弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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         主    文
     本件控訴を棄却する。
         理    由
 本件控訴の趣意は、弁護人池内精一作成名義の控訴趣意書及び控訴趣意補充書に
記載のとおりであり、これに対する答弁は、検察官鴻上政志作成名義の答弁書に記
載のとおりであるから、これらを引用する。
 一 控訴趣意第一(事実誤認の主張)について
 論旨は、要するに、(一)原判決は、被告人が、A、B、Cと共謀のうえ、Dが
その所有する原判示四筆の土地(総面積一二一八・四七平方メートル)の一部約五
〇坪を区切つて売却しようとしていることを奇貨とし、その全部を売却して利益を
得ようと企て、策を弄して同人から右四筆の土地の登記済証等の必要書類を入手し
たうえ、(第一)原判示のとおり、株式会社E不動産代表取締役Fに対し、前記四
筆の土地の正当な処分権限があるかの如く偽り装つてその売却を申し入れ、その旨
誤信した同人との間に売買契約を締結し、同人から売買代金名下に現金及び小切手
合計六〇五〇万円の交付を受けてこれを騙取し、(第二)登記手続に必要な書類全
部をFに交付し、原判示のとおり、情を知らない同人及び司法書士を介して前記四
筆の土地につき売買を原因として前記Dから前記E不動産に所有権を移転する旨の
内容虚偽の登記手続を申請させ、よつて、情を知らない登記官吏をして原判示地方
法務局出張所備付の前記四筆の土地の不動産登記簿原本にその旨不実の登記をさせ
たうえ、即時同所に備え付けさせてこれを一括行使したとの各事実につき、被告人
を有罪と認定した、(二)しかし、右詐欺罪の被害者であり、かつ、右公正証書原
本不実記載、同行使罪の間接正犯における情を知らない道具と認定されている前記
Fは、本件土地が被告人ら四名において前記Dを欺罔して勝手に処分しようとして
いるものであることの情を知悉してこれを買い受け、所有権移転登記手続をなした
ものであつて、被害者や間接正犯における道具ではなく、むしろ被告人らの共犯者
ともいうべき立場にあるから、原判決の前示認定は本件の事実関係を誤認したもの
である、というのである。
 よつて、所論につき検討するに、刑事訴訟法(以下「法」という。)三八二条
は、事実の誤認を控訴理由とする場合には、控訴趣意書に、訴訟記録及び原裁判所
において取り調べた証拠(以下「記録等」という。)に現われている事実であつて
明らかに判決に影響を及ぼすべき誤認があることを信ずるに足りるものを援用すべ
きこととしているところ、所論が、前記Fにおいて本件各犯行につきその情を知つ
て関与したものであることを示すものとして控訴趣意補充書一項ないし四項に援用
している諸事実は、いずれも、それのみでは原判決に事実誤認のあることを信ずる
に足りないか、記録等に現われていない事実であつて、同条によつては、適法に控
訴趣意書に援用することの許されないものである。
 <要旨第一>そこで、所論は、法三八二条の二第一項、三八二条による主張とし
て、原審で取調べを請求しなかつた証人G、同C、同A、同F、同H及
び被告人の取調べを請求し、これらの証拠によつて証明することのできる事実を援
用するという。そして、所論は、原審において右各証拠の取調べを請求しなかつた
理由につき、次のように主張する。すなわち、(一)原審弁護人(当審弁護人と同
一人であるから、以下、とくに区別せず、単に「弁護人」という。)は、原審当時
からFは本件土地が被告人らにおいてDを欺罔して売却を図ろうとしているもので
あると知りつつこれを買い受けたとの疑念を抱いており、弁論要旨第五項(記録第
一冊四九丁)においてそのことを指摘していたのであるが、「1」共同被告人がこ
の点について積極的に争わなかつたため、被告人一人が強く主張しても、立証する
確信が持てなかつたこと、「2」敢て犯罪者を増やす必要はないこと、「3」Fに
対する詐欺罪が成立しないとすれば、Dに対する詐欺が問題となる結果、最終的な
結末は変りないと考えられたこと等によつて、敢てその主張を差し控えたものであ
る(控訴趣意書第一の三項)。また、(二)被告人は、警察の取調べ段階ではFも
共犯者である旨主張していたが、「1」Fが共犯であるとしても、今度はDに対す
る詐欺ということになり、被告人が犯罪行為を犯したことに変りはないこと(原審
公判前に面接した弁護人も同様の説得をしている。)、「2」自らの利得金さえ弁
償すれば、被告人は執行猶予となるであろうこと、「3」今回の検挙は、Cら暴力
団員の摘発が目的であること等を警察の担当取調官から説得され、それ以上論及す
ることを止めたし、原審でも不満ながら敢てこの点を強く主張せず、却つて強い心
理的抵抗を感じつつも共犯であるFに対する被害弁償に奔走したものである(控訴
趣意補充書六項)。(三)ところが、原判決は、Fが本件共犯者の中から脱けた結
果、「被告人は(中略)、その法律的実務的知識を利用して犯行全体の筋書を作
り、Aらに連絡して必要な書類などをととのえさせ、(中略)いわば本件犯行は被
告人の加功なしでは遂行され得なかつたものとさえいうべく、犯行において重要な
役割を果たした」旨、実際にはFが果たした役割を被告人がすべて取りしきつたか
の如く認定し、被告人に対し重刑を科すに至つたので、はじめて目が覚め、当審に
おいて改めて真実を明らかにしたうえで審判を仰ぎたいとの意向で控訴に及んだ次
第である(同補充書七項)、というのである。
 しかし、証人C、同Aは本件の共犯者であつて原裁判所に公判係属中(証人Aは
被告人と併合審理中)であつたものであり、証人Fは本件被害者、同Hは警視庁刑
事部捜査第四課所属の司法警察員であつて被告人の取調べを担当したものであり、
被告人の訴訟追行上の主観的意図はともかく、いずれも原審において取調べを請求
できたことが明らかであつて、法三八二条の二第三項後段所定のやむを得ない事由
によつてその証拠の取調べを請求することができなかつた旨の疎明を欠くものとい
うべきである。また、原判決後の刑の量定に影響を及ぼすべき情状に関する点を除
けば、被告人本人の取調べの請求についても、右と同様である。
 <要旨第二>次ぎに、証人Gについては、弁護人は、その氏名、住居が最近まで判
明しなかつたので、原審において取調べを請求することができなかつた
というのであるが、弁護人作成の証拠調請求書によれば、同証人は、株式会社E不
動産がCに交付した同社振出の約束手形の返還につき同人との交渉を依頼した者で
あつて、同証人によつて、株式会社E不動産とCとの間の話し合いを進める中で、
本件土地売買に関しFとCが共謀している事実を確知していることを立証したいと
いうのであり、ひつきょう、本件犯行とは別個の機会にF又はCから聞知した伝聞
供述を求めるに帰し、かつ、その伝聞内容も定かでないものに過ぎず、後記のよう
に、原判決挙示の関係証拠によつて原判示事実を優に肯認し得る本件にあつては、
いまだ以て法三八二条の二第三項前段所定の明らかに判決に影響を及ぼすべき事実
の誤認があることを信ずるに足りる事実の疎明があつたものということはできな
い。
 原判決挙示の関係証拠を総合すれば、Dは、かねてその所有にかかる原判示四筆
の土地(総面積一二一八・四七平方メートル。但し、そのうち三郷市ab丁目c番
の土地五四六平方メートルは持分六三四分の二一六の共有)の一部約五〇坪を区切
つて売却することをI不動産ことJに依頼していたが、なかなか買手が見つから
ず、そのことを正月用のお飾りを売りに来た顔馴染みのK会理事Lに話して売却斡
旋方を依頼したことから、Lの若衆であるB(同会監事)や、同会に属するA(同
会監事)、C(同会常任理事)らに順次その話が伝わり、右B、A、Cらの間で、
Dが漢字の読み書きもできず、不動産取引に暗いことを奇貨とし、同人から全部の
土地の関係書類を入手してその土地を売却してしまう話がまとまり、右Cにおいて
二〇年来の親交があり、かつ、不動産取引の実務に詳しい被告人にその話を持ちか
けて協力を求め、かくて右四名の間に本件詐欺等の共謀が成立した経緯が明らかで
ある。そして、関係証拠によれば、「1」被告人は、Cから売却先を捜すよう依頼
されるや、株式会社E不動産のF社長が利にさとく、儲け話にはすぐ乗つて来る割
には軽率で調査が杜撰なところがあるのに目をつけ、本件土地を売り付けるのに恰
好の人物としてCらに説明し、同人らに交渉方を一任されていること、「2」被告
人らとFとの間では、本件四筆の土地につき、前記共有持分はおまけのような形で
代金の計算に含めないこととし、残り約二〇三坪を坪当り三三万円の割合で計算し
た六七〇〇万円を全部の代金とすることで合意が成立したこと、「3」被告人ら
は、DとFとが直接顔を合わせることがないよう細心の注意を払い、Fに対し、D
はやくざで酒癖の悪い乱暴者でやくざ同士の借金で土地を売るのだなどと申し向
け、現地を見に行つた際も外から見るだけで中に入らないように注意し、契約締結
に際しても被告人の経営する株式会社Mが中に入る形をとるように仕向け、更に三
郷市役所において売買代金と登記関係書類の授受がなされた際にも、Fを一階ロビ
ーに、Dを二階の喫茶店に待機させ、被告人らが手分けして付き添い、代理役を演
ずるなどして両名が顔を合わせることなく授受を済ませていること、「4」Fは、
銀行融資を得るなどして代金六七〇〇万円(うち六五〇万円は本件土地に付されて
いる根抵当権の登記抹消のため、一旦Fに返却された。)を完済しており、後日、
Dから本件土地につき処分禁止の仮処分がなされた際には、代金を完済しているの
にどうしてかと驚いていることが認められ、これらの諸事情からすれば、本件各犯
行当時、Fが被告人らにおいてDの土地を権限なく売却するものであることの情を
知らなかつたことは明らかである。もし、Fが被告人らの共犯者であるとすれば、
Dに支払うべき約五〇坪分の代金は別として、その余は、本件土地を情を知らない
第三者に売却し、売得金を入手した段階でこれを被告人らと分配すれば足りる理で
あり、被告人らとの間で売買代金額を約定したり、まして、転売の話も決まらない
うちに銀行融資を得てまでこれを被告人らに完済すべき必要は認められない。
 以上のとおり、弁護人が当審において取調べを請求する証拠(被告人質問のう
ち、原判決後の情状に関する部分を除く。)は、いずれも法三八二条の二第三項前
段又は後段所定の疎明を欠くものであつて、採用の限りでなく、これらの証拠によ
つて証明することのできる事実を援用する論旨は、同条第一項、三八二条による控
訴趣意として不適法である。
 二 控訴趣意第二(量刑不当の主張)について
 原審記録及び当審における事実取調べの結果に現われた本件各犯行の罪質、動
機、態様、騙取金額、共犯者間における被告人の地位、役割及び利得金額、被告人
には原判示累犯となる前科のあること、その他諸般の事情を総合すれば、本件の犯
情には軽視し難いものがあり、被害者側にも調査粗漏の落度のあること、自己の利
得分の一部を弁償し、残額の支払約束をして被害者との間に一応の示談が成立して
いること、その他被告人の有利に斟酌し得る事情一切を考慮しても、本件が刑の執
行猶予を相当とする事案であるとは認められず、検察官の懲役四年の求刑に対し被
告人を懲役二年六月に処することとした原判決の量刑が重きに過ぎて不当であるも
のということはできない。論旨は理由がない。
 よつて、刑事訴訟法三九六条により本件控訴を棄却することとし、主文のとおり
判決する。
 (裁判長裁判官 船田三雄 裁判官 半谷恭一 裁判官 龍岡資晃)

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