弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


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            主    文
    1本件控訴を棄却する。
    2 控訴費用は控訴人の負担とする。
         事実及び理由
第1 当事者の求めた裁判
 1 控訴人
  (一) 原判決中控訴人敗訴部分を取り消す。
    被控訴人らの請求を棄却する。
  (二) 訴訟費用は第1,2審とも被控訴人らの負担とする。
 2 被控訴人ら
 主文と同旨
第2 事案の概要
   本件事案の概要は,後記2のとおり当審における控訴人の主張を付加し,1
のとおり付加するほか原判決の「事実及び理由」中の「第2 事案の概要」,「第
3 争点」及び「第4 争点に対する当事者の主張」のとおりであるから,これを
引用する。
 1 原判決2頁11行目の「損害賠償」の次に「(不法行為後である訴状送達の
日の翌日から支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金を含む。)」
を加える。
 2 当審における控訴人の主張
  (一) 原判決は労働者性の判断基準として,(イ)仕事の依頼,業務従事の指示
等に対する諾否の自由の有無,(ロ)業務遂行上の指揮監督の有無,(ハ)場所的・時
間的拘束性の有無,(ニ)労務提供の代替性の有無,(ホ)業務用器具の負担関係,
(へ)報酬が労働自体の対償的性格を有するか否か,(ト)専属性の程度,(チ)報酬に
つき給与所得として源泉徴収を行っているか等を総合的に判断すべきであるとした
が,①控訴人病院における臨床研修(以下「本件臨床研修」ともいう。)は,医師
国家試験に合格した医師を臨床医として育成することを目的として実施されるので
あり,上記(イ)ないし(ホ)の点は,これに必要な限度で,研修医が被教育者として
指導医による指導を受けることに伴うものであるにすぎず,指揮監督下の労働とい
う労務提供の要素となりうる
ものではなく,(ト)の点も教育機関である控訴人病院の受け入れ能力に限界がある
ことからやむを得ないものである。②また平成10年6月から8月にかけての初期
研修中には,Aは,朝夕の採血,点滴及び外来における検査申込書への記載を除
き,病院の労働力として稼働しうる技量や経験を持ち合わせておらず,一般外来見
学,回診見学,症例検討会参加,レーザーと耳鳴り外来見学,隔週の受講,頭頸部
とアレルギー外来の見学,抄読会参加,めまいと耳管外来見学,手術の見学などの
研修内容は対価を生み出すものとは到底いえないものである,上記採血などは保険
の点数にも計上されるから対価を生み出す労務として,補助労働とみる余地がある
としても,これらも専ら研修医の利益のために実施されるものであるから,補助労
働とは区別すべきであ
る。
  (二) 臨床研修医の労働者性については以下の実例などを考慮すべきである。
   (1) 商船大学実習生との対比
     行政実例(労働基準局長通達,昭和57年2月19日基発121号)
は,商船大学が,免許取得のため学生を民間の事業場に委託して実習させている場
合に,①実習は委託先事業場の従業員で大学などから実習の指導を委嘱された者
(以下「指導技師」という。)の指導の下に行われ,②実習は,現場実習を中心と
して行われるが,通常一般労働者とは明確に区別された場所で行われ,生産ライン
の中で行われる場合も軽度の補助的作業に従事する程度にとどまり,実習生が直接
生産活動に従事することはない,③実習生の欠勤,遅刻,早退の状況及び実習の履
修状況は,通常まず指導技師により把握,管理されるが,工場実習規程などに定め
る所定の手続を経て最終的には大学において把握,管理される,④実習規律につい
ては,通常委託先事業場
の諸規則が準用されるが,これに違反した場合にも委託先事業場としての制裁は課
されないなどの要件のもとで労働基準法(以下「労基法」ともいう。)9条の「事
業に使用される者」に該当しないとしており,上記労働行政上の扱いは本件に類推
適用されるべきである。
     そして,上記基準を本件臨床研修の実態と比較すれば,①本件臨床研修
機関である控訴人病院耳鼻咽喉科には,同科が委嘱した指導責任者1名,指導医1
1名の指導の下に研修が実施され,研修医1名につき指導医1名のマンツーマン体
制が取られていた,②研修内容としては,病院の治療室,入院病棟などの患者を治
療する場所での見学,実技習得を主とし,朝夕の採血,点滴の実施,検査申込書,
麻酔申込書の記載などがあるが,外来では診療医,1年先輩の研修医及び指導医の
指導を受ける形でなされ,手術については,当初の見学から,順次小手術の一部補
助をしつつ,個人差を考慮しながら徐々に実技施行の内容及び割合が拡大深化され
てゆくことになる,しかし研修医が単独で責任をもって患者の手術を施行したりそ
の他の治療をするこ
とはない,その他臨床研修を補助促進する目的で,臨床に即した講義が合計12回
適宜の時間帯になされている,③耳鼻咽喉科においては,例年3名の研修医がチー
ムとなって相互に研修し,研修の成果は日常的には指導医が把握するが,所定の手
続を経て病院の各科で総合的に把握,評価する,④病院内の行動について,研修医
は病院管理規定で規律されているが,これに違反した場合,指導医や病院長などの
指導を受けることはあっても,規則違反の制裁を受けることはない,以上の研修実
態は商船大学の実習実態と同視できるものであり,採血,点滴など一部の治療行為
に限っては外形的に医師もしくは看護婦と同様の行為状態をとることがあるとして
も,あくまで自らの臨床研修のために患者の同意と協力を得て治療の実際を経験す
るべく実習している
ものである。
   (2) 司法修習制度との対比
     司法修習において,実務修習期間中,司法修習生は指導教官としての裁
判官,検察官や指導弁護士の下で一定時間,一定場所での拘束がされるが,教育的
側面が強いことから司法修習生は労働者ではないと考えられるところ,研修の目
的,実態において医療と司法の相違はあっても,一人前の法曹人ないし医師の養成
という目的のための教育作用という点では差がないというべきである。
第3 争点に対する判断
  当裁判所は,被控訴人らの本件請求は原判決主文の限度で理由があると判断
するが,その理由は後記2のとおり当審における控訴人の主張に対する判断を付加
し,1のとおり付加,訂正するほか,原判決の「事実及び理由」中の「第5 争点
に対する当裁判所の判断」のとおりであるから,これを引用する。
 1原判決14頁末行の「前記認定」を「前記前提となる事実及び上記認定」と
改め,同15頁17行目の「なされていること」の次に「,その後臨床経験を積む
にしたがって研修医の担当すべき治療行為の範囲も広がっていくことが予定されて
いること」を加え,同17頁20行目の「使用する者」を「使用される者」と,同
24行目の「俯告」を「催告」と,同20頁19行目の「国家公務員共済組合法9
0条」を「国家公務員共済組合法91条」とそれぞれ改める。
 2 当審における控訴人の主張に対する判断
  (一) 控訴人は,原判決は労働者性の判断基準として,(イ)仕事の依頼,業務
従事の指示等に対する諾否の自由の有無,(ロ)業務遂行上の指揮監督の有無,(ハ)
場所的・時間的拘束性の有無,(ニ)労務提供の代替性の有無,(ホ)業務用器具の負
担関係,(へ)報酬が労働自体の対償的性格を有するか否か,(ト)専属性の程度,
(チ)報酬につき給与所得として源泉徴収を行っているか等を総合的に判断すべきで
あるとしたが,①控訴人病院における臨床研修の教育的側面から,上記(イ)ないし
(ホ)の点は,これに必要な限度で,研修医が被教育者として指導医による指導をう
けることに伴うものであるにすぎず,指揮監督下の労働という労務提供の要素とな
りうるものではなく,(ト)の点も教育機関である控訴人病院の受け入れ能力に限界
があることからやむを得ないし
,②また平成10年6月から8月にかけての初期研修中,Aは,病院の労働力とし
て稼働しうる技量や経験を持ち合わせておらず,各種見学,隔週の受講,抄読会参
加などの研修内容が対価を生み出すものとは到底いえないものであるし,朝夕の採
血,点滴及び検査申込書への記載などは対価を生み出す労務として補助労働とみる
余地があるとしても,これらも専ら研修医の利益のために実施されるものであるか
ら,補助労働とは区別すべきであると主張する。
    しかしながら,引用にかかる原判決の判示のとおりであるほか,教育的側
面との関係については,①控訴人病院耳鼻咽喉科における臨床研修は,当初の3か
月間を新人教育期間と位置づけるとともに,1年目は耳鼻咽喉科診療の基本的知識
と技術を学び,医師としての必要な態度を修得し,2年目からは,関連病院などで
さらに高いレベルの臨床研修を行うとされ,その間習熟度に応じて主治医として比
較的簡単な手術などの治療行為も行い,研修期間修了後は控訴人病院の研究医員と
なることが予定されていること(甲11,乙3の1,乙4,乙5の2,乙11)か
らすれば,本件臨床研修は先輩医師や指導医の下で臨床経験を積むため2年間にわ
たり段階的に行われるものであるから,その実態についても本件研修全体を通じて
観察したうえ,労働
者に該当するか否かを判断すべきものであり,Aが死亡した上記新人教育期間中に
おいては研修内容として各種講義の受講や見学などがカリキュラムに組まれていて
教育的側面が強かったとしても,その期間のみに限定して本件臨床研修における当
該研修医の身分を判断するのは相当とはいえないし,②研修医は医師免許を有し医
療行為を行う資格を有するものであるところ,上記新人教育期間に限ってみても,
研修医による連日の採血,点滴が,教育的見地から指導医による具体的指導の下で
行われているとか,これが専ら研修医の利益のためなされているとは証拠上認める
ことはできない(上記採血などが技術の早期取得を目指して研修医の自発的希望で
行われていることを認めるに足りる証拠もない。)のであって,本件臨床研修が教
育的側面を有すると
しても,医学部医学教育における臨床学習や,大学医学部の課程を卒業したが医師
免許を有しない者が指導医の直接的指導監督のもとに限られた範囲で医療行為に関
与する過去の実地修練(インターン)制度とも実態が異なるというべきであるか
ら,研修医は,医師免許に基づき,看護婦ないし医師のなすべき医療労務を提供し
ていると認めるのが相当である。よって控訴人の上記主張は採用できない。
  (二) 控訴人は,臨床研修の実態は商船大学実習生や司法修習生の実習ないし
修習の実態と同視されると主張する。
    しかしながら,前者は,控訴人の主張によっても,免許取得前の学生によ
る実習であって,大学医学部における臨床実習に類するものというべきで,これに
より対価を得ているものでもないから,本件と同様にみることはできないし,後者
についても,法曹資格を取得する前提として,法律に関する理論や実務を身につけ
るなどの目的の下でなされるものであるから,資格取得後における本件臨床研修と
同様に解することはできず,上記主張は採用できない。
第4 以上によれば,被控訴人らの本件請求は原判決主文の限度で理由があるから
認容すべきであり,その余は理由がないから棄却すべきである。よってこれと同旨
の原判決は相当であるから,本件控訴を棄却することとし,主文のとおり判決す
る。
大阪高等裁判所第4民事部
      裁判長裁判官武田多喜子
         裁判官松本 久
         裁判官小林秀和

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