意
書及び本件念書は真正に成立した文書と認められるし,被告がこれを提出した
と認めるに足りる証拠はなく,むしろ,原告が九州佐川ほか2社との間で解散等
の合意をしていたことからすれば,原告がこれを提出したと見るのが自然であ
り,いずれにしろ,原告の請求には理由がない。
(7)同じく,被告が,原告が使用していた車輌を譲り受けた旨の虚偽の書類及び原
告が廃業する旨の虚偽の廃業届を沖縄総合事務局運輸部に提出したとの点
((2)イ(オ))については,原告の名称や原告代表者の記名,何らかの押印のある
一般貨物自動車運送事業の事業廃止事後届出書が平成3年2月25日陸運事
務局に収受され,翌日沖縄総合事務局に受け付けられていることは認められる
が(甲84),これを被告が提出したとの証拠はなく,むしろ,原告が九州佐川ほ
か2社との間で解散等の合意をしていたことからすれば,原告がこれを提出した
と見るのが自然であるし,これらの書類が虚偽のものであると認めるべき証拠も
なく,いずれにしろ,原告の請求には理由がない。
(8)同じく,被告が原告の使用していた車輌の使用者を被告に変更する旨の虚偽
の登録申請を行ったとの点((2)イ(カ))については,原告が使用者とされていた車
輌1台について,使用者を琉球佐川に変更する等の変更登録が平成3年2月2
8日になされていることは認められるが(甲4),前記のとおり,原告の車輌につ
いては本件合意により九州佐川に譲渡されることとなっていることなどからする
と,被告が虚偽の登録申請をしたものとは認められない。
(9)同じく,被告が原告の使用していた車輌について車輌売買契約書(乙4)を偽造
したとの点((2)イ(キ))については,同契約書は31台の車輌を原告から九州佐川
に代金373万3544円(消費税を含む。)で譲渡するという内容のものであり,
平成3年3月の作成日付けで,九州佐川の社名,代表者名等の記名と代表者
印,原告の社名及び代表者名(D)等の記名と代表者印が押捺されたものである
ところ,同印影は乙2,3,7の代表者印とは異なるものの,九州佐川と原告との
間で,本件合意書において原告の運送許可届出車輌を九州佐川に譲渡するこ
とが合意されており,車輌売買契約書(乙4)は本件合意書の6項の内容と対応
しており,同契約書が偽造であるとの証拠はない。原告の請求には理由がな
い。
(10)なお,原告は,その主張する各不法行為がなければ,被告(琉球佐川を含
む。)の営業も行えないから,平成3年以降の被告の営業は不法行為であると主
張するが,営業自体が不法行為に当たるとは考え難いし,平成3年に原告と九
州佐川等との間で原告の解散が合意され,現に解散していたことからすれば,
なおさら,琉球佐川や被告の営業が不法行為に当たるとは認められず,採用で
きない。
3 結論
よって,原告の請求にはいずれも理由がないからこれを棄却し,訴訟費用の負
担について民事訴訟法61条を適用して,主文のとおり判決する。
   那覇地方裁判所民事第2部
         裁判長裁判官   窪  木     稔
            裁判官   野  澤  晃  一
 裁判官鈴木博は,転勤のため,署名押印することができない。
         裁判長裁判官   窪  木     稔

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