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平成13年(行ケ)第327号 特許取消決定取消請求事件
[平成15年2月6日判決言渡,同年1月16日口頭弁論終結]
          判      決
    原   告    デュポン ホトマスク インコーポレーテッド
    訴訟代理人弁理士 谷義一,阿部和夫,橋本傳一,市川昌史
    被   告    特許庁長官 太田信一郎
    指定代理人    矢澤清純,高橋美実,山口由木,林栄二,高木進
          主      文
 原告の請求を棄却する。
 訴訟費用は原告の負担とする。
 この判決に対する上告及び上告受理申立てのための付加期間を30日と定める。
          事実及び理由
第1 原告の求めた裁判
 特許庁が平成11年異議第71667号事件について平成13年4月6日にした
決定を取り消す。
第2 事案の概要
 本件は,後記の本件特許に対して特許異議が申し立てられ,これに対して本件特
許権者である原告が訂正請求をしたものの,特許庁が異議の決定として,本件訂正
請求は認められないとした上,本件請求項1ないし8の特許を取り消す旨の決定を
したため,原告がこの決定の取消しを求めて出訴した事案である。
 1 前提となる事実等
 (1) 特許庁における手続の経緯
 (1-1) 本件特許
  特許権者     デュポン ホトマスク インコーポレーテッド(原告)
  発明の名称    「反射防止薄膜」
  特許出願日    平成2年9月6日(パリ条約による優先権主張1989年
9月6日米国)
  設定登録日    平成10年8月21日
  特許番号     第2817884号
 (1-2) 本件手続
  特許異議事件番号 平成11年異議第71667号
  訂正請求日    平成11年10月27日(本件訂正)
  異議の決定日   平成13年4月6日
  決定の結論    「特許第2817884号の請求項1ないし8に係る特許
を取り消す。」(なお,本件訂正請求は不許とされた。)
  決定謄本送達日  平成13年4月27日(原告に対し)
 (2) 本件発明の要旨(本件訂正請求前のもの。総称して「訂正前発明」とい
い,請求項1に係る発明につき「訂正前発明1」などという。なお,決定と同様
に,特許請求の範囲(請求項1,6,7)の記載で誤記と解される部分の補正(Me=
30,反射防止層)をしてある。)
【請求項1】 閉ざされた支持フレームの一端にしっかりと接着された光学薄膜を
含む反射防止薄膜であって,前記光学薄膜は,1.32~1.80の屈折率および0.
3~20μmの厚さを有し,回転塗布法により形成されたコア層と,回転塗布法に
より形成された少なくとも1つの反射防止層とを具備し,前記反射防止層は,30
~99モル%のペルフルオロ-2,2-ジメチル-1,3-ジオキソールと,補充
量のコモノマーとのアモルファスコポリマーを含み,前記コモノマーは,a)テト
ラフルオロエチレン,b)クロロトリフルオロエチレン,c)弗化ビニリデン,
d)へキサフルオロプロピレン,e)トリフルオロエチレン,f)式CF2=CF
ORF(式中,RFは1~3の炭素原子を有する直鎖ペルフルオロアルキルラジカル
を示す)のペルフルオロ(アルキルビニルエーテル),g)式CF2=CFOQZ
(式中,Qは1~5のエーテル酸素原子を含む過弗化されたアルキレンラジカルで
あり,QにおけるCとOの合計は2~10であり,Zは-COOR,-SO2F,
-CN,-COF及び-OCH3からなる群から選択された基であり,RはC1~C
4のアルキル基を示す),h)弗化ビニル,及びi)式RfCH=CH2(式中,R
fはC1~C8の直鎖ペルフルオロアルキルラジカル)の(ペルフルオロアルキル)
エチレンからなる群から選択された少なくとも1種であり,コポリマーのガラス転
移点は80℃以上であり,コポリマー中のコモノマーの最大モル%Ma・・・Mi
は,a)テトラフルオロエチレンの場合Ma=70,b)クロロトリフルオロエチ
レンの場合Mb=70,c)弗化ビニリデンの場合,Mc=70,d)へキサフル
オロプロピレンの場合Md=15,e)トリフルオロエチレンの場合Me=30,
f)CF2=CFORFの場合Mf=30,g)CF2=CFOQZの場合Mg=2
0,h)弗化ビニルの場合Mh=70,及びi)RfCH=CH2の場合Mi=10
であり,1種を越えるコモノマーを含むコポリマーの場合,それぞれのコモノマー
の量は対応する最大モル%Ma・・・Miに対するモル%ma・・・miの比の合
計Sが,下記式に示すように,1より多くない反射防止薄膜。
S=ma/Ma+mb/Mb+・・・+mi/Mi≦1
【請求項2】 前記反射防止層は,99モル%のペルフルオロ-2,2-ジメチル
-1,3-ジオキソールと補充量のテトラフルオロエチレンとのアモルファスコポ
リマーを含む請求項1に記載の反射防止薄膜。
【請求項3】 前記コア層は,ポリカーボネート,ポリアクリレート,ポリビニル
ブチラート,ポリエーテルスルホン,ポリスルホン,及びセルロース誘導体からな
る群から選択されたポリマーを含む請求項2に記載の反射防止薄膜。
【請求項4】 前記コア層は,ニトロセルロースを含む請求項3に記載の反射防止
薄膜。 
【請求項5】 前記光学薄膜は350~460ナノメーターのバンドにおいて入射
光の97%以上を透過する請求項4に記載の反射防止薄膜。
【請求項6】 前記光学薄膜は,コア層と,このコア層の一方の側に反射防止層を
具備する請求項5に記載の反射防止薄膜。
【請求項7】 前記光学薄膜は,コア層と,このコア層の両方の側に反射防止層を
具備する請求項5に記載の反射防止薄膜。
【請求項8】 前記反射防止層は,65~90モル%のペルフルオロ-2,2-ジ
メチル-1,3-ジオキソールと35~10モル%のテトラフルオロエチレンとの
アモルファスコポリマーを含む請求項6又は7に記載の反射防止薄膜。
 (3) 訂正発明の要旨(本件訂正請求に係るもの。総称して「訂正発明」とい
い,各請求項ごとに,請求項1に係る発明につき「訂正発明1」などという。)
【請求項1】 閉ざされた支持フレームの一端にしっかりと接着された光学薄膜を
含む反射防止薄膜であって,前記光学薄膜は,350~460ナノメーターのバン
ドにおいて入射光の97%以上を透過する膜であって,1.32~1.80の屈折
率および0.3~20μmの厚さを有し,回転塗布法により形成されたコア層と,
回転塗布法により形成された少なくとも1つの反射防止層とを具備し,前記コア層
は,ポリカーボネート,ポリアクリレート,ポリビニルブチラート,ポリエーテル
スルホン,ポリスルホン,及びセルロース誘導体からなる群から選択されたポリマ
ーを含み,前記反射防止層は,30~99モル%のペルフルオロ-2,2-ジメチ
ル-1,3-ジオキソールと,補充量のコモノマーとのアモルファスコポリマーを
含み,前記コモノマーは,a)テトラフルオロエチレン,b)クロロトリフルオロ
エチレン,c)弗化ビニリデン,d)へキサフルオロプロピレン,e)トリフルオ
ロエチレン,f)式CF2=CFORF(式中,RFは1~3の炭素原子を有する直
鎖ペルフルオロアルキルラジカルを示す)のペルフルオロ(アルキルビニルエーテ
ル),g)式CF2=CFOQZ(式中,Qは1~5のエーテル酸素原子を含む過
弗化されたアルキレンラジカルであり,QにおけるCとOの合計は2~10であ
り,Zは-COOR,-SO2F,-CN,-COF及び-OCH3からなる群から
選択された基であり,RはC1~C4のアルキル基を示す),h)弗化ビニル,及び
i)式RfCH=CH2(式中,RfはC1~C8の直鎖ペルフルオロアルキルラジ
カル)の(ペルフルオロアルキル)エチレンからなる群から選択された少なくとも
1種であり,コポリマーのガラス転移点は80℃以上であり,コポリマー中のコモ
ノマーの最大モル%Ma・・・Miは,a)テトラフルオロエチレンの場合Ma=
70,b)クロロトリフルオロエチレンの場合Mb=70,c)弗化ビニリデンの
場合,Mc=70,d)へキサフルオロプロピレンの場合Md=15,e)トリフ
ルオロエチレンの場合Me=30,f)CF2=CFORFの場合Mf=30,g)
CF2=CFOQZの場合Mg=20,h)弗化ビニルの場合Mh=70,及び
i)RfCH=CH2の場合Mi=10であり,1種を越えるコモノマーを含むコポ
リマーの場合,それぞれのコモノマーの量は対応する最大モル%Ma・・・Miに
対するモル%ma・・・miの比の合計Sが,下記式に示すように,1より多くな
い反射防止薄膜。
S=ma/Ma+mb/Mb+・・・+mi/Mi≦1
【請求項2】 前記反射防止層は,99モル%のペルフルオロ-2,2-ジメチル
-1,3-ジオキソールと補充量のテトラフルオロエチレンとのアモルファスコポ
リマーを含む請求項1に記載の反射防止薄膜。
【請求項3】 前記コア層は,ニトロセルロースを含む請求項2に記載の反射防止
薄膜。
【請求項4】 前記光学薄膜は,コア層と,このコア層の一方の側に反射防止層を
具備する請求項3に記載の反射防止薄膜。
【請求項5】 前記光学薄膜は,コア層と,このコア層の両方の側に反射防止層を
具備する請求項3に記載の反射防止薄膜。
【請求項6】 前記反射防止層は,65~90モル%のペルフルオロ-2,2-ジ
メチル-1,3-ジオキソールと35~10モル%のテトラフルオロエチレンとの
アモルファスコポリマーを含む請求項4又は5に記載の反射防止薄膜。
 (3) 決定の理由
 本件決定の理由は,別紙異議の決定書の写し(以下「決定書」という。)に記載
のとおりである。
 要するに,① 訂正発明1は,甲第3号証ないし甲第5号証(甲3は特開昭60
-237450号公報,甲4は特開昭63-260932号公報,甲5は米国特許
第4754009号明細書,いずれも本訴でも書証番号は同じ。)に記載された各
発明に基づいて,当業者が容易に発明し得たものであるから,特許法29条2項の
規定により特許を受けることができないものであり,特許出願の際,独立して特許
を受けることができないものであるから,訂正は認められない,② 請求項1に係
る発明(訂正前発明1)は,甲第3号証ないし甲第5号証に記載された各発明に基
づいて,当業者が容易に発明し得たものであるから,特許法29条2項の規定によ
り特許を受けることができない,③ 請求項2ないし8に係る発明についても,同
様の理由により,特許を受けることができない,というものである。
 2 争点(決定取消事由)
 a 訂正の適否に関する判断の誤り
  ・ 訂正発明1に関する相違点2についての判断の誤り
  ・ 訂正発明1に関する相違点1についての判断の誤り
 b 訂正前発明1の進歩性の判断の誤り
   訂正前発明2ないし8の進歩性の判断の誤り
 なお,以下,化合物名につき,「テトラフルオロエチレン(テトラフロロエチレ
ンと表記される場合もある)」を「TFE」,「ビニリデンフルオライド(ビニリ
デンフロライドと表記される場合もある)を「VdF」,「ヘキサフルオロプロピ
レン(ヘキサフロロプロピレンと表記される場合もある)」を「HFP」,「ペル
フルオロ-2,2-ジメチル-1,3-ジオキソール」を「PDD」と略称する場
合もある。
 (1) 原告の主張の要点
 (1-1) 取消事由1(訂正の適否に関する判断の誤り)
 訂正発明1は,甲第3号証ないし甲第5号証(審判の甲3ないし甲5と同一)か
ら容易になし得たものではなく,しかも格別顕著な効果を奏するものであり,特許
性を有するものであるところ,決定は,訂正発明1と甲第3号証記載の発明との相
違点1及び相違点2についての判断を誤り,訂正発明1について特許性なしとして
訂正の適否の判断を誤ったものである。
 この判断の誤りが決定の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,決定は,
違法であり,取り消されるべきである。
 (1-1-1) 相違点2に関する判断の誤り
 決定は,相違点2に関し,甲第3号証に記載された発明において,反射防止層に
用いる屈折率が1.42以下のフッ素系ポリマーとして,甲第4号証ないし甲第5
号証に記載の知見に基づき,甲第5号証に記載された,めったにないほど低い屈折
率を示すPDDのアモルファスコポリマーを採用する程度のことは,当業者ならば
容易に想到し得ることである旨判断する。しかし,甲第3号証に甲第4号証及び甲
第5号証を組み合わせるには,以下のように阻害要因がある。
 甲第3号証では,低屈折性及び光透過性のみならず非ベタツキ性をも発明の課題
として,特定の組成のTFE/VdF共重合体とTFE/HFP/VdF三元共重
合体を採用することにより課題が解決されたものであり,しかもこれらの重合体に
ついては特定の組成,すなわち特定の化合物成分及び特定の含有量のもの以外の重
合体は,表面がべたつき,本発明には適さないとされている。なお,被告は,この
点を争うが,甲第3号証の記載によれば,最外側の反射防止層に用いるポリマーと
して,弗素系ポリマーのうち発明に使用することができるものとして,種々の条件
を考慮してTFE/VdF共重合体とTFE/HFP/VdF三元共重合体が選択
されたのであり,この時点で他の弗素系ポリマーは排除されており,その上で,上
記選択されたもののうち,特定の含量比のもの以外は発明に使用することができな
いとするものであって,被告の主張は誤っている。
 甲第5号証には,PDDのアモルファスコポリマーが,特殊な電気・電子部品あ
るいは管・容器等の成形品に使用されることが全体として記載されており,特殊な
電気・電子部品あるいは管・容器等の成形品に使用されることが実証されているの
みであり,「光学用途」に関しては,単に「光ファイバーの構成におけるクラッド
材」,「光学レンズ」,「光ファイバーのクラッディング」とのみ記載されている
にすぎない。なお,この記載は,光学部材に採用し得るであろうことを単に述べた
にすぎず,数多くの光学部材の中から訂正発明1のようにごく特殊な用途であるペ
リクルの反射防止層への使用を示唆するものではない。
 甲第4号証では,含フッ素ポリマーの用途について多くの用途が一般的に記載さ
れているのみであり,実施例においては,アモルファスPDDコポリマーについて
の合成例がなく,このアモルファスPDDコポリマーについては,甲第4号証では
単に薄膜化の可能性が記載されているに止まるものであり,各種用途への使用例が
実証されていない。
 このように,甲第3号証の発明は,ベタツキのない重合体という特有の課題をも
解決すべくなされたものであり,甲第4号証及び甲第5号証には,そのようなベタ
ツキを解決することについて示唆する記載は一切ないし,また,甲第4号証及び甲
第5号証には光学用途についての単なる一般的記載はあるものの,その使用例が実
証されておらず,ましてや特殊な用途であるペリクルの反射防止層への適用につい
ては,一切の記載も示唆もない。
 したがって,甲第3号証に甲第4号証及び甲第5号証を組み合わせるには,阻害
要因が存在し,当業者といえどもこれらの組合せに想到することは極めて困難であ
るとみるべきである。この点において,決定は,甲第3号証ないし甲第5号証の記
載内容の解釈を誤り,相違点2についての判断を誤ったものである。
 被告は,上記の点を争うが,PDDアモルファスコポリマーについてベタツキ性
が無いことが明らかであればともかくとして,甲第3号証のポリマーに代えて他の
弗素系ポリマーであるPDDアモルファスコポリマーについて採用することを当業
者が容易に想到するとみることは極めて不自然である。かえって,甲第4号証ない
し甲第5号証にはPDDアモルファスコポリマーについてベタツキに関する記載は
一切なく,むしろ甲第3号証に採用されているものと同じTFE,VdF及びHF
Pがコモノマーとして含まれていることから,当業者は,このPDDアモルファス
コポリマーを採用するに当たり,ベタツキが有るのか無いのか躊躇するものと考え
るのが,甲第3号証の発明についての技術の流れからみて自然である。一般に弗素
系ポリマーは非粘着性といわれているけれども,前記のとおり個別の特定のポリマ
ーにおいてはベタツキが生じることもあるからである。高分子化合物の特性及び作
用効果について予測することが極めて困難であるということは,当業界で一般に承
認されている。
 また,甲第4号証には単に薄膜化技術が記載されているのみであり,甲第5号証
に「光ファイバーの構成におけるクラッド材」及び「光学レンズ」が記載されてい
るとしても,これらの記載から,甲第3号証に記載の極めて特殊な用途であるペリ
クル膜の反射防止層に用いるポリマーとして,甲第5号証に記載されたPDDアモ
ルファスコポリマーを採用することなど当業者が容易に想到するものではない。
 なお,被告は,甲第5号証にPDDのアモルファスコポリマーがめったにないほ
ど低い屈折率を示すことが記載されていることを主張するが,「予期せざる低屈折
率(被告のいう「めったにないほど低い屈折率」)」との記載があることは認める
が,どの程度の屈折率であるのか,甲第5号証には具体的には示されておらず,そ
の他の記載とは関連性のない特性の羅列列挙の中で単に記載されているにすぎな
い。
 (1-1-2) 相違点1に関する判断の誤り
 決定は,訂正発明1の顕著な効果(光学薄膜が「360~450ナノメーターの
バンドにおいて入射光の97%以上を透過する膜」であること)を看過し,相違点
1に関して,訂正発明1の効果は,そのようなPDDのアモルファスコポリマーを
反射防止層に採用した結果にすぎず,当業者が充分予期し得ることである旨判断し
ているが,誤りである。
 甲第3号証記載の発明では,実施例1に記載の「光線透過率が96.5~99.
5%で平均透過率が98%」であるのは,ただ単に波長が400nm付近のみにつ
いてであり,訂正発明1は,360~450nmの波長全体おいて入射光の97%
以上を透過する膜である。訂正発明1においては,露光の際に通常用いられる36
0~450nmの波長を有する光についての透過率を対象としており,400nm
付近の波長を有する光についてだけのものではないから,甲第3号証記載の発明と
比較することはできない。
 甲第3号証記載の発明の実施例3において「350~450nm間の光線透過率
は,92.5~99.5%であり,平均透過率も96%」との記載があり,一見,
訂正発明1の「97%以上」と大差がないようにみえるが,360~450nmの
全域にわたり1%以上の差があるのであり,透過光量からみると格段の差があり,
これが透過後のレジスト膜における感光性樹脂の光化学反応(光硬化反応)をより
効果的に進行させ,訂正発明1のような極微細なパターンをより早く形成させるこ
とができるという顕著な効果を奏するものである。しかも,この効果は,甲第3号
証に記載の発明などのように,「中間ポリマー」を介在させることなく,得られて
いる。
 訂正発明1は,特に輝線である365nm,408nm及び436nmの光をす
べて97%以上透過するものであり,これが投影パターンの解像度を格段に向上さ
せるものである。特に解像度の向上に有効である低波長の365nmの光をもその
97%以上を透過する点は注目すべき点であり,これは訂正発明1におけるような
ごく微細なパターンの解像度を少しでも向上させることが至上命題である分野にお
いては,顕著な効果とみるべきものである。
 決定は,甲第3号証の記載内容の解釈を誤り,訂正発明1の奏する格別顕著な効
果を看過して,相違点1の判断を誤ったものである。
 (1-2) 取消事由2(訂正前発明1の進歩性の判断の誤り,訂正前発明2ない
し8の進歩性の判断の誤り)
 訂正前発明1は格別顕著な効果を奏するものであるのに,決定は,甲第3号証な
いし甲第5号証の記載内容の解釈を誤り,訂正前発明1と甲第3号証記載の発明と
の相違点についての判断を誤った結果,訂正前発明1を甲第3号証ないし甲第5号
証から容易になし得たものと誤った判断をしたものである。
 訂正前発明2ないし8についても,決定は,進歩性の判断を誤っている。
 これらの判断の誤りが決定の結論に影響を及ぼすことは明らかであるから,決定
は,違法であり取り消されるべきである。
 (2) 被告の主張の要点
 (2-1) 取消事由1(訂正の適否に関する判断の誤り)に対して
 (2-1-1) 相違点2に関する判断について
 甲第3号証に記載された発明は,請求項1の記載や「従来技術とその問題点」に
おける記載からしても,非べタツキ性をも発明の課題としたものであるとはいえ
ず,甲第3号証の発明の詳細な説明欄では,「べタツキ」につき,「ないものが好
しい」とされ,「必要である」とまでは記載されていないのであって,原告の主張
は,甲第3号証に記載された発明の範囲を不当に狭く解釈して,甲第3号証に甲第
4号証及び甲第5号証を組み合わせるには阻害要因が存在するというもので,妥当
でない。また,甲第3号証は,TFEとVdFとの共重合体又はTFEとVdFと
HFPの三元共重合体のうち記載された以外の組成については,結晶性のために散
乱が生じたり,エラストマーとなって表面がべたつき,本発明に用いるには適さな
いというのであり,他のシリコン重合体,弗素系重合体のすべてが表面がべたつ
き,本発明に用いるには適さないという趣旨ではない。
 甲第4号証ないし甲第5号証に記載されたPDDのアモルファスコポリマーは,
アモルファスであるから「非結晶性」で「散乱」は生じず,「べタツキ」が起きる
とも,「エラストマー」であるとも特に記載されておらず,「べタツキ」が起きる
ものであることを示唆するともいえない。甲第3号証でもPDDのアモルファスコ
ポリマーで「べタツキ」が起きることは記載も示唆もされていない。甲第4号証及
び甲第5号証に記載されたPDDのアモルファスコポリマーを甲第3号証に適用す
ることには,原告が主張するように「べタツキ」の点で阻害要因が存在するという
ことはできない。
 甲第5号証,甲第4号証には,PDDのアモルファスコポリマーの「光学用途」
に関して,ペリクルの反射防止層への適用についての記載がないとしても,甲第5
号証には,光学材料としての用途として,「光ファイバーの構成におけるクラッド
材」,「光学レンズ」等が記載されており,甲第4号証には,薄膜化が容易である
ことが記載されているのであるから,PDDのアモルファスコポリマーを薄膜光学
材料であるペリクル膜の反射防止層として用いることに特に阻害要因が存在すると
することはできない。そして,反射防止層に用いるポリマーとしては,屈折率が低
い方がより望ましいことが当業者に周知の技術事項であり,また,特に甲第5号証
には,PDDのアモルファスコポリマーが「めったにないほど低い屈折
率(unusuallylowrefractiveindices)を示す」ことが記載されているのである
から,他に薄膜化が容易で光学用途に有用である点が甲第4号証ないし甲第5号証
に記載されていることをも考慮すれば,甲第3号証記載の発明において,反射防止
層に用いるポリマーとして,甲第5号証に記載されたPDDのアモルファスコポリ
マーを採用する程度のことは,当業者ならば容易に想到し得ることである。
 (2-1-2) 相違点1に関する判断について
 甲第3号証の実施例1のものは,第5図の実線に示されているものであって,3
60~450nmのほとんどの領域で入射光の96%以上を透過しており,訂正発
明1と比較することができる。
 甲第3号証の実施例1に記載のTFE/HFP/VdF三元共重合体の代わりに
PDDのアモルファスコポリマーを採用すれば,その屈折率のめったにないほどに
低い程度に応じて,360~450nm間の光線透過率が96%以上よりもかなり
増大するであろうことは,当業者が十分予期し得ることである。また,決定におい
て,訂正前発明1と対比したものは,甲第3号証の実施例1又は実施例3のように
「中間ポリマー」を介在させることなく構成したものであり,「めったにないほど
低い屈折率を示す」PDDのアモルファスコポリマーを採用したものであれば,
「中間ポリマー」を介在させることなく構成したものであっても,優れた効果が得
られることは,当業者が十分予期し得ることである。
 原告の主張する効果は,PDDのアモルファスコポリマーを採用したことによっ
てもたらされた効果であるにすぎず,その効果の程度は,PDDのアモルファスコ
ポリマーの低い屈折率の程度により定まるものであって,格別顕著な効果とするこ
とはできない。
 したがって,相違点1の判断の誤りをいう原告の主張は,妥当でない。
 (2-2) 取消事由2(訂正前発明1の進歩性の判断の誤り,訂正前発明2ない
し8の進歩性の判断の誤り)に対して
 訂正前発明1と甲第3号証に記載された発明との相違点は,上記の訂正発明1と
甲第3号証に記載された発明との相違点2に相当するものであるから,上記のよう
に判断に誤りはなく,また,訂正前発明1の奏する効果についても,原告の主張す
るような格別顕著な効果とすることはできないことは,上記と同様である。したが
って,訂正前発明1は,特許を受けることができないものであり,原告の主張は理
由がない。
 また,訂正前発明2ないし8についても,同様に,特許を受けることができない
ものであるから,原告の主張は理由がない。
第3 当裁判所の判断
 1 取消事由1(訂正の適否に関する判断の誤り)について
 (1) 相違点2に関する判断の誤りの主張について
 (1-1) 決定は,訂正発明1と甲第3号証記載の発明との相違点2として,
「訂正発明1では,反射防止層として,ペルフルオロ-2,2-ジメチル-1,3
-ジオキソール(以下,「PDD」という。)と他のフッ素系のコモノマーa)~
i)との特定比率でのコポリマー(以下,「本件PDDコポリマー」という。)を
含んでいるのに対して,甲第3号証に記載された発明では,反射防止層のポリマー
については,屈折率1.42以下等と規定され,「ポリマーとしては,たとえばシ
リコン重合体,弗素系重合体が屈折率が1.42以下であり,又,吸収・散乱がほ
とんど無く良好である。」と記載されてはいるが,フッ素系重合体については,T
FE/VdF共重合体とTFE/HFP/VdF三元共重合体とが開示されている
だけで,本件PDDコポリマーの使用については記載がない点。」と認定した。
 原告は,相違点2に関して,当業者が容易に想到し得るとした決定の判断を争
い,甲第3号証に甲第4号証及び甲第5号証を組み合わせるには阻害要因があるこ
となどを主張するので,以下,検討する。
 (1-2) 原告は,甲第3号証では,非ベタツキ性をも発明の課題とし,特定の
化合物成分及び特定の含有量のもの以外の重合体は,表面がべたつき,本発明には
適さないとされていること,甲第4号証及び甲第5号証には,そのようなベタツキ
を解決することについて示唆する記載は一切ないことなどを主張する。
 (1-2-1) まず,甲第3号証の記載をみると,特許請求の範囲第1項におい
て,「少なくとも,ニトロセルロース層が芯部をなし,屈折率が1.42以下で反
射防止すべき波長の光を吸収・散乱しないポリマーの最外側反射防止層が最外側に
配設される多層膜を要部とする非反射性フォトマスク・レチクル用防塵カバー体」
との発明が記載されており,発明の詳細な説明欄において,上記ポリマーにつき,
「ポリマーとしては,たとえばシリコン重合体,弗素系重合体が屈折率が1.42
以下であり,又,吸収・散乱がほとんど無く良好である。特に弗素系重合体につい
ては,共重合モノマー種類,共重合組成により各種の性状の重合体が得られるが,
本発明に用いることのできる重合体は,その内,屈折率が1.42以下でかつ,露
光する光を吸収・散乱しない重合体であることが必要であり,更には,表面のベタ
ツキがないものが好ましい。ベタツキのあるものはゴミを吸着し易く,かつ除塵し
にくいので好しくない。かゝる弗素系重合体としては,TFEとVdFの共重合
体,又は,TFEとVdFとHFPの三元共重合体のうち,HFP含量が0wt%
以上で10wt%以下にあつてはTFE含量が25~51wt%であり,HFPが
10wt%を超える範囲ではTFE含量が35~51wt%であり,かつ,HFP
対VdFの含量比が2.3:1よりHFP含量の少ない範囲である重合体が挙げら
れる。上記以外の組成については,結晶性の為に散乱が生じたり,エラストマーと
なつて表面がベタツキ,本発明に用いるには適さない。」(3頁右下欄~4頁左上
欄)との記載がある。
 (1-2-2) 検討するに,発明の詳細な説明欄の上記記載は,① 屈折率1.
42以下,② 露光する光を吸収・散乱しない,③ 表面のベタツキがないもの,
という3つの条件に合ったものとして,「TFE-VdFの共重合体及びTFE-
VdF-HFPの三元共重合体のうち特定の成分比率を持つもの」を挙げたもので
あると解されるのであり,弗素系重合体のうち,「本発明に用いるには適さない」
として具体的に排除されているのは,「TFE-VdFの共重合体及びTFE-V
dF-HFPの三元共重合体のうち特定の成分比率を持たないもの」だけであると
解すべきである。このような解釈が文理及び記載の趣旨等に照らして自然であるだ
けでなく,弗素系重合体として非常に数多くの種類が知られているのであるから,
上記の記載が,このような弗素系重合体の全体について,①~③に関する試験をし
た結果によって他の弗素系重合体をすべて排除しているものとは考え難いし,試験
をしなくても重合体の化学構造から①~③に関する性質が直ちに理解し得るものと
も考えられない。また,甲第3号証の発明の特許出願は昭和59年(1984年)
であるから,甲第3号証が,それより後に発行された米国特許明細書である甲第5
号証(1988年6月28日発行)に記載されている発明に係るPDDのアモルフ
ァスコポリマーをも含めて排除していると解することにも無理がある。
 したがって,甲第3号証における上記記載によって,TFE-VdFの共重合
体,又は,TFE-VdF-HFPの三元共重合体以外の弗素系重合体は排除され
ている旨をいう原告の主張は,採用することができない。
 (1-2-3) 次に,甲第4号証ないし甲第5号証に記載されたPDDのアモル
ファスコポリマーについて検討すると,アモルファスであるから非結晶性で,散乱
は生じないものと認められる上,上記書証には,PDDのアモルファスコポリマー
にべタツキが起きる旨の記載はなく,エラストマーであるとの記載も特にないの
で,べタツキが起きるものであることを示唆するものであるとも認められない。ま
た,甲第3号証においても,PDDのアモルファスコポリマーにべタツキが起きる
ことについての記載もないし,その示唆があるとも認められない。
 (1-2-4) 以上によれば,甲第3号証において,「表面のべタツキがないも
のが好しい。べタツキのあるものはゴミを吸着し易く,かつ除膜しにくいので好し
くない。」,「表面がべタツキ,本発明に用いるには適さない。」などと「ベタツ
キ」についての記載はあるが,甲第4号証及び甲第5号証に記載されたPDDのア
モルファスコポリマーを甲第3号証に適用することには,原告が主張するようなべ
タツキの点において阻害要因が存在するとは認めることはできない。この点に関す
る原告の主張は採用することができない。
 (1-3) 原告は,甲第4号証及び甲第5号証には,PDDのアモルファスコポ
リマーを特殊な用途であるペリクルの反射防止層へ適用することについて,記載も
示唆もないなどと主張する。
 (1-3-1) そこで,甲第4号証をみると,次の記載がある。
「主鎖に環構造を有する含フッ素ポリマーが厚さ50μ以下に薄膜化されているこ
とを特徴とする含フッ素ポリマーの薄膜。」(1頁,特許請求の範囲第1項)
「本発明において,主鎖に環構造を有する含フッ素ポリマーとしては,例えば……
一般式
  
(ただし,R1はF又はCF3,R2はF又はCF3)
の如き環構造を有するものが挙げられる。」(2頁左下欄)
「また,これらの成分の本質を損なわない程度に共重合成分を使用することは何ら
差し支えがない。共重合せしめる他の単量体としては,……。本発明においては,
通常は他の単量体としてフルオロオレフィン,フルオロビニルエーテルなどの含フ
ッ素系モノマーを選定するのが望ましい。例えば,テトラフルオロエチレン,…
…,弗化ビニリデン……なども例示され得る。」(3頁右上欄~左下欄)
「薄膜は,ピンホールなどの欠陥がなく,透明で屈折率が低く,耐熱性,耐薬品性
に優れているため,……光学部材,……に用いることができる。」(4頁左上欄)
 (1-3-2) 次に,甲第5号証をみると,次の記載がある(原告の抄訳によ
る)。
「この発明は,特定のアモルファスパーフルオロポリマーに関するものであり,こ
のアモルファスパーフルオロポリマーは特定の電気部品,成形部品およびフィルム
と同様に特に光ファイバーの構成におけるクラッド材料として適している。」(第
1欄)
「レスニックによるPDDホモポリマーの発見以来,その物質がアモルファスであ
り,約330℃の非常に高いTGを持つことが証明された。」(第1欄)
「PDDは,前記したモノマーの一つあるいは2以上と共重合してアモルファスコ
ポリマーとなる。…… 加えて,それらは以下のような優れた特性の組合せをもっ
ている。
1.高いガラス転移点;
2.特に高温での高弾性率
3.特に高温での高強度
4.圧縮荷重下での低クリープ
5.適温における溶融成形性
6.溶剤流塗布によるフィルムおよび塗膜の形成性
7.低温散布性
8.予期せざる低屈折性
9.優れた誘電体特性
10.優れた化学抵抗性
 この発明のコポリマーの最初の4つの特徴は,特にこのポリマーが高温での荷重
に耐えなければならないような部品に対して有効である。化学的不活性および優れ
た誘電体特性により,これらのコポリマーは多数の特別の電気部品にも適してい
る。これら化学的不活性,良い光学的特性,および良い物理的特性により,これら
のコポリマーは光学レンズの製造にも適している。」(第3欄~第4欄)
 (1-3-3) 前記のように,甲第3号証には,反射防止層に要求される材料
の性質として,「屈折率が1.42以下でかつ,露光する光を吸収・散乱しない重
合体であることが必要であり,更には,表面のベタツキがないものが好ましい」こ
とが示され(3頁右下欄),上記のように,甲第4号証には,PDDの共重合体を
含む含フッ素ポリマーの薄膜について,透明で屈折率が低いこと,光学部材として
用いることができることが示され(3~4頁),甲第5号証には,PDDアモルフ
ァスコポリマーの塗膜形成性,「予期せざる低屈折性」(原告による抄訳。原文
は“unusuallylowrefractiveindices”で,被告は「めったにないほどの低屈折
率」と訳している。)が示されている。
 確かに,甲第5号証には,PDDアモルファスコポリマーの屈折率について,具
体的数値では記載されていないが,従来知られている弗素系重合体と比べて同程度
の低屈折率,あるいは少し低い程度の低屈折率であれば,「めったにないほど」
(又は「予期せざる」,“unusuallylowrefractiveindices”)という表現はし
ないはずであるから,「めったにないほどの低い屈折率」という記載だけからも,
従来知られた弗素系重合体と比べてかなり低い屈折率を示すであろうことは,十分
に理解し得ることである(原告の訳である「予期せざる低屈折性」を前提としても
結論に変わりはないものと認められる。)。
 甲第4号証及び甲第5号証には,光学用途のうち,ペリクルの反射防止層につい
て具体的な記載はないものの,そのために必要となる性質が甲第3号証によって知
られ,甲第4号証及び甲第5号証には,PDDのアモルファスコポリマーがその点
について好適な性質をもっていることが記載されているのであるから,甲第3号証
で使用されている材料に代えて同じ用途に使用してみようとすることは,当業者が
容易に想到するものであると認められる。
 (1-4) 以上によれば,相違点2につき,甲第3号証に記載された発明におい
て,甲第4号証及び甲第5号証に記載の知見に基づき,甲第5号証に記載されたP
DDのアモルファスコポリマーを採用することは,当業者が容易に想到し得るもの
であるとした決定の判断に誤りがあるとはいえない。
 (2) 相違点1に関する判断の誤りの主張について
 (2-1) 決定は,訂正発明1と甲第3号証記載の発明との相違点1として,
「訂正発明1は,光学薄膜が「350~460ナノメーターのバンドにおいて入射
光の97%以上を透過する膜」であるのに対し,甲第3号証に記載された発明で
は,「ニトロセルロース膜の両面にTFE/HFP/VdF三元共重合体(n20

=1.35)を塗布した膜では400nm付近の光線透過率は96.5~99.5
%(実施例1;350~460nm間の光線透過率では95%以上(第5図参
照))であり,TFE/VdF共重合体(nD=1.40)を塗布した膜では35
0~450nm間の光線透過率は93.5~99.8%(実施例3)」であって,
350~460ナノメーターのバンドにおいて入射光の97%以上を透過する膜で
はない点」と認定した。
 原告は,決定が,甲第3号証の記載内容の解釈を誤り,訂正発明1の奏する格別
顕著な効果を看過して,相違点1の判断を誤った旨主張するので,以下に検討す
る。
 (2-2) 相違点1は,薄膜の特定波長の光に対する透過率が,甲第3号証記載
の発明では95%以上であるのに対し,訂正発明1では97%以上であるという両
者の性質の量的な相違に関するものであり,その相違は両発明の構成の相違,すな
わち膜を構成する材料の相違によるものである。そして,材料の相違に関しては,
相違点2で検討されており,その材料の転換が容易であることは前記(1)で判示
したとおりである。
 そこで,その構成に基づいて得られた効果の程度が当業者が予期し得ない程に顕
著なものであるかどうかについて検討する。
 甲第3号証の第5図には,その実施例1で製造された膜の光線透過率が示され,
同図によると350~460nmにおける透過率は95%以上(そのほとんどの領
域で96%以上)であるのに対し,訂正発明1のものの透過率は97%以上であ
り,1%以上の差があることが認められる(なお,訂正発明1及び甲第3号証記載
の実施例1[第5図]における入射光の透過率に関しては,決定及び訂正発明1の
「特許請求の範囲」においては,「350~460nm」におけるものとして記載
され,他方,当事者の主張では,前記第2のとおり,「360~450nm」にお
けるものとして主張されているが,いずれであるかによって,結論が左右されるも
のとは認められない。念のため,上記甲第3号証第5図及び訂正発明1における透
過率を「360~450nm」の範囲で検討しても,上記透過率の認定に変わりは
ないものと認められる。)。
 しかしながら,PDDのアモルファスコポリマーがそれまで知られていた弗素系
重合体よりもさらに低い屈折率であることが甲第5号証により示唆されていること
は,前記(1)で判示したとおりである。そして,反射防止層をより低い屈折率を
もつ材料に代えた場合,さらに透過率が高くなるであろうということは,当業者が
予測可能なものであるから,95~96%の透過率に対し97%(以上)という透
過率を顕著な効果であると見ることはできない。
 よって,相違点1に関する決定の判断の誤りをいう原告の前記主張は,いずれも
直ちに採用することはできない。
 (3) 以上によれば,本件訂正を認めなかった決定の判断は,是認し得るもので
ある(なお,決定は,訂正発明2ないし6の独立特許要件についての判断を明示す
るものではないが,これら発明については,訂正発明1の構成要件を引用する以外
に減縮を目的とする訂正はないので,これら発明の独立特許要件の判断は,対応す
る訂正前発明2,4,6ないし8に関する判断(進歩性を否定)と同様にしたもの
と理解することができる。そして,その判断は,後記のとおり是認し得るものであ
る。)。
 2 取消事由2(訂正前発明1の進歩性の判断の誤り,訂正前発明2ないし8の
進歩性の判断の誤り)について
 (1) 訂正前発明1と甲第3号証に記載された発明との相違点は,前記の訂正発
明1と甲第3号証に記載された発明との相違点2に相当するものであるから,前記
1(1)で説示したのと同様の理由によって,決定が判断を誤ったものとはいえな
い。また,訂正前発明1の奏する効果についても,原告の主張するような格別顕著
な効果であると認めることができないことは,前記1(2)で説示したところと同様
である。したがって,訂正前発明1は,特許を受けることができないものであるか
ら,決定に違法はなく,原告の主張は理由がない。
 (2) 訂正前発明2ないし8については,訂正前発明1が特許を受けることがで
きないものである旨の決定の判断が是認し得ることは上記のとおりであり,訂正前
発明2ないし8がいずれも進歩性の要件を欠く旨の決定の判断は,その過程を含
め,是認し得るものである。よって,訂正前発明2ないし8の進歩性の判断の誤り
をいう原告の主張は,採用することができない。
 3 結論
 以上のとおり,原告主張の決定取消事由はいずれも理由がなく,その他決定には
これを取り消すべき瑕疵は見当たらない。
 よって,原告の請求は理由がないからこれを棄却することとし,主文のとおり判
決する。
東京高等裁判所第18民事部
           裁判官      塩   月   秀   平
           裁判官      田   中   昌   利
    裁判長裁判官永井紀昭は,転補につき,署名押印することができない。
           裁判官      田   中   昌   利

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