弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     原判決を破棄する。
     被告人を懲役一〇年に処する。
     原審における未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入する。
     押収してある出刃包丁一丁(当庁昭和六一年押第一〇六号の10)を被
害者Aに、ドライバー一本(同押号の13)を被害者三坂博にそれぞれ還付する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人吉田良夫作成名義の控訴趣意書に記載のとおりである
から、これを引用する。
 なお、弁護人は、控訴趣意書第一に記載の点は、量刑不当の事情として述べるも
のである旨付陳した。
 一 控訴趣意について
 論旨は、量刑不当の主張であるが、所論にかんがみ、記録及び証拠物を調査し、
当審における事実取調べの結果をも併せ検討するに、被告人は、原判示認定のとお
り、(1)強盗の目的で、夜間、軽井沢町地内の別荘に侵入し、就寝中のB(四四
歳)及びその長女(中学生)に対し、所携の出刃包丁を示し、「騒ぐと殺すぞ」な
どと申し向け、右両名の手足をビニールテープあるいは布紐で縛つてベツドに緊縛
するなどの暴行脅迫を加え、その反抗を抑圧して、右B所有の現金約八万五〇〇円
ほか三点在中の財布一個(物品の価格合計約四万五〇〇円相当)を強取した上、同
女を強姦し、(2)その前後一か月の間に、一六回にわたり、三重、岐阜、愛知、
静岡、山梨、長野の各県内の民家、別荘等から現金合計約一三万三三〇〇円及び自
転車など四九点(時価合計約一一万二三五〇円相当)を窃取し、さらに、(3)窃
盗の目的で松本市内の工場に侵入し、金品を物色したが、発見されて逮捕されたた
め、その目的を遂げなかつたものである。
 右各犯行の罪質、動機及び態様、犯行の回数、被害の状況、特に原判示第一の住
居侵入、強盗強姦の犯行に関しては、当初から強盗を計画し、出刃包丁等を準備携
行して、犯行に及んだものであつて、暴行脅迫の態様も執拗悪質で、被害者らに与
えた影響は深刻なものがあることのほか、被告人は、昭和二九年以降、原判決挙示
の累犯となる住居侵入、強盗致傷、強盗強姦未遂、窃盗等の前科を含め、盗犯等で
懲役刑に処せられて服役した前科八犯を有し、最終刑の服役を終えて同六〇年六月
七日に大阪刑務所を出所したばかりで、一か月もたたない同年七月一日ころから今
回の一連の犯行に及んだものであり、盗犯等の習癖は固定化しており、強盗や強姦
などの犯行をも敢行してきた点の犯罪性は看過し難いばかりでなく、成人になつて
から約二九年間もの長い期間刑務所で過ごしてきたこともあつて、社会生活に容易
に適応することができず、今回も、頼るべき身寄りもなく、結局は生活費等が乏し
くなつて、再び安易な道を選び、犯行を重ねたものであつて(所論は、更生緊急保
護法による社会復帰のための援助の措置がとられなかつた点を、量刑上斟酌すべき
ものとするが、被告人から積極的に同法による援助を受けようとした形跡はなく、
出所後の生活状況からは更生のための真摯な努力をしたものとは認め難い。)、再
犯も危惧されることなどを考慮すると、犯情は極めて悪く、被告人の刑責は重大で
あるといわなければならない。
 してみると、窃盗の各犯行については、被害物品のうちかなりのものが被害者に
仮還付されており、実害の程度はさほど大きくないこと、被告人は、原判示第三の
建造物侵入、窃盗未遂の犯行で逮捕されるに及び、自らの年令のことなども考え、
従前の生活を清算するつもりで、本件各犯行について詳細に自供し、出所後は援助
の手を差しのべてくれる知人を頼って真面目な生活を送るつもりである旨述べてお
り、現在においては、反省改俊の情を示していることなど、被告人のために斟酌し
うる一切の事情を勘案してみても、それ相応の刑は免れないものというべきであつ
て、被告人に対する原判決の懲役一〇年(未決勾留日数一〇〇日算入)の刑はやむ
を得ないところであり、その量刑が重きに過ぎて不当であるとは考えられない。
 論旨は理由がない。
 二 被害者還付の言渡しについての職権調査
 職権により調査するに、原判決は、主文第三項において、「押収してある粘着テ
ープ一巻(昭和六〇年押第三八号の6)、粘着テープ(使用ずみでまるめたもの、
同押号の7)を被害者に、出刃包丁一丁(同押号の10)を被害者Aに、ドライバ
ー一本(同押号の13)を被害者Cにそれぞれ還付する。」との言渡しをし、「法
令の適用」の項において、「押収してある粘着テープ一巻(昭和六〇年押第三八号
の6)、粘着テープ(使用ずみでまるめたもの、同押号の7)は被害者不明の賍
物、押収してある出刃包丁一丁(同押号の10)は判示第二の別紙犯罪一覧表番号
13の罪の賍物、押収してあるドライバー一本(同押号の13)は判示第二の別紙
犯罪一覧表番号12の罪の賍物でいずれも被害者に還付すべき理由が明らかである
から、刑事訴訟法三四七条一項により右粘着テープ一巻及び粘着テープ(使用ずみ
でまるめたもの)については被害者(不詳)に、右出刃包丁一丁については被害者
Aに、ドライバー一本については被害者Cにそれぞれ還付」する旨判示していると
ころ、右のうち、出刃包丁一丁及びドライバー一本については、原判示罪となるべ
き事実第二の別紙犯罪一覧表番号13及び12において、右各窃盗の犯行の際、被
告人が窃取した財物であることが認定判示されており、右各犯行にかかる賍物であ
ることが明らかであるが、右粘着テープ一巻及び使用ずみの粘着テープについて
は、被害者不明の「賍物」とされてはいるものの、「罪となるべき事実」の項にお
いては何ら摘示されておらず、原判決中にはどの犯行にかかる被害物件であるのか
全く認定判示されていない(もつとも、「証拠の標目」の項には、これらが原判示
第一の住居侵入、強盗強姦の事実の証拠物として挙示されているが、これは、右犯
行の供用物件として挙示されたもので、被害物件として挙示されたものでないこと
は明らかである。)。
 <要旨第一>ところで、押収した賍物を終局判決において被害者に還付する旨の言
渡しをするためには、その賍物が刑事訴訟法三四七条一項に規定する要
件を具備するものであることが必要であり、右要件を具備するものであることが判
決自体から明らかであるように、その賍物が、当該判決において罪となるべき事実
として認定された犯罪事実にかかる賍物であること、そして、右認定された犯罪事
実が複数の場合にはそのうちのどの犯罪事実にかかる賍物であるかを明示する必要
があるものと解される。
 <要旨第二>然るところ、前示のとおり、原判決には、右各粘着テープが本件のど
の犯行の賍物であるか認定判示されておらず、刑事訴訟法三四七条一項
にいう還付の対象となる「賍物」であることが明示されていないことに帰するもの
というほかはなく、この点において、原判決には理由不備の違法があるものといわ
なければならない。
 結局、右の点において原判決は破棄を免れないものというべきである。
 三 破棄自判
 よつて、刑事訴訟法三九七条、三七八条四号により、原判決を破棄し、同法四〇
〇条但書により、被告事件について更に次のとおり判決する。
 原判決の認定した事実に、原判決挙示の各罰条のほか、牽連犯、累犯加重、併合
罪加重に関する各法令を適用し、その処断刑期の範囲内で被告人を懲役一〇年に処
し、刑法二一条により、原審における未決勾留日数中一〇〇日を右刑に算入し、押
収してある出刃包丁一丁(当庁昭和六一年押第一〇六号=原庁同六〇年押第三八号
の10)は、原判示第二の別紙犯罪一覧表番号13の窃盗罪の、同じくドライバー
一本(前同押号の13)は、同一覧表番号12の窃盗罪の賍物であつて、いずれも
被害者に還付すべき理由が明らかであるから、刑事訴訟法三四七条一項により、右
出刃包丁一丁については被害者Aに、ドライバー一本については被害者Cにそれぞ
れ還付し(なお、記録及び証拠物を検討してみると、前記粘着テープ一巻〈前同押
号の6〉及び使用ずみの粘着テープ〈前同押号の7〉については、被告人は、これ
らを原判示第二の別紙犯罪一覧表番号11の窃盗の犯行の際、同一覧表に記載のD
方別荘からE所有のノミ一丁と共に窃取したもので、後に原判示第一の犯行の際に
使用し、その犯行の現場に遺留したものである旨自供しているが〈被告人の司法警
察員に対する昭和六〇年八月一七日付、同月二三日付、検察官に対する同年一〇月
一一日付、同年八月一五日付各供述調書・記録第六冊一五一四丁以下、第五冊六六
一丁裏以下、第六冊一五七一丁以下、第五冊六九七丁以下〉、右E作成の同六〇年
八月二日付被害届には被害金品としてノミ一丁しか記載されておらず〈記録第四冊
八九三丁。なお、同人の司法警察員に対する同日付供述調書においても言及されて
いない。同九〇二丁以下〉、司法警察員作成の同月一六日付捜査報告書には、被告
人の自供に基づき裏付捜査をしたが、粘着テープについては前記別荘における被害
品ではないと思料される捜査結果であつた旨の記載があるところがら〈記録第四冊
八九八丁以下〉、果たして、右各粘着テープが被告人の自供のとおり前記一覧表番
号11の犯行の際に窃取したものであるか疑問の余地がないとはいい難く、被害者
に還付すべき理由が明らかとはいえないので、被害者還付の言渡しはしないことと
する。)、原審及び当審における訴訟費用については、同法一八一条一項但書によ
り、被告人に負担させないこととする。
 よつて、主文のとおり判決する。
 (裁判長裁判官 船田三雄 裁判官 半谷恭一 裁判官 龍岡資晃)

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