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平成27年(あ)第416号覚せい剤取締法違反,関税法違反被告事件
平成28年12月9日第三小法廷判決
主文
本件上告を棄却する。
当審における未決勾留日数中550日を第1審判決の懲
役刑に算入する。
理由
1弁護人小松圭介の上告趣意のうち,税関検査の憲法35条違反をいう点につ
いて
(1)原判決の認定及び記録によれば,本件税関検査に係る事実関係は,次のと
おりである。
ア東京税関東京外郵出張所で郵便物の検査等を担当していた税関職員は,平成
24年8月21日,郵便事業株式会社東京国際支店内にあるEMS・小包郵便課検
査場において,イラン国内から東京都内に滞在する外国人に宛てて発送された郵便
物(以下「本件郵便物」という。)につき,品名が分からなかったことなどから輸
入禁制品の有無等を確認するため,本件郵便物の外装箱を開披し,ビニール袋の中
にプラスチック製ボトルが2本入っているのを目視により確認した。
イ同職員は,両ボトルにつきTDS検査(ワイプ材と呼ばれる紙を使用する検
査)を行ったところ,両ボトルから覚せい剤反応があったため,同出張所の審理官
に,本件郵便物を引き継いだ。
ウ同審理官は,本件郵便物を同出張所の鑑定室に持ち込み,外装箱から2本の
ボトルを取り出し,ボトルの外蓋,内蓋を開け,中に入っていた白色だ円形固形物
を取り出して重量を量り,その様子を写真撮影するなどした後,上記固形物の破砕
片からごく微量を取り出し,麻薬試薬と覚せい剤試薬を用いて仮鑑定を行ったとこ
ろ,陽性反応を示したため,同税関調査部を通じ,同税関業務部分析部門に鑑定を
依頼し,同調査部職員は,上記固形物の破片微量を持ち帰った。
エ同審理官は,本件郵便物を同出張所内の鑑定室に保管していたが,前記鑑定
の結果,覚せい剤であるとの連絡を受けて,同税関調査部に対し,摘発事件として
通報した。
オ同通報を受け,同税関調査部の審議官は,同月24日,差押許可状を郵便事
業株式会社職員に提示して,本件郵便物を差し押さえた。
(2)所論は,本件郵便物に対して行われた前記(1)アからウまでの各検査等(以
下「本件郵便物検査」という。)は,本件郵便物を破壊し,その内容物を消費する
行為であり,プライバシー権及び財産権を侵害するものであるところ,捜査を目的
として,本件郵便物の発送人又は名宛人の同意なく,裁判官の発する令状もなく行
われたもので,関税法上許容されていない検査であって,憲法35条が許容しない
強制処分に当たるから,本件郵便物検査によって取得された証拠である本件郵便物
内の覚せい剤及びその鑑定書等の証拠能力は否定されるべきであるのに,これらの
証拠能力を認めた第1審判決及びこれを是認した原判決の判断は,関税法,刑訴法
の解釈を誤り,憲法35条に違反すると主張する。
(3)平成24年法律第30号による改正前の関税法76条は,郵便物の輸出入
の簡易手続を定めるものであるが,同条1項ただし書において,税関長は,簡易手
続の対象となる郵便物中にある信書以外の物について,税関職員に必要な検査をさ
せるものとすると定め,同条3項において,郵便事業株式会社(現行法では日本郵
便株式会社)は,当該郵便物を税関長に提示しなければならないと定めている。そ
して,平成23年法律第7号による改正前の関税法105条1項は,税関職員は,
同法等の規定により職務を執行するため必要があるときは,その必要と認められる
範囲内において,郵便物を含む外国貨物等について検査すること(同項1号)及び
郵便物の輸出入の簡易手続における検査に際して見本を採取すること(同項3号)
ができると定めている。
これらの規定(以下「本件各規定」という。)は,関税の公平確実な賦課徴収及
び税関事務の適正円滑な処理という行政上の目的を,大量の郵便物について簡易,
迅速に実現するための規定であると解される。そのためには,税関職員において,
郵便物を開披し,その内容物を特定するためなどに必要とされる検査を適時に行う
ことが不可欠であって,本件各規定に基づく検査等の権限を税関職員が行使するに
際して,裁判官の発する令状を要するものとはされておらず,また,郵便物の発送
人又は名宛人の承諾も必要とされていないことは,関税法の文言上明らかである。
(4)ところで,憲法35条の規定は,主として刑事手続における強制につき,
司法権による事前抑制の下に置かれるべきことを保障した趣旨のものであるが,当
該手続が刑事責任追及を目的とするものではないとの理由のみで,その手続におけ
る一切の強制が当然に同規定による保障の枠外にあると判断することは相当でな
い。
しかしながら,本件各規定による検査等は,前記のような行政上の目的を達成す
るための手続で,刑事責任の追及を直接の目的とする手続ではなく,そのための資
料の取得収集に直接結び付く作用を一般的に有するものでもない。また,国際郵便
物に対する税関検査は国際社会で広く行われており,国内郵便物の場合とは異な
り,発送人及び名宛人の有する国際郵便物の内容物に対するプライバシー等への期
待がもともと低い上に,郵便物の提示を直接義務付けられているのは,検査を行う
時点で郵便物を占有している郵便事業株式会社であって,発送人又は名宛人の占有
状態を直接的物理的に排除するものではないから,その権利が制約される程度は相
対的に低いといえる。また,税関検査の目的には高い公益性が認められ,大量の国
際郵便物につき適正迅速に検査を行って輸出又は輸入の可否を審査する必要がある
ところ,その内容物の検査において,発送人又は名宛人の承諾を得なくとも,具体
的な状況の下で,上記目的の実効性の確保のために必要かつ相当と認められる限度
での検査方法が許容されることは不合理といえない。前記認定事実によれば,税関
職員らは,輸入禁制品の有無等を確認するため,本件郵便物を開披し,その内容物
を目視するなどしたが,輸入禁制品である疑いが更に強まったことから,内容物を
特定するため,必要最小限度の見本を採取して,これを鑑定に付すなどしたものと
認められ,本件郵便物検査は,前記のような行政上の目的を達成するために必要か
つ相当な限度での検査であったといえる。このような事実関係の下では,裁判官の
発する令状を得ずに,郵便物の発送人又は名宛人の承諾を得ることなく,本件郵便
物検査を行うことは,本件各規定により許容されていると解される。このように解
しても,憲法35条の法意に反しないことは,当裁判所の判例(最高裁昭和44年
(あ)第734号同47年11月22日大法廷判決・刑集26巻9号554頁,最
高裁昭和61年(行ツ)第11号平成4年7月1日大法廷判決・民集46巻5号4
37頁)の趣旨に徴して明らかである。
(5)そして,前記認定事実によれば,本件郵便物検査が,犯則事件の調査ある
いは捜査のための手段として行われたものでないことも明らかであるから,これに
よって得られた証拠である本件郵便物内の覚せい剤及びその鑑定書等の証拠能力を
認めた第1審判決及びこれを是認した原判決の判断は正当であり,所論は理由がな
い。
2同弁護人のその余の上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする
判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,単なる法令違反,事
実誤認の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。
よって,同法408条,181条1項ただし書,刑法21条により,裁判官全員
一致の意見で,主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官大谷剛彦裁判官岡部喜代子裁判官大橋正春裁判官
木内道祥裁判官山崎敏充)

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