弁護士法人ITJ法律事務所

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主文
1被告は,原告Aに対し,金2745万5726円及びこれに対する
平成15年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
2被告は,原告Bに対し,金2745万5726円及びこれに対する
平成15年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払
え。
3原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
4訴訟費用は,これを10分し,その3を原告らの負担とし,その余
を被告の負担とする。
,,。5この判決は第1項及び第2項に限り仮に執行することができる
事実及び理由
第1請求
1不法行為に基づく損害賠償請求
(1)被告は,原告Aに対し,3986万1558円及びこれに対する平成15
年4月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被告は,原告Bに対し,3986万1558円及びこれに対する平成15
年4月22日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
2債務不履行に基づく損害賠償請求
(1)被告は,原告Aに対し,3986万1558円及びこれに対する平成15
年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
(2)被告は,原告Bに対し,3986万1558円及びこれに対する平成15
年5月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。
第2事案の概要
1事案の要旨
本件は,被告及び被告被承継人株式会社C(平成21年7月1日付けで被告
に吸収合併されて消滅し,被告が訴訟承継した。以下「C」といい,被告とC
とを併せて「被告ら」という)の設営する飲食店の店長として業務に従事し。
ていたD(以下「亡D」という)が,急性心筋梗塞により死亡したことにつ。
いて,同人の両親である原告らが,被告らに対し,不法行為又は労働契約の債
務不履行に基づく損害賠償請求(両者は,選択的に請求する)として,原告。
らにつきそれぞれ3986万1558円及びこれに対する各起算日(不法行為
,,に基づく損害賠償請求については亡D死亡の日である平成15年4月22日
債務不履行に基づく損害賠償請求については,請求後相当期間経過後の同年5
月1日)から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支払を求。
めた事案である。
2前提事実(後掲各証拠(特に記載しない限り各枝番を含む。以下同じ)及。
び弁論の全趣旨により認められる前提事実。証拠の記載がない事実は,当事者
間に争いがない)。
(1)当事者等
ア原告Aは,亡Dの父,原告Bは,亡Dの母であり,原告らの他に亡Dの
相続人はいない(甲4。)
イ被告は,和食・洋食レストランの企画・経営を事業内容とする株式会社
であり,Cは,飲食店業,加工調理食品の販売等を目的とする株式会社で
あり,被告が平成15年4月1日にベンチャー部門(中華事業部)を独立
させ,子会社として設立したものであるが,平成21年7月1日に被告に
,,(,吸収合併されて消滅しその権利義務の一切は被告に承継された甲1
2,乙14,弁論の全趣旨。)
ウ亡D(昭和48年9月7日生,死亡時29歳)は,平成9年3月にX大
学を卒業後,同年4月1日に被告に入社し,平成15年4月1日のCの設
立と同時に,被告に在籍のままCに出向した(甲42,乙3,8。)
(2)亡Dの発症と死亡
亡Dは,平成15年4月22日午前7時ころ,Cが設営する堺市a町b丁
c番地所在の「E店(以下「本件店舗」という)において,冠動脈硬化」。
症による急性心筋梗塞(以下「本件発症」という)により死亡した(以下。
「本件死亡」という。甲6。)
(3)労働者災害補償給付の支給決定
原告らは,本件死亡が業務上のものであるとして,平成15年8月18日
に堺労働基準監督署長に対し,遺族として労働者災害補償の給付を申請した
ところ,同署長は,本件死亡が業務上の死亡であるとして,平成16年11
月29日付けで遺族補償一時金,遺族特別支給金,遺族特別一時金及び葬祭
料の支給決定をした(甲7ないし10。)
(4)損害のてん補等
ア原告らは,労災保険給付として,平成16年12月2日ころ,遺族補償
(,)。一時金934万円及び葬祭料59万5200円を受領した甲910
イ原告らは,平成19年2月15日に被告の加入するF福祉協会の労災保
障上乗せ保険制度による給付金(遺族補償金)として,500万円を受領
した(乙1,2。)
3本件の主な争点
(1)亡Dの業務の過重性及び業務と本件死亡との因果関係(争点1)
(2)被告らの債務不履行責任(安全配慮義務違反)及び不法行為責任(争点
2)
(3)不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効(争点3)
(4)過失相殺・素因減額等(争点4)
(5)原告らの損害(争点5)
4当事者の主張の要旨
(1)亡Dの業務の過重性及び業務と本件死亡との因果関係
ア業務過重性について
(原告らの主張)
(ア)長時間労働
亡Dは,本件店舗に毎朝午前9時30分ころから同10時ころまでの
間に出勤し,本件発症の1か月前は,翌午前4時ころから5時ころまで
店内で働いていた。また,亡Dは,休日も出勤していた。
被告らに提出されていた亡Dの労働時間管理表は,その勤務時間の実
態を反映しておらず,本件発症前6か月間の時間外労働時間は,別紙1
時間外労働時間数等一覧表(原告ら主張)のとおりである。これによれ
,,,ば亡Dの時間外労働はいずれも月100時間をはるかに超えており
本件発症の2か月,3か月前は,120時間を超えている。本件発症前
.,,1か月間の労働時間は34502時間でありそのうち時間外労働は
153.02時間であった。
亡Dは,休憩時間が特に定められておらず,従業員が客の少なくなる
午後2時以降のアイドルタイムに適宜休憩を取っている間も業務を行っ
ており,昼食時間は10分から15分程で,夜食もつまみ食いで,閉店
後に弁当を買ったり外食をしたりしていた。
(イ)G転出による負担の増加
被告らの正社員であるGが亡Dの上司として本件店舗に勤務している
ときは,Gが指揮して本件店舗の業務を行っていた。亡Dは,Gの転出
前も長時間の労働に従事していたが,本件店舗にGがいたころは,同人
と仕事を分担して行うことができた。
ところが,平成15年1月中旬にGが他店へ転出したため,亡Dは,
本件店舗のすべての業務を自分で行わざるを得なくなった。同年3月に
は,同じく正社員であるHが応援として従業員に加わったが,亡Dの労
働時間の軽減にはならなかった。
,,,,そのため亡DはG転出後は以前にも増して退店時間が遅くなり
本件店舗に泊まりがけで仕事をすることも多くなり,休日も出勤するよ
うになった。
(ウ)亡Dの業務内容等
a亡Dは,本件店舗を閉店した後も,企画や日末処理,日報,日計表
の仕上げ,厨房の掃除等の雑用及びパソコンでのデータ処理を行って
いた。
b亡Dは,被告ないしC本社(C設立前は被告,C設立後は同社。以
下「本社」ともいう)で週2回開催される店長会議に出席しなけれ。
ばならなかった上,そのための資料作りにも追われていた。
c本社の行う監査前には,店舗の清掃が必要であったが,亡Dは,こ
れを一人で行っていた。亡Dは,一人では清掃ができないときには,
アルバイト代を自己負担で支払い,他店舗の店長やそのアルバイトに
応援を頼んで行ったが,朝までかかっていた。
d亡Dは,被告らが店長として遵守すべき事項を記した「店舗運営管
理マニュアル」と題するマニュアル(乙3:53丁以下。以下「本件
店長マニュアル」という)に定められた店長職務基準等の過酷な諸。
事項に従わざるを得なかったため,心理的な負担があった。
eホールの業務は,客の待ち時間を極力少なくするために精神的緊張
を伴った。
(エ)従業員との関係等
亡Dは,人員削減に対する意見の相違等から中国人の料理長との折合
いが悪く,厨房部門のパートやアルバイト(以下,両者を併せて「パー
トら」という)も亡Dの指示に従わずに料理長の指示に従うなど,厨。
房従業員とのコミュニケーションは,良好ではなかった。そのため,亡
Dは,営業時間中や業務終了後も自分で皿洗い等を行っていた。
(オ)本件店舗の経営状況の影響
本件店舗は,周囲の数多くの外食店との過当競争で経営が厳しく,亡
Dは,経費を節約して売上げを伸ばすために,継続的に長時間の残業を
行わざるを得ない状態にあった。
(カ)被告の主張に対する反論等
a亡Dは本件店舗だけでなく,当時居住していた堺市d町e丁所在の
被告ないしCの社員寮(以下「本件社員寮」という)においても仕。
事をしており,営業時間後に本件店舗内で業務外の遊びなどをしたこ
とはない。
b本件店舗は赤字経営であったが,客が少なくなって店長の負担が軽
くなったわけではない。かえって,亡Dは,何とか売上げを伸ばして
利益を上げようと必死になっていた。
c亡Dが店長になってからは,本件店舗で自分のパソコンを使用して
麻雀をしたのは2度に過ぎず,しかも,いずれも極めて短時間である
から,一時的に休息を取ったに過ぎない。また,亡Dは,本件店舗で
音楽を聴いていたことはあるが,それは,データ処理作業中に聴いて
いたか,一時的に休息をとっていたに過ぎず,作業をしていなかった
ことを示すものではない。
(キ)以上のとおり,亡Dは,本件店舗の店長として長時間労働をしてい
た上,他の従業員との人間関係によるストレスなど精神的負担等も抱え
ていたため,その業務は過重であった。
(被告の主張)
(ア)労働時間
,,亡Dら正社員の始業時間は午前11時終業時間は午後11時であり
休憩時間は6時間超労働の場合45分以上,8時間超労働の場合60分
以上であり,各自が来客のほとんどないアイドルタイム(午後2時から
同6時まで,以下「アイドルタイム」という)に適宜取ることになっ。
ていた。
亡Dは,店長という管理監督者の立場にあり,時間管理はされておら
ず,自らシフトを作成し,出勤表に月に6日の公休を定め,本社へ報告
することになっていたのであるから,その労働条件は,決して過酷なも
のではなかった。
そして,本件発症前1か月間の勤務実績は,各日10時間の勤務であ
り,公休日5日を取得しているから,過重な労働ではない。堺労働基準
監督署作成の労働時間集計表(乙3:20丁以下,以下「本件集計表」
といい,別紙2の1ないし別紙2の6として添付する)の記載は,亡。
Dの労働時間を正確に反映したものではない。
(イ)亡Dが営業時間終了後に本件店舗にいた理由
亡Dが,本件店舗に長時間滞在していたのは,業務をするためではな
く,本件店舗近くの本件社員寮と本件店舗との生活を混同していたから
である。亡Dは,本件店舗において,深夜,自分のパソコンで麻雀ゲー
ムに興じたり,音楽を聴いたことからも,この時間帯に業務をしていた
とは認められない。
(ウ)仮に,亡Dが午後11時の閉店後に業務を行っていたとしても,そ
れは,同人が勤務時間中にまじめに仕事をせず午後11時以降に仕事を
行っていたことを示すに過ぎないから,拘束時間の長さを示すものでは
ない。
(エ)本件店舗は,Cの中でも平均的な売上げ規模の店舗であり,十分な
スタッフがそろっていたから,人員の不足はなく,Gの転出が亡Dの業
務の負担になったこともない。また,平成15年3月1日から同年4月
末までは,Hが亡Dとともに店長をしていたほか,Iも勤務していたか
ら,来客数に対応できない人員態勢ではなかった。
(オ)本件店舗における亡Dの業務は,次のとおりであった。
a亡Dの業務は,店舗全体の確認,パートらへの指示・指導,年間・
月間・日割予算の作成,損益計算書の作成,基本シフトの作成,原材
料の仕入れ,仕込み,廃棄処分,清掃,整備の指示と確認,接客の先
頭に立ち苦情処理を行うこと,伝票整理,日報の記載,レジ精算のチ
ェック,月に一度の本社での店長会議に出席すること,月に一度の棚
卸しなどであるが,このような業務は,どのような飲食店の店長でも
容易にできる業務であって,特段の能力を要求されるものではない。
b店長会議や研修への出席は,仕事を休んで参加できるから喜ぶべき
ことであり,監査は日ごろの心がけ次第であって何ら苦痛ではない。
c客の待ち時間を極力少なくすることは,外食産業に従事する者とし
ては当然のことであるから,これを精神的緊張の状態とするのは不当
である。
d他の従業員とのコミュニケーションを上手に行うことは,店長とし
て当然のことである。亡Dと料理長とは,兄弟のように仲が良く,折
合いが悪いということはなかった。
(カ)以上のとおりであるから,亡Dに長時間労働はなく,またその業務
の内容も過重なものではない。
イ業務と本件死亡との因果関係
(原告らの主張)
(ア)残業や休日出勤を含む長時間労働が続くことによる過重な労働負担
によって労働者に精神的,身体的負担がかかると,心臓等に影響を及ぼ
し,脳血管疾患や心疾患などの急性循環器障害が発症し,その結果死亡
にいたる可能性があることは,医学的見地から認められている。
亡Dは,長時間の労働に従事させられ,特に平成15年4月1日にC
に出向してからは,これまで以上に,疲労回復のための十分な睡眠や休
息の時間が確保できないような長時間にわたる過重な労働に従事させら
,,。,れかつ他の従業員との人間関係によるストレスも加わった亡Dは
これら過重な労働負担によって,冠動脈が自然経過を超えて著しく硬化
した結果,本件発症に至り,死亡したものである。
(イ)亡Dには,心筋梗塞を発症する遺伝要因はなく,高血圧,肥満等の
危険因子もない。
(被告の主張)
亡Dは,過労以外の原因で本件発症をして死亡したものであるから,業
務と本件発症・死亡との間に因果関係はない。
すなわち,本件死亡は,亡Dが自らの健康管理を怠り,職場と本件社員
寮あるいは昼夜を混同した日常生活を送っていたことが原因である。
(2)被告らの債務不履行責任(安全配慮義務違反)及び不法行為責任
(原告らの主張)
ア労働時間管理・労働軽減義務違反等
被告らは,いずれも雇用主として,従業員である亡Dの労働時間・労働
状況を掌握するとともに管理をし,過剰な長時間労働によりその健康が害
されないよう配慮すべき注意義務を負っていたのにこれを怠り,亡Dの異
常な長時間労働を知り,又は知り得たにもかかわらず,その実際の労働状
況や労働時間を把握し,長時間労働を軽減させるための措置をとらなかっ
た。
被告らは,労働基準法や労働安全衛生法に従い,亡Dの健康管理,労働
,,,時間休憩時間休日等について適正な労働条件を確保すべきであるのに
全く配慮をしていない。また,被告らは,亡Dら店長の労働時間について
は自主申告制を採っていて,実態調査は行っておらず,厚生労働省の平成
14年2月12日付け基発第212001号「過重労働による健康障害を
」(「」防止するために事業者が講ずべき措置等の通達以下平成14年通達
という)で要求されている措置も何ら採っていない。。
イ被告の主張に対する原告らの反論等
(ア)亡Dの店長としての職務権限は本件店舗に限定され,給与において
も管理監督者にふさわしい待遇はされていなかったから,経営者と一体
的立場にあったとはいえない。したがって,亡Dは,管理監督者ではな
く単なる従業員に過ぎなかったから,労働基準法や前記通達等によって
保護される対象から除外されない。
(イ)亡Dの労働状況に照らせば,同人は,自己の健康を管理できる限度
を超えていた。
(ウ)冠状動脈の硬化は自覚できない上,雇主の前で体調が悪い等と言え
ば,たちまちその後の地位や昇給に影響するため,亡Dは,体調等につ
いて被告らに申告できる状態にはなかった。
(被告の主張)
ア被告らには,安全配慮義務違反はない。
イ亡Dは,店長として使用者から労働時間を管理する権限の委譲を受けて
いたから,平成14年通達で保護される対象から除外され,自らの責任に
おいて健康を管理すべき立場にあった。
ウ亡Dの健康状態は良好で,異常を認めるべき事情は何らなかったから,
被告らには,亡Dに医療機関を受診させる義務がなく,その健康状態を把
握することもできなかった。
エ仮に,亡Dに長時間労働があったとしても,本件店舗のセキュリティ装
置のセット時刻は,常時被告らに通知される仕組みにはなっていないし,
亡Dが被告らに提出していた出勤表によっても長時間労働をうかがうこと
はまったくできず,かつ,亡Dから被告らに対し,仕事が忙しいなどの申
告や発言もなかった。
このように,被告らが亡Dの労働実態を知り,かつ,それによって同人
が本件発症をすることを予見し,これを回避することは不可能であったか
ら,被告らに不法行為責任及び債務不履行責任はない。
(3)不法行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効
(被告の主張)
仮に,原告らにつき不法行為責任に基づく損害賠償請求権が認められると
しても,同請求権は,本件死亡の日である平成15年4月22日から3年間
を経過した平成18年4月24日までに時効により消滅している。
(原告らの主張)
消滅時効は争う。民法724条の3年の消滅時効の起算点は,損害及び加
害者を知ったときであるところ,原告らが損害賠償請求権があることを知っ
たのは,労災の給付を申請し,給付金の支給決定を受けた平成16年11月
29日より後であるから,未だ3年は経過していない。
(4)過失相殺・素因減額等
(被告の主張)
ア過失相殺
亡Dは,疲労が蓄積しているのであれば,夜中まで起きて遊ぶのではな
く,きちんと睡眠をとって休養しなければならなかった。それにもかかわ
らず,亡Dは,①本件発症の2日前の午前2時35分から午前3時10分
までの間,パソコンを操作して麻雀ゲームに興じており,②本件発症前の
2か月間に10回以上も頻繁に深夜まで音楽を聴いていた。
また,亡Dは,店長として自ら健康管理を行わなければならないし,真
に労働が過重であれば,適切な労働時間となるように計画を行い,仮にそ
れが困難な場合には,上司や会社に申告するなどの行動が必要であったの
に,これらを行っていない。
以上の事情は,仮に被告らの責任を肯定する場合でも,過失相殺の事由
として考慮すべきである。
イ素因減額
本件死亡は,冠動脈硬化症による急性心筋梗塞によるものであるから,
死亡原因の根本は,亡Dがもともと有していた冠動脈硬化である。また,
本件発症について,亡Dの業務が直接の引き金を引いたとする根拠はない
から,仮に業務と本件死亡との因果関係を肯定する場合であっても,被告
らの業務の寄与の方が大きいとする理由は存しない。
(原告らの主張)
ア過失相殺
。,,争う亡Dが閉店後に本件店舗で麻雀をしたり音楽を聴いていたのは
前記のとおり一時的な休息等のためであり,業務をせずに遊んでいたので
はない。
亡Dは,まじめで几帳面で頑張って働く性格であり,本件店舗の売上げ
を伸ばして赤字を解消するように常に精神的な圧力がかけられており,人
件費削減による赤字減らしのために過重労働を余儀なくされた結果,その
犠牲になったものである。
亡Dは,店長という立場上,自己の健康について管理義務があるとして
も限界があり,被告らが従業員の過重労働について何らの配慮もしていな
いことを考慮すると,亡Dに過失があったとはいえない。亡Dの性格は,
同種の業務に従事する労働者の個性の多様さとして通常想定される範囲を
はずれるものではないから,その性格及びこれに基づく業務遂行の態様等
を心因的要因として斟酌することもできない。
仮に,亡Dに過失があったとしても,最大で2割程度にとどまる。
イ素因減額
争う。医師の意見書には,亡Dが以前から有していた冠動脈硬化症が急
激に悪化して死亡したとの記載があるが,これは,亡D(死亡当時29歳
7か月)に年齢に相応した中程度の冠動脈の硬化があったというものに過
ぎない。
(3)原告らの損害
(原告らの主張)
ア逸失利益5555万8316円
亡Dの死亡前年(当時28歳)の平成14年分の給与総額は,417万
6026円(甲11)であるところ,これは,同年産業計・企業規模計・
男子労働者大卒の年齢25歳から29歳までの平均給与総額437万20
00円とおおむね一致する。
また,亡Dは,管理職ではないにもかかわらず,残業手当が支給されて
いなかったが,残業手当が支給されていれば,当時の収入も実際の支給額
を相当上回っていたはずである。そして,被告は,東京証券取引所・大阪
証券取引所の第一部に上場されている企業である。
以上によれば,亡D(死亡当時満29歳7か月)は,満67歳までの3
8年間就労し,1年間に少なくとも平成15年賃金センサス産業計・企業
規模計・男子労働者大卒の平均収入である658万7500円の収入を得
ることができたはずである。また,控除されるべき亡Dの生活費は,上記
収入の50パーセントと考えられる。
以上を前提に,ライプニッツ方式で中間利息を控除し(ライプニッツ係
数16.8678,亡Dの逸失利益を算出すると,5555万8316)
円となる。
イ死亡慰謝料3000万円
亡Dは,被告らで6年もの期間にわたり勤務した健康な労働者であった
が,その間,店長として残業,休日出勤など過酷な業務に従事させられた
結果,疲労が蓄積し,ついには本件発症をして死亡するに至ったものであ
る。したがって,亡Dの受けた精神的損害に対する慰謝料は,3000万
円が相当である。
ウ葬儀費用150万円
原告らは,亡Dの葬儀費用として214万5902円の支払を余儀なく
されたが(甲12,本件では,この内150万円の支払を求める。)
エ損益相殺等1493万5200円
(ア)原告らは,労災保険により遺族補償一時金934万円及び葬儀料5
9万5200円の給付を受けている。
なお,被告は,特別支給金合計486万8000円を損害金から控除
すべきであると主張しているが,特別支給金は,被災労働者等の福祉の
増進を図るために労働者福祉事業の一環として支給されるものであり,
被災労働者等や遺族に対する生活援助金,見舞金の性格を有するから,
控除する必要はない。
(イ)原告らは,平成19年2月15日に被告らから500万円を受領し
た。
オ以上差引き合計7212万3116円
カ原告らの相続額各3606万1558円
原告らは,本件死亡により,亡Dの上記損害賠償請求権をそれぞれ2分
の1の割合で相続した。
キ弁護士費用各380万円
原告らは,本件訴訟の追行を弁護士に委任し,各380万円を報酬とし
て支払う旨を約した。
ク合計各3986万1558円
原告らは,被告に対し,各自,いずれも債務不履行又は不法行為に基づ
く損害賠償として,3986万1558円の支払を求める。
ケ遅延損害金
(ア)不法行為に基づく遅延損害金の起算点は,本件死亡の日である平成
15年4月22日である。
(イ)債務不履行に基づく遅延損害金の起算点は,平成15年5月1日で
ある。
原告Aは,本件死亡直後の平成15年4月22日か23日ころ堺東警
察署で当時のCの代表者であったJらに対し,本件死亡につき十分な補
償をするよう要求,催告しており,このことは,直ちに被告にも伝えら
れているはずである。したがって,遅延損害金は,前同日から相当な期
間を経過した同年5月1日から発生するものと解すべきである。
(被告の主張)
ア原告らの損害については,いずれも争う。
イ原告ら主張額に加え,労災保険からの特別支給金486万8000円も
損害のてん補であるから,損害額から控除すべきである。
第3争点に対する判断
1亡Dの業務及び死亡等に関して認められる事実
前記第2の2の前提事実,証拠(甲5,6,13ないし18,20,22な
いし24,28,35ないし43,乙3,5,6,8ないし26(各枝番を含
む。以下同様,証人K,証人L,原告A本人,J本人(一部)及び弁論の))
全趣旨によれば,亡Dの業務及び死亡等に関し,次の各事実が認められる。証
拠(乙11,12,14,J本人)中以下の認定に反する部分は,上記各証拠
に照らし,にわかに信用できない。
(1)亡Dの経歴及び本件店舗で勤務するに至る経緯
ア亡Dは,平成9年3月に大学を卒業後,同年4月1日に被告に入社し,
入社とともに平成11年8月まではM店で勤務し,同年9月からは被告で
いうところの監督職となるとともに,同月からN館,平成12年10月か
らO店,同年12月からはP店等を歴任し,平成14年8月1日に本件店
舗の店長となった。
イまた,亡Dは,前提事実記載のとおり,平成15年4月1日にCが被告
の子会社として設立されると,在籍出向社員としてCに配属された。
(乙3)
ウ亡Dは,平成14年7月までは実家である原告ら住所地で原告らと同居
していたが,本件店舗の店長となった同年8月からは,本件店舗から約6
50メートル,徒歩10分程度の距離にある本件社員寮で一人暮らしを始
め,本件死亡に至るまで同所から本件店舗に通勤していた。
(乙6,乙8の2,原告A本人)
エ本件店舗は,Cの郊外立地のテストケースとして平成13年10月5日
に開店した郊外店であり,営業時間は,午前11時から午後11時までで
ある。本件店舗は,平成14年5月ころから赤字経営となり,被告らでは
同年7月ころには,平成15年6月をもって店舗を閉鎖することも検討し
ていたが,店舗・敷地賃貸人との契約に従い,同社の撤退後に引き続き営
業をする業者を確保する必要等があったため,同時期に退店することがで
きず,結局,本件店舗が閉店されたのは,平成17年4月であった(乙5
の1・2,乙25,J本人。)
(2)亡Dの労働状況等
ア店長の業務は,店舗全体の確認,パートらへの指示・指導,年間・月間
・日割予算の作成,損益計算書の作成,基本シフトの作成,原材料の仕入
れ,仕込み・廃棄処分・清掃・整備の指示と確認,接客の先頭に立ち苦情
処理を行うこと,伝票整理・日報の記載・レジ精算のチェック,月に一度
の本社での店長会議に出席すること,月に一度の棚卸しなどである。
被告らにおいては,店長として心がけるべき諸事項を記した「店長職務
基準(乙3:57丁)等を内容とする本件店長マニュアルが定められて」
いる。
(乙3,14,証人K)
イ亡Dは,原告らと同居していたころは,おおむね,午前9時前後に自宅
を出て翌午前1時から午前2時の間に帰宅していた。亡Dは,公休日はと
っていたが,ほとんど自宅で過ごしており,原告Aに背中等のマッサージ
をするようにたびたび頼むなどしていた。
原告らは,平成11年ころから亡Dの顔色が良くなく,以前に比べてや
せてほおが落ちているように感じたため,これを心配して亡Dに対し,過
労死も多くある時代であるから,健康は自分で十分に注意するようになど
と忠告していた。
(甲42,43,原告A本人)
ウ平成14年10月ころの本件店舗の正社員は,G,亡D,Q及び料理長
のR(以下「料理長」という)の4名であり,Gが支配人,亡Dが店長。
であり,Gが店舗を統轄していた。その後,Gが平成15年1月11日こ
ろから被告らが経営するSのラーメン店での勤務を始め,同年2月1日付
けで同店へ異動したため,亡Dが,名実ともに本件店舗を統轄することに
,。,,,なったが正社員は一旦3名に減ったその後本件店舗では正社員で
CのO店で店長をしていたHが平成15年3月1日から同年4月末までは
応援として勤務し,亡Dとともに店長を務めたほか,Iも勤務した。
(乙11,J本人)
エ本件店舗では,Gが支配人として勤務していた平成15年1月10日こ
ろまでは,同人が主にホールの業務を行い,亡Dは客が多いときにはホー
ル,少ないときには事務的な業務を行うというように,仕事の分担ができ
ていたため,同人は,週に1回程度は休日をとっていた。
ところが,亡Dは,Gが上記のとおり他店舗に移った後は,ホールと厨
房の皿洗い等の両方の業務を行うようになり,勤務時間も長くなって,休
日もほとんど出勤するようになった。また,亡Dは,前記の店長業務に加
え,材料の発注等も自ら行い,月に一度の棚卸しも一人で行っていた。な
お,亡Dは,まじめで几帳面で,人から言われたら断れないような性格で
あった。
(甲13ないし15,22,23,42,43,乙3,証人K,証人L,
原告A本人)
オ平成15年2月26日には,本件店舗に対し,年に1度実施される本社
による監査が実施されたが,亡Dは,これに先立って,本件店舗のパート
らにではなく,同期でM店の店長をしていたT及び同店の従業員に応援を
頼み,朝方まで本件店舗の清掃を行った(甲13,原告A本人。)
カ亡Dは平成15年3月3日から6日まで和歌山で実施された研修幹,,(
部訓練)にHとともに参加した。同研修に参加したTは,研修中,亡Dが
疲れた様子をしているように感じた。亡Dは,平成15年3月27日及び
同年4月16日に被告本社で行われた店長会議に出席した(甲13。)
キ亡Dは,ホールで接客をする接客部門を担当するパートらとの人間関係
には問題がなかったが,料理長や厨房部門を担当するパートらとの関係は
良好ではなく,厨房部門のパートらは,料理長の意向を受け,亡Dの指示
に従わないことがあった。
これは,前記のとおり本件店舗の経営が厳しかったため,店長である亡
Dが人件費削減等のために厨房の皿洗い要員を廃止して厨房部門に割り振
ろうとしたこと,パートらの希望する勤務制を組めなかったこと,厨房の
人数を増やしてほしいとの料理長からの要望に応じられなかったこと等が
原因であった。
そのため,亡Dが,厨房部門のパートらに対し,細かな清掃や全員で皿
洗いをすること等を指示しても聞いてもらえず,皿洗いは,亡Dやホール
部門の従業員が行っていた。なお,食器は,自動食器洗浄機を使用して洗
うが,その前に大きな汚れを取る等のため,一旦手洗いをする必要があっ
た。
(甲13,15,乙3,乙15の11,証人L)
ク本件店舗では,午後2時から午後6時が,基本的にはアイドルタイムで
あった。しかしながら,亡Dは,この時間にもパートらとともに午前中か
ら残っている食器の洗い物をしたり,午後の材料を倉庫から持ってきて整
えたり,ホールの清掃をする他,休憩中の料理長に代わって調理を行うこ
ともあった。そのため,亡Dは,アイドルタイム中に店長がすべき事務作
業ができないときがあった。
(証人L。)
ケ亡Dは,本件店舗に自分のパソコンを持ち込んでおり,勤務時間中にパ
ソコンを使用していることもあったが,被告らに提出する書類は,すべて
手書きで作成していた。そして,本件店舗の広告等も,従業員が作成した
手書きのものが使用されていた。
なお,亡Dのパソコンに残されていたデータのうち,店舗の時間帯別売
上集計,客数,客単価などを集計できる仕入れ発注表等(乙20,21)
は,亡Dの先輩で当時P店長であったKが書式を作成して亡Dに渡したも
のであり,理論材料費の一覧表(甲41)は,当時O店長であったUが書
式を作成して,亡Dの勉強のために渡したものである。
(甲41,乙20,21,24,証人K,証人L)
コ亡Dは,朝従業員が出勤したときに,本件店舗のソファーで寝ているこ
とが2週間に一,二回程度あり,本件発症の1か月前くらいには,アイド
ルタイムに月に一,二回仮眠をとっていた。
(証人L)
サ亡Dは,本件店舗において,平成14年8月8日の午前2時33分ころ
から午前2時55分ころまでの約22分間及び平成15年4月20日午前
2時35分から午前3時10分ころまでの約34分間,パソコンで麻雀ゲ
,,ームを行ったほか同年1月9日から同年4月22日までの間に約14回
営業時間終了後にパソコンで音楽を聞いていた。
また,原告Aが本件死亡後に本件社員寮を訪れたところ,室内の整理整
頓はされていなかった。
(甲38,乙17ないし19,原告A本人,弁論の全趣旨)
シ亡Dは,栄養飲料を飲むことが多く,本件発症の1か月前ころには,パ
ートのLに対し,笑いながらも,疲れた等とよく言っていた。また,亡D
は,監査と研修前には,これらが重なっていることが一番しんどいとも言
っていた。
(甲13,15,22,証人L)
ス亡Dは,本件発症の前日である平成15年4月21日は,午前2時21
分に本件店舗に出勤し,業務をしたのち,閉店後の翌22日午前0時15
分から午前2時30分まで,U及びHとともに店長3名で自主的なミーテ
ィングを実施していた。Uらは,ミーティング終了後に帰宅したが,亡D
は,店内に止まった。
(乙3,11)
セ亡Dは,前提事実記載のとおり,急性心筋梗塞を発症して本件死亡に至
った。平成15年4月22日の午前7時42分ころ早出の従業員が本件店
舗に出勤し,会社の作業服を着てホールの客用の長いすに仰向けになって
横になっている亡Dを発見したが,休息をしているものと考え,特に声を
掛けたりはしなかった。ところが,その後同日午前9時55分ころ出勤し
たLが亡Dの状況に異変を感じて確認したところ,同日午前10時5分こ
ろ,同人が死亡していたことが判明した。亡Dが横になっていた長いすの
テーブルの上には,パソコンが画面上スクリーンセーバーが作動している
状態で起動していたほか,複数の書類が散らばっていた。そして,亡Dの
解剖の結果,本件死亡は,本件発症によるものであると診断された。
(乙3,証人L,原告A本人)
ソ本件死亡後,本件店舗に着任した新しい店長は,休日を取っており,こ
れまで亡Dが自ら行っていた材料の発注等についても従業員が行うように
なった。
(証人L)
(3)亡Dの労働時間
亡Dの具体的な労働状況は,前記認定のとおりであるところ,同人の労働
時間について検討する。
ア営業時間中の業務時間
前記認定の亡Dの業務内容に照らすと,同人は,本件店舗の営業時間中
は,ホールや厨房での業務,事務作業を行っていたと認められる。なお,
本件店舗の従業員は,店長を含め,アイドルタイム中に適宜45分ないし
60分の休憩を取ることとなっていたが,前記認定のとおり,亡Dは,ア
イドルタイム中も皿洗いや調理等を行い,同時間帯に行うべき店長として
の事務作業が行えないこともあった。
以上に照らせば,亡Dは,午前11時ころから午後11時ころまでの本
件店舗の営業時間中は,アイドルタイムの間も含めて,基本的には業務を
行っていたものと認めることが相当である。
イ営業時間終了後の在店時間
(,),,(ア)証拠乙11J本人及び弁論の全趣旨によれば本件店舗では
亡Dが,従業員の中で最後まで在店しており,セキュリティ装置をセッ
トして帰宅していたと認められる。したがって,本件店舗の警備会社で
あるV株式会社の監視状況表(甲16)により,亡Dの在店時間を推認
することができる。
そして,前記認定にかかる業務内容等に照らせば,亡Dは,営業時間
終了後,皿洗いや清掃,店長業務等の事務作業,研修や店長会議前には
その準備,監査前には清掃等を行っていたものと推認されるから,同人
は,営業時間終了後の在店時間についても,基本的には業務を行ってい
たものと認めるのが相当である。
(イ)これに対し,被告らは,亡Dが,本件店舗に長時間いたのは,本件
社員寮と本件店舗との生活を混同していたからであり,業務をするため
ではなく,仮に,業務を行っていたとしても,亡Dが勤務時間中まじめ
に仕事をせずに午後11時以降に仕事を行っていたことを示すに過ぎな
い旨主張する。そして,証拠(甲4,乙11,15,25,26,証人
K,J本人)によれば,被告らの店長が営業時間終了後に行うべき業務
としては,レジの清算並びに売上高,現金残高及び従業員の労働時間等
を記載した売上げ日報(乙15の4,乙26と同種の書類)や残って処
分しなければならない食材を記したロス処分表(乙15の10)の作成
があるところ,店長は,レジ担当や厨房担当の従業員が作成したこれら
,,各書類の確認を行うのみで足りその所要時間は30分程度であるから
店舗に長時間残ることはないはずであること並びに通常,店長は,営業
時間終了後,おおむね30分から1時間程度で退店をしていることが認
められる。また,亡Dは,前記認定のとおり,営業時間終了後,本件店
舗でパソコンの麻雀をしたり,音楽を聴いていたこともあったことが認
められる。
(ウ)しかしながら,亡Dが本件店舗の営業時間中に業務を怠り,遊んで
いたとは認められないことは,前記認定のとおりである。そして,Kの
上記供述にかかわらず,亡Dは,毎日の発注作業や,棚卸しを一人で行
ったり,アイドルタイム中も従業員とともにホールや厨房の業務を行っ
ていたため,店長が行うべき事務作業を行えないときがあったこと,監
査の際には他店の従業員の協力を得てようやく清掃を完了したこと,料
理長をはじめ,厨房部門の従業員が亡Dの指示を聞かないことがあった
こと等の本件店舗における業務の状況に照らせば,同人は,本件店長マ
ニュアル等において,店長がアイドルタイム等を利用して行うことが想
定されている業務や,本来なら原則として営業時間内に他の従業員と分
,,,担して行うべき業務についても営業時間終了後に独力で行いしかも
相当な時間を要していたものと推認される。なお,亡Dが被告らに提出
していた出勤表(乙3:41丁以下)記載の労働時間は,前記認定の亡
,。Dの労働時間の実態を反映したものとはいえず直ちには信用できない
,,,,また亡Dが営業時間終了後本件店舗でパソコンの麻雀をしたり
音楽を聴いたりしていたことは,前記認定のとおりではあるが,麻雀は
亡Dが店長になってから,各二,三十分程度を2回行ったことが認めら
れる程度であり,音楽を聴きながら業務を行うことも,直ちに職務を怠
ったとはいえない。さらに,本件社員寮が整理整頓されていなかったこ
とは,前記認定のとおりであるが,このこともまた,亡Dが業務を怠っ
ていたこと等を推認させるものではない。
他に,亡Dが本件社員寮と本件店舗との生活を混同していたことをう
かがわせるような事情はない。
(エ)以上に照らせば,被告が指摘する諸事情を考慮しても,亡Dが営業
時間終了後の在店時間中にも,基本的には業務を行っていたとの前記認
定を覆すに足りるものではない。したがって,被告の主張は採用できな
い。
ウ以上のとおり,亡Dが,営業時間及び営業時間終了後本件店舗内に残っ
ていた時間は,基本的には,同人が業務を行っていた時間であると認める
のが相当である。
もっとも,他方,亡Dは,各日に一定の時間を休憩時間として確保して
いたとまではいえないものの,食事は毎日,業務の合間に適宜とっていた
こと,朝方やアイドルタイム中に仮眠をとる日も少なからずあったこと,
深夜に短時間とはいえパソコンで業務とは関係のないゲームを行ったこと
も認められる。そうすると,亡Dの在店時間のうち各日当たり1時間を,
休憩時間として差し引くのが相当である。
エ以上を前提に,本件発症前6か月間(平成14年11月16日から平成
15年4月22日までとする)の亡Dの本件店舗における業務時間を算。
定する(なお,甲16によりセット時間が明らかではない日については,
営業終了の時間である午後11時までを業務時間と算定する)と,少な。
くとも,発症前4か月(別紙2の4)の労働時間を別紙3のとおり訂正す
るほかは,本件集計表記載のとおりとなる。そのうち,法定の時間外労働
(,)時間1日当たり8時間1週間当たり40時間を超えて労働した時間数
は,次のとおりである。
(ア)本件発症1か月前(平成15年3月23日から同年4月21日まで)
153時間02分(別紙2の1)
(イ)同2か月前(同年2月21日から3月22日まで)106時間20
分(別紙2の2)
(ウ)同3か月前(同年1月22日から2月20日まで)116時間34
分(別紙2の3)
(エ)同4か月前(平成14年12月23日から平成15年1月21日ま
で)96時間32分(別紙3)
なお,証拠(乙3:43丁)によれば,亡Dは平成14年12月30
日出勤し,翌31日を公休と届け出ていることが認められるから,本件
発症前4か月の本件集計表(別紙2の4)中の同月30日,31日の勤
務時間を訂正した。
(オ)同5か月前(平成14年11月23日から同年12月22日まで)
116時間04分(別紙2の5)
(カ)同6か月前(平成14年10月24日から同年11月22日まで)
141時間11分(別紙2の6)
なお,前記認定のとおり,亡Dの休日は,Gが支配人として勤務してい
た平成15年1月10日ころまでは週に1回程度であり,Gが他店舗に移
った後は,休日もほとんど出勤していたことが認められるが,本件集計表
は,亡Dが,被告らに対し,公休日として届け出ている日(乙3:41丁
以下)の業務時間を含めていない。そして,亡Dが公休日として被告らに
届け出ている日のうち,平成15年2月26日については本件店舗の監査
が行われ,かつ,亡Dがそれに先だって清掃をしたこと,亡Dが同年3月
3日から同月6日までの間,研修(幹部訓練)に参加したことも前記認定
のとおりであり,亡Dがこれらの時間についても業務を行っていたことは
明らかである。もっとも,これらの亡Dが業務に要した時間についても,
上記時間には含まれていない。
(甲16,乙3)
(4)本件死亡及びその後の対応等
ア原告Aは,本件死亡の当日である平成15年4月22日に,堺東警察署
でCのJやW部長に対し,本件死亡は過労死であるから,誠意をもった対
応をするようにと要求した。
(原告A本人)
イ前提事実記載のとおり,原告らは,本件死亡につき平成15年8月18
日に堺労働基準監督署長に対し,労働者災害補償給付の申請を行い,平成
16年11月29日に同署長により支給決定がされた。
ウ原告らは,平成18年11月30日に被告とCを相手方として本件訴訟
を提起した。
(5)被告らにおける労働管理状況等
ア本件店長マニュアルには,従業員の労働時間管理等については,具体的
な記載例も含め,言及があるが,店長の労働時間に関する記載はない。
イ被告らは,店長が自ら記載して被告らに提出する出勤表によって労働時
間を管理していたほか,月に1回程度C代表者等が店舗を巡回していた。
ウ被告らは,イのほかには,出勤表の記載の正確性を担保するような方策
をとっていなかった。前記巡回時においても,従業員に対するヒアリング
を行うなど店長の労働時間や労働状況を把握するような具体的な方策は,
採られていなかった。
(乙3,J本人)
(6)通達等
ア平成13年4月6日付け基発第339号「労働時間の適正な把握のため
に使用者が講ずべき措置に関する基準について」
厚生労働省は,使用者が労働時間を適切に管理する責務を有するにもか
かわらず,現状では,労働時間の把握に係る自己申告制の不適正な運用に
,,伴い割増賃金の未払や過重な長時間労働といった問題が生じているなど
上記管理が適切に行われていない現状を踏まえ,労働時間の適正な把握の
ために使用者が講ずべき措置を具体的に明らかにすることにより,労働時
間の適切な管理の促進を図るため,平成13年4月6日付け基発第339
号「労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関する基準に
ついて」を発した。
同通達は,使用者は,労働時間を適正に管理するため,労働者の労働日
ごとの始業・終業時刻を確認し,これを記録すること,確認及び記録は,
使用者が自ら現認することにより確認し,記録するか,タイムカード,I
,,Cカード等の客観的な記録を基礎として確認し記録することを原則とし
自己申告制により行わざるを得ない場合は,導入前に,その対象となる労
働者に対して,労働時間の実態を正しく記録し,適正に自己申告を行うこ
となどについて十分な説明を行い,自己申告により把握した労働時間が実
際の労働時間と合致しているかどうかについて,必要に応じて実態調査を
実施すること,労働者の労働時間の適正な申告を阻害する目的で時間外労
働時間数の上限を設定するなどの措置を講じないこと,また,時間外労働
時間の削減のための社内通達や時間外労働手当の定額払等労働時間に係る
事業場の措置が,労働者の労働時間の適正な申告を阻害する要因となって
いないか確認するとともに,当該要因となっている場合には,改善のため
の措置を講ずること等を内容としている。
(甲18)
イ平成14年通達
厚生労働省は,平成13年12月12日付け基発第1063号「脳血管
疾患及び虚血性心疾患等(負傷に起因するものを除く)の認定基準につ。
いて」において,脳,心臓疾患の労災認定基準を改正し,疲労の蓄積をも
たらす長期間の過重業務も業務による明らかな過重業務として新たに考慮
,,。,することとしたがこれに引き続き平成14年通達を発した同通達は
過重労働による労働者の健康障害を防止することを目的として,1か月1
00時間を超える時間外労働を行わせた場合,又は2か月ないし6か月間
の1か月平均が60時間を超えて,時間外労働を行わせた場合には,使用
者は産業医等の助言指導を受けること,さらに,当該労働者自身に産業医
等の面接を受けさせることを定め,事業者が講ずべき措置などを定めたも
のである。
(甲20)
2争点1について
(1)亡Dの労働実態及び労働時間は,前記認定のとおりであるところ,これ
らに照らすと,亡Dの労働時間は著しく長時間であると認められる。
そして,その業務内容も,特にGの転出後は,以前よりも業務量が増した
上,本件店舗の経営が厳しかったことなどから,店長として人員削減等の経
営立て直しのための対策を講ずる必要があって,精神的負荷のかかるもので
あった。また,本件店舗では,上記対策の影響により,厨房部門の従業員ら
との関係が悪化し,同従業員らが指示に従わないため,従業員らとの適切な
業務分担もできなかったものである。さらに,亡Dは,日々の業務に加え,
店長として監査,店長会議,研修等にも対応をする必要があった。
以上に照らせば,亡Dの業務は,継続的な長時間労働である上,その内容
も身体的精神的負荷のかかるものであったと認められるから,過重であった
と認められる。
また,本件全証拠によっても,亡Dに業務外の私生活等において身体的,
精神的に強い負荷がかかるような事情があったことを認めるに足る証拠はな
い。
(2)以上に照らせば,亡Dは,本件店舗の店長として過重な労働に従事し,
十分な休憩や休日も取れなかったため,冠動脈が自然経過を超えて著しく硬
化した結果,急性心筋梗塞が発症し,本件死亡に至ったものであるから,亡
Dの業務と本件発症・死亡との間には,相当因果関係があると認められる。
(3)被告らは,亡Dの業務と発病・死亡との間に因果関係はなく,本件死亡
は,自らの健康管理を怠り,職場と自宅あるいは昼夜を混同した日常生活が
原因である旨主張する。そして,亡Dが営業時間終了後も本件店舗に長時間
残っていたことは,前記認定のとおりである。
しかしながら,亡Dが本件店舗に長時間残っていたのは業務を行うためで
あって,それ以外の事情により職場と自宅あるいは昼夜を混同した日常生活
をしていたとは認められないことは,前述のとおりである。そうすると,被
告らの上記主張は採用できない。
3争点2について
,,,(1)被告らは雇用契約に付随する義務として使用者として労働者の生命
身体及び健康を危険から保護するように配慮すべき安全配慮義務を負い,そ
,,,,,の具体的内容として労働時間を適切に管理し労働時間休憩時間休日
休憩場所等について適正な労働条件を確保し,健康診断を実施した上,労働
者の年齢,健康状態等に応じて従事する作業時間及び作業内容の軽減等適切
な措置を採るべき義務を負っている。そして,これに違反した場合には,安
全配慮義務違反の債務不履行であるとともに不法行為を構成するというべき
である。
(2)ところが,被告らは,前記認定のとおり亡Dを長時間の時間外労働や精
神的負荷のかかる業務に従事させたため,同人は,これによって疲労を蓄積
し,本件発症をして死亡するに至ったものである。
また,被告らが亡Dに提出させていた出勤表(乙3:41丁以下)記載の
労働時間が,亡Dの労働時間の実態を反映していたものではないことは前述
のとおりであるところ,被告らは,J本人が,従業員が長時間店舗内にいる
ことは,冷暖房のための電気代も要するし,店舗内の飲料等の管理も適切に
行われなくなって好ましくないとの趣旨の供述をしたことからも明らかなよ
うに,費用面からも従業員の勤務時間には関心を有しており,しかも,警備
会社のセキュリティ装置等を利用したり,同警備会社や本件店舗の従業員か
らヒアリングを実施するなどすれば,亡Dの過重労働の実態を容易に把握す
ることができたはずである。それにもかかわらず,被告らは,客観的に労働
時間の実態を把握できるこれらの方策を採らず,亡Dに対し,自己申告によ
る出勤表を提出させていたのみである。そして,本件全証拠によっても,被
告らが上記出勤表の内容が亡Dの実際の労働時間と合致しているかについて
の実態調査等を行った形跡は認められない。なお,証拠(乙14,J本人)
によれば,本件店舗の初代店長でもあったJは,本件発症2日前の平成15
年4月20日に本件店舗を訪れ,亡Dと昼食を共にとり,その際,亡Dの近
況や,本件店舗の状況について聞いたりしたことが認められる。しかしなが
ら,このことをもっても,上記結論が左右されるものではない。
以上に照らせば,被告らの亡Dに対する労働管理は,まことに不十分なも
のであり,被告らが,亡Dの労働時間を適正に管理する義務を怠っていたこ
とは明らかである。
(3)これに対し,被告らは,亡Dは管理監督者であり,労働基準法や原告ら
が指摘する通達にいう労働者に当たらないから,これらによって求められる
労働管理をする義務はない旨主張する。
そこで検討すると,労働基準法41条2号に規定する「監督若しくは管理
の地位にある者(以下「管理監督者」という)は,同法が定める労働条」。
件の最低基準である労働時間,休憩及び休日に関する規定の適用が除外され
るものであるところ,その範囲については一般的には,部長,工場長等労働
条件の決定その他労務管理について経営者と一体的な立場にある者であっ
て,労働時間,休憩及び休日に関する規制の枠を超えて事業活動をすること
が要請されざるを得ない重要な職務と責任を有し,現実の勤務態様も,労働
時間等の規制になじまないような立場にある者に限定されなければならな
い。すなわち,具体的には,管理監督者の範囲については,資格及び職位の
名称にとらわれることなく,職務内容,責任と権限,勤務態様に着目する必
要があり,賃金等の待遇面についても留意しつつ,総合的に判断されなけれ
ばならないものである。
これを本件についてみると,なるほど亡Dは,本件店舗の店長として同店
におけるパートらの採用やシフトの決定等の労務管理を行う権限を有し(乙
3,証人K,証人L,実際にこれらを行使するとともに,前記認定の店長)
。,,(,),業務を行っていたしかしながら他方証拠証人KJ本人によれば
亡Dの店長としての職務や権限は,あくまでも本件店舗に関する事項に限定
されていた上,人員募集やパートにかかる費用については,上司に相談して
その決裁を受けることになっていたこと,閉店等の重要な経営判断は,あく
までも被告らが行っていたことが認められる。
これらの事情に照らせば,亡Dは,本件店舗の経営責任の一端を担ってい
たといえるものの,それは,あくまでも限定されたものであるから,企業経
営上の必要から経営者と一体的な立場にあったとは到底いえず,労働基準法
の労働時間等の枠を超えて事業活動をすることを要請されざるを得ない重要
な職務と責任を付与されていたとは認められない。本件店長マニュアルを子
細に検討しても,上記結論は左右されるものではない。
したがって,亡Dは管理監督者でなく,労働基準法の労働時間,休憩及び
休日に関する規定や,前記通達等の適用を除外されるものではないから,被
告らの主張は採用できない。
(4)そして,長時間労働や過重な労働により,疲労やストレス等が過度に蓄
,,。積し労働者の心身の健康を損なう危険があることは周知のとおりである
そうすると,被告らは,亡Dの労働時間を適正に管理しない結果,同人が長
時間労働に従事して死亡に至ることを予見することが可能であったというべ
きである。
(5)以上によれば,被告らは,亡Dの労働時間を適切に管理せず,同人の労
働時間,休憩時間,休日等を適正に確保することなく,長時間労働に従事さ
せたものであるから,安全配慮義務違反が認められる。そして,被告らの上
記安全配慮義務違反と本件死亡との間には,因果関係が認められる。
したがって,被告らは,本件死亡について安全配慮義務違反の債務不履行
責任及び不法行為責任を負うと認められる。
4争点3について
(1)前記認定判断のとおり,被告らには不法行為責任が認められるが,不法
行為に基づく損害賠償請求権の消滅時効は3年であるところ,本件において
は,原告らの損害賠償請求権は,本件死亡の日である平成15年4月22日
から3年間を経過した平成18年4月23日に時効により消滅したと認めら
れる。
(2)原告らは,本件損害賠償請求権の存在を知ったのは,労災保険給付金の
支給決定を受けた平成16年11月29日より後ころのことであるから,上
記3年は,いまだ経過していない旨主張する。
しかしながら,本件死亡による損害は,亡Dが死亡した日である平成15
年4月22日に発生し,原告らは,同日亡Dの死亡を知り,Jらに対し,本
件死亡が過労死であるとして,これに対する対応を求めていたことに照らせ
ば,原告らは,同日に本件死亡が被告らに責任のある過労死であること,す
なわち,損害及び加害者を知ったものと認められる。
そうすると,同損害賠償請求権の時効の起算点は,前同日からとすべきで
あり,労災給付の支給決定がされていたかどうかは,これを左右するもので
はないと解される。したがって,原告らの主張は採用できない。
(3)もっとも,前記認定の被告らの安全配慮義務違反は,不法行為であると
ともに債務不履行を構成するところ,債務不履行に基づく損害賠償請求権の
消滅時効は10年であるから,原告らが同請求をすることを妨げるものでは
ない。
5争点4について
(1)過失相殺
ア被告らの安全配慮義務違反と亡Dの本件発症・死亡との間に因果関係が
認められ,被告らが債務不履行責任を負うことは,前記認定判断のとおり
である。
イしかしながら,亡Dは,店長として,本件店舗の従業員を指示監督する
立場にあったのであるから,たとえ,店長として自ら率先して業務を行う
ことが求められる局面がある(前記店長職務基準にも「管理は実行であ,
る。店長は実行する人である」との記載があることが認められる)と。。
はいえ,他方,管理者としての指導力を発揮し,自己の負担を含め,従業
員間の仕事の分担の適正さを図り,店舗全体としての業務の効率化を図る
ことも,その権限及び責務に照らし,求められていた。したがって,亡D
としても,前述のとおり必ずしも指導や業務命令が徹底できなかった厨房
部門を含め,店長として本件店舗における仕事量の配分や従業員に対する
指示の方法ないし内容に意を用いて,自らの業務量を適正なものとし,休
息や休日を十分にとって疲労の回復に努めるべきであり,前記認定にかか
る本件店舗の経営状況・人間関係,業務内容等を勘案しても,当時の本件
店舗がこれを行うことを期待できない状態にあったとはいえない。
これに加え,亡Dが適宜の機会をとらえ,被告らに対し,本件店舗の懸
案事項と考えられるもの,すなわち,本件店舗の経営状況,従業員の不足
・勤務状況及び自己の業務の状況等を申告するなどして,亡Dが被告らに
対し,業務軽減のための措置を採るよう求めることもまた,店長の任務の
内であり,これが不可能であったともいえない。
それにもかかわらず,亡Dは,穏やかな性格で,仕事を自ら引き受ける
ような面があったにせよ,結果として上記措置を採らず,すべて自己の負
担に帰していたのであるから,店長としての業務遂行に当たって不十分な
面があるとともに,自らの健康保持に対する配慮も十分ではなかったとい
わざるを得ない。
ウ以上に照らせば,亡Dには,本件死亡について一定の過失があったとい
うべきであり,その割合は,2割と認めるのが相当である。
そこで,本件において被告らに賠償を命ずべき金額は,民法418条を
適用して損害額の2割を減ずることが相当と認める。
(2)素因減額
ア証拠(甲5,28,乙3,原告A本人)によれば,次の事実が認められ
る。
(ア)亡Dは,特段の既往症はなく,両親である原告らにも虚血性心疾患
等の既往はない。そして,亡Dは,学生時代には,スポーツが好きで休
日には野球を楽しむなどしており,特に健康上の問題を訴えたことはな
かった。
(イ)亡Dは,大学在学中の平成8年4月8日,被告に入社後の平成9年
4月2日,平成13年11月13日及び平成14年10月17日にそれ
ぞれ受診した健康診断においても,いずれも異常は見当たらず,健康上
の問題を指摘されたこともなかった。すなわち,亡Dは,本件発症の約
6か月前の平成14年10月17日の健康診断においても,身長173
センチメートル,体重59.7キログラム,肥満度マイナス9.3パー
セント,血圧130/72mmHg,尿検査正常,コレステロール値,中性
脂肪値いずれも正常という結果であった。
(ウ)亡Dは,飲酒はするものの,日常的に多量に飲酒することはなく,
喫煙習慣はなかった。
イ亡Dは,前記のとおり急性心筋梗塞により本件死亡に至ったと認められ
るところ,証拠(甲27)によれば,急性心筋梗塞は,遺伝素因として,
両親又はいずれか一方の親に虚血性心疾患の既往があるときは子どもが虚
血性心疾患になる頻度が高く,危険因子としては,高血圧,喫煙,高脂血
症,肥満,糖尿病,運動不足,ストレス,性格(闘争的性格)等があると
される。
しかしながら,亡Dは既往症ないし喫煙習慣がなく,これまで健康診断
で異常を指摘されたこともない上,亡Dの両親である原告らにも虚血性心
疾患等の既往がないことは,前記認定のとおりである。。
したがって,亡Dには,本件発症の遺伝素因ないし危険因子である高血
圧,喫煙,高脂血症,肥満,糖尿病があったとは認められない。
(乙3)
ウもっとも,証拠(乙3)によれば,亡D(死亡当時29歳7か月)は,
以前から冠動脈硬化症を有していたことが推認されるところではある。
しかしながら,本件全証拠によっても,亡Dが被告らの業務に従事する
以前から冠動脈硬化症を有していたことを認めることはできない。また,
一般には,冠動脈の硬化は,年齢に従って徐々に進行するとされていると
ころ,亡Dに認められた冠動脈硬化症が年齢に相応して認められる冠動脈
の硬化以上のものであったと認めるに足りる証拠はない。
エ以上に照らせば,亡Dが冠動脈硬化症を有していたことを本件発症につ
,,いての減額事由として考慮することは相当ではなく同人の性格等を含め
他に減額事由として考慮することが相当な事情は認められない。
6争点5について
(1)逸失利益5555万8316円
証拠(甲11)によれば,本件死亡の前年である亡D(平成14年当時2
8歳)の平成14年分の給与総額は,417万6026円であることが認め
られるが,これは,同年産業計・企業規模計・男子労働者大卒の25歳から
。,29歳までの平均給与総額437万2000円とおおむね一致するそして
被告が,東京証券取引所・大阪証券取引所の第一部に上場されている企業で
あること,亡Dの本件死亡時の年齢(29歳7月,被告らにおける地位等)
を併せ考えると,亡Dは,満67歳までの38年間にわたって,1年間に平
成15年賃金センサス産業計・企業規模計・男子労働者大卒の平均収入であ
る658万7500円を得られる蓋然性があるものと認められる。
また,前記認定の亡Dの生活状況に照らせば,逸失利益を算定するに当た
って控除すべき生活費は,その全稼働期間を通じ,50パーセントが相当で
ある。
以上を前提に,ライプニッツ方式で中間利息を控除し,亡Dの逸失利益を
算出すると,下記の計算式のとおり,5555万8316円となる(1円未
満切捨て,以下同様。)
〔計算式〕658万7500×(1−0.5)×16.8678=5555
万8316円
(2)死亡慰謝料2400万円
前記認定の亡Dの本件死亡に至る経緯,本件死亡時の年齢,身上関係,被
告らにおける勤務の状況等その他一切の事情を考慮すると,亡Dの死亡慰謝
料は,2400万円が相当である。
(3)葬儀費用150万円
証拠(甲12)によれば,原告らは,亡Dの葬儀費用として少なくとも2
14万5902円を支出したことが認められるが,このうち本件において支
払を求めている150万円は,葬儀費用として本件労災と相当因果関係のあ
る損害と認めるのが相当である。
(4)過失相殺
前述のとおり,本件では,亡Dにも2割の過失が認められるから,民法4
18条を適用して損害額の2割を減ずることが相当と認められる。
(5)素因減額等
前記認定判断のとおり,認められない。
(6)損益相殺等
ア遺族補償一時金
前提事実記載のとおり,原告らは労災保険により,遺族補償一時金とし
て934万円の支払を受けているが,同一時金は,労働者の被った財産上
の損害のてん補のためにのみにされるものであるから,原告らの前記損害
のうち逸失利益をてん補するものと認められる。
したがって,下記の計算式のとおり,前記逸失利益5555万8316
円に2割の過失相殺をした金額から,遺族補償一時金を控除すると,残額
は3510万6653円となる。
〔計算式〕
5555万8316円×0.2=1111万1663円
5555万8316円−1111万1663円=4444万6653円
4444万6653円−934万円=3510万6653円
イ葬祭料
前提事実記載のとおり,原告らは,労災保険から葬祭料として59万5
200円の支払を受けているところ,これは,前記損害のうち葬儀関係費
用をてん補するものと認められる。
したがって,葬祭料は,下記の計算式のとおり,前記葬儀費用150万
円に2割の過失相殺をした金額から上記葬祭料を控除した60万4800
円となる。
〔計算式〕
150万円×0.2=30万円
150万円−30万円=120万円
120万円−59万5200円=60万4800円
ウ労災保障上乗せ保険制度による受領金
前記認定のとおり,原告らは,平成19年2月15日に被告の労災保障
上乗せ保険制度により,500万円を受領しているから,同金額を控除す
る。
エ特別支給金
被告は,労災保険による特別支給金(遺族特別支給金及び遺族特別一時
金)の合計486万8000円も損害のてん補であるから,損害額から控
除すべきであると主張する。
しかしながら,労災保険による特別支給金は,労働福祉事業の一環とし
て,被災労働者の療養生活の援護等によりその福祉の増進を図るために行
われるものであるから,被災労働者の損害をてん補する性質を有するとい
うことはできない。したがって,上記特別支給金を損害額から控除するこ
とは相当ではないから,被告の上記主張は採用できない。
(7)以上の差引き合計4991万1453円
以上のとおり,過失相殺及び損益相殺を行った後の亡Dの損害額は,下記
の計算式のとおり合計4991万1453円となる。
〔計算式〕
過失相殺後の死亡慰謝料
2400万円×0.2=480万円
2400万円−480万円=1920万円
過失相殺及び損益相殺後の合計
3510万6653円+1920万円+60万4800円−500万円=
4991万1453円
(8)原告らの相続額各2495万5726円
原告らは,亡Dの父母であるところ,相続により同人の上記損害賠償請求
権を,それぞれ2分の1の割合で取得したから,その損害額は各2495万
5726円である。
(9)弁護士費用各250万円
本件事案の内容,本件の審理経過,認容額等に照らし,原告らの弁護士費
用は,原告らそれぞれについて250万円を,本件と相当因果関係のある損
害として認めるのが相当である。
(10)以上の結果,原告らの損害は,各2745万5726円となる。
(11)遅延損害金
安全配慮義務違反の債務不履行に基づく損害賠償債務が履行遅滞となるの
は,債務者が履行の請求を受けたときであるところ,前記認定のとおり,原
告Aは,平成15年4月22日にJらに対し,本件死亡が過労死であるから
誠実な対応をするように要求しているのであるから,本件の安全配慮義務違
反の債務不履行に基づく遅延損害金発生の起算日は,請求の後であることが
明らかな同年5月1日とするのが相当である。
第4結論
以上のとおりであるから,原告らの本件請求は,債務不履行に基づく損害賠
償金として,被告から原告らそれぞれに対し,2745万5726円及び平成
15年5月1日から支払済みまで民法所定年5分の割合による遅延損害金の支
払を求める限度で理由があるからこれらを認容し,その余の部分については理
由がないから棄却し,被告の仮執行免脱宣言の申立ては,相当ではないからこ
れを却下することとする。
よって,主文のとおり判決する。
大阪地方裁判所第15民事部
裁判長裁判官田中敦
裁判官池町知佐子
裁判官上村海

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