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平成28年11月24日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成27年(行ウ)第31号停職処分取消請求事件
口頭弁論の終結の日平成28年8月25日
判決
主文5
1処分行政庁が平成26年11月26日付けで原告に対してした
停職6か月の懲戒処分を取り消す。
2訴訟費用は被告の負担とする。
事実と理由
第1請求10
主文と同じ。
第2事案の概要
本件は,被告(兵庫県加古川市)の男性職員である原告が,勤務時間中に立ち寄
ったコンビニエンスストアの女性従業員に対して不適切な行為をしたことを理由に
処分行政庁から停職6か月の懲戒処分を受けたため,処分行政庁の所属する被告に15
対しその取消しを求める事案である。
1基本的事実関係(本件訴え提起の年月日は当裁判所に顕著であり,それ以外
の事実は当事者間に争いがないか,カッコ内の証拠と弁論の全趣旨により認める)
⑴原告の身分と就労状況
原告は現在56歳の男性である。平成3年4月に被告職員として採用され,平成20
6年10月に自動車運転士を命じられ,平成22年4月から現在に至るまで環境部
環境第1課業務係(平成22年度までの名称は環境部環境事業局環境第1課業務係)
において勤務している。就業場所は加古川市環境美化センターであり,おもな業務
内容は,塵芥収集車で市内のごみ集積場から一般廃棄物を収集し,加古川市新クリ
ーンセンターまで運搬するというものである。25
原告は地方公務員法(平成24年法律第67号による改正前のもの。以下「地公
法」という)57条に規定する「単純な労務に雇用される者」(以下「単純労務職
員」という)である。地方公営企業等の労働関係に関する法律附則5項が準用する
地方公営企業法(平成26年法律第34号による改正前のもの)39条1項によれ
ば,単純労務職員には不利益処分に関する説明書の交付についての地公法49条の
規定も,行政不服審査法(昭和37年法律第160号)の規定も,適用されない。5
⑵被告における懲戒処分に関する条例と懲戒処分の指針(乙23,33)
一般職に属する地方公務員に対する懲戒処分には戒告,減給,停職,免職の4種
がある(地公法29条1項)。被告においては,加古川市職員の懲戒の手続及び効
果に関する条例(昭和28年加古川市条例第7号。以下「懲戒条例」という)2条
により,懲戒処分はその旨を記載した書面を当該職員に交付して行わなければなら10
ないとされている。また懲戒条例4条によれば,停職の期間は1日以上6月以下と
され,この間,停職者は職務に従事せずいかなる給与も支給されないとされている。
被告は「加古川市職員の懲戒処分に関する指針」(以下「指針」という)を定め,
懲戒処分に付すべき標準的な事例を選び,それぞれにおいて処分の標準例を規定し
ている。ただし,具体的な処分量定の決定にあたっては,①非違行為の動機,態様15
および結果,②故意または過失の度合い,③職員の職務上の地位や職務内容,④被
告,他の職員および社会に与える影響,⑤他の行政処分,刑事処分の程度等のほか,
過去の非違行為やその後の対応等も含め総合的に考慮のうえ判断するものとされて
おり,個別の非違行為の内容によってはそこに掲げる量定以外とすることもありう
るとされている。20
指針が掲げる処分量定につき,本件に関係する事例を見てみると,一般服務関係
の事由として「セクシュアル・ハラスメント」があり,その処分の標準例は,「強
制わいせつ,上司等の影響力利用による性的関係・わいせつな行為」が免職または
停職,「意に反することを認識の上での性的な言動の繰り返し」が停職または減給,
「意に反することを認識の上での性的な言動」が減給または戒告である。また,公25
務外非行関係の事由として「痴漢・わいせつ行為」があり,その処分の標準例は免
職または停職である。
⑶原告のコンビニエンスストアの利用(乙1,証人A,原告)
加古川市環境美化センターと加古川市新クリーンセンターの間のほぼ中間地点に,
平成21年8月,コンビニエンスストアであるB店(以下「本件店舗」という)が
開店した。原告は職務上,その辺りを自動車で通ることが多く,勤務時間中に被告5
の市章のついた制服(作業着)を着用したまま本件店舗を頻繁に利用していた。
⑷懲戒処分(甲1,2)
処分行政庁は平成26年11月26日付けで原告に対し,地公法29条1項1号,
3号に基づき同日から6か月の停職を命じる懲戒処分(以下「本件処分」という)
をした。その辞令とともに原告に交付された処分説明書には処分理由として下記の10
記載がある。この処分理由にいうコンビニエンスストアは本件店舗のことである
(以下,この処分理由の第1段落記載の行為を「行為①」,第2段落記載の行為を
「行為②」,行為①の対象となった女性従業員を「V」という)。

あなたは,平成26年9月30日に勤務時間中に立ち寄ったコンビニエンス15
ストアにおいて,そこで働く女性従業員の手を握って店内を歩行し,当該従業
員の手を自らの下半身に接触させようとする行動をとった。
また,以前より当該コンビニエンスストアの店内において,そこで働く従業
員らを不快に思わせる不適切な言動を行っていた。
このことは,公務に対する信用を著しく傷つける行為として地方公務員法第20
33条に違反する行為であるとともに,全体の奉仕者たるにふさわしくない非
行である。
よって,地方公務員法第29条第1項第1号及び第3号の規定に基づき,懲
戒処分として停職6箇月を妥当とする。
⑸訴えの提起25
原告は平成27年5月20日,本件訴えを提起した。
2争点
⑴行為②に関する理由提示の不備の有無
ア被告の主張
原告のような単純労務職員に対し懲戒処分を行う場合,処分説明書の交付は地公
法によっても懲戒条例によっても義務づけられていない(基本的事実関係⑴・⑵参5
照)。懲戒条例2条が要求している書面は辞令のことであり,処分説明書ではない。
ただし,処分行政庁は地公法49条1項の趣旨を考慮し,単純労務職員に対しても
処分説明書を交付している。
本件処分における処分説明書が行為②につき被害者を限定しない記載となってい
るのは,性的言動による被害という事案の性質上,被害者に不利益が及ぶことを避10
けるためである。また原告が行った不適切な言動が長期かつ多岐にわたっていたた
め,包括的な表現を選択している。
本件処分において直接の対象となった非違行為は行為①である。行為②は行為①
の悪質性を裏づける事情を構成する事実であって,日時や行為態様について一定の
幅がある表現がされているものの,ある程度具体的に特定されており,地公法4915
条1項の趣旨に沿っている。
イ原告の主張
本件処分の処分説明書には,行為②に関し,時期について「以前より」,対象行
為について「不快に思わせる不適切な言動」ときわめて抽象的な記載がされており,
被害者も「そこで働く従業員ら」と記載されるのみで限定されていない。これでは20
処分理由を示したことにならない。懲戒処分は書面を交付して行われなければなら
ないとする懲戒条例2条は,懲戒処分の根拠となる理由を明示することにより手続
の適正を図った趣旨と解され,処分説明書の行為②に関する上記のような記載はこ
の趣旨に反しているから,本件処分は違法である。
⑵処分理由の存否と懲戒事由該当性25
ア被告の主張
防犯カメラの映像や関係者に対する事情聴取の結果によれば,行為①・②があっ
たと認定できる。
行為①は,公衆に著しく迷惑をかける暴力的不良行為等の防止に関する条例(昭
和38年兵庫県条例第66号。平成28年兵庫県条例第31号による改正前のもの。
以下「迷惑防止条例」という)3条2項に違反する。これは公務員としての信用失5
墜を招く行為であって地公法33条に違反するとともに全体の奉仕者たるにふさわ
しくない非行であるから,同法29条1項1号,3号の懲戒事由に該当する。
行為②は,前記のとおり行為①の悪質性を裏づける事情であるが,それ自体地公
法33条の規定に違反するとともに,全体の奉仕者たるにふさわしくない非行であ
る。10
イ原告の主張
行為①について,原告は意識的にVの手を引っ張ってみずからの下半身に接触さ
せようとしたのではない。Vは原告の行動を拒否する発言をしていないし,「あっ
ごめんなさい」と発言していることからすれば,無造作に動かした手が下がって原
告の下腹部付近にいってしまったと思われる。15
原告は本件店舗において迷惑行為をしたことはないから,行為②も存在しない。
⑶裁量権の逸脱・濫用の有無
ア被告の主張
指針によれば,行為①は「痴漢・わいせつ行為」に該当し,処分の標準例は免職
または停職である。行為①は,女性であるVの手を故意に自己の陰部に押しあてる20
というもので,Vにきわめて不快な思いを与え,その尊厳を否定して多大な屈辱感
を与えるとともに,社会的にも強く非難を受ける破廉恥な行為であり,迷惑防止条
例違反として刑罰の対象となる。そのうえ,勤務時間中に市章のついた制服を着用
した状態で行ったものであること,大々的に新聞報道され,社会的影響がきわめて
大きいこと,従前から本件店舗で不適切な行為(行為②)を繰り返す中で行われた25
非違行為であること,不合理な弁明を繰り返すなど反省の度合いがきわめて低いこ
となどを考慮すれば,指針上の処分量定のうち最も重い免職にまでは至らないとし
ても,停職としては最も重い停職6か月が妥当である。類似事件における他の処分
事例と比較しても,重すぎるとはいえない。したがって本件処分が社会観念上著し
く妥当を欠くとはいえず,裁量権の逸脱・濫用はない。
イ原告の主張5
行為①は,故意的なわいせつ行為とまではいえず,指針でいえば「セクシュア
ル・ハラスメント」であるが,暴行または脅迫を用いて行われたものではないから
「強制わいせつ」に該当しないことは明らかである。行為②は存在しないから,
「意に反することを認識の上での性的な言動の繰り返し」にもあたらない。該当し
うるのは「意に反することを認識の上での性的な言動」であり,その処分量定は減10
給または戒告である。本件処分は指針に違反し,重すぎる処分であるから,相当性
を欠く。
第3争点に対する判断
1認定事実
基本的事実関係に加えて証拠(カッコ内のもののほか甲3,乙34,証人A,原15
告)と弁論の全趣旨により以下の事実を認める。
⑴平成26年9月30日までの出来事(乙7,8,11,12)
原告は平成22年頃から本件店舗を頻繁に利用するようになった。従業員に対し
なれなれしく接し,大きな声で話しかけるほか,店の商品である飲み物等を買い与
えることがしばしばある一方で,女性従業員に対し,手を握る,胸を触る,男性の20
裸の写真を見せる,胸元をのぞき込むといった行動をとることや,「乳硬いのう」
「乳小さいのう」「制服の下,何つけとん」「胸が揺れとる。何カップや」といっ
た発言をすることがあった。このような原告の言動を理由の1つとして退職した女
性従業員もいた。
本件店舗のオーナーは上記のような不快な言動について従業員から頻繁に報告を25
受けており,原告が被告の職員であることも認識していたが,商売に差しさわりが
ないよう,問題にすることは控えていた。
⑵平成26年9月30日の出来事(乙6,10から12まで,15,19の1
~3,24,32)
本件店舗の従業員であるVは,高校生であった平成22年頃からアルバイトとし
て本件店舗で勤務を始め,高校を卒業して勤務の時間帯が昼間に変わった平成235
年からは原告と頻繁に顔を合わせることとなり,顔見知りとなった。店の商品であ
る飲み物等を原告に買ってもらうこともあった。
原告は平成26年9月30日午後2時30分頃,環境第1課の職員2名とともに
本件店舗を訪れた。購入する商品を選んだ後,売り場に出ていたVに「おい,ねえ
ちゃん」と声をかけ,飲み物を買ってやるので選ぶようにと指示し,左手をVの右10
手首付近に絡めるようにして並んで歩いて飲料品のショーケースの前に連れていっ
た。Vが商品を選んで手にとった後は,右腕をVの左腕に絡ませ,また並んで歩き
始めた。歩き始めてすぐ,隣にいた客とぶつかりそうになったVが「あ,ごめんな
さい」と言った直後,原告はみずからの下半身に目をやりながら右手でVの左手首
をつかんで引き寄せ,その指先を股間に軽く接触させ,「どこ触りよるねん」と言15
った。Vは「いや,いや,いや」と言いながら原告の手を振りほどき,スタッフヤ
ードに逃げ込んだ。原告はその後ろ姿に向けて「何取りに行きよるねん」「はよう
出てこいよ」と声をかけた。
その後,原告は1人でレジカウンターの前まで移動し,Vが戻ってくるのを待ち,
Vに対し商品代金の支払いをした。20
⑶被告への通報(乙3,11,12,32)
Vは原告が退店した後,隣のレジカウンターで接客をしていた従業員に対し,原
告の股間に手を触れさせられたことを伝えた。従業員らからこの出来事を聞いたオ
ーナーは,その内容があまりにひどいと思い,これまでは黙認してきたが今回は許
せないと考えたことから,同日午後7時頃,市政に関する質問等を受け付けるため25
に被告が設けているスマイルメールというシステムを利用して,環境第1課にあて
て差出人名は伏せたまま「セクハラの苦情です。」というタイトルのメールを送信
した。内容は次のとおりである。「加古川市内で,コンビニを経営しておりまして
いつも環境の方々には利用をして頂いていますが,その中の一部の方がセクハラを
従業員にして困っております。手を握る・暴言(いやらし言葉)の
ママ
は当たり前,本
日(9/30)は従業員の手を陰部に接触させるとエスカレートしてきており,不5
快に思っておりますし,困っております。従業員が辞めてしまう次第です。この様
な事が起こらない様に対応策を検討して,返信して下さい」。
⑷通報後の経過
オーナーからのメールを受けた被告の対応等は次のとおりである。
ア10月1日(乙6)10
環境第1課長は原告を含めた所属の職員を集めて緊急ミーティングを開き,前日
に届いたメールの内容を紹介するとともに,そこに記載されているような行為をし
た場合は処分の対象となるだけでなく警察に通報されることになると警告した。し
かしあくまでも一般的な注意をするにとどまり,このメールの店舗のことについて
も,指摘された行為者が誰であるかについても,職員から事情を聴くことはなかっ15
た。
なお,第1課長は遅くとも10月2日までに本件店舗のオーナーに連絡をとり,
面談をしたいとしてその日程の調整を行っている。
イ10月7日(乙6)
環境第1課長と副課長が本件店舗のオーナーを訪れて事情を聴き,防犯カメラの20
映像を見せられ,原告が行為①をしたことを確認した。オーナーは,原告に対して
直接どうこうしてほしいとは思っていないが,このような迷惑行為を控えてほしい
と述べ,従業員に負担がかかることは避けたいので本件店舗から被告に通報したこ
とは知られたくないとも述べた。
ウ11月5日(乙7,31)25
Vの知り合いと称する者と友人と称する者から別々に被告に電話があり,本件店
舗でVが被告職員からセクハラ被害を受けたとして苦情を述べ,その職員に対する
処分を求めるなどした。一方,神戸新聞の記者が本件店舗のオーナーを訪れ,9月
30日の本件店舗での原告の行為について取材をした。
エ11月6日(乙7)
環境部参事と環境第1課副課長がオーナーを訪ね,研修等を実施して再発防止策5
をとったと報告した。オーナーは前日に神戸新聞の記者から取材を受けたと告げる
一方,原告に対する処分は望んでいないと再度述べた。
オ11月7日(乙4,5の1~4,8)
神戸新聞朝刊に,被告の職員(氏名は伏せてある)が勤務中にコンビニエンスス
トアでセクハラ行為をしたが,被告では店側の意向を理由に職員の処分を見送って10
いるという内容の記事が掲載された。被告は記者会見を開き,総務部長,環境部長
ら幹部職員が説明と謝罪を行い,処分を求めないという店側の意向を受けて処分を
見送っており,職員本人からの事情聴取もせず注意もしていないことを明らかにす
る一方,今後事情聴取をして処分を検討するとの方針を表明した。処分行政庁(市
長)は,「あってはならないことで,事実関係を確認し,厳正に対処する」とのコ15
メントを発表した。
環境部参事,総務部参事,危機管理担当課長は本件店舗のオーナーを訪ね,新聞
報道されたので再発防止策を実施するだけではすまされない状況になった,原告本
人からの事情聴取などの手順を踏んで処分する方針となると伝えた。
カ11月8日(乙5の1~4,10,13)20
朝日新聞,毎日新聞,読売新聞,神戸新聞の朝刊に上記オの記者会見に関する記
事がいっせいに掲載された。
総務部次長らは原告に対する事情聴取を実施し,原告は,下半身を触らせようと
いう意識は毛頭ない,Vの手が下半身に近づきはしたが触れてはいない,ショーケ
ースの前までVの手を引っ張っていったのは同僚がすでに退店しようとしていたた25
め早くしてほしかったからであるなどと弁解した。
Vに対する事情聴取も実施したところ,Vは,原告の処罰は求めず告発するつも
りもないが,同じようなことが起こらないようにしてほしいと述べた。
キその後の経過(乙9,11,12,14から18まで)
原告は11月9日,翌10日から19日まで10日間の自宅待機命令を受けた。
同月19日,この命令は7日間延長され,同月26日まで自宅待機が継続した。5
原告に対する事情聴取は,同月10日,15日,17日,19日に実施された。
原告は8日と同様の弁明をし,10日の事情聴取の際には同様の弁明内容を記載し
た顚末書を提出した。一方,同月11日には本件店舗のオーナーとその妻に対し,
同月12日にはオーナーとV以外の複数の従業員に対し,同月14日には再度Vに
対し,事情聴取が実施された。10
⑸市民からの苦情等(乙31)
同年11月7日から平成27年6月26日までの間,原告の行為に関する問い合
わせや苦情の電話・メールが13件被告に寄せられた。このうち8件が,新聞報道
があった11月7日と8日に寄せられたものであり,その内容は,おもに原告の行
為に対する非難であるが,懲戒処分や刑事告発を要求するものや,被告が処分をし15
ていないことに対する憤りや非難,苦情を述べるものも多かった。
⑹職員懲戒審査委員会への諮問(乙25,26)
処分行政庁は平成26年11月21日,職員の懲戒の審査に関する規則(昭和3
8年加古川市規則第7号)に基づき,職員懲戒審査委員会に対し原告の行為①・②
について諮問し,5人の委員による審査が行われた。審査の結果,原告について基20
本的事実関係⑷記載の理由により停職6か月とすること,環境部長,同次長,同参
事(事業担当),環境部環境第1課長,同副課長,同業務担当副課長,同業務担当
係長についていずれも管理監督責任を果たせていないことを理由に訓告とすること
が妥当であると決定された。同委員会はこの結果を同日付けで処分行政庁に答申し
た。25
2争点⑴(行為②に関する理由提示の不備の有無)について
被告は,本件処分の直接の対象は行為①であり,行為②は行為①の悪質性を裏づ
ける事情を構成する事実であると主張している。懲戒処分の対象は行為①であり,
行為②はその情状として位置づけられることになる。以下,これを前提にして,行
為②について理由提示の不備があるとする原告の主張について検討する。
原告のような単純労務職員に対して懲戒処分を行う場合,処分の事由を記載した5
説明書を交付することは法律上要求されていない(基本的事実関係⑴参照)。懲戒
条例2条も(基本的事実関係⑵参照),懲戒処分を行う場合は書面(辞令がこれに
相当する)を交付して行わなければならないことを要求した規定であり,処分説明
書の交付の根拠規定と解することはできない。
もっとも,被告では,地公法49条1項の趣旨を考慮して,単純労務職員に対し10
て懲戒処分をする場合にも処分の事由を記載した説明書を交付しているというので
ある。そうであれば,処分を受ける職員の不服申立てに便宜を与えるためにも,処
分説明書においては,処分の対象とされた非違行為が何であるかを認識できるよう,
行為の主体,客体,日時,場所,態様等をできるかぎり特定すべきであることは当
然である。15
しかし以上はあくまでも懲戒処分の対象となる非違行為についての理由の提示の
問題であり,情状を構成するにすぎない事実について同じように解することはでき
ない。情状となる事実は,本来,地公法49条1項所定の処分説明書に記載しなけ
ればならないものではないし,非違行為の原因,動機,性質,影響,当該職員の態
度,処分歴,非違行為後の事情など多種多様である。したがって,情状となる事実20
を処分説明書に記載する場合,ある程度包括的,概括的なものとなってもやむをえ
ないし,そのことによって処分が違法となることはないと解される。ただし,情状
となる事実が懲戒処分の対象となる事実と区別されることなく渾然一体となって記
載されるなど,それが記載されることによって混乱をもたらし,何が懲戒処分の対
象となる事実であるのかが認識しえなくなるような場合には,理由の提示に不備が25
あると解すべきである。
本件処分の処分説明書においては,行為①は日時,場所,被害者,行為態様等に
よって十分に特定されており,原告もこのことを争っていない。行為②については
概括的な記載にとどまるが,情状となる事実としてはこの程度の記載をもって足り
るというべきである。そして行為②は行為①とは明確に書き分けられており,行為
①が本件処分の対象とされているという認識に混乱をもたらすような事情は見あた5
らない。したがって本件処分の理由の提示に不備はないというべきである。
ほかに,本件処分を違法とする手続的な問題は見あたらないので,以下,本件処
分の実体的な適法性の有無(争点⑵・⑶)について検討を行う。
3懲戒処分の実体的な適法性の審査に関する判断枠組み
地方公務員につき地公法29条1項各号所定の懲戒事由がある場合に,懲戒処分10
を行うかどうか,懲戒処分を行うときにいかなる処分を選ぶかは,懲戒権者の裁量
に任されている。懲戒権者は懲戒事由に該当すると認められる行為の原因,動機,
性質,態様,結果,影響等のほか,当該公務員の上記行為の前後における態度,懲
戒処分等の処分歴,選択する処分がほかの公務員および社会に与える影響等,諸般
の事情を総合的に考慮して,懲戒処分をすべきかどうか,また懲戒処分をする場合15
にいかなる処分をすべきかを,その裁量的判断によって決定することができる。裁
判所がその処分の適否を審査するにあたっては,懲戒権者の裁量権の行使に基づく
処分が社会観念上著しく妥当を欠き,裁量権の範囲を逸脱しこれを濫用したと認め
られる場合にかぎり,違法であると判断すべきである(最一小判平成2年1月18
日民集44巻1号1頁参照)。20
上記の判断枠組みに従い,処分理由の存否と懲戒事由該当性を検討し(争点⑵),
次に処分行政庁の裁量権の逸脱・濫用の有無を検討する(争点⑶)。
4争点⑵(処分理由の存否と懲戒事由該当性)について
⑴処分理由の存否
行為①の存在が認められることは,認定事実⑵において認定したとおりである。25
原告は本人尋問において,意識的にVの手を下半身に接触させようとしたのでは
なく,Vの左手首を引っ張ったら偶然接触しそうになった,その際には前を向いて
おりVに「あ,ごめんなさい」と謝られたので顔を下に向けたなどと供述するが,
防犯カメラの映像(乙19の1~3)ともVの事情聴取の結果(乙10,11)と
も整合せず,信用することができない。なお「あ,ごめんなさい」というVの発言
は,認定事実⑵のとおり,ぶつかりそうになった他の客に対するものであり,原告5
に向けられたものではないと認められる。
⑵懲戒事由該当性の有無
行為①は,コンビニエンスストアである本件店舗において,客であり50代半ば
の男性である原告が,20代前半の女性従業員の手をとって自分の股間に軽く接触
させたというものであり(処分説明書では「接触させようとする行動」とされてい10
るが,事実としては,認定事実⑵のとおり,軽く接触させたと認定できる),公衆
が出入りすることができる公共の場所において人に対してされた「不安を覚えさせ
るような卑わいな言動」ということができるから,迷惑防止条例3条2項に違反す
る行為である。このような刑事上罰せられるべき行為は,職員の職の信用を傷つけ,
職員の職全体の不名誉となるものであり,地公法33条に違反するとともに,全体15
の奉仕者としてふさわしくない非行といえる。したがって行為①は地公法29条1
項1号と3号に該当する。
5争点⑶(裁量権の逸脱・濫用の有無)について
⑴懲戒処分の種類の選択について
前記のとおり行為①は被害者のある犯罪行為であり,破廉恥行為と評価すべきも20
のであるし,勤務時間中に被告の制服を着用したまま行われたものであるから,そ
れ自体,悪質といえる。コンビニエンスストアの従業員は立場上,利用客の迷惑行
為に対し嫌悪や拒絶の意思を明確に示すことや,店舗の利用を拒絶するとか接客を
しないといった対応をとることが困難である。原告はそれをいいことに本件店舗で
働く女性従業員に対し平成22年頃から不適切な言動を繰り返したあげく(行為25
②),行為①に及んだのであり,情状としての行為②を考慮すると,行為①の態様
は一層悪質であるといわなければならない。また複数の新聞に原告の行為に関する
記事が掲載され,被告には抗議,非難の声が複数寄せられたのであって,原告の行
為が社会に与えた影響は小さくない。さらに原告は被告による事情聴取においても,
本件訴訟における主張,供述においても,防犯カメラの映像により認められる言動
と整合しない不合理な弁解に終始しており,反省の態度は不十分といわざるをえな5
い。
被告の指針において,公務外非行関係の事由のうち「痴漢・わいせつ行為」につ
いての処分の標準例は免職または停職とされている。行為①は一般服務関係の事由
である「セクシュアル・ハラスメント」にあたると原告は主張するが,勤務時間中
とはいえ職務と関係なく職場外の者に対してした行為であり,公務外非行であるこ10
とは明らかであるから,原告の主張を採用することはできない。
以上の事情をふまえると,行為①は決して軽微な非違行為であるとはいえないか
ら,本件処分につき指針上の処分の標準例に従い懲戒処分のうち停職を選択した処
分行政庁の判断が裁量権を逸脱・濫用するものであったとはいえない。
⑵停職の期間の選択について15
処分行政庁が懲戒処分として停職を選択した場合,1日以上6月以下という非常
に幅の広い期間の中から非違行為に見合う停職期間を選択することになる(基本的
事実関係⑵参照)。原告に対し処分行政庁は上限である6月を選択した。この結果,
本件処分は懲戒処分の中でも免職に次いで重い処分となっており,6か月間いかな
る給与も支給されないこととなった原告の不利益はきわめて大きく,その生活に対20
する影響も大きい。そこで,この選択の結果が重すぎるものとして裁量権の逸脱・
濫用となるのではないかが問題となる。
原告とVは本件店舗における客と従業員として顔見知りであり,原告は以前にも
Vに対し本件店舗の商品である飲み物等を買い与えたことがあった。行為①も,原
告がVに飲み物を買い与えようとして商品を選ばせる過程で起きたことである。そ25
の際,原告は,自分の左手をVの右手首に絡めるようにして飲料品のショーケース
の前まで歩いて行き,そこで商品を選ばせ,今度は右腕をVの左腕に絡ませて歩き
始め,その直後,Vの左手首を右手でつかんで引き寄せ,その指先を衣服の上から
自分の股間に軽く触れさせた。この経緯によると,手首や腕を絡まされていたこと
はVにとって不本意であり,不快であるのを我慢していたにすぎなかったと認めら
れるが,身体的接触自体には渋々ながらも同意していたと認めざるをえない。その5
過程で行われた行為①は,見知らぬ者にいきなり手をつかまれたという事例とはま
ったく態様が異なり,結果も,指先が股間に軽く触れた程度である。さらに,行為
①について原告は刑罰を受けておらず,警察の捜査の対象にすらされていない。
指針における公務外非行関係の事由のうち「痴漢・わいせつ行為」の類型にあて
はまる犯罪としては,次のようなものが挙げられる。10
対象行為法定刑適条
人に対して不安を覚
えさせるような卑わ
いな言動(行為①)
6月以下の懲役または
50万円以下の罰金
迷惑防止条例15条1項,3条2

18歳未満の者に対
するみだらな性行為
またはわいせつな行

2年以下の懲役または
100万円以下の罰金
青少年愛護条例(昭和38年兵庫
県条例第17号)30条1項2
号,21条1項
児童買春
5年以下の懲役または
300万円以下の罰金
児童買春,児童ポルノに係る行為
等の規制及び処罰並びに児童の保
護等に関する法律4条
強制わいせつ
6月以上10年以下の
懲役
刑法176条
強姦3年以上の有期懲役刑法177条
刑罰の重さからみて,行為①は「痴漢・わいせつ行為」の類型の中では比較的罪
質が軽いといえるし,具体的な行為態様や結果をみても,上記のとおり重大な法益
侵害は発生していない。迷惑防止条例では,常習として3条2項に違反する行為を
した者は,1年以下の懲役または100万円以下の罰金に処せられるが(15条2
項),原告が常習として同条例3条2項に違反するわいせつ行為をしていたという
事情も認められない。5
次に,原告は単純労務職員であり公権力の行使にあたる職員ではないから,その
非違行為が公務に与える影響が格別大きいわけではない。また原告が過去に懲戒処
分を受けた事実は認められない。
新聞報道されたことにより被告には抗議や苦情が寄せられたが,それまで処分が
見送られていたことに対する憤りや非難,苦情を内容とするものも多かったのであ10
るから,被告がみずから招いたものであるという見方もできる。上記のとおり行為
①は重大な犯罪行為ではなく,原告は単純労務職員であるから,新聞報道されたか
らといってただちに公務に重大な影響が生じるとはいいがたいし,行為①のために
日々の公務に対する市民の信頼が現実に大きく低下したともいいがたい。本件処分
をするにあたって,新聞報道されたことをもって処分を重くすべき重要な事情とみ15
ることは適切とはいえない。
他方,本件処分の経緯をみると次のことがいえる。被告における原告の上司は行
為①の後まもなくその事実を認識し,行為者が原告であることも認識したが,本件
店舗のオーナーが処分までは求めていなかったことなどから,原告に対する事情聴
取すら行わず,懲戒処分はおろか注意も与えないですます方針であった。ところが20
1か月以上経過した後になって原告の行為が新聞報道されたことを受け,その説明
と謝罪のための記者会見の場で,今後事情聴取をして処分を検討するとの方針を表
明し,その後事実関係の調査をしたうえ,本件処分を行った。前記のとおり,この
処分は懲戒処分の中でも免職に次いで重い処分である。被告自身,行為①と類似す
る行為を非違行為として懲戒処分を行った事例が被告にないことを認めており(被25
告準備書面2の12頁),被告が挙げる他の地方公共団体における懲戒処分例(乙
27から29まで)をみても,行為①と類似した事例は存在しない(後記⑶におい
て詳しく検討するとおりである)。すなわち行為①は処分行政庁にとって前例も先
例となりうる事案もない事案だったのであるから,停職6か月という免職に次いで
重い懲戒処分をするからには,指針の定める考慮事項(①非違行為の動機,態様お
よび結果,②故意または過失の度合い,③職員の職務上の地位や職務内容,④被告,5
他の職員および社会に与える影響,⑤他の行政処分,刑事処分の程度等のほか,過
去の非違行為やその後の対応等)を十分に考慮する一方,考慮すべきでない事項は
考慮の対象から除外して,慎重な検討を行わなければならなかったことはいうまで
もない。しかし上記の事実経過からすると,本件処分をするにあたり,処分行政庁
には,原告を厳罰に処することにより,懲戒処分をしないとしていた当初の方針が10
誤りであったとしてマスコミや市民から被告に対して向けられる非難を少しでもや
わらげようという意識が存在したのではないかと疑われる。懲戒処分をするにあた
って本来考慮すべきでない事項が考慮されたのではないかという疑問が存在するの
であり,この疑問を払拭する説明は被告から行われていない。
以上の事情を総合的に考慮すると,行為①がそれ自体悪質なものであること,原15
告が行為①より前から本件店舗において迷惑行為をしてきたこと(行為②),反省
の態度が十分でないことを勘案しても,停職6か月という懲戒処分は行為①に対す
る評価として重すぎるといわざるをえず,処分に至った経緯もふまえると,社会観
念上著しく妥当を欠くというべきである。したがって本件処分は裁量権を逸脱・濫
用するものであり,違法である。20
⑶被告の挙げる他の地方公共団体の懲戒処分事例について
被告は,他の地方公共団体において行われた行為①と類似する行為に対する懲戒
処分として,駅構内における盗撮事案2件,女性職員に対しセクハラ行為を繰
り返した事案1件を挙げ,いずれにおいても停職6か月の懲戒処分がされているか
ら,行為①に対する本件処分は平等原則にも比例原則にも反しないと主張する。し25
かしは,市の課長職という管理職の地位にある者がエスカレーターで女性のス
カート内を撮影し,警察官に現行犯逮捕されたという事案(乙27),中学校教
諭という生徒の模範となりその規範意識を養うべき立場にある者が,教職員の不祥
事が続くさなかに警察官に取り押さえられたという事案(乙
28)であって,職員の職務上の地位や職務内容,社会に与える影響などの点にお
いて,単純労務職員であり警察の捜査の対象にもされていない原告による行為①と5
は大きく異なる。は県の職員が1か月弱の間,勤務時間内外に車内において女性
職員に対し膝を触る等のセクハラ行為を繰り返し行ったというものであって,行為
の詳細は不明であるうえ,比較的短い期間中に繰り返し行われたという点で行為①
とは事情が異なる。いずれの非違行為も行為①と類似するとはいいがたく,これら
の処分事例が本件処分の先例になるとはいえない。被告の上記主張を採用すること10
はできない。
6結論
原告は懲戒事由に該当する行為(行為①)を行ったが,それに対する懲戒処分と
して停職6か月は重すぎる。本件処分には裁量権の逸脱・濫用の違法があるから取
消しを免れない。処分行政庁は改めて原告に対し裁量権を適切に行使して行為①を15
理由とする懲戒処分を行うべきである。
神戸地方裁判所第6民事部
裁判長裁判官倉地康弘20
裁判官達野ゆき
裁判官若林貴子

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