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判決 平成13年11月15日 神戸地方裁判所 平成12年(ワ)第479号 損
害賠償請求事件
主文
1 被告は,原告に対し,金249万5820円及びこれに対する平成11年1
0月30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2 原告のその余の請求を棄却する。
3 訴訟費用は,これを20分し,その1を被告の負担とし,その余は原告の負
担とする。
4 この判決は,第1項に限り,仮に執行することができる。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 請求の趣旨
(1) 被告は,原告に対し,金5500万円及びこれに対する平成11年10月
30日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2) 訴訟費用は被告の負担とする。
(3) 仮執行宣言
2 請求の趣旨に対する答弁
(1) 原告の請求を棄却する。
(2) 訴訟費用は原告の負担とする。
第2 当事者の主張
1 請求原因
(1) 当事者
 被告は,肩書地においてAクリニックの名称で美容形成外科医院を開設・
管理している医師である。
(2) 原告の火傷痕
 原告は,平成5年ころ,パーマ店における事故の結果,左右のこめかみか
ら側頭部にかけて,髪の毛の生え際あたりに,幅約3センチメートル,長さ約6セ
ンチメートルの帯状の火傷を負い,同火傷痕が瘡蓋状を経てアトピー様になった。
(3) 事実経過
ア 診療契約の締結
 原告は,同火傷痕を修正したいと考え,平成11年8月17日(以下の
事実経過はすべて平成11年であるので,月日のみを記載し,年度の記載は省略す
る。),被告の診察を受け,上記火傷痕の修正が可能かどうか,また,同修正手術
とミニフェイスリフト手術(顔上半分の皮膚の引き上げ手術)との同時施術が可能
かどうかを尋ねたところ,被告は,いずれも可能であるが,通常の場合に比較し
て,縫合線が顔側の位置にできることなどを説明した。
     そこで,原告は,前同日,被告との間で,火傷痕の修正手術及びミニフ
ェイスリフト手術を8月19日午前9時30分に受ける旨の診療契約を締結した。
 また,この際,被告が,こめかみの凹みへのシリコンプロテーゼ埋入手
術を併せて行うことを熱心に勧誘した結果,翌18日,原告は,被告との間で,上
記手術と同時にシリコンプロテーゼ埋入術を受ける旨の診療契約を締結した。
イ 第1回手術
 被告は,8月19日,原告に対し,火傷痕の修正手術及びこめかみへの
シリコンプロテーゼ埋入手術を施したが,被告は,シリコンプロテーゼ埋入手術に
おいて,誤って,シリコンプロテーゼを原告の左右こめかみ部ではなく,右側頭部
及び左耳上部に埋入した。
 なお,被告は,同時施術するはずであったミニフェイスリフト手術をす
ることを失念した。
ウ 第1回手術後の経過
 原告は,8月31日,被告の診察を受け,本件第1回手術の際の縫合の
影響で,額のしわが引っ張られて弛んでしまった旨,左耳上部のシリコンプロテー
ゼが更に下方に下がってきた旨,右側頭部のシリコンプロテーゼは圧迫感があり痛
い旨を訴えた。
 また,原告は,9月6日にも被告を訪れ,被告に対し,左側の耳鳴りが
ひどく,本件第1回手術後に左耳がほとんど聞こえなくなってしまったと訴え,直
ちにシリコンプロテーゼを抜去するよう要請した。被告は,シリコンプロテーゼの
抜去には応じなかったものの,原告の額を切開して余分な皮膚を切除する方法で額
のしわをとる再手術をしてはどうかと提案したことから,原告は,同日,同再手術
を9月20日にすることを承諾した。
エ 第2回手術
 被告は,9月20日,原告に対し,額のしわの修正手術を施した。
 被告は,同手術の途中,原告に何の事前説明もなく,切開口からゾンデ
様の物をいれて,側頭部に埋入したシリコンプロテーゼを抜去しようとしたが,切
開口に裂傷をつくり,傷口を鉤型にしたのみで,結局,シリコンプロテーゼを抜去
することはできなかった。
オ 第2回手術後の経過
 原告は,耳鳴り,頭痛,めまい等の症状が日増しに増加したことから,
10月20日,被告の診察を受け,シリコンプロテーゼを抜去するように再度要請
した。これに対し,被告から,シリコンプロテーゼを抜去するには,頭頂付近から
側頭部にかけて大きく切開しなければならない旨の説明があり,原告はやむなくこ
れをを了承した。
カ 第3回手術
 被告は,10月29日,原告に対し,左右のシリコンプロテーゼ抜去手
術を実施した。
 被告は,原告の頭髪を剃毛した上,頭頂付近から十数センチメートル切
開した。被告は,同切開口から器具を挿入してシリコンプロテーゼを探索する措置
を繰り返し,ようやく右側に埋入したシリコンプロテーゼを抜去した。しかし,左
耳上部に埋入したシリコンプロテーゼについては,原告の頭部の筋肉や組織の剥離
を繰り返したり,器具を用いて所在を探索し続けたものの,抜去が困難であったこ
とから,本件第1回手術の際に切開した部位(左こめかみ付近)を再度切開し,よ
うやく左側のシリコンプロテーゼを抜去することができた。
(4) 被告の責任
 被告には,以下のとおりの債務不履行ないし不法行為がある。
ア 説明義務違反による原告の自己決定権の侵害
 美容形成外科手術は,疾病の存在を前提とする医療行為ではなく,患者
の美的要求の実現を第一義的目的とする医療行為であるから,医師には,手術を受
けるか否か及び手術内容等につき,事前に患者に対し説明を尽くし,患者の自己決
定権を尊重すべき義務がある。
 ところが,被告は,原告が特段希望しないこめかみへのシリコンプロテ
ーゼ埋入手術を執拗に勧めて過剰手術を強要し,原告の自己決定権を侵害した。
イ 第1回手術における適正手術義務違反 
 手術を施行する医師には,事前に行った説明のとおりに,適正な手術を
実施すべき注意義務がある。
 ところが,被告は,原告の左右のこめかみの凹みに埋入しなければなら
ないシリコンプロテーゼを,右側側頭部及び左耳上部に埋入した。
ウ 第2回,第3回手術における適正手術義務違反
 シリコンプロテーゼ抜去手術を行うに際し,被告には,シリコンプロテ
ーゼ抜去手術において,事前にシリコンプロテーゼの位置を正確に把握し,埋入し
た際の切開口を再度利用したり,切開口付近を新たに切開することによって切開の
範囲を最小限にとどめるべき注意義務,また,使用器具により皮下の聴覚神経その
他の神経や毛根等を損傷しないよう適正な方法により抜去すべき注意義務があっ
た。
 ところが,被告は,本件第2回手術において,術前にBTスキャンやM
RIを実施せず,シリコンプロテーゼの正確な位置の把握をしないまま,額のしわ
の修正術のための切開口を利用してシリコンプロテーゼを抜去しようとしてこれに
失敗した。
 また,被告は,第3回手術においても,頭頂に近い部位から十数センチ
メートルも新たに頭皮を開いたうえ,探索的にゾンデ等で原告の皮下組織をかき回
したことにより,原告の聴覚神経その他を損傷し,広範囲にわたり毛根を損傷して
禿頭にした。
エ 転院指導義務違反
 被告には,シリコンプロテーゼを安全かつ迅速に抜去できない場合,原
告に対し,同抜去手術を実施できる医療機関への転院を指導すべき注意義務があっ
た。
 ところが,被告は,上記義務を怠り,自分自身ではシリコンプロテーゼ
を安全かつ迅速に抜去できなかったにもかかわらず,漫然と自らシリコンプロテー
ゼ抜去手術を試み,原告に後遺障害等を発生させた。
(5) 原告の後遺症等
 被告の以上の注意義務違反の結果,原告には,以下のとおりの後遺症が残
った。
ア 聴覚障害
(ア) 左耳の神経性難聴
(イ) 右耳の聴力の著しい低下
イ 右側頭部
(ア) 頭髪生え際に14センチメートル×1センチメートルの赤い瘢痕
(イ) 頭髪内に11センチメートル長の瘢痕
(ウ) (ア)の後方に6・5センチメートル×1・5センチメートルの禿頭
(エ) (イ)の後方に7センチメートル×6センチメートルで毛髪粗
ウ 左側頭部
(ア) 頭髪生え際に13センチメートル×1・5センチメートルの赤い瘢

(イ) 頭髪内に12センチメートル長の瘢痕
(ウ) (ア)の後方に2センチメートル×1・5センチメートル及び3・5
センチメートル×2・5センチメートルの禿頭
(エ) (イ)の後方に9センチメートル×7センチメートルで毛髪粗
(6) 損害
ア 治療費          118万3140円
(ア) 被告医院   116万1950円
(イ) その他の医療機関 2万1190円
イ 通院交通費(タクシー他)   3万3220円
ウ 後遺症による逸失利益  4868万7763円
 原告は,昭和21年7月22日生まれ,大学医学部卒業の女性で,執筆
業で生計を立てているが,前記後遺障害により,今後の取材や対談その他の活動の
遂行に重大な支障を生ずることは避けられないことから,逸失利益は少なくとも金
4868万7763円を超えるものである。
(計算式)700万8000円(大学卒女子・平均年収)×0.67
(労働能力喪失割合)×10.380(ライプニッツ係数)
エ 通院慰謝料            300万円
 原告は,本件手術3回で激痛に耐えたほか,術後の検診等により精神的
苦痛を受けたものであり,少なくとも金300万円以上の慰謝料が相当である。
オ 後遺障害慰謝料         1296万円
 原告は,前記のとおり,頭部や顔部に多数の切開痕や禿頭,毛根の損傷
等を生じたほか,左耳がほとんど機能せず,右耳の聴力も著しく減退した。右後遺
障害は,後遺障害別等級表の第6級に相当するものであり,金1296万円以上の
慰謝料の支払いが相当である。
カ 弁護士費用            658万円
キ 合計          7244万4123円
(7) 結論
 よって,原告は被告に対し,本件診療契約に基づく債務不履行ないし不法
行為に基づく損害賠償として,前記損害金7244万4123円の内金5500万
円及びこれに対する本件第3回手術施行日の翌日である平成11年10月30日か
ら支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
2 請求原因に対する認否
(1) 請求原因(1)(当事者)の事実は認める。
(2) 請求原因(2)(原告の火傷痕)は知らない。
(3) 請求原因(3)ア(診療契約の締結)について
 請求原因(3)アの事実のうち,8月17日に原告が被告の診察を受けたこと
は認め,その余は否認する。
 原被告が同日に契約を締結したのは原告の自傷痕の修正手術を施す旨の診
療契約のみであって,ミニフェイスリフト手術については契約を締結していない。
 また,翌18日に締結したのがシリコンプロテーゼ埋入手術であることは
認めるが,これを求めたのは原告の方であり,被告は応諾したものである。
(4) 請求原因(3)イ(第1回手術)について
 請求原因(3)イの事実のうち,8月19日に原告の自傷痕の修正手術とシリ
コンプロテーゼ埋入手術を行ったこと,ミニフェイスリフト手術を行わなかったこ
とは認め,その余は否認する。
 被告は,シリコンプロテーゼを原告の左右のこめかみの凹みに埋入した。
 また,ミニフェイスリフト手術をしなかったのは,上記のとおり診療契約
を締結していない以上,当然である。
(5) 請求原因(3)ウ(第1回手術後の経過)について
 請求原因(3)ウの事実のうち,8月31日に原告が被告の診察を受けた際,
原告が,シリコンプロテーゼの位置が移動しており気になると訴えた事実は認め,
その余は否認する。
 また,9月6日に原告が被告の診察を受けた点は認めるが,そこでの原被
告間のやりとりに関する事実は否認する。
(6) 請求原因(3)エ(第2回手術)について
 請求原因(3)エの事実のうち,9月20日に原告の額のしわの修正手術を実
施した点は認め,その余は否認する。シリコンプロテーゼの抜去を試みたことはな
い。
(7) 請求原因(3)オ(第2回手術後の経過)について
 請求原因(3)オの事実のうち,10月20日に原告が被告の診察を受けた点
は認めるが,原告の耳鳴り,頭痛,めまい等の症状が日増しに増加したことは知ら
ず,その余の事実は否認する。
(8) 請求原因(3)カ(第3回手術)について
 請求原因(3)カの事実のうち,原告の頭髪を剃毛したこと,切開部から右側
のシリコンプロテーゼを抜去したこと,左側のシリコンプロテーゼは,第1回手術
の切開部位を再度切開して抜去したことは認め,その余は否認する。
 被告は,原告の側頭部を切開し,右側のシリコンプロテーゼを抜去した。
左側のシリコンプロテーゼ抜去の際に切開口を第1回手術の際の切開部位に変更し
たのは,シリコンプロテーゼを探索できなかったからではなく,左側については,
第1回手術下層の剥離が鈍的には困難であり,無理をすると危険だったからであ
る。
(9) 請求原因(4)(被告の責任)は争う。
ア 自己決定権の侵害の主張は否認する。
 原告は,初診時から,自傷痕を目立たなくしたり,顔のしわをなくした
りすることを強く希望していた。そこで被告は,その一手段としてシリコンプロテ
ーゼ埋入手術が考えられるけれども,その内容,効果,危険性について概略を説明
した上で,無理をする必要はない旨忠告した。原告はこの説明を元に,自らの自由
意思に基づいて,積極的にシリコンプロテーゼ埋入手術を受ける決断をしたのであ
るから,原告の自己決定権は十分に保障されており,被告は原告の自己決定権を何
ら侵害していない。
イ 第1回手術における適正手術義務違反の主張は否認する。
 被告は,事前の説明のとおり,原告の左右のこめかみの凹みにシリコン
プロテーゼを埋入した。
ウ 第2回,第3回手術における適正手術義務違反の主張は否認する。
 被告は,本件第2回手術においては,そもそもシリコンプロテーゼの抜
去を試みていない。
 第3回手術におけるシリコンプロテーゼ抜去の際に,側頭部に切開口を
設けたのは通常の方法であり,また,頭皮切除によって除皺したいという原告の希
望を容れたものでもあるから,何ら不適切な点はない。また,被告はゾンデ等で原
告の皮下組織をかき回していない。左側のシリコンプロテーゼ抜去の際に切開口を
変更した理由は,シリコンプロテーゼを見つけられなかったからではなく,第1回
手術下層の剥離が鈍的には困難であるため,慎重を期するという医学的見地による
ものである。従って,第3回手術においても被告に適正手術義務違反はない。
エ 転院指導義務違反の主張は否認する。
 被告は安全かつ迅速にシリコンプロテーゼ抜去手術を行う技能を有して
いた。原告の主張は前提事実に欠ける。
(10) 請求原因(5)(原告の後遺症等)の事実は否認ないし争う。
 請求原因(5)の事実は否認ないし争う。
 請求原因(5)アの聴覚障害については,原告が当時不安神経症であったため
の思い込みである。また,仮に難聴があったとしても,7月17日に原告が顔面を
殴打された傷害事件の際に加わった外圧が原因であり,本件手術との因果関係はな
い。
    請求原因(5)イ(ア)(イ)及びウ(ア)(イ)の瘢痕等は全て手術に伴い必然的・
不可避的に発生するものであり,後遺症ではない。
 請求原因(5)イ(ウ)(エ)及びウ(ウ)(エ)の禿頭及び毛髪粗については,本件
手術以前から原告の頭部には所々無毛部分があったのであり,禿頭が全て本件手術
に起因するわけではない。また,本件手術に起因した無毛部分については不可避的
なものであり,後遺障害ではない。
(11) 請求原因(6)(損害)について
 請求原因(6)の事実のうち,ア(ア)の被告の治療費の額は認めるが,その主
張は争い,その余の損害は知らない。
第3 理由
1 事実経過
 請求原因(1)の事実,請求原因(3)アの事実のうち,8月17日に原告が被告
の診察を受けたこと,原被告が同日に原告の傷痕の修正手術を施す旨の診療契約を
締結したこと,翌18日にシリコンプロテーゼ埋入手術を施す旨の診療契約を締結
したこと,同(3)イの事実のうち,8月19日に原告の傷痕の修正手術とシリコンプ
ロテーゼ埋入手術を行ったこと,ミニフェイスリフト手術を行わなかったこと,
同(3)ウの事実のうち,8月31日に原告が被告の診察を受けた際,原告が,シリコ
ンプロテーゼの位置が移動しており気になると訴えたこと,9月6日に原告が被告
の診察を受けたこと,同(3)エの事実のうち,9月20日に原告の額のしわの修正手
術を実施したこと,同(3)オの事実のうち,10月20日に原告が被告の診察を受け
たこと,同(3)カの事実のうち,原告の頭髪を剃毛したこと,切開部から右側のシリ
コンプロテーゼを抜去したこと,左側のシリコンプロテーゼは,第1回手術の切開
部位を再度切開して抜去したことは,いずれも争いがなく,同争いのない事実,証
拠(甲1,2,5,7の1・2,10,11の1~8,18,19の4~7,2
0,乙1,3,原告本人,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば以下
の事実が認められる。これに反する原告本人の供述及び報告書(甲1)の記載部分
並びに被告本人の供述及び陳述録取書(乙3)の記載部分はいずれも採用できな
い。
(1) 原告が被告を受診するに至った経過
 原告は,左右のこめかみ付近にできた潰瘍状の傷を何度も剥がしたことが
原因で,右こめかみ後方(もみあげ上部)から上方向に,幅1.5~2.5センチ
メートル,長さ5~6センチメートルの,左こめかみ後方(もみあげ上部)から上
方向に幅1.5センチメートル,長さ2.5センチメートルの,その上部に幅1.
5センチメートル,長さ3センチメートルの各瘢痕を残し,また,同傷痕部分が脱
毛したため,植毛を試みたり,自ら糸で毛を縫いつける等していたものであるが,
平成11年7月30日(以下,事実経過はすべて平成11年のことであるので,月
日のみを記載し,年度の記載は省略する。),西宮共立脳神経外科病院を受診し,
前記傷痕を切除して無毛部分を縮小するとともにフェイスリフト(顔面つり上げ)
を施術してほしい旨を求めた。
    しかし,原告を診察した同病院の医師は,8月13日,原告の場合,フェ
イスリフトの効果は期待できないので手術は勧めない旨を伝え,原告の申し入れに
応じなかった。
(2) 原被告の診療契約
 原告は,8月17日,被告を受診し,前記傷痕の修正とミニフェイスリフ
ト(側頭及び頬部における軽度なしわやたるみを皮膚レベルで部分的に引き伸ばす
方法)の同時施術を希望した。これに対して被告は,単なる傷痕の修正ではミニフ
ェイスリフトの効果はないが,側頭部や有毛部の奥の方を広範囲に切開すれば,ミ
ニフェイスリフトも可能であること,但し,原告の場合,傷痕の幅が大きすぎるた
め牽引が困難であることや,周辺の皮膚にかなりの侵襲があることから,傷痕修正
とミニフェイスリフトを同時に行うことは難しいことを原告に伝えた。
 また,この際被告は,原告に対し,カウンセリングを行い,原告のこめか
みにはくぼみができているので,ここにシリコンプロテーゼを埋入すれば,皮膚に
張りができ,若々しく見えること,シリコンプロテーゼ埋入手術は傷痕修正と同時
に行い得ること,シリコンプロテーゼ埋入手術は,通常,頭髪の生え際から有髪部
に約5センチメートル入った位置を切開し,同部からシリコンプロテーゼを入れる
ものであるが,傷痕修正において切開した部分からシリコンプロテーゼを入れるこ
とも可能であることを説明して,シリコンプロテーゼ埋入手術を勧めた。なお,そ
の際,原告は,被告に対し,シリコンプロテーゼが移動することはないのかを尋ね
たが,被告は,他院ではそのような症例を見たことがあるが,被告の手術例では生
じたことはない旨を答えるにとどめ,むしろ,傷痕修正と同時にできることを利点
としてシリコンプロテーゼ埋入手術を同時に受けることを勧めた(なお,被告本人
の供述及び陳述録取書(乙3)の記載部分中には,これと異なり,シリコンプロテ
ーゼ埋入手術を被告から勧めたことはなく,これを希望したのは原告であり,ま
た,その際には,手術後のシリコンプロテーゼ移動のおそれについても
十分説明したとの部分があるが,被告自身,その本人供述で,シリコンプロテーゼ
埋入手術という方法があることは,原告に対するカウンセリングの中で被告から話
をしたものであることは認めていることに,この点に関する原告本人の供述とを対
比すると,前記認定と異なる被告本人の供述及び乙3の記載部分はにわかに採用で
きず,他に前記認定を左右するに足る証拠はない。)。
    しかし,実際には,シリコンプロテーゼ埋入手術については,それが適切
になされても異物反応により移動が生じることがあるとされているし(後記2参
照),原告に対する手術は,傷痕修正と同時に行うもので,これまで被告において
も経験がなかったものであることに加え,切開口が通常と異なること,傷痕修正の
ため,かなりの幅にわたって皮膚及び皮下組織をシリコンプロテーゼ挿入後に牽引
縫合すること,シリコンプロテーゼを圧迫する側頭筋面積が通常より少ないことと
いった不利な条件下で行わなければならないものであった。
 原告は,被告から説明を受けて,傷痕修正手術を行うことにしてその旨の
承諾書に署名押印したものの,こめかみへのシリコンプロテーゼ埋入手術について
は,体内に異物を挿入するものであったこと等から躊躇し,これを受けることを決
めかねた。しかし原告は,翌18日,シリコンプロテーゼ埋入手術も行うことを決
意して,電話で被告にその旨伝え両手術を行うことになった。
ア 被告の執拗な勧誘の有無
 原告は,シリコンプロテーゼ埋入手術をするように被告から執拗に勧め
られた旨主張する。原告作成の報告書(甲1)には,被告から何度も熱心に勧めら
れたという記載があるものの,その記載内容自体,被告が執拗に勧めたというほど
のものではないし,その他,かかる事実を認めるに足りる証拠はないから,被告が
同手術を執拗に勧めたという事実を認めることはできない。
イ ミニフェイスリフト手術の契約の有無
 原告は,8月17日,ミニフェイスリフト手術を行うことも契約した旨
主張し,上記報告書(甲1)にもその旨の記載がある。しかしながら,上記承諾書
(甲18の9丁目)の実施する手術の欄には,「自傷痕修正」との記載はあるが,
ミニフェイスリフト手術についての記載はなく,かっこ書きで「(Liftできる
範囲にて施行)」と記載されているに過ぎないこと,原被告本人尋問の結果によれ
ば,被告は原告に対し,傷痕修正手術の際に,傷痕を取り去って縫い合わせるの
で,皮膚が引っ張られることにはなるけれども,本来のフェイスリフト手術と比べ
ると,切除する部位が違うので大きな効果は期待できない旨を説明し,原告も納得
したと認められることを総合すると,原被告が契約したのは傷痕修正手術のみであ
って,ただ,同手術の実施の際,なるべくフェイスリフトの効果もあがるようにす
るという程度の合意があったに過ぎず,これをもって,ミニフェイスリフト手術の
契約をしたとまで認めることはできない。
(3) 第1回手術
 8月19日,被告の原告に対する傷痕修正手術及びシリコンプロテーゼ埋
入手術(第1回手術)が行われた。
 被告は,同手術開始前に,原告の承諾を得て,前記承諾書に「(希望で有
ればコメカミシリコンも考慮)」と付け加えた。
 被告は,一般的なこめかみへのシリコンプロテーゼ埋入手術についてはそ
れまでに十数例経験していたものの,傷痕修正とシリコンプロテーゼ埋入手術の同
時施術は前記のとおり本件が初めてであった。
 被告は,局所麻酔の下,原告の左側こめかみ付近を切開し,瘢痕化した傷
痕を,周辺の正常な組織を一部含んで取り除いた。さらに,その皮下組織部分を皮
膚を移動するために鈍的に剥離し,そこから側頭筋膜,筋肉を鈍的に剥離し,筋膜
の中にシリコンプロテーゼを入れるポケットを作り,こめかみの凹みにシリコンプ
ロテーゼを挿入した。ついで,原告の右側頭部の傷痕修正手術及びこめかみへのシ
リコンプロテーゼ埋入手術も同様に行った。
 もっとも,原告は,被告が,原告の左右のこめかみの凹みに埋入しなけれ
ばならないシリコンプロテーゼを,右側頭部及び左耳上部に埋入したと主張し,こ
れに沿う供述をする。
 しかしながら,被告作成のカルテ(甲18)の手術当日(8月19日)及
び翌20日のいずれの記載をみても,シリコンプロテーゼがこめかみからずれてい
るというような記載は見当たらないこと,20日に原告が受診したC病院のカルテ
(甲20)の同日の記載をみても,「こめかみ部のscar切除している。こめか
み部にシリコン入れている」と記されており,こめかみからずれている旨の記載は
ないこと,後記認定のとおり,21日,原告の希望により,被告が手,腕のシミの
除去のため,ルビーレーザー治療を行っているところ,真実,シリコンプロテーゼ
の位置が当時すでにずれていたとすれば,原告が被告にそのような手術を依頼する
とは考え難いことなどの事実を総合すると,第1回手術の際には,シリコンプロテ
ーゼは原告の両こめかみの凹みに埋入されたと認めることができる。原告の上記供
述は信用できない。
(4) 第1回手術後の経過
 8月20日,原告は,被告を受診し,はれと痛みを訴えたが,シリコンプ
ロテーゼの移動については訴えなかった。これに対し,被告は,点滴,点眼,消
毒,抗生物質であるゲンタミン軟膏の塗布等の処置を行った。
 8月21日,原告は,第1回手術の部位から血塊が出たため,被告を受診
し,点滴,消毒ガーゼ交換等の処置を受けたが,この時点においても原告からシリ
コンプロテーゼの移動についての訴えはなかった。なお,同日,原告の希望によ
り,手,腕のシミの除去のため,ルビーレーザー治療が行われた。
 8月24日,原告は再び被告を受診し,本件第1回手術における手術創の
一部のステープラーの抜鉤,消毒を行ったが,その際,原告は,シリコンプロテー
ゼが移動していると初めて訴え(この時まで原告がシリコンプロテーゼの移動を訴
えなかった旨認定した理由は上記(3)のとおりである),再度手術創を切開し,シリ
コンプロテーゼを取り除いて欲しい旨求めた。被告は,シリコンプロテーゼが,第
1回手術の手術創方向へ移動していることを認めたが,第1回手術創からのシリコ
ンプロテーゼの除去は半年は待たなければ危険である旨伝えた。
 8月31日,原告は再診し,8月24日の受診時と同様の症状を訴えた。
被告は,原告に対し,全抜鉤,一部抜糸,消毒等を行った。
 9月1日,原告は,被告に電話して,シリコンプロテーゼの移動に伴っ
て,右眉及び上眼瞼部分の皮膚が弛んできたことを訴えた。
 9月6日,原告は被告を受診し,左右こめかみ部のシリコンプロテーゼが
下方に移動し,左耳に圧迫感があること,シリコンプロテーゼの移動に伴い左右頭
髪生え際にたるみが生じ,上眼瞼が垂れてきたこと等を訴えた。被告が診察した結
果,シリコンプロテーゼが移動していることが明らかになり,被告は原告に対し,
移動の原因について,異物反応,圧迫固定力が弱かったこと,物理的作用等の可能
性があること,シリコンプロテーゼ除去手術には6か月は待つ必要があることを説
明した。
 被告は,原告の希望により,シリコンプロテーゼ除去手術までの一時的処
置として,両側頭部をステイプラーで固定する治療を行った。
 原告は,9月16日,再度受診し,本件第1回手術による手術創のために
できた前額部の皺又はたるみを除去して欲しい旨訴えた。
(5) 第2回手術
 被告は,9月20日,原告に対し,第1回手術の傷痕修正の延長及びたる
みや皺の減少を目的として,第1回手術の切開線の延長線上に,左右前額部の生え
際付近を上方に引っ張るように紡錘形に切除する両側前額縁皮膚除去術を行った。
 被告は,同手術中,原告の了解の下,創部から剥離子(ラスパ)を挿入
し,シリコンプロテーゼを切開口まで移動して抜去できるか試みたが,抜去はでき
なかった。
(6) 第2回手術後の経過
 原告は,10月25日及び同26日,被告に電話し,左耳の耳間狭窄,耳
鳴り,右こめかみ部のシリコンプロテーゼの熱感,あっ痛を訴え,10月27日に
被告を受診し,シリコンプロテーゼの除去及び顔面のたるみ除去を希望した。
(7) 第3回手術
 被告は,10月29日,シリコンプロテーゼ除去及び顔面のたるみ除去を
目的とした頭皮除去術を施行した。
 上記手術において,被告は,まず,右側頭部の上方を約11センチメート
ル切開し,同部から右側のシリコンプロテーゼを除去した。その後,被告は,左側
頭部上方を約12センチメートル切開し,左側のシリコンプロテーゼの除去を試み
たが,第1回手術の癒着等が強く,鈍性剥離が困難であったことから,同部からの
除去をあきらめ,第1回手術の創を再度切開してそこからシリコンプロテーゼを除
去した。
(8) 第3回手術後の経過
 原告は,11月1日,4日,11日,被告を受診し,消毒など,第3回手
術の術後のケアを受けた。
 原告は,11月24日,D耳鼻咽喉科医院において,「左神経性難聴,左
耳鳴」の診断を受け,同日,C病院において,「両側頭部,顔面術後瘢痕,両側頭
部と顔面より頭部の移行部両側に術後創部瘢痕を認める」との診断を受けた。
 原告は,12月10日,E美容外科において,以下のとおり,両側頭部手
術後瘢痕,禿頭という診断を受けた。
 右側頭部
① 頭髪生え縁に14×1㎝の赤い瘢痕
② 頭髪内に11㎝長の瘢痕
③ ①の後方に6.5×1.5㎝の禿頭
④ ②の後方に7×6㎝で毛髪が粗。
 左側頭部
⑤ 頭髪生え縁に13×1.5㎝の瘢痕
⑥ 頭髪内に12㎝の瘢痕
⑦ ⑤の後方に2×1.5㎝と3.5×2.5㎝の禿頭
⑧ ⑥の後方に9×7㎝で毛髪が粗
 2 シリコンプロテーゼ埋入手術
証拠(甲16,乙1,2,3,5,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,
こめかみへのシリコンプロテーゼ埋入手術とは,以下のような手術であることが認
められる。
(1) 目的及び術式
こめかみへのシリコンプロテーゼ埋入手術は,加齢によるこめかみ部の陥
凹をなくし,卵形のきれいな輪郭や若返りの効果を得ることを目的とするこめかみ
形成術の一つである。
 通常は,生え際から約3~4センチメートル有髪部に入った部分を3~4
センチメートル切開し,同部からシリコンプロテーゼを埋入する。
 具体的な手技としては,頭皮を毛根を傷つけないように毛幹に沿って平行
に頭皮切除し,側頭筋膜を浅側頭動脈を温存するように鈍的に剥離し,陥凹部まで
鈍的に剥離を進め,陥凹部に十分なポケットを作成し,シリコンプロテーゼを同部
に埋入する。この際,位置を安定させるために5-0ナイロンをシリコンプロテー
ゼにかけ,陥凹部の皮膚にボルスター固定を行っても良い。最後に,側頭筋膜は3
-0の吸収糸で,頭皮は6-0ナイロン糸で縫合する。
(2) 術後の処置,術後経過
 埋入したシリコンプロテーゼを,これよりやや大きめの穴をあけたレスト
ンで圧迫する。ボルスター固定部は抗生物質軟膏を塗布し,ガーゼにて被覆する。
圧迫固定の方法としては,7~10センチメートルのヘアバンドを装着させるなど
による。シャワーは翌日より許可し,ボルスター固定の除去は5日目に行う。シャ
ンプーは7日目ころから許可する。頭皮の抜糸は12~14日目に行う。顔面部に
創がないため,洗顔・メークは翌日から許可するが,クレンジング時に強くこすり
すぎないように注意する。
(3) 合併症,後遺症
切開部に一致した2~5ミリメートル程度の瘢痕を残すことがある。ま
た,切開部より生え際寄りに脱毛を生じることがあるが,通常6~8か月で改善す
る。
 シリコンプロテーゼが適正な位置からずれて移動し,2段のこぶや膨隆を
認める場合があるが,患者が安静を保てば通常移動するものではない。
人工材料であるシリコンプロテーゼの異物反応や感染の可能性もある。
3 被告の責任
 そこで,以上の認定事実を元に,被告の責任について検討する。
(1) 説明義務違反による原告の自己決定権の侵害
 原告は,被告から,こめかみへのシリコンプロテーゼ埋入手術を執拗に勧
められたために,望んでいなかった同手術を行うことになったのであって,かかる
被告の勧誘は原告の自己決定権を侵害するものである旨主張するが,前記のとお
り,シリコンプロテーゼ埋入手術を被告が執拗に勧誘したと認めるに足る証拠はな
い。
 しかしながら,こめかみへのシリコンプロテーゼ埋入手術の目的は美容整
形であり,より美しくなりたいとの個人の主観的願望を満足させるために行われる
ものであって,生命ないし健康の維持に必須不可欠のものではないのであるから,
患者がその治療を受けるべきか否かの判断をするための情報を与えるべき要請は一
般の医療行為よりも大きく,したがって,その実施にあたっては,被告において,
原告が十分な情報を得た上で,その治療を受けるか否かを決定することができるよ
う,事前に,同手術の内容,方法,費用についてひととおりの説明をするだけでな
く,その予想される副作用や後遺症等についても十分な説明をなし,そのうえで,
その手術の実施につき承諾を得る必要があったものというべきである。
    そこで,上記説明義務が尽くされたうえで,原告の手術承諾がなされたも
のといえるかどうかをみる。
    前記認定のとおり,シリコンプロテーゼ埋入手術は,たとえ適切になされ
ても,異物反応によりシリコンプロテーゼが移動するおそれがある上に,原告に対
する本件第1回手術は,傷痕修正と同時に行うという,これまで被告において経験
がなかった手術であって,切開口が通常と異なり,また,傷痕修正のため,かなり
の幅にわたって皮膚及び皮下組織をシリコンプロテーゼ挿入後牽引縫合する,シリ
コンプロテーゼを圧迫する側頭筋面積が通常より少ないといった通常のシリコンプ
ロテーゼ埋入手術とは異なる不利な条件の下でなさなければならないものであった
ことからすると,本件第1回手術は,通常のシリコンプロテーゼ埋入手術の場合よ
り,いっそうシリコンプロテーゼの移動が生ずる可能性が高いものであると推認さ
れる。ところが,前記認定事実によれば,被告は,原告に対し,8月17日,こめ
かみへのシリコンプロテーゼ埋入手術を勧めるに際し,その手術方法の説明等を行
ってはいるものの,手術後の移動の可能性については,単に,他院ではそのような
症例をみたことはあるが,被告の手術例では生じたことはないと述べて,そのよう
な事態はまず生じないと誤信させるような説明しかせず,むしろ,傷痕修正と同時
にシリコンプロテーゼ埋入手術が行えることを利点として手術を勧めたことが認め
られる。
    そうすると,被告には,原告がシリコンプロテーゼ埋入手術を受けるか否
かを決定するに際してなすべき説明を十分になさなかった説明義務違反が認められ
るところ,原告は,シリコンプロテーゼ埋入手術が体内に異物を挿入するものであ
ったこと等から,被告から前記説明を受けた後もその施術を受けることを躊躇し,
同日中にはその承諾をせず,翌18日になってようやくこれを受けることを決意し
たことからすれば,シリコンプロテーゼの移動の可能性につき,被告から十分な説
明を受けていれば,これを受けていなかった蓋然性は高かったものと認められるか
ら,被告は,原告が被告の説明義務違反によりシリコンプロテーゼ埋入手術を承諾
してこれを受けたこと及びその後シリコンプロテーゼが移動し,その抜去手術をや
むなくされたことにより原告が被った損害を賠償する責任があるものと認められ
る。
(2) 第1回手術の適否
ア シリコンプロテーゼの埋入位置
 前記認定のとおり,被告は,術前の説明どおり,シリコンプロテーゼを
左右こめかみの凹みに埋入したことが認められるから,原告の右側側頭部及び左耳
上部にこれを埋入したという適正手術義務違反の事実は認められない。
イ シリコンプロテーゼの移動
 シリコンプロテーゼが,8月24日ころ,第1回手術の手術創方向へ移
動したことが認められることは前記認定のとおりであるところ,この点について,
被告に治療上の責任が認められるかを検討するに,前記認定事実からすれば,その
移動の原因としては,本件のシリコンプロテーゼ埋入手術が,傷痕修正と同時に行
われたものであり,その傷痕修正が,かなりの幅にわたって,皮膚及び皮下組織を
シリコンプロテーゼ挿入後牽引縫合するものであったこと,また,切開口が通常と
異なりシリコンプロテーゼを圧迫する側頭筋面積が少なかったことの影響や,異物
反応が生じたこと等が考えられるが,その原因を特定することは困難であるし,被
告が,傷痕修正と同時にシリコンプロテーゼ埋入手術を行ったことや,その際の手
技が医学的に不適切であったとまで認める証拠はないことからすれば,シリコンプ
ロテーゼが移動したことにつき,被告に治療上の過失があったものとは認めること
ができない。
     なお,被告は,シリコンプロテーゼの移動の原因につき,その本人供述
及び陳述録取書(乙3)の記載部分中で,原告自らがシリコンプロテーゼを移動さ
せてしまった可能性を指摘し,また,乙5(医学博士Fの意見書)にも同旨の記載
のあることが認められるが,そのような事実を認めるに足りる証拠はない。
(3) 第2回手術の適否
 前記認定のとおり,第2回手術の本来の目的は,本件第1回手術の傷痕修
正の延長及びたるみや皺の減少であったが,その際,被告は,切開口からシリコン
プロテーゼを抜去できるか確認するために剥離子を挿入し,シリコンプロテーゼが
移動可能か確かめたことが認められる。しかしながら,被告がこれを原告の承諾を
得て行ったと認められることに照らすと,上記確認行為自体が債務不履行ないし不
法行為に該当すると認めることはできない。
 もっとも,原告本人の供述及びその報告書(甲1)の記載部分によれば,
その際,原告は激痛を感じたとのことであるが,被告本人の供述及びその陳述録取
書(乙3)の記載部分と対比して,にわかに措信できないし,仮に,そのような激
痛が多少あったとしても,それは,原告が,術後の腫れ等を少なくするため,麻酔
をできるだけ少量に抑えるよう要望していたからであったと認められるから(乙
3,被告本人),この点に関しても,診療上の債務不履行ないし不法行為があった
ものとは認められない。
(4) 第3回手術の適否
 原告は,被告が探索的にゾンデ等で原告の皮下組織をかき回し,聴覚神経
その他を損傷し,広範囲にわたり毛根を損傷して禿頭にした旨主張し,その本人供
述及びその報告書(甲1)の記載中にはこれに沿う部分があるが,被告本人の供述
及びその陳述録取書(乙3)の記載部分と対比して,にわかに措信できず,他に,
原告の上記主張を認める証拠はなく,被告に適正手術義務違反があったとは認めら
れない。
(5) 転院指導義務違反の有無
 原告は,被告が,被告自らシリコンプロテーゼを安全かつ迅速に抜去でき
ないにもかかわらず,他の医療機関への転院を指導すべき義務を怠り,漫然とシリ
コンプロテーゼ抜去手術を試みた過失があると主張する。
 しかしながら,被告が自らシリコンプロテーゼを安全かつ迅速に抜去でき
なかったと認めるに足りる証拠はない。むしろ,前記認定のとおり,被告は,第3
回手術においてシリコンプロテーゼを抜去しているところ,その手技に原告が主張
するような問題があったとは認められないのであって,被告に転院指導義務を認め
ることはできない。
4 損害
 そこで,被告の説明義務違反の債務不履行ないし不法行為によって,原告が
被った損害及び損害額について検討する。
(1) 原告の後遺症
ア 頭髪内の瘢痕及び毛髪粗
(ア) 前記認定のとおり,原告は,12月10日,E美容外科において以
下のとおりの診断を受けた。
① 右側頭部の頭髪生え際の,14センチメートル×1センチメートル
の赤い瘢痕
② 右側頭部の頭髪内の11センチメートル長の瘢痕
③ ①の瘢痕の後方にある6・5センチメートル×1・5センチメート
ルの禿頭
④ ②の瘢痕の後方にある7センチメートル×6センチメートルの毛髪

⑤ 左側頭部の頭髪生え際の13センチメートル×1・5センチメート
ルの赤い瘢痕
⑥ 左側頭部の頭髪内の12センチメートル長の瘢痕
⑦ ⑤の瘢痕の後方にある2センチメートル×1・5センチメートルの
禿頭及び3・5センチメートル×2・5センチメートルの禿頭
⑧ ⑥の瘢痕の後方にある9センチメートル×7センチメートルの毛髪

 そして,前記認定のとおりの,原告が平成5年の火傷が原因でもとも
と負っていた損傷の位置,形状と,前記認定のとおりの本件各手術の施術内容を総
合すると,③及び⑦は第1回手術以前から存在していたもの,①及び⑤は第2回手
術により生じたもの,②,④,⑥,⑧は本件第3回手術により生じたものであるこ
とが認められる。
 (イ) そうすると,③及び⑦については,被告の説明義務違反との因果関
係がないことは明らかである。
 また,前記認定のとおり,本件第2回手術は,原告の同意を得て,シ
リコンプロテーゼが移動可能か確かめてもいるが,その本来の目的は,本件第1回
手術の傷痕修正の延長及びたるみや皺の減少であったものであることからすれば,
第2回手術によって生じた手術創①及び⑤も被告の説明義務違反によって生じた後
遺症とはいえない。
 結局,被告の説明義務違反と相当因果関係があると認められる後遺症
に該当するのは,第3回手術によって生じた②,④,⑥,⑧の各手術痕と認められ
る。
   なお,前記認定のとおり,第3回手術は,シリコンプロテーゼの除去
のみならず,原告の希望により顔面のたるみ除去を目的とするフェイスリフトに準
じる頭皮切除手術も兼ねていたと認められる。しかしながら,前記認定のとおり,
同日に至るまで原告がシリコンプロテーゼが移動したことによる不快感を訴え続け
ていたことに照らすと,第3回手術の主たる目的はシリコンプロテーゼの除去であ
ったと認められるから,頭皮切除の目的も兼ねていたことは,上記のとおりの相当
因果関係の認定を妨げるものではない。
イ 左右聴力の低下
 原告は,原告の左耳について神経性難聴,右耳の聴力の著しい低下を主
張し,これに沿う証拠(甲7の1・2,原告本人)もある。
 しかしながら,証拠(乙5,被告本人)及び弁論の全趣旨によれば,現
在,原告の聴力に日常生活上の不都合が生じる程度の問題はないと認められる。ま
た,仮に原告に神経性難聴が認められるとしても,被告による手術との間の医学的
なメカニズムは不明であって,両者の間の因果関係を認めるに足りる証拠はない。
 したがって,原告の難聴が被告の説明義務違反によって生じた後遺症で
あると認めることはできない。
(2) 損害額
   ア 治療費   合計43万5860円
 (ア) 被告医院   43万0500円
      原告は,被告に支払った治療費116万1950円(甲4の1ないし
11)を損害と主張するが,前記認定のとおり,被告の説明義務違反による損害と
認められるのは,シリコンプロテーゼ埋入手術及びその抜去手術により生じた治療
費と認められるところ,前掲書証及び甲18によれば,シリコンプロテーゼ埋入手
術費用は31万5000円,同抜去手術に要した費用は10万5000円(10月
29日の同抜去手術は,原告の希望により顔面のたるみ除去を目的とするフェイス
リフトに準じる頭皮切除手術も兼ねていたと認められるが,その主たる目的はシリ
コンプロテーゼの除去であったと認められるから,その要した費用全額を損害と認
めるのが相当である)であったと認められるほか,9月6日の受診の1万0500
円については,シリコンプロテーゼの移動による不快感を訴えて受診し,原告の希
望によるとはいえ,その一時的処置としてステイプラーで固定する治療を受けたこ
とに要したものであるので,被告の説明義務違反によって生じた損害と認めること
ができるが,その余の73万1450円については,被告の説明義務違反と相当因
果関係があるとは認めることができない。
      したがって,原告が被告に支払った治療費中,被告の説明義務違反に
よって生じた損害と認められるのは43万0500円である。
    (イ) その他の医療機関  5360円
      甲10,11の1ないし8,12によれば,原告は,本件各手術によ
る後遺症を明らかにするため,12月11日,E美容外科で診察を受け,診断書作
成及び写真撮影をしてもらい,その費用として5360円を要し,同額の損害を被
ったことが認められる。
      なお,原告は,上記以外にも,その他の医療機関で要した治療費とし
て1万5830円を損害として主張するが,それら治療が被告の説明義務違反と相
当因果関係のある損害であることを認めるに足る証拠はない。
   イ 交通費        9960円
     原告は,通院交通費として3万3220円を主張するが,甲13によれ
ば,そのうち,被告の説明義務違反と相当因果関係のある損害として認められるの
は,シリコンプロテーゼの抜去のための通院である10月27日及び同月29日の
9960円(甲13の⑥,⑦)と認めるのが相当である(それ以前の分について
は,シリコンプロテーゼ埋入手術及びその術後措置に関するものもあるが,同時
に,それは傷痕修正及びその術後の措置でもあり,被告の説明義務違反の有無に関
わらず,その通院が必要であったものと解されるので,これを説明義務違反と相当
因果関係のある損害と認めることはできない。)。
 ウ 逸失利益
  前記認定のとおり,原告は,本件第3回手術により,右側頭部の頭髪内
に11センチメートル長の瘢痕,同瘢痕の後方に7センチメートル×6センチメー
トルの毛髪粗,左側頭部の頭髪内に12センチメートル長の瘢痕,同瘢痕の後方に
9センチメートル×7センチメートルの毛髪粗という後遺症を被った事実が認めら
れる。
  しかしながら,これらの障害はいずれも頭髪等に隠れる部分に存するも
のであって,頭髪,かつら,帽子などによって隠すことが可能であること,原告が
従前従事していたという職業(建築会社の秘書課勤務,執筆業等。弁論の全趣旨)
の内容,性質に照らすと,これらの障害によって今後原告の就業が妨げられるとは
考え難いことなどを総合すると,上記障害による逸失利益を認めることはできな
い。
 エ 通院慰謝料       30万円
  原告の被告に対する通院期間は,前記のとおり,8月17日から11月
11日までの87日間であるが,それら通院は,シリコンプロテーゼ埋入手術及び
同抜去手術ためだけの通院であったわけではなく,他の治療のための通院も含まれ
ていたこと等,本件に現れた諸般の事情を総合考慮すれば,被告の説明義務違反と
相当因果関係のある通院慰謝料は30万円と認めるのが相当である。
 オ 後遺障害慰謝料    150万円
  前記認定の原告の瘢痕及び毛髪粗の程度,女性である原告が毛髪の一部
を失ったことによる精神的苦痛,原告が帽子やかつらによってこれらを隠さねばな
らないことによって日常生活上の不自由を被っていること,もっとも,これらの障
害はいずれも頭髪等に隠れる部分に存するものであって,頭髪,かつら,帽子など
によって隠すことが可能であること等,本件に現れた一切の事情を総合すると,後
遺障害慰謝料は150万円と認めるのが相当である。
 カ 弁護士費用       25万円
  本件訴訟の認容額,難易,審理経過等諸般の事情を総合すると,被告の
説明義務違反と相当因果関係のある弁護士費用は25万円と認めるのが相当であ
る。
   キ 以上合計   249万5820円
5 結論
 以上によれば,原告の本訴請求は,被告に対し,説明義務違反に基づく損害
賠償として金249万5820円及びこれに対する不法行為後の平成11年10月
30日から支払い済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払いを求
める限度で理由があるから,その限度でこれを認容し,その余は理由がないからこ
れを棄却することとし,訴訟費用の負担につき民事訴訟法61条,64条本文を,
仮執行宣言につき同法259条1項をそれぞれ適用して,主文のとおり判決する。
神戸地方裁判所第4民事部
裁判長裁判官   上 田  昭 典
   裁判官 太 田  敬 司
 裁判官長谷部    環

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