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主文
被告人は無罪。
理由
第1本件公訴事実の要旨及び争点等
1本件公訴事実の要旨
本件公訴事実の要旨は以下のとおりである。
⑴被告人は,京都市a区b町に本社を置き,軌道事業等を業とするA社の鉄
道部運輸課長及び運転管理者として,同市a区c町所在の同社d事務所に
勤務し,同事務所において,同社の運輸営業等に関する事項を統括し,電
車の運行等を管理する業務に従事していた。
⑵A社は,平成30年3月12日,d事務所に電子連動装置(同事務所内か
ら同社e線f駅等の出発信号機並びに同駅直近の同e線f1号踏切〔以下
「本件踏切」ともいう。〕の警報機,遮断機〔以下,両機を併せて「警報
機等」ともいう。〕及び同遮断機による遮断中に点灯する同踏切の踏切動作
反応灯〔以下「本件踏切動作反応灯」ともいい,これと警報機等とを併せ
て「本件踏切動作反応灯等」ともいう。〕を人の操作によって遠隔操作す
ることを可能にする装置。以下「本件電子連動装置」ともいう。)を設置
した。これに伴い,同装置による人の操作によりf駅の出発信号機及び本
件踏切動作反応灯等を支障なく作動させることができるか否かを試すた
め,同年7月17日,同市g区h町所在の同駅及び同区h町所在の本件踏
切において「駅扱い訓練」(同駅の出発信号機及び本件踏切動作反応灯等
を通常時の自動列車運行制御装置による制御からd事務所設置の本件電子
連動装置を介した人の操作による制御に変更して営業中の電車を運行する
訓練。以下,同日の同駅及び同踏切における駅扱い訓練を「本件訓練」と
もいう。)を実施した。被告人は,運転指令者として,本件訓練の手順及
び参加者の役割等の計画立案並びに本件訓練参加者に対する同計画実施の
ための指令をするなどして本件訓練を統括して実施する業務に従事してい
た。
⑶被告人は,同日午後1時11分頃,本件訓練を行うに当たり,d事務所内
からは本件踏切動作反応灯等が作動しているか否かを視認することができ
ないため,もしこれらが作動しない場合には,本件電子連動装置を操作す
る運転整理担当者がこれに気付かず,f駅からの電車の発進を中止させる
措置も,本件踏切に向かって進行している電車を停止させる措置もとるこ
とのないまま,電車を無遮断状態の同踏切に進入させる事態があり得るこ
とが予測できた。そうであるから,本件踏切動作反応灯等の作動状況を確
認させるための従業員を同踏切付近に配置し,あるいは,同駅駅長らに対
し,これらの作動状況を確認するよう指示し,これらが作動していること
を確認できた場合に限り,同駅長において,同駅から発進するワンマンカ
ー電車の運転士に対し出発指示合図を行うようにさせるなどし,無遮断状
態の同踏切に電車が進入することを防止する措置を講じた上で本件訓練を
実施すべき業務上の注意義務があった。しかるに,この注意義務を怠り,
本件訓練以前に実施された同種訓練では踏切動作反応灯等が作動しなかっ
たことがなかったため,本件訓練においても本件踏切動作反応灯等が作動
するものと軽信し,前記のような無遮断状態の本件踏切に電車が進入する
ことを防止する措置を講じないまま漫然と本件訓練を実施した過失があ
る。
⑷被告人は,この過失により,運転整理担当者Bをして本件電子連動装置を
操作させた結果,同装置の本件踏切動作反応灯等の作動を停止させるシス
テムを実行させ,これが原因で本件踏切動作反応灯等が作動していないの
に,電車運転士Cにおいて,ワンマンカー電車(以下「本件電車」ともい
う。)を運転し,f駅を発進して本件踏切に向け進行するに当たり,本件
踏切動作反応灯等の作動状況を確認し,同踏切の安全を確認しながら,同
駅を発進して適宜速度を調節しつつ進行すべき業務上の注意義務があるの
にこれを怠り,本件踏切動作反応灯等の作動状況を確認せず,同踏切の安
全確認不十分のまま,漫然と同駅を発進して適宜速度を調節することなく
時速約25キロメートルで進行した過失との競合により,折から,Cにお
いて,本件踏切動作反応灯等が作動していないため無遮断状態の同踏切に
進入してきたD(当時73歳)運転の普通乗用自動車を前方約24.1メ
ートルの地点に認め,非常制動措置を講じたが間に合わず,同車右側部に
本件電車右前部を衝突させるなどし,よって,同人に加療約半年間を要す
る第3腰椎圧迫骨折等の傷害を負わせた(以下,この事故を「本件事故」
ともいう。)。
2争点等
被告人が,A社において前記1⑴⑵の地位・立場にあり,本件訓練(その趣
旨目的等には争いがある。)を統括して実施する業務に従事していたこと,本
件訓練の際,同⑶の無遮断状態の本件踏切に電車が進入することを防止する
措置を講じず,同⑷のとおり同状態の本件踏切で本件事故が発生したことな
どは,関係証拠上明らかに認められ,当事者間に特段争いもない。
本件の主要な争点は,本件事故に関する同⑶の被告人の予見可能性や注意義
務(結果回避義務)の有無である。
⑴検察官は,本件訓練は,前記1⑵の本件電子連動装置の設置後,f駅では
2回目の駅扱い訓練であり,「手動操作に対する安全性が確立されていな
かった」などとして,被告人には,「手動による踏切操作における人為的
ミスを含む何らかの原因で遮断機が下りないことにより,踏切を通過する
電車と車両とが衝突すること」について予見可能性があり,結果回避義務
違反もあるなどと主張する。
⑵これに対し,弁護人は,前記1⑷の本件踏切の警報機等の作動を停止させ
るシステム(後記第2・1⑴の4秒時素)が存在することは,被告人を含
めA社社内において認識されておらず,本件踏切が無遮断状態になること
は予見できなかったし,運転士が本件踏切動作反応灯の表示に従わずに電
車を本件踏切に進入させることがあるとも予見できなかったなどと主張す
る。
第2当裁判所の判断
1認定事実
関係証拠によれば,以下の事実が認められる。
⑴本件事故の際,本件踏切が遮断されていなかったのは以下の事情による。
駅扱い訓練において本件電子連動装置(その意味はおおむね前記第1・1
⑵のとおりであるが,正確には,踏切動作反応灯は,遮断機の動作〔踏切
遮断桿の降下〕に反応して点灯するもので,同装置によって直接操作され
るものではない。)を手動操作して電車を発進させる場合,f駅では,他の
駅と異なり,①まず駅の先にある本件踏切の警報機等を作動させる操作を
し,②次いで駅の出発信号機を作動させる操作をするという独自の手順
(以下「本件手順」ともいう。)が採られていたところ,本件電子連動装置
には,①の操作をしてから4秒以内に②の操作をしなければ,一旦作動し
た警報機の鳴動が停止して遮断桿が降下しない仕組み(以下「4秒時素」
ともいう。)が組み込まれていた。そして,本件訓練の際,①②の各操作の
間に約6秒の間隔があったため,一旦作動した警報機の鳴動が停止して遮
断桿が降下せず(その結果,本件踏切動作反応灯も点灯せず),本件踏切は
遮断されなかった。
⑵A社は,前記第1・1⑵のとおり,平成30年3月12日,d事務所に本
件電子連動装置を設置したところ,これに関する経過等は以下のとおりで
ある。
アA社は,その前から列車の運行を自動的に制御する自動列車運行制御装
置(PTC)やd事務所で集中して手動操作で遠隔制御する列車集中制
御装置(CTC)を導入して列車の運行を制御していたが,これらに不
具合が生じた場合等に備えて,これらの導入前に同社i駅,同j駅,同
k駅,同l駅及びf駅(以下,これら5駅を併せて単に「5駅」ともい
う。)に設置・運用されていた継電連動装置(継電器等を用いた連動装
置)の操作盤を残し,これを運転指令者(平成27年7月以降は被告
人)がその指名する運転整理担当者に手動操作させることで,信号機や
転てつ器等を制御できるようにしており,これを「駅扱い」と呼んでい
た。そして,このような駅扱いの手順を確認するための訓練(駅扱い訓
練)を年に数回行っていた。
f駅でこの駅扱いをする場合,本件踏切の警報機等を作動させてから出
発信号機を作動させる本件手順が採られていた。また,これらの操作に
ついて4秒時素が装置に組み込まれていたが,その存在はA社内では知
られていなかった。
イA社は,平成30年3月,E社に委託して,駅扱いにつき,5駅の継電
連動装置を廃止してd事務所設置の本件電子連動装置に移行し,駅扱い
を同事務所から遠隔操作できるようにするシステム更新を行った。本件
電子連動装置は,従前の継電連動装置と同様の仕様(信号機や転てつ器
等が従前と同じように動作する仕様)とされ,本件踏切の警報機等とf
駅の出発信号機の各操作について4秒時素が装置に組み込まれていたの
も従前同様であった。また,操作方法はボタンやレバーの操作からモニ
ター上のアイコンのクリックに変わったものの,モニター部の表示は従
前の操作盤に細部までよく似せて作られていた。
4秒時素の仕組みが存在することは,この機会にもE社からA社に説明
されておらず,その後も本件事故に至るまで同社内で知られることはな
かった。
ウこのシステム更新に当たり,同月6日,d事務所に本件電子連動装置の
デモ機が設置され,A社鉄道部運輸課主任のBは,同課運輸係長のF等
から同デモ機の操作方法を教わり,他の従業員が同デモ機を操作してい
る様子を確認するなどした。
エA社は,同月9日頃及び同月12日頃,実際に本件電子連動装置を操作
して車両を走行させる車両走行試験を実施し,5駅全てについて駅扱い
の操作を行って,更新後のシステムに問題がなく,f駅の出発信号機や
本件踏切の警報機等も正常に作動することを確認した(同駅では,従前
同様,本件手順に従って操作された。)。そこで,同月12日,本件電子
連動装置の運用を開始した。
⑶A社では,本件電子連動装置の運用開始後も,駅扱い訓練を従前同様の趣
旨目的で行っており,被告人が運転指令者としてこれを統括していたとこ
ろ,本件訓練までのその状況等は以下のとおりである。
ア平成30年4月25日のi駅での駅扱い訓練
この訓練は,本件電子連動装置の運用開始後初めての駅扱い訓練であ
り,被告人は,同装置を操作したとおりに駅の施設や踏切等が作動して
いるかを確認するため(後記2参照),同駅にBら4名の駅長を派遣し,
電話や無線機で相互に連絡を取りつつ,同駅先の踏切付近に立たせた駅
長に踏切の鳴動状況を報告させるなどもしながら,訓練を行った。この
訓練では,A社鉄道部運輸課主任のGらが本件電子連動装置を操作し,
Bが同駅の発車メロディーを鳴らすなどしたところ,踏切を含めて施設
は正常に作動し,問題は全く生じなかった。
イ平成30年5月1日のf駅での駅扱い訓練
この訓練は,本件電子連動装置の運用開始後,同駅では初めての駅扱い
訓練であり,被告人は,訓練に先立ち,A社鉄道部運輸課主任及び運転
整理担当者のHないし同課所属の駅長のIに対し,同駅の出発信号機や
本件踏切の警報機等の作動状況をよく確認するよう指示した(後記2参
照)。同訓練は,Iの携帯電話とd事務所の電話とを通話状態にして行わ
れ,Hが本件電子連動装置を操作し,Iは,同駅で発車メロディーを鳴
らした(この操作は本件電子連動装置と連動しておらず,同駅で行う必
要があった。)後,同駅ホーム中央付近まで移動して本件踏切動作反応灯
が点灯したのを確認してHに電話で報告した。この訓練でも,本件踏切
を含めて施設は正常に作動し,問題は全く生じなかった。
なお,本件踏切の警報機等の作動状況については,従前は同駅の駅務室
で継電連動装置を操作した者が同室の外に出て見るなどして確認するこ
とができた(実際,Iはそのようにしていた。後記2参照)が,本件電
子連動装置の運用開始後は,d事務所で同装置を操作する者には確認す
ることができなくなっていた。
ウその他の駅扱い訓練
そのほか,同年4月25日から同年7月16日にかけて,5駅のうち他
の3駅でも複数回の駅扱い訓練が行われたところ,これらの際も前同様に
問題は生じなかった。
⑷被告人は,平成30年7月17日,f駅での駅扱い訓練(本件訓練)を,
運転指令者として統括して実施した。
ア本件訓練は,本件電子連動装置の運用開始後,同駅では2回目の駅扱い
訓練であり,Bが同運用開始後初めて運転整理担当者として同装置を操
作し,Gが駅長として同駅の発車メロディーを鳴らした。被告人は,本
件訓練に先立ち,Bに対し,本件踏切の警報機等を作動させてから出発
信号機を作動させる本件手順を念押しする指示をしたが,前記⑶アの駅
扱い訓練の際のような人員の派遣や,同イの駅扱い訓練の際のような特
段の指示等の措置をとることはなかった。
イBは本件手順に従って本件電子連動装置を操作し,同装置は正常に作動
したが,前記⑴のとおり4秒時素の仕組みにより本件踏切が遮断され
ず,Gはその警報機等の作動状況を確認することなく,電車運転士のC
は本件踏切動作反応灯等の作動状況を確認しないまま同駅の出発信号機
に従って本件電車を発進・進行させて,本件事故が発生した。
⑸A社では,電車運転士は,進路における信号,踏切道等の状態を注視すべ
きものとされ(l本線・e線運転取扱心得33条),踏切動作反応灯が消灯
しているときは踏切道手前に停止すべきものとされていた(運転士作業基
準17)。
⑹なお,平成30年7月10日,本件踏切の機器が経年劣化により故障して
いたことが原因で,電車が同踏切に差し掛かった瞬間に同踏切の遮断機が
上昇し,同踏切の警報機の鳴動が停止するという不具合が発生したが,同
日のうちに新しい機器に交換され,同不具合は解消された。
また,平成28年12月17日から平成30年7月7日までの間,駅扱い
訓練以外の通常運行中において,本件踏切以外の踏切の機器の不具合が合
計13回確認されていた。
2前記1⑶ア,イの事実に関する補足説明
同アのうち,①平成30年4月25日の駅扱い訓練において被告人が4名の
駅長を派遣するなどの措置をとった趣旨が,本件電子連動装置を操作したと
おりに駅の施設や踏切等が作動しているかを確認するためであることは,捜
査段階の被告人の各供述調書(乙3ないし6)により,同イのうち,②同年
5月1日の駅扱い訓練に先立ち被告人が本件踏切の警報機等を含めて作動状
況をよく確認するよう指示したことは,捜査段階のIの各供述調書(甲3
1,32)及び被告人の前記各供述調書により,③Iが従前f駅で駅扱いを
した際に同警報機等の作動状況を確認していたことは,Iの前記各供述調書
により,それぞれ認定したところ,I及び被告人は,公判廷ではこれらの自
身の捜査段階の供述を否定する趣旨の供述をするので,これらの供述の信用
性について若干補足する。
⑴Iの供述について
Iの捜査段階の供述は,平成30年5月1日の駅扱い訓練前,f駅では本
件電子連動装置の運用開始後初めての駅扱い訓練なので,本件踏切も含め
て作動状況をよく確認するよう,被告人やHから指示されたことから,訓
練では特にしっかり確認した(②),従前も自分が操作したとおりの結果
(作動状況)が出ているのを確認するのは当然だと思っていたので確認し
ていた(③)などというごく自然な内容で,参考人としての取調べで2回
にわたり同趣旨の供述を重ねていることに照らしても,その信用性に特段
疑問はない。
他方,これらを否定するIの公判供述は,現在も自身の上司である被告人
の面前という,被告人に不利な供述をし難い情況で行ったものであるし,
捜査段階から供述を変遷させた理由の説明も,取調べでは,②については
緊張して勘違いした,③については自身の印象を良くしようとして記憶と
は違うことを述べたなどという,得心のいかないもので,信用できない。
⑵被告人の供述について
被告人の捜査段階の供述は,本件電子連動装置の運用開始後,平成30年
4月25日の訓練が初めての駅扱い訓練であり,同年5月1日のそれがf
駅で初めての駅扱い訓練であったという各当時の状況に照らし,ごく自然
な内容で,②の点は前記のとおり信用できるIの捜査段階の供述と整合し
ているし,被疑者として在宅で捜査を受ける中,平成30年9月から平成
31年2月にかけて警察官及び検察官から取調べを受けて各2通(計4
通)の供述調書が作成され,その内容が(指示の相手方等の細部はともか
くとして)大筋で一貫していることに照らしても,その信用性に特段疑問
はない。
他方,これらを否定する被告人の公判供述は,①について4名の駅長を派
遣した趣旨の説明(駅長に動作の流れ,タイミングを見てもらうためとい
うもの)が明確ではなく,②についても明確な記憶に基づくものとはうか
がえないし,いずれについても供述を変遷させた理由の説明が得心のいく
ものではなく,信用できない。
3検討
前記1の認定事実に基づいて検討する。
⑴前記認定事実によれば,本件事故は,本件訓練の際,BがA社において採
られていた手順(本件手順)に従って本件電子連動装置を操作し,同装置
は正常に作動したものの,同装置に組み込まれていた4秒時素の仕組みに
より,一旦作動した本件踏切の警報機の鳴動が停止して遮断桿が降下せ
ず,本件踏切が遮断されていなかったところへ本件電車が進入したという
経過で発生した(前記1⑴,⑷イ)。そして,4秒時素の仕組みが存在する
ことはA社内では知られていなかった(同⑵アイ)のであるから,被告人
において,このような因果経過によって本件事故が発生するのを予見でき
なかったことは明らかである(この点は検察官も特段争っていない。)。
⑵もっとも,過失犯において行為者に過失責任を問うためには,具体的な結
果発生の予見が可能であることを要するものの,これは結果発生に至る因
果経過の細部にわたって予見が可能である必要はなく,その基本的部分に
ついて予見が可能であれば足りるものと解される。
このような理解を前提として,検察官は,本件における因果経過の基本的
部分を,「手動による踏切操作における人為的ミスを含む何らかの原因で
遮断機が下りないことにより,踏切を通過する電車と車両とが衝突するこ
と」であると主張する。
しかし,具体的な結果発生の予見が可能であれば過失責任を問うことがで
きるという根拠は,行為者においてそのような予見可能性があれば,結果
回避措置をとることを期待でき,それにもかかわらずこれをとらなかった
ことに責任非難が向けられるという点にあるものと解される。この点に鑑
みると,予見可能性の対象となる因果経過の基本的部分というのも,その
予見可能性があれば結果回避措置をとることを期待できる程度の内容であ
る必要があるというべきである。
このような観点から検察官の前記主張を検討すると,本件踏切が遮断され
ずに事故が発生する事態を想定した場合,その原因が何であるかによって
期待できる的確な結果回避措置の内容は異なる(例えば,原因が本件電子
連動装置の操作ミスであれば,的確な結果回避措置はその操作者に対する
注意指導や操作ミスを防ぐ仕組みの設置等となろうし,原因が警報機等の
故障であれば的確な結果回避措置はその点検整備等となろう。)から,原
因を一切捨象して「(手動による踏切操作における…)何らかの原因で遮
断機が下りない」という事態を予見したところで,そこから直ちに的確な
結果回避措置の内容を想定するのは困難と考えられる。このような場合
に,とりあえず本件公訴事実の要旨記載(前記第1・1⑶)の本件踏切付
近に従業員を配置するなどといった手厚い措置を採れば,確かに事故の発
生は回避し得るかもしれない。しかし,特定の原因が想定されるような場
合でない限り,踏切が遮断されない事態が発生する可能性はごくわずかな
ものとしか想定できないと考えられる上,前記認定事実(前記1⑸)によ
れば,そもそも踏切が遮断されていない限り,運転士がそこに電車を進入
させることはないと合理的に期待できるのであるから,そのような希有な
事態に対してまで前記の手厚い措置をとることを期待できるとは考え難い
(もしこの程度の予見可能性からこのような措置までが期待されるとする
と,駅扱い訓練時に限らず通常の運行時も含め,何らかの原因で遮断機が
下りない可能性が完全には否定できない以上,鉄道事業者は常に踏切に人
員を配置しなければならないことにもなりかねないが,これは過大な義務
を課すものであって相当でない。)。
したがって,本件における因果経過の基本的部分の判断に当たっては,本
件踏切が遮断されなかった原因を踏まえて結果回避措置をとることを期待
できたかを考える必要があり,これを一切捨象する検察官の前記主張は採
用できない。そして,その原因に関して,①Bは,A社において採られて
いた本件手順に従って本件電子連動装置を操作したこと,②同装置に異常
はなく,正常に作動していたにもかかわらず,その結果として本件踏切が
遮断されなかったことは,前記⑴のとおりである。また,前記認定事実の
とおり,本件電子連動装置は従前の継電連動装置と同様の仕様とされてい
たほか,そのモニター部の表示は従前の操作盤に細部までよく似せて作ら
れ(前記1⑵イ),被告人は本件訓練に先立ちBに本件手順を念押しする指
示もしていた(同⑷ア)のであるし,車両走行試験(同⑵エ)や駅扱い訓
練(同⑶)でも本件電子連動装置は正常に作動する実績を重ねて問題は生
じていなかったのであるから,本件訓練の時点で,被告人は,Bが本件手
順に従って同装置を操作し,同装置が正常に作動することを合理的に期待
できたといえる。そうすると,被告人において,これらの事情がある中で
もなお本件踏切が遮断されない可能性があること,すなわち,駅扱いで本
件手順に従って本件電子連動装置を操作し,同装置が正常に作動しても,
「本件電子連動装置の仕組み(4秒時素に限られない。)によって本件踏
切が遮断されないこと」を予見可能であったのでなければ,被告人に本件
公訴事実の要旨記載(前記第1・1⑶)の結果回避措置をとることを期待
できたとはいえず,この点を本件における因果経過の基本的部分と考える
のが相当である。
⑶そして,前記認定事実に照らして,被告人にこのような意味での因果経過
の基本的部分の予見が可能であったとは認められない。以下,検察官が本
件事故の予見可能性を基礎付けると主張する事実関係に即して,説明を補
足する。
ア「手動操作に対する安全性が確立されていなかった」こと
検察官は,前記の事実関係として,本件訓練が本件電子連動装置の運用
開始後,f駅では2回目の駅扱い訓練であったことを指摘して,当時は
「手動操作に対する安全性が確立されていなかった」と主張する。
その意味するところは必ずしも明確ではないが,この「安全性」が,
本件電子連動装置に異常がなく,操作したとおりにこれが作動するこ
とを意味するのであれば,同装置がそのような客観的な安全性を備え
ており,現に本件訓練時にも正常に作動していたことは,前記認定事
実(前記1⑴,⑵イエ,⑶,⑷イ)のとおりであるから,理由がない
ことは明らかである。
検察官は,この事実関係の根拠となる事実として,その他に,①本件
電子連動装置の運用開始後は,その前と異なり,同装置を手動操作す
る者が(安全対策上必要な作業である)本件踏切の様子の確認をでき
なくなったこと,②平成30年4月25日のi駅での駅扱い訓練にお
いて,(手動操作に対する安全性に不安を抱いた)被告人が安全対策に
万全を期する目的で複数名の人員を配置したこと,③同年5月1日の
f駅での駅扱い訓練において,被告人がIに対して本件踏切等の動作
を確認するよう指示したことを指摘する。
①における確認作業の位置付け(Iがこのような確認をしていたこと
は前記1⑶イのとおりであるが,それがA社において継電連動装置を
操作する者に安全対策上必要な作業として求められていたとまで認め
るに足りる的確な証拠はない。)や②③における被告人の主観面はとも
かくとして,検察官が指摘するこれらの外形的事実がおおむね認めら
れること自体は,前記認定事実のとおりであるが,これらの外形的事
実があるからといって,前記のような意味の本件電子連動装置の客
観的な安全性が揺らぐものではない。
あるいは,検察官が主張する「安全性」やその「確立」というのは,
客観的な安全性に対する被告人らの認識を問題にするもので,そこに
主観的な不安があることをもって「安全性が確立されていない」と主
張しているようにもうかがえる。しかし,前記⑵でも説示したよう
に,本件電子連動装置は従前の継電連動装置と同様の仕様とされてい
たほか,車両走行試験や駅扱い訓練で正常に作動する実績を重ねて問
題は生じなかったことなどから,同装置が正常に作動することを合理
的に期待できるまでに至っていたのであるから,少なくとも本件訓練
の時点で,検察官が強調するほど本件電子連動装置の安全性に対する
不安があったとはうかがい難い。このような主観的な不安が一定程度
あったとしても,それは一般的・抽象的な危惧感ないし不安感の域を
出るものではなく,前記⑵のような因果経過の基本的部分の予見を意
味するものとはいえない。
以上のように,この検察官の主張を検討しても,本件事故の予見可能
性が基礎付けられるものではない。
イBが本件電子連動装置の操作に不慣れで同装置の操作ミスのおそれがあ
ったこと
駅扱いについてf駅では独自の本件手順が採られており(前記1⑴),
Bが本件訓練で本件電子連動装置の運用開始後初めて同装置を操作した
(同⑷ア)のは前記認定事実のとおりであるところ,検察官は,これら
の事実から,同装置の操作に不慣れなBには同装置の操作ミスのおそれ
があったとして,本件事故の予見可能性が基礎付けられる旨主張する。
しかし,Bが本件電子連動装置の操作ミスをする可能性を完全に否定す
ることはできないとしても,この点が,同人が本件手順に従って本件電
子連動装置を操作し(すなわち,その操作ミスはなかった。),それを被
告人も合理的に期待できたなどの本件の事実関係の下では,被告人に本
件公訴事実の要旨記載の結果回避措置をとることを期待させるものとは
いえず,本件における因果経過の基本的部分に取り込まれるものではな
いことは,前記⑵で説示したとおりである。したがって,この点も本件
事故の予見可能性を基礎付けるものとはいえない。
ウその他
検察官は,その他にも,①本件訓練前に前記認定事実(前記1⑹)のと
おり本件踏切を含む踏切の機器の不具合があったこと,②本件訓練は日
中の訓練で,本件踏切は交通量が多かったから,電車が無遮断状態の本
件踏切に進入すれば重大事故が発生する可能性が高かったこと,③電車
運転士が本件踏切動作反応灯を確認するタイミングが遅れることは予見
可能だったことなどを,本件事故の予見可能性を基礎付ける事実関係と
して主張する。
しかし,②③は,本件踏切が遮断されない事態の発生に結び付く事情で
はなく,①は,本件踏切が遮断されない事態の発生には結び付くもの
の,駅扱いとは直接関係のない事情であり,駅扱い訓練を統括して実施
する業務に従事する被告人に本件公訴事実の要旨記載の結果回避措置を
とることを期待させるものとはいえないから,これらの事実関係は,前
記⑵の本件における因果経過の基本的部分の予見が可能であったことを
基礎付けるものではない。
⑷以上のとおり,検察官が本件事故の予見可能性を基礎付けると主張する事
実関係について検討しても,被告人において,前記⑵の本件における因果
経過の基本的部分の予見が可能であったとは認められず,本件公訴事実の
要旨記載(前記第1・1⑶)の注意義務及びこれを怠った過失があるとは
認められない。
第3結論
以上によれば,本件公訴事実については犯罪の証明がないことになるから,
刑事訴訟法336条により被告人に対し無罪の言渡しをする。
よって,主文のとおり判決する。
(求刑・罰金50万円)
令和3年3月9日
京都地方裁判所第1刑事部
裁判長裁判官入子光臣
裁判官平手一男
裁判官中村大喜

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弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
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