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平成28年12月2日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成27年(ワ)第12415号特許権侵害差止請求事件
口頭弁論終結日平成28年9月28日
判決
原告デビオファーム・インターナショナル・エス・アー
同訴訟代理人弁護士大野聖二
同大野浩之
同訴訟代理人弁理士松任谷優子
同訴訟復代理人弁護士多田宏文
同木村広行
被告ホスピーラ・ジャパン株式会社
同訴訟代理人弁護士飯塚卓也
同岡田淳
同呂佳叡
同訴訟代理人弁理士大塚康徳
同補佐人弁理士大塚康弘
同西川恵雄
同木下智文
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1請求
1被告は,別紙被告製品目録記載の各製剤について,生産,譲渡又は譲渡の申
出をしてはならない。
2被告は,別紙被告製品目録記載の各製剤を廃棄せよ。
3訴訟費用は被告の負担とする。
4仮執行宣言
第2事案の概要
1本件は,発明の名称を「オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤」とす
る特許(第3547755号)及び「オキサリプラチン溶液組成物ならびにそ
の製造方法及び使用」とする特許(第4430229号)を有する原告が,被
告が販売等する別紙被告製品目録記載の各製品が,上記各特許の特許請求の範
囲請求項1記載にかかる各発明の技術的範囲に属すると主張して,被告に対し,
上記各製品の販売等の差止及び廃棄を求める事案である。なお,オキサリプラ
ティヌムとオキサリプラチンは同一の化学物質である。
2前提事実(当事者間に争いのない事実又は文中掲記した証拠及び弁論の全趣
旨により容易に認定できる事実)
(1)当事者
ア原告は,医薬品等の製造,販売及び輸出等を業とし,スイス法に準拠し
て設立された法人である。
イ被告は,医薬品の輸入及び販売等を業とする株式会社である。
(2)原告の有する特許権
ア原告は,以下の特許権(請求項の数9。以下「本件特許権1」又は「本
件特許1」といい,特許請求の範囲請求項1にかかる発明を「本件発明1」
という。また,本件特許1に係る明細書〔甲2〕を「本件明細書1」とい
う。なお,本件特許1の特許公報を末尾に添付する。)の特許権者である。
原告は,本件特許1の全部について,日本国内において存続期間満了の日
まで(延長期間を含む),株式会社ヤクルト本社(以下「ヤクルト本社」
という。)に対し,専用実施権を設定している。(甲1,2)
発明の名称オキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤
特許番号特許第3547755号
出願日平成7年8月7日
優先日平成6年8月8日
(優先権主張国スイス/優先権主張番号2462/94-6)
イ原告は,以下の特許権(請求項の数17。以下「本件特許権2」又は「本
件特許2」といい,特許請求の範囲請求項1にかかる発明を「本件発明2」
という。また,本件特許2に係る明細書〔甲4〕を「本件明細書2」とい
う。なお,本件特許2の特許公報を末尾に添付する。)の特許権者である。
本件特許2の出願人は訴外サノフィ-アベンティスであり,原告は,登録
後に,出願人から特許権の移転を受けた。(甲3,4)
発明の名称オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法
及び使用
特許番号特許第4430229号
出願日平成11年2月25日
優先日平成10年2月25日
(優先権主張国英国/優先権主張番号9804013.2)
(3)本件特許1の延長登録
本件特許1については,次のとおり存続期間の延長登録がされている。
ア延長登録1
出願番号:2009-700142号(平成21年11月20日出願)
延長の期間:4年5月22日
処分の対象となった物:オキサリプラチン
(販売名:エルプラット点滴静注液50mg)
処分の対象となった物について特定された用途
:結腸癌における術後補助化学療法
延長登録日:平成22年10月6日
イ延長登録2
出願番号:2009-700145号(平成21年11月20日出願)
延長の期間:11月21日
処分の対象となった物:オキサリプラチン
(販売名:エルプラット点滴静注液100mg)
処分の対象となった物について特定された用途
:結腸癌における術後補助化学療法
延長登録日:平成22年10月6日
ウ延長登録3
出願番号:2009-700143号(平成21年11月20日出願)
延長の期間:4年5月22日
処分の対象となった物:販売名:エルプラット点滴静注液50mg
有効成分:オキサリプラチン
処分の対象となった物について特定された用途
:治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌,結
腸癌における術後補助化学療法
延長登録日:平成24年10月17日
エ延長登録4
出願番号:2009-700144号(平成21年11月20日出願)
延長の期間:4年5月22日
処分の対象となった物:販売名:エルプラット点滴静注液100mg
有効成分:オキサリプラチン
処分の対象となった物について特定された用途
:治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌,結
腸癌における術後補助化学療法
延長登録日:平成24年10月17日
オ延長登録5
出願番号:2014-700029号(平成26年3月19日出願)
延長の期間:2年9月21日
処分の対象となった物:販売名:エルプラット点滴静注液50mg
有効成分:オキサリプラチン
処分の対象となった物について特定された用途:治癒切除不能な膵癌
延長登録日:平成26年6月18日
カ延長登録6
出願番号:2014-700030号(平成26年3月19日出願)
延長の期間:2年9月21日
処分の対象となった物:販売名:エルプラット点滴静注液100mg
有効成分:オキサリプラチン
処分の対象となった物について特定された用途:治癒切除不能な膵癌
延長登録日:平成26年6月18日
キ延長登録7
出願番号:2014-700031号(平成26年3月19日出願)
延長の期間:2年9月21日
処分の対象となった物:販売名:エルプラット点滴静注液200mg
有効成分:オキサリプラチン
処分の対象となった物について特定された用途:治癒切除不能な膵癌
延長登録日:平成26年6月18日
(4)本件特許1の特許請求の範囲及び本件発明1の構成要件
ア本件特許1の特許請求の範囲請求項1は次のとおりである。
「濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5ないし6のオキサリプラティヌムの
水溶液からなり,医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリ
プラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,
無色,沈殿不含有のままである,腸管外経路投与用のオキサリプラティ
ヌムの医薬的に安定な製剤。」
イ本件発明1を構成要件に分説すると,次のとおりである。
1A濃度が1ないし5mg/mlで
1BpHが4.5ないし6の
1Cオキサリプラティヌムの水溶液からなり,
1D医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム
含量が当初含量の少なくとも95%であり,
1E該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,
1F腸管外経路投与用の
1Gオキサリプラティヌムの医薬的に安定な製剤。
(5)本件特許2の特許請求の範囲及び本件発明2の構成要件
ア本件特許2の特許請求の範囲請求項1は次のとおりである。
「オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な担体
を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物であって,製薬上許容可能
な担体が水であり,緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,
緩衝剤の量が,以下の:
(a)5x10-5
M~1x10-2
M,
(b)5x10-5
M~5x10-3
M,
(c)5x10-5
M~2x10-3
M,
(d)1x10-4
M~2x10-3
M,または
(e)1x10-4
M~5x10-4
M
の範囲のモル濃度である,組成物。」
イ本件発明2を構成要件に分説すると,次のとおりである。
2Aオキサリプラチン,
2B有効安定化量の緩衝剤および
2C製薬上許容可能な担体を包含する
2D安定オキサリプラチン溶液組成物であって,
2E製薬上許容可能な担体が水であり,
2F緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,
2G緩衝剤の量が,以下の:
(a)5x10-5
M~1x10-2
M,
(b)5x10-5
M~5x10-3
M,
(c)5x10-5
M~2x10-3
M,
(d)1x10-4
M~2x10-3
M,または
(e)1x10-4
M~5x10-4
M
の範囲のモル濃度である,組成物。
(6)本件各特許に関する特許無効審判請求及び訂正請求
ア本件特許1について
(ア)被告は,平成26年5月29日,特許庁に対し,本件特許1の特許請
求の範囲請求項1ないし9に記載された各発明について,明確性要件違
反及びサポート要件違反の無効理由があると主張して,特許無効審判請
求をした(無効2014-800083号事件)。(甲10の1)
(イ)特許庁は,平成27年4月22日,上記特許無効審判請求について,
無効理由がない旨の審決をした。(甲13)
(ウ)被告は,上記(イ)の審決に対し,知的財産高等裁判所へ取消訴訟を提起
したが,同裁判所は,平成28年3月9日,被告の請求を棄却する判決
(以下「本件知財高裁判決」という。)をし,同判決は確定した。(甲
37)
イ本件特許2について
(ア)被告は,平成26年7月16日,特許庁に対し,本件特許2の特許請
求の範囲請求項1ないし17に記載された各発明について,進歩性欠如
などの無効理由があると主張して,特許無効審判請求をした(無効20
14-800121号事件)。(甲10の2)
(イ)原告は,上記無効審判において,本件特許2の特許請求の範囲請求項
1について訂正請求をした(以下,同訂正請求による訂正を「本件訂正」
という。)。
(ウ)特許庁は,平成27年7月14日,本件訂正を認めた上で,本件訂正
後の特許請求の範囲請求項1に記載の発明(以下「本件訂正発明2」と
いう。)に無効理由がない旨の審決をした。(乙19)
(エ)被告は,上記(ウ)の審決の取消訴訟を提起した(知財高裁平成27年(行
ケ)第10167号)。
(7)訂正後の本件特許2の特許請求の範囲及び本件訂正発明2の構成要件
ア訂正後の本件特許2の特許請求の範囲請求項1には次のとおり記載され
ている。(本件訂正による訂正部分を下線で示す。)
「オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な担体
を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物であって,製薬上許容可能
な担体が水であり,緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,
1)緩衝剤の量が,以下の:
(a)5x10-5
M~1x10-2
M,
(b)5x10-5
M~5x10-3
M,
(c)5x10-5
M~2x10-3
M,
(d)1x10-4
M~2x10-3
M,または
(e)1x10-4
M~5x10-4
M
の範囲のモル濃度である,pHが3~4.5の範囲の組成物,あるい

2)緩衝剤の量が,5x10-5
M~1x10-4
Mの範囲のモル濃度である,組成物。」
イ本件訂正発明2の構成要件
本件訂正発明2を構成要件に分説すると,次のとおりである(本件訂正
による訂正部分を下線で示す。)。
2Aオキサリプラチン,
2B有効安定化量の緩衝剤および
2C製薬上許容可能な担体を包含する
2D安定オキサリプラチン溶液組成物であって,
2E製薬上許容可能な担体が水であり,
2F緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,
2G1)緩衝剤の量が,以下の:
(a)5x10-5
M~1x10-2
M,
(b)5x10-5
M~5x10-3
M,
(c)5x10-5
M~2x10-3
M,
(d)1x10-4
M~2x10-3
M,または
(e)1x10-4
M~5x10-4
M
の範囲のモル濃度である,
2HpHが3~4.5の範囲の組成物,あるいは
2I2)緩衝剤の量が,5x10-5
M~1x10-4
Mの範囲のモル濃度である,組
成物。
(8)被告の製品
ア被告は,別紙被告製品目録記載の各製品(以下,冒頭の表記に従ってそ
れぞれ「被告製品1」ないし「被告製品3」といい,これらを併せて「被
告各製品」という。)を販売している。被告は,被告製品1及び2につい
て,平成26年8月15日に製造販売承認を得て,同年12月12日に販
売を開始した。被告は,被告製品3について,平成27年8月17日に製
造販売承認を得て,同年12月11日に販売開始した。(甲8,48)
イ被告各製品は,構成要件1F,2A,2C,2D及び2Eを充足する。
また,被告各製品中には,オキサリプラチンが分解して溶液中に生じる
シュウ酸(以下「解離シュウ酸」という。)が含まれているが,シュウ酸
又はそのアルカリ金属塩が別途に添加されてはいない。被告各製品には,
酒石酸と水酸化ナトリウムが添加されている。(甲7,8,9,48,5
4,乙50の1・2)
ウ被告各製品の効能及び効果は,①治癒切除不能な進行・再発の結腸・直
腸癌,②結腸癌における術後補助化学療法及び③治癒切除不能な膵癌であ
る。(甲7,8,48)
(9)本件各特許の優先日前の先行文献の存在
ア本件特許1の優先日(平成6年8月8日)の前には,以下の先行文献が
存在する。
(ア)昭和58年(1983年)12月発行の癌と化学療法第10巻第12
号に掲載された喜谷喜徳作成にかかる「制癌性白金錯体の開発」と題す
る総説(乙1。以下,同文献を「乙1文献」といい,同文献に記載され
た発明を「乙1発明」という。)。
(イ)平成元年(1989年)9月27日に公開された欧州特許出願公報0
334551A1(乙6。以下,同公報を「乙6公報」といい,同公報
に記載された発明を「乙6発明」という。)
イ本件特許2の優先日(平成10年2月25日)の前には,上記アの各文
献に加え,以下の先行文献が存在する。
(ア)本件特許1のPCT国際出願である平成8年(1996年)2月22
日に国際公開された国際公開第96/04904号公報(乙14。以下,
同公報を「乙14公報」といい,同公報に記載された発明を「乙14発
明」という。)。
(イ)平成元年(1989年)発行の「癌,化学療法及び薬理学」第23巻
に掲載されたアンドリューG.ボサンケット作成にかかる「インビト
ロアッセイのための調整及び保管中における抗悪性主要剤溶液の安定性」
と題するレビュー(乙24。以下,同レビューを「乙24文献」といい,
同レビューに記載された発明を「乙24発明」という。)。
3争点
(1)被告各製品は本件発明1の技術的範囲に属するか
ア構成要件1A(濃度が1ないし5mg/ml)の充足性
イ構成要件1B(pHが4.5ないし6)の充足性
ウ構成要件1C(オキサリプラティヌムの水溶液からなり)の充足性
エ構成要件1D(医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプ
ラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり)の充足性
オ構成要件1E(該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである)の充
足性
カ構成要件1G(医薬的に安定)の充足性
(2)被告各製品に延長された本件特許1の効力が及ぶか
(3)本件特許1は特許無効審判により無効にされるべきものか
ア乙1発明による進歩性欠如
イ「医薬的に許容される期間」に関する明確性要件違反
(4)被告各製品は本件発明2の技術的範囲に属するか
ア構成要件2B,2F及び2Gの「緩衝剤」の充足性
イ構成要件2Fの「シュウ酸」の充足性
(5)本件特許2は特許無効審判により無効にされるべきものか
ア乙1発明による進歩性欠如
イ乙14発明による新規性欠如又は進歩性欠如
ウ「緩衝剤の量」に関する明確性要件違反
エ「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」に関するサポート要件違反の有

オ「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」に関する実施可能要件違反の有

(6)本件特許2について訂正の対抗主張の成否
ア本件訂正により無効理由が解消するか
イ構成要件2H(pHが3ないし4.5)の充足性
第3争点に関する当事者の主張
1争点(1)ア,イ(構成要件1A(濃度が1ないし5mg/ml)及び構成要件
1B(pHが4.5ないし6)の充足性)について
〔原告の主張〕
被告各製品は,オキサリプラチンの濃度が5mg/mlであり,pHが4.5又
は4.5ないし4.6であるから,構成要件1A及び1Bを充足する。
被告は,提出できるはずの具体的な証拠を提出することなく否認しており,
これは,被告各製品のオキサリプラチン濃度が本件発明1の構成要件1A及び
1Bを充足することを認めているに等しい。
〔被告の主張〕
被告各製品において,製造時におけるオキサリプラチン濃度の目標値が5
mg/mlであることは認めるが,製品の濃度にはばらつきがあり,5mg/mlを超え
る場合もあるし,経時的に低下することもある。
また,被告各製品におけるpHの規格値はpH4.0ないし7.0であり,
製品ごとにばらつきがあり,経時的に変動することもある。
したがって,被告各製品は,構成要件1A,1Bを充足しない。
2争点(1)ウ(構成要件1C(オキサリプラティヌムの水溶液からなり)の充足
性)について
〔原告の主張〕
(1)被告各製品は,「オキサリプラティヌムの水溶液」であり,構成要件1C
を充足する。
(2)「水溶液」とは「ある物質を水に溶解させた液」,「水を溶媒とする溶液」
のことを意味し,それ以上のことを意味しない。現に,化学大辞典第一版(甲
12)では,海水,ビール,ワイン,酒,ブランデー,ウイスキー等も水溶
液の例として挙げられている。
したがって,「オキサリプラティヌムの水溶液」とは,「オキサリプラテ
ィヌム」を水に溶解させた液体であれば足り,酒石酸や水酸化ナトリウムの
ような他の物質を含んでいても,「オキサリプラティヌム」を含んでいる限
り「オキサリプラティヌムの水溶液」であることは明らかである。
(3)また,「からなり」という文言に関して検討しても,「オキサリプラティ
ヌムの水溶液」は「オキサリプラティヌム」を含んでさえいれば足りるので
あるから,「からなり」の意味が如何なる意味であろうと何ら事情は変わら
ない。
そして,本件知財高裁判決(甲37)は,「『(A)からなる』という場
合には,Aを必須の構成要素とすることは明確であるものの,それ以上に,
Aのみで構成され,他の成分を含まないものか,Aのほかに他の成分を許容
するか否かについて規定するものではなく,『Aのみからなる』場合をも包
含する概念であると認められ,このこと自体に当業者間に実質的な争いはな
い。」と判示し,本件発明1は,「濃度が1ないし5mg/mlでpHが4.5
ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液」を必須の構成要素とすることだ
けが特定された製剤であって,該製剤に他の構成要素が含まれることが排除
されてはいないと一義的に理解できる旨明らかにしている。
〔被告の主張〕
(1)本件発明1の構成要件1Cは「オキサリプラティヌムの水溶液からなり」
というものであるが,この文言は「オキサリプラティヌムと水のみから構成
される水溶液」との意味に解される。あるいは少なくとも,酸性またはアル
カリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないことを意味すると解
される。
ところが,被告各製品は,酒石酸と水酸化ナトリウムを添加しており,こ
れらはそれぞれ酸性薬剤又はアルカリ性薬剤であるとともに緩衝剤でもあ
るから,構成要件1Cを充足しない。
(2)原告の主張に対する反論
ア原告は,オキサリプラティヌム以外のものが含まれていたとしても,構
成要件1Cを充足すると主張する。
しかし,化学・薬学の分野において,A以外の溶質が含まれている水溶
液を「Aの水溶液」と表現することは,実験等の再現性を損なうもので,
正確性を欠くから許されない。
また,これまでの特許実務や,裁判例を踏まえれば,我が国では「から
なる」という語が,明示されていない成分を排除する趣旨で使用されてい
ると解された例は多数存在している。
イそして,本件明細書1の記載(2頁44行目以下)をみると,「有効成
分が酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まな
いオキサリプラティヌム水溶液を用いる」,「この発明の目的は,オキサ
リプラティヌムが1ないし5mg/mlの範囲の濃度と4.5ないし6の範囲
のpHで水に溶解し,・・・である,腸管外経路投与用のオキサリプラティヌ
ムの安定な医薬製剤である。この製剤は他の成分を含まず,原則として,
約2%を超える不純物を含んではならない。」と,本件発明1の製剤が水
及びオキサリプラティヌム以外の添加剤を含まないものであることが記載
されており,加えて,本件明細書1には緩衝剤や添加剤を含んだ水溶液の
例は示されていない。
したがって,本件明細書1の記載からは,「オキサリプラティヌムの水
溶液からなる」という語は,オキサリプラティヌム以外の他の成分を含ま
ない水溶液であること,少なくとも,「酸性薬剤またはアルカリ性薬剤,
緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まない」水溶液だけから構成される医
薬製剤であることを意味すると解釈される。
ウこのことは,本件特許1の審査経過における出願人である原告の意見書に,
「本願発明の目的は,(中略)該水溶液が,酸性またはアルカリ性薬剤,
緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないことである。本願の上記溶液の
pHは該溶液に固有のものであり,オキサリプラティヌムの水溶液の濃度
にのみ依存する。(中略)このため,本願発明の構成においてのみ,安定
な水溶液を得ることができる。」と記載されていることからも裏付けられ
る。
3争点(1)エ,オ,カ(構成要件1D(医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤
中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり),構成要
件1E(該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである)及び構成要件1G
(医薬的に安定)の充足性)について
〔原告の主張〕
(1)被告は,被告各製品の添付文書(甲7・6頁)において自ら「通常の市場
流通下において2年間安定であることが確認された。」としており,被告各
製品が,医薬的に許容される期間,安定であること,すなわち,「医薬的に
安定」であることは明白である。また,被告各製品は,2年間の貯蔵後,製
剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,澄
明,無色,沈殿不含有のままである(甲8,9)。
したがって,被告各製品は構成要件1D,1E及び1Gを充足する。
(2)被告の主張に対する反論
被告は,「医薬的に許容される期間の貯蔵後」について「室温と冷蔵庫の
両方の温度で5年期間の貯蔵後」と解すべきであると主張するが失当である。
本件明細書1における「この発明の製剤が安定であるべき『医薬的に許容
される期間』は,ここでは当業界で一般的に要求される期間,すなわち,例
えば室温または冷蔵庫の温度で3ないし5年に対応すると理解される。」と
の記載から明らかなように,「医薬的に許容される期間」とは「当業界で一
般的に要求される期間」を意味するものであり,「室温または冷蔵庫の温度
で3ないし5年」とはその一例にすぎない。
そして,被告は,被告各製品について長期保存試験を行い,「24か月保
存期間で規格値内であり安定」であったとして,被告各製品を販売している
のであるから(甲7,甲8及び甲17の12),当該長期保存試験の下での
「24か月保存期間」を「当業界で」「要求される期間」と判断したことは
明らかである。また,本件特許1の実施品であるヤクルト本社の製品「エル
プラット点滴静注液」(以下単に「エルプラット」ということがある。)や,
他のジェネリックメーカーが販売するオキサリプラチン水溶液の製剤につい
ても,「24か月保存期間」の長期保存試験が行われている(甲6・9頁,
甲17の1ないし11)。
したがって,「24か月保存期間」が「当業界で」「要求される期間」に
含まれることは明らかである。
〔被告の主張〕
(1)本件明細書1(3頁9行目以下)には,「この発明の製剤が安定であるべ
き『医薬的に許容される期間』は,ここでは当業者が一般的に要求される期
間,すなわち,例えば室温または冷蔵庫の温度で3ないし5年に対応すると
理解される。」との記載があるが,前半の「医薬的に許容される期間」とい
う概念は抽象的に過ぎ,期間を定める根拠とはならない。「3年ないし5年」
とされる期間についても,3年ないし5年のいずれかの期間(例えば4年)
をいうのか,3年または5年のいずれかの期間で足りるのかかも不明であり
あいまいである。そして,第三者の予測可能性を確保する観点から,少なく
とも侵害論においては,「医薬的に許容される期間の貯蔵後」とは,室温と
冷蔵庫の両方の温度で5年間の貯蔵後という意味で解釈すべきである。
(2)ところで,被告各製品の医薬品インタビューフォーム(甲8・5頁以下)
には,長期保存試験で被告各製品が2年間安定であることが確認された旨の
記載はあるものの,室温と冷蔵庫の温度の両方での5年間の貯蔵後の実験デ
ータは記載されていないから,被告各製品が「医薬的に許容される期間の貯
蔵後,製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少なくとも95%」で
あり,「該水溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである」ことは立証され
ていない。そうすると,被告各製品が,室温及び冷蔵庫での貯蔵条件のもと
で5年間安定であるとはいえず,被告各製品が「医薬的に安定」であるとは
いえない。
したがって,被告各製品は,構成要件1D,1E及び1Gを充足しない。
4争点(2)(被告各製品に延長された本件特許1の効力が及ぶか)について
〔原告の主張〕
(1)処分対象物該当性
ア特許法68条の2は,「特許権の存続期間が延長された場合の・・・当該
特許権の効力は,その延長登録の理由となった第67条第2項の政令で定
める処分の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の
用途が定められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)に
ついての当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない」と規定している。
イこの規定に関し,知的財産高等裁判所平成26年5月30日特別部判決
(平成25年(行ケ)第10195号)は,「特許権の延長登録制度及び
特許権侵害訴訟の趣旨に照らすならば,医薬品の成分を対象とする特許発
明の場合,特許法68条の2によって存続期間が延長された特許権は,『物』
に係るものとして,『成分(有効成分に限らない。)』によって特定され,
かつ,『用途』に係るものとして,『効能,効果』及び『用法,用量』に
よって特定された当該特許発明の実施の範囲で,効力が及ぶものと解する
のが相当である(もとより,その均等物や実質的に同一と評価される物が
含まれることは,延長登録制度の立法趣旨に照らして,当然であるといえ
る。)。」と判示した。
ウ上記判示を踏まえて本件についてみると,本件特許1が延長登録された
理由となった処分(以下,前記第2,2(3)の各延長登録を承認した各処分
を総称して「本件処分」という。)について,原告は,「オキサリプラチ
ン」を成分として承認申請を行い,製造販売承認を得ているところ,被告
各製品は,「オキサリプラチン」を唯一の有効成分としているから,被告
各製品は本件処分の対象となった物(以下「本件処分対象物」という。)
にあたる。そして,本件処分における「効能・効果」は,「治癒切除不能
な進行・再発の結腸・直腸癌」,「結腸癌における術後補助化学療法」及
び「治癒切除不能な膵癌」であるところ,被告各製品の「効能・効果」も
これと全く同じであり,本件処分における「用法・用量」も被告各製品の
「用法・用量」と全く同じであるから,被告各製品の「用途」は,本件処
分対象物の「用途」と同一である。
エ被告の主張に対する反論
この点に関して被告は,被告各製品は酒石酸や水酸化ナトリウムを含有
しており,「成分(有効成分に限らない。)」に違いがあるから,延長さ
れた本件特許1の効力は被告各製品に及ばないと主張しているが,「酒石
酸や水酸化ナトリウム」はあくまでも添加物にすぎず,「成分」ではない。
オしたがって,存続期間が延長された本件特許1の効力は被告各製品に及
ぶ。
(2)実質的同一物該当性
ア仮に,本件処分対象物の「成分」と,被告各製品の「成分」が同一では
ないとしても,次のとおり,被告各製品は少なくとも「均等物や実質的に
同一と評価される物」(以下併せて「実質的同一物」という。)に当たる
から,延長された本件特許1の効力が及ぶ。
イ特許法67条2項の「安全性の確保等を目的とする法律」に当たる「医
薬品,医療機器等の品質,有効性及び安全性の確保等に関する法律」(平
成25年法律第84号による改正前の法律名は「薬事法」である。以下,
同改正の前後を通じて「医薬品医療機器等法」という。)によれば,先発
医薬品と成分が同一の後発医薬品のみならず,添加剤を異にする後発医薬
品であっても,先発医薬品が処分を受けるために特許発明の実施ができな
かったことにより得られた成果に全面的に依拠して,安全性の確保等法令
で定めた試験等を自ら行うことなく,承認を得て製造・販売できるのであ
るから,特許権の存続期間の延長登録の制度趣旨及び特許権者と第三者と
の公平を考慮すれば,かかる添加剤を異にする後発医薬品は,実質的同一
物に該当するとして,延長された特許権の効力が及ぶと解するのが合理的
である。
そして,被告各製品は,先発医薬品と添加剤を異にする後発医薬品であ
るが,先発医薬品であり,本件発明1の実施製品であるエルプラットの安
全性の確認に全面的に依拠して承認を得ている。のみならず,被告各製品
は,「使用時に水溶液である静脈注射用製剤」に該当するので,生物学的
同等性試験すら免除されて,有効性や安全性,および生物学的同等性のデ
ータも提出することなく厚生労働省により承認されている。
したがって,後発医薬品である被告各製品には,延長された本件特許1
の効力が及ぶ。
ウところで,後発医薬品では,使用される添加剤に関して,厳格な規制が
されており,厚生労働省は,「用いる添加剤はその製剤の投与量において
薬理作用を示さず,無害でなければならない。」と規定している(第16
改正日本薬局方)。実務上は,日本で使用される医薬品添加剤は,厚生労
働省が医薬品添加物の使用実態調査を行い,その結果から作成されたリス
トである「医薬品添加物事典」に収載されているものについては,使用前
例があり,その用途,使用量等が確認されたものとして取り扱われ,当該
事典に個別の添加物ごとに記載されている「投与経路」,「最大使用量」
の範囲であれば,特別なデータを提出することなく認められる。
そして,被告各製品における添加剤である「酒石酸」及び「水酸化ナト
リウム」は,「医薬品添加物事典」において,「用途」として「安定(化)
剤等」と記載され,「投与経路・最大使用量」として,「静脈内注射」で
は1日当たり「20mg」及び「600mg」までと記載されているから
(甲42),被告各製品における「酒石酸」及び「水酸化ナトリウム」は,
「医薬品添加物事典」に記載されたとおりの用途,投与経路,最大使用量
を遵守して使用されているものであり,被告各製品が後発医薬品として製
造・販売等の準備が開始された時点においては,周知技術・慣用技術が適
用されたものにすぎず,安定剤としての効果も新たな効果を奏するもので
はない。
また,被告各製品と本件処分対象物であるエルプラットとを比較した試
験結果は,下表のとおりである(甲47)。下表において,下限値差①,
上限値差②及び平均値差の値が小さいほどオキサリプラチンの自然分解を
抑制できているといえるが,被告各製品における平均値差は,下限値差①
及び上限値差②の各々よりも小さくなってはいないから,本件処分対象物
と比較して,被告各製品に含まれる酒石酸及び水酸化ナトリウムが,オキ
サリプラチンの自然分解を抑制する効果を奏しているとはいえない。
名称開始時
25℃,60%RH
3年(36箇月)
下限値


上限値


エルプラット点滴静注液
50mg(先発医薬品)
定量
(%)
99.87~100.32100.07~100.19-0.200.13
オキサリプラチン点滴静注液
50mg「ホスピーラ」
定量
(%)
100.399.7
0.6
(平均値差)
名称開始時
25℃,60%RH
3年(36箇月)
下限値


上限値


エルプラット点滴静注液
100mg(先発医薬品)
定量
(%)
98.34~98.9299.31~99.80-0.97-0.88
オキサリプラチン点滴静注液
100mg「ホスピーラ」
定量
(%)
10099.7
0.3
(平均値差)
名称開始時
25℃,60%RH,
2年(24箇月)
下限値


上限値


エルプラット点滴静注液
200mg(先発医薬品)
定量
(%)
100.01~100.1999.81~100.280.20-0.09
オキサリプラチン点滴静注液
200mg「ホスピーラ」
定量
(%)
100.499.8
0.6
(平均値差)
エ被告の主張に対する反論
(ア)被告は,被告各製品に関し,タルタロプラチンについて毒性試験の結
果を提出した旨主張する。
しかし,これは,先発医薬品であるエルプラットには存在しなかった
タルタロプラチンという不純物が規格値を超えて存在していたためにす
ぎない。そして被告が作成した説明書(乙17,48)には,被告各製
品が先発医薬品と同一の安全性プロファイルを有し,副作用が同等であ
ることが示されている。
そうすると,タルタロプラチンに関するデータは,先発医薬品である
エルプラットと安全性において同等であることを示すために提出された
ものであり,このデータをもってして被告各製品がエルプラットと比較
して新たな効果を有するということはできない。
したがって,被告の上記主張は失当である。
(イ)また,被告は,実質的同一物該当性の判断基準については,結局のと
ころ,いわゆる特許権の均等侵害の要件も考慮しつつ考えるほかないと
主張し,均等侵害の要件を検討すれば,被告各製品は実質的同一物には
該当しないと主張する。
しかし,延長登録された特許発明の議論は,権利範囲を拡張する均等
論が作用する場面ではないから,被告の上記主張は明らかに失当である。
(ウ)さらに,被告は,本件処分対象物との相違が,周知技術・慣用技術の
付加,削除,転換等であって,新たな効果を奏するものではない場合を
「実質的同一物」というものとするという解釈を前提として,酒石酸と
水酸化ナトリウムをオキサリプラチン溶液に添加する構成は,複数の国
で特許性が認められているから周知・慣用技術の付加に当たらないと主
張する。
しかし,上記特許の出願は公開されており,オキサリプラチンに「酒
石酸」及び「水酸化ナトリウム」を加えることは,当業者にとって周知
技術・慣用技術になっていた。
したがって,被告の上記主張は失当である。
オ以上のとおり,被告各製品が実質的同一物に該当するのであって,実質
的同一物該当性についていわゆる均等侵害の要件を考慮するのは誤りであ
り,また,仮に,本件処分対象物との相違が,周知技術・慣用技術の付加,
削除,転換等であって,新たな効果を奏するものではない場合を「実質的
同一物」というと解釈したとしても,延長された本件特許1の効力が被告
各製品に及ぶことは明らかである。
〔被告の主張〕
(1)処分対象物該当性について
ア本件特許1は,現在既に本来の特許期間(平成27年8月7日まで)を
経過し,延長期間に至っている。そして,延長登録の理由となった行政処
分の対象となった物(本件処分対象物)と「成分(有効成分に限らない。)」
が異なるものについては,延長した特許権の効力は及ばない。
イそして,本件特許1の延長登録の理由となった本件処分は,いずれも,
その組成に,添加剤を含まない点滴静注用製剤の承認である。
ところが,被告各製品は,組成に酒石酸や水酸化ナトリウムを含有して
いるから,本件処分対象物とは,「成分(有効成分に限らない。)」に違
いがあることが明らかである。
したがって,延長された本件特許1の権利範囲は,被告各製品に及ばな
い。
(2)実質的同一物該当性について
ア原告は,処分対象物の実質的同一物(均等物や実質的に同一と評価され
る物)についても,延長された特許権の効力が及ぶと主張するが,延長登
録制度は出願から20年間という特許期間についての重大な例外を認める
制度であるから,安易に権利範囲を超えた効力を認めるべきではない。そ
して,上記のとおり,被告各製品が,本件処分対象物(エルプラット)と
は「成分(有効成分に限らない。)」において明らかに違いがある以上,
それ以上に権利範囲を拡大する余地はない。
イ仮に,延長された特許権の効力が処分対象物と「実質的同一物」に及ぶ
としても,実質的同一物の範囲は,医薬品としての同等性ではなく,延長
された特許権としての権利範囲を基礎として定める必要がある。単に後発
医薬品でありさえすれば,「実質的同一物」に当たるかのような原告の主
張は,延長された特許権の内容を考慮せずに,先発医薬品と被告各製品と
の医薬品としての類似性のみを指摘するものであり,失当である。
ウ「実質的同一物」の範囲は,「水とオキサリプラチンであること」によ
って画された延長登録後の本件特許権1の権利範囲を基礎として考慮する
ことになるが,その基準については,結局のところ,いわゆる特許権の均
等侵害の要件も考慮しつつ考えるほかないと思われる。かかる観点から本
件を判断すると,少なくとも,次の2点により,被告各製品は,本件処分
対象物の実質的同一物には該当しない。
(ア)注射用水とオキサリプラチンの成分に限定された本件特許権1に係る
構成と,緩衝剤を用いた被告各製品とは,製剤の安定性を得るための解
決手段が異なっているから,技術思想が異なり,両者は,発明の本質的
部分において相違する。
(イ)被告各製品の,酒石酸を添加した構成は発明であるから,製造時にお
いて,当業者が容易に想到することができない置換である。
エ仮に処分対象物との相違が,周知技術・慣用技術の付加,削除,転換等
であって,新たな効果を奏するものではない場合に,実質的同一物に当た
るとする考え方を採ったとしても,被告各製品には酒石酸と水酸化ナトリ
ウムが添加されているところ,酒石酸と水酸化ナトリウムをオキサリプラ
チン溶液に添加することによってオキサリプラチンの安定性を向上させる
という構成は,被告各製品独自のものであって,複数の国で特許性が認め
られ,特許登録がされている発明であるから,酒石酸と水酸化ナトリウム
を添加する被告各製品の構成が,単なる周知・慣用技術の付加等を行った
ものでないことは明らかである。
さらに,米国において,サノフィ-アベンティス米国LLCが,酒石酸
を添加することの危険性を訴え,被告各製品につき販売承認を与えるべき
でないことを主張する書面を提出したことがあり(乙53),被告は,酒
石酸を添加することによって生じる不純物であるタルタロプラチンについ
ての安全性等を証明し,その結果,米国及び日本のいずれにおいても承認
を取得したという経緯がある(乙17)。かかる経緯からしても,酒石酸
を緩衝剤として添加する構成が慣用技術の付加等といえないことは明らか
である。
オしたがって,被告各製品は本件処分対象物の実質的同一物には当たらず,
延長された本件特許権1の効力は,被告各製品には及ばない。
5争点(3)ア(〔本件特許1〕乙1発明による進歩性欠如)について
〔被告の主張〕
(1)乙1発明との対比
ア乙1文献(2448頁)には,「制癌性の白金錯体であるオキサリプラ
チン(l-OHP)の溶解度が7.9mg/mlであること」が記載されている。制
癌性白金錯体であるオキサリプラチンが水に溶解することが開示されてお
り,溶解度7.9mg/ml以下のオキサリプラチンの水溶液からなる製剤が
実質的に開示されているといえる。
イところで,本件発明1は,①「オキサリプラティヌムの濃度を1~5mg/ml」
とした,②「pHが4.5ないし6のオキサリプラティヌムの水溶液」で
あり,③「医薬的に許容される期間の貯蔵後,製剤中のオキサリプラティ
ヌム含量が当初含量の少なくとも95%であり,該水溶液が澄明,無色,
沈殿不含有のままである」とされているが,乙1発明にはこれらに対応す
る開示がない点で本件発明1と相違する(以下,上記①②③をそれぞれ「相
違点1」「相違点2」「相違点3」という。)。
(2)乙6発明について
乙6公報には,以下の開示がある。
ア当時,カルボプラチンは,凍結乾燥製剤の剤型で供給されており,使用
前に再調整を要したが,再調製された溶液は室温で8時間,冷蔵で24時
間しか安定せず,再調製作業は不適切に行われる危険があり,また,当該
作業自体,困難,かつ曝露のリスクがあり人体にとって危険なものであっ
たため,すぐに使用でき,安定でかつ曝露のリスクが少なく安全に扱える
注射用カルボプラチン溶液が求められた。
イ凍結乾燥されていないカルボプラチンを滅菌水に溶解するという方法で,
カルボプラチン水溶液が室温で少なくとも18か月安定であるという結果
を得られ,望ましいカルボプラチン濃度は10~15mg/mlであった。当
該カルボプラチン溶液のpHは好ましくは4を超え,最も望ましくは5か
ら7であり,通常は特に何もしなくてもこの数値は達成できるが,調整し
てもよい。
ウ実施例1として,15mg/mlの濃度でカルボプラチンを滅菌水に溶解し,
pH5.45または5.50で,水だけに溶解しもしくはマンニトールを
添加して室温で保管したところ,15か月間安定であった。実施例2とし
て,10mg/mlの濃度でマンニトールを添加して注射用水に溶解し,pH
を調整することなく調製したところ,pHは5.48であり,室温で保管
したところ,18か月間安定であった。
(3)乙1発明からの容易想到性について
ア本件特許1の優先日当時,既に,抗がん性白金錯体であるシスプラチン
(第一世代),カルボプラチン(第二世代)のいずれについても,従来の
凍結乾燥製剤における調製の手間や困難を避けるために,長期間保管可能
で安定しており,すぐに使用できる水性の点滴静注液の開発が課題とされ
ており,解決が図られていた(乙29,乙6)。
したがって,同様に凍結乾燥製剤として供給されていた抗がん性白金錯
体であるオキサリプラチン(第三世代)についても,長期間安定的に保管
可能な水性の点滴静注液を開発するという課題があることを,当業者は当
然に共有していた。
イ相違点1について
当業者にとって,オキサリプラチンの水溶液濃度として,高すぎず低す
ぎない1ないし5mg/mlの範囲で選択することは,設計事項にほかならな
い。
たとえば,平成元年(1989年)6月15日発行の論文(乙31・3
362頁)には,オキサリプラチンの原体を蒸留水に溶解して3.4mg/m
lの濃度の薬物溶液が調整された例が記載されている。また,水に対する
溶解度が17.8mg/mlであるカルボプラチンについて,乙6発明の実施
例においては,その溶解度よりも少し低い10ないし15mg/mlで調整さ
れていることも,当業者がオキサリプラチンの濃度を設定するにあたって
参照することが容易であった。
ウ相違点2について
オキサリプラチンを注射用水に溶解させた場合には,特段の調整工程を
要さずに,水溶液のpHは自然とpH4.5ないし6の範囲に入るから,
pH4.5ないし6という構成は,当業者にとって容易想到である。
また,オキサリプラチンとカルボプラチンは,脱離基がジカルボン酸イ
オンである点で共通し,かつ白金原子と酸素原子を介して結合するという
共通の構造を有していることを踏まえれば,乙6発明で開示されているカ
ルボプラチンに関する水溶液のpH条件をオキサリプラチンにも応用して
みようとすることは,当業者にとって容易想到である。
エ相違点3について
乙6発明に開示されたpHを参照してオキサリプラチン水溶液を調製す
る当業者は,乙6発明に開示された作用効果に準じたオキサリプラチンの
長期間安定な製剤を得られることを期待して調製を行うのであるから,乙
1発明に乙6発明を適用することで相違点3を解消することもまた容易で
ある。
オしたがって,本件発明1は,乙1発明に乙6発明を組み合わせることに
よって容易に想到できる発明である。
よって,本件特許1は,特許法29条2項に違反するので,同法123
条1項2号により無効にされるべきものである。
〔原告の主張〕
(1)乙1発明の内容について
被告は,乙1文献に「オキサリプラチンの水溶液からなる製剤」が開示さ
れていると主張するが,乙1文献に開示されているのは,溶解度が7.9mg/ml
のオキサリプラチンであり,オキサリプラチンの水溶液すら開示されていな
い。
したがって,この点おいて既に本件発明1は乙1発明と相違している。
また,乙1発明においては水溶液にするのは投与直前であるから,乙1発
明において,オキサリプラチンの凍結乾燥物を水溶液で保存しようとする課
題は存在しないし,当該課題を解決する作用効果は全く開示されていない。
(2)乙6発明の内容について
乙6公報はカルボプラチンに関する文献であり,カルボプラチンとオキサ
リプラチンの分子構造は全く異なるから,オキサリプラチンに関する乙1発
明にカルボプラチンに関する乙6発明を組み合わせる動機付けがない。
(3)容易想到性について
ア相違点1について
乙1文献にはオキサリプラチンの性質の一つである「溶解度」について
の記載しかなく,オキサリプラチンの水溶液すら開示されていない。この
ため,乙1発明にはオキサリプラチンの「濃度」を「1ないし5mg/ml」と
する動機付けがない。
イ相違点2について
被告は,オキサリプラチンを注射用水に溶かせば自然にpH4.5ない
し6の範囲に入るなどと主張するが,事実と反する。
また,カルボプラチンとオキサリプラチンの分子構造は全く異なるので
あるから,乙6発明におけるpHの値がオキサリプラチンについて利用で
きるはずがなく,乙6公報にはオキサリプラチンの場合にどのようなpH
とすればよいかを示唆する記載は全くない。
ウ相違点3について
乙1発明にカルボプラチンに関する乙6発明を組み合わせることがまず
もってできない。
エしたがって,本件発明1が乙1発明から容易想到であるということはで
きず,本件特許1には進歩性欠如の無効理由はない。
6争点(3)イ(〔本件特許1〕「医薬的に許容される期間」に関する明確性要件
違反)について
〔被告の主張〕
構成要件1Dの「医薬的に許容される期間の貯蔵後」における期間及び貯蔵
条件が,本件明細書1の記載からは明確ではない。
上記文言はそれ自体不明確であるが,これについて,本件明細書1にも「「医
薬的に許容される期間」は,ここでは当業界で一般的に要求される期間,すな
わち,例えば室温または冷蔵庫の温度で3ないし5年に対応すると理解される。」
との説明があるだけであり,何年をいうのか,3年より短期の期間であっても
足りるのか,不明である。また,「当業界」も,例えばいかなる国におけるい
かなる医薬品についての当業界をいうのか理解できないし,業界や立場によっ
てそれぞれ必要と考える期間は必ずしも同一ではなく,画一的に決まるもので
はない。さらに,保管条件も,「室温または冷蔵庫の温度」とは,いずれの条
件の一方で足りるのか,両方の条件をいうのか不明である。
したがって,本件発明1は,明確性要件を充たさず,特許法36条6項2号
に違反するから,本件特許1は同法123条1項4号により無効にされるべき
ものである。
〔原告の主張〕
「医薬的に許容される期間」は「当業界で一般的に要求される期間」であり,
その意味は明確である。「室温または冷蔵庫の温度で3ないし5年に対応する」
という記載は一例にすぎない。
そして,被告各製品だけではなく,エルプラットや他のジェネリックメーカ
ーのオキサリプラチン製剤についても,「24か月」の長期保存試験が行われ
ているのであるから,「24か月」が「当業界で」「要求される期間」に含ま
れることは明らかである。
したがって,当業者によれば,本件発明1の「医薬的に許容される期間」の
意味は明確であり,本件特許1について,明確性要件違反の無効理由はない。
7争点(4)ア,イ(構成要件2B,2F及び2Gの「緩衝剤」並びに構成要件2
Fの「シュウ酸」の充足性)について
〔原告の主張〕
(1)被告各製品は,緩衝剤であるシュウ酸を,1x10-4
のモル濃度において含有
しているから(甲9),構成要件2B,2F及び2Gを充足する。
(2)被告の主張に対する反論
ア被告は,シュウ酸イオンは,構成要件2Fの「シュウ酸またはそのアル
カリ金属塩」に当たらないと主張する。
しかし,「シュウ酸」が水溶液中で「シュウ酸イオン」や「シュウ酸水
素イオン」(以下併せて「シュウ酸イオン等」ということがある。)にな
っていたとしても,当業者は,技術常識からして,本件発明2の「シュウ
酸」はシュウ酸イオン等を含む概念として当然に理解するから,シュウ酸
イオンが構成要件2Fの「シュウ酸」に当たることは明らかである。
イ被告は,本件発明2における「緩衝剤」は添加したものに限られると主
張するが失当であり,「緩衝剤」は添加したものに限られない。理由は以
下のとおりである。
(ア)本件特許2の特許請求の範囲請求項1には「オキサリプラチン,有効
安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な担体を包含する安定オキサリ
プラチン溶液組成物であって,」,「緩衝剤の量が,以下の:」という
文言がある。「包含」とは,文言上,「つつみこみ,中に含んでいるこ
と」を意味するから,本件発明2の「緩衝剤の量」が「オキサリプラチ
ン溶液組成物に現に含まれる全ての緩衝剤の量」であることは明らかで
ある。なお,本件特許2の請求項10では「緩衝剤を前記溶液に付加す
る」としており,本件発明2(請求項1)とは明らかに文言を使い分け
ている。
また,本件明細書2(段落【0023】)では,緩衝剤が所定の「モ
ル濃度で存在するのが便利」と明記されており,あくまでも「存在」す
る「モル濃度」が記載されている。
(イ)本件明細書2をみると,実施例1及び8では,1x10-5Mのシュウ酸ナ
トリウム又はシュウ酸を添加することが開示されているのに対して,構
成要件2Gにおいては,緩衝剤の量は5x10-5Mが下限である。
このように,実施例における下限値と構成要件2Gの下限値には差が
存在しており,このことは実施例1及び8において,1x10-5Mのシュウ
酸ナトリウム又はシュウ酸を添加した場合,5x10-5Mを上回る程度のシ
ュウ酸(シュウ酸イオンを含む。)がオキサリプラチン溶液組成物中に
存在するということを意味する。
したがって,本件明細書2には,シュウ酸イオンの存在を考慮した記
載が存在している。
(ウ)そして,「シュウ酸」は,オキサリプラチン溶液組成物中に存在さえ
すれば足りるのであり,添加したものであろうが,自然に生成したもの
であろうが,その効果が変わることは技術常識としてあり得ない。
このことは,本件明細書2の【表8】の実施例1,【表9】の実施例
8,及び,【表14】の実施例18(b)における実験結果において,
「1ヶ月」後における不純物の合計を見ても,実施例1,実施例8及び
実施例18(b)の各々の値は,0.49%,0.50%及び0.53%
となっており,その結果に大差がないことからも明らかである。とりわ
け,実施例8及び実施例18(b)における実験結果については,「ジ
アクオDACHプラチン」における「1ヶ月」後における結果及び「ジ
アクオDACHプラチン二量体」における「初期」における結果につい
て,実施例18(b)の方が実施例8よりも優れたものになっている。
参考までに,オキサリプラチンの分解で生じる解離シュウ酸を,本件
特許2の実施例1,実施例8及び実施例18(b)に記載された溶液中
のジアクオDACHプラチン及びジアクオDACHプラチン二量体から
計算した数値を次の表に示す。この表により,実施例1,実施例8及び
実施例18(b)の各々におけるシュウ酸モル濃度に大きな差がないこ
とが理解できる。
実施例No.ジアクオD
ACHプラ
チン(A)
ジアクオD
ACHプラ
チン二量体
(B)
(A)及び
(B)量から
予想されるシ
ュウ酸量(分
解量)(C)
付加された
シュウ酸量
(D)
(C)+
(D)の合
計値
1(初期)2.9×10-51.2×10-55.2×10-51×10-56.2×10-5
1(1ヶ月)3.0×10-51.2×10-55.3×10-51×10-56.3×10-5
8(初期)3.2×10-51.3×10-55.8×10-51×10-56.8×10-5
8(1ヶ月)3.9×10-51.5×10-56.8×10-51×10-57.8×10-5
18(b)
(初期)
3.9×10-51.2×10-56.4×10-506.4×10-5
18(b)
(1ヶ月)
3.3×10-51.2×10-55.8×10-505.8×10-5
なお,被告は,実施例18が比較例であると主張しており,たしかに,
本件明細書2では,段落【0073】の1箇所のみに「比較例18」と
いう表現が用いられているが,これは実施例18(a)に対応する【表
15】のデータと実施例18(b)を比較した例であることを意味する
にすぎない。このことは,上記「比較例18」という表現が本件特許2
の国際段階の明細書(甲21・21頁)では「StabilityofComparative
Example18」と表現されており,これは「比較した実施例18における
安定性」と翻訳することができることからも,裏付けられる。
(エ)本件明細書2の段落【0022】では「緩衝剤という用語は,本明細
書中で用いる場合,オキサリプラチン溶液を安定化し,それにより望ま
しくない不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDA
CHプラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得るあらゆる酸
性または塩基性剤を意味する」と定義されている。
そして,次図のとおり,オキサリプラチンからジアクオDACHプラ
チンとシュウ酸イオンが生成され,二つのオキサリプラチンからジアク
オDACHプラチン二量体及び二つのシュウ酸イオンが生成されるとす
ると,オキサリプラチンとともに生成されるシュウ酸イオンはジアクオ
DACHプラチン二量体の分解を抑制することになるし,ジアクオDA
CHプラチン二量体とともに生成されるシュウ酸イオンはジアクオDA
CHプラチンの分解を抑制することになる。
よって,オキサリプラチンから解離したシュウ酸(解離シュウ酸)が,
ジアクオDACHプラチン等の不純物の生成を「防止または遅延」して
いる。
仮にオキサリプラチンからジアクオDACHプラチン二量体が直接に
オキサリプラチン
ジアクオDACHプラチン二量体
シュウ酸イオン
ジアクオDACHプラチン
生成されることなく,全てのジアクオDACHプラチン二量体がジアク
オDACHプラチンを経て生成されるとしても,解離シュウ酸が,ジア
クオDACHプラチン等の不純物の生成を「防止または遅延」すること
は変わらない。つまり,二つのジアクオDACHプラチンが一つのジア
クオDACHプラチン二量体を生成した場合には,その分,ジアクオD
ACHプラチンが減少することになるが,ジアクオDACHプラチンと
ともに生成されたシュウ酸イオンはそのまま残る。
よって,ジアクオDACHプラチンが減少した分,オキサリプラチン
が分解しようとしても,解離シュウ酸によってその分解が「防止または
遅延」されるのである。
なお,被告は,段落【0022】の定義を受けて,シュウ酸イオン等
には,水溶液のpHを下げる効果はないから酸性剤に当たらず,本件明
細書2に定義される緩衝剤には当たらないと主張するが,シュウ酸イオ
ンに水素イオンが結合してシュウ酸水素イオンになり,さらに水素イオ
ンが結合してシュウ酸になるのであるから,シュウ酸イオン等はpHに
影響を与えるものとして,「酸性または塩基性剤」に当たり得る。
(オ)本件明細書2(段落【0012】~【0016】)をみると,まず,
凍結乾燥物質を利用した場合に,経費が掛かること及びエラーが生じる
可能性があることが説明され,続いて,凍結乾燥物質を再構築した場合,
すなわち水溶液にしたときの欠点として,(a)微生物汚染の危険,(b)滅
菌失敗の危険,(c)不完全溶解による粒子残存の可能性が説明され,「水
性溶液中では,オキサリプラチンは,時間を追って,分解して,種々の
量のジアクオDACHプラチン(式I),ジアクオDACHプラチン二
量体(式II)およびプラチナ(IV)種(式III)」を不純物として生成
し得るので「上記の不純物を全く生成しないか,あるいはこれまでに知
られているより有意に少ない量でこのような不純物を生成するオキサリ
プラチンのより安定な溶液組成物を開発することが望ましい」とされて
いる。
そして,続く段落【0017】では,段落【0012】~【0016】
で挙げられた凍結乾燥物質による「前記の欠点を克服し,そして長期間
の,即ち2年以上の保存期間中,製薬上安定である,すぐに使える(R
TU)形態のオキサリプラチンの溶液組成物が必要とされている。した
がって,すぐに使える形態の製薬上安定なオキサリプラチン溶液組成物
を提供することによりこれらの欠点を克服することが,本発明の目的で
ある。」とされている。
このように,本件発明2は,凍結乾燥物質による欠点を克服するため
のものであり,「上記の不純物を全く生成しないか,あるいはこれまで
に知られているより有意に少ない量でこのような不純物を生成する」と
いう記載も凍結乾燥物質を水に溶かしたものと比較してされたものであ
る。
よって,被告の「シュウ酸イオンが解離するということは,ジアクオ
DACHプラチンが生じることにほかならないから,本件発明2の目的
を達成できていない」という主張は,本件明細書2を十分に理解してい
ない主張にすぎない。
(カ)被告は,米国及びブラジルにおける審査経過を根拠とした主張もして
いる。
しかし,他国の特許権は本件特許権2とは全く別個の権利であるから,
他国の審査経過及び権利範囲が本件発明2の技術的範囲を画することは
ない。
また,被告が指摘する米国特許の出願人の主張は,甲等の開示からす
ると,安定化量の緩衝剤を含むオキサリプラチン溶液組成物を導くこと
ができないと主張しているものにすぎず,オキサリプラチン溶液組成物
に含まれる緩衝剤が添加されたものに限定される旨の主張をしているも
のではない。米国特許の出願人は,あくまでも緩衝剤が「有効安定化量」
で溶液中に存在することが重要であるという事実を主張した上で,理由
を問わず溶液中に存在する緩衝剤の量が十分なものとなった場合には,
比較例18よりも不純物を劇的に減らすことができるという事実を主張
しているにすぎない。
そして,ブラジル特許出願の請求項1では,構成要件Gで規定されて
いるシュウ酸のモル濃度よりもかなり多い量である1×10-4M~5×10-
4Mに限定されている結果,本件発明2の場合とは異なり実施例18はい
わゆる比較例となっているところ,出願人は,緩衝剤を添加した実施例
15と比較して実施例18では不純物が少ないと主張しているにすぎな
い。
ウ被告は,本件明細書2の段落【0058】を根拠として「シュウ酸また
はそのアルカリ金属塩」以外の緩衝剤は除外されるべきであると主張する。
しかし,段落【0058】は十分な解離シュウ酸の分離が期待できない
2mg/mlのオキサリプラチン水溶液について,クエン酸塩,酢酸塩,トリ
ス,グリシン及びリン酸塩を加えた場合には,好ましくない結果が出るこ
とを示したものにすぎない。
したがって,本件明細書2の段落【0058】は,少なくとも被告各製
品のように5mg/mlの濃度であるオキサリプラチン水溶液に関して「シュ
ウ酸またはそのアルカリ金属塩」以外の緩衝剤を加えることを除外する根
拠とはならない。
また,被告は,出願経過を踏まえ,減縮補正の趣旨を考慮すれば,構成
要件2Fの「緩衝剤」に「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」以外の緩
衝剤を含むという解釈はできないと主張しているが,補正で減縮した場合
であっても,特許請求の範囲の請求項の文言は最低限の要素を記載してい
るという要件が成立することは明らかである。
エ以上のとおり,被告の主張はいずれも失当である。
〔被告の主張〕
(1)「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」について
ア構成要件2Fは,「緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり」
としており,本件発明2がシュウ酸又はシュウ酸アルカリ金属塩を含むこ
とを規定しているが,被告各製品の組成にはシュウ酸も,シュウ酸アルカ
リ金属塩も含まれていない。
この点に関して原告は,平成27年5月1日付け「試験報告書」(甲9)
を根拠に,被告各製品には,シュウ酸が含まれていると主張する。しかし,
被告各製品中に存在するとすれば,それはシュウ酸イオンかシュウ酸水素
イオンであって,シュウ酸又はシュウ酸アルカリ金属塩ではない。
イそして,以下の各構造式からも明らかなとおり,シュウ酸,シュウ酸イ
オン,シュウ酸水素イオン及びシュウ酸ナトリウムは,明らかに物質とし
て異なるものである。
↑↑↑↑
シュウ酸シュウ酸イオンシュウ酸水素イオンシュウ酸ナトリウム
よって,被告各製品は構成要件2Fを充足しない。
(2)「緩衝剤」について
被告各製品中にシュウ酸イオン等が存在するとしても,被告各製品の製造
過程では,シュウ酸が添加されていない。ところで,本件発明2は,オキサ
リプラチンから解離してシュウ酸イオン等が生じることを前提とした技術で
あり,解離したシュウ酸イオン等は本件発明2の「緩衝剤」に含まれないか
ら,被告各製品は構成要件2B,2F及び2Gを充足しない。
本件発明2における「緩衝剤」が添加したものに限られることは,次のこ
とから明らかである。
ア本件明細書2をみると「……水性溶液中では,オキサリプラチンは,時
間を追って,分解して,種々の量のジアクオDACHプラチン(式I),
ジアクオDACHプラチン二量体(式II)およびプラチナ(IV)種(式
III)……を不純物として生成し得る,ということが示されている。」
(段落【0013】及び【0016】)という記載がある。ジアクオDA
CHプラチンは,オキサリプラチンからシュウ酸イオンが解離した結果生
じるものであるから,上記記載は,水性溶液中では,オキサリプラチンか
らシュウ酸イオンが解離して,ジアクオDACHプラチン等の不純物が生
じる,という現象を説明したものである。
のみならず,本件明細書2の比較例18(段落【0050】)は,オー
ストラリアにおける本件特許1の対応特許出願(オーストラリアを指定国
と定めて国際事務局に提出されたPCT国際出願WO1996/0049
04(乙14))に則って作成された「水性オキサリプラチン組成物」で
あるところ,本件明細書1(4頁)には,「〔不純物のうち〕主要なもの
は蓚酸であると同定した。」と記載されており,不純物としてシュウ酸イ
オン等が生じることが開示されている(なお,オキサリプラチン溶液中に
おいてシュウ酸はほとんどイオン化し,シュウ酸として存在しないため,
上記の「蓚酸」はシュウ酸イオン等を指していると考えられる。)。
以上の点を踏まえれば,本件発明2は,オキサリプラチンからシュウ酸
イオン等が解離することを前提として認めた上で,それとは別にシュウ酸
やそのアルカリ金属塩を緩衝剤としてオキサリプラチン水溶液に包含させ
た技術であると理解できる。
イまた,本件明細書2の「任意の製剤組成物中に存在する不純物のレベル
は,多くの場合に,組成物の毒物学的プロフィールに影響し得るので,上
記の不純物を全く生成しないか,あるいはこれまでに知られているより有
意に少ない量でこのような不純物を生成するオキサリプラチンのより安定
な溶液組成物を開発することが望ましい。」(段落【0016】)という
記載からすると,オキサリプラチンからシュウ酸イオンが解離することに
より生じるジアクオDACHプラチン等の生成を抑える(望ましくは全く
生成しない)ことが本件発明2の目的と考えられる。実施例1ないし17
において,調製時にシュウ酸が添加されているのも,かかる目的を実現す
るためと考えられる。
一方,オキサリプラチンからシュウ酸イオン等が解離するということは,
本件発明2の上記目的を達成せずにジアクオDACHプラチンが生じるこ
とにほかならないから,この結果は本件発明2の上記目的や作用効果と相
容れないし,そのようにして生じたシュウ酸イオン等を利用してオキサリ
プラチンの分解を抑えるような示唆も本件明細書2には存在しない。
ウ仮に,オキサリプラチンからの解離により生じたシュウ酸イオン等を緩
衝剤として活用することが出願時に意図されていたとすれば,実施例にお
いても,このような経時的に生じたシュウ酸イオン等の量を添加した緩衝
剤の量と合算する等,考慮した記載がされているはずであるが,本件明細
書2の実施例において,溶液中のシュウ酸イオン等を定量している例はな
い。
本件明細書2記載の実施例をみると,表1A,表2,表4においては,
添加するシュウ酸ナトリウムの重量が記載されており,表1B,表1C,
表1Dにおいては,添加するシュウ酸二水和物の量が記載されている。表
3A,表5,表6,表7についても同様である。また,本件明細書2の表
4ないし表7においては,初期と1か月ないし9か月の各時点におけるシ
ュウ酸モル濃度に変動は一切認められないから,シュウ酸イオンのモル濃
度は考慮されていない。
以上のとおり,明細書の実施例においては,いずれも添加される前の状
態で測定されたシュウ酸ナトリウム又はシュウ酸二水和物の重量が記載さ
れており,各表に示された緩衝剤の濃度はこれらの重量と分子量に基づい
て計算されたものである。
このことからも,オキサリプラチンから解離して生じるシュウ酸イオン
等を緩衝剤に含めて活用することなどは,出願にあたって意図されていな
かったことは明らかである。
エ本件明細書2(段落【0022】)では,「緩衝剤」は,「酸性または
塩基性剤を意味する。」と定義されているところ,「シュウ酸」は塩基性
剤である「シュウ酸アルカリ金属塩」や「シュウ酸ナトリウム」と対比し
て列挙されているから,「シュウ酸」が酸性剤である。ところが,水溶液
中でオキサリプラチンから解離するシュウ酸イオン等には,水溶液のpH
を下げる効果はないから,酸性剤にあたらず,本件明細書に定義される「緩
衝剤」にはあたらない。
オ原告は,本件明細書2記載の実施例18(b)は実施例であり,シュウ
酸を添加していない実施例の記載があることから,本件発明2における「緩
衝剤」は添加したものに限られないと主張している。
しかし,本件明細書2には,「比較のために,例えば豪州国特許出願第
29896/95号(1996年3月7日公開)に記載されているような
水性オキサリプラチン組成物を,以下のように調製した:」(段落【00
50】),「比較例18の安定性」(段落【0073】)と,端的に実施
例18が比較例であることを示す記載がある。
また,「実施例18(b)の非緩衝化オキサリプラチン溶液組成物」と
いう記載もあり,「非緩衝化」という語が,本件発明2にいう「緩衝剤」
を含まないことを意味することは自明である。
さらに,本件明細書2では,段落【0063】に「実施例1~17の組
成物に関する安定性試験」との題名があり,他方,段落【0073】では
これと明らかに対照される題名として「比較例18の安定性」との記載が
あるから,実施例1ないし17と実施例18が明確に区別され,対照され
ている。
加えて,原告自身,本件特許2にかかる無効審判において,実施例18
(a)が比較例であることを明確に認めていた(平成27年5月8日付け
「口頭審理陳述要領書」,乙56・22頁)。
したがって,実施例18は比較例である。
カこのことは,以下のとおり,米国における対応特許出願の経過及びブラ
ジルにおける対応特許出願の経過からも裏付けられる。
(ア)まず,本件特許2と同じ英国特許出願に基づき優先権を主張して出願
された対応米国特許(US6306902B1・乙64)の審査過程に
おいて,出願人は,拒絶理由通知に対し,2001年(平成13年)5
月29日付意見書(乙65)において,「オキサリプラチンの溶液製剤
に緩衝剤を加えることにより,甲らの開示した発明(比較例18・本件
発明1)の製剤中に見出されるよりも著しく少量の不純物を生成する,
より安定したオキサリプラチンの溶液製剤が得られることを見出した。」
と主張している。さらに,出願人は,同意見書において,上記主張に続
けて,本件発明2が比較例であるExample18(b)に比べて安
定的であることを,実施例1,7,9との比較をもって説明している。
(イ)次に,本件特許2のブラジル対応特許出願の拒絶処分に対する不服申
立て(甲36・抄訳2,3頁)には,乙14公報で緩衝剤を加えていな
いオキサリプラチン化合物(比較例18)は,40℃・1か月経過後に
不純物が増加したが,「緩衝剤としてシュウ酸0.0002molを加え
た」実施例15では不特定不純物の存在が確認できなかったことが記載
され,また,「本願発明とは異なり,保存の際に薬剤に緩衝剤を加えて
おかないと,不特定不純物が現れるが,・・・同じ条件で保存した場合,本
願発明にあるシュウ酸を緩衝剤として加えれば,不純物が発生しないと
いうことである。」との記載があり,緩衝剤を加えたことによって得ら
れる優れた保存性を理由として進歩性が主張されている。
(3)「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」以外の緩衝剤が含まれる場合を含
むか
ア構成要件2Fの「緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であって」
との文言自体からして,構成要件2Fにおける「緩衝剤」とは,「シュウ
酸またはそのアルカリ金属塩」でなければならず,その他の緩衝剤を含む
製品は,構成要件2Fを充足しないと解される。
このことは,本件明細書2の「オキサリプラチンの安定水性溶液は,緩
衝剤,例えばシュウ酸またはそのアルカリ金属塩,例えばシュウ酸ナトリ
ウムが利用される場合に得られる,ということが発見された。」(段落【0
058】)という記載や,本件明細書2には,「シュウ酸またはそのアル
カリ金属塩」以外の緩衝剤との併用例や併用の可能性についての開示がな
いことからも明らかである。
イところで,本件明細書2の段落【0022】において,「緩衝剤」は,
「オキサリプラチン溶液を安定化し,それにより望ましくない不純物,例
えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の
生成を防止するかまたは遅延させ得るあらゆる酸性または塩基性剤」と定
義されている。
そして,被告各製品で用いられている酒石酸と水酸化ナトリウムの混合
物は,溶液のpHを一定範囲に留めるという緩衝機能を果たし,もってオ
キサリプラチンを安定化させ,オキサリプラチンからシュウ酸イオンが解
離したためにできるジアクオDACHプラチン及びジアクオDACHプラ
チン二量体の発生を防止している(乙17)から,被告各製品における酒
石酸及び水酸化ナトリウムの混合物は,上記定義による「緩衝剤」に含ま
れる。
ウしたがって,被告各製品には,シュウ酸またはそのアルカリ金属塩以外
の「緩衝剤」が含まれるから,構成要件2Fを充足しない。
8争点(5)ア(〔本件特許2〕乙1発明による進歩性欠如)について
〔被告の主張〕
(1)本件発明2と乙1文献との対比
ア乙1文献には,以下の開示がある。
(ア)制癌性の白金錯体であるオキサリプラチンが水に溶解すること
(イ)オキサリプラチンの脱離基がシュウ酸イオンであること
(ウ)金属錯体の場合には,中心金属を介して配位結合するので,環境条件
(pH,濃度,共存物質など)により解離し,結合が切れること
イ本件発明2との比較
上記ア(ア)のとおり,乙1文献にはオキサリプラチンが水に溶解すること
が開示されており,オキサリプラチンの水溶液からなる製剤が実質的に開
示されている。
一方,本件発明2は,「安定オキサリプラチン溶液組成物」であって,
「有効安定化量の緩衝剤」として「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」
が包含されておりその量が所定の数値範囲のモル濃度で指定されている点
において乙1発明と相違する。
(2)乙24文献について
ア乙24文献には,以下の開示がある。
(ア)白金製剤の溶液組成物中の割合について,一般的に,白金からの脱離
基を含んだ溶液が最適な安定性を薬剤にもたらすこと
(イ)上記(ア)の例として,シスプラチンやテトラプラチン(いずれも脱離基
が塩化物イオンである。)を安定させるには塩化物が最適であること,
JM40(脱離基がマロン酸イオンである。)にとってはマロン酸塩が
最適であること,スピロプラチン(脱離基は硫酸イオンである。)には
硫酸塩が最適であること
イ当業者が乙24文献に触れれば,脱離基に相当するイオンの水溶液中濃
度を高めることにより白金製剤が脱離基の解離と結合を繰り返す平衡状態
を結合方向へ移動させて解離を抑制するという,ルシャトリエの原理(平
衡状態にある反応系において,状態変数〔温度,圧力(全圧),反応に関
与する物質の分圧や濃度〕を変化させると,その変化を相殺する方向へ平
衡が移動するという原理)の応用であることは自明である。
(3)容易想到性について
乙1文献に開示されたオキサリプラチンの水溶液について,安定させる必
要があると考える当業者が乙24文献に接した場合,乙24文献に開示され
た他の白金製剤と同様に,オキサリプラチンの脱離基を溶液に含有させれば
よいと考えるから,当業者は,オキサリプラチンに最適の安定性をもたらす
ために,前記(1)ア(イ)の知見により,水溶液にシュウ酸イオンを含有させる
ことに容易に想到する。
そして,シュウ酸イオンを水溶液中に含有させるために,シュウ酸若しく
はシュウ酸塩を配合することは技術常識であるから,緩衝剤としてシュウ酸
又はシュウ酸アルカリ金属塩を使用することも容易に想到できる。
また,本件明細書2においても,緩衝剤の量の設定については,その量の
上限及び下限につき特段の臨界的意義が示されているわけではない。そして,
当業者であれば,実験により当該数値範囲の量に想到することも容易である
から,その数値限定に進歩性を見出すことはできない。
よって,本件発明2は進歩性を欠き,本件特許2は,特許法29条2項に
違反するので,同法123条1項2号により無効にされるべきものである。
〔原告の主張〕
(1)乙1文献について
乙1文献には「オキサリプラチンの水溶液」が示されているにすぎない。
(2)乙24文献について
乙24文献にはシスプラチン,テトラプラチン,JM40及びスピロプラ
チンについての記載があるが,これらの分子構造はオキサリプラチンのもの
とは全く異なるから,オキサリプラチンに関する乙1発明に,乙24発明を
組み合わせる動機付けがない。
(3)容易想到性について
ア被告は,当業者は,「オキサリプラチンの脱離基を溶液に含有させれば
よいと考える」と主張する。
しかし,本件特許2の優先日当時における技術常識によれば,シュウ酸
は「不純物」であるから,オキサリプラチン水溶液を安定化するために,
つまり不純物を少なくするために,不純物であるシュウ酸を追加しような
どと当業者が考えることはなく,動機付けがない。
イ被告は,本件発明2の数値限定に臨界的意義がなく,数値限定に進歩性
がないと主張する。
しかし,上記主張は,本件発明2の数値範囲の緩衝剤が存在する場合に,
検出されるジアクオDACHプラチンやジアクオDACHプラチン二量体
の量が格段に少なくなっていることを無視するものであり,著しく妥当性
を欠く。
また,本件明細書2をみると,2mg/mlのオキサリプラチンを用いた例
(【表15】)では,オキサリプラチン量が少ないために溶液中に「存在
する」シュウ酸が少なくなってしまい,その結果,実施例18(b)(オ
キサリプラチン5mg/ml)における実験結果(【表14】)に劣っている。
したがって,本件発明2における数値範囲には技術的意義が十分に存在
し,臨界的意義も存在することは明らかである。
9争点(5)イ(〔本件特許2〕乙14発明による新規性欠如又は進歩性欠如)に
ついて
〔被告の主張〕
(1)乙14公報について
本件特許1のPCT国際出願である乙14公報には,以下の開示がある。
ア医薬的に安定なオキサリプラチンの水溶液(オキサリプラチンの濃度が
1から5mg/ml)の知見
イ上記アのオキサリプラチン水溶液製剤が,「蓚酸」(シュウ酸)を含む
こと
(2)本件発明2と乙14発明との対比
乙14公報には,シュウ酸を包含し,担体を水とする安定オキサリプラチ
ン溶液組成物が開示されているが,シュウ酸の濃度の開示はされていない点
で本件発明2と相違する。なお,乙14公報において,オキサリプラチン水
溶液における主要な不純物として存在することが開示されている「蓚酸」は,
オキサリプラチンから解離して生じたシュウ酸イオン等であると考えられる。
(3)容易想到性について
乙14公報に開示された方法で,医薬的に安定的なオキサリプラチンの水
溶液を調製すると,本件発明2所定の濃度のシュウ酸が水溶液中に含有され
る。例えば,本件特許1に係る無効審判請求事件(無効2010-8001
91)において,原告(被請求人)が,5mg/mlの濃度でpHが5.11及
び5.85であるオキサリプラチン水溶液が長期安定であることを証明する
ために提出した実験成績証明書(乙25)によれば,実験開始時のオキサリ
プラチン水溶液中には,対オキサリプラチン重量比で0.092%,0.1
18%のシュウ酸の量が確認されているが,これをシュウ酸の分子量(90)
を用いてモル濃度に換算すると,5.11×10-5
M,6.55×10-5
Mとなり,いずれ
の数値も本件発明2の構成要件2Gに含まれる。
また,被告が,乙14公報に開示された方法により,オキサリプラチン水
溶液を調整し保存する再現実験を行ったところ,調製時(pHは5.05と
測定された。)から2週間,40℃,湿度75%で保存した5mg/mlのオキ
サリプラチン水溶液中に,シュウ酸,シュウ酸水素イオン,シュウ酸イオン
が含有され,これらの合計濃度は6.20×10-5
Mとなることが確認された(乙
32)。この数値は,本件発明2の構成要件2Gに含まれる。
したがって,当業者が乙14公報に開示されている方法で本件発明2のシ
ュウ酸濃度を満たすオキサリプラチン溶液組成物を作成することは極めて容
易であり,本件発明2は乙14公報において実質的に開示されているものと
して新規性を欠き,あるいは少なくとも進歩性要件を欠くから,特許法12
3条1項2号により無効にされるべきものである。
〔原告の主張〕
(1)被告は乙14発明による新規性又は進歩性欠如の無効理由があると主張す
るが,乙14発明はオキサリプラチンの濃度,pH,安定性等で規定した発
明であるのに対して,本件発明2は含有されるシュウ酸またはそのアルカリ
金属塩の量,安定性等で規定した発明であり,両者は全く異なる技術思想に
よるものである。そして,乙14公報では不純物としてのシュウ酸が開示さ
れているだけであり,オキサリプラチン水溶液に含まれる「シュウ酸または
そのアルカリ金属塩」の量を一定量以上とすることで製薬上安定なオキサリ
プラチン水溶液の製剤を提供できるという技術思想は一切開示されていない。
したがって,本件発明2と乙14発明は,実質的に同一ではないし,本件
発明2が乙14発明から容易に想到できるものでもない。
(2)乙14公報において,具体的なシュウ酸濃度に係る数値が示されているの
は実施例3の表のみであるが,同表に基づいてシュウ酸濃度を算出すると,
同実施例のオキサリプラチンの水溶液では,オキサリプラチンの分解により
生じるもののうちジアクオDACHプラチン,ジアクオDACHプラチン二
量体,シュウ酸以外のものは無視できるほど微量であるという被告に有利な
仮定をしても,シュウ酸濃度は最大で3.5×10-5
ないし4.2×10-5
Mである。
したがって,本件発明2と乙14公報の実施例3とではシュウ酸濃度が全
く異なる。
(3)被告は,被告作成に係る平成27年(2015年)10月1日付け実験報
告(乙32)及び原告作成に係る実験成績証明書(乙25)に基づいて,事
後的に得られた結果が乙14公報に開示されているかのような主張を行って
いるが,これらにみられる実験では,乙14公報記載の実施例の再現すら行
われていないのであるから,これらの実験によって得られた結果を事後的に
分析して,その結果が乙14公報に開示されているに等しいということはで
きない。
10争点(5)ウ(〔本件特許2〕「緩衝剤の量」に関する明確性要件違反)につい

〔被告の主張〕
「緩衝剤の量」(構成要件2G)は,その意味するところが明確ではない。
本件発明2の「緩衝剤」には,オキサリプラチンから解離したシュウ酸イオン
等は含まれない(「緩衝剤の量」とは,調製時に添加された緩衝剤の量をいう。)
と解すべきであるが,本件特許2の特許請求の範囲請求項1の記載では,この
ことが明確に規定されていない。
そして,請求項の記載から「緩衝剤の量」の意味を当業者が理解しようとし
ても,①オキサリプラチン溶液組成物を作成するためにオキサリプラチン水溶
液に添加された緩衝剤の量なのか,それとも,②オキサリプラチン溶液組成物
に現に含まれる全ての緩衝剤の量なのかが不明確であるから,特許請求の範囲
の記載は明確性要件を満たさない。
よって,本件発明2は,特許法36条6項2号に違反するから,本件特許2
は特許法123条1項4号により無効にされるべきものである。
〔原告の主張〕
本件発明2は「オキサリプラチン溶液組成物であって,・・・組成物。」と
されているのであるから,本件発明2における「緩衝剤」はオキサリプラチン
溶液組成物に現に含まれる全ての緩衝剤の量であることは明らかであり,それ
以外の解釈は成立しようがない。
「シュウ酸」が水溶液中で「シュウ酸イオン」や「シュウ酸水素イオン」に
なっていたとしても,当業者は技術常識からして,本件発明2の「シュウ酸」
は「シュウ酸イオン」及び「シュウ酸水素イオン」を含む概念として当然に理
解する。
したがって,本件発明2に明確性要件違反はない。
11争点(5)エ(〔本件特許2〕「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」に関する
サポート要件違反の有無)について
〔被告の主張〕
本件発明2の構成要件2Fでは,「緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金
属塩であり,」と規定され,構成要件2Gでは,かかる緩衝剤の量が規定され
ている。しかし,「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」は,水溶液中で大部
分が又は完全に電離する。にもかかわらず,本件明細書2においては,構成要
件2Gが定める量の「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」を,水溶液中に包
含させる技術も実施例も記載されていない。
したがって,構成要件2F及び2Gはサポート要件を充たさず,特許法36
条6項1号に違反しているから,特許法123条1項4号により無効にされる
べきものである。
〔原告の主張〕
被告は,「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」は,水溶液中で大部分が又
は完全に電離するとした上で,構成要件2Gで定める量の「シュウ酸またはそ
のアルカリ金属塩」を,水溶液中に包含させる技術も実施例も記載されていな
いからサポート要件違反であると主張する。
しかし,「シュウ酸」が水溶液中で「シュウ酸イオン」や「シュウ酸水素イ
オン」になっていたとしても,当業者は技術常識からして,本件発明2の「シ
ュウ酸」は「シュウ酸イオン」及び「シュウ酸水素イオン」を含む概念として
当然に理解するから,被告の主張は著しく妥当性を欠く。
したがって,本件発明2にサポート要件違反はない。
12争点(5)オ(〔本件特許2〕「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」に関する
実施可能要件違反の有無)について
〔被告の主張〕
本件発明2の構成要件2Fでは,「緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金
属塩であり,」と規定され,構成要件2Gでは,かかる緩衝剤の量が規定され
ている。しかし,「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」は,水溶液中で大部
分又は完全に電離する。にもかかわらず,本件明細書2においては,構成要件
2Gで定める量の「シュウ酸またはそのアルカリ金属塩」を,水溶液中に包含
させる技術も実施例も記載されていない。
したがって,本件明細書2には,本件発明2が解決しようとする課題及びそ
の解決手段その他の当業者が発明の技術上の意義を理解するために必要な事項
が記載されているとはいえず,実施可能要件を充たさず,特許法36条4項1
号・特許法施行規則24条の2に違反するから,特許法123条1項4号によ
り無効にされるべきものである。
〔原告の主張〕
被告は「サポート要件」と同様の主張を行い,実施可能要件違反を主張する。
しかしながら,サポート要件において主張したように,「シュウ酸」が水溶
液中で「シュウ酸イオン」や「シュウ酸水素イオン」になっていたとしても,
当業者は技術常識からして,本件発明2の「シュウ酸」は「シュウ酸イオン」
及び「シュウ酸水素イオン」を含む概念として当然に理解するから,被告の主
張は著しく妥当性を欠く。
したがって,本件発明2には実施可能要件違反はない。
13争点(6)ア(本件訂正により無効理由が解消するか)について
〔原告の主張〕
(1)本件訂正発明2においては,構成要件2Gについて,「pHが3~4.5
の範囲」とする限定をしており(構成要件2H),この点においても本件訂
正発明2と乙1発明は相違し,また,乙14発明とも相違するが,この相違
点は当業者にとって容易想到ではない。
したがって,本件訂正により無効理由が解消する。
(2)被告の主張に対する反論
ア被告は,上記pHの数値限定には技術的意義がないから,本件訂正発明
2は進歩性を欠くなどと主張する。
しかし,本件明細書2(【表8】【表9】)をみると,実施例1ないし
4及び実施例8ではpHが3ないし4.5の範囲から外れているが,実施
例9ないし11ではpHが3ないし4.5の範囲に入っているところ,こ
のうち,シュウ酸ナトリウムのモル濃度が同一である実施例9ないし11
と実施例2ないし4における不純物の量をそれぞれ比較すると,実施例9
ないし11において不純物の量が劇的に減少している。これは,実施例9
ないし11の「pHが3~4.5」の範囲にあるためであるから,本件訂
正発明2におけるpHの限定には十分な技術的意義がある。
したがって,被告の上記主張は失当である。
イまた,被告は,pH5.9について開示されている論文(乙23)を指
摘して,pHを4.5以下に設定することは当業者にとって容易であるな
どと主張する。
しかし,なぜ,上記論文から「pH4.5」という数値が導出されるの
か全く不明であるから,上記被告の主張は明らかに失当である。
〔被告の主張〕
(1)本件訂正発明2については,緩衝剤の量の一部数値範囲(構成要件2G)
について,「pHが3~4.5の範囲」とする限定(構成要件2H)が付加
されているが,構成要件2Hによる限定の及ばない緩衝剤の量の数値範囲(構
成要件2I)と一部重複していることからも自明であるが,例えば,本件明
細書2記載の実施例9では,初期のpHが4.40であって上記のpHの数
値範囲に属するが(本件明細書2【表5】),この場合でも,ジアクオDA
CHプラチンやジアクオDACHプラチン二量体が検出されており,これら
の不純物の生成が防止されていない。このような事実等に鑑みても,その数
値限定には臨界的意義がなく,進歩性を見出すことはできない。
(2)加えて,周知文献である昭和56年(1981年)8月21日に受理され
たデビンダーS.ジル他作成の論文(乙23)では,オキサリプラチンか
らシュウ酸が解離してできる不純物であるジアクオDACHプラチンが,p
H6以上の環境では,結合してジアクオDACHプラチン二量体を形成しや
すくなることが開示されている。この点に鑑みても,pHを6以下の弱酸性
に抑制する動機付けがあるといえるから,pHを4.5以下に設定すること
は,当業者には容易に想起できる。
また,本件訂正発明2には,pHの数値範囲が及ばない構成(構成要件2
I)も含まれているところ,同構成に進歩性のないことは,本件発明2の場
合と変わりがない。
(3)以上のとおり,本件訂正によっても無効理由は解消しない。
14争点(6)イ(構成要件2H(pHが3ないし4.5)の充足性)について
〔原告の主張〕
被告各製品のpHはいずれも4.5であるから(甲8),被告各製品は構成
要件2Hの「pHが3~4.5の範囲」を充足する。
〔被告の主張〕
被告各製品におけるpHの規格値はpH4.0ないし7.0であり,製品毎
のばらつきもあるから,被告各製品が常に「pH3~4.5の範囲」を充足す
るとはいえない。
第4当裁判所の判断
1本件発明1の内容
(1)本件明細書1には,次の各記載がある。
【発明の詳細な説明】
・「この発明は,腸管外経路用の,オキサリプラティヌムの医薬的に安定な
製剤に関するものである。」(2頁12~13行)
・「現在,オキサリプラティヌムは,投与直前再構成用および5%ぶどう糖
溶液希釈用の凍結乾燥物として,注射用水または等張性5%ぶどう糖溶液
と共にバイアルに入れて,前臨床および臨床試験用に入手でき,投与は注
入により静脈内に行われる。」(2頁27~29行)
・「しかし,このような投与形態は,比較的複雑で高価につく製造方法(凍
結乾燥)および熟練と注意の双方を要する再構成手段の使用を意味する。
さらに,実際上,このような方法は,溶液を突発的に再構成するとき間違
いが起こる危険性があることが判明した;事実,凍結乾燥物から注射用医
薬製剤を再構成するときまたは液剤を希釈するときに,0.9%NaCl溶液を使
用するのはごく一般的である。オキサリプラティヌムの凍結乾燥形態の場
合にこの溶液を誤って使用すると,有効成分に極めて有害であり,それは
NaClで沈殿(ジクロロ-dach-白金誘導体)を生じ,上記製品の急速な分
解を引き起こす。」(2頁30~36行)
・「それ故,製品の誤用のあらゆる危険性を避け,上記の操作を必要とせず
に使用できるオキサリプラティヌム製剤を医療従事者または看護婦が入手
できるようにするため,直ぐ使用でき,さらに,使用前には,承認された
基準に従って許容可能な期間医薬的に安定なままであり,凍結乾燥より容
易且つ安価に製造でき,再構成した凍結乾燥物と同等な化学的純度(異性
化の不存在)および治療活性を示す,オキサリプラティヌム注射液を得る
ための研究が行われた。これが,この発明の目的である。」(2頁37~
42行)
・「この発明者は,この目的が,全く驚くべきことに,また予想されないこ
とに,腸管外経路投与用の用量形態として,有効成分の濃度とpHがそれ
ぞれ充分限定された範囲内にあり,有効成分が酸性またはアルカリ性薬剤,
緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液を
用いることにより,達成できることを示すことができた。特に,約1mg/ml
より低い濃度のオキサリプラティヌム水溶液は,充分安定でないことが見
出された。」(2頁43~48行)
・「従って,この発明の目的は,オキサリプラティヌムが1ないし5mg/ml
の範囲の濃度と4.5ないし6の範囲のpHで水に溶解し,医薬的に許容
される期間の貯蔵後製剤中のオキサリプラティヌム含量が当初含量の少な
くとも95%を示し,溶液が澄明,無色,沈殿不含有のままである,腸管
外経路投与用のオキサリプラティヌムの安定な医薬製剤である。この製剤
は他の成分を含まず,原則として,約2%を超える不純物を含んではなら
ない。」(2頁49行~3頁3行)
・「好ましくは,オキサリプラティヌムの水中濃度は約2mg/mlであり,溶液
のpHは平均値約5.3である。」(3頁4~5行)
・「さらに,この発明の製剤が安定であるべき「医薬的に許容される期間」
は,ここでは当業界で一般的に要求される期間,すなわち,例えば室温ま
たは冷蔵庫の温度で3ないし5年に対応すると理解される。」(3頁9~
12行)
(2)本件発明1の意義
上記各記載によれば,本件発明1は,凍結乾燥物として利用されていたオ
キサリプラティヌム製剤には,製造方法が高価であり,また,再構成時に希
釈溶剤の選択を誤るなどの問題が生じる危険性があるという課題があること
から,これらの課題を解決するために,直ぐ使用でき,医薬的に安定であり,
凍結乾燥よりも容易かつ安価に製造でき,かつ,凍結乾燥物と同等な化学的
純度(異性化の不存在)及び治療活性を示すオキサリプラティヌム注射液を
得ることを目的とするものであると認められる。
そして,本件発明1は,有効成分であるオキサリプラティヌムの濃度が1
ないし5mg/mlで,pHが4.5ないし6に限定された範囲内にあり,有効
成分が酸性またはアルカリ性薬剤,緩衝剤もしくはその他の添加剤を含まな
いオキサリプラティヌム水溶液を用いることによって,上記目的を達成する
というものである。
2本件特許1に基づく請求について
(1)事案に鑑み,争点(2)(被告各製品に延長された本件特許1の効力が及ぶか)
について判断する。
(2)延長登録を受けた特許権の効力の及ぶ範囲
ア本件特許1は,出願日を平成7年8月7日とするものであり,特許法6
7条1項所定の20年の存続期間を既に経過しているものの,前記第2,
2(3)のとおり,原告は,同条2項により,本件特許1について延長登録を
受けている。
イ特許法68条の2は,「存続期間が延長された場合(第67条の2第5
項の規定により延長したものとみなされた場合を含む。)の当該特許権の
効力は,その延長登録の理由となった第67条第2項の政令で定める処分
の対象となった物(その処分においてその物の使用される特定の用途が定
められている場合にあっては,当該用途に使用されるその物)についての
当該特許発明の実施以外の行為には,及ばない。」と規定している。
この規定によれば,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の
効力は,延長登録の理由となった同法67条2項所定の政令で定める処分
(以下「当該政令処分」という。)の対象となった物(その処分においてそ
の物の使用される特定の用途が定められている場合にあっては,当該用途
に使用されるその物。以下「当該政令処分対象物」という。)についての
当該特許発明の実施行為に及ぶということになる。
もっとも,特許権の存続期間の延長登録制度は,特許発明を実施する意
思及び能力があってもなお,特許発明を実施することができなかった特許
権者に対して,当該政令処分を受けることによって禁止が解除されること
となった特許発明の実施行為について,当該政令処分を受けるために必要
であった期間,特許権の存続期間を延長する措置を講じることによって,
特許発明を実施することができなかった不利益の解消を図る趣旨であると
認められるから,特許権の存続期間が延長された場合の当該特許権の効力
は,当該政令処分を受けることが必要であったために実施することができ
なかった当該政令処分対象物にのみ及ぶのが原則ではあるが,上記のよう
な不利益の解消を図ることによって特許権者の研究開発のためのインセン
ティブを高めるという延長登録制度の上記趣旨に鑑みると,侵害訴訟にお
ける被疑侵害品が,当該政令処分対象物とは異なる部分を有する場合であ
っても,上記被疑侵害品が,当該政令処分対象物の「均等物や実質的に同
一と評価される物」(実質的同一物)である場合には,特許権の存続期間
が延長された場合の当該特許権の効力が上記被疑侵害品についての実施行
為にも及ぶと解するのが相当である。
ここで,当該政令処分により存続期間が延長された特許権の効力は当該
政令処分対象物についての特許発明の実施の範囲に限定されるものの,そ
の技術的範囲については通常の特許権の特許発明の技術的範囲と同様に考
えることができるというべきであるから,結局,実質的同一物該当性の判
断基準としては,まず,特許法70条に基づく技術的範囲の属否を検討す
るほか,文言解釈上は当該政令処分対象物についての特許発明の技術的範
囲に属しない場合であっても,信義則の見地から,当該政令処分対象物と
当該被疑侵害品の差異(以下「当該差異部分」という。)について,①当
該差異部分が当該政令処分対象物についての特許発明における本質的部分
ではなく,②当該差異部分を当該被疑侵害品におけるものと置き換えても,
当該政令処分対象物についての特許発明の目的を達することができ,同一
の作用効果を奏するものであって,③上記②のように置き換えることに,
当該政令処分対象物についての特許発明の属する技術の分野における当業
者が,当該被疑侵害品の製造等の時点において容易に想到することができ
たものであり,④当該被疑侵害品が,当該特許発明の特許出願時における
公知技術と同一又は当業者がこれから出願時に容易に推考できたものでは
なく,かつ,⑤当該被疑侵害品が当該政令処分ないし特許延長登録に係る
手続において処分ないし延長登録の範囲から意識的に除外されたものに当
たるなどの特段の事情もないときは,当該被疑侵害品は,当該政令処分対
象物と均等なものとして,当該政令処分対象物についての特許発明の技術
的範囲に属するものと解するのが相当であり(最高裁判所平成10年2月
24日第三小法廷判決・民集第52巻1号113頁参照),かつ上記基準
をもって足りるというべきである。なお,当該被疑侵害品が,延長された
特許権の侵害行為に当たるといえるためには,当該特許権の技術的範囲に
属している必要があることはいうまでもない。
以上の観点から,以下,本件について検討する。
ウ本件特許1は,既に医薬品としての効能が知られていたオキサリプラテ
ィヌム溶液について,オキサリプラティヌムの濃度及びpHを一定の範囲
に限定し,かつ,添加剤を含まないオキサリプラティヌム水溶液を用いる
ことで,医薬的に安定で直ぐに利用できるオキサリプラティヌム注射液を
得るというものであるから,本件発明1は,医薬品の成分を対象とする物
の発明に当たる。
ところで,特許法施行令2条は,特許法67条2項の「政令で定める処
分」(当該政令処分)の一つとして,医薬品医療機器等法14条1項に規
定する医薬品に係る同項の承認を挙げており,同項は,医薬品の製造・販
売をしようとする者は,品目ごとにその製造・販売についての厚生労働大
臣の承認を受けなければならない旨規定している。
そこで,本件では,被告各製品が,医薬品医療機器等法14条1項の厚
生労働大臣の承認という本件処分の対象となった物(本件処分対象物)に
ついての本件特許1の実施に当たるか否かが問題となる。
ここで,医薬品医療機器等法14条1項の承認を受けることによって可
能となるのは,その審査事項である医薬品の「名称,成分,分量,用法,
用量,効能,効果,副作用その他の品質,有効性及び安全性に関する事項」
(医薬品医療機器等法14条2項3号柱書き)の全てについて承認ごとに
特定される医薬品の製造・販売であると解されるところ,特許権の存続期
間の延長登録の制度は,政令処分を受けることが必要であったために特許
発明の実施をすることができなかった期間を回復することを目的とするも
のであることからすると,被告各製品が本件処分対象物に該当するか否か
を検討するに当たっては,被告各製品が,本件処分により可能となった本
件特許権1の実施の範囲にあるかを検討すべきであるから,上記審査事項
の全てではなく,存続期間が延長された特許権に係る特許発明の種類や対
象に照らして,医薬品としての実質的同一性に直接関わることとなる審査
事項(当該特許権が医薬品の成分を対象とする物の発明である場合には,
医薬品の成分,分量,用法,用量,効能及び効果である。)に照らし,本
件処分対象物に該当するか否を判断することが相当である(最高裁判所平
成27年11月17日第三小法廷判決・最高裁判所民事判例集69巻7号
1912頁等参照)。
そして,上記審査事項のうち,「成分,分量」は,医薬品の「物」それ
自体としての客観的同一性を左右するものであり(ただし,「分量」につ
いては延長された特許権の効力を制限する事項と解するのは相当ではな
い。),また,「用法,用量」及び「効能,効果」は医薬品それ自体とし
ての客観的同一性を左右するものとはいえないが,「用途」に該当する性
質のものであるから,結局,医薬品の成分を対象とする特許発明の場合,
特許法68条の2によって存続期間が延長された特許権は,「物」に係る
ものとして「成分」(ただし,有効成分に限らない。)によって特定され,
「用途」に係るものとして「効能,効果」及び「用法,用量」によって特
定された当該特許発明の実施の範囲で,効力が及ぶものと解するのが相当
である。
なお,延長登録制度の趣旨に照らし,存続期間が延長された特許権の効
力が本件処分対象物の実質的同一物にも及ぶことは,前記イ記載のとおり
である。
(3)本件処分対象物についての本件発明1
ア前記第2,2(3)の各延長登録の内容によれば,本件処分対象物は,有効
成分をオキサリプラチンとする(a)エルプラット点滴静注液50mg(1バ
イアル〔10ml〕中オキサリプラチン50mg含有),(b)同100mg(1
バイアル〔20ml〕中オキサリプラチン100mg含有)又は(c)同200
mg(1バイアル〔40ml〕中オキサリプラチン200mg含有)であり,
その用途は,①結腸癌における術後補助化学療法,②治癒切除不能な進行・
再発の結腸・直腸癌,結腸癌における術後補助化学療法,又は③治癒切除
不能な膵癌,のいずれか若しくはその組み合わせである。
また,証拠(甲5,6,18〔枝番を含む。〕)によれば,本件処分対
象物は,成分としてオキサリプラチン及び注射用水を含み,その他の添加
物は含有していないことが認められる。
なお,エルプラット点滴静注液50mg及び同100mgは,平成21年(2
009年)8月20日に製造承認を得て,同200mgは平成24年(20
12年)8月22日に製造承認を得ており,上記3製品とも,平成25年
(2013年)12月20日に効能・効果,用法・用量の変更により製造・
販売の一部承認を得ている。
イそして,本件処分により延長された本件特許1は「本件処分対象物につ
いての本件発明1」の実施の範囲で効力を有するところ,上記アのとおり,
本件処分対象物についての本件発明1は,「成分」としてオキサリプラチ
ン及び注射用水のみからなり,かつ,上記アのとおりの「効能・効果」「用
法・用量」であるものとして特定されているといえる。
(4)被告各製品
前記第2,2(8)のとおり,被告各製品は,有効成分をオキサリプラチンと
する「オキサリプラチン点滴静注液50mg/10mL『ホスピーラ』」,
「オキサリプラチン点滴静注液100mg/20mL『ホスピーラ』」,「オ
キサリプラチン点滴静注液200mg/40mL『ホスピーラ』」であり,
その効能及び効果は,①治癒切除不能な進行・再発の結腸・直腸癌,②結腸
癌における術後補助化学療法及び③治癒切除不能な膵癌である。
被告各製品は,成分として,オキサリプラチン,酒石酸,水酸化ナトリウ
ム及び注射用水を含んでいる。
(5)本件処分対象物についての本件発明1と被告各製品の比較
ア被告各製品が,本件処分対象物についての本件発明1の技術的範囲に含
まれるか検討する。
イ本件では,構成要件1C「オキサリプラティヌムの水溶液からなり」の
意義について争いがあるものの,延長された本件特許1の効力は,「本件
処分対象物についての本件発明1」の実施の行為にのみ及ぶところ,前記
(3)イのとおり,延長登録前の本件発明1における構成要件1Cの意義にか
かわらず,本件処分対象物についての本件発明1は,その成分を,オキサ
リプラチン及び注射用水のみからなるものに特定されている。
ウそこで被告各製品の成分について検討するに,前記(4)のとおり,被告
各製品は,酒石酸及び水酸化ナトリウムを含有する点で本件処分対象物に
ついての本件発明1とは「成分」が異なる。
この点に関して原告は,酒石酸及び水酸化ナトリウムは添加物であって
「成分」ではないから,本件処分対象物と被告各製品の「成分」は同一で
あると主張する。しかし,「成分」には,有効成分であるか否かにかかわ
らず製剤に含有されるもの全てが含まれると解すべきであり,このことは,
被告が,医薬品医療機器等法14条1項に基づく承認申請において,添加
物についても「成分」として申請し,厚生労働大臣の承認を受けているこ
ととも整合する(乙50の1・2,乙51)というべきであるから,原告
の上記主張は採用することができない。
したがって,被告各製品は本件処分対象物と同一であるということはで
きず,また,被告各製品は延長された本件特許1における構成要件1C「オ
キサリプラティヌムの水溶液からなり」を文言上は充足しない。
エもっとも,被告各製品が本件処分対象物の実質的同一物に当たるのであ
れば,延長後の本件特許1の効力が及び得る。
本件では,上記ウのとおり,被告各製品は,酒石酸及び水酸化ナトリウ
ムを含有する点で本件処分対象物とは「成分」が異なるので,まず,この
差異について,前記(2)イ①(当該差異部分が本件処分対象物についての特
許発明における本質的部分ではない)の要件(いわゆる均等の第一要件)
を充足するか検討する。
ここで特許発明の本質的部分の意義についてみるに,特許法が保護しよ
うとする発明の実質的価値は,従来技術では達成し得なかった技術的課題
の解決を実現するための,従来技術に見られない特有の技術的思想に基づ
く解決手段を,具体的な構成をもって社会に開示した点にあるから,特許
発明における本質的部分とは,当該特許発明の特許請求の範囲の記載のう
ち,従来技術に見られない特有の技術的思想を構成する特徴的部分である
と解すべきであり,上記本質的部分は,特許請求の範囲及び明細書の記載
に基づいて,特許発明の課題及び解決手段(特許法36条4項,特許法施
行規則24条の2参照)とその効果(目的及び構成とその効果。平成6年
法律第116号による改正前の特許法36条4項参照)を把握した上で,
特許発明の特許請求の範囲の記載のうち,従来技術に見られない特有の技
術的思想を構成する特徴的部分が何であるかを確定することによって認定
されるべきである(知的財産高等裁判所平成28年3月25日特別部判
決・平成27年(ネ)第10014号参照)。
そして,本件明細書1の記載に基づいて本件発明1をみると,前記1(2)
のとおり,本件発明1は,従来技術である凍結乾燥物として利用されてい
たオキサリプラティヌム製剤の製造方法が高価であり,また,再構成時に
希釈溶剤の選択を誤るなどの問題が生じる危険性があるという課題を解決
するために,オキサリプラチンの濃度が1ないし5mg/mlで,pHが4.
5ないし6に限定された範囲内にあり,添加物を含まないオキサリプラチ
ン水溶液を用いることで,直ぐ使用でき,医薬的に安定であり,凍結乾燥
よりも容易かつ安価に製造でき,かつ,凍結乾燥物と同等な化学的純度(異
性化の不存在)及び治療活性を示すオキサリプラティヌム溶液を提供する
ものであると認められる。そして,本件処分対象物についての本件発明1
は,オキサリプラチンと注射用水のみで構成されるオキサリプラチン水溶
液を用いて,上記の課題を解決し,医薬的に安定なオキサリプラチン溶液
製剤を提供するものであるといえる。ここで,「安定な」とは不純物の生
成が抑止されていることを意味する。
したがって,本件処分対象物についての本件発明1の本質的部分は,オ
キサリプラチン水溶液について,オキサリプラチンの濃度及びpHを一定
範囲とすることで,不純物の生成を抑止して,医薬的に安定なオキサリプ
ラチン溶液を得ることにあるといえる。
オ次に被告各製品についてみると,次のとおりである。
(ア)証拠(乙52)によれば,メイン・ファーマ・リミテッドによる平成
15年(2003年)8月のオーストラリア出願を基礎として,①英国
及び香港において,酒石酸及び/又は酒石酸のナトリウム塩からなる添
加剤(濃度0.2mM)を含む5mg/mlのオキサリプラチン水溶液の製
剤に関する発明が特許登録されていること,②シンガポール,ニュージ
ーランド及びインドにおいて,酒石酸,酒石酸の塩,酒石酸の薬学的に
許容可能な誘導体及びこれらの混合液からなる群から選択される添加剤
(濃度が少なくとも0.01mM)を含むオキサリプラチン水溶液の非
経口的投与のための医薬液体製剤に係る発明が特許登録されていること
が認められる。そして,証拠(甲48,乙52)によれば,被告各製品
では,酒石酸が0.3mg/10ml(又は0.6mg/20mlもしくは1.2
mg/40ml)添加されており,これは,酒石酸の分子量を150としてモル
濃度に換算すると0.2mMとなることが認められる。そして,上記特
許に対応する国内出願の公表特許公報(乙52・別紙1)の段落【00
80】,【0099】及び【0107】によれば,上記発明は,酒石酸
により,不純物であるジアクオDACHプラチンやジアクオDACHプ
ラチン二量体の形成が抑えられ,オキサリプラチン製剤が安定化すると
いうものであることが認められる。
(イ)そして,証拠(乙17,48)によれば,溶液中に水酸化ナトリウム
が存在することによって,酒石酸二ナトリウム,酒石酸ナトリウム及び
酒石酸の間の平衡が生じ,pH4.5近辺での緩衝系が得られること,
オキサリプラチン5mg/ml溶液中に,酒石酸及び水酸化ナトリウムを添
加することによって,不純物の生成量が低減することが認められる。
この点に関して原告は,本件処分対象物であるエルプラットの長期保
存試験の結果と被告各製品のインタビューフォーム(甲48)記載の長
期保存試験の結果を比較した平成28年6月10日付け試験報告書(甲
47)を提出し,エルプラットに比べて被告各製品の安定性が増してい
るという事実はないから,酒石酸及び水酸化ナトリウムの添加は製剤の
安定性に影響がない旨主張する。
しかし,同試験報告書によれば,確かに,長期(2年または3年)保
存後のエルプラットと被告各製品のオキサリプラチンの残存量を比較す
ると,被告各製品の方が少ない値となっていることが認められるが,そ
の差は定量の1%未満にすぎないのであって,被告各製品のインタビュ
ーフォーム記載の長期保存試験の結果(甲48・6,7頁)をみると,
36か月又は24か月の保存期間の間には1%未満の数値の上下が観測
されており,時を経るに従って残存量が減少しているものではないから,
1%未満の数値の差を有意の差であると認めるのは相当ではない。結局
のところ,上記試験報告書(甲47)により,いずれの製剤も医薬的に
安定であると評価することができても,水酸化ナトリウム及び酒石酸が,
オキサリプラチン溶液の安定性に影響を与えるという事実を否定する根
拠となるとはいえないというべきである。
(ウ)さらに,証拠(乙53)によれば,本件特許2の出願人であるサノフ
ィ-アベンティスの子会社の承継人であるサノフィ-アベンティス米国
LLCが,平成18年(2006年)12月19日付け市民請願におい
て,米国食品医薬品局に対し,酒石酸によるオキサリプラチン中のシュ
ウ酸のリガンド交換の結果物がタルタロプラチンで,タルタロプラチン
及び同様の白金錯体の腫瘍特異性及び毒性は予測可能ではないことを指
摘し,サノフィ-アベンティスのエロキサチン溶液製品(オキサリプラ
チン及び注射用水のみを含む製剤。)のジェネリック版の申請について
特別な考慮を払うことを要求したことが認められる。
したがって,本件特許2の出願人の関連会社は,オキサリプラチン溶
液に,酒石酸を添加することには危険性があると認識していたものと認
められる。
そして,証拠(乙17,訳文乙48・14~17頁)によれば,被告
各製品には新規不純物であるタルタロプラチンが含まれているところ,
その毒性が評価されたことがなかったことから,被告が,被告各製品に
ついて毒性試験を行ったことが認められる。
(エ)上記各事実によれば,被告各製品は,オキサリプラチン溶液に,酒石
酸及び水酸化ナトリウムを添加するという手段により,同溶液のpHを
安定化し,また,不純物の生成を抑止するという技術思想に基づいて製
造された製品であると認められる。
カ上記エ及びオからすると,オキサリプラチン溶液について,本件発明1
では,オキサリプラチンの濃度及びpHを一定範囲にすることで不純物の
発生を抑止するのに対し,被告各製品では,オキサリプラチン溶液にさら
に酒石酸及び水酸化ナトリウムを添加するという手段を採用することによ
って不純物の発生を抑止しているのであって,医薬的に安定なオキサリプ
ラチン溶液を得るための技術思想が異なり,当該差異部分は,本件処分対
象物についての本件発明1における本質的部分の差異に当たるというべき
である。
したがって,被告各製品は均等の第一要件を充足するとはいえないから,
本件処分対象物の実質的同一物に当たるとはいえない。
(6)結論
以上のとおり,被告各製品は,本件処分対象物ないしその実質的同一物に
当たるとはいえず,本件処分対象物についての本件発明1の技術的範囲に含
まれないから,延長された本件特許1の効力は被告各製品の生産,譲渡又は
譲渡の申出には及ばない。
よって,その余の点について判断するまでもなく,原告の本件特許1に基
づく請求は理由がない。
3本件発明2の内容
(1)本件明細書2には,次の各記載がある。
【発明の詳細な説明】
・「本発明は,製薬上安定なオキサリプラチン溶液組成物,癌腫の治療にお
けるその使用方法,このような組成物の製造方法,およびオキサリプラチ
ンの溶液の安定化方法に関する。」(段落【0001】)
・「甲等(豪州国特許出願第29896/95号,1996年3月7日公開)
(WO96/04904,1996年2月22日公開の特許族成員)は,
1~5mg/mlの範囲の濃度のオキサリプラチン水溶液から成る非経口投与
のためのオキサリプラチンの製薬上安定な製剤であって,4.5~6の範
囲のpHを有する製剤を開示する。同様の開示は,米国特許第5,716,
988号(1998年2月10日発行)に見出される。」(段落【001
0】)
・「オキサリプラチンは,注入用の水または5%グルコース溶液を用いて患
者への投与の直前に再構築され,その後5%グルコース溶液で稀釈される
凍結乾燥粉末として,前臨床および臨床試験の両方に一般に利用可能であ
る。しかしながら,このような凍結乾燥物質は,いくつかの欠点を有する。
中でも第一に,凍結乾燥工程は相対的に複雑になり,実施するのに経費が
掛かる。さらに,凍結乾燥物質の使用は,生成物を使用時に再構築する必
要があり,このことが,再構築のための適切な溶液を選択する際にそこに
エラーが生じる機会を提供する。例えば,凍結乾燥オキサリプラチン生成
物の再構築に際しての凍結乾燥物質の再構築用の,または液体製剤の稀釈
用の非常に一般的な溶液である0.9%NaCl溶液の誤使用は,迅速反
応が起こる点で活性成分に有害であり,オキサリプラチンの損失だけでな
く,生成種の沈澱を生じ得る。凍結乾燥物質のその他の欠点を以下に示す:
(a)凍結乾燥物質の再構築は,再構築を必要としない滅菌物質より微生物
汚染の危険性が増大する。
(b)濾過または加熱(最終)滅菌により滅菌された溶液物質に比して,凍
結乾燥物質には,より大きい滅菌性失敗の危険性が伴う。そして,
(c)凍結乾燥物質は,再構築時に不完全に溶解し,注射用物質として望ま
しくない粒子を生じる可能性がある。」(段落【0012】,【001
3】前段)
・「水性溶液中では,オキサリプラチンは,時間を追って,分解して,種々
の量のジアクオDACHプラチン(式I),ジアクオDACHプラチン二
量体(式II)およびプラチナ(IV)種(式III):
【化3】
【化4】
を不純物として生成し得る,ということが示されている。任意の製剤組成
物中に存在する不純物のレベルは,多くの場合に,組成物の毒物学的プロ
フィールに影響し得るので,上記の不純物を全く生成しないか,あるいは
これまでに知られているより有意に少ない量でこのような不純物を生成す
るオキサリプラチンのより安定な溶液組成物を開発することが望ましい。」
(段落【0013】後段~【0016】)
・「したがって,前記の欠点を克服し,そして長期間の,即ち2年以上の保
存期間中,製薬上安定である,すぐに使える(RTU)形態のオキサリプ
ラチンの溶液組成物が必要とされている。したがって,すぐに使える形態
の製薬上安定なオキサリプラチン溶液組成物を提供することによりこれら
の欠点を克服することが,本発明の目的である。」(段落【0017】)
・「より具体的には,本発明は,オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤
および製薬上許容可能な担体を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物
に関する。」(段落【0018】)
・「オキサリプラチンは,約1~約7mg/ml,好ましくは約1~約5mg/ml,
さらに好ましくは約2~約5mg/ml,特に約5mg/mlの量で本発明の組成
物中に存在するのが便利である。」(段落【0022】前段)
・「緩衝剤という用語は,本明細書中で用いる場合,オキサリプラチン溶液
を安定化し,それにより望ましくない不純物,例えばジアクオDACHプ
ラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは
遅延させ得るあらゆる酸性または塩基性剤を意味する。したがって,この
用語は,シュウ酸またはシュウ酸のアルカリ金属塩(例えばリチウム,ナ
トリウム,カリウム等)等のような作用物質,あるいはそれらの混合物が
挙げられる。緩衝剤は,好ましくは,シュウ酸またはシュウ酸ナトリウム
であり,最も好ましくはシュウ酸である。」(段落【0022】後段)
・「緩衝剤は,有効安定化量で本発明の組成物中に存在する。緩衝剤は,約
5x10-5
M~約1x10-2
Mの範囲のモル濃度で,好ましくは約5x10-5
M~5x10-3
Mの範囲のモル濃度で,さらに好ましくは約5x10-5
M~約2x10-3
Mの範囲の
モル濃度で,最も好ましくは約1x10-4
M~約2x10-3
Mの範囲のモル濃度で,
特に約1x10-4
M~約5x10-4
Mの範囲のモル濃度で,特に約2x10-4
M~約4x10-4
Mの範囲のモル濃度で存在するのが便利である。」(段落【0023】)
・「前記の本発明のオキサリプラチン溶液組成物は,本明細書中でさらに詳
細に後述するように,現在既知のオキサリプラチン組成物より優れたある
利点を有することが判明している,ということも留意すべきである。凍結
乾燥粉末形態のオキサリプラチンとは異なって,本発明のすぐに使える組
成物は,低コストで且つさほど複雑ではない製造方法により製造される。」
(段落【0030】)
・「さらに,本発明の組成物は,付加的調製または取扱い,例えば投与前の
再構築を必要としない。したがって,凍結乾燥物質を用いる場合に存在す
るような,再構築のための適切な溶媒の選択に際してエラーが生じる機会
がない。本発明の組成物は,オキサリプラチンの従来既知の水性組成物よ
りも製造工程中に安定であることが判明しており,このことは,オキサリ
プラチンの従来既知の水性組成物の場合よりも本発明の組成物中に生成さ
れる不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプ
ラチン二量体が少ないことを意味する。」(段落【0031】)
・「表1Aおよび1Bに記載された実施例1~14の組成物は,以下の一般
手法により調製した:
注射用温水(W.F.I.)(40℃)を分取し,濾過窒素を用いて約3
0分間,その中で発泡させる。
必要とされる適量のW.F.I.を,窒素中に保持しながら容器に移す。
最終容積を満たすために残りのW.F.I.を別に取りのけておく。
適切な緩衝剤(固体形態の,または好ましくは適切なモル濃度の水性緩衝
溶液の形態の)を適切な容器中で計量して,混合容器(残りのW.F.I.
の一部を含入する濯ぎ容器)に移す。例えば,磁気攪拌機/ホットプレー
ト上で,約10分間,または必要な場合にはすべての固体が溶解されるま
で,溶液の温度を40℃に保持しながら混合する。」(段落【0034】
後段,【0035】)
・「注:実施例8~14の組成物のために用いられた密封容器は,20mL透明
ガラスアンプルであった。
*シュウ酸は二水和物として付加される;ここに示した重量は,付加され
たシュウ酸二水和物の重量である。」(段落【0042】前段)
・「表1Cに記載した実施例15および16の組成物は,実施例1~14の
組成物の調製に関して前記した方法と同様の方法で調製した。」(段落【0
042】後段)
・「注:実施例15~16の組成物のために用いられた密封容器は,20ml
透明ガラスアンプルであった。
*シュウ酸は二水和物として付加される;ここに示した重量は,付加され
たシュウ酸二水和物の重量である。」(段落【0044】前段)
・「表1Dに記載した実施例17の組成物は,実施例1~14の組成物の調
製に関して前記した方法と同様の方法で調製したが,但し,(a)窒素の非存
在下で(即ち酸素の存在下で)密封容器中に溶液を充填し,(b)充填前に密
封容器を窒素でパージせず,(c)容器を密封する前に窒素でヘッドスペース
をパージせず,そして(d)密封容器はアンプルよりむしろバイアルであっ
た。」(段落【0044】後段)
・「注:実施例17の溶液組成物1000mlを,5ml透明ガラスバイアル中
に充填し(4ml溶液/バイアル),これをWestFlurotecストッパーで密封
し(以後,実施例17(a)と呼ぶ),実施例17の残りの1000ml溶
液組成物を5ml透明ガラスバイアル中に充填し(4ml溶液/バイアル),
これをHelvoetOmniflexストッパーで密封した(以後,実施例17(b)
と呼ぶ)。」(段落【0046】)
・「*シュウ酸は二水和物として付加される;ここに示した重量は,付加さ
れたシュウ酸二水和物の重量である。」(段落【0047】前段)
・「実施例18
比較のために,例えば豪州国特許出願第29896/95号(1996年
3月7日公開)に記載されているような水性オキサリプラチン組成物を,
以下のように調製した:」(段落【0050】前段)
・「23本のアンプルをオートクレーブ処理せずに保持し(以後,実施例1
8(a)と呼ぶ),即ちこれらを最終滅菌せず,残り27本のアンプル(以
後,実施例(b)と呼ぶ)を,SAL(PD270)オートクレーブを用いて,12
1℃で15分間オートクレーブ処理した。」(段落【0053】)
・「実施例1~17の組成物に関する安定性試験
実施例1~14のオキサリプラチン溶液組成物を,6ヶ月までの間,40℃
で保存した。この試験の安定性結果を,表4および5に要約する。」(段
落【0063】)
・「実施例15および16のオキサリプラチン溶液組成物を,9ヶ月までの
間,25℃/相対湿度(RH)60%および40℃/相対湿度(RH)7
5%で保存した。この試験の安定性結果を,表6に要約する。」(段落【0
067】)
・「実施例17(a)および17(b)のオキサリプラチン溶液組成物を,
1ヶ月までの間,25℃/相対湿度(RH)60%および40℃/相対湿
度(RH)75%で保存した。この試験の安定性結果を,表7に要約する。」
(段落【0070】)
・「これらの安定性試験の結果は,緩衝剤,例えばシュウ酸ナトリウムおよ
びシュウ酸が,本発明の溶液組成物中の不純物,例えばジアクオDACH
プラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体のレベルを制御する場合
に非常に有効である,ということを実証する。」(段落【0072】)
・「比較例18の安定性
実施例18(b)の非緩衝化オキサリプラチン溶液組成物を,40℃で1
ヶ月間保存した。この安定性試験の結果を,表8に要約する。」(段落【0
073】)
(2)本件発明2の意義
ア上記各記載によれば,本件発明2は,製薬上安定なオキサリプラチン溶
液組成物に関するものであって,①従来用いられていた凍結乾燥物質にお
ける,経費がかかり,また,使用時に再構築する際エラーが生じるおそれ
があるという欠点を克服し,かつ,②水性溶液において,オキサリプラチ
ンが分解することによって生じる不純物であるジアクオDACHプラチン,
ジアクオDACHプラチン二量体及びプラチナ種をまったく生成しないか,
あるいはこれまで知られているより有意に少ない量で生成するオキサリプ
ラチンのより安定な溶液組成物として,2年以上の期間,製薬上安定であ
ってすぐに使える形態のオキサリプラチン溶液組成物を提供することを目
的とする発明であると認められる。
イこの点に関して原告は,本件発明2は,凍結乾燥物質の欠点を克服する
ために,製薬上安定な溶液組成物を提供するものであって,本件明細書2
(段落【0013】後段~【0016】)における水性溶液の欠点に関す
る記載部分は,凍結乾燥物質を再構築した水性溶液中で時間を追って分解
することについての課題を指摘しているにすぎないなどと主張する。
しかし,本件明細書2において,乙14発明に対応する豪州国出願が従
来技術として紹介されていること(段落【0010】),「本発明の組成
物は,オキサリプラチンの従来既知の水性組成物よりも製造工程中に安定
である」(段落【0031】)という記載があること,凍結乾燥物質は,
使用時に再構築されるものであって,再構築後に長期間保存することは想
定されていないから,凍結乾燥物質の欠点として,水性溶液中で分解によ
り不純物が生成されることをあげるとは考えがたいことに照らすと,前記
水性溶液に関する記載部分は乙14発明も含めた従来既知の溶液組成物の
欠点を指摘する記載であるというべきである。
したがって,本件発明2は,乙14発明よりも不純物が有意に少ない,
より安定な溶液組成物を提供することを目的とするものであると認めるの
が相当である。
4争点(4)ア(構成要件2B,2F及び2Gの「緩衝剤」の充足性)について
(1)本件発明2における「緩衝剤」は,添加されたシュウ酸またはそのアルカ
リ金属塩をいい,オキサリプラチンが分解して生じた解離シュウ酸は「緩衝
剤」には当たらないと解することが相当である。理由は以下のとおりである。
(2)ア化学大事典2(乙13)によれば,「緩衝剤」とは,「緩衝液をつくる
ために用いられる試薬の総称」をいうものとされている。そして,広辞苑
第六版によれば,「試薬」とは「実験室などで使用する純度の高い化学物
質」であるところ,解離シュウ酸が「純度の高い化学物質」である「試薬」
に当たるとは考えがたいから,解離シュウ酸は一般的な意味で「緩衝剤」
とはいえないというべきである。
イ次に,本件明細書2の段落【0022】には,「緩衝剤という用語は,
本明細書中で用いる場合,オキサリプラチン溶液を安定化し,それにより
望ましくない不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオD
ACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得るあらゆる酸
性または塩基性剤を意味する。」と記載されている。
上記記載において,「緩衝剤」は,「酸性または塩基性剤」であると定
義されているが,広辞苑第六版によれば,「剤」とは「各種の薬を調合す
ること。また,その薬。」を意味するから,「酸性または塩基性剤」は,
酸性または塩基性の各種の薬を調合した薬を意味すると考えることが自然
であるところ,解離シュウ酸は,「各種の薬を調合した薬」に当たるとは
いえない。
ウそして,本件明細書2の段落【0013】後段ないし【0016】には,
オキサリプラチンが水性溶液中で分解してジアクオDACHプラチンを不
純物として生成することが記載されているが,オキサリプラチンが分解す
ると,次の式のとおり,シュウ酸イオンとジアクオDACHプラチンが生
じる。また,証拠(乙39)によれば,分解により生じたシュウ酸イオン
は,一部がプロトン化されてシュウ酸又はシュウ酸水素イオンになること
が認められる。
したがって,オキサリプラチンの分解によりシュウ酸イオン等が生じた
ということは,すなわちオキサリプラチン水溶液において不純物が生じた
ことを意味するから,仮にオキサリプラチンの分解により生じた解離シュ
ウ酸が「緩衝剤」に当たるとすると,緩衝剤が防止すべき分解により生じ
たものが緩衝剤に当たるということになってしまい,上記イの「望ましく
ない不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプ
ラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得る」という緩衝剤の定
義と整合しない。
エ前記3(2)のとおり,本件発明2は,乙14発明よりも不純物が有意に少
ない,より安定なオキサリプラチン溶液組成物を提供することを目的とす
るものである。
ところが,本件明細書2をみると,実施例18において生成される不純
物の量と比較して,シュウ酸を添加した実施例(ただし,実施例1及び8
を除く。なお,実施例1及び8は,後記(3)エのとおり,本件発明2の技術
的範囲に含まれる実施例ではない。)において生成される不純物の量は有
意に少ないことが示されている。ここで,実施例18は,豪州国特許出願
第29896/95号(1996年3月7日公開)に記載されている水性
オキサリプラチン組成物であるが,上記出願は,乙14発明に対応するも
のであるから,実施例18は乙14発明と実質的に同一であると推認され
る。
したがって,本件発明2は,乙14発明とは異なり,オキサリプラチン
溶液組成物に緩衝剤を添加したことによって,不純物が少なく,より安定
オキサリプラチンシュウ酸ジアクオDACHプラチン

O
O-
O
O
2H2O+
水シュウ酸イオン
な溶液組成物を提供することができたことを特徴とする発明と考えるのが
自然である。
オ本件明細書2には,実施例1ないし17については,シュウ酸が付加さ
れていることが明記されている。また,本件明細書2(段落【0039】,
【0041】~【0045】,【0047】,【0064】)では,実施
例1ないし17について,添加されたシュウ酸のモル濃度が記載されてい
るが,解離シュウ酸を含むシュウ酸のモル濃度は記載されていない。
さらに,本件明細書2は,「緩衝剤」である「シュウ酸」に,オキサリ
プラチンが分解して生じた解離シュウ酸が含まれることを示唆する記載は
ない。
この点に関して原告は,構成要件2Gの数値範囲の下限(5×10-5
M)
が,本件明細書2記載の実施例1及び8で示された下限(1×10-5
M)
よりも大きいことをもって,請求項1は解離シュウ酸を考慮したものであ
ると主張するが,本件明細書2には,1×10-5
Mのシュウ酸を添加した
オキサリプラチン溶液中のシュウ酸イオン等のモル濃度がどの程度になる
かに係る記載は何ら存在しておらず,原告の上記主張は裏付けを欠く独自
の見解というほかない。
以上からすると,本件明細書2の記載においては,解離シュウ酸につい
ては全く考慮されておらず,緩衝剤としての「シュウ酸」は添加されるも
のであることを前提としているというべきである。
カまた,本件明細書2における実施例18(b)に関する記載をみると,「比
較のために,例えば豪州国特許出願第29896/95号(1996年3
月7日公開)に記載されているような水性オキサリプラチン組成物を,以
下のように調製した」(段落【0050】前段),「比較例18の安定性」
「実施例18(b)の非緩衝化オキサリプラチン溶液組成物を,40℃で
1ヶ月間保存した。」(段落【0073】)といった記載がある。そして,
前記エのとおり,豪州国特許出願第29896/95号(1996年3月
7日公開)は乙14発明と実質的に同一であるから,上記各記載を総合す
ると,実施例18(b)は,「実施例」という用語が用いられている部分
が多いものの,その実質は本件発明2の実施例ではなく,本件発明2と比
較するために,「非緩衝化オキサリプラチン溶液組成物」,すなわち,緩
衝剤が用いられていない従来既知の水性オキサリプラチン組成物を調製し
たものであると認めるのが相当である。
そうすると,本件明細書2において,緩衝剤を添加しない水性オキサリ
プラチン組成物に関する実施例18は,本件発明2の実施例ではなく,比
較例として記載されているというべきである。
キさらに,証拠(乙64,65)によれば,本件特許2の出願人が,本件
特許2に対応する米国特許出願(乙64)について,米国特許庁に提出し
た意見書(乙65)において,「甲等の水溶液組成物(本願21頁に記載
されている甲等の組成物(比較例18)についての安定性データを参照)
において見出されるよりも有意に少ない量でこのような不純物を生成する
オキサリプラチンのより安定な溶液組成物が,オキサリプラチンの溶液組
成物に有効安定化量の緩衝剤を加えることにより得られることを,出願人
は予想外にも見出したのである。」などと記載し,緩衝剤が添加されるも
のであること及び実施例18が比較例であることを前提とした主張をして
いたことが認められる。
また,証拠(甲36)によれば,本件特許に対応するブラジル特許出願
に関し,出願人が,ブラジル特許庁に提出した拒絶処分に対する不服申立
てにおいて,「本願発明にあるシュウ酸を緩衝剤として加えれば,不純物
が発生しないということである。」と,緩衝剤を添加する旨の主張をして
いたことが認められる。
これらのことは,本件発明2においても,緩衝剤とは添加されたものに
限られると解されることの裏付けとなる事実であるというべきである。
(3)原告の主張に対する判断
ア原告は,本件特許2の特許請求の範囲請求項1に「オキサリプラチン,
有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な担体を包含する安定オキサ
リプラチン溶液組成物」という文言があり,「包含」が「つつみこみ,中
に含んでいること」を意味するから,本件発明2における「緩衝剤の量」
は,「オキサリプラチン溶液組成物に現に含まれる全ての緩衝剤の量」を
意味しており,「緩衝剤」は添加したものに限られず,このことは,本件
特許2の特許請求の範囲請求項10では「緩衝剤を前記溶液に付加する」
と異なる表現がされていることからも明らかであると主張する。
しかし,「包含」という文言の意味を原告の主張するとおりに解すると
しても,「緩衝剤を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物」とは,「添
加された緩衝剤を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物」を意味する
ものと解し,また,「緩衝剤の量」とは「オキサリプラチン溶液組成物に
添加された全ての緩衝剤の量」を意味するものと解することも何ら不自然
ではないから,特許請求の範囲請求項1が「包含」という表現を用いてい
ることをもって,本件発明2の「緩衝剤」に解離シュウ酸が含まれること
を示しているということはできない。
また,本件特許2の請求項10の発明は,オキサリプラチン溶液の安定
化方法に関するものであるから,緩衝剤を付加するという方法を直接的に
記載することは自然であって,その結果,本件発明1の「緩衝剤を包含す
るオキサリプラチン溶液」になるとすれば,請求項1と請求項10におい
て表現が使い分けられていることは,本件発明1の「緩衝剤」が添加され
るものに限られるという解釈と何ら矛盾するものではない。
さらに,「緩衝剤」がシュウ酸アルカリ金属塩であるとした場合に,シ
ュウ酸アルカリ金属塩は,水溶液中で,シュウ酸イオンとアルカリ金属イ
オンに分解し(乙39),「シュウ酸アルカリ金属塩」が溶液中に存在す
るものではないから,この点においても,溶液中に存在する解離シュウ酸
を緩衝剤と解するとはおよそ考えられない。
イ次に,原告は,本件明細書2における「緩衝剤」の定義(段落【002
2】)は,添加されたものに限定しておらず,また,「緩衝剤は,有効安
定化量で本発明の組成物中に存在する。」(段落【0023】)との記載
からも,本件発明2における「緩衝剤」は溶液組成物中に「存在する」か
否かによって検討されるべきもので,解離シュウ酸も除外されないと主張
する。
しかし,「存在する」との文言は,シュウ酸が添加されたものに限定さ
れる場合であったとしても何ら不自然ではない。
ウさらに,原告は,本件明細書2における「緩衝剤」の定義(段落【00
22】)において,「オキサリプラチン溶液を安定化し,それにより望ま
しくない不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDAC
Hプラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得るあらゆる酸性ま
たは塩基性剤を意味する。」とあることを踏まえ,解離シュウ酸が存在し
なければ,ルシャトリエの原理に従ってオキサリプラチンが分解される反
応が進むのであり,解離シュウ酸は,オキサリプラチンの分解を防止また
は遅延させているから,上記定義に合致すると主張する。
しかし,前記(2)ウのとおり,シュウ酸を添加していないオキサリプラチ
ン溶液において,シュウ酸イオン等が溶液中に存在するということは,オ
キサリプラチンが分解されて不純物が生じたことを意味するのであるし,
オキサリプラチンの分解が進んで不純物の量の増加が止まったとすれば,
単に平衡状態にあるということを意味するにすぎず,平衡状態に達したこ
とをもってオキサリプラチン溶液が安定化されたなどということはできな
い。また,オキサリプラチン溶液が平衡状態にあるときには,オキサリプ
ラチンの分解反応とオキサリプラチンの生成反応が同じ速度にあるという
にすぎず,解離シュウ酸が存在することによって,オキサリプラチンの分
解が防止されているわけではない。
そもそも,オキサリプラチン溶液中に,オキサリプラチンの分解により
生じた解離シュウ酸が存在することは自然の理であって,解離シュウ酸が
存在しないオキサリプラチン溶液は想定することができず,オキサリプラ
チン溶液から解離シュウ酸を除いたものは,もはやオキサリプラチン溶液
とはいえない。そうすると,上記段落【0022】に定義された「緩衝剤」
は,このように解離シュウ酸を含むオキサリプラチン溶液を安定化するも
のという意味になるから,上記定義によっても,「緩衝剤」には,解離シ
ュウ酸を含まないという解釈と何ら矛盾するものではないというべきであ
る。
以上のとおり,原告の上記主張は採用することができない。
エ原告は,本件明細書2には,シュウ酸が添加されていない実施例18(b)
が記載されているから,「緩衝剤」としての「シュウ酸」が添加されるも
のであることは前提となっておらず,また,実施例18(b)における不
純物の量は,実施例1及び8と大差がないことからも,実施例18(b)
が実施例であることは明らかであるとも主張するが,実施例18(b)が
比較例であることは前記(2)カのとおりである。
そして,構成要件2Gにおけるモル濃度は添加した緩衝剤のモル濃度で
あるとすると,実施例1及び8は,本件発明2の技術的範囲に入らないも
のであるから,実施例1及び8と実施例18(b)における不純物の量に
有意の差がないとしても何ら不自然ではない。
オしたがって,本件発明2の「緩衝剤」には解離シュウ酸が含まれるとい
う原告の主張は採用することができない。
(4)そして,前記第2,2(8)イのとおり,被告各製品にはシュウ酸又はそのア
ルカリ金属塩は添加されていないから,被告各製品は,構成要件2B,2F
及び2Gを充足せず,本件発明2の技術的範囲に属しない。
なお,本件訂正において構成要件2B及び2Fは訂正されていないところ,
被告各製品は構成要件2B及び2Fを充足しないから,仮に本件訂正が認め
られたとしても,被告各製品は,本件訂正発明2の技術的範囲に属しない。
5結論
以上によれば,被告各製品は,延長された本件特許1の効力が及ぶものでは
なく,また,本件発明2及び本件訂正発明2の技術的範囲に属しない。
したがって,その余の点につき判断するまでもなく,原告の請求はいずれも
理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
東海林保
裁判官
瀬孝
裁判官
勝又来未子
別紙
被告製品目録
1オキサリプラチン点滴静注液50mg/10mL「ホスピーラ」
2オキサリプラチン点滴静注液100mg/20mL「ホスピーラ」
3オキサリプラチン点滴静注液200mg/40mL「ホスピーラ」
別添「特許公報」は省略

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