弁護士法人ITJ法律事務所

裁判例


戻る

平成28年12月2日判決言渡同日原本領収裁判所書記官
平成27年(ワ)第28699号特許権侵害差止請求事件(甲事件)
同年(ワ)第28848号特許権侵害差止請求事件(乙事件)
同年(ワ)第29004号特許権侵害差止請求事件(丙事件)
口頭弁論終結日平成28年10月19日
判決
甲,乙及び丙事件原告デビオファーム・インターナショナル・エス・アー
(以下「原告」という。)
同訴訟代理人弁護士大野聖二
同大野浩之
同木村広行
甲事件被告第一三共エスファ株式会社
(以下「被告第一三共」という。)
乙事件被告富士フイルムファーマ株式会社
(以下「被告富士フイルム」という。)
丙事件被告ニプロ株式会社
(以下「被告ニプロ」といい,被告第一三共,被告富士
フイルム及び被告ニプロを併せて「被告ら」という。)
上記3名訴訟代理人弁護士吉澤敬夫
同川田篤
同訴訟代理人弁理士紺野昭男
同井波実
同補佐人弁理士伊藤武泰
主文
1原告の請求をいずれも棄却する。
2訴訟費用は原告の負担とする。
3この判決に対する控訴のための付加期間を30日と定める。
事実及び理由
第1請求
1被告第一三共は,別紙被告第一三共製品目録記載の各製剤について,生産,
譲渡,輸入又は譲渡の申出をしてはならない。
2被告第一三共は,別紙被告第一三共製品目録記載の各製剤を廃棄せよ。
3被告富士フイルムは,別紙被告富士フイルム製品目録記載の各製剤について,
生産,譲渡,輸入又は譲渡の申出をしてはならない。
4被告富士フイルムは,別紙被告富士フイルム製品目録記載の各製剤を廃棄せ
よ。
5被告ニプロは,別紙被告ニプロ製品目録記載の各製剤について,生産,譲渡,
輸入又は譲渡の申出をしてはならない。
6被告ニプロは,別紙被告ニプロ製品目録記載の各製剤を廃棄せよ。
7訴訟費用は,それぞれ被告らの負担とする。
8仮執行宣言
第2事案の概要
1本件は,発明の名称を「オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法
及び使用」とする特許(第4430229号)を有する原告が,被告らがそれ
ぞれ製造・輸入・販売等する別紙被告第一三共製品目録,被告富士フイルム製
品目録及び被告ニプロ製品目録記載の各製剤が,上記特許の特許請求の範囲請
求項1及び請求項2記載にかかる発明の技術的範囲に属すると主張して,被告
らに対し,上記各製品の製造等の差止及び廃棄を求める事案である。
2前提事実(当事者間に争いのない事実又は文中掲記した証拠及び弁論の全趣
旨により容易に認定できる事実)
(1)当事者
ア原告
原告は,医薬品等の製造,販売及び輸出等を業とし,スイス法に準拠し
て設立された法人である。
イ被告
被告らは,それぞれ,医薬品等の製造,販売,輸入等を業とする株式会
社である。
(2)原告の有する特許権
原告は,以下の特許権(請求項の数17。以下「本件特許権」又は「本件
特許」といい,特許請求の範囲請求項1にかかる発明を「本件発明1」,同
請求項2にかかる発明を「本件発明2」といい,両発明を併せて「本件各発
明」という。また,本件特許に係る明細書〔甲2〕を「本件明細書」という。
なお,本件特許の特許公報を末尾に添付する。)の特許権者である。本件特
許の出願人は訴外サノフィ-アベンティスであり,原告は,登録後に,出願
人から特許権の移転を受けた。(甲1,2)
発明の名称オキサリプラチン溶液組成物ならびにその製造方法
及び使用
特許番号特許第4430229号
出願日平成11年2月25日
優先日平成10年2月25日
(優先権主張国英国/優先権主張番号9804013.2)
(3)本件特許の特許請求の範囲
本件特許の特許請求の範囲請求項1及び2には次のとおり記載されている。
ア請求項1
「オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な担体を
包含する安定オキサリプラチン溶液組成物であって,製薬上許容可能な担
体が水であり,緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,緩衝
剤の量が,以下の:
(a)5x10-5M~1x10-2M,
(b)5x10-5M~5x10-3M,
(c)5x10-5M~2x10-3M,
(d)1x10-4M~2x10-3M,または
(e)1x10-4M~5x10-4M
の範囲のモル濃度である,組成物。」
イ請求項2
「緩衝剤がシュウ酸またはシュウ酸ナトリウムである請求項1の組成物。」
(4)本件発明1及び本件発明2の構成要件
ア本件発明1を構成要件に分説すると,次のとおりである。
Aオキサリプラチン,
B有効安定化量の緩衝剤および
C製薬上許容可能な担体を包含する
D安定オキサリプラチン溶液組成物であって,
E製薬上許容可能な担体が水であり,
F緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,
G緩衝剤の量が,以下の:
(a)5x10-5M~1x10-2M,
(b)5x10-5M~5x10-3M,
(c)5x10-5M~2x10-3M,
(d)1x10-4M~2x10-3M,または
(e)1x10-4M~5x10-4M
の範囲のモル濃度である,組成物。
イ本件発明2を構成要件に分説すると,次のとおりである。
J緩衝剤がシュウ酸またはシュウ酸ナトリウムである
K請求項1の組成物。
(5)本件特許に関する特許無効審判請求及び訂正請求
ア訴外ホスピーラ・ジャパン株式会社(以下「ホスピーラ」という。)は,
特許庁に対し,本件特許が無効であると主張して,特許無効審判請求をし
た(無効2014-800121号事件)。
イ原告は,上記無効審判において,本件特許の特許請求の範囲請求項1に
ついて訂正請求をした(以下,同訂正請求による訂正を「本件訂正」とい
う。)。
ウ特許庁は,平成27年7月14日,本件訂正を認めた上で,本件訂正後
の特許請求の範囲請求項1に記載の発明(以下「本件訂正発明1」という。)
に無効理由がない旨の審決(以下「本件審決」という。)をした。(甲8)
エホスピーラは,同月24日,上記ウの審決に対し,知的財産高等裁判所
へ審決取消訴訟を提起した。(甲9)
(6)本件訂正後の特許請求の範囲
本件訂正後の特許請求の範囲請求項1は次のとおりである。(本件訂正に
よる訂正部分を下線で示す。)
「オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な担体を
包含する安定オキサリプラチン溶液組成物であって,製薬上許容可能な担
体が水であり,緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,
1)緩衝剤の量が,以下の:
(a)5x10-5M~1x10-2M,
(b)5x10-5M~5x10-3M,
(c)5x10-5M~2x10-3M,
(d)1x10-4M~2x10-3M,または
(e)1x10-4M~5x10-4M
の範囲のモル濃度である,pHが3~4.5の範囲の組成物,あるいは
2)緩衝剤の量が,5x10-5M~1x10-4Mの範囲のモル濃度である,組成物。」
(7)本件訂正発明1の構成要件
本件訂正発明1を構成要件に分説すると,次のとおりである(本件訂正
による訂正部分を下線で示す。)。
Aオキサリプラチン,
B有効安定化量の緩衝剤および
C製薬上許容可能な担体を包含する
D安定オキサリプラチン溶液組成物であって,
E製薬上許容可能な担体が水であり,
F緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩であり,
G1)緩衝剤の量が,以下の:
(a)5x10-5M~1x10-2M,
(b)5x10-5M~5x10-3M,
(c)5x10-5M~2x10-3M,
(d)1x10-4M~2x10-3M,または
(e)1x10-4M~5x10-4M
の範囲のモル濃度である,
HpHが3~4.5の範囲の組成物,あるいは
I2)緩衝剤の量が,5x10-5M~1x10-4Mの範囲のモル濃度である,組成
物。
(8)被告らの各製品
ア被告ニプロは,別紙被告第一三共製品目録,被告富士フイルム製品目録
及び被告ニプロ製品目録記載の各製品の元となる製剤を製造し,これを被
告第一三共及び被告富士フイルムに譲渡するとともに,自ら上記製剤を別
紙被告ニプロ製品目録記載の各製品(以下「被告ニプロ製品」という。)
として販売し,他方,被告第一三共は上記製剤を別紙被告第一三共製品目
録記載の各製品(以下「被告第一三共製品」という。)として,被告富士
フイルムは上記製剤を別紙被告富士フイルム製品目録記載の各製品(以下
「被告富士フイルム製品」といい,被告ニプロ製品及び被告第一三共製品
と併せて「被告各製品」という。)として,それぞれ販売している。
イ被告各製品は,構成要件A,C,E及びHを充足する。
被告各製品は,オキサリプラチン,水及びリン酸を用いて製造されてお
り,添加物として「リン酸」を含んでいる。被告各製品中には,オキサリ
プラチンが分解して溶液中に生じるシュウ酸(以下「解離シュウ酸」とい
う。)が含まれているが,シュウ酸が別途に添加されてはいない。(甲5,
10,13)
(9)本件特許の優先日前の先行文献の存在
本件特許の優先日(平成10年2月25日)の前には,以下の先行文献が
存在する。
ア平成8年(1996年)2月22日に国際公開された国際公開第96/
04904号公報(乙1の1。以下,同公報を「乙1公報」といい,同公
報に記載された発明を「乙1発明」という。)。
イ平成6年(1994年)8月2日に公開された公開特許公報(特開平6
-211883。乙9。以下,同公報を「乙9公報」といい,同公報に記
載された発明を「乙9発明」という。)。
3争点
(1)被告各製品は本件発明1の技術的範囲に属するか
ア構成要件B,F及びGの「緩衝剤」の充足性
イ構成要件B及びDの「安定」の充足性
ウ構成要件Gの「モル濃度」の充足性
(2)本件特許は特許無効審判により無効にされるべきものか
ア乙1発明による新規性欠如
イ乙1発明による進歩性欠如
ウ乙9発明による新規性又は進歩性欠如
エ記載要件違反の有無
(3)訂正の対抗主張の成否
ア本件訂正により無効理由が解消するか
イpHの調整に関する実施可能要件違反の有無
(4)本件発明2に基づく請求の可否
ア被告各製品は本件発明2の技術的範囲に属するか
イ無効理由の有無
ウ訂正の対抗主張の成否
第3争点に関する当事者の主張
1争点(1)ア(構成要件B,F及びGの「緩衝剤」の充足性)について
〔原告の主張〕
(1)本件発明1の「緩衝剤」には「シュウ酸」が含まれているところ,被告各
製品は,5.0ないし5.5×10-5
Mの有効安定化量のシュウ酸を包含し
ているから,構成要件B,F及びGの「緩衝剤」を充足する。
(2)被告らの主張に対する反論
この点に関して被告らは,本件発明1の「シュウ酸」は,オキサリプラチ
ン溶液に更に緩衝剤として添加するシュウ酸(以下「添加シュウ酸」という
ことがある。)を意味するところ,オキサリプラチンを水に溶かした際に発生
する解離シュウ酸は,「緩衝剤」に該当しない旨主張する。
しかし,以下の通り,被告らの上記主張は失当である。
ア特許発明の技術的範囲は,特許請求の範囲の記載に基づいて定められる
(特許法70条1項)。
そして,本件特許の特許請求の範囲請求項1には,「オキサリプラチン,
有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な担体を包含する安定オキサ
リプラチン溶液組成物であって,」及び「緩衝剤の量が,以下の:」と記
載されている。ここで,「包含」とは,文言上,「つつみこみ,中に含ん
でいること」を意味するから,本件発明1の「緩衝剤の量」が「オキサリ
プラチン溶液組成物に現に含まれる全ての緩衝剤の量」を意味することは
明らかである。
この点に関しては,本件特許に関する本件審決(甲8・10頁)も,「当
業者はこの『緩衝剤の量』を『オキサリプラチン溶液組成物に現に含まれ
る全ての緩衝剤の量』と理解すると認められる。」と判断している。
イ被告らは,特許請求の範囲請求項12に記載の発明を指摘して,本件発
明1は緩衝剤を入れた混合液を調製し,その後でオキサリプラチンを溶解
するものであると主張する。
しかし,本件明細書には,緩衝剤を存在させる技術的思想とともに,緩
衝剤を添加させる技術的思想も記載されており,請求項12は後者の技術
的意義を優先して特許発明を特定したというにすぎない。
そもそも,本件発明1は「緩衝剤・・・を包含する」と特定されている
のに対し,請求項12では「緩衝剤を混合し」と特定されており,異なる
文言が用いられていることからも,本件発明1では,「緩衝剤」が添加シ
ュウ酸に限られない技術的思想を採用していることが明らかである。
ウ次に,本件明細書の記載を斟酌すると,「緩衝剤は,有効安定化量で本
発明の組成物中に存在する。緩衝剤は,約5x10-5
M~約1x10-2
Mの範囲の
モル濃度で,好ましくは約5x10-5
M~5x10-3
Mの範囲のモル濃度で,さらに
好ましくは約5x10-5
M~約2x10-3
Mの範囲のモル濃度で,最も好ましくは
約1x10-4
M~約2x10-3
Mの範囲のモル濃度で,特に約1x10-4
M~約5x10-4
M
の範囲のモル濃度で,特に約2x10-4
M~約4x10-4
Mの範囲のモル濃度で存
在するのが便利である。」(段落【0023】。下線は原告による。)と
記載されており,「緩衝剤」は,添加されるか否かではなく,存在するか
否かによって検討されるべきことが明らかであり,本件発明1における「緩
衝剤」は,解離シュウ酸であるか添加シュウ酸であるかにかかわらず,現
に含まれるシュウ酸であれば足りる。
エさらに,本件明細書には,シュウ酸を添加していない実施例18(b)
が記載されており,「緩衝剤」が添加シュウ酸に限られないことが明白で
ある。そして,実施例18(b)の実験結果(【表14】)は,微量なシ
ュウ酸を付加した実施例1及び8の実験結果(【表8】【表9】)と,大
きな差がなく,同等の安定性を示している。
そして,オキサリプラチンの分解で生じるシュウ酸の量を,本件明細書
の実施例1,8及び18(b)に記載された溶液中のジアクオDACHプ
ラチン及びジアクオDACHプラチン二量体の量から推計すると次の〔表
A〕のとおりとなるが,この表におけるオキサリプラチン溶液組成物中の
(解離シュウ酸及び添加シュウ酸を問わない)シュウ酸濃度(下表の(C)
+(D)の合計値)には大きな差がなく,添加シュウ酸ではなく,解離シ
ュウ酸が支配的な働きをしていることが確認できる。
〔表A〕
ジアクオ
DACH
プラチン
(A)
ジアク
オDA
CHプ
ラチン
二量体
(B)
(A)及び
(B)量か
ら予想され
るシュウ酸
量(分解量)
(C)
付加され
たシュウ
酸量(D)
(C)+
(D)の合
計値
不純物総

(%w/w)
実施例1
(1ヶ月)
3.0×10-5
1.2×10-5
5.3×10-5
1×10-5
6.3×10-5
0.49
実施例8
(1ヶ月)
3.9×10-5
1.5×10-5
6.8×10-5
1×10-5
7.8×10-5
0.50
実施例18(b)
(1ヶ月)
3.3×10-5
1.2×10-5
5.8×10-5
05.8×10-5
0.53
この点に関して被告らは,実施例18は,公知技術による組成物であり,
比較例であることは明白であると主張しているが,改良発明等に鑑みれば
公知技術の実施であっても実施例になり得るから,上記被告らの主張は失
当である。
本件明細書には,「比較例18の安定性」(段落【0073】)との記
載及び「比較のために」(段落【0050】)との記載があるが,前者は,
「実施例18(b)」の安定性試験の結果と,実施例18(a)と同様の
方法で調製したものの安定性試験の結果の両者を比較していることを意味
するにすぎず(段落【0074】ないし【0076】),後者は,文字通
り,シュウ酸又はそのアルカリ金属塩を添加していない実施例を比較のた
めに挙げるということを意味するにすぎず,いずれも,実施例18が「比
較例」であることを意味しない。
オ被告らは,解離シュウ酸は不純物として生成するものであり,「緩衝剤」
には該当しない旨主張する。
確かに,乙1発明に係る特許の出願当時においては,シュウ酸は不純物
として認識されていた。しかし,本件発明1は,従来不純物として認識さ
れていたシュウ酸を,敢えてオキサリプラチン水溶液中に一定量「存在」
させることで,不純物の発生を抑制するというものであるから,被告らの
上記主張は失当である。
また,被告らの主張は,溶液中の添加シュウ酸と解離シュウ酸を区別で
きることを前提としているところ,両者はいずれもシュウ酸であり,水溶
液中において区別することはできないから,上記主張は当業者の理解とし
てあり得ない。
カところで,本件明細書の段落【0031】に「オキサリプラチンの従来
既知の水性組成物よりも製造工程中に安定であることが判明しており」と
いう記載があるが,同記載は,本件発明1の溶液組成物が,乙1発明の溶
液組成物よりも安定であることを意味するものではない。
すなわち,本件明細書の段落【0030】ないし【0032】は,段落
【0012】(2段落目)ないし【0016】に対応した記載がされてお
り,上記段落【0031】の記載は,段落【0013】(3段落)ないし
【0016】(1行目)の記載に対応している。そして,段落【0013】
(3段落)ないし【0016】(1行目)には,凍結乾燥物を利用する際
の課題が記載され,これを解決するために,安定な溶液組成物の開発が望
ましいと記載されている。
したがって,これに対応する段落【0031】における上記記載は,凍
結乾燥物であるオキサリプラチンを水に溶かして再構築した水性組成物を
意味している。
キそして,本件明細書(段落【0022】)では「例えばジアクオDAC
HプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかま
たは遅延させ得るあらゆる酸性または塩基性剤を意味する」とされている
ところ,前記エのとおり,実施例1,実施例8及び実施例18(b)では,
解離シュウ酸が支配的な働きをしており,解離シュウ酸が存在することに
より,ジアクオDACHプラチン等の不純物の生成を「防止又は遅延」さ
せている。
したがって,解離シュウ酸は「緩衝剤」に該当する。
クまた,被告らは,本件明細書の実施例では,付加されたシュウ酸につい
ての記載がある旨指摘して,解離シュウ酸は「緩衝剤」に含まれないかの
ような主張をしている。
しかし,原告は添加シュウ酸が緩衝剤から排除されると主張しているも
のではない。また,本件明細書には,シュウ酸が付加されていない実施例
として,実施例18(b)が記載されている。さらに,本件明細書に示さ
れた付加されたシュウ酸の量は,オキサリプラチン溶液組成物の調製時に
おける「オキサリプラチン溶液組成物に現に含まれる全ての緩衝剤の量」
である。
そして,本件明細書をみると,実施例1及び8では,1×10-5
Mのシ
ュウ酸ナトリウム又はシュウ酸を添加することが開示されているのに対し
て,構成要件Gにおいては,緩衝剤の量は5×10-5
Mが下限である。実
施例における下限値と構成要件Gの下限値には差が存在しており,このこ
とは実施例1及び8において,1×10-5
Mのシュウ酸ナトリウム又はシ
ュウ酸を添加した場合,5×10-5
Mを上回る程度のシュウ酸がオキサリ
プラチン溶液組成物中に存在するということを意味する。したがって,本
件明細書には,解離シュウ酸の存在を考慮した記載が存在している。
ケ被告らは,米国公開特許公報US2004/0186172A1に係る
米国特許出願(乙5の2)に関する意見書における,本件特許に対応する
米国特許(米国特許US6,306,902。乙5の1。以下「アンダー
ソン特許」という。)に関する原告の言及を指摘しているが,アンダーソ
ン特許と本件特許は別個独立した出願にかかる特許であり,アンダーソン
特許に関する言及が,本件特許の技術的範囲の解釈に影響を及ぼすことは
ない。そもそも,特許権については属地主義の原則が採用され,米国にお
ける手続きが,日本における技術的範囲の解釈に影響を及ぼすことは法的
にあり得ない。
また,本件では,日本国における審査手続において,意見書等による限
定がされ,これによって特許査定がされたという事情もないから,禁反言
の法理が適用される余地もない。
なお,原告は,米国公開特許公報US2004/0186172A1に
係る米国特許出願を放棄した(甲17)。
〔被告らの主張〕
(1)本件発明1は,オキサリプラチン溶液に緩衝剤としてシュウ酸を添加する
ものであるが,被告各製品は,「緩衝剤」として「シュウ酸」を添加してい
ないから,構成要件B,F及びGを充足しない。
(2)本件発明1に係る組成物は,例えば本件特許の特許請求の範囲請求項12
記載の方法により製造されるが,同方法では,緩衝剤の混合物を調製し,そ
の後,オキサリプラチンを混合物に溶解するという順序となっている。この
順序を逆にして,オキサリプラチンを溶解してから,緩衝剤を溶解したので
は,緩衝剤を付加する前に水溶液中でオキサリプラチンが不必要に分解され
てしまう。それでは,「不純物を全く生成しないか,あるいはこれまでに知
られているより有意に少ない量でこのような不純物を生成するオキサリプラ
チンのより安定な溶液組成物を開発する」という本件発明1の課題の解決に
反する。
また,本件明細書に記載された実施例のうち,実施例18を除くいずれの
実施例においても,緩衝剤を注射用水に溶解してから,オキサリプラチンを
溶解している。
このように,本件発明1に係る組成物の製造方法との関係も踏まえると,
本件発明2の技術的特徴は,あらかじめ「緩衝剤」としての十分な量のシュ
ウ酸を溶解した混合水溶液を調製しておき,それからオキサリプラチンを溶
解することにあり,このような組成物により初めて毒性に懸念のある不純物
の生成を可能な限り抑制するという本件発明1の課題を解決することができ
る。
(3)次に本件明細書をみると,段落【0022】には,本件発明1の「緩衝剤」
の定義として,「緩衝剤という用語は,本明細書中で用いる場合,オキサリ
プラチン溶液を安定化し,それにより望ましくない不純物,例えばジアクオ
DACHプラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止する
かまたは遅延させ得るあらゆる酸性または塩基性剤を意味する。」と記載さ
れており,「緩衝剤」が生成を防止すべき対象である不純物は,「望ましく
ない不純物」であるが,「望ましくない不純物」には解離シュウ酸を含まな
いとは記載されていない。また,解離シュウ酸は,水溶液中のオキサリプラ
チンが分解することによって生じる不純物である「ジアクオDACHプラチ
ン」と対になって発生する物質であるから,オキサリプラチンの分解を防止
して「オキサリプラチン溶液を安定化」しようとする場合,ジアクオDAC
Hプラチンの生成を防止することは,解離シュウ酸の発生を防止することに
他ならない。
(4)本件明細書に記載された実施例において,「緩衝剤」とされるのは,いず
れも添加シュウ酸であり,解離シュウ酸を含むものではない。本件明細書記
載の実施例1ないし14の組成物は,いずれも,計量した緩衝剤を注射用水
に混合し,これに計量したオキサリプラチンを加えるという方法で得られて
おり,「表1A」「表1B」「表1C」「表1D」には,添加したシュウ酸
の量が記載されている。
ところが,本件明細書には,解離シュウ酸を緩衝剤とする実施例の記載は
なく,解離シュウ酸を測定したとの記載や解離シュウ酸によって発明の作用
効果を奏する旨の記載も存在しない。
(5)対応外国特許について
原告は,米国において,本件発明1とは別のオキサリプラチン関連発明に
係る出願をしていたが(米国公開特許公報US2004/0186172A
1に係るもの。乙5の2),その審査において,米国特許商標庁の審査官か
ら,本件特許に対応する米国特許(アンダーソン特許)を引用例として拒絶
理由を通知された。
この拒絶理由を受け,原告は,米国特許商標庁に対し,アンダーソン特許
で言及しているシュウ酸は,特別に加えられたものであり,水溶液にもとか
ら含まれているシュウ酸に関するものではない旨述べた。アンダーソン特許
に関する原告の理解に従えば,オキサリプラチンの水溶液において自然に分
解したシュウ酸を含むにすぎない被告各製品は,いずれも「緩衝剤」として
のシュウ酸を加えたものではないことは明らかである。
(6)原告の主張に対する反論
ア原告は,本件特許の特許請求の範囲請求項1に「包含する」という語が
用いられていることから,本件発明1の「緩衝剤の量」は「オキサリプラ
チン溶液組成物に現に含まれる全ての緩衝剤の量」を意味し,「緩衝剤」
には解離シュウ酸が含まれるなどと主張する。
しかし,請求項1の「オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤および
製薬上許容可能な担体を包含」という文言には,「オキサリプラチン」,
「緩衝剤」及び「担体」という三つの成分が含まれているということ以上
の意味はない。また,同請求項には,「緩衝剤がシュウ酸またはそのアル
カリ金属塩であり」と記載されており,「緩衝剤」が「シュウ酸」である
ことが規定されているだけで,「緩衝剤」に「解離シュウ酸」を含むこと
は規定されていない。
そして,「緩衝剤」とは,「緩衝液をつくるために用いられる試薬の総
称」(乙33の1)であり,「緩衝液」とは「緩衝作用をもつ溶液」(乙
33の2)であるから,「緩衝剤」は緩衝作用をもつ溶液をつくるために
用いられる試薬を意味する。
イ原告は,解離シュウ酸も,「不純物の生成を防止するかまたは遅延させ
得るあらゆる酸性または塩基性剤」に当たると主張する。
しかし,オキサリプラチン水溶液中で自然に発生した解離シュウ酸は,
分解抑制手段を講じない結果発生した不純物そのものである。仮に緩衝剤
が生成を防止又は遅延する「望ましくない不純物」が主として「ジアクオ
DACHプラチン」及び「ジアクオDACHプラチン二量体」であるとし
ても,緩衝剤としてのシュウ酸を全く付加しなければ,「ジアクオDAC
Hプラチン」及び「ジアクオDACHプラチン二量体」は,オキサリプラ
チンの分解により,解離シュウ酸とともに所定の量だけ生じてしまうから,
その解離シュウ酸が「ジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACH
プラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ」ていないことは明ら
かである。
本件特許は,「緩衝剤」によってオキサリプラチン水溶液の分解を防い
で安定性を得ようという発明であるのに,外から何も加えないために分解
してしまった結果の「解離シュウ酸」を「緩衝剤」であるとする原告の主
張は,明らかに発明の趣旨と矛盾する。
ウ原告は,「実施例18(b)」が本件発明1の実施例であると主張する
が,本件明細書の段落【0050】に,「比較のために,例えば豪州国特
許出願第29896/95号(1996年3月7日公開)に記載されている
ような水性オキサリプラチン組成物を,以下のように調製した:」(下線
は,被告らによる。)とあるように,実施例18は,公知技術を実施した
ものであるから,本件発明1の課題を解決している実施例であるはずがな
い。
また,本件明細書の段落【0073】には,「比較例18の安定性」と
の表題のもと,「非緩衝化オキサリプラチン溶液組成物」と記載されてお
り,「実施例18」が「非緩衝化」された組成物であり,ジアクオDAC
Hプラチン,ジアクオDACHプラチン二量体とも,大量に生成してしま
うものであることが【表14】【表15】に示されているが,これは,手
続補正によって請求項から除外された実施例1,実施例8と同様に,実施
例9や実施例10などの他の実施例と比較して極めて悪い結果として示さ
れているものである。
したがって,実施例18は比較例であって,本件発明1の実施例ではな
い。
エ原告は,添加シュウ酸と解離シュウ酸は区別できないから,添加シュウ
酸のみが「緩衝剤」に該当すると理解する当業者はいないと主張し,また,
本件明細書に記載のない〔表A〕なるものを持ち出して,実施例1,8,
18(b)が実施例であるとも主張する。
しかし,上記主張は本件発明1の実施品をHPLC等の分析機器で測定
した結果,添加シュウ酸と解離シュウ酸を互いに区別できないことを指摘
しているにすぎず,本件明細書の記載に接した当業者が得る認識とは異な
る。本件明細書では,「解離シュウ酸」についての記載はないから,本件
発明1の「緩衝剤」は添加シュウ酸の意味でしかなく,その意味では本件
明細書ははっきりと区別しているというべきである。
また,〔表A〕における「(C)」((A)および(B)量から予想さ
れるシュウ酸量(分解量))と,「(C)+(D)の合計値」なるものは,
本件明細書に記載されていない数値であり,本件明細書には,添加シュウ
酸と解離シュウ酸を合わせた「(C)+(D)の合計値」が本件発明1の
「緩衝剤」であるなどとする記述はない。さらには「(C)+(D)の合
計値」の値自体すら正しい数値であるかどうかも全く裏付けがないもので
あって,このような数値をもって原告のいう「解離シュウ酸」を「緩衝剤」
と理解する根拠にできる道理はない。
そして,原告が〔表A〕でした計算方法により実施例10について計算
し,〔表A〕に追記すると次の表のとおりとなり,明らかに「不純物」で
ある「ジアクオDACHプラチン」や「ジアクオDACHプラチン二量体」
の量に差がある。このことからも,実施例1,8,18(b)が本件発明
1の効果をサポートする実施例と成り得ないことは明らかである。
実施例
No.
pH測定

ジアクオDAC
Hプラチン(A)
ジアクオDAC
Hプラチン二量
体(B)
(A)及び(B)量
から予想される
シュウ酸量(分解
量)(C)
付加された
シュウ酸量
(D)
(C)+(D)の
合計値
1(初期)5.262.9×10-5
1.2×10-5
5.2×10-5
1×10-5
6.2×10-5
1(1ヶ月)5.253.0×10-5
1.2×10-5
5.3×10-5
1×10-5
6.3×10-5
8(初期)5.923.2×10-5
1.3×10-5
5.8×10-5
1×10-5
6.8×10-5
8(1ヶ月)5.233.9×10-5
1.2×10-5
6.8×10-5
1×10-5
7.8×10-5
9(初期)4.402.2×10-5
0.38×10-5
2.9×10-5
5×10-5
7.9×10-5
9(1ヶ月)4.712.3×10-5
0.23×10-5
2.8×10-5
5×10-5
7.8×10-5
10(初期)3.701.9×10-5
極微量1.9×10-5
10×10-5
11.9×10-5
10(1ヶ月)4.101.7×10-5
ND(未検出)1.7×10-5
10×10-5
11.7×10-5
10(3ヶ月)3.941.9×10-5
ND(未検出)1.9×10-5
10×10-5
11.9×10-5
10(6ヶ月)4.171.9×10-5
ND(未検出)1.9×10-5
10×10-5
11.9×10-5
18(b)(初期)5.473.9×10-5
1.2×10-5
6.4×10-5
06.4×10-5
18(b)(1ヶ月)5.273.3×10-5
1.2×10-5
5.8×10-5
05.8×10-5
2争点(1)イ(構成要件B及びDの「安定」の充足性)について
〔原告の主張〕
本件明細書では,「すぐに使える形態の製薬上安定なオキサリプラチン溶液
組成物を提供することによりこれらの欠点を克服することが,本発明の目的で
ある。」(段落【0017】)と明記されており,構成要件B及びDの「安定」
とは「製薬上安定」であることが明らかである。そして,被告各製品はいずれ
も製薬上安定である。
〔被告らの主張〕
本件発明1に係る組成物が「安定」であるのは,あらかじめ「緩衝剤」とし
て溶解されたシュウ酸による効果であり,これによりオキサリプラチンの分解
が抑制されている。あらかじめ「緩衝剤」として溶解されたシュウ酸が添加さ
れることにより初めて,「これまでに知られている」量の不純物の発生を防止
するという本件発明1の課題が解決される。
原告は「安定」とは「製薬上安定」であると主張するが,本件発明1でいう
「製薬上安定」とは,医薬品の製造承認で求められる安定性を意味するのでは
なく,本件発明1を実施した組成物を提供することにより,「これまでに知ら
れている」量の不純物の発生が防止されるか,又はより抑制されていることを
いう。
そして,被告各製品は,医薬品の製造承認上の安定性を備えていることはい
うまでもないが,本件発明1による効果を享受してはいないので,本件発明1
の意味における「安定」を充足していない。
3争点(1)ウ(構成要件Gの「モル濃度」の充足性)について
〔原告の主張〕
(1)被告各製品は,5.0ないし5.5×10-5
Mのシュウ酸を包含している
ところ,構成要件Gのモル濃度の範囲に入るから,構成要件Gを充足する。
上記モル濃度は,米国薬局方であるUSP37に準拠して,HPLC法を
用いて被告各製品のシュウ酸濃度を計測した結果であり(甲7,12,15,
19),信頼性がある。
(2)被告らの主張に対する反論
被告らは,被告各製品のシュウ酸濃度が構成要件Gの下限を下回ると主張
するが,次のとおり,被告らの提出する実験結果は信用できない。
アオキサリプラチン水溶液中のシュウ酸の濃度を測定する方法は,少なく
とも,本件特許の優先日当時,当業者が採用しえるものでなければならな
い。
ところが,訴外富士フイルム株式会社(以下「富士フイルム」という。)
の方法は,①ODSカラムに替えてポリマー系充填剤のカラムを選択した
こと,②HPLCの金属(SUS)配管を樹脂配管に変更したこと,③溶
離液のpHを4.0としたこと,④流速として1mL/分を採用したことの
いずれについても,合理性があることの裏付けがなく,また,①ないし④
を組み合わせた場合における,オキサリプラチン水溶液中のシュウ酸濃度
を測定した結果の信頼性について記載した文献はない。
このような富士フイルムの試験結果(乙4の1)が,USP37に準拠
してなされた原告の試験結果より信頼できるはずもない。
イ被告らは,被告各製品の中のシュウ酸濃度を測定した結果として,訴外
株式会社住化分析センター(以下「住化分析センター」という。)作成に
係る分析・試験報告書(乙28の1ないし3)を提出している。しかし,
これは,被告ら独自の富士フイルムの方法ないしこれに準じた方法による
測定結果でしかなく,本件特許の優先日当時の当業者がおよそ採り得る試
験方法ではないから,その結果が本件において採用される余地がない。
〔被告らの主張〕
(1)仮に,解離シュウ酸が「緩衝剤」に含まれるとしても,原告が提出した測
定結果は,USP37に記載の測定方法によるものであるが,これは,本件
特許の優先日当時存在しない方法であり,しかも,生産管理のための方法に
すぎない。さらに,測定方法の詳細は不明であり,測定方法の妥当性や測定
結果の正確性の裏付けがなく,信用できない。
(2)そして,次のとおり,被告各製品に含まれるシュウ酸のモル濃度は,構成
要件Gの下限値を下回るから,構成要件Gを充足しない。
ア被告らにおいて被告各製品中のシュウ酸の量を測定するために最適と思
われる方法による測定を富士フイルムの解析技術センターに依頼したとこ
ろ,被告富士フイルム製品について,シュウ酸濃度は平均4.5~4.7
×10-5
Mであった(乙4の1:富士フイルムの解析技術センターの試験
報告書)。被告第一三共製品,被告ニプロ製品についても,同一製剤であ
るから,同一の測定値となるものと考えられる。
この結果によれば,被告各製品はいずれも本件発明のG要件の「緩衝剤
の量」の数値範囲にも含まれない。
なお,上記測定では,測定対象に合わせた条件を設定するというHPL
Cの基本(従来技術である。)に従い,分解しやすいオキサリプラチン水
溶液中のシュウ酸の濃度をより正確に測定するために最適と考えられるH
PLCの測定条件を採用しているなどしており,その測定方法が適切であ
ることは,被告富士フイルムの知財法務部・医療情報部部長の陳述書(乙
34)において詳細に述べられているとおりである。
イ被告らは,第三者機関である住化分析センターに対し,被告各製品(被
告第一三共製品及び被告富士フイルム製品については原告がUSP37に
準拠して測定したもの〔甲19〕と同じロット番号のもの。)のシュウ酸
の濃度測定を依頼した。その結果,被告第一三共製品は4.5~4.6×
10-5
M,被告富士フイルム製品は4.2~4.4×10-5
M,被告ニプ
ロ製品は4.1~4.3×10-5
Mであった(乙28の1ないし3)。こ
の結果によっても,被告各製品はいずれもシュウ酸濃度が「5.0×10
-5
M」を下回ることが裏付けられた。
4争点(2)ア(乙1発明による新規性欠如)について
〔被告らの主張〕
(1)本件発明1の「緩衝剤」は添加したものに限定されず,溶液中に存在して
いれば足りるとの原告の主張を前提とすれば,本件発明1は,以下のとおり,
公知の乙1発明のオキサリプラチン水溶液と同一であるから,新規性がない。
ア乙1発明の「オキサリプラチン」は本件発明1の「オキサリプラチン」
(構成要件A)である。その水溶液は,「製薬上許容可能な担体が水」(構
成要件E)であり,それを「包含する」(構成要件C)。
イ乙1発明は,実施例3において,「クロマトグラムのピークの分析は,
不純物の含量と百分率の測定を可能にし,そのうち主要なものは蓚酸であ
ると同定した」(乙1公報・8頁22~25行)と記載されており,水溶
液中にシュウ酸を含有しているので,「緩衝剤」(構成要件B,F,G,
I)の要件を満たす。
ウ乙1発明では実施例3について,「使用したすべての実験条件下におい
て,この発明によるオキサリプラティヌム水溶液の安定性が,50℃で3
か月以上貯蔵した後においても,回収したオキサリプラティヌムの百分率
と要求される値より少ない不純物のそれから考えて,医薬的に許容される
と考えられることを示した。」(乙1公報・9頁1ないし8行)と記載さ
れており,「安定」であるから,「安定オキサリプラチン溶液組成物」(構
成要件D)であり,また,溶液中に存在するシュウ酸は「有効安定化量の
緩衝剤」(構成要件B)に該当する。
エ乙1公報には,解離シュウ酸の量の記載はないものの,「シュウ酸」が
発生すること自体は実施例3中に明記してあり,その数値は乙1発明の実
施例を測定すれば足りる。
そして,原告は乙1発明に係る特許権存続期間延長登録願(乙7)にお
いて,シュウ酸含量が6.6×10-5
モルから7.4×10-5
モルまでの
範囲にあると主張しているから,乙1発明の実施品のシュウ酸含量は構成
要件G所定のモル濃度の範囲に含まれる。
(2)原告は,乙1公報記載の実施例3で明示されているオキサリプラチン水溶
液についてシュウ酸濃度は最大でも「3.5×10-5
M~4.2×10-5
M」
であると計算しているが,不純物の量の仮定が妥当ではなく,また,2mg/
mlを前提とする点も妥当性を欠く。仮に,原告の計算方法に従い,乙1発
明の請求項1に記載された「5mg/ml」について計算すれば,「8.75
×10-5
M~10.5×10-5
M」の範囲になる。
したがって,乙1発明のシュウ酸の濃度は本件発明1の数値範囲に含まれ
る。
(3)以上のとおり,本件特許は新規性を欠くから,特許法29条1項3号及び
同法123条1項2号により,特許無効審判により無効にされるべきもので
ある。
〔原告の主張〕
(1)乙1発明は,オキサリプラチンの濃度,pH,安定性等で規定した発明で
あるのに対して,本件発明1は含有されるシュウ酸またはそのアルカリ金属
塩の量,安定性等で規定した発明であり,両者は全く異なる技術思想となっ
ている。そして,少なくとも,乙1発明と本件発明1とは,乙1発明では明
示的にシュウ酸のモル濃度が開示されていない点で相違する。
(2)そして,乙1公報から,仮にシュウ酸のモル濃度が読み取れるとしても,
本件発明1の範囲から外れる。乙1公報の実施例3で開示されているオキサ
リプラチンの水溶液に基づいて,オキサリプラチンの分解により生じるもの
のうちジアクオDACHプラチン,ジアクオDACHプラチン二量体,シュ
ウ酸以外のものは無視できるほど微量であるという被告らに有利な仮定をし
て計算しても,乙1発明におけるシュウ酸濃度は最大でも3.5×10-5

いし4.2×10-5
(mol/L=M)である。
(3)したがって,乙1発明により本件発明1は新規性が否定されない。
5争点(2)イ(乙1発明による進歩性欠如)について
〔被告らの主張〕
(1)仮に,乙1発明には,本件発明1で規定されている緩衝剤の量の数値が明
記されていない点が相違点であるとしても,本件発明1は,乙1発明から容
易に想到できる。
(2)原告の主張によれば,本件発明1の「緩衝剤」には解離シュウ酸が含まれ
るが,オキサリプラチン水溶液において不純物としてシュウ酸が分解して生
ずることは乙1発明においても知られていたから,当業者にとって,安全性
が問題となり得る医薬品として開発された乙1発明について,不純物である
シュウ酸の濃度を測定することは動機付けがある。仮に乙1公報から直接に
解離シュウ酸のモル濃度を読みとれないとしても,その値を計測し確認する
ことは,当業者に極めて容易である。そして,本件発明1の数値要件は,乙
1発明が当然に有していた数値を記載しているにすぎず,その数値要件の選
択において何ら進歩性は認められない。
また,本件発明1の作用効果も,乙1発明が当然に有していたものであり,
公知発明が当然有していた効果を確認したからといって,進歩性は認められ
ない。
(3)したがって,本件特許は進歩性を欠くから,特許法29条2項及び同法1
23条1項2号により,本件特許は特許無効審判により無効にされるべきも
のである。
〔原告の主張〕
(1)乙1発明の実施品における緩衝剤の量が構成要件G所定のモル濃度の範囲
にあることは明らかになっていない。むしろ,前記4〔原告の主張〕のとお
り,乙1発明のシュウ酸濃度は,構成要件Gのシュウ酸濃度から逸脱してい
るから,乙1発明には,本件発明1とは明らかに異なる構成が開示されてい
るのであり,これを計測したところで,本件発明1のシュウ酸モル濃度に想
到することなどあり得ない。
(2)また,乙1発明では,シュウ酸が不純物として開示されているが(乙1公
報抄訳2参照),本件発明1では,シュウ酸またはそのアルカリ金属塩は,
緩衝剤とされている点においても相違するところ,被告らの主張は,かかる
相違点にかかる構成に容易に想到し得る論理付けがない。むしろ,乙1公報
では,シュウ酸が不純物であるとして開示されているのであるから,シュウ
酸を「緩衝剤」として,添加し,あるいは敢えて一定量存在させる構成に想
到するにあたり,阻害事由がある。加えて,乙1公報には,既に医薬的に安
定な製剤が開示されており,さらにシュウ酸を添加し,存在させることの動
機付けは皆無である。
したがって,乙1公報に触れた当業者は,シュウ酸を不純物として理解す
るのであって,かかるシュウ酸を「緩衝剤」として,添加し,あるいは敢え
て一定量存在させる構成に想到することはあり得ない。
(3)以上のとおり,本件発明1には,乙1発明に基づく無効理由はない。
6争点(2)ウ(乙9発明による新規性又は進歩性欠如)について
〔被告らの主張〕
(1)乙9発明
乙9公報記載の実施例1ないし3には,光学純度e.e.=100%のオキ
サリプラチンとその製造方法が記載されており,段落【0026】の【表3】
には,上記実施例の高純度品の[0.5%H2O]で,比旋光度「>74.
5°」のもの(水溶液)が記載されている。なお,乙9公報における「シス
-オキザラート(トランス-l-1,2-シクロヘキサンジアミン)白金(I
I)」は,本件発明1の「オキサリプラチン」と同一化合物である。
(2)本件発明1との比較
ア一致点
乙9公報記載の,光学純度が高いオキサリプラチンを用いて得られた[0.
5%H2O]は,5mg/mlに相当するオキサリプラチン水溶液であり,
不純物が入り込む余地はない。仮に,原告が主張するように,本件発明1
がシュウ酸を一切付加しないオキサリプラチンの水溶液も含み得るのであ
るとすれば,乙9発明は,本件発明1の「オキサリプラチン溶液組成物」
と一致する。
仮に,下記イの相違点があるとしても,これらの相違点は,乙9発明の
水溶液が当然に有する性質にすぎず,実質的に同一であるか,少なくとも
技術常識及び周知技術を適用することにより,容易に導かれるものである。
イ相違点
(ア)相違点1
本件発明1の「オキサリプラチンの水溶液」は,緩衝剤であるシュウ
酸の量について規定されているが,乙9公報には,シュウ酸とその量に
ついて記載がない点
(イ)相違点2
本件発明1は「安定オキサリプラチン溶液組成物」であるところ,乙
9公報にはそのような記載がない点
(3)相違点の検討
ア相違点1について
乙9発明の高純度のオキサリプラチン水溶液について,乙9公報にはシ
ュウ酸の量について開示されていないが,オキサリプラチン水溶液中に不
純物としてシュウ酸が生じることは公知である。
そこで,乙9発明と同等の高純度のオキサリプラチンを注射用水に溶解
し「5mg/ml」とする実験を行ったところ,比旋光度が「+75.8°」,
シュウ酸濃度が「5.2×10―5
M」となった(乙11)。すなわち,高純
度のオキサリプラチンを水に溶解して「5mg/ml」としさえすれば,本
件発明1のシュウ酸の量に必然的になる。
本件発明1のシュウ酸の量の要件は,本件特許の出願前に存在していた
高純度のオキサリプラチン水溶液が当然に有していた性質であり,本件発
明1とは実質的に相違しない。またそのような公知物質が有していた必然
的な性質を特許請求の範囲に規定することは極めて容易である。
イ相違点2について
仮に,原告が主張するように,あらかじめシュウ酸を一切付加しない本
件明細書の「比較例18(b)」までが本件発明1の実施例であり,かつ,
「安定」オキサリプラチン溶液組成物であるとすれば,乙9発明に係るオ
キサリプラチンの水溶液も本件発明1の意味における「安定」オキサリプ
ラチン溶液組成物である。
したがって,相違点2の「安定」は,オキサリプラチンの水溶液に当然
に伴う性質であり,実質的な相違点ではない。
なお,喜谷喜徳作成に係る「制癌性白金錯体の研究」(薬学雑誌105
巻10号・昭和60年・909~925頁。乙10。以下「乙10文献」
という。)においても,オキサリプラチンの水溶液が,安定であること及
び「1週間以上放置しても安定である」ことが記載されており,これらの
記載からも,特に高純度のオキサリプラチン水溶液は「安定」であること
が裏付けられる。
したがって,相違点2は,公知物質が有していた必然的な性質であるか
ら,本件発明1と乙9発明は実質的に同一である。またそのような必然的
な性質を特許請求の範囲に規定することは極めて容易である。
(4)小括
以上のとおり,乙9発明と本件発明1との各相違点は,乙9発明の高純度
のオキサリプラチン水溶液が当然に有していた性質であって,実質的な相違
点とはいえないか,当業者が容易に測定することによって規定できるもので
ある。
したがって,仮に,本件発明1の「緩衝剤」が解離シュウ酸を含むとして
も,本件発明1は,乙9発明と実質的に同一であるか,乙9発明から容易に
想到できるものであるか,又は乙9発明に乙10文献を組み合わせることに
よって容易に想到できるものにすぎず,本件特許は新規性又は進歩性を欠く
から,特許法29条1項又は2項及び同法123条1項2号により,特許無
効審判において無効にされるべきものである。
〔原告の主張〕
(1)乙9発明
乙9公報記載の実施例1ないし3では,最終的にいずれも凍結乾燥物質が
得られている。例えば,乙9公報(段落【0013】)には,「凍結乾燥す
ることにより光学異性体が混合しない光学純度e.e.=100%のシス-
オキザラート(トランス-l-1,2-シクロヘキサンジアミン)白金(II)
が得られた。」と記載されている。したがって,乙9公報記載の実施例は,
凍結乾燥物質としてのオキサリプラチンの製造工程を開示するものである。
そして,乙9公報の「0.5%H2O」「>74.5°」との記載(下図
参照)はオキサリプラチンの凍結乾燥物質の物性について,比旋光度が74.
5°を超えることを意味するにすぎず,オキサリプラチン溶液組成物を開示
するものではないし,それが製薬上安定であることも示されていないし,緩
衝剤の濃度範囲を開示するものではないし,シュウ酸が緩衝剤であることの
開示もない。
(2)相違点の検討
ア相違点1について
被告らは,乙9公報記載と同等のオキサリプラチンを溶解して「5mg
/ml」とする実験(乙11)を行ったところ,シュウ酸濃度が「5.2
×10-5
M」となった旨主張する。
しかし,前記(1)のとおり,乙9の実施例はオキサリプラチンの凍結乾燥
物質の製造工程を開示するものであるが,被告らの実験はこのような製造
工程を再現しておらず,乙9公報記載の実施例の追試になっていない。
また,被告らは,5mg/mlであれば必然的に本件発明1のシュウ酸
量になるかのような主張をしているが,そのような事実はない。
イ相違点2について
本件発明1は,所定の緩衝剤の濃度等により特定された発明であり,従
来の製薬上安定とは考えられていなかったオキサリプラチン溶液組成物を,
製薬上安定なものとして提供するものである。ところが,乙9発明は,上
記のような緩衝剤の量を有するわけでもないし,「安定」であることも開
示されていない。
また,被告らは,乙10文献のオキサリプラチンが「水溶液中1週間以
上放置しても安定であり」との記載を用いて,オキサリプラチン水溶液は
「安定」であると主張する。
しかし,上記記載は,水溶液中1週間程度しか安定でなかったことを意
味し,製薬上安定であることを意味しない。
ウその他の相違点について
相違点1及び2の他にも,乙9発明は,オキサリプラチン溶液組成物を
開示するものではない点及びシュウ酸が緩衝剤であることの開示がない点
において,本件発明1と相違する。
(3)小括
前記(2)のとおり,乙9発明と本件発明1とは同一ではない。また,乙9公
報には,シュウ酸と安定性との関連性について開示がないから,本件発明1
の緩衝剤の範囲に想到することはない。その他,前記(2)ウで指摘した相違点
に想到する論理付けもない。
したがって,乙9発明により,本件発明1の新規性ないし進歩性が否定さ
れる余地はない。
7争点(2)エ(記載要件違反の有無)について
〔被告らの主張〕
(1)本件発明1に係る特許には,(2)ないし(4)の各記載要件違反の無効理由が
ある。
(2)解離シュウ酸に関するサポート要件違反
本件明細書の発明の詳細な説明に記載されているのは,付加されたシュウ
酸のみであり,解離シュウ酸については一切言及されていない。そして,本
件特許の出願前の公知のオキサリプラチン溶液における分解によるシュウ酸
の量は,「5.0×10-5
M」を超える(乙9,11)。そうすると,本件
発明1の「緩衝剤」を,添加シュウ酸のみならず,オキサリプラチン水溶液
に「存在」する全てのシュウ酸を含むものと拡張ないし一般化することはで
きない。
したがって,仮に,「緩衝剤」が「オキサリプラチン水溶液に『存在』す
る全てのシュウ酸」をいうとする原告の主張に従うと,本件発明1に係る特
許は,「出願時の技術常識に照らしても,請求項に係る発明の範囲まで,本
発明の詳細に開示された内容を拡張ないし一般化できるとはいえない場合」
に該当し,特許法36条6項1号のいわゆるサポート要件に違反する。
(3)委任省令要件違反
本件発明1は,強い毒性の懸念のある「ジアクオDACHプラチン」や「ジ
アクオDACHプラチン二量体」などの白金分解物である不純物をこれまで
知られているオキサリプラチン水溶液よりも極力抑制した「安定オキサリプ
ラチン組成物」を提供することにある。そして,本件発明1の効果を得るた
めには,「事前に一定量の付加シュウ酸の水溶液を作成し,そこにオキサリ
プラチンを溶解させる」ことが必要であって,単に製剤中のシュウ酸濃度を
構成要件Gの下限である5×10―5
M以上に保てば,本件発明1の課題を解
決する安定なオキサリプラチン製剤が提供できるわけではない。そして,前
記1〔被告らの主張〕のとおり,実施例1,8及び18は,本件発明1の課
題を解決していない。
したがって,仮に,原告が主張するように,オキサリプラチンから分解し
て生じたシュウ酸も「緩衝剤」に含まれ,実施例1,8及び18のオキサリ
プラチン溶液も本件発明1に包含されるとすれば,本件発明1は,「明細書
及び図面の記載並びに出願時の技術常識に基づいて,請求項に係る発明の属
する技術分野の理解又は課題及びその解決手段の理解をすることができない
もの」であり,委任省令要件違反の無効理由がある(特許法36条4項1号)。
(4)シュウ酸モル濃度に関するサポート要件違反及び実施可能要件違反
ア原告の別件の米国出願(乙5の2)に係る審査経過における原告の技術
的理解に従うならば,本件特許の優先日当時の技術常識としては,オキサ
リプラチン原薬中に少なくとも「0.19%」のシュウ酸が含まれており,
この「0.19%」は,モル濃度に換算すると,「10.6×10―5
M」
であるから,本件発明の「緩衝剤」の下限値である「5×10―5
M」を上
回る。そうすると,本件発明1の「緩衝剤」の下限値である「5×10―5
M」をサポートする数値は,本件明細書には存在しないことになり,本件
発明1に係る特許には,いわゆるサポート要件違反の無効理由がある。
イまた,本件特許の優先日当時の技術常識からは,オキサリプラチンの原
薬として「10.6×10―5
M」以上のシュウ酸を含有したものしか,当
業者において入手することができなかったとすれば,仮に「緩衝剤」がオ
キサリプラチン水溶液中に「存在」する全てのシュウ酸を含むとの原告の
主張に従えば,当時の当業者において,「10.6×10―5
M」より低濃
度の「5×10―5
M」のみが存在するオキサリプラチン溶液組成物を製
造することはおよそ不可能である。ところが,本件明細書は,当業者がシ
ュウ酸を含まないオキサリプラチン原薬の製造方法を開示していないから,
本件発明1に係る特許には,実施可能要件違反の無効理由がある(特許法
36条4項1号)。
〔原告の主張〕
(1)解離シュウ酸に関するサポート要件違反について
公知のオキサリプラチン溶液の解離シュウ酸は「5.0×10-5
M」を超
えるという事実は存在しないから,被告らの主張は前提を欠く。
この点を措くにしても,本件発明1は,オキサリプラチン溶液組成物中に
シュウ酸を存在させることを内容とするものであり,添加シュウ酸や解離シ
ュウ酸を区分していない。そして,「オキサリプラチン溶液組成物の調製時
におけるオキサリプラチン溶液組成物に現に含まれる全ての緩衝剤の量」は,
本件明細書の実施例から理解でき,本件発明1に対応しており,これにより
課題が解決できることが記載されている。また,当業者は,本件明細書から,
調製時以降の解離シュウ酸を含めたシュウ酸濃度も読み取ることもできる。
したがって,「特許請求の範囲に記載された発明が,発明の詳細な説明に
記載された発明で,発明の詳細な説明の記載により当業者が当該発明の課題
を解決できると認識できる範囲のものである」といえるから,サポート要件
に違反することはない。
(2)委任省令要件違反について
本件明細書には,実施例1ないし17において,製薬上安定なオキサリプ
ラチン溶液組成物の具体的な調製方法が開示されており,その調製時におけ
るオキサリプラチン水溶液中の緩衝剤の量も開示されている。また,実施例
18(b)において,緩衝剤を添加しない態様による製薬上安定なオキサリ
プラチン溶液組成物の具体的な調製方法が開示されており,その水溶液中の
緩衝剤の量も出願当時の技術常識に基づき推計可能である。
したがって,本件明細書には,本件発明1にかかる物を製造する方法につ
いての具体的な記載があり,当業者が,上記実施例を参考に本件発明1を実
施することが可能なことは明らかである。
(3)シュウ酸モル濃度に関するサポート要件違反及び実施可能要件違反につい

乙1公報には,シュウ酸が0.18%よりはるかに少ない量となるオキサ
リプラチン水溶液が開示されている。例えば,仮に,1mg/mlのオキサ
リプラチンにシュウ酸が0.036%含まれるとしてみても,シュウ酸濃度
は4.0×10-6
M(1×0.036÷100÷90.03)と計算される
から(なお,90.03はシュウ酸の分子量である。),オキサリプラチン
溶液に少なくとも「10.6×10-5
M」のシュウ酸が存在することを前提
とする被告らの主張は理由がない。
8争点(3)ア(本件訂正により無効理由が解消するか)について
〔原告の主張〕
本件訂正発明1には無効理由がない。
〔被告らの主張〕
本件訂正発明1には,いままで主張した全ての無効理由があり,さらに,下
記9の無効理由がある。
9争点(3)イ(pHの調整に関する実施可能要件違反の有無)について
〔被告らの主張〕
本件訂正発明1では,シュウ酸のモル濃度が「5×10―5
M」付近であっ
て「pHが3~4.5の範囲」である組成物が権利範囲に含まれているが,本
件明細書の発明の詳細な説明においては,シュウ酸のモル濃度が「5×10―5
M」付近である場合に「pHが3~4.5の範囲」に調整する方法が記載され
ていない。
そして,乙9発明の追試(乙11)によれば,オキサリプラチン水溶液にお
いてオキサリプラチンの分解により生じたシュウ酸の濃度は5.0×10-5

を超え,かつ,pHは5.11である。この結果は,本件明細書(【表14】)
において,実施例18(b)のpHが,初期に5.47,1か月後に5.27で
あることとも符合する。このように,解離シュウ酸のみでそのモル濃度が「5.
0×10-5
M」を少し超える組成物においては,シュウ酸のモル濃度が薄いた
め「pHが3~4.5の範囲」には,およそなり得ない。
そうすると,本件明細書からは,当業者は,シュウ酸のモル濃度が「5×1
0―5
M」付近であって「pHが3~4.5の範囲」である組成物を実施する
ことはできず,過度の試行錯誤を要するから,実施可能要件(特許法36条4
項1号)を充足しない。
したがって,本件訂正発明1に係る特許は実施可能要件を満たさない発明の
詳細な説明の記載に基づいてされたものであり,実施可能要件違反の無効理由
がある(特許法36条4項1号)。
〔原告の主張〕
オキサリプラチン溶液組成物を調製したからといって,シュウ酸濃度が「5.
0×10-5
M」を超えるとはいえない。現に,「3.11×10-5
M」の濃度
のシュウ酸を含むオキサリプラチン溶液組成物が調整された例がある(甲30)。
そして,原告は,「緩衝剤」が解離シュウ酸も添加シュウ酸も含まれると主
張しているところ,本件明細書記載の実施例を参考に,適宜のオキサリプラチ
ン溶液組成物を調製すれば,シュウ酸の濃度「5.0×10-5
M」付近で「p
Hが3~4.5の範囲」に調整できる。例えば,上記のような「3.11×1
0-5
M」のシュウ酸を含むオキサリプラチン溶液組成物に,シュウ酸を添加し
て調整することができるし,その他の本件特許の優先日当時の従来技術に従っ
て適宜pHを調整できるのは明らかである。
したがって,本件訂正発明1には実施可能要件違反の無効理由はない。
10争点(4)ア(被告各製品は本件発明2の技術的範囲に属するか)について
〔原告の主張〕
被告各製品は,いずれも,緩衝剤がシュウ酸であるから,構成要件Jを充足
し,本件発明1の技術的範囲に属するから構成要件Kを充足する。
〔被告らの主張〕
被告各製品は,本件発明1の技術的範囲に属さないから,本件発明2の技術
的範囲にも属さない。
11争点(4)イ(無効理由の有無)について
〔被告らの主張〕
本件発明1に係る無効理由をいずれも本件発明2に援用する。
〔原告の主張〕
本件発明2が乙1発明に基づいて新規性・進歩性が否定されるおそれがある
ものの,それは誤りである。
12争点(4)ウ(訂正の対抗主張の成否)について
〔原告の主張〕
(1)本件発明2が乙1発明に基づいて新規性・進歩性が否定されるおそれがあ
ることから,本件発明2の訂正について主張する(以下,訂正後の本件発明
2を「本件訂正発明2」という。)。
ア訂正後の請求項2には,次のとおり記載される予定である。
「オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容可能な
担体を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物であって,製薬上許容
可能な担体が水であり,緩衝剤がシュウ酸またはシュウ酸ナトリウムで
あり,
緩衝剤の量が,以下の:
(a)5x10-5M~1x10-2M,
(b)5x10-5M~5x10-3M,
(c)5x10-5M~2x10-3M,
(d)1x10-4M~2x10-3M,または
(e)1x10-4M~5x10-4M
の範囲のモル濃度である,pHが3~4.5(4.5を除く)の範囲の
組成物。」
イ本件訂正発明2を構成要件に分説して示すと,以下のとおりである。
Aオキサリプラチン,
B有効安定化量の緩衝剤および
C製薬上許容可能な担体を包含する
D安定オキサリプラチン溶液組成物であって,
E製薬上許容可能な担体が水であり,
F緩衝剤がシュウ酸またはシュウ酸ナトリウムであり,
G緩衝剤の量が,以下の:
(a)5x10-5M~1x10-2M,
(b)5x10-5M~5x10-3M,
(c)5x10-5M~2x10-3M,
(d)1x10-4M~2x10-3M,または
(e)1x10-4M~5x10-4M
の範囲のモル濃度である,
H’pHが3~4.5(4.5を除く)の範囲の組成物
(2)被告各製品は,いずれも構成要件AないしGを充足する。また,被告各製
品のpHは,4.1ないし4.2であるから(甲7,甲12及び甲15),
構成要件H’も充足する。
(3)被告らの主張に照らしても,少なくとも,本件特許の優先日当時,「pH
が3~4.5(4.5を除く)の範囲の」オキサリプラチン組成物は開示さ
れておらず,またかかる構成に容易に想到することはあり得ない。
よって,本件訂正発明2には無効理由がなく,訂正により乙1発明に基づ
く本件発明2の無効理由は解消される。
〔被告らの主張〕
(1)原告の本件発明2に係る特許についての訂正の主張は,訂正要件を満たさ
ないので,失当である。
すなわち,本件特許については,原告とホスピーラとの間の審決取消訴訟
(知財高裁平成27年(行ケ)第10167号)が係属しており(甲9),
原告は,訂正することができない。
(2)被告各製品は,本件発明2の技術的範囲に属さないから,本件訂正発明2
の技術的範囲に属する余地はない。
(3)本件訂正発明2には次の無効理由があり,訂正により無効理由は解消され
ない。
ア本件明細書には,シュウ酸のモル濃度が「5×10-5
M」程度のオキサ
リプラチン水溶液において,オキサリプラチンに悪影響を与えることなく,
pHを「3~4.5」の範囲に適切に調整する方法が開示されておらず,
本件特許出願の優先日当時の当業者において実施することが困難であるか
ら,本件訂正発明2は,実施可能要件を満たさない。
イ仮に,原告が主張するように,オキサリプラチンの水溶液について,本
件特許の優先日当時の従来技術に従って適宜pHを調製できるのは明らか
なのであれば,本件訂正発明2は,乙1発明又は乙9発明に,原告が言及
する「従来技術」を組み合わせることで,当業者が容易に発明をすること
ができたから,新規性又は進歩性を欠くというべきである。
第4当裁判所の判断
1本件発明の内容
(1)本件明細書には,次の各記載がある。
【発明の詳細な説明】
・「本発明は,製薬上安定なオキサリプラチン溶液組成物,癌腫の治療にお
けるその使用方法,このような組成物の製造方法,およびオキサリプラチ
ンの溶液の安定化方法に関する。」(段落【0001】)
・「甲等(豪州国特許出願第29896/95号,1996年3月7日公開)
(WO96/04904,1996年2月22日公開の特許族成員)は,
1~5mg/mLの範囲の濃度のオキサリプラチン水溶液から成る非経口
投与のためのオキサリプラチンの製薬上安定な製剤であって,4.5~6
の範囲のpHを有する製剤を開示する。同様の開示は,米国特許第5,7
16,988号(1998年2月10日発行)に見出される。」(段落【0
010】)
・「オキサリプラチンは,注入用の水または5%グルコース溶液を用いて患
者への投与の直前に再構築され,その後5%グルコース溶液で稀釈される
凍結乾燥粉末として,前臨床および臨床試験の両方に一般に利用可能であ
る。しかしながら,このような凍結乾燥物質は,いくつかの欠点を有する。
中でも第一に,凍結乾燥工程は相対的に複雑になり,実施するのに経費が
掛かる。さらに,凍結乾燥物質の使用は,生成物を使用時に再構築する必
要があり,このことが,再構築のための適切な溶液を選択する際にそこに
エラーが生じる機会を提供する。例えば,凍結乾燥オキサリプラチン生成
物の再構築に際しての凍結乾燥物質の再構築用の,または液体製剤の稀釈
用の非常に一般的な溶液である0.9%NaCl溶液の誤使用は,迅速反
応が起こる点で活性成分に有害であり,オキサリプラチンの損失だけでな
く,生成種の沈澱を生じ得る。凍結乾燥物質のその他の欠点を以下に示す:
(a)凍結乾燥物質の再構築は,再構築を必要としない滅菌物質より微生物
汚染の危険性が増大する。
(b)濾過または加熱(最終)滅菌により滅菌された溶液物質に比して,凍
結乾燥物質には,より大きい滅菌性失敗の危険性が伴う。そして,
(c)凍結乾燥物質は,再構築時に不完全に溶解し,注射用物質として望ま
しくない粒子を生じる可能性がある。」(段落【0012】,【001
3】前段)
・「水性溶液中では,オキサリプラチンは,時間を追って,分解して,種々
の量のジアクオDACHプラチン(式I),ジアクオDACHプラチン二
量体(式II)およびプラチナ(IV)種(式III):
【化3】
【化4】
を不純物として生成し得る,ということが示されている。任意の製剤組成
物中に存在する不純物のレベルは,多くの場合に,組成物の毒物学的プロ
フィールに影響し得るので,上記の不純物を全く生成しないか,あるいは
これまでに知られているより有意に少ない量でこのような不純物を生成す
るオキサリプラチンのより安定な溶液組成物を開発することが望ましい。」
(段落【0013】後段ないし【0016】)
・「したがって,前記の欠点を克服し,そして長期間の,即ち2年以上の保
存期間中,製薬上安定である,すぐに使える(RTU)形態のオキサリプ
ラチンの溶液組成物が必要とされている。したがって,すぐに使える形態
の製薬上安定なオキサリプラチン溶液組成物を提供することによりこれら
の欠点を克服することが,本発明の目的である。」(段落【0017】)
・「より具体的には,本発明は,オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤
および製薬上許容可能な担体を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物
に関する。」(段落【0018】)
・「オキサリプラチンは,約1~約7mg/mL,好ましくは約1~約5mg/mL,
さらに好ましくは約2~約5mg/mL,特に約5mg/mLの量で本発明の組成
物中に存在するのが便利である。」(段落【0022】前段)
・「緩衝剤という用語は,本明細書中で用いる場合,オキサリプラチン溶液
を安定化し,それにより望ましくない不純物,例えばジアクオDACHプ
ラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体の生成を防止するかまたは
遅延させ得るあらゆる酸性または塩基性剤を意味する。したがって,この
用語は,シュウ酸またはシュウ酸のアルカリ金属塩(例えばリチウム,ナ
トリウム,カリウム等)等のような作用物質,あるいはそれらの混合物が
挙げられる。緩衝剤は,好ましくは,シュウ酸またはシュウ酸ナトリウム
であり,最も好ましくはシュウ酸である。」(段落【0022】後段)
・「緩衝剤は,有効安定化量で本発明の組成物中に存在する。緩衝剤は,約
5x10-5
M~約1x10-2
Mの範囲のモル濃度で,好ましくは約5x10-5
M~5x10-3
Mの範
囲のモル濃度で,さらに好ましくは約5x10-5
M~約2x10-3
Mの範囲のモル濃度
で,最も好ましくは約1x10-4
M~約2x10-3
Mの範囲のモル濃度で,特に約
1x10-4
M~約5x10-4
Mの範囲のモル濃度で,特に約2x10-4
M~約4x10-4
Mの範
囲のモル濃度で存在するのが便利である。」(段落【0023】)
・「前記の本発明のオキサリプラチン溶液組成物は,本明細書中でさらに詳
細に後述するように,現在既知のオキサリプラチン組成物より優れたある
利点を有することが判明している,ということも留意すべきである。凍結
乾燥粉末形態のオキサリプラチンとは異なって,本発明のすぐに使える組
成物は,低コストで且つさほど複雑ではない製造方法により製造される。」
(段落【0030】)
・「さらに,本発明の組成物は,付加的調製または取扱い,例えば投与前の
再構築を必要としない。したがって,凍結乾燥物質を用いる場合に存在す
るような,再構築のための適切な溶媒の選択に際してエラーが生じる機会
がない。本発明の組成物は,オキサリプラチンの従来既知の水性組成物よ
りも製造工程中に安定であることが判明しており,このことは,オキサリ
プラチンの従来既知の水性組成物の場合よりも本発明の組成物中に生成さ
れる不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプ
ラチン二量体が少ないことを意味する。」(段落【0031】)
・「表1Aおよび1Bに記載された実施例1~14の組成物は,以下の一般
手法により調製した:
注射用温水(W.F.I.)(40℃)を分取し,濾過窒素を用いて約3
0分間,その中で発泡させる。
必要とされる適量のW.F.I.を,窒素中に保持しながら容器に移す。
最終容積を満たすために残りのW.F.I.を別に取りのけておく。
適切な緩衝剤(固体形態の,または好ましくは適切なモル濃度の水性緩衝
溶液の形態の)を適切な容器中で計量して,混合容器(残りのW.F.I.
の一部を含入する濯ぎ容器)に移す。例えば,磁気攪拌機/ホットプレー
ト上で,約10分間,または必要な場合にはすべての固体が溶解されるま
で,溶液の温度を40℃に保持しながら混合する。」(段落【0034】
後段,【0035】)
・「注:実施例8~14の組成物のために用いられた密封容器は,20mL透明
ガラスアンプルであった。
*シュウ酸は二水和物として付加される;ここに示した重量は,付加され
たシュウ酸二水和物の重量である。」(段落【0042】前段)
・「表1C二記載した実施例15および16の組成物は,実施例1~14の
組成物の調製に関して前記した方法と同様の方法で調製した。」(段落【0
042】後段)
・「注:実施例15~16の組成物のために用いられた密封容器は,20mL透
明ガラスアンプルであった。
*シュウ酸は二水和物として付加される;ここに示した重量は,付加され
たシュウ酸二水和物の重量である。」(段落【0044】前段)
・「表1Dに記載した実施例17の組成物は,実施例1~14の組成物の調
製に関して前記した方法と同様の方法で調製したが,但し,(a)窒素の
非存在下で(即ち酸素の存在下で)密封容器中に溶液を充填し,(b)充
填前に密封容器を窒素でパージせず,(c)容器を密封する前に窒素でヘ
ッドスペースをパージせず,そして(d)密封容器はアンプルよりむしろ
バイアルであった。」(段落【0044】後段)
・「注:実施例17の溶液組成物1000mLを,5mL透明ガラスバイアル中に充填
し(4mL溶液/バイアル),これをWestFlurotecストッパーで密封し(以
後,実施例17(a)と呼ぶ),実施例17の残りの1000mL溶液組成物を
5mL透明ガラスバイアル中に充填し(4mL溶液/バイアル),これをHelvoet
Omniflexストッパーで密封した(以後,実施例17(b)と呼ぶ)。」(段
落【0046】)
・「*シュウ酸は二水和物として付加される;ここに示した重量は,付加さ
れたシュウ酸二水和物の重量である。」(段落【0047】前段)
・「実施例18
比較のために,例えば豪州国特許出願第29896/95号(1996年3月7日公開)
に記載されているような水性オキサリプラチン組成物を,以下のように調
製した:」(段落【0050】前段)
・「23本のアンプルをオートクレーブ処理せずに保持し(以後,実施例18
(a)と呼ぶ),即ちこれらを最終滅菌せず,残り27本のアンプル(以後,
実施例(b)と呼ぶ)を,SAL(PD270)オートクレーブを用いて,121℃で15
分間オートクレーブ処理した。」(段落【0053】)
・「実施例1~17の組成物に関する安定性試験
実施例1~14のオキサリプラチン溶液組成物を,6ヶ月までの間,40℃
で保存した。この試験の安定性結果を,表4および5に要約する。」(段
落【0063】)
・「実施例15および16のオキサリプラチン溶液組成物を,9ヶ月までの
間,25℃/相対湿度(RH)60%および40℃/相対湿度(RH)75%で保
存した。この試験の安定性結果を,表6に要約する。」(段落【0067】)
・「実施例17(a)および17(b)のオキサリプラチン溶液組成物を,
1ヶ月までの間,25℃/相対湿度(RH)60%および40℃/相対湿度(R
H)75%で保存した。この試験の安定性結果を,表7に要約する。」(段
落【0070】)
・「これらの安定性試験の結果は,緩衝剤,例えばシュウ酸ナトリウムおよ
びシュウ酸が,本発明の溶液組成物中の不純物,例えばジアクオDACH
プラチンおよびジアクオDACHプラチン二量体のレベルを制御する場合
に非常に有効である,ということを実証する。」(段落【0072】)
・「比較例18の安定性
実施例18(b)の非緩衝化オキサリプラチン溶液組成物を,40℃で1ヶ
月間保存した。この安定性試験の結果を,表8に要約する。」(段落【0
073】)
(【表14】)
(2)本件各発明の意義
ア上記各記載によれば,本件各発明は,製薬上安定なオキサリプラチン溶
液組成物に関するものであって,①従来用いられていた凍結乾燥物質にお
ける,経費がかかり,また,使用時に再構築する際エラーが生じるおそれ
があるという欠点を克服し,かつ,②水性溶液において,オキサリプラチ
ンが分解することによって生じる不純物であるジアクオDACHプラチン,
ジアクオDACHプラチン二量体及びプラチナ種をまったく生成しないか,
あるいはこれまで知られているより有意に少ない量で生成するオキサリプ
ラチンのより安定な溶液組成物として,2年以上の期間,製薬上安定であ
ってすぐに使える形態のオキサリプラチン溶液組成物を提供することを目
的とする発明であり,緩衝剤が「シュウ酸又はそのアルカリ金属塩」であ
るものが本件発明1,緩衝剤が「シュウ酸又はシュウ酸ナトリウム」であ
るものが本件発明2であると認められる。
イこの点に関して原告は,本件各発明は,凍結乾燥物質を再構築したもの
の欠点を克服するために,製薬上安定な溶液組成物を提供するものである
と主張する。
しかし,本件明細書において,本件明細書の段落【0013】後段ない
し【0016】に水性溶液の欠点に関する記載があり,また,段落【00
31】には,「本発明の組成物は,オキサリプラチンの従来既知の水性組
成物よりも製造工程中に安定である」という記載があるところ,乙1発明
に対応する豪州国出願が従来技術として紹介されており(段落【0010】),
これが,段落【0031】の「従来既知の水性組成物」から除外される理
由がないこと及び凍結乾燥物質は,使用時に再構築されるものであって,
再構築後に長期間保存することは想定されていないから,凍結乾燥物質の
欠点として,水性溶液中で分解により不純物が生成されることをあげるこ
とは考えがたいことに照らすと,本件明細書の段落【0013】後段ない
し【0016】における水性溶液の欠点に関する記載部分は乙1発明も含
めた従来既知の溶液組成物の欠点を指摘するものであり,段落【0031】
の記載は,本件各発明の組成物は,乙1発明を含むオキサリプラチンの従
来既知の水性組成物よりも製造工程中に安定であることを意味するという
べきである。
したがって,本件発明は,乙1発明よりも不純物が有意に少ない,より
安定な溶液組成物を提供することを目的とするものであると認めるのが相
当である。
2争点(1)ア(構成要件B,F及びGの「緩衝剤」の充足性)について
(1)本件発明1における「緩衝剤」は,添加されたシュウ酸またはそのアルカ
リ金属塩をいい,オキサリプラチンが分解して生じた解離シュウ酸は「緩衝
剤」には当たらないと解することが相当である。理由は以下のとおりである。
(2)ア特許発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定めるものと
されているから(特許法70条1項),「緩衝剤」を解釈するに当たり,
特許請求の範囲請求項1の記載をみると,緩衝剤について,「有効安定化
量の緩衝剤」,「緩衝剤がシュウ酸またはそのアルカリ金属塩」,「緩衝
剤の量が・・・のモル濃度」である旨記載されている。
上記記載を踏まえて検討するに,「緩衝剤」とは,「緩衝液をつくるた
めに用いられる試薬の総称」を意味する(化学大辞典2。乙33の1)。
そして,広辞苑第六版によれば,「試薬」とは「実験室などで使用する純
度の高い化学物質」を意味するところ,解離シュウ酸が「純度の高い化学
物質」である「試薬」に当たるとは考えがたいから,解離シュウ酸は一般
的な意味で「緩衝剤」とはいえないというべきである。
イ次に,特許請求の範囲に記載された用語の意義は,明細書の記載を考慮
して解釈するものとされているから(特許法70条2項),本件明細書の
記載をみると,段落【0022】には「緩衝剤という用語は,本明細書中
で用いる場合,オキサリプラチン溶液を安定化し,それにより望ましくな
い不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACHプラ
チン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得るあらゆる酸性または塩
基性剤を意味する。」という記載があり,「緩衝剤」という用語の定義が
されている。
ここで,「緩衝剤」は,「酸性または塩基性剤」と定義されているが,
広辞苑第六版によれば,「剤」とは「各種の薬を調合すること。また,そ
の薬。」を意味するから,「酸性または塩基性剤」は,酸性または塩基性
の各種の薬を調合した薬を意味すると考えることが自然である。そして,
解離シュウ酸は,「各種の薬を調合した薬」に当たるとはいえない。
したがって,本件明細書の段落【0022】記載の「緩衝剤」の定義は,
緩衝剤に解離シュウ酸が含まれることを意味していないと考えられる。
ウまた,本件明細書における実施例18(b)に関する記載をみると,「比
較のために,例えば豪州国特許出願第29896/95号(1996年3
月7日公開)に記載されているような水性オキサリプラチン組成物を,以
下のように調製した」(段落【0050】前段),「比較例18の安定性
実施例18(b)の非緩衝化オキサリプラチン溶液組成物を,40℃で1
ヶ月間保存した。」(段落【0073】)といった記載がある。ここで,
豪州国特許出願第29896/95号(1996年3月7日公開)は,乙
1発明に対応する豪州国特許であり,同特許は水性オキサリプラチン組成
物に係る発明であるから,上記各記載からは,実施例18(b)は,「実
施例」という用語が用いられているものの,その実質は本件各発明の実施
例ではなく,本件各発明と比較するために,「非緩衝化オキサリプラチン
溶液組成物」,すなわち,緩衝剤が用いられていない従来既知の水性オキ
サリプラチン組成物を調製したものであると認めるのが相当である。そう
すると,本件明細書において,緩衝剤を添加しない水性オキサリプラチン
組成物は,本件各発明の実施例ではなく,比較例として記載されていると
いうべきである。
また,本件明細書には,実施例1ないし17については,シュウ酸が付
加されていることが明記されている。さらに,本件明細書では,実施例1
ないし17について,添加されたシュウ酸のモル濃度が記載されているが,
解離シュウ酸を含むシュウ酸のモル濃度は記載されていない。
他方で,本件明細書には,「緩衝剤」である「シュウ酸」に,オキサリ
プラチンが分解して生じた解離シュウ酸が含まれることを示唆する記載は
ない。
以上からすると,本件明細書の記載では,解離シュウ酸については全く
考慮されておらず,緩衝剤としての「シュウ酸」は添加されるものである
ことを前提としていると認められる。
エ前記1(2)のとおり,本件各発明は,乙1発明よりも不純物が有意に少な
い,より安定な溶液組成物を提供することを目的とするものである。
ところが,本件明細書をみると,乙1発明と実質的に同一であると推認
される実施例18において生成される不純物の量と比較して,シュウ酸を
添加した実施例(ただし,実施例1及び8を除く。なお,実施例1及び8
は,後記(3)エのとおり,本件各発明の技術的範囲に含まれる実施例ではな
い。)において生成される不純物の量は有意に少ないことが示されている。
したがって,本件各発明は,乙1発明とは異なり,オキサリプラチン溶
液組成物に緩衝剤を添加したことによって,不純物が少なく,より安定な
溶液組成物を提供することができたことを特徴とする発明と考えるのが自
然である。
オ証拠(乙5の4・5)によれば,原告は,乙1発明の発明者の一人であ
る甲を発明者とする米国特許出願(出願番号10/482367)につい
て米国特許商標庁に提出した平成19年(2007年)6月21日付け意
見書及び平成20年(2008年)12月23日付け手続補正書において,
「(本件特許の米国対応特許である)アンダーソン特許は,・・オキサリ
プラチンおよび注射用水をすでに含有する溶液に特に加えられたシュウ酸
二水和物の量のみを報告している」「アンダーソン特許は,そのオキサリ
プラチン医薬溶液中のシュウ酸含有量の測定量について何も言っていませ
ん。」と述べていることが認められ,これらから,上記意見書及び手続補
正書を提出した時点における原告の認識は,本件各発明における「緩衝剤」
が添加シュウ酸に限られるとの解釈と矛盾しないといえる。
(3)原告の主張に対する判断
ア原告は,「オキサリプラチン,有効安定化量の緩衝剤および製薬上許容
可能な担体を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物」との表現におけ
る「包含」が「つつみこみ,中に含んでいること」を意味するから,本件
発明1における「緩衝剤の量」は,「オキサリプラチン溶液組成物に現に
含まれる全ての緩衝剤の量」を意味しており,「緩衝剤」は添加したもの
に限られないと主張する。
しかし,「包含」という文言の意味を原告の主張するとおりに解すると
しても,「緩衝剤を包含する安定オキサリプラチン溶液組成物」とは,「緩
衝剤が添加された安定オキサリプラチン溶液組成物」を意味するものと解
し,また,「緩衝剤の量」とは「オキサリプラチン溶液組成物に添加され
た全ての緩衝剤の量」を意味するものと解することも何ら不自然ではない
から,特許請求の範囲請求項1が「包含」という表現を用いていることを
もって,本件発明1の「緩衝剤」に解離シュウ酸が含まれることを示して
いるということはできない。
また,本件発明1における「緩衝剤」はシュウ酸又はシュウ酸アルカリ
金属塩であるが(構成要件F),「緩衝剤」がシュウ酸アルカリ金属塩で
ある場合を考えると,シュウ酸アルカリ金属塩は,水溶液中で,シュウ酸
イオンとアルカリ金属イオンに分解し,「シュウ酸アルカリ金属塩」が溶
液中に存在するものではないから,この点においても,解離シュウ酸を緩
衝剤と解するとはおよそ考えられない。
イ次に,原告は,本件明細書における「緩衝剤」の定義(段落【0022】)
は,添加されたものに限定しておらず,また,「緩衝剤は,有効安定化量
で本発明の組成物中に存在する。」(段落【0023】)との記載からも,
本件発明1における「緩衝剤」は溶液組成物中に「存在する」か否かによ
って検討されるべきもので,解離シュウ酸も除外されないと主張する。
しかし,本件明細書における「緩衝剤」の定義が,添加された緩衝剤を
前提としていることは前記(2)ウで述べたとおりであるし,また,「存在す
る」との文言は,シュウ酸が添加されたものに限定される場合であったと
しても何ら不自然ではない。
ウさらに,原告は,本件明細書における「緩衝剤」の定義(段落【002
2】)において,「オキサリプラチン溶液を安定化し,それにより望まし
くない不純物,例えばジアクオDACHプラチンおよびジアクオDACH
プラチン二量体の生成を防止するかまたは遅延させ得るあらゆる酸性また
は塩基性剤を意味する。」とあることを踏まえ,オキサリプラチンが分解
して生じた解離シュウ酸と添加シュウ酸は,溶液中で区別することができ
ず,いずれもオキサリプラチンの分解を抑制する働きをするのであるから,
解離シュウ酸は上記定義に合致すると主張する。
しかし,シュウ酸を添加していないオキサリプラチン溶液において,解
離シュウ酸が溶液中に存在するということは,オキサリプラチンが分解さ
れて不純物が生じたことを意味する。また,オキサリプラチンは下式の反
応により分解し,同式の右辺と左辺は平衡状態にあるから,オキサリプラ
チンの分解が進んで不純物の量の増加が止まったとすれば,単に平衡状態
にあるということを意味するにすぎず,平衡状態に達したことをもってオ
キサリプラチン溶液が安定化されたなどということはできない。

そもそも,オキサリプラチン溶液中に,オキサリプラチンの分解により
生じた解離シュウ酸が存在することは自然の理であるから,上記段落【0
022】に定義された「緩衝剤」は,このように「解離シュウ酸を含むオ
キサリプラチン溶液」を安定化するものを意味するといえる。そうすると,
上記定義によっても,「緩衝剤」には,解離シュウ酸を含まないという解
釈と何ら矛盾するものではないというべきである。
以上のとおり,原告の上記主張は採用することができない。
エ原告は,本件明細書には,シュウ酸が添加されていない実施例18(b)
が記載されているから,「緩衝剤」としての「シュウ酸」が添加されるも
のであることは前提となっておらず,また,実施例18(b)における不
純物の量は,実施例1及び8と大差がないことからも,実施例18(b)
が実施例であることは明らかであるとも主張するが,実施例18(b)が
比較例であることは前記(2)ウのとおりである。
そして,構成要件Gにおけるモル濃度が添加した緩衝剤のモル濃度であ
るとすると,実施例1及び8は,本件発明1の技術的範囲に入らないもの
であるから,実施例1及び8と実施例18(b)における不純物の量に有
意の差がないとしても何ら不自然ではない。
オしたがって,本件発明1の「緩衝剤」には解離シュウ酸が含まれるとい
う原告の主張は採用することができない。
(4)そして,前記第2,2(8)イのとおり,被告各製品にはシュウ酸が添加され
ていないから,被告各製品は,構成要件B,F及びGを充足しない。
よって,被告各製品は,本件発明1に属しない。
なお,本件訂正において構成要件B及びFは訂正されていないところ,被
告各製品は構成要件B及びFを充足しないから,仮に本件訂正が認められた
としても,被告各製品は,本件訂正発明1の技術的範囲に属しない。
3争点(4)(本件発明2に基づく請求の可否)について
前記2のとおり,被告各製品は,本件発明1の技術的範囲に属しないから本
件特許の「請求項1の組成物」に当たらず,構成要件Kを充足しない。
よって,被告各製品は,本件発明2の技術的範囲に属しない。
また,仮に,原告の主張する本件発明2の訂正が適法であるとしても,前記
2のとおり被告各製品は構成要件B,F及びGを充足しないから,本件訂正発
明2の技術的範囲に属しない。
4結論
以上によれば,その余の点につき判断するまでもなく,原告の請求はいずれ
も理由がないから,これを棄却することとし,主文のとおり判決する。
東京地方裁判所民事第40部
裁判長裁判官
東海林保
裁判官
瀬孝
裁判官
勝又来未子
別紙
被告第一三共製品目録
1オキサリプラチン点滴静注液50mg「DSEP」
2オキサリプラチン点滴静注液100mg「DSEP」
3オキサリプラチン点滴静注液200mg「DSEP」
別紙
被告富士フイルム製品目録
1オキサリプラチン点滴静注液50mg「FFP」
2オキサリプラチン点滴静注液100mg「FFP」
3オキサリプラチン点滴静注液200mg「FFP」
別紙
被告ニプロ製品目録
1オキサリプラチン点滴静注液50mg「ニプロ」
2オキサリプラチン点滴静注液100mg「ニプロ」
3オキサリプラチン点滴静注液200mg「ニプロ」
別紙「特許公報」は省略

戻る



採用情報


弁護士 求人 採用
弁護士募集(経験者 司法修習生)
激動の時代に
今後の弁護士業界はどうなっていくのでしょうか。 もはや、東京では弁護士が過剰であり、すでに仕事がない弁護士が多数います。
ベテランで優秀な弁護士も、営業が苦手な先生は食べていけない、そういう時代が既に到来しています。
「コツコツ真面目に仕事をすれば、お客が来る。」といった考え方は残念ながら通用しません。
仕事がない弁護士は無力です。
弁護士は仕事がなければ経験もできず、能力も発揮できないからです。
ではどうしたらよいのでしょうか。
答えは、弁護士業もサービス業であるという原点に立ち返ることです。
我々は、クライアントの信頼に応えることが最重要と考え、そのために努力していきたいと思います。 弁護士数の増加、市民のニーズの多様化に応えるべく、従来の法律事務所と違ったアプローチを模索しております。
今まで培ったノウハウを共有し、さらなる発展をともに目指したいと思います。
興味がおありの弁護士の方、司法修習生の方、お気軽にご連絡下さい。 事務所を見学頂き、ゆっくりお話ししましょう。

応募資格
司法修習生
すでに経験を有する弁護士
なお、地方での勤務を希望する先生も歓迎します。
また、勤務弁護士ではなく、経費共同も可能です。

学歴、年齢、性別、成績等で評価はしません。
従いまして、司法試験での成績、司法研修所での成績等の書類は不要です。

詳細は、面談の上、決定させてください。

独立支援
独立を考えている弁護士を支援します。
条件は以下のとおりです。
お気軽にお問い合わせ下さい。
◎1年目の経費無料(場所代、コピー代、ファックス代等)
◎秘書等の支援可能
◎事務所の名称は自由に選択可能
◎業務に関する質問等可能
◎事務所事件の共同受任可

応募方法
メールまたはお電話でご連絡ください。
残り応募人数(2019年5月1日現在)
採用は2名
独立支援は3名

連絡先
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所 採用担当宛
email:[email protected]

71期修習生 72期修習生 求人
修習生の事務所訪問歓迎しております。

ITJではアルバイトを募集しております。
職種 事務職
時給 当社規定による
勤務地 〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
その他 明るく楽しい職場です。
シフトは週40時間以上
ロースクール生歓迎
経験不問です。

応募方法
写真付きの履歴書を以下の住所までお送り下さい。
履歴書の返送はいたしませんのであしからずご了承下さい。
〒108-0023 東京都港区芝浦4-16-23アクアシティ芝浦9階
ITJ法律事務所
[email protected]
採用担当宛