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平成14(行ケ)第358号 特許取消決定取消請求事件(平成16年4月28日
口頭弁論終結)
          判           決
       原      告   株式会社大塚製薬工場
       訴訟代理人弁理士   三枝英二
       同          舘泰光
       同          眞下晋一
       同          中野睦子
       被      告   特許庁長官 今井康夫
       指定代理人      松下聡
       同          大野克人
       同          大元修二
       同          立川功
       同          宮川久成
同          伊藤三男
          主           文
      特許庁が異議2001-70581号事件について平成14年5月2
8日にした決定を取り消す。
      訴訟費用は被告の負担とする。
          事実及び理由
第1 請求
   主文と同旨
第2 当事者間に争いのない事実
 1 特許庁における手続の経緯
   原告は,発明の名称を「複室容器」とする特許第3079403号発明(平
成5年2月28日特許出願〔特願平5-64669号〈以下「本件特許出願」とい
う。〉,特願平4-140113号〈以下「先の出願」という。〉に基づく優先権
主張・平成4年5月3日〕,平成12年6月23日設定登録,以下,その特許を
「本件特許」という。)の特許権者である。
   本件特許について,特許異議の申立てがされ,異議2001-70581号
事件として特許庁に係属し,原告は,平成13年11月1日,本件特許出願の願書
に添付した明細書の特許請求の範囲の記載等について訂正(以下「本件訂正」とい
う。)を求める訂正請求(以下「本件訂正請求」という。)をした。
   特許庁は,同事件について審理した結果,平成14年5月28日,本件訂正
請求は認めないとした上,「特許第3079403号の請求項1ないし12に係る
特許を取り消す。」との決定(以下「本件決定」という。)をし,その謄本は,同
年6月14日,原告に送達された。
 2 設定登録時の明細書(以下,願書に添付した図面と併せて「本件明細書」と
いう。)の特許請求の範囲の記載
【請求項1】液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するための複数の室が連通可
能な仕切り手段で仕切られてなる可撓性を有する複室容器において,前記複数の室
中の一部の室は室全体を空間部を有して密封状態に覆う少なくとも水分非透過性の
外壁と,外壁に覆われた前記室を構成する少なくとも水分透過性の内壁とを備え,
しかも内壁と外壁との前記空間部内には乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しない
ようにすると共に,前記外壁に覆われない室とこの室に隣接しかつ外壁に覆われた
室との仕切り手段は,室に外圧を加えることにより容易に剥離し得る弱シール部が
1条もしくは2条以上配置されて構成されたことを特徴とする複室容器。
【請求項2】液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するための複数の室が連通可
能な仕切り手段で仕切られてなる可撓性を有する複室容器において,前記複数の室
中の一部の室は室全体を空間部を有して密封状態に覆う少なくともガス非透過性の
外壁と,外壁に覆われた前記室を構成する少なくともガス透過性の内壁とを備え,
しかも内壁と外壁との前記空間部内には乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しない
ようにすると共に,前記外壁に覆われない室とこの室に隣接しかつ外壁に覆われた
室との仕切り手段は,室に外圧を加えることにより容易に剥離し得る弱シール部が
1条もしくは2条以上配置されて構成されたことを特徴とする複室容器。
【請求項3】液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するための複数の室が連通可
能な仕切り手段で仕切られてなる可撓性を有する複室容器において,前記複数の室
中の一部の室は室全体を空間部を有して密封状態に覆う少なくとも水分非透過性か
つガス非透過性の外壁と,外壁に覆われた前記室を構成する少なくとも水分透過性
かつガス透過性の内壁とを備え,しかも内壁と外壁との前記空間部内には乾燥剤と
脱酸素剤のいずれをも封入しないようにすると共に,前記外壁に覆われない室とこ
の室に隣接しかつ外壁に覆われた室との仕切り手段は,室に外圧を加えることによ
り容易に剥離し得る弱シール部が1条もしくは2条以上配置されて構成されたこと
を特徴とする複室容器。
【請求項4】請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の複室容器において,
前記弱シール部は間隔を隔てて少なくとも2条配置して構成され,弱シール部同士
間の中間部に外壁の端部が溶着された複室容器。
【請求項5】請求項1~請求項4のいずれか1項に記載の複室容器において,
前記外壁と前記内壁との空間部には不活性ガスもしくは乾燥ガスを封入するように
した複室容器。
【請求項6】請求項1ないし請求項5のいずれか1項に記載の複室容器におい
て,前記外壁で覆われた前記内壁内の室には易酸化性および/または吸湿性を有す
る液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するようにした複室容器。
【請求項7】液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するための前記複数の室を備
えてなる複室容器本体は可撓性プラスチックフィルムで形成されたプラスチック容
器であり,かつ前記弱シール部はプラスチック容器を形成する前記可撓性プラスチ
ックフィルムの内面同士を直接溶着することにより形成されている請求項1~請求
項3のいずれか1項に記載の複室容器。
【請求項8】液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するための前記複数の室を備
えてなる複室容器本体は可撓性プラスチックフィルムで形成されたプラスチック容
器であり,かつ前記弱シール部はプラスチック容器を形成する前記可撓性プラスチ
ックフィルムの内面同士を該内面同士間に挟持されたインサートフィルムを介して
溶着することにより形成されている請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の複
室容器。
【請求項9】液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するための前記複数の室を備
えてなる複室容器本体は可撓性プラスチックフィルムで形成されたプラスチック容
器であり,かつプラスチック容器を形成する前記可撓性プラスチックフィルムは直
鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)からなる外層,直鎖状低密度ポリエチレン
(LLDPE)とエチレン・α-オレフィン系エラストマーの混合樹脂からなる中
間層および直鎖状低密度ポリエチレン(LLDPE)とポリプロピレン(PP)の
混合樹脂からなる(注,「ななる」とあるのは誤記と認める。)内層の三層フィル
ムである請求項7または請求項8記載の複室容器。
【請求項10】前記外壁は2軸延伸されたポリエチレンテレフタレートの外
層,シリカ蒸着ポリビニルアルコールの中間層および低密度ポリエチレンの内層の
三層からなる多層フィルムにより形成されている請求項1~請求項9のいずれか1
項に記載の複室容器。
【請求項11】前記外壁は,内壁内の室の前後両面のうちのいずれか一面側を
覆う部分がアルミラミネートフィルムにより形成されている請求項1ないし請求項
10のいずれか1項に記載の複室容器。
【請求項12】前記外壁で覆われた内壁内の室に収容される易酸化性および/
または吸湿性を有する物質が抗生物質である請求項6記載の複室容器。
(以下,上記【請求項1】~【請求項12】記載の発明を「本件発明1」~
「本件発明12」という。)
 3 本件訂正に係る明細書(以下,願書に添付した図面と併せて「訂正明細書」
という。)の特許請求の範囲の記載(下線が訂正部分)
【請求項1】液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するための複数の室が連通可
能な仕切り手段で仕切られてなる可撓性を有する複室容器において,前記複数の室
中の一部の室は室全体を空間部を有して密封状態に覆う少なくとも水分非透過性の
外壁と,外壁に覆われた前記室を構成する少なくとも水分透過性の内壁とを備え,
しかも内壁と外壁との前記空間部内には空気,不活性ガスもしくは乾燥ガスのみを
封入すると共に,前記外壁に覆われない室とこの室に隣接しかつ外壁に覆われた室
との仕切り手段は,室に外圧を加えることにより容易に剥離し得る弱シール部が1
条もしくは2条以上配置されて構成されたことを特徴とする複室容器。
【請求項2】液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するための複数の室が連通可
能な仕切り手段で仕切られてなる可撓性を有する複室容器において,前記複数の室
中の一部の室は室全体を空間部を有して密封状態に覆う少なくともガス非透過性の
外壁と,外壁に覆われた前記室を構成する少なくともガス透過性の内壁とを備え,
しかも内壁と外壁との前記空間部内には空気,不活性ガスもしくは乾燥ガスのみを
封入すると共に,前記外壁に覆われない室とこの室に隣接しかつ外壁に覆われた室
との仕切り手段は,室に外圧を加えることにより容易に剥離し得る弱シール部が1
条もしくは2条以上配置されて構成されたことを特徴とする複室容器。
【請求項3】液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するための複数の室が連通可
能な仕切り手段で仕切られてなる可撓性を有する複室容器において,前記複数の室
中の一部の室は室全体を空間部を有して密封状態に覆う少なくとも水分非透過性か
つガス非透過性の外壁と,外壁に覆われた前記室を構成する少なくとも水分透過性
かつガス透過性の内壁とを備え,しかも内壁と外壁との前記空間部内には空気,不
活性ガスもしくは乾燥ガスのみを封入すると共に,前記外壁に覆われない室とこの
室に隣接しかつ外壁に覆われた室との仕切り手段は,室に外圧を加えることにより
容易に剥離し得る弱シール部が1条もしくは2条以上配置されて構成されたことを
特徴とする複室容器。
【請求項4】請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の複室容器において,
前記弱シール部は間隔を隔てて少なくとも2条配置して構成され,弱シール部同士
間の中間部に外壁の端部が溶着された複室容器。
【請求項5】請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載の複室容器におい
て,前記外壁で覆われた前記内壁内の室には易酸化性および/または吸湿性を有す
る液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するようにした複室容器。
【請求項6】液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するための前記複数の室を備
えてなる複室容器本体は可撓性プラスチックフィルムで形成されたプラスチック容
器であり,かつ前記弱シール部はプラスチック容器を形成する前記可撓性プラスチ
ックフィルムの内面同士を直接溶着することにより形成されている請求項1~請求
項3のいずれか1項に記載の複室容器。
【請求項7】液剤,粉末剤もしくは固形剤を収容するための前記複数の室を備
えてなる複室容器本体は可撓性プラスチックフィルムで形成されたプラスチック容
器であり,かつ前記弱シール部はプラスチック容器を形成する前記可撓性プラスチ
ックフィルムの内面同士を該内面同士間に挟持されたインサートフィルムを介して
溶着することにより形成されている請求項1~請求項3のいずれか1項に記載の複
室容器。
【請求項8】前記外壁は,内壁内の室の前後両面のうちのいずれか一面側を覆
う部分がアルミラミネートフィルムにより形成されている請求項1ないし請求項7
のいずれか1項に記載の複室容器。
【請求項9】前記外壁で覆われた内壁内の室に収容される易酸化性および/ま
たは吸湿性を有する物質が抗生物質である請求項5記載の複室容器。
 4 本件決定の理由
   本件決定は,別添決定謄本写し記載のとおり,①本件訂正は,特許請求の範
囲の【請求項1】~【請求項3】中の,「内壁と外壁との前記空間部内には乾燥剤
と脱酸素剤のいずれをも封入しないようにする」を「内壁と外壁との前記空間部内
には空気,不活性ガスもしくは乾燥ガスのみを封入する」と訂正するとともに,請
求項5,9,10を削除し,さらにこれらに関連して,発明の詳細な説明の記載を
も訂正するものであるところ,上記「内壁と外壁との前記空間部内には空気,不活
性ガスもしくは乾燥ガスのみを封入する」との訂正は,願書に添付した明細書又は
図面に記載した事項の範囲内においてしたものとは認められず,本件訂正請求は,
特許法120条の4第3項において準用する特許法等の一部を改正する法律(平成
6年法律第116号)による改正前の特許法126条(上記特許法等の一部を改正
する法律附則6条により,なお従前の例によるとされる,同法による改正前の特許
法126条の趣旨と解される。以下「旧126条」という。)1項ただし書の規定
に違反するものであるから認めないとした上,②特許法41条の規定による優先権
の主張について,先の出願の願書に最初に添付した明細書及び図面(以下,併せて
「先の出願の当初明細書」という。)には,本件発明1~3の「内壁と外壁との空
間部内には乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しないようにした複室容器」につい
ては記載がなく,また,本件発明4~12は,本件発明1を引用した発明であるか
ら,本件特許出願は,先の出願の時に出願されたものとみなすことはできないと
し,③本件発明1~3,5~12は,本件特許出願前の平成4年12月17日に日
本国内において頒布された刊行物である特開平4-364851号公報(甲7,以
下「引用文献1」という。)記載の発明(以下「引用文献1発明」という。)に基
づいて,本件発明4は,引用文献1発明及び同日に頒布された刊行物である特開平
4-364850号公報記載の発明に基づいて,いずれも,当業者が容易に発明を
することができたものであり,特許法29条2項の規定により特許を受けることが
できないものであって,本件特許は,拒絶の査定をしなければならない特許出願に
対してされたものであるから,上記特許法等の一部を改正する法律附則14条の規
定に基づく,特許法等の一部を改正する法律の施行に伴う経過措置を定める政令
(平成7年政令第205号)4条1項の規定により,取り消すべきものとした。
第3 原告主張の本件決定取消事由
 本件決定は,①本件訂正請求が特許法120条の4第3項において準用する
旧126条1項ただし書で規定する訂正の要件を満たさないと誤って認定判断し
(取消事由1),②特許法41条の規定する優先権主張の要件を満たさないと誤っ
て認定判断した結果(取消事由2),本件特許出願は,先の出願の時に出願された
ものとみなすことはできないとし,③本件発明1と引用文献1発明の対比判断を誤
った結果(取消事由3),本件発明1の進歩性を否定し,④その結果,本件発明2
~12の進歩性の判断を誤ったものであるから,違法として取り消されるべきであ
る。
 1 取消事由1(旧126条1項ただし書で規定する訂正の要件の認定判断の誤
り)
(1)本件決定は,①「請求人(注,原告)が指摘する,本件明細書の段落00
13には,『内壁14内の室に吸湿性を有する液剤,粉末剤もしくは固形剤を封入
する場合は,前記空間部15には乾燥空気,乾燥窒素ガス等の乾燥ガスを封入して
もよい。』と記載され,『乾燥空気』を封入する点は記載されていると認められる
が,『空気』のみを封入することは記載されていない」(2頁第4段落),②「同
段落には,『不活性ガスを封入した場合は空間部15内の空気を不活性ガスで置換
するので酸化防止の効果がさらに確実であり,乾燥ガスを封入した場合は空間部1
5内の空気が乾燥ガスと置換されるので,防湿の効果がさらに確実である。』と記
載されているが,ここにいう『乾燥ガス』が請求項1乃至請求項3(注,本件訂正
に係る【請求項1】~【請求項3】の趣旨と解される。)でいう封入された『空
気,不活性ガスもしくは乾燥ガス』に相当するものであって,ここにいう『空気』
は請求項1乃至請求項3でいう封入された『空気,不活性ガスもしくは乾燥ガス』
に相当するものではない」(同第5段落),③「その他,本件の願書に添付した明
細書又は図面のどこにも,『内壁と外壁との前記空間部内に空気のみを封入する』
点は記載されていない」(同下から第2段落),④「特許権者は,平成14年4月
23日付け意見書において,『・・・当初明細書(注,本件特許出願の願書に最初
に添付した明細書〔甲5添付,以下,願書に添付した図面と併せて「当初明細書」
という。〕)には外壁と内壁の空間部は不活性ガスや乾燥ガスで置換してもよい旨
が記載されているが,置換しない場合においては大気中で複室容器の製造作業を行
えば,前記空間部内には空気以外のものが封入されることはない。すなわち,上記
訂正事項は当初明細書から一義的に導き出される事項である。』と主張するが,当
初明細書には,先に摘示したように,『不活性ガスを封入した場合は空間部15内
の空気を不活性ガスで置換する』旨の記載は認められるが,『大気中で複室容器の
製造作業を行う』とか『置換しない』といったことが明示されているわけではない
ので,『内壁と外壁との前記空間部内に空気のみを封入する』点が当初明細書・図
面に直接的かつ一義的に記載されていたとすることはできない」(同最終段落~第
3頁第1段落)と認定した上,「請求項1乃至請求項3(注,訂正明細書の特許請
求の範囲【請求項1】~【請求項3】)中の,『内壁と外壁との前記空間部内には
空気,不活性ガスもしくは乾燥ガスのみを封入する』との訂正は,願書に添付した
明細書又は図面に記載した事項の範囲内においてしたものとは認められな
い。・・・本件訂正請求は,少なくとも,特許法第120条の4第3項で準用する
平成6年改正前の同法第126条第1項ただし書の規定に違反するものである」
(同第2段落~第3段落)と判断したが,誤りである。
(2)本件明細書(甲2)には,本件発明の実施例に係る複室容器の製造例につ
いて,「上記実施例の複室容器は,例えば図6の製造例に従ってつくられる。すな
わち,(イ)内層がPEとPPとの混合樹脂で,外層がPEの多層フィルムを2枚
重ね合わせ,溶着温度約170~200℃で3方の周辺シールを行なうと共に中間
部を仕切るための2条のシールを溶着温度約110~130℃で所定間隔を隔てて
行ない弱シール部24,25を形成し,さらに口部10を取り付ける。(ロ)つい
で,液剤4を充填し,側部(充填口)をシールして高圧蒸気滅菌または熱水滅菌等
の加熱殺菌を行なう。(ハ)加熱殺菌後,空室部30の側部を無菌条件下でカット
し,充填口を設ける。なお,必要に応じて内部を乾燥する。(ニ)次に,空室部3
0の外側に内層がPEで外層がポリ塩化ビニリデンとPPの2重層をなす水分非透
過性およびガス非透過性のバリアーフィルムからなる多層フィルム32を溶着して
取り付ける。・・・(ホ)しかる後,抗生物質などの粉末薬剤8を無菌条件下で内
壁内側の空間部に入れ,側部(充填口)をシールする。なお,弱シール部24,2
5の形成は,加熱された弱シール部形成用金型をシリンダ装置により押し当てて行
なうが,この弱シール部形成用金型は所定間隔を隔てた2本の突条が電源ヒータに
より温度調節可能に,かつシリンダ装置により上下動可能とされたものである」
(段落【0010】)との記載がある。これらの記載は,上記製造工程が,シール
形成用金型やシリンダ装置を用いた工場生産において行われることを示している。
通常の工場生産は,特に断りのない限り,大気中で行われるのが当業者の常識であ
り,上記工程(イ)~(ホ)も,本件明細書中に特に断りがないように,空気以外
の特殊な雰囲気中で行わなければならないものではない。本件明細書を見た当業者
は,当然に大気中で行われると理解する。また,工程(ニ)に対応する【図6】の
(ニ)には,空室部30を形成する多層フィルム(内壁)とバリアーフィルムから
なる多層フィルム32(外壁)との間に形成された空間部が,その後の工程(ホ)
に対応する【図6】の(ホ)には,粉末薬剤8が内壁内側の空間部に入れられ,側
部(充填口)がシールされた状態が,図示されている。工程(ニ),(ホ)におい
ては,内壁内側の空間部には,粉末薬剤以外に何も入れられていない。このよう
に,大気中で行われる工場生産において,工程(ニ)で形成された内壁と外壁との
間の空間部には,当然空気が存在し,内壁内側の空間部に粉末薬剤を入れ,他には
何も入れることなく工程(ホ)で充填口がシールされる。その結果,閉じられた内
壁内側の空間部には粉末薬剤のみが,そして内壁と外壁との間の空間部には空気の
みが,各々封じ込められ,封入されることとなる。したがって,本件明細書の段落
【0010】及び【図6】は,複室容器の内壁と外壁との間の空間部内に空気のみ
が封入される製造例を示しているから,複室容器の内壁と外壁との間の空間部内に
空気のみが封入されることは,実質的に記載されているということができ,あるい
は,本件明細書の上記記載から当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項である
ことが明らかである。
  また,本件明細書には,「内壁14内の空間部13に易酸化性を有する液
剤,粉末剤もしくは固形剤を封入する場合は,内壁14と外壁12の空間部15に
は窒素ガス,炭酸ガス,アルゴンガス等の不活性ガスを封入することが好ましい。
また内壁14内の室に吸湿性を有する液剤,粉末剤もしくは固形剤を封入する場合
は,前記空間部15には乾燥空気,乾燥窒素ガス等の乾燥ガスを封入してもよい。
不活性ガスを封入した場合は空間部15内の空気を不活性ガスで置換するので酸化
防止の効果がさらに確実であり,乾燥ガスを封入した場合は空間部15内の空気が
乾燥ガスと置換されるので,防湿の効果がさらに確実である」(段落【001
3】)との記載があり,第1文は,不活性ガスを選択的に封入し得ることを,第2
文は,乾燥ガスを選択的に封入し得ることを,末文は,不活性ガスを封入した場合
は空間部15内の空気が不活性ガスで置換され,乾燥ガスを封入した場合は空間部
15内の空気が乾燥ガスと置換されることを記載している。これらは,不活性ガス
又は乾燥ガスを封入することが選択された場合は,空気がこれらに置換されるこ
と,したがって,これらのガスが選択されない場合は,空間部15に空気が存在し
たまま封入されることを示している。さらに,上記末文は,ガスを封入すれば各々
の効果が更に確実となることの前提として,空気の封入のみでも必要な酸化防止効
果及び防湿効果が得られることを実質的に記載している。したがって,本件明細書
の段落【0013】には,複室容器の内壁と外壁との間の空間部内に空気のみが封
入されることは,実質的に記載されているということができ,あるいは,本件明細
書の上記記載から当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項である。
  以上によれば,本件決定の上記(1)①及び③の認定が誤りであることは明ら
かである。
(3)また,空気のみを封入することが本件明細書(甲2)の段落【0013】
に実質的に記載されていることは,上記(2)のとおりであり,これを,本件訂正前の
【請求項5】の記載事項と合わせて,本件訂正の「空気,不活性ガスもしくは乾燥
ガスのみを封入する」としたのであるから,段落【0013】記載の「空気」が本
件訂正に係る【請求項1】~【請求項3】記載の「空気」であることは何ら否定さ
れるものではなく,本件決定の上記(1)②の認定も誤りである。
  加えて,明細書の発明の詳細な説明は,その発明の属する分野における通
常の知識を有する者(当業者)が容易にその実施をすることができる程度に記載す
る(上記特許法等の一部を改正する法律による改正前の特許法36条4項)ことを
要するが,記載しなくても当業者が当然に実施できる程度に理解できる事項まで逐
一記載することが求められるものではない。そして,上記工程(イ)~(ホ)も,
本件明細書及び当初明細書(甲5添付)中に特に断りがないように,空気以外の特
殊な雰囲気中で行わなければならないものではなく,本件明細書及び当初明細書を
見た当業者は,当然に大気中で行われると理解すること,不活性ガス又は乾燥ガス
を封入することが選択された場合は,空気がこれらに置換される,これらのガスが
選択されない場合は,空間部15に空気が存在したまま封入されることを記載し,
ガスを封入すれば各々の効果が更に確実となることの前提として,空気の封入のみ
でも必要な酸化防止効果及び防湿効果が得られることを実質的に記載していること
は上記のとおりである。そうすると,本件明細書及び当初明細書には,内壁と外壁
との空間部内に空気のみを封入する点が実質的に記載され,少なくとも,当業者が
直接的かつ一義的に導き出せるように記載されていることが明らかであるから,本
件決定の上記(1)④の認定も誤りである。
(4)以上のとおり,本件決定の上記(1)①~④の認定は誤りであるから,これを
前提に,本件訂正請求が特許法120条の4第3項において準用する旧126条1
項ただし書で規定する訂正の要件を満たさないとした判断も誤りである。
2 取消事由2(特許法41条の規定する優先権主張の要件の認定判断の誤り)
(1)本件決定は,「本件特許は,特願平4-140113号を先の出願とし
て,特許法第41条の規定に基づき平成5年2月28日に特許出願されたものであ
るが,先の出願の願書に最初に添付した明細書及び図面(注,先の出願の当初明細
書〔甲6添付〕)には,本件特許の請求項1~請求項3に係る発明の,内壁と外壁
との空間部内には乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しないようにした複室容器,
については記載がない。また,請求項4~請求項12に係る発明は,請求項1に係
る発明を引用した発明であるから,その余について検討するまでもなく,本件特許
の請求項1~請求項12に係る発明は,先の出願の時に出願されたものとみなすこ
とはできない」(5頁下から第2段落)と認定判断したが,誤りである。
(2)先の出願の当初明細書(甲6添付)の段落【0010】には,発明の実施
例に係る複室容器の製造例が,【図6】の図示を参照しつつ記載されているが,そ
の製造工程は,(イ)内層と外層からなる多層フィルムを2枚重ね合わせ,3方の
周辺シールを行うと共に中間部を仕切るための2条の弱シール部24,25を形成
し,口部10を取り付ける,(ロ)液剤4を充填し,側部(充填口)をシールして
加熱殺菌を行う,(ハ)空室部30の側部を無菌条件下でカットし,充填口を設
け,必要に応じて内部を乾燥する,(ニ)空室部30の外側に多層フィルム32を
溶着して取り付ける,(ホ)物質8を無菌条件下で内壁内側の空間部に入れ,側部
(充填口)をシールする,というものであり,続いて,「弱シール部24,25の
形成は,加熱された弱シール部形成用金型をシリンダ装置により押し当てて行なう
が,この弱シール部形成用金型は所定間隔を隔てた2本の突条が電源ヒータにより
温度調節可能に,かつシリンダ装置により上下動可能とされたものである」との記
載もある。これらの記載は,上記製造工程が,シール形成用金型やシリンダ装置を
用いた工場生産において行われることを示している。通常の工場生産は,特に断り
のない限り,大気中で行なわれるのが普通であり,当業者の常識でもあるから,上
記工程(イ)~(ホ)も,先の出願の当初明細書に特に断りがないように,空気以
外の特殊な雰囲気中で行わなければならないものではない。先の出願の当初明細書
を見た当業者は,当然に大気中で行われると理解する。また,工程(ニ)に対応す
る【図6】の(ニ)には,空室部30を形成する多層フィルム(内壁)とその外側
の多層フィルム32(外壁)との間に形成された空間部が,その後の上記工程
(ホ)に対応する【図6】の(ホ)には,物質8が内壁内側の空間部に入れられ,
側部(充填口)がシールされた状態が,図示されている。工程(ニ),(ホ)にお
いては,内壁内側の空間部には,物質8以外に何も入れられていない。このよう
に,大気中で行われる工場生産において,工程(ニ)で形成された内壁と外壁との
間の空間部には,当然空気が存在し,内壁内側の空間部に物質8を入れ,他には何
も入れることなく工程(ホ)で充填口がシールされる。その結果,閉じられた内壁
内側の空間部には物質8のみが,そして内壁と外壁との間の空間部には空気のみ
が,各々封じ込められ,封入されることとなる。そして,段落【0011】には,
「以上のように構成された実施例においては,内壁14は外層がPE,内層がPE
とPPとの混合樹脂からなる多層フィルムから構成されているので極く微量ながら
水分やガスを透過する傾向があるが,外壁12は水分非透過性,ガス非透過性のバ
リアフィルムで構成されているので,外部の水分や酸素の悪影響を回避できる」と
の記載があり,このバリアフィルムは,段落【0013】において,「内壁14内
の空間部13に易酸化性を有する液剤,粉末剤もしくは固形剤を封入する場合は,
内壁14と外壁12の空間部15には窒素ガス,炭酸ガス,アルゴンガス等の不活
性ガスを封入してもよく,また内壁14内の室に吸湿性を有する液剤,粉末剤もし
くは固形剤を封入する場合は,前記空間部15には乾燥空気,乾燥窒素ガス等の乾
燥ガスを封入してもよい。不活性ガスを封入した場合は空間部15内の空気を不活
性ガスで置換するので酸化防止の効果がさらに確実であり,乾燥ガスを封入した場
合は空間部15内の空気が乾燥ガスと置換されるので,防湿の効果がさらに確実で
ある」と言及されている。
  そうすると,先の出願の当初明細書には,上記工程(ニ),(ホ)におい
ては,物質8以外には何も入れられないが,水分非透過性,ガス非透過性のバリア
フィルムで構成されている外壁12により,物質8への外部の水分や酸素の悪影響
を回避できることが記載されていることが明らかである。そして,内壁14と外壁
12の空間部15に不活性ガス又は乾燥ガスを封入した場合には,これらのガスが
空気を置換するので,酸化防止効果又は防湿効果が更に確実に得られる旨の記載
は,これらのガスが封入されず,空気のみが封入されていても,必要な酸化防止効
果又は防湿効果が得られることを記載していることにほかならない。閉じられた空
間内において酸化防止効果や防湿効果を得るために通常採られる手段は,脱酸素剤
や乾燥剤を用いることであり,このことは当業者において周知である。したがっ
て,先の出願の発明において,酸化防止効果又は防湿効果を得るのに空気のみが封
入されていてもよいということは,これらの効果を得るために通常用いられる乾燥
剤も脱酸素剤も用いなくてよいということである。すなわち,酸化防止効果又は防
湿効果を得るのに空気のみが封入されていてもよいとの実質的な記載がある先の出
願の当初明細書は,乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しないようにすることが記
載されているに等しいというべきである。
3 取消事由3(本件発明1と引用文献1発明の対比判断の誤り)
(1)本件決定は,「本件特許の請求項1に係る発明(注,本件発明1)と引用
文献1に記載された発明(請求項1及び【実施例】に記載された発明)(注,引用
文献1発明)を対比すると,・・・本件特許の請求項1に係る発明が,『内壁と外
壁との前記空間部内には乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しない』のに対して,
引用文献1には,その旨の記載がない点で,両者は相違する」(7頁下から第2段
落)と認定した上,「本件特許の請求項1に係る発明は,引用文献1に記載された
発明に基づいて当業者が適宜なし得る程度のものと認めるのが相当である」(8頁
第1段落)と判断したが,誤りである。
(2)引用文献1(甲7)の【請求項1】には,「内壁と外壁との空間部には乾
燥剤および/または脱酸素剤を封入する」と記載されている。そもそも,引用文献
1発明は,その特許出願当時,経時的に不安定な抗生物質等の薬剤は,ガラス製バ
イアル瓶等の容器に保存したり,複室容器であっても酸素吸収能力の大きい又は多
量の脱酸素剤を使用した上,水分及びガスバリアー性の外装袋を多量に必要とする
ものであったという課題を解決することを目的としている。そして,複室容器にお
ける「水分非透過性および/またはガス非透過性の外壁」で覆う室を,「易酸化性
および/または吸湿性」を有する薬剤を封入する室に限定することにより,「乾燥
剤や脱酸素剤を封入する空間部が,乾燥剤や脱酸素剤を作用させる必要のない液剤
等を収容する部分から隔離されているので,乾燥剤が液剤等の水分を吸収して濃縮
化することが防止されると共に,脱酸素剤を封入する空間部は,易酸化性を有する
物質を封入した部分の周りにだけ存在すればよいので,空間容積が小さくなり,脱
酸素剤を多量に必要とせず,また外壁を構成する高価なガスバリアーフィルムが少
なくてすむ利点がある」(段落【0014】)との効果を奏するものである。した
がって,脱酸素剤を多量に必要としないという知見にとどまり,乾燥剤や脱酸素剤
を使用しなくて済むとの着想には到底至らなかったのである。これに対し,本件発
明は,「内壁と外壁との前記空間部内には乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しな
い」状態でも,必要な酸化防止効果又は防湿効果が得られるという新たな効果を見
いだして完成されたものである。したがって,本件特許出願当時,内壁と外壁との
前記空間部内には乾燥剤や脱酸素剤を封入するかしないかを当業者が適宜決定し得
るものではなく,「内壁と外壁との前記空間部内には乾燥剤と脱酸素剤のいずれを
も封入しない」ことは,当業者が引用文献1に基づいて容易に想到し得るものとは
いえない。
4 取消事由4(本件発明2~12の進歩性の判断の誤り)
 上記のとおり,本件決定の本件発明1についての進歩性の判断は誤りである
から,これを前提とする本件決定の本件発明2~12についての進歩性の判断も誤
りである。
第4 被告の反論
   本件決定の認定判断は正当であり,原告主張の取消事由はいずれも理由がな
い。
 1 取消事由1(旧126条1項ただし書で規定する訂正の要件の認定判断の誤
り)について
 本件訂正は,特許請求の範囲の【請求項1】~【請求項3】中の,「内壁と
外壁との前記空間部内には乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しないようにする」
を「内壁と外壁との前記空間部内には空気,不活性ガスもしくは乾燥ガスのみを封
入する」と訂正するとともに,請求項5,9,10を削除し,さらにこれらに関連
して,発明の詳細な説明の記載をも訂正するものである。そして,本件明細書(甲
2)に,「乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しない」ことの実施態様としては,
「外壁と前記内壁との空間部には不活性ガスもしくは乾燥ガスを封入する」ことが
専ら明示されている(【請求項5】)ことからすれば,「不活性ガス」又は「乾燥
ガス」を封入する点は記載されているが,「空気」のみを封入することは記載され
ていない。原告の主張は,明細書及び図面の記載に正確に基づかないものというべ
きである。代表的な製造例として「不活性ガス」のみ及び「乾燥ガス」のみを封入
したものを記載したのにもかかわらず,「空気」のみを封入したものについては記
載しなかったのであるから,「空気」のみを封入することは意図しなかったものと
解するのが相当である。当初明細書には示されていなかった事項について,特許異
議審理中や審決(決定)取消訴訟中において,これと矛盾した趣旨の主張をするこ
とは,審判ないし訴訟における信義則の原則ないし禁反言の法理に照らし許されな
いというべきである。特許出願時において,発明者ないし特許出願人が,「空間部
15に空気が存在したまま封入される」ことや「空気のみを封入する」ことが重要
な事項であって,これらが発明の本質的事項であるとの認識を有していたとすれ
ば,当初明細書の発明の詳細な説明中に,それらが明確に言及されることは当然の
ことであり,それらが記載されなかったことは,発明者ないし特許出願人がそれら
を意識していなかった証左というべきである。
2 取消事由2(特許法41条の規定する優先権主張の要件の認定判断の誤り)
について
  原告は,空気のみが封入されていてもよいとの実質的な記載がある先の出願
の当初明細書には,乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも封入しないようにすることが記
載されているに等しいと主張する。しかしながら,乾燥剤と脱酸素剤のいずれをも
封入しないようにすることが記載されているに等しいことの根拠は,「空気のみが
封入されていてもよいとの実質的な記載がある」ということのみであるところ,先
の出願の当初明細書にはその記載はないから,上記主張は失当である。
3 取消事由3(本件発明1と引用文献1発明の対比判断の誤り)について
 引用文献1発明のように,空間部内に乾燥剤と脱酸素剤が入っていることに
よって,より大きな酸化防止効果又は防湿効果が得られるが,他方,乾燥剤と脱酸
素剤が入っていなくとも,内壁と外壁の二重壁とした構成によって,ある程度の酸
化防止効果又は防湿効果があることは,当業者には自明のことにすぎない。この点
は,本件明細書(甲2)中でも,「このような複室容器は脱酸素剤や乾燥剤を外壁
と内壁との空間部に封入するので,コストが高くなるなどの問題点があった」(段
落【0003】),「外壁内に脱酸素剤や乾燥剤を封入しなくてもよいので,コス
トを軽減できる利点がある」(段落【0016】)と記載され,コストの問題のみ
が示されていることからも明らかである。脱酸素剤や乾燥剤を入れるか入れないか
は,結局は,酸化防止・防湿効果と経済性(コスト)とを総合考慮して決定するこ
とであって,経済性(コスト)を優先したい場合には,脱酸素剤や乾燥剤を外壁と
内壁との空間部に封入しないという選択肢も当然あり得ることである。また,脱酸
素剤や乾燥剤を外壁と内壁との空間部に封入しなくとも必要な酸化防止効果又は防
湿効果が得られるということが,原告の主張するような「新たな効果」であるとは
いえない。製品や装置類の設計に当たって,経済性を重要視したい場合には,過剰
品質とならないように考慮し,最低限の機能を満たす範囲において設計を行うこと
は,本件特許出願前から広く行われていることである。したがって,内壁と外壁と
の空間部に乾燥剤や脱酸素剤をどの程度封入するかは,全く封入しない場合も含め
て,経済性(コスト)と内壁内の空間部に封入される薬剤の性質により最低限必要
とされる酸化防止,防湿の効果との兼ね合いの下に,当業者が適宜決定し得る設計
的事項にすぎないのであり,コストの軽減を目的として,専ら内壁と外壁の二重壁
とした構造によって酸化防止・防湿効果を確保し,乾燥剤や脱酸素剤の封入を省略
することは,当業者が必要に応じて容易に採用し得ることである。
4 取消事由4(本件発明2~12の進歩性の判断の誤り)について
 上記のとおり,本件決定の本件発明1についての進歩性の判断に誤りはない
から,その誤りを前提とする原告の取消事由4の主張は理由がない。
第5 当裁判所の判断
 1 取消事由1(旧126条1項ただし書で規定する訂正の要件の認定判断の誤
り)について
(1)本件決定は,本件訂正は,本件明細書(甲2)の特許請求の範囲の【請求
項1】~【請求項3】中の,「内壁と外壁との前記空間部内には乾燥剤と脱酸素剤
のいずれをも封入しないようにする」を「内壁と外壁との前記空間部内には空気,
不活性ガスもしくは乾燥ガスのみを封入する」と訂正するとともに,請求項5,
9,10を削除し,さらにこれらに関連して,発明の詳細な説明の記載をも訂正す
るものであるところ,上記「内壁と外壁との前記空間部内には空気,不活性ガスも
しくは乾燥ガスのみを封入する」との訂正は,本件明細書に記載した事項の範囲内
においてしたものとは認められないと認定判断した。これに対し,原告は,複室容
器の内壁と外壁との間の空間部内に空気のみが封入されることは,本件明細書の段
落【0010】,同【0013】の記載及び【図6】の図示に特許請求の範囲【請
求項5】の記載を合わせれば,実質的に記載されているということができ,あるい
は,これらの記載から当業者が直接的かつ一義的に導き出せる事項であると主張
し,被告は,本件明細書には,「不活性ガス」又は「乾燥ガス」を封入する点は記
載されているが,「空気」のみを封入することは記載されていないと主張する。
(2)そこで,本件明細書(甲2)の記載についてみると,「上記実施例の複室
容器は,例えば図6の製造例に従ってつくられる。すなわち,(イ)内層がPEと
PPとの混合樹脂で,外層がPEの多層フィルムを2枚重ね合わせ,溶着温度約1
70~200℃で3方の周辺シールを行なうと共に中間部を仕切るための2条のシ
ールを溶着温度約110~130℃で所定間隔を隔てて行ない弱シール部24,2
5を形成し,さらに口部10を取り付ける。(ロ)ついで,液剤4を充填し,側部
(充填口)をシールして高圧蒸気滅菌または熱水滅菌等の加熱殺菌を行なう。
(ハ)加熱殺菌後,空室部30の側部を無菌条件下でカットし,充填口を設ける。
なお,必要に応じて内部を乾燥する。(ニ)次に,空室部30の外側に内層がPE
で外層がポリ塩化ビニリデンとPPの2重層をなす水分非透過性およびガス非透過
性のバリアーフィルムからなる多層フィルム32を溶着して取り付ける。なお,弱
シール部24,25に沿って溶着する部分は,弱シール部24,25の中間の位置
とし,この弱シール部に重ならないようにして130~135℃で溶着される。
(ホ)しかる後,抗生物質などの粉末薬剤8を無菌条件下で内壁内側の空間部に入
れ,側部(充填口)をシールする。なお,弱シール部24,25の形成は,加熱さ
れた弱シール部形成用金型をシリンダ装置により押し当てて行なうが,この弱シー
ル部形成用金型は所定間隔を隔てた2本の突条が電源ヒータにより温度調節可能
に,かつシリンダ装置により上下動可能とされたものである」(段落【001
0】),「内壁14内の空間部13に易酸化性を有する液剤,粉末剤もしくは固形
剤を封入する場合は,内壁14と外壁12の空間部15には窒素ガス,炭酸ガス,
アルゴンガス等の不活性ガスを封入することが好ましい。また内壁14内の室に吸
湿性を有する液剤,粉末剤もしくは固形剤を封入する場合は,前記空間部15には
乾燥空気,乾燥窒素ガス等の乾燥ガスを封入してもよい。不活性ガスを封入した場
合は空間部15内の空気を不活性ガスで置換するので酸化防止の効果がさらに確実
であり,乾燥ガスを封入した場合は空間部15内の空気が乾燥ガスと置換されるの
で,防湿の効果がさらに確実である。上記のように内壁と外壁の空間部に不活性ガ
スを封入したり,外壁に用いられるバリアーフィルムをよりバリアー性の高いもの
を用いること等により,従来内壁と外壁の空間部に封入されていた脱酸素剤および
/または乾燥剤を使用しなくとも,薬剤の経時安定化を達成することができる。な
お,弱シール部は2条の場合に限らず2条以上としてもよい。また本発明は弱シー
ル部が1条の場合にも適用可能である。さらに,弱シール部は必ずしも直線である
必要はなく,例えば,容器中央部付近のシール形状をV字形をなすように形成して
もよい。こうすれば使用時に一方の室に手で押圧を加えて弱シール部を剥離する場
合,圧力がV字形の部分に一時的に集まり,剥離のきっかけを与えることができる
ため,比較的軽い押圧で両方の薬剤を混合することができる。但し,この場合,本
発明の複室容器の保存または輸送時における不慮の剥離を引き起こす危険もあると
ころから,溶着条件を特に吟味することが望ましい」(段落【0013】),「請
求項1~請求項4のいずれか1項に記載の複室容器において,前記外壁と前記内壁
との空間部には不活性ガスもしくは乾燥ガスを封入するようにした複室容器」
(【請求項5】)との記載がある。また,【図6】には,段落【0010】の上記
工程(イ)~(ホ)にそれぞれ対応する説明図(イ)~(ホ)の5図面があるが,
【図6】の(ニ)には,段落【0010】の工程(ニ)に対応して,空室部30を
形成する多層フィルム(内壁)とバリアーフィルムからなる多層フィルム32(外
壁)との間に形成された空間部が何も入れられていない状態で,また,【図6】の
(ホ)には,同じく工程(ホ)に対応して,粉末薬剤8が内壁内側の空間部に入れ
られ,側部(充填口)がシールされた状態が,それぞれ図示されている。さらに,
本件明細書には,【発明の効果】として,「本発明は上述の通り構成されているの
で,次に記載する効果を奏する。水分やガスの非透過性フィルムからなる外壁と,
内壁との2重壁を有する構造体での内壁によりつくられる室内に吸湿性や易酸化性
を有する物質を収容することによって,その物質が保管時に外部の水分を吸収した
り,酸素と化合したりすることを防止できると共に,前記2重壁を有する室が防湿
や酸化防止の必要のない物質を収容する室から隔離できるので,複室容器全体を水
分・ガス非透過性フィルムで覆った場合のように,乾燥させる必要のない液剤等の
水分を吸収して濃縮化することが防止され,かつ外壁は吸湿性や易酸化性を有する
物質を封入した室の周りにだけ配置すればよいので,外壁を構成する高価な水分・
ガス非透過性フィルムが少なくてすむ利点がある。また,外壁内に脱酸素剤や乾燥
剤を封入しなくてもよいので,コストを軽減できる利点がある」(段落【001
6】)と記載されている。
(3)確かに,本件明細書(甲2)の上記記載によれば,内壁14と外壁12の
間の空間部15に封入される気体としては,「窒素ガス,炭酸ガス,アルゴンガス
等の不活性ガス」及び「乾燥空気,感想窒素ガス等の乾燥ガス」が例示されている
にとどまり,「空気のみ」とすることについて明示的な記載はない。しかしなが
ら,【図6】の(ニ)に,内壁と外壁との間に形成された空間部に何も入れられて
いない状態が図示されていることは上記(2)のとおりであり,通常の工場生産は,特
に断りのない限り,大気中で行われるのが当業者の常識であることは当裁判所に顕
著である。そうである以上,実施例の工程(イ)~(ホ)が行われる場所は大気中
であり,工程(ニ)において,【図6】の(ニ)に図示された内壁と外壁との間に
形成された空間部に雰囲気空気が存在すること,工程(ホ)で充填口がシールされ
る結果,閉じられた内壁と外壁との間の空間部には,雰囲気空気のみが封入される
ことも,上記記載事項から明らかである。さらに,本件明細書の段落【0002】
の【従来の技術】及び段落【0003】の【発明が解決しようとする課題】の記載
によれば,本件発明1~12は,本件と同一出願人による特願平3-274849
号発明(甲7)の改良に関する発明であって,複室容器に従来封入されていた脱酸
素剤や乾燥剤を省略することをその要旨とするものであり,また,特許請求の範囲
【請求項1】及び段落【0004】の「A」には「外壁に覆われた前記室を構成す
る・・・内壁とを備え」として室(空間部15)に封入される物質については何ら
言及されず,【請求項5】及び段落【0004】の「E」において「前記外壁と前
記内壁との空間部には不活性ガスもしくは乾燥ガスを封入するようにした」とし
て,空間部に封入する気体の種類を限定し,段落【0010】及び【図6】には,
実施例の工程(イ)~(ホ)において,上記のとおり粉末薬剤8を封入した後,そ
のまま側部(充填口)をシールしてしまうことが記載されている。これら記載を総
合考慮すれば,本件明細書に接した当業者は,本件特許出願時の技術常識に照ら
し,内壁と外壁との空間部に通常の雰囲気空気が存在した状態で充填口をシールし
ても,一定の吸湿防止及び酸化防止という本件発明1~3の効果を奏することが可
能であり,本件明細書には,「空気」のみを封入することが記載されているのと同
然であると理解するものと認めるのが相当である。
(4)これに対し,被告は,「外壁と前記内壁との空間部には不活性ガスもしく
は乾燥ガスを封入する」ことが専ら明示されている(【請求項5】)ことからすれ
ば,「不活性ガス」又は「乾燥ガス」を封入する点は記載されているが,「空気」
のみを封入することは記載されていないと主張する。しかしながら,本件明細書
(甲2)には,上記(2)のとおり,「内壁14内の空間部13に易酸化性を有する液
剤,粉末剤もしくは固形剤を封入する場合は,内壁14と外壁12の空間部15に
は窒素ガス,炭酸ガス,アルゴンガス等の不活性ガスを封入することが好ましい。
また内壁14内の室に吸湿性を有する液剤,粉末剤もしくは固形剤を封入する場合
は,前記空間部15には乾燥空気,乾燥窒素ガス等の乾燥ガスを封入してもよい。
不活性ガスを封入した場合は空間部15内の空気を不活性ガスで置換するので酸化
防止の効果がさらに確実であり,乾燥ガスを封入した場合は空間部15内の空気が
乾燥ガスと置換されるので,防湿の効果がさらに確実である」(段落【001
3】)との記載がある。この記載中,第1文は,不活性ガスを選択的に封入し得る
ことを,第2文は,乾燥ガスを選択的に封入し得ることを,末文は,不活性ガスを
封入した場合は空間部15内の空気が不活性ガスで置換され,乾燥ガスを封入した
場合は空間部15内の空気が乾燥ガスと置換されることを記載し,これらは,不活
性ガス又は乾燥ガスを封入することが選択された場合は,空気がこれらに置換され
るが,これらのガスが選択されない場合は,空間部15に雰囲気空気が存在したま
ま封入されることを記載しているというべきであるから,被告の上記主張は採用し
難い。
  また,被告は,特許異議審理中や審決(決定)取消訴訟中において,当初
明細書に示されていたことと矛盾した趣旨の主張をすることは,審判ないし訴訟に
おける信義則の原則ないし禁反言の法理に照らし許されないとも主張するが,原告
の主張が当初明細書に示されていたことと矛盾するかはさておき,旧126条1項
ただし書で規定する訂正の要件は,当初明細書ではなく,本件明細書に記載した事
項を基準とすべきであるから,被告の上記主張は,それ自体失当というべきであ
る。
(5)以上検討したところによれば,本件訂正に係る「内壁と外壁との前記空間
部内には空気,不活性ガスもしくは乾燥ガスのみを封入する」との訂正は,本件明
細書に記載した事項の範囲内というべきであるから,これを本件明細書に記載した
事項の範囲内においてしたものとは認められないとした本件決定の認定は誤りであ
り,これを前提に,本件訂正請求が旧126条1項ただし書で規定する訂正の要件
を満たさないとした判断も誤りというべきである。
(6)したがって,本件決定が,本件訂正請求を認めなかったことは違法という
ほかなく,原告の取消事由1の主張は理由がある。
2 以上のとおり,原告主張の取消事由1は理由があり,これが本件決定の結論
に影響を及ぼすことは明らかであるから,その余の点について判断するまでもな
く,本件決定は,瑕疵があるものとして取消しを免れない。
   よって,原告の請求は理由があるから認容することとし,主文のとおり判決
する。
     東京高等裁判所知的財産第2部
         裁判長裁判官 篠  原  勝  美
    裁判官 岡  本     岳
    裁判官 早  田  尚  貴

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職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛